台本概要

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タイトル カナリア-籠の鳥と飼い主の話-
作者名 瀬川こゆ  (@@hiina_segawa)
ジャンル ラブストーリー
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 30 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明
BirdShopに観賞用の小鳥を買いに来た男と、その店に居た女の子の話です。


※後半どシリアスなのでご注意ください。

非商用時は連絡不要ですが、投げ銭機能のある配信媒体等で記録が残る場合はご一報と、概要欄等にクレジット表記をお願いします。

過度なアドリブ、改変、無許可での男女表記のあるキャラの性別変更は御遠慮ください。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
カナリア 175 「Bird Shop」の売れ残りの子。底抜けに明るい。自分を買ってくれた「飼い主」のことが大好き。
ジュラ 179 鳥を飼いたくて「Bird Shop」に来た客。カナリアを購入し「飼い主」になる。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
ジュラ:ただいま。 カナリア:おかえり! ジュラ:今日も居る? カナリア:居るよ!ここに居る。 ジュラ:とても疲れた。 カナリア:お疲れ様! ジュラ:君は今日も元気だね。 カナリア:あなたにそう見えるのなら、 カナリア:きっと私は元気なんだよ! : 0:一拍 カナリア(M):生まれてこの方(かた)、 カナリア(M):私は外に出た事がありません。 カナリア(M):太陽が空を照らす朝焼けと、 カナリア(M):茜色が星に染められる途中の夕暮れ。 0:一拍 カナリア(M):私に必要な時間は、 カナリア(M):その2つだけでした。 : : 0:間 : : 0:ジュラ、店主と話している。 ジュラ:鳥を飼いたいんです。 ジュラ:ええ、出来るだけ小さな小鳥を。 ジュラ:性別は問いません。 ジュラ:種族も別に。 ジュラ:……。 ジュラ:はい、分かりました。 ジュラ:ちょっと見てみます。 0:一拍 カナリア:……。 ジュラ:……。 カナリア:お客さん、お客さん。 ジュラ:? カナリア:聞こえているの?お客さん。 ジュラ:僕を呼んだのは君? カナリア:うん、そうだよ。 カナリア:お客さんは鳥を探しているの? ジュラ:嗚呼。 カナリア:種族は? ジュラ:問わない。 カナリア:性格は? ジュラ:それも問わない。 ジュラ:これと言ったこだわりはないよ。 カナリア:労働用? カナリア:それとも護身用? ジュラ:どちらでもない。 ジュラ:観賞用なんだ。 カナリア:籠は用意してあるの? ジュラ:嗚呼。 カナリア:首輪じゃなくて? ジュラ:嗚呼。 カナリア:扉の外からは出られる? ジュラ:屋敷の中ならどこへでも。 カナリア:ふーん。 カナリア:それなら私に任せてよ? カナリア:ここに居る子達の事、 カナリア:私は全員知ってるの! ジュラ:そうなの? カナリア:うん! カナリア:1人1人紹介してあげるからついてきて。 ジュラ:分かった。 0:一拍 カナリア:この子はリリー。 カナリア:踊りが上手。 カナリア:東洋の国のダンスを知ってるよ! ジュラ:東洋の……。 カナリア:この子はナタリア。 カナリア:とても綺麗な子でしょう? カナリア:だから着飾らせてるときっと楽しいよ! ジュラ:確かにとても綺麗な子だね。 カナリア:この子はアル。 カナリア:アルフレッドだからアル。 カナリア:こう見えて剣の使い方が上手なんだ! ジュラ:剣を? カナリア:うん! カナリア:観賞用だとしても、 カナリア:ある程度は自己防衛出来る子で、 カナリア:損は無いんじゃないかな? ジュラ:確かにそうだね。 カナリア:他にはね〜、 ジュラ:君は? カナリア:え? ジュラ:君は何が得意なの? カナリア:私? ジュラ:嗚呼。 カナリア:私は何にも出来ないよ? ジュラ:そうなの? カナリア:ダンスも剣も苦手だし、 カナリア:見た目もこんなんだしね。 カナリア:前は少しだけ飛べたけど、 カナリア:それも今は出来なくなっちゃった。 ジュラ:翼があるのに? カナリア:動かないの。 ジュラ:どうして? カナリア:さぁ?なんだったかなぁ。 カナリア:元々の飼い主さんに、 カナリア:鞭でいっぱい叩かれて、 カナリア:我慢してたら動かなくなっちゃったんだっけ? ジュラ:それじゃあまるで虐待じゃないか。 カナリア:違うよ?躾(しつけ)だよ。 ジュラ:躾(しつけ)? カナリア:うん! カナリア:悪い子なの!私! ジュラ:そう……。 カナリア:私のことはいいんだよ。 カナリア:もっと他の子の紹介しなくちゃ! ジュラ:ううん。 カナリア:? ジュラ:もう少し君のことを教えてくれない? カナリア:どうして? ジュラ:どうしても。 カナリア:うーーーん。 カナリア:まぁ、いいや! カナリア:分かったよ、何が知りたいの? ジュラ:ありがとう。 ジュラ:何が……どうしようかなぁ。 カナリア:なんでも聞いて。 カナリア:なんでも答えるよ! ジュラ:じゃあ、 カナリア:うん! ジュラ:君はいつからここに居るの? カナリア:えっとねぇ、 カナリア:5年くらいかなぁ。 ジュラ:長いね。 カナリア:でしょう? カナリア:私は売れ残りだから、 カナリア:たぶんここに1番長く居るよ! ジュラ:だから他の子達のことをよく知ってるんだね。 カナリア:うん!そうなの。 ジュラ:好きな食べ物は? カナリア:食べ物? カナリア:なんだろうなぁ。 カナリア:あ、パンが好きだよ! ジュラ:パンが? カナリア:うん! カナリア:あれだけは不味くないから! ジュラ:じゃあその内パン以外の、 ジュラ:美味しい物を沢山食べさせてあげるね。 カナリア:本当に? カナリア:嬉しいなぁ! ジュラ:君はどこから来たの? カナリア:どこから? ジュラ:嗚呼。 カナリア:んーーー……分かんない! カナリア:昔過ぎて忘れちゃった! ジュラ:そっか。 カナリア:うん! ジュラ:海が好き? ジュラ:それとも森が好き? カナリア:どっちも! カナリア:どっちも知らないから、 カナリア:どっちも好きだよ! ジュラ:じゃあ飽きるくらいに、 ジュラ:どっちにも連れてってあげる。 カナリア:本当に? カナリア:嬉しいことが2つになったよ! ジュラ:うん。 