台本概要

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タイトル 破戒僧「覚超」、物の怪退治 合冊版
作者名 Danzig
ジャンル 時代劇
演者人数 3人用台本(男1、女1、不問1) ※兼役あり
時間 40 分
台本使用規定 商用、非商用問わず連絡不要
説明 破戒僧覚超の物の怪退治の1,2,3を合わせた合冊版です。
ラストに合冊版にしかないシーンがあります。

男×女×男女不問の三人劇です。
途中で出て来る妖怪は、兼ね役です。
セリフバランス的にお千代役の方がいいかもしれません。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
覚超 141 物の怪退治を生業とする破戒僧
お千代 115 物の怪に父と兄を殺され、覚超に物の怪退治を依頼する娘
朱火狐 不問 173 覚超と腐れ縁の妖怪
妖怪 不問 9 お千代の父と兄を殺した妖怪
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0: 0:破戒僧覚超の物の怪退治 0: 0:今にも壊れそうなボロ寺 0:そこに女が訪ねてくる 0: 覚超:ほう、このような古寺(ふるでら)に、訪ねてくる御仁がおるとは・・・珍しいな 覚超:しかも、こんな夜更けに、女性(にょしょう)一人とはな 0: 0:女をしげしげと見つめる覚超(かくちょう) 0: 覚超:おい、女 0: 0:覚超の声にビクつく女 0: お千代:は・・・はい・・・ : 覚超:名は? : お千代:ち、千代と申します。 : 覚超:で、そちは、何故(なにゆえ)この寺へ参った : お千代:実は、あなた様に、折り入ってお願いしたい事がございます。 お千代:私の住む村の峠に、物の怪(もののけ)が出るようになりまして、峠を通る村人を襲(おそ)うのでございます。 : 覚超:ほう、それは難儀(なんぎ)な話だな 覚超:それで? 覚超:拙僧(せっそう)に何をしろと・・・ : お千代:あなた様に、その物の怪を退治しては頂けないかと・・・・ : 覚超:ふむ、どこで聞いて参ったかは知らぬが・・・ 0: 0:値踏みをするような目でお千代をみる覚超 0: お千代:実は村で、たいそう腕が立つといわれる、お武家様(ぶけさま)にお願いして、 お千代:物の怪を退治して頂こうとしたのですが、 お千代:そのお武家様も物の怪に殺されてしまい・・・ : 覚超:ほう : お千代:ですが、そのお武家様が出立される前に、自分が敵(かな)わぬ時には、覚超(かくちょう)という僧侶を探してみろと・・・ : 覚超:なるほどのぉ : お千代:ですから、もう、あなた様しか、頼(たよ)れる御仁(ごじん)は、いないのです。 お千代:お願いでございます。 お千代:どうか、物の怪を退治しては頂けないでしょうか : 覚超:うむ、確かに拙僧なら、物の怪の類(たぐい)を退治する事は出来るやもしれん・・・・ 覚超:だが、無代(むだい)ではないぞ。 覚超:それも聞いておろう : お千代:はい・・・それは存じております お千代:それで、如何(いか)ほどあれば・・・ : 覚超:ほう、払う気があるのか 覚超:そうよのう・・・まぁ五十両と言ったところか : お千代:ご・・・・ごじゅ・・・・ お千代:そ、そのような大金は・・・とても・・・ : 覚超:ははは 覚超:普通は、払えるような金ではないわな 覚超:まぁ、諦(あきら)めて、その物の怪とは関わりを持たぬか、 覚超:はたまた、もっと徳の高い僧にでも頼んでみる事だな 0: 0:お千代に背を向ける覚超 0:狼狽するお千代 0: お千代:あああ・・・ お千代:そんな・・・ お千代:わ、私はどうすれば・・・ : 覚超:ん? 覚超:何故そちは、そうまでして、その物の怪とやらを退治(たいじ)したいのだ? : お千代:実は・・・ お千代:私は早くに母を亡くし、これまで父と兄に育てられてきました お千代:父も兄も、私には、とても優しく、私は幸せでした お千代:ですが先日、その父と兄がその物の怪に・・・・ : 覚超:そうであったか・・・ 覚超: 覚超:事情は分かった 覚超:しかし、無代という訳にもいかぬしな・・・ 覚超:そうよのう・・・ 0: 0:考えながらちらりとお千代を見る覚超 0: 覚超:一夜(いちや)の夜伽(よとぎ)でもあれば、その代わりにもなるやもしれんな・・・ : お千代:えっ・・・ 0: 0:ハッとするお千代 0:ニヤケる僧侶 0: 覚超:若い女性(にょしょう)の身体であれば、金銭(きんせん)はいらぬが・・・ 覚超:ふむ、見たところ、そちは若い上に器量もよさそうだ 覚超: 覚超: 覚超:そちにその気があるのであれば、十分報酬の代わりになるが・・・・ 覚超:どうだ? : お千代:そ、そんな・・・ : 覚超:ん? 覚超:やはり、嫌か 0: 0:しばし考え 0: お千代:わ・・・・分かりました お千代:私でよろしければ・・・どうぞ・・・ 0: 0:震えながらも了承するお千代 0: 覚超:そうか、そうか・・・・ははははは 覚超:今宵(こよい)は楽しくなりそうだな : お千代:・・・・ 0: 0:恥ずかしさで返事のできないお千代 0: 覚超:しばしまて 覚超: 覚超:確か、ここいらに・・・ 覚超:お、あった、あった 0: 0:端においてある廿楽(つづら)から服を取り出す 0: 覚超:では、これに着替えてもらおうか 0: 0:服をお千代の足元に放り投げる 0: 覚超:着替えたら、場所を変えるぞ 覚超:こんな所では気分が出んのでな 0: 0:夜道をあるく二人 0:暫く無言で歩く 0: お千代:あの・・・覚超(かくちょう)様・・・ : 覚超:どうした、お千代、 覚超:目的の場所は、もうそろそろだが、今になって臆(おく)したか? : お千代:いえ・・・そうではございません お千代:あの・・どこまで行かれるのでしょうか? お千代:それに、何故、私が小姓(こしょう)の姿に : 覚超:ははは、場所が変われば、気分も変わるものよ 覚超:それに、何故そちに、そのような小姓の格好をさせたかだが・・・ 覚超: 覚超:なぁに、大した事ではない 覚超:拙僧(せっそう)にも少しばかり『好み』というものがあってな、 覚超:はははは : お千代:は・・はぁ : 覚超:男だと思っておったところが、一皮剥(む)けば女だった・・・ 覚超:それも一興(いっきょう)じゃろうて、はははは : お千代:・・・ : 覚超:なぁに、お主にとっては、初めての事だろうが 覚超:拙僧の言うた通りにしておればよい 覚超:怖ければ、目でも瞑っておれば、直に済むわ : お千代:・・・はい : 覚超:今、お主の顔が見えてしまうと、気分が出んのでな、その時がくるまで、傘は深くかぶっておれよ : お千代:・・・はい 0: 0:しばらく歩き、ボロボロの御堂の前で止まる。 0: 覚超:さぁ、着いたぞ : お千代:・・・ここ・・・ですか? : 覚超:そうじゃ : お千代:先程のお寺と、あまり変わらないような佇(たたず)まいですが・・・ : 覚超:あぁ、どちらもボロ寺だがな、場所が変われば、気分も変わるというものよ : お千代:そうですか・・・ : 覚超:よいな、目を瞑っていてもいいが、身体は拙僧のいう通りにするのだぞ : お千代:・・・はい 0: 0:息をのむお千代。 0: 0:扉を開けて中にはいる 0: 覚超:さぁ、拙僧について入ってまいれ : お千代:・・・はい : 覚超:暗いので足元に気を付けてな 0: 0:御堂の中に入る二人 0:薄暗い御堂の中 0: お千代:ここは・・・ お千代:暗くてなにも・・・ 0: 0:奥からうっすらと浮かび上がる蒼白い光 0:そこから姿を現す妖艶な女性 0: 朱火狐:誰じゃ・・・ : お千代:ひぃ 0: 0:驚き、覚超にしがみつく千代 0: 覚超:心配するな、拙僧の後ろに隠れておれ : お千代:はい : 朱火狐:おや、どこか聞いた声だが・・・ : 覚超:久しぶりだな : 朱火狐:なんじゃ、覚超か 朱火狐:一体、何の用じゃ : 覚超:時雨烏(しぐれがらす)をもらい受けに参った : 朱火狐:ほう、 朱火狐:で、金は? : 覚超:金はない : 朱火狐:ははは、全く・・・ 朱火狐:話にならんな 朱火狐:なんじゃお前、似非坊主(えせぼうず)なんぞに、なり腐って、ついに頭まで逝(い)ってしもうたか : 覚超:拙僧にも、事情というものがあってな : 朱火狐:とにかく、金が無いならお前に用はない 朱火狐:さっさと帰れ : 覚超:あぁ、確かに金はない・・・ 覚超:金はないがが、その代わり、こいつを持ってきた : 朱火狐:何? 0: 0:お千代の背中を押して相手に投げつけるかのように付きつける 0:勢い余って崩れる二人の女 0: お千代:あ・・・ : 朱火狐:なっ・・・ : 覚超:お千代、そいつにしがみつけ、早く : お千代:え?・・・は、はい! ん・・・ 0: 0:必死にしがみつくお千代 0: 覚超:ほれ、そいつをくれてやる : 朱火狐:え? 朱火狐:・・・・なっ! 朱火狐:こ、こいつは・・ 0: 0:傘を取ると、小姓の格好をした者が女だと分かる 0:妖艶な態度が一変し、急に蒼ざめて狼狽する女 0: 朱火狐:お、お、お、女!・・・ 朱火狐:うわぁぁぁああわわわわ 朱火狐:は、離れろ、は、早く、離れろ・・・離れろ : 覚超:お千代、決して離すでないぞ 覚超:それが今宵(こよい)の夜伽(よとぎ)じゃ : お千代:はい!・・んんん : 朱火狐:やめろ、離れろ、離れろって : 覚超:どうじゃ、十分な報酬であろう 覚超:お千代は器量のよい女性(にょしょう)じゃ、嬉しかろう : 朱火狐:て、てめぇ、どどどどどどういうつもりだ 朱火狐:俺が女が、だだダメなのを、ししし知ってやがるだろが 朱火狐:あわわわ、離れろ、離れろって言ってるだろ 0: 0:狼狽しながら悪態をつく女 0: 覚超:ははははは、そうであった、そうであった 覚超:御主は、女が苦手であったな 覚超:お千代、今お前が抱きついている、そ奴も、物の怪の類(たぐい)じゃ : お千代:え? : 覚超:そいつはの名は火狐(かこ)、火を操る狐の物の怪でな、 覚超:物の怪のくせに、女性(にょしょう)に触れると腰が抜けるそうだ 覚超: 覚超:それゆえ、女性(にょしょう)に近づかれぬよう、自らを女性(にょしょう)に扮(ふん)しておるのだ 0: 0:狼狽する火狐に近づく覚超 0: 覚超:ところで火狐、いや、その格好をしておる時は朱火狐(あかね)と呼んだ方がよいかな 覚超:どうした? 