台本概要

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タイトル 青い向日葵
作者名 VAL  (@bakemonohouse)
ジャンル ラブストーリー
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 20 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 恋愛描写はほぼありません。
重い要素も無いので気軽にどうぞ。
作中に小難しい言葉が少し出てくるかも知れません。
デッサン=鉛筆や炭で書いた白黒の絵。
タブロン=色付けした完成画。
絵具(えのぐ)
特に制限はありません。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
百音 134 篠崎百音 しのざきもね。 作中、百音と表記。女子高生。
力也 133 新垣力也 あらがきりきや。 作中、力也と表記。美術教師。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
百音:フランス、パリ生まれの高名な画家。クロード・モネは言った。 百音:「すべては千変万化する、石でさえも。私は鳥が歌うように描きたい」と。 百音:彼は光の画家と呼ばれ、光の濃淡を表すのに長けていた。彼の絵はそれまでの常識を塗り替え、巨匠と呼ばれるまでになった。 百音:ちなみに同じ名を持つ私は。彼の絵は苦手である。 力也:(タイトルコール)青い向日葵 0:夕暮れの教室── 百音:うーん……これくらいかな…… 力也:良い絵だね。よく描けてる。綺麗な薔薇だ。 百音:っ!誰ですか? 力也:ちょっと待って。変質者じゃないよ? 百音:…… 力也:え。もしかして本当に知らない感じ?この学校の教師なんだけど……見たことない? 百音:……そう言われれば…… 力也:そんなに影薄いかな?僕。 百音:少なくとも、名前はわかりません。 力也:……ハッキリしてるね君。絵のタッチにも出てるけど。 百音:……いつから居たんですか? 力也:18時を少しすぎたくらいかな。 0:百音、時計に目をやる。 百音:40分近くも見てたんです? 力也:つい絵に引き込まれちゃってね。 百音:ただの落書きですよ。 力也:そんなことは無いさ。君の絵は人を惹きつける魅力がある。まだ荒削りだけどもっと良い絵が描けると僕にはわかる。 百音:わかるもんですか? 力也:あー自己紹介してなかったね。僕は新垣力也。担当教科は美術。勿論、美術部の顧問をしています。 百音:なるほど。だから知らなかったんですね。 力也:美術は選択授業だからね。……いや、ほんと何で? 百音:何がです? 力也:どうして君のような逸材が美術を選択していないのだね! 百音:別に。好きなわけでもないので。 力也:いいや!嘘だね!絵が好きじゃない人間が下校時間を過ぎてまで描かないだろう! 百音:あ、下校時間でしたね。帰らないといけないので、さようなら先生。 力也:ちょっと待ってくれ!1度美術部に来てくれないか!? 百音:結構です。 力也:頼むよー。えっと……君の名前は? 百音:……なんか教えたくありません。 力也:え!?もうそんなに嫌われてるの!? 百音:そうじゃないですけど……何か面倒臭そうなんで。 力也:そんな名前くらいで── 百音:とにかく!私は用事がありますので、さようなら先生! 力也:ちょ、ちょっと君!明日部室で待ってるよー!! 0:間─── 力也:夕焼けに燃える教室で初めて彼女を見た。ノートへ絵を描くのに没頭する姿。背景も相まって美しい構図ではあったが、使い古された構図だ。 力也:などと考えながら、さっさと下校時間を知らせようと彼女に近づいた。するとどうだ? 力也:怪物がいた。誰のことも、ましてや自分のことさえも考えず、ただ絵を描くということを楽しんでいる。 力也:確かに評価は大切だ。いつしかそれが目的にすり変わる程に。しかし彼女にそんなものは関係ない。描くことが全てと言わんばかりの絵だった。 力也:あれで絵が好きではない?嘘も大概にして欲しいね。きっと僕よりも絵の虜だよ彼女は。 0:翌日の学校── 百音:……今日は描かずに帰ろうかな。また見つかりたくないし。 