台本概要

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タイトル バスドライバー
作者名 冷凍みかん-光柑-  (@mikanchilled)
ジャンル その他
演者人数 1人用台本(男1) ※兼役あり
時間 10 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 初夏の出来事。ドライバーは誰も乗らないバスを走らせる

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
バスドライバー - 路線バスの運転手。学生の頃は走り屋だった
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0:初夏のこと。俺はイヌワラビの茂る山の斜面に身を投げ出した。 0:じんわりと濡れる感触が気持ち悪いが、一度寝てしまえば、もう立てない。 0:黒々とした森の隙間から、夏の青空が微かに見える。 0:それがすごく遠い過去の景色のように俺の目には映った。 0: 0:想えば今朝は、出発した時からおかしかった。 0:俺はバスドライバーだ。 0:今朝は8時30分に水沢駅から上小田代までの路線バスを運転していた。 0:都市部から山間部へ向かうバスは大抵すいているものだが、今朝は特別だった。 0:出発時刻になっても誰一人乗車しなかった。 0:出稼ぎの労働者も、花を抱えた老婦人も 0:辺鄙な田舎を堪能しようとする物好きな観光客も 0:今朝は一人もいなかった。 0:でもまあその内地元の人間が利用するだろうと思い、俺はバスを発車させたのだった。 0:ところが次の停留所でも、その次の停留所でも乗車する人はいなかった。 0:到着が早すぎるから、各バス停で出発時刻まで待つ羽目になる。 0:誰も来ない夏の午前を、俺はただ待ち続けた。 0: 0:こうなると俺は少し虚しい気分になる。 0:空っぽの車内、空っぽのダイヤグラム、空っぽの仕事。 0:俺は今から、トウモロコシの群生する美しい田舎に、 0:無意味な都市の排気ガスを届けに行くのだ。 0:バス停のベンチを借りているだけの爺が、俺に対して早く出発するように手を振った。 0:俺はお前のために待っているんじゃないぞ。 0:ブレーキペダルを踏みながら、爺に対してエンジンを思いきりふかしてから、 0:俺は出発した。 0: 0:北上川を渡り、空っぽのバスは山道に入る。 0:曲がりくねった山道では先の景色は見えないが、 0:学生時代からバイクで駆け抜けた道だ。走ること。ただひたすらに走ることが俺の生きる意味だった。 0:バスはどんどん加速した。 0:あと数回曲がれば、忘れもしないいつかの急カーブに差し掛かる。 0:俺の先輩が曲がり切れずに死んだ急カーブだ。 0:先輩はヘルメットを外していた。必ず越えてみせると息巻いていた。 0:先輩、今日俺はアンタを越えるぜ。 0:シートベルトを外し、アクセルを踏み込む。 0:バスは慣性が強く働くから、バイクで曲がるよりもずっと難しい。 0:いつだって俺の先を行く先輩に、俺は憧れていた。 0:俺はこのバスで、アンタを乗り越える。 0: 0:そうして俺はガードレールを乗り越えて、フロントガラスから山の斜面へ身を投げ出した。 0:ハンドルを切るタイミングが悪かったな。ブレーキも、もう少し早めから踏めばよかった。 0:今回は失敗したけれど、次こそは曲がり切ってみせる。 0:体が動かない。少し疲れたのかな。 0:休憩したら、またバスを走らせよう。 0: 0:次のバス停では、誰かが待っているかもしれないから。

0:初夏のこと。俺はイヌワラビの茂る山の斜面に身を投げ出した。 0:じんわりと濡れる感触が気持ち悪いが、一度寝てしまえば、もう立てない。 0:黒々とした森の隙間から、夏の青空が微かに見える。 0:それがすごく遠い過去の景色のように俺の目には映った。 0: 0:想えば今朝は、出発した時からおかしかった。 0:俺はバスドライバーだ。 0:今朝は8時30分に水沢駅から上小田代までの路線バスを運転していた。 0:都市部から山間部へ向かうバスは大抵すいているものだが、今朝は特別だった。 0:出発時刻になっても誰一人乗車しなかった。 0:出稼ぎの労働者も、花を抱えた老婦人も 0:辺鄙な田舎を堪能しようとする物好きな観光客も 0:今朝は一人もいなかった。 0:でもまあその内地元の人間が利用するだろうと思い、俺はバスを発車させたのだった。 0:ところが次の停留所でも、その次の停留所でも乗車する人はいなかった。 0:到着が早すぎるから、各バス停で出発時刻まで待つ羽目になる。 0:誰も来ない夏の午前を、俺はただ待ち続けた。 0: 0:こうなると俺は少し虚しい気分になる。 0:空っぽの車内、空っぽのダイヤグラム、空っぽの仕事。 0:俺は今から、トウモロコシの群生する美しい田舎に、 0:無意味な都市の排気ガスを届けに行くのだ。 0:バス停のベンチを借りているだけの爺が、俺に対して早く出発するように手を振った。 0:俺はお前のために待っているんじゃないぞ。 0:ブレーキペダルを踏みながら、爺に対してエンジンを思いきりふかしてから、 0:俺は出発した。 0: 0:北上川を渡り、空っぽのバスは山道に入る。 0:曲がりくねった山道では先の景色は見えないが、 0:学生時代からバイクで駆け抜けた道だ。走ること。ただひたすらに走ることが俺の生きる意味だった。 0:バスはどんどん加速した。 0:あと数回曲がれば、忘れもしないいつかの急カーブに差し掛かる。 0:俺の先輩が曲がり切れずに死んだ急カーブだ。 0:先輩はヘルメットを外していた。必ず越えてみせると息巻いていた。 0:先輩、今日俺はアンタを越えるぜ。 0:シートベルトを外し、アクセルを踏み込む。 0:バスは慣性が強く働くから、バイクで曲がるよりもずっと難しい。 0:いつだって俺の先を行く先輩に、俺は憧れていた。 0:俺はこのバスで、アンタを乗り越える。 0: 0:そうして俺はガードレールを乗り越えて、フロントガラスから山の斜面へ身を投げ出した。 0:ハンドルを切るタイミングが悪かったな。ブレーキも、もう少し早めから踏めばよかった。 0:今回は失敗したけれど、次こそは曲がり切ってみせる。 0:体が動かない。少し疲れたのかな。 0:休憩したら、またバスを走らせよう。 0: 0:次のバス停では、誰かが待っているかもしれないから。