台本概要

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タイトル ちるはなのひ
作者名 akodon  (@akodon1)
ジャンル ラブストーリー
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 40 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 それで、充分だったのに。

かなしいおやこのお話です。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
耀介 151 ようすけ。澪と一緒に暮らしている男性。天涯孤独の身。元はスリなどで生計を立てていた。
153 みお。耀介と一緒に住んでいる少女。夏祭りの日、母親に捨てられた。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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0:『ちるはなのひ』 耀介:長い長い石段を、小さな手を引いて登る。 耀介:泣きじゃくる幼いキミの手を引いて登る。 耀介:そこに行けば、キミの涙が止まると思った。 耀介:こんな自分でも、キミを笑顔にできると思った。 耀介: 耀介:奪うことしか知らなかった自分でも、キミに何かを与えられると思った。 耀介: 耀介:長い長い石段を登って、登って、登りきったその刹那(せつな) 耀介: 耀介: 耀介:ーーー振り返れば夏の夜空に花が咲いた。 0:(しばらくの間。二人が住むアパートの一室) 澪:「あっ、おかえり!ようちゃん!」 耀介:「おう、ただいま。澪(みお)」 澪:「今日もお仕事お疲れ様! 澪:さ、早く靴脱いで、手洗って! 澪:ご飯、できてるよ」 耀介:「ん、ありがと。 耀介:おっ、いい匂いするなぁ。これは・・・魚?」 澪:「そう、メザシ! 澪:魚屋さん行ったら、安かったんだ」 耀介:「そりゃ良かった。 耀介:じゃあ、今日はコレもあるから、ご馳走だな」 澪:「コレ・・・?あっ、コロッケだ! 澪:しかも三つも!」 耀介:「買いに行ったら肉屋のオヤジさんが一個オマケしてくれてさ。 耀介:まぁ、余りモンだからちょっと油臭いのは勘弁しろよ、って言ってたけど」 澪:「ううん!大丈夫! 澪:おじさんの作るコロッケ美味しいもん。 澪:少しくらい時間経ってても全然平気!」 耀介:「ははっ、それ聞かせたらオヤジさん、またきっと喜んでオマケしてくれるかもな」 澪:「それは嬉しいけど・・・ 澪:おじさんのお店が潰れちゃったら困るから、ちゃんと買う時は買わなきゃ」 耀介:「真面目だな、澪は」 澪:「違うよぉ。 澪:この辺りの人、みんな良い人だから、困る姿を見たくないだけ」 耀介:「なるほどなぁ。 耀介:いやぁ・・・澪がいい子に育ってくれて、俺は実に嬉しい」 澪:「ようちゃんってば、六つしか離れてないのに、なんだか親みたい」 耀介:「もう親みたいなもんだろ。 耀介:俺はお前がそれこそ、おねしょしてる時から傍に居るんだから」 澪:「嘘!ようちゃんに会った時、私もうおねしょなんかしてなかったもん!」 耀介:「してただろ? 耀介:俺の記憶では・・・確か十歳になるまで・・・」 澪:「嘘つかないでよぉ! 澪:最後は七歳の春で・・・あっ」 耀介:「・・・ぷっ、あはははは」 澪:「ようちゃんの意地悪! 澪:引っ掛けたな!」 耀介:「俺のせいにするなよ。 耀介:引っかかったお前が悪い」 澪:「もう!そんな意地悪するんなら、余ったコロッケは私が貰っちゃうよ!」 耀介:「おう、食え食え。食って少しは肉付けろ。 耀介:じゃないとお前、いつまでもチビのまんまだからな」 澪:「これでもしっかり大きくなってるよ! 澪:身長だって去年より三センチ伸びたし、胸だって・・・少しは・・・」 耀介:「ガキが何色気出そうとしてんだ」 澪:「ガキじゃないもん。もう十五歳だもん。 澪:それにあと半月もすれば、結婚だって出来るようになるんだからね」 耀介:「はぁ~ん?さては、気になる男でもいるのか?」 澪:「・・・秘密」 耀介:「ほぅ?俺に隠し事とはいい度胸だな。 耀介:さては定食屋に来るお客の誰かか・・・ 耀介:ああ、そういえば店主の息子がお前と同じくらいだったよな・・・」 澪:「詮索(せんさく)しなくてもいいでしょ! 澪:ほらほら、お味噌汁できたから、お茶碗にご飯よそって! 澪:夕飯にするよ!」 耀介:「はいはい」 澪:「『はい』は一回」 耀介:「ったく、生意気に育ったモンだなぁ・・・」 澪:「育ててくれた人に似たんですぅ」 耀介:「なんだとぉ、この万年反抗期娘!」 澪:「きゃあ!もう、やめてよぉー!」 0:(耀介、澪、笑い合う) 耀介:「・・・なぁ、澪。ごめんな」 澪:「何で謝るの?」 耀介:「いや、俺がきちんと真っ当に生きてりゃ、お前にもっと楽な暮らしをさせてやれたかもしれないのに、って思ってさ。 耀介:つまらねぇこそ泥なんかやってたばかりに、ろくな仕事に就けない俺のせいで、こんな狭苦しい六畳一間(ろくじょうひとま)のオンボロアパート住まいで・・・ 耀介:満足に飯も食わせてやれねぇのが、何だか申し訳なくてな」 澪:「そんなこと・・・! 澪:むしろ、私はようちゃんにお礼を言わなきゃいけないんだよ? 澪:六年前・・・あの花火大会の日、お母ちゃんに捨てられて泣いていた私を、ここまで面倒見てくれたようちゃんに文句なんて言ったら、バチが当たる」 耀介:「澪・・・」 澪:「気にしないで。 澪:私はお腹いっぱいご飯が食べられなくたって幸せ。 澪:屋根のあるお家で暮らせて、お仕事だって与えてもらって、ようちゃんがこうして傍にいてくれる。 澪:それ以上、望むことなんて何もない」 耀介:「・・・そっか」 澪:「そうだよ。 澪:だから、ようちゃんが申し訳なく思うことなんて、ひとつも無いの。 澪:私の為に真っ当に生きようと頑張ってくれてるようちゃんが、後ろめたい気持ちになる必要なんて、ぜーんぜん無いんだよ」 耀介:「・・・」 澪:「・・・ようちゃん?」 耀介:「・・・あーあ、俺は幸せモンだなぁ。 耀介:こんなできすぎた娘を持ってさ」 澪:「ようちゃんってば、本当に親みたい。 澪:その歳でそんな事ばかり言ってると、あっという間におじいちゃんになっちゃうよ」 耀介:「そりゃあ大変だ。 耀介:俺が若々しいうちに早く孫の顔見せてくれよ、澪」 澪:「・・・もう、馬鹿なんだから」 耀介:「んー?」 澪:「何でもないよ! 澪:ほら!早くご飯よそってよ! 澪:お味噌汁冷めちゃうでしょ!」 耀介:「ああ、そうだったそうだった。 耀介:あー、腹減った・・・」 澪:「ねぇねぇ、余ってるコロッケ。 澪:やっぱり半分こしようよ!」 耀介:「えっ、いいからお前食えよ」 澪:「いいの!仲良く分けて食べた方が、ぜーったい美味しいから!」 耀介:「(笑う)はいはい、わかったよ」 澪:「『はい』は一回!」 耀介:「はぁーい」 澪:「伸ばさない!」 0:(耀太、澪、少しの間笑い合う) 0: 0:(しばらくの間。夕暮れの商店街) 耀介:「澪」 澪:「・・・あっ、ようちゃん。今帰り?」 耀介:「ああ、今日はもうあがっていいって言われてさ。 