台本概要
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タイトル | Halloween Knight |
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作者名 | 天びん。 (@libra_micchan) |
ジャンル | ファンタジー |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) |
時間 | 60 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
神が留守にする月の最後の日、仮装をして町一番の高台に現れる背高ノッポの男にある言葉を伝えると、1度だけどんな不可能な願いでも、たちまち叶えてくれる―。 『ハロウィンの奇跡』という都市伝説を舞台に長い長い夜が幕を開ける…。 288 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
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梓 | 女 | 129 | 弓削梓。都市伝説『ハロウィンの奇跡』の噂を耳にして以来、3年間もジャックを探し続けている女子大生。 陰口やいじめが大嫌いで、自分に不利な状況でも正々堂々と立ち向かっていくタイプ。 割と肝が据わっている。 しかし、彼女は何か抱えているようで…。 名前の読みは「ユゲアズサ」。 |
ジャック | 男 | 128 | ジャック・ナイト。年に一度、ハロウィンの夜だけ高台の展望広場に現れる背の高い初老の男性。 彼が霊界の門の番人であり、別名:死神である。 物腰は柔らかく、紳士だがその実起こると怖い。 人ならざる者の中でもかなり高位の存在で、基本的に魔法で彼にできないことはない。 梓と出会い、番人の契約を結ぶ。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
:【タイトル】
: Halloween Knight(ハロウィン ナイト)
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:【登場人物】
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梓:弓削梓。都市伝説『ハロウィンの奇跡』の噂を耳にして以来、3年間もジャックを探し続けている女子大生。
梓:陰口やいじめが大嫌いで、自分に不利な状況でも正々堂々と立ち向かっていくタイプ。
梓:割と肝が据わっている。
梓:しかし、彼女は何か抱えているようで…。
梓:名前の読みは「ユゲアズサ」。
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ジャック:ジャック・ナイト。年に一度、ハロウィンの夜だけ高台の展望広場に現れる背の高い初老の男性。
ジャック:彼が霊界の門の番人であり、別名「死神」である。
ジャック:物腰は柔らかく、紳士だがその実起こると怖い。
ジャック:人ならざる者の中でもかなり高位の存在で、基本的に魔法で彼にできないことはない。
ジャック:梓と出会い、番人の契約を結ぶ。
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:【本編】
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梓:(私が住む街には『ハロウィンの奇跡』というハロウィンと関連のある都市伝説が伝わっていた。『神が留守にする月の最後の日、仮装をして町一番の高台に現れる背高ノッポの男にある言葉を伝えると、1度だけどんな不可能な願いでも、たちまち叶えてくれる―。』私はある目的のために、その男を3年以上も探し続けていた。)
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0:梓は息を切らしながら走って坂を上っていく。街を見下ろせる展望広場に辿り着くと、中央にオレンジ色のカボチャの被り物を身に着けた背の高い初老と思しき男性が立っていた。
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梓:(息を切らしながら)『トリック…オア、トリート…!』
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ジャック:…おや?こんばんは、黒いマントと帽子が素敵なお嬢さん。君はどんなお菓子をお望みだい?クッキー、キャンディ、チョコレート…何でもあるよ。今日はハロウィンだからね。
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梓:『…お菓子なんていらない。』
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ジャック:はて?おかしいな…今さっき君は「トリックオアトリート」と言っていたはずなんだが…。(微笑みながら)となるとあれかい?お菓子はいらないから、この老いぼれに悪戯がしたいと、そういう事かい?あまり過激な悪戯はご遠慮願いたいところなんだがね。
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梓:―『異界を繋ぐ門の番人よ、我の願いを聞き入れ叶えたまえ。』
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ジャック:どこでそれを…!―君!これを知っているということは、それに伴う対価についても分かっているはずだ!本気なのか?
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0:梓は無言のままコクリと頷く。
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ジャック:そうか…そこまでの覚悟があるならば、私は何も言わない。(可能なら声色を変えて)『―我、汝と契約す。』
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梓:や、やった…。やった…!私とうとう、門の番人と契約できたのね…!!
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ジャック:お嬢さん…いや、もはや貴女は私の雇い主。このような呼び方はふさわしくないですね。―ご主人、お名前は?
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梓:あ…梓よ、弓削梓。
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ジャック:…まさか真名(まな)を晒すとは…。私が言うのもなんですが、こういった相手に真名を晒すのは非常に不用心ですよ。
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梓:…どういう事?
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ジャック:では、梓様。まずは私の自己紹介から。私の名はジャック・ナイト、気軽にジャックとお呼びください。梓様もお察しの通り、異界の門の番人をしております。…それと、わたくし人間界ではこうも呼ばれていまして―またの名を『死神』と。
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梓:え?死神?
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ジャック:はい、死神です。
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梓:いや…いやいやいや!死神が門番やってるの?普通は使い魔とか、そのために人員割くでしょ!え?人手不足なの?
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ジャック:我ら、人ならざる者にはそれぞれの領分というものが存在し、それらを個々で管理しております。私の場合は『人間達の死』を管理する役目を仕っており、管理する門も『霊界』―つまりはあの世に繋がる門になりますので、何らおかしなことではありません。
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梓:そう、なんだ…。
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ジャック:この分だと、伝承どころか『番人の契約』に必要な対価についてもご存じなのか怪しいところですね…。
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梓:伝承って、『ハロウィンの奇跡』のこと?
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ジャック:恐らくは。…梓様、その『ハロウィンの奇跡』について見聞きした内容を教えてもらえますか?
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梓:え、うん…『神が留守にする月の最後の日、仮装をして町一番の高台に現れる背高ノッポの男にある言葉を伝えると、1度だけどんな不可能な願いでも、たちまち叶えてくれる―。』
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ジャック:はい、ストップ。やはりそこからですか…。
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梓:どういう事?
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ジャック:その『ハロウィンの奇跡』は実際の話と大分違った内容で伝わっているようです。正しくは、『神無月の最後の夜、仮装をして町一番の高台に行くと門の番人と一度だけ契約を交わすことが出来る。契約主はどんな願いも叶えてもらえる代わりに対価として見合う分の血を捧げなくてはならない。』です。
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梓:血?血液なら全然問題ないけど。私よく献血とかしてるし。
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ジャック:…梓様、問題なのは『対価として見合う分の血』です。恐らく門番の中でも高位の私と契約できたのは、願いの内容が私の管理する内容に近かったということもありそうですが、一番は梓様の願いがかなり強かったためでしょう。ここから考えて、どれだけ少なく見積もったとしても、梓様の願いを完璧に叶えた暁には、体内に流れる血液全てを対価として頂くことになると思いますよ。
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梓:え…、血液全てって…。
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ジャック:余裕で致死量超えてるので、間違いなく死にますね。失血死です。
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梓:…。
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ジャック:だから契約前に確認したんですが…詰めが甘かったようです。
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梓:…構わない。私が死んで、私の命1つで願いを叶えてもらえるならそれで―!
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ジャック:落ち着いてください。まだ梓様が死ぬと決まったわけではありません。
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梓:そうなの?
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ジャック:『対価として見合う分の血を捧げる』…つまりは私がどれだけ梓様の願いを叶えたかによって対価が変わってくるんです。梓様にも分かるように言うなら、出来高払いってことですよ。
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梓:そう…。でも私が生き続けるためには、願いの内容を変える必要があるのよね?
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ジャック:まぁ…そういうことになりますね。
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梓:だとしたら変えないわ。
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ジャック:…願いについてお聞きしても?
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梓:私の…双子の弟を生き返らせて欲しいの。5年前に私が殺してしまった、弓削亨(ユゲトオル)を。
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ジャック:なるほど、それはなかなかの大仕事になりますね。だから対価も命なわけですか。
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梓:ええ。
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ジャック:何故弟君を生き返らせたいのか、事の詳細をお聞きしても?
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梓:私と亨は、普通に仲が良いどこにでもいるような姉弟だった。亨は引っ込み思案であまり積極的に前に出るようなタイプじゃなかったから、クラスメイトや先輩、周りの人達にかわれたり、イジメの標的にされることが多かったの。その度に私が相手を返り討ちにしてやったんだけど―。
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ジャック:梓様が…ですか?とてもそんな風には見えませんが。
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梓:フフ…女は怒らせると怖いのよ?
