台本概要
730 views
タイトル | 数センチ、向こう側。 |
---|---|
作者名 | akodon (@akodon1) |
ジャンル | ラブストーリー |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
その距離は遠くて、近い。 数センチ向こう側で声を交わすお話です。 730 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
俺 | 男 | 87 | 「壁」のある世界で暮らす青年。 |
私 | 女 | 88 | 「壁」のある世界で暮らす少女。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
俺:キミとの距離はたった数センチ、されど数センチ。
私:壊すことのできない、その『壁』の向こう側。
俺:その数センチに阻(はば)まれながら、
私:私たちは今日も声を交わす。
:
私:「・・・ねぇ、知ってる?
私:この国は昔、ひとつの大きな国だったって」
俺:「ふぅん」
私:「あれ?全然興味ない感じ?」
俺:「そりゃあ興味も薄れるよ。
俺:授業で何百回もそんな話聞かされれば」
私:「へぇ、意外。学校、ちゃんと行ってるんだ」
俺:「・・・それ、どういう意味?」
私:「だってキミ、いつ私がここに来ても居るんだもん。
私:学校、行ってないんじゃないかって思ってた」
俺:「残念ながら、こちらではリモート授業が主流なんですぅ」
私:「うわぁ、その言い方。ムカつく」
俺:「そういうキミこそ、ちゃんと勉強してるの?」
私:「してるよ。言っておくけど私、結構成績いいんですからね」
俺:「へー」
私:「・・・信じてないでしょ」
俺:「あ、バレた?」
私:「バレバレ。声のトーンですぐわかる」
俺:「そんなにわかりやすい?」
私:「わかりやすい。
私:何なら、今どんな顔してるかも分かっちゃう」
俺:「お互い、顔も知らないのに?」
私:「知らないけど分かるの。
私:分かるったら分かるの」
俺:「成績が良いと言うわりにはその返し方、ちょっとアホっぽい」
私:「・・・今、絶対ニヤニヤしてるでしょ」
俺:「すごい。よく分かったね」
私:「そこは嘘でも『してない』って言いなさいよ!もー!」
俺:「(笑う)」
:
私:数センチ、向こう側。
俺:互いの顔も知らず、名前も伝えず、
私:実際の年齢だってよく分からないままなのに、
俺:数センチの距離を挟んで聞こえるキミの声は、何故だかとても心地よくて。
私:だからこそ、この数センチの距離が
俺:時折(ときおり)、ひどくもどかしい。
:
私:「今、何してるの?」
俺:「昼ご飯を食べている」
私:「へぇ、美味しい?」
俺:「別に・・・普通かな」
私:「うわっ、味気ない感想」
俺:「いやいや、自分の作ったものに対して、美味しい!絶品だ!って自画自賛するのはおかしいでしょ?」
私:「うそ!料理なんてするんだ!」
俺:「まぁ、ある程度はね」
私:「へぇー・・・料理男子かぁ。
私:また意外な一面を知ってしまった」
俺:「・・・キミ、わりと失礼な人だよね」
私:「ねぇねぇ、何が得意なの?」
俺:「何って・・・大したものは作らないよ。
俺:しいて言うなら簡単な・・・カレーとか?」
私:「カレー!美味しそう!」
俺:「美味しいも何も、材料切って煮込んで、ルーを入れるだけじゃないか。
俺:誰が作っても同じだろ」
私:「それは料理ができる人だから言えるんですよ」
俺:「そういうキミは料理苦手そう」
私:「うっ・・・何故わかった・・・」
俺:「なんとなく大雑把そうだから」
私:「そ、そんなことないよ・・・」
俺:「いやいや、忘れてないよ。
俺:初めてキミと会った日、壁の向こうから聞こえた大声。
俺:挨拶するでもなく、合図をするわけでもなく、ただ『誰かそこに居ますかー!』って叫んだキミの声。
俺:誰も居なかったら、壁に向かって叫んだだけの人になってたよ」
私:「あの時は、叫べば誰かが返事してくれるんじゃないかって思って・・・」
俺:「そういう所が大雑把」
私:「うう・・・」
俺:「ほら、返す言葉も無いじゃないか」
私:「・・・いいじゃん」
