台本概要

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タイトル 終わる世界に花束を
作者名 akodon  (@akodon1)
ジャンル ファンタジー
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 40 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 最後に贈ろう、手向けの花を。

終わってしまった世界に花を手向けるお話です。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
169 花を届ける人。
161 花を届けたい人。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
▽:「おにいさん」 ▼:「・・・」 ▽:「ねぇねぇ、おにいさーん。おにいさんってばー」 ▼:「・・・」 ▽:「・・・おやぁ?呼びかけても反応は無し、と・・・。これはこれは、もしかして・・・」 ▼:「・・・」 ▽:「おにいさーん。おーい、おにいさーん。ボクの声、聞こえてますかー?生きてますかー?それとも、死んじゃって・・・」 ▼:「(食い気味に)うるさい」 ▽:「あっ、生きてましたねー。良かった良かった〜。大丈夫です?意識、しっかりしてます?ボクの目、いくつに見えますー?」 ▼:「・・・目が三つも四つもあったら、バケモノじゃないか、そんなの」 ▽:「ふふっ、その通りですね〜。いやぁ、思ったよりしっかりしてそうだ。安心しました」 ▼:「・・・っ(ふらつきながら起き上がる)」 ▽:「おや?どこに行かれるんです?」 ▼:「別に・・・どこへだっていいだろう」 ▽:「んー。そうですね。どこへ行ったってそりゃあ貴方の自由ですけれども。 ▽:そんなにフラフラした足取りじゃ、どこにも辿り着けないと思いますよ?」 ▼:「・・・」 ▽:「目的地はあるんです?」 ▼:「・・・お前には関係ない」 ▽:「それとも人探し?あるいは物探しですか?」 ▼:「・・・教える義理はない」 ▽:「えー?教えてくださいよォ。せっかくこんな砂の海のど真ん中、運命的な出会いを果たした仲じゃないですかァ。もっとこのご縁を大切に(しましょうよ)」 ▼:「(前の台詞に被せるように)うるさい!お前には関係ないって・・・ぐっ・・・(倒れる)」 ▽:「・・・あーあ。だから言ったじゃないですか。そんなんじゃ、どこにも辿り着けないですよ、って」 ▼:「・・・っ」 ▽:「どこに行かれるつもりなんですか?」 ▼:「・・・」 ▽:「何を探してるんですか?」 ▼:「・・・」 ▽:「・・・貴方は、何の為に前に進もうとしてるんですか?」 ▼:「・・・花を」 ▽:「はい?」 ▼:「花を、届けたいんだ。故郷で待つ、彼女の元へ」 ▽:「へぇ・・・それはそれは、なるほどです」 ▼:「・・・こんな砂漠のど真ん中で、馬鹿なヤツだと思ったか?」 ▽:「いいえ。そんなこと、これっぽっちも思いませんよ」 ▼:「本当に?」 ▽:「ええ、本当に」 ▼:「・・・(疑うような視線を向ける)」 ▽:「あははっ。そんなに疑わないでくださいよ。悲しくなっちゃうじゃないですかぁ」 ▼:「お前は、どうも胡散臭い」 ▽:「えー酷いなぁ!・・・まぁ、でもそうですね。花を届ける・・・そういう理由なら、ボクがきっとお役に立てると思いますよ」 ▼:「は?それはどういう・・・」 ▽:「申し遅れました。ボクはーーー」 0:『終わる世界に花束を』 ▼:ーーーある日、世界は終わってしまった。 ▼:まるで、SF映画の中のように。ファンタジー小説のように。 ▼:木々は枯れ果て、大地は乾き、多くの動物たちは死に絶えた。 ▼:ぎらぎらと照り付ける太陽の光は、この星から容赦なく命の源である水を奪い去り、 ▼:母なる海と呼ばれていたあの広大な存在ですら今や三分の一も残されていない。 ▼:代わりに果てしない砂漠と化したその大地に、生命(いのち)の気配はなく。 ▼:木も、花も、草の一本すら芽吹かぬ不毛の地が、どこまでも広がるだけだった。 ▽:まるで、死の星。死にゆく、星。 ▽:かつてこの星で栄華を極めた人類も、この世界ではなす術などなく。 ▽:ある者は飢えと渇きに耐えきれず。 ▽:ある者は生き残る為に他者と争い。 ▽:ある者はこの世を悲嘆して。 ▽:次々と命を落とした。 ▽:次々と、死んでいった。 ▼:そう世界はーーー呆気なく終わってしまったのだ。 ▽:そんな中、ほんのひと握り、生き延びてしまった人々は、やがて訪れる終わりへのカウントダウンに怯えるように。 ▼:ひっそりと息を潜め、身を寄せ合い、世界の片隅で生きていた。 ▽:終わってしまったこの世界で、それでも必死に生きていた。 ▼:はずだったのにーーー 0:(少し間) ▽:「いやぁー。どこまで行っても砂、砂、砂・・・さすがに飽きてきましたねぇ〜」 ▼:「・・・」 ▽:「つい半年前までは、多少なりとも走れば文明的なアレコレを見かけたりしたんですけど。 ▽:自然のキョーイってヤツは恐ろしいですねぇ。あっという間に砂の中にペロリですよぉ、全くぅ・・・」 ▼:「・・・おい」 ▽:「はい?」 ▼:「そんなにペラペラ喋りながらフローターを走らせて、口の中に砂が入らないのか?」 ▽:「入るに決まってるじゃないですかー。もうヤバイですよ。口の中はすでにジャリジャリ・・・うわぁー!ペッペッ!」 ▼:「・・・喋らなければいいだろうが」 ▽:「喋れるうちは喋っておかないと、忘れちゃうかもじゃないですか。言葉とか会話の仕方とか」 ▼:「お前、そんなに鳥頭なのか?」 ▽:「失敬な!鳥は結構賢かったって話ですよ! ▽:なんでも、カラスという鳥はとっても頭が良くて、なんとなんと!かつて人間とゴミ捨て場で戦争を繰り広げた程だとか、なんだとか・・・ぎゃーっ!ペッペッ!」 ▼:「・・・やっぱり鳥頭じゃないか」 ▽:「んもう!ボクのことは馬鹿にしても、ほかの生き物を馬鹿にしちゃいけませんよ! ▽:このフローターだって、元は鳥が滑空(かっくう)する姿をヒントに作られたらしいですからね」 ▼:「知らん。興味がない」 ▽:「ちょっとぉ、せっかく同乗させてあげてるんですから、少しは話し相手になってくださいよぉ」 ▼:「なってるだろうが」 ▽:「話題を投げかけたうち、反応が五回に一回しか返ってこない会話なんて、会話として成立してません!」 ▼:「五回に一回でも成立させてやってるんだ。感謝してくれ」 ▽:「むーん・・・。 ▽:・・・あっ、そろそろ日が暮れますね。今日はこの辺で休みますか」 ▼:「・・・もう少し先には行けないのか」 ▽:「無理ですね。このフローターは旧式で、太陽の光が届く間しか走れないんです。あまり根(こん)を詰めすぎても良くないですし、明日のためにゆっくり休みましょう」 ▼:「・・・ああ」 ▽:「うぅーん・・・疲れましたねぇー。