台本概要
787 views
タイトル | キミと、一緒に見た月は |
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作者名 | akodon (@akodon1) |
ジャンル | ラブストーリー |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) |
時間 | 40 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
それは、まるで宝物のような。 かなしい恋のお話です。 787 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
月子 | 女 | 194 | つきこ。とある村に住む日本人の女性。 |
エドワード | 男 | 169 | とある国からやってきた軍人の男性。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
月子:「ーーー綺麗だな」
エドワード:「・・・は?」
月子:「秋の稲穂みたいな黄金色(こがねいろ)の髪。
月子:晴れ渡った空のような真っ青な目。
月子:・・・あんた、とても綺麗だ」
エドワード:「・・・キミ、少し変わってるね」
月子:「なぁ、怪我してんだろ?」
エドワード:「・・・ああ」
月子:「あのさ、あんたさえ良ければ・・・良ければさ」
0: (少し間)
月子:「ーーーアタシ、あんたを助けたいんだけど、いいかな?」
0:(しばらくの間)
月子:宝物を隠していた。
月子:宝箱と言うにはお粗末な、雑木林の奥にある忘れ去られた小屋の中。
月子:誰からも見つからないように、誰にも見つけられないように。
月子:大事に大事に、隠していた。
:
月子:「・・・ねぇ、来たよ。入るからね」
:
月子:声をかけ、誰にも見られてないこと確認してから、軋んで今にも外れそうな扉を開ける。
月子:ホコリっぽく、薄暗く、お世辞にも綺麗とは言い難い部屋の隅。
月子:宝物は粗末な布団にくるまって、今日もアタシを迎えてくれた。
エドワード:「やぁ、今日も来てくれたんだね。月子(つきこ)」
月子:「こんにちは。エド。
月子:ーーー今日も来たよ」
0:(しばらくの間)
月子:彼ーーーエドと出会ったのは、ほんの数日前のことだった。
月子:野良仕事の帰り道、いつもお参りに寄る村外れの水神様(すいじんさま)の社(やしろ)の陰。
月子:そこにひっそり隠れるようにして、蹲(うずくま)っていたのを見つけたんだ。
0:(ほんの少し間)
月子:「・・・江戸?今の日本の首都は東京だよ」
エドワード:「違う違う。エドワード。ボクの名前」
月子:「ふぅん、じゃあエドっていうのはあだ名みたいなもんか」
エドワード:「そう、その通り」
月子:「へぇ、なるほどね。
月子:・・・それにしてもあんた、外人さんなのに日本語がすごく上手だよね。
月子:アタシ、初めて会った時、本当に驚いちまったよ」
エドワード:「実はこんな風に見えて、祖母が日本人なんだ。
エドワード:昔から色々な日本の文化や言葉を教えてもらっていてね」
月子:「へぇ・・・どおりで」
エドワード:「キミは?キミの家族はどんな人?」
月子:「家族はいないよ。
月子:おとうもおかあも、アタシがガキの頃に死んじまった」
エドワード:「そうか・・・それはすまないことを聞いた」
月子:「いいのいいの!気にすんなって!
月子:生きてた頃は目いっぱい可愛がってもらったし。
月子:それに一人で毎日必死に生きようとしてたら、寂しいなんて思う暇も無かったよ」
エドワード:「・・・まだ幼いのに、苦労してるんだね」
月子:「幼い?アタシが?」
エドワード:「ああ、見たところキミはまだ十歳を少し越したくらいだろ?」
月子:「ええっ!そんなに若くないよ!」
エドワード:「若くない・・・?
エドワード:じゃあ、キミはいったいいくつなんだ?」
月子:「つい先日、十九になった」
エドワード:「嘘だろ?ボクとそんなに変わらないじゃないか」
月子:「変わらない?じゃあ、あんたはいくつなの?」
エドワード:「ボク?ボクは今年で二十二歳だ」
月子:「・・・ええっ!」
エドワード:「なんでそんなに驚くの?」
月子:「いやぁ・・・その・・・もっと歳上かと思ってて・・・」
エドワード:「老けてるって?」
月子:「ち、違うよぉ!
月子:えっと、その・・・外人さんは大人っぽいから・・・」
エドワード:「・・・ふふっ」
月子:「ど、どうしたの?」
エドワード:「キミはとてもストレートな人なんだね」
月子:「すとれーと?」
エドワード:「そう。自分の気持ちを面にあまり出さないのが日本人の『ビトク』ってやつだと聞いていたけど、キミは少し違う。
エドワード:今どんなことを考えているか、すぐにわかる」
月子:「そうかな?」
エドワード:「そうだよ。表情がよく動いて、とても面白い。
エドワード:なんと言うか、すごくキュートだ」
月子:「・・・ねぇ」
エドワード:「ん?」
月子:「さっきからあんたが使ってる、その・・・聞きなれない言葉は、お国の言葉かい?」
エドワード:「聞きなれない言葉?」
月子:「そう。『すとれーと』とか『きゅーと』とか・・・」
エドワード:「ああ、そうだよ。ボクの国の言葉」
月子:「へぇ・・・どういう意味の言葉なの?」
エドワード:「ストレートは『真っ直ぐな』って意味。
エドワード:キュートは日本語にすると・・・そうだな『可愛い』って意味だね」
月子:「か、可愛い!?」
エドワード:「どうしたんだい?そんなに顔を真っ赤にして」
月子:「いや・・・だって・・・可愛いなんてアタシ、今まで男の人から言われたことなくて・・・」
エドワード:「そうなの?こんなに可愛いのに?」
月子:「あーーー!やめてよぉ!
月子:恥ずかしくて顔から火が出そうだ!」
エドワード:「えっ、日本人は恥ずかしくなると、顔から火が出るのかい?
エドワード:それは知らなかった・・・」
月子:「例えだよ、例え!本当に火が出るわけないだろ!
月子:恥ずかしくて、顔が熱くなって、思わず火が出そうだってこと!」
エドワード:「へぇ、なるほどね。それはひとつ勉強になった」
月子:「全く・・・海の向こうの人ってのは、みんなこうなのかい?
月子:アタシ、こんなにドキドキさせられたのは生まれて初めてだよ」
エドワード:「そうなんだ。
エドワード:じゃあ、ボクはキミの初めてになれたってことか。
エドワード:それはとても光栄だな」
月子:「ほら、そういうとこ!
月子:人の事、からかってんだろ!」
エドワード:「ごめんごめん!
エドワード:そんなつもりは無いんだけど、キミの慌てる姿が可愛いから、つい楽しくなってしまって・・・」
月子:「ほら!また可愛いって言った!
月子:もー!恥ずかしいからやめろってばぁ!」
エドワード:「痛い痛い、叩かないでくれよ。
エドワード:ふふっ・・・はははっ・・・!」
月子:「あ・・・」
エドワード:「ん?どうかした?」
月子:「いや、外人さんもアタシたちと同じように、楽しそうに笑うんだなって」
エドワード:「そりゃあ笑うさ。ボクたちだって人間だもの」
月子:「髪も、目の色も違うのに?」
エドワード:「そうだよ。同じ人間さ。
エドワード:髪の色や目の色の違いなんて、些細な問題だよ。
エドワード:悲しいことがあれば泣き、楽しいことがあれば笑う。
エドワード:ボクもキミも、同じ人間」
月子:「そっかぁ・・・同じ人間かぁ・・・」
エドワード:「どうかした?」
月子:「・・・ねぇ、あのさ。
月子:よければ、アタシにあんたの国の言葉を教えてほしい」
エドワード:「えっ?」
月子:「アタシ、知りたいんだ。
月子:あんたの国の言葉を。あんたの国のことを・・・」
エドワード:「知ってどうするの?」
月子:「別に、どうってわけじゃないけど・・・ただ、純粋に知りたいんだ!
月子:海の向こうに住む人は、いったいどんな人なのかって」
エドワード:「けど・・・」
月子:「なぁ、頼むよ!ほんの少しでいいんだ!
月子:それこそ、怪我が治るまでの間で良いから!」
エドワード:「・・・」
月子:「・・・なぁ、ダメか?」
エドワード:「うっ・・・そんな目で見ないでくれよ。
エドワード:女性のそういう顔にボクは弱いんだ・・・」
0:(少し間)
エドワード:「・・・わかった。教えてあげるよ」
月子:「本当か!?」
エドワード:「うん。キミには色々助けてもらったし。
エドワード:それに、ボクもまだしばらくは動けなそうだからさ。
エドワード:ここにいる間だけで良ければ、キミに言葉を教えてあげる」
月子:「ありがとう!恩に着るよ!」
エドワード:「お礼を言うのはこちらの方さ。
エドワード:見ず知らずの人間を、こうして匿(かくま)ってくれてありがとう」
月子:「別に大したことじゃないよ!気にするなって!
月子:・・・ねぇ、それよりもさ。早速聞きたいことがあるんだ」
エドワード:「ん?なんだい?」
月子:「その、あんたの国の言葉で・・・『綺麗』っていうのはどう言うんだ?」
エドワード:「『綺麗』・・・ああ、美しいという意味だね。
エドワード:『ビューティフル』だよ。
エドワード:ボクの国の言葉で、美しいは『ビューティフル』」
月子:「びゅーてぃふる・・・」
エドワード:「うん。そうそう、ビューティフル」
月子:「・・・『びゅーてぃふる』だ」
エドワード:「ん?」
月子:「あんたはとても『びゅーてぃふる』だ。
月子:アタシが今まで会った人の中で、一番!」
エドワード:「えっ・・・」
月子:「・・・今日はそれだけ伝えたかった!
