台本概要
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タイトル | 『ビンゴくんの個人的懊悩』 |
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作者名 | sazanka (@sazankasarasara) |
ジャンル | ラブストーリー |
演者人数 | 4人用台本(男1、女2、不問1) |
時間 | 60 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
『ビンゴくんの◯◯的□□』シリーズ第1作。 2017年の夏に端を発する、変わった名前の高校生「ビンゴくん」の、聞く人によっては数奇な運命と出会いを描く、ラブコメディのような何かです。 ―――――――――――――――――ーー とある町へと移り住む事になった高校生、「神戸敏悟(かんべびんご)」。 鬼が出るか蛇が出るか、舌鋒鋭き美少年、ニヤニヤ笑いの同級生、はたまた魅惑の、麗しき未亡人。 受けて立つのか、逃げ出すか、 ともあれ2017年の夏に、物語は幕を開ける。 ―平成29年初夏の頃― ※アドリブ、固有名詞以外の変更等はお好きにされてください。 147 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
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敏悟 | 男 | 227 | 「神戸 敏悟(かんべ びんご)」。高校2年生。年上好き。 |
香澄 | 女 | 73 | 「入矢 香澄(いりや かすみ)」。高校2年生。ヒロインに似た何か。 |
梨子 | 女 | 116 | 「戸賀 梨子(とが なしこ)」。年齢非公表。思われ人。 |
太一 | 不問 | 65 | 「戸賀 太一(とが たいち)」。小学5年生。梨子の息子。ボキャブラリー豊富。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
【モノローグ】(敏悟):報せが来たのも、確か夕方だった。
0:【間】
【モノローグ】(敏悟):俺の名前は神戸敏悟(かんべびんご)。どこにでもいる普通の高校生っ。
【モノローグ】(敏悟):……なんて自己紹介をする機会に恵まれる奴が、世の中に果たして、どれぐらいいるんだろうか。
【モノローグ】(敏悟):詮の無い事をぼんやりと考えている内、いつしか日は陰り、緩やかに列車は停まった。
【モノローグ】(敏悟):生まれ育った町も、記憶も遠く離れて、夕暮れに赤染まる新天地。
【モノローグ】(敏悟):大仰なトランクを引いてホームに降り立った俺を迎えたのは、
【モノローグ】(敏悟):髪の長い、匂い立つように美しい人だった。
梨子:(ニコリと笑み)
梨子:良かった、無事着いて。
梨子:貴方が……、
敏悟:神戸敏悟(かんべびんご)です。
敏悟:よろしくお願いします。
梨子:本当にビンゴくんなのね、うふふ……。長旅おつかれさま。
敏悟:いえ。乗ってただけなんで……。
敏悟:お世話に、なります。
梨子:戸賀梨子(とがなしこ)です。ふつつか者ですが……、
梨子:どうぞ、よろしく。
【モノローグ】(敏悟):夕陽に影差す彼女の笑顔を、俺は一生忘れないだろうと、思った。
0:タイトルコール。
梨子:『ビンゴくんの個人的懊悩(こじんてきおうのう)』
0:【間】
【モノローグ】(敏悟):西暦2017年の夏は、暑かった。
【モノローグ】(敏悟):俺はその年、とある町の、とある高校に居て。
【モノローグ】(敏悟):何人かの、変なヤツに、出会った。
敏悟:神戸敏悟と言います。変わった名前ですが本名ですっ。前の学校ではベタにビンゴって呼ばれてました。趣味は映画とか、見に行ったりする事です。仲良くしてやってください。よろしくお願いしますっ!
【モノローグ】(敏悟):前日に二十回は練習した無難極まりない挨拶を、降り出しの俄(にわ)か雨みたいな拍手で迎えられてから早、1ヶ月が過ぎて。
【モノローグ】(敏悟):学園生活は依然、無風域。
【モノローグ】(敏悟):悲報、吉報、共に無し。
香澄:ねぇ……。神戸くんって、お父さんもお母さんも居ないんだよねぇ。
【モノローグ】(敏悟):細い三日月のような笑みが、昼休みの微睡(まどろ)みを破った。
【モノローグ】(敏悟):隣の、3組の。ネームバッジには、「入矢(いりや)」。
【モノローグ】(敏悟):なんだ、こいつ。
敏悟:なんだコイツ……。
香澄:思ったコトそのまま言ったな。
敏悟:腹ごなしに寝てたんだけど。
香澄:ごめんねぇ? でも目、開いてたよ。
敏悟:目ェ開けて寝るタイプ。
敏悟:何?
香澄:ウワサで聞いたの。2組のヘンな名前の転校生、事故で両親を亡くして、引っ越して来たんだって。
敏悟:面と向かって聞く? 普通。
敏悟:あと、確かめたい噂はソレじゃ無いだろ。
香澄:ウクク。
香澄:そー、だねぇ……。
敏悟:小説家の戸賀梨子と一緒に住んでるって話は、言っとくけど、嘘だよ。
香澄:クフ。
香澄:あんまりテレビとか出る作家じゃないから、興味無い人は知らないケド。ちょっと本読む子には有名だよね。
敏悟:梨子さんがこの町在住だって?
香澄:ナシコさん、って呼んでるんだぁ。
敏悟:……普通だと思うけど。
敏悟:ビンゴくん、って呼ばれてるよ。
香澄:そ。
香澄:私は、神戸くんって呼ぶね。
敏悟:…………。
敏悟:君、変だな。
香澄:(ニヤと笑み)
香澄:ありがとぉ。
香澄:でもさ……。
香澄:ヒトが見たら、どっちが変なのかな。
敏悟:何が。
香澄:言動がちょっと奇矯(ききょう)な女子高生と。
香澄:天涯孤独になって、お母さんの旧友の、美人作家の未亡人と同棲してる男子高生だったら、さ。
敏悟:……。同棲ね。
敏悟:子供も、一緒だけど。
香澄:「T君」だぁ。エッセイの。
敏悟:母さんの事まで……。
敏悟:まあ、梨子さん近所に喋ってるからな。
香澄:片田舎のこんな町では、話しちゃったら千里を走るよね。
敏悟:悪事を犯したつもりは無いね。
敏悟:どっちが変かだって? 境遇がどうあれ、俺は普通だよ。平凡だけが取り柄なんだから。
香澄:どうかなぁ。自分では自分のコト、判んないと思うケド。
香澄:それに、前までは普通でもさ、今は違うよね。環境が人に影響しないなんてコト、あるのかなぁ。
敏悟:…………。
敏悟:だから何。
香澄:「幸福な家庭はどれも似たりよったりだけれど、不幸な家庭はそれぞれ多彩に不幸である」、って言うでしょぉ。
敏悟:不幸に対して多彩って言うかね。
香澄:欠落が人それぞれであるように。
香澄:不幸にだって色があるよ。
香澄:不幸なヒトはやっぱり変で、変なヒトの話は、
0:ニヤ、と細く笑み。
香澄:面白いから。
敏悟:……キレて突き飛ばされたって知らないよ。
香澄:ウクク。身軽だから、大丈夫。
敏悟:……。それに、じゃあやっぱり俺は不幸じゃないな。
香澄:どーして?
敏悟:ちっとも面白くないから。
敏悟:あと、君の方こそどうなんだ?
香澄:私?
敏悟:ずいぶん失礼で、変だけど。
敏悟:どんな不幸な家庭で育ったら、君みたいに変な奴になるのかな。
香澄:…………。
香澄:私の事なんて、みんな知らないから。
香澄:じゃあねぇ。変さ対決はお預けぇ。
0:香澄、立ち去る。敏悟1人残され、
敏悟:……変な笑い方。
敏悟:…………。
敏悟:女子と、喋れた。
【モノローグ】(敏悟):それも結構、可愛めの。
【モノローグ】(敏悟):……ソレは、さておき。
【モノローグ】(敏悟):比べるまでもなく、入矢香澄(いりやかすみ)の方が変な女だった。
【モノローグ】(敏悟):どこにも籍を置かず、昨日は文芸部、今日は美術部、極まれに演劇部、と、日毎に文化系クラブを渡り歩いていて。
【モノローグ】(敏悟):授業の合間や、帰りの駅のホームで、時たま声をかけてくる。
【モノローグ】(敏悟):それが恋愛的興味で無い事だけは一発でわかる、薄く細い笑みで。
【モノローグ】(敏悟):……ちょうど良いと、思った。
【モノローグ】(敏悟):思わせぶりな女は、「同棲」の、相手だけで十分だから。
0:【間】
:
0:帰宅。戸賀梨子邸。
梨子:あら。おかえりなさぁい。
敏悟:うウっ!(手で目を覆い)
敏悟:……梨子さんっ。ちゃん、と、服、着てくださいっ……、
梨子:ごめんなさいね、もう、暑くて……。
【モノローグ】(敏悟):指と指から垣間見る、バスタオルに包まれた悩ましげな稜線(りょうせん)。
【モノローグ】(敏悟):長ネギと、大根の飛び出す買い物袋を落としかけた。
【モノローグ】(敏悟):掛け値無しに、刺激が、強過ぎる……っ。
梨子:良いお湯だったわ。私は済ませたから、ビンゴくんも入ったら?
敏悟:は、うっ、あ、はい……、
梨子:ゼリー、冷えてるから。上がったら一緒に食べましょう?
敏悟:も、桃は、お譲りしますので……、
梨子:うふふ。今日は両方、マスカットなの。
敏悟:さいですか……。
0:【間】
【モノローグ】(敏悟):熱いシャワーで、汗と、記憶と煩悩を洗い流さんとする。
【モノローグ】(敏悟):葛藤。精神の綱引き。
【モノローグ】(敏悟):「落ち着きなさいビンゴっ。いくら麗しくとも。母親と1つしか、違わないんですよっ」
【モノローグ】(敏悟):「それが何だっつーんだよォ? ガバーっと、イッちまえやビンゴォ。グヒヒヒヒヒヒっ」
【モノローグ】(敏悟):いやいや。
敏悟:……夏場は地獄だって。
【モノローグ】(敏悟):薄着、だからである。
【モノローグ】(敏悟):万人がそうであるように、この魔性の未亡人も。
【モノローグ】(敏悟):気もそぞろに脱衣所を後にしてリビングへ入ると、性懲りも無く……、
敏悟:何でTシャツ1枚なんですか……。
梨子:さっきはごめんなさいね、反応に困るモノ見せて。
敏悟:いや……、べ、別に。
【モノローグ】(敏悟):確かに困ったけどもっ。
梨子:これ、顕至(けんじ)くんのお古で、たくさんあって……。
梨子:だいぶ大きいから、ちゃんと下まで隠れるし。
【モノローグ】(敏悟):うおお。裾をつまんでヒラヒラさせるな!
【モノローグ】(敏悟):夫の遺品の、哲学者の顔面がイラストされたカットソー1枚を、下着姿の上に被っただけの家主から、目を逸らす。
【モノローグ】(敏悟):……それとなく。
梨子:はい、どうぞ、マスカットゼリー。
敏悟:あ、どうも……。
梨子:パイナップルにしようか迷ったんだけど、今日はこっちが美味しそうだったから。
梨子:当たりだわ、うふふ。
【モノローグ】(敏悟):原稿に取り掛かる前の、いつものルーティン。フルーツのゼリーを買って来て、おもむろに食べるという。
【モノローグ】(敏悟):半透明のグリーンと、同じぐらい柔らかそうな唇に、窓明かりが差す。
敏悟:…………、
梨子:ん? 何か付いてる?
敏悟:あっ。いえっ、別に。
敏悟:凝視したりトカは。はいっ。
梨子:ふふ……。
0:【間】
:
0:美貌の作家と、少年。二人、リビングにてフルーツゼリーを掬う。
梨子:ごめんなさいね、習慣に付き合わせて。昔からなの。
敏悟:ゼリー、好きなんで。大丈夫です。
梨子:太一は食べてくれないし。あの子フルーツ嫌いだから。
敏悟:プリン派だって言ってましたね。
梨子:プリンもちゃんと、買ってあるけどね。
梨子:うん……、美味しい。
敏悟:ね。果肉感あって。
敏悟:買い溜めとか、しないんですか?
梨子:ゼリー?
敏悟:わざわざ買いに行ってるから。
敏悟:これから暑くなってくし、何なら俺がついでに、
梨子:えっとねぇ、それも含めてルーティーンの一環なの。その日の気分で、目に付いた子を選ぶのね。
梨子:意外とインスピレーションの素(もと)になったりして。
敏悟:へえ……。
梨子:梨のゼリーを見付けた時は、幸運の徴(しるし)って。
梨子:くだらないでしょ。
敏悟:洋梨じゃなくて、梨のね。
梨子:ええ、そう。うふふ。
【モノローグ】(敏悟):眼を細め、少女のように笑う。
【モノローグ】(敏悟):折りに触れ見せるあどけない表情が、年齢不詳の風情を更に深めていた。
【モノローグ】(敏悟):まだ明るい初夏の午後。外光だけのキッチンで、親子でもない2人、ゼリーを食べる。
【モノローグ】(敏悟):不思議な、時間だった。
梨子:学校にはもう慣れた?
