台本概要
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タイトル | Absence of emotion~エミリアの場合~ |
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作者名 | ぐら (@gura2943) |
ジャンル | その他 |
演者人数 | 3人用台本(女1、不問2) |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
ある噂を聞いた。 目を瞑って、路地裏に入り適当に歩く。 ここだと思った場所で深呼吸。 焦ってはいけない。ゆっくりと、三回。 そうすれば、困った人を助けてくれるお店が現れるらしい。 「本当だったら、いいのに」 ---------------------------- ※性別変更可。 ※語尾変更可。 ※世界観を壊さないアドリブ許可。 409 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
マスター | 不問 | 53 | 多分お店のマスター |
ダル | 不問 | 26 | 多分お店の従業員 |
エミリア | 女 | 47 | 悩みを抱える女の子 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
エミリア:ある噂を聞いた。
エミリア:目を瞑って、路地裏に入り適当に歩く。
エミリア:ここだと思った場所で深呼吸。
エミリア:焦ってはいけない。ゆっくりと、三回。
エミリア:そうすれば、困った人を助けてくれるお店が現れるらしい。
エミリア:正直、眉唾だと思っているけれど。
エミリア:だから本当だったら良いなくらいの気持ちで試してみる。
エミリア:「本当だったら、いいのに」
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ダル:「暇、ですね」
マスター:「暇、だねぇ」
ダル:「何かします?」
マスター:「って言っても、何する?そろそろ退屈過ぎて一通り遊びってモノはやり尽くしたと思うけど」
ダル:「確かに、室内ではやれる事が限られていますしね」
マスター:「だろ?あーあ、いい事思いついたと思ったのに」
ダル:「そんな態度だからじゃないですか?暇なのは」
マスター:「適度に暇なのは嬉しいけどさ、暇過ぎるのは望んでないのよ」
ダル:「我儘(わがまま)ですねぇ」
マスター:「偉いんだから我儘が通るんだよ」
マスター:「何もしなくても喉は乾くし腹は減る。何か持ってきてよダル」
ダル:「…かしこまりました。待っていてください」
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マスター:見慣れた店内を眺めていれば、カランとドアベルが鳴る。
マスター:クラシカルな、それでも雰囲気を邪魔しない来店の合図に視線だけを扉へと向けた。
マスター:「やぁ、いらっしゃい。何用かなお客さん」
エミリア:「え、あの…」
エミリア:眉唾だと思っていたのに、本当にお店があった。
エミリア:店内を見渡せば、雑多に並べられた様々な国の調度品に置物。
エミリア:何のお店だろうと思いながら、目前の店主を見る。
エミリア:「いえ、たまたま見掛けたので入ってみた…だけですから」
マスター:「いやいや、嘘はいけないよお客さん。君は目的があってこの場に来た。そういう風に、作られているからね」
エミリア:「つく、られている…?」
マスター:「ああ、そうさ。作られて…」
ダル:「お待たせしました…と、お客様ですか。失礼しました」
マスター:「いいよいいよ、ちゃんとしたお客さんらしいからさ。一緒に話を聞こう」
ダル:「かしこまりました」
エミリア:「あ、あの…つまり、どういう…?」
マスター:「君は、願いがあってここに来た。そうだよね?」
エミリア:「…はい。いえ、でも…」
マスター:「大丈夫、だーいじょうぶ。何でも聞いてあげよう。まずは話だけでもね」
エミリア:「それなら、はい。本当にどうしようも無い事なんですが、良いでしょうか」
マスター:「ああ、勿論だとも。ダル、お客さんにも何か飲み物をあげてよ」
ダル:「かしこまりました。珈琲に紅茶、ジュースもありますが…」
エミリア:ちらりと見れば、椅子に座った店主らしき人は紅茶を飲んでいるようだった。そういえば、喉が乾いているのかもしれない。
エミリア:「えと、じゃあ紅茶を」
ダル:「かしこまりました」
マスター:「さて、来るまで軽く話を聞こうかな。何故、この店へと来る事を決意したのかを」