月子:メシ、ここに置いていくからな!じゃあな!」
エドワード:「あっ、ちょっとキミ・・・!」
0:(少し間)
エドワード:「顔から火が出る・・・か。
エドワード:確かに、そうかもしれないな」
0:(しばらくの間)
エドワード:「・・・ありがとう」
月子:「せんきゅー」
エドワード:「ごめんなさい」
月子:「そーりー」
エドワード:「おはようございます」
月子:「ぐっどもーにんぐ」
エドワード:「オーケー、月子。
エドワード:コングラッチュレーション。満点だ」
月子:「せんきゅー、エド。
月子:はぁ・・・良かった。一生懸命覚えた甲斐があった・・・」
エドワード:「そんなに難しかった?」
月子:「うーん・・・まぁね。同じ意味を持つ言葉でも、全く違う言葉になっちゃうからさぁ。
月子:なんか頭がこんがらがっちゃって」
エドワード:「確かにそうかもしれないね。
エドワード:そういえば、ボクも日本語を覚える時、最初はとても苦労したよ」
月子:「そうなの?」
エドワード:「ああ、しかも日本語はひとつの言葉の中にいろんな意図があるだろう。
エドワード:あれを汲(く)み取るのはとても難しい」
月子:「例えば?」
エドワード:「結構です、と言われたら、それはイエスかノーなのか」
月子:「・・・確かに、難しいなあ」
エドワード:「そうだろ?同じ言葉の中に否定と肯定があるなんて思わなかったから、とても混乱したよ」
月子:「うーん・・・アタシは英語の方が難しいと思ったけど、そっか・・・日本語って案外ややこしいんだなぁ・・・」
エドワード:「まぁ、簡単ではなかったよね。
エドワード:実際、ボクも理解するまで相当な時間がかかったし」
月子:「はーあ・・・あんたが日本語を覚えるまでに相当な時間がかかったんだ。
月子:学(がく)の無いアタシなんか、一生かかっても覚えられるかどうか・・・」
エドワード:「そんなことはないよ。月子は物覚えがいい。
エドワード:前回教えたことも、しっかり覚えてきているし。
エドワード:すぐに色んな言葉を話せるようになるさ」
月子:「そうかな・・・」
エドワード:「オフコース。自信を持って。
エドワード:大丈夫、キミはとても優秀な生徒だよ」
月子:「本当に?」
エドワード:「ああ、本当さ。なんなら、神に誓ってもいい」
月子:「ふふっ、それは大袈裟だよ」
エドワード:「ボクは本気なんだけどなぁ」
月子:「わかったわかった!ありがとう!」
エドワード:「・・・それを英語で?」
月子:「・・・せんきゅー、エド」
エドワード:「ユーウェルカム!さすがボクの生徒」
月子:「もー!喜びすぎだって!
月子:・・・ほら、そんなことよりご飯にしよう。腹減っただろ?
月子:今日も大したものは用意できなかったけど、食べてくれよ」
エドワード:「・・・いつも悪いね。食事を分けてもらって」
月子:「何言ってんだよ。
月子:あんたが元気でいてくれなきゃ、アタシこうして勉強させてもらうこともできないんだから」
エドワード:「ああ・・・」
月子:「・・・さ、気にせず食べた食べた!
月子:早くしないと不味い飯がさらに不味くなっちまうよ!」
エドワード:「わかった。じゃあ遠慮なく・・・」
0:(少し間。月子の腹の音が鳴る)
月子:「・・・あ」
エドワード:「月子、もしかしてお腹が空いているのかい?」
月子:「・・・空いてない」
エドワード:「それじゃあ、今聞こえた音は?」
月子:「・・・遠くで雷でも鳴ってんじゃないか?」
エドワード:「もしかして、キミは自分が今日食べる分の食料まで、ボクに分けてくれているのかい?」
月子:「・・・」
エドワード:「・・・月子」
月子:「だぁーっ!気にしないで食べてくれよ!お願いだから!」
エドワード:「お願いされたってダメだ。気にしないわけにはいかないよ」
月子:「・・・」
エドワード:「・・・いいかい、よく聞いてくれ、月子。
エドワード:ボクとキミはあくまで他人だ。
エドワード:しかも、同じ日本人でもない。
エドワード:キミが身を削ってまで助ける必要なんて、本当は無いんだよ」
月子:「そんなことない!」
エドワード:「え・・・」
月子:「だって、あんた、同じ人間だって言ったじゃないか。
月子:髪や目の色が違おうが、同じように泣いて、笑うことができる人間だって言ったじゃないか。
月子:助ける理由なんて、それだけで充分だ。国の違いなんて関係ない」
エドワード:「けど・・・」
月子:「大丈夫!アタシのことは心配しないでよ!
月子:元々、小さい頃から貧乏生活で、ひもじいのには慣れてるんだ!
月子:少しくらいは全然平気。
月子:だから、それはあんたの分。
月子:気にせず食べてよ、ねっ!」
エドワード:「・・・わかった。じゃあ、こうしよう」
月子:「え・・・?むぐっ(食べ物を口元に押し付けられる)」
エドワード:「はい、それはキミの分」
月子:「だ、だからダメだって!
月子:アタシのことはいいんだから、あんたがしっかり食べて・・・むぐっ(食べ物を口元に押し付けられる)」
エドワード:「大丈夫。ボクも厳しい訓練生活で空腹には慣れてる」
月子:「でも・・・!」
エドワード:「キミが倒れたら困るよ、月子。
エドワード:ボクはここから動けないんだ。
エドワード:傷の手当てだって、キミが持ってきてくれる包帯や、薬草が無ければできやしない。
エドワード:食料だって探しに行けない。
エドワード:それこそ、キミがいてくれなきゃ、あっという間に弱って死んでしまうだろうね」
月子:「・・・っ、そんなの嫌だよ!」
エドワード:「だったら、無理をしないと誓ってくれる?
エドワード:ボクの為に決して無理はしないと」
月子:「・・・」
エドワード:「ねぇ、月子。頼むよ。
エドワード:キミが来てくれなくなったら、空腹で倒れるより前に、ボクは寂しくて死んでしまうかもしれない」
月子:「・・・何それ。冗談よしてよ」
エドワード:「おや、何なら試してみる?」
月子:「・・・やだ。まだまだ教えてもらいたいこと、沢山あるから」
エドワード:「オーケー。わかってもらえたようで何よりだよ。
エドワード:・・・よし、折角だ。キミが用意してくれた食事、一緒に食べようじゃないか。
エドワード:お腹、空いてるんだろ?」
月子:「・・・うん」
エドワード:「ははっ、キミは本当に素直だな」
月子:「・・・からかってんだろ」
エドワード:「からかってなんかないさ。
エドワード:純粋に、そう思っただけ」
月子:「海の向こうの人間は、皆あんたみたいに自分の気持ちをさらっと言えるの?」
エドワード:「さぁ、どうだろうね?」
月子:「・・・ああ、もう!なんだよその言い方!
月子:本当にズルい!ほんっとうにズルいよ!あんた!」
エドワード:「そんなに怒らないでよ。
エドワード:・・・おっ、このスープ、美味しいね。月子は料理が上手だ」
月子:「お世辞はいいから、黙って食え!」
エドワード:「ははは・・・」
月子:「・・・なぁ、エド」
エドワード:「ん?どうしたの?」
月子:「二人で食べると、不味い飯も少しは美味しく感じるな」
エドワード:「・・・ああ、そうだね」
0:(二人、しばらく笑い合う)
0:(しばらくの間)
エドワード:「はじめまして」
月子:「ないすとぅーみーちゅー」
エドワード:「ご機嫌いかがですか」
月子:「はうあーゆー」
エドワード:「また会いましょう」
月子:「しーゆーあげいん」
エドワード:「・・・エクセレント。
エドワード:これで一通りの簡単な挨拶くらいは出来るようになったね。さすがだ、月子」
月子:「まぁ、挨拶だけはね。それ以外はまだ全然」
エドワード:「いや、挨拶はとても大事だよ。
エドワード:なんたって、笑顔でハローと声をかけられて、嫌な気分になるヤツは殆どいない」
月子:「確かにね・・・っと。
月子:・・・よし!傷の手当も終わったよ」
エドワード:「サンキュー、月子」
月子:「ゆーうぇるかむ。
月子:治りも良いし、このままいけば傷が開くこともなさそうだ。
月子:・・・もうそろそろ動いても良いと思うよ」
エドワード:「本当かい?」
月子:「まぁ、さすがにとんだり跳ねたりはまだ早いだろうけどさ。
月子:多少歩くくらいなら良いんじゃないかな」
エドワード:「そうか・・・助かったよ。本当にありがとう」
月子:「別に大したことしてないよ。
月子:ただ、そこら辺で摘(つ)んできた薬草使って手当てして、ほんの少し食料を分けただけじゃないか。アタシは何も・・・」
エドワード:「いや、ボクを見つけてくれたのがキミで本当に良かった。
エドワード:キミ以外の人だったら、ボクは今頃生きていたかすら分からない。
エドワード:・・・だから、ありがとう」
月子:「やめてくれよ。そんなに改まってお礼なんか言われたら、むず痒くて仕方ない。
月子:ほら、そうだ!それよりさ、今日は歩く練習でもしてみようよ!
