台本概要
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タイトル | 道楽探偵奇譚‐少女Nの行方‐ |
---|---|
作者名 | マト (@matoboikone) |
ジャンル | ホラー |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
「町はずれの古い洋館には、難解な事件を解決する探偵がいるらしい。」 「どんな事件でも、見合った代償を払えば解決してくれるとか。」 「姿は滅多に現わさないが、その腕は確かなようだ。」 陽も傾く頃、風の噂に導かれ、 街外れの洋館に人目を盗んで訪れる少女の姿があった。 811 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
男 | 男 | 30 | 街外れの古い洋館で探偵をやっている。 |
女 | 女 | 32 | 突然姿を消した姉を探している。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:モノローグ
男:『ヴァンパイア。闇夜に紛れては血と精気を求めて徘徊する屍。』
男:『その容姿は恐ろしいほどに整っており、目を付けた獲物を誘惑し、篭絡し、手中に収めるという。』
男:『囚われてしまった獲物には、甘い口づけが単なる晩餐のはじまりであるとも気づけない。』
男:『弱点は諸説あるが、屍である以上容易く葬ることは不可能。』
男:『致命傷を負わせない限り永遠に動き続ける、不死身の怪物なのである。』
0:
0:町はずれの古い洋館の応接室。
0:逢魔が時、心許ないろうそくの揺らめく灯りに照らされ、小さな机を挟んで布張りのソファに座った男女が向かい合っている。
0:およそ宵闇の似つかわしくない少女の頬は、不安で強張っている。
0:
男:(柄の入っていない地味な着物、三つ編みでひとつに束ねた束髪(そくはつ)、健康的ではりのある肌は生命力に満ち、若い娘であることが一目でわかる。)
男:(しかしその表情は暗く、不安げに擦り合わせている手も骨ばっており貧相で、どこか不幸の香りを漂わせている。)
男:(ただでさえ小さな背丈がソファに座るとより小さくなって見えた。)
男:(客人はあちらなのだから、そう萎縮せずともよさそうなものだが。)
男:(ここへ訪れる客人は往々にしてそういう節がある。)
男:それでは、ご用件をお聞きしましょうか。
女:あの、…その。
女:警察にも、言ったのですけれど…まともに取り合っていただけなくて。
女:なんでも、人死にがでたら動かなくもないとかなんとか。
女:屋敷勤めの下女の話など、はなから聞いていただけるとは思っていませんでしたが…。
女:こちらの探偵様なら聞いてくれるかもしれないと、風の噂でききまして…。
男:はい。わたくしでよければ聞かせていただきます。
女:ちなみに、お代は…。
男:ああ、そのことでしたらご心配なく。
男:もともと道楽でやっているような事業ですので、貴女様のお出し出来る範囲で勘定いたします。
女:はあ、…。
男:(払う代償に対する不安が大方をしめていたようだ。)
男:(腑に落ちていない表情ではあるものの、幾分か落ち着きを取り戻し、せわしなく擦り合わせていた手をようやく膝にそろえた。)
女:…実は、同じ屋敷で働いている姉の行方が、分からなくなったのでございます。
0:
0:
女:いなくなったのは3日前のことです。
女:私は姉とともにこの地へ奉公に参りました。住み込みで、他に帰る家はありません。
女:はじめは、好い人ができたのか、人さらいにあったのではないかと、色々考えたのですが。
女:まじめでしっかり者の姉です。突然何も言わずにいなくなる理由なんて…思いつかなくて。
0:
0:
女:けれど、ひとつだけ気になっていることがありまして。
男:…と、言いますと。
女:いなくなる1週間前くらいからだったと思います。
女:昼間は変わらず勤めているのに、夜だけ姿が見えなくなったんです。
女:…それだけじゃない。首元におかしな赤紫色の痣があって。
女:…とても、なんだか、具合が悪そうにしていました…。
女:…っ、わたし、あの時にちゃんときいていれば…っ。
男:(そう言って、小さな身体を震わせながら女は泣き始めた。)
