台本概要

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タイトル アンダーインクコリダー第2場
作者名 冷凍みかん-光柑-  (@mikanchilled)
ジャンル ファンタジー
演者人数 5人用台本(男2、女1、不問2)
時間 20 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 第2場”脳喰い”。地下の不条理に打ちのめされたアイオリスは、仲間と再会するために立ち上がる。一方、その頃とある回廊では麺を茹でる湯気が立ち上がっていた。巨大な虫がくりぬいた穴の先には何が待ち受けているのか。地下に広がる書棚を巡る冒険ファンタジー!

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
アイオリス 不問 76 巨大な地下空間でルビと出会う。仲間との再会を焦る。
ルビ 60 自分の家とノヴァを失いながらも、アイオリスについていく。そうでないと、きっと耐えられないのだろう。
ウドン 53 アハム・ウドゥンバーラ。お腹が空かせた人に麺を食べさせる聖人。ただし金はとる。脳喰いに対抗する力を秘める。
ロザリオ 23 脳喰いを知覚できない文盲の男。明るく思いやりに溢れ、気さくな態度だが、他人に有無を言わせぬスゴ味がある。姿はイオニアと似ている。
脳喰い 不問 24 もにゃもにゃしてる。飽くなき好奇心であらゆるものに寄生して、怪物を生み出す。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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0:コトコトと、暗闇の冷たい廊下の真ん中で、静かな釜茹での音が聞こえる ウドン:言葉はこぼれてゆく…蓋から煙が噴き出すように。 ウドン:匂いが鼻腔をくすぐるように。そなたの頭の中へと広がってゆく… ウドン:思考は巡り、”いりこ”の渦をさまよう… ウドン:艶やかな麺の上を滑り、地下の書棚へと ウドン:迷い込む。 ウドン:聖なる食事に栄光あれ… ウドン:聖なる読書に栄光あれ… ウドン:うーむ… ロザリオ:〈タイトルコール〉『アンダー・インク・コリダー第2場”脳喰い”』 0:ひとしきり泣いた後、アイオリスが立ち上がる アイオリス:行かなくては。 ルビ:どこへ行くつもりですか… アイオリス:僕が爆破した書棚にさ。 ルビ:何度も言いましたけど、アイオリス、貴方の他には誰もいませんでした… アイオリス:もし2人が生きているなら、置いていかれた僕のことを想って、書棚に向かうはずだ。 アイオリス:合流、できるかもしれない… ルビ:下手に動いてはダメです。救難信号を信じて、ノヴァの仲間が来るのを待ちましょう…それが最善策です。 アイオリス:いや、地下(ここ)は危険だ…早く地上に帰らなきゃ… 0:負傷した左足を引きずりながら、アイオリスは赤レンガの壁伝いに歩き出す ルビ:まって、アイオリス! 0:ルビが追いすがるもアイオリスは止まらない ルビ:お願い、聞いて!あなたの傷が開いたら、わたしじゃ治せないの!! アイオリス:… ルビ:行ったところで誰もいないわ!無駄足なのよ!! アイオリス:いるかもしれない。じっとしてなんかいられるか。 ルビ:アイオリス… 0:しばらく歩くと、瓦礫の山にたどり着いた アイオリス:誰もいない… 0:爆破跡は瓦礫でふさがれていて、前に進むことが出来ない ルビ:やっぱりね。さあ、元の場所に戻ろう? アイオリス:こうなったら、地下じゅうを探して… 0:アイオリスは再び歩き出す ルビ:いい加減にしてよ…! ルビ:アナタは何も分かっていないわ。むやみに書棚を練り歩くことが、どれほど危険か! アイオリス:〈振り返る〉かまわない。僕の命だ。 ルビ:それは…そうかもしれないけど…! アイオリス:この命よりも大切なものがある。 ウドン:口論とは感心しないな… ウドン:腹が減っているのか…? アイオリス:誰だ…? ルビ:この声は…! 0:横道からゴトゴトと、赤い提灯を下げた屋台が現れる ウドン:うーむ。