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エミリア:私には、双子の妹がいた。
エミリア:一卵性双生児というやつで、何もかもが似ていた。
エミリア:小さい頃は、同じ事が嬉しくていつも一緒にいた。
エミリア:いつからか、それが煩わしくなっていった。
エミリア:同じなのに、同じじゃない部分が許せなくて癇癪(かんしゃく)を起こすように駄々をこねた。
エミリア:その度に、妹とは違うのねと言われ更に気分は悪くなった。
エミリア:同じなのに、違うのは嫌だと。認めたくないというように私はよりムキになっていった。
エミリア:このまま取り残されたくないと躍起にもなって、必死に妹と同じように取り繕った。
エミリア:それでも、どうしようもなく妹との距離が離れていく気がしていた。
エミリア:そしてある日、妹は居なくなった。
エミリア:ずっと一緒だったからこそ、信じられなかった。
エミリア:捜索願も出され、心当たりに声も掛け、部屋も確認したけれど見つからない。
エミリア:妹は、失踪したのだった。
エミリア:大事な双子の妹。
エミリア:妹が居るからこそ、必死に頑張ってきた今がある。
エミリア:対抗心は燃やしていたが、それはあくまでも同じになりたいからであったのだ。
エミリア:居なくなってほしかった訳じゃない。
エミリア:むしろ、ずっと傍に居てほしかったんだ。
エミリア:だから
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エミリア:「妹を、探してほしいんです」
エミリア:その言葉を告げ終えれば、コトリと目の前に紅茶のティーカップが置かれたのが分かった。
エミリア:目の前の二人は、何も言わずこちらを見るばかり。
エミリア:「やはり、無理でしょうか…?」
マスター:「いいや?」
エミリア:少し時間をあけて、店主はそう言った。
エミリア:「っ!じゃあ…!」
マスター:「願いには対価が伴う。それは、ちゃんと解っているかな?」
エミリア:「それは、私に払えるものならば。お小遣いも、バイト代も、全部出せる分だけ出します…!」
マスター:「大丈夫、そんな大層なものは要らないから。大丈夫、だーいじょうぶ」
ダル:「……」
マスター:「じゃあもう少しだけ、話を聞かせてもらえるかい?」
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エミリア:話を聞いてもらえる、そう思ったらもう止まらなかった。
エミリア:関係ないような思い出話とか、楽しかった事や悲しかった事。
エミリア:話している最中、目の前の二人は変わらぬ表情でずっと聞いていてくれた。
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マスター:彼女の願いは、妹を探すこと。
マスター:仲の良かった妹が突然いなくなる訳がない、という事らしい。
マスター:これはこれは面白い。
マスター:そんな事を内心で考えつつ、努めて柔らかい笑顔を向けた。
マスター:「それは心配だろうなぁ。依頼を受けるのは良いけれど、君は本当に対価として何でも差し出せるのかな?」
エミリア:「出せる範囲であれば…何でも」
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ダル:ああ、彼女は言ってしまった、と考える。
ダル:同時に、彼の悪い癖が出たとも。
ダル:いいや、悪い癖というよりもあれは少し違うのかもしれないが。
ダル:それにきっと彼はもう知っているのだろう。
ダル:今回の結末というものを。
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マスター:「オーケー。じゃあ終わった後に代金は頂こうか」
マスター:「君の妹さんを探そう。どんな形であれ、見つかれば良い…のかな?」
エミリア:「ッ!それは、妹が死んでいると?!」
マスター:「そんな事は一言も言っていないよ。万が一に備えているだけさ」
エミリア:「…わかり、ました」
マスター:「まずは君たちの事をきちんと知りたい。簡単なまじないみたいなものをかけて深層心理に語りかけてみようじゃないか」
エミリア:そう告げると、私の眼前に掌を向ける。
エミリア:その瞬間、その人の瞳が光った気がした。
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マスター:「うん、はいおしまい」
マスター:手を翳(かざ)した後に軽く告げれば彼女はキョトンとした表情をしていた。
マスター:それはそうだろう、彼女からは何も分からなかっただろうから。
