台本概要
848 views
タイトル | あくまで親子ですから!! |
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作者名 | akodon (@akodon1) |
ジャンル | ファンタジー |
演者人数 | 3人用台本(男1、女1、不問1) |
時間 | 40 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
なんだって構わない。 だって、ボクたちはーーー あくまで親子なお話です。 848 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
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ベル | 男 | 215 | ヒカルに召喚されたかの有名な悪魔。意外と苦労性。 |
ヒカル | 女 | 126 | ベルを召喚した幼稚園児。つよいこ。 |
サタン | 不問 | 81 | ベルの友人。かの有名な悪魔。楽しいことが大好き。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
ベル:「・・・俺様を呼び出したのはお前か?」
ヒカル:「うん。そうだよ」
ベル:「ほう・・・この恐ろしい姿を目の前にして、顔色一つ変えねぇとは・・・ガキのクセに大した度胸だ。
ベル:さて、お前は何を望む?
ベル:俺様の力があれば、一生かかっても使い切れないほどの財宝を手に入れる事もできる。
ベル:その気になれば国を滅ぼすことだって・・・」
ヒカル:「ううん。ボク、そんなものはいらない」
ベル:「・・・なんだと?なら、お前は何を望むんだ?」
ヒカル:「うん!あのね!」
:
ヒカル:「キミ、ボクの家族になってよ!」
:
ベル:「・・・へ?」
:
0:『あくまで親子ですから!!』
:
ベル:その姿を見ると、微笑みながら誰もが言う。
ベル:『まるで天使みたいですね』と。
ベル:
ベル:・・・けど、俺に言わせりゃ、こいつは悪魔だ。
ベル:ワガママ放題、好き放題。
ベル:無邪気な顔して心を抉(えぐ)り、人の気持ちを知ってか知らずか、傍若無人に振る舞い続ける。
ベル:そう、どこぞの悪魔よりよっぽど悪魔的でーーーしかし、どこか憎めない。
ベル:
ベル:そんなヤツとの日常は、今日も慌ただしく始まる。
:
0:(ほんの少し間)
:
ベル:「んん・・・もう朝か・・・」
:
ベル:「今何時だ・・・目覚まし・・・目覚まし時計はどこに・・・?
ベル:あっ、あった・・・えーっと・・・只今の時刻は・・・」
:
ベル:「・・・げぇっ!?もう八時!?」
ヒカル:「もー・・・うるさいよぉ、ベル・・・」
ベル:「ヒカル!さっさと起きて着替えろ!
ベル:早くしないと幼稚園に遅刻する!」
ヒカル:「まだねむぅい・・・」
ベル:「こら起きろ!布団に潜り込んだらおしまいだ!
ベル:オラっ!さっさとパジャマ脱げ!」
ヒカル:「いやぁん・・・ベルさんのえっち・・・」
ベル:「なっ・・・!クソっ、こいつ・・・どこでそんなセリフを・・・!?
ベル:ハッ・・・昨日見せた『ノラえもん』か!?『ノラえもん』の影響なのか!?」
ヒカル:「・・・おやすみなさぁい・・・」
ベル:「おい!寝るなー!寝たら死ぬぞー!
ベル:・・・いや、死にはしねぇけど・・・。
ベル:ああもう!こうなったら仕方ねぇ・・・。
ベル:・・・ゴホン・・・
ベル:『天翔(あまか)ける白き翼!』」
ヒカル:「『天より授かりし聖なる力!』」
ベル:「『心癒す讃美歌の調べと共に!』」
ヒカル:「『十二人の使徒の加護のもと、この世の悪を成敗する!』」
ベル:「『我ら、五人揃って!』」
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0:(二人、同時くらいに)
:
ヒカル:「『天使戦隊!エンジェリオン!』」
ベル:「『天使戦隊!エンジェリオン!』」
ヒカル:「わぁ~!やっぱりカッコイイね!エンジェリオン!
ヒカル:・・・って、あれ?ベル、どうしたの?なんで朝から地面を舐めるように這いつくばってるの?」
ベル:「くぅっ・・・!ヒカルの目を覚ますためとはいえ、悪魔が天使の力を借りるのは、なんか悔しい・・・」
ヒカル:「なんかよくわかんないけど、落ち込まないでよ。
ヒカル:あと、ボク、悪魔将軍サターンもカッコイイと思うよ!」
ベル:「・・・そうか、そいつはありがとうよ・・・」
ヒカル:「あーっ!ベル、大変だ!もうすぐ八時半だよ!
ヒカル:早くしないと幼稚園に遅刻しちゃうよぉ!」
ベル:「だから、さっきからそう言ってるだろうが!
ベル:さっさと着替えろ!その間にパン焼いておいてやるから!」
ヒカル:「ラジャー!」
ベル:「ったく・・・どうして俺様が、人間のガキ相手にこんなこと・・・!」
ヒカル:「ベルー!靴下が片っぽ見つからないー!」
ベル:「だから、寝る前にちゃんと用意しておけって言ったでしょうがー!」
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ベル:・・・もう一度言う。
ベル:こいつは悪魔だ。
ベル:例え天使だとしても、天使の皮を被った悪魔だ。
ベル:
ベル:人の言うことなんかひとつも聞きやしない。
ベル:人の苦労なんか知りもしない。
ベル:ひたすらマイペースに、そしてひたすら呑気に人のことを振り回し続けるのだ。
:
ベル:「(息を切らしながら自転車をこいでいる)」
ヒカル:「ベルー!頑張れー!てっぺんまであともうちょっとだよー!」
ベル:「くっそ・・・なんでお前の通う幼稚園はこんな坂の上にあるんだよ・・・!」
ヒカル:「うーんとねぇ。園長先生が昔、『ろーどれーさー』に憧れててね。
ヒカル:子どもたちにも坂道を登る楽しみを知ってほしくて、ここに幼稚園をつくりました!って言ってたよ」
ベル:「自転車で送り迎えをする保護者にとっては、イジメでしかねぇんだけど!?」
ヒカル:「お願いしておけば、ちゃんとお迎えのバスが来てくれるよ。
ヒカル:でも、ベルがお寝坊さんだから、いっつも間に合わないの」
ベル:「寝坊してるのはお前も一緒じゃねぇか!」
ヒカル:「ボクはちゃんと九時にはお布団入って寝てるもん!寝る子は育つんだもん!」
ベル:「言い訳するのは悪い子なんだぞ!」
ヒカル:「良い子だもん!ベルこそ、昨日夜遅くまでテレビ見てたじゃないか!
ヒカル:良い子は夜更かししちゃダメなんだよ!」
ベル:「俺様は悪魔だから悪い子でもいいの!」
ヒカル:「ダメだよ!夜更かしは良くないんだよ!
ヒカル:生活リズムの乱れは体力の低下に繋がるって、テレビでやってたもん!」
ベル:「・・・お前それ、意味わかってんの?」
ヒカル:「うん、今のベルのことでしょ?」
ベル:「ぐっ・・・」
ヒカル:「だから、ベルも今日から夜更かししないで寝なきゃダメだよ。
ヒカル:『一時の快楽に身を任せると、のちのち身を滅ぼすのよ』ってエリコ先生も言ってた!」
ベル:「・・・悪魔の俺が言うのも何だけど、先生がそんなんで大丈夫なのか?お前の通ってる幼稚園」
ヒカル:「エリコ先生は『はんめんきょうし』を目指してるんだって!
ヒカル:ねぇ、『はんめんきょうし』ってなぁに?」
ベル:「えーっと・・・それについてはまた今度、詳しく教えてやるから・・・」
ヒカル:(食い気味に)
ヒカル:「あーっ!ベル、大変だ!先生が門を閉めてる!早くしないと遅刻しちゃうー!」
ベル:「だーっ!もうわかってるつーの!
ベル:・・・よし、しっかり捕まってろよ!
ベル:俺様がまだピチピチだってこと、分からせてやるからな!」
:
ベル:そう言って、勢いよくペダルを踏み込めば、後ろでキャッキャとはしゃぐ声がする。
ベル:
ベル:こいつ・・・もしや、楽しんでやがるな・・・?
ベル:
ベル:不意に浮かんだ疑念を振り払い、間に合えと神に祈ってしまいそうになる自分に喝を入れながら、俺は必死に自転車を走らせるのであった。
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0:(しばらくの間)
:
ベル:「はぁ・・・何とか間に合った・・・」
:
ベル:幼稚園の正門に自転車を滑り込ませた帰り道。
ベル:カラカラと気の抜けた音を立てる自転車を引きずりながら、俺は盛大にため息をついていた。
:
ベル:「くそっ・・・何故この俺様がガキをママチャリに乗せて、毎朝激走しなきゃいけないんだ・・・。
ベル:帰ったら洗い物と洗濯と、夕飯の買い出しだって待ってるんだぞ・・・くぅう・・・!」
:
ベル:ぶつくさ文句をたれつつも、いつの間にやらこの生活で染み付いた主夫思考が顔を覗かせ始める。
ベル:それを自覚した瞬間、込み上げてくる若干の切なさに思わず涙が零れそうになった、その時だった。
サタン:「・・・随分所帯じみた独り言ですね、ベル」
ベル:聞き慣れたその声に、少々苛立ちを覚えつつ振り返る。
ベル:数メートル後方、電柱の陰に隠れてこちらを伺うそいつを睨みつけながら、俺は威嚇するようにその名前を呼んだ。
:
ベル:「サタン・・・お前、居るんなら声掛けろよ。
ベル:そんなところでニヤニヤしながらこっちを伺ってる姿、正直不審者にしか見えないぞ」
サタン:「いやぁ、すみません。
サタン:魔界では私に次ぐ力を持つあなたが、まるで人間のような生活を送っているのが面白くて」
ベル:「・・・バカにしてんだろ?」
サタン:「いいえ、とんでもない。
サタン:好きですよ、私。あなたのそういう変に生真面目なところ」
ベル:「うげぇ・・・気持ち悪ぃ」
サタン:「おや、気持ち悪いとは心外ですね。折角褒めてさしあげたのに」
ベル:「頼んでねぇし」
サタン:「もう、つれないですねぇ。
サタン:大切な友人であるあなたが、慣れない子育てに悩んでいるんじゃないかと心配になって、私、わざわざ魔界から出向いてきたんですけどぉ」
ベル:「だから頼んでねぇし!友だちでもねぇし!
ベル:ああもう!腕を組もうとするな!鬱陶しい!」
サタン:「そんなに恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ。
サタン:私の姿が人間の目に映らないよう、しっかり魔術で対策済みですから」
ベル:「俺が不快なんだよ!」
サタン:「しーっ・・・あんまり騒ぐと、ご近所の皆さんに白い目で見られますよ」
ベル:「うっ・・・」
サタン:「ふふっ・・・ははは。神をも恐れぬあなたが、まさかご近所付き合いを恐れるようになるとは。
サタン:いやぁ、実に愉快ですね」
ベル:「・・・」
サタン:「でも、まさかあんな子どもが、封印されていた召喚用アーティファクトを見つけてしまうなんて。
サタン:何百年ぶりに自分を呼び出した相手が、あの可愛らしいおチビさんだと知った時のあなたの顔といったら・・・それはもう・・・ふふっ」
ベル:「うるせぇな!用が無いなら帰れよ。俺は忙しいんだ!」
サタン:「それが、全く無いわけではないんですよ。
サタン:・・・はい(封筒を渡す)」
ベル:「・・・これは?」
サタン:「招待状です。次の新月の夜、パーティーでも開こうと思いまして」
ベル:「チッ・・・めんどくせぇな・・・」
サタン:「面倒なんて言わないでください。
サタン:あなたが人間界に行ってしまってから、張合いが無くて寂しいのです。
サタン:おかげで、私は毎晩枕を濡らして・・・」
ベル:「けっ、よく言うぜ。
ベル:そんなこと、微塵も思ってねぇくせに」
サタン:「おやおや、疑り深いですねぇ。
サタン:・・・まぁいいでしょう。
サタン:で、どうです?来て頂けますか?」
ベル:「パス。今回は悪いけど行けねぇわ」
サタン:「・・・おや、いいのですか?
サタン:魔界中から、ありとあらゆる珍味や美酒を用意するつもりなのですが」
ベル:「あーいい、いい。どうせ魔界のお偉方も招待してんだろ?
ベル:あいつらと顔を合わせたところで、小言だ嫌味だ言われて疲れるだけだし。
ベル:それに・・・」
サタン:「それに?」
ベル:「・・・その日は、アイツの誕生日なんだよ」
サタン:「アイツ・・・ああ、ヒカルくんですか?」
ベル:「そう。お祝いにケーキが食べたいんだと。
ベル:ったく、冗談じゃねぇぜ。このクールでイカした俺様にケーキなんてフワフワしたもん、買わせようとするんだからな」
サタン:「でも、用意してあげるのでしょう?」
ベル:「仕方ねぇだろ。年に一度の記念日だし・・・まぁ、人間が作るスイーツってヤツはそこそこイケるしな。
ベル:美味いもんを食べるついでに、祝ってやるのも悪くない」
サタン:「・・・ふふっ」
ベル:「・・・なんだよ。何笑ってんだよ」
サタン:「いえ。安心しました。案外楽しくやっているようで」
ベル:「んなわけあるかよ。
ベル:世話すんのはめんどくせぇし、暇があれば遊べってうるせぇし。
ベル:おまけに口だけはやたら達者で小生意気だし。
ベル:疲れるだけだっての」
サタン:「そうですか?私にはヒカルくんとの生活を、結構楽しんでるように見えますが」
ベル:「だから、楽しんでねぇっての!
ベル:俺は契約上、仕方なくだなぁ・・・」
サタン:「仕方なくとは言いますが、あなた方、傍(はた)から見るととても仲良しに見えますよ。
サタン:なんと言うか・・・まるで本当の親子のようです」
ベル:「冗談じゃねぇ!俺とヒカルはあくまで他人だ。
ベル:それこそ、契約さえなければあんなガキにも、こんな生活にも、とっととおさらばしてやるっつーの!」
サタン:「そうですか・・・。まぁ、自覚が無いというのもまた面白い」
ベル:「・・・おい、また一人で何ニヤニヤしてんだよ」
サタン:「ああ、お気になさらず。
サタン:それより、私もよろしければヒカルくんに贈り物をしたいのですが・・・」
ベル:「お前のセンスで絶対選ぶなよ!
ベル:いつだか貰ったマンドラゴラ栽培キット・・・育ててみたら一人で勝手に植木鉢から抜け出した上、俺の城の周辺で叫び回って、大変なことになったんだからな!」
サタン:「おや、そうだったんですか?」
ベル:「そうだったんですか?じゃねぇよ!
ベル:とんでもねぇ騒音被害で、危うく近所から訴えられるところだったんだぞ!」
サタン:「それはすみませんでした。
サタン:でも、きちんと世話をしてくれたんですね。やっぱりあなた、何だかんだ言っても面倒見が・・・」
ベル:(食い気味に)
ベル:「うるせぇ!いいからとっとと帰れ!」
サタン:「はいはい。まぁ、今日のところは引き上げましょう。
サタン:ではまた後日、ヒカルくんへのプレゼントを持って会いに来ますね」
ベル:「来なくていい!コウモリ便で送れ!午前指定な!」
サタン:「ふふ、検討しておきましょう。・・・それでは」
:
0:(ほんの少し間。サタン、その場から消える)
:
ベル:「はぁ・・・朝からどっと疲れちまったぜ・・・全く」
:
ベル:やれやれとひと息ついたところで、手元に残された封筒の存在を思い出す。
ベル:誘いに乗る気は毛頭ないが、その場で振る舞われるであろう豪華な料理の数々を想像し、涎が出そうになるのをグッとこらえた。
:
ベル:「・・・人間界のスイーツもなかなかイケるんだからな」
:
ベル:別に負け惜しみじゃないぞ。
ベル:小さく心の中で呟きながら、俺は招待状を自転車の籠に放り込んだ。
:
0:(しばらくの間)
:
ヒカル:「わぁっ!ケーキだぁ!」
ベル:真っ白なクリーム。その上に飾られたみずみずしいイチゴ。
ベル:『本日の主役』と書かれたタスキを斜め掛けにし、テーブルの上のケーキを見て目を輝かせるそいつに、俺はたしなめるように声をかけた。
:
ベル:「こら、つまみ食いすんなよ!」
ヒカル:「しないよぉ、ベルじゃあるまいし」
ベル:「なっ・・・俺様がいつつまみ食いをしたってんだ・・・」
ヒカル:「してたもん。この前だって夕飯の唐揚げ、食べてるの見たもん」
ベル:「ちげぇよ!あれは味見っていうの!」
ヒカル:「二つも食べたのに、ベルのお皿には唐揚げ四つも乗ってた・・・。
ヒカル:ボクのお皿には三つしか乗ってなかったのに・・・」
ベル:「ぐっ・・・見てやがったのか・・・」
ヒカル:「そうだよ!食べ物の恨みは恐ろしいんだからね!」
ベル:「わかったよ・・・後で俺の分のイチゴやるから」
ヒカル:「ホント!?やったぁ・・・(軽く咳き込む)」
ベル:「おい、大丈夫か?風邪でもひいたか?」
ヒカル:「うん・・・大丈夫。
ヒカル:それより、今日はご馳走用意してくれるって言ってたよね?何作ってくれたの?」
ベル:「ふふふ・・・よくぞ聞いてくれた。
ベル:魔界の超有名週刊誌『十三日のフライデー』に料理コラムを連載していたこの俺様が!
ベル:今日は特別、お前の為だけにこの料理の腕を奮ってやったぞ!」
ヒカル:「(拍手しつつ)おお~っ・・・!」
ベル:「さぁ、歓喜に震えるがいい・・・!
ベル:まず一品目は・・・これだ!」
ヒカル:「・・・えっ・・・何これ?」
ベル:「ふふふ、これか?人喰い花マンイーターのサラダだ!
ベル:産地直送だから生きが良いだろう!
ベル:ほら、蔓(つる)がまだ元気にうねっている!」
ヒカル:「う、うわぁ・・・」
ベル:「ふふっ、驚いたか?だが、まだまだこんなもんじゃないぞ。
ベル:お次は・・・これだ!」
ヒカル:「紫色の・・・スープ?」
ベル:「ああ、これはな!怪鳥(けちょう)コカトリスで出汁(だし)をとった特製スープだ!
ベル:魔界では石化に対する耐性をつける為、子どもの誕生日には必ず用意されるんだぞ。
ベル:あっ、もちろん人間用に毒は抜いてあるから安心しろよ!」
ヒカル:「え、ええっ・・・?」
ベル:「そしてそして!最後に今回のメインディッシュは・・・こいつだぁ!」
ヒカル:「うわぁ!何これぇ!?」
ベル:「ふっふっふ・・・これか?
ベル:これはなぁ・・・魔族の王でもなかなかお目にかかれないシロモノ・・・。
ベル:大蜥蜴(おおとかげ)バジリスクを直火(じかび)でじっくり焼き上げた、その名も・・・バジリスクの丸焼きだ!」
ヒカル:「・・・」
ベル:「いやぁ・・・こいつを仕入れるのは本当に大変だったんだぜ。
ベル:何せ、仕留めるだけでも命懸けだからな。
ベル:知ってるか?こいつの放つ猛毒は、触れただけで岩をも砕くほど強力で・・・
ベル:ああ、心配するなよ!こいつもしっかり毒抜きしてあるからな!
ベル:だから安心して食べるが(いい・・・)」
ヒカル:(食い気味に)
ヒカル:「やだ!!」
ベル:「・・・へ?」
ヒカル:「やだぁ!こんなの食べられない!食べたくない!!」
ベル:「なっ・・・何言ってんだ!せっかくお前の為に作ったんだぞ!
ベル:なんで食べもしないうちからそんなこと・・・」
ヒカル:(食い気味に)
ヒカル:「気持ち悪い!」
ベル:「はぁ!?」
ヒカル:「だって気持ち悪いんだもん!
ヒカル:うねうね動くお花のサラダも!
ヒカル:紫色の気味が悪いスープも!
ヒカル:大きなトカゲの丸焼きも!
ヒカル:全然ご馳走に見えないもん!」
ベル:「こいつ・・・!人がせっかくお前の為に一生懸命用意してやったのに・・・!」
ヒカル:「知らない!そんなに美味しいって言うなら、ベル一人で食べれば!
ヒカル:ボクは絶対にいらない!」
ベル:「なんだと、このクソガキ・・・!」
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0:(二人、少しの間睨み合う)
:
ベル:「・・・あーわかった!わかりました!
ベル:少しでもお前のことを祝ってやりたいと思った俺が馬鹿だったぜ!
ベル:・・・そうだ!ご馳走なんかいらねぇっていうんなら、こいつもいらねぇってことだよな!」
ヒカル:「あっ!ボクのケーキ!」
ベル:「ん~!うめぇなぁ~!最高だなぁ~!
ベル:あっ、でもヒカルはご馳走食べたくないって言ったもんな~!楽しみにしてたのに残念だなぁ~!」
ヒカル:「・・・う~っ・・・」
ベル:「おっ?泣くか?泣くのか?
ベル:まぁ、泣いたところでケーキは一口だって分けてやる気は無いけどなぁ~!はっはっはー!」
ヒカル:「・・・もういい」
ベル:「ん?なんだって?何か言ったか?」
ヒカル:「もういいって言ったの!
ヒカル:ベルの馬鹿!意地悪!食いしん坊!
ヒカル:スットコドッコイのおたんこなす!」
ベル:「おい待て!おたんこなすなんて罵倒、きょうび使われてんの聞いた事ねぇぞ・・・!?
ベル:クソっ、人がせっかく優しくしてやろうと思ったのに、なんだその言い草は!」
ヒカル:「知らない!頼んでないもん!
ヒカル:鬼!悪魔!ベルのことなんか・・・ベルのことなんか・・・大っ嫌い!」
ベル:「このッ・・・!俺だってお前のこと、大、大、だーいっ嫌いだよ!」
ヒカル:「・・・っ!(部屋を飛び出していく)」
ベル:「・・・ふんっ。出て行っちまったか。
ベル:まぁ、いいや。しばらくすればケロッとして戻ってくるだろ」
:
ベル:しかし、数時間後ーーーこの時ヒカルを追わなかったことを俺は後悔することになる。
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0:(しばらくの間)
:
サタン:「・・・ふぅ。やれやれ、毎回人間界へ向かうための手続きは面倒ですねぇ。
サタン:今やこちらの世界は『ぺーぱーれす』が主流だというのに、魔界ときたら出入国書類だの身分証明書だの・・・あれこれ用意しないと簡単に行き来もできないんですから。
サタン:・・・今度、事務の担当者に、魔界もそういった手続きが『いんたーねっと』とやらで簡単に出来ないか相談してみましょう」
:
サタン:「ですが、面倒な手続きをしてでも、今日は人間界に来る価値ありですからね。
サタン:ふふふ・・・今頃ベルとヒカルくんは楽しくケーキを食べているんでしょうか?
サタン:三角帽子なんか被って、バースデーソングを歌いながら浮かれている悪魔なんて、なかなか見られませんからねぇ」
:
サタン:「・・・ああ、ダメです。ニヤケてはいけません。
サタン:いつも通り冷静に、平常心を保って・・・。
サタン:(深呼吸)それでは、お邪魔しまー・・・」
:
0:(二人同時くらいに)
:
ベル:「うわぁ!」
サタン:「おっと・・・!」
ベル:「サタン・・・!?良かった、助かった・・・」
サタン:「ああ、驚いた・・・ベル、どうしたんですか?
サタン:そんなに勢いよく玄関から飛び出してきて・・・。
サタン:危うく開いた扉に額を割られる(ところでした・・・)」
ベル:(食い気味に)
ベル:「大変だ!」
サタン:「大変・・・?何がです?」
ベル:「大変なんだよ!ヒカルが・・・ヒカルが・・・」
サタン:「落ち着いてください!・・・ヒカルくんに何かあったんですか?」
ベル:「・・・っ、さっきから、ずっとうなされてるんだ・・・!
ベル:熱があって、苦しそうに咳をしてて、それから・・・」
サタン:「・・・案内してもらえますか」
ベル:「あ、ああ・・・こっちだ・・・」
:
ヒカル:「(苦しそうに咳をしている)」
サタン:「これは・・・」
ベル:「・・・今日、昼間言い争いになっちまって・・・ヒカルのヤツ、ウチを飛び出して、友だちの所に行ったんだと。
ベル:そこで具合が悪くなって、電話をもらった時にはもうぐったりしてて・・・」
サタン:「病院には連れて行ったんですか?」
ベル:「連れて行ったさ!薬も飲ませた!
ベル:けど、熱が全然下がらねぇんだよ!」
サタン:「・・・少し診(み)せてもらえますか?」
ベル:「あ、ああ・・・」
サタン:「・・・この症状は・・・」
ベル:「どうした?何かわかったのか?」
サタン:「ベル。あなた、ヒカルくんと一緒に暮らすようになって、どれくらい経ちますか?」
ベル:「もうすぐ半年くらいになると思うが・・・」
サタン:「なるほど・・・」
ベル:「おい・・・!何かわかったんだったら、早く教えてくれよ!じゃないとヒカルが・・・!」
サタン:「・・・結論を言います。ヒカルくんを苦しませている原因はあなたです」
ベル:「・・・え?」
:
ベル:「ど、どういう事だよ?
ベル:俺がヒカルを苦しませてる?そんなわけあるはずが・・・」
サタン:「いいえ、残念ながらあるのです。
サタン:ほら、ご覧なさい。ヒカルくんの左胸に浮かび上がった、この紋様(もんよう)を」
ベル:「これは・・・契約印(けいやくいん)・・・」
サタン:「そうです。悪魔と契約を交わした者に刻み込まれる、契約の証。
サタン:・・・そして、悪魔と契約を交わしている間、術者の命を削り続ける呪いの証」
ベル:「まさか・・・!」
サタン:「・・・ええ、お察しの通り、ヒカルくんが今苦しんでいるのは、病気のせいじゃない。
サタン:あなたと交わした契約によって、この子の命が削られているからなのです」
ベル:「・・・でも、それにしたって、たった半年だぞ。その程度で倒れるほど、こいつの寿命が短いなんて、そんなわけ・・・」
サタン:「あなたの力が強すぎるのです、ベル。
サタン:そして、あなたと契約を結ぶにはヒカルくんは幼すぎた。
サタン:・・・身体が、耐えられないのですよ。
サタン:いくら生命力に満ち溢れた若い命とは言えど、この子はまだほんの小さな子ども。
サタン:あなたと契約を結んだ上で、一緒に暮らしていくことなど、本来であればできるはずがなかったのです」
ベル:「・・・っ」
サタン:「・・・残念ですが、そろそろ潮時なのかもしれません。
サタン:この子の事を思うのであれば、あなたは今すぐにでもこの契約を破棄して、魔界に帰った方がいい」
ベル:「・・・そうしたら、ヒカルはどうなるんだ?」
サタン:「今は衰弱していますが、いずれ回復し、普通の生活に戻ることができるでしょう」
ベル:「違う!俺が居なくなったら、どうなるんだって話だ!」
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ベル:「一人ぼっちになっちまうじゃねぇか・・・」
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ベル:「そうだよ!だって、こいつには親も兄弟も、引き取ってくれる身内だっていないんだ・・・。
ベル:それが寂しくて、つらくて、誰かに傍にいて欲しくて、目の前に偶然現れた俺に縋っちまったんだ・・・。
ベル:もし、俺が居なくなったら、コイツは・・・本当に一人ぼっちに・・・」
サタン:「・・・けれど、あなたが傍に居れば、ヒカルくんは死んでしまうんですよ」
ベル:「・・・っ」
サタン:「ベル。あなたの気持ちはよくわかります。
サタン:しかし、感情や同情だけでどうこう出来る問題ではないのです」
ベル:「けど・・・けど、俺は・・・っ!」
ヒカル:「(うわ言)・・・ベル、どこ・・・?」
ベル:「・・・っ、ヒカル・・・!?」
サタン:「・・・目を覚ましたようですね。
サタン:何か食べられるようでしたら、消化の良いものを。
サタン:あとは水分をしっかりとらせてあげるように。
サタン:今は少しでも体力を失わないようにすることが先決ですから」
ベル:「なぁ・・・俺は一体どうすれば・・・」
サタン:「・・・ベル、一晩頭を冷やしてよく考えなさい。
サタン:あなたがヒカルくんの事を本当に考えるのであれば、どうするのが正しいのかを」
:
0:(サタン、その場から姿を消す)
:
ベル:「・・・」
ヒカル:「ベル・・・ベル?」
ベル:「あ、ああ・・・悪いな、ボーッとして。
ベル:大丈夫か?痛い所は無いか?」
ヒカル:「・・・頭、いたい。あと、少し気持ち悪い」
ベル:「食欲は・・・あるわけないよな」
ヒカル:「うん。あんまりご飯は食べたくない。
ヒカル:でも、お水は・・・ちょっと飲みたいかも」
ベル:「飲むか?」
ヒカル:「うん・・・(水を飲んでむせる)」
ベル:「ッ、大丈夫か!?」
ヒカル:「平気。少しむせちゃっただけ。全然大丈夫だよ」
ベル:「そ、そうか・・・」
ヒカル:「・・・ねぇ、ベル、どこかに行っちゃうの?」
ベル:「え?」
ヒカル:「さっき、誰かと話をしてたでしょ?
ヒカル:どこかに帰らなきゃいけないって・・・」
ベル:「・・・お前、その話、聞いて・・・」
ヒカル:「・・・ごめんなさい」
ベル:「なんで・・・謝るんだ?」
ヒカル:「ボク、今日いっぱいワガママ言ったから、ベルを悲しませたんでしょ?
ヒカル:せっかくベルが作ってくれたご飯、食べたくないって言ったから・・・」
ベル:「違う、あれは・・・」
ヒカル:「ごめんなさい」
ベル:「・・・っ」
ヒカル:「ボク、これからワガママ言ってベルを困らせたりしないから・・・。
ヒカル:トカゲの丸焼きだって頑張って食べるし、朝も一人でちゃんと起きられるようになるから・・・!」
:
ヒカル:「・・・だから、お願い。どこにも行かないで・・・行かないでよぉ・・・」
ベル:「ヒカル・・・」
:
ベル:薄暗い部屋の中。
ベル:縋り付くように伸ばされたその小さな手は、とても熱くて、震えていて。
ベル:離さなければいけないと分かってはいるはずなのに、振りほどくこともできず。
ベル:俺はただその弱々しい泣き声が聞こえなくなるまで、そこから離れることができなかった。
:
0:(しばらくの間。回想)
:
ベル:「おい、お前」
ヒカル:「お前じゃないよ。ヒカルだよ」
ベル:「腹が減った。飯を用意しろ」
ヒカル:「ボク、ご飯作れないよ?」
ベル:「なんだと?じゃあ、どうするんだ」
ヒカル:「キミが作ってくれればいいんじゃないの?」
ベル:「この俺様に料理をしろと?
ベル:ハッ、お前、人間のガキにしては、随分と生意気なことを言うじゃねぇか」
ヒカル:「えっ、キミもしかしてご飯作れないのー?」
ベル:「作れるぞ?ただ、面倒なだけだ。だから、お前が作れ」
ヒカル:「うわぁ!面倒だからって理由で子どもに労働を強いる、悪い大人だ!最低だ!」
ベル:「・・・お前。ガキのくせに口達者だな」
ヒカル:「まさか、本当は作れないとか?」
ベル:「そんなことはない。俺様は悪魔だが嘘はつかねぇ」
ヒカル:「じゃあ、作ってよ!ボクもお腹減っちゃった!」
ベル:「ふん・・・まぁ、いいだろう。特別に作ってやる。
ベル:ただし、お前だっていずれ自分で料理を作らなければいけない日がくるからな。
ベル:その時の為に今日から俺様が直々に特訓してやろう。どうだ?」
ヒカル:「ホント!?お手伝いしていいの?
ヒカル:じゃあ、ボクお野菜切るね!」
ベル:「おい!包丁を逆手に持つな!危ねぇだろうが!
ベル:いいか、包丁はこう持って・・・左手は猫の手!猫の手だぞ!」
:
0:(少し間)
:
ヒカル:「ベルー!見て見てー!」
ベル:「ああ?どうしたんだよ、お前。そんなにはしゃいで」
ヒカル:「だから、ヒカルだよ。
ヒカル:・・・あっ、それよりコレ、見て見て!」
ベル:「うわぁ・・・なんだその顔から急に手脚が伸びている生き物たちは・・・新種の魔獣か?」
ヒカル:「これはねぇ、ベルとボクだよ!」
ベル:「ちょっと待て、俺様はこんなちんちくりんじゃねぇぞ」
ヒカル:「そうかなぁ?上手く描けたと思うんだけど・・・ほら、そっくりじゃない?」
ベル:「・・・さり気なく喧嘩売ってんだろ」
ヒカル:「ちなみにこの絵、幼稚園のお絵描き大会で優勝したんだよ!すごいでしょ!」
ベル:「人間の感性ってのは、時々理解し難いな・・・」
ヒカル:「お題は『大好きな人』か『自分の家で飼っているペット』だよ」
ベル:「一応聞くが、前者のイメージで描いてるんだよな?
ベル:間違っても後者じゃねぇよな?」
ヒカル:「あっ、そうだ!・・・はい、これどうぞ!」
ベル:「なんだこれ?」
ヒカル:「優勝賞品の金メダル!ベルにあげる!」
ベル:「いいのか?お前がもらったんだろ?」
ヒカル:「いいの!ベルのおかげで貰えたんだから!お礼にあげる!」
ベル:「そうかよ・・・じゃあ、有難くもらっとくぜ」
ヒカル:「うん!いつも一緒に居てくれて、本当にありがとう!」
:
0:(少し間)
:
ベル:「おい、お前」
ヒカル:「ん?」
ベル:「・・・なぁ、改めて聞くが、お前は俺のこと、怖いとは思わねぇのか?」
ヒカル:「怖い?なんで?」
ベル:「いや、だって俺は・・・」
ヒカル:「全然、怖くなんかないよ」
ベル:「・・・えっ?」
ヒカル:「うーんとね、お母さんがよく言ってたんだ。
ヒカル:勝手に人を判断してはいけないよ、って。
ヒカル:どんなに悪そうな格好をしていても、ほかの人からどんなに嫌われてても、自分でお話をして、どんな人か知るまでは、その人のこと嫌いになっちゃいけないよ、って」
ベル:「へぇ・・・随分とまぁ、お優しいことで」
ヒカル:「うん!お母さんはね、すごく優しかった!
ヒカル:怒るとちょっと怖かったけど、でも、すごく優しい人だった!」
ベル:「・・・そういえば、ずっと気になってたんだけど、お前、親父さんは?」
ヒカル:「わかんない。気付いた時にはもう居なかった。
ヒカル:けど、温かくて大きな掌だけは、ずっとずっと覚えてるんだぁ」
ベル:「・・・」
ヒカル:「ねぇ、あのさ・・・少しだけ手を繋いでもいい?」
ベル:「それは命令か?」
ヒカル:「ううん。お願い」
ベル:「違いがよくわからねぇけど・・・少しだけならーーーほらよ」
ヒカル:「・・・うふふっ」
ベル:「あン?どうした?」
ヒカル:「キミの手、温かいね」
ベル:「そうか?」
ヒカル:「うん。大きくて、温かくて・・・ちょっとだけ、お父さんに似てる」
ベル:「・・・気のせいじゃねぇの」
ヒカル:「えー?そうかなぁ」
ベル:「・・・おい」
ヒカル:「ん?」
ベル:「その・・・少しだけだったら、一緒にいてやってもいいぞ」
ヒカル:「ホント?」
ベル:「ああ、だって、それがお前の望みなんだろ?」
ヒカル:「うん!」
ベル:「(笑う)・・・変なガキだよ、お前」
ヒカル:「ヒカル、だよ」
ベル:「あ?」
ヒカル:「ボクの名前、ヒカルだよ」
ベル:「・・・」
ヒカル:「あのね、ベル。ボク、キミとねーーー」
:
0:(しばらくの間)
:
サタン:「こちらに戻ってきたということは、決心がついたんですね」
ベル:「・・・ああ」
サタン:「つらいですか?」
ベル:「・・・別に、なんともねぇよ」
サタン:「そうですか。
サタン:・・・まぁ、そもそもあなたとあの子は本来であれば関わるべきでは無かった。
サタン:これが正しい選択なのかもしれません」
ベル:「・・・」
サタン:「さぁ、行きましょう。
サタン:大丈夫です。ヒカルくんはすぐ元気になります。
サタン:あなたが心配しなくても、きっと・・・」
ベル:(食い気味に)
ベル:「なぁ、ひとつ頼みがあるんだ」
サタン:「・・・何ですか?」
ベル:「お前に借りを作るのは気に食わねぇし、こんなことを願うこと自体、本当はダメだと分かってる。
ベル:けど、もし・・・もし許されるのであれば、俺はーーー」
:
0:(しばらくの間)
:
ヒカル:「・・・よし!今日は目覚ましが鳴る前に起きられたぞ!」
:
ヒカル:お日様が登ったら一人で起きて、幼稚園に行く準備をする。
ヒカル:服を着替えて、顔を洗って、パンを焼く。
ヒカル:それが、ボクのいつもの朝。
:
ヒカル:「もうそろそろ、お迎えのバスがくるからー、靴を履いてー、カバンを持ってー・・・それから・・・よし!」
:
ヒカル:トースターをよーいどん!の合図代わりに、ボクは部屋に向かって駆け出す。
ヒカル:そのまま、丸まったままの布団に向かって、大きく息を吸い込んでーーー
:
ヒカル:「おーい!朝だよーーー!起ーきーてーーー!」
ベル:「おわあっ!?」
ヒカル:布団から飛び起きて、目をぱちくりさせるその人。
ヒカル:そのびっくりした顔がおかしくて、ボクはいつも笑ってしまう。
ヒカル:そして、笑いながら元気にこう言うんだ。
:
ヒカル:「おはよう、ベル!」
ベル:「・・・おう、おはよう」
:
0:(しばらくの間)
:
ヒカル:「じゃあねー、ベル!行ってきまーす」
ベル:「へいへーい。行ってらっしゃーい(あくび)」
:
ベル:威勢よく歩いていく小さな背中を見送って、ひとつ大きなあくびをする。
ベル:これが、俺のいつもの朝。
ベル:最近、ようやく日常になりつつある、穏やかな朝。
:
ベル:「それにしても、人間のガキは朝から元気だよなぁ、全く・・・」
サタン:「そうですね。あれがあなたの失った若さというヤツですよ」
ベル:「・・・おい、お前。なんでこんなところに居るんだ?」
サタン:「おや?いけませんか?」
ベル:「当たり前だろうが。なんでこんな朝っぱらから、魔族の王が爽やかな顔して立ってるんだよ」
サタン:「いやぁ、実に清々しい朝ですね。
サタン:魔界は年中薄暗いので、たまにはこうして日の光を浴びるのも悪くない」
ベル:「・・・浄化されてしまえ」
サタン:「おやおや、相変わらずつれないですねぇ。そんなに冷たいと泣いちゃいますよ?いいんですか?」
ベル:「(ため息)」
サタン:「・・・しかし驚きましたよ。
サタン:まさかあなたが契約を破棄した上で、人間界に戻ってくるなんて。
サタン:なんだかんだ、こちらの暮らしが気に入ったのですか?」
ベル:「まぁな」
サタン:「おや?随分素直な返事ですね。
サタン:少し前までは契約さえなければ、すぐにでもおサラバしたいと仰ってはいませんでしたか?」
ベル:「知らねぇ。お前の聞き間違いじゃねぇの?」
サタン:「ほう・・・なるほど。
サタン:まぁ、いいでしょう。そういう事にしておいてあげますよ。
サタン:なんて言ったって、私はあなたの数少ない友人なんですから」
ベル:「うるせぇ。余計なお世話だ」
サタン:「ふふふ。・・・ああ、そういえば今回の件を許可するにあたっての条件、覚えてますよね?」
ベル:「うっ・・・」
サタン:「ほほう?なんです、その渋い顔は」
ベル:「いや、別に・・・」
サタン:「いやいや、いいんですよ?忘れていたのならそれで。
サタン:ただし、そうなってくると私も約束を守りかねますねぇ。
サタン:もしかしたら、うっかり口をすべらせて、あなたが私の前で綺麗な土下座を(したと皆に言ってしまうかも)」
ベル:(食い気味に)
ベル:「だーーーっ!あーーーっ!覚えてる!!覚えてるからそれ以上は言うなってのぉ!」
:
ベル:「(ため息)・・・スイーツバイキング」
サタン:「ん?」
ベル:「スイーツバイキングに連れて行け、だろ!しかも月イチ!ったく、とんでもねぇ条件出てきやがって」
サタン:「可愛らしいお願いでしょう?」
ベル:「可愛らしいもんか。お前と月イチでスイーツ食うんだぞ。
ベル:せっかくの美味いもんも、不味く感じそうだ」
サタン:「私はとても楽しみですけど?」
ベル:「オレは全然楽しみじゃねーの!
ベル:全く、何が悲しくてお前とスイーツなんか・・・」
ヒカル:「何を楽しそうにお話してるの?」
ベル:「なっ!ヒカル!?
ベル:お前、バスに乗って行ったんじゃ・・・」
ヒカル:「んーとね・・・なんか目覚まし時計止まってたみたいでね」
ベル:「はぁ!?じゃあ、バスは・・・」
ヒカル:「もうとっくに行っちゃったって」
ベル:「おまっ、それじゃあ・・・」
ヒカル:「・・・えへへぇ」
ベル:「えへへじゃねぇよ!なに呑気に笑ってんだお前はーーー!!」
ヒカル:「仕方ないでしょ!電池がいつ無くなっちゃうかなんてわからないもん!
ヒカル:『ふかこうりょく』だよ!『ふかこうりょく』!」
ベル:「だーーーっ!ホント、口だけは達者だなーーー!このガキーーー!」
サタン:「まぁまぁ、落ち着いてください、お二人とも」
ヒカル:「あっ、そう言えばこの人だぁれ?」
ベル:「ああ、こいつは・・・」
サタン:「初めまして、ヒカルくん。
サタン:私はベルの友人、サタンと申します」
ヒカル:「えっ、サタン!?もしかして、悪魔将軍!?」
サタン:「・・・悪魔将軍?」
ヒカル:「というか、ベルにもお友達いたんだね!ボク、てっきり友達いないのかと思ってた」
サタン:「(吹き出す)」
ベル:「・・・なんだよ」
サタン:「いや、すみません・・・さすが、あなたが面倒を見ているだけあるなぁ、と思いまして・・・」
ヒカル:「違うよ!最近はボクの方がベルのお世話をしてあげる事の方が多いもん!
ヒカル:今日だって寝坊したからボクが起こして・・・」
ベル:(食い気味に)
ベル:「あーもう!のんびり話してる場合じゃねぇだろうが!
ベル:ほら、行くぞヒカル!早く乗れ!」
ヒカル:「あっ、そうだった!」
サタン:「・・・ふふっ」
ベル:「だから、何笑ってんだよ」
サタン:「いや、微笑ましいなぁと思いまして」
ベル:「微笑ましい?」
サタン:「ええ、悪魔と人間がこうして契約を交わすでもなく仲良く暮らしている。
サタン:なんともまぁ、不思議で愉快で、素敵な主従関係だと思いまして」
ベル:「主従って・・・あのな、俺は・・・」
ヒカル:「あっ!ボク知ってるよ!
ヒカル:女王様が下僕にご褒美をあげる代わりに、下僕は女王様に『ごほうし』して、お互い好きでいることを『しゅじゅーかんけい』って言うんでしょ?」
ベル:「・・・ちょっと待てヒカル。それ、誰から教わったんだ?」
ヒカル:「エリコ先生」
ベル:「本当に・・・本当に大丈夫なのか?お前の幼稚園は・・・」
ヒカル:「でも、そう考えるとボクとベルは『しゅじゅー』じゃないね!
ヒカル:だって、ご褒美が無くたってボクはベルのこと大好きだもん!」
ベル:「なっ・・・!?お前、よく恥ずかしげもなくそんなことを・・・!」
ヒカル:「あれ?どうしたのベル、顔が真っ赤だよ?熱でもあるの?」
ベル:「ち、ちげぇよ!これは、その・・・っ」
サタン:「ふふっ・・・ははははっ」
ベル:「クソっ!笑ってんじゃねぇよこのっ!おいコラァ!!」
ヒカル:「ベル?なんで怒ってるの?もしかして、ボクのこと・・・本当は嫌い?」
ベル:「バカ!嫌いなわけねぇだろ!・・・あっ」
サタン:「・・・へぇ・・・ほう・・・なるほどぉ?」
ベル:「ちくしょー!ニヤニヤしてんじゃねぇよーーー!」
サタン:「ふふふっ・・・まぁまぁ、とりあえず仲がよろしいようで何よりです。
サタン:これからも仲の良い主従関係を続けてください」
ベル:「だーかーら、俺たちは主従なんかじゃねぇっての!」
ヒカル:「うん、そうだよ!『しゅじゅー』なんかじゃなくて、ボクたちはーーー」
:
0:(二人同時くらいに)
:
ベル:「あくまで親子ですから!」
ヒカル:「あくまで親子ですから!」
:
:
0:〜Fin〜
ベル:「・・・俺様を呼び出したのはお前か?」
ヒカル:「うん。そうだよ」
ベル:「ほう・・・この恐ろしい姿を目の前にして、顔色一つ変えねぇとは・・・ガキのクセに大した度胸だ。
ベル:さて、お前は何を望む?
ベル:俺様の力があれば、一生かかっても使い切れないほどの財宝を手に入れる事もできる。
ベル:その気になれば国を滅ぼすことだって・・・」
ヒカル:「ううん。ボク、そんなものはいらない」
ベル:「・・・なんだと?なら、お前は何を望むんだ?」
ヒカル:「うん!あのね!」
:
ヒカル:「キミ、ボクの家族になってよ!」
:
ベル:「・・・へ?」
:
0:『あくまで親子ですから!!』
:
ベル:その姿を見ると、微笑みながら誰もが言う。
ベル:『まるで天使みたいですね』と。
ベル:
ベル:・・・けど、俺に言わせりゃ、こいつは悪魔だ。
ベル:ワガママ放題、好き放題。
ベル:無邪気な顔して心を抉(えぐ)り、人の気持ちを知ってか知らずか、傍若無人に振る舞い続ける。
ベル:そう、どこぞの悪魔よりよっぽど悪魔的でーーーしかし、どこか憎めない。
ベル:
ベル:そんなヤツとの日常は、今日も慌ただしく始まる。
:
0:(ほんの少し間)
:
ベル:「んん・・・もう朝か・・・」
:
ベル:「今何時だ・・・目覚まし・・・目覚まし時計はどこに・・・?
ベル:あっ、あった・・・えーっと・・・只今の時刻は・・・」
:
ベル:「・・・げぇっ!?もう八時!?」
ヒカル:「もー・・・うるさいよぉ、ベル・・・」
ベル:「ヒカル!さっさと起きて着替えろ!
ベル:早くしないと幼稚園に遅刻する!」
ヒカル:「まだねむぅい・・・」
ベル:「こら起きろ!布団に潜り込んだらおしまいだ!
ベル:オラっ!さっさとパジャマ脱げ!」
ヒカル:「いやぁん・・・ベルさんのえっち・・・」
ベル:「なっ・・・!クソっ、こいつ・・・どこでそんなセリフを・・・!?
ベル:ハッ・・・昨日見せた『ノラえもん』か!?『ノラえもん』の影響なのか!?」
ヒカル:「・・・おやすみなさぁい・・・」
ベル:「おい!寝るなー!寝たら死ぬぞー!
ベル:・・・いや、死にはしねぇけど・・・。
ベル:ああもう!こうなったら仕方ねぇ・・・。
ベル:・・・ゴホン・・・
ベル:『天翔(あまか)ける白き翼!』」
ヒカル:「『天より授かりし聖なる力!』」
ベル:「『心癒す讃美歌の調べと共に!』」
ヒカル:「『十二人の使徒の加護のもと、この世の悪を成敗する!』」
ベル:「『我ら、五人揃って!』」
:
0:(二人、同時くらいに)
:
ヒカル:「『天使戦隊!エンジェリオン!』」
ベル:「『天使戦隊!エンジェリオン!』」
ヒカル:「わぁ~!やっぱりカッコイイね!エンジェリオン!
ヒカル:・・・って、あれ?ベル、どうしたの?なんで朝から地面を舐めるように這いつくばってるの?」
ベル:「くぅっ・・・!ヒカルの目を覚ますためとはいえ、悪魔が天使の力を借りるのは、なんか悔しい・・・」
ヒカル:「なんかよくわかんないけど、落ち込まないでよ。
ヒカル:あと、ボク、悪魔将軍サターンもカッコイイと思うよ!」
ベル:「・・・そうか、そいつはありがとうよ・・・」
ヒカル:「あーっ!ベル、大変だ!もうすぐ八時半だよ!
ヒカル:早くしないと幼稚園に遅刻しちゃうよぉ!」
ベル:「だから、さっきからそう言ってるだろうが!
ベル:さっさと着替えろ!その間にパン焼いておいてやるから!」
ヒカル:「ラジャー!」
ベル:「ったく・・・どうして俺様が、人間のガキ相手にこんなこと・・・!」
ヒカル:「ベルー!靴下が片っぽ見つからないー!」
ベル:「だから、寝る前にちゃんと用意しておけって言ったでしょうがー!」
:
ベル:・・・もう一度言う。
ベル:こいつは悪魔だ。
ベル:例え天使だとしても、天使の皮を被った悪魔だ。
ベル:
ベル:人の言うことなんかひとつも聞きやしない。
ベル:人の苦労なんか知りもしない。
ベル:ひたすらマイペースに、そしてひたすら呑気に人のことを振り回し続けるのだ。
:
ベル:「(息を切らしながら自転車をこいでいる)」
ヒカル:「ベルー!頑張れー!てっぺんまであともうちょっとだよー!」
ベル:「くっそ・・・なんでお前の通う幼稚園はこんな坂の上にあるんだよ・・・!」
ヒカル:「うーんとねぇ。園長先生が昔、『ろーどれーさー』に憧れててね。
ヒカル:子どもたちにも坂道を登る楽しみを知ってほしくて、ここに幼稚園をつくりました!って言ってたよ」
ベル:「自転車で送り迎えをする保護者にとっては、イジメでしかねぇんだけど!?」
ヒカル:「お願いしておけば、ちゃんとお迎えのバスが来てくれるよ。
ヒカル:でも、ベルがお寝坊さんだから、いっつも間に合わないの」
ベル:「寝坊してるのはお前も一緒じゃねぇか!」
ヒカル:「ボクはちゃんと九時にはお布団入って寝てるもん!寝る子は育つんだもん!」
ベル:「言い訳するのは悪い子なんだぞ!」
ヒカル:「良い子だもん!ベルこそ、昨日夜遅くまでテレビ見てたじゃないか!
ヒカル:良い子は夜更かししちゃダメなんだよ!」
ベル:「俺様は悪魔だから悪い子でもいいの!」
ヒカル:「ダメだよ!夜更かしは良くないんだよ!
ヒカル:生活リズムの乱れは体力の低下に繋がるって、テレビでやってたもん!」
ベル:「・・・お前それ、意味わかってんの?」
ヒカル:「うん、今のベルのことでしょ?」
ベル:「ぐっ・・・」
ヒカル:「だから、ベルも今日から夜更かししないで寝なきゃダメだよ。
ヒカル:『一時の快楽に身を任せると、のちのち身を滅ぼすのよ』ってエリコ先生も言ってた!」
ベル:「・・・悪魔の俺が言うのも何だけど、先生がそんなんで大丈夫なのか?お前の通ってる幼稚園」
ヒカル:「エリコ先生は『はんめんきょうし』を目指してるんだって!
ヒカル:ねぇ、『はんめんきょうし』ってなぁに?」
ベル:「えーっと・・・それについてはまた今度、詳しく教えてやるから・・・」
ヒカル:(食い気味に)
ヒカル:「あーっ!ベル、大変だ!先生が門を閉めてる!早くしないと遅刻しちゃうー!」
ベル:「だーっ!もうわかってるつーの!
ベル:・・・よし、しっかり捕まってろよ!
ベル:俺様がまだピチピチだってこと、分からせてやるからな!」
:
ベル:そう言って、勢いよくペダルを踏み込めば、後ろでキャッキャとはしゃぐ声がする。
ベル:
ベル:こいつ・・・もしや、楽しんでやがるな・・・?
ベル:
ベル:不意に浮かんだ疑念を振り払い、間に合えと神に祈ってしまいそうになる自分に喝を入れながら、俺は必死に自転車を走らせるのであった。
:
0:(しばらくの間)
:
ベル:「はぁ・・・何とか間に合った・・・」
:
ベル:幼稚園の正門に自転車を滑り込ませた帰り道。
ベル:カラカラと気の抜けた音を立てる自転車を引きずりながら、俺は盛大にため息をついていた。
:
ベル:「くそっ・・・何故この俺様がガキをママチャリに乗せて、毎朝激走しなきゃいけないんだ・・・。
ベル:帰ったら洗い物と洗濯と、夕飯の買い出しだって待ってるんだぞ・・・くぅう・・・!」
:
ベル:ぶつくさ文句をたれつつも、いつの間にやらこの生活で染み付いた主夫思考が顔を覗かせ始める。
ベル:それを自覚した瞬間、込み上げてくる若干の切なさに思わず涙が零れそうになった、その時だった。
サタン:「・・・随分所帯じみた独り言ですね、ベル」
ベル:聞き慣れたその声に、少々苛立ちを覚えつつ振り返る。
ベル:数メートル後方、電柱の陰に隠れてこちらを伺うそいつを睨みつけながら、俺は威嚇するようにその名前を呼んだ。
:
ベル:「サタン・・・お前、居るんなら声掛けろよ。
ベル:そんなところでニヤニヤしながらこっちを伺ってる姿、正直不審者にしか見えないぞ」
サタン:「いやぁ、すみません。
サタン:魔界では私に次ぐ力を持つあなたが、まるで人間のような生活を送っているのが面白くて」
ベル:「・・・バカにしてんだろ?」
サタン:「いいえ、とんでもない。
サタン:好きですよ、私。あなたのそういう変に生真面目なところ」
ベル:「うげぇ・・・気持ち悪ぃ」
サタン:「おや、気持ち悪いとは心外ですね。折角褒めてさしあげたのに」
ベル:「頼んでねぇし」
サタン:「もう、つれないですねぇ。
サタン:大切な友人であるあなたが、慣れない子育てに悩んでいるんじゃないかと心配になって、私、わざわざ魔界から出向いてきたんですけどぉ」
ベル:「だから頼んでねぇし!友だちでもねぇし!
ベル:ああもう!腕を組もうとするな!鬱陶しい!」
サタン:「そんなに恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ。
サタン:私の姿が人間の目に映らないよう、しっかり魔術で対策済みですから」
ベル:「俺が不快なんだよ!」
サタン:「しーっ・・・あんまり騒ぐと、ご近所の皆さんに白い目で見られますよ」
ベル:「うっ・・・」
サタン:「ふふっ・・・ははは。神をも恐れぬあなたが、まさかご近所付き合いを恐れるようになるとは。
サタン:いやぁ、実に愉快ですね」
ベル:「・・・」
サタン:「でも、まさかあんな子どもが、封印されていた召喚用アーティファクトを見つけてしまうなんて。
サタン:何百年ぶりに自分を呼び出した相手が、あの可愛らしいおチビさんだと知った時のあなたの顔といったら・・・それはもう・・・ふふっ」
ベル:「うるせぇな!用が無いなら帰れよ。俺は忙しいんだ!」
サタン:「それが、全く無いわけではないんですよ。
サタン:・・・はい(封筒を渡す)」
ベル:「・・・これは?」
サタン:「招待状です。次の新月の夜、パーティーでも開こうと思いまして」
ベル:「チッ・・・めんどくせぇな・・・」
サタン:「面倒なんて言わないでください。
サタン:あなたが人間界に行ってしまってから、張合いが無くて寂しいのです。
サタン:おかげで、私は毎晩枕を濡らして・・・」
ベル:「けっ、よく言うぜ。
ベル:そんなこと、微塵も思ってねぇくせに」
サタン:「おやおや、疑り深いですねぇ。
サタン:・・・まぁいいでしょう。
サタン:で、どうです?来て頂けますか?」
ベル:「パス。今回は悪いけど行けねぇわ」
サタン:「・・・おや、いいのですか?