動けぬのか? : 朱火狐:みみみ見りゃわかるだろ : 覚超:我が愛刀(あいとう)『時雨烏(しぐれがらす)』が、ちょいと入用(いりよう)になってな 覚超:時雨烏(しぐれがらす)を返すというのであれば、その女性(にょしょう)をお主から引きはがしてやってもよいが? : 朱火狐:ななな何言ってんだ 朱火狐:あれは、おおお前が俺から借りた五十両のかたとして、俺が預かってるんだろ 朱火狐:ごご五十両もって来なきゃ返すが訳ないだろが : 覚超:そうか、それは残念だ、邪魔をしたな、では・・・ 0: 0:帰ろうとする僧侶 0: 朱火狐:ま、まてよ覚超、何処へ行く : 覚超:何処って、お主に『金がないなら用はない』と言われたからな、帰るのじゃ : 朱火狐:か、帰る前に、こ、この女を何んとかしろ、このまま帰るなんて、ひでぇだろ : 覚超:ほう、そうか 覚超:では、拙僧が刀をお主に預けて、五十両を借り受けた・・・ 覚超:しかし、そんな話はなかった・・・ 覚超:そういう事でよいかな : 朱火狐:は、はぁ? 朱火狐:な、何言ってんだお前 朱火狐:そ、そんなバカな話があるか 朱火狐:お、俺は確かに五十両お前に貸したぞ : 覚超:いや、まて : 朱火狐:人の話を聞け! : 覚超:確か、お主がどうしても、拙僧の時雨烏(しぐれがらす)を貸して欲しいと言うたので、拙僧が仕方なく、五十両でお主に貸した・・・ 覚超:そうであったかな? : 朱火狐:おい、人の話聞いてんのかよ 朱火狐:何でそんな話になるんだよ、 朱火狐:都合のいい事ばかり言ってんじゃねぇぞ、くそ坊主 : 覚超:そうか拙僧の記憶違いであったか・・・ 覚超:そうか、そうか、それは残念だった・・・では 0: 0:帰ろうとする僧侶 0: 朱火狐:まて・・まて・・ 朱火狐:わかった、わかったから 朱火狐:も、もうお前のいう通りでいいから、この女をどけてくれ 朱火狐:頼む、早く・・・ : 覚超:やはりそうであったか 覚超:そうか、そうか、それであれば・・・ 覚超:お千代、もうよいぞ 0: 0:女を火狐から引きはがす 0: 覚超:よっと : お千代:あ・・・ : 朱火狐:はぁ・・・はぁ・・・ 朱火狐:助かった・・・ : お千代:あの・・・覚超様 : 覚超:ああ、そちはもう帰っても良いぞ、夜道ゆえ、気をつけてな 覚超: 覚超:物の怪は、拙僧と朱火狐(あかね)で退治しておく故(ゆえ)、安心しておれ : お千代:はい、ありがとうございます : 朱火狐:おい、何言ってんだ覚超 朱火狐:何で俺が、五十両踏み倒された挙句に、妖怪退治までしなきゃならないんだよ : 覚超:何を言うておる、お主に貸した時雨烏(しぐれがらす)の利子を、まだ貰(もら)い受けておらん。 覚超:お主には、利子分働いて貰(もら)わぬとな : 朱火狐:はぁ? 朱火狐:金を貸したのはこっちだぞ、それを、人の弱みを利用して、こっちが借りたなんて話にしやがって 朱火狐:しかも何が利子だ、バカも休み休み言え : 覚超:まぁ、そう怒るでない 覚超:坊主を助けておくと後々よい事があるやもしれぬぞ : 朱火狐:ったく、何が坊主だ、似非坊主(えせぼうず)のくせに 朱火狐:お前を助けたって、ご利益なんてありゃしないだろ! : 覚超:さて、では参るとするか、朱火狐(あかね) : 朱火狐:人の話を聞けって! : 覚超:久しぶりの物の怪退治と行こうではないか 覚超:お主も心が躍るであろう : 朱火狐:躍らねぇよ、この戦狂い(いくさぐるい)が! : 覚超:はははは、腕が鳴るのう 覚超:さて、この度(たび)はどんな戦(いくさ)になるだろうなぁ 覚超:楽しみじゃて 0: 0: 0:場転 (破戒僧覚超の物の怪退治 2) 0: 0:物の怪退治に向かう覚超と朱火狐(あかね) 0: 0: 朱火狐:ところでよ、覚超(かくちょう) : 覚超:ん? 如何(いかが)した、朱火狐(あかね) : 朱火狐:今回の物の怪退治(たいじ)って、どこまで行くんだよ : 覚超:うむ 覚超:先日、お主の夜伽(よとぎ)をした娘がおったであろう : 朱火狐:おいおい 朱火狐:夜伽(よとぎ)とか言うなよ、気持ち悪い 朱火狐:思い出しただけでも、吐き気がするわ : 覚超:ははは、それは難儀(なんぎ)だったな : 朱火狐:何言ってやがる、お前のせいじぇねぇか : 覚超:はて、そうであったか : 朱火狐:ったく、とぼけやがって・・・ 朱火狐:で、その娘がどうした : 覚超:娘の名はお千代と言うてな 覚超: 覚超:そのお千代の村の、峠(とうげ)まで行くんじゃよ : 朱火狐:そんな事は、分かってんだよ : 覚超:なんじゃ、知っておるではないか : 朱火狐:俺も、その場にいただろうが 朱火狐:俺が聞いてるのは、その娘の村は、何処(どこ)なんだって話をしてんだよ : 覚超:そういう話であったか 覚超:確か、お千代の村は三条(さんじょう)の辺りだと言うておったな : 朱火狐:三条? 朱火狐:その辺りに物の怪なんていたか? : 覚超:一年程前から、出るようになったと、言うておったな : 朱火狐:新しく生まれた物の怪か・・・ : 覚超:さて、どうであろうな 覚超:まぁ、何にせよ、歯ごたえがある奴じゃと、良いのじゃがな 覚超:のう、朱火狐(あかね) 覚超:お主もそう思うじゃろ : 朱火狐:思わねぇよ 朱火狐:退治するなら、さっさと殺(や)っちまうに、越(こ)したことはないだろ : 覚超:それでは、面白味がなかろうて : 朱火狐:物の怪と戦(や)るのに、面白味なんざ、いらねぇんだよ、この戦狂(いくさぐる)いが : 覚超:ははは : 朱火狐:おい、覚超(かくちょう) 朱火狐:お前、長く闘(たたか)いたいからって、手加減(てかげん)なんか、するんじゃねぇぞ : 覚超:ところで朱火狐(あかね) : 朱火狐:人の話を聞けよ! : 覚超:お主は、何故、まだ女性(にょしょう)の恰好をしておるのだ? 覚超:その姿では、歩き辛(づら)かろうに : 朱火狐:こんな朝っぱらから、物の怪の恰好で、道を歩けるわけねぇだろ! 朱火狐:誰に見れらるかも、分からんのに : 覚超:そういうものか? 覚超:物の怪も難儀(なんぎ)な、ものよのう : 朱火狐:何言ってやがる、お前の為だろうが! : 覚超:拙僧のか? : 朱火狐:そうだよ 朱火狐:物の怪と一緒に歩いてたら、お前が怪しまれるだろ : 覚超:ははは、そうか、そうか 覚超:それは、すまんな : 朱火狐:ったく、面倒な奴だな : 覚超:朱火狐(あかね)、そろそろ三条に入る頃だぞ : 朱火狐:そうか・・・ 朱火狐:しかし、特に、物の怪の気配はないがな : 覚超:そうよのぉ 覚超:その辺りでないとすると 覚超:物の怪が出るのは、向こうに見える、あの峠あたりか・・・ : 朱火狐:まぁ、どのみち、行ってみるしかないな : 覚超:あぁ・・・ 0: 0:二人でしばらく歩く 0:しばらくして、物の怪が出るという峠にさしかかる 0: 朱火狐:そういえば、覚超 : 覚超:ん? 覚超:なんじゃ : 朱火狐:どうしてお前、坊主の恰好なんかしてるんだ? 朱火狐:お前、侍(さむらい)じゃなかったのかよ? : 覚超:侍(さむらい)か・・・ 覚超:そういう時もあったかのう : 朱火狐:出家(しゅっけ)でもしたのか? : 覚超:いや、出家はしておらんよ 覚超:ただ、髷(まげ)を結(ゆ)うのが、面倒(めんどう)になってな : 朱火狐:なんだ、そんな事で坊主になったのか : 覚超:そんな事というがな、朱火狐(あかね) 覚超:髷(まげ)を綺麗(きれい)に保つのは意外と面倒(めんどう)なのだぞ 覚超:坊主頭(ぼうずあたま)にしておる方が、何かと楽なのでな : 朱火狐:そういうのは、人間の嗜(たしな)みっていうんじゃないのか?  朱火狐:やっぱり「そんな事」じゃねぇか : 覚超:いやいや、それだけではないぞ 覚超:どうせなら、法力が使えるようになれば、とは思ったのだ : 朱火狐:で、法力は使えるように、なったのか? : 覚超:まぁ、そっちの方はな 覚超:形姿(なりかたち)を真似(まね)るだけではダメだったわ : 朱火狐:ケッ 朱火狐:当たり前だろ、そんな事。 朱火狐:服を着替えるだけで、法力が使えるなら 朱火狐:坊主は修行なんざ、しねぇだろ : 覚超:まったくだな、はははは 0: 0:朱火狐が何かに気づく 0: 朱火狐:覚超・・・ : 覚超:あぁ、分かっておる : 朱火狐:身は隠しても、殺気を隠す気はなさそうだな・・・・ : 覚超:これほど、剥(む)き出しの殺気とは 覚超:あまり、頭の良い「物の怪」では無さそうじゃな : 朱火狐:それか、お前のような、戦狂(いくさぐる)いかだな : 覚超:ほう、それは腕が鳴るのう : 朱火狐:呑気(のんき)な事言ってんじゃねぇよ 朱火狐:並(な)みの殺気じゃねぇぞ : 覚超:あぁ、それも分かっておる : 朱火狐:ふぅ・・・ 朱火狐:よっと 0: 0:朱火狐が火狐(かこ)にもどる 0:覚超は時雨烏(しぐれがらす)に手をかける 0: 覚超:火狐(かこ)、さすがに、朱火狐(あかね)の姿では戦えぬか : 朱火狐:当たり前だろ! 朱火狐:俺は戦いを楽しむ趣味はないんでね 朱火狐:さっさと片付(かたづ)けるぞ : 覚超:なんじゃ・・・つまらん奴じゃな : 朱火狐:放(ほ)っとけ : 覚超:さて、向こうが、どう出るか・・・ : 朱火狐:隠れてるなら、引きずり出せばいいだろう 0: 0:誰もいない場所に向かって火狐(かこ)が叫ぶ 0: 朱火狐:おい、隠れてねぇで出て来いよ : 覚超:出て来ぬな・・・ : 朱火狐:引きずり出せばいいって言ったろ 朱火狐:そこか! 朱火狐:火吹(ひぶ)き 朱火狐:はぁーー!  0: 0:火狐(かこ)が火を噴く 0: 妖怪:キキー : 朱火狐:ほら、お出ましだ : 妖怪:キーーー : 覚超:ほう、身体(からだ)は蜘蛛(くも)、 覚超:その蜘蛛の頭にヒヒの胴(どう)がついておるのか 覚超:変わった鵺(ぬえ)じゃな : 朱火狐:あぁ、俺も聞いた事がないな 朱火狐:新しく生まれた物の怪か : 覚超:ふふふ 覚超:知らぬ相手というのは、心躍(こころおど)るな : 朱火狐:おい、覚超 朱火狐:くれぐれも、変な気は起こすなよ : 覚超:見たところ、妖術はなさそうじゃな : 朱火狐:だから、人の話を聞けって! : 覚超:であれば・・・ 0: 0:覚超が刀を抜いて妖怪に近づく 0: 朱火狐:おい、覚超 朱火狐:そんな不用意(ふようい)に近づくな、危ねぇぞ : 覚超:さぁ、来い! : 妖怪:キーーーー 0: 0:妖怪が、振り上げた腕を覚超に向けて振り下ろす 0: 覚超:ぐはっ 0: 0:数メートル後ろの木まで飛ばされる 0: 朱火狐:おい 朱火狐:何、いきなり食らってんだよ、不用意にも程があるだろ : 覚超:あたたたた : 朱火狐:何やってんだよ 朱火狐:あんなもん、お前なら、かわせただろうが : 覚超:いや、何 覚超:初めての相手なのでな 覚超:この物の怪の力が如何(いか)程のものか 覚超:受けてみたかったのよ : 朱火狐:どれだけバカなんだよ、この戦狂いが 朱火狐:初見殺(しょけんごろ)しだったら、どうするつもりだったんだ : 覚超:ははは、 覚超:その時は、その時 覚超:その方が面白かろうて : 朱火狐:本当に狂ってるな : 覚超:なぁに、妖術(ようじゅつ)の類(たぐい)は、無さそうだったのでな 覚超:死にはせんだろ 覚超: 覚超:にしても・・・ : 朱火狐:あぁ、こいつ、強いな : 覚超:あぁ、面白いのう : 朱火狐:ったく、 朱火狐:付き合う、こっちの身にも、なって欲しいもんだぜ : 覚超:さて、相手の力も分かったところで 覚超:そろそろ真面目にやるとするかな : 朱火狐:最初から真面目にやれよ : 覚超:こういう性分なのでな : 朱火狐:ふっ 朱火狐:まぁいいさ 朱火狐:さっさと、こいつを片づけるぞ 朱火狐:妖術(ようじゅつ)がないのなら、幾(いく)ら力が強くても・・・ : 覚超:あぁ、所詮、ヒヒの知恵じゃろうて 覚超:たかが知れとるわ : 朱火狐:そうだな、 朱火狐:さぁ、いくぞ 朱火狐:火吹(ひぶ)き 朱火狐:はぁーー!  : 覚超:正眼中乱破(せいがん ちゅうらんぱ) 覚超:せりゃ : 妖怪:キーーー 0: 0:妖怪が振り返り、去ろうとする 0: 朱火狐:なんだ・・逃げる・・・のか : 覚超:チッ、逃がすか 0: 0:覚超が妖怪を追おうとする 0: 朱火狐:おい覚超、待て、早まるな : 覚超:まて、物の怪 0: 0:妖怪の尻から糸の玉が飛んできて、覚超の顔にあたる 0: 妖怪:キーーー : 覚超:ぐわっ : 妖怪:キキキッ 0: 0:喜ぶ妖怪 0: 朱火狐:チッ 朱火狐:だから、待てって言ったろ 朱火狐:もろ、初見殺(しょけんごろ)しじゃぁねぇか : 覚超:くっ、糸が顔に・・・ 覚超:背を向けて逃げると見せかけ、尻から糸を玉のように飛ばしすとは 覚超:ヒヒにばかり目を取られて、身体が蜘蛛(くも)だという事を忘れておったわ : 朱火狐:大丈夫か、覚超 : 覚超:糸が粘(ねば)ついて取れそうにない 覚超:息は出来るが、目は開けられんな・・・ : 朱火狐:気をつけろ 朱火狐:また、来るぞ : 覚超:くそ、このままでは・・・ 0: 0:妖怪が覚超を襲う 0: 朱火狐:ったく・・・ 朱火狐:朱炎爆(しゅえんばく)! 0: 0:妖怪の前で炎が爆発し、妖怪が飛ばされる 0: 妖怪:キーーー : 朱火狐:おい、おい、なめるなよ、若いの 朱火狐:幾(いく)ら、バカを騙(だま)せたからって 朱火狐:その程度で、いい気になられちゃ困るんだよ 朱火狐: 朱火狐:覚超、まだ出来るな? : 覚超:あぁ、無論(むろん)だ 0: 0:覚超が刀を鞘に納めて、居合の構えをとる 0: 朱火狐:さて、今度は俺が相手だ 朱火狐:来な 0: 0:ヒヒは朱火狐ではなく、覚超を襲おうとする 0: 朱火狐:なにっ・・・ 朱火狐:そっちへ行ったぞ、覚超、左だ! : 覚超:ん・・・はっ 覚超:岩浪発破(いわなみはっぱ) : 妖怪:キーーーー 0: 0:深い傷を負う妖怪 0: 朱火狐:バカだと思ってったが、 朱火狐:手負(てお)いの方を襲(おそ)う程度の、知恵はあるようだな : 覚超:あぁ、じゃが、相手が悪かったな 覚超:目が見えなくなった程度では、拙僧は殺せんよ : 朱火狐:おい、もう終わらせるぞ : 覚超:ちと残念じゃが、いた仕方がない : 朱火狐:ったく、その態(な)りで 朱火狐:よくそんな口が利けるな 朱火狐: 朱火狐:まぁいい、 朱火狐:覚超、お前、目が見えなくても 朱火狐:俺の後(あと)からなら行けるな : 覚超:あぁ、問題ない : 朱火狐:よし・・・ 朱火狐:行くぞ 朱火狐: 朱火狐:はーーーーー 朱火狐:食らえ 朱火狐:蒼雷火炎車駕(そうらい かえん しゃが) : 覚超:ふん! 覚超:これで終(しま)いじゃ物の怪 覚超:夢想霞時雨(むそう かすみしぐれ) 覚超:そりゃーー : 妖怪:キーーーー 0: 0:妖怪が絶命する 0: 朱火狐:ふー、これで仕留めたな : 覚超:あぁ、そのようじゃな : 朱火狐:やれやれ、 朱火狐:だいたい、お前がバカな事をしなかったら、 朱火狐:もっと早く終われたんだ : 覚超:まぁ、そう言うでない 覚超:面白かったではないか : 朱火狐:面白かねぇよ、これだから戦狂(いくさぐる)いは・・・ : 覚超:そうか・・ん・・・ 覚超:拙僧(せっそう)は・・ん・・・ 覚超:結構(けっこう)・・・ : 朱火狐:なにやってんだよ、お前 : 覚超:糸が粘(ねば)ついてな・・・取れんのじゃ 覚超:物の怪が死んでも、この糸はなくならないのだな・・・ : 朱火狐:まぁ、その糸は妖術じゃねぇかならなぁ 朱火狐:俺が焼いてやろうか、その糸 : 覚超:そんな事したら、顔も焼けてしまうであろうが 覚超:澤(さわ)で目を濯(そそ)げば、取れるじゃろうて 覚超:火狐(かこ)、すまぬが、拙僧(せっそう)を澤まで連れて行ってくれぬか・・・ : 朱火狐:ったく、世話が焼ける奴だな・・・ 0: 0:沢まで下りて、水で目を洗う覚超 0: 覚超:ふー 覚超:おお、取れた、取れた : 朱火狐:で、これからお前は、どうすんだよ : 覚超:お千代の村にいって、物の怪を退治した事を知らせてやらぬとな : 朱火狐:あぁ、そうかい 朱火狐:じゃぁ、俺はこれで帰るとするか : 覚超:まぁ、待て、火狐(かこ) : 朱火狐:なんだよ : 覚超:村まで、お主も一緒に付いてまいれ : 朱火狐:どうして、俺が一緒に行かなきゃいけないんだよ : 覚超:物の怪退治の謝礼として、酒が飲めるやもしれんぞ : 朱火狐:酒か・・・久しぶりだな : 覚超:ははは、今宵(こよい)は宴(うたげ)になるとよいな 覚超:物の怪退治の後の酒は、美味いからな 覚超:今から楽しみじゃて 0: 0: 0:場転 (破戒僧覚超の物の怪退治3) 0: 0: 0:物の怪退治の後、村に報告に行くと、覚超の期待通り宴となった 0: 0: 朱火狐:よくも、あんなに騒(さわ)げるもんだな 朱火狐:覚超、俺はちょっと夜風にあたってくるぞ 0: 0:建物から出て、少し離れた縁側に座る朱火狐 0: 朱火狐:ふー・・・ 朱火狐:酒は好きだが、 朱火狐:あぁいう雰囲気は好きになれねぇな・・・ : : お千代:朱火狐(あかね)様・・・ : 朱火狐:なんじゃ、お千代か、どうした? : お千代:お酌をしに、まいりました : 朱火狐:こんな所にまでか? 朱火狐:俺は、夜風にあたっているだけだぞ : お千代:ええ、夜風にあたりながらのお酒も、風流かもしれません : 朱火狐:・・・まぁいい 朱火狐:酒はそこに置いて、お前はもう行け : お千代:いいえ、お酌を・・・ : 朱火狐:俺は女が苦手だと、知っておるだろう : お千代:はい、ですから、朱火狐様のお手には触れませんので・・・ : 朱火狐:・・・・ : お千代:まだ、キチンとしたお礼も、言っておりません、でしたので お千代:是非(ぜひ)、お酌を・・・ : 朱火狐:礼なら覚超(かくちょう)に言えよ : お千代:いいえ、覚超(かくちょう)様だけでなく、朱火狐(あかね)様にもお礼を・・・ お千代:ですから・・・ : 朱火狐:・・・・ : お千代:お願い致します : 朱火狐:う・・あぁ・・うん・・それじゃぁ・・・ : お千代:ありがとうございます。 お千代:では、こちらの湯飲(ゆの)みを、お使いください : 朱火狐:あぁ・・・ : お千代:さぁ、どうぞ : 朱火狐:うむ 0: 0:酒を飲む朱火狐 0: お千代:この度は、本当に有難うございました。 : 朱火狐:あぁ・・・覚超に騙(だま)されたからな : お千代:しかし、私が離れた後であれば お千代:そんな話は無かった事にすれば、よかったではありませんか。 お千代:それなのに、覚超様と一緒に、物の怪を退治して下さいました : 朱火狐:事情が何であれ 朱火狐:そういう話になってしまったのでな 朱火狐:まぁ、仕方がないさ 0: 0:少し酒をのむ 0: お千代:ですが、 お千代:あれは覚超様が、朱火狐(あかね)様を騙(だま)したからではないですか お千代:それなのに・・・ : 朱火狐:「事情が何であれ」と言っただろ 朱火狐:人であれば、それでいいのかもしれんがな : お千代:でしたら、朱火狐(あかね)様も、同じようになされば・・・ : 朱火狐:人は人、物の怪は物の怪だ 朱火狐:俺は俺の生き方で生きる : お千代:そうですか・・・・ : 朱火狐:そんなもんさ 朱火狐: 朱火狐:ん・・・ 0: 0:湯飲みの酒を飲み干す朱火狐 0: お千代:お酒・・もう少し、いかがですか? : 朱火狐:あぁ・・・ : お千代:どうぞ : 朱火狐:うむ 0: 0:酌をするお千代 0: お千代:そういえば、朱火狐(あかね)様 お千代:一つお聞きしても、よろしいですか? : 朱火狐:なんだ? : お千代:朱火狐(あかね)様はどうして、女性(にょしょう)がお嫌(きら)いなのですか? お千代:嫌(きら)いというか・・・ お千代:腰が抜けるほどの・・・ : 朱火狐:そんな事を知ってどうする : お千代:覚超様のお話によりますと、朱火狐(あかね)様は、相当(そうとう)お強いとか・・ お千代:それほどお強い朱火狐(あかね)様が、どうしてなのかと思いまして : 朱火狐:昔・・・・ちょっとあってな : お千代:ちょっと・・・ですか : 朱火狐:あまり、いい話じゃない : お千代:そうですか・・・ : 朱火狐:あぁ・・・・ 0: 0:少しの間、黙る朱火狐 0: 0: 朱火狐:昔な、女に騙されたのだ : お千代:騙されたのですか? 朱火狐が? : 朱火狐:あぁ、 朱火狐:騙されただけであれば、まぁそれでよかったんだがな 朱火狐:その女が、俗にいう魔性の女でな・・・ : お千代:魔性の・・・ : 朱火狐:俺は生来(せいらい)、人の嘘というものが、大概(たいがい)分かる 朱火狐:いや、分かると思っていた 朱火狐:だが、その女は、嘘なのか、本当なのか、はたまた冗談なのか・・・ 朱火狐:そういう事が全く分からん女だった 朱火狐:全部嘘だと思っていても、「本当かもしれない」・・・そう思わされてしまう : お千代:まぁ、そんな・・・ : 朱火狐:可愛い顔をして、やることは、大層(たいそう)えげつなく、残酷だ 朱火狐:そして、どんな残酷な事をしても、そいつは可愛く笑う 朱火狐:その笑顔からは、嘘のかけらすら見えん 朱火狐:人間の女とは、これほど醜(みにく)くて、怖いものなのかと思ったよ 朱火狐:それこそ、物の怪より、よほど恐(おそ)ろしいわ : お千代:そうでしたか・・・ : 朱火狐:それからだ、女に触(さわ)られると、背中に虫唾(むしず)が走って、 朱火狐:足腰がいう事を利かなくなるようになったのは・・・ : お千代:物の怪よりもだなんて・・ : 朱火狐:物の怪ってのはな 朱火狐:生まれついての物の怪と、人間や動物が、途中で物の怪に化(ば)けるものがある 朱火狐:物の怪になるような、人間や動物ってのは、 朱火狐:大概、純真な心を持っていたり、一途な奴らだったりするのさ 朱火狐:その純真な思いが、惨(むご)く打ち砕かれた時に、魔(ま)に取りつかれて、物の怪になる 朱火狐: 朱火狐:まぁ、それでも、物の怪になっちまったもんに同情はしないがな : お千代:そうなんですか・・・ : 朱火狐:だから、俺にとっちゃぁ、物の怪よりも、人間の女の方がよほど怖いな : お千代:そんな事が・・・ 0: 0:涙ぐむお千代 0: 朱火狐:お千代、泣いておるのか : お千代:はい・・・ : 朱火狐:なぜ、泣く : お千代:朱火狐(あかね)様に申し訳がなくて : 朱火狐:なぜお前が謝るのだ : お千代:人間の女性(にょしょう)には、確かに魔性(ましょう)がありましょう お千代:それに苦しめられていながら、私を助けて下さるなんて : 朱火狐:それは何度も言っておるだろ、覚超が・・ : お千代:いいえ : 朱火狐:・・・・・ : お千代:朱火狐(あかね)様 0: 0:朱火狐にさわるお千代 0: 朱火狐:な、何をする 朱火狐:俺に、さ、触るな : お千代:朱火狐(あかね)様、腰は抜けますか? : 朱火狐:い・・いや・・・今は、大丈夫なようだ : お千代:やはり・・・そうですか : 朱火狐:ど、どういう事だ? : お千代:私はまだ、男の方を知りません お千代:ですから、朱火狐(あかね)様の嫌う、魔性もないのでございましょう : 朱火狐:でも、昨晩は、お前に抱きつかれて、俺の腰は抜けたぞ : お千代:それは、おそらく お千代:小姓(こしょう)の恰好をした私が、突然、女性(にょしょう)だと分かって お千代:驚いたからではないでしょうか : 朱火狐:そうなのか・・・ : お千代:はい、おそらく お千代:ですが、今は初めから私だと分かっているので、大丈夫なのだと思います。 : 朱火狐:そ・・・そうか・・・お、お前のいう事は、とりあえず分かった・・・ 朱火狐:で、でも、あまり触(さわ)るなよ : お千代:いいえ、理由が分かれば、もう少し触(ふ)れても・・・ 0: 0:もっと触るおちよ 0: 朱火狐:だから・・・・ 朱火狐:あまり触(さわ)るなと・・ : お千代:でも、大丈夫で御座(ござ)いましょう? : 朱火狐:あ・・・あぁ・・・まぁ・・そうだが・・・ : お千代:やはり、私のような女であれば、朱火狐(あかね)様も、苦手にする事もないのですね お千代:よかった・・・ : 朱火狐:お千代、それを覚超には言うなよ 朱火狐:くれぐれもだ : お千代:何故(なぜ)ですか? : 朱火狐:何故(なぜ)って・・・ 朱火狐:生娘(きむすめ)しか、受け付けられぬ物の怪など 朱火狐:あいつにとっては、格好(かっこう)の「からかい道具」にしかならん : お千代:そうなんですか・・・ : 朱火狐:あいつは、そういう奴だ : お千代:わかりました。 お千代:では、覚超様には秘密にしておきます。 お千代: お千代:ですから・・・もう少し・・ 0: 0:朱火狐によりそうように触れるお千代 0: 0: 朱火狐:こら・・お千代・・ふざけるなって 朱火狐:そんなに・・・ 朱火狐:おい、もう少し、はなれ・・ : お千代:いいえ、もうしばらく お千代:こうさせていて下さいませ : 朱火狐:ちょっ・・・お千代 : お千代:先日の夜、覚超様に言われ、朱火狐(あかね)様にしがみ付いた時も、そうでした。 お千代:朱火狐様からは、兄のような温(ぬく)もりを感じるのです お千代:なんとも懐(なつ)かしいような温もりを・・・ お千代:ですから、もうしばらく・・ : 朱火狐:・・・・ : お千代:朱火狐様・・・ : 朱火狐:どうした? : お千代:朱火狐様は、女性(にょしょう)の姿をして、おいでですが お千代:男性(だんせい)なのですか? : 朱火狐:いや、俺は生まれついての物の怪なのでな 朱火狐:男も女もない 朱火狐:だから番(つがい)も持たぬ 朱火狐:ただ生きて、ただ死んでいくだけだ : お千代:そうですか・・・ 0: 0:もっと身体を預けるお千代 0: 朱火狐:お千代・・・そう、くっついて来るな・・・ 朱火狐:腕を外(はず)せ・・・ : お千代:ダメです : 朱火狐:ダメって・・・お前・・ : お千代:私はいずれ、人の決めた、何方(どなた)かの元に嫁ぐ事になるでしょう お千代:そうなれば、否が応でも、私は男の方を知る事になります。 お千代:男の方を知ってしまえば、もう、朱火狐様に触(さわ)れられなく、なってしまいます : 朱火狐:・・・・ : お千代:ですから、今だけは、こうしていさせて下さい。 : 朱火狐:うーん、 : お千代:いけませんか? : 朱火狐:覚超には、見られたくない姿だな・・・ : お千代:うふ・・・朱火狐様ったら・・・ : 朱火狐:・・・・ 0: 0:しばらく寄り添う二人 0: お千代:朱火狐(あかね)様 : 朱火狐:ん? : お千代:朱火狐様は、明日、覚超様と、また何処(どこ)かへ行かれるのでしょ? : 朱火狐:いや、覚超とは行かねぇよ 朱火狐:あいつとは、腐れ縁ではあるがな 朱火狐:別に相方(あいかた)という訳でもない 朱火狐: 朱火狐:俺はただ、ここには酒を飲みに寄(よ)っただけだ : お千代:そうなんでか : 朱火狐:時雨烏(しぐれがらす)も、もう俺の元には無いしな 朱火狐:覚超とは、また会う事があるかどうかすらも分からん 朱火狐: 朱火狐:だから、あいつがどうするのかに関わらず 朱火狐:俺は今夜中に、ここを出るつもりだ : お千代:そうですから・・・ お千代:朱火狐様、それでしたら! : 朱火狐:ん? : お千代:私も一緒に連れて行って頂けませんか? : 朱火狐:どうしてだ? : お千代:先程も、申し上げましたように お千代:私は、この村にいまても、人の決めた、好きでもない方と、添い遂げなければなりません。 お千代:もう、兄も父も、この村にはいませんし お千代:いっそ、このまま朱火狐様に付いて行くのも・・・ : 朱火狐:ダメだな : お千代:どうしてですか? お千代:私が足手(あしで)まとい、だからですか? : 朱火狐:「足手まとい」というより 朱火狐:俺といても、お前はすぐに死ぬ 朱火狐:いつも守ってやれるとは、限らぬからな : お千代:それでも構いません お千代:兄と父の仇を打てたのですから、もう思い残す事も : 朱火狐:ダメだ : お千代:朱火狐(あかね)様・・・ : 朱火狐:もう・・・・ 朱火狐:連れに 朱火狐:死なれるのは、かなわんのだ・・・ : お千代:それは、昔、どなたかと : 朱火狐:三百年も生きているとな 朱火狐:いろいろあるのだ : お千代:・・・・・ : 朱火狐:まぁ、その話は、もういいだろう 朱火狐: 朱火狐:さて、俺はもう行くことにするよ : お千代:そんな・・・もう少し御傍(おそば)に、いさせてください。 : 朱火狐:これ以上いても、つまらぬ昔話を、させられそうだからな : お千代:申し訳ございません お千代:もう、お聞き致しません お千代:ですから、もうしばらく、ここに居てください お千代:お願いいたします : 朱火狐:いや、やめておく 朱火狐:お互い、情が移ると、後々面倒だしな : お千代:朱火狐様・・ : 朱火狐:お千代、お前とは、もう会う事もないだろう : お千代:そんな・・朱火狐(あかね)様 : 朱火狐:お千代、 朱火狐:俺は生まれついての物の怪だからな 朱火狐:人間の幸せってのが、どういうもんか、よく分からんが 朱火狐:まぁ、達者で暮らしてくれ 朱火狐: 朱火狐:じゃぁな : お千代:朱火狐様!・・・ 0: 0:朱火狐が何処か闇の中へ消えていく 0: 0: 0:少しして 0:宴場所から、覚超が出て来る 0: 覚超:うー 覚超:久しぶりの酒は美味いのう 0: 0:お千代が佇んでいるのを見つける覚超 0: 覚超:おお、お千代ではないか、そんな所におったのか : お千代:・・・・ : 覚超:ところで、先ほどから朱火狐(あかね)の姿が見えぬが、お千代は知らぬか? : お千代:朱火狐様でしたら、もう行かれてしまいました。 : 覚超:そうか、まったく、せっかちや奴よのう・・・ 覚超:さて、拙僧(せっそう)は、もう少し飲んでおこうかのう 覚超:さぁ、お千代もまいれ 0: 0:朱火狐の消えた方向をずっと見つめるお千代 0: 覚超:ん? 覚超:どうした、その方向に何かおるのか? : お千代:いえ、朱火狐様が消えていった方向を見つめているだけでございます。 0: 0:何かを察する覚超 0: 覚超:ほう、朱火狐と何かあったのか? : お千代:いえ、何も・・・ お千代:ただ、朱火狐様は、もう私とは会うこともないと仰っておりましたので、 お千代:名残を惜しんでおりました。 : 覚超:そうであったか : お千代:はい・・・私は・・・ : 覚超:だがな、お千代 覚超:「会うことはない」とは、朱火狐が言うておるだけであろう : お千代:え? お千代:あ、はい・・・そうれは、そうでございますが・・・ : 覚超:奴は拙僧とも「もう会わぬ」と何度も言うておったがな、こうしてまた会う事もある。 覚超:会いたくなくとも、縁があれば、そうもいかんのでなぁ 覚超: 覚超:まぁ、もう会わぬかどうかは、お千代次第ではないのか : お千代:あっ・・・ 0: 0:覚超の言葉に、何かを見出したお千代、それを見てニヤつく覚超 0: 覚超:ふふふ、どうやら何をすべきか分かったようじゃの 覚超:さて、こんな所に長居(ながい)をすると、酔いも醒(さ)めてしまうわい 覚超:拙僧は、もう少し酒を飲むとするかな 覚超: 覚超:さぁ、お千代も参(まい)れ、酌をする相手が居らぬとつまらぬのでな : お千代:はい! 今参ります。 0: 0:覚超とお千代が、宴の中へ消えていく 0: 0: 0:完 0:

0: 0:破戒僧覚超の物の怪退治 0: 0:今にも壊れそうなボロ寺 0:そこに女が訪ねてくる 0: 覚超:ほう、このような古寺(ふるでら)に、訪ねてくる御仁がおるとは・・・珍しいな 覚超:しかも、こんな夜更けに、女性(にょしょう)一人とはな 0: 0:女をしげしげと見つめる覚超(かくちょう) 0: 覚超:おい、女 0: 0:覚超の声にビクつく女 0: お千代:は・・・はい・・・ : 覚超:名は? : お千代:ち、千代と申します。 : 覚超:で、そちは、何故(なにゆえ)この寺へ参った : お千代:実は、あなた様に、折り入ってお願いしたい事がございます。 お千代:私の住む村の峠に、物の怪(もののけ)が出るようになりまして、峠を通る村人を襲(おそ)うのでございます。 : 覚超:ほう、それは難儀(なんぎ)な話だな 覚超:それで? 覚超:拙僧(せっそう)に何をしろと・・・ : お千代:あなた様に、その物の怪を退治しては頂けないかと・・・・ : 覚超:ふむ、どこで聞いて参ったかは知らぬが・・・ 0: 0:値踏みをするような目でお千代をみる覚超 0: お千代:実は村で、たいそう腕が立つといわれる、お武家様(ぶけさま)にお願いして、 お千代:物の怪を退治して頂こうとしたのですが、 お千代:そのお武家様も物の怪に殺されてしまい・・・ : 覚超:ほう : お千代:ですが、そのお武家様が出立される前に、自分が敵(かな)わぬ時には、覚超(かくちょう)という僧侶を探してみろと・・・ : 覚超:なるほどのぉ : お千代:ですから、もう、あなた様しか、頼(たよ)れる御仁(ごじん)は、いないのです。 お千代:お願いでございます。 お千代:どうか、物の怪を退治しては頂けないでしょうか : 覚超:うむ、確かに拙僧なら、物の怪の類(たぐい)を退治する事は出来るやもしれん・・・・ 覚超:だが、無代(むだい)ではないぞ。 覚超:それも聞いておろう : お千代:はい・・・それは存じております お千代:それで、如何(いか)ほどあれば・・・ : 覚超:ほう、払う気があるのか 覚超:そうよのう・・・まぁ五十両と言ったところか : お千代:ご・・・・ごじゅ・・・・ お千代:そ、そのような大金は・・・とても・・・ : 覚超:ははは 覚超:普通は、払えるような金ではないわな 覚超:まぁ、諦(あきら)めて、その物の怪とは関わりを持たぬか、 覚超:はたまた、もっと徳の高い僧にでも頼んでみる事だな 0: 0:お千代に背を向ける覚超 0:狼狽するお千代 0: お千代:あああ・・・ お千代:そんな・・・ お千代:わ、私はどうすれば・・・ : 覚超:ん? 覚超:何故そちは、そうまでして、その物の怪とやらを退治(たいじ)したいのだ? : お千代:実は・・・ お千代:私は早くに母を亡くし、これまで父と兄に育てられてきました お千代:父も兄も、私には、とても優しく、私は幸せでした お千代:ですが先日、その父と兄がその物の怪に・・・・ : 覚超:そうであったか・・・ 覚超: 覚超:事情は分かった 覚超:しかし、無代という訳にもいかぬしな・・・ 覚超:そうよのう・・・ 0: 0:考えながらちらりとお千代を見る覚超 0: 覚超:一夜(いちや)の夜伽(よとぎ)でもあれば、その代わりにもなるやもしれんな・・・ : お千代:えっ・・・ 0: 0:ハッとするお千代 0:ニヤケる僧侶 0: 覚超:若い女性(にょしょう)の身体であれば、金銭(きんせん)はいらぬが・・・ 覚超:ふむ、見たところ、そちは若い上に器量もよさそうだ 覚超: 覚超: 覚超:そちにその気があるのであれば、十分報酬の代わりになるが・・・・ 覚超:どうだ? : お千代:そ、そんな・・・ : 覚超:ん? 覚超:やはり、嫌か 0: 0:しばし考え 0: お千代:わ・・・・分かりました お千代:私でよろしければ・・・どうぞ・・・ 0: 0:震えながらも了承するお千代 0: 覚超:そうか、そうか・・・・ははははは 覚超:今宵(こよい)は楽しくなりそうだな : お千代:・・・・ 0: 0:恥ずかしさで返事のできないお千代 0: 覚超:しばしまて 覚超: 覚超:確か、ここいらに・・・ 覚超:お、あった、あった 0: 0:端においてある廿楽(つづら)から服を取り出す 0: 覚超:では、これに着替えてもらおうか 0: 0:服をお千代の足元に放り投げる 0: 覚超:着替えたら、場所を変えるぞ 覚超:こんな所では気分が出んのでな 0: 0:夜道をあるく二人 0:暫く無言で歩く 0: お千代:あの・・・覚超(かくちょう)様・・・ : 覚超:どうした、お千代、 覚超:目的の場所は、もうそろそろだが、今になって臆(おく)したか? : お千代:いえ・・・そうではございません お千代:あの・・どこまで行かれるのでしょうか? お千代:それに、何故、私が小姓(こしょう)の姿に : 覚超:ははは、場所が変われば、気分も変わるものよ 覚超:それに、何故そちに、そのような小姓の格好をさせたかだが・・・ 覚超: 覚超:なぁに、大した事ではない 覚超:拙僧(せっそう)にも少しばかり『好み』というものがあってな、 覚超:はははは : お千代:は・・はぁ : 覚超:男だと思っておったところが、一皮剥(む)けば女だった・・・ 覚超:それも一興(いっきょう)じゃろうて、はははは : お千代:・・・ : 覚超:なぁに、お主にとっては、初めての事だろうが 覚超:拙僧の言うた通りにしておればよい 覚超:怖ければ、目でも瞑っておれば、直に済むわ : お千代:・・・はい : 覚超:今、お主の顔が見えてしまうと、気分が出んのでな、その時がくるまで、傘は深くかぶっておれよ : お千代:・・・はい 0: 0:しばらく歩き、ボロボロの御堂の前で止まる。 0: 覚超:さぁ、着いたぞ : お千代:・・・ここ・・・ですか? : 覚超:そうじゃ : お千代:先程のお寺と、あまり変わらないような佇(たたず)まいですが・・・ : 覚超:あぁ、どちらもボロ寺だがな、場所が変われば、気分も変わるというものよ : お千代:そうですか・・・ : 覚超:よいな、目を瞑っていてもいいが、身体は拙僧のいう通りにするのだぞ : お千代:・・・はい 0: 0:息をのむお千代。 0: 0:扉を開けて中にはいる 0: 覚超:さぁ、拙僧について入ってまいれ : お千代:・・・はい : 覚超:暗いので足元に気を付けてな 0: 0:御堂の中に入る二人 0:薄暗い御堂の中 0: お千代:ここは・・・ お千代:暗くてなにも・・・ 0: 0:奥からうっすらと浮かび上がる蒼白い光 0:そこから姿を現す妖艶な女性 0: 朱火狐:誰じゃ・・・ : お千代:ひぃ 0: 0:驚き、覚超にしがみつく千代 0: 覚超:心配するな、拙僧の後ろに隠れておれ : お千代:はい : 朱火狐:おや、どこか聞いた声だが・・・ : 覚超:久しぶりだな : 朱火狐:なんじゃ、覚超か 朱火狐:一体、何の用じゃ : 覚超:時雨烏(しぐれがらす)をもらい受けに参った : 朱火狐:ほう、 朱火狐:で、金は? : 覚超:金はない : 朱火狐:ははは、全く・・・ 朱火狐:話にならんな 朱火狐:なんじゃお前、似非坊主(えせぼうず)なんぞに、なり腐って、ついに頭まで逝(い)ってしもうたか : 覚超:拙僧にも、事情というものがあってな : 朱火狐:とにかく、金が無いならお前に用はない 朱火狐:さっさと帰れ : 覚超:あぁ、確かに金はない・・・ 覚超:金はないがが、その代わり、こいつを持ってきた : 朱火狐:何? 0: 0:お千代の背中を押して相手に投げつけるかのように付きつける 0:勢い余って崩れる二人の女 0: お千代:あ・・・ : 朱火狐:なっ・・・ : 覚超:お千代、そいつにしがみつけ、早く : お千代:え?・・・は、はい! ん・・・ 0: 0:必死にしがみつくお千代 0: 覚超:ほれ、そいつをくれてやる : 朱火狐:え? 朱火狐:・・・・なっ! 朱火狐:こ、こいつは・・ 0: 0:傘を取ると、小姓の格好をした者が女だと分かる 0:妖艶な態度が一変し、急に蒼ざめて狼狽する女 0: 朱火狐:お、お、お、女!・・・ 朱火狐:うわぁぁぁああわわわわ 朱火狐:は、離れろ、は、早く、離れろ・・・離れろ : 覚超:お千代、決して離すでないぞ 覚超:それが今宵(こよい)の夜伽(よとぎ)じゃ : お千代:はい!・・んんん : 朱火狐:やめろ、離れろ、離れろって : 覚超:どうじゃ、十分な報酬であろう 覚超:お千代は器量のよい女性(にょしょう)じゃ、嬉しかろう : 朱火狐:て、てめぇ、どどどどどどういうつもりだ 朱火狐:俺が女が、だだダメなのを、ししし知ってやがるだろが 朱火狐:あわわわ、離れろ、離れろって言ってるだろ 0: 0:狼狽しながら悪態をつく女 0: 覚超:ははははは、そうであった、そうであった 覚超:御主は、女が苦手であったな 覚超:お千代、今お前が抱きついている、そ奴も、物の怪の類(たぐい)じゃ : お千代:え? : 覚超:そいつはの名は火狐(かこ)、火を操る狐の物の怪でな、 覚超:物の怪のくせに、女性(にょしょう)に触れると腰が抜けるそうだ 覚超: 覚超:それゆえ、女性(にょしょう)に近づかれぬよう、自らを女性(にょしょう)に扮(ふん)しておるのだ 0: 0:狼狽する火狐に近づく覚超 0: 覚超:ところで火狐、いや、その格好をしておる時は朱火狐(あかね)と呼んだ方がよいかな 覚超:どうした? 動けぬのか? : 朱火狐:みみみ見りゃわかるだろ : 覚超:我が愛刀(あいとう)『時雨烏(しぐれがらす)』が、ちょいと入用(いりよう)になってな 覚超:時雨烏(しぐれがらす)を返すというのであれば、その女性(にょしょう)をお主から引きはがしてやってもよいが? : 朱火狐:ななな何言ってんだ 朱火狐:あれは、おおお前が俺から借りた五十両のかたとして、俺が預かってるんだろ 朱火狐:ごご五十両もって来なきゃ返すが訳ないだろが : 覚超:そうか、それは残念だ、邪魔をしたな、では・・・ 0: 0:帰ろうとする僧侶 0: 朱火狐:ま、まてよ覚超、何処へ行く : 覚超:何処って、お主に『金がないなら用はない』と言われたからな、帰るのじゃ : 朱火狐:か、帰る前に、こ、この女を何んとかしろ、このまま帰るなんて、ひでぇだろ : 覚超:ほう、そうか 覚超:では、拙僧が刀をお主に預けて、五十両を借り受けた・・・ 覚超:しかし、そんな話はなかった・・・ 覚超:そういう事でよいかな : 朱火狐:は、はぁ? 朱火狐:な、何言ってんだお前 朱火狐:そ、そんなバカな話があるか 朱火狐:お、俺は確かに五十両お前に貸したぞ : 覚超:いや、まて : 朱火狐:人の話を聞け! : 覚超:確か、お主がどうしても、拙僧の時雨烏(しぐれがらす)を貸して欲しいと言うたので、拙僧が仕方なく、五十両でお主に貸した・・・ 覚超:そうであったかな? : 朱火狐:おい、人の話聞いてんのかよ 朱火狐:何でそんな話になるんだよ、 朱火狐:都合のいい事ばかり言ってんじゃねぇぞ、くそ坊主 : 覚超:そうか拙僧の記憶違いであったか・・・ 覚超:そうか、そうか、それは残念だった・・・では 0: 0:帰ろうとする僧侶 0: 朱火狐:まて・・まて・・ 朱火狐:わかった、わかったから 朱火狐:も、もうお前のいう通りでいいから、この女をどけてくれ 朱火狐:頼む、早く・・・ : 覚超:やはりそうであったか 覚超:そうか、そうか、それであれば・・・ 覚超:お千代、もうよいぞ 0: 0:女を火狐から引きはがす 0: 覚超:よっと : お千代:あ・・・ : 朱火狐:はぁ・・・はぁ・・・ 朱火狐:助かった・・・ : お千代:あの・・・覚超様 : 覚超:ああ、そちはもう帰っても良いぞ、夜道ゆえ、気をつけてな 覚超: 覚超:物の怪は、拙僧と朱火狐(あかね)で退治しておく故(ゆえ)、安心しておれ : お千代:はい、ありがとうございます : 朱火狐:おい、何言ってんだ覚超 朱火狐:何で俺が、五十両踏み倒された挙句に、妖怪退治までしなきゃならないんだよ : 覚超:何を言うておる、お主に貸した時雨烏(しぐれがらす)の利子を、まだ貰(もら)い受けておらん。 覚超:お主には、利子分働いて貰(もら)わぬとな : 朱火狐:はぁ? 朱火狐:金を貸したのはこっちだぞ、それを、人の弱みを利用して、こっちが借りたなんて話にしやがって 朱火狐:しかも何が利子だ、バカも休み休み言え : 覚超:まぁ、そう怒るでない 覚超:坊主を助けておくと後々よい事があるやもしれぬぞ : 朱火狐:ったく、何が坊主だ、似非坊主(えせぼうず)のくせに 朱火狐:お前を助けたって、ご利益なんてありゃしないだろ! : 覚超:さて、では参るとするか、朱火狐(あかね) : 朱火狐:人の話を聞けって! : 覚超:久しぶりの物の怪退治と行こうではないか 覚超:お主も心が躍るであろう : 朱火狐:躍らねぇよ、この戦狂い(いくさぐるい)が! : 覚超:はははは、腕が鳴るのう 覚超:さて、この度(たび)はどんな戦(いくさ)になるだろうなぁ 覚超:楽しみじゃて 0: 0: 0:場転 (破戒僧覚超の物の怪退治 2) 0: 0:物の怪退治に向かう覚超と朱火狐(あかね) 0: 0: 朱火狐:ところでよ、覚超(かくちょう) : 覚超:ん? 如何(いかが)した、朱火狐(あかね) : 朱火狐:今回の物の怪退治(たいじ)って、どこまで行くんだよ : 覚超:うむ 覚超:先日、お主の夜伽(よとぎ)をした娘がおったであろう : 朱火狐:おいおい 朱火狐:夜伽(よとぎ)とか言うなよ、気持ち悪い 朱火狐:思い出しただけでも、吐き気がするわ : 覚超:ははは、それは難儀(なんぎ)だったな : 朱火狐:何言ってやがる、お前のせいじぇねぇか : 覚超:はて、そうであったか : 朱火狐:ったく、とぼけやがって・・・ 朱火狐:で、その娘がどうした : 覚超:娘の名はお千代と言うてな 覚超: 覚超:そのお千代の村の、峠(とうげ)まで行くんじゃよ : 朱火狐:そんな事は、分かってんだよ : 覚超:なんじゃ、知っておるではないか : 朱火狐:俺も、その場にいただろうが 朱火狐:俺が聞いてるのは、その娘の村は、何処(どこ)なんだって話をしてんだよ : 覚超:そういう話であったか 覚超:確か、お千代の村は三条(さんじょう)の辺りだと言うておったな : 朱火狐:三条? 朱火狐:その辺りに物の怪なんていたか? : 覚超:一年程前から、出るようになったと、言うておったな : 朱火狐:新しく生まれた物の怪か・・・ : 覚超:さて、どうであろうな 覚超:まぁ、何にせよ、歯ごたえがある奴じゃと、良いのじゃがな 覚超:のう、朱火狐(あかね) 覚超:お主もそう思うじゃろ : 朱火狐:思わねぇよ 朱火狐:退治するなら、さっさと殺(や)っちまうに、越(こ)したことはないだろ : 覚超:それでは、面白味がなかろうて : 朱火狐:物の怪と戦(や)るのに、面白味なんざ、いらねぇんだよ、この戦狂(いくさぐる)いが : 覚超:ははは : 朱火狐:おい、覚超(かくちょう) 朱火狐:お前、長く闘(たたか)いたいからって、手加減(てかげん)なんか、するんじゃねぇぞ : 覚超:ところで朱火狐(あかね) : 朱火狐:人の話を聞けよ! : 覚超:お主は、何故、まだ女性(にょしょう)の恰好をしておるのだ? 覚超:その姿では、歩き辛(づら)かろうに : 朱火狐:こんな朝っぱらから、物の怪の恰好で、道を歩けるわけねぇだろ! 朱火狐:誰に見れらるかも、分からんのに : 覚超:そういうものか? 覚超:物の怪も難儀(なんぎ)な、ものよのう : 朱火狐:何言ってやがる、お前の為だろうが! : 覚超:拙僧のか? : 朱火狐:そうだよ 朱火狐:物の怪と一緒に歩いてたら、お前が怪しまれるだろ : 覚超:ははは、そうか、そうか 覚超:それは、すまんな : 朱火狐:ったく、面倒な奴だな : 覚超:朱火狐(あかね)、そろそろ三条に入る頃だぞ : 朱火狐:そうか・・・ 朱火狐:しかし、特に、物の怪の気配はないがな : 覚超:そうよのぉ 覚超:その辺りでないとすると 覚超:物の怪が出るのは、向こうに見える、あの峠あたりか・・・ : 朱火狐:まぁ、どのみち、行ってみるしかないな : 覚超:あぁ・・・ 0: 0:二人でしばらく歩く 0:しばらくして、物の怪が出るという峠にさしかかる 0: 朱火狐:そういえば、覚超 : 覚超:ん? 覚超:なんじゃ : 朱火狐:どうしてお前、坊主の恰好なんかしてるんだ? 朱火狐:お前、侍(さむらい)じゃなかったのかよ? : 覚超:侍(さむらい)か・・・ 覚超:そういう時もあったかのう : 朱火狐:出家(しゅっけ)でもしたのか? : 覚超:いや、出家はしておらんよ 覚超:ただ、髷(まげ)を結(ゆ)うのが、面倒(めんどう)になってな : 朱火狐:なんだ、そんな事で坊主になったのか : 覚超:そんな事というがな、朱火狐(あかね) 覚超:髷(まげ)を綺麗(きれい)に保つのは意外と面倒(めんどう)なのだぞ 覚超:坊主頭(ぼうずあたま)にしておる方が、何かと楽なのでな : 朱火狐:そういうのは、人間の嗜(たしな)みっていうんじゃないのか?  朱火狐:やっぱり「そんな事」じゃねぇか : 覚超:いやいや、それだけではないぞ 覚超:どうせなら、法力が使えるようになれば、とは思ったのだ : 朱火狐:で、法力は使えるように、なったのか? : 覚超:まぁ、そっちの方はな 覚超:形姿(なりかたち)を真似(まね)るだけではダメだったわ : 朱火狐:ケッ 朱火狐:当たり前だろ、そんな事。 朱火狐:服を着替えるだけで、法力が使えるなら 朱火狐:坊主は修行なんざ、しねぇだろ : 覚超:まったくだな、はははは 0: 0:朱火狐が何かに気づく 0: 朱火狐:覚超・・・ : 覚超:あぁ、分かっておる : 朱火狐:身は隠しても、殺気を隠す気はなさそうだな・・・・ : 覚超:これほど、剥(む)き出しの殺気とは 覚超:あまり、頭の良い「物の怪」では無さそうじゃな : 朱火狐:それか、お前のような、戦狂(いくさぐる)いかだな : 覚超:ほう、それは腕が鳴るのう : 朱火狐:呑気(のんき)な事言ってんじゃねぇよ 朱火狐:並(な)みの殺気じゃねぇぞ : 覚超:あぁ、それも分かっておる : 朱火狐:ふぅ・・・ 朱火狐:よっと 0: 0:朱火狐が火狐(かこ)にもどる 0:覚超は時雨烏(しぐれがらす)に手をかける 0: 覚超:火狐(かこ)、さすがに、朱火狐(あかね)の姿では戦えぬか : 朱火狐:当たり前だろ! 朱火狐:俺は戦いを楽しむ趣味はないんでね 朱火狐:さっさと片付(かたづ)けるぞ : 覚超:なんじゃ・・・つまらん奴じゃな : 朱火狐:放(ほ)っとけ : 覚超:さて、向こうが、どう出るか・・・ : 朱火狐:隠れてるなら、引きずり出せばいいだろう 0: 0:誰もいない場所に向かって火狐(かこ)が叫ぶ 0: 朱火狐:おい、隠れてねぇで出て来いよ : 覚超:出て来ぬな・・・ : 朱火狐:引きずり出せばいいって言ったろ 朱火狐:そこか! 朱火狐:火吹(ひぶ)き 朱火狐:はぁーー!  0: 0:火狐(かこ)が火を噴く 0: 妖怪:キキー : 朱火狐:ほら、お出ましだ : 妖怪:キーーー : 覚超:ほう、身体(からだ)は蜘蛛(くも)、 覚超:その蜘蛛の頭にヒヒの胴(どう)がついておるのか 覚超:変わった鵺(ぬえ)じゃな : 朱火狐:あぁ、俺も聞いた事がないな 朱火狐:新しく生まれた物の怪か : 覚超:ふふふ 覚超:知らぬ相手というのは、心躍(こころおど)るな : 朱火狐:おい、覚超 朱火狐:くれぐれも、変な気は起こすなよ : 覚超:見たところ、妖術はなさそうじゃな : 朱火狐:だから、人の話を聞けって! : 覚超:であれば・・・ 0: 0:覚超が刀を抜いて妖怪に近づく 0: 朱火狐:おい、覚超 朱火狐:そんな不用意(ふようい)に近づくな、危ねぇぞ : 覚超:さぁ、来い! : 妖怪:キーーーー 0: 0:妖怪が、振り上げた腕を覚超に向けて振り下ろす 0: 覚超:ぐはっ 0: 0:数メートル後ろの木まで飛ばされる 0: 朱火狐:おい 朱火狐:何、いきなり食らってんだよ、不用意にも程があるだろ : 覚超:あたたたた : 朱火狐:何やってんだよ 朱火狐:あんなもん、お前なら、かわせただろうが : 覚超:いや、何 覚超:初めての相手なのでな 覚超:この物の怪の力が如何(いか)程のものか 覚超:受けてみたかったのよ : 朱火狐:どれだけバカなんだよ、この戦狂いが 朱火狐:初見殺(しょけんごろ)しだったら、どうするつもりだったんだ : 覚超:ははは、 覚超:その時は、その時 覚超:その方が面白かろうて : 朱火狐:本当に狂ってるな : 覚超:なぁに、妖術(ようじゅつ)の類(たぐい)は、無さそうだったのでな 覚超:死にはせんだろ 覚超: 覚超:にしても・・・ : 朱火狐:あぁ、こいつ、強いな : 覚超:あぁ、面白いのう : 朱火狐:ったく、 朱火狐:付き合う、こっちの身にも、なって欲しいもんだぜ : 覚超:さて、相手の力も分かったところで 覚超:そろそろ真面目にやるとするかな : 朱火狐:最初から真面目にやれよ : 覚超:こういう性分なのでな : 朱火狐:ふっ 朱火狐:まぁいいさ 朱火狐:さっさと、こいつを片づけるぞ 朱火狐:妖術(ようじゅつ)がないのなら、幾(いく)ら力が強くても・・・ : 覚超:あぁ、所詮、ヒヒの知恵じゃろうて 覚超:たかが知れとるわ : 朱火狐:そうだな、 朱火狐:さぁ、いくぞ 朱火狐:火吹(ひぶ)き 朱火狐:はぁーー!  : 覚超:正眼中乱破(せいがん ちゅうらんぱ) 覚超:せりゃ : 妖怪:キーーー 0: 0:妖怪が振り返り、去ろうとする 0: 朱火狐:なんだ・・逃げる・・・のか : 覚超:チッ、逃がすか 0: 0:覚超が妖怪を追おうとする 0: 朱火狐:おい覚超、待て、早まるな : 覚超:まて、物の怪 0: 0:妖怪の尻から糸の玉が飛んできて、覚超の顔にあたる 0: 妖怪:キーーー : 覚超:ぐわっ : 妖怪:キキキッ 0: 0:喜ぶ妖怪 0: 朱火狐:チッ 朱火狐:だから、待てって言ったろ 朱火狐:もろ、初見殺(しょけんごろ)しじゃぁねぇか : 覚超:くっ、糸が顔に・・・ 覚超:背を向けて逃げると見せかけ、尻から糸を玉のように飛ばしすとは 覚超:ヒヒにばかり目を取られて、身体が蜘蛛(くも)だという事を忘れておったわ : 朱火狐:大丈夫か、覚超 : 覚超:糸が粘(ねば)ついて取れそうにない 覚超:息は出来るが、目は開けられんな・・・ : 朱火狐:気をつけろ 朱火狐:また、来るぞ : 覚超:くそ、このままでは・・・ 0: 0:妖怪が覚超を襲う 0: 朱火狐:ったく・・・ 朱火狐:朱炎爆(しゅえんばく)! 0: 0:妖怪の前で炎が爆発し、妖怪が飛ばされる 0: 妖怪:キーーー : 朱火狐:おい、おい、なめるなよ、若いの 朱火狐:幾(いく)ら、バカを騙(だま)せたからって 朱火狐:その程度で、いい気になられちゃ困るんだよ 朱火狐: 朱火狐:覚超、まだ出来るな? : 覚超:あぁ、無論(むろん)だ 0: 0:覚超が刀を鞘に納めて、居合の構えをとる 0: 朱火狐:さて、今度は俺が相手だ 朱火狐:来な 0: 0:ヒヒは朱火狐ではなく、覚超を襲おうとする 0: 朱火狐:なにっ・・・ 朱火狐:そっちへ行ったぞ、覚超、左だ! : 覚超:ん・・・はっ 覚超:岩浪発破(いわなみはっぱ) : 妖怪:キーーーー 0: 0:深い傷を負う妖怪 0: 朱火狐:バカだと思ってったが、 朱火狐:手負(てお)いの方を襲(おそ)う程度の、知恵はあるようだな : 覚超:あぁ、じゃが、相手が悪かったな 覚超:目が見えなくなった程度では、拙僧は殺せんよ : 朱火狐:おい、もう終わらせるぞ : 覚超:ちと残念じゃが、いた仕方がない : 朱火狐:ったく、その態(な)りで 朱火狐:よくそんな口が利けるな 朱火狐: 朱火狐:まぁいい、 朱火狐:覚超、お前、目が見えなくても 朱火狐:俺の後(あと)からなら行けるな : 覚超:あぁ、問題ない : 朱火狐:よし・・・ 朱火狐:行くぞ 朱火狐: 朱火狐:はーーーーー 朱火狐:食らえ 朱火狐:蒼雷火炎車駕(そうらい かえん しゃが) : 覚超:ふん! 覚超:これで終(しま)いじゃ物の怪 覚超:夢想霞時雨(むそう かすみしぐれ) 覚超:そりゃーー : 妖怪:キーーーー 0: 0:妖怪が絶命する 0: 朱火狐:ふー、これで仕留めたな : 覚超:あぁ、そのようじゃな : 朱火狐:やれやれ、 朱火狐:だいたい、お前がバカな事をしなかったら、 朱火狐:もっと早く終われたんだ : 覚超:まぁ、そう言うでない 覚超:面白かったではないか : 朱火狐:面白かねぇよ、これだから戦狂(いくさぐる)いは・・・ : 覚超:そうか・・ん・・・ 覚超:拙僧(せっそう)は・・ん・・・ 覚超:結構(けっこう)・・・ : 朱火狐:なにやってんだよ、お前 : 覚超:糸が粘(ねば)ついてな・・・取れんのじゃ 覚超:物の怪が死んでも、この糸はなくならないのだな・・・ : 朱火狐:まぁ、その糸は妖術じゃねぇかならなぁ 朱火狐:俺が焼いてやろうか、その糸 : 覚超:そんな事したら、顔も焼けてしまうであろうが 覚超:澤(さわ)で目を濯(そそ)げば、取れるじゃろうて 覚超:火狐(かこ)、すまぬが、拙僧(せっそう)を澤まで連れて行ってくれぬか・・・ : 朱火狐:ったく、世話が焼ける奴だな・・・ 0: 0:沢まで下りて、水で目を洗う覚超 0: 覚超:ふー 覚超:おお、取れた、取れた : 朱火狐:で、これからお前は、どうすんだよ : 覚超:お千代の村にいって、物の怪を退治した事を知らせてやらぬとな : 朱火狐:あぁ、そうかい 朱火狐:じゃぁ、俺はこれで帰るとするか : 覚超:まぁ、待て、火狐(かこ) : 朱火狐:なんだよ : 覚超:村まで、お主も一緒に付いてまいれ : 朱火狐:どうして、俺が一緒に行かなきゃいけないんだよ : 覚超:物の怪退治の謝礼として、酒が飲めるやもしれんぞ : 朱火狐:酒か・・・久しぶりだな : 覚超:ははは、今宵(こよい)は宴(うたげ)になるとよいな 覚超:物の怪退治の後の酒は、美味いからな 覚超:今から楽しみじゃて 0: 0: 0:場転 (破戒僧覚超の物の怪退治3) 0: 0: 0:物の怪退治の後、村に報告に行くと、覚超の期待通り宴となった 0: 0: 朱火狐:よくも、あんなに騒(さわ)げるもんだな 朱火狐:覚超、俺はちょっと夜風にあたってくるぞ 0: 0:建物から出て、少し離れた縁側に座る朱火狐 0: 朱火狐:ふー・・・ 朱火狐:酒は好きだが、 朱火狐:あぁいう雰囲気は好きになれねぇな・・・ : : お千代:朱火狐(あかね)様・・・ : 朱火狐:なんじゃ、お千代か、どうした? : お千代:お酌をしに、まいりました : 朱火狐:こんな所にまでか? 朱火狐:俺は、夜風にあたっているだけだぞ : お千代:ええ、夜風にあたりながらのお酒も、風流かもしれません : 朱火狐:・・・まぁいい 朱火狐:酒はそこに置いて、お前はもう行け : お千代:いいえ、お酌を・・・ : 朱火狐:俺は女が苦手だと、知っておるだろう : お千代:はい、ですから、朱火狐様のお手には触れませんので・・・ : 朱火狐:・・・・ : お千代:まだ、キチンとしたお礼も、言っておりません、でしたので お千代:是非(ぜひ)、お酌を・・・ : 朱火狐:礼なら覚超(かくちょう)に言えよ : お千代:いいえ、覚超(かくちょう)様だけでなく、朱火狐(あかね)様にもお礼を・・・ お千代:ですから・・・ : 朱火狐:・・・・ : お千代:お願い致します : 朱火狐:う・・あぁ・・うん・・それじゃぁ・・・ : お千代:ありがとうございます。 お千代:では、こちらの湯飲(ゆの)みを、お使いください : 朱火狐:あぁ・・・ : お千代:さぁ、どうぞ : 朱火狐:うむ 0: 0:酒を飲む朱火狐 0: お千代:この度は、本当に有難うございました。 : 朱火狐:あぁ・・・覚超に騙(だま)されたからな : お千代:しかし、私が離れた後であれば お千代:そんな話は無かった事にすれば、よかったではありませんか。 お千代:それなのに、覚超様と一緒に、物の怪を退治して下さいました : 朱火狐:事情が何であれ 朱火狐:そういう話になってしまったのでな 朱火狐:まぁ、仕方がないさ 0: 0:少し酒をのむ 0: お千代:ですが、 お千代:あれは覚超様が、朱火狐(あかね)様を騙(だま)したからではないですか お千代:それなのに・・・ : 朱火狐:「事情が何であれ」と言っただろ 朱火狐:人であれば、それでいいのかもしれんがな : お千代:でしたら、朱火狐(あかね)様も、同じようになされば・・・ : 朱火狐:人は人、物の怪は物の怪だ 朱火狐:俺は俺の生き方で生きる : お千代:そうですか・・・・ : 朱火狐:そんなもんさ 朱火狐: 朱火狐:ん・・・ 0: 0:湯飲みの酒を飲み干す朱火狐 0: お千代:お酒・・もう少し、いかがですか? : 朱火狐:あぁ・・・ : お千代:どうぞ : 朱火狐:うむ 0: 0:酌をするお千代 0: お千代:そういえば、朱火狐(あかね)様 お千代:一つお聞きしても、よろしいですか? : 朱火狐:なんだ? : お千代:朱火狐(あかね)様はどうして、女性(にょしょう)がお嫌(きら)いなのですか? お千代:嫌(きら)いというか・・・ お千代:腰が抜けるほどの・・・ : 朱火狐:そんな事を知ってどうする : お千代:覚超様のお話によりますと、朱火狐(あかね)様は、相当(そうとう)お強いとか・・ お千代:それほどお強い朱火狐(あかね)様が、どうしてなのかと思いまして : 朱火狐:昔・・・・ちょっとあってな : お千代:ちょっと・・・ですか : 朱火狐:あまり、いい話じゃない : お千代:そうですか・・・ : 朱火狐:あぁ・・・・ 0: 0:少しの間、黙る朱火狐 0: 0: 朱火狐:昔な、女に騙されたのだ : お千代:騙されたのですか? 朱火狐が? : 朱火狐:あぁ、 朱火狐:騙されただけであれば、まぁそれでよかったんだがな 朱火狐:その女が、俗にいう魔性の女でな・・・ : お千代:魔性の・・・ : 朱火狐:俺は生来(せいらい)、人の嘘というものが、大概(たいがい)分かる 朱火狐:いや、分かると思っていた 朱火狐:だが、その女は、嘘なのか、本当なのか、はたまた冗談なのか・・・ 朱火狐:そういう事が全く分からん女だった 朱火狐:全部嘘だと思っていても、「本当かもしれない」・・・そう思わされてしまう : お千代:まぁ、そんな・・・ : 朱火狐:可愛い顔をして、やることは、大層(たいそう)えげつなく、残酷だ 朱火狐:そして、どんな残酷な事をしても、そいつは可愛く笑う 朱火狐:その笑顔からは、嘘のかけらすら見えん 朱火狐:人間の女とは、これほど醜(みにく)くて、怖いものなのかと思ったよ 朱火狐:それこそ、物の怪より、よほど恐(おそ)ろしいわ : お千代:そうでしたか・・・ : 朱火狐:それからだ、女に触(さわ)られると、背中に虫唾(むしず)が走って、 朱火狐:足腰がいう事を利かなくなるようになったのは・・・ : お千代:物の怪よりもだなんて・・ : 朱火狐:物の怪ってのはな 朱火狐:生まれついての物の怪と、人間や動物が、途中で物の怪に化(ば)けるものがある 朱火狐:物の怪になるような、人間や動物ってのは、 朱火狐:大概、純真な心を持っていたり、一途な奴らだったりするのさ 朱火狐:その純真な思いが、惨(むご)く打ち砕かれた時に、魔(ま)に取りつかれて、物の怪になる 朱火狐: 朱火狐:まぁ、それでも、物の怪になっちまったもんに同情はしないがな : お千代:そうなんですか・・・ : 朱火狐:だから、俺にとっちゃぁ、物の怪よりも、人間の女の方がよほど怖いな : お千代:そんな事が・・・ 0: 0:涙ぐむお千代 0: 朱火狐:お千代、泣いておるのか : お千代:はい・・・ : 朱火狐:なぜ、泣く : お千代:朱火狐(あかね)様に申し訳がなくて : 朱火狐:なぜお前が謝るのだ : お千代:人間の女性(にょしょう)には、確かに魔性(ましょう)がありましょう お千代:それに苦しめられていながら、私を助けて下さるなんて : 朱火狐:それは何度も言っておるだろ、覚超が・・ : お千代:いいえ : 朱火狐:・・・・・ : お千代:朱火狐(あかね)様 0: 0:朱火狐にさわるお千代 0: 朱火狐:な、何をする 朱火狐:俺に、さ、触るな : お千代:朱火狐(あかね)様、腰は抜けますか? : 朱火狐:い・・いや・・・今は、大丈夫なようだ : お千代:やはり・・・そうですか : 朱火狐:ど、どういう事だ? : お千代:私はまだ、男の方を知りません お千代:ですから、朱火狐(あかね)様の嫌う、魔性もないのでございましょう : 朱火狐:でも、昨晩は、お前に抱きつかれて、俺の腰は抜けたぞ : お千代:それは、おそらく お千代:小姓(こしょう)の恰好をした私が、突然、女性(にょしょう)だと分かって お千代:驚いたからではないでしょうか : 朱火狐:そうなのか・・・ : お千代:はい、おそらく お千代:ですが、今は初めから私だと分かっているので、大丈夫なのだと思います。 : 朱火狐:そ・・・そうか・・・お、お前のいう事は、とりあえず分かった・・・ 朱火狐:で、でも、あまり触(さわ)るなよ : お千代:いいえ、理由が分かれば、もう少し触(ふ)れても・・・ 0: 0:もっと触るおちよ 0: 朱火狐:だから・・・・ 朱火狐:あまり触(さわ)るなと・・ : お千代:でも、大丈夫で御座(ござ)いましょう? : 朱火狐:あ・・・あぁ・・・まぁ・・そうだが・・・ : お千代:やはり、私のような女であれば、朱火狐(あかね)様も、苦手にする事もないのですね お千代:よかった・・・ : 朱火狐:お千代、それを覚超には言うなよ 朱火狐:くれぐれもだ : お千代:何故(なぜ)ですか? : 朱火狐:何故(なぜ)って・・・ 朱火狐:生娘(きむすめ)しか、受け付けられぬ物の怪など 朱火狐:あいつにとっては、格好(かっこう)の「からかい道具」にしかならん : お千代:そうなんですか・・・ : 朱火狐:あいつは、そういう奴だ : お千代:わかりました。 お千代:では、覚超様には秘密にしておきます。 お千代: お千代:ですから・・・もう少し・・ 0: 0:朱火狐によりそうように触れるお千代 0: 0: 朱火狐:こら・・お千代・・ふざけるなって 朱火狐:そんなに・・・ 朱火狐:おい、もう少し、はなれ・・ : お千代:いいえ、もうしばらく お千代:こうさせていて下さいませ : 朱火狐:ちょっ・・・お千代 : お千代:先日の夜、覚超様に言われ、朱火狐(あかね)様にしがみ付いた時も、そうでした。 お千代:朱火狐様からは、兄のような温(ぬく)もりを感じるのです お千代:なんとも懐(なつ)かしいような温もりを・・・ お千代:ですから、もうしばらく・・ : 朱火狐:・・・・ : お千代:朱火狐様・・・ : 朱火狐:どうした? : お千代:朱火狐様は、女性(にょしょう)の姿をして、おいでですが お千代:男性(だんせい)なのですか? : 朱火狐:いや、俺は生まれついての物の怪なのでな 朱火狐:男も女もない 朱火狐:だから番(つがい)も持たぬ 朱火狐:ただ生きて、ただ死んでいくだけだ : お千代:そうですか・・・ 0: 0:もっと身体を預けるお千代 0: 朱火狐:お千代・・・そう、くっついて来るな・・・ 朱火狐:腕を外(はず)せ・・・ : お千代:ダメです : 朱火狐:ダメって・・・お前・・ : お千代:私はいずれ、人の決めた、何方(どなた)かの元に嫁ぐ事になるでしょう お千代:そうなれば、否が応でも、私は男の方を知る事になります。 お千代:男の方を知ってしまえば、もう、朱火狐様に触(さわ)れられなく、なってしまいます : 朱火狐:・・・・ : お千代:ですから、今だけは、こうしていさせて下さい。 : 朱火狐:うーん、 : お千代:いけませんか? : 朱火狐:覚超には、見られたくない姿だな・・・ : お千代:うふ・・・朱火狐様ったら・・・ : 朱火狐:・・・・ 0: 0:しばらく寄り添う二人 0: お千代:朱火狐(あかね)様 : 朱火狐:ん? : お千代:朱火狐様は、明日、覚超様と、また何処(どこ)かへ行かれるのでしょ? : 朱火狐:いや、覚超とは行かねぇよ 朱火狐:あいつとは、腐れ縁ではあるがな 朱火狐:別に相方(あいかた)という訳でもない 朱火狐: 朱火狐:俺はただ、ここには酒を飲みに寄(よ)っただけだ : お千代:そうなんでか : 朱火狐:時雨烏(しぐれがらす)も、もう俺の元には無いしな 朱火狐:覚超とは、また会う事があるかどうかすらも分からん 朱火狐: 朱火狐:だから、あいつがどうするのかに関わらず 朱火狐:俺は今夜中に、ここを出るつもりだ : お千代:そうですから・・・ お千代:朱火狐様、それでしたら! : 朱火狐:ん? : お千代:私も一緒に連れて行って頂けませんか? : 朱火狐:どうしてだ? : お千代:先程も、申し上げましたように お千代:私は、この村にいまても、人の決めた、好きでもない方と、添い遂げなければなりません。 お千代:もう、兄も父も、この村にはいませんし お千代:いっそ、このまま朱火狐様に付いて行くのも・・・ : 朱火狐:ダメだな : お千代:どうしてですか? お千代:私が足手(あしで)まとい、だからですか? : 朱火狐:「足手まとい」というより 朱火狐:俺といても、お前はすぐに死ぬ 朱火狐:いつも守ってやれるとは、限らぬからな : お千代:それでも構いません お千代:兄と父の仇を打てたのですから、もう思い残す事も : 朱火狐:ダメだ : お千代:朱火狐(あかね)様・・・ : 朱火狐:もう・・・・ 朱火狐:連れに 朱火狐:死なれるのは、かなわんのだ・・・ : お千代:それは、昔、どなたかと : 朱火狐:三百年も生きているとな 朱火狐:いろいろあるのだ : お千代:・・・・・ : 朱火狐:まぁ、その話は、もういいだろう 朱火狐: 朱火狐:さて、俺はもう行くことにするよ : お千代:そんな・・・もう少し御傍(おそば)に、いさせてください。 : 朱火狐:これ以上いても、つまらぬ昔話を、させられそうだからな : お千代:申し訳ございません お千代:もう、お聞き致しません お千代:ですから、もうしばらく、ここに居てください お千代:お願いいたします : 朱火狐:いや、やめておく 朱火狐:お互い、情が移ると、後々面倒だしな : お千代:朱火狐様・・ : 朱火狐:お千代、お前とは、もう会う事もないだろう : お千代:そんな・・朱火狐(あかね)様 : 朱火狐:お千代、 朱火狐:俺は生まれついての物の怪だからな 朱火狐:人間の幸せってのが、どういうもんか、よく分からんが 朱火狐:まぁ、達者で暮らしてくれ 朱火狐: 朱火狐:じゃぁな : お千代:朱火狐様!・・・ 0: 0:朱火狐が何処か闇の中へ消えていく 0: 0: 0:少しして 0:宴場所から、覚超が出て来る 0: 覚超:うー 覚超:久しぶりの酒は美味いのう 0: 0:お千代が佇んでいるのを見つける覚超 0: 覚超:おお、お千代ではないか、そんな所におったのか : お千代:・・・・ : 覚超:ところで、先ほどから朱火狐(あかね)の姿が見えぬが、お千代は知らぬか? : お千代:朱火狐様でしたら、もう行かれてしまいました。 : 覚超:そうか、まったく、せっかちや奴よのう・・・ 覚超:さて、拙僧(せっそう)は、もう少し飲んでおこうかのう 覚超:さぁ、お千代もまいれ 0: 0:朱火狐の消えた方向をずっと見つめるお千代 0: 覚超:ん? 覚超:どうした、その方向に何かおるのか? : お千代:いえ、朱火狐様が消えていった方向を見つめているだけでございます。 0: 0:何かを察する覚超 0: 覚超:ほう、朱火狐と何かあったのか? : お千代:いえ、何も・・・ お千代:ただ、朱火狐様は、もう私とは会うこともないと仰っておりましたので、 お千代:名残を惜しんでおりました。 : 覚超:そうであったか : お千代:はい・・・私は・・・ : 覚超:だがな、お千代 覚超:「会うことはない」とは、朱火狐が言うておるだけであろう : お千代:え? お千代:あ、はい・・・そうれは、そうでございますが・・・ : 覚超:奴は拙僧とも「もう会わぬ」と何度も言うておったがな、こうしてまた会う事もある。 覚超:会いたくなくとも、縁があれば、そうもいかんのでなぁ 覚超: 覚超:まぁ、もう会わぬかどうかは、お千代次第ではないのか : お千代:あっ・・・ 0: 0:覚超の言葉に、何かを見出したお千代、それを見てニヤつく覚超 0: 覚超:ふふふ、どうやら何をすべきか分かったようじゃの 覚超:さて、こんな所に長居(ながい)をすると、酔いも醒(さ)めてしまうわい 覚超:拙僧は、もう少し酒を飲むとするかな 覚超: 覚超:さぁ、お千代も参(まい)れ、酌をする相手が居らぬとつまらぬのでな : お千代:はい! 今参ります。 0: 0:覚超とお千代が、宴の中へ消えていく 0: 0: 0:完 0: