台本概要
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タイトル | 死神の鎮魂歌~requiem of grim reaper~第三番 永友 |
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作者名 | 神風雷神 (@populight) |
ジャンル | ファンタジー |
演者人数 | 5人用台本(男3、女2) |
時間 | 80 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
ここはどこ?私は、どこにいるの?怖い・・・寂しい・・・。でも、きっと・・・きっと、あの人は、私を見つけてくれる。だって、あの人は・・・―――。 さあ、今日もたんまり儲けたぜ。この町のじいさんばあさんはちょろいもんだなぁ。子どものこと、孫のこと、嫁さんや旦那さんのこと、ちょっと話せばガンガン金を積んでくれるからやめられねえぜ。でも・・・もう少しでもっと大金が手に入ったのに・・・。あの死にぞこないの婆さんのせいで・・・。さあて、どうすっかなぁ? どこにでもある、街の寂れた空き地。そこには、人間には見えない事務所が存在することがある。『死神事務所』。事務所というが、建物があるわけではない。その場所には死神が存在する。 しかしその死神は、人の命をむやみに奪ったりはしない。あくまで神様として、普段は見ているだけ。近づいたからといって、からかったからといって何もしない。 死神は、全ての声が聴こえる。生きている者、死んでいる者、その心の声を聴き、時には動き、時にはその力を振るう。 さて、今日はいつもと違う場所から、死神の一日が始まる。 270 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
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冥助 | 男 | 204 | 天川冥助(あまかわ めいすけ) とある町にある「天川死神事務所」の死神。この話の主人公。見た目は軽い感じで死神の仕事をめんどくさがる一方で、困っている人を放っておけない性格の男。普段は事務所兼空き地でのんびりしているが、人の悲しみや憎しみに反応し、面倒くさがるものの、願いを聴き届けて大鎌を振るう。 |
矢吹 | 男 | 49 | 矢吹迅(やぶき じん) 事件や事故の情報をすぐに収集する情報屋。どこからともなく現れたり、人間技とは思えない速さで仕事をこなし、幽霊や死神が見える人間。天川がこの町に来た時からの知り合いで、いつも天川に協力する人物。どうやら何か関係がありそうだ。 |
響子 | 女 | 163 | 高嶺響子(たかね きょうこ) 天川の隣町で執行している死神。成績優秀、容姿端麗で霊からも死神からも人気があるそうだが、怒っても喜んでもすぐに手が出るところがあり、周りを叩いて黄泉病院送りにすることも。天川のしていることに興味があり、いつも小言を言いながらも協力してくれる。 |
たえ | 女 | 97 | 望月たえ(もちづき たえ) 今回の話の被害者。花屋を経営している、24歳の古風な格好をした女性。夫である望月正章を心から慕っている。命を狙われているのだが、自分の状況や居場所さえも分からず、響子の事務所にたどり着いた。 |
取手 | 男 | 69 | 取手丈二(とりで じょうじ) 今回の話の犯人。老人を狙った連続保険金詐欺や殺人を行っている。望月正章に保険金をかけ、言葉巧みに養子縁組を取り、睡眠薬を使って殺害。さらにその妻である望月たえを狙っている。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:死神の鎮魂歌~requiem of grim reaper~第三番 永友
0:
たえ:ここはどこ?私は、どこにいるの?怖い・・・寂しい・・・。でも、きっと・・・きっと、あの人は、私を見つけてくれる。だって、あの人は・・・―――。
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取手:さあ、今日もたんまり儲けたぜ。この町のじいさんばあさんはちょろいもんだなぁ。子どものこと、孫のこと、嫁さんや旦那さんのこと、ちょっと話せばガンガン金を積んでくれるからやめられねえぜ。
取手:でも・・・もう少しでもっと大金が手に入ったのに・・・。あの死にぞこないの婆さんのせいで・・・。さあて、どうすっかなぁ?
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矢吹:どこにでもある、街の寂れた空き地。そこには、人間には見えない事務所が存在することがある。『死神事務所』。事務所というが、建物があるわけではない。その場所には死神が存在する。
矢吹:しかしその死神は、人の命をむやみに奪ったりはしない。あくまで神様として、普段は見ているだけ。近づいたからといって、からかったからといって何もしない。
矢吹:死神は、全ての声が聴こえる。生きている者、死んでいる者、その心の声を聴き、時には動き、時にはその力を振るう。
矢吹:さて、今日はいつもと違う場所から、死神の一日が始まる。
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響子:はい、次はこの自動車事故の監査、お願いね。で、その次は病死したこの人の経緯の監査、その次に―――。
冥助:―――おい。
響子:何よ?
冥助:いや、何よ?じゃねぇよ!待てよ!おかしくねえか?!この仕事量!!お前、仕事サボってんだろ!
響子:サボってるわけないでしょ?!前に言ったじゃない!この町はこの周辺の中でも高齢者が多くて、ただでさえ仕事が多いの!猫の手でも借りたいぐらいなんだから!
冥助:(小声で)・・・よく遊びに来てるじゃねえか。絶対に手ぇ抜いてるだろ・・・。
響子:ぬ・い・て・ま・せ・ん!毎日何人も見送らないといけないんだからね!
冥助:どうせ最終的に、お前の拳で黄泉送りにしてんだろ?
響子:・・・あんたねぇ、いい加減にしないと―――!(拳を振り上げる)
冥助:待て!やめろ!手伝いに来て大怪我なんてまっぴらごめんだ!
響子:だったらつべこべ言わず働きなさい!ほら!さっさとする!
冥助:ったく。人使い荒ぇなあ。
響子:絶対あんたにだけは言われたくないわよ!
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たえ:あのぉ・・・すみません。
響子:あ、はいはい!どうしたの?病死?事故死?
冥助:・・・お前、死んだ人間に対してそんなフランクに始めんの?
たえ:え?あ、え?
冥助:・・・おい。何か様子が変だぞ?
たえ:わ、私、死んじゃったんですか?
響子:あー・・・貴女・・・記憶喪失?
たえ:わ、分からないんです。この町に来たばかりっていうのもあるんですけど、どこを歩いても見覚えがなくて・・・。
響子:そうなのね・・・。ちょっと調べてあげるから、名前と年齢を教えてくれる?
たえ:あ・・・望月たえって言います。二四歳です。
響子:望月たえ・・・・・・おかしいわね。死体連絡にも届いてないわね。隣町かしら?
冥助:こっちの町にも届いてねえな。だとすると、また違う町か?
響子:えっと・・・たえさん。覚えてることってあるかな?何でもいいんだけど。
たえ:えっと・・・あ。たしか、トラックに撥ねられたんです。どこだったかは忘れちゃったんですけど、そこから記憶がなくて・・・。
冥助:おうおう、だったら事故死だな。どうだよ、響子。
響子:トラックに撥ねられた・・・?おかしいなあ・・・。
冥助:ん?どうしたんだよ?
響子:う~ん・・・。トラックの人身事故は、ここ二か月はうちの町では起こってないのよ。
冥助:あ?じゃあ、何でこの女がいるんだ?
響子:分からない・・・。調べないとね。じゃあ、よ・ろ・し・く・ね?
冥助:は?え、どういうことだ?
響子:冥助には、とっておきの情報屋がいるんでしょう?
冥助:ああ、矢吹のことか。お前、人の情報屋を勝手に使おうとしてんじゃねえよ!
響子:いいじゃないの!借りられるものは何だって借りるわ!
冥助:お前なぁ・・・!
響子:ほら!たえさんもお願いして!
たえ:え?あ、あの、お願いします。力を貸してください。
響子:ほら。お・ね・が・い・ね?
冥助:・・・・・分かった!分かったよ!じゃあ、行ってくる!
響子:行ってらっしゃい!頼んだわよ!
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取手:やっと・・・やっと手に入る。あの爺さん、優しくしてやったらまんまと金を預けてくれやがった。
取手:保険も掛けたし・・・あとはどうやってコンタクトをとるかだな・・・。もうすぐだ。俺の1億・・・ヒハハハハハ・・・!
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冥助:矢吹!
矢吹:ん?おお、冥助か。どうした?今日はあの女死神のところで馬車馬のようにこき使われるんじゃなかったのか?
冥助:まさに今!その真っ最中なんだよ!聞きたいことがあって来た。
矢吹:何だい?分かってることなら、何でも答えるよ?
冥助:望月たえ、っていう二十四歳の女性、何か分からねえか?
矢吹:望月たえ・・・望月たえ・・・二十四歳・・・。冥助、本当にそれで合ってるか?
冥助:合ってるはずだ。本人が言ってたんだからな。
矢吹:・・・そうか。
冥助:やっぱり別の町だと、情報も厳しいか?
矢吹:いや、望月たえは、いるにはいる。
冥助:おいおい!いるのかよ!だったらさっさと教えろよ。
矢吹:いや、いるにはいるんだが・・・、ちょっと合わないんだ。
冥助:合わない?どういうことだ?
矢吹:・・・なるほど。そういうことか。
冥助:何なんだよ。勿体つけずに早く言えよ。
矢吹:・・・これだよ。これが、望月たえの資料だ。
冥助:・・・!?おい、嘘だろ?!全然違うじゃねえか!
矢吹:そうだよ。これが、今の望月たえだ。
冥助:いや・・・でも、何で今なんだ?今になって、望月たえが命を狙われてるってことか?
矢吹:そういうことだ。ちなみに、望月たえはこの病院にいる。
冥助:ありがとな。・・・しっかし、よく出来てるな、この資料・・・おい、まさか。
矢吹:そのまさかさ。まだ調査中だが、とある事件に巻き込まれている。
冥助:なるほどな。そうなると、おそらくその事件が一枚噛んでるな。
矢吹:・・・調べてみようか?スピードアップで。
冥助:・・・頼む。俺は響子・・・女死神に報告してくる。
矢吹:分かった。・・・冥助。
冥助:ん?どうした?
矢吹:今回の事件・・・気をつけた方がいい。いろんな意味でね。
冥助:・・・?分かったよ。
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取手:ふぅ・・・あの婆さん、えらく長いこと寝たきりなんだなぁ。あれだといつ死んでもおかしくねえだろ。これなら・・・事故に見せかけるのは簡単だな。さてさて・・・もう少しだなぁ・・・。
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冥助:・・・おい、響子?
響子:何よ?
冥助:いやいや、お前、霊体に何させてんだよ?何優雅にお茶飲みながらくつろいでんだよ。
響子:くつろいでないわよ。こうやってゆったりした時間を味わいながら話を聞くのも、重要なことなのよ。ということで、おばあちゃん。貴女はまた人間界でやり直しだから、安心してね。
冥助:わぁお、さすが死神界の女神様。言葉も丁寧でとっても優しい。で?そこのお茶は必要なのか?ん?
たえ:冥助さんも、いかがですか?
冥助:おお!サンキュー!って飲まねえよ!俺達別に腹も空かねえし喉も乾かねえんだからよ!
たえ:そう、ですか・・・。
響子:でも、味は分かるじゃないの。一口飲んであげなさいよ!
冥助:あん?・・・あああああ!もうっ!分かったよ!飲めばいいんだろ!?
0:器を掴み、一気に飲み干す冥助。
冥助:・・・ん?何か、普通のお茶と味が違うな。
響子:お!分かる?この子、花屋をしてるみたいで、ハーブティーとかも作れるんだって!すごいわよねぇ。
たえ:うふふ・・・嬉しいです。
冥助:・・・おい、響子。話がある。ちょっとついてきてくれ。
響子:何よ。
0:響子は冥助の目を見ると、いつになく真剣な冥助の顔を見て言い直した。
響子:・・・どれぐらいかかる?
冥助:30分・・・いや、20分欲しい。
響子:・・・・・分かったわ。たえちゃん。あと何人か分のお茶、用意しておいてくれる?
たえ:分かりました。お気をつけて。
0:
0:冥助と響子は空を舞いながら、話を始めた。
響子:で?何か分かったの?
冥助:ああ。俺も信じられねえような情報だ。
響子:何?信じられないって。
冥助:まず一つ目。望月たえは死んでいない。うちの管轄の病院で入院中だ。
響子:やっぱり、想像通りね。でも、どうしてうちの事務所に来たのよ?
冥助:それがまず一つ目。
0:冥助は眼下にあった花屋を指さした。いかにも昔からある装いで、建物の隣には大きな木が突っ立っている。柑橘系の香りが仄かに鼻をくすぐった。
冥助:あの花屋が、望月たえの職場だ。
響子:え?・・・ああ、知ってるわ、あの花屋。この町で唯一の花屋ですもの。でも、ここはおじいさん一人で切り盛りしていたはずよ?
冥助:・・・そりゃあ、そう思うよな。
響子:何よ。勿体つけて。
冥助:あの花屋・・・夫婦で切り盛りしてるんだぜ?
響子:え・・・?
冥助:望月たえ。生年月日は昭和―――
響子:ちょ、ちょっと待ちなさいよ!たえちゃん、24歳って言ってたわ!昭和の生年月日なんてありえない!
驚きのあまり被せて発した響子の言葉に、さらに少し被せるように冥助が口にした。
冥助:いいや・・・、望月たえの年齢は、74歳だ。
響子:何を馬鹿なこと言ってるの?あの見た目で74歳なんて。
冥助:響子。お前の言いたいことも分かる。でも、あれを見たら否が応でも分かる。次だ。ついて来い。
響子:あ、冥助―――
冥助:早くしてくれ。時間がない。
響子:う、うん・・・。
0:冥助は踵を返し、次の場所へ向かう。しかし、そこについていく響子には、もどかしそうな表情が貼りついていた。
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冥助:ここだ。
響子:ここって・・・あんたの管轄の病院じゃない。ここがどうしたの?
冥助:・・・見ろ。この部屋。
響子:え?・・・・・あ・・・。
0:響子は部屋の中を見て、固まった。思わず二度見したその部屋では、老婆がベッドに横たわっていた。
そのベッドに記されていたのは、『望月たえ』。
響子:え?な、何で?どうして?
冥助:望月たえ。年齢は74歳。見ての通り・・・植物状態だ。
響子:・・・・・。
冥助:どうやら、24歳の時に交通事故に遭って、そこから植物状態で50年もの間、ここで静かに眠ってるんだとよ。
響子:嘘・・・。どうして・・・?
冥助:23歳で結婚。旦那の望月正章(マサアキ)と一緒に花屋を始める。望月たえが交通事故に遭った後も、旦那は一人で花屋を切り盛りして、嫁の入院費を何とか稼ぎ続けていたんだってさ。
響子:待ちなさいよ。っていうことは、たえちゃんは誰かに命を狙われてるってこと?
冥助:そういうことだ。で、その命を狙ってる相手が誰なのかだが・・・。
響子:冥助。
冥助:ん?何だよ、響子。
響子:実は・・・・・望月正章は、五日前に亡くなってるの。
冥助:・・・死因は・・・何だったんだ?
響子:死因は・・・事故よ。交差点に差し掛かったところでよろめいて、車と衝突。即死だったみたいね。
響子:でも、何か覚えてるのよ。すごく寡黙な人で、全然話してくれないんだけど、どこか安心した感じだったのよ。
冥助:おい、響子。
冥助はまっすぐ響子を見つめている。
響子:な、何よ。
冥助:望月正章は・・・殺されている。
響子:は・・・?いや、待ちなさいよ。ちゃんと調書も取ってるし、何より、これはその望月正章さんから聴いてやってるんだから!
冥助:その旦那が・・・騙されていたとしたら?
響子:・・・どういうこと?
冥助:・・・望月正章は、五日前に保険の契約をしている。その直後、事故に遭ってる。その時に少量の睡眠薬を飲み物に混ぜて飲ませて、歩行を困難にさせた奴がいるそうだ。
響子:・・・・・まさか・・・そんな、私が、間違ってたの・・・?
冥助:最近、その手口の事件が数件、立て続けに起こってるらしい。で、その被害者の一部に、この望月夫妻が含まれてるってことだ。
響子:・・・・・・。
冥助:響子?
響子:私・・・間違えてあの人を送っちゃったんだ・・・。そんな・・・。
冥助:おい、響子。
響子:どうしよう、私・・・。
冥助:響子!落ち着け!
響子:落ち着いてられないわよ!私のせいで・・・正章さんは、何も知らずに死んでいったのよ!何があったかしっかり精査して、在るべき場所に送るのが私たちの仕事!それなのに・・・!
0:冥助は響子の肩を持ち、真剣な顔で言った。
冥助:落ち着け!大丈夫だ。まだそんなに日にちは経ってない。伝えに行くことはできるはずだ。
響子:・・・・・そうね。ちょっと取り乱したわ。そんなこと、考えもしなかった。
響子:・・・あ、でも、どうしてたえちゃんが狙われてるのよ。会話すらしてないのよ。
冥助:まだ、そこは詳細は分かってない。だけど、狙われてる以外に考えられねえ。俺も情報を探る。だから響子は、その望月正章から、男の特徴を探ってほしい。
響子:分かったわ。早くしないとね・・・。すぐ行ってくる!
冥助:頼んだぜ。
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矢吹:冥助。こっちだ。
冥助:矢吹。何か掴めたか。
矢吹:ああ。どでかいのがな。
冥助:どでかい?
矢吹:まず、旦那を追い込んだのは取手 丈二(とりで じょうじ)。老人を狙った連続詐欺師だ。奴は被害者の親族を使った話から不安にさせたり、養子縁組の話を持ちかけたりして、高額の金をふんだくっている。
冥助:で、なかなか相手が死ななかったら、事故に見せかけて睡眠薬とかを使って殺す、っていうことか?
矢吹:さすがだね。よく見ている。
冥助:しかしよく分かったな。睡眠薬なんかよ。
矢吹:時間が経てば、体内から検出されなくなる特注品さ。そういうものは、必ず足がつく。
冥助:なるほど。計画的ってわけだ。
冥助:・・・で。望月たえのことは?
矢吹:・・・取手丈二は、望月たえを殺そうとしている。動機は単純だ。望月たえに掛けられた多額の保険金。そして、旦那にかけられていた保険金の譲渡。この男、どうやら旦那の心につけ込んで、養子として縁を組んだらしい。
冥助:何だって?こんな奴をか?
矢吹:正式に言えば、望月正章の意志ではなく、書面を上手く利用してそうなるようにした、ってところだね。
冥助:クズ野郎だな。反吐が出るぜ。
矢吹:まったくだ。そして、取手はいつでも望月たえを殺せる状況にある。血縁関係としての扱いが受けられるから、病院の受付も顔パス状態だ。
冥助:まずいな。
矢吹:だが、おそらく動くのは明日だ。
冥助:どういうことだ?
矢吹:取手は望月正章を殺した後、保険金の請求を早急に済ませている。明日には保険金が入る予定だ。その前に奥さんも無くなったとあったら、おかしいとなるだろう。
冥助:なるほど。日にちが近づいてきて、殺意が表面化してきた、ってわけか。
矢吹:今回の一件は、立件しようと思えばできないことはない。その望月夫妻にかけあえば、立件は可能だ。
矢吹:だが・・・。
冥助:望月たえが、この50年の経過を耐えられるかどうか、ってことか。
矢吹:そういうことだ。
冥助:お前が気をつけろって言ってたのは、このことか。
矢吹:これもある、ってところだ。そろそろ冥助の耳に入ってくるはずだぞ。心無い、私利私欲の声がな。
冥助:そうだな・・・。サンキュー。とりあえず、俺は響子のところに戻る。
矢吹:分かった。夜までに取手の尻尾は掴んでおくよ。
冥助:頼んだぜ、相棒。
矢吹:ああ、こっちは任せておいてくれ。
0:冥助はふわりと宙に浮くと、響子の事務所へと飛び去る。見送った矢吹は、軽くため息をつきながら笑った。
矢吹:響子、か・・・。隠す気も無くなってるか。高嶺響子・・・。いい女だろ、冥助。
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0:冥助が響子の事務所に戻ってくる。そこには、他の霊にお茶を出すたえの姿が。響子は見当たらない。
たえ:あ、冥助さん。おかえりなさい。
冥助:お、おう。響子は戻ってないか?
たえ:響子さんは、まだ帰ってきてませんよ。一緒じゃなかったんですか?
冥助:ああ、ちょっと仕事でな。別行動だったんだよ。
たえ:そうですか。あ、お疲れでしょう。お茶、いかがですか?
冥助:・・・たえさん。仕事って、花屋だったんだよな?
たえ:あ、はい!お花だけじゃなくて、ハーブも売ってたんです。独学で勉強して、店に来てくれる人にハーブティーを出してて・・・。ちょっと評判だったんです。
冥助:その中でも、評判だったのはレモンティー。自宅で育てていたレモンの木を使って作っていた。
たえ:・・・え?どうして、知ってるんですか?
冥助:・・・たえさん、あんた―――
響子:冥助!
0:そのタイミングで、響子が戻ってくる。冥助が振り返ると、そこには、どこか覚悟を決めた響子がいた。
冥助:響子。大丈夫だったか?
響子:ええ。しっかり話をしてきたわ。真実も伝えて、しっかり・・・願いも聴いてきた。
冥助:・・・願いは?
響子:もちろん・・・容赦なし。
冥助:・・・了解。で、どうすんだ?
響子:・・・私に、伝えさせてほしい。
冥助:・・・分かった。でも、大丈夫か?
響子は一瞬うつむき、そして、勝気な笑みで冥助をまっすぐ見た。
響子:あんたね、誰に向かって言ってるの?仕事はきっちりこなすキャリアウーマンよ。見てなさい。
冥助:・・・分かったよ。頼んだ。
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たえ:響子さん、おかえりなさい。
響子:たえさん、ただいま。早速だけど、話があるの。
たえ:どうしたんですか?私、何かしましたか?
響子:いいえ、何もしてないわ。・・・貴女の夫の名前、教えてくれる?
響子に聴かれたたえは、首をかしげながら笑顔で答える。
たえ:夫、ですか?正章さんがどうかしましたか?
響子:・・・正章さんって、どんな人か、教えてくれる?
たえ:えっと・・・ちょっと恥ずかしいですけど・・・とっても誠実な方です。ちょっと頑固で、あまり口に出さないので、周りから考えが分かりにくいって言われてますけど・・・。
たえ:私が花屋をやりたくて、そしたら、一緒にしようって言ってくれて・・・。たえと一緒に、二人で仕事をしていきたい、って言ってくれて・・・。
たえ:不器用で、ぶっきらぼうなんですけど、本当に真面目で、実直で、優しくて・・・。だから私も、一生正章さんと添い遂げられたらなぁって、お慕いしています。
響子:・・・・・・・・・・。
たえ:あー・・・ちょっと恥ずかしいです、ね。でも、本当に優しい人で―――
響子:たえさん。
響子がたえを遮るように名前を呼ぶと、深々と頭を下げた。
響子:ごめんなさい!!!
たえ:え?ええ?ど、どうしたんですか?響子さん、何もしてませんよ?
響子:いいえ!私は、ちゃんとした理由を確認しないまま、送ってしまっていたの。・・・正章さんを。
たえ:・・・・・・・え?正章・・・さん・・・?
響子:そう・・・正章さんは・・・亡くなってるの。
たえ:え?どうして・・・?う、嘘です、よね?そんなの―――
響子:分かるよ。受け入れられないのも、とっても分かる。でも、おかしいと思ったでしょ、たえさん。周りの景色、服装、持っているもの。どれも見たことのないようなものばかり・・・だよね?
たえ:っ・・・はい。
響子:・・・少しずつ、気付き始めてたよね?自分が、他と違う時間で過ごしてるかもしれない、って。
たえ:・・・・・・・・・・。
響子:ここは、たえさんがトラックにはねられてから50年後の世界。貴女は、ずっと病院で寝たきりになっていたの。
たえ:・・・・・・・・・・正章さんは。
響子:え?
たえ:正章さんは、その50年間、どうしてたんですか?
響子:・・・・・ずっと、花屋をしながら暮らしていたわ。毎日欠かさずたえさんの看病をしながら、50年間、ずっと。
たえ:・・・そんな・・・。
たえは、その場で崩れ落ちるようにへたり込んだ。
響子:たえさん。
たえ:そんな寝たきりの私なんて・・・ただのお荷物なのに・・・。私、正章さんに迷惑しかかけてないのに・・・それなのに・・・何もしないまま、50年も正章さんの人生を奪ってしまったの・・・?
響子:・・・・・・・・・・。
たえ:そんな私なんて、捨ててしまってよかったのに・・・。私・・・正章さんの人生を、踏みにじってしまったの―――
響子:そんなことない!!!
0:泣き崩れるたえを見ながら、遮るように響子は叫んだ。そして、たえの肩を持ちながら必死に訴えかけた。
響子:正章さんは!自分の意志で!たえさんの傍を離れなかったの!花屋だって!正章さんが続けたくて続けたの!
響子:もちろん、たえさんがいつか起きるかもしれないって思ってたことはあった!でも、それだけじゃないの!
たえ:・・・・・・。
響子:正章さんは、たえさんを愛してたの!さっき、たえさんが言ったように、正章さんもたえさんを・・・心から愛していたの!だから正章さんは、離れなかったのよ。
たえ:・・・正章、さん・・・。
響子:・・・貴女が大切にしていたレモンの木・・・。毎年実をつけて、それでレモンティーを提供していたそうよ。
たえ:・・・そう、なんですね・・・。
響子:・・・たえさん。私達は、死ぬ前の声も聴き直すことができるし、死後の人ともある程度は話すことができるの。さっき、私は正章さんに会ってきた。
たえ:・・・・・・・・・。
響子:言ってたわ。たえが幸せであることが、俺の幸せだったって。
たえ:・・・・・・・っ・・・!
0:たえは、声を上げずに、その場で泣いた。その傍らで、響子の頬にも透明なものが伝っていた。
0:
0:
0:
0:静かになっていく二人。そこに、おともなくゆっくりと近づく冥助。
冥助:響子。
響子:・・・・・。
冥助:もう、大丈夫か?
響子:・・・ええ。
0:冥助が、響子の肩をそっと持つ。
冥助:・・・ありがとな。後は、俺に任せな。
響子:・・・ありがとう。
冥助:・・・望月たえ。ここからは俺の話、聴いてくれるか?
たえ:・・・はい。
冥助:望月正章は、殺された。
0:たえが、バッと顔を上げて、信じられないというような表情で冥助を見た。
たえ:どうして?!どうして正章さんが殺されるの?!正章さんは恨まれるようなことをする人じゃな―――!
冥助:―――分かってる!殺した奴は、金目当てで殺した。保険金殺人って感じだ。
たえ:そ、そんな・・・。
冥助:そいつは老人の心につけ込んで、多額の保険金をかけてふんだくる奴だ。望月正章も、その犠牲者だ。
たえ:・・・・・。
冥助:望月たえ。お前はどうしたい?
たえ:え?
冥助:お前は、どうなることを望む?
たえ:・・・そんなの・・・決まっています・・・。
0:たえは徐に立ち上がり、冥助をまっすぐに見つめた。
たえ:正章さんを・・・そんな目に遭わせた人なんて・・・許せるわけない!こんな私に、ずっと寄り添ってくれたのに・・・そんな終わり方・・・あんまりです・・・!
たえ:・・・お願いします・・・その人に・・・天罰を下してください!
冥助:・・・お前は人の命を奪うことの、片棒を担ぐことになる。それでもいいんだな?
たえ:・・・いいんです。私はもう・・・全て、決めましたから。
冥助:・・・分かった。お前の覚悟、しっかり受け取った・・・っ!!?
0:冥助がそう言い、踵を返したその時、脳内で悪魔のような声が反響した。
0:
取手:いやぁ、保険業者もよくやってくれるねぇ。まさか一日早く金が下りてくるなんてなぁ。ハハハハハ・・・。
取手:よぉし、あとは、あの婆さんをやっちまえば、金も2倍・・・いや、3倍に膨れ上がる!点滴にちょっと細工すりゃあ一瞬であの世だろうよ。さぁて、行くかぁ・・・。
0:
冥助:嘘だろ・・・!こんな時に!
響子:何?!どうしたの?!
0:響子が必死の形相で聞くのを他所に、冥助はたえの腕をつかんだ。
たえ:な、何ですか?!
冥助:お前は今!殺されかけてるんだ!誰かに殺意を向けられている時!俺達と気を失っている人間はコンタクトが取れる!その犯人が、今すぐにお前を狙ってる!
たえ:え・・・?
響子:な、何ですって!
冥助:くそっ!時間がねえ!とにかく病院まで飛ぶぞ!!!
たえ:え?きゃあっ!
0:冥助はたえを抱きかかえると、ふわりと宙に浮き、そのまま病院へ飛んでいく。
響子:・・・ああ、もう!皆、ごめん!帰ってから皆の話、いっぱい聴くから!私に時間をちょうだい!じゃあ!行ってくる!
0:事務所にいた霊体に見送られながら、響子もその後を追っていった。
0:
0:
取手:よしよし・・・養子縁組だから顔パスだぜ。誰も疑いもしやがらねえ。楽勝だな。
取手:・・・さぁて・・・点滴にちょっとだけ空気を送り込んでやったら、簡単に心臓発作が起こる。婆さんには耐えられねえだろうよ。
0:取手はニヤケ顔を抑えることができないまま、件の病室に入る。一人部屋で横たわるのは、やつれた老婆―――望月たえの姿。
取手:さて・・・もうすぐだ。楽しい楽しいお金が俺のところに舞い込んでくる・・・!今回はかなり時間をかけたから喜びが格別だぜ!さあて・・・これが点滴で―――。
0:取手が点滴を手に取り、注射器で空気を注入しようとする、が、そこで病室が勢いよく開いた。
取手:―――っ!!!