エミリア:「おしまい、って…?分からなかったって事ですか?」
ダル:「いいえ。全てが解ったという事です」
マスター:「あれ、台詞取られたなー。まぁ、いっか。ダルの言う通り、全て解ったよ。妹さんが何処にいるのかも含めて」
エミリア:「本当ですか!ど、どこにいるんですか…あの子は!」
マスター:「うーん、もしかしたら君は知らない方が良いかもしれない」
エミリア:勿体ぶった言い方に怒りを滲ませ、それでも冷静になれと拳を握りしめて深呼吸をする。
エミリア:「教えてください。どんな事だろうと、知りたいんです」
マスター:「そっか、それなら仕方ないね」
マスター:「あの子はね…──」
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ダル:語り出されたのは、もう亡くなっているということ。
ダル:いつものような明るい口調で、何とも無いように告げている様子は彼女にはどう映っているのだろうか。
ダル:俯いたままの彼女の表情は分からない。
ダル:最後まで話し終わればようやく彼女は顔を上げ、その表情を見て違和感を覚える。
ダル:彼女は、笑っていた様に見えたのだから。
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エミリア:「そうですか、亡くなっていましたか。そんな、山の中で…」
マスター:「そう。残念ながらね」
マスター:「…ホッとした?」
エミリア:「え?」
マスター:「ホッとしたんだろう?妹さんが死んでいて」
エミリア:「そんなまさか!私は生きていて欲しくて…!」
マスター:「嘘だよそれは。いや、あながち嘘とも言えないか」
エミリア:「何を言っているんですか、一体…」
マスター:「うんうん、そうだよねそうだよね。戸惑うのもわかる」
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ダル:彼が何を視たのかは分からない。
ダル:きっと、まだ大筋しか話していないのだろうから。
ダル:それでもニコニコと笑いながら話す様子を見れば、面白いことがあったに違いないと嫌でも理解する。
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マスター:「そもそも君が、殺し損ねたんでしょうに。妹さんのこと」
エミリア:「なっ…」
マスター:「仕留め損ねて、何処へ行ってしまったんだと思ったんだよね」
マスター:「バレたら大変だもの。探すのに必死にもなっちゃう」
エミリア:「何を言うんですか!そんな事するはずがないでしょう!」
エミリア:「大好きな妹を殺すなんてそんな事するはずが…──」
ダル:「無駄ですよ」
エミリア:「…え?」
ダル:「無駄だと言ったんです。あなたがいくら取り繕ったとしても、事実は覆せません」
エミリア:「だから、それが間違っているって言ってるのよ!」
マスター:「そんなに必死にならなくたって良いのに。別に警察に言ったりしないし」
マスター:「ただ、視えたものを言っただけ。証拠も何も無い」
マスター:「ふふ、安心した?」
エミリア:「は、はぁ…?安心も何も私は…」
マスター:「ちゃんと、理由も知ってるよ」
マスター:「妹さんが大好きなのも、生きていて欲しかったのも本当。けれど、死んでいても欲しかった」
マスター:「君はただ、妹さんの一番で在りたかったんだ。そうだろう?」
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ダル:マスターが語るのを、傍に立ち耳を傾ける。
ダル:恐らくは彼女がこの場に来た当初から疑ってはいたのだろう。
ダル:最初からとても機嫌が良さそうだったのだから。
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マスター:「君はとても妹が好きだからこそ、ずっと同じでいたかった」
マスター:「変化を受け入れられなかった」
マスター:「相手だけが先に進むことを認められなかった」
エミリア:「ち、違います…」
マスター:「違わないよ。君はどうすればいいかそこで考えたんだよね」
エミリア:「違う…」
マスター:「考えて、考えてから思いついたんだ」
マスター:「ずっと、変わらずに居られる方法を」
エミリア:「ちが、う…」
マスター:「相手を殺してしまえば良い」
マスター:「そうすれば、これ以上変わる事は無いし何より…自分の中で永遠に一緒に居られる」
エミリア:「違う!!」
マスター:「そうすれば、ずっと自分が一番で居られる」
エミリア:「そんなの、こじつけじゃないですか!分からないからって勝手に言っているだけじゃ…」
マスター:「お姉ちゃん、やめて」
エミリア:「……っ!」
マスター:「やめて、お願い。苦しい」
エミリア:「…やめて」
マスター:「お姉ちゃん、ごめんなさい」
エミリア:「………っ、ぅ…」
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ダル:恐らくはその妹の言葉なのだろう。それを口に出した時に様子が代わり、謝罪の言葉を聞けば大粒の涙を零す。
ダル:それだけ後悔するのならば初めから手を出さなければよかっただけの事。
ダル:冷静に言葉を告げるマスターと、取り乱す彼女の対極的な様を眺めていればチラリと視線を寄越される。
ダル:何か言え、という事なのだろうが何も湧き起こらない。口を開き、そしてそのまま閉じるに留まった。
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マスター:「泣いても仕方ないし、もう妹さんは帰って来ないよ」
マスター:「生きていれば、また殺せたのにね」
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ダル:また殺せた、という言葉に疑問を抱く。
ダル:彼女は妹を殺すつもりで、しかし殺すつもりは無く手にかけたのでは無かったのか。
マスター:「ねぇ、楽しかったんだよね?妹さんを殺すの」
エミリア:「そん、な事は…」
マスター:「取り繕わ無くていいよ。全部視えたからさ。君は、彼女を殺すときに笑顔だった、そうだろう?」
エミリア:「………」
マスター:「ここでは誰も何も咎めない、言ってごらんよ」
エミリア:「…私のモノだって思ったの」
エミリア:「首に手を当てたら、ドクドクって伝わって来た。この手の中に、命があるって思った」
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ダル:促されるままに、当時の事を語り出した彼女。
ダル:話す内容と裏腹に、口許(くちもと)には微笑みを浮かべて。
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エミリア:「今、この子の命は自分が握ってる」
エミリア:「苦しそうな表情も全部、私のものだって思った」
エミリア:「色んな表情が見たくて、どんどん力を入れていって…」
エミリア:「そうしたら、動かなくなった」
マスター:「そして後始末を考え、目を離した隙に妹さんは居なくなっていた」
エミリア:「そう。生きていたなら、またあの顔が見れると思ったの」
マスター:「しかし残念ながら妹さんは気を失った後で、逃げようとしたが途中で死んでしまった」
エミリア:「トドメは私が刺したかった」
エミリア:「全部全部、私が見たかったのに」
エミリア:「本当に…──」
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エミリア:残念、と呟く前に、また掌を翳された。
エミリア:それから気がつけば、人気(ひとけ)の多い大通りに一人立っていた。
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エミリア:「ゆめ…?」
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エミリア:いいや、きっと夢じゃない。
エミリア:だって、あの時の高揚感は未だに心に燻(くすぶ)っているのだから。
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ダル:「随分と、歪んだお客様でしたね」
マスター:「この場に招かれるんだから、そりゃあ歪んでるよ。真っ直ぐな子が来たらビックリだ」
ダル:「確かに、そうですね」
マスター:「良い子からは対価なんて奪い取れないよ」
マスター:「それにしても強い感情だったね。幸先の良いスタートだ」
ダル:「本人に許可も取らず…良かったのですか?」
マスター:「きちんと最初に報酬の話はしていたし、平気じゃないかな」
ダル:「それなら、良いのですが」
マスター:「それじゃあ、君の第一歩だ。これから、楽しくいこう」
ダル:「…はい、そうですね」
マスター:「しかし、楽しさが無くなったあの子はどうするんだろうね」
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エミリア:おかしい。
エミリア:楽しくない。
エミリア:何をしても、何をしようとしても
エミリア:…そもそも、楽しいってなんだっけ?