サタン:魔界中から、ありとあらゆる珍味や美酒を用意するつもりなのですが」
ベル:「あーいい、いい。どうせ魔界のお偉方も招待してんだろ?
ベル:あいつらと顔を合わせたところで、小言だ嫌味だ言われて疲れるだけだし。
ベル:それに・・・」
サタン:「それに?」
ベル:「・・・その日は、アイツの誕生日なんだよ」
サタン:「アイツ・・・ああ、ヒカルくんですか?」
ベル:「そう。お祝いにケーキが食べたいんだと。
ベル:ったく、冗談じゃねぇぜ。このクールでイカした俺様にケーキなんてフワフワしたもん、買わせようとするんだからな」
サタン:「でも、用意してあげるのでしょう?」
ベル:「仕方ねぇだろ。年に一度の記念日だし・・・まぁ、人間が作るスイーツってヤツはそこそこイケるしな。
ベル:美味いもんを食べるついでに、祝ってやるのも悪くない」
サタン:「・・・ふふっ」
ベル:「・・・なんだよ。何笑ってんだよ」
サタン:「いえ。安心しました。案外楽しくやっているようで」
ベル:「んなわけあるかよ。
ベル:世話すんのはめんどくせぇし、暇があれば遊べってうるせぇし。
ベル:おまけに口だけはやたら達者で小生意気だし。
ベル:疲れるだけだっての」
サタン:「そうですか?私にはヒカルくんとの生活を、結構楽しんでるように見えますが」
ベル:「だから、楽しんでねぇっての!
ベル:俺は契約上、仕方なくだなぁ・・・」
サタン:「仕方なくとは言いますが、あなた方、傍(はた)から見るととても仲良しに見えますよ。
サタン:なんと言うか・・・まるで本当の親子のようです」
ベル:「冗談じゃねぇ!俺とヒカルはあくまで他人だ。
ベル:それこそ、契約さえなければあんなガキにも、こんな生活にも、とっととおさらばしてやるっつーの!」
サタン:「そうですか・・・。まぁ、自覚が無いというのもまた面白い」
ベル:「・・・おい、また一人で何ニヤニヤしてんだよ」
サタン:「ああ、お気になさらず。
サタン:それより、私もよろしければヒカルくんに贈り物をしたいのですが・・・」
ベル:「お前のセンスで絶対選ぶなよ!
ベル:いつだか貰ったマンドラゴラ栽培キット・・・育ててみたら一人で勝手に植木鉢から抜け出した上、俺の城の周辺で叫び回って、大変なことになったんだからな!」
サタン:「おや、そうだったんですか?」
ベル:「そうだったんですか?じゃねぇよ!
ベル:とんでもねぇ騒音被害で、危うく近所から訴えられるところだったんだぞ!」
サタン:「それはすみませんでした。
サタン:でも、きちんと世話をしてくれたんですね。やっぱりあなた、何だかんだ言っても面倒見が・・・」
ベル:(食い気味に)
ベル:「うるせぇ!いいからとっとと帰れ!」
サタン:「はいはい。まぁ、今日のところは引き上げましょう。
サタン:ではまた後日、ヒカルくんへのプレゼントを持って会いに来ますね」
ベル:「来なくていい!コウモリ便で送れ!午前指定な!」
サタン:「ふふ、検討しておきましょう。・・・それでは」
:
0:(ほんの少し間。サタン、その場から消える)
:
ベル:「はぁ・・・朝からどっと疲れちまったぜ・・・全く」
:
ベル:やれやれとひと息ついたところで、手元に残された封筒の存在を思い出す。
ベル:誘いに乗る気は毛頭ないが、その場で振る舞われるであろう豪華な料理の数々を想像し、涎が出そうになるのをグッとこらえた。
:
ベル:「・・・人間界のスイーツもなかなかイケるんだからな」
:
ベル:別に負け惜しみじゃないぞ。
ベル:小さく心の中で呟きながら、俺は招待状を自転車の籠に放り込んだ。
:
0:(しばらくの間)
:
ヒカル:「わぁっ!ケーキだぁ!」
ベル:真っ白なクリーム。その上に飾られたみずみずしいイチゴ。
ベル:『本日の主役』と書かれたタスキを斜め掛けにし、テーブルの上のケーキを見て目を輝かせるそいつに、俺はたしなめるように声をかけた。
:
ベル:「こら、つまみ食いすんなよ!」
ヒカル:「しないよぉ、ベルじゃあるまいし」
ベル:「なっ・・・俺様がいつつまみ食いをしたってんだ・・・」
ヒカル:「してたもん。この前だって夕飯の唐揚げ、食べてるの見たもん」
ベル:「ちげぇよ!あれは味見っていうの!」
ヒカル:「二つも食べたのに、ベルのお皿には唐揚げ四つも乗ってた・・・。
ヒカル:ボクのお皿には三つしか乗ってなかったのに・・・」
ベル:「ぐっ・・・見てやがったのか・・・」
ヒカル:「そうだよ!食べ物の恨みは恐ろしいんだからね!」
ベル:「わかったよ・・・後で俺の分のイチゴやるから」
ヒカル:「ホント!?やったぁ・・・(軽く咳き込む)」
ベル:「おい、大丈夫か?風邪でもひいたか?」
ヒカル:「うん・・・大丈夫。
ヒカル:それより、今日はご馳走用意してくれるって言ってたよね?何作ってくれたの?」
ベル:「ふふふ・・・よくぞ聞いてくれた。
ベル:魔界の超有名週刊誌『十三日のフライデー』に料理コラムを連載していたこの俺様が!
ベル:今日は特別、お前の為だけにこの料理の腕を奮ってやったぞ!」
ヒカル:「(拍手しつつ)おお~っ・・・!」
ベル:「さぁ、歓喜に震えるがいい・・・!
ベル:まず一品目は・・・これだ!」
ヒカル:「・・・えっ・・・何これ?」
ベル:「ふふふ、これか?人喰い花マンイーターのサラダだ!
ベル:産地直送だから生きが良いだろう!
ベル:ほら、蔓(つる)がまだ元気にうねっている!」
ヒカル:「う、うわぁ・・・」
ベル:「ふふっ、驚いたか?だが、まだまだこんなもんじゃないぞ。
ベル:お次は・・・これだ!」
ヒカル:「紫色の・・・スープ?」
ベル:「ああ、これはな!怪鳥(けちょう)コカトリスで出汁(だし)をとった特製スープだ!
ベル:魔界では石化に対する耐性をつける為、子どもの誕生日には必ず用意されるんだぞ。
ベル:あっ、もちろん人間用に毒は抜いてあるから安心しろよ!」
ヒカル:「え、ええっ・・・?」
ベル:「そしてそして!最後に今回のメインディッシュは・・・こいつだぁ!」
ヒカル:「うわぁ!何これぇ!?」
ベル:「ふっふっふ・・・これか?
ベル:これはなぁ・・・魔族の王でもなかなかお目にかかれないシロモノ・・・。
ベル:大蜥蜴(おおとかげ)バジリスクを直火(じかび)でじっくり焼き上げた、その名も・・・バジリスクの丸焼きだ!」
ヒカル:「・・・」
ベル:「いやぁ・・・こいつを仕入れるのは本当に大変だったんだぜ。
ベル:何せ、仕留めるだけでも命懸けだからな。
ベル:知ってるか?こいつの放つ猛毒は、触れただけで岩をも砕くほど強力で・・・
ベル:ああ、心配するなよ!こいつもしっかり毒抜きしてあるからな!
ベル:だから安心して食べるが(いい・・・)」
ヒカル:(食い気味に)
ヒカル:「やだ!!」
ベル:「・・・へ?」
ヒカル:「やだぁ!こんなの食べられない!食べたくない!!」
ベル:「なっ・・・何言ってんだ!せっかくお前の為に作ったんだぞ!
ベル:なんで食べもしないうちからそんなこと・・・」
ヒカル:(食い気味に)
ヒカル:「気持ち悪い!」
ベル:「はぁ!?」
ヒカル:「だって気持ち悪いんだもん!
ヒカル:うねうね動くお花のサラダも!
ヒカル:紫色の気味が悪いスープも!
ヒカル:大きなトカゲの丸焼きも!
ヒカル:全然ご馳走に見えないもん!」
ベル:「こいつ・・・!人がせっかくお前の為に一生懸命用意してやったのに・・・!」
ヒカル:「知らない!そんなに美味しいって言うなら、ベル一人で食べれば!
ヒカル:ボクは絶対にいらない!」
ベル:「なんだと、このクソガキ・・・!」
:
0:(二人、少しの間睨み合う)
:
ベル:「・・・あーわかった!わかりました!
ベル:少しでもお前のことを祝ってやりたいと思った俺が馬鹿だったぜ!
ベル:・・・そうだ!ご馳走なんかいらねぇっていうんなら、こいつもいらねぇってことだよな!」
ヒカル:「あっ!ボクのケーキ!」
ベル:「ん~!うめぇなぁ~!最高だなぁ~!
ベル:あっ、でもヒカルはご馳走食べたくないって言ったもんな~!楽しみにしてたのに残念だなぁ~!」
ヒカル:「・・・う~っ・・・」
ベル:「おっ?泣くか?泣くのか?
ベル:まぁ、泣いたところでケーキは一口だって分けてやる気は無いけどなぁ~!はっはっはー!」
ヒカル:「・・・もういい」
ベル:「ん?なんだって?何か言ったか?」
ヒカル:「もういいって言ったの!
ヒカル:ベルの馬鹿!意地悪!食いしん坊!
ヒカル:スットコドッコイのおたんこなす!」
ベル:「おい待て!おたんこなすなんて罵倒、きょうび使われてんの聞いた事ねぇぞ・・・!?
ベル:クソっ、人がせっかく優しくしてやろうと思ったのに、なんだその言い草は!」
ヒカル:「知らない!頼んでないもん!
ヒカル:鬼!悪魔!ベルのことなんか・・・ベルのことなんか・・・大っ嫌い!」
ベル:「このッ・・・!俺だってお前のこと、大、大、だーいっ嫌いだよ!」
ヒカル:「・・・っ!(部屋を飛び出していく)」
ベル:「・・・ふんっ。出て行っちまったか。
ベル:まぁ、いいや。しばらくすればケロッとして戻ってくるだろ」
:
ベル:しかし、数時間後ーーーこの時ヒカルを追わなかったことを俺は後悔することになる。
:
0:(しばらくの間)
:
サタン:「・・・ふぅ。やれやれ、毎回人間界へ向かうための手続きは面倒ですねぇ。
サタン:今やこちらの世界は『ぺーぱーれす』が主流だというのに、魔界ときたら出入国書類だの身分証明書だの・・・あれこれ用意しないと簡単に行き来もできないんですから。
サタン:・・・今度、事務の担当者に、魔界もそういった手続きが『いんたーねっと』とやらで簡単に出来ないか相談してみましょう」
:
サタン:「ですが、面倒な手続きをしてでも、今日は人間界に来る価値ありですからね。
サタン:ふふふ・・・今頃ベルとヒカルくんは楽しくケーキを食べているんでしょうか?
