台本概要
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タイトル | きっとこれから友達になる女の子 |
---|---|
作者名 | 橘りょう (@tachibana390) |
ジャンル | ラブストーリー |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) |
時間 | 30 分 |
台本使用規定 | 台本説明欄参照 |
説明 |
高校三年生の男の子、樹はストリートミュージシャンの優奈と出会う。 彼女の歌声にすっかり魅了され、彼女の歌を聴きに通うことに。 しかしある日、様子がおかしい日があり… 読み手の性別は不問、登場人物の性別変更不可。 内輪の企画参加作品です。 楽しんでいただけたらそれが何より! 告知などでメンションしていただけるととても嬉しいです。 作者名と作品名の明記だけはお願いします。 使用後でも構わないのでお知らせくださると作者がとても嬉しいです。 673 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
樹 | 男 | 128 | 男子高校生。偶然ストリートミュージシャンの優奈と出会う |
優奈 | 女 | 115 | 音楽をやってる社会人、小柄 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
きっと、これから友達になる女の子
樹:『高校最後の夏休み』
樹:『卒業後、僕は東京へ行く』
樹:『彼女の幸せを考えるなら。思いを告げたあの場所で、言うんだ』
:
:
樹:『学校帰りの電車から、その他大勢と吐き出される夕方』
樹:『改札を通り抜けて、駅構内の通路を歩く。いつもは南側のバスロータリーに向かうのだが、今日は北側にある、数年前にできたショッピングモールへ行く為、反対に向かっていた』
樹:『北側には小さな、公園と言っても差し支えない程度の広場があって、小さな子供も走り回っていた。ぶつからないように隅の方を通り過ぎて、モール内の目的の店へと急いだ』
:
樹:『買い物を済ませて外に出る頃には、もう外はすっかり暗くなっていた。日が長くなってきたから、とのんびりし過ぎたかもしれない。広場を照らす街頭には柔らかな明かりが灯っていた』
樹:『駅に向かって歩いている中ふと、ちょうど駅と広場の境目辺りでギターを抱え、譜面台を調整している女の子の姿を見つけた。最近はすっかり少なくなったストリートライブらしい』
樹:『準備をしている彼女のそばで誰かが一緒に準備している様子はなく、どうやら完全に一人のようで、正直よくやるな、なんて思いながら駅の構内に踏み入れた瞬間、ジャン、と小気味のいいギターの音が響いた』
樹:『その音に耳が傾き、続いて響いた歌声に僕の足は完全に歩みを止めた』
:
樹:『音楽のことなんて分からない。特に好きなアーティストも居ないし、普段から何を聴くかと聞かれたら流行りの音楽、としか答えられない』
:
樹:『足が、動かない』
:
樹:『薄明かりの中で彼女は歌っていた。伸びの良い、その体からは想像できないくらい力強い歌声で。高く、低く、透き通るように…その顔は気持ちよさそうに笑っていた』
樹:『僕は、そんな彼女を見ていた』
:
優奈:……い、おーい
樹:えっ?!
優奈:だいじょーぶ?
樹:ぇ…え?!
優奈:大丈夫、君?
樹:…はい
優奈:びっくりした。立ったまま気絶してるのかと思った
樹:……
優奈:これあげる。好きかどうか分かんないけど
樹:ジュース…?
優奈:歌、聴いてくれてたんでしょ?ありがと!
樹:…えっと…
優奈:あれ、違った?なら返して
樹:聴いてました!そのッ…びっくり、して…
優奈:(ニッと笑う)ありがとう!
樹:え…
優奈:聴いてくれて、ありがとう。凄く嬉しい!
樹:す、ごかった…です
優奈:ん?
樹:…あの、僕…音楽の事とか全然分からないけど…すごく、素敵でした…!
優奈:…色んな言葉で褒めてもらうのも嬉しいけど、そういうストレートなのめっちゃ嬉しい
樹:……
優奈:時々ライブハウスでもやるんだけど、隔週の水曜日はね、ここで歌ってるからまた気が向いたら聴いてよ
樹:隔週の、水曜…?