一人は壁に寄りかかり、もう一人はそれに寄りかかっている… ウドン:二人とも腹が減っているのだな… アイオリス:なんなんだ、貴方は… ルビ:アイオリス、大丈夫よ。この人は… ウドン:aham udumbara(アハム・ウドゥンバーラ) アイオリス:ウド、ン…? ルビ:釜茹での男…皆からはウドンさんって呼ばれてる ウドン:うーむ… ウドン:食事にしよう…入れ。 0:屋台にはノレンが掛かっていて、中へ入るとふんわりとした湯気が辺りを包む ルビ:暖かい… アイオリス:… ウドン:そなた。考え事をしているな… アイオリス:…僕ですか? ウドン:そうだ。下手な考えは無茶な減量(ダイエット)と同じ… ウドン:身を滅ぼすぞ。 アイオリス:そんなこと言われたって… ウドン:うーむ。よし。自分の耳たぶを触ってみろ… アイオリス:え…? ウドン:もちもちしているだろう… アイオリス:もちもちしている… 0:おもむろに2杯の麺をルビとアイオリスに差し出す ウドン:食え。これも同じくらい、もちもちしている… アイオリス:〈ルビを見る〉… ルビ:大丈夫、悪い人じゃないから。 0:麺をすする2人 アイオリス:おいしいっ!これおいしい! ルビ:ありがとう、ウドンさん。 ウドン:うむっふっふっふ… アイオリス:〈モノローグ〉それからウドンさんに色々話した。書棚を爆破したこと、仲間と離れ離れになったこと… ルビ:部屋がなくなったこと…ノヴァがいなくなったこと… ウドン:うーむ… ルビ:問題は山積みです…何から手を付けたらいいのやら… ウドン:うーむ… アイオリス:ウドンさん、何か知恵をお貸しくださいっ 0:ウドゥンバーラは天を仰いだ。廊下の天井には出汁の暖かな湯気が揺蕩っている。 ウドン:釜茹での湯気は、上を目指して昇る… アイオリス:上…そうか!ドーリアもイオニアも、きっと上を目指しているはずだ! アイオリス:足の痛みも治ってる!これなら行ける! ウドン:これを持って行け。食後の爪楊枝だ。 ウドン:私が地下の竹からこさえた… 0:アイオリスは青竹の爪楊枝をつまんでみる。 アイオリス:タケ…?地下に植物が? ウドン:生えているぞ。パンダもいるぞ… アイオリス:まさか!あははは! ウドン:うむっふっふっふ… アイオリス:ウドンさん。本っ当にお世話になりました! ウドン:うむ… アイオリス:僕は行きます! 0:アイオリスは駆けだした。 ルビ:待ってよアイオリス!ウドンさん、お代は… ウドン:うーむ…ロザリオにツケておこう… ウドン:精霊の導きがあらんことを… ルビ:ありがとうございます…あなたも…! 0:ウドゥンバーラが闇に消える2人を見送ると、スタスタと新しい足音が聞こえてきた ロザリオ:こんにちは。ウドンさん ウドン:来たか。ロザリオ… ロザリオ:何やら楽しげな声が聞こえてきたんだ。 ロザリオ:でもどうやら、行き違いだったみたいだね。 ウドン:ちょうどよかった…まずは2杯分のお代を払え。 ロザリオ:おいおい。俺はまた”奢らされた”のかな? ロザリオ:3杯分だ。ウドンさん、俺にも振舞ってくれ。 0:チャリチャリチャリン…! ウドン:うーむ…そなたの金ではないだろう… ロザリオ:ああ。俺はいらないって言うんだけど、皆”施し”てくれるんだ。 ロザリオ:でもまあ、そのお陰で ロザリオ:こうして美味いモノにありつける。 ウドン:口の上手い男だな… ウドン:お前の考えは分かっているぞ。 ロザリオ:ふ、ウドンさんには敵わないか…では本題に移ろう。 ロザリオ:ウドンさん、力を貸してほしい。 ウドン:うーむ… ロザリオ:ワームスケルターのせいで滅茶苦茶だ。 ロザリオ:穴は大図書街(シェルフ・タウン)を貫通している。 ロザリオ:そして例の水道管にも… ロザリオ:穴を通じて”奴ら”が浸蝕してきたら、街は終わる。 ウドン:さあ、おまちどう…食え。 ロザリオ:頂きます。うんやっぱり美味しいな。 ロザリオ:ここのウドンは昔のままだ。 ウドン:お前の呪いも変わらぬままか。 ロザリオ:ああ。俺だけは脳喰いを見ることができない。