カナリア:それで?他には? ジュラ:うん? カナリア:他には聞きたいことあるの? ジュラ:うーーん。 ジュラ:あ!大事なこと聞くの忘れてたよ。 カナリア:うん。 ジュラ:君の名前は? カナリア:「カナリア」! : ジュラ(M):カナリア。 ジュラ(M):僕がこの子と出会ったのは、 ジュラ(M):まだ花が咲き誇る季節のことだった。 ジュラ(M):一見すれば天真爛漫を実体化したようで、 ジュラ(M):その実、非常に頭のいい子だった。 ジュラ(M):牙を向ける相手をきちんと自分で判断して、 ジュラ(M):じゃれつく人間も選んでいた。 ジュラ(M):ただほんの少し他とはズレていて、 ジュラ(M):自分への自信は皆無だった。 : カナリア:お客さん。 ジュラ:何かな、カナリア。 カナリア:どの子にするの? ジュラ:うん? ジュラ:どの子、とは? カナリア:だから、どの子を飼うの? カナリア:リリー?ナタリア?それともアル? カナリア:まぁでも、どの子でもたぶん、 カナリア:お客さんは可愛がってくれるでしょう? ジュラ:ははっ……えっと、カナリア? カナリア:うん? ジュラ:僕の選択の中に、 ジュラ:どうして君が入っていないのかな? カナリア:どうしてって、 カナリア:だって誰も私を選ばないから! ジュラ:そんなことはないんじゃ? カナリア:あるんだなぁ、これが。 カナリア:じゃなきゃ私は売れ残ってなんかいないでしょう? ジュラ:君が売れ残ったのはたまたまなだけなんだよ。 カナリア:あはは! カナリア:そんなことないよぉ。 カナリア:気ぃ使ってくれたの? カナリア:ありがとう!お客さん。 ジュラ:お世辞じゃないよ。 カナリア:いいのいいの! カナリア:私が案内しちゃったからね、 カナリア:みんな気ぃ使って私を飼おうとしてくれるけどね? ジュラ:うん。 カナリア:そんなことで大金を水に流しちゃいけないよ? カナリア:それに私は近い内に、 カナリア:工場に行くって決まってるから。 ジュラ:工場? カナリア:そう! カナリア:やっぱり羽は枕かなぁ? カナリア:アクセサリーだったら嬉しいなぁ! ジュラ:待って。 カナリア:うん? ジュラ:工場に行くって、まさか素材として? カナリア:そうだよ? カナリア:私役立たずなのに、 カナリア:ここの人は5年も置いてくれたの! カナリア:少しでも高価な物になれれば、 カナリア:恩返しが出来そうじゃない? ジュラ:…………。 カナリア:ほらほらお客さん。 カナリア:どの子がいいの? カナリア:そろそろ決めないと日が暮れちゃうよ? ジュラ:……カナリア。 カナリア:なーに? ジュラ:いや違う、呼んだんじゃない。 カナリア:? ジュラ:カナリア、君がいい。 ジュラ:僕は君を連れて帰る。 カナリア:どうして、 ジュラ:どうしても。 カナリア:私はなんにも出来ないよ? ジュラ:別に何も出来なくていい。 カナリア:見た目だって良くないし。 ジュラ:小さくて可愛いと僕は思う。 ジュラ:そもそも僕は小さい小鳥が欲しかったんだ。 カナリア:私より小さい子なら他にも居るよ? ジュラ:その子の好きな食べ物はパン? カナリア:ううん、確か果物だったかな? ジュラ:じゃあ駄目だ。 ジュラ:僕はパンが好きな子に、 ジュラ:パンよりも美味しい物を沢山食べさせたいんだ。 カナリア:パンが好きな小さい子なら他にも、 ジュラ:さっきこだわりはないって言ったけど。 カナリア:うん。 ジュラ:やっぱり気が変わったから、 ジュラ:今から言う条件に、 ジュラ:全部当てはまる子を探してくれる? カナリア:いいよ! ジュラ:ダンスも剣も苦手で、 ジュラ:パンが好きで海も森も知らなくて、 ジュラ:枕よりもアクセサリーになりたがる。 ジュラ:そんな小さくて、 ジュラ:動かない翼を持った子は居る? カナリア:……名前の希望はあるのかな? ジュラ:それは勿論「カナリア」だよ。 : カナリア(M):私は最後まで冗談だと疑っていたけれど、 カナリア(M):その後、言った通りに私を連れ帰った。 カナリア(M):飼い主さんの名前は「ジュラ」。 カナリア(M):正式名称は長すぎてよく分からなかった。 カナリア(M):たぶんどっかの貴族か何かなのだろう。 カナリア(M):だって連れて来られた屋敷は、 カナリア(M):想像以上に大きかったから。 : ジュラ:これも食べてみて。 カナリア:何これ、凄く美味しいよ! ジュラ:なら良かった。 ジュラ:次はこれ。 : カナリア(M):私は飼い主さんについて、 カナリア(M):深く詮索はしなかった。 カナリア(M):する気も起きなかった。 カナリア(M):可愛がられることが前提の小鳥に、 カナリア(M):余計な情報は必要ないと思ったから。 カナリア(M):飼い主さんの希望は私を外に出さないこと。 カナリア(M):まぁ言われても、 カナリア(M):外になんか出るつもりは無いんだけど。 : ジュラ:ここは狭くて退屈で、 ジュラ:それからとても窮屈じゃない? カナリア:そんなことないよ! カナリア:美味しい物沢山あるし、 カナリア:何より飼い主さんが居るからね! カナリア:退屈だなんて思ったことないよ! ジュラ:そっか、それなら良かった。 カナリア:うん! ジュラ:外に出たいと思ったことはないの? カナリア:ここから? ジュラ:うん。 カナリア:無いよ。 ジュラ:海とか森とか、 ジュラ:行ってみたいとは思わないの? カナリア:飼い主さんも一緒に行ってくれる? ジュラ:いや、僕がついて行くことは抜きにして。 カナリア:なら行かない。 カナリア:楽しくないもん。 カナリア:あ、でも飼い主さんが連れてってくれるなら、 カナリア:海でも森でもどこにでも行きたいよ? ジュラ:傍(はた)から見た時に君は、 カナリア:うん。 ジュラ:籠の中に閉じ込められた小鳥でしかないんだ。 カナリア:そうかな? ジュラ:君が望む物ならなんでも用意してあげたいけれど、 ジュラ:たった1つ、 ジュラ:君には自由がないんだよ。 ジュラ:自由だけが、ないんだよ。 カナリア:それがどうしたの? ジュラ:え? カナリア:自由がないことの何が駄目なの? カナリア:そもそも私は自由だよ? カナリア:この屋敷の中で、 カナリア:飼い主さんが入るなって言う場所は、 カナリア:たったの1部屋もないのに。 ジュラ:でも君はこの屋敷からは出られない。 カナリア:出られないんじゃなくて、 カナリア:出ないんだよ? ジュラ:え? カナリア:逃げられないんじゃなくて、 カナリア:逃げたくないんだよ? ジュラ:……。 カナリア:私ね、 ジュラ:うん。 