耀介:肉屋のオヤジさんにまた余りモンでもねだってみるかなーって思って、商店街まで足伸ばしてみた」 澪:「(笑う)そんなにしょっちゅう行ったら、またおじさんがおばさんに怒られちゃうでしょ~」 耀介:「うーん・・・それもそうだな。今日はやめとくか・・・ 耀介:って、澪?何見てんだ?」 澪:「・・・あっ!ええっとね・・・そこのポスター。 澪:花火大会、もうすぐだなぁ、って思って」 耀介:「あぁ、そういやもうそんな時期か・・・ 耀介:へぇ、お前の誕生日の前の日か。 耀介:わりと盛大にやるからな、ここの花火大会。 耀介:うちの窓からも良く見えるくらいだし・・・」 澪:「・・・」 耀介:「・・・澪?」 澪:「えっ?あっ、ごめんね! 澪:暑い中歩いてたから、ちょっとぼーっとしちゃって・・・あはは・・・」 耀介:「もしかして、お前・・・この浴衣(ゆかた)が欲しいのか?」 澪:「ち、違うよぉ!欲しくなんかない! 澪:ただ、綺麗な柄だなぁ、って思って見てただけ!」 耀介:「・・・へぇ」 澪:「本当!本当だよ! 澪:第一、こんな大人っぽい柄、私には似合わないもん! 澪:着付け方だって知らないし・・・」 耀介:「着付け方なんて、誰かに教わればいいだろ?」 澪:「いいの!知ってたら余計着たくなっちゃうもん! 澪:知らない方がいいの!」 耀介:「・・・やっぱり着たいんじゃねぇか」 澪:「あっ・・・」 耀介:「(ため息)ほんっと、お前は隠し事が苦手だよなぁ・・・」 澪:「ううっ・・・」 耀介:「・・・買ってやろうか?」 澪:「いらない!」 耀介:「何で?」 澪:「だって、浴衣って高いんだよ! 澪:私、帯も下駄も持ってないし・・・ 澪:それに、こんな綺麗なやつ、絶対高いに決まってる!」 耀介:「けど・・・」 澪:「いいの!いらないの! 澪:浴衣を買ったって、お腹は膨(ふく)れないもん! 澪:その分、一品でもおかずを増やした方が、絶対いい!」 耀介:「澪・・・」 澪:「ほら、行こう、ようちゃん! 澪:今日もお仕事疲れたでしょ? 澪:実はね、お店で余った煮物をもらったの。 澪:よぉく味が染みてて美味しいんだよ。 澪:あとはね、お豆腐屋さんでお豆腐を買って・・・それから・・・」 0:(ほんの少し間) 耀介:「・・・浴衣・・・かぁ・・・」 0:(しばらくの間。耀介、アパートに続く階段を登る) 耀介:「はぁー・・・今日も疲れたなぁ。 耀介:ったく・・・どれだけ汗水垂らして働いても、雀の涙ほどの給料しか出ねぇたぁ・・・。 耀介:世知辛い(せちがらい)世の中だぜ、全く・・・」 0:(ほんの少し間) 耀介:「・・・ただいまぁ。帰ったぞー。 耀介:・・・って、何だ?澪、いねぇのか? 耀介:鍵、閉め忘れか・・・? 耀介:おーい、澪。みおー?」 澪:「・・・ようちゃん。おかえり」 耀介:「うわっ!・・・なんだ、お前・・・脅かすなよ。 耀介:そんな部屋の隅に幽霊みたいに蹲(うずくま)って・・・電気くらい点けろよな」 澪:「・・・」 耀介:「おい、どうした。元気ねぇな・・・ 耀介:具合でも悪いのか・・・って、お前・・・! 耀介:どうした、その顔・・・!?」 澪:「あっ・・・これ? 澪:えっと・・・転んじゃって・・・」 耀介:「転んだ・・・? 耀介:転んだだけでそんな頬が腫(は)れあがるわけないだろ・・・?」 澪:「ううん。転んだの。 澪:本当に・・・転んだだけだから・・・」 耀介:「嘘だ! 耀介:・・・嘘だ。こんなの見ればわかる。 耀介:それは誰かに殴られた痕(あと)だ。 耀介:おい、誰だ・・・誰だよ!お前を殴ったのは!教えろ!」 澪:「・・・やだ」 耀介:「何でだよ!教えろ!」 澪:「やだ・・・っ!」 耀介:「澪っ!!」 澪:「・・・っ」 0:(少し間) 澪:「・・・盗っ人(ぬすっと)と一緒に住んでるんだろ、って言われたの」 耀介:「・・・!」 澪:「仕事してたら、旦那さんに呼び出されて・・・ 澪:お前、盗っ人の男と一緒に暮らしてるらしいな、って問い詰められて・・・。 澪:違います、って言ったら嘘をつくなって殴られたの。 澪:お前、その男とグルになって、この店の金を盗むつもりなんだろう、って・・・殴られたの・・・」 0:(少し間) 澪:「そんな事無いですって言ったのに、旦那さん全然話を聞いてくれなくて・・・ 澪:今まで見た事ないくらい怖い顔で腕を掴まれて・・・大声で怒鳴られて・・・。 澪:私、私・・・っ」 耀介:「・・・っ!クソっ!」 澪:「どこ行くの、ようちゃん!」 耀介:「決まってんだろ!今からお前を殴ったあのバカ店主を殴りに行くんだ!」 澪:「やめて!」 耀介:「止めるな!」 澪:「そんな事して、警察呼ばれて、ようちゃんが捕まりでもしたら、私はどうすればいいの!?」 耀介:「・・・それは・・・」 澪:「お願い・・・お願いだよ・・・行かないで。 澪:私は大丈夫・・・お仕事はクビになっちゃったけど、明日からまた別のお仕事探すから・・・。 澪:だから、お願い、行かないで・・・行かないでよぉ・・・っ!」 耀介:「(澪を抱き締める)・・・っ、すまねぇ・・・すまねぇ、澪・・・ 耀介:俺が、俺のせいでお前をこんな目に・・・ 耀介:ごめん、ごめんな・・・」 澪:「うっ・・・ううっ・・・うわぁああん・・・(少しの間泣く)」 0:(しばらくの間。夜、澪が泣き疲れ、眠っている) 耀介:「・・・澪?寝たか・・・?」 0:(少し間) 耀介:「・・・ああ、こんなに目も、頬も腫らしちまって・・・ 耀介:女だっていうのに・・・ひでぇ顔で・・・」 0:(少し間) 耀介:「お前は少しも悪くないのに、何でこんな風に傷付けられるんだ・・・? 耀介:いや、今日だけじゃない。初めっからそうだ。 耀介:お前は何一つ悪くないのに、親に捨てられて・・・つらい思いばかりして・・・」 0:(少し間) 耀介:「どうすればお前を幸せにしてやれる・・・? 耀介:俺は何をお前にしてやれる・・・? 耀介:腹いっぱい飯を食わしてやることもできない。 耀介:欲しいものも買ってやれない。 耀介:こんな俺が、どうすれば、お前を・・・」 0:(少し間) 耀介:「・・・金。そうだ、金だ・・・! 耀介:金さえあれば、俺は・・・きっと・・・!」 0:(少し間) 耀介:「・・・澪、待ってろよ。 耀介:絶対に、俺はお前を・・・」 0:(しばらくの間。すっかり日が落ちたアパートの一室) 澪:「ようちゃん・・・遅いなぁ・・・いつもだったら、もう帰ってくる頃なのに・・・」 0:(少し間) 澪:「・・・外、もう真っ暗だ・・・」 0:(少し間) 澪:「・・・もしかして、何かあったんじゃ・・・。 澪:そういえば、今日、隣町で強盗事件があったって、大家さんが言ってたし・・・。 澪:事故・・・それとも、まさか・・・」 0:(ほんの少し間) 澪:「やっぱり様子を見に行こう・・・! 澪:ここでじっとしてるよりもずっと良い・・・! 澪:まずは駅まで行ってみて、それから・・・」 0:(二人、同じくらいのタイミングで) 耀介:「うわっ」 澪:「きゃっ」 耀介:「・・・あー、ビックリした。 耀介:なんだよ、急に入口開けて、猪みたいに突進してきて・・・ 耀介:一体どうした?」 澪:「どうしたじゃないよ!」 耀介:「はぁ?」 澪:「心配してたんだよ! 