敏悟:おかげさまで。
敏悟:でも梨子さん、それ3日に1回ぐらい訊いてますよ。
梨子:3日あれば、大きな変化があったっておかしくないもの。
梨子:例えば、彼女が出来たり、とか。
敏悟:無いですね。
梨子:そう? ビンゴくんモテないの?
敏悟:さあ?
敏悟:……まあでも最近、変な女子からはよく、話しかけられますけど。
梨子:その子、ビンゴくんの事好きなのかなぁ。
敏悟:違うと思います。
敏悟:梨子さんの事、知ってましたよ。去年の新刊、面白かったって。
梨子:あら、ファン……? 迷惑になってない?
敏悟:別に、質問攻めとかは無いんで。
敏悟:むしろ梨子さんの事より、両親の事とか、聞いてくるぐらいです。
梨子:それは……、
敏悟:悪趣味で無神経な奴なんですよ。
敏悟:事故の事とか……。どこで聞いたんだか。
梨子:はっきり嫌だって言ったら良いのよ。
敏悟:嫌とかは、別に……。
敏悟:話も何も、俺は居合わせて無いから知らないし。
敏悟:遺体が殆ど残ってなくても、一応棺には入れるんだ、とか。
敏悟:そんななのに葬儀代同じなのはおかしい、とか、薄い話しか。
梨子:……、そう。
梨子:……遺された人間に、ユーモアは大切だけれど。
梨子:自分に嘘は、つかないでね。
敏悟:……そんな、器用じゃ無いです。
敏悟:ゼリー、ごちそうさまでした。
梨子:ええ……、こちらこそ。
梨子:さぁ、て……。
【モノローグ】(敏悟):ゼリーを完食。
【モノローグ】(敏悟):立ち上がり、ぐ、っと伸びをする。
【モノローグ】(敏悟):Tシャツ1枚で。裾が危うく上下するのは、必然であって……。
【モノローグ】(敏悟):もうヤメてってェ!!
梨子:そろそろ籠もるわ。
梨子:23時にアラームかけるから、悪いけど……、
敏悟:太一と一緒に夕飯食べて、梨子さんの分は、ここ置いときます。
梨子:今日はなあに?
敏悟:鶏大根と、白ネギのスープです。
梨子:(曇り無く笑い)
梨子:わ、やったあっ。
【モノローグ】(敏悟):少女を通り越した幼児の笑みを残し、有名作家は仕事部屋へと去る。
【モノローグ】(敏悟):よほどデンジャラスな〆切時以外は、週4日、1日最大6時間の執筆時間と決めているらしい。
【モノローグ】(敏悟):調べ物や、各種インプット。趣味や家族との時間を、確保する為に。
【モノローグ】(敏悟):家族。
【モノローグ】(敏悟):それは今、俺と対面で飯を食っている、こいつの事だった。
太一:まーったく、鼻の下伸ばしちゃってさ。マスカットの味なんか判らなかったんじゃないの。
敏悟:……帰ってたんなら入ってくれば、
太一:いい機会だと思ったのさ、偵察の。
0:尊大に視線を流し。
太一:母さんに付いた悪い虫の、ね。
敏悟:鶏(とり)、旨い?
太一:話を逸らさないでよ。
太一:……例によってそれなりだけど。
太一:覚えててほしいのは、僕、煮物に白だしは使ってほしく無いって事。
敏悟:あ、そう。了解。
【モノローグ】(敏悟):戸賀太一(とがたいち)は梨子さんの息子であり。
【モノローグ】(敏悟):らしからぬ口調だが、小学5年生だ。
【モノローグ】(敏悟):エッセイを追う程のファンの間では、度々登場し、梨子女史と軽妙なやり取りを繰り広げる「T君」として有名だった。
【モノローグ】(敏悟):ごく手短か、かつ有り体に言うならば、
【モノローグ】(敏悟):こまっしゃくれたガキである。
太一:ほんと、気持ち悪いなあ。第二次性徴を迎えるのが恐ろしくなるね。
敏悟:……太一ももうすぐだよ。
太一:僕には品性があるから。ビンゴみたいにはならないと思うよ。
敏悟:言っとくけど俺はそんな、ガツガツしてない方だから。クラスの奴とか、
敏悟:女にしか興味無いみたいなのとか、酷いのになるとさ、
太一:そういう手合いは、むしろ清々しいじゃない。
太一:ほんとは興味深々の癖に、手で目を隠しながら、隙間から見てるようなのが1番おぞましいんだから。
敏悟:そこから見てたのか!?
太一:……何の話?
敏悟:いやぁ? 何でも??
【モノローグ】(敏悟):あっぶねー。墓穴……。
【モノローグ】(敏悟):ともあれ由無(よしな)し事(ごと)を投げ合いつつ、食卓はそこそこ円満に進む。
【モノローグ】(敏悟):今日のスープは我ながら、良い出来だった。
【モノローグ】(敏悟):ごま油が効いたと見た。
敏悟:……太一はさ。
太一:ん?
敏悟:やっぱり梨子さんが、その、そういう目で見られたりするのは、嫌なモンなのかな。
太一:そういう?
敏悟:周りの人間から、まあ、そういった種類の感情っていうか……、
太一:要を得ないな。何を聞きたいの?
敏悟:その、まあ、息子として。
太一:……へえ。じゃあ認めるんだ。母さんをそういう目で見てるって。
敏悟:いやっ、ていうか普通に、一般論として、
太一:一般論としてなら、それはそうなんじゃないの。
太一:そこへ行くと僕は、普通の息子じゃ、ないからね。
【モノローグ】(敏悟):そうなのである。
【モノローグ】(敏悟):俺も、この家に来てから知った事だが。
敏悟:ごめん。変な事聞いて……。
太一:ほんと。
太一:でも、ビンゴは孤児(みなしご)仲間だから、特別に許してあげる。
敏悟:……渋い言い方知ってるじゃん。
【モノローグ】(敏悟):実感が湧かない。
【モノローグ】(敏悟):目の前のこの子がそうなのはわかるし、経緯を想像して、同情だって出来る。しかし、
【モノローグ】(敏悟):自分も、世間から見れば同じようなものだとは、どうにも思えなかった。
【モノローグ】(敏悟):……ていうか、
敏悟:ていうか、俺はついこないだだったから。
太一:うん?
敏悟:それまでずっと普通だったし。もう、高校生だし。
太一:幼少から親無しの僕とかとは、違うって?
敏悟:んー……、
太一:小学生も高校生も、大人扱いされないって意味では、同じでしょ。
敏悟:ていうより……、そんなキツい思いもしてないし、俺は。おこがましいって言うかさ、
太一:親無しが皆、苦しんで生きてるっていうのも偏見だけどね。僕は別に、施設で気楽にやってたし。
敏悟:梨子さんに会うまで?
太一:そう、だね。
敏悟:取材で来たんだっけ。
太一:編集の人と一緒にね。
太一:『渇いた雪』に、ほとんどそのまま出て来たから笑っちゃった。僕の居たところ。
敏悟:へぇ……。
太一:それは良いんだけどさ、ビンゴ。
敏悟:ん?
太一:キツい思いをしてないって、本当?
敏悟:……、…………。
【モノローグ】(敏悟):大根はまだ硬かったし、鶏モモはちょっと炊き過ぎた。
【モノローグ】(敏悟):……改良、改善の余地アリだ。
0:【間】
香澄:うわぁ、お弁当スゴ。もしかして戸賀梨子の手作り?
【モノローグ】(敏悟):金曜日の昼休み。
【モノローグ】(敏悟):所々に水溜りが残る屋上で弁当を広げているのは、別に付き合っているからとかでは無い。
【モノローグ】(敏悟):偶には独りでゆっくり食事を取りたいというニーズが偶々被った結果、お互い目的を果たせなかっただけである。
【モノローグ】(敏悟):ちなみに、弁当持参は俺だけだ。
敏悟:……違う。自分で。
香澄:へぇ。パンで済ませればいいのに。運動部でもあるまいし。
敏悟:君こそ、毎日そんなの食べてるのか。
香澄:結構イケるよ? アーモンドクリームパン。
敏悟:栄養バランス。
香澄:お腹減らないから。
香澄:朝はお兄ちゃんが、ちゃんと作ってくれるし。
敏悟:お兄さんが? 朝?
香澄:そう。変?
敏悟:……、いや。別に。
香澄:神戸くん、屋上初めて? よく入れるって知ってたね。
敏悟:……、担任に聞いた。
敏悟:考え事したい時は、行くと良いって。
香澄:2組っていうと……、
香澄:あぁ、ツネヒコ君かぁ。不良教師。
敏悟:変に気を回されてる感じで。鬱陶しくもないけど。
香澄:ツネヒコ君は悪ぶってるだけあって普通のヒトだから。
香澄:私たちみたいな変な子に、気を遣うのは普通だよ。
敏悟:わたしたち。
香澄:私も親居ないの。
敏悟:……、へぇ。
香澄:(ニヤと笑い)
香澄:神戸くんトコとは違うけどねぇ。
敏悟:亡くなっては無い、とか。
香澄:残念ながらね。
香澄:頭の中では、もう殺した。
香澄:されたコト全部、やり返してやった。
香澄:どんな風にヤったか聞きたい?
敏悟:……遠慮しとく。食事中だし。
香澄:そ。ウクク。
香澄:私も別にどーでもイイの。昔も今も、私にはお兄ちゃんが居るから。
敏悟:美味しい朝食を作ってくれる、
香澄:味は普通だけどねぇ。
香澄:……私を守ってくれたのは、お兄ちゃんだけ。
香澄:私の叫びを聞いてくれたのは。
香澄:早く大人になって、私もお兄ちゃんを守ってあげたい。
敏悟:……歳、離れてんの。
香澄:親子程じゃないケドね。
香澄:法律が無ければ、結婚したっておかしくないぐらい。
敏悟:したいの、お兄さんと結婚。
香澄:出来ない事はしたがらない主義だから。そんなの、必要無いし。
敏悟:絆が、ある訳だ。
香澄:コンビニエントな言い方、イヤだなぁ。
香澄:私が、想ってるダケ。
【モノローグ】(敏悟):どこか夢見るように言い、小さな口でパンをついばむ。クリームを舐め取る舌は薄く赤かった。
【モノローグ】(敏悟):血縁との絆。
【モノローグ】(敏悟):ある日いきなり、根こそぎ失った俺に取っては、考えても仕方の無い事だけど。
【モノローグ】(敏悟):少なくとも、あの未亡人作家+美少年養子の家族と、俺の間にあるものは、絆では無く親切心、だな、と。
【モノローグ】(敏悟):雲間から差す陽の光を眺めながら、ぼんやりと思った。
0:【間】
太一:おかえり、ムッツリ下半身魔神ビンゴ。
【モノローグ】(敏悟):最悪のアダ名を付けられた。
【モノローグ】(敏悟):冷やし中華に使うメンマ、練りカラシ他を買い求め、スーパー経由で帰宅すると。
【モノローグ】(敏悟):半ズボンの悪魔がプリンを食べていた。
敏悟:……帰ってたのか。
太一:電気系統の点検とかで、今日は休みだったの、塾。
敏悟:遅目のおやつ?
太一:母さんが僕の為に選んでくれたと思うと、味も格別だね。
敏悟:今日は冷やし中華するから。
太一:錦糸卵、してね。
敏悟:んー。梨子さんは?
太一:まだ寝てる。8時で寝てたら起こして、って。
敏悟:結局原稿、ぶっ通しだったのかな。
太一:珍しい事に。入稿まで済ませて寝たみたい。
敏悟:へぇ……。明日、何かあるのかな。
太一:さあ。母さんの予定は、母さんのみぞ知っていれば良いのさ。
【モノローグ】(敏悟):十一歳にして整い切った貌(かお)を恍惚に染め、
【モノローグ】(敏悟):「ジャージー生乳のとろける濃厚Wカスタードプリン」を味わう少年の、美しき義母への心酔ぶりというのは、
【モノローグ】(敏悟):端的に言って、異様だった。
敏悟:……考えたら遅くまでだよな、塾。
太一:時間?
敏悟:9時とかになる時あるだろ。
太一:日によってはね。3連続になる日なんかは。
敏悟:中学受験とか、すんの。
太一:予定ではそのつもり。
太一:母さんに相応しい人間に、なる為に。
敏悟:息子として?
太一:そうだけど?
太一:僕に取って、あれ程素晴らしい女性は世界中探したって居やしない。初めて会った日から今日まで、少しも色褪せず、寧ろ輝きを増して……、
太一:あるいは、僕が日々成長する毎に、感じる事の出来る魅力が増えて行くのか。
太一:いずれにせよ、万華鏡のような女性だよ。母さんは。
敏悟:…………。
敏悟:スゴいな。
太一:ビンゴには到底、理解出来ないだろうけど。
太一:愛や好意は表してこそ、意味も価値もあるものだから。
敏悟:真似は、出来ないけどさ。
敏悟:……息子に、なったんだ。そんなに好きなのに。
太一:…………、
敏悟:あ、いや、変な意味じゃ無くて。
敏悟:やっぱり年の差的な事が、
太一:(遮り)男が女性と添い遂げる道が、恋人や夫婦だけとは限らないだろ。
太一:僕に取ってはそれが母子(おやこ)だった。シンプルな話だ。
敏悟:……、
太一:一緒にするなよ、君とさ。
敏悟:俺は……、さ。
敏悟:確かにそんな高尚なもんじゃなくて……、
【モノローグ】(敏悟):見た目です。あとスタイル。
【モノローグ】(敏悟):優しくしてくれるし。
【モノローグ】(敏悟):気にかけてくれるし。
【モノローグ】(敏悟):否定してこないし。
【モノローグ】(敏悟):包容力、はちょっと……、よくわからないけども。
太一:高尚低劣の話はしてないよ。煮え切らない態度は虫が好かないって事。
敏悟:……ごめん。
【モノローグ】(敏悟):小学生にガチで謝ってしまった。
太一:この一月(ひとつき)観察してみるに君は、戸賀梨子という人に、母親と女、その両方を求めてるな。
敏悟:…………、
太一:亡くしたお母さんを重ねてるの?