男:(懐からハンカチを取り出して目元にあてている。よほど辛かったのだろう。)
男:(何度か息を吐いて呼吸を整えると、胸をおさえ潤んだ瞳でこちらを申し訳なさそうに見上げた。)
女:……ごめんなさい。
男:いえ、構いません。…それで、他に変わったことは。
女:変わった、こと。
男:例えばその、おかしな痣のこととか。
男:どんな風におかしかったのでしょう。
女:…あれは、どこかでぶつけたとか、そういうのではなかったと思います。
女:首から肩に差し掛かるあたりが赤紫色に変色していて、ちょうど真ん中に小さな傷が2か所できていました。
女:まるで、大きなムカデにでも噛まれたような。
男:ふむ、大きなムカデですか。
女:それから、目がとてもうつろで、…何を聞いてもぼんやりとした返事をしていました。
女:感情が抜けているというか、姉の中身がからっぽになってしまったみたいな…。
男:普段からそのようなことはなかったのですか。
女:ありませんでした。
女:姉は私と比べて快活な性格で、少なくとも人前でぼんやりしている姿なんて考えられません。
男:なるほど…妹さんがおっしゃるなら、そうに違いないのでしょうね。
男:つまり話をまとめると…お姉さんは3日前に居なくなり、さらにその1週間前から夜だけ姿を消していた。
男:その頃の様子は普段とは違い、さらに首元にはおかしな痣があった…と。
女:…そうです。
男:今回は、私にそのお姉さんを探してほしい、とのご依頼でよろしいですか?
女:はい、…お願いします。私の、たった1人の肉親なんです!
男:必ずしも、貴女の望む形でお姉さんを見つけられるとは限りません。
男:その点は重々ご承知の上で…いいですね?
女:はい…わかっています…。
女:私は、姉がどうして消えたのか、その真実が知りたい。
男:…わかりました、お受けいたします。
女:あ、ありがとうございます…!
0:
0:
女:(私の意思を確認すると、探偵はソファへ深く腰掛けなおし、考えを巡らせながら懐から出した手帳にぺンを走らせた。)
女:(――詰襟シャツにきちんと帯を締めた着物、前からうしろへ丁寧になでつけた短髪。)
女:(たぶん、とても几帳面で神経質な人だ。)
女:(テーブルの上の敷物や、薔薇の形をした置物だって、見事なまでに左右対称においてある。)
男:…お茶を飲まれてはいかがですか。きっと心が落ち着きますよ。
女:(そう言って探偵は顔を上げ、美しい所作で自らのティーカップに口を付けた。)
女:(出されていた紅茶を、私は一口も飲んでいなかったことに気づく。)
女:あ、いただきます…。
女:(ひとくち含むと、その温かさで言われた通りすこし気持ちが落ち着いた、…ような気がした。)
男:お屋敷の主人には、此処へ来ることを伝えてきたのですか?
女:いえ、その…。
男:ああ、わかります。自分で言うのもなんですが、あまり街での評判はよくありませんから。
男:娘1人でこんなところへ来るだなんて伝えれば、いくら下女とはいえ咎められるでしょうね。
男:人前へめったに姿を現さない、風変わりな男が1人で住む屋敷。
男:少し賑わいから離れた古い屋敷ですから、あやかしが棲んでいるなんて噂もあるとかないとか。
男:根も葉もない噂話が好きなのは、人間の性なのでしょうね。
女:(そう微笑む探偵は、確かに人間離れしている雰囲気があった。)
女:(まるで陽に当たったことが無いように肌が白く、顔立ちは恐ろしいほどに整っていて、その目は……)
0:
0:
女:(…ぞっとして思わず目をそらした。)
女:(――目が、赤かった…ような。)
女:(視線の先に映る窓の外は、いつのまにかすっかり暗くなっていた。)
0:
0:
女:あ、もうこんな時間…。
男:…そうですね、そろそろ帰られたほうがいい。
男:誰かに見つかって、妙な噂が立てられないうちにね。
男:お茶はお口に合いましたか?
女:ええ…とても、おいしかったです。
男:それはよかった。何の変哲もありませんが、いい香りでしょう。
女:香り。
女:…この香り、そういえば姉の……
男:…お姉さんの?
女:…いえ、なんでもありません…。
男:いいえ、話してください。
男:ほら、何か手掛かりになるかも。
女:……姉が……いなくなってから……何か手掛かりがないか持ち物を調べたのです。
女:特に気になるようなものは見つからなかったのですが、
女:…着物から、この甘い香りがしたような。
男:甘い香り?