澪:こんな時間になっても帰ってこないから、もしかして事故にでも遭(あ)ったんじゃないかって・・・」 耀介:「・・・ああ、悪い・・・ちょっと寄りたい所があってな。 耀介:そのせいですっかり遅くなっちまった」 澪:「本当に、遅いよ・・・心配したんだよ・・・? 澪:隣町では強盗も出て、人が刺されたって言うし・・・。 澪:ようちゃんに万が一の事があったら、私・・・っ」 耀介:「おい・・・泣くなよ。大丈夫だって。 耀介:怪我もしてないし、足だって・・・ほら! 耀介:この通りちゃんと付いてるだろ?」 澪:「(泣く)うっ・・・うううっ・・・」 耀介:「あー・・・もう参ったなぁ。 耀介:ハンカチなんて気の利いたモン、持ってねぇし・・・ 耀介:着てるシャツは汗臭いし・・・。 耀介:・・・そうだ、澪!ほら、これ!」 澪:「・・・何?その紙袋・・・」 耀介:「いいから、開けてみろって」 澪:「うん・・・?えっ・・・これ、帯?」 耀介:「帯だけじゃないぞ。 耀介:その下の多当紙(たとうし)・・・広げてみろ」 澪:「えっ・・・これ、あの時の浴衣・・・?」 耀介:「そう、お前が見てたやつ。 耀介:何だっけ、赤いゼラニウム・・・?だったっけか。 耀介:花が染め抜かれた、藍色の。 耀介:洒落た(しゃれた)柄だって呉服屋の主人も言ってたぜ。 耀介:しかも、珍しい一点物(いってんもの)だとさ」 澪:「これ・・・どうしたの?」 耀介:「・・・ん?ああ、今日な、臨時の収入があってさ。 耀介:もうそろそろお前、十六歳の誕生日だろ? 耀介:折角なら、何か買ってやりたいと思ってさ」 澪:「そんな・・・!だったら、もっと自分の為に使えば良かったのに・・・! 澪:私なんかの為に、こんな高価なもの・・・」 耀介:「いいんだよ。俺が見たかったんだ。 耀介:その浴衣を着たお前を」 澪:「えっ・・・」 耀介:「・・・なぁ、今度近くで花火大会があるだろう? 耀介:その浴衣着て、俺と一緒に花火を見に行ってくれないか?」 澪:「・・・一緒に、花火を?」 耀介:「そう、一緒に。 耀介:夜店でりんご飴を買って・・・揃いでお面付けて。 耀介:花火がよく見える穴場も聞いてきたからさ。 耀介:そこまで手を繋いで、一緒に行こう。 耀介:お前と出会ったあの日みたいに・・・二人で」 澪:「・・・っ」 耀介:「おいおい、なんでまた泣くんだよ。 耀介:もしかして、違う柄(がら)の方が良かったのか?」 澪:「・・・ううん。これがいい。 澪:これじゃなきゃ嫌だ」 耀介:「だったら、泣き止めって」 澪:「別にいいでしょ。 澪:悲しくて泣いてる訳じゃないんだから・・・許して」 耀介:「嬉し涙ってやつか」 澪:「ふふっ、そういう事」 耀介:「それなら良いけどさ。 耀介:・・・嬉しいなら、できれば笑ってくれよ。 耀介:俺はお前の泣き顔よりも、笑顔の方が好きなんだから」 澪:「うん、知ってるよ・・・へへっ・・・」 耀介:「あーあ、まだ涙が零れてらぁ」 澪:「仕方ないじゃない。 澪:一回泣きだしたら止まらなくなっちゃうの、ようちゃんも知ってるでしょ? 澪:止まるまで、もう少しだけ待ってよ」 耀介:「はいはい。わかったよ、泣き虫め」 澪:「・・・ようちゃん」 耀介:「どうした?」 澪:「私、ようちゃんにどうやってお礼をすればいい? 澪:何をお返しすればいい?」 耀介:「・・・別にいいよ。 耀介:俺はお前が幸せそうなら、それでいい」 澪:「欲がないなぁ・・・」 耀介:「親が無償(むしょう)の愛に見返りを求めてどうする」 澪:「だから、六つしか変わらないでしょ?」 耀介:「六つしか離れてなかろうと、俺はお前の育ての親みたいなモンだ」 澪:「・・・もう少し、私が早く生まれてればなぁ・・・」 耀介:「何が?」 澪:「・・・ううん。独り言」 耀介:「(笑う)何だそれ」 澪:「・・・ねぇ、ようちゃん」 耀介:「ん?」 澪:「花火大会、楽しみだね」 耀介:「ああ、そうだな」 澪:「りんご飴も、わたがしも買おうね。 澪:二人で一緒に食べようね」 耀介:「ああ、そうだな」 澪:「ようちゃん」 耀介:「んー?」 澪:「・・・ありがとう、大好きだよ」 0:(しばらくの間。花火大会、当日の夜明け前) 耀介:「・・・さて、と」 澪:「・・・んん・・・ようちゃん?」 耀介:「悪い。起こしたか?」 澪:「どうしたの?まだ外は真っ暗だよ? 澪:こんな時間にどこに行くの?」 耀介:「・・・ん?ああ・・・今日は少し現場が遠くてな。 耀介:早めに出ないと間に合わないんだ」 澪:「えっ・・・?それだと、今夜の花火大会も間に合わないんじゃないの?」 耀介:「大丈夫。早く出た分、早く帰してもらう。 耀介:少なくとも、花火が打ち上がる前までには帰ってくる」 澪:「うん・・・」 耀介:「・・・ほら、お前はまだ寝てろよ。 耀介:花火見る前に寝ちゃいました、なんて、笑い話だぞ」 澪:「寝るわけないでしょ・・・もう・・・」 耀介:「(笑う)」 澪:「・・・気を付けて行ってきてね」 耀介:「ああ、分かってる。 耀介:・・・行ってきます」 0:(しばらくの間。澪、浴衣を着ている) 澪:「ふふっ、ようちゃんが買ってくれた浴衣・・・綺麗だなぁ」 0:(少し間) 澪:「うーん・・・私にはやっぱり少し大人っぽい、かなぁ・・・? 澪:・・・でも、私だって明日が来れば十六歳だもん。 澪:きっと似合ってる。大丈夫」 0:(少し間) 澪:「・・・ようちゃん、似合ってるって褒めてくれるかなぁ。 澪:少しでも釣り合ってるように見えるかな? 澪:釣り合ってるように見えれば、もしかしたら・・・」 0:(ノックの音) 澪:「・・・あれ?お客さん? 澪:・・・はーい、今開けまーす」 0:(少し間) 澪:「・・・はい。ようちゃん・・・耀介(ようすけ)は今仕事に行ってます。 澪:・・・あの、あなたたちは・・・?」 0:(しばらくの間。夜、耀介、アパートへの帰り道を歩いている) 耀介:「・・・ああ、すっかり遅くなっちまった・・・。 耀介:ったく・・・大事な日に限って、なんでこんな仕事が入るかねぇ、全く」 0:(少し間) 耀介:「でも、今日はそのおかげで澪に好きなモン、何でも買ってやれそうだ。 耀介:夕飯(ゆうめし)は食わずに待ってろよ、って言ってあるからな。 耀介:きっと腹空かして待ってるはずだ 耀介:・・・よし」 0:(少し間。耀介、部屋の入口を開ける) 耀介:「澪!ただいま!ごめんな、待たせちまって。 耀介:ちょっと遅くなったけど、花火見に行こうぜ。 耀介:早くしないと打ち上げが始まって・・・」 澪:「・・・おかえり、ようちゃん」 耀介:「(少し驚く)あ、ああ・・・ただいま。 耀介:ビックリした。なんだよ、お前・・・ 耀介:電気も点けずにそんな窓辺に座り込んで・・・」 澪:「・・・」 耀介:「お、買ってやった浴衣着てるじゃねぇか。 耀介:・・・うん、よく似合ってる。 耀介:ほら、こっち来てみろ。電気点けるからさ。 耀介:明るいところで見せてくれよ、その姿・・・」 澪:「・・・ねぇ、ようちゃん。聞きたいことがあるの」 耀介:「あ・・・?どうした?」 澪:「あのさ・・・今日、どこに行ってたの?」 耀介:「どこって・・・言ったじゃねぇか。 耀介:仕事に決まってんだろ?」 澪:「仕事に行って、何をしてたの?」 耀介:「何を・・・? 耀介:ああ・・・そうだなぁ、今日の現場は力仕事が多かったなぁ。 耀介:たくさん物を運んで、それから・・・」 澪:「物って何を運んだの?」 耀介:「物は物だよ。お前に(言うほどの物じゃない)」 澪:(耀介のセリフに被せるように) 澪:「言えるような物じゃない?」 耀介:「・・・おい、どうした? 耀介:やけに今日は問い詰めるような物言いだな・・・。 耀介:何かあったのか?」 澪:「・・・あった、って言ったら、ようちゃんはどうする?」 耀介:「別に・・・どうするも何もねぇよ・・・。 耀介:ほら、そんな事より、早く行かないと花火始まっちまうって・・・」 澪:「・・・強盗事件」 耀介:「・・・は?」 澪:「知ってるでしょ。 澪:浴衣を買ってくれたあの日、隣町で起きた強盗事件の事。 澪:私、帰ってきたようちゃんに言ったもんね」 耀介:「あぁ・・・そういえば、そんな事言ってたな。それが・・・」 澪:「・・・今日ね、被害にあった人が亡くなったんだって」 耀介:「・・・そうか、それは残念・・・だったな」 澪:「でね、その話には続きがあるの」 耀介:「・・・続き?」 澪:「うん。その人ね、ずっと目を覚まさなかったんだけど、亡くなる直前に少しだけ意識が戻って・・・ 澪:病院の人にこう言ったんだって」 0:(少し間) 澪:「犯人の一人が去り際に『ようすけ』って名前を呼んだ声が聞こえた、って」 耀介:「・・・っ!」 澪:「・・・ねぇ、ようちゃん。 澪:今日、警察の人が来たよ。 澪:お宅に『ようすけ』さんという方はいらっしゃいますかって。 澪:その方は、強盗事件があった当日、どこにいたか分かりますかって」 耀介:「・・・」 澪:「・・・ねぇ、教えて。ようちゃん」 0:(少し間) 澪:「事件があったあの日、一体どこで、何をしていたの?」 0:(少し間) 耀介:「・・・仕事を、していた」 澪:「どこで?」 耀介:「・・・少し遠くの、作業現場で・・・」 澪:「どんな仕事?」 耀介:「・・・物を運んでいた。たくさん運んだ。 耀介:とにかく、たくさんの物を」 澪:「何を?」 耀介:「・・・大したものじゃない」 澪:「教えてよ」 耀介:「・・・言うほどの物じゃない」 澪:「ようちゃん」 耀介:「・・・お前には関係ない」 澪:「ようちゃん」 耀介:「お前は気にする必要なんかない」 澪:「ようちゃん」 耀介:「お前は、何も気にする必要なんかないんだ!」 澪:「ようちゃん!! 澪:・・・ねぇ、私の目を見て、答えてよ」 耀介:「・・・っ」 澪:「・・・やっぱり、あの日、事件現場にようちゃんは居たんだね」 耀介:「違うんだ・・・ 耀介:少しだけ、少しだけ金が手に入れば良かったんだ。 耀介:金目の物をほんの少しだけ頂いて、帰るつもりだったんだ」 澪:「・・・でも、住んでいた人に見つかってしまった」 耀介:「違うんだ・・・殺す気なんか無かった・・・ 耀介:刃物を突き付けて、脅しただけだ。 耀介:命まで奪う気は無かった」 澪:「・・・けど、その人は死んでしまった」 耀介:「違う・・・違うんだ!聞いてくれ! 耀介:俺はただ、お前に笑ってもらいたくて・・・!だから・・・!」 澪:「だから、私の為に、ようちゃんは人を殺してしまったの・・・?」 耀介:「・・・違う!お前のせいじゃない! 耀介:俺が・・・!俺が勝手に・・・!」 澪:「・・・ごめんね」 耀介:「何で・・・お前が謝るんだ・・・」 澪:「私がいたせいで、ようちゃんに人殺しをさせてしまって・・・ごめんね」 耀介:「違う、違うんだ・・・! 耀介:頼む、謝らないでくれ・・・」 澪:「全部全部、私が傍にいたせいだね。 澪:・・・だからようちゃん、私返さなきゃ・・・ 澪:ようちゃんがもう、こんな事しなくて済むように、返さなきゃ・・・」 耀介:「え・・・?」 澪:「・・・ねぇ、この浴衣を返せば、ようちゃんはもうそんな仕事しなくて済む?(澪、帯を解く)」 耀介:「おい・・・馬鹿、お前、何やって・・・!」 澪:「この帯も、そこにある下駄も・・・ 澪:今着てるこの肌着だって、ようちゃんに買ってもらったものだよね? 澪:・・・全部返すよ。今すぐ、全部返すから・・・」 耀介:「やめろ・・・やめろって! 耀介:そんなことされたって、俺は・・・」 澪:(澪、食い気味に) 澪:「あぁ、それでも足りないよね?それなら・・・それならさ・・・」 0:(ほんの少し間) 澪:「『私自身』で返せば、ようちゃんはもう、苦しまなくて済む・・・?」 耀介:「・・・っ!やめろよ・・・っ!!」 0:(少し間) 耀介:「・・・なんで・・・なんでそうなるんだよ・・・。 耀介:俺は・・・俺は別にお前に何か返してもらおうなんて、思ってない・・・! 耀介:俺が望んでるのは、お前が幸せになることだけだ! 耀介:娘みたいに育ててきたお前が何も不自由せず、何にも脅(おびや)かされず、毎日たらふく飯食って、毎日屈託(くったく)なく笑って・・・! 耀介:そんな人生を送ってくれれば充分なんだ・・・! 耀介:それが俺の幸せで、それが・・・!」 澪:「うん、わかってる。 澪:・・・でもね、そんなの人の命を奪っていい理由にはならないんだよ」 耀介:「・・・っ」 澪:「ねぇ、ようちゃん。 澪:幸せだったんだ、私。 澪:ようちゃんに拾ってもらって。 澪:優しくしてもらって。 澪:護(まも)ってもらって。 澪:それだけで、初めは充分だったんだ」 0:(少し間) 澪:「けど、満たされれば満たされるほど、貪欲になってしまった。 澪:欲しいものが少しずつ、増えてしまった」 0:(少し間) 澪:「・・・これは罰だね。 澪:ようちゃんが人を殺してしまったように、私もようちゃんを殺してしまったの。 澪:だから、償(つぐな)わなきゃ・・・ 澪:ようちゃんの傍から、離れなきゃ・・・」 耀介:「澪っ!」 0:(少し間) 耀介:「離れる必要なんかない・・・償う必要なんかない! 耀介:俺の罪を・・・親の罪を子どものお前が償う必要なんかないんだ! 耀介:全部・・・全部、俺が償うから・・・!」 澪:「・・・やっぱり、ようちゃんの中で私は一生、子どものままなんだね」 耀介:「えっ・・・?」 澪:「ねぇ・・・一つだけお願いがあるんだ」 耀介:「お願い・・・?」 澪:「私が罪を償う為に必要な事。 澪:私がここから離れる為に、必要な事」 耀介:「だから・・・!何度も言ってるじゃねぇか! 耀介:お前が背負う罪なんて、一つも・・・」 澪:(澪、耀介にキスをし、抱き締める) 澪:「ダメだよ。優しくしないで。 澪:じゃないと私、いつまで経っても子どものままだから」 耀介:「澪・・・?」 澪:「ねぇ、私・・・もうすぐ、大人になるよ。 澪:ようちゃんが育ててくれたおかげで、立派に大人になるんだよ」 耀介:「おい、澪・・・やめろ、やめてくれって・・・」 澪:「そう、私はもう一人でも大丈夫。 澪:だから、ようちゃんにはこれから、自分だけの人生を歩んでほしい」 耀介:「澪・・・やめろ。それ以上は・・・」 澪:「・・・ダメだよ。目を逸らさないで。 澪:これが私なんだよ。 澪:ようちゃんが育ててくれた、大人になった私の姿」 耀介:「やめろ・・・見たくない、お前のそんな姿・・・! 耀介:だって俺は・・・お前の・・・!」 澪:「・・・ねぇ、ようちゃん。 澪:私からの、最後のお願い」 0:(少し間) 澪:「・・・ようちゃんが大事に大事に育ててくれた、『娘』の私を。 澪:私との間にあるその関係を、ようちゃんの手でーーーー壊して」 耀介:「嫌だ・・・嫌だ・・・嫌だ・・・! 耀介:うう・・・うううう・・・うわぁあああ・・・っ」 0:(しばらくの間) 耀介:静まり返った窓の外。 耀介:全てが終わってしまった空を見る。 耀介:あの日、掴んだはずの小さな手の温もりはもうどこにもなくて。 耀介:求めるように伸ばした指先は、赤いゼラニウムの花にそっと触れて。 耀介: 耀介:かき抱いた腕の中、キミの残り香をそっと散らした。 0:~FIN~

0:『ちるはなのひ』 耀介:長い長い石段を、小さな手を引いて登る。 耀介:泣きじゃくる幼いキミの手を引いて登る。 耀介:そこに行けば、キミの涙が止まると思った。 耀介:こんな自分でも、キミを笑顔にできると思った。 耀介: 耀介:奪うことしか知らなかった自分でも、キミに何かを与えられると思った。 耀介: 耀介:長い長い石段を登って、登って、登りきったその刹那(せつな) 耀介: 耀介: 耀介:ーーー振り返れば夏の夜空に花が咲いた。 0:(しばらくの間。二人が住むアパートの一室) 澪:「あっ、おかえり!ようちゃん!」 耀介:「おう、ただいま。澪(みお)」 澪:「今日もお仕事お疲れ様! 澪:さ、早く靴脱いで、手洗って! 澪:ご飯、できてるよ」 耀介:「ん、ありがと。 耀介:おっ、いい匂いするなぁ。これは・・・魚?」 澪:「そう、メザシ! 澪:魚屋さん行ったら、安かったんだ」 耀介:「そりゃ良かった。 耀介:じゃあ、今日はコレもあるから、ご馳走だな」 澪:「コレ・・・?あっ、コロッケだ! 澪:しかも三つも!」 耀介:「買いに行ったら肉屋のオヤジさんが一個オマケしてくれてさ。 耀介:まぁ、余りモンだからちょっと油臭いのは勘弁しろよ、って言ってたけど」 澪:「ううん!大丈夫! 澪:おじさんの作るコロッケ美味しいもん。 澪:少しくらい時間経ってても全然平気!」 耀介:「ははっ、それ聞かせたらオヤジさん、またきっと喜んでオマケしてくれるかもな」 澪:「それは嬉しいけど・・・ 澪:おじさんのお店が潰れちゃったら困るから、ちゃんと買う時は買わなきゃ」 耀介:「真面目だな、澪は」 澪:「違うよぉ。 澪:この辺りの人、みんな良い人だから、困る姿を見たくないだけ」 耀介:「なるほどなぁ。 耀介:いやぁ・・・澪がいい子に育ってくれて、俺は実に嬉しい」 澪:「ようちゃんってば、六つしか離れてないのに、なんだか親みたい」 耀介:「もう親みたいなもんだろ。 耀介:俺はお前がそれこそ、おねしょしてる時から傍に居るんだから」 澪:「嘘!ようちゃんに会った時、私もうおねしょなんかしてなかったもん!」 耀介:「してただろ? 耀介:俺の記憶では・・・確か十歳になるまで・・・」 澪:「嘘つかないでよぉ! 澪:最後は七歳の春で・・・あっ」 耀介:「・・・ぷっ、あはははは」 澪:「ようちゃんの意地悪! 澪:引っ掛けたな!」 耀介:「俺のせいにするなよ。 耀介:引っかかったお前が悪い」 澪:「もう!そんな意地悪するんなら、余ったコロッケは私が貰っちゃうよ!」 耀介:「おう、食え食え。食って少しは肉付けろ。 耀介:じゃないとお前、いつまでもチビのまんまだからな」 澪:「これでもしっかり大きくなってるよ! 澪:身長だって去年より三センチ伸びたし、胸だって・・・少しは・・・」 耀介:「ガキが何色気出そうとしてんだ」 澪:「ガキじゃないもん。もう十五歳だもん。 澪:それにあと半月もすれば、結婚だって出来るようになるんだからね」 耀介:「はぁ~ん?さては、気になる男でもいるのか?」 澪:「・・・秘密」 耀介:「ほぅ?俺に隠し事とはいい度胸だな。 耀介:さては定食屋に来るお客の誰かか・・・ 耀介:ああ、そういえば店主の息子がお前と同じくらいだったよな・・・」 澪:「詮索(せんさく)しなくてもいいでしょ! 澪:ほらほら、お味噌汁できたから、お茶碗にご飯よそって! 澪:夕飯にするよ!」 耀介:「はいはい」 澪:「『はい』は一回」 耀介:「ったく、生意気に育ったモンだなぁ・・・」 澪:「育ててくれた人に似たんですぅ」 耀介:「なんだとぉ、この万年反抗期娘!」 澪:「きゃあ!もう、やめてよぉー!」 0:(耀介、澪、笑い合う) 耀介:「・・・なぁ、澪。ごめんな」 澪:「何で謝るの?」 耀介:「いや、俺がきちんと真っ当に生きてりゃ、お前にもっと楽な暮らしをさせてやれたかもしれないのに、って思ってさ。 耀介:つまらねぇこそ泥なんかやってたばかりに、ろくな仕事に就けない俺のせいで、こんな狭苦しい六畳一間(ろくじょうひとま)のオンボロアパート住まいで・・・ 耀介:満足に飯も食わせてやれねぇのが、何だか申し訳なくてな」 澪:「そんなこと・・・! 澪:むしろ、私はようちゃんにお礼を言わなきゃいけないんだよ? 澪:六年前・・・あの花火大会の日、お母ちゃんに捨てられて泣いていた私を、ここまで面倒見てくれたようちゃんに文句なんて言ったら、バチが当たる」 耀介:「澪・・・」 澪:「気にしないで。 澪:私はお腹いっぱいご飯が食べられなくたって幸せ。 澪:屋根のあるお家で暮らせて、お仕事だって与えてもらって、ようちゃんがこうして傍にいてくれる。 澪:それ以上、望むことなんて何もない」 耀介:「・・・そっか」 澪:「そうだよ。 澪:だから、ようちゃんが申し訳なく思うことなんて、ひとつも無いの。 澪:私の為に真っ当に生きようと頑張ってくれてるようちゃんが、後ろめたい気持ちになる必要なんて、ぜーんぜん無いんだよ」 耀介:「・・・」 澪:「・・・ようちゃん?」 耀介:「・・・あーあ、俺は幸せモンだなぁ。 耀介:こんなできすぎた娘を持ってさ」 澪:「ようちゃんってば、本当に親みたい。 澪:その歳でそんな事ばかり言ってると、あっという間におじいちゃんになっちゃうよ」 耀介:「そりゃあ大変だ。 耀介:俺が若々しいうちに早く孫の顔見せてくれよ、澪」 澪:「・・・もう、馬鹿なんだから」 耀介:「んー?」 澪:「何でもないよ! 澪:ほら!早くご飯よそってよ! 澪:お味噌汁冷めちゃうでしょ!」 耀介:「ああ、そうだったそうだった。 耀介:あー、腹減った・・・」 澪:「ねぇねぇ、余ってるコロッケ。 澪:やっぱり半分こしようよ!」 耀介:「えっ、いいからお前食えよ」 澪:「いいの!仲良く分けて食べた方が、ぜーったい美味しいから!」 耀介:「(笑う)はいはい、わかったよ」 澪:「『はい』は一回!」 耀介:「はぁーい」 澪:「伸ばさない!」 0:(耀太、澪、少しの間笑い合う) 0: 0:(しばらくの間。夕暮れの商店街) 耀介:「澪」 澪:「・・・あっ、ようちゃん。今帰り?」 耀介:「ああ、今日はもうあがっていいって言われてさ。 耀介:肉屋のオヤジさんにまた余りモンでもねだってみるかなーって思って、商店街まで足伸ばしてみた」 澪:「(笑う)そんなにしょっちゅう行ったら、またおじさんがおばさんに怒られちゃうでしょ~」 耀介:「うーん・・・それもそうだな。今日はやめとくか・・・ 耀介:って、澪?何見てんだ?」 澪:「・・・あっ!ええっとね・・・そこのポスター。 澪:花火大会、もうすぐだなぁ、って思って」 耀介:「あぁ、そういやもうそんな時期か・・・ 耀介:へぇ、お前の誕生日の前の日か。 