俺:「え?」
私:「いいじゃん、大雑把でも。
私:そのおかげで、キミとこうして会えたんだから、いいじゃん」
俺:「・・・」
私:「ねぇ、今度カレー作ってきてよ」
俺:「・・・作ってきたって、どうせ食べられないよ」
私:「そうだけどさ。気分だけでも味わいたい。
私:この壁の向こう側で、キミと同じ時間を共有しているんだって、感じたい」
:
俺:数センチ、向こう側。
私:その声は僅(わず)かに掠(かす)れて、震えて、
俺:それでもやけにハッキリ耳に残って。
私:冷たい壁に身体を預け、
俺:かすかに熱を帯びた頬を押し当てる。
私:いつもより少しだけ早いリズムで刻まれる鼓動は、数センチ向こう側でも、簡単に届いてしまうんじゃないかと思うくらい、身体の中で響いていて。
俺:けど、今だけは届いてほしいような気もして。
私:その想いは少しずつ、少しずつ、
俺:言葉となって溢れ出す。
:
私:「・・・会いたいなぁ」
俺:「え?」
私:「キミと会ってみたいなぁ。
私:こんな壁越しじゃなくてさ。
私:家族みたいに、友達みたいに、普通に会話をしてみたい」
俺:「・・・してるじゃん。会話」
私:「してるけど、そうじゃないの。
私:もっと近くで、もっと傍(そば)で、キミが確かにそこに居るんだ、ってわかる距離で会話がしたい」
俺:「・・・俺は、ここにいるよ」
私:「そんなの、本当かどうかわからない。
私:私はやっぱり、直接キミに会いたい」
俺:「ワガママだなぁ」
私:「そうかな。ワガママかな?」
俺:「ワガママだよ。
俺:・・・けど、それをハッキリ言葉にできるキミのこと、正直少し尊敬する」
私:「敬(うやま)ってくれるの?」
俺:「あっ、今ちょっと調子に乗った」
私:「へへっ、バレたか・・・」
俺:「バレバレ。あーあ、せっかくいい感じだったのに」
私:「少しだけじゃん。オマケしてよ」
俺:「仕方ない。じゃあ、ほんの少しだけオマケしてあげる」
私:「・・・じゃあ、オマケついでにもう少しだけワガママ、言ってもいい?」
俺:「何?」
私:「キミと、手を繋ぎたい。
私:顔を見て、目を見て、話をしてみたい」
俺:「・・・名前も知らない相手に、そんなこと言っていいの?」
私:「いいの。だってそう思っちゃったんだもん」
俺:「・・・実際会ってみたら、全然キミの好みじゃないかもしれないよ」
私:「なんでこの後に及んで、そういうこと言うかなぁ、もう」
俺:「・・・俺だって」
私:「ん?」
俺:「・・・俺だって、会いたいよ。
俺:こんな壁ぶち壊して、今すぐキミに会いに行きたい」
私:「・・・その振り幅、反則でしょ」
俺:「顔、赤くなった?」
私:「なってる。多分、耳まで真っ赤」
俺:「見たいなぁ」
私:「見たいんだったら壊してよ。こんな壁」
俺:「壊したいよ。
俺:・・・けど、できないって知ってるだろ?」
私:「・・・」
俺:「そうだよ。だって・・・だって、この壁を壊したら」
0:(少し間)
俺:「ーーー俺たちの世界は終わってしまうから」
:
私:・・・ほんの少し、私たちが生まれる少し前の話。
俺:この世界で、原因不明の感染症が広がった。
私:人と人とが直接接触することによって、次々に広がっていくその病。
俺:それは多くの人々を次々と死に至らしめた。
私:けれど、そんな中、人々はとある事実に気付いた。
俺:生まれつき抗体を持つ人、持たない人。
私:人類はその二つに分けられるということに。
俺:だから、世界はそれを基準に二分(にぶん)された。
私:国の偉い人が作らせた、壊そうと思えば、容易(ようい)に壊せる頼りない壁のあちら側と、こちら側。
俺:すぐそこに互いの存在があると知りながら、
私:私たちはそれを忘れて生きるように強(し)いられた。
俺:たった数センチの向こう側、
私:相手のことを想えば想うほど、悲しくなると知っていたのに。
俺:俺と
私:私は
俺:生まれ落ちた瞬間から、関わることすら許されていないのだと、
私:知っていたのに。
:
私:「・・・あーあ。それなら、もっと立派な壁を作ってほしかったよね。
私:こんな、互いの声が聞こえるほど薄い壁じゃ、全然諦めつかないや」
俺:「けど、おかげで俺たちは病(やまい)に怯えることなく、毎日穏やかに暮らしてる」
私:「・・・わかってる。わかってるよ。
私:だから壊したくても、壊せないんだよ。
私:そんなの、言われなくたって、理解してる」
俺:「もしかして、泣いてる?」
私:「・・・教えない」
俺:「・・・」
私:「ねぇ、あの日」
俺:「ん?」
私:「私が壁に向かって呼びかけた日。
私:どうしてキミはここに居たの?」
俺:「・・・なんとなくだよ」
私:「半分ウソ」
俺:「声だけでどうしてそこまで分かっちゃうかなぁ」
私:「わかるよ。
私:だって私、キミが思ってる以上にキミの声が好きだから」
俺:「・・・壁の向こうにも居るんじゃないかと思ったんだ」
私:「誰が?」
俺:「会えない誰かを想う人。
俺:もしかしたら、この向こうに居るかもしれない、大事な誰かを求める人」
私:「キミ、意外とロマンチストだったんだ」
俺:「・・・今、少し笑っただろ」
私:「すごいね。なんで分かったの」
俺:「わかるよ。
俺:だって俺も、キミが思っている以上に、キミの声が好きだから」
私:「そっか。それなら二人とも考えてることは同じだ」
俺:数センチ、向こう側。
私:少し照れくさそうに、
俺:だけどとても嬉しそうにキミが笑う。
私:「・・・ねぇ、いつかこの壁、壊そうよ」
俺:「え?」
私:「私、これからもっと勉強するから。
私:こんな壁、必要なくなるくらい一生懸命頑張るから。
私:そうしたら、この壁壊してしまおう」
俺:「・・・キミ一人だけじゃ不安だなぁ」
私:「じゃあ、キミも手伝ってよ。
私:二人でこの壁、一緒に壊そう」
俺:「いいよ。その時は二人でお祝いだ」
私:「メインディッシュはカレーがいい」
俺:「こだわるなぁ」
私:「今、少し呆れた顔をした」
俺:「・・・なんで分かっちゃうんだよ」
私:「だから、何度も言ってるじゃない。
私:私はキミが思っている以上に(キミの声が好きだから)」
俺:(前のセリフに被せるように)
俺:「キミの声が好きだから」
0:(二人、笑い合う)
私:「・・・一日でも早く、会いに行くからね」
俺:「ああ、一分一秒でも早く会いに行く」
私:「お互いの顔も知らないけど」
俺:「キミの声を頼りにして」
私:「私は」
俺:「俺は」
:
私:数センチ、向こう側。
俺:いつか、この壁を壊して、キミに会いに行こう。
私:大好きなキミの声を、誰よりも近くで聞きながら、
俺:その笑顔を目に焼き付けよう。
私:大丈夫。二人を阻む距離は、たったの数センチ。
俺:いつかきっと、
私:こえて行けると信じてる。
0:〜Fin〜
俺:キミとの距離はたった数センチ、されど数センチ。
私:壊すことのできない、その『壁』の向こう側。
俺:その数センチに阻(はば)まれながら、
私:私たちは今日も声を交わす。
:
私:「・・・ねぇ、知ってる?
私:この国は昔、ひとつの大きな国だったって」
俺:「ふぅん」
私:「あれ?全然興味ない感じ?」
俺:「そりゃあ興味も薄れるよ。
俺:授業で何百回もそんな話聞かされれば」
私:「へぇ、意外。学校、ちゃんと行ってるんだ」
俺:「・・・それ、どういう意味?」
私:「だってキミ、いつ私がここに来ても居るんだもん。
私:学校、行ってないんじゃないかって思ってた」
俺:「残念ながら、こちらではリモート授業が主流なんですぅ」
私:「うわぁ、その言い方。ムカつく」
俺:「そういうキミこそ、ちゃんと勉強してるの?」
私:「してるよ。言っておくけど私、結構成績いいんですからね」
俺:「へー」
私:「・・・信じてないでしょ」
俺:「あ、バレた?」
私:「バレバレ。声のトーンですぐわかる」
俺:「そんなにわかりやすい?」
私:「わかりやすい。
私:何なら、今どんな顔してるかも分かっちゃう」
俺:「お互い、顔も知らないのに?」
私:「知らないけど分かるの。
私:分かるったら分かるの」
俺:「成績が良いと言うわりにはその返し方、ちょっとアホっぽい」
私:「・・・今、絶対ニヤニヤしてるでしょ」
俺:「すごい。よく分かったね」
私:「そこは嘘でも『してない』って言いなさいよ!もー!」
俺:「(笑う)」
:
私:数センチ、向こう側。
俺:互いの顔も知らず、名前も伝えず、
私:実際の年齢だってよく分からないままなのに、