力也:描かないのかい? 百音:……なんでいるんです? 力也:今日は6限に授業が無かったからねぇ。終わるのを待ってたのさ。美術部の場所わかんないかなっと思ってね! 百音:行きませんよ? 力也:どうして? 百音:好きじゃないので。 力也:嘘だね。 百音:嘘じゃないです。 力也:いいや、完全に嘘だよ。篠崎百音さん。 百音:……調べたんですか? 力也:ああ。教師だからね。生徒のことは把握しておかないと。 百音:昨日まで知らなかったくせに。 力也:知らなかったからこそ知る努力をしたんだよ。 百音:そうですか。 力也:1度でいいから来てみない? 百音:…… 力也:君は好きに描いてくれたらそれでいい。無駄な助言も提案もしないよ。 百音:それって先生に得ありますか? 力也:何でも損得で測れるわけじゃないとは思うけど、強いて言うなら僕はもっと君が描いた絵を見たい。 百音:画材持ってませんよ。 力也:美術室にあるものなら何でも使ってくれて構わないよ。品揃えには自信がある。 百音:じゃあ……少しだけ。 力也:よし決まり!早速行こうか! 0:美術室── 力也:ここだよ。ようこそ!美術部へ。 百音:あの…… 力也:ん? 百音:他の部員はいないんですか? 力也:んーいることはいるんだけど、みんな自由だからね。たまに来るレベルだよ。部費で美術館に行く時くらいかな?部員が揃うのは。 百音:そうなんですね。 力也:でも君には都合がいいだろう? 百音:まあ……集中できますから。 力也:早速描くかい?キャンバス持ってこようか? 百音:え。そんな…… 力也:物品のことなら気にしなくていいよ。自費で買いすぎちゃって、たくさんあるんだよ。1人じゃとても使い切れないし、遠慮しないで。 百音:じゃあ1枚……ありがとうございます。 力也:一応、油絵具とアクリル絵具、水彩絵具、もし水墨画が好きなら炭とかもあるけど。何持ってこようか。 百音:……とりあえず下書き用の鉛筆を。 力也:3Hから4Bまであるけどどれがいい? 百音:HBで。 力也:HBね。了解。……はい。どうぞ。 百音:ありがとうございます。 0:キャンバスに鉛筆を走らせる百音 百音:…… 力也:…… 百音:あの…… 力也:ん?どうかした?あ、消しゴム? 百音:じゃなくて、ずっと視線を感じるんですが。 力也:あー気が散る? 百音:正直。 力也:んーどうしようかな…… 百音:見ない選択肢は無いんですね。 力也:うん。ない。 百音:そうですか……じゃあ何か話してくれます? 力也:気にならない? 百音:黙って凝視されるよりはマシですね。 力也:そっか。じゃあ質問してもいい? 百音:どうぞ。 力也:いつから絵を描き始めたの? 百音:3歳です。幼稚園で先生に褒められたのがきっかけで始めました。 力也:いいね。僕が先生でも褒めるだろうし勧めるだろうね。 百音:だと思います。 力也:好きな画家とかいるの? 百音:カンディンスキーですかね。 力也:……意外だね。 百音:なぜですか? 力也:君のタッチが丁寧に見たままの世界を描いているように見えたから、てっきり印象派の画家をあげると思ってたよ。 百音:見たままの世界……ですか。 力也:そう。光の濃淡が綺麗に現れててまるで── 百音:モネのようだ。ですか? 力也:そう。よく言われるの? 百音:まあ名前が同じなので小さい時はよくいじられました。 力也:そういえば同じ名前だね。 百音:意外ですね。 力也:何がだい? 百音:先生はもっと食いついてくると思ってました。 力也:別に名前が全てを表すわけでは無いからね。そんなこと言ったら僕の名前なんて力也だよ?体育教師にならざるを得なくなるじゃないか。 百音:ふふ。確かにそうですね。 力也:抽象画も描くのかい? 百音:そんなには描かないです。カンディンスキーは考え方が好きなので、絵そのものに惹かれる訳では無いです。 力也:なるほどね。彼は確か音楽からヒントを得て、心の中を視覚化したんだったね。 百音:そうです。私も見たものだけじゃなく、自分がどう感じたかも筆に乗せれたら良いなと思ってますが、中々難しいですね。 力也:確かにね。一流の画家でもそうなれるのは一握りだと思うよ。 百音:先生はどんな絵を描くんですか? 力也:模写くらいだよ。昔から絵が下手でね。 百音:え。下手なんですか? 力也:元々のセンスが無いんだろうね。