台本概要
456 views
タイトル | クリスマスの奇跡 |
---|---|
作者名 | 冷凍みかん-光柑- (@mikanchilled) |
ジャンル | ラブストーリー |
演者人数 | 4人用台本(男2、女2) ※兼役あり |
時間 | 30 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
今年のノーベル文学賞にかこつけて、イプセンの戯曲『人形の家』をハートフルにしてみました! ご自由に楽しんでくださると共に、原作との違いを味わって頂ければ幸いです。 感動エンドをどうぞっ! 456 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
ノア | 女 | 85 | 閏目ノア(うるめノア)元気で明るい主人公。夫の友信に秘密を隠している。原作の”人形”ノーラ・ヘルメル。 |
友信 | 男 | 86 | 閏目友信(うるめトモノブ)幼い性格が急成長を遂げる。若くして大学の学長になるも、借金により精神病を患う。原作のトラヴァル・ヘルメル。 |
谷 | 男 | 73 | 谷✕(たにカケル)怪しく淡々としている。講師の仕事を解雇され、閏目夫妻に復讐を企てる。原作のニルス・クルクスタ。 |
来栖 | 女 | 29 | 来栖リン(くるすリン)クールで思慮深いが、同じくらい思いやりに溢れている。谷の元恋人で、谷と入れ替わるように出世する。原作のリンデ夫人(クリスティーネ)。 |
倉野教授 | 男 | - | 原作のドクトル・ランク。この台本でも不遇な男。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
人形の家
倉野教授
谷×(タニ・カケル)
閏目ノア
閏目友信(トモノブ)学長
来栖リン
谷:〈モノローグ〉秋は過ぎ去り、本格的な冬が訪れようとしていた。街にはイルミネーションが飾られ、クリスマスの空気に包まれている。
谷:大学構内に生徒はおらず、ただ事務員が年末のあれこれに追われて足早に行き交うだけだ。
谷:私は閏目(うるめ)学長の執務室に向かう途中で、ふと彼女の後姿を見つけた。
0:
谷:やあ、来栖(くるす)!
来栖:谷くん?もう冬休みなのにどうして?
谷:学長に呼ばれてね。話があるみたいなんだ
来栖:そうなのね
谷:来栖、今年のクリスマスの予定は?
来栖:谷くん、私達もうそういう関係じゃないのよ
谷:分かっているけどさ、また一緒に付き合うことはできないかな
来栖:谷くん…私あれからまた色々変わってね、今はとにかく忙しいの。
来栖:奇跡でも起きない限り、それは無理よ
谷:奇跡、か。そっか。うん、何かあったら頼ってくれよ
来栖:ありがとう。それじゃ
0:コンコン。学長室の扉を叩く谷
谷:谷です。
友信:ああ、入ってくれ。
谷:失礼します。話ってなんですか
友信:まずは掛けてくれ。
0:谷を来客用のソファに促す友信。谷は一番入口に近いソファに座る。
谷:もしかして例の話、考えてくれたんですか
友信:ああ、君を名誉教授にするという話だね。そのことについてだ。
谷:やった!
友信:まあ聞いてくれ。谷くん、君はよくやってくれてる。
友信:今まで教授ではなく、講師として扱ったのが心苦しいくらいにね。
友信:僕が若くしてこの地位につけたのも、君のお陰だと思っている。
谷:いえ、僕は経理を少し手伝ったくらいですよ。
友信:そんなこと言うな。困難な時期も傍にいてくれた。本当に感謝している。
谷:止してください、照れるじゃないですか。
友信:ところで、生徒とは上手くいっているかな?
谷:え?ええ、まあ。
友信:〈渋りながら〉君の授業だがね、うけもつ生徒は提出物を必ず期限に間に合わせているし、試験の結果も申し分ない。
友信:ただ…
谷:もちろん。特に厳しくしていますから。
友信:そこなんだよ谷君。君は生徒からの人気がすこぶるよくない。学期末のアンケートでは最下位だった。
谷:すみません。これからは優しくしてみます。
友信:それだけじゃない、君の講義そのものが不人気なんだ。
谷:行政書士の試験対策が、ですか?
友信:知っての通り行政書士の合格率は全体の4%…これは東大への合格率よりもずっと低い。間違いなく最難関の国家試験だ。
谷:ええ。国の行政に関わる資格ですからね。
友信:そこなんだよ。実際に就職してからは、役所や官公庁での書類作成が中心。表に出ることはない。
谷:表に出るだけが人の価値ですか?
友信:言いたいことは分かる。しかし似たような資格の司法書士と比較してみてくれ。
谷:ギクッ…
友信:こちらも最難関の資格だが、就職先は行政から法人へと引く手数多(あまた)だ。
友信:弁護士事務所にも所属できるし、昇給も期待できる。
友信:分かるか?華があるんだよ
谷:でも…必要な人材です。誰かがやらないと。
友信:それがうちの生徒である必要はないんだ。すすんでそうなりたい生徒は本当に少ない。
友信:行政書士のイメージと言ったら、どこまで行っても”お役所”だ。司法書士のように”先生”と呼ばれることもないばかりか、きな臭さが拭えない。
谷:言い過ぎです!そんなの偏見だ!
友信:偏見だよ!当たり前だ!評判とはそういうモノだッ!
友信:どこの大学出身か?親の仕事は何だ?大学では何を学んだ??
友信:周囲の目なんて、いい加減なくせに、残酷だ!
友信:この地位に昇りつめるまでに、僕がどれほど苦労したか!君なら分かるだろ…!