太一:或いは寂しさを埋める為?
敏悟:……事故は親父も一緒に、
太一:(遮り)父親に何かを求める程バカじゃないだろ。
敏悟:…………、
太一:忘れなよ。理由が何であれ、目の前から消えた人間の事なんか。
太一:そして、思うままに生きたら良いのに。見え透いた照れ隠しなんてしてないでさ。
敏悟:…………。
敏悟:忘れようとしても、思い出せない、ってヤツだよ。
太一:何それ?
【モノローグ】(敏悟):何だっけ。
【モノローグ】(敏悟):再放送で見た、何かのアニメの、エンディング……、
敏悟:思うままの奴が、家の中に居て、ヤじゃないの。
敏悟:息子として。
太一:言ったろ。
太一:僕たちは、普通じゃない。
敏悟:……、……。
【モノローグ】(敏悟):自分の周りに、変な奴が多いと感じるのは。
【モノローグ】(敏悟):きっと俺が、どうしようもなく、普通だからなんだろう。
梨子:……おはよぉー。あ、ふ。(欠伸)
梨子:何の話してたのぉ。
太一:あっ。おはよう、母さんっ。
敏悟:おはよう、ございます……。
太一:早かったね。まだ七時半過ぎだから、もう少し、
梨子:ありがとぉ太一。
梨子:深く眠ったから、スッキリ起きたわ。
梨子:もうじき夕飯よね?
敏悟:あ、は、はい、そー、なん、ですっ、が……っ、
梨子:じゃ、久々に3人揃ってご飯だ。
太一:冷やし中華だって。
梨子:ほんと? わあいっ。
梨子:あ、プリン食べた?
太一:うん、美味しかったぁ。流石母さんが選んでくれた、
敏悟:(遮り)梨子さんっ!!
0:二人の視線が敏悟に集まり。
敏悟:その、えっと、ふ、服っ……、
梨子:服??
梨子:……、ああ、
敏悟:この季節でもっ。風邪っ、引くと、イケないんで……、
【モノローグ】(敏悟):今度はTシャツすら無かった。
【モノローグ】(敏悟):直視できないあられもなさで、家主は笑う。
梨子:ごめんごめん。シャワー、浴びて来るわね。
敏悟:今から麺、茹でるんでっ。
敏悟:ご、ゆ、っくり……。
太一:……先が思いやられるなあ。
太一:下半身魔神。
【モノローグ】(敏悟):紅顔(こうがん)の悪魔が、ボソリと言った。
0:【間】
:
0:三人の食卓。冷やし中華は綺麗に平らげられている。
梨子:美味しかったぁ。ごちそうさま。
敏悟:おそまつさまでした。
梨子:練りカラシがあって良かった。太一も、美味しかった?
太一:(布巾で口許を拭いつつ)
太一:そこそこだったよ。ごちそうさま。
敏悟:うーい。
梨子:洗い物、今日は私が、
敏悟:作りつつ洗ってたんで、ほとんど。
敏悟:ゆっくりしてください。
梨子:本当? ごめんなさいね……。
梨子:私、ほっとくと無限に甘えちゃうから。いつでも言ってね。
敏悟:や、ホントに。
太一:母さんは筆一本でうちを支えてるんだから。家の事は、僕ら穀潰しに任せてくれれば良いよ。
敏悟:語彙、エグいな。
梨子:誰の影響だか、ふふ。
梨子:日々健康に育って、勉強に励むのが学生のお仕事なんだから。
梨子:二人とも、いつもご苦労さま。
敏悟:いえ全然……。太一は、励み過ぎなぐらいだけど。
太一:ビンゴはもうちょっと頑張りなよ。期末、近いんじゃないの。
敏悟:うぐ。
梨子:半端な時期の転校で、大変よね。
敏悟:まあ、まあ……。範囲あんまり違わないんで。
敏悟:勉強得意な知り合いとかに聞いて、何とか。
太一:こないだ言ってた変な女子? 何かと絡んで来るっていう。
敏悟:あー、いや、うん、まあ、
梨子:私の本の読者の子ね。やっぱりその子、ビンゴくんの事、
敏悟:そーゆーのでは全然無いですね、ハイ。もー全く。
太一:やたら強く否定するね。
敏悟:(不審な挙動で)
敏悟:んなコトも、ねー、よっ??
梨子:……うふふ。
梨子:個性的な子が寄ってくるのは、お父さんに似たのかな。
敏悟:え……?
梨子:仁悟(じんご)さんもね、昔から妙に、変わったパーソナリティの人に好かれるの。男女問わず。
敏悟:……、親父が?
太一:(麦茶を飲みつつ)
太一:ジンゴからのビンゴなんだ、ていうか。
梨子:今にして思えば、私もその、個性的なメンバーの1人だったのかも。高校の時は、自覚無かったけど。
太一:母さんの個性と魅力は、学生時代から世界一だったろうね。
梨子:地味な文学少女だったのよ。今と変わらない。
【モノローグ】(敏悟):だったらマドンナやんけっ。よう言わんでしかしっ。
【モノローグ】(敏悟):……それは、いいとして。
【モノローグ】(敏悟):ていうか、
敏悟:ていうか、親父と、高校から知り合いだったんですか……?
梨子:そうよ?
梨子:あれ? え、知らなかった??
敏悟:母の、旧友、っていう風に……、
梨子:美鶴(みつる)さんは、先輩なの。
梨子:仁悟さんも、同じクラスだったのよ。
敏悟:…………っ、
敏悟:全、然、知らなかった、です。
太一:馴れ初めとか、聞かなかったの。
敏悟:ちっちゃい頃は、親父は海外で、母さんも、一緒に付いてってたから……。
太一:……へえ。放っとかれてたんだ。
敏悟:いやっ。中2からは一緒だったし。
仕送りも毎月、
太一:お金だけは滞りなく、と。
敏悟:爺ちゃんのトコでちゃんと、面倒を……、
太一:ちゃんと、ねえ。施設育ちと大差あるのかな、それ。
敏悟:それ、は。……、
梨子:はい、ストップ。過去や境遇を品評するのは嫌いよ。
太一:……すみません、母さん。
敏悟:……、……、
梨子:(敏悟を観察し)
梨子:……敏悟くん。
敏悟:あ、はい……、
梨子:明日、土曜だけど、予定はある?
敏悟:明日……?
敏悟:いや、特に、は。
梨子:じゃあ、ねえ……、
【モノローグ】(敏悟):美しい人は、笑みを含んで言った。
梨子:私と、デートしましょう。
0:【間】
【モノローグ】(敏悟):海沿いのフリーウェイを突っ切って、カフェオレ色のバンが行く。ハンドルを執(と)る麗人の、白い肌に映えるサングラスも眩しい。助手席に座る俺は、景色と共に飛び去って行く雲を見ていた。
【モノローグ】(敏悟):窓は開いており、梨子女史は少々、フィーバー気味であった。
敏悟:ケッコーーーーーっ、スピードっ、出ますねーーーーっ。
梨子:なんてーーーーーっ!?
梨子:今っ、風と道路(みち)と対話してるからーーーーーーーっ!
敏悟:あっ! すんませんっ。何でもないでーーーーっすっ!
【モノローグ】(敏悟):知らない梨子さんだった。
【モノローグ】(敏悟):噂に聞く、運転中は人格が変わる人、が、これほど身近に居たとは。
敏悟:梨子さんっ! 前っ、前っ!!
梨子:見てるーーっ! むしろ、今なら何もかもが見える気がするーーーーーーっ!
【モノローグ】(敏悟):俺の内蔵を小気味よくシェイクし、ほんの一瞬、死を想起させる猛加速の後、高速を抜けたバンは湾岸公園の敷地に入り、緩やかに減速した。
梨子:ああーっ、気持ちよかったぁ。
梨子:窓、閉めるねーーっ。
敏悟:ウグっ……、う……、
敏悟:う、うす……、ご、ごちそうさまです……。
梨子:原稿、行き詰まったりするとね、思いっきりブッ飛ばすの。
梨子:編集部の子を誘ったりするんだけど、何故かいっつも予定が合わなくて。
敏悟:へ、へぇ……。
【モノローグ】(敏悟):一回、味わったんだな。
【モノローグ】(敏悟):同情イタシます……。まだ見ぬ編集の人……。
梨子:大丈夫?? お腹痛い?
敏悟:あ、全然……、全然何も……。
0:【間】
:
0:湾岸公園。カフェオレ色のバンは駐車場へと入る。
梨子:(徐行しつつ)
梨子:えっとぉ。うふふ。
梨子:土曜だけど駐車場、空(あ)いてる空いてる。流石、良く言えば穴場。
敏悟:綺麗なトコですね……。
敏悟:もっと、家族連れとか……、
【モノローグ】(敏悟):カップル、とか、
敏悟:……居ても、おかしくないのに。
梨子:微妙にアクセス悪いから。車じゃないと来にくいし……、景色以外は、何も無いしねぇ。
【モノローグ】(敏悟):端に駐車し、荷物を取って繰り出した。
【モノローグ】(敏悟):料金所近くに看板を出すキッチンカーで、チキンのトマト煮込みサンドを買い込む。2人前、税込み1360円 也(なり)。
【モノローグ】(敏悟):水筒は持参である。
梨子:ここ、ここっ。
梨子:うわあ、ベンチ、新しくなってるーっ。
敏悟:ここが、高校の時、よく集まってたっていう……、
梨子:そうっ。「いつもの東屋(あずまや)」。
梨子:って、ほんとに何の変哲も無いんだけど。
梨子:高校も、統廃合で無くなっちゃったしねえ。
敏悟:この近く、だったんですよね。
梨子:目と鼻の先。ていうか、
梨子:(指を指し)あそこ。
梨子:愛染(あいぜん)病院のとこ、そのまま学校だったの。
敏悟:歩いて来れますね。
梨子:放課後、いつもね。
梨子:全然馴染まないメンツで集まって。
梨子:会話も一方的な投げっ放しで、全然噛み合ってなくて、私も隅の方で、本を読んでただけなんだけど。
梨子:何だか不思議と、楽しかったなあ……。
敏悟:確かに何も無いけど、海、めちゃくちゃ綺麗……。
梨子:でしょーっ。
梨子:久々に来たけど、景色だけは全然、変わらない。
敏悟:思い出の場所、みたいな。
梨子:うふふ、そんな大した事、何もなかったけどね。
梨子:でもその、よく集まってるメンツの中にね、
敏悟:両親も。
敏悟:……居たんですよね。
梨子:……ええ。そう。
梨子:高校時代の事、美鶴さんたちからは全然、聞いてない?
敏悟:……、ほとんど、全く。
敏悟:爺ちゃんが死んで、中2で2人が帰って来て、それから、会話が無かったとかじゃ、ないんですけど。
梨子:うん、うん。
敏悟:親父は、中国とかアジアの、石や遺跡の話ばっかりだし。
梨子:お仕事の、ね。
敏悟:母さんも、どこどこの街でこんな事があった、とか、日本との文化の違いとか、そういう……。
梨子:今を、見てたのねえ。
梨子:あの人達らしい。
敏悟:俺も、自分のこと一通りは出来たし。
敏悟:やる事も、別に、見つけられてたんで。
梨子:うん。
敏悟:多分、ですけど……、
敏悟:俺も、両親も、親子の素人だった、って言うか。
敏悟:親やる事にも、息子やる事にも、不慣れで。
敏悟:慣れる前に、結局、その、
梨子:「親子の素人」か。
梨子:そのフレーズ、今度何かで使わせてもらうかも。
敏悟:あ……、どうぞどうぞ、全然。
梨子:ふふ。
梨子:……私もねえ。
梨子:「夫婦の素人」のまま、相方は先に、お星さまになっちゃって。
梨子:子作りでもしてたら、また違ったんだろうけど。
敏悟:こっ……、こず、
梨子:「無(な)し子(こ)」なんて縁起が悪い、って祖母が言ってたのが、一瞬よぎっちゃって。馬鹿馬鹿しいわよね。
敏悟:…………、
梨子:なんだかねえ、ほんとに実感、湧かないよねえ。
敏悟:……後の事は結構、思い出せるんですけどね。
梨子:事故の日の事、覚えてる?