男:…それなら、こちらのことではありませんか。
女:(そういって探偵は、テーブルの上の薔薇を模した金細工の置物の蓋を開けた。)
女:(鼻をくすぐる程度だった甘い香りが、頭の奥まで一気に立ちのぼり)
女:(重く沈み込んできて…くらくらとめまいのする感覚に襲われた。)
男:…お香です。外の国で流行っていたもので、最近ようやく手に入ったんですよ。
女:そとの、くにの、…?
男:ああ、ご無理はなさらずに。その様子じゃもう体がだるいでしょう。
男:一気に吸いすぎてはいけませんよ。
男:まだ貴女とは、お話が終わっていませんから。
女:(重くなる身体が支えられない。)
女:(呼吸が浅く、どくどくと心臓の鳴る音が大きくなってくる。)
男:貴女、鼻がいいんですねぇ。
男:目の前に置いてあればさすがに…といったところでしょうか。
男:ま、勘は鈍かったようですが。
女:(――あたまが、ぼーっとする。)
女:(わたし、きっと逃げなきゃいけない)
女:(思っても、まるで寝ているみたいに身体が動かない)
男:残念ですね、もう少し早く気づいていれば無事に帰れたかもしれないのに。
女:どう、して……
男:おや、しゃべれるんですか。
男:どうしてこんなことをするのか…と?
男:たしかに、下準備に手間はかかりますが。
男:昔からこういうのが趣味でして。
男:どうしても食事にはこだわってしまうんです。
男:でも趣味ってそういうものでしょう?
0:
0:
女:(にっこりとほほ笑んだ男が)
女:(襟元に白いナプキンを挟みながら)
女:(ゆっくりとこちらに向かってくる)
男:…さて、まだお代についてお話していませんでしたね。
男:うちは前払いでいただいておりまして。
男:ああ、勿論ご心配なく。
男:お約束通り、『貴女のお出しできる範囲』で。
男:「いただきます。」
0:
0:
0:モノローグ
男:ヴァンパイア。闇夜に紛れては人間の血と精気を求めて止まない屍。
男:時にその手段として、獲物をおびき寄せる餌を撒く。
男:永遠に飽きた物好きは、食事に趣向を凝らすことにした。
男:不安、期待、安堵、恐怖、それから絶望。
男:人間の感情は得も言われぬスパイスとなる。
男:永遠に生き続ける怪物の、密やかな楽しみなのである。
0:終
0:モノローグ
男:『ヴァンパイア。闇夜に紛れては血と精気を求めて徘徊する屍。』
男:『その容姿は恐ろしいほどに整っており、目を付けた獲物を誘惑し、篭絡し、手中に収めるという。』
男:『囚われてしまった獲物には、甘い口づけが単なる晩餐のはじまりであるとも気づけない。』
男:『弱点は諸説あるが、屍である以上容易く葬ることは不可能。』
男:『致命傷を負わせない限り永遠に動き続ける、不死身の怪物なのである。』
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0:町はずれの古い洋館の応接室。
0:逢魔が時、心許ないろうそくの揺らめく灯りに照らされ、小さな机を挟んで布張りのソファに座った男女が向かい合っている。
0:およそ宵闇の似つかわしくない少女の頬は、不安で強張っている。
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男:(柄の入っていない地味な着物、三つ編みでひとつに束ねた束髪(そくはつ)、健康的ではりのある肌は生命力に満ち、若い娘であることが一目でわかる。)
男:(しかしその表情は暗く、不安げに擦り合わせている手も骨ばっており貧相で、どこか不幸の香りを漂わせている。)
男:(ただでさえ小さな背丈がソファに座るとより小さくなって見えた。)
男:(客人はあちらなのだから、そう萎縮せずともよさそうなものだが。)
男:(ここへ訪れる客人は往々にしてそういう節がある。)
男:それでは、ご用件をお聞きしましょうか。
女:あの、…その。
女:警察にも、言ったのですけれど…まともに取り合っていただけなくて。
女:なんでも、人死にがでたら動かなくもないとかなんとか。
女:屋敷勤めの下女の話など、はなから聞いていただけるとは思っていませんでしたが…。
女:こちらの探偵様なら聞いてくれるかもしれないと、風の噂でききまして…。
男:はい。わたくしでよければ聞かせていただきます。
女:ちなみに、お代は…。
男:ああ、そのことでしたらご心配なく。