カナリア:世界中の息をする者全てが、 カナリア:飼い主さんだったらいいなってたまに思うの。 ジュラ:それは、なんか……。 カナリア:おかしい? ジュラ:うん、おかしい。 ジュラ:おかしいと言うか妙かな? ジュラ:君がそう思うことが、凄く妙。 カナリア:えーそうかなぁ? カナリア:いいことだと思ったんだけどなぁ。 ジュラ:僕がいっぱい居たら気持ち悪いだろう? カナリア:そんなことないよ! カナリア:他の人がどう思うかは知らないけれど、 カナリア:少なくとも私は凄く嬉しい! ジュラ:そう……そっか。 カナリア:飼い主さん。 ジュラ:うん? カナリア:誰かに何かを言われたの? ジュラ:まぁ……少しだけね。 カナリア:その人は私を知っているの? ジュラ:間接的には、かなり。 カナリア:ふーん。 カナリア:なんて言われたのか知らないけれど、 カナリア:「知らない人のくせして、勝手に私を決め付けるな」って言っておいて。 ジュラ:……分かった。 カナリア:そんなことよりも飼い主さん! ジュラ:うん? カナリア:メイドさんが新しい美味しい物を作ってくれたよ! カナリア:飼い主さんと一緒に食べたくて取っておいたの。 ジュラ:そうなの? カナリア:うん! カナリア:早く行こう!早く早く! ジュラ:あはは! ジュラ:そんなに急がなくても無くならないから、 ジュラ:ゆっくり行こう。 ジュラ:ねぇ「カナリア」。 : ジュラ(M):この国には王が居る。 ジュラ(M):身体の弱い王に跡継ぎはおらず、 ジュラ(M):王位継承権を持つ者はいないとされていた。 ジュラ(M):しかしそれは表向きの話で、 ジュラ(M):王がまだ若い頃、 ジュラ(M):ある有翼人の娘と恋に落ち、 ジュラ(M):その者との間に1人の子供が生まれた。 ジュラ(M):有翼人の母の血を色濃く受け継いだ子供は、 ジュラ(M):貴族の青い血を汚さないようにと処分された為、 ジュラ(M):とっくに死んだものと思われていた。 ジュラ(M):しかし実は、 ジュラ(M):裏で珍しい奴隷を多くコレクションしていたとある貴族に、 ジュラ(M):秘密裏に受け渡されていたらしい。 0:一拍 ジュラ(M):その事実を知った王は、 ジュラ(M):急いでその貴族の元へ向かったが、 ジュラ(M):1歩遅く、 ジュラ(M):子供は奴隷商人に売り払われた後だった。 : カナリア:飼い主さん。 ジュラ:うん?どうしたの? カナリア:最近屋敷の中が騒がしいね。 ジュラ:嗚呼、うん。 ジュラ:ちょっと色々と、 ジュラ:やらなくちゃいけないことが多くて。 カナリア:何かお手伝い出来ることある? カナリア:なんでも手伝うよ。 カナリア:なんでも言って! ジュラ:そうだな……。 カナリア:本当になんでもいいんだよ! カナリア:出来ないことでも頑張るから。 ジュラ:じゃあ、撫でて。 カナリア:え? ジュラ:頭。 ジュラ:これは手伝いには入らないから駄目かな? カナリア:駄目じゃないよ! カナリア:でも、そんなことでいいの? ジュラ:今は1番これがいいんだ。 カナリア:分かった。 ジュラ:うん。 0:一拍 カナリア:歌でも歌う? ジュラ:歌えるの? カナリア:少しだけ。 カナリア:本当は歌は嫌いだけど、 カナリア:飼い主さんが歌えって言うのなら、 カナリア:喜んで歌うよ! ジュラ:あはは、嫌いなら歌わなくていいよ? ジュラ:君にはやりたいことをやりたいだけやってほしいから、 ジュラ:嫌なことはしてほしくないんだ。 カナリア:私たぶんね、 ジュラ:うん。 カナリア:飼い主さんがやれって言うことは、 カナリア:嫌いなことでも好きになれると思うの。 ジュラ:そんなことないんじゃない? カナリア:本当だよ! カナリア:だからなんでも言って。 カナリア:なんでも嬉しいし楽しいから! ジュラ:思い付いた時にまたお願いするよ。 カナリア:分かった。 ジュラ:何か欲しい物はない? カナリア:飼い主さん! ジュラ:えっと……。 カナリア:飼い主さんが欲しい! ジュラ:それはもう手に入れていると言っても、 ジュラ:過言ではないんじゃない? カナリア:ううん、ちっとも手に入ってないよ? ジュラ:そうなの? カナリア:うん! カナリア:欲しい物は飼い主さんだけ。 カナリア:あとは何もいらないの。 ジュラ:愛が欲しいってこと? カナリア:愛「も」欲しい! カナリア:でも飼い主さん以外からの愛はいらない。 ジュラ:そっか。 カナリア:うん! カナリア:……。 カナリア:言ってもいい? ジュラ:なんでも、どうぞ。 カナリア:大好き! ジュラ:うん、ありがとう。 ジュラ:カナリア。 : カナリア(M):王の子供は見付かった。 カナリア(M):奴隷商人に売り払われた後、 カナリア(M):散々な目にあったせいで、 カナリア(M):翼は曲がり、 カナリア(M):片足は砕け、 カナリア(M):顔の半分が焼け爛(ただ)れていた。 カナリア(M):醜悪なその姿を好まれることはなく、 カナリア(M):長い間売れ残っていたらしい。 0:一拍 カナリア(M):そんな子供を引き取ったのは、 カナリア(M):変わり者で有名な、 カナリア(M):とある辺境の伯爵だった。 0:一拍 カナリア(M):その頃にはもう、 カナリア(M):子供は子供としての年齢を、 カナリア(M):大幅に通り過ぎていたけれど……。 : ジュラ:カナリア。 カナリア:なーに?飼い主さん。 ジュラ:僕はしばらく屋敷を離れるよ。 カナリア:分かった! ジュラ:ついて行きたいとは言わないの? カナリア:言ったら連れて行ってくれるの? ジュラ:行かせない。 カナリア:じゃあ言わない。 カナリア:いい子で待ってるよ! ジュラ:うん、分かった。 カナリア:お土産もいらないよ? ジュラ:買えたら買おうと思ってたんだけど……。 ジュラ:留守番のお礼に。 カナリア:いらない。 カナリア:もし何かくれるなら、 カナリア:飼い主さんを気持ちばかりくださいな。 ジュラ:あはは、何それ? カナリア:つまりね、 ジュラ:うん。 カナリア:ちゃんと帰って来てねってこと! ジュラ:…………うん。 ジュラ:1つ、お願いしてもいい? ジュラ:随分傲慢で都合のいい願いなんだけど。 カナリア:なーに? ジュラ:僕が屋敷を出てから、 ジュラ:誰が来ても、 ジュラ:この屋敷の外には出ないでほしい。 カナリア:うん。 ジュラ:それで、 カナリア:うん。 ジュラ:僕が帰って来れた時には、 ジュラ:「おかえり」って言ってほしいんだ。 カナリア:いいよ!分かった! ジュラ:これは約束じゃないから、 ジュラ:いつでも破っていいんだからね? ジュラ:カナリア。 : カナリア(M):飼い主さんが屋敷を出てから、 カナリア(M):しばらくして更に騒がしくなった。 カナリア(M):1人、また1人と、 カナリア(M):メイドさん達は居なくなった。 カナリア(M):時々話してくれた執事さんは、 カナリア(M):「王様」 カナリア(M):「跡継ぎ」 カナリア(M):「貴族派」 カナリア(M):「裏切り」 カナリア(M):それから、「戦争」 カナリア(M):そんなことを断片的に伝えて、 カナリア(M):気が付いた時には姿が見えなくなっていた。 カナリア(M):よく知っていた物が、 カナリア(M):だんだん知らない物に変わっていく。 カナリア(M):その変化に追い付こうと無理に藻掻(もが)くことはしない。 カナリア(M):変わらないのは、私だけだ。 : 0:息が荒い傷だらけのジュラ。 0:以降、ジュラずっと死にかけ。 ジュラ:っ……はあ……はあ……。 ジュラ:……逃げたかな? カナリア:……飼い主さん? ジュラ:っっ?! ジュラ:カナリア?!なんで……。 カナリア:怪我してるの? ジュラ:なんで逃げてないんだ?! カナリア:なんで? カナリア:逃げないよ? カナリア:どこに逃げればいいの? カナリア:居場所なんかどこにもないのに。 ジュラ:はぁ……。 ジュラ:簡単に言うから、聞いて? カナリア:うん。 ジュラ:君はね、君はこの国で唯一、 ジュラ:王位継承権を、持っている子なんだ。 カナリア:王位継承権? ジュラ:次の王様になる権利って、こと。 カナリア:王様になんかなりたくない。 ジュラ:知ってる、そう言うと思ってた。 ジュラ:だから隠そうと思ったんだ。 ジュラ:君を、誰にも、知られないように。 カナリア:うん。 ジュラ:ここは辺境で、 ジュラ:王都から離れてるから。 ジュラ:閉じ込めておけば大丈夫だと思っていた。 ジュラ:幸いにも君は従順だったし……。 カナリア:うん。 ジュラ:……浅はかだったよ……。 ジュラ:全部が全部、浅はか過ぎた……。 ジュラ:隠しても隠しても、 ジュラ:どこに居たって洩れてしまう……。 カナリア:飼い主さん。 ジュラ:あー駄目だ……。 ジュラ:ちょっと立ってられないから……、 ジュラ:座るけど、許してね? カナリア:そこは遠いよ? カナリア:もっと近くに来てよ。 ジュラ:近く? ジュラ:やめた方がいい。 ジュラ:きっと今の僕は、君を怖がらせるから。 カナリア:怖くないよ! カナリア:どんな姿でも怖くない! カナリア:顔が見えない方が嫌だよ? 0:床を這って移動しようとする。 ジュラ:……分かった……ちょっと待って……。 ジュラ:……んっ……ぐっ……。 ジュラ:はは、情けない……。 ジュラ:……這(は)いずることしか出来ない。 カナリア:飼い主さん、 ジュラ:君はね、カナリア……。 ジュラ:命を狙われている。 ジュラ:君が生きているだけで、 ジュラ:不都合な奴らが……沢山居るんだ。 カナリア:みんなそうだったよ? カナリア:望んでくれたのは、 カナリア:飼い主さんだけなんだよ。 ジュラ:……そんなこと、ない……。 ジュラ:……そう言ってあげたかった。 カナリア:うん。 ジュラ:……っと……着いた……。 カナリア:飼い主さん。 ジュラ:なに? カナリア:居なくならない? ジュラ:……難しいかな……。 ジュラ:……ねぇ? カナリア:うん? ジュラ:……逃げて。 ジュラ:今からでも、 ジュラ:たぶんまだ間に合うから。 カナリア:……飼い主さんは? ジュラ:僕は行けない。 カナリア:じゃあ逃げない。 ジュラ:もうすぐ君は……自由になる。 ジュラ:その為には……この屋敷から、 ジュラ:逃げなきゃいけない。 カナリア:逃げた先に飼い主さんは居るの? ジュラ:居ないよ。 カナリア:じゃあ行かない。 カナリア:間に合わなくていいよ? カナリア:自由なんかいらない。 カナリア:そもそも私はずっと自由だよ? カナリア:初めから、ずっと、ずっと。 ジュラ:籠の中の鳥なのに、 カナリア:ひょっとしたら飼い主さんよりも、 ジュラ:……うん。 カナリア:私の方がずっと自由に生きてるかもしれないのに、 ジュラ:……うん。 カナリア:飼い主さんは私を捕まえて、 カナリア:鳥籠の中に押し込めたと思っているの。 ジュラ:思い込みなんかじゃない……。 ジュラ:それが、事実だよ……。 カナリア:違うよ。 カナリア:私を捕まえたと思ってる、 カナリア:飼い主さんが私に捕まったんだよ。 カナリア:あなたは毎日、毎日毎日。 カナリア:自分で自分の籠の中に入ってたんだよ。 ジュラ:そう?……そうかな……。 ジュラ:……嗚呼、困った……。 ジュラ:目が、見えなくなってきた……。 カナリア:飼い主さん。 ジュラ:…………なに? カナリア:私まだ飼い主さんのお願いごと、 カナリア:叶えてあげられてないよ? ジュラ:…………。 カナリア:飼い主さん! ジュラ:…………。 ジュラ:……ただいま。 カナリア:っ!? カナリア:うん!おかえり! ジュラ:……今日も居る? ジュラ:そこに……居る……? カナリア:居るよ!ここに居る! カナリア:ずっと居る! ジュラ:……とても疲れたんだ……。 ジュラ:もう、力が入らない……。 カナリア:お疲れ様! カナリア:凄く凄くお疲れ様! カナリア:もう頑張らなくていいよ。 カナリア:私に出来ることは何でもするからね? ジュラ:はは……君は今日も……元気だね。 カナリア:飼い主さんにそう見えるのなら、 カナリア:きっと私は元気なんだよ! ジュラ:……そっか。 カナリア:……嫌い? ジュラ:嫌いなら……傍になんか、居ない……。 カナリア:……うん。 ジュラ:……歌は、嫌いだったよね……? カナリア:うん、嫌い。 カナリア:……歌う? ジュラ:出来れば。 カナリア:いいよ!なんでも歌うよ! カナリア:頭は撫でる? ジュラ:うん。 カナリア:分かった! カナリア:飼い主さんが眠ってから、 カナリア:起きてもずっと歌っててあげる。 カナリア:ずっとずっと撫でてあげる。 ジュラ:…………うん。 カナリア:飼い主さん。 ジュラ:…………なに? カナリア:名前を呼んで。 カナリア:私の、名前。 ジュラ:………………カナリア。 : : 0:間 : : カナリア(M):生まれてこの方(かた)、 カナリア(M):私は外に出た事がありません。 カナリア(M):正確には、 カナリア(M):この世のほとんどのものから、 カナリア(M):興味を持つことをやめてしまいました。 0:一拍 カナリア(M):太陽が空を照らす朝焼けにあなたは起きて、 カナリア(M):茜色が星に染められる途中の夕暮れに、 カナリア(M):あなたは帰ってきます。 0:一拍 カナリア(M):まるで帰る場所とでも言うように。 カナリア(M):唯一の居場所とでも言うように。 カナリア(M):籠の中の私を見つめて、 カナリア(M):今日も居るのが当たり前だと安心しています。 : ジュラ:ただいま。 カナリア:おかえり! ジュラ:おはよう。 カナリア:おやすみ! ジュラ:いただきます。 カナリア:ごちそうさま! ジュラ:行ってきます。 カナリア:行ってらっしゃい! 0:一拍 ジュラ:愛してる? カナリア:愛してる! : カナリア(M):私に必要な時間は、 カナリア(M):その2つだけでした。 : : :