皆不安がっている… ロザリオ:ウドンさん、俺と一緒にシェルフタウンまで降りてくれないか? ウドン:うーむ… ロザリオ:ウドンさん… ウドン:湯気は上へ昇り…出汁ガラは底に沈む… ロザリオ:ウドンさん…? ウドン:何事も、因果律を替えることはない… ロザリオ:因果か…たしかに、近ごろは何かと運命を感じるよ 0:ルビの部屋の前に立つアイオリスとルビ。 0:アイオリスはルビの部屋に空いた巨大な穴を見つめる アイオリス:ワームスケルターが掘った穴だ。きっと地上まで続いてる。 ルビ:まさか、この穴を登る気ですか…? アイオリス:もちろん。ほら、絶壁かと思ったけど、穴は螺旋状に渦巻いている。 アイオリス:これなら負傷した足でも登れそうだ。 アイオリス:ついてきて、ルビ。 ルビ:仕方ないですね。 0:ヒタヒタとワームスケルターの掘った穴を這って登る2人。 ルビ:うう、湿ってる… アイオリス:うん…それにしても巨大な穴だな…地下にはあんな生物がいたなんて。 ルビ:脳喰いのせいですよ。 アイオリス:脳喰いって? ルビ:好奇心の塊みたいなものです…支配したモノをかけ合わせて、 ルビ:時にはとんでもないものを生み出してしまう… アイオリス:とんでもないもの…ワームスケルターか。 ルビ:ええ。 アイオリス:地下にはこんな世界が広がっていたなんて… アイオリス:地上にいたころには想像もつかなかった。 ルビ:まあ、アイオリスは乏しそうですもんね。想像力… 脳喰い:〈高めの声で〉もにゃ? アイオリス:ルビ、なんか言った? ルビ:い、いえっ!今のは、失言でした…! アイオリス:そうじゃなくて… 脳喰い:もにゃにゃ? アイオリス:ほらまた… ルビ:まさか…いや、穴が湿っていた時から気づくべきだった… 0:べちょり… アイオリス:ん?なんか肩にかかった… 脳喰い:もにゃ! アイオリス:うわっ!喋った!! ルビ:脳喰いです!はやく払ってください! アイオリス:離れろこの!〈べしべしっ〉 0:アイオリスは肩の脳喰いを払い落とす 脳喰い:もにゃ~… ルビ:あ、危ないところでしたね… 脳喰い:〈低めの声で〉もにゃ…もにゃ… アイオリス:まだいるぞ!? 脳喰い:もにゃ…もにゃ… ルビ:まさか… アイオリス:そ、そこら中にいる!? ルビ:アイオリス!下に逃げましょう! アイオリス:えっ?でも…上に、上に行かなきゃ…! 0:イオニアとドーリアのことを想い、アイオリスは逡巡した ルビ:このまま上へ行けば死にます!はやく! アイオリス:くっ…わかった! 0:脳喰いは次々と染み出てくる ルビ:急いで! アイオリス:うわあ!す、滑るうう! ルビ:ちょ、ひえええ!! アイオリス:止まらない~!! 0:ルビの部屋を通り過ぎ、更に下へと落ちてゆく 脳喰い:もにゃにゃ~!! アイオリス:まだ追ってくるなんて!? ルビ:出口です! アイオリス:うおおお!! 0:ふいに、宙へと投げ出されるルビとアイオリス。 0:眼下には数十階建てのビルのような書棚がそびえ立っている ルビ:しまった!ここは大図書街(シェルフ・タウン)!私達、落下していますうう!! アイオリス:死ぬうううう!!! 脳喰い:もにゃ~~!! ウドン:行方のない湯気は留まり、雫となりて滴り堕ちる… ウドン:それもまた、”さもありなん”… ルビ:この声は…! ウドン:”ふるいに掛けろ”… ウドン:”テボ・ローカパーラ(万物を掬う麺笊)” アイオリス:ウドンさん!! ウドン:うむ。無事か、そなたら… 0:ルビとアイオリスだけが巨大なザルにすくわれ、脳喰いだけが巨大な書棚の谷へと堕ちてゆく 脳喰い:〈堕ちていく〉もにゃあああ!!あああ…… アイオリス:脳喰いが堕ちた!やった! ウドン:いいや…脳喰いはあれでは死なん… ウドン:そこで見ておれ。 ウドン:とぅ! 0:2人をキャッチしたザルを地表近くの書棚へひっかけると、地面に広がる脳喰いの沼にウドゥンバーラは飛び降りた ルビ:っ!ウドンさん! アイオリス:ウドンさん…かっこいい。 脳喰い:〈怪しく笑う〉もにゃ、もにゃにゃ… ウドン:脳喰いよ、何を求める… 脳喰い:もにゃ、もにゃ… ウドン:フ、飽くなき知識欲とは、それだけでは虚しいものだ… 0:ウドゥンバーラは袖から一巻の巻物を取り出す 脳喰い:〈興味津々〉もにゃ! ウドン:中身が見たいか…? 