耀介:わりと盛大にやるからな、ここの花火大会。 耀介:うちの窓からも良く見えるくらいだし・・・」 澪:「・・・」 耀介:「・・・澪?」 澪:「えっ?あっ、ごめんね! 澪:暑い中歩いてたから、ちょっとぼーっとしちゃって・・・あはは・・・」 耀介:「もしかして、お前・・・この浴衣(ゆかた)が欲しいのか?」 澪:「ち、違うよぉ!欲しくなんかない! 澪:ただ、綺麗な柄だなぁ、って思って見てただけ!」 耀介:「・・・へぇ」 澪:「本当!本当だよ! 澪:第一、こんな大人っぽい柄、私には似合わないもん! 澪:着付け方だって知らないし・・・」 耀介:「着付け方なんて、誰かに教わればいいだろ?」 澪:「いいの!知ってたら余計着たくなっちゃうもん! 澪:知らない方がいいの!」 耀介:「・・・やっぱり着たいんじゃねぇか」 澪:「あっ・・・」 耀介:「(ため息)ほんっと、お前は隠し事が苦手だよなぁ・・・」 澪:「ううっ・・・」 耀介:「・・・買ってやろうか?」 澪:「いらない!」 耀介:「何で?」 澪:「だって、浴衣って高いんだよ! 澪:私、帯も下駄も持ってないし・・・ 澪:それに、こんな綺麗なやつ、絶対高いに決まってる!」 耀介:「けど・・・」 澪:「いいの!いらないの! 澪:浴衣を買ったって、お腹は膨(ふく)れないもん! 澪:その分、一品でもおかずを増やした方が、絶対いい!」 耀介:「澪・・・」 澪:「ほら、行こう、ようちゃん! 澪:今日もお仕事疲れたでしょ? 澪:実はね、お店で余った煮物をもらったの。 澪:よぉく味が染みてて美味しいんだよ。 澪:あとはね、お豆腐屋さんでお豆腐を買って・・・それから・・・」 0:(ほんの少し間) 耀介:「・・・浴衣・・・かぁ・・・」 0:(しばらくの間。耀介、アパートに続く階段を登る) 耀介:「はぁー・・・今日も疲れたなぁ。 耀介:ったく・・・どれだけ汗水垂らして働いても、雀の涙ほどの給料しか出ねぇたぁ・・・。 耀介:世知辛い(せちがらい)世の中だぜ、全く・・・」 0:(ほんの少し間) 耀介:「・・・ただいまぁ。帰ったぞー。 耀介:・・・って、何だ?澪、いねぇのか? 耀介:鍵、閉め忘れか・・・? 耀介:おーい、澪。みおー?」 澪:「・・・ようちゃん。おかえり」 耀介:「うわっ!・・・なんだ、お前・・・脅かすなよ。 耀介:そんな部屋の隅に幽霊みたいに蹲(うずくま)って・・・電気くらい点けろよな」 澪:「・・・」 耀介:「おい、どうした。元気ねぇな・・・ 耀介:具合でも悪いのか・・・って、お前・・・! 耀介:どうした、その顔・・・!?」 澪:「あっ・・・これ? 澪:えっと・・・転んじゃって・・・」 耀介:「転んだ・・・? 耀介:転んだだけでそんな頬が腫(は)れあがるわけないだろ・・・?」 澪:「ううん。転んだの。 澪:本当に・・・転んだだけだから・・・」 耀介:「嘘だ! 耀介:・・・嘘だ。こんなの見ればわかる。 耀介:それは誰かに殴られた痕(あと)だ。 耀介:おい、誰だ・・・誰だよ!お前を殴ったのは!教えろ!」 澪:「・・・やだ」 耀介:「何でだよ!教えろ!」 澪:「やだ・・・っ!」 耀介:「澪っ!!」 澪:「・・・っ」 0:(少し間) 澪:「・・・盗っ人(ぬすっと)と一緒に住んでるんだろ、って言われたの」 耀介:「・・・!」 澪:「仕事してたら、旦那さんに呼び出されて・・・ 澪:お前、盗っ人の男と一緒に暮らしてるらしいな、って問い詰められて・・・。 澪:違います、って言ったら嘘をつくなって殴られたの。 澪:お前、その男とグルになって、この店の金を盗むつもりなんだろう、って・・・殴られたの・・・」 0:(少し間) 澪:「そんな事無いですって言ったのに、旦那さん全然話を聞いてくれなくて・・・ 澪:今まで見た事ないくらい怖い顔で腕を掴まれて・・・大声で怒鳴られて・・・。 澪:私、私・・・っ」 耀介:「・・・っ!クソっ!」 澪:「どこ行くの、ようちゃん!」 耀介:「決まってんだろ!今からお前を殴ったあのバカ店主を殴りに行くんだ!」 澪:「やめて!」 耀介:「止めるな!」 澪:「そんな事して、警察呼ばれて、ようちゃんが捕まりでもしたら、私はどうすればいいの!?」 耀介:「・・・それは・・・」 澪:「お願い・・・お願いだよ・・・行かないで。 澪:私は大丈夫・・・お仕事はクビになっちゃったけど、明日からまた別のお仕事探すから・・・。 澪:だから、お願い、行かないで・・・行かないでよぉ・・・っ!」 耀介:「(澪を抱き締める)・・・っ、すまねぇ・・・すまねぇ、澪・・・ 耀介:俺が、俺のせいでお前をこんな目に・・・ 耀介:ごめん、ごめんな・・・」 澪:「うっ・・・ううっ・・・うわぁああん・・・(少しの間泣く)」 0:(しばらくの間。夜、澪が泣き疲れ、眠っている) 耀介:「・・・澪?寝たか・・・?」 0:(少し間) 耀介:「・・・ああ、こんなに目も、頬も腫らしちまって・・・ 耀介:女だっていうのに・・・ひでぇ顔で・・・」 0:(少し間) 耀介:「お前は少しも悪くないのに、何でこんな風に傷付けられるんだ・・・? 耀介:いや、今日だけじゃない。初めっからそうだ。 耀介:お前は何一つ悪くないのに、親に捨てられて・・・つらい思いばかりして・・・」 0:(少し間) 耀介:「どうすればお前を幸せにしてやれる・・・? 耀介:俺は何をお前にしてやれる・・・? 耀介:腹いっぱい飯を食わしてやることもできない。 耀介:欲しいものも買ってやれない。 耀介:こんな俺が、どうすれば、お前を・・・」 0:(少し間) 耀介:「・・・金。そうだ、金だ・・・! 耀介:金さえあれば、俺は・・・きっと・・・!」 0:(少し間) 耀介:「・・・澪、待ってろよ。 耀介:絶対に、俺はお前を・・・」 0:(しばらくの間。すっかり日が落ちたアパートの一室) 澪:「ようちゃん・・・遅いなぁ・・・いつもだったら、もう帰ってくる頃なのに・・・」 0:(少し間) 澪:「・・・外、もう真っ暗だ・・・」 0:(少し間) 澪:「・・・もしかして、何かあったんじゃ・・・。 澪:そういえば、今日、隣町で強盗事件があったって、大家さんが言ってたし・・・。 澪:事故・・・それとも、まさか・・・」 0:(ほんの少し間) 澪:「やっぱり様子を見に行こう・・・! 澪:ここでじっとしてるよりもずっと良い・・・! 澪:まずは駅まで行ってみて、それから・・・」 0:(二人、同じくらいのタイミングで) 耀介:「うわっ」 澪:「きゃっ」 耀介:「・・・あー、ビックリした。 耀介:なんだよ、急に入口開けて、猪みたいに突進してきて・・・ 耀介:一体どうした?」 澪:「どうしたじゃないよ!」 耀介:「はぁ?」 澪:「心配してたんだよ! 澪:こんな時間になっても帰ってこないから、もしかして事故にでも遭(あ)ったんじゃないかって・・・」 耀介:「・・・ああ、悪い・・・ちょっと寄りたい所があってな。 耀介:そのせいですっかり遅くなっちまった」 澪:「本当に、遅いよ・・・心配したんだよ・・・? 澪:隣町では強盗も出て、人が刺されたって言うし・・・。 澪:ようちゃんに万が一の事があったら、私・・・っ」 耀介:「おい・・・泣くなよ。大丈夫だって。 耀介:怪我もしてないし、足だって・・・ほら! 耀介:この通りちゃんと付いてるだろ?」 