月子:しばらく動かなかったから、身体鈍(なま)ってんだろ!アタシが支えてあげるからさ」
エドワード:「え・・・ちょっと待ってくれ、月子。
エドワード:キミの身体でボクを支えるのは、少々無理があるんじゃ・・・」
月子:(月子、食い気味に)
月子:「大丈夫、大丈夫!アタシ、こう見えても力持ちなんだ!
月子:これくらい・・・ひゃあっ!」
エドワード:「わぁっ」
0:(月子、エドワード。二人で倒れ込む)
月子:「・・・いたた・・・。やっちまった・・・。
月子:大丈夫かい、エド。怪我してない?」
エドワード:「ボクは平気だよ。それよりキミは怪我してないかい?」
月子:「あはは、アタシは大丈夫。
月子:あんたが庇ってくれたから・・・さ・・・」
0:(ほんの少し間)
エドワード:「・・・どうしたの?」
月子:「やっぱり・・・綺麗だなぁ・・・」
エドワード:「・・・え?」
月子:「その黄金色の髪も、青い目も、やっぱりすごく綺麗だ。
月子:ずっと見てると吸い込まれそうになるくらい・・・綺麗だ」
エドワード:「月子・・・」
月子:「・・・あっ、ごめん。重かったよね。
月子:今すぐ退くからさ、ちょっと待って・・・」
エドワード:(月子を抱きしめる)
月子:「・・・エド?」
エドワード:「・・・綺麗なのはキミの方だ」
月子:「え・・・?」
エドワード:「・・・ごめん。苦しい思いをさせたね。
エドワード:キミを潰さないよう、どうやって身体を起こそうか迷ってしまって」
月子:「なっ・・・アタシはそんなに軟弱じゃないよ!」
エドワード:「よく言うよ。その腕なんか、すぐに折れそうなくらい細いじゃないか。
エドワード:やっぱりキミは、もっとしっかり食べるべきだ」
月子:「わかってるよ!
月子:だからアタシ、この戦争が終わったら、街で仕事見つけて金稼いで、たらふくおまんま食べるって決めてるんだ!
月子:あっ!もっと勉強頑張って、あんたの国に行くのもいいな。
月子:金を稼いで、美味しいものを食べて、力をつけて・・・それで、あんた一人くらいは支えることができるように・・・」
エドワード:「・・・月子」
月子:「・・・何?」
エドワード:「ボク、もう少ししたら、ここを出ていこうと思うんだ」
月子:「もう少しって、いつ」
エドワード:「わからない。
エドワード:でも、歩けるようになったらすぐにでも、この場所から離れようと思う」
月子:「・・・何で」
エドワード:「理由は・・・言わなくてもわかっているだろう?」
月子:「・・・」
エドワード:「・・・楽しかったよ。
エドワード:ほんの短い間だったけど、キミと過ごす日々はとても楽しかった」
月子:「アタシも・・・楽しかったよ。
月子:あんたといる毎日はとても新鮮で・・・それこそ宝物みたいにキラキラと輝いていて。
月子:本当に、本当に楽しかった」
エドワード:「・・・」
月子:「・・・なんで、争わなきゃいけないんだろうな」
エドワード:「え・・・」
月子:「どうして争わなきゃいけないんだろうな。
月子:髪の色が違ったって、目の色が違ったって、言葉や国が違ったって、こうやってお互い話をすれば、心を通わせることができるのにさ」
エドワード:「・・・」
月子:「・・・なぁ、今日はもう少しだけ一緒にいてもいいか?」
エドワード:「いいよ。ボクもちょうど、一緒に居たいと思ってた」
月子:「本当に?」
エドワード:「ああ、本当さ。嘘じゃない。
エドワード:キミと一緒に見たいと思っていたんだ。
エドワード:だって、ほら・・・今夜はーーー」
0:(ほんの少しの間)
エドワード:「とても綺麗な月が見られそうだから」
0:(しばらくの間)
月子:ほんの少しーーーエドとアタシが出会う、ほんの少しだけ前のこと。
月子:不時着した戦闘機に乗っていた、外国人の兵士が捕まった。
月子:彼は足を負傷しながらも命からがら逃げ出して、今も見つかっていないのだという。
月子:黄金色の髪に、青い目をしたその彼を、今も軍の兵隊さんたちが、ずっとずっと探しているのだという。
0:(しばらくの間)
月子:「エド・・・!エド・・・っ!」
エドワード:「ああ、どうしたんだい、月子・・・そんなに慌てて・・・」
月子:「大変だ・・・!大変なんだよ・・・!」
エドワード:「落ち着いて、月子。一体何が・・・」
月子:「・・・軍の奴らが来た」
エドワード:「え・・・」
月子:「この村に軍の奴らが来たんだ!
月子:あんたを探しに、この村まで来たんだよ・・・!」
0:(しばらくの間)
月子:(エドワードを支えるようにして息を切らしながら歩いている)
エドワード:(月子に支えられながら、息を切らして歩いている)
月子:その日はとても空気の澄んだ夜だった。
月子:空に煌々(こうこう)と輝く月の、青白い光を頼りにして、アタシたちは互いを支え合うように、林の奥へ、奥へと逃げていた。
エドワード:「・・・月子。大丈夫かい・・・」
月子:「大丈夫さ、これくらい・・・。なんて事ないよ」
エドワード:「けど、ずっとさっきから歩きっぱなしじゃないか・・・。
エドワード:ねぇ、少し休もう。このままじゃ、キミが倒れてしまう」
月子:「アタシのことはいいから・・・!
月子:ーーー途中で倒れようと構わないから。
月子:少しでも遠くに・・・あんたを連れていきたいんだ」
:
月子:そんなことを言いつつも、正直アテなんて無かった。
月子:アタシは宝物を誰にも奪われないよう、必死に逃げる子どものように、ただ、がむしゃらに。
エドワード:「月子・・・」
月子:心配そうに名前を呼ぶ、彼の声にも耳を貸さず。
:
月子:「とにかく遠くへ、遠くへ行くんだ・・・。
月子:あんたが誰にも見つからないような、とにかく遠い場所へ・・・」
:
月子:ーーーただただ、必死に歩いていた。
エドワード:「・・・月子。月子」
月子:「(息を切らしながら歩いている)」
エドワード:「月子・・・月子!」
月子:「・・・なんだよ、エド」
エドワード:「・・・もうだいぶ歩いたよ。
エドワード:ここまで来れば、誰も探しに来ないんじゃないか」
月子:「・・・ダメだ」
エドワード:「でも、こんな林の奥まで来たんだよ。
エドワード:こんなところに人が隠れているなんて、誰も思わないよ」
月子:「・・・ダメだ」
エドワード:「ねぇ、月子。少しだけでいい。お願いだから休んでくれ。
エドワード:このままキミが倒れたら、ボクは・・・」
月子:「・・・ダメだ。
月子:・・・ダメだ、ダメだ、ダメだ!
月子:簡単に立ち止まっちゃ絶対ダメなんだ!」
エドワード:「そんな・・・どうして・・・」
月子:「どうして・・・?そんな事、聞かなくたって知ってるだろ。
月子:あんたみたいな異国の兵士が捕まったら、どうなるか」
エドワード:「・・・」
月子:「・・・殺されるよ。間違いなく。
月子:口に出すのもはばかられるような残酷な方法で、あんたは間違いなく殺される」
エドワード:「・・・っ」
月子:「だから・・・逃げなきゃいけないんだ・・・。
月子:一歩でも遠く、一歩でも先へ・・・。
月子:あんたが決して捕まらないように、少しでも早く・・・どこかへ・・・」
0:(月子。体勢を崩し、エドワードと一緒に倒れ込む)
月子:「ぐぅっ・・・」
エドワード:「うっ・・・月子?・・・月子!大丈夫かい」
月子:「うう・・・」
エドワード:「キミ・・・足から血が・・・」
月子:「平気だよ。少し転んだだけさ・・・。どうってことない・・・」
エドワード:「でも・・・!」
月子:「平気だって言ってんだろ!」
エドワード:「平気なわけないじゃないか!」
月子:「・・・っ!」
エドワード:「平気なわけ・・・ないじゃないか。
エドワード:こんなにふらふらになるまで歩き続けて、腕や足にはいくつも傷をつくって・・・。
エドワード:ボクのせいでボロボロになっていくキミを見て、平気なわけ・・・ないじゃないか・・・」
月子:「・・・」
エドワード:「・・・もういいよ、月子」
月子:「・・・え?」
エドワード:「キミには充分に助けてもらったよ。
エドワード:月子はしばらく休んで、家まで帰って。
エドワード:ここから先は、ボク一人で行く」
月子:「は・・・?何言ってんだよ。
月子:あんた、まだ傷が治ったばっかりじゃないか。
月子:まだ、その足痛むんだろ?
月子:そんな状態で、どこまでも逃げられるわけ・・・」
エドワード:「ああ、大して遠くまでは行けないかもしれない。
エドワード:でも、これ以上キミに苦しい思いをさせるなんて、ボクはもう耐えられないんだ」
月子:「・・・っ」
エドワード:「・・・わかってくれよ、月子。
エドワード:ボクにとって、キミは大事な人なんだ。
エドワード:そんなキミが傷付くのを、もう見てはいられない」
月子:「・・・」
エドワード:「だから、ここでお別れしよう。
エドワード:・・・大丈夫さ。傷の痛みなんて、我慢すればどうってことない。
エドワード:キミが折角ここまで連れてきてくれたんだ。
エドワード:絶対に逃げ切ってみせるから・・・」
0:(ほんの少し間)
月子:「・・・こんな気持ちになるくらいなら、初めから一緒に来なければ良かった」
エドワード:「え・・・?」
月子:(月子、食い気味に)
月子:「ははっ・・・そうだよな。
月子:あんたのこと、支えられなくなったアタシなんて、ただの足でまといだよな・・・。
月子:わかった。よく、わかったよ」
エドワード:「・・・もしかして、キミ・・・泣いて・・・」
月子:(月子、食い気味に)
月子:「アタシ・・・っ!今から家に帰るよ!
月子:これ以上ここにいても仕方ないからさ!・・・っ(月子、転ぶ)」
エドワード:「月子!」
月子:「来るな!」
エドワード:「・・・っ」
月子:「・・・早く行けよ。
月子:アタシの事なんか気にすんなよ。
月子:あんたは自分が生き延びることだけ、考えてくれればいいんだよ」
エドワード:「・・・でも」
月子:「アタシは・・・アタシは自分が許せないんだよ。
月子:助けてやると言いながら、中途半端にしかあんたを助けられない自分が。
月子:そのクセ、足でまといになると分かっていて、まだそれでも着いていこうと考える自分が・・・許せないんだよ」
0:(少し間)
月子:「・・・だから、早く行ってくれよ。
月子:あんたがそばにいるだけでアタシ、いつまでも一緒に居たいと思っちまうからさ・・・」
エドワード:「月子・・・」
0:(少し間)
エドワード:「・・・わかった。
エドワード:でも、ひとつだけお願いがあるんだ」
月子:「お願い?」
エドワード:「・・・最後にこの手をとってくれ。
エドワード:転んだままのキミを放って行くことなんて、ボクはできそうもないから」
月子:「けど・・・」
エドワード:「頼む。
エドワード:・・・もうこれ以上はキミに迷惑をかけないと誓うから」
0:(ほんの少し間)
月子:「・・・わかった」
:
月子:そう言って、目の前に差し出された彼の手をとった、その時だった。
エドワード:「・・・人の、声?」
月子:少しずつ、けれど確実に近づいてくる、その物音。
月子:それは間違いなく人のものだと、気づいた時には遅かった。
月子:目が眩むほどまぶしい懐中電灯の光に照らされて、アタシたち二人の存在はあっけなく・・・そして、いとも容易く見つけられてしまった。
:
月子:「嘘だろ・・・こんなに必死に逃げてきたのに・・・」
:
月子:頭の中が真っ白になる。
月子:目の前で騒々しくわめきたてる男たちの声でさえ、聞き取ることができない。
月子:立ち上がろうにも脚が震えて、考えようとしても頭はひどく混乱して。
月子:アタシはただただ、彼の手を握りしめたまま、その場から動けなかった。
:
月子:・・・不意に、一人の男が声をあげた。
月子:アタシを指さし、何か汚いものでも見るような目でこちらを睨みつけ、口を開く。
月子:
月子:ーーーおい、あの女。もしやあの男とグルなのではないか。
月子:
月子:身体が震えた。
月子:その目は同じ国の人間でありながら、人を見る目では無かった。
月子:侮蔑(ぶべつ)と、嫌悪と、憎悪が込もった、恐ろしい目だった。
エドワード:「・・・大丈夫だよ」
月子:ガタガタと、瘧(おこり)のように震えるアタシの耳に、その声は聞こえた。
月子:見上げれば、月明かりを淡く透かした黄金色の髪の下、青い目を柔らかく細めて笑う、彼の姿がそこにあった。
エドワード:「大丈夫。怖がらなくていいよ、月子。
エドワード:キミだけは、きっと助けてみせるから」
月子:その瞬間、強い力で身体を引かれ、彼に背中を預けるような形で、その腕に抱きしめられる。
月子:どうしたの。
月子:問いかけようと開いた唇は、言葉を紡(つむ)ごうとした瞬間、その掌(てのひら)で塞がれた。
エドワード:「・・・ごめんね。
エドワード:少し苦しいかもしれないけど、我慢して」
月子:そう言って、耳元で優しく囁いた彼の声が、次の瞬間、芝居がかった口調に変わる。
エドワード:「・・・やぁ、遅かったじゃないか。
エドワード:なかなかボクを見つけてくれないから、もしかして忘れられちゃったのかと思ったよ」
月子:目の前の男たちを挑発するように、彼は笑う。
エドワード:「残念だなぁ。もう少し傷が治ったら、キミたちに仕返しをしてやろうと思ってたのに。
エドワード:あの時、キミたちがボクにしたように、足を銃で撃ち抜いて、苦しむ姿が見たかったのに」
月子:・・・違う。
月子:あんたはそんなこと、少しも考えてなんかないだろう。
月子:
月子:彼の腕の中でもがきながら、心の中で必死に首を振る。
月子:けれど、どんなに必死にもがこうとも、その腕が決してそれを許さない。
エドワード:「ご覧よ。キミたちがなかなかボクを捕まえられなかったせいで、この可哀想な女性は、ボクにずっと連れ回される羽目になったんだよ」
月子:・・・違う。
月子:勝手にあんたに着いてきたのはアタシの方だ。
エドワード:「・・・ははっ、そうかもしれないね。
エドワード:こんなか弱い女性を人質にして。
エドワード:キミたちの言う『キチク』って言葉も、満更間違いでは無いかもしれないね」
月子:・・・違う。
月子:そんなことはない。あんたはいつもアタシに優しかった。
エドワード:「・・・ほら、どうしたんだい。早くボクを捕まえてみなよ。
エドワード:ボクはキミたちの敵だ。
エドワード:今ここで捕まえなければ、たくさんの仲間を引き連れて、キミたちを殺しに来るかもしれないよ」
月子:・・・違う。
月子:あんたはそんなこと、できるような人じゃない。
月子:だって、だってあんたはーーー
エドワード:「月子」
月子:優しい声で彼が私の名を呼ぶ。
エドワード:「・・・今から、何があっても声を出してはいけないよ。
エドワード:何があっても、決して」
月子:なんで。
月子:そう問いかけようとした私の耳元で、彼は小さく囁いた。
エドワード:「・・・I Love You」
月子:その瞬間、離れていく彼の温もり。
月子:支えを失って崩れ落ちるように地面に座り込むと、その横を何人もの男たちが走り抜けて行った。
:
月子:「・・・わかんないよ」
:
月子:背後で大きな声がする。
月子:何が起きているかなんて、想像したくなかった。
:
月子:「何で最後の最後に、知らない言葉を使うんだよ。
月子:そんなの・・・そんなのズルいじゃないか・・・」
:
月子:冷たい風がわずかに残ったその温もりを奪っていく。
月子:震える身体を抱き締めて、アタシはその場に蹲(うずくま)った。
:
月子:「教えてくれよ、エド・・・!
月子:あんたがいなきゃ、アタシ何もわからない・・・!
月子:わからないよぉ・・・っ!」
:
月子:頭の中で彼の言葉が反響する。
月子:子どものように泣きじゃくりながら、アタシはただひたすらに、その言葉の意味を考えた。
月子:
月子:ーーーかなしいほど綺麗な月が、空で輝く夜だった。
0:(しばらくの間)
月子:「・・・ん?なんだい、ボウズ。アタシの顔なんかじっと見て。
月子:女の一人旅は珍しい?
月子:そんなことは無いよ。
月子:これからの時代は誰だって自由に世界へ羽ばたけるんだから」
:
月子:「へぇ、あんた、英語が話せるのかい?
月子:すごいねぇ。それなら、どこに行っても安心だ」
:
月子:「アタシ?アタシは・・・そうだなぁ、簡単な挨拶くらいだったらできるよ。
月子:・・・なんだい、その顔は。
月子:挨拶は大事だよ。笑顔でハローと声をかけられて、嫌な気分になるヤツは殆どいないんだからさ」
:
月子:「・・・ところでアンタ、英語が出来るんだったら一つ聞きたいんだけど。
月子:『あいらぶゆー』って言葉の意味、わかるかい?
月子:
月子:あっ・・・!顔を真っ赤にして逃げちまった。
月子:なんだよ。そんなに恥ずかしい言葉だったのかい?」
:
月子:「・・・まぁ、いいや。向こうに着くまでは、自分で意味を考えておくよ」
:
月子:「・・・そうだね。例えば、あの日はとても綺麗な月が見えた夜だったからーーー」
0:(二人、声を重ねるように)
月子:「キミと一緒に月を見られて良かった」
エドワード:「キミと一緒に月を見られて良かった」
月子:「・・・なんて、どうかな。
月子:・・・ねぇ、エド」
:
0:~Fin~
月子:「ーーー綺麗だな」
エドワード:「・・・は?」
月子:「秋の稲穂みたいな黄金色(こがねいろ)の髪。
月子:晴れ渡った空のような真っ青な目。
月子:・・・あんた、とても綺麗だ」
エドワード:「・・・キミ、少し変わってるね」
月子:「なぁ、怪我してんだろ?」
エドワード:「・・・ああ」
月子:「あのさ、あんたさえ良ければ・・・良ければさ」
0: (少し間)
月子:「ーーーアタシ、あんたを助けたいんだけど、いいかな?」
0:(しばらくの間)
月子:宝物を隠していた。
月子:宝箱と言うにはお粗末な、雑木林の奥にある忘れ去られた小屋の中。
月子:誰からも見つからないように、誰にも見つけられないように。
月子:大事に大事に、隠していた。
:
月子:「・・・ねぇ、来たよ。入るからね」
:
月子:声をかけ、誰にも見られてないこと確認してから、軋んで今にも外れそうな扉を開ける。
月子:ホコリっぽく、薄暗く、お世辞にも綺麗とは言い難い部屋の隅。
月子:宝物は粗末な布団にくるまって、今日もアタシを迎えてくれた。
エドワード:「やぁ、今日も来てくれたんだね。月子(つきこ)」
月子:「こんにちは。エド。
月子:ーーー今日も来たよ」
0:(しばらくの間)
月子:彼ーーーエドと出会ったのは、ほんの数日前のことだった。
月子:野良仕事の帰り道、いつもお参りに寄る村外れの水神様(すいじんさま)の社(やしろ)の陰。
月子:そこにひっそり隠れるようにして、蹲(うずくま)っていたのを見つけたんだ。
0:(ほんの少し間)
月子:「・・・江戸?今の日本の首都は東京だよ」
エドワード:「違う違う。エドワード。ボクの名前」
月子:「ふぅん、じゃあエドっていうのはあだ名みたいなもんか」
エドワード:「そう、その通り」
月子:「へぇ、なるほどね。
月子:・・・それにしてもあんた、外人さんなのに日本語がすごく上手だよね。
月子:アタシ、初めて会った時、本当に驚いちまったよ」
エドワード:「実はこんな風に見えて、祖母が日本人なんだ。
エドワード:昔から色々な日本の文化や言葉を教えてもらっていてね」
月子:「へぇ・・・どおりで」
エドワード:「キミは?キミの家族はどんな人?」
月子:「家族はいないよ。
月子:おとうもおかあも、アタシがガキの頃に死んじまった」
エドワード:「そうか・・・それはすまないことを聞いた」
月子:「いいのいいの!気にすんなって!
月子:生きてた頃は目いっぱい可愛がってもらったし。
月子:それに一人で毎日必死に生きようとしてたら、寂しいなんて思う暇も無かったよ」
エドワード:「・・・まだ幼いのに、苦労してるんだね」
月子:「幼い?アタシが?」
エドワード:「ああ、見たところキミはまだ十歳を少し越したくらいだろ?」
月子:「ええっ!そんなに若くないよ!」
エドワード:「若くない・・・?
エドワード:じゃあ、キミはいったいいくつなんだ?」
月子:「つい先日、十九になった」
エドワード:「嘘だろ?ボクとそんなに変わらないじゃないか」
月子:「変わらない?じゃあ、あんたはいくつなの?」
エドワード:「ボク?ボクは今年で二十二歳だ」
月子:「・・・ええっ!」
エドワード:「なんでそんなに驚くの?」
月子:「いやぁ・・・その・・・もっと歳上かと思ってて・・・」
エドワード:「老けてるって?」
月子:「ち、違うよぉ!
月子:えっと、その・・・外人さんは大人っぽいから・・・」
エドワード:「・・・ふふっ」
月子:「ど、どうしたの?」
エドワード:「キミはとてもストレートな人なんだね」
月子:「すとれーと?」
エドワード:「そう。自分の気持ちを面にあまり出さないのが日本人の『ビトク』ってやつだと聞いていたけど、キミは少し違う。
エドワード:今どんなことを考えているか、すぐにわかる」
月子:「そうかな?」
エドワード:「そうだよ。表情がよく動いて、とても面白い。
エドワード:なんと言うか、すごくキュートだ」
月子:「・・・ねぇ」
エドワード:「ん?」
月子:「さっきからあんたが使ってる、その・・・聞きなれない言葉は、お国の言葉かい?」
エドワード:「聞きなれない言葉?」
月子:「そう。『すとれーと』とか『きゅーと』とか・・・」
エドワード:「ああ、そうだよ。ボクの国の言葉」
月子:「へぇ・・・どういう意味の言葉なの?」
エドワード:「ストレートは『真っ直ぐな』って意味。
エドワード:キュートは日本語にすると・・・そうだな『可愛い』って意味だね」
月子:「か、可愛い!?」
エドワード:「どうしたんだい?そんなに顔を真っ赤にして」
月子:「いや・・・だって・・・可愛いなんてアタシ、今まで男の人から言われたことなくて・・・」
エドワード:「そうなの?こんなに可愛いのに?」
月子:「あーーー!やめてよぉ!
月子:恥ずかしくて顔から火が出そうだ!」
エドワード:「えっ、日本人は恥ずかしくなると、顔から火が出るのかい?
エドワード:それは知らなかった・・・」
月子:「例えだよ、例え!本当に火が出るわけないだろ!
月子:恥ずかしくて、顔が熱くなって、思わず火が出そうだってこと!」
エドワード:「へぇ、なるほどね。それはひとつ勉強になった」
月子:「全く・・・海の向こうの人ってのは、みんなこうなのかい?
月子:アタシ、こんなにドキドキさせられたのは生まれて初めてだよ」
エドワード:「そうなんだ。
エドワード:じゃあ、ボクはキミの初めてになれたってことか。
エドワード:それはとても光栄だな」
月子:「ほら、そういうとこ!
月子:人の事、からかってんだろ!」
エドワード:「ごめんごめん!
エドワード:そんなつもりは無いんだけど、キミの慌てる姿が可愛いから、つい楽しくなってしまって・・・」
月子:「ほら!また可愛いって言った!
月子:もー!恥ずかしいからやめろってばぁ!」
エドワード:「痛い痛い、叩かないでくれよ。
エドワード:ふふっ・・・はははっ・・・!」
月子:「あ・・・」
エドワード:「ん?どうかした?」
月子:「いや、外人さんもアタシたちと同じように、楽しそうに笑うんだなって」
エドワード:「そりゃあ笑うさ。ボクたちだって人間だもの」
月子:「髪も、目の色も違うのに?」
エドワード:「そうだよ。同じ人間さ。
エドワード:髪の色や目の色の違いなんて、些細な問題だよ。
エドワード:悲しいことがあれば泣き、楽しいことがあれば笑う。
エドワード:ボクもキミも、同じ人間」
月子:「そっかぁ・・・同じ人間かぁ・・・」
エドワード:「どうかした?」
月子:「・・・ねぇ、あのさ。
月子:よければ、アタシにあんたの国の言葉を教えてほしい」
エドワード:「えっ?」
月子:「アタシ、知りたいんだ。
月子:あんたの国の言葉を。あんたの国のことを・・・」
エドワード:「知ってどうするの?」
月子:「別に、どうってわけじゃないけど・・・ただ、純粋に知りたいんだ!
月子:海の向こうに住む人は、いったいどんな人なのかって」
エドワード:「けど・・・」
月子:「なぁ、頼むよ!ほんの少しでいいんだ!
月子:それこそ、怪我が治るまでの間で良いから!」
エドワード:「・・・」
月子:「・・・なぁ、ダメか?」
エドワード:「うっ・・・そんな目で見ないでくれよ。
エドワード:女性のそういう顔にボクは弱いんだ・・・」
0:(少し間)
エドワード:「・・・わかった。教えてあげるよ」
月子:「本当か!?」
エドワード:「うん。キミには色々助けてもらったし。
エドワード:それに、ボクもまだしばらくは動けなそうだからさ。
エドワード:ここにいる間だけで良ければ、キミに言葉を教えてあげる」
月子:「ありがとう!恩に着るよ!」
エドワード:「お礼を言うのはこちらの方さ。
エドワード:見ず知らずの人間を、こうして匿(かくま)ってくれてありがとう」
月子:「別に大したことじゃないよ!気にするなって!
月子:・・・ねぇ、それよりもさ。早速聞きたいことがあるんだ」
エドワード:「ん?なんだい?」
月子:「その、あんたの国の言葉で・・・『綺麗』っていうのはどう言うんだ?」
エドワード:「『綺麗』・・・ああ、美しいという意味だね。
エドワード:『ビューティフル』だよ。
エドワード:ボクの国の言葉で、美しいは『ビューティフル』」
月子:「びゅーてぃふる・・・」
エドワード:「うん。そうそう、ビューティフル」
月子:「・・・『びゅーてぃふる』だ」
エドワード:「ん?」
月子:「あんたはとても『びゅーてぃふる』だ。
月子:アタシが今まで会った人の中で、一番!」
エドワード:「えっ・・・」
月子:「・・・今日はそれだけ伝えたかった!
月子:メシ、ここに置いていくからな!じゃあな!」
エドワード:「あっ、ちょっとキミ・・・!」
0:(少し間)
エドワード:「顔から火が出る・・・か。
エドワード:確かに、そうかもしれないな」
0:(しばらくの間)
エドワード:「・・・ありがとう」
月子:「せんきゅー」
エドワード:「ごめんなさい」
月子:「そーりー」
エドワード:「おはようございます」
月子:「ぐっどもーにんぐ」
エドワード:「オーケー、月子。
エドワード:コングラッチュレーション。満点だ」
月子:「せんきゅー、エド。
月子:はぁ・・・良かった。一生懸命覚えた甲斐があった・・・」
エドワード:「そんなに難しかった?」
月子:「うーん・・・まぁね。同じ意味を持つ言葉でも、全く違う言葉になっちゃうからさぁ。
月子:なんか頭がこんがらがっちゃって」
エドワード:「確かにそうかもしれないね。
エドワード:そういえば、ボクも日本語を覚える時、最初はとても苦労したよ」
月子:「そうなの?」
エドワード:「ああ、しかも日本語はひとつの言葉の中にいろんな意図があるだろう。
エドワード:あれを汲(く)み取るのはとても難しい」
月子:「例えば?」
エドワード:「結構です、と言われたら、それはイエスかノーなのか」
月子:「・・・確かに、難しいなあ」
エドワード:「そうだろ?同じ言葉の中に否定と肯定があるなんて思わなかったから、とても混乱したよ」
月子:「うーん・・・アタシは英語の方が難しいと思ったけど、そっか・・・日本語って案外ややこしいんだなぁ・・・」
エドワード:「まぁ、簡単ではなかったよね。
エドワード:実際、ボクも理解するまで相当な時間がかかったし」
月子:「はーあ・・・あんたが日本語を覚えるまでに相当な時間がかかったんだ。
月子:学(がく)の無いアタシなんか、一生かかっても覚えられるかどうか・・・」
エドワード:「そんなことはないよ。月子は物覚えがいい。
エドワード:前回教えたことも、しっかり覚えてきているし。
エドワード:すぐに色んな言葉を話せるようになるさ」
月子:「そうかな・・・」
エドワード:「オフコース。自信を持って。
エドワード:大丈夫、キミはとても優秀な生徒だよ」
月子:「本当に?」
エドワード:「ああ、本当さ。なんなら、神に誓ってもいい」
月子:「ふふっ、それは大袈裟だよ」
エドワード:「ボクは本気なんだけどなぁ」
月子:「わかったわかった!ありがとう!」
エドワード:「・・・それを英語で?」
月子:「・・・せんきゅー、エド」
エドワード:「ユーウェルカム!さすがボクの生徒」
月子:「もー!喜びすぎだって!
月子:・・・ほら、そんなことよりご飯にしよう。腹減っただろ?
月子:今日も大したものは用意できなかったけど、食べてくれよ」
エドワード:「・・・いつも悪いね。食事を分けてもらって」
月子:「何言ってんだよ。
月子:あんたが元気でいてくれなきゃ、アタシこうして勉強させてもらうこともできないんだから」
エドワード:「ああ・・・」
月子:「・・・さ、気にせず食べた食べた!
月子:早くしないと不味い飯がさらに不味くなっちまうよ!」
エドワード:「わかった。じゃあ遠慮なく・・・」
0:(少し間。月子の腹の音が鳴る)
月子:「・・・あ」
エドワード:「月子、もしかしてお腹が空いているのかい?」
月子:「・・・空いてない」
エドワード:「それじゃあ、今聞こえた音は?」
月子:「・・・遠くで雷でも鳴ってんじゃないか?」
エドワード:「もしかして、キミは自分が今日食べる分の食料まで、ボクに分けてくれているのかい?」
月子:「・・・」
エドワード:「・・・月子」
月子:「だぁーっ!気にしないで食べてくれよ!お願いだから!」
エドワード:「お願いされたってダメだ。気にしないわけにはいかないよ」
月子:「・・・」
エドワード:「・・・いいかい、よく聞いてくれ、月子。
エドワード:ボクとキミはあくまで他人だ。
エドワード:しかも、同じ日本人でもない。
エドワード:キミが身を削ってまで助ける必要なんて、本当は無いんだよ」
月子:「そんなことない!」
エドワード:「え・・・」
月子:「だって、あんた、同じ人間だって言ったじゃないか。
月子:髪や目の色が違おうが、同じように泣いて、笑うことができる人間だって言ったじゃないか。
月子:助ける理由なんて、それだけで充分だ。国の違いなんて関係ない」
エドワード:「けど・・・」
月子:「大丈夫!アタシのことは心配しないでよ!
月子:元々、小さい頃から貧乏生活で、ひもじいのには慣れてるんだ!
月子:少しくらいは全然平気。
月子:だから、それはあんたの分。
月子:気にせず食べてよ、ねっ!」
エドワード:「・・・わかった。じゃあ、こうしよう」
月子:「え・・・?むぐっ(食べ物を口元に押し付けられる)」
エドワード:「はい、それはキミの分」
月子:「だ、だからダメだって!
月子:アタシのことはいいんだから、あんたがしっかり食べて・・・むぐっ(食べ物を口元に押し付けられる)」
エドワード:「大丈夫。ボクも厳しい訓練生活で空腹には慣れてる」
月子:「でも・・・!」
エドワード:「キミが倒れたら困るよ、月子。
エドワード:ボクはここから動けないんだ。
エドワード:傷の手当てだって、キミが持ってきてくれる包帯や、薬草が無ければできやしない。
エドワード:食料だって探しに行けない。
エドワード:それこそ、キミがいてくれなきゃ、あっという間に弱って死んでしまうだろうね」
月子:「・・・っ、そんなの嫌だよ!」
エドワード:「だったら、無理をしないと誓ってくれる?
エドワード:ボクの為に決して無理はしないと」
月子:「・・・」
エドワード:「ねぇ、月子。頼むよ。
エドワード:キミが来てくれなくなったら、空腹で倒れるより前に、ボクは寂しくて死んでしまうかもしれない」
月子:「・・・何それ。冗談よしてよ」
エドワード:「おや、何なら試してみる?」
月子:「・・・やだ。まだまだ教えてもらいたいこと、沢山あるから」
エドワード:「オーケー。わかってもらえたようで何よりだよ。
エドワード:・・・よし、折角だ。キミが用意してくれた食事、一緒に食べようじゃないか。
エドワード:お腹、空いてるんだろ?」
月子:「・・・うん」
エドワード:「ははっ、キミは本当に素直だな」
月子:「・・・からかってんだろ」
エドワード:「からかってなんかないさ。
エドワード:純粋に、そう思っただけ」
月子:「海の向こうの人間は、皆あんたみたいに自分の気持ちをさらっと言えるの?」
エドワード:「さぁ、どうだろうね?」
月子:「・・・ああ、もう!なんだよその言い方!
月子:本当にズルい!ほんっとうにズルいよ!あんた!」
エドワード:「そんなに怒らないでよ。
エドワード:・・・おっ、このスープ、美味しいね。月子は料理が上手だ」
月子:「お世辞はいいから、黙って食え!」
エドワード:「ははは・・・」
月子:「・・・なぁ、エド」
エドワード:「ん?どうしたの?」
月子:「二人で食べると、不味い飯も少しは美味しく感じるな」
エドワード:「・・・ああ、そうだね」
0:(二人、しばらく笑い合う)
0:(しばらくの間)
エドワード:「はじめまして」
月子:「ないすとぅーみーちゅー」
エドワード:「ご機嫌いかがですか」
月子:「はうあーゆー」
エドワード:「また会いましょう」
月子:「しーゆーあげいん」
エドワード:「・・・エクセレント。
エドワード:これで一通りの簡単な挨拶くらいは出来るようになったね。さすがだ、月子」
月子:「まぁ、挨拶だけはね。それ以外はまだ全然」
エドワード:「いや、挨拶はとても大事だよ。
エドワード:なんたって、笑顔でハローと声をかけられて、嫌な気分になるヤツは殆どいない」
月子:「確かにね・・・っと。
月子:・・・よし!傷の手当も終わったよ」
エドワード:「サンキュー、月子」
月子:「ゆーうぇるかむ。
月子:治りも良いし、このままいけば傷が開くこともなさそうだ。
月子:・・・もうそろそろ動いても良いと思うよ」
エドワード:「本当かい?」
月子:「まぁ、さすがにとんだり跳ねたりはまだ早いだろうけどさ。
月子:多少歩くくらいなら良いんじゃないかな」
エドワード:「そうか・・・助かったよ。本当にありがとう」
月子:「別に大したことしてないよ。
月子:ただ、そこら辺で摘(つ)んできた薬草使って手当てして、ほんの少し食料を分けただけじゃないか。アタシは何も・・・」
エドワード:「いや、ボクを見つけてくれたのがキミで本当に良かった。
エドワード:キミ以外の人だったら、ボクは今頃生きていたかすら分からない。
エドワード:・・・だから、ありがとう」
月子:「やめてくれよ。そんなに改まってお礼なんか言われたら、むず痒くて仕方ない。
月子:ほら、そうだ!それよりさ、今日は歩く練習でもしてみようよ!