ジュラ:ただいま。 カナリア:おかえり! ジュラ:今日も居る? カナリア:居るよ!ここに居る。 ジュラ:とても疲れた。 カナリア:お疲れ様! ジュラ:君は今日も元気だね。 カナリア:あなたにそう見えるのなら、 カナリア:きっと私は元気なんだよ! : 0:一拍 カナリア(M):生まれてこの方(かた)、 カナリア(M):私は外に出た事がありません。 カナリア(M):太陽が空を照らす朝焼けと、 カナリア(M):茜色が星に染められる途中の夕暮れ。 0:一拍 カナリア(M):私に必要な時間は、 カナリア(M):その2つだけでした。 : : 0:間 : : 0:ジュラ、店主と話している。 ジュラ:鳥を飼いたいんです。 ジュラ:ええ、出来るだけ小さな小鳥を。 ジュラ:性別は問いません。 ジュラ:種族も別に。 ジュラ:……。 ジュラ:はい、分かりました。 ジュラ:ちょっと見てみます。 0:一拍 カナリア:……。 ジュラ:……。 カナリア:お客さん、お客さん。 ジュラ:? カナリア:聞こえているの?お客さん。 ジュラ:僕を呼んだのは君? カナリア:うん、そうだよ。 カナリア:お客さんは鳥を探しているの? ジュラ:嗚呼。 カナリア:種族は? ジュラ:問わない。 カナリア:性格は? ジュラ:それも問わない。 ジュラ:これと言ったこだわりはないよ。 カナリア:労働用? カナリア:それとも護身用? ジュラ:どちらでもない。 ジュラ:観賞用なんだ。 カナリア:籠は用意してあるの? ジュラ:嗚呼。 カナリア:首輪じゃなくて? ジュラ:嗚呼。 カナリア:扉の外からは出られる? ジュラ:屋敷の中ならどこへでも。 カナリア:ふーん。 カナリア:それなら私に任せてよ? カナリア:ここに居る子達の事、 カナリア:私は全員知ってるの! ジュラ:そうなの? カナリア:うん! カナリア:1人1人紹介してあげるからついてきて。 ジュラ:分かった。 0:一拍 カナリア:この子はリリー。 カナリア:踊りが上手。 カナリア:東洋の国のダンスを知ってるよ! ジュラ:東洋の……。 カナリア:この子はナタリア。 カナリア:とても綺麗な子でしょう? カナリア:だから着飾らせてるときっと楽しいよ! ジュラ:確かにとても綺麗な子だね。 カナリア:この子はアル。 カナリア:アルフレッドだからアル。 カナリア:こう見えて剣の使い方が上手なんだ! ジュラ:剣を? カナリア:うん! カナリア:観賞用だとしても、 カナリア:ある程度は自己防衛出来る子で、 カナリア:損は無いんじゃないかな? ジュラ:確かにそうだね。 カナリア:他にはね〜、 ジュラ:君は? カナリア:え? ジュラ:君は何が得意なの? カナリア:私? ジュラ:嗚呼。 カナリア:私は何にも出来ないよ? ジュラ:そうなの? カナリア:ダンスも剣も苦手だし、 カナリア:見た目もこんなんだしね。 カナリア:前は少しだけ飛べたけど、 カナリア:それも今は出来なくなっちゃった。 ジュラ:翼があるのに? カナリア:動かないの。 ジュラ:どうして? カナリア:さぁ?なんだったかなぁ。 カナリア:元々の飼い主さんに、 カナリア:鞭でいっぱい叩かれて、 カナリア:我慢してたら動かなくなっちゃったんだっけ? ジュラ:それじゃあまるで虐待じゃないか。 カナリア:違うよ?躾(しつけ)だよ。 ジュラ:躾(しつけ)? カナリア:うん! カナリア:悪い子なの!私! ジュラ:そう……。 カナリア:私のことはいいんだよ。 カナリア:もっと他の子の紹介しなくちゃ! ジュラ:ううん。 カナリア:? ジュラ:もう少し君のことを教えてくれない? カナリア:どうして? ジュラ:どうしても。 カナリア:うーーーん。 カナリア:まぁ、いいや! カナリア:分かったよ、何が知りたいの? ジュラ:ありがとう。 ジュラ:何が……どうしようかなぁ。 カナリア:なんでも聞いて。 カナリア:なんでも答えるよ! ジュラ:じゃあ、 カナリア:うん! ジュラ:君はいつからここに居るの? カナリア:えっとねぇ、 カナリア:5年くらいかなぁ。 ジュラ:長いね。 カナリア:でしょう? カナリア:私は売れ残りだから、 カナリア:たぶんここに1番長く居るよ! ジュラ:だから他の子達のことをよく知ってるんだね。 カナリア:うん!そうなの。 ジュラ:好きな食べ物は? カナリア:食べ物? カナリア:なんだろうなぁ。 カナリア:あ、パンが好きだよ! ジュラ:パンが? カナリア:うん! カナリア:あれだけは不味くないから! ジュラ:じゃあその内パン以外の、 ジュラ:美味しい物を沢山食べさせてあげるね。 カナリア:本当に? カナリア:嬉しいなぁ! ジュラ:君はどこから来たの? カナリア:どこから? ジュラ:嗚呼。 カナリア:んーーー……分かんない! カナリア:昔過ぎて忘れちゃった! ジュラ:そっか。 カナリア:うん! ジュラ:海が好き? ジュラ:それとも森が好き? カナリア:どっちも! カナリア:どっちも知らないから、 カナリア:どっちも好きだよ! ジュラ:じゃあ飽きるくらいに、 ジュラ:どっちにも連れてってあげる。 カナリア:本当に? カナリア:嬉しいことが2つになったよ! ジュラ:うん。 カナリア:それで?他には? ジュラ:うん? カナリア:他には聞きたいことあるの? ジュラ:うーーん。 ジュラ:あ!大事なこと聞くの忘れてたよ。 カナリア:うん。 ジュラ:君の名前は? カナリア:「カナリア」! : ジュラ(M):カナリア。 ジュラ(M):僕がこの子と出会ったのは、 ジュラ(M):まだ花が咲き誇る季節のことだった。 ジュラ(M):一見すれば天真爛漫を実体化したようで、 ジュラ(M):その実、非常に頭のいい子だった。 ジュラ(M):牙を向ける相手をきちんと自分で判断して、 ジュラ(M):じゃれつく人間も選んでいた。 ジュラ(M):ただほんの少し他とはズレていて、 ジュラ(M):自分への自信は皆無だった。 : カナリア:お客さん。 ジュラ:何かな、カナリア。 カナリア:どの子にするの? ジュラ:うん? ジュラ:どの子、とは? カナリア:だから、どの子を飼うの? カナリア:リリー?ナタリア?それともアル? カナリア:まぁでも、どの子でもたぶん、 カナリア:お客さんは可愛がってくれるでしょう? ジュラ:ははっ……えっと、カナリア? カナリア:うん? ジュラ:僕の選択の中に、 ジュラ:どうして君が入っていないのかな? カナリア:どうしてって、 カナリア:だって誰も私を選ばないから! ジュラ:そんなことはないんじゃ? カナリア:あるんだなぁ、これが。 カナリア:じゃなきゃ私は売れ残ってなんかいないでしょう? ジュラ:君が売れ残ったのはたまたまなだけなんだよ。 カナリア:あはは! カナリア:そんなことないよぉ。 カナリア:気ぃ使ってくれたの? カナリア:ありがとう!お客さん。 ジュラ:お世辞じゃないよ。 カナリア:いいのいいの! カナリア:私が案内しちゃったからね、 カナリア:みんな気ぃ使って私を飼おうとしてくれるけどね? ジュラ:うん。 カナリア:そんなことで大金を水に流しちゃいけないよ? カナリア:それに私は近い内に、 カナリア:工場に行くって決まってるから。 ジュラ:工場? カナリア:そう! カナリア:やっぱり羽は枕かなぁ? カナリア:アクセサリーだったら嬉しいなぁ! ジュラ:待って。 カナリア:うん? ジュラ:工場に行くって、まさか素材として? カナリア:そうだよ? カナリア:私役立たずなのに、 カナリア:ここの人は5年も置いてくれたの! カナリア:少しでも高価な物になれれば、 カナリア:恩返しが出来そうじゃない? ジュラ:…………。 カナリア:ほらほらお客さん。 カナリア:どの子がいいの? カナリア:そろそろ決めないと日が暮れちゃうよ? ジュラ:……カナリア。 カナリア:なーに? ジュラ:いや違う、呼んだんじゃない。 カナリア:? ジュラ:カナリア、君がいい。 ジュラ:僕は君を連れて帰る。 カナリア:どうして、 ジュラ:どうしても。 カナリア:私はなんにも出来ないよ? ジュラ:別に何も出来なくていい。 カナリア:見た目だって良くないし。 ジュラ:小さくて可愛いと僕は思う。 ジュラ:そもそも僕は小さい小鳥が欲しかったんだ。 カナリア:私より小さい子なら他にも居るよ? ジュラ:その子の好きな食べ物はパン? カナリア:ううん、確か果物だったかな? ジュラ:じゃあ駄目だ。 ジュラ:僕はパンが好きな子に、 ジュラ:パンよりも美味しい物を沢山食べさせたいんだ。 カナリア:パンが好きな小さい子なら他にも、 ジュラ:さっきこだわりはないって言ったけど。 カナリア:うん。 ジュラ:やっぱり気が変わったから、 ジュラ:今から言う条件に、 ジュラ:全部当てはまる子を探してくれる? カナリア:いいよ! ジュラ:ダンスも剣も苦手で、 ジュラ:パンが好きで海も森も知らなくて、 ジュラ:枕よりもアクセサリーになりたがる。 ジュラ:そんな小さくて、 ジュラ:動かない翼を持った子は居る? カナリア:……名前の希望はあるのかな? ジュラ:それは勿論「カナリア」だよ。 : カナリア(M):私は最後まで冗談だと疑っていたけれど、 カナリア(M):その後、言った通りに私を連れ帰った。 カナリア(M):飼い主さんの名前は「ジュラ」。 カナリア(M):正式名称は長すぎてよく分からなかった。 カナリア(M):たぶんどっかの貴族か何かなのだろう。 カナリア(M):だって連れて来られた屋敷は、 カナリア(M):想像以上に大きかったから。 : ジュラ:これも食べてみて。 カナリア:何これ、凄く美味しいよ! ジュラ:なら良かった。 ジュラ:次はこれ。 : カナリア(M):私は飼い主さんについて、 カナリア(M):深く詮索はしなかった。 カナリア(M):する気も起きなかった。 カナリア(M):可愛がられることが前提の小鳥に、 カナリア(M):余計な情報は必要ないと思ったから。 カナリア(M):飼い主さんの希望は私を外に出さないこと。 カナリア(M):まぁ言われても、 カナリア(M):外になんか出るつもりは無いんだけど。 : ジュラ:ここは狭くて退屈で、 ジュラ:それからとても窮屈じゃない? カナリア:そんなことないよ! カナリア:美味しい物沢山あるし、 カナリア:何より飼い主さんが居るからね! カナリア:退屈だなんて思ったことないよ! ジュラ:そっか、それなら良かった。 カナリア:うん! ジュラ:外に出たいと思ったことはないの? カナリア:ここから? ジュラ:うん。 カナリア:無いよ。 ジュラ:海とか森とか、 ジュラ:行ってみたいとは思わないの? カナリア:飼い主さんも一緒に行ってくれる? ジュラ:いや、僕がついて行くことは抜きにして。 カナリア:なら行かない。 カナリア:楽しくないもん。 カナリア:あ、でも飼い主さんが連れてってくれるなら、 カナリア:海でも森でもどこにでも行きたいよ? ジュラ:傍(はた)から見た時に君は、 カナリア:うん。 ジュラ:籠の中に閉じ込められた小鳥でしかないんだ。 カナリア:そうかな? ジュラ:君が望む物ならなんでも用意してあげたいけれど、 ジュラ:たった1つ、 ジュラ:君には自由がないんだよ。 ジュラ:自由だけが、ないんだよ。 カナリア:それがどうしたの? ジュラ:え? カナリア:自由がないことの何が駄目なの? カナリア:そもそも私は自由だよ? カナリア:この屋敷の中で、 カナリア:飼い主さんが入るなって言う場所は、 カナリア:たったの1部屋もないのに。 ジュラ:でも君はこの屋敷からは出られない。 カナリア:出られないんじゃなくて、 カナリア:出ないんだよ? ジュラ:え? カナリア:逃げられないんじゃなくて、 カナリア:逃げたくないんだよ? ジュラ:……。 カナリア:私ね、 ジュラ:うん。 カナリア:世界中の息をする者全てが、 カナリア:飼い主さんだったらいいなってたまに思うの。 ジュラ:それは、なんか……。 カナリア:おかしい? ジュラ:うん、おかしい。 ジュラ:おかしいと言うか妙かな? ジュラ:君がそう思うことが、凄く妙。 カナリア:えーそうかなぁ? カナリア:いいことだと思ったんだけどなぁ。 ジュラ:僕がいっぱい居たら気持ち悪いだろう? カナリア:そんなことないよ! カナリア:他の人がどう思うかは知らないけれど、 カナリア:少なくとも私は凄く嬉しい! ジュラ:そう……そっか。 カナリア:飼い主さん。 ジュラ:うん? カナリア:誰かに何かを言われたの? ジュラ:まぁ……少しだけね。 