0:注射器を隠しながら血相を変えて振り向き、誰か確認する。見ると、白衣を身にまとった医者だった。
取手:・・・な、何だ。お医者さん、脅かさないでくださいよ。
0:安堵の表情を浮かべる取手。しかし、その正体は、変装をした矢吹だった。
矢吹:おや、脅かせてしまいましたか?これは失礼いたしました。
取手:い、いえ、お気になさらず。どうかしたんですか?
矢吹:はい、回診の時間ですので、見回っておこうと思いまして。
取手:そ、そうですか。それはご苦労様です。
矢吹:ありがとうございます。なので、その場所を譲っていただけませんか?
取手:あ、は、はい、わかりました。どうぞ。
矢吹:恐れ入ります。
0:矢吹と取手の場所が入れ替わる。矢吹の見えない角度に顔を持ってきた取手は、苦虫を嚙み潰したような顔をした。
取手:(心の声)くそっ!もうちょっとだったのに!!!・・・まあいい。回診が終わったらもう一度やればいいし、医療ミスを疑って、この医者を訴えてまた金をふんだくればいい。
取手:ははははは・・・やっぱり世の中、金だなぁ。
取手がそう思い直した、その刹那だった。
矢吹:・・・ん?
0:突然、病室にけたたましい電子音が鳴り響く。取手は驚いて心電図を見ると、安定していたはずの心拍が、突然振れなくなっていた。
取手:な、何です?どうしたんです!?
矢吹:緊急事態です!蘇生を行いますので、面会の方は一度外に!
取手:蘇生って・・・義母さんがどうかしたんですか?!
矢吹:ともかくお待ちください!あとで電話を掛けますので、屋上かどこかでお待ちください!
取手:わ・・・わかり、ました・・・。
0:取手は、言われるがままに病室を後にする。が、その顔からは、笑みを隠し切れなかった。
取手:(心の声)やった!やった!俺はなんてツイてるんだ!何もせずにポックリ逝ってくれるなんて!ラッキーすぎんだろ!これで待てば、金は俺のもんだ!ヒャハハハハハ!
0:病室を後にする取手を見送り、扉が閉まってから直後、矢吹は盛大にため息をついた。
矢吹:・・・ふうううぅぅ・・・。間一髪だったね。
0:矢吹が機械をいじり、機械音を正常に戻す。それを見ていたかのように、冥助達が壁をすり抜けて飛び込んでくる。
冥助:矢吹!本当に助かった!
矢吹:大きな貸しだぞ?とは言っても、間違えたのはこっちだからね。ずっとアイツを追っていたら、ここに入っていったから、まさかと思って。
冥助:ああ、そのまさかだ。矢吹も聴こえただろ?あのクソみたいな声。
矢吹:ああ、よく聴こえたよ。ともあれ、何とか間に合ってよかった。
冥助:ありがとうな、本当に。
たえ:あ、ありがとうございます。
0:冥助が礼を言ったタイミングで、たえも深々とお辞儀をした。その姿を見つめながら、矢吹は優しい笑顔を向ける。
矢吹:・・・貴女が、望月たえさんだね。
たえ:はい、そうです。
矢吹:・・・この二人は、とってもいい人達だ。全て、受け入れてくれるよ。
たえ:・・・はい。
矢吹:そして、そこで横たわっているのが、本当の望月たえだ。
たえ:・・・・・。
0:たえは、本当の自分を見た。ほとんど白髪で、皮膚もシミがあったり垂れ下がったりした、74歳の顔。そんな自分の顔を見たたえの顔は、
たえ:・・・・・ふふっ。
0:笑顔だった。それを見た響子が、笑顔で尋ねる。
響子:どうしたの?
たえ:私・・・こんな顔になるんですね。こんなにしわくちゃになって・・・。でも・・・。
響子:でも?
たえ:・・・こんな顔になった私でも、正章さんは最期まで愛してくれた・・・。ありがとう・・・正章さん・・・。
響子:たえさん・・・。
0:そして、たえの表情が変わる。
たえ:・・・だからこそ、私は、あの人を許せない。私ではなく、正章さんを手にかけたこと・・・一生賭けて恨みます。お願いします。あの人を・・・殺してください。
冥助:・・・受け取った。後は俺に任せて―――。
響子:待って。
0:冥助がいつものように声をかけると、響子がそれを遮った。
冥助:何だ?どうした?
響子:冥助。私にも、下させてほしい。
冥助:・・・・・。
響子:分かってる。これが私怨になることぐらい。でも・・・放っておけないの。たえさんに、ここまでの覚悟をさせた原因は私にもある。だから・・・。
冥助:・・・分かったよ。
0:冥助はため息をつきながら、まっすぐに響子を見た。
冥助:お前の気持ちもよぉぉぉく分かるぜ、響子。もし何か言われたら・・・、
0:ニヤッと笑い、続ける。
冥助:その時はその時だ。一緒に、罰を受けようぜ。
響子:・・・ええ!
冥助:じゃあ、矢吹。ここで望月たえを頼んだ。
矢吹:了解。
たえ:よろしく、お願いします。
0:冥助がその場を後にし、その後を響子が追うが、途中で立ち止まり、矢吹を見つめる。
矢吹:・・・何か用かい?
響子:・・・冥助の相棒なんだって?ありがとね。たえちゃんを救ってくれて。
矢吹:・・・ふふっ。ただの情報屋さ。それよりも、急いだほうがいいんじゃないか?冥助はこういうことになると容赦ないからね。
響子:ええ、知ってるわ。ありがとう。
0:響子がその場を後にする。気配が無くなったのを感じ取ると、
矢吹:・・・・・ふぅ・・・。
0:矢吹は誰にも聞こえないほどに小さくため息をついたのだった。
0:
0:
取手:さぁて、まだかなまだかな~?いやぁ、楽しみだ!金がどんどん入ってくる!あの間抜けな医者からも金をふんだくったらどれだけ奪えるかなぁ?
冥助:へっへぇ~~~?お前が持ってる金ってそんなきたねえ金なんだなぁ。
取手:っ?!だ、誰だ!どこのどいつだ?!
冥助:その金って、他の誰かの金なのか?金のためなら人の命も奪っていいのか?
取手:な、何だよ・・・。リークする気か?!金か?!金が欲しいのか?!
冥助:金?そうだなぁ。ほしいかって言われたら欲しいなぁ。
取手:そ、そうだろ?!いくらだ?それなりにあるからいくらでも―――
冥助:でもよぉ、その金・・・汚い金だよなぁ?
0:笑いながらそう言った刹那、その声に重圧がのしかかる。
冥助:いらねぇんだよ、そんな金。
取手:ひっ・・・!
0:そこへ、女性の声が入ってくる。
響子:あんたのその金、愛する人への思いがこもったお金なのよ。それを分かって奪ってるのよねぇ?
取手:お、女?おい!二人いんのかよ!さっさと出て来いよ!
響子:あんたには心ってものが無いの?そのお金を使って、どんなために使うお金だったのか、考えたりしないの?
0:女性の声が聴こえる中、それを遮るように取手が叫ぶように喚き散らす。
取手:あああああああ!!!うるせぇよ!!!ジジイやババアが貯めた金を有効利用してるしてるだけだろうがよぉ!!!どうせ死んじまったら、地獄に金は持っていけねえんだ!!!
取手:その金を!!!どう使おうが俺の勝手だろうが!!!
0:しばらくして、女性の震えた声が、静かに聴こえる。
響子:・・・冥助・・・私、これ以上我慢できない・・・。
冥助:待て、響子。俺が最後に聴く。
0:息を吸い、男の声が響く。
冥助:最後に問う。お前は死神か?
取手:・・・は?
冥助:答えろ。お前は・・・死神か?
取手:そ、そうさ!世の中から老害を消して!金を有効活用する!神様みたいな存在さ!
冥助:・・・ほっほぉ・・・なるほどなぁ。
嘲笑・・・そして、憎悪と憤怒が籠った声で、取手の言葉を落とした。
冥助:てめぇが、死神を語るな。
0:冥助と響子は、音も無く、何もないところから、まるで闇から溶け出すように現れた。
取手:―――え?今・・・ど、どうやって出てきた・・・?
冥助:てめえみたいな奴、絶対に死神なんかじゃねぇんだよ。
響子:自分の私利私欲のために、散々に老人たちの命を奪って・・・死神の風上にも置けないわ。
取手:な、何だよ。何なんだよ、お前らは!!!
冥助:俺は天川冥助。この町の死神執行人。お前の魂を刈りに来た。
響子:高嶺響子。死神執行人。貴方が手にかけた、望月正章の担当よ。
取手:―――っ!!
0:望月正章の名前を聞いた途端、取手の顔から血の気が引いた。冥助はそれを見逃さない。
冥助:おやおやぁ?どうしたんだ?ま、当たり前か。お前が殺したんだもんな。
取手:な、何をいきなり!濡れ衣だ!俺には関係ない!
響子:関係ない?裏社会から睡眠薬を購入しておいて、よくそんなことが言えるわねぇ。
取手:な、何で知って・・・?
冥助:取手丈二。望月正章に睡眠薬を飲ませ、その道中で交通事故に遭わせて殺害。その1件の詐欺の他に・・・へぇ?13件もやってるのか。
取手:っ!!
冥助:どの詐欺事件も被害者が死亡。交通事故、転落死、溺死・・・よくもまぁ、これだけ自殺や事故に見せかけて殺してきたなぁ。
響子:睡眠薬でどうにもならなかったり失敗したりしたら、突き落したり・・・火を放ったこともあるの?これでよく関係ないなんて言えるものよねぇ。
取手:何で・・・何で知ってんだよ・・・!探偵か何かか?!
冥助:探偵だったら良かったかもなぁ。何せ俺達は死神。全部聴こえるんだよ。お前の声も、思いも、全部な。
取手:くそっ!何なんだよ!意味分かんねえよ!
響子:分かんないことないでしょ?自分のしたことの責任を取る。それが大人の人間ってものでしょ。
取手:うるせえんだよ!
冥助:おっと!
0:取手が二人にとびかかる。冥助は咄嗟に身を翻し、その場から飛び退いた。微動だにしなかった響子は目を閉じながら深くため息をついている。その首に取手は腕を巻き付け、隠し持っていたナイフを首筋に当てる。
取手:ははははは!!!形勢逆転だな!死神か何だか知らねえけど!俺のことがバレてんならさっさとトンズラするだけだ!でも、その前に、お前らもさっさと殺さねえとな!
0:威勢よく言い放つ取手。だが、冥助は慌てない。それどころか、笑っていた。
冥助:・・・はは、はははははは。
取手:な、何だよ・・・ここまでされて、何で笑ってんだよ!
0:響子は徐に声を上げた。
響子:だったら・・・そのナイフ、そのまま私に刺してみれば?ほら、そのままブスッとやりなさいよ。ほら。ほらほらほら!
取手:こ、この女・・・言わせておけばぁぁぁっ!!!
0:取手は、響子の首に渾身の力でナイフを突き刺した。
0:そう、そのはずだった。
取手:・・・あれ?え?え、え?何で???
0:そこに首がある。ナイフも刺さる。何度も突き刺している。なのに、血が一滴も出てこない。それどころか、ナイフを抜いた瞬間に、あるはずの傷口が消え去るのである。
0:冥助がため息交じりに言う。
冥助:だ~か~ら~。俺達は死神だって言ってるだろ?ナイフで刺されようが、銃で撃たれようが、俺達には関係ねえんだよ。
取手:くそっ!くそっくそっ!くっそおっ!!!
0:いろんなところに何度も突き刺す取手。だが、勿論効果はない。
響子:―――ねぇ。
0:響子がため息交じりにそう呼びかけ、さらに刺そうとするナイフの刃を親指と人差し指で掴んだ。
取手:あ・・・え?
0:ビクともしないナイフの切っ先を見て、顔を青ざめる取手。
響子:もう・・・いいかしら?
0:響子は表情一つ変えずに、指先をひねった。まるで折り紙を折るかのように、ナイフは折れ曲がっていた。
取手:へ、へあああ?!
0:驚嘆する取手に、冥助が思い出したように言う。
冥助:あ~~、そうそう。言っておくけどその女は・・・人ならざるほどの力を持ってるから、注意しろよ?
取手:へ・・・え・・・?
0:響子は、取手の手を掴んで、微笑んだ。
響子:ねえ。こんな簡単に人を殺そうとするような手・・・要らないよね・・・!!
0:響子がほんの少し、力を込めて手を握りしめると、まるで紙をぐしゃっと丸めるかのように、原形を留めないほどにボロボロになっていた。
取手:あ・・・あああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!いてえええぇぇぇっ!!!!!手があぁっ!!!俺の手があぁぁぁっ!!!
0:血みどろと化した手を押さえて転がる取手。響子の傍までやってきた冥助が、ため息交じりに言う。
冥助:おいおい・・・やりすぎだぞ、響子。
響子:力の加減って難しいわね。ほんの少し握っただけよ?粉々になっちゃったわ。
冥助:まったく・・・。
取手:お前ら・・・何なんだよ!!!こんなの!犯罪だぞ?!
冥助:犯罪?はは・・・ははははは!だから!何度言えば分かるんだよ。俺達は死神。お前の魂を刈りに来たんだよ。今から魂を刈られるのに・・・骨も臓器も要らねえだろ?
取手:い、嫌だ・・・嫌だあぁぁぁ!!!死にたくないぃぃぃ!!!
0:取手は全力をふり絞ってその場から走り出し、階段を駆け下りていった。
冥助:・・・響子。
響子:・・・・・冥助。私は大丈夫。
冥助:分かった。多分・・・アイツはまたあの部屋に向かったな。
響子:大丈夫なの?
冥助:問題ねえよ。それより・・・相当怒ってたな、お前。
響子:・・・私、もう馬鹿呼ばわり出来ないわね。あんたがああいうことをした理由・・・分かったわ。
冥助:・・・まあ、お前が怒るのもよく分かるぜ。・・・あの程度でよく耐えたな。首を掴みそうになっただろ?
響子:ふふっ・・・バレた?でも、さすがにしないわ。私・・・できる死神だから。
冥助:よく言うぜ。・・・じゃあ、行くか。
響子:ええ。
0:
0:
0:取手は痛みをこらえながら全速力で階段を駆け下り、廊下を走り抜ける。先程まで煌々と明かりがついていたはずなのに、何故か階段も廊下も一切明かりはない。
取手:ハァ・・・ハァ・・・何なんだよ・・・何なんだよ、これ!何でこんなことになるんだよ!!みんなあのジジイとババアが悪いんだ!アイツらがさっさと死んでいれば!くそっ!!!
0:走って走って、走り込んで、ようやく病室の前まで辿り着く。
取手:ハァ・・・ハァ・・・ここだ・・・。あのババアさえやっちまえば・・・っ!!!
0:勢いよく扉を開ける。しかしそこには、機材もベッドも何もない。
0:ただ、そこに、一人の女性―――若かりしたえがいた。
取手:・・・誰だ、お前・・・?
