台本概要

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タイトル 生贄娘と神様
作者名 akodon  (@akodon1)
ジャンル ラブストーリー
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 30 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 あなたを想い続けましょう。
ずっとずっと、永遠に。

生贄になった娘と、神様のお話です。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
115 生贄として神の元へやってきた村娘。
神様 127 山奥の社に住む神。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
娘:約束をした。 娘:幼い頃、迷い込んだ山の中、 娘:一人ぼっちのそのヒトと。 0:『生贄娘と神様』 娘:「私をお嫁さんにしてください!」 神様:「断る!」 娘:「お嫁さんにしてくださいっ!!」 神様:「断るッ!!」 娘:「なんでですか! 娘:あなたに会えると知って私、わざわざ生贄(いけにえ)に立候補までしたんですよ!」 神様:「いやいや、ちょっと待って!そんな立候補初めて聞いたけど!?」 娘:「はい。長老様も初めてだって仰ってました。 娘:普通はみんな生贄になるのを嫌がるし、年頃の娘を家の奥に隠したり、わざわざ男の子として育てたりする家も多いって」 神様:「うんうん、それが普通だと思うよ。 神様:だって、一生懸命育ててきた可愛い娘がね、神様とかいう実際居るか居ないか分からないような存在の為に捧げられるんですよ? 神様:そりゃあ間違いなく嫌ですよ」 娘:「それはあくまで一般論じゃないですか! 娘:世の中には生贄として神に捧げられたい系女子も居るんです!」 神様:「神に捧げられたい系女子って何!? 神様:新しいジャンルだねぇ! 神様:てか、人間すぐに生贄捧げて神にお願いしてくるけど、神的にはめちゃめちゃ困るのよ! 神様:目の前で若くて綺麗な娘さんにギャン泣きされてみ?もうね、居た堪(たま)れないから! 神様:どうしていいかわからず、うろたえるばかりだから!」 娘:「またまたぁ~!そんなこと仰いますが 娘:『その桜色の頬に、真珠のような涙が零れる様、なかなかにそそられるな・・・気に入ったぞ、娘』 娘:なーんて甘く囁きながら、幾人(いくにん)もの娘を虜(とりこ)にしてきたんでしょ?」 神様:「してないし!何その恥ずかしい台詞!」 娘:「え~・・・じゃあこうですか? 娘:『やぁ・・・よく来たね。○○人目の憐れな仔羊。 娘:おっと・・・入口はそのエンターアイコンじゃないよ。 娘:よく下に書いてある文章を読んでごらん。 娘:わからない?仕方ないなぁ・・・じゃあ、ボクが手取り足取り・・・』」 神様:「生贄っていうか、仔羊違いなのよそれ! 神様:むしろ、憐れなのは迷い込んだ側じゃなく、迷い込まれた側なのよ! 神様:これからの未来を生きる仔羊たちを抉るのはやめなさい!」 娘:「これも違うんですか? 娘:それなら、今までどうやって彼女たちと付き合ってきたんですか?」 神様:「いや・・・その・・・それは・・・」 娘:「おや?どうしたんですか?急に言葉を濁して。 娘:ハッ・・・!まさか、それ以上に過激なあんな方法や、こんな方法で彼女たちを我がモノに・・・」 神様:「そんなことできるかぁ! 神様:一晩中、目の前で何もできずにオロオロしてたら、みんな冷めた目をしながら山から降りていきました!」 娘:「えっ・・・嘘でしょ? 娘:今まで来た生贄、全員ですか?」 神様:「全員だよ!言わせないでよ! 神様:こちとら、神っていう以外はごく普通の、山奥に住んでるただの引きこもりなんだよ! 神様:人と接することなんて滅多に無いのに、いきなり泣いてる女の子慰めろって言われても困るのよ! 神様:難易度が高すぎるのよ!」 娘:「・・・もしかして、神様はその・・・女性経験的なものは・・・」 神様:(神様、食い気味に) 神様:「察して!!」 娘:「ああ・・・はい・・・なるほど。 娘:今の一言で大体理解しました」 神様:「ぐすっ・・・ぐすっ・・・(泣)」 娘:「おーよしよし。泣かないでくださいー。 娘:ほぉら、アメ・・・アメ食べます?」 神様:「・・・うん」 娘:「あっ・・・なんと言うか、今ならさっき神様が言ってた親心、少しわかる気がしました」 神様:「そう、それは何よりだ・・・」 娘:「ええ、私も神様に幼児属性があると知れて良かったです」 神様:「人に勝手な属性を付与(ふよ)して萌えないでください」 娘:「はい」 神様:「・・・まぁ、要するに、私は生贄なんて求めてないんですよ。 神様:ご近所のお裾(すそ)分け感覚でいいから、村でとれたお米とか野菜とか、そういうものをたまーに分けてもらえれば充分なんです。 神様:それなのに、それなのにさぁ・・・」 娘:「でも、私は神様のお嫁さんになりたいです」 神様:「・・・ねぇ、さっきの話聞いてた?」 娘:「聞いてましたけど、私はどうしても神様のお嫁さんになりたいんです。 娘:というか、その為にわざわざここまで来たんです」 神様:「いや、ごめんね。今、私全然そんな気無いんで・・・」 娘:「どうしてですか。 娘:私、もしかして可愛くないですか?」 神様:「いや、可愛いよ。 神様:神的に言わせてもらえば、庇護(ひご)する対象の人間は老若男女問わず可愛い」 娘:「お嫁さんになる為に一生懸命頑張ってきたんです。 娘:掃除も炊事も洗濯も、何だってできます!」 神様:「いやいや、ありがたいけど大丈夫。 神様:そういうのは大体眷属(けんぞく)がやってくれるから」 娘:「絶対苦労はさせません!何なら神様の分まで働きますから!」 神様:「いやいやいや、神の仕事を人間に押し付けるのは流石にまずいでしょ? 神様:ちなみにキミ、天候操作術(てんこうそうさじゅつ)の免許とか持ってる?」 娘:「もう!じゃあ、どうすればお嫁さんにしてくれるんですか!?」 神様:「だからぁ!私はお嫁さんをもらう気は今までもこれからも無いんです!」 娘:「それは・・・絶対ですか?」 神様:「ええ絶対無いです」 娘:「本当に?」 神様:「・・・多分」 娘:「確実に?」 