月子:しばらく動かなかったから、身体鈍(なま)ってんだろ!アタシが支えてあげるからさ」
エドワード:「え・・・ちょっと待ってくれ、月子。
エドワード:キミの身体でボクを支えるのは、少々無理があるんじゃ・・・」
月子:(月子、食い気味に)
月子:「大丈夫、大丈夫!アタシ、こう見えても力持ちなんだ!
月子:これくらい・・・ひゃあっ!」
エドワード:「わぁっ」
0:(月子、エドワード。二人で倒れ込む)
月子:「・・・いたた・・・。やっちまった・・・。
月子:大丈夫かい、エド。怪我してない?」
エドワード:「ボクは平気だよ。それよりキミは怪我してないかい?」
月子:「あはは、アタシは大丈夫。
月子:あんたが庇ってくれたから・・・さ・・・」
0:(ほんの少し間)
エドワード:「・・・どうしたの?」
月子:「やっぱり・・・綺麗だなぁ・・・」
エドワード:「・・・え?」
月子:「その黄金色の髪も、青い目も、やっぱりすごく綺麗だ。
月子:ずっと見てると吸い込まれそうになるくらい・・・綺麗だ」
エドワード:「月子・・・」
月子:「・・・あっ、ごめん。重かったよね。
月子:今すぐ退くからさ、ちょっと待って・・・」
エドワード:(月子を抱きしめる)
月子:「・・・エド?」
エドワード:「・・・綺麗なのはキミの方だ」
月子:「え・・・?」
エドワード:「・・・ごめん。苦しい思いをさせたね。
エドワード:キミを潰さないよう、どうやって身体を起こそうか迷ってしまって」
月子:「なっ・・・アタシはそんなに軟弱じゃないよ!」
エドワード:「よく言うよ。その腕なんか、すぐに折れそうなくらい細いじゃないか。
エドワード:やっぱりキミは、もっとしっかり食べるべきだ」
月子:「わかってるよ!
月子:だからアタシ、この戦争が終わったら、街で仕事見つけて金稼いで、たらふくおまんま食べるって決めてるんだ!
月子:あっ!もっと勉強頑張って、あんたの国に行くのもいいな。
月子:金を稼いで、美味しいものを食べて、力をつけて・・・それで、あんた一人くらいは支えることができるように・・・」
エドワード:「・・・月子」
月子:「・・・何?」
エドワード:「ボク、もう少ししたら、ここを出ていこうと思うんだ」
月子:「もう少しって、いつ」
エドワード:「わからない。
エドワード:でも、歩けるようになったらすぐにでも、この場所から離れようと思う」
月子:「・・・何で」
エドワード:「理由は・・・言わなくてもわかっているだろう?」
月子:「・・・」
エドワード:「・・・楽しかったよ。
エドワード:ほんの短い間だったけど、キミと過ごす日々はとても楽しかった」
月子:「アタシも・・・楽しかったよ。
月子:あんたといる毎日はとても新鮮で・・・それこそ宝物みたいにキラキラと輝いていて。
月子:本当に、本当に楽しかった」
エドワード:「・・・」
月子:「・・・なんで、争わなきゃいけないんだろうな」
エドワード:「え・・・」
月子:「どうして争わなきゃいけないんだろうな。
月子:髪の色が違ったって、目の色が違ったって、言葉や国が違ったって、こうやってお互い話をすれば、心を通わせることができるのにさ」
エドワード:「・・・」
月子:「・・・なぁ、今日はもう少しだけ一緒にいてもいいか?」
エドワード:「いいよ。ボクもちょうど、一緒に居たいと思ってた」
月子:「本当に?」
エドワード:「ああ、本当さ。嘘じゃない。
エドワード:キミと一緒に見たいと思っていたんだ。
エドワード:だって、ほら・・・今夜はーーー」
0:(ほんの少しの間)
エドワード:「とても綺麗な月が見られそうだから」
0:(しばらくの間)
月子:ほんの少しーーーエドとアタシが出会う、ほんの少しだけ前のこと。
月子:不時着した戦闘機に乗っていた、外国人の兵士が捕まった。
月子:彼は足を負傷しながらも命からがら逃げ出して、今も見つかっていないのだという。
月子:黄金色の髪に、青い目をしたその彼を、今も軍の兵隊さんたちが、ずっとずっと探しているのだという。
0:(しばらくの間)
月子:「エド・・・!エド・・・っ!」
エドワード:「ああ、どうしたんだい、月子・・・そんなに慌てて・・・」
月子:「大変だ・・・!大変なんだよ・・・!」
エドワード:「落ち着いて、月子。一体何が・・・」
月子:「・・・軍の奴らが来た」
エドワード:「え・・・」
月子:「この村に軍の奴らが来たんだ!
月子:あんたを探しに、この村まで来たんだよ・・・!」
0:(しばらくの間)
月子:(エドワードを支えるようにして息を切らしながら歩いている)
エドワード:(月子に支えられながら、息を切らして歩いている)
月子:その日はとても空気の澄んだ夜だった。
月子:空に煌々(こうこう)と輝く月の、青白い光を頼りにして、アタシたちは互いを支え合うように、林の奥へ、奥へと逃げていた。
エドワード:「・・・月子。大丈夫かい・・・」
月子:「大丈夫さ、これくらい・・・。なんて事ないよ」
エドワード:「けど、ずっとさっきから歩きっぱなしじゃないか・・・。
エドワード:ねぇ、少し休もう。このままじゃ、キミが倒れてしまう」
月子:「アタシのことはいいから・・・!
月子:ーーー途中で倒れようと構わないから。
月子:少しでも遠くに・・・あんたを連れていきたいんだ」
:
月子:そんなことを言いつつも、正直アテなんて無かった。
月子:アタシは宝物を誰にも奪われないよう、必死に逃げる子どものように、ただ、がむしゃらに。
エドワード:「月子・・・」
月子:心配そうに名前を呼ぶ、彼の声にも耳を貸さず。
:
月子:「とにかく遠くへ、遠くへ行くんだ・・・。
月子:あんたが誰にも見つからないような、とにかく遠い場所へ・・・」
:
月子:ーーーただただ、必死に歩いていた。
エドワード:「・・・月子。月子」
月子:「(息を切らしながら歩いている)」
エドワード:「月子・・・月子!」
月子:「・・・なんだよ、エド」
エドワード:「・・・もうだいぶ歩いたよ。
エドワード:ここまで来れば、誰も探しに来ないんじゃないか」
月子:「・・・ダメだ」
エドワード:「でも、こんな林の奥まで来たんだよ。
エドワード:こんなところに人が隠れているなんて、誰も思わないよ」
月子:「・・・ダメだ」
エドワード:「ねぇ、月子。少しだけでいい。お願いだから休んでくれ。
エドワード:このままキミが倒れたら、ボクは・・・」
月子:「・・・ダメだ。
月子:・・・ダメだ、ダメだ、ダメだ!
月子:簡単に立ち止まっちゃ絶対ダメなんだ!」
エドワード:「そんな・・・どうして・・・」
月子:「どうして・・・?そんな事、聞かなくたって知ってるだろ。
月子:あんたみたいな異国の兵士が捕まったら、どうなるか」
エドワード:「・・・」
月子:「・・・殺されるよ。間違いなく。
月子:口に出すのもはばかられるような残酷な方法で、あんたは間違いなく殺される」
エドワード:「・・・っ」
月子:「だから・・・逃げなきゃいけないんだ・・・。
月子:一歩でも遠く、一歩でも先へ・・・。
月子:あんたが決して捕まらないように、少しでも早く・・・どこかへ・・・」
0:(月子。体勢を崩し、エドワードと一緒に倒れ込む)
月子:「ぐぅっ・・・」
エドワード:「うっ・・・月子?・・・月子!大丈夫かい」
月子:「うう・・・」
エドワード:「キミ・・・足から血が・・・」
月子:「平気だよ。少し転んだだけさ・・・。どうってことない・・・」
エドワード:「でも・・・!」
月子:「平気だって言ってんだろ!」
エドワード:「平気なわけないじゃないか!」
月子:「・・・っ!」
エドワード:「平気なわけ・・・ないじゃないか。
エドワード:こんなにふらふらになるまで歩き続けて、腕や足にはいくつも傷をつくって・・・。
エドワード:ボクのせいでボロボロになっていくキミを見て、平気なわけ・・・ないじゃないか・・・」
月子:「・・・」
エドワード:「・・・もういいよ、月子」
月子:「・・・え?」
エドワード:「キミには充分に助けてもらったよ。
エドワード:月子はしばらく休んで、家まで帰って。
エドワード:ここから先は、ボク一人で行く」
月子:「は・・・?何言ってんだよ。
月子:あんた、まだ傷が治ったばっかりじゃないか。
月子:まだ、その足痛むんだろ?
月子:そんな状態で、どこまでも逃げられるわけ・・・」
エドワード:「ああ、大して遠くまでは行けないかもしれない。
エドワード:でも、これ以上キミに苦しい思いをさせるなんて、ボクはもう耐えられないんだ」
月子:「・・・っ」
エドワード:「・・・わかってくれよ、月子。
エドワード:ボクにとって、キミは大事な人なんだ。
エドワード:そんなキミが傷付くのを、もう見てはいられない」
月子:「・・・」
エドワード:「だから、ここでお別れしよう。
エドワード:・・・大丈夫さ。傷の痛みなんて、我慢すればどうってことない。
エドワード:キミが折角ここまで連れてきてくれたんだ。
エドワード:絶対に逃げ切ってみせるから・・・」
0:(ほんの少し間)
月子:「・・・こんな気持ちになるくらいなら、初めから一緒に来なければ良かった」
エドワード:「え・・・?」
月子:(月子、食い気味に)
月子:「ははっ・・・そうだよな。
月子:あんたのこと、支えられなくなったアタシなんて、ただの足でまといだよな・・・。
月子:わかった。よく、わかったよ」
エドワード:「・・・もしかして、キミ・・・泣いて・・・」
月子:(月子、食い気味に)
月子:「アタシ・・・っ!今から家に帰るよ!
月子:これ以上ここにいても仕方ないからさ!・・・っ(月子、転ぶ)」
エドワード:「月子!」
月子:「来るな!」
エドワード:「・・・っ」
月子:「・・・早く行けよ。
月子:アタシの事なんか気にすんなよ。
月子:あんたは自分が生き延びることだけ、考えてくれればいいんだよ」
エドワード:「・・・でも」
月子:「アタシは・・・アタシは自分が許せないんだよ。
月子:助けてやると言いながら、中途半端にしかあんたを助けられない自分が。
月子:そのクセ、足でまといになると分かっていて、まだそれでも着いていこうと考える自分が・・・許せないんだよ」
0:(少し間)
月子:「・・・だから、早く行ってくれよ。
月子:あんたがそばにいるだけでアタシ、いつまでも一緒に居たいと思っちまうからさ・・・」
エドワード:「月子・・・」
0:(少し間)
エドワード:「・・・わかった。
エドワード:でも、ひとつだけお願いがあるんだ」
月子:「お願い?」
エドワード:「・・・最後にこの手をとってくれ。
エドワード:転んだままのキミを放って行くことなんて、ボクはできそうもないから」
月子:「けど・・・」
エドワード:「頼む。
エドワード:・・・もうこれ以上はキミに迷惑をかけないと誓うから」
0:(ほんの少し間)
月子:「・・・わかった」
:
月子:そう言って、目の前に差し出された彼の手をとった、その時だった。
エドワード:「・・・人の、声?」
月子:少しずつ、けれど確実に近づいてくる、その物音。
月子:それは間違いなく人のものだと、気づいた時には遅かった。
月子:目が眩むほどまぶしい懐中電灯の光に照らされて、アタシたち二人の存在はあっけなく・・・そして、いとも容易く見つけられてしまった。
:
月子:「嘘だろ・・・こんなに必死に逃げてきたのに・・・」
:
月子:頭の中が真っ白になる。
月子:目の前で騒々しくわめきたてる男たちの声でさえ、聞き取ることができない。
月子:立ち上がろうにも脚が震えて、考えようとしても頭はひどく混乱して。
月子:アタシはただただ、彼の手を握りしめたまま、その場から動けなかった。
:
月子:・・・不意に、一人の男が声をあげた。
月子:アタシを指さし、何か汚いものでも見るような目でこちらを睨みつけ、口を開く。
月子:
月子:ーーーおい、あの女。もしやあの男とグルなのではないか。
月子:
月子:身体が震えた。
月子:その目は同じ国の人間でありながら、人を見る目では無かった。
月子:侮蔑(ぶべつ)と、嫌悪と、憎悪が込もった、恐ろしい目だった。
エドワード:「・・・大丈夫だよ」
月子:ガタガタと、瘧(おこり)のように震えるアタシの耳に、その声は聞こえた。
月子:見上げれば、月明かりを淡く透かした黄金色の髪の下、青い目を柔らかく細めて笑う、彼の姿がそこにあった。
エドワード:「大丈夫。怖がらなくていいよ、月子。
エドワード:キミだけは、きっと助けてみせるから」
月子:その瞬間、強い力で身体を引かれ、彼に背中を預けるような形で、その腕に抱きしめられる。
月子:どうしたの。
月子:問いかけようと開いた唇は、言葉を紡(つむ)ごうとした瞬間、その掌(てのひら)で塞がれた。
エドワード:「・・・ごめんね。
エドワード:少し苦しいかもしれないけど、我慢して」
月子:そう言って、耳元で優しく囁いた彼の声が、次の瞬間、芝居がかった口調に変わる。
エドワード:「・・・やぁ、遅かったじゃないか。
エドワード:なかなかボクを見つけてくれないから、もしかして忘れられちゃったのかと思ったよ」
月子:目の前の男たちを挑発するように、彼は笑う。
エドワード:「残念だなぁ。もう少し傷が治ったら、キミたちに仕返しをしてやろうと思ってたのに。
エドワード:あの時、キミたちがボクにしたように、足を銃で撃ち抜いて、苦しむ姿が見たかったのに」
月子:・・・違う。
月子:あんたはそんなこと、少しも考えてなんかないだろう。
月子:
月子:彼の腕の中でもがきながら、心の中で必死に首を振る。
月子:けれど、どんなに必死にもがこうとも、その腕が決してそれを許さない。
エドワード:「ご覧よ。キミたちがなかなかボクを捕まえられなかったせいで、この可哀想な女性は、ボクにずっと連れ回される羽目になったんだよ」
月子:・・・違う。
月子:勝手にあんたに着いてきたのはアタシの方だ。
エドワード:「・・・ははっ、そうかもしれないね。
エドワード:こんなか弱い女性を人質にして。
エドワード:キミたちの言う『キチク』って言葉も、満更間違いでは無いかもしれないね」
月子:・・・違う。
月子:そんなことはない。あんたはいつもアタシに優しかった。
エドワード:「・・・ほら、どうしたんだい。早くボクを捕まえてみなよ。
エドワード:ボクはキミたちの敵だ。
エドワード:今ここで捕まえなければ、たくさんの仲間を引き連れて、キミたちを殺しに来るかもしれないよ」
月子:・・・違う。
月子:あんたはそんなこと、できるような人じゃない。
月子:だって、だってあんたはーーー
エドワード:「月子」
月子:優しい声で彼が私の名を呼ぶ。
エドワード:「・・・今から、何があっても声を出してはいけないよ。
エドワード:何があっても、決して」
月子:なんで。
月子:そう問いかけようとした私の耳元で、彼は小さく囁いた。
エドワード:「・・・I Love You」
月子:その瞬間、離れていく彼の温もり。
月子:支えを失って崩れ落ちるように地面に座り込むと、その横を何人もの男たちが走り抜けて行った。
:
月子:「・・・わかんないよ」
:
月子:背後で大きな声がする。
月子:何が起きているかなんて、想像したくなかった。
:
月子:「何で最後の最後に、知らない言葉を使うんだよ。
月子:そんなの・・・そんなのズルいじゃないか・・・」
:
月子:冷たい風がわずかに残ったその温もりを奪っていく。
月子:震える身体を抱き締めて、アタシはその場に蹲(うずくま)った。
:
月子:「教えてくれよ、エド・・・!
月子:あんたがいなきゃ、アタシ何もわからない・・・!
月子:わからないよぉ・・・っ!」
:
月子:頭の中で彼の言葉が反響する。
月子:子どものように泣きじゃくりながら、アタシはただひたすらに、その言葉の意味を考えた。
月子:
月子:ーーーかなしいほど綺麗な月が、空で輝く夜だった。
0:(しばらくの間)
月子:「・・・ん?なんだい、ボウズ。アタシの顔なんかじっと見て。
月子:女の一人旅は珍しい?
月子:そんなことは無いよ。
月子:これからの時代は誰だって自由に世界へ羽ばたけるんだから」
:
月子:「へぇ、あんた、英語が話せるのかい?
月子:すごいねぇ。それなら、どこに行っても安心だ」
:
月子:「アタシ?アタシは・・・そうだなぁ、簡単な挨拶くらいだったらできるよ。
月子:・・・なんだい、その顔は。
月子:挨拶は大事だよ。笑顔でハローと声をかけられて、嫌な気分になるヤツは殆どいないんだからさ」
:
月子:「・・・ところでアンタ、英語が出来るんだったら一つ聞きたいんだけど。
月子:『あいらぶゆー』って言葉の意味、わかるかい?
月子:
月子:あっ・・・!顔を真っ赤にして逃げちまった。
月子:なんだよ。そんなに恥ずかしい言葉だったのかい?」
:
月子:「・・・まぁ、いいや。向こうに着くまでは、自分で意味を考えておくよ」
:
月子:「・・・そうだね。例えば、あの日はとても綺麗な月が見えた夜だったからーーー」
0:(二人、声を重ねるように)
月子:「キミと一緒に月を見られて良かった」
エドワード:「キミと一緒に月を見られて良かった」
月子:「・・・なんて、どうかな。
月子:・・・ねぇ、エド」
:
0:~Fin~