脳喰い:もにゃ!もにゃ! ウドン:この愚か者が… ウドン:”すべては空(くう)と識(し)れ”… ウドン:”ルタ・ピピ・ヴェーダ(真理の聖典)” 0:ウドゥンバーラが紐を解くと、真っ白な巻物が、縦横無尽に伸びていく。 0:その光景はさながら地面一体にうどん麺が溢れかえるようであった。 脳喰い:〈苦しそうに〉もおにゃあああ!! 0:液状の脳喰いは真っ白な紙に吸い尽くされ、たちまち巻物の中へ封印された。 ウドン:うーむ…ご馳走さまでした。 アイオリス:すげえ… ルビ:これが、ウドンさんの力… 脳喰い:〈高めの声で〉もにゃ~… アイオリス:わ、まだいたのか! 脳喰い:もにゃ! アイオリス:離れろ! 脳喰い:も~にゃ! アイオリス:離れろったら! ルビ:ぷ、あははは! アイオリス:ルビ、笑ってないで助けてくれ!! ウドン:安心しろ、アイオリス… アイオリス:ウドンさん… ウドン:どうやらその脳喰いに敵意はないらしい… ルビ:人懐っこいんですね。こんな個体、初めて見ました… ウドン:うむ。脳喰いは好奇心の塊だ…脳を喰うこと、なつくこと…そこにさしたる違いはない… アイオリス:そうなのか? 脳喰い:もにゃ! ルビ:アイオリス。もしかしたら脳喰いは、貴方の脳だけじゃなくて、貴方そのものに興味があるのかもしれないわ。 アイオリス:僕に…?でも僕には何も… 脳喰い:もにゃ! ウドン:脳喰いは気まぐれだぞ。生かす価値なしと判断したら、脳を喰うやもしれん… アイオリス:ええっ!? 脳喰い:もにゃあ… アイオリス:…じゃあ、詩を1つだけ。僕が一番好きな詩を… ルビ:一番、好きな詩… 脳喰い:もにゃあ! アイオリス:っ… 0:アイオリスは静かに唱え始めた。 アイオリス:夜の静寂(しじま)に啼く鳥よ… アイオリス:折れた翼を携えて… アイオリス:汝は夜明けを待ちわびる… アイオリス:いつか輝く暁の空を… アイオリス:空へ羽ばたくその時を… アイオリス:静かに唄い、待ちわびる… ルビ:… ウドン:クロウタドリの詩か… 脳喰い:もにゃ!もにゃ!もにゃ! ルビ:あれ、脳喰いの様子が… 脳喰い:も~…にゃっ! 0:脳喰いのぼよぼよした体に、小さな翼が生えた ルビ:見て、アイオリス!羽が生えた! アイオリス:でも少し、ぎこちないみたいだ… ウドン:折れているのだろうな… アイオリス:っ!! 0:脳喰いはひらひらと舞い落ちるように、アイオリスの左脚へと張り付いた ルビ:ケガの所をふさいだ…? アイオリス:羽のお返しってことか? 脳喰い:もにゃ! ウドン:いい糊(のり)を手に入れたな…ケガはやがて治るだろう… ルビ:糊… 0:ノヴァ「糊でくっつくワケじゃないんですからねっ!」 アイオリス:ルビ、 ルビ:な、なんでしょう? アイオリス:大丈夫? ルビ:…少し、ノヴァのことを思い出しました。 アイオリス:そっか… ロザリオ:やあ、ウドンさん!脳喰いは封印したのかな。 ウドン:うむ。 ロザリオ:お疲れ様です。巨大な穴は各層ごとに修復を任せることにした。 ロザリオ:ひとまず一件落着だ。 ルビ:ロザリオさん、居たんですね。 ロザリオ:やあ、ルビ!見ない内にきれいになったね! ルビ:穴を這いつくばって汚れているのですが… ロザリオ:ああ、それなら心配いらないよ。シャワーを用意してあるからね。 ロザリオ:ついて来てっ アイオリス:あの、 ロザリオ:ん? アイオリス:どこかでお会いしましたか? ロザリオ:ああ、ふーん。君がそうか。 アイオリス:? ロザリオ:俺は”巡回者”ロザリオ。君の名前は? 0:イオニア…イオニア・ロザリオブルク。 アイオリス:ロザ、リオ… ロザリオ:んー?あっはっは。ロザリオは僕の名前だよ ロザリオ:「君の」「名前は」? アイオリス:あ、アイオリス!…です ロザリオ:よろしくね!アイオリス。 ロザリオ:君とも仲良くなれそうだ。 アイオリス:…よろしく。 ルビ:ロザリオさん、「ついて来い」とはどこへですか。 ロザリオ:決まっているだろう? ロザリオ:ミマちゃんがキミを待っているよ。 ルビ:ああ、ミマが…そういうことですか。 ウドン:ロザリオ…お前。 