谷:…分かりました。確かに行政書士は不人気な資格です。話を続けて下さい。
友信:ああ、つまり来年度から行政書士の講座を設けないことにしたんだ。
谷:なんですって?
友信:君の契約を切ることにした。
谷:そんな…
谷:いや、ははは。なるほど?それで次は何を教えたらいいんですか。
友信:君に与(あずか)ってもらう教科はない。正真正銘のクビだ。
谷:僕、経理も分かります!そうだ、倉野(くらの)教授が助手を欲しがっていたはずだ!
友信:そのポストは既に埋まっている
谷:なんだって?
友信:…
谷:ありえないでしょう!僕を差し置いて!
谷:ふざけてる!
友信:話は以上だ
谷:なあ、本当に終わりなのか、友信(とものぶ)…
友信:今は閏目(うるめ)学長と呼んでくれ。頼むよ。
谷:学長、僕はてっきり、これからも一緒に仕事ができるものだと、
谷:そう思っていました。
友信:今の経営には君を抱える余裕はない。それこそ奇跡でも起きない限りな
谷:奇跡、ですか?馬鹿にしてる…
友信:…
谷:わかりました。今までお世話になりました。
0:立ち上がり、退室しようとする谷。
友信:待ってくれ谷君。
谷:まだ何か。
友信:せめて明日のパーティに来てくれないか?君の歓送会を兼ねて。
友信:これが一緒に過ごす最後のクリスマスだ。
谷:違うね。
友信:?
谷:最後のクリスマスは、”去年”だよ。
0:自宅の居間で、私服に着替えてくつろぐ友信。
友信:〈モノローグ〉なんだ?谷のヤツ。私からの誘いを無下にするなんて。
友信:そんなことだから「人付き合いが悪い」と言われて、生徒にも好かれないんだ。
友信:ヤツは次の職場でも失敗するだろう。いや構いはしない。谷のことなど、もうどうでもいい。
ノア:友信?難しい顔をしてどうしたの?
友信:なんでもないよ
ノア:ねえ見てよ、ツリーの飾りつけはこんなものかしら
友信:おい、昨年よりも増えていないか?余計なモノを買うなよ…
ノア:いいじゃない、少しくらい
友信:〈ハッとする〉いや、ダメだ!…無駄遣いをして、お金が無くなったら!!
友信:借金をする羽目になったら…どうするつもりだ!
ノア:友信、大丈夫…大丈夫だから…!
友信:大丈夫じゃない!働いて返せばいいとでも思っているのか?なんなら僕が突然、死にでもしたらどうするつもりだ?
ノア:そんな恐ろしい事、言わないで…
友信:なあどうするつもりなんだよお!
ノア:アナタが死んでしまったら、借金なんてあってもなくても同じだわ。
友信:貸した側はどうなる…!
ノア:知らないわよ。他人のことなんて!
友信:ああ、それだよ!君は本当に考え足らずだ!!
友信:借金をすれば、他人の目がガラリと変わる!惨め惨め惨めッ!!
友信:そんな生活、僕は二度とご免なんだッ!!
0:ガチャガチャ!ガチャガチャ!
ノア:ちょっと、何をしてるの?
友信:ドアノブの強度を確かめているッ!自殺の失敗が一番惨めだからな…
ノア:自殺?何を言ってるの!
友信:〈聞こえてない〉ちがうちがう…自殺はダメだ、保険金が下りない…事故死、事故死にしないと…
ノア:〈モノローグ〉病気、友信は病気だわ…方々になじられてから、すっかり変わってしまった…
0:
ノア:ごめんなさい…私、考えが足りなかったわ。
友信:ああ…僕はまた。すまない、そんなに落ち込まないでくれ、ノア。
友信:〈笑顔になって〉そうだ、明日披露するダンスのおさらいをしよう
ノア:いけない!すっかり忘れてた!
ノア:間に合うかしら?
友信:大丈夫、僕の言うとおりにするんだよ…
友信:123、223。ほら、やってみて
ノア:123、223…
0:ピンポーン
ノア:誰かしら…
友信:僕なら留守だよ…!そう伝えてくれッ
ノア:わかった。はーい今行きます!
0:ガチャリ
来栖:ひさしぶり、ノア。
ノア:えっと、どちら様でしょうか…
来栖:分からない?もう十年になるものね
ノア:まさか、リン…?あなたなのね!
来栖:当たり。
ノア:私ったら、あなたが分からないなんて…!…ずいぶん変わったのね。
来栖:色々あったからね。でももういいの
ノア:とにかく上がって。お母様のことも、弟さんたちのことも大変だったでしょう。
来栖:まあね。弟たちも自立したから今は自由の身よ。
来栖:新しい仕事も見つかったしね。
ノア:仕事?どんな仕事なの。
友信:〈ぬっと現れる〉来栖さんには、来年度から倉野教授の助手になってもらうんだ。
ノア:友信…
来栖:こんばんは、閏目学長。
友信:こんばんは来栖さん。
ノア:どういうこと?知り合いなの??
来栖:ええっと…
友信:来栖さんはウチの大学の事務員だよ。言ってなかったっけ…?
ノア:初耳だわ…
来栖:ごめんね。言おうかずっと迷ってて。ほら、ずっと疎遠だったし。
ノア:…いや、いいのよ。お互い様だし。それに、こんなにも嬉しい。
来栖:そう!嬉しいことだわ。またこうして会えて。
友信:ささ、上がってくれ。
来栖:いえ、結構です。明日のパーティにまた。
友信:そうか。じゃあ夜道に気をつけて。
来栖:ええ。お邪魔しました。またねノア。
ノア:またね、リン。
0:
友信:…
友信:何しに来たんだ?あの女は。
ノア:ねえ、どうして言ってくれなかったの?リンが同じ職場だったなんて。
友信:同じ職場じゃないよ。顔を合わせることは滅多にない。
0:ピンポーン
友信:おっと、またお客か。
ノア:どうしよう…
友信:誰なんだ?
ノア:谷先生よ。
友信:追い払ってくれ。僕は留守だからな。
ノア:友達でしょ?
友信:もう違うさ。
0:
谷:谷です。開けてください。
0:ガチャリ。玄関のドアを開けるノア。
ノア:あの、主人なら居ませんけれど…
谷:かまいませんよ。用があるのは貴女です、ノアさん。
ノア:…!お金ならもう返したでしょう…!
谷:ええ。ですが借用書に不可解な点がありまして。
ノア:…何のことかしら。
谷:少し話を。場所を替えましょう。
ノア:…わかったわ。
谷:メールで伝えます。それではまた。
0:谷は去り、ノアはリビングに戻る。
友信:谷は何だって?
ノア:ごめんなさい。
友信:は?
ノア:ちょっと、出かけて来るわ。
0:とある喫茶店。
谷:今年の冬は冷えますね。暖房の近くに陣取れてよかった。
ノア:先に言っておくけど、あなたの解雇については何の関係もないから、私。
谷:お腹すきませんか?
ノア:コーヒーで結構です。
谷:…まあ明日のパーティのために、今は倹約の時でしょう。さぞ豪勢でしょうから。
谷:〈店員に〉コーヒー、ふたつ。
ノア:話って?
谷:閏目ノアさん。あなたは今年度の5月5日に私から50万円借りましたね。
谷:理由は閏目学長の療養のため。
ノア:ええ。主人は精神的に病んでいましたので、休暇をとって鎌倉の別荘地で過ごさせました。
谷:そこなんですよ。閏目学長は精神病に悩まされていた。その原因は?
ノア:…
谷:そう。方々(ほうぼう)からの借金のためです。
谷:ここに借用書のコピーがあります。覚えがありますね?
谷:いや、問題となっている箇所には、”書き覚え”などないはずですが。
ノア:…
谷:連帯保証人の署名欄、ここには確かに「閏目友信」と書かれています。
谷:おかしいと思いませんか。借金にトラウマを抱えた人間が、誰かの連帯保証人になるなんて。
ノア:さあ。そういうこともあるでしょう。
谷:単刀直入に伺いますが。ノアさん、この署名は貴女が学長に成りすましたものではないですか。
ノア:そんなまさか。
谷:それを聞いて安心しました。
谷:参考程度にお話しますと、連帯保証人の詐称は有印私文書偽造罪にあたります。
谷:刑法159条により「偽造した者は、3月以上5年以下の懲役に処」されます。
ノア:〈モノローグ〉懲役ですって…?冗談じゃないわ!だって、仕方なかったもの!
ノア:友信に知られずに借金をするには、私独りで抱えるしかなかった!
ノア:病気だって治りかけただけで、最近はまた悪化しているというのに!
ノア:ああ!このことを知ったら、友信はきっと絶望するわ…!
ノア:秘密に借金をしていたばかりか、私が犯罪者だなんて!
ノア:…とにかく、彼に借用書を知られてはいけない!
谷:いやあ、「公正証書にしないでほしい」という貴女の要望には些か疑問がありましたが、
谷:学長本人の署名であるならば、法的に全く問題ありませんよね。
ノア:そ、そうよね。借金も完済したことだし、もうこれっきりにしてくれない?
谷:ええ。もちろんです。
0:店員がコーヒーを持ってくる。
谷:美味しいですね。
ノア:へっ?
谷:コーヒー。
ノア:そ、そうね…
ノア:〈モノローグ〉促されるままカップに口をつけると、熱い黒々としたものが、私の喉奥に広がるのを感じた…
谷:これでおしまいにします。
ノア:そう。なら…私はもう帰るわ。
谷:ですが。
ノア:…?
谷:履行済みの借用書を持っていても仕方ないので。
谷:お返ししますよ。
ノア:原本を今持っているの?
ノア:〈モノローグ〉しめたわ。これで友信の目に触れることなく借用書を処分できる…
谷:先ほど”ある者”に借用書を渡すよう言伝(ことづて)しました。
谷:遅くとも今夜中には届くでしょう。
谷:もしかしたら借用書はもう、貴女の家に届いているかもしれませんね。
ノア:なんてことをしてくれたのよッ!!
0:立ち上がり、急いで店を出るノア。
谷:〈モノローグ〉やはり偽造だったか…
谷:友信、僕はこのことを世間に公表しないよ。
谷:だが妻に騙されていたことを知り、生涯孤独に苛まれるんだな…
0:家の玄関のドアを勢いよく開け、ノアはリビングに飛び込んだ。
ノア:友信!
友信:…
0:友信はクリスマスツリーをじっと見て佇んでいる。
ノア:友信?
友信:ノア…
0:友信はゆっくりと振り返る
友信:〈笑顔で〉飾りを増やして正解だったな!
ノア:え…?
友信:去年はなんだか寂しいと思ってたんだ~!この方が、ずっと見栄えがいいよ!