エミリア:あぁ、そうだ。
エミリア:あの時は楽しかったのだから、また同じ事をすればいい。
エミリア:アレがきっと、楽しいって事だから。
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エミリア:「妹を、探さなきゃ…」
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マスター:「繰り返して、繰り返して」
マスター:「いつ、違う事に気が付くんだろうね」
エミリア:ある噂を聞いた。
エミリア:目を瞑って、路地裏に入り適当に歩く。
エミリア:ここだと思った場所で深呼吸。
エミリア:焦ってはいけない。ゆっくりと、三回。
エミリア:そうすれば、困った人を助けてくれるお店が現れるらしい。
エミリア:正直、眉唾だと思っているけれど。
エミリア:だから本当だったら良いなくらいの気持ちで試してみる。
エミリア:「本当だったら、いいのに」
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ダル:「暇、ですね」
マスター:「暇、だねぇ」
ダル:「何かします?」
マスター:「って言っても、何する?そろそろ退屈過ぎて一通り遊びってモノはやり尽くしたと思うけど」
ダル:「確かに、室内ではやれる事が限られていますしね」
マスター:「だろ?あーあ、いい事思いついたと思ったのに」
ダル:「そんな態度だからじゃないですか?暇なのは」
マスター:「適度に暇なのは嬉しいけどさ、暇過ぎるのは望んでないのよ」
ダル:「我儘(わがまま)ですねぇ」
マスター:「偉いんだから我儘が通るんだよ」
マスター:「何もしなくても喉は乾くし腹は減る。何か持ってきてよダル」
ダル:「…かしこまりました。待っていてください」
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マスター:見慣れた店内を眺めていれば、カランとドアベルが鳴る。
マスター:クラシカルな、それでも雰囲気を邪魔しない来店の合図に視線だけを扉へと向けた。
マスター:「やぁ、いらっしゃい。何用かなお客さん」
エミリア:「え、あの…」
エミリア:眉唾だと思っていたのに、本当にお店があった。
エミリア:店内を見渡せば、雑多に並べられた様々な国の調度品に置物。
エミリア:何のお店だろうと思いながら、目前の店主を見る。
エミリア:「いえ、たまたま見掛けたので入ってみた…だけですから」
マスター:「いやいや、嘘はいけないよお客さん。君は目的があってこの場に来た。そういう風に、作られているからね」
エミリア:「つく、られている…?」
マスター:「ああ、そうさ。作られて…」
ダル:「お待たせしました…と、お客様ですか。失礼しました」
マスター:「いいよいいよ、ちゃんとしたお客さんらしいからさ。一緒に話を聞こう」
ダル:「かしこまりました」
エミリア:「あ、あの…つまり、どういう…?」
マスター:「君は、願いがあってここに来た。そうだよね?」
エミリア:「…はい。いえ、でも…」
マスター:「大丈夫、だーいじょうぶ。何でも聞いてあげよう。まずは話だけでもね」
エミリア:「それなら、はい。本当にどうしようも無い事なんですが、良いでしょうか」
マスター:「ああ、勿論だとも。ダル、お客さんにも何か飲み物をあげてよ」
ダル:「かしこまりました。珈琲に紅茶、ジュースもありますが…」
エミリア:ちらりと見れば、椅子に座った店主らしき人は紅茶を飲んでいるようだった。そういえば、喉が乾いているのかもしれない。
エミリア:「えと、じゃあ紅茶を」
ダル:「かしこまりました」
マスター:「さて、来るまで軽く話を聞こうかな。何故、この店へと来る事を決意したのかを」
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エミリア:私には、双子の妹がいた。
エミリア:一卵性双生児というやつで、何もかもが似ていた。
エミリア:小さい頃は、同じ事が嬉しくていつも一緒にいた。
エミリア:いつからか、それが煩わしくなっていった。
エミリア:同じなのに、同じじゃない部分が許せなくて癇癪(かんしゃく)を起こすように駄々をこねた。
エミリア:その度に、妹とは違うのねと言われ更に気分は悪くなった。
エミリア:同じなのに、違うのは嫌だと。認めたくないというように私はよりムキになっていった。
エミリア:このまま取り残されたくないと躍起にもなって、必死に妹と同じように取り繕った。
エミリア:それでも、どうしようもなく妹との距離が離れていく気がしていた。