ロザリオ:ウドンさん、2人をありがとう。 ロザリオ:あとは任せて。 ウドン:… アイオリス:ウドンさん、ここまでありがとうございました。 ウドン:むふふ、うむ。 ルビ:ウドンさん、また会いましょう。 ウドン:ルビ…少し待ちなさい ルビ:…何でしょう? ウドン:この地下の闇の中では、ときに光を追い求めたくもなるだろう… ルビ:光…? ウドン:しかし気づくことだ… ウドン:本当の光は、内に秘められているのだと… ルビ:内なる光…覚えておきます。 0:闇に消える3人を見送ると、ウドゥンバーラの屋台は再び、静かに動き出した ウドン:地下の闇は森羅万象へとつながる… ウドン:目に映るすべての像は、どこにいようとも不条理なことに変わりはない… ウドン:すべては己自身から… ウドン:何者もそなたを変えることはできない… ウドン:変えることはできない、決して… 0:つづく

0:コトコトと、暗闇の冷たい廊下の真ん中で、静かな釜茹での音が聞こえる ウドン:言葉はこぼれてゆく…蓋から煙が噴き出すように。 ウドン:匂いが鼻腔をくすぐるように。そなたの頭の中へと広がってゆく… ウドン:思考は巡り、”いりこ”の渦をさまよう… ウドン:艶やかな麺の上を滑り、地下の書棚へと ウドン:迷い込む。 ウドン:聖なる食事に栄光あれ… ウドン:聖なる読書に栄光あれ… ウドン:うーむ… ロザリオ:〈タイトルコール〉『アンダー・インク・コリダー第2場”脳喰い”』 0:ひとしきり泣いた後、アイオリスが立ち上がる アイオリス:行かなくては。 ルビ:どこへ行くつもりですか… アイオリス:僕が爆破した書棚にさ。 ルビ:何度も言いましたけど、アイオリス、貴方の他には誰もいませんでした… アイオリス:もし2人が生きているなら、置いていかれた僕のことを想って、書棚に向かうはずだ。 アイオリス:合流、できるかもしれない… ルビ:下手に動いてはダメです。救難信号を信じて、ノヴァの仲間が来るのを待ちましょう…それが最善策です。 アイオリス:いや、地下(ここ)は危険だ…早く地上に帰らなきゃ… 0:負傷した左足を引きずりながら、アイオリスは赤レンガの壁伝いに歩き出す ルビ:まって、アイオリス! 0:ルビが追いすがるもアイオリスは止まらない ルビ:お願い、聞いて!あなたの傷が開いたら、わたしじゃ治せないの!! アイオリス:… ルビ:行ったところで誰もいないわ!無駄足なのよ!! アイオリス:いるかもしれない。じっとしてなんかいられるか。 ルビ:アイオリス… 0:しばらく歩くと、瓦礫の山にたどり着いた アイオリス:誰もいない… 0:爆破跡は瓦礫でふさがれていて、前に進むことが出来ない ルビ:やっぱりね。さあ、元の場所に戻ろう? アイオリス:こうなったら、地下じゅうを探して… 0:アイオリスは再び歩き出す ルビ:いい加減にしてよ…! ルビ:アナタは何も分かっていないわ。むやみに書棚を練り歩くことが、どれほど危険か! アイオリス:〈振り返る〉かまわない。僕の命だ。 ルビ:それは…そうかもしれないけど…! アイオリス:この命よりも大切なものがある。 ウドン:口論とは感心しないな… ウドン:腹が減っているのか…? アイオリス:誰だ…? ルビ:この声は…! 0:横道からゴトゴトと、赤い提灯を下げた屋台が現れる ウドン:うーむ。一人は壁に寄りかかり、もう一人はそれに寄りかかっている… ウドン:二人とも腹が減っているのだな… アイオリス:なんなんだ、貴方は… ルビ:アイオリス、大丈夫よ。この人は… ウドン:aham udumbara(アハム・ウドゥンバーラ) アイオリス:ウド、ン…? ルビ:釜茹での男…皆からはウドンさんって呼ばれてる ウドン:うーむ… ウドン:食事にしよう…入れ。 0:屋台にはノレンが掛かっていて、中へ入るとふんわりとした湯気が辺りを包む ルビ:暖かい… アイオリス:… ウドン:そなた。考え事をしているな… アイオリス:…僕ですか? ウドン:そうだ。下手な考えは無茶な減量(ダイエット)と同じ… ウドン:身を滅ぼすぞ。 アイオリス:そんなこと言われたって… ウドン:うーむ。よし。自分の耳たぶを触ってみろ… アイオリス:え…? ウドン:もちもちしているだろう… アイオリス:もちもちしている… 0:おもむろに2杯の麺をルビとアイオリスに差し出す ウドン:食え。これも同じくらい、もちもちしている… アイオリス:〈ルビを見る〉… ルビ:大丈夫、悪い人じゃないから。 0:麺をすする2人 アイオリス:おいしいっ!これおいしい! ルビ:ありがとう、ウドンさん。 ウドン:うむっふっふっふ… アイオリス:〈モノローグ〉それからウドンさんに色々話した。書棚を爆破したこと、仲間と離れ離れになったこと… ルビ:部屋がなくなったこと…ノヴァがいなくなったこと… ウドン:うーむ… ルビ:問題は山積みです…何から手を付けたらいいのやら… ウドン:うーむ… アイオリス:ウドンさん、何か知恵をお貸しくださいっ 0:ウドゥンバーラは天を仰いだ。廊下の天井には出汁の暖かな湯気が揺蕩っている。 ウドン:釜茹での湯気は、上を目指して昇る… アイオリス:上…そうか!ドーリアもイオニアも、きっと上を目指しているはずだ! アイオリス:足の痛みも治ってる!これなら行ける! ウドン:これを持って行け。食後の爪楊枝だ。 ウドン:私が地下の竹からこさえた… 0:アイオリスは青竹の爪楊枝をつまんでみる。 アイオリス:タケ…?地下に植物が? ウドン:生えているぞ。パンダもいるぞ… アイオリス:まさか!あははは! ウドン:うむっふっふっふ… アイオリス:ウドンさん。本っ当にお世話になりました! ウドン:うむ… アイオリス:僕は行きます! 0:アイオリスは駆けだした。 ルビ:待ってよアイオリス!ウドンさん、お代は… ウドン:うーむ…ロザリオにツケておこう… ウドン:精霊の導きがあらんことを… ルビ:ありがとうございます…あなたも…! 0:ウドゥンバーラが闇に消える2人を見送ると、スタスタと新しい足音が聞こえてきた ロザリオ:こんにちは。ウドンさん ウドン:来たか。ロザリオ… ロザリオ:何やら楽しげな声が聞こえてきたんだ。 ロザリオ:でもどうやら、行き違いだったみたいだね。 ウドン:ちょうどよかった…まずは2杯分のお代を払え。 ロザリオ:おいおい。俺はまた”奢らされた”のかな? ロザリオ:3杯分だ。ウドンさん、俺にも振舞ってくれ。 0:チャリチャリチャリン…! ウドン:うーむ…そなたの金ではないだろう… ロザリオ:ああ。俺はいらないって言うんだけど、皆”施し”てくれるんだ。 ロザリオ:でもまあ、そのお陰で ロザリオ:こうして美味いモノにありつける。 ウドン:口の上手い男だな… ウドン:お前の考えは分かっているぞ。 ロザリオ:ふ、ウドンさんには敵わないか…では本題に移ろう。 ロザリオ:ウドンさん、力を貸してほしい。 ウドン:うーむ… ロザリオ:ワームスケルターのせいで滅茶苦茶だ。 ロザリオ:穴は大図書街(シェルフ・タウン)を貫通している。 ロザリオ:そして例の水道管にも… ロザリオ:穴を通じて”奴ら”が浸蝕してきたら、街は終わる。 ウドン:さあ、おまちどう…食え。 ロザリオ:頂きます。うんやっぱり美味しいな。 ロザリオ:ここのウドンは昔のままだ。 ウドン:お前の呪いも変わらぬままか。 ロザリオ:ああ。俺だけは脳喰いを見ることができない。皆不安がっている… ロザリオ:ウドンさん、俺と一緒にシェルフタウンまで降りてくれないか? ウドン:うーむ… ロザリオ:ウドンさん… ウドン:湯気は上へ昇り…出汁ガラは底に沈む… ロザリオ:ウドンさん…? ウドン:何事も、因果律を替えることはない… ロザリオ:因果か…たしかに、近ごろは何かと運命を感じるよ 0:ルビの部屋の前に立つアイオリスとルビ。 0:アイオリスはルビの部屋に空いた巨大な穴を見つめる アイオリス:ワームスケルターが掘った穴だ。きっと地上まで続いてる。 ルビ:まさか、この穴を登る気ですか…? アイオリス:もちろん。ほら、絶壁かと思ったけど、穴は螺旋状に渦巻いている。 アイオリス:これなら負傷した足でも登れそうだ。 アイオリス:ついてきて、ルビ。 ルビ:仕方ないですね。 0:ヒタヒタとワームスケルターの掘った穴を這って登る2人。 ルビ:うう、湿ってる… アイオリス:うん…それにしても巨大な穴だな…地下にはあんな生物がいたなんて。 