優奈:ノー残業デーなの
樹:あ…社会人、なんですね…
優奈:そ。仕事しながらでも、好きな事諦めたくなくて
樹:かっこいい、です…!
優奈:えへへっ、ありがと!
樹:大体この時間なんですか?
優奈:うん。これ以上遅い時間になると、酔っぱらいに絡まれちゃうからさ〜
樹:それは、大変ですね…
優奈:じゃあね。良かったらまた聴きに来て。ばいばーい
樹:あのッ!
優奈:ん?
樹:名前っ…!教えて貰えませんか?
優奈:私?私は優奈。君は?高校生だよね?
樹:僕は、樹って言います。高校三年生です
優奈:おっ、じゃあ受験生だ。頑張ってね、勉強。じゃーね!
:
樹:『ひらりと身を翻して、彼女は駅とは反対の方向に駆けて行った。その姿が夜の闇に消えるまで、僕はその場に縫い付けられたかのように立ち尽くしていた』
:
:
樹:こんにちは…
優奈:あっれー?ほんとに来てくれたんだ!
:
樹:『優奈さんは譜面台の調整をしながら、にっこりと笑った。小柄な彼女には大きすぎるくらいのギターを体にかけて、準備をしているあいだも楽しそうに見えた』
:
優奈:嬉しいなぁ、一見さんかと思ったのに
樹:えっ?
優奈:こういうのってさ、ナマモノだから
樹:ナマモノ…?
優奈:そ、ナマモノ。その瞬間は音とかにびっくりして感動してくれても、時間が経つと鮮度が落ちるというか…その気持ちの継続ってなかなか無くて
樹:あぁ…それで、ナマモノ…
優奈:高校生ってまだまだ多感な時期だからさ。いろーんなことにアンテナ張ってるじゃない?
樹:そう、なんですかね…
優奈:こらこら、現役高校生。老成するには早いぞぉ?
樹:あ、はい…
優奈:ふふっ。よかったらまた聴いて行って、時間が許す間だけでいいからさ
:
樹:『小さな子供が悪戯を企んでいるような。彼女の笑みはそんなふうに見えた』
樹:『ギターの音が空気を揺らす。伸びやかな声が体に響く』
樹:『目が離せない。どうしてそんなに…楽しそうなんだろう。真っ直ぐに前を向いて、見えないマイクに向かうように歌う彼女は、今日も笑っていた』
:
樹:…お疲れ様、でした
優奈:あはっ、仕事みたい
樹:……
優奈:どうかした?
樹:優奈さんは、体が楽器みたいですね
優奈:へ?
樹:だって、ギターひとつで…そのアンプ?ってやつ?ああいうのも使ってなくて、マイクも無いし…でもすごく声が大きくて…
優奈:……
樹:あっ、うるさいとかじゃないんです!よく響くなぁって思って。声がすごく遠くまで届いてる感じがして。ほんと歌声が力強くてかっこよくて…!
優奈:(小さく吹き出す)
樹:…?
優奈:めちゃくちゃ褒めてくれるじゃん!ありがと!
樹:あ、なんかまくしたてちゃって…すみません
優奈:何言ってんの!嬉しいに決まってんじゃん!
樹:そう、ですか…?
優奈:もしかして褒められたら嬉しくないとか?そんな人いる?嬉しいよ、素直に嬉しい
樹:……
優奈:私はさ、ただ歌うのが好きで、これが生きる糧っていうか…歌ってる時は、あぁ生きてるなぁって実感できるの
樹:実感…
優奈:聴いてくれる人が一人でも居て、それで褒めて貰えて。こんな幸せなことないでしょ!最高!
樹:…あのっ
優奈:ん?
樹:ファンになりました!
優奈:へっ?!
樹:優奈さんの、ファンになりました!
優奈:(あっけに取られて、吹き出す)
樹:(笑ってるのに被せて)CDとかないんですか?この場所以外でも聞きたいです
優奈:(笑いながら)グイグイくるじゃん
樹:音楽で感動したの、初めてなんです!
優奈:おぉお?何、褒め殺し?
樹:あの、ほんとにCDとかないんですか?ダウンロードとか…
優奈:音源、あるよ
樹:ほんとですか!