やっぱり、一日中運転し続けるのは大変です。 ▽:自分の足で歩くよりはよっぽど楽ですけど、お腹はやっぱり減りますし・・・っと」 ▼:「・・・なんだその砂の塊みたいなヤツ」 ▽:「携帯食料です。食べますか?」 ▼:「いらん」 ▽:「えーっ、わりと美味しいんですよ?まぁ、口の中の唾液が奪われるという難点はありますが、栄養はたっぷりです」 ▼:「いらん」 ▽:「あとで欲しいって言ってもあげませんよ?」 ▼:「・・・いらん」 ▽:「わがままですねぇ。じゃあ、ボク一人で頂いちゃいますよ?はい、いただきまーす」 ▼:「・・・お前、わかっててやってるのか?」 ▽:「んふ?はにがでふ?(ん?何がです?)」 ▼:「(ため息)・・・何でもない」 ▽:「ふふっ、わかってますよ。おにいさんにはー・・・はい、お水」 ▼:「・・・ああ」 ▽:「いやぁー。それにしても、今日だけで結構走りましたねぇ。距離にすると約四〇〇キロルってところでしょうか?それでもおにいさんの住んでいた街までは、まだまだなんです?」 ▼:「残念ながら。この調子だとあと二日はかかるだろう」 ▽:「はぁー。随分長い道のりですねぇ。っていうか、おにいさん、よくそんな距離を歩いて帰ろうとしてましたね。頭おかしいんですか?」 ▼:「・・・なんだと?」 ▽:「あー!ごめんなさいごめんなさい!ほんのジョークです!ちょっとブラックなジョーク!怒らないでください!」 ▼:「(ため息)・・・仕方ないだろ。この世界にバスや電車なんてモノ、もう存在していないんだ」 ▽:「まぁ、そうですねぇ。そんなのとっくのとうに砂の中。バスも電車も、道路も街も何もかも。全部この下に埋まっちゃってますから」 ▼:「・・・ああ」 ▽:「でも、それが分かってるんだったら、旅に出るなんてやっぱり無謀でしたよ、おにいさーん。 ▽:ボクが通りかかったから良いものの、あと半日もあそこで倒れてたら、今頃おにいさんも砂の中でしたね、間違いなく」 ▼:「そうだな」 ▽:「ええ、ええ!だからこそ、感謝してください!あっ、何なら崇めてくれたって良いんですよー?神様、仏様ーって・・・」 ▼:「・・・神なんて」 ▽:「え?」 ▼:「神なんて・・・いてたまるか」 ▽:「・・・」 ▼:「・・・悪い。先に寝る。三時間経ったら起こしてくれ。それまで不寝番(ふしんばん)、頼んだぞ」 ▽:「・・・はい。りょーかいです。おやすみなさい、おにいさん」 ▼:「・・・」 ▽:「(寝静まったのを待つように間を空けて)・・・神なんて、いてたまるか、ですか・・・」 0:(ほんの少し間) ▽:「まったくもって、その通りですね」 0:(しばらくの間) ▼:声が聞こえた。優しい声が。 ▼:甘く耳元で囁いて、蜜のように心を溶かす、そんな声が。 ▼:ああ、これは彼女の声だ。 ▼:俺を呼ぶ、彼女の声だ。 ▼:誰よりも愛しくて、誰よりも大切で。 ▼:誰よりもそばに居たいと願っていたひと。 ▼:そっと、その身体に手を伸ばし、抱き寄せたーーーつもりだったのに。 ▼:その姿は枯れて、崩れて、灰のように呆気なく消え去って。 ▼:彼女が消えた腕の中。 ▼:甘い、甘い香りだけが漂った。 0:(少し間) ▼:「・・・ッ!はぁっ・・・はぁっ・・・はぁっ・・・」 ▽:「・・・おにいさん?大丈夫です?」 ▼:「・・・ここは?」 ▽:「砂漠のど真ん中、ですよ。忘れちゃったんですか?」 ▼:「ああ、そうか・・・そうだったな・・・」 ▽:「だいぶ魘(うな)されてましたねぇ。何か悪い夢でも見ましたか?」 ▼:「いや・・・」 ▽:「本当に?」 ▼:「・・・」 ▽:「おにいさん」 ▼:「しつこいな・・・なんでもない・・・!・・・ッ!(胸を抑える)」 ▽:「・・・ほぉら、やっぱり悪い夢だったんだ」 ▼:「・・・(息を整えるように呼吸をする)」 ▽:「まぁ、話したくないなら良いんですけどね。ボクもあんまり人のプライバシーを侵害したくないですし」 ▼:「・・・今まで散々しつこく聞いてきたクセに、よく言う」 ▽:「デリカシーには欠けているかもしれませんが、必要最低限のプライバシーは守るつもりですよ、ボク。 ▽:おにいさんが話したくないことは聞かないですし、それ以上しつこくするつもりもありません。・・・ただ」 ▼:「なんだよ」 ▽:「悪い夢は、人に話すと良いらしいですよ?」 ▼:「・・・遠回しに聞いてることにならないか、それ」 ▽:「そんなことは無いですって。話すも話さないも、それはおにいさんの自由ですから」 ▼:「(ため息)」 ▽:「・・・さてと、三時間経ちましたが、どうしますか?もう少し休んでもらっても大丈夫ですよ?おにいさん、体調よろしくないみたいですし」 ▼:「いや・・・大丈夫だ。お前にはまた夜が明けたら、運転を頼むことになるからな」 ▽:「ああ、確かに。誰もいない道を走るとは言えども、居眠り運転でもしておにいさんを怪我させたら大変ですからね。 ▽:ここは大人しくご厚意に甘えておきましょう」 ▼:「そうだな。そうしてくれ」 ▽:「・・・ついでに、眠るまで子守唄でも歌ってくれたりします?」 ▼:「・・・調子に乗るな」 ▽:「ふふっ、残念だなぁ」 ▼:「・・・なぁ」 ▽:「はい?」 ▼:「・・・あと二日、何とかなると思うか」 ▽:「・・・それはおにいさん次第ですね」 ▼:「・・・そうか」 ▽:「プラス、ボクの運転技術次第!」 ▼:「・・・はぁ?」 ▽:「ちょ、冗談ですって!任された以上、ボクはキチンと仕事をやり遂げる人間です! ▽:・・・って、何ですか!その蔑むような目は!大丈夫ですから!信じてくださいってばぁ!」 ▼:「うるさい。早く寝ろ」 ▽:「はいはーい。りょーかいでーす。・・・あっ、おにいさん」 ▼:「なんだよ」 ▽:「・・・また悪い夢を見たら、今度は話してくれてもいいんですよ?」 ▼:「・・・考えておく」 ▽:「ふふっ、よろしくお願いします。・・・では、おやすみなさい」 0:(少し間) ▼:「悪い夢、か・・・」 0:(しばらくの間) ▼:種はきっと、ずっと昔に蒔かれていたんだろう。 ▼:決して姿は見えずとも、確実に、それぞれの中に。 ▼:だからこそ、俺たちは願ってはいけなかったんだ。 ▼:この世界を終わらせてしまった俺たちは、決してそれだけは願ってはいけなかったんだ。 ▼:だけど、ある日誰かが願ってしまった。 ▼:それを、クソッタレで気まぐれな神様は、聞き届けてしまった。 ▼:聞き届けて、しまったんだ。 0:(少し間) ▽:「ノアの方舟(はこぶね)、ですか?」 ▼:「ああ、知ってるか?」 ▽:「はい、知ってますよー。昔、この世に見切りをつけようとした神様が、大洪水を起こして世界をお掃除しようとしました。 ▽:けど、唯一綺麗で正しい心を持つノアと家族と、動物たちだけは方舟に乗せて助けてあげましたー、めでたし、めでたしって話ですよね?」 ▼:「・・・思った以上の模範解答だ」 ▽:「思った以上の、ってなんですか?もしかして、ボクのこと甘くみてました?」 ▼:「だいぶ」 ▽:「・・・ほんとーに失敬な人ですよね。