敏悟:なんか……、正直、あんまり。
敏悟:学校の帰りだったのは、そうなんですけど。
梨子:うん。
敏悟:警察から電話来て、そっからは、流れ作業みたいな感じで……。
敏悟:再生したけど、保存してない、みたいな。
梨子:……面白い表現。
梨子:私も……、ね。
梨子:偉そうな事言っときながら、気持ちの整理も放っぽっちゃってるわ。
梨子:感情ごと、前の家に置いて来ちゃったみたいに。
敏悟:ね。……あるある、なんですかね。
梨子:両親と夫だから、また違うと思うけどね。私はもう、大人だったし。
敏悟:大人……。
敏悟:……です、よね。
敏悟:……あの、
梨子:なあに?
敏悟:……顕至(けんじ)さん、って、その……、
敏悟:どんな人、だったんですか。
梨子:…………、
梨子:(視線を宙へと運び)
梨子:ええと、ねえ……、
敏悟:……、
梨子:普通ーーーー、の人。基本は真面目なんだけど。
敏悟:普通、の。
梨子:でも私って、偶(たま)に変なスイッチが入ったり、原稿に集中すると、色々と疎かになっちゃうでしょ。
敏悟:まあ……、あの、はい……、
梨子:そんな時でも、変わらず真面目に、普通でいてくれたから。
梨子:その辺は楽で、頼もしかったわ。
梨子:愛してくれてたと思うし。
梨子:私も、愛してた。
敏悟:……、そっか。
梨子:でも……、普通とか、変とかって、曖昧な言葉よね。
敏悟:そう、ですかね。
梨子:基準値がある訳じゃないし。
梨子:見る角度によって、変な部分も、普通の部分も、あるじゃない。
敏悟:境遇は変で、人は普通、って場合もありますもんね。俺とか、みたいに。
梨子:切り分けられる物でも、ないと思うけどね。
梨子:きっとどこかは、変なのよ。
梨子:顕至くんにだって、変だなって思う所、あったしね。古いTシャツをたくさん、集めたりとか。
敏悟:あの、アレですね……。
梨子:1枚1枚、結構高いのよ。趣味として理解は出来るけど、興味が無い人からしたら、変よね。
敏悟:あの……、アレ、着る時にですね、
敏悟:出来たら、その、下に、楽なズボン的なものでも……、
梨子:下に……?
梨子:あ……、そうか。嫌よね、こんなオバサンの。うふふ。
敏悟:いえっ。断じて、そのような事はっ。
梨子:ふふ、ふ。
梨子:ビンゴくんが年頃の男の子だって、忘れてたわ。息子でもおかしくない歳だとはいえ。
敏悟:やあーー、その、はい、
梨子:美鶴先輩にも怒られちゃうし。これからは自重します。
【モノローグ】(敏悟):畜生っっっ。言うんじゃなかった、俺。
【モノローグ】(敏悟):……一段落した所で、買い込んだサンドイッチを広げ、水筒のお茶を汲む。ローズヒップティーはすっきりと喉を癒やした。
【モノローグ】(敏悟):意外でも無いが、太一の趣味である。
梨子:うん、美味しい美味しい。見掛け倒しじゃない。
敏悟:ソースが酸っぱ過ぎなくて良いですね。これ、今度再現してみようかな。
梨子:お料理、出来るだけじゃなくて好きなのね、ビンゴくん。
敏悟:昔からやってるんで……。
梨子:部活も、あれよね、
敏悟:製菓料理部ね。入ってはみたものの……。
梨子:不真面目な部なの?
敏悟:というか、俺以外に部長しかいなくて、自動的に俺が副部長なんですけど。
敏悟:またこれが、変て言うか、よくわかんないヤツで。まだ1回も料理出来てません。
梨子:ふふ。
梨子:あの高校はそうね、変わった子が多そうね。
敏悟:あんまり、邪魔しない感じですね。真面目にやるのも、変なのも。
梨子:……そうね。
梨子:真面目な子って、どこか変で。変な子も、どこかは普通よね。
敏悟:それは……、まあ。
梨子:変な部分も、普通な部分も、両方あって。
梨子:まぜこぜで、人間なんだって、私は思うのね。
敏悟:…………。
梨子:だから。
梨子:両親を亡くしても、夫を亡くしても。
梨子:施設から貰われて来ても、赤の他人と一緒に住んでても。
梨子:男の子なのに料理が好きでも、小説家なんてヤクザな商売をやってても。
梨子:いい歳して子供を生んでなくても。
梨子:大切な人を失ったのに、未だに泣く事が、出来ていなくても。
敏悟:…………。
梨子:全部が変で、おかしくて。
梨子:それで、普通。
梨子:……って、思えたらきっと、楽だよね。
梨子:自分は、自分なんだから。
敏悟:…………。
梨子:(パクリと、サンドを一口)
梨子:ふふ。言いたい事言って食べるご飯って、美味しいわあ。
【モノローグ】(敏悟):……結局、予想していたような、高校時代の父と母の、目眩(めくるめ)くエピソードトークは聞けなかった。
【モノローグ】(敏悟):取り留めも無く、今のこの街の事や、ご近所の要注意人物の事。
【モノローグ】(敏悟):太一のクラスメイトの、これまた曲者の少女の事。
【モノローグ】(敏悟):県境にあたる、山沿いエリアの集落に残った、祠(ほこら)にまつわる不可思議な祭儀の事。
【モノローグ】(敏悟):作家としての処世や、担当編集者に男運が無いという話。
【モノローグ】(敏悟):流石人気作家だけあって、話の組み立てが巧みで、俺は全然飽きなかった。
【モノローグ】(敏悟):言外にだが、
【モノローグ】(敏悟):遺された自分たちは、それでも今を生きているのだからと、
【モノローグ】(敏悟):言われている気がした。
0:【間】
:
0:湾岸公園の、ベンチにて。日は、傾きかけている。
梨子:……ふう。喋った喋ったぁ。ごめんね、一方的でしょ。
敏悟:や、面白いです。俺、全然知らない事ばっかりで……。
梨子:(腕時計を見やり)
梨子:もういい時間ね。
梨子:……どうする?
梨子:夕焼け、見てく?
敏悟:あ……、
敏悟:皆で見てた、っていう……、
梨子:そう。特に、仁悟さんが、好きだったから。
敏悟:……、……、
梨子:学校も無くなって、町も、何もかも、変わったけれど。
梨子:景色は変わらないから。
梨子:きっと、同じ夕焼け。
敏悟:…………。
梨子:…………。
敏悟:今日はもう、帰りませんか。
梨子:そう?
敏悟:ご飯、遅くなるし。
敏悟:それで、帰りに……、道路沿いに、あの、道の駅、ありましたけど。
梨子:ええ、
敏悟:出来たら、寄ってもらいたくて。
梨子:もちろん、いいけど。
敏悟:大根、買って帰りたいんです。
敏悟:こないだの、鶏大根……、リベンジ、したいんで。
梨子:わあ……。
梨子:(ぱ、と、芳(かぐわ)しき果実の如く笑み)
梨子:やったあっ。
0:【間】
【モノローグ】(敏悟):放課後。
【モノローグ】(敏悟):日曜から降り続いた雨は正午には上がり、水溜りを避けながら、傘をささずに歩く。
【モノローグ】(敏悟):何も考えず、あるいは考え事をしながら校舎を出た為か、絶妙に半端な時間に駅に着いた。
【モノローグ】(敏悟):何事かを忘れようと、思い出そうとしながら、
【モノローグ】(敏悟):暮れかかる直前の太陽を見やりつつ、階段を登る。
【モノローグ】(敏悟):ホームにて。
【モノローグ】(敏悟):なかば見慣れた、色素の薄い茶色い髪が目に入った。
【モノローグ】(敏悟):ニヤリ、と。
【モノローグ】(敏悟):三日月の如き笑みに捕まった。
香澄:……ふぅん。
香澄:それで結局、ナニもせずに帰っちゃったの。
敏悟:聞いてなかったのか? 道の駅に寄ったって、
香澄:「キママニキーナ」でしょ。野菜買えるトコ。
敏悟:あそこさ、何でも安くて新鮮で、
香澄:知ってるけど。
香澄:デート、デショ。
敏悟:……言葉の綾だろ。俺を元気付ける為の。
香澄:でもさぁ。神戸くんが大人だったらさぁ。
敏悟:あん?
香澄:その後、お酒トカ飲みに言ってさぁ。
香澄:……絶対、シちゃう流れだったよね。
香澄:ウクク、ク。
敏悟:……何、を、かな。
香澄:え?
敏悟:……え?
香澄:…………。高2にもなってさぁ。
香澄:その誤魔化し方はむしろイタいってば。
敏悟:い、やあ、その、
香澄:神戸くんさぁ、ぽいぽいとは思ってたけど。
香澄:もしかして、ど
敏悟:(食い気味)どうっっっ!!!!
香澄:…………「どう」??
敏悟:……。どう、だって良いだろ、そんなこたァ…………。
敏悟:んだコラァ……。
香澄:…………。
香澄:カワイソーだから触れないでアゲルねぇ。
敏悟:…………。
香澄:夕焼けも見ないで大根買って。冴えないの極地だね。
敏悟:……そんなもん、だよ。
敏悟:ガキだし。
敏悟:大人じゃ、ないし。
香澄:そーだね。
敏悟:それに夕焼けなんかさ。
敏悟:これからいつでも、いくらでも見れるし。
香澄:地球が滅びない限りね。
敏悟:知らないけど。
敏悟:……知りもしない、親の青春の思い出とかさ。見て、何か思うのも癪だし。
香澄:ふぅん……。
敏悟:…………。
香澄:せめて、リベンジは成功したの。
敏悟:大根? ま……、そこそこ。
敏悟:先にレンチンするのは手だな。「前よりもそれなり」って、言ってたし。T君も。
香澄:今度作って来てよ。
敏悟:……君に? 何で。
香澄:栄養バランス、大事なんでしょ。
敏悟:……。材料余らしたくないから。
敏悟:多く出来たら、ね。
香澄:クフフ。
【モノローグ】(敏悟):ていうか、製菓料理部の活動はどうなるんだろうか。
【モノローグ】(敏悟):部室の設備は使っても良いんだろうか。悪いコト無いよな。副部長だし、俺。
【モノローグ】(敏悟):…………そういう。
【モノローグ】(敏悟):詮の無い事を、考えていると。
【モノローグ】(敏悟):決まって、すぐに日は落ちる。
香澄:あ……。言ってたら。
0:斜陽。落日。
香澄:ココでも夕焼け、見れたねぇ。
敏悟:……、そーだね。
敏悟:(ホームの時計を見やり)
敏悟:電車……、本数、少ないよな。
香澄:悪かったね、田舎で。
敏悟:いや……。どこも綺麗だし。
香澄:…………ここのベンチから見る夕陽ね。
香澄:実は結構、好き。
香澄:嘘っぽくて。
敏悟:嘘っぽい?
香澄:ホームの屋根と柱に縁取られてさ。16対9のアスペクト比っぽくて。
香澄:画面の向こうの、環境映像見てるみたいで。
敏悟:…………。
敏悟:ふうん。
【モノローグ】(敏悟):赤が特別な色であるのは。
【モノローグ】(敏悟):人類に、特別な何かを想起させるのは。
【モノローグ】(敏悟):日が落ち、夜の訪れを報せる色だからか。
【モノローグ】(敏悟):あるいは、
敏悟:……血の色みたいに真っ赤だな。
香澄:…………そう?
【モノローグ】(敏悟):濁った血液と、砂利に塗(まみ)れた肉片。両親、だったモノを目の当たりにした記憶を、呼び起こすからだろうか。
香澄:毎月見るけどさ。あんなオレンジっぽく無いよ。
敏悟:……血ぐらい、見たことあるけど。
香澄:あ、でも偶(たま)に、
香澄:って、……うわぁ。
香澄:泣いてる人がいる。
敏悟:(声を上げず、落涙)
敏悟:……、…………。
香澄:なんなの……。人来たら多人のフリするから。
敏悟:……くそ。
敏悟:(ぐすん、と啜り上げる)
香澄:ティッシュとかないの? 男子ってハンカチ持たないの何で?
敏悟:…………。
敏悟:事故の、連絡来た時もさ。
香澄:親の?
敏悟:こんな、夕焼けだった。
香澄:……、ふぅん。
敏悟:死体の残り見た時も、葬式の、時も。何も、思わなかったのに。
香澄:思わないように、してたんでしょ。
敏悟:親子らしい事とか、1個も、無かったけど。
敏悟:親父が偶に作る、どっかの国の、知らない料理とか。
敏悟:母さんの、外国で出来た友達の、話とか。
敏悟:結構……、好き、だった。
香澄:……へぇ。
敏悟:……変だよな。
敏悟:今更、泣くとか。
香澄:ちょっと時間経って、よーやく実感湧いたんじゃないの。
敏悟:そーかも……、しれないけどさ。
香澄:……なぁーんだ。
香澄:そのうち変なトコ、見つかるかもって思ってたけど。
香澄:期待外れだったっぽいね。
敏悟:…………、
香澄:だってソレって……、
香澄:とっても、普通だもん。
敏悟:…………。
敏悟:(あふれ来る涙を、手の甲で拭う)
香澄:クフ、フ……。
香澄:人が居なくてよかったねぇ。
香澄:ビンゴくん。
敏悟:……、……、
【モノローグ】(敏悟):珍しく。
【モノローグ】(敏悟):満月のような笑みだった。
【モノローグ】(敏悟):電車はもうじき、来る筈だ。
0:暗転。
:
0:【間】
:
0:一同、横並び。
太一:カーテンコールっ!!