エミリア:そしてある日、妹は居なくなった。
エミリア:ずっと一緒だったからこそ、信じられなかった。
エミリア:捜索願も出され、心当たりに声も掛け、部屋も確認したけれど見つからない。
エミリア:妹は、失踪したのだった。
エミリア:大事な双子の妹。
エミリア:妹が居るからこそ、必死に頑張ってきた今がある。
エミリア:対抗心は燃やしていたが、それはあくまでも同じになりたいからであったのだ。
エミリア:居なくなってほしかった訳じゃない。
エミリア:むしろ、ずっと傍に居てほしかったんだ。
エミリア:だから
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エミリア:「妹を、探してほしいんです」
エミリア:その言葉を告げ終えれば、コトリと目の前に紅茶のティーカップが置かれたのが分かった。
エミリア:目の前の二人は、何も言わずこちらを見るばかり。
エミリア:「やはり、無理でしょうか…?」
マスター:「いいや?」
エミリア:少し時間をあけて、店主はそう言った。
エミリア:「っ!じゃあ…!」
マスター:「願いには対価が伴う。それは、ちゃんと解っているかな?」
エミリア:「それは、私に払えるものならば。お小遣いも、バイト代も、全部出せる分だけ出します…!」
マスター:「大丈夫、そんな大層なものは要らないから。大丈夫、だーいじょうぶ」
ダル:「……」
マスター:「じゃあもう少しだけ、話を聞かせてもらえるかい?」
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エミリア:話を聞いてもらえる、そう思ったらもう止まらなかった。
エミリア:関係ないような思い出話とか、楽しかった事や悲しかった事。
エミリア:話している最中、目の前の二人は変わらぬ表情でずっと聞いていてくれた。
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マスター:彼女の願いは、妹を探すこと。
マスター:仲の良かった妹が突然いなくなる訳がない、という事らしい。
マスター:これはこれは面白い。
マスター:そんな事を内心で考えつつ、努めて柔らかい笑顔を向けた。
マスター:「それは心配だろうなぁ。依頼を受けるのは良いけれど、君は本当に対価として何でも差し出せるのかな?」
エミリア:「出せる範囲であれば…何でも」
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ダル:ああ、彼女は言ってしまった、と考える。
ダル:同時に、彼の悪い癖が出たとも。
ダル:いいや、悪い癖というよりもあれは少し違うのかもしれないが。
ダル:それにきっと彼はもう知っているのだろう。
ダル:今回の結末というものを。
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マスター:「オーケー。じゃあ終わった後に代金は頂こうか」
マスター:「君の妹さんを探そう。どんな形であれ、見つかれば良い…のかな?」
エミリア:「ッ!それは、妹が死んでいると?!」
マスター:「そんな事は一言も言っていないよ。万が一に備えているだけさ」
エミリア:「…わかり、ました」
マスター:「まずは君たちの事をきちんと知りたい。簡単なまじないみたいなものをかけて深層心理に語りかけてみようじゃないか」
エミリア:そう告げると、私の眼前に掌を向ける。
エミリア:その瞬間、その人の瞳が光った気がした。
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マスター:「うん、はいおしまい」
マスター:手を翳(かざ)した後に軽く告げれば彼女はキョトンとした表情をしていた。
マスター:それはそうだろう、彼女からは何も分からなかっただろうから。
エミリア:「おしまい、って…?分からなかったって事ですか?」
ダル:「いいえ。全てが解ったという事です」
マスター:「あれ、台詞取られたなー。まぁ、いっか。ダルの言う通り、全て解ったよ。妹さんが何処にいるのかも含めて」
エミリア:「本当ですか!ど、どこにいるんですか…あの子は!」
マスター:「うーん、もしかしたら君は知らない方が良いかもしれない」
エミリア:勿体ぶった言い方に怒りを滲ませ、それでも冷静になれと拳を握りしめて深呼吸をする。
エミリア:「教えてください。どんな事だろうと、知りたいんです」
マスター:「そっか、それなら仕方ないね」
マスター:「あの子はね…──」
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ダル:語り出されたのは、もう亡くなっているということ。
ダル:いつものような明るい口調で、何とも無いように告げている様子は彼女にはどう映っているのだろうか。
ダル:俯いたままの彼女の表情は分からない。
ダル:最後まで話し終わればようやく彼女は顔を上げ、その表情を見て違和感を覚える。
ダル:彼女は、笑っていた様に見えたのだから。
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エミリア:「そうですか、亡くなっていましたか。そんな、山の中で…」
マスター:「そう。残念ながらね」
マスター:「…ホッとした?」
エミリア:「え?」
マスター:「ホッとしたんだろう?妹さんが死んでいて」
エミリア:「そんなまさか!私は生きていて欲しくて…!」
マスター:「嘘だよそれは。いや、あながち嘘とも言えないか」
エミリア:「何を言っているんですか、一体…」
マスター:「うんうん、そうだよねそうだよね。戸惑うのもわかる」
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ダル:彼が何を視たのかは分からない。
ダル:きっと、まだ大筋しか話していないのだろうから。
ダル:それでもニコニコと笑いながら話す様子を見れば、面白いことがあったに違いないと嫌でも理解する。
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マスター:「そもそも君が、殺し損ねたんでしょうに。妹さんのこと」
エミリア:「なっ…」
マスター:「仕留め損ねて、何処へ行ってしまったんだと思ったんだよね」
マスター:「バレたら大変だもの。探すのに必死にもなっちゃう」
エミリア:「何を言うんですか!そんな事するはずがないでしょう!」
エミリア:「大好きな妹を殺すなんてそんな事するはずが…──」
ダル:「無駄ですよ」
エミリア:「…え?」
ダル:「無駄だと言ったんです。あなたがいくら取り繕ったとしても、事実は覆せません」
エミリア:「だから、それが間違っているって言ってるのよ!」
マスター:「そんなに必死にならなくたって良いのに。別に警察に言ったりしないし」
マスター:「ただ、視えたものを言っただけ。証拠も何も無い」
マスター:「ふふ、安心した?」
エミリア:「は、はぁ…?安心も何も私は…」
マスター:「ちゃんと、理由も知ってるよ」
マスター:「妹さんが大好きなのも、生きていて欲しかったのも本当。けれど、死んでいても欲しかった」
マスター:「君はただ、妹さんの一番で在りたかったんだ。そうだろう?」
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ダル:マスターが語るのを、傍に立ち耳を傾ける。
ダル:恐らくは彼女がこの場に来た当初から疑ってはいたのだろう。
ダル:最初からとても機嫌が良さそうだったのだから。
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マスター:「君はとても妹が好きだからこそ、ずっと同じでいたかった」
マスター:「変化を受け入れられなかった」
マスター:「相手だけが先に進むことを認められなかった」
エミリア:「ち、違います…」
マスター:「違わないよ。君はどうすればいいかそこで考えたんだよね」
エミリア:「違う…」
マスター:「考えて、考えてから思いついたんだ」
マスター:「ずっと、変わらずに居られる方法を」
エミリア:「ちが、う…」
マスター:「相手を殺してしまえば良い」
マスター:「そうすれば、これ以上変わる事は無いし何より…自分の中で永遠に一緒に居られる」
エミリア:「違う!!」
マスター:「そうすれば、ずっと自分が一番で居られる」
エミリア:「そんなの、こじつけじゃないですか!分からないからって勝手に言っているだけじゃ…」
マスター:「お姉ちゃん、やめて」
エミリア:「……っ!」
マスター:「やめて、お願い。苦しい」
エミリア:「…やめて」
マスター:「お姉ちゃん、ごめんなさい」
エミリア:「………っ、ぅ…」
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ダル:恐らくはその妹の言葉なのだろう。それを口に出した時に様子が代わり、謝罪の言葉を聞けば大粒の涙を零す。
ダル:それだけ後悔するのならば初めから手を出さなければよかっただけの事。
ダル:冷静に言葉を告げるマスターと、取り乱す彼女の対極的な様を眺めていればチラリと視線を寄越される。
ダル:何か言え、という事なのだろうが何も湧き起こらない。口を開き、そしてそのまま閉じるに留まった。
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マスター:「泣いても仕方ないし、もう妹さんは帰って来ないよ」
マスター:「生きていれば、また殺せたのにね」
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ダル:また殺せた、という言葉に疑問を抱く。
ダル:彼女は妹を殺すつもりで、しかし殺すつもりは無く手にかけたのでは無かったのか。
マスター:「ねぇ、楽しかったんだよね?妹さんを殺すの」
エミリア:「そん、な事は…」
マスター:「取り繕わ無くていいよ。全部視えたからさ。君は、彼女を殺すときに笑顔だった、そうだろう?」
エミリア:「………」
マスター:「ここでは誰も何も咎めない、言ってごらんよ」
エミリア:「…私のモノだって思ったの」
エミリア:「首に手を当てたら、ドクドクって伝わって来た。この手の中に、命があるって思った」
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ダル:促されるままに、当時の事を語り出した彼女。
ダル:話す内容と裏腹に、口許(くちもと)には微笑みを浮かべて。
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エミリア:「今、この子の命は自分が握ってる」
エミリア:「苦しそうな表情も全部、私のものだって思った」
エミリア:「色んな表情が見たくて、どんどん力を入れていって…」
エミリア:「そうしたら、動かなくなった」
マスター:「そして後始末を考え、目を離した隙に妹さんは居なくなっていた」
エミリア:「そう。生きていたなら、またあの顔が見れると思ったの」
マスター:「しかし残念ながら妹さんは気を失った後で、逃げようとしたが途中で死んでしまった」
エミリア:「トドメは私が刺したかった」
エミリア:「全部全部、私が見たかったのに」
エミリア:「本当に…──」
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エミリア:残念、と呟く前に、また掌を翳された。
エミリア:それから気がつけば、人気(ひとけ)の多い大通りに一人立っていた。
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エミリア:「ゆめ…?」
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エミリア:いいや、きっと夢じゃない。
エミリア:だって、あの時の高揚感は未だに心に燻(くすぶ)っているのだから。
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ダル:「随分と、歪んだお客様でしたね」
マスター:「この場に招かれるんだから、そりゃあ歪んでるよ。真っ直ぐな子が来たらビックリだ」
ダル:「確かに、そうですね」
マスター:「良い子からは対価なんて奪い取れないよ」
マスター:「それにしても強い感情だったね。幸先の良いスタートだ」
ダル:「本人に許可も取らず…良かったのですか?」
マスター:「きちんと最初に報酬の話はしていたし、平気じゃないかな」
ダル:「それなら、良いのですが」
マスター:「それじゃあ、君の第一歩だ。これから、楽しくいこう」
ダル:「…はい、そうですね」
マスター:「しかし、楽しさが無くなったあの子はどうするんだろうね」
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エミリア:おかしい。
エミリア:楽しくない。
エミリア:何をしても、何をしようとしても
エミリア:…そもそも、楽しいってなんだっけ?
エミリア:あぁ、そうだ。
エミリア:あの時は楽しかったのだから、また同じ事をすればいい。
エミリア:アレがきっと、楽しいって事だから。
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エミリア:「妹を、探さなきゃ…」
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マスター:「繰り返して、繰り返して」
マスター:「いつ、違う事に気が付くんだろうね」