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ジャック:…肝に銘じておきます。
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梓:でもまぁ…相手によっては簡単に返り討ちにできなくてさ。たまに怪我したりしてたんだけど、それが亨には辛かったみたいで。ずっと一人で悩んでいたみたいなの。
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ジャック:なるほど。私も男ですので…弟君の気持ち、痛いほど分かります。
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梓:それで、5年前のある日。私は亨をイジメてた主犯格の奴に呼び出されて、放課後に会いに行ったの。…いい加減こっちも決着つけたかったから。呼び出されたのは学校の非常階段の踊り場で普段は立ち入り禁止になってるんだけど…
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ジャック:まさか、一人でですか?これまでのことを聞いていると向こうは一人ではなかったでしょう?
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梓:まぁ…そんなことだろうと思ってはいたんだけど、真っ向勝負が私のモットーだから。…で、結局相手は集団で来てて、最初のうちは良かったんだけど、やっぱり相手の方が人数多いから徐々にキツくなってきちゃって。
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ジャック:それはそうでしょう。女性一人を大勢で囲んでいるんですから…。
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梓:注意力が散漫になってたのもあったと思う。相手が殴り掛かってきたのを避けようとしたら踊り場の端から足を滑らせちゃったの。
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ジャック:…。
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梓:落ちてる間にね(あー、これヤバいかもな…。下手したら怪我で済まないかも…。)ってボンヤリ考えてたら、亨の声が聞こえて…。次の瞬間、私は踊り場に倒れてたの。
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ジャック:…庇ったんですか。
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梓:そう。亨はたまたま階段から落ちそうになってる私を見つけて、すごい勢いで駆けつけるなり、思い切り引っ張ったの。おかげで私は階段から落ちずに済んだ。衝撃で階段の手すりにぶつかったけど、その程度で済んだの。そのすぐ後にドンって音がして下を見たら、亨の首がありえない方向に曲がってて…私の代わりに…亨が、とおるが…しんじゃった…。
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ジャック:大方の事情は分かりました。…辛かったですね。
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梓:私は…引っ込み思案でも植物や動物に優しい亨が好きだった。だから亨を守りたくて…イジメをやめるように言おうとして…一人で会いに行ったのに…亨が死んじゃったら意味がないのに…!
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ジャック:…分かりました。ではこれから弟君に会いに行きましょう。
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梓:え…?
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ジャック:ですから、会いに行くのです。梓様の弟君の亨様に。私は数えきれないほどの死者を管理していますから、一つ一つの魂を覚えていることは出来ません。時間はかかってしまいますが…霊界へ行って探した方が効率が宜しいかと。
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梓:…ありがとう。
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ジャック:…ただし、どのような結果になっても後悔しないでくださいね。
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梓:うん…。
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ジャック:…それと、これはあくまで個人的な意見ですが、今の話を聞く限りでは、弟君が梓様に殺されたというのはいささか筋違いに思えます。
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梓:でも…でも私のせいで享が…!私は呼び出された時、断ることも出来たし、先生とか人を呼ぶことも出来た。それをしないで一人であんな所に行ったのは…私。もっと違う行動をとっていれば、享が私を庇うようなことはなかった…!享が私を庇わなければ、今頃享は…!私が殺したようなものよ!
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ジャック:そこまでで。梓様、弟君はあなたが大切だからこそ身を挺してまで庇ったんだと思います。それなのに、助けられた貴女が「私を庇わなければ」なんて言うのは弟君に対して失礼ですよ。
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梓:でも…
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ジャック:貴女は今、罪悪感で押し潰されそうになっていて非常に苦しいのかもしれません。でもかといって弟君がしてくれたことまで否定する必要はないんじゃないですか?…確かにもっと他に方法はあったかもしれない、弟君ももっと違ったやり方で梓様を助けられたかもしれない。霊界でもし会えたなら、助けてもらった感謝の心を忘れずに、その想いを直接伝えてあげればいいのですよ。
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梓:分かった。…ありがとうジャック。
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ジャック:…ありがたき幸せ。梓様、やっと私の名前を呼んでくださいましたね。ようやく信頼に足る人物であると判断して頂けたのでしょうか。
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梓:え?あ…!そういう意味じゃなくて、その…気を悪くしたならごめん。
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ジャック:いいのですよ。むしろ梓様にも警戒心があると確認出来て幸いでした。
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梓:…。
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ジャック:さて、これより霊界の門を開くわけなんですが…、その前に梓様には幾つか約束して頂きたいことがございます。
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梓:約束…?
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ジャック:はい。まずは『決して霊界では真名を名乗らない』こと。
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梓:そういえば、さっきも言ってたよね、そもそもマナって何なの?
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ジャック:真名とは、「真実の名前」という意味です。さっき私が梓様の名前を伺った際、梓様は自分の名前、更には苗字まで答えられましたね。
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梓:うん。まぁ、…名前を聞かれたからね。
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ジャック:これが人間界の日常生活の中であれば全く問題はないのですが、これから向かう先は霊界、人ならざる者がそこかしこに居る世界です。人間界にも悪魔などが人と契約する際に、名前を名乗ったりする例が書物に書かれていると思いますが、どんな物でも名前には強力な力が宿っています。人ならざる者はそれを媒介にして魔法を使うのですが、逆に名前を知られてしまうと、その力を勝手に使われてしまう可能性が出てくるわけです。
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梓:なるほど…だから名前を聞かれた時にジャックは人ならざる者だと分かっているはずの私が真名を名乗って驚いたのね。
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ジャック:そういうわけです。
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梓:そうしたら…霊界では偽名を使わないといけないのかしら?
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ジャック:そうなりますね。生あるものを生きたまま死者の世界に連れて行くのですから。何が起こるか分からない以上、その方が宜しいかと思います。
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梓:分かった。…じゃあ、エリスなんてどうかな?私がネット上で活動する時に使うハンドルネームなんだけど。
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ジャック:問題ありません。普段から使われているのであれば、違和感なく反応できるのでより良いでしょう。では、今この時より私は梓様のことをエリス様、と呼ばせて頂きますね。
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梓:うん、分かった。
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ジャック:では次、『霊界にいる間は私から離れない』。
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梓:元よりそのつもりではいるけど…それは何故?
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ジャック:端的に言うと、私が魔法でエリス様の存在を極限までぼかします。エリス様も余計な面倒ごとに巻き込まれるのはごめんでしょうから。
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梓:確かに…、すんなり帰ってこれるならそれに越したことはないしね。
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ジャック:出来れば効率よく魔法を展開したいので、エリス様が嫌でなければ手を繋いで頂けると助かります。
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梓:霊界にいる間はジャックと手を繋いでいればいいのね、分かった。
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ジャック:ありがとうございます。最後に…『万が一何かあって私とはぐれてしまった場合、絶対にはぐれた場所から動かず、誰とも口をきかず、耳も貸さず待機する』こと。
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梓:迷子になった時と同じ対処なの?
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ジャック:基本中の基本、というやつですよ。何かあってからでは遅いのです。…理解、していただけましたか?
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梓:享に会うためだもんね。…分かった、絶対に守るよ。
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ジャック:では、ご理解頂けたということで、霊界への門を開きます。…準備はいいですか?
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:
0:ジャックが微笑みながら左手を差し出してくる。
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:
梓:うん!行こう!!
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ジャック:では…ハッ!!
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0:ジャックが開いている方の手を前方にかざすと、白く輝く紋章のようなものが浮かび上がった。
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:
梓:これが…霊界の門…?
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ジャック:はい。イメージとは違っていましたか?
:
梓:うん、もっとちゃんとした扉が現れると思ってた。
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ジャック:厳密に言うと、これは門ではありますが、私が有する魔力を開放する門なのです。人ならざる者は必ずこれを持っており、個々で模様や形が違います。分かりやすく言うと、人間達が人ならざる者を召喚する際に描く魔法陣がこれに当たりますね。また、より高位の存在になるにつれて、模様や形がより複雑になるんですよ。
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梓:へぇ…。人間に個性があるみたいに、これも個々で模様や形が違うんだ…。
:
ジャック:はい、その通りです。
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梓:…ってことはやっぱり、ジャックはかなり高位の存在なんだね。いろいろな図形が重なったりしててメッチャ複雑だもん。
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ジャック:お恥ずかしながら…。では、足元に気を付けて…行きますよ?…せーのっ!!
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0:梓がジャックと共に門へ飛び込むと、門をくぐった瞬間に身体がふわりと浮き上がるような不思議な感覚を覚えた。
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ジャック:エリス様。ここが私の管理する世界、霊界でございます。
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梓:(私達が降り立ったのは、小高い丘のようなところで、すぐ近くには小さな湖と数本の枯れ木があり、それらを取り囲むかのように背の高い雑草がうっそうと茂っている。全体的に薄暗く、今にも雨が降り出しそうな空は、どことなく物悲しさが感じられ、まるで罪悪感という分厚い雲がかかった灰色の自分の心を映し出しているかのように感じた。)
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梓:ここが、霊界…。
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ジャック:はい、何もない寂れた所ではありますが。…ちなみにここは霊界の端に当たり、これから私達が向かう中央部の役所までおおよそ20分程度かかります。
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梓:役所?霊界にも役所があるの?