おにいさんって」 ▼:「お前ほどじゃない」 ▽:「そんなことないですよぉ。ボクはちゃんと要所要所に相手への敬意を込めてますぅ」 ▼:「そんなの、感じたことがないな」 ▽:「ならば、おにいさんのアンテナは壊れてますね!早めの修理をオススメします!」 ▼:「別に、壊れたままでも大して困らない」 ▽:「・・・あー言えばこー言うおにいさんのそういうトコ、好きじゃないです」 ▼:「大丈夫だ。お前に好かれようなんざ、小指の先ほども思ってない」 ▽:「あともう少しの間、命運を共にするにあたって、その発言は一体いかがなものかと思いますけどねぇ・・・」 ▼:「ビジネスライクな関係に、個人的な好きや嫌いは関係ないからな」 ▽:「それにしたって!それにしたってですよ!・・・ぷあっ、ペッペッ!」 ▼:「・・・前方、砂煙(すなけむり)注意」 ▽:「なんで今言うんですか・・・遅いんですよ・・・全くもう・・・」 ▼:「・・・」 ▽:「・・・それで、方舟が何なんです?」 ▼:「ん?」 ▽:「ん?じゃないですよ。ボクとの会話を面倒くさがるおにいさんが、急に意味深に振ってきたんです。何かそれを話題にして、話したいことがあったんでしょ?」 ▼:「・・・」 ▽:「ねぇ、おにいさん?」 ▼:「・・・方舟で、生き残ったノアは神のお眼鏡にかなった、正しい人間だったんだろ」 ▽:「ん?んー・・・まぁ、そういう事になるんでしょうねぇ」 ▼:「だったら、その子孫であるはずの俺たちをどうして救ってくれなかったんだ、と。そう思っただけだ」 ▽:「・・・へぇ、無神論者(むしんろんじゃ)のおにいさんがそんな事をおっしゃるとは。もしかして大洪水の前触れですか?」 ▼:「(微かに笑って)そいつはいいな。もしかしたら、その洪水で世界が潤うかもしれない」 ▽:「あーいいですねぇ。そうなったら、一躍(いちやく)おにいさんが神様として崇められちゃうんじゃないですかぁ?乾いた大地に雨をもたらした救世主、ここに現る!みたいなー」 ▼:「神がいないと言うのなら、自分自身が神に、か。そうだな・・・それで世界が救えるのなら、そいつは悪くない考えだ」 ▽:「・・・おやおや、珍しくノリ気になっちゃって。おにいさん、どうしたんです?ついに頭までやられ始めちゃいました?」 ▼:「・・・ああ、そうだな。そうかもしれないな」 ▽:「ダメですよぉ。まだまだ急いだって、目的地までは一日以上かかります。それまで意識だけは、しっかり保ってもらわないと」 ▼:「・・・わかってる。ただ少し、思っただけだ」 ▽:「何をです?」 ▼:「世界が正しい人間ばかりでできていたとしたら、何故この星はこんな風になってしまったんだろう、って」 ▽:「ああ、それは仕方ないですよ。だって、ボクたちはーーー」 0:(少し間) ▽:「クソッタレな神様が選んだ、どうしようもなくクソッタレな人間なんですから」 0:(しばらくの間) ▼:死の床についた、とある一人の老人がふとこう言った。 ▼:この不毛の大地に、もう一度あの美しい光景を取り戻したい。 ▼:かつて、私が世界を治めていたあの日のような。 ▼:人類が叡智(えいち)を極めていたあの日のような素晴らしい世界を、再びこの目で拝みたい、と。 ▼:すると、その願いが叶ったのか否か、老人の目の前でそれは突如開いた。 ▼:老人の心臓を食い破り、皮膚を貫き葉を伸ばし、彼の胸の上で咲き誇ったそれは。 ▼:まるで、彼が夢見た光景に出てくるような、美しい一輪の花だったという。 0:(少し間) ▽:「・・・おにいさーん。おーい、おにいさんってばー」 ▼:「・・・ん、あ・・・」 ▽:「あっ、ようやく目を覚ました。大丈夫ですかー?ボクの目、いくつに見えますかー?」 ▼:「・・・二つ」 ▽:「・・・おや、大変だ。おにいさんが皮肉を言わず、まともに答えてくれるなんて。これはよっぽど重症ですね」 ▼:「俺は、いったい・・・?」 ▽:「倒れてたんですよ。不寝番の途中で。ボクが何度揺さぶっても起きなくて。 ▽:もしかしてダメかなーって思いましたけど、どうにか生きててくれたようで、良かったです」 ▼:「そうか・・・俺は・・・」 ▽:「あーあー。ダメですよ、起き上がっちゃ。さっきまで死にかけてたんです。無理に身体を動かしたら・・・」 ▼:「・・・ぐっ(倒れる)」 ▽:「(受け止める)・・・っとと。言わんこっちゃない。少し大人しくしててください。じき、夜も明けるでしょうから・・・」 ▼:「・・・届けるんだ」 ▽:「はい?」 ▼:「届けるんだ・・・。この身体が動かなくなる前に、彼女の元へ・・・この花を・・・」 ▽:「・・・まだ、フローターは動きませんよ?」 ▼:「それでもいい・・・届けたいんだ・・・。一刻も早く・・・俺が、俺であるうちに」 ▽:「(ため息)・・・全く。ほんとーに自分勝手で、困った人ですよね。おにいさんって」 ▼:「・・・悪い」 ▽:「よしてくださいよぉ、気持ち悪い。殊勝(しゅしょう)なおにいさんなんて見てたら・・・ほら、鳥肌立ってきちゃいました」 ▼:「お前こそ、本当にデリカシーの欠片も・・・まぁ、いいか。この際、そんな事はどうだって・・・」 ▽:「そうですね。この際どうでもいいですよ。だって、この世界でそんなこと、気にする方が馬鹿みたいじゃないですか」 ▼:「・・・そうだな」 ▽:「・・・朝日が昇り始めたら出発します。全速前進、フルパワーで」 ▼:「ああ、頼む」 ▽:「絶対に途中で振り落とされないでくださいよ?」 ▼:「・・・努力する」 ▽:「そこは力強く『わかった』って言うところですよ、おにいさん?」 ▼:「(微かに笑う)」 ▽:「(笑い返す)よしっ・・・じゃあ、行きますよ。いざーーー」 0:(ほんの少し間) ▽:「おにいさんの・・・故郷へと」 0:(しばらくの間) ▼:まるで、それは連鎖のようだった。 ▼:一輪の花に誘(さそ)われるように、誘(いざな)われるように、次々と種は芽吹いた。 ▼:ある花は男の、ある花は女の、ある花は少年の、ある花は少女の心臓を食い破り、美しい花を咲かせた。 ▼:その地に住む人々を苗床(なえどこ)に、不毛の大地を彩ったそれは、まるでかつての世界を思い出させるような。 ▼:それはそれはーーー美しい光景だったという。 0:(少し間) ▽:「(鼻歌)」 ▼:「・・・ん・・・」 ▽:「あっ、おにいさん。目、覚めましたか?」 ▼:「・・・調子外れの歌で起こされた」 ▽:「えー、失礼な。これでも、歌には自信があるんですよぉ」 ▼:「耳腐ってんじゃないのか?」 ▽:「腐ってませんー。もー。最期くらい、お世辞の一言でも言ってみたらどうですか?」 ▼:「言ったら言ったで気持ち悪いとか言うクセに」 ▽:「まぁ、そうですね。お互い慣れないことはしない方が身のため、ってヤツですかね」 ▼:「ああ、そんな関係じゃないしな、俺たちは」 ▽:「ええ、『どうせ』ビジネスライクな関係ですもんね、ボクたちは」 ▼:「(笑う)」 ▽:「(笑う)」 ▼:「・・・着いたのか?」 ▽:「はい、着きましたよ。見えますか?」 ▼:「・・・いや、もうだいぶ霞(かす)んで見えないんだ。だから、そこまで運んでほしい」 ▽:「わかりました。・・・立てますか?」 ▼:「悪い・・・肩、貸してくれるか?」 ▽:「高いですよ?」 ▼:「ケチケチするなよ。・・・頼むから」 ▽:「・・・ふふっ」 ▼:「なんだよ」 ▽:「おにいさんに頼み事をされるのは、なんだかとても気分がいいです」 ▼:「・・・あっそう」 ▽:「素っ気ないですねぇ。まぁ、良いでしょ。ーーーさぁ、行きますよ」 ▼:「・・・ああ」 0:(少し間) ▽:かつて、生命(いのち)溢れる美しい星があった。 ▽:そこに生まれた彼らは、星から与えられる恵みに感謝しながら、 ▽:穏やかに、優しく生きていた。 0:(少し間) ▽:「・・・そういえば、おにいさんは、どうしてあんなところで倒れていたんですか?」 ▼:「救う方法を、探したかったんだ」 ▽:「救う方法?」 ▼:「ああ、彼女のことを・・・彼女の生命(いのち)を救うための方法を」 ▽:「結局、その方法は見つかったんですか?」 ▼:「・・・見つかったら、今頃こんな風にはなっていない」 ▽:「・・・まぁ、そうですね・・・すみません。野暮なことを聞きました」 ▼:「・・・彼女は」 ▽:「はい?」 ▼:「彼女は・・・自分を救ってくれなかった俺の事を恨んではいないだろうか?」 ▽:「そうですね・・・。でも、きっとその答えは・・・」 0:(ほんの少し間) ▽:「もうすぐ、聞けるんじゃないですか?」 0:(少し間) ▽:けれど、長い時が過ぎ。 ▽:いつしか、感謝の心を忘れた彼らは。 ▽:星が与えてくれる恵みを我が物顔で、 ▽:食らい、奪い、時にはそれを求めて醜く争いながら、生きるようになっていった。 0:(少し間) ▽:「ボク、少し前まで思っていたんです。神様って、実は一番怠け者なんじゃないかって」 ▼:「どうしてそう思うんだ?」 ▽:「だって、もし働き者の神様がこの世界を守ってくれていたのなら、きっとこんな風になる前に皆を救ってくれていたでしょうから」 ▼:「・・・なるほどな」 ▽:「けど、最近思うようになりました。神様がもし働き者だったら、きっと世界の人たちはもっとわがままに、自分勝手に生きていただろうって」 ▼:「だから、怠け者で良かったって?」 ▽:「ええ、そうです。クソッタレくらいがちょうどいいんです、きっと、神様なんて」 ▼:「・・・納得はできないがーーーでも」 ▽:「でも?」 ▼:「・・・言われてみれば、そんな考えもあるのかもしれないと、思える自分がここにいる」 0:(少し間) ▽:ある日、そのひとはこう言った。 ▽:お前たちに最後のチャンスを与えようと。 ▽:もし、お前たちがこれから、この世界で生きていくつもりならば。 ▽:かつてのように穏やかで優しい心を取り戻し、この星を愛してやりなさい、と。 ▼:人々は頷いた。 ▼:わかりました。私たちはこの世界で生きていく為、かつてのように穏やかに、優しい心を持って、この星を愛しましょう、と。 ▽:その言葉に深く頷きながらそのひとは、彼らにそれを差し出した。 ▽:ーーーでは、お前たち。その誓いにこの種を一粒、飲み込みなさい、と。 0:(少し間) ▼:「・・・結局、怖くなったんだ」 ▽:「何がです?」 ▼:「あいつの傍に居ることが。あいつの傍で、その瞬間を迎えることになるのが、怖くなってしまったんだ」 ▽:「・・・だから、ここから逃げ出した」 ▼:「ああ、そうだ。どこまでも遠くに行けば、きっとあいつの死を認めなくて済むだろうと、そう思った」 ▽:「・・・」 ▼:「最低だろ?治療法なんてある訳ないってわかってたのに、俺は自分の勝手な都合で彼女の元から逃げ出したんだ。 ▼:あいつがどれだけ寂しくて、つらい想いをするかを考えた上で、自分自身の気持ちを優先したんだ・・・」 0:(少し間) ▼:「最低だ・・・最低なんだ、俺は。だから、本当はこの場所に戻ってくる資格なんて・・・」 ▽:「無いかどうかは、ご自分で確かめてみたらどうですか?」 ▼:「・・・そんなの、どうやって・・・」 ▽:「ええ、だからそれを教える為に」 0:(ほんの少し間) ▽:「ボクは貴方にーーー着いてきたんです」 0:(少し間) ▽:そのひとは、こう言った。 ▽:いいか、お前たち。その種は私からの手向けだ、と。 ▽:万が一、お前たちが誓いを破ったその時は、種はお前たちの心臓を食い破り、大地に花を咲かすだろう、と。 ▽:例え罪を犯したとしても、それが愛しいお前たちにできる最後の手向けだと、そう言った。 ▽:頷く彼らの様子を見て、とても満足したように微笑んだそのひとは、ふと思い付いたように言葉を重ねた。 ▽:ーーーそうだ。ならば、お前たちに『万が一』は無いことを信じ、ひとつ仕掛けをしておこう。 0:(少し間) ▽:「(鼻歌)」 ▼:「・・・また、その歌か」 ▽:「はい。好きなんです。この歌。温かい気持ちになれるでしょう?」 ▼:「・・・そう、か」 ▽:「ええ、そうですよ。穏やかで、優しくて、世界が少し愛しくなる。そんな祈りの歌です」 ▼:「・・・歌は、よくわからないが」 ▽:「はい」 ▼:「その歌を聞いて、悪い気持ちには、ならないな・・・」 ▽:「おにいさん」 ▼:「なんだ?」 ▽:「着きましたよ」 ▼:「え・・・?」 ▽:「着きましたよ。おにいさんが目指していた場所。今、ここがそうですよ」 ▼:「・・・本当か?」 ▽:「この後に及んで嘘なんかつきませんよ。間違いなく、ここがおにいさんの帰りたかった場所です」 ▼:「なんで・・・わかるんだ?」 ▽:「ええ、わかりますよ。だって・・・」 0:(ほんの少し間) ▽:「おにいさんの帰りを待つように、綺麗なラベンダーの花が咲き誇っていますから」 ▼:「ラベンダーの、花・・・?」 ▽:「はい。見えますか?」 ▼:「・・・見えない。もう何も見えない。・・・けど、そうか・・・あいつ、そこにいるのか・・・?」 ▽:「いますよ。こんな砂漠の真ん中で、おにいさんを待っていたんですよ」 ▼:「俺は、あいつの元から逃げたのに・・・?」 ▽:「逃げてなんかいませんよ。だって、こうして帰ってきたじゃないですか」 ▼:「けど・・・俺は・・・」 ▽:「(食い気味に)おにいさん。・・・ほら、触れてあげてください。貴方の大事なこの人は、貴方のことを『ずっと待っていました』と言ってますよ」 ▼:「・・・っ(泣く)」 ▽:「・・・ねぇ、おにいさん。もうすぐ夜が明けますよ」 ▼:「ああ・・・」 ▽:「太陽が昇ったら、きっと花が咲くでしょう。この終わってしまった世界に、美しい花が」 ▼:「・・・ああ」 ▽:「大丈夫です。心配なんていりません。きっと、貴方が最期に咲かせるのはーーー」 0:(ほんの少し間) ▽:「大切な人へ贈るに相応しい、とても美しい花ですから」 0:(少し間) ▼:「・・・ああーーーありがとう」 0:(しばらくの間) ▼:ある日、世界は終わってしまった。 ▼:SF映画のように、ファンタジー小説のように。 ▽:「(鼻歌)」 ▼:一本の木も、花も、草すらも芽吹かなくなったその大地にその日、それは咲いた。 ▽:「・・・ねぇ、おにいさん。見えてますか?」 ▼:かつて、人々に贈られた最後の手向け。 ▼:終わってしまった世界へ贈る、最後の手向け。 ▽:「貴方が咲かせた、赤い薔薇の花言葉はね・・・」 ▼:誰も居なくなった世界。 ▼:最後に美しく彩られた、その星の名はーーー 0:〜FIN〜

▽:「おにいさん」 ▼:「・・・」 ▽:「ねぇねぇ、おにいさーん。おにいさんってばー」 ▼:「・・・」 ▽:「・・・おやぁ?呼びかけても反応は無し、と・・・。これはこれは、もしかして・・・」 ▼:「・・・」 ▽:「おにいさーん。おーい、おにいさーん。ボクの声、聞こえてますかー?生きてますかー?それとも、死んじゃって・・・」 ▼:「(食い気味に)うるさい」 ▽:「あっ、生きてましたねー。良かった良かった〜。大丈夫です?意識、しっかりしてます?ボクの目、いくつに見えますー?」 ▼:「・・・目が三つも四つもあったら、バケモノじゃないか、そんなの」 ▽:「ふふっ、その通りですね〜。いやぁ、思ったよりしっかりしてそうだ。安心しました」 ▼:「・・・っ(ふらつきながら起き上がる)」 ▽:「おや?どこに行かれるんです?」 ▼:「別に・・・どこへだっていいだろう」 ▽:「んー。そうですね。どこへ行ったってそりゃあ貴方の自由ですけれども。 ▽:そんなにフラフラした足取りじゃ、どこにも辿り着けないと思いますよ?」 ▼:「・・・」 ▽:「目的地はあるんです?」 ▼:「・・・お前には関係ない」 ▽:「それとも人探し?あるいは物探しですか?」 ▼:「・・・教える義理はない」 ▽:「えー?教えてくださいよォ。せっかくこんな砂の海のど真ん中、運命的な出会いを果たした仲じゃないですかァ。もっとこのご縁を大切に(しましょうよ)」 ▼:「(前の台詞に被せるように)うるさい!お前には関係ないって・・・ぐっ・・・(倒れる)」 ▽:「・・・あーあ。だから言ったじゃないですか。そんなんじゃ、どこにも辿り着けないですよ、って」 ▼:「・・・っ」 ▽:「どこに行かれるつもりなんですか?」 ▼:「・・・」 ▽:「何を探してるんですか?」 ▼:「・・・」 ▽:「・・・貴方は、何の為に前に進もうとしてるんですか?」 ▼:「・・・花を」 ▽:「はい?」 ▼:「花を、届けたいんだ。故郷で待つ、彼女の元へ」 ▽:「へぇ・・・それはそれは、なるほどです」 ▼:「・・・こんな砂漠のど真ん中で、馬鹿なヤツだと思ったか?」 ▽:「いいえ。そんなこと、これっぽっちも思いませんよ」 ▼:「本当に?」 ▽:「ええ、本当に」 ▼:「・・・(疑うような視線を向ける)」 ▽:「あははっ。そんなに疑わないでくださいよ。悲しくなっちゃうじゃないですかぁ」 ▼:「お前は、どうも胡散臭い」 ▽:「えー酷いなぁ!・・・まぁ、でもそうですね。花を届ける・・・そういう理由なら、ボクがきっとお役に立てると思いますよ」 ▼:「は?それはどういう・・・」 ▽:「申し遅れました。ボクはーーー」 0:『終わる世界に花束を』 ▼:ーーーある日、世界は終わってしまった。 ▼:まるで、SF映画の中のように。ファンタジー小説のように。 ▼:木々は枯れ果て、大地は乾き、多くの動物たちは死に絶えた。 ▼:ぎらぎらと照り付ける太陽の光は、この星から容赦なく命の源である水を奪い去り、 ▼:母なる海と呼ばれていたあの広大な存在ですら今や三分の一も残されていない。 ▼:代わりに果てしない砂漠と化したその大地に、生命(いのち)の気配はなく。 ▼:木も、花も、草の一本すら芽吹かぬ不毛の地が、どこまでも広がるだけだった。 ▽:まるで、死の星。死にゆく、星。 ▽:かつてこの星で栄華を極めた人類も、この世界ではなす術などなく。 ▽:ある者は飢えと渇きに耐えきれず。 ▽:ある者は生き残る為に他者と争い。 ▽:ある者はこの世を悲嘆して。 ▽:次々と命を落とした。 ▽:次々と、死んでいった。 ▼:そう世界はーーー呆気なく終わってしまったのだ。 ▽:そんな中、ほんのひと握り、生き延びてしまった人々は、やがて訪れる終わりへのカウントダウンに怯えるように。 ▼:ひっそりと息を潜め、身を寄せ合い、世界の片隅で生きていた。 ▽:終わってしまったこの世界で、それでも必死に生きていた。 ▼:はずだったのにーーー 0:(少し間) ▽:「いやぁー。どこまで行っても砂、砂、砂・・・さすがに飽きてきましたねぇ〜」 ▼:「・・・」 ▽:「つい半年前までは、多少なりとも走れば文明的なアレコレを見かけたりしたんですけど。 ▽:自然のキョーイってヤツは恐ろしいですねぇ。あっという間に砂の中にペロリですよぉ、全くぅ・・・」 ▼:「・・・おい」 ▽:「はい?」 ▼:「そんなにペラペラ喋りながらフローターを走らせて、口の中に砂が入らないのか?」 ▽:「入るに決まってるじゃないですかー。もうヤバイですよ。口の中はすでにジャリジャリ・・・うわぁー!ペッペッ!」 ▼:「・・・喋らなければいいだろうが」 ▽:「喋れるうちは喋っておかないと、忘れちゃうかもじゃないですか。言葉とか会話の仕方とか」 ▼:「お前、そんなに鳥頭なのか?」 ▽:「失敬な!鳥は結構賢かったって話ですよ! ▽:なんでも、カラスという鳥はとっても頭が良くて、なんとなんと!かつて人間とゴミ捨て場で戦争を繰り広げた程だとか、なんだとか・・・ぎゃーっ!ペッペッ!」 ▼:「・・・やっぱり鳥頭じゃないか」 ▽:「んもう!ボクのことは馬鹿にしても、ほかの生き物を馬鹿にしちゃいけませんよ! ▽:このフローターだって、元は鳥が滑空(かっくう)する姿をヒントに作られたらしいですからね」 ▼:「知らん。興味がない」 ▽:「ちょっとぉ、せっかく同乗させてあげてるんですから、少しは話し相手になってくださいよぉ」 ▼:「なってるだろうが」 ▽:「話題を投げかけたうち、反応が五回に一回しか返ってこない会話なんて、会話として成立してません!」 ▼:「五回に一回でも成立させてやってるんだ。感謝してくれ」 ▽:「むーん・・・。 ▽:・・・あっ、そろそろ日が暮れますね。今日はこの辺で休みますか」 ▼:「・・・もう少し先には行けないのか」 ▽:「無理ですね。このフローターは旧式で、太陽の光が届く間しか走れないんです。あまり根(こん)を詰めすぎても良くないですし、明日のためにゆっくり休みましょう」 ▼:「・・・ああ」 ▽:「うぅーん・・・疲れましたねぇー。やっぱり、一日中運転し続けるのは大変です。 ▽:自分の足で歩くよりはよっぽど楽ですけど、お腹はやっぱり減りますし・・・っと」 ▼:「・・・なんだその砂の塊みたいなヤツ」 ▽:「携帯食料です。食べますか?」 ▼:「いらん」 ▽:「えーっ、わりと美味しいんですよ?まぁ、口の中の唾液が奪われるという難点はありますが、栄養はたっぷりです」 ▼:「いらん」 ▽:「あとで欲しいって言ってもあげませんよ?」 ▼:「・・・いらん」 ▽:「わがままですねぇ。じゃあ、ボク一人で頂いちゃいますよ?はい、いただきまーす」 ▼:「・・・お前、わかっててやってるのか?」 ▽:「んふ?はにがでふ?(ん?何がです?)」 ▼:「(ため息)・・・何でもない」 ▽:「ふふっ、わかってますよ。おにいさんにはー・・・はい、お水」 ▼:「・・・ああ」 ▽:「いやぁー。それにしても、今日だけで結構走りましたねぇ。距離にすると約四〇〇キロルってところでしょうか?それでもおにいさんの住んでいた街までは、まだまだなんです?」 ▼:「残念ながら。この調子だとあと二日はかかるだろう」 ▽:「はぁー。随分長い道のりですねぇ。っていうか、おにいさん、よくそんな距離を歩いて帰ろうとしてましたね。頭おかしいんですか?」 ▼:「・・・なんだと?」 ▽:「あー!ごめんなさいごめんなさい!ほんのジョークです!ちょっとブラックなジョーク!怒らないでください!」 ▼:「(ため息)・・・仕方ないだろ。この世界にバスや電車なんてモノ、もう存在していないんだ」 ▽:「まぁ、そうですねぇ。そんなのとっくのとうに砂の中。バスも電車も、道路も街も何もかも。全部この下に埋まっちゃってますから」 ▼:「・・・ああ」 ▽:「でも、それが分かってるんだったら、旅に出るなんてやっぱり無謀でしたよ、おにいさーん。 ▽:ボクが通りかかったから良いものの、あと半日もあそこで倒れてたら、今頃おにいさんも砂の中でしたね、間違いなく」 ▼:「そうだな」 ▽:「ええ、ええ!だからこそ、感謝してください!あっ、何なら崇めてくれたって良いんですよー?神様、仏様ーって・・・」 ▼:「・・・神なんて」 ▽:「え?」 ▼:「神なんて・・・いてたまるか」 ▽:「・・・」 ▼:「・・・悪い。先に寝る。三時間経ったら起こしてくれ。それまで不寝番(ふしんばん)、頼んだぞ」 ▽:「・・・はい。りょーかいです。おやすみなさい、おにいさん」 ▼:「・・・」 ▽:「(寝静まったのを待つように間を空けて)・・・神なんて、いてたまるか、ですか・・・」 0:(ほんの少し間) ▽:「まったくもって、その通りですね」 0:(しばらくの間) ▼:声が聞こえた。優しい声が。 ▼:甘く耳元で囁いて、蜜のように心を溶かす、そんな声が。 ▼:ああ、これは彼女の声だ。 ▼:俺を呼ぶ、彼女の声だ。 ▼:誰よりも愛しくて、誰よりも大切で。 ▼:誰よりもそばに居たいと願っていたひと。 ▼:そっと、その身体に手を伸ばし、抱き寄せたーーーつもりだったのに。 ▼:その姿は枯れて、崩れて、灰のように呆気なく消え去って。 ▼:彼女が消えた腕の中。 ▼:甘い、甘い香りだけが漂った。 0:(少し間) ▼:「・・・ッ!はぁっ・・・はぁっ・・・はぁっ・・・」 ▽:「・・・おにいさん?大丈夫です?」 ▼:「・・・ここは?」 ▽:「砂漠のど真ん中、ですよ。忘れちゃったんですか?」 ▼:「ああ、そうか・・・そうだったな・・・」 ▽:「だいぶ魘(うな)されてましたねぇ。何か悪い夢でも見ましたか?」 ▼:「いや・・・」 ▽:「本当に?」 ▼:「・・・」 ▽:「おにいさん」 ▼:「しつこいな・・・なんでもない・・・!・・・ッ!(胸を抑える)」 ▽:「・・・ほぉら、やっぱり悪い夢だったんだ」 ▼:「・・・(息を整えるように呼吸をする)」 ▽:「まぁ、話したくないなら良いんですけどね。ボクもあんまり人のプライバシーを侵害したくないですし」 ▼:「・・・今まで散々しつこく聞いてきたクセに、よく言う」 ▽:「デリカシーには欠けているかもしれませんが、必要最低限のプライバシーは守るつもりですよ、ボク。 ▽:おにいさんが話したくないことは聞かないですし、それ以上しつこくするつもりもありません。・・・ただ」 ▼:「なんだよ」 ▽:「悪い夢は、人に話すと良いらしいですよ?」 ▼:「・・・遠回しに聞いてることにならないか、それ」 ▽:「そんなことは無いですって。話すも話さないも、それはおにいさんの自由ですから」 ▼:「(ため息)」 ▽:「・・・さてと、三時間経ちましたが、どうしますか?もう少し休んでもらっても大丈夫ですよ?おにいさん、体調よろしくないみたいですし」 ▼:「いや・・・大丈夫だ。お前にはまた夜が明けたら、運転を頼むことになるからな」 ▽:「ああ、確かに。誰もいない道を走るとは言えども、居眠り運転でもしておにいさんを怪我させたら大変ですからね。 ▽:ここは大人しくご厚意に甘えておきましょう」 ▼:「そうだな。そうしてくれ」 ▽:「・・・ついでに、眠るまで子守唄でも歌ってくれたりします?」 ▼:「・・・調子に乗るな」 ▽:「ふふっ、残念だなぁ」 ▼:「・・・なぁ」 ▽:「はい?」 ▼:「・・・あと二日、何とかなると思うか」 ▽:「・・・それはおにいさん次第ですね」 ▼:「・・・そうか」 ▽:「プラス、ボクの運転技術次第!」 ▼:「・・・はぁ?」 ▽:「ちょ、冗談ですって!任された以上、ボクはキチンと仕事をやり遂げる人間です! ▽:・・・って、何ですか!その蔑むような目は!大丈夫ですから!信じてくださいってばぁ!」 ▼:「うるさい。早く寝ろ」 ▽:「はいはーい。りょーかいでーす。・・・あっ、おにいさん」 ▼:「なんだよ」 ▽:「・・・また悪い夢を見たら、今度は話してくれてもいいんですよ?」 ▼:「・・・考えておく」 ▽:「ふふっ、よろしくお願いします。・・・では、おやすみなさい」 0:(少し間) ▼:「悪い夢、か・・・」 0:(しばらくの間) ▼:種はきっと、ずっと昔に蒔かれていたんだろう。 ▼:決して姿は見えずとも、確実に、それぞれの中に。 ▼:だからこそ、俺たちは願ってはいけなかったんだ。 ▼:この世界を終わらせてしまった俺たちは、決してそれだけは願ってはいけなかったんだ。 ▼:だけど、ある日誰かが願ってしまった。 ▼:それを、クソッタレで気まぐれな神様は、聞き届けてしまった。 ▼:聞き届けて、しまったんだ。 0:(少し間) ▽:「ノアの方舟(はこぶね)、ですか?」 ▼:「ああ、知ってるか?」 ▽:「はい、知ってますよー。昔、この世に見切りをつけようとした神様が、大洪水を起こして世界をお掃除しようとしました。 ▽:けど、唯一綺麗で正しい心を持つノアと家族と、動物たちだけは方舟に乗せて助けてあげましたー、めでたし、めでたしって話ですよね?」 ▼:「・・・思った以上の模範解答だ」 ▽:「思った以上の、ってなんですか?もしかして、ボクのこと甘くみてました?」 ▼:「だいぶ」 ▽:「・・・ほんとーに失敬な人ですよね。おにいさんって」 ▼:「お前ほどじゃない」 ▽:「そんなことないですよぉ。ボクはちゃんと要所要所に相手への敬意を込めてますぅ」 ▼:「そんなの、感じたことがないな」 ▽:「ならば、おにいさんのアンテナは壊れてますね!早めの修理をオススメします!」 ▼:「別に、壊れたままでも大して困らない」 ▽:「・・・あー言えばこー言うおにいさんのそういうトコ、好きじゃないです」 ▼:「大丈夫だ。お前に好かれようなんざ、小指の先ほども思ってない」 ▽:「あともう少しの間、命運を共にするにあたって、その発言は一体いかがなものかと思いますけどねぇ・・・」 ▼:「ビジネスライクな関係に、個人的な好きや嫌いは関係ないからな」 ▽:「それにしたって!それにしたってですよ!・・・ぷあっ、ペッペッ!」 ▼:「・・・前方、砂煙(すなけむり)注意」 ▽:「なんで今言うんですか・・・遅いんですよ・・・全くもう・・・」 ▼:「・・・」 ▽:「・・・それで、方舟が何なんです?」 ▼:「ん?」 ▽:「ん?じゃないですよ。ボクとの会話を面倒くさがるおにいさんが、急に意味深に振ってきたんです。何かそれを話題にして、話したいことがあったんでしょ?」 ▼:「・・・」 ▽:「ねぇ、おにいさん?」 ▼:「・・・方舟で、生き残ったノアは神のお眼鏡にかなった、正しい人間だったんだろ」 ▽:「ん?んー・・・まぁ、そういう事になるんでしょうねぇ」 ▼:「だったら、その子孫であるはずの俺たちをどうして救ってくれなかったんだ、と。そう思っただけだ」 ▽:「・・・へぇ、無神論者(むしんろんじゃ)のおにいさんがそんな事をおっしゃるとは。もしかして大洪水の前触れですか?」 ▼:「(微かに笑って)そいつはいいな。もしかしたら、その洪水で世界が潤うかもしれない」 ▽:「あーいいですねぇ。そうなったら、一躍(いちやく)おにいさんが神様として崇められちゃうんじゃないですかぁ?乾いた大地に雨をもたらした救世主、ここに現る!みたいなー」 ▼:「神がいないと言うのなら、自分自身が神に、か。そうだな・・・それで世界が救えるのなら、そいつは悪くない考えだ」 ▽:「・・・おやおや、珍しくノリ気になっちゃって。おにいさん、どうしたんです?ついに頭までやられ始めちゃいました?」 ▼:「・・・ああ、そうだな。そうかもしれないな」 ▽:「ダメですよぉ。まだまだ急いだって、目的地までは一日以上かかります。それまで意識だけは、しっかり保ってもらわないと」 ▼:「・・・わかってる。ただ少し、思っただけだ」 ▽:「何をです?」 ▼:「世界が正しい人間ばかりでできていたとしたら、何故この星はこんな風になってしまったんだろう、って」 ▽:「ああ、それは仕方ないですよ。だって、ボクたちはーーー」 0:(少し間) ▽:「クソッタレな神様が選んだ、どうしようもなくクソッタレな人間なんですから」 0:(しばらくの間) ▼:死の床についた、とある一人の老人がふとこう言った。 ▼:この不毛の大地に、もう一度あの美しい光景を取り戻したい。 ▼:かつて、私が世界を治めていたあの日のような。 ▼:人類が叡智(えいち)を極めていたあの日のような素晴らしい世界を、再びこの目で拝みたい、と。 ▼:すると、その願いが叶ったのか否か、老人の目の前でそれは突如開いた。 ▼:老人の心臓を食い破り、皮膚を貫き葉を伸ばし、彼の胸の上で咲き誇ったそれは。 ▼:まるで、彼が夢見た光景に出てくるような、美しい一輪の花だったという。 0:(少し間) ▽:「・・・おにいさーん。おーい、おにいさんってばー」 ▼:「・・・ん、あ・・・」 ▽:「あっ、ようやく目を覚ました。大丈夫ですかー?ボクの目、いくつに見えますかー?」 ▼:「・・・二つ」 ▽:「・・・おや、大変だ。おにいさんが皮肉を言わず、まともに答えてくれるなんて。これはよっぽど重症ですね」 ▼:「俺は、いったい・・・?」 ▽:「倒れてたんですよ。不寝番の途中で。ボクが何度揺さぶっても起きなくて。 ▽:もしかしてダメかなーって思いましたけど、どうにか生きててくれたようで、良かったです」 ▼:「そうか・・・俺は・・・」 ▽:「あーあー。ダメですよ、起き上がっちゃ。さっきまで死にかけてたんです。無理に身体を動かしたら・・・」 ▼:「・・・ぐっ(倒れる)」 ▽:「(受け止める)・・・っとと。言わんこっちゃない。少し大人しくしててください。じき、夜も明けるでしょうから・・・」 ▼:「・・・届けるんだ」 ▽:「はい?」 ▼:「届けるんだ・・・。この身体が動かなくなる前に、彼女の元へ・・・この花を・・・」 ▽:「・・・まだ、フローターは動きませんよ?」 ▼:「それでもいい・・・届けたいんだ・・・。一刻も早く・・・俺が、俺であるうちに」 ▽:「(ため息)・・・全く。ほんとーに自分勝手で、困った人ですよね。おにいさんって」 ▼:「・・・悪い」 ▽:「よしてくださいよぉ、気持ち悪い。殊勝(しゅしょう)なおにいさんなんて見てたら・・・ほら、鳥肌立ってきちゃいました」 ▼:「お前こそ、本当にデリカシーの欠片も・・・まぁ、いいか。この際、そんな事はどうだって・・・」 ▽:「そうですね。この際どうでもいいですよ。だって、この世界でそんなこと、気にする方が馬鹿みたいじゃないですか」 ▼:「・・・そうだな」 ▽:「・・・朝日が昇り始めたら出発します。全速前進、フルパワーで」 ▼:「ああ、頼む」 ▽:「絶対に途中で振り落とされないでくださいよ?」 ▼:「・・・努力する」 ▽:「そこは力強く『わかった』って言うところですよ、おにいさん?」 ▼:「(微かに笑う)」 ▽:「(笑い返す)よしっ・・・じゃあ、行きますよ。いざーーー」 0:(ほんの少し間) ▽:「おにいさんの・・・故郷へと」 0:(しばらくの間) ▼:まるで、それは連鎖のようだった。 ▼:一輪の花に誘(さそ)われるように、誘(いざな)われるように、次々と種は芽吹いた。 ▼:ある花は男の、ある花は女の、ある花は少年の、ある花は少女の心臓を食い破り、美しい花を咲かせた。 ▼:その地に住む人々を苗床(なえどこ)に、不毛の大地を彩ったそれは、まるでかつての世界を思い出させるような。 ▼:それはそれはーーー美しい光景だったという。 0:(少し間) ▽:「(鼻歌)」 ▼:「・・・ん・・・」 ▽:「あっ、おにいさん。目、覚めましたか?」 ▼:「・・・調子外れの歌で起こされた」 ▽:「えー、失礼な。これでも、歌には自信があるんですよぉ」 ▼:「耳腐ってんじゃないのか?」 ▽:「腐ってませんー。もー。最期くらい、お世辞の一言でも言ってみたらどうですか?」 ▼:「言ったら言ったで気持ち悪いとか言うクセに」 ▽:「まぁ、そうですね。お互い慣れないことはしない方が身のため、ってヤツですかね」 ▼:「ああ、そんな関係じゃないしな、俺たちは」 ▽:「ええ、『どうせ』ビジネスライクな関係ですもんね、ボクたちは」 ▼:「(笑う)」 ▽:「(笑う)」 ▼:「・・・着いたのか?」 ▽:「はい、着きましたよ。見えますか?」 ▼:「・・・いや、もうだいぶ霞(かす)んで見えないんだ。だから、そこまで運んでほしい」 ▽:「わかりました。・・・立てますか?」 ▼:「悪い・・・肩、貸してくれるか?」 ▽:「高いですよ?」 ▼:「ケチケチするなよ。・・・頼むから」 ▽:「・・・ふふっ」 ▼:「なんだよ」 ▽:「おにいさんに頼み事をされるのは、なんだかとても気分がいいです」 ▼:「・・・あっそう」 ▽:「素っ気ないですねぇ。まぁ、良いでしょ。ーーーさぁ、行きますよ」 ▼:「・・・ああ」 0:(少し間) ▽:かつて、生命(いのち)溢れる美しい星があった。 ▽:そこに生まれた彼らは、星から与えられる恵みに感謝しながら、 ▽:穏やかに、優しく生きていた。 0:(少し間) ▽:「・・・そういえば、おにいさんは、どうしてあんなところで倒れていたんですか?」 ▼:「救う方法を、探したかったんだ」 ▽:「救う方法?」 ▼:「ああ、彼女のことを・・・彼女の生命(いのち)を救うための方法を」 ▽:「結局、その方法は見つかったんですか?」 ▼:「・・・見つかったら、今頃こんな風にはなっていない」 ▽:「・・・まぁ、そうですね・・・すみません。野暮なことを聞きました」 ▼:「・・・彼女は」 ▽:「はい?」 ▼:「彼女は・・・自分を救ってくれなかった俺の事を恨んではいないだろうか?」 ▽:「そうですね・・・。でも、きっとその答えは・・・」 0:(ほんの少し間) ▽:「もうすぐ、聞けるんじゃないですか?」 0:(少し間) ▽:けれど、長い時が過ぎ。 ▽:いつしか、感謝の心を忘れた彼らは。 ▽:星が与えてくれる恵みを我が物顔で、 ▽:食らい、奪い、時にはそれを求めて醜く争いながら、生きるようになっていった。 0:(少し間) ▽:「ボク、少し前まで思っていたんです。神様って、実は一番怠け者なんじゃないかって」 ▼:「どうしてそう思うんだ?」 ▽:「だって、もし働き者の神様がこの世界を守ってくれていたのなら、きっとこんな風になる前に皆を救ってくれていたでしょうから」 ▼:「・・・なるほどな」 ▽:「けど、最近思うようになりました。神様がもし働き者だったら、きっと世界の人たちはもっとわがままに、自分勝手に生きていただろうって」 ▼:「だから、怠け者で良かったって?」 ▽:「ええ、そうです。クソッタレくらいがちょうどいいんです、きっと、神様なんて」 ▼:「・・・納得はできないがーーーでも」 ▽:「でも?」 ▼:「・・・言われてみれば、そんな考えもあるのかもしれないと、思える自分がここにいる」 0:(少し間) ▽:ある日、そのひとはこう言った。 ▽:お前たちに最後のチャンスを与えようと。 ▽:もし、お前たちがこれから、この世界で生きていくつもりならば。 ▽:かつてのように穏やかで優しい心を取り戻し、この星を愛してやりなさい、と。 ▼:人々は頷いた。 ▼:わかりました。私たちはこの世界で生きていく為、かつてのように穏やかに、優しい心を持って、この星を愛しましょう、と。 ▽:その言葉に深く頷きながらそのひとは、彼らにそれを差し出した。 ▽:ーーーでは、お前たち。その誓いにこの種を一粒、飲み込みなさい、と。 0:(少し間) ▼:「・・・結局、怖くなったんだ」 ▽:「何がです?」 ▼:「あいつの傍に居ることが。あいつの傍で、その瞬間を迎えることになるのが、怖くなってしまったんだ」 ▽:「・・・だから、ここから逃げ出した」 ▼:「ああ、そうだ。どこまでも遠くに行けば、きっとあいつの死を認めなくて済むだろうと、そう思った」 ▽:「・・・」 ▼:「最低だろ?治療法なんてある訳ないってわかってたのに、俺は自分の勝手な都合で彼女の元から逃げ出したんだ。 ▼:あいつがどれだけ寂しくて、つらい想いをするかを考えた上で、自分自身の気持ちを優先したんだ・・・」 0:(少し間) ▼:「最低だ・・・最低なんだ、俺は。だから、本当はこの場所に戻ってくる資格なんて・・・」 ▽:「無いかどうかは、ご自分で確かめてみたらどうですか?」 ▼:「・・・そんなの、どうやって・・・」 ▽:「ええ、だからそれを教える為に」 0:(ほんの少し間) ▽:「ボクは貴方にーーー着いてきたんです」 0:(少し間) ▽:そのひとは、こう言った。 ▽:いいか、お前たち。その種は私からの手向けだ、と。 ▽:万が一、お前たちが誓いを破ったその時は、種はお前たちの心臓を食い破り、大地に花を咲かすだろう、と。 ▽:例え罪を犯したとしても、それが愛しいお前たちにできる最後の手向けだと、そう言った。 ▽:頷く彼らの様子を見て、とても満足したように微笑んだそのひとは、ふと思い付いたように言葉を重ねた。 ▽:ーーーそうだ。ならば、お前たちに『万が一』は無いことを信じ、ひとつ仕掛けをしておこう。 0:(少し間) ▽:「(鼻歌)」 ▼:「・・・また、その歌か」 ▽:「はい。好きなんです。この歌。温かい気持ちになれるでしょう?」 ▼:「・・・そう、か」 ▽:「ええ、そうですよ。穏やかで、優しくて、世界が少し愛しくなる。そんな祈りの歌です」 ▼:「・・・歌は、よくわからないが」 ▽:「はい」 ▼:「その歌を聞いて、悪い気持ちには、ならないな・・・」 ▽:「おにいさん」 ▼:「なんだ?」 ▽:「着きましたよ」 ▼:「え・・・?」 ▽:「着きましたよ。おにいさんが目指していた場所。今、ここがそうですよ」 ▼:「・・・本当か?」 ▽:「この後に及んで嘘なんかつきませんよ。間違いなく、ここがおにいさんの帰りたかった場所です」 ▼:「なんで・・・わかるんだ?」 ▽:「ええ、わかりますよ。だって・・・」 0:(ほんの少し間) ▽:「おにいさんの帰りを待つように、綺麗なラベンダーの花が咲き誇っていますから」 ▼:「ラベンダーの、花・・・?」 ▽:「はい。見えますか?」 ▼:「・・・見えない。もう何も見えない。・・・けど、そうか・・・あいつ、そこにいるのか・・・?」 ▽:「いますよ。こんな砂漠の真ん中で、おにいさんを待っていたんですよ」 ▼:「俺は、あいつの元から逃げたのに・・・?」 ▽:「逃げてなんかいませんよ。だって、こうして帰ってきたじゃないですか」 ▼:「けど・・・俺は・・・」 ▽:「(食い気味に)おにいさん。・・・ほら、触れてあげてください。貴方の大事なこの人は、貴方のことを『ずっと待っていました』と言ってますよ」 ▼:「・・・っ(泣く)」 ▽:「・・・ねぇ、おにいさん。もうすぐ夜が明けますよ」 ▼:「ああ・・・」 ▽:「太陽が昇ったら、きっと花が咲くでしょう。この終わってしまった世界に、美しい花が」 ▼:「・・・ああ」 ▽:「大丈夫です。心配なんていりません。きっと、貴方が最期に咲かせるのはーーー」 0:(ほんの少し間) ▽:「大切な人へ贈るに相応しい、とても美しい花ですから」 0:(少し間) ▼:「・・・ああーーーありがとう」 0:(しばらくの間) ▼:ある日、世界は終わってしまった。 ▼:SF映画のように、ファンタジー小説のように。 ▽:「(鼻歌)」 ▼:一本の木も、花も、草すらも芽吹かなくなったその大地にその日、それは咲いた。 ▽:「・・・ねぇ、おにいさん。見えてますか?」 ▼:かつて、人々に贈られた最後の手向け。 ▼:終わってしまった世界へ贈る、最後の手向け。 ▽:「貴方が咲かせた、赤い薔薇の花言葉はね・・・」 ▼:誰も居なくなった世界。 ▼:最後に美しく彩られた、その星の名はーーー 0:〜FIN〜