俺:数センチの距離を挟んで聞こえるキミの声は、何故だかとても心地よくて。
私:だからこそ、この数センチの距離が
俺:時折(ときおり)、ひどくもどかしい。
:
私:「今、何してるの?」
俺:「昼ご飯を食べている」
私:「へぇ、美味しい?」
俺:「別に・・・普通かな」
私:「うわっ、味気ない感想」
俺:「いやいや、自分の作ったものに対して、美味しい!絶品だ!って自画自賛するのはおかしいでしょ?」
私:「うそ!料理なんてするんだ!」
俺:「まぁ、ある程度はね」
私:「へぇー・・・料理男子かぁ。
私:また意外な一面を知ってしまった」
俺:「・・・キミ、わりと失礼な人だよね」
私:「ねぇねぇ、何が得意なの?」
俺:「何って・・・大したものは作らないよ。
俺:しいて言うなら簡単な・・・カレーとか?」
私:「カレー!美味しそう!」
俺:「美味しいも何も、材料切って煮込んで、ルーを入れるだけじゃないか。
俺:誰が作っても同じだろ」
私:「それは料理ができる人だから言えるんですよ」
俺:「そういうキミは料理苦手そう」
私:「うっ・・・何故わかった・・・」
俺:「なんとなく大雑把そうだから」
私:「そ、そんなことないよ・・・」
俺:「いやいや、忘れてないよ。
俺:初めてキミと会った日、壁の向こうから聞こえた大声。
俺:挨拶するでもなく、合図をするわけでもなく、ただ『誰かそこに居ますかー!』って叫んだキミの声。
俺:誰も居なかったら、壁に向かって叫んだだけの人になってたよ」
私:「あの時は、叫べば誰かが返事してくれるんじゃないかって思って・・・」
俺:「そういう所が大雑把」
私:「うう・・・」
俺:「ほら、返す言葉も無いじゃないか」
私:「・・・いいじゃん」
俺:「え?」
私:「いいじゃん、大雑把でも。
私:そのおかげで、キミとこうして会えたんだから、いいじゃん」
俺:「・・・」
私:「ねぇ、今度カレー作ってきてよ」
俺:「・・・作ってきたって、どうせ食べられないよ」
私:「そうだけどさ。気分だけでも味わいたい。
私:この壁の向こう側で、キミと同じ時間を共有しているんだって、感じたい」
:
俺:数センチ、向こう側。
私:その声は僅(わず)かに掠(かす)れて、震えて、
俺:それでもやけにハッキリ耳に残って。
私:冷たい壁に身体を預け、
俺:かすかに熱を帯びた頬を押し当てる。
私:いつもより少しだけ早いリズムで刻まれる鼓動は、数センチ向こう側でも、簡単に届いてしまうんじゃないかと思うくらい、身体の中で響いていて。
俺:けど、今だけは届いてほしいような気もして。
私:その想いは少しずつ、少しずつ、
俺:言葉となって溢れ出す。
:
私:「・・・会いたいなぁ」
俺:「え?」
私:「キミと会ってみたいなぁ。
私:こんな壁越しじゃなくてさ。
私:家族みたいに、友達みたいに、普通に会話をしてみたい」
俺:「・・・してるじゃん。会話」
私:「してるけど、そうじゃないの。
私:もっと近くで、もっと傍(そば)で、キミが確かにそこに居るんだ、ってわかる距離で会話がしたい」
俺:「・・・俺は、ここにいるよ」
私:「そんなの、本当かどうかわからない。
私:私はやっぱり、直接キミに会いたい」
俺:「ワガママだなぁ」
私:「そうかな。ワガママかな?」
俺:「ワガママだよ。
俺:・・・けど、それをハッキリ言葉にできるキミのこと、正直少し尊敬する」
私:「敬(うやま)ってくれるの?」
俺:「あっ、今ちょっと調子に乗った」
私:「へへっ、バレたか・・・」
俺:「バレバレ。あーあ、せっかくいい感じだったのに」
私:「少しだけじゃん。オマケしてよ」
俺:「仕方ない。じゃあ、ほんの少しだけオマケしてあげる」
私:「・・・じゃあ、オマケついでにもう少しだけワガママ、言ってもいい?」
俺:「何?」
私:「キミと、手を繋ぎたい。
私:顔を見て、目を見て、話をしてみたい」
俺:「・・・名前も知らない相手に、そんなこと言っていいの?」
私:「いいの。だってそう思っちゃったんだもん」
俺:「・・・実際会ってみたら、全然キミの好みじゃないかもしれないよ」
私:「なんでこの後に及んで、そういうこと言うかなぁ、もう」
俺:「・・・俺だって」
私:「ん?」
俺:「・・・俺だって、会いたいよ。
俺:こんな壁ぶち壊して、今すぐキミに会いに行きたい」
私:「・・・その振り幅、反則でしょ」
俺:「顔、赤くなった?」
私:「なってる。多分、耳まで真っ赤」
俺:「見たいなぁ」
私:「見たいんだったら壊してよ。こんな壁」
俺:「壊したいよ。
俺:・・・けど、できないって知ってるだろ?」
私:「・・・」
俺:「そうだよ。だって・・・だって、この壁を壊したら」
0:(少し間)
俺:「ーーー俺たちの世界は終わってしまうから」
:
私:・・・ほんの少し、私たちが生まれる少し前の話。
俺:この世界で、原因不明の感染症が広がった。
私:人と人とが直接接触することによって、次々に広がっていくその病。
俺:それは多くの人々を次々と死に至らしめた。
私:けれど、そんな中、人々はとある事実に気付いた。
俺:生まれつき抗体を持つ人、持たない人。
私:人類はその二つに分けられるということに。
俺:だから、世界はそれを基準に二分(にぶん)された。
私:国の偉い人が作らせた、壊そうと思えば、容易(ようい)に壊せる頼りない壁のあちら側と、こちら側。
俺:すぐそこに互いの存在があると知りながら、
私:私たちはそれを忘れて生きるように強(し)いられた。
俺:たった数センチの向こう側、
私:相手のことを想えば想うほど、悲しくなると知っていたのに。
俺:俺と
私:私は
俺:生まれ落ちた瞬間から、関わることすら許されていないのだと、
私:知っていたのに。
:
私:「・・・あーあ。それなら、もっと立派な壁を作ってほしかったよね。
私:こんな、互いの声が聞こえるほど薄い壁じゃ、全然諦めつかないや」
俺:「けど、おかげで俺たちは病(やまい)に怯えることなく、毎日穏やかに暮らしてる」
私:「・・・わかってる。わかってるよ。
私:だから壊したくても、壊せないんだよ。
私:そんなの、言われなくたって、理解してる」
俺:「もしかして、泣いてる?」
私:「・・・教えない」
俺:「・・・」
私:「ねぇ、あの日」
俺:「ん?」
私:「私が壁に向かって呼びかけた日。
私:どうしてキミはここに居たの?」
俺:「・・・なんとなくだよ」
私:「半分ウソ」
俺:「声だけでどうしてそこまで分かっちゃうかなぁ」
私:「わかるよ。
私:だって私、キミが思ってる以上にキミの声が好きだから」
俺:「・・・壁の向こうにも居るんじゃないかと思ったんだ」
私:「誰が?」
俺:「会えない誰かを想う人。
俺:もしかしたら、この向こうに居るかもしれない、大事な誰かを求める人」
私:「キミ、意外とロマンチストだったんだ」
俺:「・・・今、少し笑っただろ」
私:「すごいね。なんで分かったの」
俺:「わかるよ。
俺:だって俺も、キミが思っている以上に、キミの声が好きだから」
私:「そっか。それなら二人とも考えてることは同じだ」
俺:数センチ、向こう側。
私:少し照れくさそうに、
俺:だけどとても嬉しそうにキミが笑う。
私:「・・・ねぇ、いつかこの壁、壊そうよ」
俺:「え?」
私:「私、これからもっと勉強するから。
私:こんな壁、必要なくなるくらい一生懸命頑張るから。
私:そうしたら、この壁壊してしまおう」
俺:「・・・キミ一人だけじゃ不安だなぁ」
私:「じゃあ、キミも手伝ってよ。
私:二人でこの壁、一緒に壊そう」
俺:「いいよ。その時は二人でお祝いだ」
私:「メインディッシュはカレーがいい」
俺:「こだわるなぁ」
私:「今、少し呆れた顔をした」
俺:「・・・なんで分かっちゃうんだよ」
私:「だから、何度も言ってるじゃない。
私:私はキミが思っている以上に(キミの声が好きだから)」
俺:(前のセリフに被せるように)
俺:「キミの声が好きだから」
0:(二人、笑い合う)
私:「・・・一日でも早く、会いに行くからね」
俺:「ああ、一分一秒でも早く会いに行く」
私:「お互いの顔も知らないけど」
俺:「キミの声を頼りにして」
私:「私は」
俺:「俺は」
:
私:数センチ、向こう側。
俺:いつか、この壁を壊して、キミに会いに行こう。
私:大好きなキミの声を、誰よりも近くで聞きながら、
俺:その笑顔を目に焼き付けよう。
私:大丈夫。二人を阻む距離は、たったの数センチ。
俺:いつかきっと、
私:こえて行けると信じてる。
0:〜Fin〜