太一:「おうのう」作文のコーナーっ!!
太一:「おうのう」の「お」!
梨子:うふふ。
梨子:「大きな心で」。
太一:「う」!
香澄:えっと。
香澄:「鬱陶しくても」。
太一:「の」!
太一:「望むがままに」。
太一:ラスト!
太一:「う」!
敏悟:また「う」か……っ、
敏悟:う……、う……、
敏悟:……「うどんを、食べよう」っ!!
太一:…………2点。
0:【終】
【モノローグ】(敏悟):報せが来たのも、確か夕方だった。
0:【間】
【モノローグ】(敏悟):俺の名前は神戸敏悟(かんべびんご)。どこにでもいる普通の高校生っ。
【モノローグ】(敏悟):……なんて自己紹介をする機会に恵まれる奴が、世の中に果たして、どれぐらいいるんだろうか。
【モノローグ】(敏悟):詮の無い事をぼんやりと考えている内、いつしか日は陰り、緩やかに列車は停まった。
【モノローグ】(敏悟):生まれ育った町も、記憶も遠く離れて、夕暮れに赤染まる新天地。
【モノローグ】(敏悟):大仰なトランクを引いてホームに降り立った俺を迎えたのは、
【モノローグ】(敏悟):髪の長い、匂い立つように美しい人だった。
梨子:(ニコリと笑み)
梨子:良かった、無事着いて。
梨子:貴方が……、
敏悟:神戸敏悟(かんべびんご)です。
敏悟:よろしくお願いします。
梨子:本当にビンゴくんなのね、うふふ……。長旅おつかれさま。
敏悟:いえ。乗ってただけなんで……。
敏悟:お世話に、なります。
梨子:戸賀梨子(とがなしこ)です。ふつつか者ですが……、
梨子:どうぞ、よろしく。
【モノローグ】(敏悟):夕陽に影差す彼女の笑顔を、俺は一生忘れないだろうと、思った。
0:タイトルコール。
梨子:『ビンゴくんの個人的懊悩(こじんてきおうのう)』
0:【間】
【モノローグ】(敏悟):西暦2017年の夏は、暑かった。
【モノローグ】(敏悟):俺はその年、とある町の、とある高校に居て。
【モノローグ】(敏悟):何人かの、変なヤツに、出会った。
敏悟:神戸敏悟と言います。変わった名前ですが本名ですっ。前の学校ではベタにビンゴって呼ばれてました。趣味は映画とか、見に行ったりする事です。仲良くしてやってください。よろしくお願いしますっ!
【モノローグ】(敏悟):前日に二十回は練習した無難極まりない挨拶を、降り出しの俄(にわ)か雨みたいな拍手で迎えられてから早、1ヶ月が過ぎて。
【モノローグ】(敏悟):学園生活は依然、無風域。
【モノローグ】(敏悟):悲報、吉報、共に無し。
香澄:ねぇ……。神戸くんって、お父さんもお母さんも居ないんだよねぇ。
【モノローグ】(敏悟):細い三日月のような笑みが、昼休みの微睡(まどろ)みを破った。
【モノローグ】(敏悟):隣の、3組の。ネームバッジには、「入矢(いりや)」。
【モノローグ】(敏悟):なんだ、こいつ。
敏悟:なんだコイツ……。
香澄:思ったコトそのまま言ったな。
敏悟:腹ごなしに寝てたんだけど。
香澄:ごめんねぇ? でも目、開いてたよ。
敏悟:目ェ開けて寝るタイプ。
敏悟:何?
香澄:ウワサで聞いたの。2組のヘンな名前の転校生、事故で両親を亡くして、引っ越して来たんだって。
敏悟:面と向かって聞く? 普通。
敏悟:あと、確かめたい噂はソレじゃ無いだろ。
香澄:ウクク。
香澄:そー、だねぇ……。
敏悟:小説家の戸賀梨子と一緒に住んでるって話は、言っとくけど、嘘だよ。
香澄:クフ。
香澄:あんまりテレビとか出る作家じゃないから、興味無い人は知らないケド。ちょっと本読む子には有名だよね。
敏悟:梨子さんがこの町在住だって?
香澄:ナシコさん、って呼んでるんだぁ。
敏悟:……普通だと思うけど。
敏悟:ビンゴくん、って呼ばれてるよ。
香澄:そ。
香澄:私は、神戸くんって呼ぶね。
敏悟:…………。
敏悟:君、変だな。
香澄:(ニヤと笑み)
香澄:ありがとぉ。
香澄:でもさ……。
香澄:ヒトが見たら、どっちが変なのかな。
敏悟:何が。
香澄:言動がちょっと奇矯(ききょう)な女子高生と。
香澄:天涯孤独になって、お母さんの旧友の、美人作家の未亡人と同棲してる男子高生だったら、さ。
敏悟:……。同棲ね。
敏悟:子供も、一緒だけど。
香澄:「T君」だぁ。エッセイの。
敏悟:母さんの事まで……。
敏悟:まあ、梨子さん近所に喋ってるからな。
香澄:片田舎のこんな町では、話しちゃったら千里を走るよね。
敏悟:悪事を犯したつもりは無いね。
敏悟:どっちが変かだって? 境遇がどうあれ、俺は普通だよ。平凡だけが取り柄なんだから。
香澄:どうかなぁ。自分では自分のコト、判んないと思うケド。
香澄:それに、前までは普通でもさ、今は違うよね。環境が人に影響しないなんてコト、あるのかなぁ。
敏悟:…………。
敏悟:だから何。
香澄:「幸福な家庭はどれも似たりよったりだけれど、不幸な家庭はそれぞれ多彩に不幸である」、って言うでしょぉ。
敏悟:不幸に対して多彩って言うかね。
香澄:欠落が人それぞれであるように。
香澄:不幸にだって色があるよ。
香澄:不幸なヒトはやっぱり変で、変なヒトの話は、
0:ニヤ、と細く笑み。
香澄:面白いから。
敏悟:……キレて突き飛ばされたって知らないよ。
香澄:ウクク。身軽だから、大丈夫。
敏悟:……。それに、じゃあやっぱり俺は不幸じゃないな。
香澄:どーして?
敏悟:ちっとも面白くないから。
敏悟:あと、君の方こそどうなんだ?
香澄:私?
敏悟:ずいぶん失礼で、変だけど。
敏悟:どんな不幸な家庭で育ったら、君みたいに変な奴になるのかな。
香澄:…………。
香澄:私の事なんて、みんな知らないから。
香澄:じゃあねぇ。変さ対決はお預けぇ。
0:香澄、立ち去る。敏悟1人残され、
敏悟:……変な笑い方。
敏悟:…………。
敏悟:女子と、喋れた。
【モノローグ】(敏悟):それも結構、可愛めの。
【モノローグ】(敏悟):……ソレは、さておき。
【モノローグ】(敏悟):比べるまでもなく、入矢香澄(いりやかすみ)の方が変な女だった。
【モノローグ】(敏悟):どこにも籍を置かず、昨日は文芸部、今日は美術部、極まれに演劇部、と、日毎に文化系クラブを渡り歩いていて。
【モノローグ】(敏悟):授業の合間や、帰りの駅のホームで、時たま声をかけてくる。
【モノローグ】(敏悟):それが恋愛的興味で無い事だけは一発でわかる、薄く細い笑みで。
【モノローグ】(敏悟):……ちょうど良いと、思った。
【モノローグ】(敏悟):思わせぶりな女は、「同棲」の、相手だけで十分だから。
0:【間】
:
0:帰宅。戸賀梨子邸。
梨子:あら。おかえりなさぁい。
敏悟:うウっ!(手で目を覆い)
敏悟:……梨子さんっ。ちゃん、と、服、着てくださいっ……、
梨子:ごめんなさいね、もう、暑くて……。
【モノローグ】(敏悟):指と指から垣間見る、バスタオルに包まれた悩ましげな稜線(りょうせん)。
【モノローグ】(敏悟):長ネギと、大根の飛び出す買い物袋を落としかけた。
【モノローグ】(敏悟):掛け値無しに、刺激が、強過ぎる……っ。
梨子:良いお湯だったわ。私は済ませたから、ビンゴくんも入ったら?
敏悟:は、うっ、あ、はい……、
梨子:ゼリー、冷えてるから。上がったら一緒に食べましょう?
敏悟:も、桃は、お譲りしますので……、
梨子:うふふ。今日は両方、マスカットなの。
敏悟:さいですか……。
0:【間】
【モノローグ】(敏悟):熱いシャワーで、汗と、記憶と煩悩を洗い流さんとする。
【モノローグ】(敏悟):葛藤。精神の綱引き。
【モノローグ】(敏悟):「落ち着きなさいビンゴっ。いくら麗しくとも。母親と1つしか、違わないんですよっ」
【モノローグ】(敏悟):「それが何だっつーんだよォ? ガバーっと、イッちまえやビンゴォ。グヒヒヒヒヒヒっ」
【モノローグ】(敏悟):いやいや。
敏悟:……夏場は地獄だって。
【モノローグ】(敏悟):薄着、だからである。
【モノローグ】(敏悟):万人がそうであるように、この魔性の未亡人も。
【モノローグ】(敏悟):気もそぞろに脱衣所を後にしてリビングへ入ると、性懲りも無く……、
敏悟:何でTシャツ1枚なんですか……。
梨子:さっきはごめんなさいね、反応に困るモノ見せて。
敏悟:いや……、べ、別に。
【モノローグ】(敏悟):確かに困ったけどもっ。
梨子:これ、顕至(けんじ)くんのお古で、たくさんあって……。
梨子:だいぶ大きいから、ちゃんと下まで隠れるし。
【モノローグ】(敏悟):うおお。裾をつまんでヒラヒラさせるな!
【モノローグ】(敏悟):夫の遺品の、哲学者の顔面がイラストされたカットソー1枚を、下着姿の上に被っただけの家主から、目を逸らす。
【モノローグ】(敏悟):……それとなく。
梨子:はい、どうぞ、マスカットゼリー。
敏悟:あ、どうも……。
梨子:パイナップルにしようか迷ったんだけど、今日はこっちが美味しそうだったから。
梨子:当たりだわ、うふふ。
【モノローグ】(敏悟):原稿に取り掛かる前の、いつものルーティン。フルーツのゼリーを買って来て、おもむろに食べるという。
【モノローグ】(敏悟):半透明のグリーンと、同じぐらい柔らかそうな唇に、窓明かりが差す。
敏悟:…………、
梨子:ん? 何か付いてる?
敏悟:あっ。いえっ、別に。
敏悟:凝視したりトカは。はいっ。
梨子:ふふ……。
0:【間】
:
0:美貌の作家と、少年。二人、リビングにてフルーツゼリーを掬う。
梨子:ごめんなさいね、習慣に付き合わせて。昔からなの。
敏悟:ゼリー、好きなんで。大丈夫です。
梨子:太一は食べてくれないし。あの子フルーツ嫌いだから。
敏悟:プリン派だって言ってましたね。
梨子:プリンもちゃんと、買ってあるけどね。
梨子:うん……、美味しい。
敏悟:ね。果肉感あって。
敏悟:買い溜めとか、しないんですか?
梨子:ゼリー?
敏悟:わざわざ買いに行ってるから。
敏悟:これから暑くなってくし、何なら俺がついでに、
梨子:えっとねぇ、それも含めてルーティーンの一環なの。その日の気分で、目に付いた子を選ぶのね。
梨子:意外とインスピレーションの素(もと)になったりして。
敏悟:へえ……。
梨子:梨のゼリーを見付けた時は、幸運の徴(しるし)って。
梨子:くだらないでしょ。
敏悟:洋梨じゃなくて、梨のね。
梨子:ええ、そう。うふふ。
【モノローグ】(敏悟):眼を細め、少女のように笑う。
【モノローグ】(敏悟):折りに触れ見せるあどけない表情が、年齢不詳の風情を更に深めていた。
【モノローグ】(敏悟):まだ明るい初夏の午後。外光だけのキッチンで、親子でもない2人、ゼリーを食べる。
【モノローグ】(敏悟):不思議な、時間だった。
梨子:学校にはもう慣れた?
敏悟:おかげさまで。
敏悟:でも梨子さん、それ3日に1回ぐらい訊いてますよ。
梨子:3日あれば、大きな変化があったっておかしくないもの。
梨子:例えば、彼女が出来たり、とか。
敏悟:無いですね。
梨子:そう? ビンゴくんモテないの?
敏悟:さあ?
敏悟:……まあでも最近、変な女子からはよく、話しかけられますけど。
梨子:その子、ビンゴくんの事好きなのかなぁ。
敏悟:違うと思います。
敏悟:梨子さんの事、知ってましたよ。去年の新刊、面白かったって。
梨子:あら、ファン……? 迷惑になってない?