神様:「・・・おそらく」 娘:「何がなんでも?」 神様:「・・・無いと思われます」 娘:「・・・わかりました」 神様:「うんうん、わかってくれるならそれで良いんだ。 神様:安全に山を降りられるよう眷属を道案内に付けてあげるから、今すぐ村に帰って・・・」 娘:「・・・私、帰りません」 神様:「・・・えっ?」 娘:「帰りません! 娘:だって、今日まで神様のお嫁さんになる為だけに生きてきたんです! 娘:あなたが『はい』と言ってくれるまで、絶対に帰りません!」 神様:「いや・・・だから困るんだって・・・。 神様:お願いだから、村に帰って普通に暮らして・・・」 娘:「・・・覚えてたら、お嫁さんにしてくれるって言ったじゃないですか」 神様:「えっ・・・?」 娘:「ともかく、神様がいいと言ってくれるまで、私帰る気ありませんから!」 神様:「えっ、ちょっと・・・キミ!ちょっとぉ!」 0:(少し間) 神様:「これは・・・ものすごく困った事になったぞ・・・」 0:(しばらくの間) 神様:その日から、彼女は宣言通り私の社(やしろ)に居座った。 娘:「神様!おはようございます! 娘:今日は絶好の洗濯日和ですよ! 娘:一緒に洗っちゃうので、早くその寝巻きを脱いで! 娘:ほらほら、何を恥ずかしがっているんです? 娘:ふふ・・・よいではないか、よいではないか・・・。 娘:悪代官?失敬な!私は至って善良な人間ですよ!」 神様:何度帰りなさい、と促しても、頑(がん)として首を縦に振らず、 娘:「今日は社の隅々までお掃除をしました! 娘:廊下からタンスの上までピッカピカです! 娘:眷属さんたちが姑のように確認してましたけど、無事合格点頂けたんですよ? 娘:すごいでしょ?さぁ、褒めてください! 娘:さぁさぁ!」 神様:拒まれようと、あしらわれようと決して諦めず、 娘:「ほら、神様見てください! 娘:山奥で美味しそうな山菜をたくさん採ってきたんです! 娘:途中、クマに襲われかけましたが、マタギのテツさん直伝、クマ撃退拳(げきたいけん)で事なきを得ました! 娘:今晩は腕によりをかけて、美味しい天ぷらを作りますから、楽しみにしていてくださいね!」 神様:毎日毎日、無邪気な笑顔を振りまき続け、 娘:「お帰りなさい! 娘:ご飯にします?お風呂にします? 娘:それとも・・・わ・た・し・・・? 娘:・・・えっ、お風呂ですか? 娘:えーっ・・・。はい、沸いてますよ? 娘:あっ、お背中流しましょうか? 娘:・・・ああっ、なんでそんなに恥ずかしがるんですか~! 娘:神様、神様ってば!もう~!」 神様:気が付けば、彼女が生贄としてやってきて、ひと月が過ぎようとしていた。 0:(しばらくの間) 神様:「はぁ・・・参ったなぁ・・・何だかんだ、流されるままに日数ばかりが過ぎてしまった」 0:(ほんの少し間) 神様:「今まで千年以上生きてきて、こんなに圧倒されるのは初めてだ。 神様:目の前で泣かれるよりは良いけど、逆にどうしていいか分からない・・・」 0:(ほんの少し間) 神様:「だが、ここで流されてしまってはいけない。 神様:だって・・・私と彼女では・・・」 0:(少し間) 神様:「そうだ、ここでしっかりケジメをつけなければ・・・それがお互いの為なんだ。 神様:よし、何としてでも諦めさせよう。 神様:頑張れ私。負けるな、私・・・」 娘:「・・・おはようございます」 神様:「ひょああ!ビックリした! 神様:・・・って、居間で包丁なんか握り締めてどうしたんだいキミ!? 神様:まさか、私があまりにもキミを適当にあしらい続けるものだから、思わず早まった真似を・・・」 娘:「落ち着いてください。何を言ってるんですか? 娘:食事の準備に決まってるじゃないですか」 神様:「・・・へ?」 娘:「眷属さんが言ってましたよ。 娘:神様ったら稲作(いなさく)で村が忙しくなるこの時期になると、ご自分が食事をあまりとらなくても生きていけるからって、何日もご飯を食べなかったりするらしいじゃないですか」 神様:「あ、ああ・・・そういえばここ数年はそんな生活を送っていたかもなぁ・・・」 娘:「ダメですよ!ご飯はしっかり食べないと力が出ません! 娘:特に朝餉(あさげ)を抜くのは良くないと、今年八十を越えた村のオババが言ってました!」 神様:「でも、供えてもらった物にも限りはあるし・・・。 神様:それにほら、私はそんなに食べなくても平気なんだから、その分働いてくれる人間にその食料が行き渡った方が・・・」 娘:「いけません! 娘:この土地を守ってくれる神様が、元気でいてくれるからこそ、私たちは安心して暮らせるんです!」 神様:「けど・・・」 娘:「けども、でもも、へったくれもありません! 娘:さぁ、ご飯にしますよ! 娘:神様に美味しく召し上がって頂けるよう、味噌汁は出汁(だし)からこだわりました! 娘:ご飯も某(ぼう)山で暮らす少女並に立ってます!ぜひ、あじわってくださ・・・」 神様:(神様、食い気味に) 神様:「あの・・・!」 娘:「・・・どうしました?」 神様:「その・・・なんでキミは私の為に、こんなにも一生懸命頑張ってくれるんだい?」 娘:「なんでって・・・前にも言ったじゃないですか。 娘:私はあなたのお嫁さんになりたくて・・・」 神様:「待ってくれ! 神様:その話なんだけど・・・やっぱり、私はキミを受け入れる事はできないよ」 娘:「えっ・・・?」 0:(少し間) 娘:「どうしてですか?私のご飯、不味かったですか? 娘:それとも、掃除ができてない場所でもありましたか? 娘:洗濯物にシミでも付いてましたか?」 神様:「・・・いや、そうじゃない。 神様:キミは完璧に家事をこなしてくれている。 神様:それこそ、ケチのつけようが無いくらい完璧に」 娘:「だったら、何がいけないんですか? 娘:教えてください! 娘:私、あなたのそばに居られるなら、もっともっと頑張りますから・・・!」 神様:「違うよ・・・キミに悪いところはひとつも無い」 娘:「じゃあ、どうして!」 神様:「だってキミは! 神様:・・・キミたち人間は、私を置いてすぐに死んでしまうから・・・!」 娘:「えっ・・・?」 0:(少し間) 神様:「・・・昔ね。私も人間と一緒に人里(ひとざと)で暮らしていたんだ」 0:(ほんの少し間) 神様:「昼はみんなで泥だらけになりながら土を耕し、夜は月明かりの下、酒を酌み交わしながら歌って、踊って。 神様:毎日本当に楽しかった。 神様:本当に嬉しかった。 神様:本当に・・・幸せだった」 0:(ほんの少し間) 神様:「・・・けど、ある日、人が死んだ」 0:(少し間) 神様:「とても親しい人間だった。 神様:初めて人里に降りて、右も左も分からず戸惑っていた私の手を引いて、みんなの輪の中に入れてくれた人だった」 0:(ほんの少し間) 神様:「しばらくして、また人が死んだ。 神様:農具の使い方すら知らず、何もできない私に一から田畑の耕し方を教えてくれた人だった」 0:(ほんの少し間) 神様:「その後も、人は死んだ。 神様:共に酔い潰れるまで酒を酌み交わした人も、食事の世話をやいてくれた人も、豊作を祝う祭りでクタクタになるまで一緒に踊り明かした人も、一人、また一人と死んでいった」 0:(少し間) 神様:「寿命だよ。 神様:私は何一つ変わらないから気付かなかったけど、周囲にいた人たちは、いつの間にかみんな、みんな歳をとってしまっていたんだ。 神様:・・・そして、私を置いて皆、次々に死んでしまった」 0:(ほんの少し間) 神様:「神の命は永遠だ。 神様:しかし、人間の命には限りがある。 神様:愚かにも私がその事実に気付いたのは、何十人もの人々を見送った後だった」 0:(少し間) 神様:「・・・私は人里から逃げ出した。 神様:耐えられなくなったんだ。 神様:この場所にいる限り、親しくなった彼らと別れる悲しみを何度も味わうんだと思ったら、いてもたってもいられなかった」 0:(ほんの少し間) 神様:「・・・それきり、私は人と深く関わることをやめた。 神様:今は山奥で一人きり、人間たちの営みをそっと見守りながら、今日もこの場所で暮らしている。そういうわけだよ」 娘:「・・・」 神様:「ここまで言えば分かってくれるかい? 神様:私がキミを受け入れられない訳を。 神様:一緒にいられないその理由を」 娘:「・・・はい」 神様:「ごめんね。でも、キミの気持ちはとても嬉しかった。 神様:・・・私は一緒にいることはできないけど、キミのことをずっと見守っている。 神様:だから、こんな私の事は忘れて、どうか幸せに・・・」 娘:「・・・なんて言うと思いましたか?」 神様:「・・・え?」 娘:「神様が大変つらい想いをされてきたのは、よくわかりました。 娘:・・・でも、そこまで仰るのなら、何故、私をすぐに追い出さなかったんですか?」 神様:「それは・・・」 娘:「そうです。そんな風に思うのならば、あなたは私を無理矢理にでも、村に送り返せば良かったんです。 娘:けど、あなたはそれをしなかった。 娘:ひと月もの間、私をそばに置いてしまった」 神様:「・・・」 娘:「・・・実は、寂しかったんじゃないですか?」 神様:「・・・っ」 娘:「そうですよ。実は寂しかったんじゃないですか? 娘:口では怖いと言いつつも、本当はまだ心のどこかで、かつてのように誰かと共に暮らしたいと願っていたんじゃないですか? 娘:だから、私の勢いに流されているようなフリをして、今日まで過ごしてしまったんじゃないですか?」 神様:「そんな、そんな事はない・・・! 神様:私は今でも人と関わるのが怖くて・・・!」 娘:「それなら、あなたはあの日、なんであんな約束をしたんですか!」 神様:「・・・約束・・・?」 娘:「・・・本当に、覚えてないんですね・・・」 神様:「いや、待ってくれ。何の話をしているんだ。 神様:キミは、一体・・・」 娘:「もういいです!神様のバカっ!」 神様:「あっ!ちょっと・・・!キミ・・・!」 0:(ほんの少し間) 神様:「覚えてないって、一体何を・・・ 神様:あれ?あの子、何か落として・・・」 0:(少し間) 神様:「・・・これは、櫛(くし)・・・?」 0:(しばらくの間。以下、次の間まで娘、幼くなります) 娘:「ぐすっ・・・ひっく・・・」 神様:「おや・・・こんな山奥に迷子なんて珍しい。 神様:どうしたんだい、お嬢さん。こんなところで座り込んで・・・」 娘:「・・・おじさん、だぁれ?」 神様:「おじ・・・いや、実年齢的にはおじいさんでも余るくらいだけど、そんな風に改めて言われるとちょっと傷付くなぁ・・・」 娘:「もしかして、怪しい人?」 神様:「ああ、ごめんね。 神様:私はこの山に住んでいる神です」 娘:「・・・やっぱり怪しい人だ」 神様:「んー!そうだよね、そうだよね! 神様:出会って早々、知らない人が『私は神だ』なんて名乗ったら、そりゃあ怪しいと思うよねー!」 娘:「あの・・・何か用ですか?」 神様:「そ、そんなに警戒しないで・・・ 神様:いや、眷属が近くで子どもの泣き声がするって言ってたからさ。 神様:心配になって来てみただけで・・・」 娘:「けんぞく?お父さんとかお母さんみたいな人?」 神様:「うーん、似てるけどちょっと違うかなぁ。 神様:どちらかと言えば、私が彼らの親みたいなものだし・・・」 娘:「親・・・」 神様:「そういえば、キミはどうしてここで泣いていたんだい?お父さんは?」 娘:「・・・お父さん、いない」 神様:「おや・・・それじゃあ、お母さんは?」 娘:「お母さんも、いない。 娘:・・・二人とも、病気になって寝ていたら、村のおじさんたちが、どこかに連れて行っちゃった」 神様:「・・・どこかに?」 娘:「うん、オババが言ってたの。 娘:二人とも、お空の高い高いところに行ったんだ、って」 神様:「もしかして・・・それは・・・」 娘:「・・・だから私、高いお山に登ってみれば、二人に会えると思ったんだ。 娘:でも、お山のどこに行ってもお父さんも、お母さんも見つからないの・・・」 神様:「・・・」 娘:「ねぇ、おじさん。二人とも、どこに行っちゃったのかなぁ? 娘:どこに行けば会えるのかなぁ?」 神様:「・・・ごめんね。私がもっと色々な場所に目を配ってあげられれば・・・」 娘:「おじさん?」 神様:「ああ、すまない・・・独り言さ、気にしないでおくれ。 神様:それよりも、そろそろ日が暮れる。 神様:暗くなる前に私が村まで送ってあげよう」 娘:「お父さんとお母さんは?」 神様:「・・・二人のことは私が探すよ。 神様:だから、任せて帰りなさい。 神様:もしもキミが危険な目にあえば、お父さんもお母さんも悲しむから」 娘:「うん、わかった・・・」 神様:「よし、じゃあ行こう。 神様:さぁ、抱っこしてあげるから、私にしっかり掴まって・・・」 娘:「うん。