ノア:〈モノローグ〉…バレてない?よかった、間に合ったのね?
0:ピンポーン
ノア:インターホン?誰ッ!?だれなのッ!?
友信:ああ、きっとオードブルだよ。
ノア:オードブル?
友信:明日のパーティに出すために、冷蔵のモノを注文しといたんだ~!
ノア:〈モノローグ〉ほっ、なんだ…
谷:〈回想〉「”ある者”に借用書を渡すよう言伝しました。」
谷:「明日のパーティは、さぞ豪勢でしょうから。」
ノア:〈モノローグ〉はっ…まさか!?
友信:はいはい、今出ますよっと。
ノア:駄目よッ!私が出るわ!!
友信:なんで?
ノア:〈無理に笑って〉「男子厨房に入らず」っ!料理は妻である私に任せればいいの!
友信:…そ、そうか?
0:お会計を済ませ、廊下を歩く2人
友信:なあ、オードブル重いだろ?
ノア:平気よ全然!!さ、友信はソファに座ってて!崩れたオードブルを整えなくちゃ!
友信:うん、わかった…
ノア:〈モノローグ〉オードブルの中に借用書は仕込まれていない…
ノア:よかった…
友信:じゃあ、僕は開封の儀でも行うとするかね…
ノア:何?その荷物…?
友信:ストーブだよ。今年も寒くなるぞ~!
谷:〈回想〉「暖房の近くに陣取れてよかった」
ノア:はっ…!
ノア:駄目よ!私が開ける!
友信:おいおい、僕にも何かやらせてくれよ。
ノア:機械は女の領分でしょ!?
友信:どちらかと言うと男じゃないかな…
ノア:どっちでもいいのよ!私得意なんだからっ!
友信:まあ、いいか。
ノア:友信、向こうを向いてよ。
友信:え、なんで??
ノア:ストーブを脱がすんだから、あ、当たり前でしょ??///
友信:えっと、ノア?僕は機械に対してそういう趣味はないよ?
ノア:いいから早く!
友信:…わかったよ。
ノア:〈モノローグ〉お願い友信。私は貴方との生活を台無しにしたくないの…
ノア:あれ?どういうこと?ストーブにも借用書はないじゃないッ!!
ノア:谷は本当に借用書を送ったの??
ノア:まったく…どうなってるのよッ!
友信:おっと、メールだ。
ノア:誰から…!?
友信:倉野教授から。新年度の書類を今持ってくるってさ。
ノア:〈モノローグ〉まって…いや間違いない!
ノア:谷は倉野教授に頼んだのだわ!
ノア:面識があるはずよ!谷は大学で講師をしていたんだもの!
0:ピンポーン
友信:お、もう来たのか。早いな。
ノア:駄目よ!出てはダメ!
友信:ノア、いい加減にしてくれないか。
ノア:倉野教授は明日のパーティも来るんでしょう!?その時でいいじゃない!
ノア:今は…ダメなの!
友信:なぜだ。どうして今はダメなんだ!
ノア:私、えっと…えっと…!
ノア:そうよ!ダンス!友信、ダンスを教えて!
友信:あとで教えるさ。
ノア:今じゃなきゃイヤ!ほら…見てっ?
ノア:123…!223…!
ノア:友信!私、ちゃんと踊れているかしらっ??
友信:ああ、うまいうまい。
ノア:ちゃんと見て!友信お願い!
ノア:私を見て!私だけを見てよッ!
0:不意に友信がノアを抱きしめる
ノア:…!
友信:ノア…
ノア:友、信…
友信:ちゃんと見ているさ。
友信:僕は君のパートナーなんだから。
0:夜が更け、寂しい街燈に照らされたベンチに谷が座っている。
谷:〈モノローグ〉人生は孤独だ…
谷:友達と呼べる者はもういない。
谷:クビを切られたことにカッとして、最後は僕が終止符を打った…
谷:クリスマスも、365ある内の一夜にすぎない…
谷:奇跡なんて、起こるはずもない…
来栖:こんばんは。無職さん。
谷:来栖…
来栖:やっぱりここにいた。
谷:ここがなんだ?
来栖:告白してくれたでしょう?そんなことも忘れちゃったの?
谷:ああ、そう言えばそうだな…
来栖:まさかあんな物を渡そうとするなんてね
谷:中身は見るなと言っただろ。
来栖:見たわよ。
来栖:あなたの目が見てくれって言ってた。
谷:フン…
来栖:ねえ、アナタたち本当に終わりなの?
谷:男の友情だって脆いさ。
来栖:そんなことないわよ。
谷:なんなんださっきから…
来栖:そんなことない。
谷:…
来栖:ねえ谷くん。もう一度やり直しましょう?
谷:来栖、僕と、やり直してくれるのか?
来栖:ええ。まあいいかな。
谷:こんな男だぞ?
来栖:そうよ。
谷:無職なのに?
来栖:…仕事はちゃんと見つけて?
谷:〈つぶやくように〉はは、嘘みたいだ。
来栖:〈優しく覗き込んで〉なに?
谷:奇跡だよ、今。奇跡が起きたんだ。
0:ノアを抱きしめたまま、友信は口を開く。
友信:借用書、見たよ。
ノア:そんな…
友信:ううん。来栖さん言ってたよ。
友信:「夫婦の間に、嘘やごまかしがあったらいけない」って…
友信:でも僕、君が帰って来てからも、ずっと切り出せなくて…
ノア:友信…
友信:ノア。君の嘘は、僕を守るためだったんだよね…?