敏悟:別に、質問攻めとかは無いんで。
敏悟:むしろ梨子さんの事より、両親の事とか、聞いてくるぐらいです。
梨子:それは……、
敏悟:悪趣味で無神経な奴なんですよ。
敏悟:事故の事とか……。どこで聞いたんだか。
梨子:はっきり嫌だって言ったら良いのよ。
敏悟:嫌とかは、別に……。
敏悟:話も何も、俺は居合わせて無いから知らないし。
敏悟:遺体が殆ど残ってなくても、一応棺には入れるんだ、とか。
敏悟:そんななのに葬儀代同じなのはおかしい、とか、薄い話しか。
梨子:……、そう。
梨子:……遺された人間に、ユーモアは大切だけれど。
梨子:自分に嘘は、つかないでね。
敏悟:……そんな、器用じゃ無いです。
敏悟:ゼリー、ごちそうさまでした。
梨子:ええ……、こちらこそ。
梨子:さぁ、て……。
【モノローグ】(敏悟):ゼリーを完食。
【モノローグ】(敏悟):立ち上がり、ぐ、っと伸びをする。
【モノローグ】(敏悟):Tシャツ1枚で。裾が危うく上下するのは、必然であって……。
【モノローグ】(敏悟):もうヤメてってェ!!
梨子:そろそろ籠もるわ。
梨子:23時にアラームかけるから、悪いけど……、
敏悟:太一と一緒に夕飯食べて、梨子さんの分は、ここ置いときます。
梨子:今日はなあに?
敏悟:鶏大根と、白ネギのスープです。
梨子:(曇り無く笑い)
梨子:わ、やったあっ。
【モノローグ】(敏悟):少女を通り越した幼児の笑みを残し、有名作家は仕事部屋へと去る。
【モノローグ】(敏悟):よほどデンジャラスな〆切時以外は、週4日、1日最大6時間の執筆時間と決めているらしい。
【モノローグ】(敏悟):調べ物や、各種インプット。趣味や家族との時間を、確保する為に。
【モノローグ】(敏悟):家族。
【モノローグ】(敏悟):それは今、俺と対面で飯を食っている、こいつの事だった。
太一:まーったく、鼻の下伸ばしちゃってさ。マスカットの味なんか判らなかったんじゃないの。
敏悟:……帰ってたんなら入ってくれば、
太一:いい機会だと思ったのさ、偵察の。
0:尊大に視線を流し。
太一:母さんに付いた悪い虫の、ね。
敏悟:鶏(とり)、旨い?
太一:話を逸らさないでよ。
太一:……例によってそれなりだけど。
太一:覚えててほしいのは、僕、煮物に白だしは使ってほしく無いって事。
敏悟:あ、そう。了解。
【モノローグ】(敏悟):戸賀太一(とがたいち)は梨子さんの息子であり。
【モノローグ】(敏悟):らしからぬ口調だが、小学5年生だ。
【モノローグ】(敏悟):エッセイを追う程のファンの間では、度々登場し、梨子女史と軽妙なやり取りを繰り広げる「T君」として有名だった。
【モノローグ】(敏悟):ごく手短か、かつ有り体に言うならば、
【モノローグ】(敏悟):こまっしゃくれたガキである。
太一:ほんと、気持ち悪いなあ。第二次性徴を迎えるのが恐ろしくなるね。
敏悟:……太一ももうすぐだよ。
太一:僕には品性があるから。ビンゴみたいにはならないと思うよ。
敏悟:言っとくけど俺はそんな、ガツガツしてない方だから。クラスの奴とか、
敏悟:女にしか興味無いみたいなのとか、酷いのになるとさ、
太一:そういう手合いは、むしろ清々しいじゃない。
太一:ほんとは興味深々の癖に、手で目を隠しながら、隙間から見てるようなのが1番おぞましいんだから。
敏悟:そこから見てたのか!?
太一:……何の話?
敏悟:いやぁ? 何でも??
【モノローグ】(敏悟):あっぶねー。墓穴……。
【モノローグ】(敏悟):ともあれ由無(よしな)し事(ごと)を投げ合いつつ、食卓はそこそこ円満に進む。
【モノローグ】(敏悟):今日のスープは我ながら、良い出来だった。
【モノローグ】(敏悟):ごま油が効いたと見た。
敏悟:……太一はさ。
太一:ん?
敏悟:やっぱり梨子さんが、その、そういう目で見られたりするのは、嫌なモンなのかな。
太一:そういう?
敏悟:周りの人間から、まあ、そういった種類の感情っていうか……、
太一:要を得ないな。何を聞きたいの?
敏悟:その、まあ、息子として。
太一:……へえ。じゃあ認めるんだ。母さんをそういう目で見てるって。
敏悟:いやっ、ていうか普通に、一般論として、
太一:一般論としてなら、それはそうなんじゃないの。
太一:そこへ行くと僕は、普通の息子じゃ、ないからね。
【モノローグ】(敏悟):そうなのである。
【モノローグ】(敏悟):俺も、この家に来てから知った事だが。
敏悟:ごめん。変な事聞いて……。
太一:ほんと。
太一:でも、ビンゴは孤児(みなしご)仲間だから、特別に許してあげる。
敏悟:……渋い言い方知ってるじゃん。
【モノローグ】(敏悟):実感が湧かない。
【モノローグ】(敏悟):目の前のこの子がそうなのはわかるし、経緯を想像して、同情だって出来る。しかし、
【モノローグ】(敏悟):自分も、世間から見れば同じようなものだとは、どうにも思えなかった。
【モノローグ】(敏悟):……ていうか、
敏悟:ていうか、俺はついこないだだったから。
太一:うん?
敏悟:それまでずっと普通だったし。もう、高校生だし。
太一:幼少から親無しの僕とかとは、違うって?
敏悟:んー……、
太一:小学生も高校生も、大人扱いされないって意味では、同じでしょ。
敏悟:ていうより……、そんなキツい思いもしてないし、俺は。おこがましいって言うかさ、
太一:親無しが皆、苦しんで生きてるっていうのも偏見だけどね。僕は別に、施設で気楽にやってたし。
敏悟:梨子さんに会うまで?
太一:そう、だね。
敏悟:取材で来たんだっけ。
太一:編集の人と一緒にね。
太一:『渇いた雪』に、ほとんどそのまま出て来たから笑っちゃった。僕の居たところ。
敏悟:へぇ……。
太一:それは良いんだけどさ、ビンゴ。
敏悟:ん?
太一:キツい思いをしてないって、本当?
敏悟:……、…………。
【モノローグ】(敏悟):大根はまだ硬かったし、鶏モモはちょっと炊き過ぎた。
【モノローグ】(敏悟):……改良、改善の余地アリだ。
0:【間】
香澄:うわぁ、お弁当スゴ。もしかして戸賀梨子の手作り?
【モノローグ】(敏悟):金曜日の昼休み。
【モノローグ】(敏悟):所々に水溜りが残る屋上で弁当を広げているのは、別に付き合っているからとかでは無い。
【モノローグ】(敏悟):偶には独りでゆっくり食事を取りたいというニーズが偶々被った結果、お互い目的を果たせなかっただけである。
【モノローグ】(敏悟):ちなみに、弁当持参は俺だけだ。
敏悟:……違う。自分で。
香澄:へぇ。パンで済ませればいいのに。運動部でもあるまいし。
敏悟:君こそ、毎日そんなの食べてるのか。
香澄:結構イケるよ? アーモンドクリームパン。
敏悟:栄養バランス。
香澄:お腹減らないから。
香澄:朝はお兄ちゃんが、ちゃんと作ってくれるし。
敏悟:お兄さんが? 朝?
香澄:そう。変?
敏悟:……、いや。別に。
香澄:神戸くん、屋上初めて? よく入れるって知ってたね。
敏悟:……、担任に聞いた。
敏悟:考え事したい時は、行くと良いって。
香澄:2組っていうと……、
香澄:あぁ、ツネヒコ君かぁ。不良教師。
敏悟:変に気を回されてる感じで。鬱陶しくもないけど。
香澄:ツネヒコ君は悪ぶってるだけあって普通のヒトだから。
香澄:私たちみたいな変な子に、気を遣うのは普通だよ。
敏悟:わたしたち。
香澄:私も親居ないの。
敏悟:……、へぇ。
香澄:(ニヤと笑い)
香澄:神戸くんトコとは違うけどねぇ。
敏悟:亡くなっては無い、とか。
香澄:残念ながらね。
香澄:頭の中では、もう殺した。
香澄:されたコト全部、やり返してやった。
香澄:どんな風にヤったか聞きたい?
敏悟:……遠慮しとく。食事中だし。
香澄:そ。ウクク。
香澄:私も別にどーでもイイの。昔も今も、私にはお兄ちゃんが居るから。
敏悟:美味しい朝食を作ってくれる、
香澄:味は普通だけどねぇ。
香澄:……私を守ってくれたのは、お兄ちゃんだけ。
香澄:私の叫びを聞いてくれたのは。
香澄:早く大人になって、私もお兄ちゃんを守ってあげたい。
敏悟:……歳、離れてんの。
香澄:親子程じゃないケドね。
香澄:法律が無ければ、結婚したっておかしくないぐらい。
敏悟:したいの、お兄さんと結婚。
香澄:出来ない事はしたがらない主義だから。そんなの、必要無いし。
敏悟:絆が、ある訳だ。
香澄:コンビニエントな言い方、イヤだなぁ。
香澄:私が、想ってるダケ。
【モノローグ】(敏悟):どこか夢見るように言い、小さな口でパンをついばむ。クリームを舐め取る舌は薄く赤かった。
【モノローグ】(敏悟):血縁との絆。
【モノローグ】(敏悟):ある日いきなり、根こそぎ失った俺に取っては、考えても仕方の無い事だけど。
【モノローグ】(敏悟):少なくとも、あの未亡人作家+美少年養子の家族と、俺の間にあるものは、絆では無く親切心、だな、と。
【モノローグ】(敏悟):雲間から差す陽の光を眺めながら、ぼんやりと思った。
0:【間】
太一:おかえり、ムッツリ下半身魔神ビンゴ。
【モノローグ】(敏悟):最悪のアダ名を付けられた。
【モノローグ】(敏悟):冷やし中華に使うメンマ、練りカラシ他を買い求め、スーパー経由で帰宅すると。
【モノローグ】(敏悟):半ズボンの悪魔がプリンを食べていた。
敏悟:……帰ってたのか。
太一:電気系統の点検とかで、今日は休みだったの、塾。
敏悟:遅目のおやつ?
太一:母さんが僕の為に選んでくれたと思うと、味も格別だね。
敏悟:今日は冷やし中華するから。
太一:錦糸卵、してね。
敏悟:んー。梨子さんは?
太一:まだ寝てる。8時で寝てたら起こして、って。
敏悟:結局原稿、ぶっ通しだったのかな。
太一:珍しい事に。入稿まで済ませて寝たみたい。
敏悟:へぇ……。明日、何かあるのかな。
太一:さあ。母さんの予定は、母さんのみぞ知っていれば良いのさ。
【モノローグ】(敏悟):十一歳にして整い切った貌(かお)を恍惚に染め、
【モノローグ】(敏悟):「ジャージー生乳のとろける濃厚Wカスタードプリン」を味わう少年の、美しき義母への心酔ぶりというのは、
【モノローグ】(敏悟):端的に言って、異様だった。
敏悟:……考えたら遅くまでだよな、塾。
太一:時間?
敏悟:9時とかになる時あるだろ。
太一:日によってはね。3連続になる日なんかは。
敏悟:中学受験とか、すんの。
太一:予定ではそのつもり。
太一:母さんに相応しい人間に、なる為に。
敏悟:息子として?
太一:そうだけど?
太一:僕に取って、あれ程素晴らしい女性は世界中探したって居やしない。初めて会った日から今日まで、少しも色褪せず、寧ろ輝きを増して……、
太一:あるいは、僕が日々成長する毎に、感じる事の出来る魅力が増えて行くのか。
太一:いずれにせよ、万華鏡のような女性だよ。母さんは。
敏悟:…………。
敏悟:スゴいな。
太一:ビンゴには到底、理解出来ないだろうけど。
太一:愛や好意は表してこそ、意味も価値もあるものだから。
敏悟:真似は、出来ないけどさ。
敏悟:……息子に、なったんだ。そんなに好きなのに。
太一:…………、
敏悟:あ、いや、変な意味じゃ無くて。
敏悟:やっぱり年の差的な事が、
太一:(遮り)男が女性と添い遂げる道が、恋人や夫婦だけとは限らないだろ。
太一:僕に取ってはそれが母子(おやこ)だった。シンプルな話だ。
敏悟:……、
太一:一緒にするなよ、君とさ。
敏悟:俺は……、さ。
敏悟:確かにそんな高尚なもんじゃなくて……、
【モノローグ】(敏悟):見た目です。あとスタイル。
【モノローグ】(敏悟):優しくしてくれるし。
【モノローグ】(敏悟):気にかけてくれるし。
【モノローグ】(敏悟):否定してこないし。
【モノローグ】(敏悟):包容力、はちょっと……、よくわからないけども。
太一:高尚低劣の話はしてないよ。煮え切らない態度は虫が好かないって事。
敏悟:……ごめん。
【モノローグ】(敏悟):小学生にガチで謝ってしまった。
太一:この一月(ひとつき)観察してみるに君は、戸賀梨子という人に、母親と女、その両方を求めてるな。
敏悟:…………、
太一:亡くしたお母さんを重ねてるの?