・・・あっ」 神様:「ん?どうかした?」 娘:「おじさんの髪に刺してある赤い櫛、とても綺麗ね」 神様:「ああ、これかい? 神様:一人で暇を持て余していた時に、ほんの気紛(きまぐ)れで作ってみたものだけど・・・」 娘:「でも、櫛って好きな人にあげるものじゃないの?」 神様:「えっ・・・うん、そうだね。 神様:けど、私にはあげる人がいないからね・・・」 娘:「ええっ!?おじさん、好きな人いないのぉ!?」 神様:「い、いないねぇ・・・。 神様:って、なんか言ってて悲しくなってきたな・・・」 娘:「私はいるよ。 娘:お父さんに、お母さん。 娘:長老様に、オババでしょ。 娘:あとは隣の家のミヨちゃんと・・・」 神様:「・・・キミは好きな人がいっぱいいるんだね。 神様:それはとても素晴らしい事だ」 娘:「うん!みんな好き! 娘:みんな、みーんな大事だよ!」 神様:「・・・そうか」 娘:「あっ!会ったばかりだけど、おじさんの事も好きだよ! 娘:優しくて、面白くて、ちょっと変なところが!」 神様:「ははは、面白くて、ちょっと変かぁ・・・」 娘:「そうだ!あのね、おじさん」 神様:「ん?なんだい?」 娘:「もし、おじさんに好きな人ができなかったら、私がおじさんの好きな人になってあげるね」 神様:「えっ・・・?」 娘:「そしたら、おじさんも村のみんなと一緒に住めるよ! 娘:だって、好きな人同士は結婚して家族になるんだよ、ってお母さん言ってたもん」 神様:「・・・そっか、それはとても嬉しいなぁ・・・」 娘:「ねぇねぇ、ダメ?」 神様:「・・・ありがとう。忘れないでおこう。 神様:キミがもし、もう少しだけ大人になっても私の事を覚えていたら、その時はきっと家族になろう」 娘:「うん!約束だよ! 娘:私、何があってもずっと、ずーっと忘れないから!」 神様:「ああ、約束だ。 神様:・・・そうだ、それなら、これをキミに・・・」 0:(しばらくの間) 神様:「・・・そうか、この櫛はあの時の・・・」 娘:「ようやく、思い出してくれましたか?」 神様:「ごめんね。千年以上も生きていると、物忘れが激しくて」 娘:「・・・おじいちゃん」 神様:「あの時はおじさんで、今はおじいちゃんか・・・。 神様:そりゃあ、あの時のお嬢さんも、すっかり大きくなってしまうわけだよ」 娘:「・・・私、あの後すぐに知りました。 娘:お父さんとお母さんは流行病(はやりやまい)で死んでしまったんだって。 娘:あの日、神様は幼い私を傷付けないように、優しく諭(さと)してくれたんだって」 神様:「あれは罪滅ぼしのようなものさ。 神様:私にもう少し力があれば、流行病など・・・」 娘:「そんなの神様のせいじゃないですよ。 娘:むしろ、あなたがあの日、私を見付けてくれなかったら、今頃私もお空の上に居たかしれない」 神様:「・・・」 娘:「・・・ごめんなさい。 娘:本当はずっと、ずっと会いに来たかったんです。 娘:でも、あの日以来、オババたちが私の事を心配して、山に入らせてくれなくて」 神様:「私だって同じだ。 神様:キミは私を忘れないでいてくれたのに、私は会いに来てくれたキミに気付きもしないで」 娘:「人間の成長は早いですから」 神様:「そうだね。 神様:だからこそ、その一瞬でさえ、愛しいものだと思えるんだ」 娘:「・・・人間と一緒に暮らすのは、やっぱり怖いですか」 神様:「怖いよ。 神様:だってキミは、私より先に死んでしまうんだから」 娘:「私、長生きする予定なんです。 娘:オババから健康長寿の秘訣、全部全部教わってきましたから」 神様:「・・・それでも、私を置いていくだろう?」 娘:「もう!今からそんな顔されたら、私しわくちゃのおばあちゃんになっても死ねないじゃないですか」 0:(少し間) 娘:「・・・また、逢いに来ます」 神様:「え・・・?」 娘:「死んだらまた、生まれ変わってあなたに逢いに来ます。 娘:神様がもう勘弁してくれ、って音を上げるまで何十回でも、何百回でもあなたの元へ帰ってきます」 神様:「そんなこと、できるわけ・・・」 娘:「あらあら、私とっても一途で執念深いんですよ。 娘:それこそ、年端(としは)のいかない子どもの頃にした約束を、しつこく、それはもうしつこーく覚えてるくらいです。 娘:閻魔(えんま)様でもお釈迦様でも言いくるめて、何度だって生まれ変わってやりますよ」 神様:「・・・その二人、私の立場的に上司みたいな人たちだから、あとが少し怖いんだけど・・・」 娘:「残念ですが、とんでもない娘と約束を交わしてしまったと諦めてください」 神様:「お歳暮とお中元は、できる限り良いものを用意しておきます」 娘:「はい。二人で一緒にご挨拶に伺いましょう。 娘:見せ付けるように、仲良く手を繋いで」 0:(二人、笑い合う) 娘:「・・・ねぇ、神様。櫛を恋人に贈る意味、知ってますか?」 神様:「意味?」 娘:「苦しい時も、死ぬ時もいつも一緒にいてほしい。 娘:そんな意味があるそうです」 神様:「苦しい時も、死ぬ時も・・・」 娘:「・・・約束します」 神様:「えっ?」 娘:「苦しみも、死の悲しみすら乗り越えて、私はまたあなたに逢いに来ます。 娘:この櫛に誓って、何度も、何度でも」 神様:「・・・私に付き合うのであれば、永遠に生まれ変わらなければならないよ」 娘:「知ってます。 娘:だって、あなたは神様ですから」 神様:「私は何度だって情けなく泣くと思う。 神様:泣いて縋(すが)って、キミをいつまでも離してあげられなくなると思うよ」 娘:「知ってます。 娘:だってあなたはそういうヒトですから」 神様:「・・・それなら、私も覚悟を決めるよ。 神様:苦しくても、つらくても、キミの死を乗り越えて、いつまでもキミを待ち続けよう」 娘:「ええ、待っていてください。 娘:そして、再び出逢ったらまた一緒に暮らしましょう。 娘:楽しく笑って、いつまでも」 神様:「ああ、約束だ」 娘:「はい、約束ですよ、神様」 0:(ほんの少し間) 娘:「何度生まれ変わっても、また、きっとーーー」 0:(しばらくの間) 娘:とある山奥の社に、そのヒトは今でもずっと住んでいる。 神様:人々の心から少しずつ、少しずつ、その存在が薄れていっても、 神様:人々が神に祈るその風習が廃れていっても、 娘:人間と関わることが怖いと言いながら、 娘:人間を愛さずにいられないそのヒトは、 娘:人間の日常にそっと溶け込みながら、 娘:彼女がそこに帰ってくるのを待っている。 神様:何度別れを繰り返しても、 娘:何度だって逢えると信じて、 神様:響き渡る彼女の楽しげな笑い声を 娘:抱きしめた時の身体の温もりを 神様:色褪せた赤い櫛を傍らに置いて 娘:いつも、いつでも、いつまでも 神様:ずっと、ずっと、待っている。 娘:「私をお嫁さんにしてください!」 神様:「ーーーはい、喜んで」 0:~おしまい~