澪:「(泣く)うっ・・・うううっ・・・」 耀介:「あー・・・もう参ったなぁ。 耀介:ハンカチなんて気の利いたモン、持ってねぇし・・・ 耀介:着てるシャツは汗臭いし・・・。 耀介:・・・そうだ、澪!ほら、これ!」 澪:「・・・何?その紙袋・・・」 耀介:「いいから、開けてみろって」 澪:「うん・・・?えっ・・・これ、帯?」 耀介:「帯だけじゃないぞ。 耀介:その下の多当紙(たとうし)・・・広げてみろ」 澪:「えっ・・・これ、あの時の浴衣・・・?」 耀介:「そう、お前が見てたやつ。 耀介:何だっけ、赤いゼラニウム・・・?だったっけか。 耀介:花が染め抜かれた、藍色の。 耀介:洒落た(しゃれた)柄だって呉服屋の主人も言ってたぜ。 耀介:しかも、珍しい一点物(いってんもの)だとさ」 澪:「これ・・・どうしたの?」 耀介:「・・・ん?ああ、今日な、臨時の収入があってさ。 耀介:もうそろそろお前、十六歳の誕生日だろ? 耀介:折角なら、何か買ってやりたいと思ってさ」 澪:「そんな・・・!だったら、もっと自分の為に使えば良かったのに・・・! 澪:私なんかの為に、こんな高価なもの・・・」 耀介:「いいんだよ。俺が見たかったんだ。 耀介:その浴衣を着たお前を」 澪:「えっ・・・」 耀介:「・・・なぁ、今度近くで花火大会があるだろう? 耀介:その浴衣着て、俺と一緒に花火を見に行ってくれないか?」 澪:「・・・一緒に、花火を?」 耀介:「そう、一緒に。 耀介:夜店でりんご飴を買って・・・揃いでお面付けて。 耀介:花火がよく見える穴場も聞いてきたからさ。 耀介:そこまで手を繋いで、一緒に行こう。 耀介:お前と出会ったあの日みたいに・・・二人で」 澪:「・・・っ」 耀介:「おいおい、なんでまた泣くんだよ。 耀介:もしかして、違う柄(がら)の方が良かったのか?」 澪:「・・・ううん。これがいい。 澪:これじゃなきゃ嫌だ」 耀介:「だったら、泣き止めって」 澪:「別にいいでしょ。 澪:悲しくて泣いてる訳じゃないんだから・・・許して」 耀介:「嬉し涙ってやつか」 澪:「ふふっ、そういう事」 耀介:「それなら良いけどさ。 耀介:・・・嬉しいなら、できれば笑ってくれよ。 耀介:俺はお前の泣き顔よりも、笑顔の方が好きなんだから」 澪:「うん、知ってるよ・・・へへっ・・・」 耀介:「あーあ、まだ涙が零れてらぁ」 澪:「仕方ないじゃない。 澪:一回泣きだしたら止まらなくなっちゃうの、ようちゃんも知ってるでしょ? 澪:止まるまで、もう少しだけ待ってよ」 耀介:「はいはい。わかったよ、泣き虫め」 澪:「・・・ようちゃん」 耀介:「どうした?」 澪:「私、ようちゃんにどうやってお礼をすればいい? 澪:何をお返しすればいい?」 耀介:「・・・別にいいよ。 耀介:俺はお前が幸せそうなら、それでいい」 澪:「欲がないなぁ・・・」 耀介:「親が無償(むしょう)の愛に見返りを求めてどうする」 澪:「だから、六つしか変わらないでしょ?」 耀介:「六つしか離れてなかろうと、俺はお前の育ての親みたいなモンだ」 澪:「・・・もう少し、私が早く生まれてればなぁ・・・」 耀介:「何が?」 澪:「・・・ううん。独り言」 耀介:「(笑う)何だそれ」 澪:「・・・ねぇ、ようちゃん」 耀介:「ん?」 澪:「花火大会、楽しみだね」 耀介:「ああ、そうだな」 澪:「りんご飴も、わたがしも買おうね。 澪:二人で一緒に食べようね」 耀介:「ああ、そうだな」 澪:「ようちゃん」 耀介:「んー?」 澪:「・・・ありがとう、大好きだよ」 0:(しばらくの間。花火大会、当日の夜明け前) 耀介:「・・・さて、と」 澪:「・・・んん・・・ようちゃん?」 耀介:「悪い。起こしたか?」 澪:「どうしたの?まだ外は真っ暗だよ? 澪:こんな時間にどこに行くの?」 耀介:「・・・ん?ああ・・・今日は少し現場が遠くてな。 耀介:早めに出ないと間に合わないんだ」 澪:「えっ・・・?それだと、今夜の花火大会も間に合わないんじゃないの?」 耀介:「大丈夫。早く出た分、早く帰してもらう。 耀介:少なくとも、花火が打ち上がる前までには帰ってくる」 澪:「うん・・・」 耀介:「・・・ほら、お前はまだ寝てろよ。 耀介:花火見る前に寝ちゃいました、なんて、笑い話だぞ」 澪:「寝るわけないでしょ・・・もう・・・」 耀介:「(笑う)」 澪:「・・・気を付けて行ってきてね」 耀介:「ああ、分かってる。 耀介:・・・行ってきます」 0:(しばらくの間。澪、浴衣を着ている) 澪:「ふふっ、ようちゃんが買ってくれた浴衣・・・綺麗だなぁ」 0:(少し間) 澪:「うーん・・・私にはやっぱり少し大人っぽい、かなぁ・・・? 澪:・・・でも、私だって明日が来れば十六歳だもん。 澪:きっと似合ってる。大丈夫」 0:(少し間) 澪:「・・・ようちゃん、似合ってるって褒めてくれるかなぁ。 澪:少しでも釣り合ってるように見えるかな? 澪:釣り合ってるように見えれば、もしかしたら・・・」 0:(ノックの音) 澪:「・・・あれ?お客さん? 澪:・・・はーい、今開けまーす」 0:(少し間) 澪:「・・・はい。ようちゃん・・・耀介(ようすけ)は今仕事に行ってます。 澪:・・・あの、あなたたちは・・・?」 0:(しばらくの間。夜、耀介、アパートへの帰り道を歩いている) 耀介:「・・・ああ、すっかり遅くなっちまった・・・。 耀介:ったく・・・大事な日に限って、なんでこんな仕事が入るかねぇ、全く」 0:(少し間) 耀介:「でも、今日はそのおかげで澪に好きなモン、何でも買ってやれそうだ。 耀介:夕飯(ゆうめし)は食わずに待ってろよ、って言ってあるからな。 耀介:きっと腹空かして待ってるはずだ 耀介:・・・よし」 0:(少し間。耀介、部屋の入口を開ける) 耀介:「澪!ただいま!ごめんな、待たせちまって。 耀介:ちょっと遅くなったけど、花火見に行こうぜ。 耀介:早くしないと打ち上げが始まって・・・」 澪:「・・・おかえり、ようちゃん」 耀介:「(少し驚く)あ、ああ・・・ただいま。 耀介:ビックリした。なんだよ、お前・・・ 耀介:電気も点けずにそんな窓辺に座り込んで・・・」 澪:「・・・」 耀介:「お、買ってやった浴衣着てるじゃねぇか。 耀介:・・・うん、よく似合ってる。 耀介:ほら、こっち来てみろ。電気点けるからさ。 耀介:明るいところで見せてくれよ、その姿・・・」 澪:「・・・ねぇ、ようちゃん。聞きたいことがあるの」 耀介:「あ・・・?どうした?」 澪:「あのさ・・・今日、どこに行ってたの?」 耀介:「どこって・・・言ったじゃねぇか。 耀介:仕事に決まってんだろ?」 澪:「仕事に行って、何をしてたの?」 耀介:「何を・・・? 耀介:ああ・・・そうだなぁ、今日の現場は力仕事が多かったなぁ。 耀介:たくさん物を運んで、それから・・・」 澪:「物って何を運んだの?」 耀介:「物は物だよ。お前に(言うほどの物じゃない)」 澪:(耀介のセリフに被せるように) 澪:「言えるような物じゃない?」 耀介:「・・・おい、どうした? 耀介:やけに今日は問い詰めるような物言いだな・・・。 耀介:何かあったのか?」 澪:「・・・あった、って言ったら、ようちゃんはどうする?」 耀介:「別に・・・どうするも何もねぇよ・・・。 