太一:或いは寂しさを埋める為?
敏悟:……事故は親父も一緒に、
太一:(遮り)父親に何かを求める程バカじゃないだろ。
敏悟:…………、
太一:忘れなよ。理由が何であれ、目の前から消えた人間の事なんか。
太一:そして、思うままに生きたら良いのに。見え透いた照れ隠しなんてしてないでさ。
敏悟:…………。
敏悟:忘れようとしても、思い出せない、ってヤツだよ。
太一:何それ?
【モノローグ】(敏悟):何だっけ。
【モノローグ】(敏悟):再放送で見た、何かのアニメの、エンディング……、
敏悟:思うままの奴が、家の中に居て、ヤじゃないの。
敏悟:息子として。
太一:言ったろ。
太一:僕たちは、普通じゃない。
敏悟:……、……。
【モノローグ】(敏悟):自分の周りに、変な奴が多いと感じるのは。
【モノローグ】(敏悟):きっと俺が、どうしようもなく、普通だからなんだろう。
梨子:……おはよぉー。あ、ふ。(欠伸)
梨子:何の話してたのぉ。
太一:あっ。おはよう、母さんっ。
敏悟:おはよう、ございます……。
太一:早かったね。まだ七時半過ぎだから、もう少し、
梨子:ありがとぉ太一。
梨子:深く眠ったから、スッキリ起きたわ。
梨子:もうじき夕飯よね?
敏悟:あ、は、はい、そー、なん、ですっ、が……っ、
梨子:じゃ、久々に3人揃ってご飯だ。
太一:冷やし中華だって。
梨子:ほんと? わあいっ。
梨子:あ、プリン食べた?
太一:うん、美味しかったぁ。流石母さんが選んでくれた、
敏悟:(遮り)梨子さんっ!!
0:二人の視線が敏悟に集まり。
敏悟:その、えっと、ふ、服っ……、
梨子:服??
梨子:……、ああ、
敏悟:この季節でもっ。風邪っ、引くと、イケないんで……、
【モノローグ】(敏悟):今度はTシャツすら無かった。
【モノローグ】(敏悟):直視できないあられもなさで、家主は笑う。
梨子:ごめんごめん。シャワー、浴びて来るわね。
敏悟:今から麺、茹でるんでっ。
敏悟:ご、ゆ、っくり……。
太一:……先が思いやられるなあ。
太一:下半身魔神。
【モノローグ】(敏悟):紅顔(こうがん)の悪魔が、ボソリと言った。
0:【間】
:
0:三人の食卓。冷やし中華は綺麗に平らげられている。
梨子:美味しかったぁ。ごちそうさま。
敏悟:おそまつさまでした。
梨子:練りカラシがあって良かった。太一も、美味しかった?
太一:(布巾で口許を拭いつつ)
太一:そこそこだったよ。ごちそうさま。
敏悟:うーい。
梨子:洗い物、今日は私が、
敏悟:作りつつ洗ってたんで、ほとんど。
敏悟:ゆっくりしてください。
梨子:本当? ごめんなさいね……。
梨子:私、ほっとくと無限に甘えちゃうから。いつでも言ってね。
敏悟:や、ホントに。
太一:母さんは筆一本でうちを支えてるんだから。家の事は、僕ら穀潰しに任せてくれれば良いよ。
敏悟:語彙、エグいな。
梨子:誰の影響だか、ふふ。
梨子:日々健康に育って、勉強に励むのが学生のお仕事なんだから。
梨子:二人とも、いつもご苦労さま。
敏悟:いえ全然……。太一は、励み過ぎなぐらいだけど。
太一:ビンゴはもうちょっと頑張りなよ。期末、近いんじゃないの。
敏悟:うぐ。
梨子:半端な時期の転校で、大変よね。
敏悟:まあ、まあ……。範囲あんまり違わないんで。
敏悟:勉強得意な知り合いとかに聞いて、何とか。
太一:こないだ言ってた変な女子? 何かと絡んで来るっていう。
敏悟:あー、いや、うん、まあ、
梨子:私の本の読者の子ね。やっぱりその子、ビンゴくんの事、
敏悟:そーゆーのでは全然無いですね、ハイ。もー全く。
太一:やたら強く否定するね。
敏悟:(不審な挙動で)
敏悟:んなコトも、ねー、よっ??
梨子:……うふふ。
梨子:個性的な子が寄ってくるのは、お父さんに似たのかな。
敏悟:え……?
梨子:仁悟(じんご)さんもね、昔から妙に、変わったパーソナリティの人に好かれるの。男女問わず。
敏悟:……、親父が?
太一:(麦茶を飲みつつ)
太一:ジンゴからのビンゴなんだ、ていうか。
梨子:今にして思えば、私もその、個性的なメンバーの1人だったのかも。高校の時は、自覚無かったけど。
太一:母さんの個性と魅力は、学生時代から世界一だったろうね。
梨子:地味な文学少女だったのよ。今と変わらない。
【モノローグ】(敏悟):だったらマドンナやんけっ。よう言わんでしかしっ。
【モノローグ】(敏悟):……それは、いいとして。
【モノローグ】(敏悟):ていうか、
敏悟:ていうか、親父と、高校から知り合いだったんですか……?
梨子:そうよ?
梨子:あれ? え、知らなかった??
敏悟:母の、旧友、っていう風に……、
梨子:美鶴(みつる)さんは、先輩なの。
梨子:仁悟さんも、同じクラスだったのよ。
敏悟:…………っ、
敏悟:全、然、知らなかった、です。
太一:馴れ初めとか、聞かなかったの。
敏悟:ちっちゃい頃は、親父は海外で、母さんも、一緒に付いてってたから……。
太一:……へえ。放っとかれてたんだ。
敏悟:いやっ。中2からは一緒だったし。
仕送りも毎月、
太一:お金だけは滞りなく、と。
敏悟:爺ちゃんのトコでちゃんと、面倒を……、
太一:ちゃんと、ねえ。施設育ちと大差あるのかな、それ。
敏悟:それ、は。……、
梨子:はい、ストップ。過去や境遇を品評するのは嫌いよ。
太一:……すみません、母さん。
敏悟:……、……、
梨子:(敏悟を観察し)
梨子:……敏悟くん。
敏悟:あ、はい……、
梨子:明日、土曜だけど、予定はある?
敏悟:明日……?
敏悟:いや、特に、は。
梨子:じゃあ、ねえ……、
【モノローグ】(敏悟):美しい人は、笑みを含んで言った。
梨子:私と、デートしましょう。
0:【間】
【モノローグ】(敏悟):海沿いのフリーウェイを突っ切って、カフェオレ色のバンが行く。ハンドルを執(と)る麗人の、白い肌に映えるサングラスも眩しい。助手席に座る俺は、景色と共に飛び去って行く雲を見ていた。
【モノローグ】(敏悟):窓は開いており、梨子女史は少々、フィーバー気味であった。
敏悟:ケッコーーーーーっ、スピードっ、出ますねーーーーっ。
梨子:なんてーーーーーっ!?
梨子:今っ、風と道路(みち)と対話してるからーーーーーーーっ!
敏悟:あっ! すんませんっ。何でもないでーーーーっすっ!
【モノローグ】(敏悟):知らない梨子さんだった。
【モノローグ】(敏悟):噂に聞く、運転中は人格が変わる人、が、これほど身近に居たとは。
敏悟:梨子さんっ! 前っ、前っ!!
梨子:見てるーーっ! むしろ、今なら何もかもが見える気がするーーーーーーっ!
【モノローグ】(敏悟):俺の内蔵を小気味よくシェイクし、ほんの一瞬、死を想起させる猛加速の後、高速を抜けたバンは湾岸公園の敷地に入り、緩やかに減速した。
梨子:ああーっ、気持ちよかったぁ。
梨子:窓、閉めるねーーっ。
敏悟:ウグっ……、う……、
敏悟:う、うす……、ご、ごちそうさまです……。
梨子:原稿、行き詰まったりするとね、思いっきりブッ飛ばすの。
梨子:編集部の子を誘ったりするんだけど、何故かいっつも予定が合わなくて。
敏悟:へ、へぇ……。
【モノローグ】(敏悟):一回、味わったんだな。
【モノローグ】(敏悟):同情イタシます……。まだ見ぬ編集の人……。
梨子:大丈夫?? お腹痛い?
敏悟:あ、全然……、全然何も……。
0:【間】
:
0:湾岸公園。カフェオレ色のバンは駐車場へと入る。
梨子:(徐行しつつ)
梨子:えっとぉ。うふふ。
梨子:土曜だけど駐車場、空(あ)いてる空いてる。流石、良く言えば穴場。
敏悟:綺麗なトコですね……。
敏悟:もっと、家族連れとか……、
【モノローグ】(敏悟):カップル、とか、
敏悟:……居ても、おかしくないのに。
梨子:微妙にアクセス悪いから。車じゃないと来にくいし……、景色以外は、何も無いしねぇ。
【モノローグ】(敏悟):端に駐車し、荷物を取って繰り出した。
【モノローグ】(敏悟):料金所近くに看板を出すキッチンカーで、チキンのトマト煮込みサンドを買い込む。2人前、税込み1360円 也(なり)。
【モノローグ】(敏悟):水筒は持参である。
梨子:ここ、ここっ。
梨子:うわあ、ベンチ、新しくなってるーっ。
敏悟:ここが、高校の時、よく集まってたっていう……、
梨子:そうっ。「いつもの東屋(あずまや)」。
梨子:って、ほんとに何の変哲も無いんだけど。
梨子:高校も、統廃合で無くなっちゃったしねえ。
敏悟:この近く、だったんですよね。
梨子:目と鼻の先。ていうか、
梨子:(指を指し)あそこ。
梨子:愛染(あいぜん)病院のとこ、そのまま学校だったの。
敏悟:歩いて来れますね。
梨子:放課後、いつもね。
梨子:全然馴染まないメンツで集まって。
梨子:会話も一方的な投げっ放しで、全然噛み合ってなくて、私も隅の方で、本を読んでただけなんだけど。
梨子:何だか不思議と、楽しかったなあ……。
敏悟:確かに何も無いけど、海、めちゃくちゃ綺麗……。
梨子:でしょーっ。
梨子:久々に来たけど、景色だけは全然、変わらない。
敏悟:思い出の場所、みたいな。
梨子:うふふ、そんな大した事、何もなかったけどね。
梨子:でもその、よく集まってるメンツの中にね、
敏悟:両親も。
敏悟:……居たんですよね。
梨子:……ええ。そう。
梨子:高校時代の事、美鶴さんたちからは全然、聞いてない?
敏悟:……、ほとんど、全く。
敏悟:爺ちゃんが死んで、中2で2人が帰って来て、それから、会話が無かったとかじゃ、ないんですけど。
梨子:うん、うん。
敏悟:親父は、中国とかアジアの、石や遺跡の話ばっかりだし。
梨子:お仕事の、ね。
敏悟:母さんも、どこどこの街でこんな事があった、とか、日本との文化の違いとか、そういう……。
梨子:今を、見てたのねえ。
梨子:あの人達らしい。
敏悟:俺も、自分のこと一通りは出来たし。
敏悟:やる事も、別に、見つけられてたんで。
梨子:うん。
敏悟:多分、ですけど……、
敏悟:俺も、両親も、親子の素人だった、って言うか。
敏悟:親やる事にも、息子やる事にも、不慣れで。
敏悟:慣れる前に、結局、その、
梨子:「親子の素人」か。
梨子:そのフレーズ、今度何かで使わせてもらうかも。
敏悟:あ……、どうぞどうぞ、全然。
梨子:ふふ。
梨子:……私もねえ。
梨子:「夫婦の素人」のまま、相方は先に、お星さまになっちゃって。
梨子:子作りでもしてたら、また違ったんだろうけど。
敏悟:こっ……、こず、
梨子:「無(な)し子(こ)」なんて縁起が悪い、って祖母が言ってたのが、一瞬よぎっちゃって。馬鹿馬鹿しいわよね。
敏悟:…………、
梨子:なんだかねえ、ほんとに実感、湧かないよねえ。
敏悟:……後の事は結構、思い出せるんですけどね。
梨子:事故の日の事、覚えてる?
敏悟:なんか……、正直、あんまり。
敏悟:学校の帰りだったのは、そうなんですけど。
梨子:うん。
敏悟:警察から電話来て、そっからは、流れ作業みたいな感じで……。
敏悟:再生したけど、保存してない、みたいな。
梨子:……面白い表現。
梨子:私も……、ね。
梨子:偉そうな事言っときながら、気持ちの整理も放っぽっちゃってるわ。
梨子:感情ごと、前の家に置いて来ちゃったみたいに。
敏悟:ね。……あるある、なんですかね。
梨子:両親と夫だから、また違うと思うけどね。私はもう、大人だったし。
敏悟:大人……。
敏悟:……です、よね。
敏悟:……あの、
梨子:なあに?