サタン:三角帽子なんか被って、バースデーソングを歌いながら浮かれている悪魔なんて、なかなか見られませんからねぇ」
:
サタン:「・・・ああ、ダメです。ニヤケてはいけません。
サタン:いつも通り冷静に、平常心を保って・・・。
サタン:(深呼吸)それでは、お邪魔しまー・・・」
:
0:(二人同時くらいに)
:
ベル:「うわぁ!」
サタン:「おっと・・・!」
ベル:「サタン・・・!?良かった、助かった・・・」
サタン:「ああ、驚いた・・・ベル、どうしたんですか?
サタン:そんなに勢いよく玄関から飛び出してきて・・・。
サタン:危うく開いた扉に額を割られる(ところでした・・・)」
ベル:(食い気味に)
ベル:「大変だ!」
サタン:「大変・・・?何がです?」
ベル:「大変なんだよ!ヒカルが・・・ヒカルが・・・」
サタン:「落ち着いてください!・・・ヒカルくんに何かあったんですか?」
ベル:「・・・っ、さっきから、ずっとうなされてるんだ・・・!
ベル:熱があって、苦しそうに咳をしてて、それから・・・」
サタン:「・・・案内してもらえますか」
ベル:「あ、ああ・・・こっちだ・・・」
:
ヒカル:「(苦しそうに咳をしている)」
サタン:「これは・・・」
ベル:「・・・今日、昼間言い争いになっちまって・・・ヒカルのヤツ、ウチを飛び出して、友だちの所に行ったんだと。
ベル:そこで具合が悪くなって、電話をもらった時にはもうぐったりしてて・・・」
サタン:「病院には連れて行ったんですか?」
ベル:「連れて行ったさ!薬も飲ませた!
ベル:けど、熱が全然下がらねぇんだよ!」
サタン:「・・・少し診(み)せてもらえますか?」
ベル:「あ、ああ・・・」
サタン:「・・・この症状は・・・」
ベル:「どうした?何かわかったのか?」
サタン:「ベル。あなた、ヒカルくんと一緒に暮らすようになって、どれくらい経ちますか?」
ベル:「もうすぐ半年くらいになると思うが・・・」
サタン:「なるほど・・・」
ベル:「おい・・・!何かわかったんだったら、早く教えてくれよ!じゃないとヒカルが・・・!」
サタン:「・・・結論を言います。ヒカルくんを苦しませている原因はあなたです」
ベル:「・・・え?」
:
ベル:「ど、どういう事だよ?
ベル:俺がヒカルを苦しませてる?そんなわけあるはずが・・・」
サタン:「いいえ、残念ながらあるのです。
サタン:ほら、ご覧なさい。ヒカルくんの左胸に浮かび上がった、この紋様(もんよう)を」
ベル:「これは・・・契約印(けいやくいん)・・・」
サタン:「そうです。悪魔と契約を交わした者に刻み込まれる、契約の証。
サタン:・・・そして、悪魔と契約を交わしている間、術者の命を削り続ける呪いの証」
ベル:「まさか・・・!」
サタン:「・・・ええ、お察しの通り、ヒカルくんが今苦しんでいるのは、病気のせいじゃない。
サタン:あなたと交わした契約によって、この子の命が削られているからなのです」
ベル:「・・・でも、それにしたって、たった半年だぞ。その程度で倒れるほど、こいつの寿命が短いなんて、そんなわけ・・・」
サタン:「あなたの力が強すぎるのです、ベル。
サタン:そして、あなたと契約を結ぶにはヒカルくんは幼すぎた。
サタン:・・・身体が、耐えられないのですよ。
サタン:いくら生命力に満ち溢れた若い命とは言えど、この子はまだほんの小さな子ども。
サタン:あなたと契約を結んだ上で、一緒に暮らしていくことなど、本来であればできるはずがなかったのです」
ベル:「・・・っ」
サタン:「・・・残念ですが、そろそろ潮時なのかもしれません。
サタン:この子の事を思うのであれば、あなたは今すぐにでもこの契約を破棄して、魔界に帰った方がいい」
ベル:「・・・そうしたら、ヒカルはどうなるんだ?」
サタン:「今は衰弱していますが、いずれ回復し、普通の生活に戻ることができるでしょう」
ベル:「違う!俺が居なくなったら、どうなるんだって話だ!」
:
ベル:「一人ぼっちになっちまうじゃねぇか・・・」
:
ベル:「そうだよ!だって、こいつには親も兄弟も、引き取ってくれる身内だっていないんだ・・・。
ベル:それが寂しくて、つらくて、誰かに傍にいて欲しくて、目の前に偶然現れた俺に縋っちまったんだ・・・。
ベル:もし、俺が居なくなったら、コイツは・・・本当に一人ぼっちに・・・」
サタン:「・・・けれど、あなたが傍に居れば、ヒカルくんは死んでしまうんですよ」
ベル:「・・・っ」
サタン:「ベル。あなたの気持ちはよくわかります。
サタン:しかし、感情や同情だけでどうこう出来る問題ではないのです」
ベル:「けど・・・けど、俺は・・・っ!」
ヒカル:「(うわ言)・・・ベル、どこ・・・?」
ベル:「・・・っ、ヒカル・・・!?」
サタン:「・・・目を覚ましたようですね。
サタン:何か食べられるようでしたら、消化の良いものを。
サタン:あとは水分をしっかりとらせてあげるように。
サタン:今は少しでも体力を失わないようにすることが先決ですから」
ベル:「なぁ・・・俺は一体どうすれば・・・」
サタン:「・・・ベル、一晩頭を冷やしてよく考えなさい。
サタン:あなたがヒカルくんの事を本当に考えるのであれば、どうするのが正しいのかを」
:
0:(サタン、その場から姿を消す)
:
ベル:「・・・」
ヒカル:「ベル・・・ベル?」
ベル:「あ、ああ・・・悪いな、ボーッとして。
ベル:大丈夫か?痛い所は無いか?」
ヒカル:「・・・頭、いたい。あと、少し気持ち悪い」
ベル:「食欲は・・・あるわけないよな」
ヒカル:「うん。あんまりご飯は食べたくない。
ヒカル:でも、お水は・・・ちょっと飲みたいかも」
ベル:「飲むか?」
ヒカル:「うん・・・(水を飲んでむせる)」
ベル:「ッ、大丈夫か!?」
ヒカル:「平気。少しむせちゃっただけ。全然大丈夫だよ」
ベル:「そ、そうか・・・」
ヒカル:「・・・ねぇ、ベル、どこかに行っちゃうの?」
ベル:「え?」
ヒカル:「さっき、誰かと話をしてたでしょ?
ヒカル:どこかに帰らなきゃいけないって・・・」
ベル:「・・・お前、その話、聞いて・・・」
ヒカル:「・・・ごめんなさい」
ベル:「なんで・・・謝るんだ?」
ヒカル:「ボク、今日いっぱいワガママ言ったから、ベルを悲しませたんでしょ?
ヒカル:せっかくベルが作ってくれたご飯、食べたくないって言ったから・・・」
ベル:「違う、あれは・・・」
ヒカル:「ごめんなさい」
ベル:「・・・っ」
ヒカル:「ボク、これからワガママ言ってベルを困らせたりしないから・・・。
ヒカル:トカゲの丸焼きだって頑張って食べるし、朝も一人でちゃんと起きられるようになるから・・・!」
:
ヒカル:「・・・だから、お願い。どこにも行かないで・・・行かないでよぉ・・・」
ベル:「ヒカル・・・」
:
ベル:薄暗い部屋の中。
ベル:縋り付くように伸ばされたその小さな手は、とても熱くて、震えていて。
ベル:離さなければいけないと分かってはいるはずなのに、振りほどくこともできず。
ベル:俺はただその弱々しい泣き声が聞こえなくなるまで、そこから離れることができなかった。
:
0:(しばらくの間。回想)
:
ベル:「おい、お前」
ヒカル:「お前じゃないよ。ヒカルだよ」
ベル:「腹が減った。飯を用意しろ」
ヒカル:「ボク、ご飯作れないよ?」
ベル:「なんだと?じゃあ、どうするんだ」
ヒカル:「キミが作ってくれればいいんじゃないの?」
ベル:「この俺様に料理をしろと?
ベル:ハッ、お前、人間のガキにしては、随分と生意気なことを言うじゃねぇか」
ヒカル:「えっ、キミもしかしてご飯作れないのー?」
ベル:「作れるぞ?ただ、面倒なだけだ。だから、お前が作れ」
ヒカル:「うわぁ!面倒だからって理由で子どもに労働を強いる、悪い大人だ!最低だ!」
ベル:「・・・お前。ガキのくせに口達者だな」
ヒカル:「まさか、本当は作れないとか?」
ベル:「そんなことはない。俺様は悪魔だが嘘はつかねぇ」
ヒカル:「じゃあ、作ってよ!ボクもお腹減っちゃった!」
ベル:「ふん・・・まぁ、いいだろう。特別に作ってやる。
ベル:ただし、お前だっていずれ自分で料理を作らなければいけない日がくるからな。
ベル:その時の為に今日から俺様が直々に特訓してやろう。どうだ?」
ヒカル:「ホント!?お手伝いしていいの?
ヒカル:じゃあ、ボクお野菜切るね!」
ベル:「おい!包丁を逆手に持つな!危ねぇだろうが!
ベル:いいか、包丁はこう持って・・・左手は猫の手!猫の手だぞ!」
:
0:(少し間)
:
ヒカル:「ベルー!見て見てー!」
ベル:「ああ?どうしたんだよ、お前。そんなにはしゃいで」
ヒカル:「だから、ヒカルだよ。
ヒカル:・・・あっ、それよりコレ、見て見て!」
ベル:「うわぁ・・・なんだその顔から急に手脚が伸びている生き物たちは・・・新種の魔獣か?」
ヒカル:「これはねぇ、ベルとボクだよ!」
ベル:「ちょっと待て、俺様はこんなちんちくりんじゃねぇぞ」
ヒカル:「そうかなぁ?上手く描けたと思うんだけど・・・ほら、そっくりじゃない?」
ベル:「・・・さり気なく喧嘩売ってんだろ」
ヒカル:「ちなみにこの絵、幼稚園のお絵描き大会で優勝したんだよ!すごいでしょ!」
ベル:「人間の感性ってのは、時々理解し難いな・・・」
ヒカル:「お題は『大好きな人』か『自分の家で飼っているペット』だよ」
ベル:「一応聞くが、前者のイメージで描いてるんだよな?
ベル:間違っても後者じゃねぇよな?」
ヒカル:「あっ、そうだ!・・・はい、これどうぞ!」
ベル:「なんだこれ?」
ヒカル:「優勝賞品の金メダル!ベルにあげる!」
ベル:「いいのか?お前がもらったんだろ?」
ヒカル:「いいの!ベルのおかげで貰えたんだから!お礼にあげる!」
ベル:「そうかよ・・・じゃあ、有難くもらっとくぜ」
ヒカル:「うん!いつも一緒に居てくれて、本当にありがとう!」
:
0:(少し間)
:
ベル:「おい、お前」
ヒカル:「ん?」
ベル:「・・・なぁ、改めて聞くが、お前は俺のこと、怖いとは思わねぇのか?」
ヒカル:「怖い?なんで?」
ベル:「いや、だって俺は・・・」
ヒカル:「全然、怖くなんかないよ」
ベル:「・・・えっ?」
ヒカル:「うーんとね、お母さんがよく言ってたんだ。
ヒカル:勝手に人を判断してはいけないよ、って。
ヒカル:どんなに悪そうな格好をしていても、ほかの人からどんなに嫌われてても、自分でお話をして、どんな人か知るまでは、その人のこと嫌いになっちゃいけないよ、って」
ベル:「へぇ・・・随分とまぁ、お優しいことで」
ヒカル:「うん!お母さんはね、すごく優しかった!
ヒカル:怒るとちょっと怖かったけど、でも、すごく優しい人だった!」
ベル:「・・・そういえば、ずっと気になってたんだけど、お前、親父さんは?」
ヒカル:「わかんない。気付いた時にはもう居なかった。
ヒカル:けど、温かくて大きな掌だけは、ずっとずっと覚えてるんだぁ」
ベル:「・・・」
ヒカル:「ねぇ、あのさ・・・少しだけ手を繋いでもいい?」
ベル:「それは命令か?」
ヒカル:「ううん。お願い」
ベル:「違いがよくわからねぇけど・・・少しだけならーーーほらよ」
ヒカル:「・・・うふふっ」
ベル:「あン?どうした?」
ヒカル:「キミの手、温かいね」
ベル:「そうか?」
ヒカル:「うん。大きくて、温かくて・・・ちょっとだけ、お父さんに似てる」
ベル:「・・・気のせいじゃねぇの」
ヒカル:「えー?そうかなぁ」
ベル:「・・・おい」
ヒカル:「ん?」
ベル:「その・・・少しだけだったら、一緒にいてやってもいいぞ」
ヒカル:「ホント?」
ベル:「ああ、だって、それがお前の望みなんだろ?」
ヒカル:「うん!」
ベル:「(笑う)・・・変なガキだよ、お前」
ヒカル:「ヒカル、だよ」
ベル:「あ?」
ヒカル:「ボクの名前、ヒカルだよ」
ベル:「・・・」
ヒカル:「あのね、ベル。ボク、キミとねーーー」
:
0:(しばらくの間)
:
サタン:「こちらに戻ってきたということは、決心がついたんですね」
ベル:「・・・ああ」
サタン:「つらいですか?」
ベル:「・・・別に、なんともねぇよ」
サタン:「そうですか。
サタン:・・・まぁ、そもそもあなたとあの子は本来であれば関わるべきでは無かった。
サタン:これが正しい選択なのかもしれません」
ベル:「・・・」
サタン:「さぁ、行きましょう。
サタン:大丈夫です。ヒカルくんはすぐ元気になります。
サタン:あなたが心配しなくても、きっと・・・」
ベル:(食い気味に)
ベル:「なぁ、ひとつ頼みがあるんだ」
サタン:「・・・何ですか?」
ベル:「お前に借りを作るのは気に食わねぇし、こんなことを願うこと自体、本当はダメだと分かってる。
ベル:けど、もし・・・もし許されるのであれば、俺はーーー」
:
0:(しばらくの間)
:
ヒカル:「・・・よし!今日は目覚ましが鳴る前に起きられたぞ!」
:
ヒカル:お日様が登ったら一人で起きて、幼稚園に行く準備をする。
ヒカル:服を着替えて、顔を洗って、パンを焼く。
ヒカル:それが、ボクのいつもの朝。
:
ヒカル:「もうそろそろ、お迎えのバスがくるからー、靴を履いてー、カバンを持ってー・・・それから・・・よし!」
:
ヒカル:トースターをよーいどん!の合図代わりに、ボクは部屋に向かって駆け出す。
ヒカル:そのまま、丸まったままの布団に向かって、大きく息を吸い込んでーーー
:
ヒカル:「おーい!朝だよーーー!起ーきーてーーー!」
ベル:「おわあっ!?」
ヒカル:布団から飛び起きて、目をぱちくりさせるその人。
ヒカル:そのびっくりした顔がおかしくて、ボクはいつも笑ってしまう。
ヒカル:そして、笑いながら元気にこう言うんだ。
:
ヒカル:「おはよう、ベル!」
ベル:「・・・おう、おはよう」
:
0:(しばらくの間)
:
ヒカル:「じゃあねー、ベル!行ってきまーす」
ベル:「へいへーい。行ってらっしゃーい(あくび)」
:
ベル:威勢よく歩いていく小さな背中を見送って、ひとつ大きなあくびをする。
ベル:これが、俺のいつもの朝。
ベル:最近、ようやく日常になりつつある、穏やかな朝。
:
ベル:「それにしても、人間のガキは朝から元気だよなぁ、全く・・・」
サタン:「そうですね。あれがあなたの失った若さというヤツですよ」
ベル:「・・・おい、お前。なんでこんなところに居るんだ?」
サタン:「おや?いけませんか?」
ベル:「当たり前だろうが。なんでこんな朝っぱらから、魔族の王が爽やかな顔して立ってるんだよ」
サタン:「いやぁ、実に清々しい朝ですね。
サタン:魔界は年中薄暗いので、たまにはこうして日の光を浴びるのも悪くない」
ベル:「・・・浄化されてしまえ」
サタン:「おやおや、相変わらずつれないですねぇ。そんなに冷たいと泣いちゃいますよ?いいんですか?」
ベル:「(ため息)」
サタン:「・・・しかし驚きましたよ。
サタン:まさかあなたが契約を破棄した上で、人間界に戻ってくるなんて。
サタン:なんだかんだ、こちらの暮らしが気に入ったのですか?」
ベル:「まぁな」
サタン:「おや?随分素直な返事ですね。
サタン:少し前までは契約さえなければ、すぐにでもおサラバしたいと仰ってはいませんでしたか?」
ベル:「知らねぇ。お前の聞き間違いじゃねぇの?」
サタン:「ほう・・・なるほど。
サタン:まぁ、いいでしょう。そういう事にしておいてあげますよ。
サタン:なんて言ったって、私はあなたの数少ない友人なんですから」
ベル:「うるせぇ。余計なお世話だ」
サタン:「ふふふ。・・・ああ、そういえば今回の件を許可するにあたっての条件、覚えてますよね?」
ベル:「うっ・・・」
サタン:「ほほう?なんです、その渋い顔は」
ベル:「いや、別に・・・」
サタン:「いやいや、いいんですよ?忘れていたのならそれで。
サタン:ただし、そうなってくると私も約束を守りかねますねぇ。
サタン:もしかしたら、うっかり口をすべらせて、あなたが私の前で綺麗な土下座を(したと皆に言ってしまうかも)」
ベル:(食い気味に)
ベル:「だーーーっ!あーーーっ!覚えてる!!覚えてるからそれ以上は言うなってのぉ!」
:
ベル:「(ため息)・・・スイーツバイキング」
サタン:「ん?」
ベル:「スイーツバイキングに連れて行け、だろ!しかも月イチ!ったく、とんでもねぇ条件出てきやがって」
サタン:「可愛らしいお願いでしょう?」
ベル:「可愛らしいもんか。お前と月イチでスイーツ食うんだぞ。
ベル:せっかくの美味いもんも、不味く感じそうだ」
サタン:「私はとても楽しみですけど?」
ベル:「オレは全然楽しみじゃねーの!
ベル:全く、何が悲しくてお前とスイーツなんか・・・」
ヒカル:「何を楽しそうにお話してるの?」
ベル:「なっ!ヒカル!?
ベル:お前、バスに乗って行ったんじゃ・・・」
ヒカル:「んーとね・・・なんか目覚まし時計止まってたみたいでね」
ベル:「はぁ!?じゃあ、バスは・・・」
ヒカル:「もうとっくに行っちゃったって」
ベル:「おまっ、それじゃあ・・・」
ヒカル:「・・・えへへぇ」
ベル:「えへへじゃねぇよ!なに呑気に笑ってんだお前はーーー!!」
ヒカル:「仕方ないでしょ!電池がいつ無くなっちゃうかなんてわからないもん!
ヒカル:『ふかこうりょく』だよ!『ふかこうりょく』!」
ベル:「だーーーっ!ホント、口だけは達者だなーーー!このガキーーー!」
サタン:「まぁまぁ、落ち着いてください、お二人とも」
ヒカル:「あっ、そう言えばこの人だぁれ?」
ベル:「ああ、こいつは・・・」
サタン:「初めまして、ヒカルくん。
サタン:私はベルの友人、サタンと申します」
ヒカル:「えっ、サタン!?もしかして、悪魔将軍!?」
サタン:「・・・悪魔将軍?」
ヒカル:「というか、ベルにもお友達いたんだね!ボク、てっきり友達いないのかと思ってた」
サタン:「(吹き出す)」
ベル:「・・・なんだよ」
サタン:「いや、すみません・・・さすが、あなたが面倒を見ているだけあるなぁ、と思いまして・・・」
ヒカル:「違うよ!最近はボクの方がベルのお世話をしてあげる事の方が多いもん!
ヒカル:今日だって寝坊したからボクが起こして・・・」
ベル:(食い気味に)
ベル:「あーもう!のんびり話してる場合じゃねぇだろうが!
ベル:ほら、行くぞヒカル!早く乗れ!」
ヒカル:「あっ、そうだった!」
サタン:「・・・ふふっ」
ベル:「だから、何笑ってんだよ」
サタン:「いや、微笑ましいなぁと思いまして」
ベル:「微笑ましい?」
サタン:「ええ、悪魔と人間がこうして契約を交わすでもなく仲良く暮らしている。
サタン:なんともまぁ、不思議で愉快で、素敵な主従関係だと思いまして」
ベル:「主従って・・・あのな、俺は・・・」
ヒカル:「あっ!ボク知ってるよ!
ヒカル:女王様が下僕にご褒美をあげる代わりに、下僕は女王様に『ごほうし』して、お互い好きでいることを『しゅじゅーかんけい』って言うんでしょ?」
ベル:「・・・ちょっと待てヒカル。それ、誰から教わったんだ?」
ヒカル:「エリコ先生」
ベル:「本当に・・・本当に大丈夫なのか?お前の幼稚園は・・・」
ヒカル:「でも、そう考えるとボクとベルは『しゅじゅー』じゃないね!
ヒカル:だって、ご褒美が無くたってボクはベルのこと大好きだもん!」
ベル:「なっ・・・!?お前、よく恥ずかしげもなくそんなことを・・・!」
ヒカル:「あれ?どうしたのベル、顔が真っ赤だよ?熱でもあるの?」
ベル:「ち、ちげぇよ!これは、その・・・っ」
サタン:「ふふっ・・・ははははっ」
ベル:「クソっ!笑ってんじゃねぇよこのっ!おいコラァ!!」
ヒカル:「ベル?なんで怒ってるの?もしかして、ボクのこと・・・本当は嫌い?」
ベル:「バカ!嫌いなわけねぇだろ!・・・あっ」
サタン:「・・・へぇ・・・ほう・・・なるほどぉ?」
ベル:「ちくしょー!ニヤニヤしてんじゃねぇよーーー!」
サタン:「ふふふっ・・・まぁまぁ、とりあえず仲がよろしいようで何よりです。
サタン:これからも仲の良い主従関係を続けてください」
ベル:「だーかーら、俺たちは主従なんかじゃねぇっての!」
ヒカル:「うん、そうだよ!『しゅじゅー』なんかじゃなくて、ボクたちはーーー」
:
0:(二人同時くらいに)
:
ベル:「あくまで親子ですから!」
ヒカル:「あくまで親子ですから!」
:
:
0:〜Fin〜