まあ見るのが好きだからそこまで気にはならないけど。 百音:勝手に上手なんだと思ってました。 力也:何度ガッカリされたことか。 百音:今度見せてくださいよ。 力也:んー気が向いたらね。 百音:期待しておきます。 0:間─── 力也:早いね。もう終わりそうだ。 百音:そうですか?他人と比べたことが無いのでわからないですけど。 力也:少なくとも僕の5倍は早いよ。 百音:先生は早い方なんですか? 力也:いや、遅い。 百音:遅いんですか。 力也:まあね。 百音:何で誇らしげなんでしょうか。……できました。 力也:これは……向日葵だね。 百音:はい。 力也:良い構図だ。ひまわり畑に行ったことがあるのかい? 百音:いえ。1度も。花が好きなんです。 力也:だろうね。この間の薔薇にしても好きが前面に出ていて僕としてはとても好感が持てる。絵具はどうする? 百音:……絵具ですか。 力也:ああ。もちろん色はつけるでしょ? 百音:そう……ですね。 力也:もしかして苦手なのかい?この間の薔薇もデッサンで完成だったようだし。 百音:…… 力也:……まあでも君の画力ならわざわざタブロンにしなくともデッサンだけで充分、人の心を動かせると思う。 百音:ありがとうござい── 力也:だけど!僕は君のタブロンが見たい! 百音:え。 力也:一生のお願いだ!この絵を完成させて欲しい!この通り! 百音:ちょ、ちょっと先生! 力也:…… 百音:わかりました。塗りますから。 力也:本当!?ありがとう! 百音:大袈裟ですよ…… 力也:絵具はどうする?水彩絵具でいいかな? 百音:はい……大丈夫です。 0:間─── 力也:じゃあこれでお願いするよ。それと……君さえよかったらこれ使ってみるかい? 百音:それは? 力也:ウルトラマリン。知らない? 百音:聞いたことはありますけど詳しくは…… 力也:幸運の宝石って呼ばれているラピスラズリを粉末状にして絵具にした世界で1番高価な水彩絵具だよ。 百音:そんな高価なもの使えませんよ。 力也:僕の1番好きな色なんだ。君に使ってみて欲しい。 百音:……わかりました。では少しだけ。 0:間─── 力也:…… 百音:…… 力也:篠崎さん。 百音:何ですか? 力也:あの、僕は言葉選びが得意じゃ無い。もしかしたら今から君を傷つけるかもしれないけど、聞きたいことがある。 百音:……どうぞ。 力也:君は全色盲なのかい? 百音:……どうしてそう思うんです? 力也:さっき僕は君に筆が早いと言った。なのに絵具を手にしてからは僕よりも遅い。それに絵具を手に取る時、必ず色を文字で確認してる。それから何より、色に光が感じられない。 百音:…… 力也:君の絵には光がある。デッサンの白黒の世界でもその光を僕は感じた。でも今はただの色だ。絵じゃない。 百音:そうですね…… 力也:ごめん。 百音:どうして謝るんですか? 力也:僕が無理やり塗らせた。それで勝手に批判してる。ごめん。 百音:私が最初に言えば良かったんです。色がわからないって。 力也:いつからわからないの? 百音:産まれてからずっとです。私の症状は珍しいみたいで、普通の全色盲と違って視力自体は悪くありません。不幸中の幸いですかね。 力也:……少し時間をくれないか。 百音:え? 力也:君に色を見せてあげたい。 百音:無理ですよ。どの医者にも言われてきました。 力也:確かに僕は医者じゃ無いし、本当の意味で見せてあげることはできないけど。僕には僕のやり方がある。少し待ってて!今日はありがとう!それじゃあ! 百音:え?ちょっと先生! 0:間─── 百音:美術室から走り去っていった彼を少し待ってみたけれど、帰ってこなかった。 百音:色を見せてあげる。今まで言われた言葉で1番嬉しかった。不可能なこともわかってる。でもなぜか私には鮮烈な言葉だった。 百音:まるで初めてパブロピカソのゲルニカを見た時のように。 百音:それから数日後の土曜日、朝からけたたましく家の電話が鳴った。 力也:篠崎さん!完成したよ! 百音:え、何がですか? 力也:美術室に置いてあるんだ。 百音:……また名簿見たんですか? 力也:それしかないでしょ。学校で待ってるよ! 百音:ちょっと!いつも強引だなあ…… 0:間─── 力也:これ!見て! 百音:普通の絵具……ですよね? 力也:僕の手作り絵具なんだ。キャップを開けてみて。 