優奈:(再度笑う)やー、なにこれめちゃくちゃ可愛いなぁ
樹:か、わいい?
優奈:樹くんだっけ?仔犬みたいだね
樹:仔犬?
優奈:なんかしっぽが見える気がする
樹:えぇぇ…
優奈:インスタに部屋で収録したやつだけど、音源上げてるよ。よかったら見てみて
樹:見ます!
優奈:おぅ、熱量
樹:名前で登録してます?アカウント名…
優奈:えっとね…これ。名刺あげる
樹:…桜模様…
優奈:桜好きなの。ここにQRコードあるから、よかったらフォローして
樹:可愛い、名刺ですね
優奈:でしょ?自分でも気に入ってる
樹:帰ってゆっくり見ます。フォローもします
優奈:うん。…ありがとね、ほんとに
樹:えと…
優奈:すごく幸せ
樹:しあわせ…
優奈:うん、幸せ!こんな熱量で褒めてくれたの、樹くんが初めて
樹:そう…なんですか?
優奈:一番の熱量だよ、ありがとね。じゃ、またねっ!
:
樹:『笑顔で手を振り、踵(きびす)を返す。その仕草はふわりと軽やかで、彼女の姿が見えなくなるまで見送った』
樹:『無意識に握りしめていた胸元から手を離して、スマートフォンのケースに受け取った名刺をしまった』
:
樹:『夜、灯りを消した部屋で再生した彼女の動画は、公園で見るよりずっと静かで柔らかく聴こえた』
:
:
樹:あれ…?
:
樹:『期末テストを翌週に控えた水曜日の夕方。いつもの所に優奈さんの姿はなかった』
樹:『それは、二週間おきに通うのが当たり前になってから二ヶ月。初めてのことだった』
樹:『近くのベンチに腰を下ろし、しばらくキョロキョロと見回していると遠くから大きなギターを背負った姿が見えた』
:
樹:ゆうなさ…!
:
樹:『遠目からでも分かる暗い雰囲気に、上げ掛けた手が止まった』
:
優奈:……あ、
樹:こんにちは…
優奈:…来て、たんだ
樹:はい。…どうしたんですか?
優奈:え?何が?
樹:遠くからでも分かるくらい…顔死んでるんですけど
優奈:女の子にその台詞は無いなぁ
樹:す、すみません
優奈:…ははっ…
樹:あの、ゆうな…
優奈:歌聞きに来たんだもんね!歌わなきゃだね
樹:優奈さん!
優奈:……
樹:座りませんか?
優奈:…ん。そだね
:間
樹:何かあったんですか?仕事で失敗したとか
優奈:ううん、なんにも
樹:……
優奈:なんか、ね…ちょっと迷いが出ちゃったなって
樹:まよい…
優奈:私ね、東京行くんだ!
樹:えっ?!
優奈:来月末に引越し。だからここで歌うのは…あと二回…いや、一回かも。引越しの準備とかあるし
樹:いっかい…
優奈:プロに挑戦したくてさ。思い切って仕事も辞めて東京に行く
樹:……
優奈:やるぞーって思ってたんだよね。部屋探しもすごく楽しくて、やってやるって……思ったんだけど、ちょっと今…
樹:……
優奈:足が、すくんじゃった…のかな…
:
樹:『そう言って目を伏せた彼女は、おもむろにケースからギターを取り出すと、座ったまま弦をゆっくりと弾いた』
樹:『それはなにかの楽曲ではなく、一音一音を確かめるような弾き方だった』
:
優奈:今まで、こんなふうに思ったこと無かった。ただ好きだからって突っ走ってて…友達にもさ、やるぞーって気持ちで報告したの
樹:…はい
優奈:すごいねって。頑張れ、って言ってくれたんだ…
樹:……
優奈:でもね
樹:でも…?
優奈:いくつまで続けるの?って聞かれて…何も言えなくなっちゃって
樹:いくつ…って、年齢のこと、ですか?
優奈:うん。…好きなことやるのもいいけど、結婚とか子供とかどうすんの?って
樹:……
優奈:現実見なよ、って言われた気持ちだった。…好きな事やりたいって、思ってただけなのになぁ…
樹:優奈さん…
優奈:そしたらさ、こんなふうに考えちゃうことがもう私、ダメって事なのかなぁって。自分で自信ないって言ってるようなもんじゃんってなっちゃって
:
優奈:…行く前から、諦めてるじゃん、って
樹:でも、それは…そのっ……!
優奈:ごめん、樹くんに気、使わせちゃったね
:ギターを片付ける優奈
優奈:待っててくれたんだよね、ごめん
樹:いや、それは…
優奈:今日は歌える元気、ないや…ほんとにごめんね
樹:それはいいんです…!あのっ…
優奈:できるだけは頑張るつもりだけどさぁ!
:勢いよく立ち上がる優奈
優奈:どっちにしても、あっち行ったらレベルの違いにメンタルぼっきりやられて諦めちゃうかも知れないし!
樹:え……
優奈:じゃあね!早く帰るんだよ!(小走りで立ち去る)
樹:あっ、待って!……優奈さん…
:
樹:『強がりな笑顔だと、直ぐにわかった。でも、僕は彼女にかける言葉が見つけられなくて
帰宅してからもっと言うことがあったんじゃないかと後悔した』
樹:『その夜上がった動画はいつもより短くて、原曲は分からないけど優しくて、少し悲しい曲だった』
:
:
優奈:いーつきくん
樹:っ、優奈さん!
:
樹:『あの日から数日後、夏休みに入ってすぐ。僕はいつもの場所に彼女を呼び出していた。いきなりのダイレクトメールに返信は来ないかもしれないと思ったけど、いいよ、と一言返信があった』
:
樹:すみません、来てもらって。忙しいのに
優奈:全然平気。ちょうど仕事も最終日迎えたばっかりだったし
樹:そう、だったんですね…
優奈:これから必死で片付けよ。引越し準備しなきゃだからさ
樹:来てくれてありがとうございます
優奈:んーん、全然。なんかこの間、変な感じで別れちゃったからちょっと気になってたんだ
樹:いえ…
優奈:ごめんね、心配かけちゃった?
樹:あのッ!!
優奈:へ?
樹:僕っ!卒業したら東京行きます…!
優奈:…へぇ、大学?
樹:はい…
優奈:勉強したいこと、あるんだね
樹:あるけど…それもあるけど、僕は優奈さんのファンだから…!
優奈:は?
樹:だから!諦めて欲しくないんです!!
優奈:……
樹:優奈さんの歌は、すごく…すっごく!体の内側に響いたんだ…本当に素敵だから…歌を辞めて欲しくない!
樹:東京行って、またストリート見に行ったり、今度はライブハウスも行きます!
優奈:……
樹:見に来てくれるのが幸せだって、言ったけど…優奈さんの歌声を聴いてる側も幸せで…!
優奈:……
樹:だから、東京行っても辞めないで欲しい!何があっても、くじけないで欲しいんだ!
優奈:そっか…
樹:僕の、エゴでしか、無いけど…でも、歌ってる時の優奈さんは、楽しそうだから…
優奈:…うん。すごく、楽しいよ
樹:僕は、また歌ってる優奈さんを見たいんです
優奈:…それだけで東京?
樹:も、もちろん、ちゃんと大学でやりたいこともあります。それも本当で…
優奈:…そっか
樹:僕は、優奈さんが好きなんです
優奈:…っ
樹:お願いがあります!
優奈:…なに?
樹:今はアーティストとファンだけど…僕と友達になってください!お願いします!(頭を下げる)
優奈:……
樹:……っ
優奈:友達、でいいの?
樹:え?
優奈:だから、友達でいいの?って
樹:そ、れって…
優奈:なんてね!
:数歩下がる優奈
優奈:本気?
樹:もっ。もちろん!これからもずっと応援してるし、ファンで居ます!
優奈:ありがと。でも…
樹:?
優奈:樹くんみたいにずっとファンでいるって言ってくれた人、他にもいたけど…いつの間にかみんな来なくなっちゃった
樹:……
優奈:だから、手放しにその言葉を信じられないの。ごめんね
樹:僕は…!
優奈:だから、証明して
樹:…え
優奈:東京で、私を見つけて
樹:……
優奈:樹くんが本当にあっちで見つけてくれたら…さっきのに返事する。それでいい?
樹:…分かった。絶対見つけます
優奈:(にっこり微笑む)良かった
優奈:…途中で諦めちゃったら、樹くんが探せなくなっちゃうもんね。どこにもいるはずの無いものを探させる訳には行かない…だから、頑張る
樹:…うん!
:
優奈:じゃあ、また。…東京でね
樹:うん。また東京で
:
:終
きっと、これから友達になる女の子
樹:『高校最後の夏休み』
樹:『卒業後、僕は東京へ行く』
樹:『彼女の幸せを考えるなら。思いを告げたあの場所で、言うんだ』
:
:
樹:『学校帰りの電車から、その他大勢と吐き出される夕方』
樹:『改札を通り抜けて、駅構内の通路を歩く。いつもは南側のバスロータリーに向かうのだが、今日は北側にある、数年前にできたショッピングモールへ行く為、反対に向かっていた』
樹:『北側には小さな、公園と言っても差し支えない程度の広場があって、小さな子供も走り回っていた。ぶつからないように隅の方を通り過ぎて、モール内の目的の店へと急いだ』
:
樹:『買い物を済ませて外に出る頃には、もう外はすっかり暗くなっていた。日が長くなってきたから、とのんびりし過ぎたかもしれない。広場を照らす街頭には柔らかな明かりが灯っていた』
樹:『駅に向かって歩いている中ふと、ちょうど駅と広場の境目辺りでギターを抱え、譜面台を調整している女の子の姿を見つけた。最近はすっかり少なくなったストリートライブらしい』
樹:『準備をしている彼女のそばで誰かが一緒に準備している様子はなく、どうやら完全に一人のようで、正直よくやるな、なんて思いながら駅の構内に踏み入れた瞬間、ジャン、と小気味のいいギターの音が響いた』
樹:『その音に耳が傾き、続いて響いた歌声に僕の足は完全に歩みを止めた』
:
樹:『音楽のことなんて分からない。特に好きなアーティストも居ないし、普段から何を聴くかと聞かれたら流行りの音楽、としか答えられない』
:
樹:『足が、動かない』
:
樹:『薄明かりの中で彼女は歌っていた。伸びの良い、その体からは想像できないくらい力強い歌声で。高く、低く、透き通るように…その顔は気持ちよさそうに笑っていた』
樹:『僕は、そんな彼女を見ていた』
:
優奈:……い、おーい
樹:えっ?!
優奈:だいじょーぶ?
樹:ぇ…え?!
優奈:大丈夫、君?
樹:…はい
優奈:びっくりした。立ったまま気絶してるのかと思った
樹:……
優奈:これあげる。好きかどうか分かんないけど
樹:ジュース…?
優奈:歌、聴いてくれてたんでしょ?ありがと!
樹:…えっと…
優奈:あれ、違った?なら返して
樹:聴いてました!そのッ…びっくり、して…
優奈:(ニッと笑う)ありがとう!
樹:え…
優奈:聴いてくれて、ありがとう。凄く嬉しい!
樹:す、ごかった…です
優奈:ん?
樹:…あの、僕…音楽の事とか全然分からないけど…すごく、素敵でした…!
優奈:…色んな言葉で褒めてもらうのも嬉しいけど、そういうストレートなのめっちゃ嬉しい
樹:……
優奈:時々ライブハウスでもやるんだけど、隔週の水曜日はね、ここで歌ってるからまた気が向いたら聴いてよ
樹:隔週の、水曜…?
優奈:ノー残業デーなの
樹:あ…社会人、なんですね…
優奈:そ。仕事しながらでも、好きな事諦めたくなくて
樹:かっこいい、です…!
優奈:えへへっ、ありがと!
樹:大体この時間なんですか?
優奈:うん。これ以上遅い時間になると、酔っぱらいに絡まれちゃうからさ〜
樹:それは、大変ですね…
優奈:じゃあね。良かったらまた聴きに来て。ばいばーい
樹:あのッ!
優奈:ん?
樹:名前っ…!教えて貰えませんか?
優奈:私?私は優奈。君は?高校生だよね?
樹:僕は、樹って言います。高校三年生です
優奈:おっ、じゃあ受験生だ。頑張ってね、勉強。じゃーね!
:
樹:『ひらりと身を翻して、彼女は駅とは反対の方向に駆けて行った。その姿が夜の闇に消えるまで、僕はその場に縫い付けられたかのように立ち尽くしていた』
:
:
樹:こんにちは…
優奈:あっれー?ほんとに来てくれたんだ!
:
樹:『優奈さんは譜面台の調整をしながら、にっこりと笑った。小柄な彼女には大きすぎるくらいのギターを体にかけて、準備をしているあいだも楽しそうに見えた』
:
優奈:嬉しいなぁ、一見さんかと思ったのに
樹:えっ?
優奈:こういうのってさ、ナマモノだから
樹:ナマモノ…?
優奈:そ、ナマモノ。その瞬間は音とかにびっくりして感動してくれても、時間が経つと鮮度が落ちるというか…その気持ちの継続ってなかなか無くて
樹:あぁ…それで、ナマモノ…
優奈:高校生ってまだまだ多感な時期だからさ。いろーんなことにアンテナ張ってるじゃない?
樹:そう、なんですかね…
優奈:こらこら、現役高校生。老成するには早いぞぉ?
樹:あ、はい…
優奈:ふふっ。よかったらまた聴いて行って、時間が許す間だけでいいからさ
:
樹:『小さな子供が悪戯を企んでいるような。彼女の笑みはそんなふうに見えた』
樹:『ギターの音が空気を揺らす。伸びやかな声が体に響く』
樹:『目が離せない。どうしてそんなに…楽しそうなんだろう。真っ直ぐに前を向いて、見えないマイクに向かうように歌う彼女は、今日も笑っていた』
:
樹:…お疲れ様、でした
優奈:あはっ、仕事みたい
樹:……
優奈:どうかした?
樹:優奈さんは、体が楽器みたいですね
優奈:へ?
樹:だって、ギターひとつで…そのアンプ?ってやつ?ああいうのも使ってなくて、マイクも無いし…でもすごく声が大きくて…
優奈:……
樹:あっ、うるさいとかじゃないんです!よく響くなぁって思って。声がすごく遠くまで届いてる感じがして。ほんと歌声が力強くてかっこよくて…!
優奈:(小さく吹き出す)
樹:…?
優奈:めちゃくちゃ褒めてくれるじゃん!ありがと!
樹:あ、なんかまくしたてちゃって…すみません
優奈:何言ってんの!嬉しいに決まってんじゃん!
樹:そう、ですか…?
優奈:もしかして褒められたら嬉しくないとか?そんな人いる?嬉しいよ、素直に嬉しい
樹:……
優奈:私はさ、ただ歌うのが好きで、これが生きる糧っていうか…歌ってる時は、あぁ生きてるなぁって実感できるの
樹:実感…
優奈:聴いてくれる人が一人でも居て、それで褒めて貰えて。こんな幸せなことないでしょ!最高!
樹:…あのっ
優奈:ん?
樹:ファンになりました!
優奈:へっ?!
樹:優奈さんの、ファンになりました!
優奈:(あっけに取られて、吹き出す)
樹:(笑ってるのに被せて)CDとかないんですか?この場所以外でも聞きたいです
優奈:(笑いながら)グイグイくるじゃん
樹:音楽で感動したの、初めてなんです!
優奈:おぉお?何、褒め殺し?
樹:あの、ほんとにCDとかないんですか?ダウンロードとか…
優奈:音源、あるよ
樹:ほんとですか!
優奈:(再度笑う)やー、なにこれめちゃくちゃ可愛いなぁ
樹:か、わいい?
優奈:樹くんだっけ?仔犬みたいだね
樹:仔犬?
優奈:なんかしっぽが見える気がする
樹:えぇぇ…
優奈:インスタに部屋で収録したやつだけど、音源上げてるよ。よかったら見てみて
樹:見ます!
優奈:おぅ、熱量
樹:名前で登録してます?アカウント名…
優奈:えっとね…これ。名刺あげる
樹:…桜模様…
優奈:桜好きなの。ここにQRコードあるから、よかったらフォローして
樹:可愛い、名刺ですね
優奈:でしょ?自分でも気に入ってる
樹:帰ってゆっくり見ます。フォローもします
優奈:うん。…ありがとね、ほんとに
樹:えと…
優奈:すごく幸せ
樹:しあわせ…
優奈:うん、幸せ!こんな熱量で褒めてくれたの、樹くんが初めて
樹:そう…なんですか?
優奈:一番の熱量だよ、ありがとね。じゃ、またねっ!
:
樹:『笑顔で手を振り、踵(きびす)を返す。その仕草はふわりと軽やかで、彼女の姿が見えなくなるまで見送った』
樹:『無意識に握りしめていた胸元から手を離して、スマートフォンのケースに受け取った名刺をしまった』
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樹:『夜、灯りを消した部屋で再生した彼女の動画は、公園で見るよりずっと静かで柔らかく聴こえた』
:
:
樹:あれ…?
:
樹:『期末テストを翌週に控えた水曜日の夕方。いつもの所に優奈さんの姿はなかった』
樹:『それは、二週間おきに通うのが当たり前になってから二ヶ月。初めてのことだった』
樹:『近くのベンチに腰を下ろし、しばらくキョロキョロと見回していると遠くから大きなギターを背負った姿が見えた』
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樹:ゆうなさ…!
:
樹:『遠目からでも分かる暗い雰囲気に、上げ掛けた手が止まった』
:
優奈:……あ、
樹:こんにちは…
優奈:…来て、たんだ
樹:はい。…どうしたんですか?
優奈:え?何が?
樹:遠くからでも分かるくらい…顔死んでるんですけど
優奈:女の子にその台詞は無いなぁ
樹:す、すみません
優奈:…ははっ…
樹:あの、ゆうな…
優奈:歌聞きに来たんだもんね!歌わなきゃだね
樹:優奈さん!
優奈:……
樹:座りませんか?
優奈:…ん。そだね
:間
樹:何かあったんですか?仕事で失敗したとか
優奈:ううん、なんにも
樹:……
優奈:なんか、ね…ちょっと迷いが出ちゃったなって
樹:まよい…
優奈:私ね、東京行くんだ!
樹:えっ?!
優奈:来月末に引越し。だからここで歌うのは…あと二回…いや、一回かも。引越しの準備とかあるし
樹:いっかい…
優奈:プロに挑戦したくてさ。思い切って仕事も辞めて東京に行く
樹:……
優奈:やるぞーって思ってたんだよね。部屋探しもすごく楽しくて、やってやるって……思ったんだけど、ちょっと今…
樹:……
優奈:足が、すくんじゃった…のかな…
:
樹:『そう言って目を伏せた彼女は、おもむろにケースからギターを取り出すと、座ったまま弦をゆっくりと弾いた』
樹:『それはなにかの楽曲ではなく、一音一音を確かめるような弾き方だった』
:
優奈:今まで、こんなふうに思ったこと無かった。ただ好きだからって突っ走ってて…友達にもさ、やるぞーって気持ちで報告したの
樹:…はい
優奈:すごいねって。頑張れ、って言ってくれたんだ…
樹:……
優奈:でもね
樹:でも…?
優奈:いくつまで続けるの?って聞かれて…何も言えなくなっちゃって
樹:いくつ…って、年齢のこと、ですか?
優奈:うん。…好きなことやるのもいいけど、結婚とか子供とかどうすんの?って
樹:……
優奈:現実見なよ、って言われた気持ちだった。…好きな事やりたいって、思ってただけなのになぁ…
樹:優奈さん…
優奈:そしたらさ、こんなふうに考えちゃうことがもう私、ダメって事なのかなぁって。自分で自信ないって言ってるようなもんじゃんってなっちゃって
:
優奈:…行く前から、諦めてるじゃん、って
樹:でも、それは…そのっ……!
優奈:ごめん、樹くんに気、使わせちゃったね
:ギターを片付ける優奈
優奈:待っててくれたんだよね、ごめん
樹:いや、それは…
優奈:今日は歌える元気、ないや…ほんとにごめんね
樹:それはいいんです…!あのっ…
優奈:できるだけは頑張るつもりだけどさぁ!
:勢いよく立ち上がる優奈
優奈:どっちにしても、あっち行ったらレベルの違いにメンタルぼっきりやられて諦めちゃうかも知れないし!
樹:え……
優奈:じゃあね!早く帰るんだよ!(小走りで立ち去る)
樹:あっ、待って!……優奈さん…
:
樹:『強がりな笑顔だと、直ぐにわかった。でも、僕は彼女にかける言葉が見つけられなくて
帰宅してからもっと言うことがあったんじゃないかと後悔した』
樹:『その夜上がった動画はいつもより短くて、原曲は分からないけど優しくて、少し悲しい曲だった』
:
:
優奈:いーつきくん
樹:っ、優奈さん!
:
樹:『あの日から数日後、夏休みに入ってすぐ。僕はいつもの場所に彼女を呼び出していた。いきなりのダイレクトメールに返信は来ないかもしれないと思ったけど、いいよ、と一言返信があった』
:
樹:すみません、来てもらって。忙しいのに
優奈:全然平気。ちょうど仕事も最終日迎えたばっかりだったし
樹:そう、だったんですね…
優奈:これから必死で片付けよ。引越し準備しなきゃだからさ
樹:来てくれてありがとうございます
優奈:んーん、全然。なんかこの間、変な感じで別れちゃったからちょっと気になってたんだ
樹:いえ…
優奈:ごめんね、心配かけちゃった?
樹:あのッ!!
優奈:へ?
樹:僕っ!卒業したら東京行きます…!
優奈:…へぇ、大学?
樹:はい…
優奈:勉強したいこと、あるんだね
樹:あるけど…それもあるけど、僕は優奈さんのファンだから…!
優奈:は?
樹:だから!諦めて欲しくないんです!!
優奈:……
樹:優奈さんの歌は、すごく…すっごく!体の内側に響いたんだ…本当に素敵だから…歌を辞めて欲しくない!
樹:東京行って、またストリート見に行ったり、今度はライブハウスも行きます!
優奈:……
樹:見に来てくれるのが幸せだって、言ったけど…優奈さんの歌声を聴いてる側も幸せで…!
優奈:……
樹:だから、東京行っても辞めないで欲しい!何があっても、くじけないで欲しいんだ!
優奈:そっか…
樹:僕の、エゴでしか、無いけど…でも、歌ってる時の優奈さんは、楽しそうだから…
優奈:…うん。すごく、楽しいよ
樹:僕は、また歌ってる優奈さんを見たいんです
優奈:…それだけで東京?
樹:も、もちろん、ちゃんと大学でやりたいこともあります。それも本当で…
優奈:…そっか
樹:僕は、優奈さんが好きなんです
優奈:…っ
樹:お願いがあります!
優奈:…なに?
樹:今はアーティストとファンだけど…僕と友達になってください!お願いします!(頭を下げる)
優奈:……
樹:……っ
優奈:友達、でいいの?
樹:え?
優奈:だから、友達でいいの?って
樹:そ、れって…
優奈:なんてね!
:数歩下がる優奈
優奈:本気?
樹:もっ。もちろん!これからもずっと応援してるし、ファンで居ます!
優奈:ありがと。でも…
樹:?
優奈:樹くんみたいにずっとファンでいるって言ってくれた人、他にもいたけど…いつの間にかみんな来なくなっちゃった
樹:……
優奈:だから、手放しにその言葉を信じられないの。ごめんね
樹:僕は…!
優奈:だから、証明して
樹:…え
優奈:東京で、私を見つけて
樹:……
優奈:樹くんが本当にあっちで見つけてくれたら…さっきのに返事する。それでいい?
樹:…分かった。絶対見つけます
優奈:(にっこり微笑む)良かった
優奈:…途中で諦めちゃったら、樹くんが探せなくなっちゃうもんね。どこにもいるはずの無いものを探させる訳には行かない…だから、頑張る
樹:…うん!
:
優奈:じゃあ、また。…東京でね
樹:うん。また東京で
:
:終