男:もともと道楽でやっているような事業ですので、貴女様のお出し出来る範囲で勘定いたします。
女:はあ、…。
男:(払う代償に対する不安が大方をしめていたようだ。)
男:(腑に落ちていない表情ではあるものの、幾分か落ち着きを取り戻し、せわしなく擦り合わせていた手をようやく膝にそろえた。)
女:…実は、同じ屋敷で働いている姉の行方が、分からなくなったのでございます。
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女:いなくなったのは3日前のことです。
女:私は姉とともにこの地へ奉公に参りました。住み込みで、他に帰る家はありません。
女:はじめは、好い人ができたのか、人さらいにあったのではないかと、色々考えたのですが。
女:まじめでしっかり者の姉です。突然何も言わずにいなくなる理由なんて…思いつかなくて。
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女:けれど、ひとつだけ気になっていることがありまして。
男:…と、言いますと。
女:いなくなる1週間前くらいからだったと思います。
女:昼間は変わらず勤めているのに、夜だけ姿が見えなくなったんです。
女:…それだけじゃない。首元におかしな赤紫色の痣があって。
女:…とても、なんだか、具合が悪そうにしていました…。
女:…っ、わたし、あの時にちゃんときいていれば…っ。
男:(そう言って、小さな身体を震わせながら女は泣き始めた。)
男:(懐からハンカチを取り出して目元にあてている。よほど辛かったのだろう。)
男:(何度か息を吐いて呼吸を整えると、胸をおさえ潤んだ瞳でこちらを申し訳なさそうに見上げた。)
女:……ごめんなさい。
男:いえ、構いません。…それで、他に変わったことは。
女:変わった、こと。
男:例えばその、おかしな痣のこととか。
男:どんな風におかしかったのでしょう。
女:…あれは、どこかでぶつけたとか、そういうのではなかったと思います。
女:首から肩に差し掛かるあたりが赤紫色に変色していて、ちょうど真ん中に小さな傷が2か所できていました。
女:まるで、大きなムカデにでも噛まれたような。
男:ふむ、大きなムカデですか。
女:それから、目がとてもうつろで、…何を聞いてもぼんやりとした返事をしていました。
女:感情が抜けているというか、姉の中身がからっぽになってしまったみたいな…。
男:普段からそのようなことはなかったのですか。
女:ありませんでした。
女:姉は私と比べて快活な性格で、少なくとも人前でぼんやりしている姿なんて考えられません。
男:なるほど…妹さんがおっしゃるなら、そうに違いないのでしょうね。
男:つまり話をまとめると…お姉さんは3日前に居なくなり、さらにその1週間前から夜だけ姿を消していた。
男:その頃の様子は普段とは違い、さらに首元にはおかしな痣があった…と。
女:…そうです。
男:今回は、私にそのお姉さんを探してほしい、とのご依頼でよろしいですか?
女:はい、…お願いします。私の、たった1人の肉親なんです!
男:必ずしも、貴女の望む形でお姉さんを見つけられるとは限りません。
男:その点は重々ご承知の上で…いいですね?
女:はい…わかっています…。
女:私は、姉がどうして消えたのか、その真実が知りたい。
男:…わかりました、お受けいたします。
女:あ、ありがとうございます…!
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女:(私の意思を確認すると、探偵はソファへ深く腰掛けなおし、考えを巡らせながら懐から出した手帳にぺンを走らせた。)
女:(――詰襟シャツにきちんと帯を締めた着物、前からうしろへ丁寧になでつけた短髪。)
女:(たぶん、とても几帳面で神経質な人だ。)
女:(テーブルの上の敷物や、薔薇の形をした置物だって、見事なまでに左右対称においてある。)
男:…お茶を飲まれてはいかがですか。きっと心が落ち着きますよ。
女:(そう言って探偵は顔を上げ、美しい所作で自らのティーカップに口を付けた。)
女:(出されていた紅茶を、私は一口も飲んでいなかったことに気づく。)
女:あ、いただきます…。
女:(ひとくち含むと、その温かさで言われた通りすこし気持ちが落ち着いた、…ような気がした。)
男:お屋敷の主人には、此処へ来ることを伝えてきたのですか?
女:いえ、その…。
男:ああ、わかります。自分で言うのもなんですが、あまり街での評判はよくありませんから。
男:娘1人でこんなところへ来るだなんて伝えれば、いくら下女とはいえ咎められるでしょうね。
男:人前へめったに姿を現さない、風変わりな男が1人で住む屋敷。
男:少し賑わいから離れた古い屋敷ですから、あやかしが棲んでいるなんて噂もあるとかないとか。
男:根も葉もない噂話が好きなのは、人間の性なのでしょうね。
女:(そう微笑む探偵は、確かに人間離れしている雰囲気があった。)
女:(まるで陽に当たったことが無いように肌が白く、顔立ちは恐ろしいほどに整っていて、その目は……)
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女:(…ぞっとして思わず目をそらした。)
女:(――目が、赤かった…ような。)
女:(視線の先に映る窓の外は、いつのまにかすっかり暗くなっていた。)
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女:あ、もうこんな時間…。
男:…そうですね、そろそろ帰られたほうがいい。
男:誰かに見つかって、妙な噂が立てられないうちにね。
男:お茶はお口に合いましたか?
女:ええ…とても、おいしかったです。
男:それはよかった。何の変哲もありませんが、いい香りでしょう。
女:香り。
女:…この香り、そういえば姉の……
男:…お姉さんの?
女:…いえ、なんでもありません…。
男:いいえ、話してください。
男:ほら、何か手掛かりになるかも。
女:……姉が……いなくなってから……何か手掛かりがないか持ち物を調べたのです。
女:特に気になるようなものは見つからなかったのですが、
女:…着物から、この甘い香りがしたような。
男:甘い香り?
男:…それなら、こちらのことではありませんか。
女:(そういって探偵は、テーブルの上の薔薇を模した金細工の置物の蓋を開けた。)
女:(鼻をくすぐる程度だった甘い香りが、頭の奥まで一気に立ちのぼり)
女:(重く沈み込んできて…くらくらとめまいのする感覚に襲われた。)
男:…お香です。外の国で流行っていたもので、最近ようやく手に入ったんですよ。
女:そとの、くにの、…?
男:ああ、ご無理はなさらずに。その様子じゃもう体がだるいでしょう。
男:一気に吸いすぎてはいけませんよ。
男:まだ貴女とは、お話が終わっていませんから。
女:(重くなる身体が支えられない。)
女:(呼吸が浅く、どくどくと心臓の鳴る音が大きくなってくる。)
男:貴女、鼻がいいんですねぇ。
男:目の前に置いてあればさすがに…といったところでしょうか。
男:ま、勘は鈍かったようですが。
女:(――あたまが、ぼーっとする。)
女:(わたし、きっと逃げなきゃいけない)
女:(思っても、まるで寝ているみたいに身体が動かない)
男:残念ですね、もう少し早く気づいていれば無事に帰れたかもしれないのに。
女:どう、して……
男:おや、しゃべれるんですか。
男:どうしてこんなことをするのか…と?
男:たしかに、下準備に手間はかかりますが。
男:昔からこういうのが趣味でして。
男:どうしても食事にはこだわってしまうんです。
男:でも趣味ってそういうものでしょう?
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女:(にっこりとほほ笑んだ男が)
女:(襟元に白いナプキンを挟みながら)
女:(ゆっくりとこちらに向かってくる)
男:…さて、まだお代についてお話していませんでしたね。
男:うちは前払いでいただいておりまして。
男:ああ、勿論ご心配なく。
男:お約束通り、『貴女のお出しできる範囲』で。
男:「いただきます。」
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0:モノローグ
男:ヴァンパイア。闇夜に紛れては人間の血と精気を求めて止まない屍。
男:時にその手段として、獲物をおびき寄せる餌を撒く。
男:永遠に飽きた物好きは、食事に趣向を凝らすことにした。
男:不安、期待、安堵、恐怖、それから絶望。
男:人間の感情は得も言われぬスパイスとなる。
男:永遠に生き続ける怪物の、密やかな楽しみなのである。
0:終