敏悟:……顕至(けんじ)さん、って、その……、
敏悟:どんな人、だったんですか。
梨子:…………、
梨子:(視線を宙へと運び)
梨子:ええと、ねえ……、
敏悟:……、
梨子:普通ーーーー、の人。基本は真面目なんだけど。
敏悟:普通、の。
梨子:でも私って、偶(たま)に変なスイッチが入ったり、原稿に集中すると、色々と疎かになっちゃうでしょ。
敏悟:まあ……、あの、はい……、
梨子:そんな時でも、変わらず真面目に、普通でいてくれたから。
梨子:その辺は楽で、頼もしかったわ。
梨子:愛してくれてたと思うし。
梨子:私も、愛してた。
敏悟:……、そっか。
梨子:でも……、普通とか、変とかって、曖昧な言葉よね。
敏悟:そう、ですかね。
梨子:基準値がある訳じゃないし。
梨子:見る角度によって、変な部分も、普通の部分も、あるじゃない。
敏悟:境遇は変で、人は普通、って場合もありますもんね。俺とか、みたいに。
梨子:切り分けられる物でも、ないと思うけどね。
梨子:きっとどこかは、変なのよ。
梨子:顕至くんにだって、変だなって思う所、あったしね。古いTシャツをたくさん、集めたりとか。
敏悟:あの、アレですね……。
梨子:1枚1枚、結構高いのよ。趣味として理解は出来るけど、興味が無い人からしたら、変よね。
敏悟:あの……、アレ、着る時にですね、
敏悟:出来たら、その、下に、楽なズボン的なものでも……、
梨子:下に……?
梨子:あ……、そうか。嫌よね、こんなオバサンの。うふふ。
敏悟:いえっ。断じて、そのような事はっ。
梨子:ふふ、ふ。
梨子:ビンゴくんが年頃の男の子だって、忘れてたわ。息子でもおかしくない歳だとはいえ。
敏悟:やあーー、その、はい、
梨子:美鶴先輩にも怒られちゃうし。これからは自重します。
【モノローグ】(敏悟):畜生っっっ。言うんじゃなかった、俺。
【モノローグ】(敏悟):……一段落した所で、買い込んだサンドイッチを広げ、水筒のお茶を汲む。ローズヒップティーはすっきりと喉を癒やした。
【モノローグ】(敏悟):意外でも無いが、太一の趣味である。
梨子:うん、美味しい美味しい。見掛け倒しじゃない。
敏悟:ソースが酸っぱ過ぎなくて良いですね。これ、今度再現してみようかな。
梨子:お料理、出来るだけじゃなくて好きなのね、ビンゴくん。
敏悟:昔からやってるんで……。
梨子:部活も、あれよね、
敏悟:製菓料理部ね。入ってはみたものの……。
梨子:不真面目な部なの?
敏悟:というか、俺以外に部長しかいなくて、自動的に俺が副部長なんですけど。
敏悟:またこれが、変て言うか、よくわかんないヤツで。まだ1回も料理出来てません。
梨子:ふふ。
梨子:あの高校はそうね、変わった子が多そうね。
敏悟:あんまり、邪魔しない感じですね。真面目にやるのも、変なのも。
梨子:……そうね。
梨子:真面目な子って、どこか変で。変な子も、どこかは普通よね。
敏悟:それは……、まあ。
梨子:変な部分も、普通な部分も、両方あって。
梨子:まぜこぜで、人間なんだって、私は思うのね。
敏悟:…………。
梨子:だから。
梨子:両親を亡くしても、夫を亡くしても。
梨子:施設から貰われて来ても、赤の他人と一緒に住んでても。
梨子:男の子なのに料理が好きでも、小説家なんてヤクザな商売をやってても。
梨子:いい歳して子供を生んでなくても。
梨子:大切な人を失ったのに、未だに泣く事が、出来ていなくても。
敏悟:…………。
梨子:全部が変で、おかしくて。
梨子:それで、普通。
梨子:……って、思えたらきっと、楽だよね。
梨子:自分は、自分なんだから。
敏悟:…………。
梨子:(パクリと、サンドを一口)
梨子:ふふ。言いたい事言って食べるご飯って、美味しいわあ。
【モノローグ】(敏悟):……結局、予想していたような、高校時代の父と母の、目眩(めくるめ)くエピソードトークは聞けなかった。
【モノローグ】(敏悟):取り留めも無く、今のこの街の事や、ご近所の要注意人物の事。
【モノローグ】(敏悟):太一のクラスメイトの、これまた曲者の少女の事。
【モノローグ】(敏悟):県境にあたる、山沿いエリアの集落に残った、祠(ほこら)にまつわる不可思議な祭儀の事。
【モノローグ】(敏悟):作家としての処世や、担当編集者に男運が無いという話。
【モノローグ】(敏悟):流石人気作家だけあって、話の組み立てが巧みで、俺は全然飽きなかった。
【モノローグ】(敏悟):言外にだが、
【モノローグ】(敏悟):遺された自分たちは、それでも今を生きているのだからと、
【モノローグ】(敏悟):言われている気がした。
0:【間】
:
0:湾岸公園の、ベンチにて。日は、傾きかけている。
梨子:……ふう。喋った喋ったぁ。ごめんね、一方的でしょ。
敏悟:や、面白いです。俺、全然知らない事ばっかりで……。
梨子:(腕時計を見やり)
梨子:もういい時間ね。
梨子:……どうする?
梨子:夕焼け、見てく?
敏悟:あ……、
敏悟:皆で見てた、っていう……、
梨子:そう。特に、仁悟さんが、好きだったから。
敏悟:……、……、
梨子:学校も無くなって、町も、何もかも、変わったけれど。
梨子:景色は変わらないから。
梨子:きっと、同じ夕焼け。
敏悟:…………。
梨子:…………。
敏悟:今日はもう、帰りませんか。
梨子:そう?
敏悟:ご飯、遅くなるし。
敏悟:それで、帰りに……、道路沿いに、あの、道の駅、ありましたけど。
梨子:ええ、
敏悟:出来たら、寄ってもらいたくて。
梨子:もちろん、いいけど。
敏悟:大根、買って帰りたいんです。
敏悟:こないだの、鶏大根……、リベンジ、したいんで。
梨子:わあ……。
梨子:(ぱ、と、芳(かぐわ)しき果実の如く笑み)
梨子:やったあっ。
0:【間】
【モノローグ】(敏悟):放課後。
【モノローグ】(敏悟):日曜から降り続いた雨は正午には上がり、水溜りを避けながら、傘をささずに歩く。
【モノローグ】(敏悟):何も考えず、あるいは考え事をしながら校舎を出た為か、絶妙に半端な時間に駅に着いた。
【モノローグ】(敏悟):何事かを忘れようと、思い出そうとしながら、
【モノローグ】(敏悟):暮れかかる直前の太陽を見やりつつ、階段を登る。
【モノローグ】(敏悟):ホームにて。
【モノローグ】(敏悟):なかば見慣れた、色素の薄い茶色い髪が目に入った。
【モノローグ】(敏悟):ニヤリ、と。
【モノローグ】(敏悟):三日月の如き笑みに捕まった。
香澄:……ふぅん。
香澄:それで結局、ナニもせずに帰っちゃったの。
敏悟:聞いてなかったのか? 道の駅に寄ったって、
香澄:「キママニキーナ」でしょ。野菜買えるトコ。
敏悟:あそこさ、何でも安くて新鮮で、
香澄:知ってるけど。
香澄:デート、デショ。
敏悟:……言葉の綾だろ。俺を元気付ける為の。
香澄:でもさぁ。神戸くんが大人だったらさぁ。
敏悟:あん?
香澄:その後、お酒トカ飲みに言ってさぁ。
香澄:……絶対、シちゃう流れだったよね。
香澄:ウクク、ク。
敏悟:……何、を、かな。
香澄:え?
敏悟:……え?
香澄:…………。高2にもなってさぁ。
香澄:その誤魔化し方はむしろイタいってば。
敏悟:い、やあ、その、
香澄:神戸くんさぁ、ぽいぽいとは思ってたけど。
香澄:もしかして、ど
敏悟:(食い気味)どうっっっ!!!!
香澄:…………「どう」??
敏悟:……。どう、だって良いだろ、そんなこたァ…………。
敏悟:んだコラァ……。
香澄:…………。
香澄:カワイソーだから触れないでアゲルねぇ。
敏悟:…………。
香澄:夕焼けも見ないで大根買って。冴えないの極地だね。
敏悟:……そんなもん、だよ。
敏悟:ガキだし。
敏悟:大人じゃ、ないし。
香澄:そーだね。
敏悟:それに夕焼けなんかさ。
敏悟:これからいつでも、いくらでも見れるし。
香澄:地球が滅びない限りね。
敏悟:知らないけど。
敏悟:……知りもしない、親の青春の思い出とかさ。見て、何か思うのも癪だし。
香澄:ふぅん……。
敏悟:…………。
香澄:せめて、リベンジは成功したの。
敏悟:大根? ま……、そこそこ。
敏悟:先にレンチンするのは手だな。「前よりもそれなり」って、言ってたし。T君も。
香澄:今度作って来てよ。
敏悟:……君に? 何で。
香澄:栄養バランス、大事なんでしょ。
敏悟:……。材料余らしたくないから。
敏悟:多く出来たら、ね。
香澄:クフフ。
【モノローグ】(敏悟):ていうか、製菓料理部の活動はどうなるんだろうか。
【モノローグ】(敏悟):部室の設備は使っても良いんだろうか。悪いコト無いよな。副部長だし、俺。
【モノローグ】(敏悟):…………そういう。
【モノローグ】(敏悟):詮の無い事を、考えていると。
【モノローグ】(敏悟):決まって、すぐに日は落ちる。
香澄:あ……。言ってたら。
0:斜陽。落日。
香澄:ココでも夕焼け、見れたねぇ。
敏悟:……、そーだね。
敏悟:(ホームの時計を見やり)
敏悟:電車……、本数、少ないよな。
香澄:悪かったね、田舎で。
敏悟:いや……。どこも綺麗だし。
香澄:…………ここのベンチから見る夕陽ね。
香澄:実は結構、好き。
香澄:嘘っぽくて。
敏悟:嘘っぽい?
香澄:ホームの屋根と柱に縁取られてさ。16対9のアスペクト比っぽくて。
香澄:画面の向こうの、環境映像見てるみたいで。
敏悟:…………。
敏悟:ふうん。
【モノローグ】(敏悟):赤が特別な色であるのは。
【モノローグ】(敏悟):人類に、特別な何かを想起させるのは。
【モノローグ】(敏悟):日が落ち、夜の訪れを報せる色だからか。
【モノローグ】(敏悟):あるいは、
敏悟:……血の色みたいに真っ赤だな。
香澄:…………そう?
【モノローグ】(敏悟):濁った血液と、砂利に塗(まみ)れた肉片。両親、だったモノを目の当たりにした記憶を、呼び起こすからだろうか。
香澄:毎月見るけどさ。あんなオレンジっぽく無いよ。
敏悟:……血ぐらい、見たことあるけど。
香澄:あ、でも偶(たま)に、
香澄:って、……うわぁ。
香澄:泣いてる人がいる。
敏悟:(声を上げず、落涙)
敏悟:……、…………。
香澄:なんなの……。人来たら多人のフリするから。
敏悟:……くそ。
敏悟:(ぐすん、と啜り上げる)
香澄:ティッシュとかないの? 男子ってハンカチ持たないの何で?
敏悟:…………。
敏悟:事故の、連絡来た時もさ。
香澄:親の?
敏悟:こんな、夕焼けだった。
香澄:……、ふぅん。
敏悟:死体の残り見た時も、葬式の、時も。何も、思わなかったのに。
香澄:思わないように、してたんでしょ。
敏悟:親子らしい事とか、1個も、無かったけど。
敏悟:親父が偶に作る、どっかの国の、知らない料理とか。
敏悟:母さんの、外国で出来た友達の、話とか。
敏悟:結構……、好き、だった。
香澄:……へぇ。
敏悟:……変だよな。
敏悟:今更、泣くとか。
香澄:ちょっと時間経って、よーやく実感湧いたんじゃないの。
敏悟:そーかも……、しれないけどさ。
香澄:……なぁーんだ。
香澄:そのうち変なトコ、見つかるかもって思ってたけど。
香澄:期待外れだったっぽいね。
敏悟:…………、
香澄:だってソレって……、
香澄:とっても、普通だもん。
敏悟:…………。
敏悟:(あふれ来る涙を、手の甲で拭う)
香澄:クフ、フ……。
香澄:人が居なくてよかったねぇ。
香澄:ビンゴくん。
敏悟:……、……、
【モノローグ】(敏悟):珍しく。
【モノローグ】(敏悟):満月のような笑みだった。
【モノローグ】(敏悟):電車はもうじき、来る筈だ。
0:暗転。
:
0:【間】
:
0:一同、横並び。
太一:カーテンコールっ!!
太一:「おうのう」作文のコーナーっ!!
太一:「おうのう」の「お」!
梨子:うふふ。
梨子:「大きな心で」。
太一:「う」!
香澄:えっと。
香澄:「鬱陶しくても」。
太一:「の」!
太一:「望むがままに」。
太一:ラスト!
太一:「う」!
敏悟:また「う」か……っ、
敏悟:う……、う……、
敏悟:……「うどんを、食べよう」っ!!
太一:…………2点。
0:【終】