娘:約束をした。 娘:幼い頃、迷い込んだ山の中、 娘:一人ぼっちのそのヒトと。 0:『生贄娘と神様』 娘:「私をお嫁さんにしてください!」 神様:「断る!」 娘:「お嫁さんにしてくださいっ!!」 神様:「断るッ!!」 娘:「なんでですか! 娘:あなたに会えると知って私、わざわざ生贄(いけにえ)に立候補までしたんですよ!」 神様:「いやいや、ちょっと待って!そんな立候補初めて聞いたけど!?」 娘:「はい。長老様も初めてだって仰ってました。 娘:普通はみんな生贄になるのを嫌がるし、年頃の娘を家の奥に隠したり、わざわざ男の子として育てたりする家も多いって」 神様:「うんうん、それが普通だと思うよ。 神様:だって、一生懸命育ててきた可愛い娘がね、神様とかいう実際居るか居ないか分からないような存在の為に捧げられるんですよ? 神様:そりゃあ間違いなく嫌ですよ」 娘:「それはあくまで一般論じゃないですか! 娘:世の中には生贄として神に捧げられたい系女子も居るんです!」 神様:「神に捧げられたい系女子って何!? 神様:新しいジャンルだねぇ! 神様:てか、人間すぐに生贄捧げて神にお願いしてくるけど、神的にはめちゃめちゃ困るのよ! 神様:目の前で若くて綺麗な娘さんにギャン泣きされてみ?もうね、居た堪(たま)れないから! 神様:どうしていいかわからず、うろたえるばかりだから!」 娘:「またまたぁ~!そんなこと仰いますが 娘:『その桜色の頬に、真珠のような涙が零れる様、なかなかにそそられるな・・・気に入ったぞ、娘』 娘:なーんて甘く囁きながら、幾人(いくにん)もの娘を虜(とりこ)にしてきたんでしょ?」 神様:「してないし!何その恥ずかしい台詞!」 娘:「え~・・・じゃあこうですか? 娘:『やぁ・・・よく来たね。○○人目の憐れな仔羊。 娘:おっと・・・入口はそのエンターアイコンじゃないよ。 娘:よく下に書いてある文章を読んでごらん。 娘:わからない?仕方ないなぁ・・・じゃあ、ボクが手取り足取り・・・』」 神様:「生贄っていうか、仔羊違いなのよそれ! 神様:むしろ、憐れなのは迷い込んだ側じゃなく、迷い込まれた側なのよ! 神様:これからの未来を生きる仔羊たちを抉るのはやめなさい!」 娘:「これも違うんですか? 娘:それなら、今までどうやって彼女たちと付き合ってきたんですか?」 神様:「いや・・・その・・・それは・・・」 娘:「おや?どうしたんですか?急に言葉を濁して。 娘:ハッ・・・!まさか、それ以上に過激なあんな方法や、こんな方法で彼女たちを我がモノに・・・」 神様:「そんなことできるかぁ! 神様:一晩中、目の前で何もできずにオロオロしてたら、みんな冷めた目をしながら山から降りていきました!」 娘:「えっ・・・嘘でしょ? 娘:今まで来た生贄、全員ですか?」 神様:「全員だよ!言わせないでよ! 神様:こちとら、神っていう以外はごく普通の、山奥に住んでるただの引きこもりなんだよ! 神様:人と接することなんて滅多に無いのに、いきなり泣いてる女の子慰めろって言われても困るのよ! 神様:難易度が高すぎるのよ!」 娘:「・・・もしかして、神様はその・・・女性経験的なものは・・・」 神様:(神様、食い気味に) 神様:「察して!!」 娘:「ああ・・・はい・・・なるほど。 娘:今の一言で大体理解しました」 神様:「ぐすっ・・・ぐすっ・・・(泣)」 娘:「おーよしよし。泣かないでくださいー。 娘:ほぉら、アメ・・・アメ食べます?」 神様:「・・・うん」 娘:「あっ・・・なんと言うか、今ならさっき神様が言ってた親心、少しわかる気がしました」 神様:「そう、それは何よりだ・・・」 娘:「ええ、私も神様に幼児属性があると知れて良かったです」 神様:「人に勝手な属性を付与(ふよ)して萌えないでください」 娘:「はい」 神様:「・・・まぁ、要するに、私は生贄なんて求めてないんですよ。 神様:ご近所のお裾(すそ)分け感覚でいいから、村でとれたお米とか野菜とか、そういうものをたまーに分けてもらえれば充分なんです。 神様:それなのに、それなのにさぁ・・・」 娘:「でも、私は神様のお嫁さんになりたいです」 神様:「・・・ねぇ、さっきの話聞いてた?」 娘:「聞いてましたけど、私はどうしても神様のお嫁さんになりたいんです。 娘:というか、その為にわざわざここまで来たんです」 神様:「いや、ごめんね。今、私全然そんな気無いんで・・・」 娘:「どうしてですか。 娘:私、もしかして可愛くないですか?」 神様:「いや、可愛いよ。 神様:神的に言わせてもらえば、庇護(ひご)する対象の人間は老若男女問わず可愛い」 娘:「お嫁さんになる為に一生懸命頑張ってきたんです。 娘:掃除も炊事も洗濯も、何だってできます!」 神様:「いやいや、ありがたいけど大丈夫。 神様:そういうのは大体眷属(けんぞく)がやってくれるから」 娘:「絶対苦労はさせません!何なら神様の分まで働きますから!」 神様:「いやいやいや、神の仕事を人間に押し付けるのは流石にまずいでしょ? 神様:ちなみにキミ、天候操作術(てんこうそうさじゅつ)の免許とか持ってる?」 娘:「もう!じゃあ、どうすればお嫁さんにしてくれるんですか!?」 神様:「だからぁ!私はお嫁さんをもらう気は今までもこれからも無いんです!」 娘:「それは・・・絶対ですか?」 神様:「ええ絶対無いです」 娘:「本当に?」 神様:「・・・多分」 娘:「確実に?」 神様:「・・・おそらく」 娘:「何がなんでも?」 神様:「・・・無いと思われます」 娘:「・・・わかりました」 神様:「うんうん、わかってくれるならそれで良いんだ。 神様:安全に山を降りられるよう眷属を道案内に付けてあげるから、今すぐ村に帰って・・・」 娘:「・・・私、帰りません」 神様:「・・・えっ?」 娘:「帰りません! 娘:だって、今日まで神様のお嫁さんになる為だけに生きてきたんです! 