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ジャック:はい、死者の情報をまとめる機関がなければ流石に私の仕事が回らなくなってしまいますからね。これまでに亡くなった者達の生前の氏名、死後の氏名…つまり戒名ですね、死亡年月日、死亡原因、現在の魂の状態等々…結構事細かに記載されていますよ。
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梓:そっか、確かにそこに行ったら亨のことが分かるかも…。
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ジャック:では行きましょうか。(ジャック、梓に向って両手を差し出す)
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梓:???えぇと…両手を繋ぐ必要があるのかな?
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ジャック:いいえ、急ぎますので抱えさせていただこうかと。
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梓:抱えるってまさか…お姫様抱っこのことじゃ…?
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ジャック:あぁ、人間界ではそのように言うのでしたね。
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梓:むっ…無理無理無理無理!私重いから!!それに歩けるのに、お姫様抱っことか不要じゃん!!
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ジャック:おや、言ってませんでしたか?中央部の役所まで「飛んでいくのに」おおよそ20分程度かかります。
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梓:と…飛ん…?!
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ジャック:はい、飛びます。(ニッコリ)
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梓:え、えええ?!
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ジャック:エリス様、時間が惜しいので…ご無礼をお許しください。
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梓:え、ちょっ…わああああ!!
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ジャック:しっかり掴まっててくださいね。
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梓:こ…ここここれ落ちないよね??
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ジャック:エリス様がちゃんと掴まっていてくれれば落ちることはありませんよ。
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梓:~っ!!(ジャックに掴まりながらも目を固く閉じている)
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ジャック:…。エリス様、もしかして高い所が苦手ですか?
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梓:…。(コクリ)
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ジャック:あぁ…それは大変申し訳ないことを…すぐに降りられそうな場所を探して―
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梓:だ、大丈夫!大丈夫だから!!
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ジャック:でも…。
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梓:飛んでいくのが一番早いんでしょ?なら頑張るから、降ろさなくていいよ!
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ジャック:…かしこまりました。
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梓:…ぅぅ。
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ジャック:…ではエリス様。僭越ながら移動中に『ハロウィンの奇跡』についてお話してもよろしいでしょうか?
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梓:え、えぇ…ぜひお願いするわ。
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ジャック:『ハロウィンの奇跡』についてお話しするにあたり、まずはハロウィンについて知る必要がありますね。ハロウィンはもともと古代ケルト人の秋の収穫祭が起源でした。10月31日は古代ケルト人達にとってちょうど秋の終わりであり、その年の秋の収穫を祝い、代わりに悪霊や人ならざる者を追い出していたようです。
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梓:あ、それなんか聞いたことあるかも。
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ジャック:また、一説では日本でいうところのお盆のような行事でもあったらしく、先祖の霊が現世に還る際、悪霊や人ならざる者達が紛れ込んでしまう事が多かったそうです。それらから自分の身を守るため、仮面などで仮装していた、というお話もあります。
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梓:へぇ…そっちは知らなかったなぁ…。
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ジャック:で、これは私の私見ですが…私は後者の方が正しいのではないかと考えているんです。
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梓:後者…元々は日本のお盆みたいな行事だった、ってこと?
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ジャック:はい。…『ハロウィンの奇跡』について知っていたエリス様なら10月が和名で何と呼ばれているかご存じですよね?
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梓:『神無月』でしょ?10月は出雲大社で神様の会議があって、神様がその土地を留守にするからこう呼ばれているって聞いたけど。
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ジャック:その通り。逆に会議が行われる出雲には多くの神々が集まってくるので10月のことを『神在月』と言ったりすることもあるようです。これを正と仮定した上で先ほどの話に戻りましょう。10月は神が土地を留守にするため、加護が薄れます。その隙をついて人ならざる者―まぁ…低位の者がほとんどではありますが、異界から人間界へ紛れ込んでいたのです。
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梓:そうやって紛れ込む人ならざる者って、何が目的なの?
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ジャック:人間が持つ力です。さっき向こうでもお話ししましたが、人間でも有している力は名前に宿る力。真名を聞き出すことによりそれを得ようとするのが低位の者たちの基本的なやり方ですね。また、それ以外に血や魂そのものを狙おうとする個体も稀にいます。血は我々人ならざる者にとってはご馳走ですし、魂は魔法を使う上で媒介にされることもありますから。
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梓:ふぅん…。じゃあ、やっぱり危ない存在なんだね。
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ジャック:はい。まぁ、そういった輩があまりに多かったため、一時世界のバランスを崩されかけたことがありまして。それからというもの、簡単に人ならざる者が紛れ込めないよう、それぞれの門に番人を配置し、個々で管理することとしたのです。
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梓:それが今の体制になったきっかけか…。
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ジャック:はい。しかし、そうやって管理していても何処かに綻びが生じてしまいます。…今度は必要な分だけ魂が集められなくなってしまったんです。
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梓:あ、そっか!今までは足りない分人間界に忍び込んで調達すれば帳尻を合わせることが出来たけど、管理が厳しくなった以上、それが出来なくなっちゃったのね。
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ジャック:左様でございます。そこで、我らの統治者は神の加護が弱まる神無月の最後の夜、異界の門の番人に限り、人間と直接契約できる権利を与えて下さったのです。我ら高位の人ならざる者であれば、世間一般で不可能と言われるような内容でも、ある程度の願いは叶えられますから、その願いを叶えた暁にはそれと同等の血液、依頼内容によっては魂を頂く契約が成立するのです。
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梓:ふぅん…じゃあ、もし私が『亨を生き返らせてほしい』って願いのまま変わらなければ、ジャックには結果的に私の魂を渡すことになるのね。
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ジャック:…ご理解が早くて助かります。そろそろ役所のあたりに着きそうですね。話に夢中になっていたからか、私が思っていたよりも早く着くことが出来ました。
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梓:えっ?もう?
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ジャック:では、エリス様しっかり掴まっていて下さいね。
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0:ジャック、1度だけ旋回すると、ほとんど砂塵を巻き上げずに役所の屋上に着地した。
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:
ジャック:…到着です。エリス様、お加減はいかがですか?
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梓:んー…ジャックが『ハロウィンの奇跡』について話してくれたおかげかな?気持ち悪くなったりしてないし、全然大丈夫だよ。
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ジャック:フフ…左様ですか。
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梓:…でも、さ。この建物メチャクチャ大きいんだけど…この中から二人だけで亨の情報探すのってかなりキツくないかな?
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ジャック:…本来ならそうなのですが、エリス様から弟君の話を聞いた限りでは恐らく…保管場所は限られてくると思いますよ。
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梓:え?そう…なの?
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ジャック:はい。ただ…それが吉と出るか凶と出るか…。
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梓:分かった。じゃあ…とりあえず案内してもらっていいかな?
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ジャック:かしこまりました。
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:
0:重くて大きい樫の扉を開けると、回廊のような螺旋階段があり、二人はひたすら階段を下りていく。
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:
ジャック:今私達が行こうとしているのは、この階段の一番下にある部屋です。かなり道のりは長いですが、頑張りましょう。
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梓:えっと…この階段、底が見えないけど…全部で何段あるの?
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ジャック:聞かない方が良いと思いますよ、考えない方が楽なこともありますから。
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梓:うん…とりあえず数えきれないくらいあるってことだけは分かった。
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ジャック:すみません…役所内は不正を防止する目的で一切魔法を使用することができないんです。
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梓:仕方ないよ、死者の情報だって十分個人情報だもんね。
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ジャック:はい、なので当然私がエリス様にかけていた存在をぼかす魔法も打ち消されております。これからは十分気を付けて下さいね。
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梓:うん…分かった。
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0:それ以降、ジャックは無言のまま階段を下りていく。梓が横目で様子を伺うとその横顔は何かを決めかねているようだった。
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梓:つ…着い、たぁ…。
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ジャック:お疲れ様でした。
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梓:こ…こんなに長いと思ってなかった…本当に段数聞かなくてよかった…。
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ジャック:さて、目的の部屋はこちらですが…。その前にエリス様、私が霊界に来ることを提案した際に言ったことを覚えていますか?