ノア:私、分からない…何が本当かも、何が本心かも…
友信:そうかな。少なくとも僕は今、とても幸せだ。
友信:それが本当だよ。それが本心さ。
ノア:友信、ごめん…本当にごめんなさい…
友信:いいんだ。ノア、これからも一緒に歩いてくれる?
ノア:ええ。
ノア:もちろんよ。
ノア:〈モノローグ〉それから私たち二人はダンスの練習をした。
ノア:クリスマスパーティには、谷も来栖も来てくれて、ひと悶着あったけれど、
ノア:楽しい時を過ごした。
ノア:友信はそれからというもの、2度と死を望むことはなくなった。
ノア:それこそが、私の望んだ最大の奇跡。
0:完
0:
人形の家
倉野教授
谷×(タニ・カケル)
閏目ノア
閏目友信(トモノブ)学長
来栖リン
谷:〈モノローグ〉秋は過ぎ去り、本格的な冬が訪れようとしていた。街にはイルミネーションが飾られ、クリスマスの空気に包まれている。
谷:大学構内に生徒はおらず、ただ事務員が年末のあれこれに追われて足早に行き交うだけだ。
谷:私は閏目(うるめ)学長の執務室に向かう途中で、ふと彼女の後姿を見つけた。
0:
谷:やあ、来栖(くるす)!
来栖:谷くん?もう冬休みなのにどうして?
谷:学長に呼ばれてね。話があるみたいなんだ
来栖:そうなのね
谷:来栖、今年のクリスマスの予定は?
来栖:谷くん、私達もうそういう関係じゃないのよ
谷:分かっているけどさ、また一緒に付き合うことはできないかな
来栖:谷くん…私あれからまた色々変わってね、今はとにかく忙しいの。
来栖:奇跡でも起きない限り、それは無理よ
谷:奇跡、か。そっか。うん、何かあったら頼ってくれよ
来栖:ありがとう。それじゃ
0:コンコン。学長室の扉を叩く谷
谷:谷です。
友信:ああ、入ってくれ。
谷:失礼します。話ってなんですか
友信:まずは掛けてくれ。
0:谷を来客用のソファに促す友信。谷は一番入口に近いソファに座る。
谷:もしかして例の話、考えてくれたんですか
友信:ああ、君を名誉教授にするという話だね。そのことについてだ。
谷:やった!
友信:まあ聞いてくれ。谷くん、君はよくやってくれてる。
友信:今まで教授ではなく、講師として扱ったのが心苦しいくらいにね。
友信:僕が若くしてこの地位につけたのも、君のお陰だと思っている。
谷:いえ、僕は経理を少し手伝ったくらいですよ。
友信:そんなこと言うな。困難な時期も傍にいてくれた。本当に感謝している。
谷:止してください、照れるじゃないですか。
友信:ところで、生徒とは上手くいっているかな?
谷:え?ええ、まあ。
友信:〈渋りながら〉君の授業だがね、うけもつ生徒は提出物を必ず期限に間に合わせているし、試験の結果も申し分ない。
友信:ただ…
谷:もちろん。特に厳しくしていますから。
友信:そこなんだよ谷君。君は生徒からの人気がすこぶるよくない。学期末のアンケートでは最下位だった。
谷:すみません。これからは優しくしてみます。
友信:それだけじゃない、君の講義そのものが不人気なんだ。
谷:行政書士の試験対策が、ですか?
友信:知っての通り行政書士の合格率は全体の4%…これは東大への合格率よりもずっと低い。間違いなく最難関の国家試験だ。
谷:ええ。国の行政に関わる資格ですからね。
友信:そこなんだよ。実際に就職してからは、役所や官公庁での書類作成が中心。表に出ることはない。
谷:表に出るだけが人の価値ですか?
友信:言いたいことは分かる。しかし似たような資格の司法書士と比較してみてくれ。
谷:ギクッ…
友信:こちらも最難関の資格だが、就職先は行政から法人へと引く手数多(あまた)だ。
友信:弁護士事務所にも所属できるし、昇給も期待できる。
友信:分かるか?華があるんだよ
谷:でも…必要な人材です。誰かがやらないと。
友信:それがうちの生徒である必要はないんだ。すすんでそうなりたい生徒は本当に少ない。
友信:行政書士のイメージと言ったら、どこまで行っても”お役所”だ。司法書士のように”先生”と呼ばれることもないばかりか、きな臭さが拭えない。
谷:言い過ぎです!そんなの偏見だ!
友信:偏見だよ!当たり前だ!評判とはそういうモノだッ!
友信:どこの大学出身か?親の仕事は何だ?大学では何を学んだ??
友信:周囲の目なんて、いい加減なくせに、残酷だ!
友信:この地位に昇りつめるまでに、僕がどれほど苦労したか!君なら分かるだろ…!
谷:…分かりました。確かに行政書士は不人気な資格です。話を続けて下さい。
友信:ああ、つまり来年度から行政書士の講座を設けないことにしたんだ。
谷:なんですって?
友信:君の契約を切ることにした。
谷:そんな…
谷:いや、ははは。なるほど?それで次は何を教えたらいいんですか。
友信:君に与(あずか)ってもらう教科はない。正真正銘のクビだ。
谷:僕、経理も分かります!そうだ、倉野(くらの)教授が助手を欲しがっていたはずだ!
友信:そのポストは既に埋まっている
谷:なんだって?
友信:…
谷:ありえないでしょう!僕を差し置いて!
谷:ふざけてる!