耀介:ほら、そんな事より、早く行かないと花火始まっちまうって・・・」 澪:「・・・強盗事件」 耀介:「・・・は?」 澪:「知ってるでしょ。 澪:浴衣を買ってくれたあの日、隣町で起きた強盗事件の事。 澪:私、帰ってきたようちゃんに言ったもんね」 耀介:「あぁ・・・そういえば、そんな事言ってたな。それが・・・」 澪:「・・・今日ね、被害にあった人が亡くなったんだって」 耀介:「・・・そうか、それは残念・・・だったな」 澪:「でね、その話には続きがあるの」 耀介:「・・・続き?」 澪:「うん。その人ね、ずっと目を覚まさなかったんだけど、亡くなる直前に少しだけ意識が戻って・・・ 澪:病院の人にこう言ったんだって」 0:(少し間) 澪:「犯人の一人が去り際に『ようすけ』って名前を呼んだ声が聞こえた、って」 耀介:「・・・っ!」 澪:「・・・ねぇ、ようちゃん。 澪:今日、警察の人が来たよ。 澪:お宅に『ようすけ』さんという方はいらっしゃいますかって。 澪:その方は、強盗事件があった当日、どこにいたか分かりますかって」 耀介:「・・・」 澪:「・・・ねぇ、教えて。ようちゃん」 0:(少し間) 澪:「事件があったあの日、一体どこで、何をしていたの?」 0:(少し間) 耀介:「・・・仕事を、していた」 澪:「どこで?」 耀介:「・・・少し遠くの、作業現場で・・・」 澪:「どんな仕事?」 耀介:「・・・物を運んでいた。たくさん運んだ。 耀介:とにかく、たくさんの物を」 澪:「何を?」 耀介:「・・・大したものじゃない」 澪:「教えてよ」 耀介:「・・・言うほどの物じゃない」 澪:「ようちゃん」 耀介:「・・・お前には関係ない」 澪:「ようちゃん」 耀介:「お前は気にする必要なんかない」 澪:「ようちゃん」 耀介:「お前は、何も気にする必要なんかないんだ!」 澪:「ようちゃん!! 澪:・・・ねぇ、私の目を見て、答えてよ」 耀介:「・・・っ」 澪:「・・・やっぱり、あの日、事件現場にようちゃんは居たんだね」 耀介:「違うんだ・・・ 耀介:少しだけ、少しだけ金が手に入れば良かったんだ。 耀介:金目の物をほんの少しだけ頂いて、帰るつもりだったんだ」 澪:「・・・でも、住んでいた人に見つかってしまった」 耀介:「違うんだ・・・殺す気なんか無かった・・・ 耀介:刃物を突き付けて、脅しただけだ。 耀介:命まで奪う気は無かった」 澪:「・・・けど、その人は死んでしまった」 耀介:「違う・・・違うんだ!聞いてくれ! 耀介:俺はただ、お前に笑ってもらいたくて・・・!だから・・・!」 澪:「だから、私の為に、ようちゃんは人を殺してしまったの・・・?」 耀介:「・・・違う!お前のせいじゃない! 耀介:俺が・・・!俺が勝手に・・・!」 澪:「・・・ごめんね」 耀介:「何で・・・お前が謝るんだ・・・」 澪:「私がいたせいで、ようちゃんに人殺しをさせてしまって・・・ごめんね」 耀介:「違う、違うんだ・・・! 耀介:頼む、謝らないでくれ・・・」 澪:「全部全部、私が傍にいたせいだね。 澪:・・・だからようちゃん、私返さなきゃ・・・ 澪:ようちゃんがもう、こんな事しなくて済むように、返さなきゃ・・・」 耀介:「え・・・?」 澪:「・・・ねぇ、この浴衣を返せば、ようちゃんはもうそんな仕事しなくて済む?(澪、帯を解く)」 耀介:「おい・・・馬鹿、お前、何やって・・・!」 澪:「この帯も、そこにある下駄も・・・ 澪:今着てるこの肌着だって、ようちゃんに買ってもらったものだよね? 澪:・・・全部返すよ。今すぐ、全部返すから・・・」 耀介:「やめろ・・・やめろって! 耀介:そんなことされたって、俺は・・・」 澪:(澪、食い気味に) 澪:「あぁ、それでも足りないよね?それなら・・・それならさ・・・」 0:(ほんの少し間) 澪:「『私自身』で返せば、ようちゃんはもう、苦しまなくて済む・・・?」 耀介:「・・・っ!やめろよ・・・っ!!」 0:(少し間) 耀介:「・・・なんで・・・なんでそうなるんだよ・・・。 耀介:俺は・・・俺は別にお前に何か返してもらおうなんて、思ってない・・・! 耀介:俺が望んでるのは、お前が幸せになることだけだ! 耀介:娘みたいに育ててきたお前が何も不自由せず、何にも脅(おびや)かされず、毎日たらふく飯食って、毎日屈託(くったく)なく笑って・・・! 耀介:そんな人生を送ってくれれば充分なんだ・・・! 耀介:それが俺の幸せで、それが・・・!」 澪:「うん、わかってる。 澪:・・・でもね、そんなの人の命を奪っていい理由にはならないんだよ」 耀介:「・・・っ」 澪:「ねぇ、ようちゃん。 澪:幸せだったんだ、私。 澪:ようちゃんに拾ってもらって。 澪:優しくしてもらって。 澪:護(まも)ってもらって。 澪:それだけで、初めは充分だったんだ」 0:(少し間) 澪:「けど、満たされれば満たされるほど、貪欲になってしまった。 澪:欲しいものが少しずつ、増えてしまった」 0:(少し間) 澪:「・・・これは罰だね。 澪:ようちゃんが人を殺してしまったように、私もようちゃんを殺してしまったの。 澪:だから、償(つぐな)わなきゃ・・・ 澪:ようちゃんの傍から、離れなきゃ・・・」 耀介:「澪っ!」 0:(少し間) 耀介:「離れる必要なんかない・・・償う必要なんかない! 耀介:俺の罪を・・・親の罪を子どものお前が償う必要なんかないんだ! 耀介:全部・・・全部、俺が償うから・・・!」 澪:「・・・やっぱり、ようちゃんの中で私は一生、子どものままなんだね」 耀介:「えっ・・・?」 澪:「ねぇ・・・一つだけお願いがあるんだ」 耀介:「お願い・・・?」 澪:「私が罪を償う為に必要な事。 澪:私がここから離れる為に、必要な事」 耀介:「だから・・・!何度も言ってるじゃねぇか! 耀介:お前が背負う罪なんて、一つも・・・」 澪:(澪、耀介にキスをし、抱き締める) 澪:「ダメだよ。優しくしないで。 澪:じゃないと私、いつまで経っても子どものままだから」 耀介:「澪・・・?」 澪:「ねぇ、私・・・もうすぐ、大人になるよ。 澪:ようちゃんが育ててくれたおかげで、立派に大人になるんだよ」 耀介:「おい、澪・・・やめろ、やめてくれって・・・」 澪:「そう、私はもう一人でも大丈夫。 澪:だから、ようちゃんにはこれから、自分だけの人生を歩んでほしい」 耀介:「澪・・・やめろ。それ以上は・・・」 澪:「・・・ダメだよ。目を逸らさないで。 澪:これが私なんだよ。 澪:ようちゃんが育ててくれた、大人になった私の姿」 耀介:「やめろ・・・見たくない、お前のそんな姿・・・! 耀介:だって俺は・・・お前の・・・!」 澪:「・・・ねぇ、ようちゃん。 澪:私からの、最後のお願い」 0:(少し間) 澪:「・・・ようちゃんが大事に大事に育ててくれた、『娘』の私を。 澪:私との間にあるその関係を、ようちゃんの手でーーーー壊して」 耀介:「嫌だ・・・嫌だ・・・嫌だ・・・! 耀介:うう・・・うううう・・・うわぁあああ・・・っ」 0:(しばらくの間) 耀介:静まり返った窓の外。 耀介:全てが終わってしまった空を見る。 耀介:あの日、掴んだはずの小さな手の温もりはもうどこにもなくて。 耀介:求めるように伸ばした指先は、赤いゼラニウムの花にそっと触れて。 耀介: 耀介:かき抱いた腕の中、キミの残り香をそっと散らした。 0:~FIN~