たえ:・・・あなたは、ここに何をしに来たんですか?
0:たえは、いつもの明るく優しい声ではなく、落ち着き、凛とした表情で取手を見つめていた。
取手:・・・そうか、分かったぞ。お前もあの死神とか言ってる奴等の仲間だろう!?どいつもこいつも俺のことを馬鹿にしやがって!
たえ:・・・仲間、ですか。それだったら、嬉しかったかもしれません。でも・・・私はあなたを、許さない・・・!
取手:は・・・?お前みたいな女に言われる筋合いねぇんだよ!
たえ:・・・ここまで言われて、まだ気づかないんですね?
取手:な、何・・・?
0:たえが、両手を広げる。
たえ:望月たえ。あなたが殺そうとしている女の顔、分からないんですね?
取手:・・・・・ハハ、ハハハハハ。頭おかしいんじゃねえの?俺がやろうとしてんのは、お前みたいな若い奴じゃなくて、もっと年寄りババアの望月たえなんだよ!
冥助:今・・・しっかり言ったな?
0:どこからか声がする。その声を耳にした途端、取手は恐怖で足がすくみ、その場で崩れ落ちた。
響子:ええ・・・私も聴いたわ。心どころじゃない、生身の声をね。
取手:あ、あああああ・・・・・。
0:部屋の天井から、壁をすり抜けるようにゆっくり降りてくる冥助と響子。二人は死神らしく、大鎌を片手で携えていた。
冥助:本来死神は、人間の命に関与してはならない。だが、特例として、死んでいる者の声と生きている者の声を聴き届けた時、その関わりが許される。
響子:死んでいる者からは、望月正章を初めとする、12人。生きている者からは、ここにいる望月たえ。これで声は揃ったわ。
取手:や、やだ・・・やだ・・・。
冥助:さらには、明確に今、生きている者を殺そうとしていたっていう尾頭付きだぜ?言い逃れは・・・出来ねえぞ?
取手:ひ、ひいいいぃぃぃ・・・!!!
冥助:さぁ、覚悟はいいな?
0:冥助と響子が一歩歩み寄ると、取手はその場で土下座し、声を震わせながら叫び散らした。
取手:ごめんなさい!ごめんなさい!全て!すべて私が悪いんですぅぅぅ!!!全て罪を償います!!!金も返します!!!すぐに出頭します!!!だからぁ!だから命だけは!助けてくださいいいぃぃぃ!!!
響子:こいつ・・・この期に及んでまだそんなクズみたいなことを・・・!
冥助:まぁ、待て。
0:怒りに震える響子を冥助が制止する。そして、ゆっくり取手に歩み寄り、土下座する取手の前にしゃがみ込む。
冥助:・・・お前、そんなに助かりたいのか?
取手:は、はい!助かりたい!助かりたいです!
冥助:そうかそうか。じゃあ・・・今まで全部で、いくら金をだまし取ったんだ?
取手:え・・・さ、3億、ぐらいです・・・。
冥助:へぇ・・・で?何に使ったんだ?
取手:え・・・あ・・・。
冥助:正直に言えよ?俺は正直な奴が大好きだ。
取手:あ・・・ギャ、ギャンブルと、借金返済に、使いました・・・。
冥助:へええ、なるほどなぁ。・・・なぁ、その金は、どういう金だ?
取手:え・・・あ・・・と、年寄りの人が・・・家族のために・・・必死に貯めた・・・お金、です・・・。
冥助:・・・は?
取手:え?
冥助:お前・・・今、心で嘘をついたな?
取手:い、いや!ついてません!!
冥助:ついてるだろうがよ!じゃあさっき!俺に言った言葉は何だったんだ?
取手:え・・・?
冥助:・・・『あああああああ!!!うるせぇよ!!!ジジイやババアが貯めた金を有効利用してるしてるだけだろうがよぉ!!!どうせ死んじまったら、地獄に金は持っていけねえんだ!!!』
冥助:『その金を!!!どう使おうが俺の勝手だろうが!!!』
取手:・・・・・っ!!!
冥助:・・・お前がさっき、心から言った言葉だろうがよ・・・!
取手:ち、違う・・・違うんですぅぅぅ!!!
冥助:望月たえ。
0:不意に冥助がたえを呼び、軽く振り返る。
冥助:・・・どうだ?今のを聴いて、何か、気持ちは変わったか?
0:たえは、下を向く。そして、ゆっくりと、笑顔で顔を上げた。
たえ:何も、変わりません。
冥助:了解。だってさ、取手丈二さん。何も変わんないってよ・・・?
取手:ひ、ひいいぃぃぃぃぃ!!!!!
0:恐怖でもつれそうになる足を必死にばたつかせながら、取手は扉に手をかける。しかし、まるでそこは壁かのようにびくともしない。
冥助:さぁ、現世とお別れの時間だ。
0:冥助が合図を送ると、響子は鎌を上段に構えて冥助に並び立つ。
取手:やだ・・・死にたくない・・・死にたくないいいぃぃぃ・・・!
響子:何言ってるの?そうやって、自分のやりたい放題しながら、今まで散々に人を殺してきたのは誰なの?
冥助:こんな奴に・・・生き続ける資格は・・・ねえ!!!
0:二人で、大鎌を構える。断罪の時。
取手:い、嫌だ・・・いやだぁぁぁ・・・!!!
響子:罪も無い人達の命を!思いを!後に託したものまでも踏みにじったこと!黄泉でしっかり悔い改めなさい!!!
冥助:己の私利私欲に溺れて、人の大事なものを平気で貪りつくす獣がよお!!!あの世でしっかり反省して来い!!!
0:
0:
0:
0:全てが終わり、本当の病室に戻ってきた3人。
たえ:本当に・・・ありがとうございました。
冥助:別に。ただ下衆な奴を始末しただけだ。
響子:そうよ。何もお礼を言われることもないわ。
たえ:いえ。お二人は私の恩人です。
響子:恩人だなんて・・・。
冥助:・・・・・・。
響子:・・・?冥助?
冥助:・・・たえさん。あんた―――
たえ:これで、心置きなく、次へいけます。
0:たえは、にこやかに二人を見た。そして、笑顔で二人に向かい合う。
たえ:冥助さん。響子さん。お願いがあります。
響子:ん?何?どうしたの?
たえ:私を・・・殺してください。
響子:・・・・・え?
0:響子の表情が固まる。冥助は、深いため息をついた。
冥助:・・・お前・・・最初っからそのつもりだっただろ?
響子:え?
たえ:・・・気づいてたんですね?
冥助:ああ。お前が、全て、決めましたから、って言った時からな。
たえ:・・・・・。
響子:た、たえさん!考え直してよ!そんな形で罪を償っても、何の意味もない!
冥助:響子。
0:冥助は響子の言葉を遮る。
響子:何よ?
冥助:この状況を・・・望月正章に報告して来い。
響子:え?あんた、何言ってるのよ?
冥助:いいから!超特急だ!・・・きっと、探す間もないと思うぜ。
響子:・・・ああもう!分かったわよ!
0:苛立ちながら響子が姿を消す。
冥助:・・・たえさん。あんた・・・旦那さんと何か、約束でもしてたのか?
たえ:約束は、していません。でも、それが私たちの夢でした。ずっと、一緒だって。
冥助:・・・・・。
たえ:でも、私にはこの50年の記憶は、何一つ無いんです。結婚した時に、ずっと一緒だって言ったのに・・・正章さんは50年も私に費やして・・・私は・・・何もしていないんです。
冥助:・・・だから、罪滅ぼし、か?
たえ:こんなことで、罪滅ぼしになるなんて思っていませんよ。でも・・・もし一緒にいられるのなら、少しでも一緒にいたい。それが、私の願いです。
冥助:・・・黄泉の扉は、全員が通る場所だ。でも、その後はどの道に進むか分からねぇ。もしかしたら、黄泉の扉に手をかけた瞬間、すぐに離れ離れになることだってある。
たえ:・・・・・。
冥助:お前は・・・それでも死を選ぶのか?
たえ:・・・それでも・・・それでも・・・少しでも一緒にいられたら・・・。その考えでは、ダメですか・・・?
冥助:・・・・・・・・・ハァ・・・。
0:深くため息をつく冥助。
冥助:そのことを聴いて、旦那さんが何て言うかねぇ?
たえ:そんなの決まってます・・・。大馬鹿野郎って、怒られます。
冥助:分かってんのか?俺達は、あんたの思いだけなら汲み取ることはできねえ。必ず、死者の思いが必要だ。
たえ:そう・・・ですよね。
冥助:・・・でも、お前にはそれだけ、思い合う人がいる。
たえ:え?
冥助:だから、あんな心の声が漏れるんだろ?
たえ:心の、声?
冥助:・・・『怖い・・・寂しい・・・。でも、きっと・・・きっと、あの人は、私を見つけてくれる。だって、あの人は・・・私の英雄だから。』
たえ:・・・っ!!!
冥助:言っただろ?死神はいつでもどこでも、心の声が聴こえるんだって。その思いが強ければ強いほど、猶更な。
たえ:・・・冥助さんには、敵いませんね。
冥助:敵うわけねえだろ?俺は・・・死神だぞ?
0:笑いながら言う冥助の後ろから、響子が戻ってくる。
響子:・・・冥助。
冥助:お、戻ってきたのか、響子。
響子:あんた・・・気づいてたの?
冥助:ん?何が?
響子:こうなること・・・分かってたの?
0:俯きながら言う響子の質問に応えず、逆に投げかける。
冥助:・・・旦那さんは、何だって?
響子:・・・・・・。
冥助:響子。
響子:・・・一緒に、いこう、ですって。
冥助:・・・だってさ。お嬢さん。
たえ:・・・・・。
0:たえは、ゆっくりと響子に歩み寄る。
たえ:響子さん。
響子:たえさん。ねえ。考え直さない?こんなやり方、間違ってるよ・・・。
たえ:響子さん・・・。
響子:たえさんのしていることは、自殺しようとしてる人と同じよ。まだ生きられる命はある。だったら―――。
たえ:私・・・一度、両親に殺されそうになってるんです。
0:たえが、響子の声を遮るように話し始める。
響子:え?
たえ:ちょっとしたお金持ちだったみたいで、幼少期は何不自由なく過ごしました。でも・・・私、本当の父親が別にいたことが発覚して、恥さらしとして殺されそうになりました。
たえ:地下室に閉じ込められて、今まで一緒にいた人達も見て見ぬふり・・・食事も取れないまま、1週間が経ちました。さすがに、もう死んだと思いました。
たえ:その時に、私を助けてくれたのが・・・庭師だった正章さんでした。私を連れ出し、遠いところまで逃げのびて・・・駆け落ちでした。
響子:たえさん・・・。
たえ:響子さん。正章さんは、私にとってかけがえのない存在で、思い慕う人で・・・英雄なんです。
響子:・・・・・・。
たえ:私は、どこまでもあの人についていきたい。たとえ、どんなことがあったとしても。私は・・・正章さんの側で、歩み続けたい。
響子:・・・・・・。
冥助:きっと、その思いのままのはず。旦那さんも、そう思ってたんだろ。
響子:冥助。
0:たえの後ろから、冥助が諦めたよう笑顔で響子に語り掛けた。
冥助:言ってただろ?たえが幸せであることが、俺の幸せだったって。きっと、たえさんの願いは全て聴き届ける覚悟だったんだろうさ。
響子:・・・・・・。
冥助:止めたって無駄だぜ。そういう二人なんだ、この夫婦は。
響子:・・・たえさん。
0:響子は、まっすぐにたえを見つめて言った。
たえ:・・・はい。
響子:貴女は・・・・・幸せでしたか?
0:たえは少しだけ黙ると、笑顔でこう切り返した。
たえ:・・・・・・はい。正章さんにたくさん付き添っていただいた、最高の人生でした!
響子:・・・・・・フゥ・・・分かったわ。
0:響子は屋上の何もない空間に、優しく撫でるように大鎌を振るう。そこから、黄泉の門が現れる。
響子:ここが死者の世界の入り口。入ったら最後、二度と戻ってこられない。入った瞬間、己の業と罪で散り散りに引き裂かれることだってある。本当にいいのね?
たえ:・・・はい。覚悟は、出来ています。
響子:・・・たえさん!
0:黄泉の門の前に立つたえを、響子が強く抱きしめる。
たえ:響子さん。
響子:私の価値観を押し付けてごめんなさい!でも・・・楽しかったわ。
たえ:ふふっ・・・私も、とっても楽しかったです。
響子:・・・まあ、私はいつでも会えるはずだから。またこの先で会いましょう。
たえ:はい。・・・あ、レモンティーは、もう作れませんけどね。
響子:要らないわ・・・。私の心の中に、もうしっかりしみ込んだから。ちょっとやそっとじゃ落ちないくらいにね。
たえ:ふふっ・・・そうですか。
0:微笑みながら返すたえの体が、徐々に薄くなっていく。
響子:私は、さよならは言わないわよ。
たえ:じゃあ、何て言うんです?
響子:・・・いってらっしゃい。
たえ:っ!・・・はい、いってきます!
0:たえはその門に、足を踏み入れる。刹那、辺りが眩い光に包まれ、門も、たえの姿も、跡形もなく消えていた。
0:
0:
たえ:・・・あ、正章さん。正章さん・・・ですよね?やっと・・・やっと、会えた。ただいま、戻りました・・・。
たえ:・・・いいんです。私が、一緒にいたかったんです。ご迷惑でしたか?
たえ:・・・・・ふふっ、ありがとうございます。これから、私にかけていただいた50年の恩。しっかり返させてくださいね。
たえ:・・・お慕い申し上げております・・・正章さん。
0:
0:
冥助:・・・・・ねええええ?あんた馬鹿ぁぁぁ???
響子:・・・・・。
冥助:病院外で転落死か。被害者は連続詐欺容疑者。手が不自然に変形。他殺か。だってさぁぁぁ。
響子:うるさいわねえ。潰されたい?ねえ?どこから潰されたい?
冥助:おいおい。とりあえず潰されること確定で話を進めるの止めてくんない?
響子:煽ってくるのはあんたでしょ?まったく・・・。
冥助:でもよぉ。あれだけ俺に言っておきながら、同じような始末書書かされてや~んの。
響子:あんたねぇ・・・ハァ・・・まあでも、スッキリしてるわ。
冥助:ん?何だよ?煽っても意味ないタイプか?
響子:今回はそんなところね。しかも、あんたの管轄のところで事を起こしちゃったわけだし・・・。ありがとうね、冥助。
冥助:お、おいおい・・・。別にお礼を言われる筋合いはねえよ。
響子:・・・あの時・・・何か思い出しそうだったんだけどなぁ。
冥助:思い出しそう?何が?
響子:う~ん・・・何か、とっても大事なことなんだと思う。でも、分からないのよねぇ・・・。
冥助:ん?何だよ?死神をしばらくやっていると、頭も狂ってくるのか?そんな婆さんみたいなことを言ってたらさらにふけゴベアァッ!!!