友信:話は以上だ
谷:なあ、本当に終わりなのか、友信(とものぶ)…
友信:今は閏目(うるめ)学長と呼んでくれ。頼むよ。
谷:学長、僕はてっきり、これからも一緒に仕事ができるものだと、
谷:そう思っていました。
友信:今の経営には君を抱える余裕はない。それこそ奇跡でも起きない限りな
谷:奇跡、ですか?馬鹿にしてる…
友信:…
谷:わかりました。今までお世話になりました。
0:立ち上がり、退室しようとする谷。
友信:待ってくれ谷君。
谷:まだ何か。
友信:せめて明日のパーティに来てくれないか?君の歓送会を兼ねて。
友信:これが一緒に過ごす最後のクリスマスだ。
谷:違うね。
友信:?
谷:最後のクリスマスは、”去年”だよ。
0:自宅の居間で、私服に着替えてくつろぐ友信。
友信:〈モノローグ〉なんだ?谷のヤツ。私からの誘いを無下にするなんて。
友信:そんなことだから「人付き合いが悪い」と言われて、生徒にも好かれないんだ。
友信:ヤツは次の職場でも失敗するだろう。いや構いはしない。谷のことなど、もうどうでもいい。
ノア:友信?難しい顔をしてどうしたの?
友信:なんでもないよ
ノア:ねえ見てよ、ツリーの飾りつけはこんなものかしら
友信:おい、昨年よりも増えていないか?余計なモノを買うなよ…
ノア:いいじゃない、少しくらい
友信:〈ハッとする〉いや、ダメだ!…無駄遣いをして、お金が無くなったら!!
友信:借金をする羽目になったら…どうするつもりだ!
ノア:友信、大丈夫…大丈夫だから…!
友信:大丈夫じゃない!働いて返せばいいとでも思っているのか?なんなら僕が突然、死にでもしたらどうするつもりだ?
ノア:そんな恐ろしい事、言わないで…
友信:なあどうするつもりなんだよお!
ノア:アナタが死んでしまったら、借金なんてあってもなくても同じだわ。
友信:貸した側はどうなる…!
ノア:知らないわよ。他人のことなんて!
友信:ああ、それだよ!君は本当に考え足らずだ!!
友信:借金をすれば、他人の目がガラリと変わる!惨め惨め惨めッ!!
友信:そんな生活、僕は二度とご免なんだッ!!
0:ガチャガチャ!ガチャガチャ!
ノア:ちょっと、何をしてるの?
友信:ドアノブの強度を確かめているッ!自殺の失敗が一番惨めだからな…
ノア:自殺?何を言ってるの!
友信:〈聞こえてない〉ちがうちがう…自殺はダメだ、保険金が下りない…事故死、事故死にしないと…
ノア:〈モノローグ〉病気、友信は病気だわ…方々になじられてから、すっかり変わってしまった…
0:
ノア:ごめんなさい…私、考えが足りなかったわ。
友信:ああ…僕はまた。すまない、そんなに落ち込まないでくれ、ノア。
友信:〈笑顔になって〉そうだ、明日披露するダンスのおさらいをしよう
ノア:いけない!すっかり忘れてた!
ノア:間に合うかしら?
友信:大丈夫、僕の言うとおりにするんだよ…
友信:123、223。ほら、やってみて
ノア:123、223…
0:ピンポーン
ノア:誰かしら…
友信:僕なら留守だよ…!そう伝えてくれッ
ノア:わかった。はーい今行きます!
0:ガチャリ
来栖:ひさしぶり、ノア。
ノア:えっと、どちら様でしょうか…
来栖:分からない?もう十年になるものね
ノア:まさか、リン…?あなたなのね!
来栖:当たり。
ノア:私ったら、あなたが分からないなんて…!…ずいぶん変わったのね。
来栖:色々あったからね。でももういいの
ノア:とにかく上がって。お母様のことも、弟さんたちのことも大変だったでしょう。
来栖:まあね。弟たちも自立したから今は自由の身よ。
来栖:新しい仕事も見つかったしね。
ノア:仕事?どんな仕事なの。
友信:〈ぬっと現れる〉来栖さんには、来年度から倉野教授の助手になってもらうんだ。
ノア:友信…
来栖:こんばんは、閏目学長。
友信:こんばんは来栖さん。
ノア:どういうこと?知り合いなの??
来栖:ええっと…
友信:来栖さんはウチの大学の事務員だよ。言ってなかったっけ…?
ノア:初耳だわ…
来栖:ごめんね。言おうかずっと迷ってて。ほら、ずっと疎遠だったし。
ノア:…いや、いいのよ。お互い様だし。それに、こんなにも嬉しい。
来栖:そう!嬉しいことだわ。またこうして会えて。
友信:ささ、上がってくれ。
来栖:いえ、結構です。明日のパーティにまた。
友信:そうか。じゃあ夜道に気をつけて。
来栖:ええ。お邪魔しました。またねノア。
ノア:またね、リン。
0:
友信:…
友信:何しに来たんだ?あの女は。
ノア:ねえ、どうして言ってくれなかったの?リンが同じ職場だったなんて。
友信:同じ職場じゃないよ。顔を合わせることは滅多にない。
0:ピンポーン
友信:おっと、またお客か。
ノア:どうしよう…
友信:誰なんだ?
ノア:谷先生よ。
友信:追い払ってくれ。僕は留守だからな。
ノア:友達でしょ?
友信:もう違うさ。
0:
谷:谷です。開けてください。
0:ガチャリ。玄関のドアを開けるノア。
ノア:あの、主人なら居ませんけれど…
谷:かまいませんよ。用があるのは貴女です、ノアさん。
ノア:…!お金ならもう返したでしょう…!
谷:ええ。ですが借用書に不可解な点がありまして。
ノア:…何のことかしら。
谷:少し話を。場所を替えましょう。
ノア:…わかったわ。
谷:メールで伝えます。それではまた。
0:谷は去り、ノアはリビングに戻る。
友信:谷は何だって?
ノア:ごめんなさい。
友信:は?
ノア:ちょっと、出かけて来るわ。
0:とある喫茶店。
谷:今年の冬は冷えますね。暖房の近くに陣取れてよかった。
ノア:先に言っておくけど、あなたの解雇については何の関係もないから、私。
谷:お腹すきませんか?
ノア:コーヒーで結構です。
谷:…まあ明日のパーティのために、今は倹約の時でしょう。さぞ豪勢でしょうから。
谷:〈店員に〉コーヒー、ふたつ。
ノア:話って?
谷:閏目ノアさん。あなたは今年度の5月5日に私から50万円借りましたね。
谷:理由は閏目学長の療養のため。
ノア:ええ。主人は精神的に病んでいましたので、休暇をとって鎌倉の別荘地で過ごさせました。
谷:そこなんですよ。閏目学長は精神病に悩まされていた。その原因は?
ノア:…
谷:そう。方々(ほうぼう)からの借金のためです。
谷:ここに借用書のコピーがあります。覚えがありますね?
谷:いや、問題となっている箇所には、”書き覚え”などないはずですが。
ノア:…
谷:連帯保証人の署名欄、ここには確かに「閏目友信」と書かれています。
谷:おかしいと思いませんか。借金にトラウマを抱えた人間が、誰かの連帯保証人になるなんて。
ノア:さあ。そういうこともあるでしょう。
谷:単刀直入に伺いますが。ノアさん、この署名は貴女が学長に成りすましたものではないですか。
ノア:そんなまさか。
谷:それを聞いて安心しました。
谷:参考程度にお話しますと、連帯保証人の詐称は有印私文書偽造罪にあたります。
谷:刑法159条により「偽造した者は、3月以上5年以下の懲役に処」されます。
ノア:〈モノローグ〉懲役ですって…?冗談じゃないわ!だって、仕方なかったもの!
ノア:友信に知られずに借金をするには、私独りで抱えるしかなかった!
ノア:病気だって治りかけただけで、最近はまた悪化しているというのに!
ノア:ああ!このことを知ったら、友信はきっと絶望するわ…!
ノア:秘密に借金をしていたばかりか、私が犯罪者だなんて!
ノア:…とにかく、彼に借用書を知られてはいけない!
谷:いやあ、「公正証書にしないでほしい」という貴女の要望には些か疑問がありましたが、
谷:学長本人の署名であるならば、法的に全く問題ありませんよね。
ノア:そ、そうよね。借金も完済したことだし、もうこれっきりにしてくれない?
谷:ええ。もちろんです。
0:店員がコーヒーを持ってくる。
谷:美味しいですね。
ノア:へっ?
谷:コーヒー。
ノア:そ、そうね…
ノア:〈モノローグ〉促されるままカップに口をつけると、熱い黒々としたものが、私の喉奥に広がるのを感じた…
谷:これでおしまいにします。
ノア:そう。なら…私はもう帰るわ。
谷:ですが。
ノア:…?
谷:履行済みの借用書を持っていても仕方ないので。
谷:お返ししますよ。
ノア:原本を今持っているの?
ノア:〈モノローグ〉しめたわ。これで友信の目に触れることなく借用書を処分できる…
谷:先ほど”ある者”に借用書を渡すよう言伝(ことづて)しました。
谷:遅くとも今夜中には届くでしょう。
谷:もしかしたら借用書はもう、貴女の家に届いているかもしれませんね。
ノア:なんてことをしてくれたのよッ!!
0:立ち上がり、急いで店を出るノア。
谷:〈モノローグ〉やはり偽造だったか…
谷:友信、僕はこのことを世間に公表しないよ。
谷:だが妻に騙されていたことを知り、生涯孤独に苛まれるんだな…
0:家の玄関のドアを勢いよく開け、ノアはリビングに飛び込んだ。
ノア:友信!
友信:…
0:友信はクリスマスツリーをじっと見て佇んでいる。
ノア:友信?
友信:ノア…
0:友信はゆっくりと振り返る
友信:〈笑顔で〉飾りを増やして正解だったな!
ノア:え…?
友信:去年はなんだか寂しいと思ってたんだ~!この方が、ずっと見栄えがいいよ!
ノア:〈モノローグ〉…バレてない?よかった、間に合ったのね?
0:ピンポーン
ノア:インターホン?誰ッ!?だれなのッ!?
友信:ああ、きっとオードブルだよ。
ノア:オードブル?
友信:明日のパーティに出すために、冷蔵のモノを注文しといたんだ~!
ノア:〈モノローグ〉ほっ、なんだ…
谷:〈回想〉「”ある者”に借用書を渡すよう言伝しました。」
谷:「明日のパーティは、さぞ豪勢でしょうから。」
ノア:〈モノローグ〉はっ…まさか!?
友信:はいはい、今出ますよっと。
ノア:駄目よッ!私が出るわ!!
友信:なんで?
ノア:〈無理に笑って〉「男子厨房に入らず」っ!料理は妻である私に任せればいいの!
友信:…そ、そうか?
0:お会計を済ませ、廊下を歩く2人
友信:なあ、オードブル重いだろ?
ノア:平気よ全然!!さ、友信はソファに座ってて!崩れたオードブルを整えなくちゃ!
友信:うん、わかった…
ノア:〈モノローグ〉オードブルの中に借用書は仕込まれていない…
ノア:よかった…
友信:じゃあ、僕は開封の儀でも行うとするかね…
ノア:何?その荷物…?
友信:ストーブだよ。今年も寒くなるぞ~!
谷:〈回想〉「暖房の近くに陣取れてよかった」
ノア:はっ…!
ノア:駄目よ!私が開ける!
友信:おいおい、僕にも何かやらせてくれよ。
ノア:機械は女の領分でしょ!?
友信:どちらかと言うと男じゃないかな…
ノア:どっちでもいいのよ!私得意なんだからっ!
友信:まあ、いいか。
ノア:友信、向こうを向いてよ。
友信:え、なんで??
ノア:ストーブを脱がすんだから、あ、当たり前でしょ??///
友信:えっと、ノア?僕は機械に対してそういう趣味はないよ?
ノア:いいから早く!
友信:…わかったよ。
ノア:〈モノローグ〉お願い友信。私は貴方との生活を台無しにしたくないの…
ノア:あれ?どういうこと?ストーブにも借用書はないじゃないッ!!
ノア:谷は本当に借用書を送ったの??
ノア:まったく…どうなってるのよッ!
友信:おっと、メールだ。
ノア:誰から…!?
友信:倉野教授から。新年度の書類を今持ってくるってさ。
ノア:〈モノローグ〉まって…いや間違いない!
ノア:谷は倉野教授に頼んだのだわ!
ノア:面識があるはずよ!谷は大学で講師をしていたんだもの!
0:ピンポーン
友信:お、もう来たのか。早いな。
ノア:駄目よ!出てはダメ!
友信:ノア、いい加減にしてくれないか。
ノア:倉野教授は明日のパーティも来るんでしょう!?その時でいいじゃない!
ノア:今は…ダメなの!
友信:なぜだ。どうして今はダメなんだ!
ノア:私、えっと…えっと…!
ノア:そうよ!ダンス!友信、ダンスを教えて!
友信:あとで教えるさ。
ノア:今じゃなきゃイヤ!ほら…見てっ?
ノア:123…!223…!
ノア:友信!私、ちゃんと踊れているかしらっ??
友信:ああ、うまいうまい。
ノア:ちゃんと見て!友信お願い!
ノア:私を見て!私だけを見てよッ!
0:不意に友信がノアを抱きしめる
ノア:…!
友信:ノア…
ノア:友、信…
友信:ちゃんと見ているさ。
友信:僕は君のパートナーなんだから。
0:夜が更け、寂しい街燈に照らされたベンチに谷が座っている。
谷:〈モノローグ〉人生は孤独だ…
谷:友達と呼べる者はもういない。
谷:クビを切られたことにカッとして、最後は僕が終止符を打った…
谷:クリスマスも、365ある内の一夜にすぎない…
谷:奇跡なんて、起こるはずもない…
来栖:こんばんは。無職さん。
谷:来栖…
来栖:やっぱりここにいた。
谷:ここがなんだ?
来栖:告白してくれたでしょう?そんなことも忘れちゃったの?
谷:ああ、そう言えばそうだな…
来栖:まさかあんな物を渡そうとするなんてね
谷:中身は見るなと言っただろ。
来栖:見たわよ。
来栖:あなたの目が見てくれって言ってた。
谷:フン…
来栖:ねえ、アナタたち本当に終わりなの?
谷:男の友情だって脆いさ。
来栖:そんなことないわよ。
谷:なんなんださっきから…
来栖:そんなことない。
谷:…
来栖:ねえ谷くん。もう一度やり直しましょう?
谷:来栖、僕と、やり直してくれるのか?
来栖:ええ。まあいいかな。
谷:こんな男だぞ?
来栖:そうよ。
谷:無職なのに?
来栖:…仕事はちゃんと見つけて?
谷:〈つぶやくように〉はは、嘘みたいだ。
来栖:〈優しく覗き込んで〉なに?
谷:奇跡だよ、今。奇跡が起きたんだ。
0:ノアを抱きしめたまま、友信は口を開く。
友信:借用書、見たよ。
ノア:そんな…
友信:ううん。来栖さん言ってたよ。
友信:「夫婦の間に、嘘やごまかしがあったらいけない」って…
友信:でも僕、君が帰って来てからも、ずっと切り出せなくて…
ノア:友信…
友信:ノア。君の嘘は、僕を守るためだったんだよね…?
ノア:私、分からない…何が本当かも、何が本心かも…
友信:そうかな。少なくとも僕は今、とても幸せだ。
友信:それが本当だよ。それが本心さ。
ノア:友信、ごめん…本当にごめんなさい…
友信:いいんだ。ノア、これからも一緒に歩いてくれる?
ノア:ええ。
ノア:もちろんよ。
ノア:〈モノローグ〉それから私たち二人はダンスの練習をした。
ノア:クリスマスパーティには、谷も来栖も来てくれて、ひと悶着あったけれど、
ノア:楽しい時を過ごした。
ノア:友信はそれからというもの、2度と死を望むことはなくなった。
ノア:それこそが、私の望んだ最大の奇跡。
0:完
0: