台本概要
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タイトル | 君のしらせ |
---|---|
作者名 | 風音万愛 (@sosaku_senden) |
ジャンル | ラブストーリー |
演者人数 | 3人用台本(男1、女1、不問1) ※兼役あり |
時間 | 30 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
幼い頃から自分の『死の分岐点』が見える優稀。 そんな彼のクラスに、不愛想な転校生・栞里がやってきた。 彼女との交流を機に恋仲になっていくのだが、そのときから『予期せぬ死の分岐点』に直面するようになり―― 438 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
優稀 | 男 | 195 | 更科優稀(さらしな・ゆうき) 一人称は「私」 |
栞里 | 女 | 159 | 西陣栞里(にしじん・しおり) 不愛想な転校生のはずだったが……? |
部長 | 不問 | 23 | 演劇部の部長。2人でやる場合は栞里役の人が兼役 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
:
優稀:(N)
優稀:その日、うちの学校に転校生が来た
栞里:「西陣栞里です。よろしくお願いします」
優稀:(N)
優稀:偶然にも、その子は私の隣の席になった
優稀:「よろしくね、西陣さん」
栞里:「……ん」
優稀:(N)
優稀:第一印象は……お世辞にもいいとは言えなかった
優稀:良く言えば「落ち着いている」……悪く言えば「冷たい印象」
優稀:転校生が来たときって、休み時間とかにクラスのみんなが群がってきたりするイメージだけど……
優稀:彼女のまとう人を寄せ付けない雰囲気のせいか、話しかける人は誰もいなかった
:
0:間
:
0:放課後
0:視聴覚室にて
:
優稀:「あれっ、西陣さん?」
栞里:「……あっ」
優稀:「演劇部、入ったんだ」
栞里:「違う。……見学だけ」
優稀:「そっか」
部長:「おつかれー」
優稀:「あっ、部長。おつかれさまです」
部長:「おう。全員揃ったか? だったら早速始めようか」
優稀:(N)
優稀:この日は文化祭で発表する劇の配役を決めるオーディションをすることになっていた
部長:「西陣さんだっけ? 君は見ていてくれ。部の雰囲気がわかるいいきっかけにもなるだろうから」
部長:「それじゃあ、まずは主人公役からだ。準備に入れー」
優稀:「(緊張する……。でも、この日のために練習してきたんだ)」
優稀:「(きっと大丈夫……)」
:
0:間
:
部長:「次で最後だな……。更科、前へ」
優稀:「は、はい!」
部長:「この中盤のシーンからな。準備はいいか?」
優稀:「大丈夫です!」
部長:「私がヒロインのセリフを言うから、それに続いてな」
優稀:「分かりました」
部長:「それじゃあ……さんさんにーにーいちいち」
部長:「『結局、誰も救えないくせに』」
部長:「『今さら誰かの真似事なんかするからこうなるのよ』」
部長:「『綺麗事ばかり吐いちゃってさ』」
部長:「『聖人君子にでもなったつもりなの?』」
部長:「『この……偽善者が!』」
優稀:「『……あぁ、そうだよ。偽善者だよ』」
優稀:「『僕に不特定多数の誰かは救えない』」
優稀:「『ただ……目の前にいる君と、気持ちを共有したいだけだ』」
優稀:「『怒りたいときは一緒に怒って、悲しいときは一緒に悲しんで、泣きたいときには一緒に泣いて……君のつらいを分け合いたい』」
優稀:「『……それだけなんだ』」
部長:「……はい、おっけー」
優稀:「ありがとうございました」
部長:「次はヒロイン役だ。女子たち、準備しなー」
:
0:間
:
0:部活が終わり、靴箱へ向かう
:
優稀:「(オーディションの結果は来週発表するって言ってたけど……怖いな)」
優稀:「(でも……たくさん練習してきたし、成果は出せたはず!)」
優稀:「大丈夫……。きっと大丈夫……(ブツブツ言う感じで)」
栞里:「……なにが大丈夫なの?」
:
0:靴箱でばったり栞里と出くわす
:
優稀:「あっ、西陣さん」
優稀:「……私、なんか言ってた?」
栞里:「大丈夫、って聞こえたけど」
優稀:「あはは……。声に出してないつもりだったんだけどな……」
:
0:校舎を出て、校門前
:
優稀:「じゃあね、西陣さん。また明日」
栞里:「こっち」
優稀:「ん?」
栞里:「帰り道。こっちなの」
優稀:「あ、そうなんだ。方向、一緒なんだね」
栞里:「……いい? 途中まで一緒に帰っても」
優稀:「えっ? あぁ、うん」
:
0:歩きながら、しばらく沈黙
:
栞里:「……さっきのオーディションのこと?」
優稀:「えっ? な、なにが?」
栞里:「大丈夫って言ってたの……言い聞かせてるように見えたから」
優稀:「……」
栞里:「……不安なの?」
優稀:「不安というか……プレッシャーというか……」
優稀:「どうしてもやりたい役でさ」
栞里:「……」
優稀:「私なりに精いっぱいやったつもりだけど……もしも落ちたらって思うと、やっぱり怖くて」
栞里:「大丈夫でしょ」
優稀:「えっ?」
栞里:「優稀くんなら大丈夫。……今度こそ、選ばれるよ」
優稀:「西陣さん……。ありがとう!」
優稀:「……ん? あれ?」
栞里:「なに」
優稀:「名前、教えたっけ?」
栞里:「えっ? 更科くん、でしょ? 部長さんがそう呼んでたじゃない」
優稀:「違う、下の名前。呼んでくれたでしょ、今」
栞里:「……え。うそ」
栞里:「私……下の名前、呼んじゃってた?」
優稀:「まさかの無意識!?」
栞里:「あっ、えっと。……ごめん、更科くん」
優稀:「いいよ。『優稀』で」
栞里:「えっ……?」
優稀:「くん付けもいらないし」
栞里:「……わかった」
:
優稀:(N)
優稀:信号機のない横断歩道の前。近づいてくるトラック
優稀:まだ渡れるだろうと一歩踏み出した瞬間
:
優稀:「……っ」
:
0:立ち止まる優稀
:
栞里:「……? 渡らないの?」
優稀:「車、来るから」
栞里:「大丈夫でしょ。こっちが渡りさえすれば、さすがに」
優稀:「止まらないよ。あの車」
:
0:歩行者がいるにもかかわらず減速することなく横断歩道を横切るトラック
:
栞里:「……予知能力?」
優稀:「さぁね?」
優稀:「それじゃあ、私はこっちだから……また明日ね。西陣さん」
栞里:「う、うん……また明日」
:
:
優稀:(N)
優稀:私には、決して予知能力があるわけじゃない
優稀:ただ……ふとしたときに自分の「死の分岐点」が見えるのだ
優稀:例えばさっき――横断歩道を渡ろうとしたとき
優稀:アスファルトに広がる血の海と、そこに私の片腕が転がっている……そんな映像が見えた
優稀:これは昨日今日に始まったことじゃない。物心ついたときから、ずっとだ
優稀:別段、困ってることはないけどね
優稀:だって、そのおかげで、これまで訪れたであろう死を避けて、避けて――ここまで生きてこられたのだから
:
0:間
:
0:翌日の放課後
0:視聴覚室にて
:
優稀:「あ、西陣さん! 今日も見学?」
栞里:「いや……」
部長:「みんな、おつかれー」
優稀:「部長! おつかれさまです!」
部長:「おう。あ、新しく部員入ったからよろしくな」
部長:「西陣。軽く自己紹介をしてくれ」
:
0:栞里、部長に手招きされて部員たちの前に立つ
:
栞里:「今日から演劇部に入ります。西陣栞里です。よろしくお願いします」
優稀:「(あ、正式に部員になったんだ)」
部長:「それじゃ、早速練習始めるぞ。みんな準備しなー」
優稀:「はーい」
栞里:「……ねぇ、あのさ」
優稀:「ん?」
栞里:「オーディションの結果はまだ発表されてないんでしょ? 決まるまでの間、なにするの?」
優稀:「あぁ、文化祭の前に夏大があるからね」
栞里:「なつたい?」
優稀:「夏の大会。それで発表する劇の練習するんだ」
栞里:「ふぅん……。優稀も、その劇出るの?」
優稀:「うん。……ちょっとだけだけどね」
栞里:「そっか」
:
0:部活の終了時刻
:
部長:「今日の練習はここまでな」
優稀:「おつかれさまでした!」
栞里:「おつかれさまでした」
優稀:(N)
優稀:部活が終わり、部員たちが視聴覚室を出る
優稀:その波に乗るように視聴覚室を出て、靴箱に着いたときに気づいた
優稀:「あっ……台本忘れた」
優稀:(N)
優稀:次の日に取りに行ってもよかったけど、なんとなく踵(きびす)を返していた
優稀:視聴覚室に近づくにつれ、誰もいないはずのその場所から声が聞こえてきた
:
栞里:「『……あぁ、そうだよ。偽善者だよ』」
優稀:(N)
優稀:そっと中を覗くと、帰ったと思っていた西陣さんがいた
優稀:何かを思い出すように言葉を紡いでいる
栞里:「『ただ……目の前にいる君と、気持ちを共有したいだけだ』」
栞里:「『怒りたいときは一緒に怒って、悲しいときは一緒に悲しんで、泣きたいときには一緒に泣いて……君のつらいを分け合いたい』」
優稀:「(これって……)」
栞里:「はぁ……。かっこよかったな……優稀」
優稀:「へ?」
栞里:「へ……? わあぁぁぁぁ!!?」
優稀:「うわあぁ!?(栞里の声に驚く感じで)」
栞里:「いつから聞いてたの!?」
優稀:「え、いや……『そうだよ。偽善者だよ』のところから」
栞里:「どこまで!? どこまで聞いた!?」
優稀:「えっと……『君のつらいを分け合いたい』まで、かな」
栞里:「……あ、そう」
優稀:「それで、私がなんだって?」
栞里:「聞こえてたんじゃんかぁぁぁぁぁ」
優稀:「あははっ」
:
0:視聴覚室に入る優稀
:
優稀:「今のセリフ、この前のオーディションの台本だよね?」
栞里:「えっ、うん……」
優稀:「でも、なんで主人公役? ヒロイン役もあるのに」
栞里:「……て、……くて」
優稀:「ん?」
栞里:「あのときの演技、すごくよかったから……優稀みたいに演じてみたくて」
優稀:「……あ、ありがとう」
優稀:「……ねぇ。私も一緒に練習してもいいかな?」
栞里:「……ん」
優稀:(N)
優稀:そのあと、私たちは二人で主人公とヒロインのセリフを読み合った。身ぶり手振りをつけて、ここの動きはこうの方がいいんじゃないかと話し合いながら
優稀:そうしていたら、あっという間に最終下校時刻になって……私たちはまた一緒に帰ることになった
:
:
優稀:「すっかり暗くなっちゃったね」
栞里:「うん……ごめん」
優稀:「ん? なにが?」
栞里:「遅くまで付き合わせた」
優稀:「いやいや。一緒に練習したいって言ったの、私だし」
優稀:「……あー、でも」
栞里:「……ん?」
優稀:「どうせ言うなら、さ……『ありがとう』って言ってほしいな」
栞里:「……『遅くまで付き合ってくれてありがとう』?」
優稀:「ふふっ。こちらこそ『一緒に練習してくれてありがとう』」
栞里:「……どういたしまして」
:
0:歩きながら話す
:
優稀:「家、どこ? 近くまで送っていくよ」
栞里:「いや、そこまでしなくていい」
優稀:「送らせて? 夜道は危ないよ?」
栞里:「……ありがとう。じゃあ、お願いします」
優稀:「うん!」
栞里:「でも、途中まででいい。優稀だって夜道は危ない」
優稀:「私は大丈夫だよ」
栞里:「でも」
優稀:「っ!! 止まって!」
栞里:「っ!?」
優稀:(N)
優稀:一瞬のできごとだった
優稀:道路を走っていた車が急にハンドルを切り、歩道に乗り上げ、その先にあった建物の壁にぶつかって停止した
優稀:あのまま歩き続けていたら……間違いなく巻き込まれていただろう
優稀:近くにいた大人の人が救急車と警察を呼んで、目撃者として事情を聞かれるだろうからと、私たちは警察が来るまでその場にいなければならなくなった
:
優稀:「西陣さん、大丈夫? ケガはない?」
栞里:「うん……。ねぇ、なんでわかったの?」
栞里:「優稀は車道側にいたし、こっち見ながら話してたし、車なんて見えなかったはず……」
栞里:「なのに、なんで車がこっちに来るってわかったの?」
優稀:「……見えたから」
栞里:「車が?」
優稀:「あの車に巻き込まれてる私の姿が」
栞里:「……え?」
優稀:「私ね……『死の分岐点』が見えるんだ」
優稀:(N)
優稀:今まで、誰にも話したことなかった。こんなこと、信じてもらえるわけがないって分かっていたから
優稀:なのに……どうしてだろうね
優稀:気がついたら、話していたんだ
栞里:「死の……分岐点……?」
優稀:「ふとしたときにね、自分が死んでる映像が見えるの」
栞里:「もしかして、昨日も……?」
優稀:「うん」
栞里:「……いつから?」
優稀:「最初から」
栞里:「物心ついたときからってこと?」
優稀:「うん」
栞里:「今まで、他にどんな映像が見えたか……訊いてもいい?」
優稀:「事故が多いかな。あーでも……地震が起きて瓦礫の下敷きになってるところとか、部屋に入った瞬間に首を吊ってる自分の姿が見えたこともあった」
栞里:「……っ!」
優稀:「地震なんて起きなかったけどね、結局。実際に首を吊ったかどうかは……私がここにいる時点で言うまでもないよね?」
栞里:「……」
優稀:「こんなこと言ったら、妄想だって思うかもしれないけどさ……たまに考えちゃうんだよね」
優稀:「もしも平行世界(パラレルワールド)があったとして……そこで私は死んでるんだろうなって」
栞里:「……」
優稀:「ごめんね。出会って間もないのに、こんな話しちゃって」
栞里:「……んーん。むしろ話してくれてありがとう」
優稀:「……なんで、笑ってるの」
栞里:「え。私、笑ってた?」
優稀:「まさかの無意識なんだ……。すっごい嬉しそうに笑ってるよ」
栞里:「……だって、嬉しいもん」
栞里:「優稀がここにいて、私と出逢えてる……生きていてくれてる」
栞里:「たくさんの奇跡の積み重ねが今なんだなって思うと……こんなに尊いことってないでしょ?」
優稀:「……そんな風に言ってくれるんだね」
栞里:「出会って間もないのに、こんなこと言ったら気持ち悪い?」
優稀:「んーん。……嬉しいよ」
優稀:「ありがとうね、西陣さん」
栞里:「……『栞里』でいい」
優稀:「えっ?」
栞里:「さん付けとかもいらないから」
優稀:「えっと……栞里、ちゃん」
栞里:「し、お、り」
優稀:「し……栞里」
栞里:「うん(満足そうに)」
優稀:「(……そんな表情[かお]もできるんだ)」
:
優稀:(N)
優稀:その日から西陣さん……(咳払い)栞里との距離は急激に縮まった気がする
優稀:それまでは教室で顔を合わせればあいさつをする程度の関係だったのに、隣の席というだけあってそれなりに雑談をするようになった
優稀:部活が終わったあとの自主練も続けている。いつしか、栞里と一緒に下校するまでが日常になっていた
:
0:一週間後
0:放課後、視聴覚室にて
:
部長:「おつかれー」
優稀:「おつかれさまです、部長」
部長:「おう。みんな、揃ってるかー? この前のオーディションの結果を発表するぞ」
優稀:「ついに、この日が……(ごくり)」
栞里:「(小声で)優稀……きっと大丈夫」
優稀:「(小声で)……うん」
部長:「主人公役は――」
:
優稀:(N)
優稀:どうしてもやりたかった役。たくさん練習して、今まで以上に努力した……つもりだった
優稀:だけど……部長の口から私の名前が出ることはなかった
:
0:部活終了後
:
栞里:「おつかれ……」
優稀:「……おつかれ」
栞里:「えっと……、その……。残念、だったね……」
優稀:「……。仕方ないよ! 先輩や先生が決めたことだもん!(空元気な感じで)」
栞里:「……」
優稀:「いやー、もっと頑張らないとなー!(空元気な感じで)」
栞里:「……優稀」
優稀:「ごめん、今日は帰るね。じゃあ、また明日……」
栞里:「(セリフをさえぎるように)優稀!」
優稀:「っ!」
栞里:「ねぇ……なんでさっきから目ぇ合わせてくれないの?」
優稀:「……」
栞里:「さっきから笑顔が引きつってるの……自分で気づいてる?」
優稀:「……っ」
栞里:「君はいつもそう……。なんで隠そうとするの?」
栞里:「本当は悔しいんじゃないの? いっぱい頑張ってきたんでしょ?」
栞里:「そういうの、吐き出す場所があるなら別にいいよ。でも……優稀は抑えようとするんじゃない?」
栞里:「私でよければ……話、聞くよ?」
優稀:「……」
優稀:「……もう、わからないよ」
栞里:「……うん」
優稀:「台本もセリフも読み込んだんだ……」
優稀:「動きも試行錯誤して、寝る間も惜しんで練習した」
栞里:「うん」
優稀:「なのに、なんで……? なにがいけなかったの? なにが足りなかったの?」
優稀:「これ以上……、どう頑張ればよかったんだよ……!」
栞里:「……」
優稀:「わからない……、わからない……わからないわからない」
栞里:「優稀」
0:栞里、優稀を優しく抱きしめる
栞里:「君がどれだけ頑張ってきたか……今、どれだけ悔しいか、想像はできるけどちゃんと理解することはできないかもしれない。でも……これだけは言える」
栞里:「君の努力は間違ってない」
優稀:「……っ、……っ(嗚咽を噛み殺す感じで)」
栞里:「だから、今は泣いていいよ。大丈夫……ここには私しかいないから」
優稀:「……うっ、うわああぁぁ(号泣)」
:
0:間
:
栞里:「落ち着いた?」
優稀:「……うん。……ごめんね」
栞里:「なにが?」
優稀:「迷惑、かけちゃって。泣くつもりじゃ、なかったんだけど……」
栞里:「だとしたら、泣かせたのは私でしょ?(笑)」
栞里:「ていうか、迷惑だなんて思うと思う?」
優稀:「栞里……」
栞里:「……あー。でも(いたずらっぽく、にやりと笑う)」
栞里:「どうせ言うなら、さ……『ありがとう』って言ってほしいな!」
優稀:「……ふふっ」
優稀:「『傍にいてくれて、ありがとう』」
栞里:「ふふっ! こちらこそ! 『話してくれてありがとう』!」
優稀:「……今日は、もう帰るね。泣きすぎちゃったかな……少しふらふらするんだ」
栞里:「そっか……。じゃあ、送ってく!」
優稀:「えっ?」
栞里:「一人で自主練しててもつまんないし、何より……そんなふらふらな優稀を一人で帰すわけにはいかないでしょ」
優稀:「……ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えてもいいかな?」
栞里:「もちろん!」
:
優稀:(N)
優稀:そのあと、栞里は本当に私を家まで送ってくれた
優稀:自分の秘密を話したのも、誰かに甘えたのも……初めてだ
優稀:
優稀:オーディションには落ちたけど、部活終わりの自主練は変わらずやっていた。主人公やヒロイン役だけでなく、脇役のセリフも読み合った
優稀:劇に出れる出れないは別に……栞里と二人で過ごせるのは楽しかったから
優稀:そうやって栞里と仲良くなって数ヶ月が経ち、文化祭の日が近づいたある日のことだった
:
0:間
:
優稀:「主人公とヒロイン役が劇に出られなくなったぁ!?」
部長:「あぁ。なんの因果関係か知らないが……あいつら、付き合ってたらしくてな」
部長:「その……不純異性交遊があって停学になったらしい。具体的になにがあったのかは……、……察してくれ」
優稀:「あ、あぁ……(察し)」
栞里:「となると、代役が必要になりますよね?」
優稀:「あっ、確かに。もう一度オーディションするんですか?」
部長:「いいや。代役はこちらで決めてる」
優稀:「そうなんですね……。でも部長。間に合うんですか……? 今からセリフや動きを覚えるのは無理があるんじゃ……」
部長:「今から覚える必要はないだろう? ……なぁ? 更科、西陣」
優稀:「えっ……?」
栞里:「私たちですか……?」
優稀:「でも、どうして」
部長:「お前らが部活が終わったあとに練習してたことは知ってたよ。なんなら登場人物のセリフ全部覚えてるだろ?」
部長:「お前らなら動きを少し調整するだけで済む。……やってくれるか?」
優稀:「はい! ありがとうございます!」
栞里:「えっ……。私、入ったばかりなのにいいのかな……」
栞里:「でも……頑張ります!」
:
0:部活終了後
:
優稀:「栞里! 代役! 選ばれたよ!!」
栞里:「優稀、落ち着いて(笑)」
栞里:「でも……よかったね」
優稀:「うん! ……ありがとう、栞里」
栞里:「えっ? な、なんで?」
優稀:「あのとき、栞里が話聞いてくれてなかったら……私は多分、立ち上がれてなかったと思う。代役に選ばれたのは、栞里のおかげだよ」
栞里:「そんなこと……。優稀が頑張ったからじゃん」
優稀:「ほんと、栞里は優しいよね。……でも」
栞里:「ん?」
優稀:「あの優しさを他の人にも向けてるのかなって思うと……なんか、ちょっと……」
栞里:「なに言ってんの。クラスで話す人なんて優稀くらいしかいないのに、どうやって他の人に優しくするのよ」
優稀:「……じゃあ、さ。その……私以外、誰にもぎゅってしてない?」
栞里:「してないよ。好きな人じゃなきゃやらないって」
優稀:「そっか、よかった……え?」
栞里:「えっ? ……あっ」
優稀:「好きな、人……?」
栞里:「待って、ちがっ……いや違わないけど、えっと……」
優稀:「私、もしかして告白された?(笑)」
栞里:「ノーカン!! 今のはノーカン!!」
優稀:「えー? ノーカンなの?(笑)」
栞里:「当たり前でしょ! てか一種の事故じゃん、これ!! 言うつもりじゃなかったのにぃ~!」
優稀:「そっか~。じゃあ……私から言わせて?」
栞里:「へ?」
優稀:「(深呼吸)」
優稀:「栞里のことが好きです。私と、付き合ってくれませんか?」
栞里:「~っ!!」
栞里:「わ、私も……優稀が好き、です。……よろしくお願いします」
優稀:「……!」
優稀:「うん! こちらこそ!」
:
:
優稀:(N)
優稀:こうして、私は栞里と付き合うことになった
優稀:それまでの日常が少しだけ変化した――帰るときに手を繋ぐ。家に帰って電話で話す。それだけで温かくて、尊くて……幸せだ
優稀:そして、もうひとつ……変わったことがあった
:
0:体育館にて
:
優稀:(N)
優稀:その日の部活は、体育館のステージを使って劇のリハーサルを行っていた
部長:「更科ぁー。そのシーンのときの位置はもう少しこっちな。西陣はもうちょいこっちぃー」
優稀:「はーい」
栞里:「わかりましたぁー」
優稀:「この辺りかな……」
部長:「……うん、よっし! おっけー!」
部長:「もうそろそろ時間だし、今日はここまでにしようか」
優稀:「おつかれさまでしたー」
栞里:「おつかれさまでした」
優稀:(N)
優稀:部活の時間が終わり、ステージからはけた瞬間だった
優稀:大きな音がして、そこにいた全員が注目する。どういうわけか、ステージの照明が落下していた
優稀:ちょうど――私が立っていた位置に
部長:「危ないな……リハーサル中だったら大惨事だったぞ」
優稀:(N)
優稀:もしも部長の言う通り照明が落下したのがリハーサル中だったら、私は確実に下敷きになって死んでいただろう
優稀:なのに……見えるはずのその映像が――「死の分岐点」が見えなかった
優稀:
優稀:
優稀:その日だけなら「偶然かな」で済ませることもできただろう
優稀:だけど、下校途中に信号無視の車に轢かれかけたり、休み時間に教室で暴れているクラスメイトにぶつかって窓ガラスで頭を打ちかけたり……
優稀:そのどれもが「予期せぬ死の分岐点」だった
:
0:間
:
優稀:(N)
優稀:次に「予期せぬ死の分岐点」に直面したのは、ある休日のことだった
優稀:その日は栞里と出かける約束をしていた
栞里:「優稀、おまたせ!」
優稀:「んーん。私も今来たところ」
栞里:「本当は?」
優稀:「へ?」
栞里:「ほ、ん、と、う、は?(笑顔で)」
優稀:「さ、三十分前から待ってました……」
栞里:「やっぱりね! いつもそうだもん」
優稀:「……え?」
栞里:「行こっ!」
優稀:「う、うん」
:
優稀:(N)
優稀:映画を見に行ったり、ゲーセンに行ったり、買い物に行ったり。何事もなく、楽しい時間を過ごしていた……このときまでは
:
栞里:「もうこんな時間かぁ……あっという間だったね」
優稀:「そうだね。本当に楽しかった」
栞里:「私も!」
優稀:「ふふっ。……帰ろっか。送ってくよ」
栞里:「……うん。ありがとう……、っ!」
栞里:「危ないっ!」
優稀:(N)
優稀:栞里が私の手を引く。その瞬間、私のすぐ隣をロードバイクが横切った
:
優稀:「痛っ……!」
:
優稀:(N)
優稀:それでも避(よ)けきれず、ハンドル部分が私の腕にぶつかり、激しい痛みが走った
優稀:相手は「すみません」と軽く謝ると、颯爽と走り去る
栞里:「優稀! 大丈夫……?」
優稀:「うん……、大丈夫。打っただけ」
栞里:「……ねぇ。あのまま避(よ)けてなかったら轢かれてたよね?」
優稀:「……多分、ね」
栞里:「見えた? 映像」
優稀:「……ううん」
優稀:「……実は最近、『死の分岐点』が見えないことがあるんだ」
栞里:「え……? 最近って、いつから……?」
優稀:「んー……栞里と付き合った頃くらいかな」
栞里:「……(考え込む)」
優稀:「車に轢かれかけたときも、窓ガラスに頭ぶつけそうになったときも……」
栞里:「……!(何かに気づき、呼吸が少し荒くなる)」
優稀:「……? 栞里? どうかした?」
栞里:「気づいちゃった……。私は、ここにいちゃいけないんだ……」
優稀:「栞里……?」
栞里:「優稀……。私ね、言ってなかったことがあるの……」
栞里:「私……、私は……(だんだんと息が荒くなる)」
優稀:「栞里、落ち着いて。一回深呼吸しよう?」
栞里:「うん……(深呼吸。呼吸が落ち着く)」
優稀:「……ちょっと、ゆっくり話せる場所に行こうか」
:
0:休日なのに誰もいない、近所の寂れた公園
0:二人はベンチに腰かける
:
優稀:「落ち着いた?」
栞里:「……うん」
優稀:「よかった。……栞里。ゆっくりでいいから、聞かせて?」
栞里:「……うん」
栞里:「……あのね、優稀。前に『もしも平行世界(パラレルワールド)が本当にあるなら、そこで自分は死んでるんだろうな』って言ってたの、覚えてる?」
優稀:「ん? うん……、そんな話もしたような……」
栞里:「それね……その通りなの」
優稀:「……え?」
栞里:「私は……平行世界(パラレルワールド)から来た」
優稀:「……」
:
栞里:「一番最初に居た世界でも、私と優稀は付き合っていた。だけど……その世界の優稀は交通事故で亡くなったの。それはもう、ひどい事故で……片腕しか残ってなかった」
栞里:「私はそれが受け入れられなかった。何日も何日も泣いて、悲しくて苦しくて……いっそ、自分も死んで優稀のところに行こうとさえ思った」
栞里:「そんなときにね……目が覚めたら、優稀が生きてた」
栞里:「なにがどうしてこうなったかはわからないけど、これでまた一緒にいられるって思うと嬉しかった。今度は一分一秒を大切にしようって」
栞里:「でも……、優稀はまた、死んでしまった」
栞里:「それからは、繰り返し。優稀が死ぬたびに、君が死ぬ前にさかのぼって……それを、何度も何度も」
栞里:「最初はね、時間が戻ってるんだって思った。でも、繰り返すうちに違うって気づいた」
栞里:「戻った先は、戻る前に居た世界と微妙に違ったの。日付は一緒なのに、戻った時点で私と優稀が既に出会ってたこともあったし、出会う前だったこともあった。……優稀が既に死んでいた世界もあった」
栞里:「それでわかったの。私は、同じ時間を繰り返してるんじゃなくて……何通り、何百通り、何千、何万通りの平行世界(パラレルワールド)を廻ってるんだって」
:
優稀:「……私が見えていた映像は、別の世界線の私が経験したことだったんだね」
栞里:「……この話、信じるの?」
優稀:「うん。だって、不思議だなーって思ってた栞里の言葉も、今の話を聞けば辻褄が合うんだもん」
栞里:「……え?」
優稀:「初対面で、教えてないのに私の下の名前知ってたし、オーディションのときも、転校初日のはずなのに『今度こそ』選ばれるよって励ましてくれてたし」
優稀:「待ち合わせのときも、私が落ち込んでいたときも、その状況になったのは初めてのはずなのに『君はいつもそう』って言ってたし」
栞里:「……完全に無意識だった」
優稀:「それに……栞里はそうやってたくさんの世界線を廻ってまで、私に会いに来てくれたってことでしょ?」
栞里:「……うん。この世界線に来て最初のうちは、もういっそ好きにならないようにしようって思ってた」
栞里:「だけど無理だった……。どの世界線に行っても……優稀のことが好きで好きでたまらなくて」
優稀:「……嬉しい。こんなに嬉しいことはないよ」
優稀:「ありがとう。何度も出会ってくれて……何度も好きになってくれて」
栞里:「……ううん。もう、ダメなの。私はここにいちゃいけない」
優稀:「えっ……?」
栞里:「優稀が生きてる世界線は、どこも私と出会った後に死んでるの。そんなことに今さら気づいちゃった……」
栞里:「きっと……優稀が死ぬ条件は、私が存在することなんだよ」
栞里:「だから……私はここにいられない」
優稀:「……栞里は、どうなるの?」
栞里:「……」
優稀:「また、別の世界線に行っちゃうの?」
栞里:「……それは、できない。私が平行世界(パラレルワールド)に移れる条件は、優稀が死ぬことだから」
優稀:「……栞里」
栞里:「だから、君が生きるために……私が消えるしかない」
優稀:「栞里」
栞里:「優稀と出会えてよかった。今まで楽しかった」
栞里:「私がいなくても、どうか……これからも生きて、幸せに――」
優稀:「栞里!」
栞里:「っ!」
優稀:「それを聞いて、私が『そっか、わかった』って言うとでも思った?」
栞里:「でも……! 私は優稀に生きてほしい!」
優稀:「大丈夫。生きるよ、私は」
優稀:「きっと……そのために『死の分岐点』が見えるんだ」
栞里:「でも……、最近見えないこともあるって」
優稀:「それでも、だよ」
優稀:「栞里が生きてても私は死なない。それを証明してみせる。だから、ね?」
優稀:
優稀:「これからも――私と一緒に、生きてくれませんか?」
:
栞里:「……っ(軽く鼻をすする)」
栞里:「……はい!」
:
:
優稀:(N)
優稀:あれから「予期せぬ死の分岐点」は相変わらず私に直面し続けた
優稀:それでも、大きな事故を起こすことも、生死の境をさまようこともなく――なんだかんだ、十年生きてる
:
栞里:「やっぱり、今も見えるの?」
優稀:「ん?」
栞里:「『死の分岐点』」
優稀:「んー……。昔ほど頻繁(ひんぱん)には見えなくなったかな」
栞里:「そっか」
優稀:「年々、見える頻度(ひんど)が低くなってるみたいでさ」
栞里:「そのまま、いつか見えなくなったりして?」
優稀:「そしたら『予期せぬ死の分岐点』しか残らなくなるね?(笑)」
栞里:「笑えないんだけど」
優稀:「……ねぇ、栞里。もしも私が死んだら、やっぱり別の世界線に行くの?」
栞里:「うーん……そうかもね。優稀がいない世界で生きるなんて考えられないから」
優稀:「だったらなおさら、私は生きなきゃだね」
優稀:「これ以上『私』に栞里を取られたくない」
栞里:「自分にヤキモチ?(笑)」
優稀:「相手が自分でも嫌なもんは嫌なんですぅー」
栞里:「だったら、これからも生きてよね?」
優稀:「もちろん。栞里が生きてても私は死なない――一生かけて、それを証明する」
優稀:「だから……」
:
0:優稀、小さな箱を取り出して栞里の前で開く
:
優稀:「私と、結婚してくれませんか?」
:
栞里:「……っ!」
栞里:「……はい! 末長く、よろしくお願いします!(涙ぐみながら)」
:
優稀:(N)
優稀:その日、うちの学校に転校生が来た
栞里:「西陣栞里です。よろしくお願いします」
優稀:(N)
優稀:偶然にも、その子は私の隣の席になった
優稀:「よろしくね、西陣さん」
栞里:「……ん」
優稀:(N)
優稀:第一印象は……お世辞にもいいとは言えなかった
優稀:良く言えば「落ち着いている」……悪く言えば「冷たい印象」
優稀:転校生が来たときって、休み時間とかにクラスのみんなが群がってきたりするイメージだけど……
優稀:彼女のまとう人を寄せ付けない雰囲気のせいか、話しかける人は誰もいなかった
:
0:間
:
0:放課後
0:視聴覚室にて
:
優稀:「あれっ、西陣さん?」
栞里:「……あっ」
優稀:「演劇部、入ったんだ」
栞里:「違う。……見学だけ」
優稀:「そっか」
部長:「おつかれー」
優稀:「あっ、部長。おつかれさまです」
部長:「おう。全員揃ったか? だったら早速始めようか」
優稀:(N)
優稀:この日は文化祭で発表する劇の配役を決めるオーディションをすることになっていた
部長:「西陣さんだっけ? 君は見ていてくれ。部の雰囲気がわかるいいきっかけにもなるだろうから」
部長:「それじゃあ、まずは主人公役からだ。準備に入れー」
優稀:「(緊張する……。でも、この日のために練習してきたんだ)」
優稀:「(きっと大丈夫……)」
:
0:間
:
部長:「次で最後だな……。更科、前へ」
優稀:「は、はい!」
部長:「この中盤のシーンからな。準備はいいか?」
優稀:「大丈夫です!」
部長:「私がヒロインのセリフを言うから、それに続いてな」
優稀:「分かりました」
部長:「それじゃあ……さんさんにーにーいちいち」
部長:「『結局、誰も救えないくせに』」
部長:「『今さら誰かの真似事なんかするからこうなるのよ』」
部長:「『綺麗事ばかり吐いちゃってさ』」
部長:「『聖人君子にでもなったつもりなの?』」
部長:「『この……偽善者が!』」
優稀:「『……あぁ、そうだよ。偽善者だよ』」
優稀:「『僕に不特定多数の誰かは救えない』」
優稀:「『ただ……目の前にいる君と、気持ちを共有したいだけだ』」
優稀:「『怒りたいときは一緒に怒って、悲しいときは一緒に悲しんで、泣きたいときには一緒に泣いて……君のつらいを分け合いたい』」
優稀:「『……それだけなんだ』」
部長:「……はい、おっけー」
優稀:「ありがとうございました」
部長:「次はヒロイン役だ。女子たち、準備しなー」
:
0:間
:
0:部活が終わり、靴箱へ向かう
:
優稀:「(オーディションの結果は来週発表するって言ってたけど……怖いな)」
優稀:「(でも……たくさん練習してきたし、成果は出せたはず!)」
優稀:「大丈夫……。きっと大丈夫……(ブツブツ言う感じで)」
栞里:「……なにが大丈夫なの?」
:
0:靴箱でばったり栞里と出くわす
:
優稀:「あっ、西陣さん」
優稀:「……私、なんか言ってた?」
栞里:「大丈夫、って聞こえたけど」
優稀:「あはは……。声に出してないつもりだったんだけどな……」
:
0:校舎を出て、校門前
:
優稀:「じゃあね、西陣さん。また明日」
栞里:「こっち」
優稀:「ん?」
栞里:「帰り道。こっちなの」
優稀:「あ、そうなんだ。方向、一緒なんだね」
栞里:「……いい? 途中まで一緒に帰っても」
優稀:「えっ? あぁ、うん」
:
0:歩きながら、しばらく沈黙
:
栞里:「……さっきのオーディションのこと?」
優稀:「えっ? な、なにが?」
栞里:「大丈夫って言ってたの……言い聞かせてるように見えたから」
優稀:「……」
栞里:「……不安なの?」
優稀:「不安というか……プレッシャーというか……」
優稀:「どうしてもやりたい役でさ」
栞里:「……」
優稀:「私なりに精いっぱいやったつもりだけど……もしも落ちたらって思うと、やっぱり怖くて」
栞里:「大丈夫でしょ」
優稀:「えっ?」
栞里:「優稀くんなら大丈夫。……今度こそ、選ばれるよ」
優稀:「西陣さん……。ありがとう!」
優稀:「……ん? あれ?」
栞里:「なに」
優稀:「名前、教えたっけ?」
栞里:「えっ? 更科くん、でしょ? 部長さんがそう呼んでたじゃない」
優稀:「違う、下の名前。呼んでくれたでしょ、今」
栞里:「……え。うそ」
栞里:「私……下の名前、呼んじゃってた?」
優稀:「まさかの無意識!?」
栞里:「あっ、えっと。……ごめん、更科くん」
優稀:「いいよ。『優稀』で」
栞里:「えっ……?」
優稀:「くん付けもいらないし」
栞里:「……わかった」
:
優稀:(N)
優稀:信号機のない横断歩道の前。近づいてくるトラック
優稀:まだ渡れるだろうと一歩踏み出した瞬間
:
優稀:「……っ」
:
0:立ち止まる優稀
:
栞里:「……? 渡らないの?」
優稀:「車、来るから」
栞里:「大丈夫でしょ。こっちが渡りさえすれば、さすがに」
優稀:「止まらないよ。あの車」
:
0:歩行者がいるにもかかわらず減速することなく横断歩道を横切るトラック
:
栞里:「……予知能力?」
優稀:「さぁね?」
優稀:「それじゃあ、私はこっちだから……また明日ね。西陣さん」
栞里:「う、うん……また明日」
:
:
優稀:(N)
優稀:私には、決して予知能力があるわけじゃない
優稀:ただ……ふとしたときに自分の「死の分岐点」が見えるのだ
優稀:例えばさっき――横断歩道を渡ろうとしたとき
優稀:アスファルトに広がる血の海と、そこに私の片腕が転がっている……そんな映像が見えた
優稀:これは昨日今日に始まったことじゃない。物心ついたときから、ずっとだ
優稀:別段、困ってることはないけどね
優稀:だって、そのおかげで、これまで訪れたであろう死を避けて、避けて――ここまで生きてこられたのだから
:
0:間
:
0:翌日の放課後
0:視聴覚室にて
:
優稀:「あ、西陣さん! 今日も見学?」
栞里:「いや……」
部長:「みんな、おつかれー」
優稀:「部長! おつかれさまです!」
部長:「おう。あ、新しく部員入ったからよろしくな」
部長:「西陣。軽く自己紹介をしてくれ」
:
0:栞里、部長に手招きされて部員たちの前に立つ
:
栞里:「今日から演劇部に入ります。西陣栞里です。よろしくお願いします」
優稀:「(あ、正式に部員になったんだ)」
部長:「それじゃ、早速練習始めるぞ。みんな準備しなー」
優稀:「はーい」
栞里:「……ねぇ、あのさ」
優稀:「ん?」
栞里:「オーディションの結果はまだ発表されてないんでしょ? 決まるまでの間、なにするの?」
優稀:「あぁ、文化祭の前に夏大があるからね」
栞里:「なつたい?」
優稀:「夏の大会。それで発表する劇の練習するんだ」
栞里:「ふぅん……。優稀も、その劇出るの?」
優稀:「うん。……ちょっとだけだけどね」
栞里:「そっか」
:
0:部活の終了時刻
:
部長:「今日の練習はここまでな」
優稀:「おつかれさまでした!」
栞里:「おつかれさまでした」
優稀:(N)
優稀:部活が終わり、部員たちが視聴覚室を出る
優稀:その波に乗るように視聴覚室を出て、靴箱に着いたときに気づいた
優稀:「あっ……台本忘れた」
優稀:(N)
優稀:次の日に取りに行ってもよかったけど、なんとなく踵(きびす)を返していた
優稀:視聴覚室に近づくにつれ、誰もいないはずのその場所から声が聞こえてきた
:
栞里:「『……あぁ、そうだよ。偽善者だよ』」
優稀:(N)
優稀:そっと中を覗くと、帰ったと思っていた西陣さんがいた
優稀:何かを思い出すように言葉を紡いでいる
栞里:「『ただ……目の前にいる君と、気持ちを共有したいだけだ』」
栞里:「『怒りたいときは一緒に怒って、悲しいときは一緒に悲しんで、泣きたいときには一緒に泣いて……君のつらいを分け合いたい』」
優稀:「(これって……)」
栞里:「はぁ……。かっこよかったな……優稀」
優稀:「へ?」
栞里:「へ……? わあぁぁぁぁ!!?」
優稀:「うわあぁ!?(栞里の声に驚く感じで)」
栞里:「いつから聞いてたの!?」
優稀:「え、いや……『そうだよ。偽善者だよ』のところから」
栞里:「どこまで!? どこまで聞いた!?」
優稀:「えっと……『君のつらいを分け合いたい』まで、かな」
栞里:「……あ、そう」
優稀:「それで、私がなんだって?」
栞里:「聞こえてたんじゃんかぁぁぁぁぁ」
優稀:「あははっ」
:
0:視聴覚室に入る優稀
:
優稀:「今のセリフ、この前のオーディションの台本だよね?」
栞里:「えっ、うん……」
優稀:「でも、なんで主人公役? ヒロイン役もあるのに」
栞里:「……て、……くて」
優稀:「ん?」
栞里:「あのときの演技、すごくよかったから……優稀みたいに演じてみたくて」
優稀:「……あ、ありがとう」
優稀:「……ねぇ。私も一緒に練習してもいいかな?」
栞里:「……ん」
優稀:(N)
優稀:そのあと、私たちは二人で主人公とヒロインのセリフを読み合った。身ぶり手振りをつけて、ここの動きはこうの方がいいんじゃないかと話し合いながら
優稀:そうしていたら、あっという間に最終下校時刻になって……私たちはまた一緒に帰ることになった
:
:
優稀:「すっかり暗くなっちゃったね」
栞里:「うん……ごめん」
優稀:「ん? なにが?」
栞里:「遅くまで付き合わせた」
優稀:「いやいや。一緒に練習したいって言ったの、私だし」
優稀:「……あー、でも」
栞里:「……ん?」
優稀:「どうせ言うなら、さ……『ありがとう』って言ってほしいな」
栞里:「……『遅くまで付き合ってくれてありがとう』?」
優稀:「ふふっ。こちらこそ『一緒に練習してくれてありがとう』」
栞里:「……どういたしまして」
:
0:歩きながら話す
:
優稀:「家、どこ? 近くまで送っていくよ」
栞里:「いや、そこまでしなくていい」
優稀:「送らせて? 夜道は危ないよ?」
栞里:「……ありがとう。じゃあ、お願いします」
優稀:「うん!」
栞里:「でも、途中まででいい。優稀だって夜道は危ない」
優稀:「私は大丈夫だよ」
栞里:「でも」
優稀:「っ!! 止まって!」
栞里:「っ!?」
優稀:(N)
優稀:一瞬のできごとだった
優稀:道路を走っていた車が急にハンドルを切り、歩道に乗り上げ、その先にあった建物の壁にぶつかって停止した
優稀:あのまま歩き続けていたら……間違いなく巻き込まれていただろう
優稀:近くにいた大人の人が救急車と警察を呼んで、目撃者として事情を聞かれるだろうからと、私たちは警察が来るまでその場にいなければならなくなった
:
優稀:「西陣さん、大丈夫? ケガはない?」
栞里:「うん……。ねぇ、なんでわかったの?」
栞里:「優稀は車道側にいたし、こっち見ながら話してたし、車なんて見えなかったはず……」
栞里:「なのに、なんで車がこっちに来るってわかったの?」
優稀:「……見えたから」
栞里:「車が?」
優稀:「あの車に巻き込まれてる私の姿が」
栞里:「……え?」
優稀:「私ね……『死の分岐点』が見えるんだ」
優稀:(N)
優稀:今まで、誰にも話したことなかった。こんなこと、信じてもらえるわけがないって分かっていたから
優稀:なのに……どうしてだろうね
優稀:気がついたら、話していたんだ
栞里:「死の……分岐点……?」
優稀:「ふとしたときにね、自分が死んでる映像が見えるの」
栞里:「もしかして、昨日も……?」
優稀:「うん」
栞里:「……いつから?」
優稀:「最初から」
栞里:「物心ついたときからってこと?」
優稀:「うん」
栞里:「今まで、他にどんな映像が見えたか……訊いてもいい?」
優稀:「事故が多いかな。あーでも……地震が起きて瓦礫の下敷きになってるところとか、部屋に入った瞬間に首を吊ってる自分の姿が見えたこともあった」
栞里:「……っ!」
優稀:「地震なんて起きなかったけどね、結局。実際に首を吊ったかどうかは……私がここにいる時点で言うまでもないよね?」
栞里:「……」
優稀:「こんなこと言ったら、妄想だって思うかもしれないけどさ……たまに考えちゃうんだよね」
優稀:「もしも平行世界(パラレルワールド)があったとして……そこで私は死んでるんだろうなって」
栞里:「……」
優稀:「ごめんね。出会って間もないのに、こんな話しちゃって」
栞里:「……んーん。むしろ話してくれてありがとう」
優稀:「……なんで、笑ってるの」
栞里:「え。私、笑ってた?」
優稀:「まさかの無意識なんだ……。すっごい嬉しそうに笑ってるよ」
栞里:「……だって、嬉しいもん」
栞里:「優稀がここにいて、私と出逢えてる……生きていてくれてる」
栞里:「たくさんの奇跡の積み重ねが今なんだなって思うと……こんなに尊いことってないでしょ?」
優稀:「……そんな風に言ってくれるんだね」
栞里:「出会って間もないのに、こんなこと言ったら気持ち悪い?」
優稀:「んーん。……嬉しいよ」
優稀:「ありがとうね、西陣さん」
栞里:「……『栞里』でいい」
優稀:「えっ?」
栞里:「さん付けとかもいらないから」
優稀:「えっと……栞里、ちゃん」
栞里:「し、お、り」
優稀:「し……栞里」
栞里:「うん(満足そうに)」
優稀:「(……そんな表情[かお]もできるんだ)」
:
優稀:(N)
優稀:その日から西陣さん……(咳払い)栞里との距離は急激に縮まった気がする
優稀:それまでは教室で顔を合わせればあいさつをする程度の関係だったのに、隣の席というだけあってそれなりに雑談をするようになった
優稀:部活が終わったあとの自主練も続けている。いつしか、栞里と一緒に下校するまでが日常になっていた
:
0:一週間後
0:放課後、視聴覚室にて
:
部長:「おつかれー」
優稀:「おつかれさまです、部長」
部長:「おう。みんな、揃ってるかー? この前のオーディションの結果を発表するぞ」
優稀:「ついに、この日が……(ごくり)」
栞里:「(小声で)優稀……きっと大丈夫」
優稀:「(小声で)……うん」
部長:「主人公役は――」
:
優稀:(N)
優稀:どうしてもやりたかった役。たくさん練習して、今まで以上に努力した……つもりだった
優稀:だけど……部長の口から私の名前が出ることはなかった
:
0:部活終了後
:
栞里:「おつかれ……」
優稀:「……おつかれ」
栞里:「えっと……、その……。残念、だったね……」
優稀:「……。仕方ないよ! 先輩や先生が決めたことだもん!(空元気な感じで)」
栞里:「……」
優稀:「いやー、もっと頑張らないとなー!(空元気な感じで)」
栞里:「……優稀」
優稀:「ごめん、今日は帰るね。じゃあ、また明日……」
栞里:「(セリフをさえぎるように)優稀!」
優稀:「っ!」
栞里:「ねぇ……なんでさっきから目ぇ合わせてくれないの?」
優稀:「……」
栞里:「さっきから笑顔が引きつってるの……自分で気づいてる?」
優稀:「……っ」
栞里:「君はいつもそう……。なんで隠そうとするの?」
栞里:「本当は悔しいんじゃないの? いっぱい頑張ってきたんでしょ?」
栞里:「そういうの、吐き出す場所があるなら別にいいよ。でも……優稀は抑えようとするんじゃない?」
栞里:「私でよければ……話、聞くよ?」
優稀:「……」
優稀:「……もう、わからないよ」
栞里:「……うん」
優稀:「台本もセリフも読み込んだんだ……」
優稀:「動きも試行錯誤して、寝る間も惜しんで練習した」
栞里:「うん」
優稀:「なのに、なんで……? なにがいけなかったの? なにが足りなかったの?」
優稀:「これ以上……、どう頑張ればよかったんだよ……!」
栞里:「……」
優稀:「わからない……、わからない……わからないわからない」
栞里:「優稀」
0:栞里、優稀を優しく抱きしめる
栞里:「君がどれだけ頑張ってきたか……今、どれだけ悔しいか、想像はできるけどちゃんと理解することはできないかもしれない。でも……これだけは言える」
栞里:「君の努力は間違ってない」
優稀:「……っ、……っ(嗚咽を噛み殺す感じで)」
栞里:「だから、今は泣いていいよ。大丈夫……ここには私しかいないから」
優稀:「……うっ、うわああぁぁ(号泣)」
:
0:間
:
栞里:「落ち着いた?」
優稀:「……うん。……ごめんね」
栞里:「なにが?」
優稀:「迷惑、かけちゃって。泣くつもりじゃ、なかったんだけど……」
栞里:「だとしたら、泣かせたのは私でしょ?(笑)」
栞里:「ていうか、迷惑だなんて思うと思う?」
優稀:「栞里……」
栞里:「……あー。でも(いたずらっぽく、にやりと笑う)」
栞里:「どうせ言うなら、さ……『ありがとう』って言ってほしいな!」
優稀:「……ふふっ」
優稀:「『傍にいてくれて、ありがとう』」
栞里:「ふふっ! こちらこそ! 『話してくれてありがとう』!」
優稀:「……今日は、もう帰るね。泣きすぎちゃったかな……少しふらふらするんだ」
栞里:「そっか……。じゃあ、送ってく!」
優稀:「えっ?」
栞里:「一人で自主練しててもつまんないし、何より……そんなふらふらな優稀を一人で帰すわけにはいかないでしょ」
優稀:「……ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えてもいいかな?」
栞里:「もちろん!」
:
優稀:(N)
優稀:そのあと、栞里は本当に私を家まで送ってくれた
優稀:自分の秘密を話したのも、誰かに甘えたのも……初めてだ
優稀:
優稀:オーディションには落ちたけど、部活終わりの自主練は変わらずやっていた。主人公やヒロイン役だけでなく、脇役のセリフも読み合った
優稀:劇に出れる出れないは別に……栞里と二人で過ごせるのは楽しかったから
優稀:そうやって栞里と仲良くなって数ヶ月が経ち、文化祭の日が近づいたある日のことだった
:
0:間
:
優稀:「主人公とヒロイン役が劇に出られなくなったぁ!?」
部長:「あぁ。なんの因果関係か知らないが……あいつら、付き合ってたらしくてな」
部長:「その……不純異性交遊があって停学になったらしい。具体的になにがあったのかは……、……察してくれ」
優稀:「あ、あぁ……(察し)」
栞里:「となると、代役が必要になりますよね?」
優稀:「あっ、確かに。もう一度オーディションするんですか?」
部長:「いいや。代役はこちらで決めてる」
優稀:「そうなんですね……。でも部長。間に合うんですか……? 今からセリフや動きを覚えるのは無理があるんじゃ……」
部長:「今から覚える必要はないだろう? ……なぁ? 更科、西陣」
優稀:「えっ……?」
栞里:「私たちですか……?」
優稀:「でも、どうして」
部長:「お前らが部活が終わったあとに練習してたことは知ってたよ。なんなら登場人物のセリフ全部覚えてるだろ?」
部長:「お前らなら動きを少し調整するだけで済む。……やってくれるか?」
優稀:「はい! ありがとうございます!」
栞里:「えっ……。私、入ったばかりなのにいいのかな……」
栞里:「でも……頑張ります!」
:
0:部活終了後
:
優稀:「栞里! 代役! 選ばれたよ!!」
栞里:「優稀、落ち着いて(笑)」
栞里:「でも……よかったね」
優稀:「うん! ……ありがとう、栞里」
栞里:「えっ? な、なんで?」
優稀:「あのとき、栞里が話聞いてくれてなかったら……私は多分、立ち上がれてなかったと思う。代役に選ばれたのは、栞里のおかげだよ」
栞里:「そんなこと……。優稀が頑張ったからじゃん」
優稀:「ほんと、栞里は優しいよね。……でも」
栞里:「ん?」
優稀:「あの優しさを他の人にも向けてるのかなって思うと……なんか、ちょっと……」
栞里:「なに言ってんの。クラスで話す人なんて優稀くらいしかいないのに、どうやって他の人に優しくするのよ」
優稀:「……じゃあ、さ。その……私以外、誰にもぎゅってしてない?」
栞里:「してないよ。好きな人じゃなきゃやらないって」
優稀:「そっか、よかった……え?」
栞里:「えっ? ……あっ」
優稀:「好きな、人……?」
栞里:「待って、ちがっ……いや違わないけど、えっと……」
優稀:「私、もしかして告白された?(笑)」
栞里:「ノーカン!! 今のはノーカン!!」
優稀:「えー? ノーカンなの?(笑)」
栞里:「当たり前でしょ! てか一種の事故じゃん、これ!! 言うつもりじゃなかったのにぃ~!」
優稀:「そっか~。じゃあ……私から言わせて?」
栞里:「へ?」
優稀:「(深呼吸)」
優稀:「栞里のことが好きです。私と、付き合ってくれませんか?」
栞里:「~っ!!」
栞里:「わ、私も……優稀が好き、です。……よろしくお願いします」
優稀:「……!」
優稀:「うん! こちらこそ!」
:
:
優稀:(N)
優稀:こうして、私は栞里と付き合うことになった
優稀:それまでの日常が少しだけ変化した――帰るときに手を繋ぐ。家に帰って電話で話す。それだけで温かくて、尊くて……幸せだ
優稀:そして、もうひとつ……変わったことがあった
:
0:体育館にて
:
優稀:(N)
優稀:その日の部活は、体育館のステージを使って劇のリハーサルを行っていた
部長:「更科ぁー。そのシーンのときの位置はもう少しこっちな。西陣はもうちょいこっちぃー」
優稀:「はーい」
栞里:「わかりましたぁー」
優稀:「この辺りかな……」
部長:「……うん、よっし! おっけー!」
部長:「もうそろそろ時間だし、今日はここまでにしようか」
優稀:「おつかれさまでしたー」
栞里:「おつかれさまでした」
優稀:(N)
優稀:部活の時間が終わり、ステージからはけた瞬間だった
優稀:大きな音がして、そこにいた全員が注目する。どういうわけか、ステージの照明が落下していた
優稀:ちょうど――私が立っていた位置に
部長:「危ないな……リハーサル中だったら大惨事だったぞ」
優稀:(N)
優稀:もしも部長の言う通り照明が落下したのがリハーサル中だったら、私は確実に下敷きになって死んでいただろう
優稀:なのに……見えるはずのその映像が――「死の分岐点」が見えなかった
優稀:
優稀:
優稀:その日だけなら「偶然かな」で済ませることもできただろう
優稀:だけど、下校途中に信号無視の車に轢かれかけたり、休み時間に教室で暴れているクラスメイトにぶつかって窓ガラスで頭を打ちかけたり……
優稀:そのどれもが「予期せぬ死の分岐点」だった
:
0:間
:
優稀:(N)
優稀:次に「予期せぬ死の分岐点」に直面したのは、ある休日のことだった
優稀:その日は栞里と出かける約束をしていた
栞里:「優稀、おまたせ!」
優稀:「んーん。私も今来たところ」
栞里:「本当は?」
優稀:「へ?」
栞里:「ほ、ん、と、う、は?(笑顔で)」
優稀:「さ、三十分前から待ってました……」
栞里:「やっぱりね! いつもそうだもん」
優稀:「……え?」
栞里:「行こっ!」
優稀:「う、うん」
:
優稀:(N)
優稀:映画を見に行ったり、ゲーセンに行ったり、買い物に行ったり。何事もなく、楽しい時間を過ごしていた……このときまでは
:
栞里:「もうこんな時間かぁ……あっという間だったね」
優稀:「そうだね。本当に楽しかった」
栞里:「私も!」
優稀:「ふふっ。……帰ろっか。送ってくよ」
栞里:「……うん。ありがとう……、っ!」
栞里:「危ないっ!」
優稀:(N)
優稀:栞里が私の手を引く。その瞬間、私のすぐ隣をロードバイクが横切った
:
優稀:「痛っ……!」
:
優稀:(N)
優稀:それでも避(よ)けきれず、ハンドル部分が私の腕にぶつかり、激しい痛みが走った
優稀:相手は「すみません」と軽く謝ると、颯爽と走り去る
栞里:「優稀! 大丈夫……?」
優稀:「うん……、大丈夫。打っただけ」
栞里:「……ねぇ。あのまま避(よ)けてなかったら轢かれてたよね?」
優稀:「……多分、ね」
栞里:「見えた? 映像」
優稀:「……ううん」
優稀:「……実は最近、『死の分岐点』が見えないことがあるんだ」
栞里:「え……? 最近って、いつから……?」
優稀:「んー……栞里と付き合った頃くらいかな」
栞里:「……(考え込む)」
優稀:「車に轢かれかけたときも、窓ガラスに頭ぶつけそうになったときも……」
栞里:「……!(何かに気づき、呼吸が少し荒くなる)」
優稀:「……? 栞里? どうかした?」
栞里:「気づいちゃった……。私は、ここにいちゃいけないんだ……」
優稀:「栞里……?」
栞里:「優稀……。私ね、言ってなかったことがあるの……」
栞里:「私……、私は……(だんだんと息が荒くなる)」
優稀:「栞里、落ち着いて。一回深呼吸しよう?」
栞里:「うん……(深呼吸。呼吸が落ち着く)」
優稀:「……ちょっと、ゆっくり話せる場所に行こうか」
:
0:休日なのに誰もいない、近所の寂れた公園
0:二人はベンチに腰かける
:
優稀:「落ち着いた?」
栞里:「……うん」
優稀:「よかった。……栞里。ゆっくりでいいから、聞かせて?」
栞里:「……うん」
栞里:「……あのね、優稀。前に『もしも平行世界(パラレルワールド)が本当にあるなら、そこで自分は死んでるんだろうな』って言ってたの、覚えてる?」
優稀:「ん? うん……、そんな話もしたような……」
栞里:「それね……その通りなの」
優稀:「……え?」
栞里:「私は……平行世界(パラレルワールド)から来た」
優稀:「……」
:
栞里:「一番最初に居た世界でも、私と優稀は付き合っていた。だけど……その世界の優稀は交通事故で亡くなったの。それはもう、ひどい事故で……片腕しか残ってなかった」
栞里:「私はそれが受け入れられなかった。何日も何日も泣いて、悲しくて苦しくて……いっそ、自分も死んで優稀のところに行こうとさえ思った」
栞里:「そんなときにね……目が覚めたら、優稀が生きてた」
栞里:「なにがどうしてこうなったかはわからないけど、これでまた一緒にいられるって思うと嬉しかった。今度は一分一秒を大切にしようって」
栞里:「でも……、優稀はまた、死んでしまった」
栞里:「それからは、繰り返し。優稀が死ぬたびに、君が死ぬ前にさかのぼって……それを、何度も何度も」
栞里:「最初はね、時間が戻ってるんだって思った。でも、繰り返すうちに違うって気づいた」
栞里:「戻った先は、戻る前に居た世界と微妙に違ったの。日付は一緒なのに、戻った時点で私と優稀が既に出会ってたこともあったし、出会う前だったこともあった。……優稀が既に死んでいた世界もあった」
栞里:「それでわかったの。私は、同じ時間を繰り返してるんじゃなくて……何通り、何百通り、何千、何万通りの平行世界(パラレルワールド)を廻ってるんだって」
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優稀:「……私が見えていた映像は、別の世界線の私が経験したことだったんだね」
栞里:「……この話、信じるの?」
優稀:「うん。だって、不思議だなーって思ってた栞里の言葉も、今の話を聞けば辻褄が合うんだもん」
栞里:「……え?」
優稀:「初対面で、教えてないのに私の下の名前知ってたし、オーディションのときも、転校初日のはずなのに『今度こそ』選ばれるよって励ましてくれてたし」
優稀:「待ち合わせのときも、私が落ち込んでいたときも、その状況になったのは初めてのはずなのに『君はいつもそう』って言ってたし」
栞里:「……完全に無意識だった」
優稀:「それに……栞里はそうやってたくさんの世界線を廻ってまで、私に会いに来てくれたってことでしょ?」
栞里:「……うん。この世界線に来て最初のうちは、もういっそ好きにならないようにしようって思ってた」
栞里:「だけど無理だった……。どの世界線に行っても……優稀のことが好きで好きでたまらなくて」
優稀:「……嬉しい。こんなに嬉しいことはないよ」
優稀:「ありがとう。何度も出会ってくれて……何度も好きになってくれて」
栞里:「……ううん。もう、ダメなの。私はここにいちゃいけない」
優稀:「えっ……?」
栞里:「優稀が生きてる世界線は、どこも私と出会った後に死んでるの。そんなことに今さら気づいちゃった……」
栞里:「きっと……優稀が死ぬ条件は、私が存在することなんだよ」
栞里:「だから……私はここにいられない」
優稀:「……栞里は、どうなるの?」
栞里:「……」
優稀:「また、別の世界線に行っちゃうの?」
栞里:「……それは、できない。私が平行世界(パラレルワールド)に移れる条件は、優稀が死ぬことだから」
優稀:「……栞里」
栞里:「だから、君が生きるために……私が消えるしかない」
優稀:「栞里」
栞里:「優稀と出会えてよかった。今まで楽しかった」
栞里:「私がいなくても、どうか……これからも生きて、幸せに――」
優稀:「栞里!」
栞里:「っ!」
優稀:「それを聞いて、私が『そっか、わかった』って言うとでも思った?」
栞里:「でも……! 私は優稀に生きてほしい!」
優稀:「大丈夫。生きるよ、私は」
優稀:「きっと……そのために『死の分岐点』が見えるんだ」
栞里:「でも……、最近見えないこともあるって」
優稀:「それでも、だよ」
優稀:「栞里が生きてても私は死なない。それを証明してみせる。だから、ね?」
優稀:
優稀:「これからも――私と一緒に、生きてくれませんか?」
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栞里:「……っ(軽く鼻をすする)」
栞里:「……はい!」
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優稀:(N)
優稀:あれから「予期せぬ死の分岐点」は相変わらず私に直面し続けた
優稀:それでも、大きな事故を起こすことも、生死の境をさまようこともなく――なんだかんだ、十年生きてる
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栞里:「やっぱり、今も見えるの?」
優稀:「ん?」
栞里:「『死の分岐点』」
優稀:「んー……。昔ほど頻繁(ひんぱん)には見えなくなったかな」
栞里:「そっか」
優稀:「年々、見える頻度(ひんど)が低くなってるみたいでさ」
栞里:「そのまま、いつか見えなくなったりして?」
優稀:「そしたら『予期せぬ死の分岐点』しか残らなくなるね?(笑)」
栞里:「笑えないんだけど」
優稀:「……ねぇ、栞里。もしも私が死んだら、やっぱり別の世界線に行くの?」
栞里:「うーん……そうかもね。優稀がいない世界で生きるなんて考えられないから」
優稀:「だったらなおさら、私は生きなきゃだね」
優稀:「これ以上『私』に栞里を取られたくない」
栞里:「自分にヤキモチ?(笑)」
優稀:「相手が自分でも嫌なもんは嫌なんですぅー」
栞里:「だったら、これからも生きてよね?」
優稀:「もちろん。栞里が生きてても私は死なない――一生かけて、それを証明する」
優稀:「だから……」
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0:優稀、小さな箱を取り出して栞里の前で開く
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優稀:「私と、結婚してくれませんか?」
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栞里:「……っ!」
栞里:「……はい! 末長く、よろしくお願いします!(涙ぐみながら)」