0:言い終わる前に、冥助は響子に後頭部を掴まれ、そのまま地面にめり込むほどにたたきつけられた。
響子:だ・れ・が!ふけるですって~~~?次は右手?左手?選びなさい?
冥助:っってぇぇぇぇ・・・これは、戦略的撤退!
響子:あ!こら!待ちなさい!
冥助:誰が待つかよ!これ以上自分の骨でロシアンルーレットされてたまるかってんだ!あばよ!
0:響子の手が離れた一瞬の隙を狙って、冥助は宙に浮かび、全速力で逃げていった。しかし、響子は冥助を追おうともせず、途中からは、にこやかに見送っていた。
響子:まったく・・・また手伝ってもらうんだからね。私のえいゆうさん。
0:
0:
矢吹:どこにでもある、街の寂れた空き地。そこには、人間には見えない事務所が存在することがある。死神事務所。事務所というが、建物があるわけではない。その場所には死神が存在する。
矢吹:しかしその死神は、人の命をむやみに奪ったりはしない。あくまで神様として、普段は見ているだけ。近づいたからといって、からかったからといって何もしない。
矢吹:死神は、全ての声が聴こえる。生きている者、死んでいる者、その心の声を聴き、時には動き、時にはその力を振るう。
矢吹:貴方は、死神に伝えたい本当の思い、ありますか?あるのならば、近くの寂れた空き地を探してみてください。もしかすると死神が、貴方のために力を貸してくれるかもしれませんよ。
0:死神の鎮魂歌~requiem of grim reaper~第三番 永友
0:
たえ:ここはどこ?私は、どこにいるの?怖い・・・寂しい・・・。でも、きっと・・・きっと、あの人は、私を見つけてくれる。だって、あの人は・・・―――。
0:
取手:さあ、今日もたんまり儲けたぜ。この町のじいさんばあさんはちょろいもんだなぁ。子どものこと、孫のこと、嫁さんや旦那さんのこと、ちょっと話せばガンガン金を積んでくれるからやめられねえぜ。
取手:でも・・・もう少しでもっと大金が手に入ったのに・・・。あの死にぞこないの婆さんのせいで・・・。さあて、どうすっかなぁ?
0:
矢吹:どこにでもある、街の寂れた空き地。そこには、人間には見えない事務所が存在することがある。『死神事務所』。事務所というが、建物があるわけではない。その場所には死神が存在する。
矢吹:しかしその死神は、人の命をむやみに奪ったりはしない。あくまで神様として、普段は見ているだけ。近づいたからといって、からかったからといって何もしない。
矢吹:死神は、全ての声が聴こえる。生きている者、死んでいる者、その心の声を聴き、時には動き、時にはその力を振るう。
矢吹:さて、今日はいつもと違う場所から、死神の一日が始まる。
0:
響子:はい、次はこの自動車事故の監査、お願いね。で、その次は病死したこの人の経緯の監査、その次に―――。
冥助:―――おい。
響子:何よ?
冥助:いや、何よ?じゃねぇよ!待てよ!おかしくねえか?!この仕事量!!お前、仕事サボってんだろ!
響子:サボってるわけないでしょ?!前に言ったじゃない!この町はこの周辺の中でも高齢者が多くて、ただでさえ仕事が多いの!猫の手でも借りたいぐらいなんだから!
冥助:(小声で)・・・よく遊びに来てるじゃねえか。絶対に手ぇ抜いてるだろ・・・。
響子:ぬ・い・て・ま・せ・ん!毎日何人も見送らないといけないんだからね!
冥助:どうせ最終的に、お前の拳で黄泉送りにしてんだろ?
響子:・・・あんたねぇ、いい加減にしないと―――!(拳を振り上げる)
冥助:待て!やめろ!手伝いに来て大怪我なんてまっぴらごめんだ!
響子:だったらつべこべ言わず働きなさい!ほら!さっさとする!
冥助:ったく。人使い荒ぇなあ。
響子:絶対あんたにだけは言われたくないわよ!
0:
たえ:あのぉ・・・すみません。
響子:あ、はいはい!どうしたの?病死?事故死?
冥助:・・・お前、死んだ人間に対してそんなフランクに始めんの?
たえ:え?あ、え?
冥助:・・・おい。何か様子が変だぞ?
たえ:わ、私、死んじゃったんですか?
響子:あー・・・貴女・・・記憶喪失?
たえ:わ、分からないんです。この町に来たばかりっていうのもあるんですけど、どこを歩いても見覚えがなくて・・・。
響子:そうなのね・・・。ちょっと調べてあげるから、名前と年齢を教えてくれる?
たえ:あ・・・望月たえって言います。二四歳です。
響子:望月たえ・・・・・・おかしいわね。死体連絡にも届いてないわね。隣町かしら?
冥助:こっちの町にも届いてねえな。だとすると、また違う町か?
響子:えっと・・・たえさん。覚えてることってあるかな?何でもいいんだけど。
たえ:えっと・・・あ。たしか、トラックに撥ねられたんです。どこだったかは忘れちゃったんですけど、そこから記憶がなくて・・・。
冥助:おうおう、だったら事故死だな。どうだよ、響子。
響子:トラックに撥ねられた・・・?おかしいなあ・・・。
冥助:ん?どうしたんだよ?
響子:う~ん・・・。トラックの人身事故は、ここ二か月はうちの町では起こってないのよ。
冥助:あ?じゃあ、何でこの女がいるんだ?
響子:分からない・・・。調べないとね。じゃあ、よ・ろ・し・く・ね?
冥助:は?え、どういうことだ?
響子:冥助には、とっておきの情報屋がいるんでしょう?
冥助:ああ、矢吹のことか。お前、人の情報屋を勝手に使おうとしてんじゃねえよ!
響子:いいじゃないの!借りられるものは何だって借りるわ!
冥助:お前なぁ・・・!
響子:ほら!たえさんもお願いして!
たえ:え?あ、あの、お願いします。力を貸してください。
響子:ほら。お・ね・が・い・ね?
冥助:・・・・・分かった!分かったよ!じゃあ、行ってくる!
響子:行ってらっしゃい!頼んだわよ!
0:
取手:やっと・・・やっと手に入る。あの爺さん、優しくしてやったらまんまと金を預けてくれやがった。
取手:保険も掛けたし・・・あとはどうやってコンタクトをとるかだな・・・。もうすぐだ。俺の1億・・・ヒハハハハハ・・・!
0:
0:
冥助:矢吹!
矢吹:ん?おお、冥助か。どうした?今日はあの女死神のところで馬車馬のようにこき使われるんじゃなかったのか?
冥助:まさに今!その真っ最中なんだよ!聞きたいことがあって来た。
矢吹:何だい?分かってることなら、何でも答えるよ?
冥助:望月たえ、っていう二十四歳の女性、何か分からねえか?
矢吹:望月たえ・・・望月たえ・・・二十四歳・・・。冥助、本当にそれで合ってるか?
冥助:合ってるはずだ。本人が言ってたんだからな。
矢吹:・・・そうか。
冥助:やっぱり別の町だと、情報も厳しいか?
矢吹:いや、望月たえは、いるにはいる。
冥助:おいおい!いるのかよ!だったらさっさと教えろよ。
矢吹:いや、いるにはいるんだが・・・、ちょっと合わないんだ。
冥助:合わない?どういうことだ?
矢吹:・・・なるほど。そういうことか。
冥助:何なんだよ。勿体つけずに早く言えよ。
矢吹:・・・これだよ。これが、望月たえの資料だ。
冥助:・・・!?おい、嘘だろ?!全然違うじゃねえか!
矢吹:そうだよ。これが、今の望月たえだ。
冥助:いや・・・でも、何で今なんだ?今になって、望月たえが命を狙われてるってことか?
矢吹:そういうことだ。ちなみに、望月たえはこの病院にいる。
冥助:ありがとな。・・・しっかし、よく出来てるな、この資料・・・おい、まさか。
矢吹:そのまさかさ。まだ調査中だが、とある事件に巻き込まれている。
冥助:なるほどな。そうなると、おそらくその事件が一枚噛んでるな。
矢吹:・・・調べてみようか?スピードアップで。
冥助:・・・頼む。俺は響子・・・女死神に報告してくる。
矢吹:分かった。・・・冥助。
冥助:ん?どうした?
矢吹:今回の事件・・・気をつけた方がいい。いろんな意味でね。
冥助:・・・?分かったよ。
0:
取手:ふぅ・・・あの婆さん、えらく長いこと寝たきりなんだなぁ。あれだといつ死んでもおかしくねえだろ。これなら・・・事故に見せかけるのは簡単だな。さてさて・・・もう少しだなぁ・・・。
0:
冥助:・・・おい、響子?
響子:何よ?
冥助:いやいや、お前、霊体に何させてんだよ?何優雅にお茶飲みながらくつろいでんだよ。
響子:くつろいでないわよ。こうやってゆったりした時間を味わいながら話を聞くのも、重要なことなのよ。ということで、おばあちゃん。貴女はまた人間界でやり直しだから、安心してね。
冥助:わぁお、さすが死神界の女神様。言葉も丁寧でとっても優しい。で?そこのお茶は必要なのか?ん?
たえ:冥助さんも、いかがですか?
冥助:おお!サンキュー!って飲まねえよ!俺達別に腹も空かねえし喉も乾かねえんだからよ!
たえ:そう、ですか・・・。
響子:でも、味は分かるじゃないの。一口飲んであげなさいよ!
冥助:あん?・・・あああああ!もうっ!分かったよ!飲めばいいんだろ!?
0:器を掴み、一気に飲み干す冥助。
冥助:・・・ん?何か、普通のお茶と味が違うな。
響子:お!分かる?この子、花屋をしてるみたいで、ハーブティーとかも作れるんだって!すごいわよねぇ。
たえ:うふふ・・・嬉しいです。
冥助:・・・おい、響子。話がある。ちょっとついてきてくれ。
響子:何よ。
0:響子は冥助の目を見ると、いつになく真剣な冥助の顔を見て言い直した。
響子:・・・どれぐらいかかる?
冥助:30分・・・いや、20分欲しい。
響子:・・・・・分かったわ。たえちゃん。あと何人か分のお茶、用意しておいてくれる?
たえ:分かりました。お気をつけて。
0:
0:冥助と響子は空を舞いながら、話を始めた。
響子:で?何か分かったの?
冥助:ああ。俺も信じられねえような情報だ。
響子:何?信じられないって。
冥助:まず一つ目。望月たえは死んでいない。うちの管轄の病院で入院中だ。
響子:やっぱり、想像通りね。でも、どうしてうちの事務所に来たのよ?
冥助:それがまず一つ目。
0:冥助は眼下にあった花屋を指さした。いかにも昔からある装いで、建物の隣には大きな木が突っ立っている。柑橘系の香りが仄かに鼻をくすぐった。
冥助:あの花屋が、望月たえの職場だ。
響子:え?・・・ああ、知ってるわ、あの花屋。この町で唯一の花屋ですもの。でも、ここはおじいさん一人で切り盛りしていたはずよ?
冥助:・・・そりゃあ、そう思うよな。
響子:何よ。勿体つけて。
冥助:あの花屋・・・夫婦で切り盛りしてるんだぜ?
響子:え・・・?
冥助:望月たえ。生年月日は昭和―――
響子:ちょ、ちょっと待ちなさいよ!たえちゃん、24歳って言ってたわ!昭和の生年月日なんてありえない!
驚きのあまり被せて発した響子の言葉に、さらに少し被せるように冥助が口にした。
冥助:いいや・・・、望月たえの年齢は、74歳だ。
響子:何を馬鹿なこと言ってるの?あの見た目で74歳なんて。
冥助:響子。お前の言いたいことも分かる。でも、あれを見たら否が応でも分かる。次だ。ついて来い。
響子:あ、冥助―――
冥助:早くしてくれ。時間がない。
響子:う、うん・・・。
0:冥助は踵を返し、次の場所へ向かう。しかし、そこについていく響子には、もどかしそうな表情が貼りついていた。
0:
0:
冥助:ここだ。
響子:ここって・・・あんたの管轄の病院じゃない。ここがどうしたの?
冥助:・・・見ろ。この部屋。
響子:え?・・・・・あ・・・。
0:響子は部屋の中を見て、固まった。思わず二度見したその部屋では、老婆がベッドに横たわっていた。
そのベッドに記されていたのは、『望月たえ』。
響子:え?な、何で?どうして?
冥助:望月たえ。年齢は74歳。見ての通り・・・植物状態だ。
響子:・・・・・。
冥助:どうやら、24歳の時に交通事故に遭って、そこから植物状態で50年もの間、ここで静かに眠ってるんだとよ。
響子:嘘・・・。どうして・・・?
冥助:23歳で結婚。旦那の望月正章(マサアキ)と一緒に花屋を始める。望月たえが交通事故に遭った後も、旦那は一人で花屋を切り盛りして、嫁の入院費を何とか稼ぎ続けていたんだってさ。
響子:待ちなさいよ。っていうことは、たえちゃんは誰かに命を狙われてるってこと?
冥助:そういうことだ。で、その命を狙ってる相手が誰なのかだが・・・。
響子:冥助。
冥助:ん?何だよ、響子。
響子:実は・・・・・望月正章は、五日前に亡くなってるの。
冥助:・・・死因は・・・何だったんだ?
響子:死因は・・・事故よ。交差点に差し掛かったところでよろめいて、車と衝突。即死だったみたいね。
響子:でも、何か覚えてるのよ。すごく寡黙な人で、全然話してくれないんだけど、どこか安心した感じだったのよ。
冥助:おい、響子。
冥助はまっすぐ響子を見つめている。
響子:な、何よ。
冥助:望月正章は・・・殺されている。
響子:は・・・?いや、待ちなさいよ。ちゃんと調書も取ってるし、何より、これはその望月正章さんから聴いてやってるんだから!
冥助:その旦那が・・・騙されていたとしたら?
響子:・・・どういうこと?
冥助:・・・望月正章は、五日前に保険の契約をしている。その直後、事故に遭ってる。その時に少量の睡眠薬を飲み物に混ぜて飲ませて、歩行を困難にさせた奴がいるそうだ。
響子:・・・・・まさか・・・そんな、私が、間違ってたの・・・?
冥助:最近、その手口の事件が数件、立て続けに起こってるらしい。で、その被害者の一部に、この望月夫妻が含まれてるってことだ。
響子:・・・・・・。
冥助:響子?
響子:私・・・間違えてあの人を送っちゃったんだ・・・。そんな・・・。
冥助:おい、響子。
響子:どうしよう、私・・・。
冥助:響子!落ち着け!
響子:落ち着いてられないわよ!私のせいで・・・正章さんは、何も知らずに死んでいったのよ!何があったかしっかり精査して、在るべき場所に送るのが私たちの仕事!それなのに・・・!
0:冥助は響子の肩を持ち、真剣な顔で言った。
冥助:落ち着け!大丈夫だ。まだそんなに日にちは経ってない。伝えに行くことはできるはずだ。
響子:・・・・・そうね。ちょっと取り乱したわ。そんなこと、考えもしなかった。
響子:・・・あ、でも、どうしてたえちゃんが狙われてるのよ。会話すらしてないのよ。
冥助:まだ、そこは詳細は分かってない。だけど、狙われてる以外に考えられねえ。俺も情報を探る。だから響子は、その望月正章から、男の特徴を探ってほしい。
響子:分かったわ。早くしないとね・・・。すぐ行ってくる!
冥助:頼んだぜ。
0:
0:
矢吹:冥助。こっちだ。
冥助:矢吹。何か掴めたか。
矢吹:ああ。どでかいのがな。
冥助:どでかい?
矢吹:まず、旦那を追い込んだのは取手 丈二(とりで じょうじ)。老人を狙った連続詐欺師だ。奴は被害者の親族を使った話から不安にさせたり、養子縁組の話を持ちかけたりして、高額の金をふんだくっている。
冥助:で、なかなか相手が死ななかったら、事故に見せかけて睡眠薬とかを使って殺す、っていうことか?
矢吹:さすがだね。よく見ている。
冥助:しかしよく分かったな。睡眠薬なんかよ。
矢吹:時間が経てば、体内から検出されなくなる特注品さ。そういうものは、必ず足がつく。
冥助:なるほど。計画的ってわけだ。
冥助:・・・で。望月たえのことは?
矢吹:・・・取手丈二は、望月たえを殺そうとしている。動機は単純だ。望月たえに掛けられた多額の保険金。そして、旦那にかけられていた保険金の譲渡。この男、どうやら旦那の心につけ込んで、養子として縁を組んだらしい。
冥助:何だって?こんな奴をか?
矢吹:正式に言えば、望月正章の意志ではなく、書面を上手く利用してそうなるようにした、ってところだね。
冥助:クズ野郎だな。反吐が出るぜ。
矢吹:まったくだ。そして、取手はいつでも望月たえを殺せる状況にある。血縁関係としての扱いが受けられるから、病院の受付も顔パス状態だ。
冥助:まずいな。
矢吹:だが、おそらく動くのは明日だ。
冥助:どういうことだ?
矢吹:取手は望月正章を殺した後、保険金の請求を早急に済ませている。明日には保険金が入る予定だ。その前に奥さんも無くなったとあったら、おかしいとなるだろう。
冥助:なるほど。日にちが近づいてきて、殺意が表面化してきた、ってわけか。
矢吹:今回の一件は、立件しようと思えばできないことはない。その望月夫妻にかけあえば、立件は可能だ。
矢吹:だが・・・。
冥助:望月たえが、この50年の経過を耐えられるかどうか、ってことか。
矢吹:そういうことだ。
冥助:お前が気をつけろって言ってたのは、このことか。
矢吹:これもある、ってところだ。そろそろ冥助の耳に入ってくるはずだぞ。心無い、私利私欲の声がな。
冥助:そうだな・・・。サンキュー。とりあえず、俺は響子のところに戻る。
矢吹:分かった。夜までに取手の尻尾は掴んでおくよ。
冥助:頼んだぜ、相棒。
矢吹:ああ、こっちは任せておいてくれ。
0:冥助はふわりと宙に浮くと、響子の事務所へと飛び去る。見送った矢吹は、軽くため息をつきながら笑った。
矢吹:響子、か・・・。隠す気も無くなってるか。高嶺響子・・・。いい女だろ、冥助。
0:
0:
0:冥助が響子の事務所に戻ってくる。そこには、他の霊にお茶を出すたえの姿が。響子は見当たらない。
たえ:あ、冥助さん。おかえりなさい。
冥助:お、おう。響子は戻ってないか?
たえ:響子さんは、まだ帰ってきてませんよ。一緒じゃなかったんですか?
冥助:ああ、ちょっと仕事でな。別行動だったんだよ。
たえ:そうですか。あ、お疲れでしょう。お茶、いかがですか?
冥助:・・・たえさん。仕事って、花屋だったんだよな?
たえ:あ、はい!お花だけじゃなくて、ハーブも売ってたんです。独学で勉強して、店に来てくれる人にハーブティーを出してて・・・。ちょっと評判だったんです。
冥助:その中でも、評判だったのはレモンティー。自宅で育てていたレモンの木を使って作っていた。
たえ:・・・え?どうして、知ってるんですか?
冥助:・・・たえさん、あんた―――
響子:冥助!
0:そのタイミングで、響子が戻ってくる。冥助が振り返ると、そこには、どこか覚悟を決めた響子がいた。
冥助:響子。大丈夫だったか?
響子:ええ。しっかり話をしてきたわ。真実も伝えて、しっかり・・・願いも聴いてきた。
冥助:・・・願いは?
響子:もちろん・・・容赦なし。
冥助:・・・了解。で、どうすんだ?
響子:・・・私に、伝えさせてほしい。
冥助:・・・分かった。でも、大丈夫か?
響子は一瞬うつむき、そして、勝気な笑みで冥助をまっすぐ見た。
響子:あんたね、誰に向かって言ってるの?仕事はきっちりこなすキャリアウーマンよ。見てなさい。
冥助:・・・分かったよ。頼んだ。
0:
0:
たえ:響子さん、おかえりなさい。
響子:たえさん、ただいま。早速だけど、話があるの。
たえ:どうしたんですか?私、何かしましたか?
響子:いいえ、何もしてないわ。・・・貴女の夫の名前、教えてくれる?
響子に聴かれたたえは、首をかしげながら笑顔で答える。
たえ:夫、ですか?正章さんがどうかしましたか?
響子:・・・正章さんって、どんな人か、教えてくれる?
たえ:えっと・・・ちょっと恥ずかしいですけど・・・とっても誠実な方です。ちょっと頑固で、あまり口に出さないので、周りから考えが分かりにくいって言われてますけど・・・。
たえ:私が花屋をやりたくて、そしたら、一緒にしようって言ってくれて・・・。たえと一緒に、二人で仕事をしていきたい、って言ってくれて・・・。
たえ:不器用で、ぶっきらぼうなんですけど、本当に真面目で、実直で、優しくて・・・。だから私も、一生正章さんと添い遂げられたらなぁって、お慕いしています。
響子:・・・・・・・・・・。
たえ:あー・・・ちょっと恥ずかしいです、ね。でも、本当に優しい人で―――
響子:たえさん。
響子がたえを遮るように名前を呼ぶと、深々と頭を下げた。
響子:ごめんなさい!!!
たえ:え?ええ?ど、どうしたんですか?響子さん、何もしてませんよ?
響子:いいえ!私は、ちゃんとした理由を確認しないまま、送ってしまっていたの。・・・正章さんを。
たえ:・・・・・・・え?正章・・・さん・・・?
響子:そう・・・正章さんは・・・亡くなってるの。
たえ:え?どうして・・・?う、嘘です、よね?そんなの―――
響子:分かるよ。受け入れられないのも、とっても分かる。でも、おかしいと思ったでしょ、たえさん。周りの景色、服装、持っているもの。どれも見たことのないようなものばかり・・・だよね?
たえ:っ・・・はい。
響子:・・・少しずつ、気付き始めてたよね?自分が、他と違う時間で過ごしてるかもしれない、って。
たえ:・・・・・・・・・・。
響子:ここは、たえさんがトラックにはねられてから50年後の世界。貴女は、ずっと病院で寝たきりになっていたの。
たえ:・・・・・・・・・・正章さんは。
響子:え?
たえ:正章さんは、その50年間、どうしてたんですか?
響子:・・・・・ずっと、花屋をしながら暮らしていたわ。毎日欠かさずたえさんの看病をしながら、50年間、ずっと。
たえ:・・・そんな・・・。
たえは、その場で崩れ落ちるようにへたり込んだ。
響子:たえさん。
たえ:そんな寝たきりの私なんて・・・ただのお荷物なのに・・・。私、正章さんに迷惑しかかけてないのに・・・それなのに・・・何もしないまま、50年も正章さんの人生を奪ってしまったの・・・?
響子:・・・・・・・・・・。
たえ:そんな私なんて、捨ててしまってよかったのに・・・。私・・・正章さんの人生を、踏みにじってしまったの―――
響子:そんなことない!!!
0:泣き崩れるたえを見ながら、遮るように響子は叫んだ。そして、たえの肩を持ちながら必死に訴えかけた。
響子:正章さんは!自分の意志で!たえさんの傍を離れなかったの!花屋だって!正章さんが続けたくて続けたの!
響子:もちろん、たえさんがいつか起きるかもしれないって思ってたことはあった!でも、それだけじゃないの!
たえ:・・・・・・。
響子:正章さんは、たえさんを愛してたの!さっき、たえさんが言ったように、正章さんもたえさんを・・・心から愛していたの!だから正章さんは、離れなかったのよ。
たえ:・・・正章、さん・・・。
響子:・・・貴女が大切にしていたレモンの木・・・。毎年実をつけて、それでレモンティーを提供していたそうよ。
たえ:・・・そう、なんですね・・・。
響子:・・・たえさん。私達は、死ぬ前の声も聴き直すことができるし、死後の人ともある程度は話すことができるの。さっき、私は正章さんに会ってきた。
たえ:・・・・・・・・・。
響子:言ってたわ。たえが幸せであることが、俺の幸せだったって。
たえ:・・・・・・・っ・・・!
0:たえは、声を上げずに、その場で泣いた。その傍らで、響子の頬にも透明なものが伝っていた。
0:
0:
0:
0:静かになっていく二人。そこに、おともなくゆっくりと近づく冥助。
冥助:響子。
響子:・・・・・。
冥助:もう、大丈夫か?
響子:・・・ええ。
0:冥助が、響子の肩をそっと持つ。
冥助:・・・ありがとな。後は、俺に任せな。
響子:・・・ありがとう。
冥助:・・・望月たえ。ここからは俺の話、聴いてくれるか?
たえ:・・・はい。
冥助:望月正章は、殺された。
0:たえが、バッと顔を上げて、信じられないというような表情で冥助を見た。
たえ:どうして?!どうして正章さんが殺されるの?!正章さんは恨まれるようなことをする人じゃな―――!
冥助:―――分かってる!殺した奴は、金目当てで殺した。保険金殺人って感じだ。
たえ:そ、そんな・・・。
冥助:そいつは老人の心につけ込んで、多額の保険金をかけてふんだくる奴だ。望月正章も、その犠牲者だ。
たえ:・・・・・。
冥助:望月たえ。お前はどうしたい?
たえ:え?
冥助:お前は、どうなることを望む?
たえ:・・・そんなの・・・決まっています・・・。
0:たえは徐に立ち上がり、冥助をまっすぐに見つめた。
たえ:正章さんを・・・そんな目に遭わせた人なんて・・・許せるわけない!こんな私に、ずっと寄り添ってくれたのに・・・そんな終わり方・・・あんまりです・・・!
たえ:・・・お願いします・・・その人に・・・天罰を下してください!
冥助:・・・お前は人の命を奪うことの、片棒を担ぐことになる。それでもいいんだな?
たえ:・・・いいんです。私はもう・・・全て、決めましたから。
冥助:・・・分かった。お前の覚悟、しっかり受け取った・・・っ!!?
0:冥助がそう言い、踵を返したその時、脳内で悪魔のような声が反響した。
0:
取手:いやぁ、保険業者もよくやってくれるねぇ。まさか一日早く金が下りてくるなんてなぁ。ハハハハハ・・・。
取手:よぉし、あとは、あの婆さんをやっちまえば、金も2倍・・・いや、3倍に膨れ上がる!点滴にちょっと細工すりゃあ一瞬であの世だろうよ。さぁて、行くかぁ・・・。
0:
冥助:嘘だろ・・・!こんな時に!
響子:何?!どうしたの?!
0:響子が必死の形相で聞くのを他所に、冥助はたえの腕をつかんだ。
たえ:な、何ですか?!
冥助:お前は今!殺されかけてるんだ!誰かに殺意を向けられている時!俺達と気を失っている人間はコンタクトが取れる!その犯人が、今すぐにお前を狙ってる!
たえ:え・・・?
響子:な、何ですって!
冥助:くそっ!時間がねえ!とにかく病院まで飛ぶぞ!!!
たえ:え?きゃあっ!
0:冥助はたえを抱きかかえると、ふわりと宙に浮き、そのまま病院へ飛んでいく。
響子:・・・ああ、もう!皆、ごめん!帰ってから皆の話、いっぱい聴くから!私に時間をちょうだい!じゃあ!行ってくる!
0:事務所にいた霊体に見送られながら、響子もその後を追っていった。
0:
0:
取手:よしよし・・・養子縁組だから顔パスだぜ。誰も疑いもしやがらねえ。楽勝だな。
取手:・・・さぁて・・・点滴にちょっとだけ空気を送り込んでやったら、簡単に心臓発作が起こる。婆さんには耐えられねえだろうよ。
0:取手はニヤケ顔を抑えることができないまま、件の病室に入る。一人部屋で横たわるのは、やつれた老婆―――望月たえの姿。
取手:さて・・・もうすぐだ。楽しい楽しいお金が俺のところに舞い込んでくる・・・!今回はかなり時間をかけたから喜びが格別だぜ!さあて・・・これが点滴で―――。
0:取手が点滴を手に取り、注射器で空気を注入しようとする、が、そこで病室が勢いよく開いた。
取手:―――っ!!!
0:注射器を隠しながら血相を変えて振り向き、誰か確認する。見ると、白衣を身にまとった医者だった。
取手:・・・な、何だ。お医者さん、脅かさないでくださいよ。
0:安堵の表情を浮かべる取手。しかし、その正体は、変装をした矢吹だった。
矢吹:おや、脅かせてしまいましたか?これは失礼いたしました。
取手:い、いえ、お気になさらず。どうかしたんですか?
矢吹:はい、回診の時間ですので、見回っておこうと思いまして。
取手:そ、そうですか。それはご苦労様です。
矢吹:ありがとうございます。なので、その場所を譲っていただけませんか?
取手:あ、は、はい、わかりました。どうぞ。
矢吹:恐れ入ります。
0:矢吹と取手の場所が入れ替わる。矢吹の見えない角度に顔を持ってきた取手は、苦虫を嚙み潰したような顔をした。
取手:(心の声)くそっ!もうちょっとだったのに!!!・・・まあいい。回診が終わったらもう一度やればいいし、医療ミスを疑って、この医者を訴えてまた金をふんだくればいい。
取手:ははははは・・・やっぱり世の中、金だなぁ。
取手がそう思い直した、その刹那だった。
矢吹:・・・ん?
0:突然、病室にけたたましい電子音が鳴り響く。取手は驚いて心電図を見ると、安定していたはずの心拍が、突然振れなくなっていた。
取手:な、何です?どうしたんです!?
矢吹:緊急事態です!蘇生を行いますので、面会の方は一度外に!
取手:蘇生って・・・義母さんがどうかしたんですか?!
矢吹:ともかくお待ちください!あとで電話を掛けますので、屋上かどこかでお待ちください!
取手:わ・・・わかり、ました・・・。
0:取手は、言われるがままに病室を後にする。が、その顔からは、笑みを隠し切れなかった。
取手:(心の声)やった!やった!俺はなんてツイてるんだ!何もせずにポックリ逝ってくれるなんて!ラッキーすぎんだろ!これで待てば、金は俺のもんだ!ヒャハハハハハ!
0:病室を後にする取手を見送り、扉が閉まってから直後、矢吹は盛大にため息をついた。
矢吹:・・・ふうううぅぅ・・・。間一髪だったね。
0:矢吹が機械をいじり、機械音を正常に戻す。それを見ていたかのように、冥助達が壁をすり抜けて飛び込んでくる。
冥助:矢吹!本当に助かった!
矢吹:大きな貸しだぞ?とは言っても、間違えたのはこっちだからね。ずっとアイツを追っていたら、ここに入っていったから、まさかと思って。
冥助:ああ、そのまさかだ。矢吹も聴こえただろ?あのクソみたいな声。
矢吹:ああ、よく聴こえたよ。ともあれ、何とか間に合ってよかった。
冥助:ありがとうな、本当に。
たえ:あ、ありがとうございます。
0:冥助が礼を言ったタイミングで、たえも深々とお辞儀をした。その姿を見つめながら、矢吹は優しい笑顔を向ける。
矢吹:・・・貴女が、望月たえさんだね。
たえ:はい、そうです。
矢吹:・・・この二人は、とってもいい人達だ。全て、受け入れてくれるよ。
たえ:・・・はい。
矢吹:そして、そこで横たわっているのが、本当の望月たえだ。
たえ:・・・・・。
0:たえは、本当の自分を見た。ほとんど白髪で、皮膚もシミがあったり垂れ下がったりした、74歳の顔。そんな自分の顔を見たたえの顔は、
たえ:・・・・・ふふっ。
0:笑顔だった。それを見た響子が、笑顔で尋ねる。
響子:どうしたの?
たえ:私・・・こんな顔になるんですね。こんなにしわくちゃになって・・・。でも・・・。
響子:でも?
たえ:・・・こんな顔になった私でも、正章さんは最期まで愛してくれた・・・。ありがとう・・・正章さん・・・。
響子:たえさん・・・。
0:そして、たえの表情が変わる。
たえ:・・・だからこそ、私は、あの人を許せない。私ではなく、正章さんを手にかけたこと・・・一生賭けて恨みます。お願いします。あの人を・・・殺してください。
冥助:・・・受け取った。後は俺に任せて―――。
響子:待って。
0:冥助がいつものように声をかけると、響子がそれを遮った。
冥助:何だ?どうした?
響子:冥助。私にも、下させてほしい。
冥助:・・・・・。
響子:分かってる。これが私怨になることぐらい。でも・・・放っておけないの。たえさんに、ここまでの覚悟をさせた原因は私にもある。だから・・・。
冥助:・・・分かったよ。
0:冥助はため息をつきながら、まっすぐに響子を見た。
冥助:お前の気持ちもよぉぉぉく分かるぜ、響子。もし何か言われたら・・・、
0:ニヤッと笑い、続ける。
冥助:その時はその時だ。一緒に、罰を受けようぜ。
響子:・・・ええ!
冥助:じゃあ、矢吹。ここで望月たえを頼んだ。
矢吹:了解。
たえ:よろしく、お願いします。
0:冥助がその場を後にし、その後を響子が追うが、途中で立ち止まり、矢吹を見つめる。
矢吹:・・・何か用かい?
響子:・・・冥助の相棒なんだって?ありがとね。たえちゃんを救ってくれて。
矢吹:・・・ふふっ。ただの情報屋さ。それよりも、急いだほうがいいんじゃないか?冥助はこういうことになると容赦ないからね。
響子:ええ、知ってるわ。ありがとう。
0:響子がその場を後にする。気配が無くなったのを感じ取ると、
矢吹:・・・・・ふぅ・・・。
0:矢吹は誰にも聞こえないほどに小さくため息をついたのだった。
0:
0:
取手:さぁて、まだかなまだかな~?いやぁ、楽しみだ!金がどんどん入ってくる!あの間抜けな医者からも金をふんだくったらどれだけ奪えるかなぁ?
冥助:へっへぇ~~~?お前が持ってる金ってそんなきたねえ金なんだなぁ。
取手:っ?!だ、誰だ!どこのどいつだ?!
冥助:その金って、他の誰かの金なのか?金のためなら人の命も奪っていいのか?
取手:な、何だよ・・・。リークする気か?!金か?!金が欲しいのか?!
冥助:金?そうだなぁ。ほしいかって言われたら欲しいなぁ。
取手:そ、そうだろ?!いくらだ?それなりにあるからいくらでも―――
冥助:でもよぉ、その金・・・汚い金だよなぁ?
0:笑いながらそう言った刹那、その声に重圧がのしかかる。
冥助:いらねぇんだよ、そんな金。
取手:ひっ・・・!
0:そこへ、女性の声が入ってくる。
響子:あんたのその金、愛する人への思いがこもったお金なのよ。それを分かって奪ってるのよねぇ?
取手:お、女?おい!二人いんのかよ!さっさと出て来いよ!
響子:あんたには心ってものが無いの?そのお金を使って、どんなために使うお金だったのか、考えたりしないの?
0:女性の声が聴こえる中、それを遮るように取手が叫ぶように喚き散らす。
取手:あああああああ!!!うるせぇよ!!!ジジイやババアが貯めた金を有効利用してるしてるだけだろうがよぉ!!!どうせ死んじまったら、地獄に金は持っていけねえんだ!!!
取手:その金を!!!どう使おうが俺の勝手だろうが!!!
0:しばらくして、女性の震えた声が、静かに聴こえる。
響子:・・・冥助・・・私、これ以上我慢できない・・・。
冥助:待て、響子。俺が最後に聴く。
0:息を吸い、男の声が響く。
冥助:最後に問う。お前は死神か?
取手:・・・は?
冥助:答えろ。お前は・・・死神か?
取手:そ、そうさ!世の中から老害を消して!金を有効活用する!神様みたいな存在さ!
冥助:・・・ほっほぉ・・・なるほどなぁ。
嘲笑・・・そして、憎悪と憤怒が籠った声で、取手の言葉を落とした。
冥助:てめぇが、死神を語るな。
0:冥助と響子は、音も無く、何もないところから、まるで闇から溶け出すように現れた。
取手:―――え?今・・・ど、どうやって出てきた・・・?
冥助:てめえみたいな奴、絶対に死神なんかじゃねぇんだよ。
響子:自分の私利私欲のために、散々に老人たちの命を奪って・・・死神の風上にも置けないわ。
取手:な、何だよ。何なんだよ、お前らは!!!
冥助:俺は天川冥助。この町の死神執行人。お前の魂を刈りに来た。
響子:高嶺響子。死神執行人。貴方が手にかけた、望月正章の担当よ。
取手:―――っ!!
0:望月正章の名前を聞いた途端、取手の顔から血の気が引いた。冥助はそれを見逃さない。
冥助:おやおやぁ?どうしたんだ?ま、当たり前か。お前が殺したんだもんな。
取手:な、何をいきなり!濡れ衣だ!俺には関係ない!
響子:関係ない?裏社会から睡眠薬を購入しておいて、よくそんなことが言えるわねぇ。
取手:な、何で知って・・・?
冥助:取手丈二。望月正章に睡眠薬を飲ませ、その道中で交通事故に遭わせて殺害。その1件の詐欺の他に・・・へぇ?13件もやってるのか。
取手:っ!!
冥助:どの詐欺事件も被害者が死亡。交通事故、転落死、溺死・・・よくもまぁ、これだけ自殺や事故に見せかけて殺してきたなぁ。
響子:睡眠薬でどうにもならなかったり失敗したりしたら、突き落したり・・・火を放ったこともあるの?これでよく関係ないなんて言えるものよねぇ。
取手:何で・・・何で知ってんだよ・・・!探偵か何かか?!
冥助:探偵だったら良かったかもなぁ。何せ俺達は死神。全部聴こえるんだよ。お前の声も、思いも、全部な。
取手:くそっ!何なんだよ!意味分かんねえよ!
響子:分かんないことないでしょ?自分のしたことの責任を取る。それが大人の人間ってものでしょ。
取手:うるせえんだよ!
冥助:おっと!
0:取手が二人にとびかかる。冥助は咄嗟に身を翻し、その場から飛び退いた。微動だにしなかった響子は目を閉じながら深くため息をついている。その首に取手は腕を巻き付け、隠し持っていたナイフを首筋に当てる。
取手:ははははは!!!形勢逆転だな!死神か何だか知らねえけど!俺のことがバレてんならさっさとトンズラするだけだ!でも、その前に、お前らもさっさと殺さねえとな!
0:威勢よく言い放つ取手。だが、冥助は慌てない。それどころか、笑っていた。
冥助:・・・はは、はははははは。
取手:な、何だよ・・・ここまでされて、何で笑ってんだよ!
0:響子は徐に声を上げた。
響子:だったら・・・そのナイフ、そのまま私に刺してみれば?ほら、そのままブスッとやりなさいよ。ほら。ほらほらほら!
取手:こ、この女・・・言わせておけばぁぁぁっ!!!
0:取手は、響子の首に渾身の力でナイフを突き刺した。
0:そう、そのはずだった。
取手:・・・あれ?え?え、え?何で???
0:そこに首がある。ナイフも刺さる。何度も突き刺している。なのに、血が一滴も出てこない。それどころか、ナイフを抜いた瞬間に、あるはずの傷口が消え去るのである。
0:冥助がため息交じりに言う。
冥助:だ~か~ら~。俺達は死神だって言ってるだろ?ナイフで刺されようが、銃で撃たれようが、俺達には関係ねえんだよ。
取手:くそっ!くそっくそっ!くっそおっ!!!
0:いろんなところに何度も突き刺す取手。だが、勿論効果はない。
響子:―――ねぇ。
0:響子がため息交じりにそう呼びかけ、さらに刺そうとするナイフの刃を親指と人差し指で掴んだ。
取手:あ・・・え?
0:ビクともしないナイフの切っ先を見て、顔を青ざめる取手。
響子:もう・・・いいかしら?
0:響子は表情一つ変えずに、指先をひねった。まるで折り紙を折るかのように、ナイフは折れ曲がっていた。
取手:へ、へあああ?!
0:驚嘆する取手に、冥助が思い出したように言う。
冥助:あ~~、そうそう。言っておくけどその女は・・・人ならざるほどの力を持ってるから、注意しろよ?
取手:へ・・・え・・・?
0:響子は、取手の手を掴んで、微笑んだ。
響子:ねえ。こんな簡単に人を殺そうとするような手・・・要らないよね・・・!!
0:響子がほんの少し、力を込めて手を握りしめると、まるで紙をぐしゃっと丸めるかのように、原形を留めないほどにボロボロになっていた。
取手:あ・・・あああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!いてえええぇぇぇっ!!!!!手があぁっ!!!俺の手があぁぁぁっ!!!
0:血みどろと化した手を押さえて転がる取手。響子の傍までやってきた冥助が、ため息交じりに言う。
冥助:おいおい・・・やりすぎだぞ、響子。
響子:力の加減って難しいわね。ほんの少し握っただけよ?粉々になっちゃったわ。
冥助:まったく・・・。
取手:お前ら・・・何なんだよ!!!こんなの!犯罪だぞ?!
冥助:犯罪?はは・・・ははははは!だから!何度言えば分かるんだよ。俺達は死神。お前の魂を刈りに来たんだよ。今から魂を刈られるのに・・・骨も臓器も要らねえだろ?
取手:い、嫌だ・・・嫌だあぁぁぁ!!!死にたくないぃぃぃ!!!
0:取手は全力をふり絞ってその場から走り出し、階段を駆け下りていった。
冥助:・・・響子。
響子:・・・・・冥助。私は大丈夫。
冥助:分かった。多分・・・アイツはまたあの部屋に向かったな。
響子:大丈夫なの?
冥助:問題ねえよ。それより・・・相当怒ってたな、お前。
響子:・・・私、もう馬鹿呼ばわり出来ないわね。あんたがああいうことをした理由・・・分かったわ。
冥助:・・・まあ、お前が怒るのもよく分かるぜ。・・・あの程度でよく耐えたな。首を掴みそうになっただろ?
響子:ふふっ・・・バレた?でも、さすがにしないわ。私・・・できる死神だから。
冥助:よく言うぜ。・・・じゃあ、行くか。
響子:ええ。
0:
0:
0:取手は痛みをこらえながら全速力で階段を駆け下り、廊下を走り抜ける。先程まで煌々と明かりがついていたはずなのに、何故か階段も廊下も一切明かりはない。
取手:ハァ・・・ハァ・・・何なんだよ・・・何なんだよ、これ!何でこんなことになるんだよ!!みんなあのジジイとババアが悪いんだ!アイツらがさっさと死んでいれば!くそっ!!!
0:走って走って、走り込んで、ようやく病室の前まで辿り着く。
取手:ハァ・・・ハァ・・・ここだ・・・。あのババアさえやっちまえば・・・っ!!!
0:勢いよく扉を開ける。しかしそこには、機材もベッドも何もない。
0:ただ、そこに、一人の女性―――若かりしたえがいた。
取手:・・・誰だ、お前・・・?
たえ:・・・あなたは、ここに何をしに来たんですか?
0:たえは、いつもの明るく優しい声ではなく、落ち着き、凛とした表情で取手を見つめていた。
取手:・・・そうか、分かったぞ。お前もあの死神とか言ってる奴等の仲間だろう!?どいつもこいつも俺のことを馬鹿にしやがって!
たえ:・・・仲間、ですか。それだったら、嬉しかったかもしれません。でも・・・私はあなたを、許さない・・・!
取手:は・・・?お前みたいな女に言われる筋合いねぇんだよ!
たえ:・・・ここまで言われて、まだ気づかないんですね?
取手:な、何・・・?
0:たえが、両手を広げる。
たえ:望月たえ。あなたが殺そうとしている女の顔、分からないんですね?
取手:・・・・・ハハ、ハハハハハ。頭おかしいんじゃねえの?俺がやろうとしてんのは、お前みたいな若い奴じゃなくて、もっと年寄りババアの望月たえなんだよ!
冥助:今・・・しっかり言ったな?
0:どこからか声がする。その声を耳にした途端、取手は恐怖で足がすくみ、その場で崩れ落ちた。
響子:ええ・・・私も聴いたわ。心どころじゃない、生身の声をね。
取手:あ、あああああ・・・・・。
0:部屋の天井から、壁をすり抜けるようにゆっくり降りてくる冥助と響子。二人は死神らしく、大鎌を片手で携えていた。
冥助:本来死神は、人間の命に関与してはならない。だが、特例として、死んでいる者の声と生きている者の声を聴き届けた時、その関わりが許される。
響子:死んでいる者からは、望月正章を初めとする、12人。生きている者からは、ここにいる望月たえ。これで声は揃ったわ。
取手:や、やだ・・・やだ・・・。
冥助:さらには、明確に今、生きている者を殺そうとしていたっていう尾頭付きだぜ?言い逃れは・・・出来ねえぞ?
取手:ひ、ひいいいぃぃぃ・・・!!!
冥助:さぁ、覚悟はいいな?
0:冥助と響子が一歩歩み寄ると、取手はその場で土下座し、声を震わせながら叫び散らした。
取手:ごめんなさい!ごめんなさい!全て!すべて私が悪いんですぅぅぅ!!!全て罪を償います!!!金も返します!!!すぐに出頭します!!!だからぁ!だから命だけは!助けてくださいいいぃぃぃ!!!
響子:こいつ・・・この期に及んでまだそんなクズみたいなことを・・・!
冥助:まぁ、待て。
0:怒りに震える響子を冥助が制止する。そして、ゆっくり取手に歩み寄り、土下座する取手の前にしゃがみ込む。
冥助:・・・お前、そんなに助かりたいのか?
取手:は、はい!助かりたい!助かりたいです!
冥助:そうかそうか。じゃあ・・・今まで全部で、いくら金をだまし取ったんだ?
取手:え・・・さ、3億、ぐらいです・・・。
冥助:へぇ・・・で?何に使ったんだ?
取手:え・・・あ・・・。
冥助:正直に言えよ?俺は正直な奴が大好きだ。
取手:あ・・・ギャ、ギャンブルと、借金返済に、使いました・・・。
冥助:へええ、なるほどなぁ。・・・なぁ、その金は、どういう金だ?
取手:え・・・あ・・・と、年寄りの人が・・・家族のために・・・必死に貯めた・・・お金、です・・・。
冥助:・・・は?
取手:え?
冥助:お前・・・今、心で嘘をついたな?
取手:い、いや!ついてません!!
冥助:ついてるだろうがよ!じゃあさっき!俺に言った言葉は何だったんだ?
取手:え・・・?
冥助:・・・『あああああああ!!!うるせぇよ!!!ジジイやババアが貯めた金を有効利用してるしてるだけだろうがよぉ!!!どうせ死んじまったら、地獄に金は持っていけねえんだ!!!』
冥助:『その金を!!!どう使おうが俺の勝手だろうが!!!』
取手:・・・・・っ!!!
冥助:・・・お前がさっき、心から言った言葉だろうがよ・・・!
取手:ち、違う・・・違うんですぅぅぅ!!!
冥助:望月たえ。
0:不意に冥助がたえを呼び、軽く振り返る。
冥助:・・・どうだ?今のを聴いて、何か、気持ちは変わったか?
0:たえは、下を向く。そして、ゆっくりと、笑顔で顔を上げた。
たえ:何も、変わりません。
冥助:了解。だってさ、取手丈二さん。何も変わんないってよ・・・?
取手:ひ、ひいいぃぃぃぃぃ!!!!!
0:恐怖でもつれそうになる足を必死にばたつかせながら、取手は扉に手をかける。しかし、まるでそこは壁かのようにびくともしない。
冥助:さぁ、現世とお別れの時間だ。
0:冥助が合図を送ると、響子は鎌を上段に構えて冥助に並び立つ。
取手:やだ・・・死にたくない・・・死にたくないいいぃぃぃ・・・!
響子:何言ってるの?そうやって、自分のやりたい放題しながら、今まで散々に人を殺してきたのは誰なの?
冥助:こんな奴に・・・生き続ける資格は・・・ねえ!!!
0:二人で、大鎌を構える。断罪の時。
取手:い、嫌だ・・・いやだぁぁぁ・・・!!!
響子:罪も無い人達の命を!思いを!後に託したものまでも踏みにじったこと!黄泉でしっかり悔い改めなさい!!!
冥助:己の私利私欲に溺れて、人の大事なものを平気で貪りつくす獣がよお!!!あの世でしっかり反省して来い!!!
0:
0:
0:
0:全てが終わり、本当の病室に戻ってきた3人。
たえ:本当に・・・ありがとうございました。
冥助:別に。ただ下衆な奴を始末しただけだ。
響子:そうよ。何もお礼を言われることもないわ。
たえ:いえ。お二人は私の恩人です。
響子:恩人だなんて・・・。
冥助:・・・・・・。
響子:・・・?冥助?
冥助:・・・たえさん。あんた―――
たえ:これで、心置きなく、次へいけます。
0:たえは、にこやかに二人を見た。そして、笑顔で二人に向かい合う。
たえ:冥助さん。響子さん。お願いがあります。
響子:ん?何?どうしたの?
たえ:私を・・・殺してください。
響子:・・・・・え?
0:響子の表情が固まる。冥助は、深いため息をついた。
冥助:・・・お前・・・最初っからそのつもりだっただろ?
響子:え?
たえ:・・・気づいてたんですね?
冥助:ああ。お前が、全て、決めましたから、って言った時からな。
たえ:・・・・・。
響子:た、たえさん!考え直してよ!そんな形で罪を償っても、何の意味もない!
冥助:響子。
0:冥助は響子の言葉を遮る。
響子:何よ?
冥助:この状況を・・・望月正章に報告して来い。
響子:え?あんた、何言ってるのよ?
冥助:いいから!超特急だ!・・・きっと、探す間もないと思うぜ。
響子:・・・ああもう!分かったわよ!
0:苛立ちながら響子が姿を消す。
冥助:・・・たえさん。あんた・・・旦那さんと何か、約束でもしてたのか?
たえ:約束は、していません。でも、それが私たちの夢でした。ずっと、一緒だって。
冥助:・・・・・。
たえ:でも、私にはこの50年の記憶は、何一つ無いんです。結婚した時に、ずっと一緒だって言ったのに・・・正章さんは50年も私に費やして・・・私は・・・何もしていないんです。
冥助:・・・だから、罪滅ぼし、か?
たえ:こんなことで、罪滅ぼしになるなんて思っていませんよ。でも・・・もし一緒にいられるのなら、少しでも一緒にいたい。それが、私の願いです。
冥助:・・・黄泉の扉は、全員が通る場所だ。でも、その後はどの道に進むか分からねぇ。もしかしたら、黄泉の扉に手をかけた瞬間、すぐに離れ離れになることだってある。
たえ:・・・・・。
冥助:お前は・・・それでも死を選ぶのか?
たえ:・・・それでも・・・それでも・・・少しでも一緒にいられたら・・・。その考えでは、ダメですか・・・?
冥助:・・・・・・・・・ハァ・・・。
0:深くため息をつく冥助。
冥助:そのことを聴いて、旦那さんが何て言うかねぇ?
たえ:そんなの決まってます・・・。大馬鹿野郎って、怒られます。
冥助:分かってんのか?俺達は、あんたの思いだけなら汲み取ることはできねえ。必ず、死者の思いが必要だ。
たえ:そう・・・ですよね。
冥助:・・・でも、お前にはそれだけ、思い合う人がいる。
たえ:え?
冥助:だから、あんな心の声が漏れるんだろ?
たえ:心の、声?
冥助:・・・『怖い・・・寂しい・・・。でも、きっと・・・きっと、あの人は、私を見つけてくれる。だって、あの人は・・・私の英雄だから。』
たえ:・・・っ!!!
冥助:言っただろ?死神はいつでもどこでも、心の声が聴こえるんだって。その思いが強ければ強いほど、猶更な。
たえ:・・・冥助さんには、敵いませんね。
冥助:敵うわけねえだろ?俺は・・・死神だぞ?
0:笑いながら言う冥助の後ろから、響子が戻ってくる。
響子:・・・冥助。
冥助:お、戻ってきたのか、響子。
響子:あんた・・・気づいてたの?
冥助:ん?何が?
響子:こうなること・・・分かってたの?
0:俯きながら言う響子の質問に応えず、逆に投げかける。
冥助:・・・旦那さんは、何だって?
響子:・・・・・・。
冥助:響子。
響子:・・・一緒に、いこう、ですって。
冥助:・・・だってさ。お嬢さん。
たえ:・・・・・。
0:たえは、ゆっくりと響子に歩み寄る。
たえ:響子さん。
響子:たえさん。ねえ。考え直さない?こんなやり方、間違ってるよ・・・。
たえ:響子さん・・・。
響子:たえさんのしていることは、自殺しようとしてる人と同じよ。まだ生きられる命はある。だったら―――。
たえ:私・・・一度、両親に殺されそうになってるんです。
0:たえが、響子の声を遮るように話し始める。
響子:え?
たえ:ちょっとしたお金持ちだったみたいで、幼少期は何不自由なく過ごしました。でも・・・私、本当の父親が別にいたことが発覚して、恥さらしとして殺されそうになりました。
たえ:地下室に閉じ込められて、今まで一緒にいた人達も見て見ぬふり・・・食事も取れないまま、1週間が経ちました。さすがに、もう死んだと思いました。
たえ:その時に、私を助けてくれたのが・・・庭師だった正章さんでした。私を連れ出し、遠いところまで逃げのびて・・・駆け落ちでした。
響子:たえさん・・・。
たえ:響子さん。正章さんは、私にとってかけがえのない存在で、思い慕う人で・・・英雄なんです。
響子:・・・・・・。
たえ:私は、どこまでもあの人についていきたい。たとえ、どんなことがあったとしても。私は・・・正章さんの側で、歩み続けたい。
響子:・・・・・・。
冥助:きっと、その思いのままのはず。旦那さんも、そう思ってたんだろ。
響子:冥助。
0:たえの後ろから、冥助が諦めたよう笑顔で響子に語り掛けた。
冥助:言ってただろ?たえが幸せであることが、俺の幸せだったって。きっと、たえさんの願いは全て聴き届ける覚悟だったんだろうさ。
響子:・・・・・・。
冥助:止めたって無駄だぜ。そういう二人なんだ、この夫婦は。
響子:・・・たえさん。
0:響子は、まっすぐにたえを見つめて言った。
たえ:・・・はい。
響子:貴女は・・・・・幸せでしたか?
0:たえは少しだけ黙ると、笑顔でこう切り返した。
たえ:・・・・・・はい。正章さんにたくさん付き添っていただいた、最高の人生でした!
響子:・・・・・・フゥ・・・分かったわ。
0:響子は屋上の何もない空間に、優しく撫でるように大鎌を振るう。そこから、黄泉の門が現れる。
響子:ここが死者の世界の入り口。入ったら最後、二度と戻ってこられない。入った瞬間、己の業と罪で散り散りに引き裂かれることだってある。本当にいいのね?
たえ:・・・はい。覚悟は、出来ています。
響子:・・・たえさん!
0:黄泉の門の前に立つたえを、響子が強く抱きしめる。
たえ:響子さん。
響子:私の価値観を押し付けてごめんなさい!でも・・・楽しかったわ。
たえ:ふふっ・・・私も、とっても楽しかったです。
響子:・・・まあ、私はいつでも会えるはずだから。またこの先で会いましょう。
たえ:はい。・・・あ、レモンティーは、もう作れませんけどね。
響子:要らないわ・・・。私の心の中に、もうしっかりしみ込んだから。ちょっとやそっとじゃ落ちないくらいにね。
たえ:ふふっ・・・そうですか。
0:微笑みながら返すたえの体が、徐々に薄くなっていく。
響子:私は、さよならは言わないわよ。
たえ:じゃあ、何て言うんです?
響子:・・・いってらっしゃい。
たえ:っ!・・・はい、いってきます!
0:たえはその門に、足を踏み入れる。刹那、辺りが眩い光に包まれ、門も、たえの姿も、跡形もなく消えていた。
0:
0:
たえ:・・・あ、正章さん。正章さん・・・ですよね?やっと・・・やっと、会えた。ただいま、戻りました・・・。
たえ:・・・いいんです。私が、一緒にいたかったんです。ご迷惑でしたか?
たえ:・・・・・ふふっ、ありがとうございます。これから、私にかけていただいた50年の恩。しっかり返させてくださいね。
たえ:・・・お慕い申し上げております・・・正章さん。
0:
0:
冥助:・・・・・ねええええ?あんた馬鹿ぁぁぁ???
響子:・・・・・。
冥助:病院外で転落死か。被害者は連続詐欺容疑者。手が不自然に変形。他殺か。だってさぁぁぁ。
響子:うるさいわねえ。潰されたい?ねえ?どこから潰されたい?
冥助:おいおい。とりあえず潰されること確定で話を進めるの止めてくんない?
響子:煽ってくるのはあんたでしょ?まったく・・・。
冥助:でもよぉ。あれだけ俺に言っておきながら、同じような始末書書かされてや~んの。
響子:あんたねぇ・・・ハァ・・・まあでも、スッキリしてるわ。
冥助:ん?何だよ?煽っても意味ないタイプか?
響子:今回はそんなところね。しかも、あんたの管轄のところで事を起こしちゃったわけだし・・・。ありがとうね、冥助。
冥助:お、おいおい・・・。別にお礼を言われる筋合いはねえよ。
響子:・・・あの時・・・何か思い出しそうだったんだけどなぁ。
冥助:思い出しそう?何が?
響子:う~ん・・・何か、とっても大事なことなんだと思う。でも、分からないのよねぇ・・・。
冥助:ん?何だよ?死神をしばらくやっていると、頭も狂ってくるのか?そんな婆さんみたいなことを言ってたらさらにふけゴベアァッ!!!
0:言い終わる前に、冥助は響子に後頭部を掴まれ、そのまま地面にめり込むほどにたたきつけられた。
響子:だ・れ・が!ふけるですって~~~?次は右手?左手?選びなさい?
冥助:っってぇぇぇぇ・・・これは、戦略的撤退!
響子:あ!こら!待ちなさい!
冥助:誰が待つかよ!これ以上自分の骨でロシアンルーレットされてたまるかってんだ!あばよ!
0:響子の手が離れた一瞬の隙を狙って、冥助は宙に浮かび、全速力で逃げていった。しかし、響子は冥助を追おうともせず、途中からは、にこやかに見送っていた。
響子:まったく・・・また手伝ってもらうんだからね。私のえいゆうさん。
0:
0:
矢吹:どこにでもある、街の寂れた空き地。そこには、人間には見えない事務所が存在することがある。死神事務所。事務所というが、建物があるわけではない。その場所には死神が存在する。
矢吹:しかしその死神は、人の命をむやみに奪ったりはしない。あくまで神様として、普段は見ているだけ。近づいたからといって、からかったからといって何もしない。
矢吹:死神は、全ての声が聴こえる。生きている者、死んでいる者、その心の声を聴き、時には動き、時にはその力を振るう。
矢吹:貴方は、死神に伝えたい本当の思い、ありますか?あるのならば、近くの寂れた空き地を探してみてください。もしかすると死神が、貴方のために力を貸してくれるかもしれませんよ。