百音:え、あ、はい。……良い香りがします。 力也:全て自然の植物や果実の天然の色素で作ったんだ。例えばこの赤はバラとシクラメン、黄色はクチナシ、緑はホウレンソウで作ってる。 百音:……それぞれ香りが違う。 力也:そう。これなら目に見えなくても香りで絵が書ける。前々から研究してたんだ。 百音:でも先生は色がわかるじゃないですか。 力也:今はね。 百音:今は? 力也:近い未来、僕は光を失う。僕も目に疾患があるんだ。 百音:光を…… 力也:画家としては絶望的だ。美術教師としてもね。香りで書こうとすぐに思いついた。でも僕は元々そんなに絵が上手い方じゃない。何もかもどうでもよくなった。そんな時、君に出会った。まさか自作の絵具が役にたつとは思ってなかったけどね。 百音:……これ。これが1番好きな香りがします。 力也:青だね。それが昨日やっと完成した色だ。できるだけウルトラマリンに近づけたくてね。 百音:何の花を使ったんですか? 力也:ネモフィラ。成功の花って言われてる。君にぴったりの花だ。 百音:成功ですか…… 力也:そう。ところで篠崎さん。 百音:な、何ですか? 力也:もう1度、色を塗ってくれないか?この向日葵に。 百音:これ……書いたんですか? 力也:君の向日葵を模写した。実は絵具作りよりこっちの方が時間かかったんだけどね。 百音:あの、先生。 力也:ん? 百音:本当に上手くないんですね。 力也:……悲しいけどこれが僕の限界だ。 百音:また最初から書きます。 力也:え!?せっかく書いたのに…… 百音:そんな落ち込まないでくださいよ。ちゃんとタブロンまで仕上げますから。 力也:本当!? 百音:はい。その代わり、その向日葵。私にください。 力也:え?こんなのでいいの? 百音:それがいいんです。 力也:わかった。 百音:あと完成まで1人にしてください。 力也:え。そんなあ…… 百音:最初は1人でやってみたいんです。香りで書くこと。 力也:……わかった。今回は我慢する。できる限り君の書く絵をこの目に焼き付けていたい。 百音:……ありがとうございます。 力也:それでいつ完成する?1時間くらい? 百音:無理ですよ!ほら、さっさと出ていってください! 力也:ちょっ!力強いよ!篠崎さーん! 0:間─── 百音:出来ましたよ。 力也:やっとか!待ちくたびれたよ! 百音:……結構頑張ったんですけど。 力也:ありがとう!さあ早く見せてくれ! 百音:必死ですね…… 力也:これは……すごい。でもどうして? 百音:ネモフィラの香り。どこか落ち着くような優しい甘い香り。初めて先生と会った時に香ったんです。きっと先生はこの絵を── 力也:欲しい! 百音:……そう言うと思ったんです。だから私の好きな香りで描きました。 力也:青い向日葵……普通の人なら絶対に描かない。君だからこそ生まれた絵だ。これは家宝にしなければならない。 百音:だから大袈裟ですって…… 力也:大袈裟なもんか!額縁を買わなきゃ。それじゃあ篠崎さんありがとう!また! 百音:……本当、真っ直ぐで絵しか見てない向日葵みたいな人。 百音:きっと絵は彼にとって太陽みたいなものなんだろう。でも神様は残酷で、私から色を奪ったように、彼から光を奪った。 0:間─── 力也:もしもし、篠崎さん? 百音:はい。どうしたんですか? 力也:いやさあ。今テレビを聞いてたんだけど、馬鹿な評論家が君の事を恵まれなかったって言っててね。ちょっとクレームの電話を入れる許可を君に─── 百音:絶対にやめてくださいね? 力也:だってさ!君の才能は全世界が認めてるじゃないか。 百音:いいんです。私達には私達にしか見えない世界があるように、彼らも彼らにしか見えない世界があるんですよ。 力也:そうは言っても…… 百音:私は先生が褒めてくれたらそれで満足ですから。 力也:……うん。ちょっとスッキリした。 百音:本当、昔から単純ですよね。 力也:まあね。……今度、君の絵を見に行くよ。 百音:ぜひ。いつでも歓迎してます。 力也:ありがとう。それじゃあまた。 百音:はい。また。 百音:普通の人は見れない世界。それを私は見ている。先生はきっともっと先にいる。次は私が先生に光を見せたい。 百音:その気持ちを胸に私は空を見上げた。 百音:落ち着くような優しく甘い香りがした気がした。 0:fin...

百音:フランス、パリ生まれの高名な画家。クロード・モネは言った。 百音:「すべては千変万化する、石でさえも。私は鳥が歌うように描きたい」と。 百音:彼は光の画家と呼ばれ、光の濃淡を表すのに長けていた。彼の絵はそれまでの常識を塗り替え、巨匠と呼ばれるまでになった。 百音:ちなみに同じ名を持つ私は。彼の絵は苦手である。 力也:(タイトルコール)青い向日葵 0:夕暮れの教室── 百音:うーん……これくらいかな…… 力也:良い絵だね。よく描けてる。綺麗な薔薇だ。 百音:っ!誰ですか? 力也:ちょっと待って。変質者じゃないよ? 百音:…… 力也:え。もしかして本当に知らない感じ?この学校の教師なんだけど……見たことない? 百音:……そう言われれば…… 力也:そんなに影薄いかな?僕。 百音:少なくとも、名前はわかりません。 力也:……ハッキリしてるね君。絵のタッチにも出てるけど。 百音:……いつから居たんですか? 力也:18時を少しすぎたくらいかな。 0:百音、時計に目をやる。 百音:40分近くも見てたんです? 力也:つい絵に引き込まれちゃってね。 百音:ただの落書きですよ。 力也:そんなことは無いさ。君の絵は人を惹きつける魅力がある。まだ荒削りだけどもっと良い絵が描けると僕にはわかる。 百音:わかるもんですか? 力也:あー自己紹介してなかったね。僕は新垣力也。担当教科は美術。勿論、美術部の顧問をしています。 百音:なるほど。だから知らなかったんですね。 力也:美術は選択授業だからね。……いや、ほんと何で? 百音:何がです? 力也:どうして君のような逸材が美術を選択していないのだね! 百音:別に。好きなわけでもないので。 力也:いいや!嘘だね!絵が好きじゃない人間が下校時間を過ぎてまで描かないだろう! 百音:あ、下校時間でしたね。帰らないといけないので、さようなら先生。 力也:ちょっと待ってくれ!1度美術部に来てくれないか!? 百音:結構です。 力也:頼むよー。えっと……君の名前は? 百音:……なんか教えたくありません。 力也:え!?もうそんなに嫌われてるの!? 百音:そうじゃないですけど……何か面倒臭そうなんで。 力也:そんな名前くらいで── 百音:とにかく!私は用事がありますので、さようなら先生! 力也:ちょ、ちょっと君!明日部室で待ってるよー!! 0:間─── 力也:夕焼けに燃える教室で初めて彼女を見た。ノートへ絵を描くのに没頭する姿。背景も相まって美しい構図ではあったが、使い古された構図だ。 力也:などと考えながら、さっさと下校時間を知らせようと彼女に近づいた。するとどうだ? 力也:怪物がいた。誰のことも、ましてや自分のことさえも考えず、ただ絵を描くということを楽しんでいる。 力也:確かに評価は大切だ。いつしかそれが目的にすり変わる程に。しかし彼女にそんなものは関係ない。描くことが全てと言わんばかりの絵だった。 力也:あれで絵が好きではない?嘘も大概にして欲しいね。きっと僕よりも絵の虜だよ彼女は。 0:翌日の学校── 百音:……今日は描かずに帰ろうかな。また見つかりたくないし。 力也:描かないのかい? 百音:……なんでいるんです? 力也:今日は6限に授業が無かったからねぇ。終わるのを待ってたのさ。美術部の場所わかんないかなっと思ってね! 百音:行きませんよ? 力也:どうして? 百音:好きじゃないので。 力也:嘘だね。 百音:嘘じゃないです。 力也:いいや、完全に嘘だよ。篠崎百音さん。 百音:……調べたんですか? 力也:ああ。教師だからね。生徒のことは把握しておかないと。 百音:昨日まで知らなかったくせに。 力也:知らなかったからこそ知る努力をしたんだよ。 百音:そうですか。 力也:1度でいいから来てみない? 百音:…… 力也:君は好きに描いてくれたらそれでいい。無駄な助言も提案もしないよ。 百音:それって先生に得ありますか? 力也:何でも損得で測れるわけじゃないとは思うけど、強いて言うなら僕はもっと君が描いた絵を見たい。 百音:画材持ってませんよ。 力也:美術室にあるものなら何でも使ってくれて構わないよ。品揃えには自信がある。 百音:じゃあ……少しだけ。 力也:よし決まり!早速行こうか! 0:美術室── 力也:ここだよ。ようこそ!美術部へ。 百音:あの…… 力也:ん? 百音:他の部員はいないんですか? 力也:んーいることはいるんだけど、みんな自由だからね。たまに来るレベルだよ。部費で美術館に行く時くらいかな?部員が揃うのは。 百音:そうなんですね。 力也:でも君には都合がいいだろう? 百音:まあ……集中できますから。 力也:早速描くかい?キャンバス持ってこようか? 百音:え。そんな…… 力也:物品のことなら気にしなくていいよ。自費で買いすぎちゃって、たくさんあるんだよ。1人じゃとても使い切れないし、遠慮しないで。 百音:じゃあ1枚……ありがとうございます。 力也:一応、油絵具とアクリル絵具、水彩絵具、もし水墨画が好きなら炭とかもあるけど。何持ってこようか。 百音:……とりあえず下書き用の鉛筆を。 力也:3Hから4Bまであるけどどれがいい? 百音:HBで。 力也:HBね。了解。……はい。どうぞ。 百音:ありがとうございます。 0:キャンバスに鉛筆を走らせる百音 百音:…… 力也:…… 百音:あの…… 力也:ん?どうかした?あ、消しゴム? 百音:じゃなくて、ずっと視線を感じるんですが。 力也:あー気が散る? 百音:正直。 力也:んーどうしようかな…… 百音:見ない選択肢は無いんですね。 力也:うん。ない。 百音:そうですか……じゃあ何か話してくれます? 力也:気にならない? 百音:黙って凝視されるよりはマシですね。 力也:そっか。じゃあ質問してもいい? 百音:どうぞ。 力也:いつから絵を描き始めたの? 百音:3歳です。幼稚園で先生に褒められたのがきっかけで始めました。 力也:いいね。僕が先生でも褒めるだろうし勧めるだろうね。 百音:だと思います。 力也:好きな画家とかいるの? 百音:カンディンスキーですかね。 力也:……意外だね。 百音:なぜですか? 力也:君のタッチが丁寧に見たままの世界を描いているように見えたから、てっきり印象派の画家をあげると思ってたよ。 百音:見たままの世界……ですか。 力也:そう。光の濃淡が綺麗に現れててまるで── 百音:モネのようだ。ですか? 力也:そう。よく言われるの? 百音:まあ名前が同じなので小さい時はよくいじられました。 力也:そういえば同じ名前だね。 百音:意外ですね。 力也:何がだい? 百音:先生はもっと食いついてくると思ってました。 力也:別に名前が全てを表すわけでは無いからね。そんなこと言ったら僕の名前なんて力也だよ?体育教師にならざるを得なくなるじゃないか。 百音:ふふ。確かにそうですね。 力也:抽象画も描くのかい? 百音:そんなには描かないです。カンディンスキーは考え方が好きなので、絵そのものに惹かれる訳では無いです。 力也:なるほどね。彼は確か音楽からヒントを得て、心の中を視覚化したんだったね。 百音:そうです。私も見たものだけじゃなく、自分がどう感じたかも筆に乗せれたら良いなと思ってますが、中々難しいですね。 力也:確かにね。一流の画家でもそうなれるのは一握りだと思うよ。 百音:先生はどんな絵を描くんですか? 力也:模写くらいだよ。昔から絵が下手でね。 百音:え。下手なんですか? 力也:元々のセンスが無いんだろうね。まあ見るのが好きだからそこまで気にはならないけど。 百音:勝手に上手なんだと思ってました。 力也:何度ガッカリされたことか。 百音:今度見せてくださいよ。 力也:んー気が向いたらね。 百音:期待しておきます。 0:間─── 力也:早いね。もう終わりそうだ。 百音:そうですか?他人と比べたことが無いのでわからないですけど。 力也:少なくとも僕の5倍は早いよ。 百音:先生は早い方なんですか? 力也:いや、遅い。 百音:遅いんですか。 力也:まあね。 百音:何で誇らしげなんでしょうか。……できました。 力也:これは……向日葵だね。 百音:はい。 力也:良い構図だ。ひまわり畑に行ったことがあるのかい? 百音:いえ。1度も。花が好きなんです。 力也:だろうね。この間の薔薇にしても好きが前面に出ていて僕としてはとても好感が持てる。絵具はどうする? 百音:……絵具ですか。 力也:ああ。もちろん色はつけるでしょ? 百音:そう……ですね。 力也:もしかして苦手なのかい?この間の薔薇もデッサンで完成だったようだし。 百音:…… 力也:……まあでも君の画力ならわざわざタブロンにしなくともデッサンだけで充分、人の心を動かせると思う。 百音:ありがとうござい── 力也:だけど!僕は君のタブロンが見たい! 百音:え。 力也:一生のお願いだ!この絵を完成させて欲しい!この通り! 百音:ちょ、ちょっと先生! 力也:…… 百音:わかりました。塗りますから。 力也:本当!?ありがとう! 百音:大袈裟ですよ…… 力也:絵具はどうする?水彩絵具でいいかな? 百音:はい……大丈夫です。 0:間─── 力也:じゃあこれでお願いするよ。それと……君さえよかったらこれ使ってみるかい? 百音:それは? 力也:ウルトラマリン。知らない? 百音:聞いたことはありますけど詳しくは…… 力也:幸運の宝石って呼ばれているラピスラズリを粉末状にして絵具にした世界で1番高価な水彩絵具だよ。 百音:そんな高価なもの使えませんよ。 力也:僕の1番好きな色なんだ。君に使ってみて欲しい。 百音:……わかりました。では少しだけ。 0:間─── 力也:…… 百音:…… 力也:篠崎さん。 百音:何ですか? 力也:あの、僕は言葉選びが得意じゃ無い。もしかしたら今から君を傷つけるかもしれないけど、聞きたいことがある。 百音:……どうぞ。 力也:君は全色盲なのかい? 百音:……どうしてそう思うんです? 力也:さっき僕は君に筆が早いと言った。なのに絵具を手にしてからは僕よりも遅い。それに絵具を手に取る時、必ず色を文字で確認してる。それから何より、色に光が感じられない。 百音:…… 力也:君の絵には光がある。デッサンの白黒の世界でもその光を僕は感じた。でも今はただの色だ。絵じゃない。 百音:そうですね…… 力也:ごめん。 百音:どうして謝るんですか? 力也:僕が無理やり塗らせた。それで勝手に批判してる。ごめん。 百音:私が最初に言えば良かったんです。色がわからないって。 力也:いつからわからないの? 百音:産まれてからずっとです。私の症状は珍しいみたいで、普通の全色盲と違って視力自体は悪くありません。不幸中の幸いですかね。 力也:……少し時間をくれないか。 百音:え? 力也:君に色を見せてあげたい。 百音:無理ですよ。どの医者にも言われてきました。 力也:確かに僕は医者じゃ無いし、本当の意味で見せてあげることはできないけど。僕には僕のやり方がある。少し待ってて!今日はありがとう!それじゃあ! 百音:え?ちょっと先生! 0:間─── 百音:美術室から走り去っていった彼を少し待ってみたけれど、帰ってこなかった。 百音:色を見せてあげる。今まで言われた言葉で1番嬉しかった。不可能なこともわかってる。でもなぜか私には鮮烈な言葉だった。 百音:まるで初めてパブロピカソのゲルニカを見た時のように。 百音:それから数日後の土曜日、朝からけたたましく家の電話が鳴った。 力也:篠崎さん!完成したよ! 百音:え、何がですか? 力也:美術室に置いてあるんだ。 百音:……また名簿見たんですか? 力也:それしかないでしょ。学校で待ってるよ! 百音:ちょっと!いつも強引だなあ…… 0:間─── 力也:これ!見て! 百音:普通の絵具……ですよね? 力也:僕の手作り絵具なんだ。キャップを開けてみて。 百音:え、あ、はい。……良い香りがします。 力也:全て自然の植物や果実の天然の色素で作ったんだ。例えばこの赤はバラとシクラメン、黄色はクチナシ、緑はホウレンソウで作ってる。 百音:……それぞれ香りが違う。 力也:そう。これなら目に見えなくても香りで絵が書ける。前々から研究してたんだ。 百音:でも先生は色がわかるじゃないですか。 力也:今はね。 百音:今は? 力也:近い未来、僕は光を失う。僕も目に疾患があるんだ。 百音:光を…… 力也:画家としては絶望的だ。美術教師としてもね。香りで書こうとすぐに思いついた。でも僕は元々そんなに絵が上手い方じゃない。何もかもどうでもよくなった。そんな時、君に出会った。まさか自作の絵具が役にたつとは思ってなかったけどね。 百音:……これ。これが1番好きな香りがします。 力也:青だね。それが昨日やっと完成した色だ。できるだけウルトラマリンに近づけたくてね。 百音:何の花を使ったんですか? 力也:ネモフィラ。成功の花って言われてる。君にぴったりの花だ。 百音:成功ですか…… 力也:そう。ところで篠崎さん。 百音:な、何ですか? 力也:もう1度、色を塗ってくれないか?この向日葵に。 百音:これ……書いたんですか? 力也:君の向日葵を模写した。実は絵具作りよりこっちの方が時間かかったんだけどね。 百音:あの、先生。 力也:ん? 百音:本当に上手くないんですね。 力也:……悲しいけどこれが僕の限界だ。 百音:また最初から書きます。 力也:え!?せっかく書いたのに…… 百音:そんな落ち込まないでくださいよ。ちゃんとタブロンまで仕上げますから。 力也:本当!? 百音:はい。その代わり、その向日葵。私にください。 力也:え?こんなのでいいの? 百音:それがいいんです。 力也:わかった。 百音:あと完成まで1人にしてください。 力也:え。そんなあ…… 百音:最初は1人でやってみたいんです。香りで書くこと。 力也:……わかった。今回は我慢する。できる限り君の書く絵をこの目に焼き付けていたい。 百音:……ありがとうございます。 力也:それでいつ完成する?1時間くらい? 百音:無理ですよ!ほら、さっさと出ていってください! 力也:ちょっ!力強いよ!篠崎さーん! 0:間─── 百音:出来ましたよ。 力也:やっとか!待ちくたびれたよ! 百音:……結構頑張ったんですけど。 力也:ありがとう!さあ早く見せてくれ! 百音:必死ですね…… 力也:これは……すごい。でもどうして? 百音:ネモフィラの香り。どこか落ち着くような優しい甘い香り。初めて先生と会った時に香ったんです。きっと先生はこの絵を── 力也:欲しい! 百音:……そう言うと思ったんです。だから私の好きな香りで描きました。 力也:青い向日葵……普通の人なら絶対に描かない。君だからこそ生まれた絵だ。これは家宝にしなければならない。 百音:だから大袈裟ですって…… 力也:大袈裟なもんか!額縁を買わなきゃ。それじゃあ篠崎さんありがとう!また! 百音:……本当、真っ直ぐで絵しか見てない向日葵みたいな人。 百音:きっと絵は彼にとって太陽みたいなものなんだろう。でも神様は残酷で、私から色を奪ったように、彼から光を奪った。 0:間─── 力也:もしもし、篠崎さん? 百音:はい。どうしたんですか? 力也:いやさあ。今テレビを聞いてたんだけど、馬鹿な評論家が君の事を恵まれなかったって言っててね。ちょっとクレームの電話を入れる許可を君に─── 百音:絶対にやめてくださいね? 力也:だってさ!君の才能は全世界が認めてるじゃないか。 百音:いいんです。私達には私達にしか見えない世界があるように、彼らも彼らにしか見えない世界があるんですよ。 力也:そうは言っても…… 百音:私は先生が褒めてくれたらそれで満足ですから。 力也:……うん。ちょっとスッキリした。 百音:本当、昔から単純ですよね。 力也:まあね。……今度、君の絵を見に行くよ。 百音:ぜひ。いつでも歓迎してます。 力也:ありがとう。それじゃあまた。 百音:はい。また。 百音:普通の人は見れない世界。それを私は見ている。先生はきっともっと先にいる。次は私が先生に光を見せたい。 百音:その気持ちを胸に私は空を見上げた。 百音:落ち着くような優しく甘い香りがした気がした。 0:fin...