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梓:提案した時…?確か…どんな結果になっても後悔しないように、だっけ。
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ジャック:その通りでございます。…私が何故、このようなことを口にしたかと言うと、それは―エリス様の弟君の情報がこの部屋に格納されているのではないかと思い至ったからです。
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梓:?この部屋に情報があったら…何か問題でもあるの?
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ジャック:生きとし生けるものは大半が輪廻転生を果たし、新たな世に生を受けて精一杯生き抜き、一生を終えてここ、霊界に戻ってきます。この部屋は『辞退者の間』と言われていて、そのサイクルから外れたいと願った者達の情報が格納されているのです。
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梓:え…、ってことはまさか…。
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ジャック:その者の希望が受理されてしまえば、その魂は輪廻転生を外れ、そして―消滅します。
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梓:…。
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ジャック:エリス様、私は貴女にかなり酷なことを突き付けているという自覚があります。しかしながら、このままだと貴女は弟君の死に囚われてこの先一生前に踏み出すことが出来なくなってしまうでしょう。…覚悟を、決めて下さい。
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:
0:少し長めに間を取る。
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梓:…分かった。ジャックにここまでしてもらったんだもん、どんな結果でも受け入れるよ。
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ジャック:ありがとうございます。…では、入りましょうか。
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:
0:ジャックが扉を開けると、天井まで届くくらい大きな本棚に様々な色のハードカバーの本がビッチリと格納されていた。
:
:
梓:これ…もしかしてこの本一つ一つが死者の情報なの?
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ジャック:はい。情報…と言いますか、メインは死者の一生をまとめた年表なんですよ。背表紙に書かれているのが戒名と生前使われていた名前です。
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梓:そうなんだ…。じゃあ、関係ない人の本は開かない方が良いね。
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ジャック:ご配慮ありがとうございます。そうして頂けるとこちらとしても助かります。
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梓:でもこれだけ大量にあったら、目当ての情報を探そうにもどこから手を付けたらいいのか…。
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ジャック:この部屋の情報は戒名順に並べられているので、戒名を覚えていればそこから探すことが可能です。
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梓:戒名は流石に覚えてないな…どんな漢字を使ったかってことくらいしか…。
:
ジャック:そうですよね。まぁ、背表紙には生前の氏名も記載されているので、一つ一つ見ていく他ないでしょう。
:
梓:そうだね、悩んでいても仕方ない。私はこっちの棚から見ていくから、ジャックはそっちの方からお願い。
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ジャック:かしこまりました。
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0:一つ一つ背表紙を確認して棚を見て回る二人。しばらくの後、梓はふとある棚が気になり手を止める。
:
:
梓:…ん?
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梓:(何だろう…そんなはずないのに、誰かから呼ばれてるような感覚が…。)
:
ジャック:エリス様…?
:
梓:ねぇ、ジャック。この棚の7段目見てもらえないかな?私だと高すぎて…。
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ジャック:少々お待ちを…。―!!ありました!弟君の情報!!
:
梓:ほ、本当?!
:
ジャック:はい。―これで間違いありませんか?
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梓:…!!えぇ、亨の情報だわ。
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0:梓が恐る恐る本を開くと、最初のページに死者の基本情報をまとめたページが表れた。
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:
ジャック:『弓削亨…享年18歳。現在の魂の状態は…』
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梓:…『転生希望せず。受理済』…。
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ジャック:…やはりそうでしたか。
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梓:ジャック…ってことは亨は…とおるのたましいは、もう…!
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ジャック:…。
:
:
0:梓、本を床に落とし、声を殺して泣く。
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:
ジャック:エリス様…。
:
ジャック:…!エリス様、エリス様これを見て下さい!!
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梓:…え。
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ジャック:エリス様が本を落とした時に飛び出したようです。
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梓:手紙…?
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ジャック:輪廻転生から外れて消滅を選んだ魂に何かしらの未練がある場合、その想いがこのように手紙の形をとって残ることがあるんです。
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梓:…ごめん、ジャック。読んでもらってもいいかな?涙で視界がぼやけて読めそうにないから…。
:
ジャック:…かしこまりました。では、僭越ながら読み上げさせて頂きます。
:
ジャック:『姉ちゃんへ、
ジャック:俺がこの世界に来た時…周りに誰もいなくて俺一人だったから、姉ちゃんは多分まだ生きているんだと思う。その考えに至った時、姉ちゃんを助けられて良かったと思う気持ちと、姉ちゃんは自分で自分を追い詰める節があるから、俺の死体を見て壊れちゃってないか心配な気持ちが半分ずつ生まれて、すごく複雑な気分になったよ。
ジャック:俺はいつも姉ちゃんに守ってもらってばかりで、姉ちゃんが俺を庇って心と身体に傷が残っていくたびに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。だから…いつか姉ちゃんをしっかり守れるような人間になりたいと思っていたからこそ、あの日姉ちゃんを守れて嬉しかったんだよ。
ジャック:思うところはあるだろうけど、これは俺の気持ちだからそれだけは分かってほしい。欲を言えば、姉ちゃんみたいにカッコ良く守ってあげたかったんだけどね。俺にはそこまでの運動神経がなかったみたいだ。
ジャック:俺が死んでしばらくしたら、輪廻転生の希望調査が来た。それで自分の一生を振り返ってみたら、俺自身イジメられてすごく辛かったけど、自分の大切な人達が傷付けられるのを黙って見ることしかできないのが圧倒的に辛かったのに気付いたんだ。
ジャック:このまま輪廻転生してもそういった世界しか望めないなら、俺は消滅を選ぶよ。…姉ちゃんがこのことを知ったら烈火のごとく怒りそうだけど。
ジャック:俺はもうすぐ消滅すると思う。…でも、姉ちゃんには根性なしの俺の分まで精一杯生き抜いてほしい。片割れの単なる我が儘になっちゃうけど…どうか、叶えてくれよ。―それが俺の最後の願いであり、希望なんだから。』
ジャック:…以上です。
:
梓:亨…。庇ってくれてありがとう…!死なせてしまってごめん…!私、頑張って亨の分まで生きるから…だから…!!
:
ジャック:…エリス様、元の世界へ帰りましょう。そろそろ戻らなければハロウィンの夜が終わってしまいます。
:
梓:…うん。
:
ジャック:さぁ。
:
梓:…バイバイ、亨―。
:
:
0:二人、人間界に戻ってくる。
:
:
ジャック:梓様、お疲れ様でした。
:
梓:うん…無事戻って来れて、良かった。
:
ジャック:はい、私も安心しております。
:
梓:…ジャックも、ありがとう。私と契約してくれて、私と亨のために色々と行動してくれて…嬉しかった。
:
ジャック:いえいえ。契約をしたから、と言ってしまえばそれまでですが、それ以上に私がして差し上げたかったんです。
:
梓:ジャックは自分を死神だって言ってたけど、契約主の私からしてみれば騎士みたいでとても頼もしかったよ。本当にありがとう。
:
ジャック:そのような言葉を頂けるとは…!誠に光栄でございます。
:
梓:いちいち大袈裟なんだから。
:
ジャック:いえ、決してそのようなことはありません。何事も過不足なく、が原則ですので。
:
梓:…そっか。
:
ジャック:名残惜しいですが、そろそろ日付が変わってしまいますね。
:
梓:うん、そうだね。私も早く対価を渡さないと。
:
ジャック:梓様の願いに見合う対価についてですが…本来梓様の願いであった『弟君を蘇生させること』は叶いませんでしたし、結果的に生ある者を霊界に連れ込んでしまいました。しかし、弟君の本心をお伝えすることが出来たこと、また霊界の重要な情報を梓様に提供したことを考慮して、これらに見合う量の血液を対価として頂きます。―よろしいですね?
:
梓:…えぇ。
:
ジャック:…聞かないんですか?
:
梓:何が?
:
ジャック:対価として渡す血液の量です。致死量かもしれないじゃないですか。
:
梓:聞かないわ。だって―
:
:
:
梓:(翌日、私は高台の展望広場で倒れているところを、ジョギングで通りがかった女性に発見され、保護された。診察の結果、私が倒れた原因は重度の貧血で、一度にたくさんの血液を輸血したりするとこのような状態になるらしい。あとは11月に入ったこともあり、寒さで両手足は完全に霜焼けになってしまったけど、その程度で済んだ。一方両親はというと、私が帰宅しなかったこともあって、なんと警察に捜索願を出していた。搬送された病院でも何か事件に巻き込まれたんじゃないかって物凄く心配してたけど、血液を抜き取ったような注射の跡もなかったので、結局事件性はなく、重度の貧血による失神として処理され、私は元の生活を送ることとなった。)
:
:
0:退院後、梓は再び高台の展望広場に足を運び、眼下に広がる街の景色に目をやる。
:
:
梓:…血液の量を聞かなかった理由、か。
:
梓:そんなの…貴方が『魂』じゃなく『血液』って言ったからだよ、ジャック騎士(ナイト)。
:【タイトル】
: Halloween Knight(ハロウィン ナイト)
:
:
:【登場人物】
:
梓:弓削梓。都市伝説『ハロウィンの奇跡』の噂を耳にして以来、3年間もジャックを探し続けている女子大生。
梓:陰口やいじめが大嫌いで、自分に不利な状況でも正々堂々と立ち向かっていくタイプ。
梓:割と肝が据わっている。
梓:しかし、彼女は何か抱えているようで…。
梓:名前の読みは「ユゲアズサ」。
:
ジャック:ジャック・ナイト。年に一度、ハロウィンの夜だけ高台の展望広場に現れる背の高い初老の男性。
ジャック:彼が霊界の門の番人であり、別名「死神」である。
ジャック:物腰は柔らかく、紳士だがその実起こると怖い。
ジャック:人ならざる者の中でもかなり高位の存在で、基本的に魔法で彼にできないことはない。
ジャック:梓と出会い、番人の契約を結ぶ。
:
:
:
:
:
:【本編】
:
梓:(私が住む街には『ハロウィンの奇跡』というハロウィンと関連のある都市伝説が伝わっていた。『神が留守にする月の最後の日、仮装をして町一番の高台に現れる背高ノッポの男にある言葉を伝えると、1度だけどんな不可能な願いでも、たちまち叶えてくれる―。』私はある目的のために、その男を3年以上も探し続けていた。)
:
:
0:梓は息を切らしながら走って坂を上っていく。街を見下ろせる展望広場に辿り着くと、中央にオレンジ色のカボチャの被り物を身に着けた背の高い初老と思しき男性が立っていた。
:
:
梓:(息を切らしながら)『トリック…オア、トリート…!』
:
ジャック:…おや?こんばんは、黒いマントと帽子が素敵なお嬢さん。君はどんなお菓子をお望みだい?クッキー、キャンディ、チョコレート…何でもあるよ。今日はハロウィンだからね。
:
梓:『…お菓子なんていらない。』
:
ジャック:はて?おかしいな…今さっき君は「トリックオアトリート」と言っていたはずなんだが…。(微笑みながら)となるとあれかい?お菓子はいらないから、この老いぼれに悪戯がしたいと、そういう事かい?あまり過激な悪戯はご遠慮願いたいところなんだがね。
:
梓:―『異界を繋ぐ門の番人よ、我の願いを聞き入れ叶えたまえ。』
:
ジャック:どこでそれを…!―君!これを知っているということは、それに伴う対価についても分かっているはずだ!本気なのか?
:
:
0:梓は無言のままコクリと頷く。
:
:
ジャック:そうか…そこまでの覚悟があるならば、私は何も言わない。(可能なら声色を変えて)『―我、汝と契約す。』
:
梓:や、やった…。やった…!私とうとう、門の番人と契約できたのね…!!
:
ジャック:お嬢さん…いや、もはや貴女は私の雇い主。このような呼び方はふさわしくないですね。―ご主人、お名前は?
:
梓:あ…梓よ、弓削梓。
:
ジャック:…まさか真名(まな)を晒すとは…。私が言うのもなんですが、こういった相手に真名を晒すのは非常に不用心ですよ。
:
梓:…どういう事?
:
ジャック:では、梓様。まずは私の自己紹介から。私の名はジャック・ナイト、気軽にジャックとお呼びください。梓様もお察しの通り、異界の門の番人をしております。…それと、わたくし人間界ではこうも呼ばれていまして―またの名を『死神』と。
:
梓:え?死神?
:
ジャック:はい、死神です。
:
梓:いや…いやいやいや!死神が門番やってるの?普通は使い魔とか、そのために人員割くでしょ!え?人手不足なの?
:
ジャック:我ら、人ならざる者にはそれぞれの領分というものが存在し、それらを個々で管理しております。私の場合は『人間達の死』を管理する役目を仕っており、管理する門も『霊界』―つまりはあの世に繋がる門になりますので、何らおかしなことではありません。
:
梓:そう、なんだ…。
:
ジャック:この分だと、伝承どころか『番人の契約』に必要な対価についてもご存じなのか怪しいところですね…。
:
梓:伝承って、『ハロウィンの奇跡』のこと?
:
ジャック:恐らくは。…梓様、その『ハロウィンの奇跡』について見聞きした内容を教えてもらえますか?
:
梓:え、うん…『神が留守にする月の最後の日、仮装をして町一番の高台に現れる背高ノッポの男にある言葉を伝えると、1度だけどんな不可能な願いでも、たちまち叶えてくれる―。』
:
ジャック:はい、ストップ。やはりそこからですか…。
:
梓:どういう事?
:
ジャック:その『ハロウィンの奇跡』は実際の話と大分違った内容で伝わっているようです。正しくは、『神無月の最後の夜、仮装をして町一番の高台に行くと門の番人と一度だけ契約を交わすことが出来る。契約主はどんな願いも叶えてもらえる代わりに対価として見合う分の血を捧げなくてはならない。』です。
:
梓:血?血液なら全然問題ないけど。私よく献血とかしてるし。
:
ジャック:…梓様、問題なのは『対価として見合う分の血』です。恐らく門番の中でも高位の私と契約できたのは、願いの内容が私の管理する内容に近かったということもありそうですが、一番は梓様の願いがかなり強かったためでしょう。ここから考えて、どれだけ少なく見積もったとしても、梓様の願いを完璧に叶えた暁には、体内に流れる血液全てを対価として頂くことになると思いますよ。
:
梓:え…、血液全てって…。
:
ジャック:余裕で致死量超えてるので、間違いなく死にますね。失血死です。
:
梓:…。
:
ジャック:だから契約前に確認したんですが…詰めが甘かったようです。
:
梓:…構わない。私が死んで、私の命1つで願いを叶えてもらえるならそれで―!
:
ジャック:落ち着いてください。まだ梓様が死ぬと決まったわけではありません。
:
梓:そうなの?
:
ジャック:『対価として見合う分の血を捧げる』…つまりは私がどれだけ梓様の願いを叶えたかによって対価が変わってくるんです。梓様にも分かるように言うなら、出来高払いってことですよ。
:
梓:そう…。でも私が生き続けるためには、願いの内容を変える必要があるのよね?
:
ジャック:まぁ…そういうことになりますね。
:
梓:だとしたら変えないわ。
:
ジャック:…願いについてお聞きしても?
:
梓:私の…双子の弟を生き返らせて欲しいの。5年前に私が殺してしまった、弓削亨(ユゲトオル)を。
:
ジャック:なるほど、それはなかなかの大仕事になりますね。だから対価も命なわけですか。
:
梓:ええ。
:
ジャック:何故弟君を生き返らせたいのか、事の詳細をお聞きしても?
:
梓:私と亨は、普通に仲が良いどこにでもいるような姉弟だった。亨は引っ込み思案であまり積極的に前に出るようなタイプじゃなかったから、クラスメイトや先輩、周りの人達にかわれたり、イジメの標的にされることが多かったの。その度に私が相手を返り討ちにしてやったんだけど―。
:
ジャック:梓様が…ですか?とてもそんな風には見えませんが。
:
梓:フフ…女は怒らせると怖いのよ?
:
ジャック:…肝に銘じておきます。
:
梓:でもまぁ…相手によっては簡単に返り討ちにできなくてさ。たまに怪我したりしてたんだけど、それが亨には辛かったみたいで。ずっと一人で悩んでいたみたいなの。
:
ジャック:なるほど。私も男ですので…弟君の気持ち、痛いほど分かります。
:
梓:それで、5年前のある日。私は亨をイジメてた主犯格の奴に呼び出されて、放課後に会いに行ったの。…いい加減こっちも決着つけたかったから。呼び出されたのは学校の非常階段の踊り場で普段は立ち入り禁止になってるんだけど…
:
ジャック:まさか、一人でですか?これまでのことを聞いていると向こうは一人ではなかったでしょう?
:
梓:まぁ…そんなことだろうと思ってはいたんだけど、真っ向勝負が私のモットーだから。…で、結局相手は集団で来てて、最初のうちは良かったんだけど、やっぱり相手の方が人数多いから徐々にキツくなってきちゃって。
:
ジャック:それはそうでしょう。女性一人を大勢で囲んでいるんですから…。
:
梓:注意力が散漫になってたのもあったと思う。相手が殴り掛かってきたのを避けようとしたら踊り場の端から足を滑らせちゃったの。
:
ジャック:…。
:
梓:落ちてる間にね(あー、これヤバいかもな…。下手したら怪我で済まないかも…。)ってボンヤリ考えてたら、亨の声が聞こえて…。次の瞬間、私は踊り場に倒れてたの。
:
ジャック:…庇ったんですか。
:
梓:そう。亨はたまたま階段から落ちそうになってる私を見つけて、すごい勢いで駆けつけるなり、思い切り引っ張ったの。おかげで私は階段から落ちずに済んだ。衝撃で階段の手すりにぶつかったけど、その程度で済んだの。そのすぐ後にドンって音がして下を見たら、亨の首がありえない方向に曲がってて…私の代わりに…亨が、とおるが…しんじゃった…。
:
ジャック:大方の事情は分かりました。…辛かったですね。
:
梓:私は…引っ込み思案でも植物や動物に優しい亨が好きだった。だから亨を守りたくて…イジメをやめるように言おうとして…一人で会いに行ったのに…亨が死んじゃったら意味がないのに…!
:
ジャック:…分かりました。ではこれから弟君に会いに行きましょう。
:
梓:え…?
:
ジャック:ですから、会いに行くのです。梓様の弟君の亨様に。私は数えきれないほどの死者を管理していますから、一つ一つの魂を覚えていることは出来ません。時間はかかってしまいますが…霊界へ行って探した方が効率が宜しいかと。
:
梓:…ありがとう。
:
ジャック:…ただし、どのような結果になっても後悔しないでくださいね。
:
梓:うん…。
:
ジャック:…それと、これはあくまで個人的な意見ですが、今の話を聞く限りでは、弟君が梓様に殺されたというのはいささか筋違いに思えます。
:
梓:でも…でも私のせいで享が…!私は呼び出された時、断ることも出来たし、先生とか人を呼ぶことも出来た。それをしないで一人であんな所に行ったのは…私。もっと違う行動をとっていれば、享が私を庇うようなことはなかった…!享が私を庇わなければ、今頃享は…!私が殺したようなものよ!
:
ジャック:そこまでで。梓様、弟君はあなたが大切だからこそ身を挺してまで庇ったんだと思います。それなのに、助けられた貴女が「私を庇わなければ」なんて言うのは弟君に対して失礼ですよ。
:
梓:でも…
:
ジャック:貴女は今、罪悪感で押し潰されそうになっていて非常に苦しいのかもしれません。でもかといって弟君がしてくれたことまで否定する必要はないんじゃないですか?…確かにもっと他に方法はあったかもしれない、弟君ももっと違ったやり方で梓様を助けられたかもしれない。霊界でもし会えたなら、助けてもらった感謝の心を忘れずに、その想いを直接伝えてあげればいいのですよ。
:
梓:分かった。…ありがとうジャック。
:
ジャック:…ありがたき幸せ。梓様、やっと私の名前を呼んでくださいましたね。ようやく信頼に足る人物であると判断して頂けたのでしょうか。
:
梓:え?あ…!そういう意味じゃなくて、その…気を悪くしたならごめん。
:
ジャック:いいのですよ。むしろ梓様にも警戒心があると確認出来て幸いでした。
:
梓:…。
:
ジャック:さて、これより霊界の門を開くわけなんですが…、その前に梓様には幾つか約束して頂きたいことがございます。
:
梓:約束…?
:
ジャック:はい。まずは『決して霊界では真名を名乗らない』こと。
:
梓:そういえば、さっきも言ってたよね、そもそもマナって何なの?
:
ジャック:真名とは、「真実の名前」という意味です。さっき私が梓様の名前を伺った際、梓様は自分の名前、更には苗字まで答えられましたね。
:
梓:うん。まぁ、…名前を聞かれたからね。
:
ジャック:これが人間界の日常生活の中であれば全く問題はないのですが、これから向かう先は霊界、人ならざる者がそこかしこに居る世界です。人間界にも悪魔などが人と契約する際に、名前を名乗ったりする例が書物に書かれていると思いますが、どんな物でも名前には強力な力が宿っています。人ならざる者はそれを媒介にして魔法を使うのですが、逆に名前を知られてしまうと、その力を勝手に使われてしまう可能性が出てくるわけです。
:
梓:なるほど…だから名前を聞かれた時にジャックは人ならざる者だと分かっているはずの私が真名を名乗って驚いたのね。
:
ジャック:そういうわけです。
:
梓:そうしたら…霊界では偽名を使わないといけないのかしら?
:
ジャック:そうなりますね。生あるものを生きたまま死者の世界に連れて行くのですから。何が起こるか分からない以上、その方が宜しいかと思います。
:
梓:分かった。…じゃあ、エリスなんてどうかな?私がネット上で活動する時に使うハンドルネームなんだけど。
:
ジャック:問題ありません。普段から使われているのであれば、違和感なく反応できるのでより良いでしょう。では、今この時より私は梓様のことをエリス様、と呼ばせて頂きますね。
:
梓:うん、分かった。
:
ジャック:では次、『霊界にいる間は私から離れない』。
:
梓:元よりそのつもりではいるけど…それは何故?
:
ジャック:端的に言うと、私が魔法でエリス様の存在を極限までぼかします。エリス様も余計な面倒ごとに巻き込まれるのはごめんでしょうから。
:
梓:確かに…、すんなり帰ってこれるならそれに越したことはないしね。
:
ジャック:出来れば効率よく魔法を展開したいので、エリス様が嫌でなければ手を繋いで頂けると助かります。
:
梓:霊界にいる間はジャックと手を繋いでいればいいのね、分かった。
:
ジャック:ありがとうございます。最後に…『万が一何かあって私とはぐれてしまった場合、絶対にはぐれた場所から動かず、誰とも口をきかず、耳も貸さず待機する』こと。
:
梓:迷子になった時と同じ対処なの?
:
ジャック:基本中の基本、というやつですよ。何かあってからでは遅いのです。…理解、していただけましたか?
:
梓:享に会うためだもんね。…分かった、絶対に守るよ。
:
ジャック:では、ご理解頂けたということで、霊界への門を開きます。…準備はいいですか?
:
:
0:ジャックが微笑みながら左手を差し出してくる。
:
:
梓:うん!行こう!!
:
ジャック:では…ハッ!!
:
:
0:ジャックが開いている方の手を前方にかざすと、白く輝く紋章のようなものが浮かび上がった。
:
:
梓:これが…霊界の門…?
:
ジャック:はい。イメージとは違っていましたか?
:
梓:うん、もっとちゃんとした扉が現れると思ってた。
:
ジャック:厳密に言うと、これは門ではありますが、私が有する魔力を開放する門なのです。人ならざる者は必ずこれを持っており、個々で模様や形が違います。分かりやすく言うと、人間達が人ならざる者を召喚する際に描く魔法陣がこれに当たりますね。また、より高位の存在になるにつれて、模様や形がより複雑になるんですよ。
:
梓:へぇ…。人間に個性があるみたいに、これも個々で模様や形が違うんだ…。
:
ジャック:はい、その通りです。
:
梓:…ってことはやっぱり、ジャックはかなり高位の存在なんだね。いろいろな図形が重なったりしててメッチャ複雑だもん。
:
ジャック:お恥ずかしながら…。では、足元に気を付けて…行きますよ?…せーのっ!!
:
:
0:梓がジャックと共に門へ飛び込むと、門をくぐった瞬間に身体がふわりと浮き上がるような不思議な感覚を覚えた。
:
:
ジャック:エリス様。ここが私の管理する世界、霊界でございます。
:
梓:(私達が降り立ったのは、小高い丘のようなところで、すぐ近くには小さな湖と数本の枯れ木があり、それらを取り囲むかのように背の高い雑草がうっそうと茂っている。全体的に薄暗く、今にも雨が降り出しそうな空は、どことなく物悲しさが感じられ、まるで罪悪感という分厚い雲がかかった灰色の自分の心を映し出しているかのように感じた。)
:
梓:ここが、霊界…。
:
ジャック:はい、何もない寂れた所ではありますが。…ちなみにここは霊界の端に当たり、これから私達が向かう中央部の役所までおおよそ20分程度かかります。
:
梓:役所?霊界にも役所があるの?
:
ジャック:はい、死者の情報をまとめる機関がなければ流石に私の仕事が回らなくなってしまいますからね。これまでに亡くなった者達の生前の氏名、死後の氏名…つまり戒名ですね、死亡年月日、死亡原因、現在の魂の状態等々…結構事細かに記載されていますよ。
:
梓:そっか、確かにそこに行ったら亨のことが分かるかも…。
:
ジャック:では行きましょうか。(ジャック、梓に向って両手を差し出す)
:
梓:???えぇと…両手を繋ぐ必要があるのかな?
:
ジャック:いいえ、急ぎますので抱えさせていただこうかと。
:
梓:抱えるってまさか…お姫様抱っこのことじゃ…?
:
ジャック:あぁ、人間界ではそのように言うのでしたね。
:
梓:むっ…無理無理無理無理!私重いから!!それに歩けるのに、お姫様抱っことか不要じゃん!!
:
ジャック:おや、言ってませんでしたか?中央部の役所まで「飛んでいくのに」おおよそ20分程度かかります。
:
梓:と…飛ん…?!
:
ジャック:はい、飛びます。(ニッコリ)
:
梓:え、えええ?!
:
ジャック:エリス様、時間が惜しいので…ご無礼をお許しください。
:
梓:え、ちょっ…わああああ!!
:
ジャック:しっかり掴まっててくださいね。
:
梓:こ…ここここれ落ちないよね??
:
ジャック:エリス様がちゃんと掴まっていてくれれば落ちることはありませんよ。
:
梓:~っ!!(ジャックに掴まりながらも目を固く閉じている)
:
ジャック:…。エリス様、もしかして高い所が苦手ですか?
:
梓:…。(コクリ)
:
ジャック:あぁ…それは大変申し訳ないことを…すぐに降りられそうな場所を探して―
:
梓:だ、大丈夫!大丈夫だから!!
:
ジャック:でも…。
:
梓:飛んでいくのが一番早いんでしょ?なら頑張るから、降ろさなくていいよ!
:
ジャック:…かしこまりました。
:
梓:…ぅぅ。
:
ジャック:…ではエリス様。僭越ながら移動中に『ハロウィンの奇跡』についてお話してもよろしいでしょうか?
:
梓:え、えぇ…ぜひお願いするわ。
:
ジャック:『ハロウィンの奇跡』についてお話しするにあたり、まずはハロウィンについて知る必要がありますね。ハロウィンはもともと古代ケルト人の秋の収穫祭が起源でした。10月31日は古代ケルト人達にとってちょうど秋の終わりであり、その年の秋の収穫を祝い、代わりに悪霊や人ならざる者を追い出していたようです。
:
梓:あ、それなんか聞いたことあるかも。
:
ジャック:また、一説では日本でいうところのお盆のような行事でもあったらしく、先祖の霊が現世に還る際、悪霊や人ならざる者達が紛れ込んでしまう事が多かったそうです。それらから自分の身を守るため、仮面などで仮装していた、というお話もあります。
:
梓:へぇ…そっちは知らなかったなぁ…。
:
ジャック:で、これは私の私見ですが…私は後者の方が正しいのではないかと考えているんです。
:
梓:後者…元々は日本のお盆みたいな行事だった、ってこと?
:
ジャック:はい。…『ハロウィンの奇跡』について知っていたエリス様なら10月が和名で何と呼ばれているかご存じですよね?
:
梓:『神無月』でしょ?10月は出雲大社で神様の会議があって、神様がその土地を留守にするからこう呼ばれているって聞いたけど。
:
ジャック:その通り。逆に会議が行われる出雲には多くの神々が集まってくるので10月のことを『神在月』と言ったりすることもあるようです。これを正と仮定した上で先ほどの話に戻りましょう。10月は神が土地を留守にするため、加護が薄れます。その隙をついて人ならざる者―まぁ…低位の者がほとんどではありますが、異界から人間界へ紛れ込んでいたのです。
:
梓:そうやって紛れ込む人ならざる者って、何が目的なの?
:
ジャック:人間が持つ力です。さっき向こうでもお話ししましたが、人間でも有している力は名前に宿る力。真名を聞き出すことによりそれを得ようとするのが低位の者たちの基本的なやり方ですね。また、それ以外に血や魂そのものを狙おうとする個体も稀にいます。血は我々人ならざる者にとってはご馳走ですし、魂は魔法を使う上で媒介にされることもありますから。
:
梓:ふぅん…。じゃあ、やっぱり危ない存在なんだね。
:
ジャック:はい。まぁ、そういった輩があまりに多かったため、一時世界のバランスを崩されかけたことがありまして。それからというもの、簡単に人ならざる者が紛れ込めないよう、それぞれの門に番人を配置し、個々で管理することとしたのです。
:
梓:それが今の体制になったきっかけか…。
:
ジャック:はい。しかし、そうやって管理していても何処かに綻びが生じてしまいます。…今度は必要な分だけ魂が集められなくなってしまったんです。
:
梓:あ、そっか!今までは足りない分人間界に忍び込んで調達すれば帳尻を合わせることが出来たけど、管理が厳しくなった以上、それが出来なくなっちゃったのね。
:
ジャック:左様でございます。そこで、我らの統治者は神の加護が弱まる神無月の最後の夜、異界の門の番人に限り、人間と直接契約できる権利を与えて下さったのです。我ら高位の人ならざる者であれば、世間一般で不可能と言われるような内容でも、ある程度の願いは叶えられますから、その願いを叶えた暁にはそれと同等の血液、依頼内容によっては魂を頂く契約が成立するのです。
:
梓:ふぅん…じゃあ、もし私が『亨を生き返らせてほしい』って願いのまま変わらなければ、ジャックには結果的に私の魂を渡すことになるのね。
:
ジャック:…ご理解が早くて助かります。そろそろ役所のあたりに着きそうですね。話に夢中になっていたからか、私が思っていたよりも早く着くことが出来ました。
:
梓:えっ?もう?
:
ジャック:では、エリス様しっかり掴まっていて下さいね。
:
:
0:ジャック、1度だけ旋回すると、ほとんど砂塵を巻き上げずに役所の屋上に着地した。
:
:
ジャック:…到着です。エリス様、お加減はいかがですか?
:
梓:んー…ジャックが『ハロウィンの奇跡』について話してくれたおかげかな?気持ち悪くなったりしてないし、全然大丈夫だよ。
:
ジャック:フフ…左様ですか。
:
梓:…でも、さ。この建物メチャクチャ大きいんだけど…この中から二人だけで亨の情報探すのってかなりキツくないかな?
:
ジャック:…本来ならそうなのですが、エリス様から弟君の話を聞いた限りでは恐らく…保管場所は限られてくると思いますよ。
:
梓:え?そう…なの?
:
ジャック:はい。ただ…それが吉と出るか凶と出るか…。
:
梓:分かった。じゃあ…とりあえず案内してもらっていいかな?
:
ジャック:かしこまりました。
:
:
0:重くて大きい樫の扉を開けると、回廊のような螺旋階段があり、二人はひたすら階段を下りていく。
:
:
ジャック:今私達が行こうとしているのは、この階段の一番下にある部屋です。かなり道のりは長いですが、頑張りましょう。
:
梓:えっと…この階段、底が見えないけど…全部で何段あるの?
:
ジャック:聞かない方が良いと思いますよ、考えない方が楽なこともありますから。
:
梓:うん…とりあえず数えきれないくらいあるってことだけは分かった。
:
ジャック:すみません…役所内は不正を防止する目的で一切魔法を使用することができないんです。
:
梓:仕方ないよ、死者の情報だって十分個人情報だもんね。
:
ジャック:はい、なので当然私がエリス様にかけていた存在をぼかす魔法も打ち消されております。これからは十分気を付けて下さいね。
:
梓:うん…分かった。
:
:
0:それ以降、ジャックは無言のまま階段を下りていく。梓が横目で様子を伺うとその横顔は何かを決めかねているようだった。
:
:
梓:つ…着い、たぁ…。
:
ジャック:お疲れ様でした。
:
梓:こ…こんなに長いと思ってなかった…本当に段数聞かなくてよかった…。
:
ジャック:さて、目的の部屋はこちらですが…。その前にエリス様、私が霊界に来ることを提案した際に言ったことを覚えていますか?
:
梓:提案した時…?確か…どんな結果になっても後悔しないように、だっけ。
:
ジャック:その通りでございます。…私が何故、このようなことを口にしたかと言うと、それは―エリス様の弟君の情報がこの部屋に格納されているのではないかと思い至ったからです。
:
梓:?この部屋に情報があったら…何か問題でもあるの?
:
ジャック:生きとし生けるものは大半が輪廻転生を果たし、新たな世に生を受けて精一杯生き抜き、一生を終えてここ、霊界に戻ってきます。この部屋は『辞退者の間』と言われていて、そのサイクルから外れたいと願った者達の情報が格納されているのです。
:
梓:え…、ってことはまさか…。
:
ジャック:その者の希望が受理されてしまえば、その魂は輪廻転生を外れ、そして―消滅します。
:
梓:…。
:
ジャック:エリス様、私は貴女にかなり酷なことを突き付けているという自覚があります。しかしながら、このままだと貴女は弟君の死に囚われてこの先一生前に踏み出すことが出来なくなってしまうでしょう。…覚悟を、決めて下さい。
:
:
0:少し長めに間を取る。
:
:
梓:…分かった。ジャックにここまでしてもらったんだもん、どんな結果でも受け入れるよ。
:
ジャック:ありがとうございます。…では、入りましょうか。
:
:
0:ジャックが扉を開けると、天井まで届くくらい大きな本棚に様々な色のハードカバーの本がビッチリと格納されていた。
:
:
梓:これ…もしかしてこの本一つ一つが死者の情報なの?
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ジャック:はい。情報…と言いますか、メインは死者の一生をまとめた年表なんですよ。背表紙に書かれているのが戒名と生前使われていた名前です。
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梓:そうなんだ…。じゃあ、関係ない人の本は開かない方が良いね。
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ジャック:ご配慮ありがとうございます。そうして頂けるとこちらとしても助かります。
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梓:でもこれだけ大量にあったら、目当ての情報を探そうにもどこから手を付けたらいいのか…。
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ジャック:この部屋の情報は戒名順に並べられているので、戒名を覚えていればそこから探すことが可能です。
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梓:戒名は流石に覚えてないな…どんな漢字を使ったかってことくらいしか…。
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ジャック:そうですよね。まぁ、背表紙には生前の氏名も記載されているので、一つ一つ見ていく他ないでしょう。
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梓:そうだね、悩んでいても仕方ない。私はこっちの棚から見ていくから、ジャックはそっちの方からお願い。
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ジャック:かしこまりました。
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0:一つ一つ背表紙を確認して棚を見て回る二人。しばらくの後、梓はふとある棚が気になり手を止める。
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梓:…ん?
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梓:(何だろう…そんなはずないのに、誰かから呼ばれてるような感覚が…。)
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ジャック:エリス様…?
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梓:ねぇ、ジャック。この棚の7段目見てもらえないかな?私だと高すぎて…。
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ジャック:少々お待ちを…。―!!ありました!弟君の情報!!
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梓:ほ、本当?!
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ジャック:はい。―これで間違いありませんか?
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梓:…!!えぇ、亨の情報だわ。
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0:梓が恐る恐る本を開くと、最初のページに死者の基本情報をまとめたページが表れた。
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ジャック:『弓削亨…享年18歳。現在の魂の状態は…』
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梓:…『転生希望せず。受理済』…。
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ジャック:…やはりそうでしたか。
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梓:ジャック…ってことは亨は…とおるのたましいは、もう…!
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ジャック:…。
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0:梓、本を床に落とし、声を殺して泣く。
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ジャック:エリス様…。
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ジャック:…!エリス様、エリス様これを見て下さい!!
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梓:…え。
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ジャック:エリス様が本を落とした時に飛び出したようです。
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梓:手紙…?
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ジャック:輪廻転生から外れて消滅を選んだ魂に何かしらの未練がある場合、その想いがこのように手紙の形をとって残ることがあるんです。
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梓:…ごめん、ジャック。読んでもらってもいいかな?涙で視界がぼやけて読めそうにないから…。
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ジャック:…かしこまりました。では、僭越ながら読み上げさせて頂きます。
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ジャック:『姉ちゃんへ、
ジャック:俺がこの世界に来た時…周りに誰もいなくて俺一人だったから、姉ちゃんは多分まだ生きているんだと思う。その考えに至った時、姉ちゃんを助けられて良かったと思う気持ちと、姉ちゃんは自分で自分を追い詰める節があるから、俺の死体を見て壊れちゃってないか心配な気持ちが半分ずつ生まれて、すごく複雑な気分になったよ。
ジャック:俺はいつも姉ちゃんに守ってもらってばかりで、姉ちゃんが俺を庇って心と身体に傷が残っていくたびに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。だから…いつか姉ちゃんをしっかり守れるような人間になりたいと思っていたからこそ、あの日姉ちゃんを守れて嬉しかったんだよ。
ジャック:思うところはあるだろうけど、これは俺の気持ちだからそれだけは分かってほしい。欲を言えば、姉ちゃんみたいにカッコ良く守ってあげたかったんだけどね。俺にはそこまでの運動神経がなかったみたいだ。
ジャック:俺が死んでしばらくしたら、輪廻転生の希望調査が来た。それで自分の一生を振り返ってみたら、俺自身イジメられてすごく辛かったけど、自分の大切な人達が傷付けられるのを黙って見ることしかできないのが圧倒的に辛かったのに気付いたんだ。
ジャック:このまま輪廻転生してもそういった世界しか望めないなら、俺は消滅を選ぶよ。…姉ちゃんがこのことを知ったら烈火のごとく怒りそうだけど。
ジャック:俺はもうすぐ消滅すると思う。…でも、姉ちゃんには根性なしの俺の分まで精一杯生き抜いてほしい。片割れの単なる我が儘になっちゃうけど…どうか、叶えてくれよ。―それが俺の最後の願いであり、希望なんだから。』
ジャック:…以上です。
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梓:亨…。庇ってくれてありがとう…!死なせてしまってごめん…!私、頑張って亨の分まで生きるから…だから…!!
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ジャック:…エリス様、元の世界へ帰りましょう。そろそろ戻らなければハロウィンの夜が終わってしまいます。
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梓:…うん。
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ジャック:さぁ。
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梓:…バイバイ、亨―。
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0:二人、人間界に戻ってくる。
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ジャック:梓様、お疲れ様でした。
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梓:うん…無事戻って来れて、良かった。
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ジャック:はい、私も安心しております。
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梓:…ジャックも、ありがとう。私と契約してくれて、私と亨のために色々と行動してくれて…嬉しかった。
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ジャック:いえいえ。契約をしたから、と言ってしまえばそれまでですが、それ以上に私がして差し上げたかったんです。
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梓:ジャックは自分を死神だって言ってたけど、契約主の私からしてみれば騎士みたいでとても頼もしかったよ。本当にありがとう。
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ジャック:そのような言葉を頂けるとは…!誠に光栄でございます。
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梓:いちいち大袈裟なんだから。
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ジャック:いえ、決してそのようなことはありません。何事も過不足なく、が原則ですので。
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梓:…そっか。
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ジャック:名残惜しいですが、そろそろ日付が変わってしまいますね。
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梓:うん、そうだね。私も早く対価を渡さないと。
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ジャック:梓様の願いに見合う対価についてですが…本来梓様の願いであった『弟君を蘇生させること』は叶いませんでしたし、結果的に生ある者を霊界に連れ込んでしまいました。しかし、弟君の本心をお伝えすることが出来たこと、また霊界の重要な情報を梓様に提供したことを考慮して、これらに見合う量の血液を対価として頂きます。―よろしいですね?
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梓:…えぇ。
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ジャック:…聞かないんですか?
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梓:何が?
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ジャック:対価として渡す血液の量です。致死量かもしれないじゃないですか。
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梓:聞かないわ。だって―
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梓:(翌日、私は高台の展望広場で倒れているところを、ジョギングで通りがかった女性に発見され、保護された。診察の結果、私が倒れた原因は重度の貧血で、一度にたくさんの血液を輸血したりするとこのような状態になるらしい。あとは11月に入ったこともあり、寒さで両手足は完全に霜焼けになってしまったけど、その程度で済んだ。一方両親はというと、私が帰宅しなかったこともあって、なんと警察に捜索願を出していた。搬送された病院でも何か事件に巻き込まれたんじゃないかって物凄く心配してたけど、血液を抜き取ったような注射の跡もなかったので、結局事件性はなく、重度の貧血による失神として処理され、私は元の生活を送ることとなった。)
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0:退院後、梓は再び高台の展望広場に足を運び、眼下に広がる街の景色に目をやる。
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梓:…血液の量を聞かなかった理由、か。
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梓:そんなの…貴方が『魂』じゃなく『血液』って言ったからだよ、ジャック騎士(ナイト)。