娘:あなたが『はい』と言ってくれるまで、絶対に帰りません!」 神様:「いや・・・だから困るんだって・・・。 神様:お願いだから、村に帰って普通に暮らして・・・」 娘:「・・・覚えてたら、お嫁さんにしてくれるって言ったじゃないですか」 神様:「えっ・・・?」 娘:「ともかく、神様がいいと言ってくれるまで、私帰る気ありませんから!」 神様:「えっ、ちょっと・・・キミ!ちょっとぉ!」 0:(少し間) 神様:「これは・・・ものすごく困った事になったぞ・・・」 0:(しばらくの間) 神様:その日から、彼女は宣言通り私の社(やしろ)に居座った。 娘:「神様!おはようございます! 娘:今日は絶好の洗濯日和ですよ! 娘:一緒に洗っちゃうので、早くその寝巻きを脱いで! 娘:ほらほら、何を恥ずかしがっているんです? 娘:ふふ・・・よいではないか、よいではないか・・・。 娘:悪代官?失敬な!私は至って善良な人間ですよ!」 神様:何度帰りなさい、と促しても、頑(がん)として首を縦に振らず、 娘:「今日は社の隅々までお掃除をしました! 娘:廊下からタンスの上までピッカピカです! 娘:眷属さんたちが姑のように確認してましたけど、無事合格点頂けたんですよ? 娘:すごいでしょ?さぁ、褒めてください! 娘:さぁさぁ!」 神様:拒まれようと、あしらわれようと決して諦めず、 娘:「ほら、神様見てください! 娘:山奥で美味しそうな山菜をたくさん採ってきたんです! 娘:途中、クマに襲われかけましたが、マタギのテツさん直伝、クマ撃退拳(げきたいけん)で事なきを得ました! 娘:今晩は腕によりをかけて、美味しい天ぷらを作りますから、楽しみにしていてくださいね!」 神様:毎日毎日、無邪気な笑顔を振りまき続け、 娘:「お帰りなさい! 娘:ご飯にします?お風呂にします? 娘:それとも・・・わ・た・し・・・? 娘:・・・えっ、お風呂ですか? 娘:えーっ・・・。はい、沸いてますよ? 娘:あっ、お背中流しましょうか? 娘:・・・ああっ、なんでそんなに恥ずかしがるんですか~! 娘:神様、神様ってば!もう~!」 神様:気が付けば、彼女が生贄としてやってきて、ひと月が過ぎようとしていた。 0:(しばらくの間) 神様:「はぁ・・・参ったなぁ・・・何だかんだ、流されるままに日数ばかりが過ぎてしまった」 0:(ほんの少し間) 神様:「今まで千年以上生きてきて、こんなに圧倒されるのは初めてだ。 神様:目の前で泣かれるよりは良いけど、逆にどうしていいか分からない・・・」 0:(ほんの少し間) 神様:「だが、ここで流されてしまってはいけない。 神様:だって・・・私と彼女では・・・」 0:(少し間) 神様:「そうだ、ここでしっかりケジメをつけなければ・・・それがお互いの為なんだ。 神様:よし、何としてでも諦めさせよう。 神様:頑張れ私。負けるな、私・・・」 娘:「・・・おはようございます」 神様:「ひょああ!ビックリした! 神様:・・・って、居間で包丁なんか握り締めてどうしたんだいキミ!? 神様:まさか、私があまりにもキミを適当にあしらい続けるものだから、思わず早まった真似を・・・」 娘:「落ち着いてください。何を言ってるんですか? 娘:食事の準備に決まってるじゃないですか」 神様:「・・・へ?」 娘:「眷属さんが言ってましたよ。 娘:神様ったら稲作(いなさく)で村が忙しくなるこの時期になると、ご自分が食事をあまりとらなくても生きていけるからって、何日もご飯を食べなかったりするらしいじゃないですか」 神様:「あ、ああ・・・そういえばここ数年はそんな生活を送っていたかもなぁ・・・」 娘:「ダメですよ!ご飯はしっかり食べないと力が出ません! 娘:特に朝餉(あさげ)を抜くのは良くないと、今年八十を越えた村のオババが言ってました!」 神様:「でも、供えてもらった物にも限りはあるし・・・。 神様:それにほら、私はそんなに食べなくても平気なんだから、その分働いてくれる人間にその食料が行き渡った方が・・・」 娘:「いけません! 娘:この土地を守ってくれる神様が、元気でいてくれるからこそ、私たちは安心して暮らせるんです!」 神様:「けど・・・」 娘:「けども、でもも、へったくれもありません! 娘:さぁ、ご飯にしますよ! 娘:神様に美味しく召し上がって頂けるよう、味噌汁は出汁(だし)からこだわりました! 娘:ご飯も某(ぼう)山で暮らす少女並に立ってます!ぜひ、あじわってくださ・・・」 神様:(神様、食い気味に) 神様:「あの・・・!」 娘:「・・・どうしました?」 神様:「その・・・なんでキミは私の為に、こんなにも一生懸命頑張ってくれるんだい?」 娘:「なんでって・・・前にも言ったじゃないですか。 娘:私はあなたのお嫁さんになりたくて・・・」 神様:「待ってくれ! 神様:その話なんだけど・・・やっぱり、私はキミを受け入れる事はできないよ」 娘:「えっ・・・?」 0:(少し間) 娘:「どうしてですか?私のご飯、不味かったですか? 娘:それとも、掃除ができてない場所でもありましたか? 娘:洗濯物にシミでも付いてましたか?」 神様:「・・・いや、そうじゃない。 神様:キミは完璧に家事をこなしてくれている。 神様:それこそ、ケチのつけようが無いくらい完璧に」 娘:「だったら、何がいけないんですか? 娘:教えてください! 娘:私、あなたのそばに居られるなら、もっともっと頑張りますから・・・!」 神様:「違うよ・・・キミに悪いところはひとつも無い」 娘:「じゃあ、どうして!」 神様:「だってキミは! 神様:・・・キミたち人間は、私を置いてすぐに死んでしまうから・・・!」 娘:「えっ・・・?」 0:(少し間) 神様:「・・・昔ね。私も人間と一緒に人里(ひとざと)で暮らしていたんだ」 0:(ほんの少し間) 神様:「昼はみんなで泥だらけになりながら土を耕し、夜は月明かりの下、酒を酌み交わしながら歌って、踊って。 神様:毎日本当に楽しかった。 神様:本当に嬉しかった。 神様:本当に・・・幸せだった」 0:(ほんの少し間) 神様:「・・・けど、ある日、人が死んだ」 0:(少し間) 神様:「とても親しい人間だった。 神様:初めて人里に降りて、右も左も分からず戸惑っていた私の手を引いて、みんなの輪の中に入れてくれた人だった」 0:(ほんの少し間) 神様:「しばらくして、また人が死んだ。 神様:農具の使い方すら知らず、何もできない私に一から田畑の耕し方を教えてくれた人だった」 0:(ほんの少し間) 神様:「その後も、人は死んだ。 神様:共に酔い潰れるまで酒を酌み交わした人も、食事の世話をやいてくれた人も、豊作を祝う祭りでクタクタになるまで一緒に踊り明かした人も、一人、また一人と死んでいった」 0:(少し間) 神様:「寿命だよ。 神様:私は何一つ変わらないから気付かなかったけど、周囲にいた人たちは、いつの間にかみんな、みんな歳をとってしまっていたんだ。 神様:・・・そして、私を置いて皆、次々に死んでしまった」 0:(ほんの少し間) 神様:「神の命は永遠だ。 神様:しかし、人間の命には限りがある。 神様:愚かにも私がその事実に気付いたのは、何十人もの人々を見送った後だった」 0:(少し間) 神様:「・・・私は人里から逃げ出した。 神様:耐えられなくなったんだ。 神様:この場所にいる限り、親しくなった彼らと別れる悲しみを何度も味わうんだと思ったら、いてもたってもいられなかった」 0:(ほんの少し間) 神様:「・・・それきり、私は人と深く関わることをやめた。 神様:今は山奥で一人きり、人間たちの営みをそっと見守りながら、今日もこの場所で暮らしている。そういうわけだよ」 娘:「・・・」 神様:「ここまで言えば分かってくれるかい? 神様:私がキミを受け入れられない訳を。 神様:一緒にいられないその理由を」 娘:「・・・はい」 神様:「ごめんね。でも、キミの気持ちはとても嬉しかった。 神様:・・・私は一緒にいることはできないけど、キミのことをずっと見守っている。 神様:だから、こんな私の事は忘れて、どうか幸せに・・・」 娘:「・・・なんて言うと思いましたか?」 神様:「・・・え?」 娘:「神様が大変つらい想いをされてきたのは、よくわかりました。 娘:・・・でも、そこまで仰るのなら、何故、私をすぐに追い出さなかったんですか?」 神様:「それは・・・」 娘:「そうです。そんな風に思うのならば、あなたは私を無理矢理にでも、村に送り返せば良かったんです。 娘:けど、あなたはそれをしなかった。 娘:ひと月もの間、私をそばに置いてしまった」 神様:「・・・」 娘:「・・・実は、寂しかったんじゃないですか?」 神様:「・・・っ」 娘:「そうですよ。実は寂しかったんじゃないですか? 娘:口では怖いと言いつつも、本当はまだ心のどこかで、かつてのように誰かと共に暮らしたいと願っていたんじゃないですか? 娘:だから、私の勢いに流されているようなフリをして、今日まで過ごしてしまったんじゃないですか?」 神様:「そんな、そんな事はない・・・! 神様:私は今でも人と関わるのが怖くて・・・!」 娘:「それなら、あなたはあの日、なんであんな約束をしたんですか!」 神様:「・・・約束・・・?」 娘:「・・・本当に、覚えてないんですね・・・」 神様:「いや、待ってくれ。何の話をしているんだ。 神様:キミは、一体・・・」 娘:「もういいです!神様のバカっ!」 神様:「あっ!ちょっと・・・!キミ・・・!」 0:(ほんの少し間) 神様:「覚えてないって、一体何を・・・ 神様:あれ?あの子、何か落として・・・」 0:(少し間) 神様:「・・・これは、櫛(くし)・・・?」 0:(しばらくの間。以下、次の間まで娘、幼くなります) 娘:「ぐすっ・・・ひっく・・・」 神様:「おや・・・こんな山奥に迷子なんて珍しい。 神様:どうしたんだい、お嬢さん。こんなところで座り込んで・・・」 娘:「・・・おじさん、だぁれ?」 神様:「おじ・・・いや、実年齢的にはおじいさんでも余るくらいだけど、そんな風に改めて言われるとちょっと傷付くなぁ・・・」 娘:「もしかして、怪しい人?」 神様:「ああ、ごめんね。 神様:私はこの山に住んでいる神です」 娘:「・・・やっぱり怪しい人だ」 神様:「んー!そうだよね、そうだよね! 神様:出会って早々、知らない人が『私は神だ』なんて名乗ったら、そりゃあ怪しいと思うよねー!」 娘:「あの・・・何か用ですか?」 神様:「そ、そんなに警戒しないで・・・ 神様:いや、眷属が近くで子どもの泣き声がするって言ってたからさ。 神様:心配になって来てみただけで・・・」 娘:「けんぞく?お父さんとかお母さんみたいな人?」 神様:「うーん、似てるけどちょっと違うかなぁ。 神様:どちらかと言えば、私が彼らの親みたいなものだし・・・」 娘:「親・・・」 神様:「そういえば、キミはどうしてここで泣いていたんだい?お父さんは?」 娘:「・・・お父さん、いない」 神様:「おや・・・それじゃあ、お母さんは?」 娘:「お母さんも、いない。 娘:・・・二人とも、病気になって寝ていたら、村のおじさんたちが、どこかに連れて行っちゃった」 神様:「・・・どこかに?」 娘:「うん、オババが言ってたの。 娘:二人とも、お空の高い高いところに行ったんだ、って」 神様:「もしかして・・・それは・・・」 娘:「・・・だから私、高いお山に登ってみれば、二人に会えると思ったんだ。 娘:でも、お山のどこに行ってもお父さんも、お母さんも見つからないの・・・」 神様:「・・・」 娘:「ねぇ、おじさん。二人とも、どこに行っちゃったのかなぁ? 娘:どこに行けば会えるのかなぁ?」 神様:「・・・ごめんね。私がもっと色々な場所に目を配ってあげられれば・・・」 娘:「おじさん?」 神様:「ああ、すまない・・・独り言さ、気にしないでおくれ。 神様:それよりも、そろそろ日が暮れる。 神様:暗くなる前に私が村まで送ってあげよう」 娘:「お父さんとお母さんは?」 神様:「・・・二人のことは私が探すよ。 神様:だから、任せて帰りなさい。 神様:もしもキミが危険な目にあえば、お父さんもお母さんも悲しむから」 娘:「うん、わかった・・・」 神様:「よし、じゃあ行こう。 神様:さぁ、抱っこしてあげるから、私にしっかり掴まって・・・」 娘:「うん。・・・あっ」 神様:「ん?どうかした?」 娘:「おじさんの髪に刺してある赤い櫛、とても綺麗ね」 神様:「ああ、これかい? 神様:一人で暇を持て余していた時に、ほんの気紛(きまぐ)れで作ってみたものだけど・・・」 娘:「でも、櫛って好きな人にあげるものじゃないの?」 神様:「えっ・・・うん、そうだね。 神様:けど、私にはあげる人がいないからね・・・」 娘:「ええっ!?おじさん、好きな人いないのぉ!?」 神様:「い、いないねぇ・・・。 神様:って、なんか言ってて悲しくなってきたな・・・」 娘:「私はいるよ。 娘:お父さんに、お母さん。 娘:長老様に、オババでしょ。 娘:あとは隣の家のミヨちゃんと・・・」 神様:「・・・キミは好きな人がいっぱいいるんだね。 神様:それはとても素晴らしい事だ」 娘:「うん!みんな好き! 娘:みんな、みーんな大事だよ!」 神様:「・・・そうか」 娘:「あっ!会ったばかりだけど、おじさんの事も好きだよ! 娘:優しくて、面白くて、ちょっと変なところが!」 神様:「ははは、面白くて、ちょっと変かぁ・・・」 娘:「そうだ!あのね、おじさん」 神様:「ん?なんだい?」 娘:「もし、おじさんに好きな人ができなかったら、私がおじさんの好きな人になってあげるね」 神様:「えっ・・・?」 娘:「そしたら、おじさんも村のみんなと一緒に住めるよ! 娘:だって、好きな人同士は結婚して家族になるんだよ、ってお母さん言ってたもん」 神様:「・・・そっか、それはとても嬉しいなぁ・・・」 娘:「ねぇねぇ、ダメ?」 神様:「・・・ありがとう。忘れないでおこう。 神様:キミがもし、もう少しだけ大人になっても私の事を覚えていたら、その時はきっと家族になろう」 娘:「うん!約束だよ! 娘:私、何があってもずっと、ずーっと忘れないから!」 神様:「ああ、約束だ。 神様:・・・そうだ、それなら、これをキミに・・・」 0:(しばらくの間) 神様:「・・・そうか、この櫛はあの時の・・・」 娘:「ようやく、思い出してくれましたか?」 神様:「ごめんね。千年以上も生きていると、物忘れが激しくて」 娘:「・・・おじいちゃん」 神様:「あの時はおじさんで、今はおじいちゃんか・・・。 神様:そりゃあ、あの時のお嬢さんも、すっかり大きくなってしまうわけだよ」 娘:「・・・私、あの後すぐに知りました。 娘:お父さんとお母さんは流行病(はやりやまい)で死んでしまったんだって。 娘:あの日、神様は幼い私を傷付けないように、優しく諭(さと)してくれたんだって」 神様:「あれは罪滅ぼしのようなものさ。 神様:私にもう少し力があれば、流行病など・・・」 娘:「そんなの神様のせいじゃないですよ。 娘:むしろ、あなたがあの日、私を見付けてくれなかったら、今頃私もお空の上に居たかしれない」 神様:「・・・」 娘:「・・・ごめんなさい。 娘:本当はずっと、ずっと会いに来たかったんです。 娘:でも、あの日以来、オババたちが私の事を心配して、山に入らせてくれなくて」 神様:「私だって同じだ。 神様:キミは私を忘れないでいてくれたのに、私は会いに来てくれたキミに気付きもしないで」 娘:「人間の成長は早いですから」 神様:「そうだね。 神様:だからこそ、その一瞬でさえ、愛しいものだと思えるんだ」 娘:「・・・人間と一緒に暮らすのは、やっぱり怖いですか」 神様:「怖いよ。 神様:だってキミは、私より先に死んでしまうんだから」 娘:「私、長生きする予定なんです。 娘:オババから健康長寿の秘訣、全部全部教わってきましたから」 神様:「・・・それでも、私を置いていくだろう?」 娘:「もう!今からそんな顔されたら、私しわくちゃのおばあちゃんになっても死ねないじゃないですか」 0:(少し間) 娘:「・・・また、逢いに来ます」 神様:「え・・・?」 娘:「死んだらまた、生まれ変わってあなたに逢いに来ます。 娘:神様がもう勘弁してくれ、って音を上げるまで何十回でも、何百回でもあなたの元へ帰ってきます」 神様:「そんなこと、できるわけ・・・」 娘:「あらあら、私とっても一途で執念深いんですよ。 娘:それこそ、年端(としは)のいかない子どもの頃にした約束を、しつこく、それはもうしつこーく覚えてるくらいです。 娘:閻魔(えんま)様でもお釈迦様でも言いくるめて、何度だって生まれ変わってやりますよ」 神様:「・・・その二人、私の立場的に上司みたいな人たちだから、あとが少し怖いんだけど・・・」 娘:「残念ですが、とんでもない娘と約束を交わしてしまったと諦めてください」 神様:「お歳暮とお中元は、できる限り良いものを用意しておきます」 娘:「はい。二人で一緒にご挨拶に伺いましょう。 娘:見せ付けるように、仲良く手を繋いで」 0:(二人、笑い合う) 娘:「・・・ねぇ、神様。櫛を恋人に贈る意味、知ってますか?」 神様:「意味?」 娘:「苦しい時も、死ぬ時もいつも一緒にいてほしい。 娘:そんな意味があるそうです」 神様:「苦しい時も、死ぬ時も・・・」 娘:「・・・約束します」 神様:「えっ?」 娘:「苦しみも、死の悲しみすら乗り越えて、私はまたあなたに逢いに来ます。 娘:この櫛に誓って、何度も、何度でも」 神様:「・・・私に付き合うのであれば、永遠に生まれ変わらなければならないよ」 娘:「知ってます。 娘:だって、あなたは神様ですから」 神様:「私は何度だって情けなく泣くと思う。 神様:泣いて縋(すが)って、キミをいつまでも離してあげられなくなると思うよ」 娘:「知ってます。 娘:だってあなたはそういうヒトですから」 神様:「・・・それなら、私も覚悟を決めるよ。 神様:苦しくても、つらくても、キミの死を乗り越えて、いつまでもキミを待ち続けよう」 娘:「ええ、待っていてください。 娘:そして、再び出逢ったらまた一緒に暮らしましょう。 娘:楽しく笑って、いつまでも」 神様:「ああ、約束だ」 娘:「はい、約束ですよ、神様」 0:(ほんの少し間) 娘:「何度生まれ変わっても、また、きっとーーー」 0:(しばらくの間) 娘:とある山奥の社に、そのヒトは今でもずっと住んでいる。 神様:人々の心から少しずつ、少しずつ、その存在が薄れていっても、 神様:人々が神に祈るその風習が廃れていっても、 娘:人間と関わることが怖いと言いながら、 娘:人間を愛さずにいられないそのヒトは、 娘:人間の日常にそっと溶け込みながら、 娘:彼女がそこに帰ってくるのを待っている。 神様:何度別れを繰り返しても、 娘:何度だって逢えると信じて、 神様:響き渡る彼女の楽しげな笑い声を 娘:抱きしめた時の身体の温もりを 神様:色褪せた赤い櫛を傍らに置いて 娘:いつも、いつでも、いつまでも 神様:ずっと、ずっと、待っている。 娘:「私をお嫁さんにしてください!」 神様:「ーーーはい、喜んで」 0:~おしまい~