ルビ:脳喰いのせいですよ。 アイオリス:脳喰いって? ルビ:好奇心の塊みたいなものです…支配したモノをかけ合わせて、 ルビ:時にはとんでもないものを生み出してしまう… アイオリス:とんでもないもの…ワームスケルターか。 ルビ:ええ。 アイオリス:地下にはこんな世界が広がっていたなんて… アイオリス:地上にいたころには想像もつかなかった。 ルビ:まあ、アイオリスは乏しそうですもんね。想像力… 脳喰い:〈高めの声で〉もにゃ? アイオリス:ルビ、なんか言った? ルビ:い、いえっ!今のは、失言でした…! アイオリス:そうじゃなくて… 脳喰い:もにゃにゃ? アイオリス:ほらまた… ルビ:まさか…いや、穴が湿っていた時から気づくべきだった… 0:べちょり… アイオリス:ん?なんか肩にかかった… 脳喰い:もにゃ! アイオリス:うわっ!喋った!! ルビ:脳喰いです!はやく払ってください! アイオリス:離れろこの!〈べしべしっ〉 0:アイオリスは肩の脳喰いを払い落とす 脳喰い:もにゃ~… ルビ:あ、危ないところでしたね… 脳喰い:〈低めの声で〉もにゃ…もにゃ… アイオリス:まだいるぞ!? 脳喰い:もにゃ…もにゃ… ルビ:まさか… アイオリス:そ、そこら中にいる!? ルビ:アイオリス!下に逃げましょう! アイオリス:えっ?でも…上に、上に行かなきゃ…! 0:イオニアとドーリアのことを想い、アイオリスは逡巡した ルビ:このまま上へ行けば死にます!はやく! アイオリス:くっ…わかった! 0:脳喰いは次々と染み出てくる ルビ:急いで! アイオリス:うわあ!す、滑るうう! ルビ:ちょ、ひえええ!! アイオリス:止まらない~!! 0:ルビの部屋を通り過ぎ、更に下へと落ちてゆく 脳喰い:もにゃにゃ~!! アイオリス:まだ追ってくるなんて!? ルビ:出口です! アイオリス:うおおお!! 0:ふいに、宙へと投げ出されるルビとアイオリス。 0:眼下には数十階建てのビルのような書棚がそびえ立っている ルビ:しまった!ここは大図書街(シェルフ・タウン)!私達、落下していますうう!! アイオリス:死ぬうううう!!! 脳喰い:もにゃ~~!! ウドン:行方のない湯気は留まり、雫となりて滴り堕ちる… ウドン:それもまた、”さもありなん”… ルビ:この声は…! ウドン:”ふるいに掛けろ”… ウドン:”テボ・ローカパーラ(万物を掬う麺笊)” アイオリス:ウドンさん!! ウドン:うむ。無事か、そなたら… 0:ルビとアイオリスだけが巨大なザルにすくわれ、脳喰いだけが巨大な書棚の谷へと堕ちてゆく 脳喰い:〈堕ちていく〉もにゃあああ!!あああ…… アイオリス:脳喰いが堕ちた!やった! ウドン:いいや…脳喰いはあれでは死なん… ウドン:そこで見ておれ。 ウドン:とぅ! 0:2人をキャッチしたザルを地表近くの書棚へひっかけると、地面に広がる脳喰いの沼にウドゥンバーラは飛び降りた ルビ:っ!ウドンさん! アイオリス:ウドンさん…かっこいい。 脳喰い:〈怪しく笑う〉もにゃ、もにゃにゃ… ウドン:脳喰いよ、何を求める… 脳喰い:もにゃ、もにゃ… ウドン:フ、飽くなき知識欲とは、それだけでは虚しいものだ… 0:ウドゥンバーラは袖から一巻の巻物を取り出す 脳喰い:〈興味津々〉もにゃ! ウドン:中身が見たいか…? 脳喰い:もにゃ!もにゃ! ウドン:この愚か者が… ウドン:”すべては空(くう)と識(し)れ”… ウドン:”ルタ・ピピ・ヴェーダ(真理の聖典)” 0:ウドゥンバーラが紐を解くと、真っ白な巻物が、縦横無尽に伸びていく。 0:その光景はさながら地面一体にうどん麺が溢れかえるようであった。 脳喰い:〈苦しそうに〉もおにゃあああ!! 0:液状の脳喰いは真っ白な紙に吸い尽くされ、たちまち巻物の中へ封印された。 ウドン:うーむ…ご馳走さまでした。 アイオリス:すげえ… ルビ:これが、ウドンさんの力… 脳喰い:〈高めの声で〉もにゃ~… アイオリス:わ、まだいたのか! 脳喰い:もにゃ! アイオリス:離れろ! 脳喰い:も~にゃ! アイオリス:離れろったら! ルビ:ぷ、あははは! アイオリス:ルビ、笑ってないで助けてくれ!! ウドン:安心しろ、アイオリス… アイオリス:ウドンさん… ウドン:どうやらその脳喰いに敵意はないらしい… ルビ:人懐っこいんですね。こんな個体、初めて見ました… ウドン:うむ。脳喰いは好奇心の塊だ…脳を喰うこと、なつくこと…そこにさしたる違いはない… アイオリス:そうなのか? 脳喰い:もにゃ! ルビ:アイオリス。もしかしたら脳喰いは、貴方の脳だけじゃなくて、貴方そのものに興味があるのかもしれないわ。 アイオリス:僕に…?でも僕には何も… 脳喰い:もにゃ! ウドン:脳喰いは気まぐれだぞ。生かす価値なしと判断したら、脳を喰うやもしれん… アイオリス:ええっ!? 脳喰い:もにゃあ… アイオリス:…じゃあ、詩を1つだけ。僕が一番好きな詩を… ルビ:一番、好きな詩… 脳喰い:もにゃあ! アイオリス:っ… 0:アイオリスは静かに唱え始めた。 アイオリス:夜の静寂(しじま)に啼く鳥よ… アイオリス:折れた翼を携えて… アイオリス:汝は夜明けを待ちわびる… アイオリス:いつか輝く暁の空を… アイオリス:空へ羽ばたくその時を… アイオリス:静かに唄い、待ちわびる… ルビ:… ウドン:クロウタドリの詩か… 脳喰い:もにゃ!もにゃ!もにゃ! ルビ:あれ、脳喰いの様子が… 脳喰い:も~…にゃっ! 0:脳喰いのぼよぼよした体に、小さな翼が生えた ルビ:見て、アイオリス!羽が生えた! アイオリス:でも少し、ぎこちないみたいだ… ウドン:折れているのだろうな… アイオリス:っ!! 0:脳喰いはひらひらと舞い落ちるように、アイオリスの左脚へと張り付いた ルビ:ケガの所をふさいだ…? アイオリス:羽のお返しってことか? 脳喰い:もにゃ! ウドン:いい糊(のり)を手に入れたな…ケガはやがて治るだろう… ルビ:糊… 0:ノヴァ「糊でくっつくワケじゃないんですからねっ!」 アイオリス:ルビ、 ルビ:な、なんでしょう? アイオリス:大丈夫? ルビ:…少し、ノヴァのことを思い出しました。 アイオリス:そっか… ロザリオ:やあ、ウドンさん!脳喰いは封印したのかな。 ウドン:うむ。 ロザリオ:お疲れ様です。巨大な穴は各層ごとに修復を任せることにした。 ロザリオ:ひとまず一件落着だ。 ルビ:ロザリオさん、居たんですね。 ロザリオ:やあ、ルビ!見ない内にきれいになったね! ルビ:穴を這いつくばって汚れているのですが… ロザリオ:ああ、それなら心配いらないよ。シャワーを用意してあるからね。 ロザリオ:ついて来てっ アイオリス:あの、 ロザリオ:ん? アイオリス:どこかでお会いしましたか? ロザリオ:ああ、ふーん。君がそうか。 アイオリス:? ロザリオ:俺は”巡回者”ロザリオ。君の名前は? 0:イオニア…イオニア・ロザリオブルク。 アイオリス:ロザ、リオ… ロザリオ:んー?あっはっは。ロザリオは僕の名前だよ ロザリオ:「君の」「名前は」? アイオリス:あ、アイオリス!…です ロザリオ:よろしくね!アイオリス。 ロザリオ:君とも仲良くなれそうだ。 アイオリス:…よろしく。 ルビ:ロザリオさん、「ついて来い」とはどこへですか。 ロザリオ:決まっているだろう? ロザリオ:ミマちゃんがキミを待っているよ。 ルビ:ああ、ミマが…そういうことですか。 ウドン:ロザリオ…お前。 ロザリオ:ウドンさん、2人をありがとう。 ロザリオ:あとは任せて。 ウドン:… アイオリス:ウドンさん、ここまでありがとうございました。 ウドン:むふふ、うむ。 ルビ:ウドンさん、また会いましょう。 ウドン:ルビ…少し待ちなさい ルビ:…何でしょう? ウドン:この地下の闇の中では、ときに光を追い求めたくもなるだろう… ルビ:光…? ウドン:しかし気づくことだ… ウドン:本当の光は、内に秘められているのだと… ルビ:内なる光…覚えておきます。 0:闇に消える3人を見送ると、ウドゥンバーラの屋台は再び、静かに動き出した ウドン:地下の闇は森羅万象へとつながる… ウドン:目に映るすべての像は、どこにいようとも不条理なことに変わりはない… ウドン:すべては己自身から… ウドン:何者もそなたを変えることはできない… ウドン:変えることはできない、決して… 0:つづく