カナリア:その人は私を知っているの? ジュラ:間接的には、かなり。 カナリア:ふーん。 カナリア:なんて言われたのか知らないけれど、 カナリア:「知らない人のくせして、勝手に私を決め付けるな」って言っておいて。 ジュラ:……分かった。 カナリア:そんなことよりも飼い主さん! ジュラ:うん? カナリア:メイドさんが新しい美味しい物を作ってくれたよ! カナリア:飼い主さんと一緒に食べたくて取っておいたの。 ジュラ:そうなの? カナリア:うん! カナリア:早く行こう!早く早く! ジュラ:あはは! ジュラ:そんなに急がなくても無くならないから、 ジュラ:ゆっくり行こう。 ジュラ:ねぇ「カナリア」。 : ジュラ(M):この国には王が居る。 ジュラ(M):身体の弱い王に跡継ぎはおらず、 ジュラ(M):王位継承権を持つ者はいないとされていた。 ジュラ(M):しかしそれは表向きの話で、 ジュラ(M):王がまだ若い頃、 ジュラ(M):ある有翼人の娘と恋に落ち、 ジュラ(M):その者との間に1人の子供が生まれた。 ジュラ(M):有翼人の母の血を色濃く受け継いだ子供は、 ジュラ(M):貴族の青い血を汚さないようにと処分された為、 ジュラ(M):とっくに死んだものと思われていた。 ジュラ(M):しかし実は、 ジュラ(M):裏で珍しい奴隷を多くコレクションしていたとある貴族に、 ジュラ(M):秘密裏に受け渡されていたらしい。 0:一拍 ジュラ(M):その事実を知った王は、 ジュラ(M):急いでその貴族の元へ向かったが、 ジュラ(M):1歩遅く、 ジュラ(M):子供は奴隷商人に売り払われた後だった。 : カナリア:飼い主さん。 ジュラ:うん?どうしたの? カナリア:最近屋敷の中が騒がしいね。 ジュラ:嗚呼、うん。 ジュラ:ちょっと色々と、 ジュラ:やらなくちゃいけないことが多くて。 カナリア:何かお手伝い出来ることある? カナリア:なんでも手伝うよ。 カナリア:なんでも言って! ジュラ:そうだな……。 カナリア:本当になんでもいいんだよ! カナリア:出来ないことでも頑張るから。 ジュラ:じゃあ、撫でて。 カナリア:え? ジュラ:頭。 ジュラ:これは手伝いには入らないから駄目かな? カナリア:駄目じゃないよ! カナリア:でも、そんなことでいいの? ジュラ:今は1番これがいいんだ。 カナリア:分かった。 ジュラ:うん。 0:一拍 カナリア:歌でも歌う? ジュラ:歌えるの? カナリア:少しだけ。 カナリア:本当は歌は嫌いだけど、 カナリア:飼い主さんが歌えって言うのなら、 カナリア:喜んで歌うよ! ジュラ:あはは、嫌いなら歌わなくていいよ? ジュラ:君にはやりたいことをやりたいだけやってほしいから、 ジュラ:嫌なことはしてほしくないんだ。 カナリア:私たぶんね、 ジュラ:うん。 カナリア:飼い主さんがやれって言うことは、 カナリア:嫌いなことでも好きになれると思うの。 ジュラ:そんなことないんじゃない? カナリア:本当だよ! カナリア:だからなんでも言って。 カナリア:なんでも嬉しいし楽しいから! ジュラ:思い付いた時にまたお願いするよ。 カナリア:分かった。 ジュラ:何か欲しい物はない? カナリア:飼い主さん! ジュラ:えっと……。 カナリア:飼い主さんが欲しい! ジュラ:それはもう手に入れていると言っても、 ジュラ:過言ではないんじゃない? カナリア:ううん、ちっとも手に入ってないよ? ジュラ:そうなの? カナリア:うん! カナリア:欲しい物は飼い主さんだけ。 カナリア:あとは何もいらないの。 ジュラ:愛が欲しいってこと? カナリア:愛「も」欲しい! カナリア:でも飼い主さん以外からの愛はいらない。 ジュラ:そっか。 カナリア:うん! カナリア:……。 カナリア:言ってもいい? ジュラ:なんでも、どうぞ。 カナリア:大好き! ジュラ:うん、ありがとう。 ジュラ:カナリア。 : カナリア(M):王の子供は見付かった。 カナリア(M):奴隷商人に売り払われた後、 カナリア(M):散々な目にあったせいで、 カナリア(M):翼は曲がり、 カナリア(M):片足は砕け、 カナリア(M):顔の半分が焼け爛(ただ)れていた。 カナリア(M):醜悪なその姿を好まれることはなく、 カナリア(M):長い間売れ残っていたらしい。 0:一拍 カナリア(M):そんな子供を引き取ったのは、 カナリア(M):変わり者で有名な、 カナリア(M):とある辺境の伯爵だった。 0:一拍 カナリア(M):その頃にはもう、 カナリア(M):子供は子供としての年齢を、 カナリア(M):大幅に通り過ぎていたけれど……。 : ジュラ:カナリア。 カナリア:なーに?飼い主さん。 ジュラ:僕はしばらく屋敷を離れるよ。 カナリア:分かった! ジュラ:ついて行きたいとは言わないの? カナリア:言ったら連れて行ってくれるの? ジュラ:行かせない。 カナリア:じゃあ言わない。 カナリア:いい子で待ってるよ! ジュラ:うん、分かった。 カナリア:お土産もいらないよ? ジュラ:買えたら買おうと思ってたんだけど……。 ジュラ:留守番のお礼に。 カナリア:いらない。 カナリア:もし何かくれるなら、 カナリア:飼い主さんを気持ちばかりくださいな。 ジュラ:あはは、何それ? カナリア:つまりね、 ジュラ:うん。 カナリア:ちゃんと帰って来てねってこと! ジュラ:…………うん。 ジュラ:1つ、お願いしてもいい? ジュラ:随分傲慢で都合のいい願いなんだけど。 カナリア:なーに? ジュラ:僕が屋敷を出てから、 ジュラ:誰が来ても、 ジュラ:この屋敷の外には出ないでほしい。 カナリア:うん。 ジュラ:それで、 カナリア:うん。 ジュラ:僕が帰って来れた時には、 ジュラ:「おかえり」って言ってほしいんだ。 カナリア:いいよ!分かった! ジュラ:これは約束じゃないから、 ジュラ:いつでも破っていいんだからね? ジュラ:カナリア。 : カナリア(M):飼い主さんが屋敷を出てから、 カナリア(M):しばらくして更に騒がしくなった。 カナリア(M):1人、また1人と、 カナリア(M):メイドさん達は居なくなった。 カナリア(M):時々話してくれた執事さんは、 カナリア(M):「王様」 カナリア(M):「跡継ぎ」 カナリア(M):「貴族派」 カナリア(M):「裏切り」 カナリア(M):それから、「戦争」 カナリア(M):そんなことを断片的に伝えて、 カナリア(M):気が付いた時には姿が見えなくなっていた。 カナリア(M):よく知っていた物が、 カナリア(M):だんだん知らない物に変わっていく。 カナリア(M):その変化に追い付こうと無理に藻掻(もが)くことはしない。 カナリア(M):変わらないのは、私だけだ。 : 0:息が荒い傷だらけのジュラ。 0:以降、ジュラずっと死にかけ。 ジュラ:っ……はあ……はあ……。 ジュラ:……逃げたかな? カナリア:……飼い主さん? ジュラ:っっ?! ジュラ:カナリア?!なんで……。 カナリア:怪我してるの? ジュラ:なんで逃げてないんだ?! カナリア:なんで? カナリア:逃げないよ? カナリア:どこに逃げればいいの? カナリア:居場所なんかどこにもないのに。 ジュラ:はぁ……。 ジュラ:簡単に言うから、聞いて? カナリア:うん。 ジュラ:君はね、君はこの国で唯一、 ジュラ:王位継承権を、持っている子なんだ。 カナリア:王位継承権? ジュラ:次の王様になる権利って、こと。 カナリア:王様になんかなりたくない。 ジュラ:知ってる、そう言うと思ってた。 ジュラ:だから隠そうと思ったんだ。 ジュラ:君を、誰にも、知られないように。 カナリア:うん。 ジュラ:ここは辺境で、 ジュラ:王都から離れてるから。 ジュラ:閉じ込めておけば大丈夫だと思っていた。 ジュラ:幸いにも君は従順だったし……。 カナリア:うん。 ジュラ:……浅はかだったよ……。 ジュラ:全部が全部、浅はか過ぎた……。 ジュラ:隠しても隠しても、 ジュラ:どこに居たって洩れてしまう……。 カナリア:飼い主さん。 ジュラ:あー駄目だ……。 ジュラ:ちょっと立ってられないから……、 ジュラ:座るけど、許してね? カナリア:そこは遠いよ? カナリア:もっと近くに来てよ。 ジュラ:近く? ジュラ:やめた方がいい。 ジュラ:きっと今の僕は、君を怖がらせるから。 カナリア:怖くないよ! カナリア:どんな姿でも怖くない! カナリア:顔が見えない方が嫌だよ? 0:床を這って移動しようとする。 ジュラ:……分かった……ちょっと待って……。 ジュラ:……んっ……ぐっ……。 ジュラ:はは、情けない……。 ジュラ:……這(は)いずることしか出来ない。 カナリア:飼い主さん、 ジュラ:君はね、カナリア……。 ジュラ:命を狙われている。 ジュラ:君が生きているだけで、 ジュラ:不都合な奴らが……沢山居るんだ。 カナリア:みんなそうだったよ? カナリア:望んでくれたのは、 カナリア:飼い主さんだけなんだよ。 ジュラ:……そんなこと、ない……。 ジュラ:……そう言ってあげたかった。 カナリア:うん。 ジュラ:……っと……着いた……。 カナリア:飼い主さん。 ジュラ:なに? カナリア:居なくならない? ジュラ:……難しいかな……。 ジュラ:……ねぇ? カナリア:うん? ジュラ:……逃げて。 ジュラ:今からでも、 ジュラ:たぶんまだ間に合うから。 カナリア:……飼い主さんは? ジュラ:僕は行けない。 カナリア:じゃあ逃げない。 ジュラ:もうすぐ君は……自由になる。 ジュラ:その為には……この屋敷から、 ジュラ:逃げなきゃいけない。 カナリア:逃げた先に飼い主さんは居るの? ジュラ:居ないよ。 カナリア:じゃあ行かない。 カナリア:間に合わなくていいよ? カナリア:自由なんかいらない。 カナリア:そもそも私はずっと自由だよ? カナリア:初めから、ずっと、ずっと。 ジュラ:籠の中の鳥なのに、 カナリア:ひょっとしたら飼い主さんよりも、 ジュラ:……うん。 カナリア:私の方がずっと自由に生きてるかもしれないのに、 ジュラ:……うん。 カナリア:飼い主さんは私を捕まえて、 カナリア:鳥籠の中に押し込めたと思っているの。 ジュラ:思い込みなんかじゃない……。 ジュラ:それが、事実だよ……。 カナリア:違うよ。 カナリア:私を捕まえたと思ってる、 カナリア:飼い主さんが私に捕まったんだよ。 カナリア:あなたは毎日、毎日毎日。 カナリア:自分で自分の籠の中に入ってたんだよ。 ジュラ:そう?……そうかな……。 ジュラ:……嗚呼、困った……。 ジュラ:目が、見えなくなってきた……。 カナリア:飼い主さん。 ジュラ:…………なに? カナリア:私まだ飼い主さんのお願いごと、 カナリア:叶えてあげられてないよ? ジュラ:…………。 カナリア:飼い主さん! ジュラ:…………。 ジュラ:……ただいま。 カナリア:っ!? カナリア:うん!おかえり! ジュラ:……今日も居る? ジュラ:そこに……居る……? カナリア:居るよ!ここに居る! カナリア:ずっと居る! ジュラ:……とても疲れたんだ……。 ジュラ:もう、力が入らない……。 カナリア:お疲れ様! カナリア:凄く凄くお疲れ様! カナリア:もう頑張らなくていいよ。 カナリア:私に出来ることは何でもするからね? ジュラ:はは……君は今日も……元気だね。 カナリア:飼い主さんにそう見えるのなら、 カナリア:きっと私は元気なんだよ! ジュラ:……そっか。 カナリア:……嫌い? ジュラ:嫌いなら……傍になんか、居ない……。 カナリア:……うん。 ジュラ:……歌は、嫌いだったよね……? カナリア:うん、嫌い。 カナリア:……歌う? ジュラ:出来れば。 カナリア:いいよ!なんでも歌うよ! カナリア:頭は撫でる? ジュラ:うん。 カナリア:分かった! カナリア:飼い主さんが眠ってから、 カナリア:起きてもずっと歌っててあげる。 カナリア:ずっとずっと撫でてあげる。 ジュラ:…………うん。 カナリア:飼い主さん。 ジュラ:…………なに? カナリア:名前を呼んで。 カナリア:私の、名前。 ジュラ:………………カナリア。 : : 0:間 : : カナリア(M):生まれてこの方(かた)、 カナリア(M):私は外に出た事がありません。 カナリア(M):正確には、 カナリア(M):この世のほとんどのものから、 カナリア(M):興味を持つことをやめてしまいました。 0:一拍 カナリア(M):太陽が空を照らす朝焼けにあなたは起きて、 カナリア(M):茜色が星に染められる途中の夕暮れに、 カナリア(M):あなたは帰ってきます。 0:一拍 カナリア(M):まるで帰る場所とでも言うように。 カナリア(M):唯一の居場所とでも言うように。 カナリア(M):籠の中の私を見つめて、 カナリア(M):今日も居るのが当たり前だと安心しています。 : ジュラ:ただいま。 カナリア:おかえり! ジュラ:おはよう。 カナリア:おやすみ! ジュラ:いただきます。 カナリア:ごちそうさま! ジュラ:行ってきます。 カナリア:行ってらっしゃい! 0:一拍 ジュラ:愛してる? カナリア:愛してる! : カナリア(M):私に必要な時間は、 カナリア(M):その2つだけでした。 : : :