台本概要
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タイトル | 夢から生まれた物語 |
---|---|
作者名 | そらいろ (@sorairo_0801) |
ジャンル | その他 |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) |
時間 | 40 分 |
台本使用規定 | 台本説明欄参照 |
説明 |
加藤健太郎31歳は、画家という夢を諦め家の近くの病院で清掃アルバイトとして働いていた。 そこで加藤は、その病院で入院している綾瀬日葵という女の子と出会う。 彼女は絵を描くことが大好きで、加藤に絵を教えてほしいと頼む 加藤は断ることができず、それから二人はよく話すようになった ある日彼女の夢を聞いてみると、彼女は少し寂しそうにこう答えた 「私が夢をもったところで叶わないから意味ないもん…。だって私は…」 彼女もある理由で「夢」を持つことを諦めていた ・一人称、語尾、アドリブ◎ ・世界観を壊すような過度なアドリブはご遠慮ください ・台本利用の際は、作者名、タイトル、URLの記載をお願いします 420 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
加藤 | 男 | 127 | 31歳。綾瀬の入院している病院で清掃員として働いている |
綾瀬 | 女 | 124 | 17歳。絵を描くことが大好きな少女。長い間入院生活をしている |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
加藤(M):俺は加藤健太郎31歳
加藤(M):家の近くの病院で清掃アルバイトをしながら生活している
加藤(M):人と関わることが苦手な性格のためわざわざ接客業を避けて病院の清掃アルバイトを選んだのだが
加藤(M):俺は今、その選択をとても後悔している
加藤(M):なぜなら…
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綾瀬:「おじさんおーはよ。今日はどこ掃除担当なのー?」
0:
加藤(M):そう。それは綾瀬日葵(あやせひまり)。彼女が原因である
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綾瀬:「おーい。おじさん聞こえてる?」
0:
加藤(M):俺がモップ掛けしてようが窓拭きをしてようが彼女はお構いなしに話しかけてくる
0:
綾瀬:「おーじーさーん」
加藤:「あのな。おじさんじゃなくて『お兄さん』だ。今日は西棟担当だよ」
綾瀬:「西棟かぁ…ふーん」
加藤:「なんだよその薄気味悪い笑みは」
綾瀬:「あそこねぇ。出るんだって…」
加藤:「出るって何が?」
綾瀬:「ここの病院で亡くなったおばあさんの幽霊」
加藤:「お、お前…そ、そんな変なこと言うなよ」
綾瀬:「あっはは。おじさんビビってるでしょー」
加藤:「そ、そんな訳あるか」
綾瀬:「そうだおじさん。また新しい絵を描いたから見てよ」
加藤:「ここの窓ふきが終わったらな」
綾瀬:「はーい。じゃあここでまた絵を描いて待ってるね」
0:
加藤(M):そういうと彼女は壁に寄りかかりながら絵を描き始めた
加藤(M):綾瀬日葵はこの病院で入院している患者であり、こんな調子で毎日のように俺に話しかけてくるのだ
加藤(M):そんな彼女と出会ったのは半年前の夏。俺が中庭の花壇の手入れをしているときだった
0:半年前
加藤:「あー。ずっとかがんでると腰がきついな。これなら廊下のモップ掛けの方がずっと楽だな」
0:(加藤はため息をつく)
加藤:「それにしても。なーんでこんなに花壇が広いんだこの病院。今日中に終わるのか…これ」
0:
加藤(M):そんなことをぶつぶつ言いながら作業を進めていたときだった
0:
綾瀬:「ねぇおじさん。ちゃんと水のまないと倒れちゃうよ」
0:
加藤(M):振り返ると背が小柄で髪が肩くらいあり、大きな目が印象的な女の子が俺にペットボトルの水を差しだし立っていた
0:
加藤:「えっと…お嬢ちゃ…」
綾瀬:「あ、私よく中学生に間違われるけど今17歳だから」
加藤:「あ、悪い…。えっと…水ありがとう。丁度喉が渇いてたんだ。助かったよ」
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加藤(M):そういうと彼女はにこっと笑った
加藤(M):俺は貰ったペットボトルのキャップを開け水を一気に飲んだ
0:
綾瀬:「ううん。おじさん朝からずっと作業してたから気になっただけ」
加藤:「朝からって、君はこの病院の患者さんか?」
綾瀬:「そう。丁度この花壇が見える4階の病室で入院してるんだ」
0:
加藤(M):彼女は「ほらそこ」と自分の病室を指さした
0:
加藤:「そうだったのか」
綾瀬:「天気のいい日はね。そこのベンチで絵を描いてるの。おじさんのことも良く見かけたよ」
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加藤(M):彼女の目線の先を見ると、隅にある大きな樹の下にポツンと錆びた青いベンチが置かれていた
加藤(M):そしてよく見ると彼女は数本の色鉛筆とスケッチブックを手に持っていた
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加藤:「君は絵を描くのが好きなのか」
綾瀬:「うん!好きだよ」
0:
加藤(M):彼女は嬉しそうにそう答えた
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綾瀬:「そうだ。おじさん。この絵何に見える?」
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加藤(M):そう言い彼女は自信満々にスケッチブックに描いた絵を俺に見せてきた
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加藤:「これは……。」
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加藤(M):ウサギか犬かアルパカか…もしくは宇宙人か。
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綾瀬:「さっき一生懸命描いたんだ〜」
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加藤(M):ここで間違えるのは非常に気まずく、必死に頭を回転させて考えたが俺には何なのか分からなかった
加藤(M):絞って4択。これは俺の中で究極の選択だった。そして俺はこう答えた
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加藤:「犬…かな」
綾瀬:「ぶっぶー。これは狐でしたー。」
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加藤(M):最悪だ。結局外してしまった。しかも残りの3択も合っていなかった
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加藤:「狐…。た、確かに狐だ。ああ。狐にしかみえない。可愛い狐だ」
綾瀬:「おじさん。そういうのいいから。私、自分が絵下手なの知ってるし」
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加藤(M):そう言いながらも彼女は頬を膨らませ声のトーンも明らかに低くなっており、
加藤(M):今知り合ったばかりで普段から女心がよく分からない俺でもわかった。これは拗ねていると
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加藤:「人間得意不得意があるもんだ。気にするな」
綾瀬:「ねぇ。おじさんは絵得意?」
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加藤(M):彼女はチラッと俺の方を見て聞いてきた
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加藤:「ああ。絵は得意な方かな」
綾瀬:「じゃあおじさん狐描いてみてよ」
加藤:「いや…。今仕事中だし」
綾瀬:「でも病院の患者さんとのコミュニケーションも大事でしょう?」
加藤:「う…。た、たしかに」
0:
加藤(M):アルバイトの説明の時、患者さんとのコミュニケーションが一番大切だと
加藤(M):そう言われたことを思い出し断ることができなくなった
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綾瀬:「ほら、ここに描いて」
加藤:「…わかったよ。狐を描けばいいんだな?」
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加藤:俺は彼女からスケッチブックと鉛筆を受け取り、仕方なくその場で狐を書いた
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加藤:「よし。描けた。どうだ?」
綾瀬:「お、おじさん。なんでこんなに上手なの」
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加藤(M):彼女は目を大きく開いて俺の顔を見てきた
0:
加藤:「いや、そこまでうまくないぞ。今パッと描いただけだし…」
綾瀬:「そんなことないよ。短時間でこんな風に描けるなんて。何か絵の仕事とかしてるの」
加藤:「いや…」
綾瀬:「まさか昼は病院で働いて、それが終わったら絵の仕事をしてたり…」
0:
加藤(M):彼女は本当に絵を描くことが好きなようで俺にどんどん質問してきた
0:
加藤:「…昔画家を目指してた頃があったんだ。その時絵をさんざん勉強したから少し上手に描けるだけだ」
綾瀬:「すっごーい。今はもう描いてないの?」
加藤:「ああ。もうここ数年描いてないな」
綾瀬:「えー。もったいない…。あ、そうだ。これからもおじさんの所に来るからたまに絵を教えてよ」
加藤:「え」
綾瀬:「私、周りに絵を描ける人が居なくてさ。お父さんもお母さんも下手くそだし」
加藤:「いや、俺は清掃員で…」
綾瀬:「約束ね、おじさん。またくるから」
加藤:「ちょ…」
0:
加藤(M):人の返事も聞かずに彼女はどこかに行ってしまった
加藤(M):それからというもの彼女は俺を見つけては絵を持ってくるようになりよく話をするようになった
加藤(M):これが綾瀬日葵と俺の出会いだった
0:
綾瀬:「おじさんみてみて」
加藤:「あのな。前からおじさんって呼ぶけど、俺はまだ31だぞ。正しくはお兄さんだ」
綾瀬:「わかったから、これ何に見える」
0:
加藤(M):そこには二本足でふにゃっとした長い角と鋭い爪が生えていてる
加藤(M):見たことない生物が描かれていた
0:
加藤:「え…これは…宇宙…人か?」
綾瀬:「ぶっぶー。これは昔飼ってたウサギのココアちゃん」
加藤:「うさぎ…。お前な。そもそもうさぎはこんなに鋭い爪は無いし」
綾瀬:「う…。」
加藤:「耳なんて曲がっちゃいけない方向に向いてて」
綾瀬:「うう…。」
加藤:「この足も手もふにゃふにゃしてて。お前は関節というものを知らないのか」
綾瀬:「…そういわれてみると確かに…」
加藤:「もっと練習するんだな」
綾瀬:「はぁ。絵を描くのって難しい…」
加藤:「あのな。絵を描く時は、描きたいものをいきなり描くんじゃなくて、まずは描きたい対象のことをしっかり知ることが大切なんだ」
綾瀬:「知ること…か」
0:
加藤(M):そう言いながら彼女はスケッチブックにメモをしていた
0:
加藤:「そうだ。ウサギだったら耳の曲がる方向や足の作り、耳に対して足がどれくらいの長さなのか…とかな」
綾瀬:「おお」
加藤:「そうすれば少なからずこんな宇宙人みたいな絵にはならないぞ」
綾瀬:「たしかに。いつも描きたいものをいきなり描いちゃってたかも。おじさん。指導ありがとーう」
0:
加藤(M):そういいながら彼女はまた隣でウサギの絵を描きなおしていた
加藤(M):消しては描いてを繰り返し楽しそうに自分の描いた絵を眺めている
加藤(M):その姿が一瞬…。夢を諦める前の、昔の自分と重なって見えた
0:
加藤(M):毎週木曜日は中庭の掃除をする日だった
加藤(M):彼女はいつものように中庭にあるベンチに座りながらまた絵を描いていた
0:
綾瀬:「ねぇおじさん」
加藤:「なんだ?」
綾瀬:「おじさんは画家を目指してたって言ったでしょう?」
加藤:「…ああ」
綾瀬:「どうして絵を描くのをやめちゃったの?」
0:
加藤(M):気づくと彼女は描くのをやめており、ベンチの上で体育座りをしながら俺に聞いてきた
0:
加藤:「…俺は昔から両親に画家になることを反対されててな。安定した公務員になれってずっと言われてたんだ。それでも絵を諦めきれなくて家を出てアルバイトをしながら絵を描き続けたんだが、思うように結果が出なくてな。画材も安くはないしいつまでもこんなことしてられないって思って諦めたんだ」
綾瀬:「そうだったんだ…。こんなに絵が上手いのに」
加藤:「絵が上手な人なんてこの世に山ほどいるんだ。画家は、ただ絵が上手いだけじゃなくて、人の心を動かせるような絵を描けるかどうかが求められる仕事なんだよ」
綾瀬:「心を動かせる絵…か」
加藤:「あぁ。そうだ」
綾瀬:「でもおじさんならきっと…」
加藤:「いや。俺にはどちらにせよ無理だったんだよ」
綾瀬:「どうして?」
加藤:「気づいたからだ」
綾瀬:「何を?」
加藤:「いつの間にか絵を描くことが楽しくなくなってたってことにさ」
綾瀬:「え…」
0:
加藤(M):そう。あの頃の俺はどうすればコンクールで入選できるかばかりを考え、描きたい絵ではなく選ばれやすい絵を描くようになり
加藤(M):いつの間にか絵を描く楽しさを忘れてしまっていた
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綾瀬:「でもずっと…夢だったんでしょう?」
加藤:「大人になれば嫌でも夢と現実の区別をつけるもんなんだ。俺ももう31だし。夢ばっかり追いかけてても食べていけないしな笑」
綾瀬:「大人かぁ…。」
0:
加藤(M):彼女はそう呟くと、曇った空をボーっと見ていた
0:
加藤:「そういうお前は夢とかないのか」
綾瀬:「夢?」
加藤:「そうそう。大人になったら何になりたいんだ」
綾瀬:「…夢なんてないよ」
加藤:「ないって…。なんかあるだろ夢の一つや二つくらい」
綾瀬:「ないもんはないの」
加藤:「そうか…」
綾瀬:「…私が夢を持ったところで叶わないから意味ないもん笑」
加藤:「なーに言ってんだ。まだ17歳だろ。そんなの叶わないかなんて分か…」
綾瀬:「分かるよ」
0:
加藤(M):彼女はいつもと違い真剣な声で言った
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加藤:「分かるってなんで言い切れるんだよ」
綾瀬:「だって…」
綾瀬:「私。あと3年以内に死んじゃうから」
加藤:「…3年以内に…死ぬ?」
綾瀬:「そう。私ね。小さい頃から20歳までは多分生きられないって言われてたの。なんだかんだ今日まで生きてるけどそれが奇跡みたいなもんでね。だから夢なんて私には意味ないんだ」
0:
加藤(M):そう言い彼女は寂しそうに笑っていた
0:
加藤:「でも…もしかしたらこれから…」
綾瀬:「おじさん。それこそ夢の話だよ。現実みないと笑」
0:
加藤(M):俺はこれ以上彼女に何も言うことが出来なかった
0:
加藤:「……悪かった。何も知らずに…」
綾瀬:「ちょっとおじさん。そんな顔しないでよー。本人はもうとっくの昔に受け入れてるんだから」
加藤:「…」
綾瀬:「あ、そうだ。謝るんならさ、おじさん私と一緒に絵を描いてよ」
加藤:「おい。それとこれとは話が違うだろ」
綾瀬:「あーあ。私傷ついちゃったな〜。なんか大きな声出して泣いちゃいそ〜う」
加藤:「う…」
綾瀬:「もう治療頑張れないかもしれなーい。暴れちゃおうかな〜」
加藤:「…わかったよ」
綾瀬:「本当に!やったー。」
加藤:「はぁ…」
綾瀬:「じゃあ一カ月ごとにお題決めて月末にお互い描いた作品を公開ね」
0:
加藤(M):彼女は嬉しそうに言った
0:
加藤:「分かった分かった。お題は」
綾瀬:「え?」
加藤:「えって。今月のお題だよ」
綾瀬:「えっと…。じゃあ桜」
加藤:「桜か。わかった。一カ月後に完成させればいいんだな」
綾瀬:「うん。よーし。おじさんに褒めてもらえるように頑張っちゃおーっと」
加藤:「その代わり無理は絶対にしないこと。これだけは約束だ」
綾瀬:「わかった。約束する」
0:
加藤(M):こうして俺は1カ月に一枚彼女と絵を描くことになった
加藤:家に帰りご飯を食べたあと、この時間ならお酒を飲んでゴロゴロしながらテレビを見ているはずだったが
加藤:俺は今、パソコンで黙々と桜の画像を調べていた
0:
加藤:「久しぶりだな。こうやって素材を調べるの」
0:
加藤(M):昔はよくコンクールに向けてこうして素材を調べていた
加藤(M):そして何枚か桜の画像を保存したあと、押し入れの奥からガムテープでぐるぐる巻きにされている段ボールを一つ引っ張り出した
加藤(M):筆やパレット、水彩絵の具やアクリル絵の具など、この段ボールには昔貯めたお金で買った画材が沢山入っている
0:
加藤:「結局…捨てられなかったんだよな…。」
0:
加藤(M):そして俺は鉛筆を持ち、今月の課題の桜の絵を書き始めた
0:
加藤(M):そして一カ月が経ち、お互いに描いた絵を見せ合うことになった
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綾瀬:「ふふん。おじさん。私結構自信あるかも」
加藤:「おお。それは楽しみだな」
綾瀬:「あー。信じてないでしょ。じゃあ私からね」
綾瀬:「じゃじゃーん。どう?」
0:
加藤(M):紙一面に桜が舞っており、その桜の中には三人の人がその桜吹雪を見ている様子が描かれていた
加藤(M):お世辞にも上手いとは言えなかったが、見ていて、ストーリーが浮かんでくるような、そんなどこか心温まる絵だった
0:
加藤:「いいな。これはお前とご両親か」
綾瀬:「うん。そうだよ。昔一緒に桜を見に行った時のことを思い出しちゃって」
加藤:「そうか。すごく素敵な絵だと思うよ」
綾瀬:「やったー。おじさんに褒められちゃった。おじさんの絵も早く見せて見せて」
加藤:「あぁ。これだ」
綾瀬:「すっごぉぉぃ。本物そっくり…。まるで写真見たい。やっぱりおじさんはすごいなぁ」
加藤:「そんなことない。まだまだ修正したいところだらけだ」
綾瀬:「これでまだ修正することろがあるの…。」
加藤:「まぁな」
0:
加藤(M):すると彼女はチラチラと俺の方を見ながら言った
0:
加藤:「ん、なんだ?」
綾瀬:「ねえおじさん。もしよかったらこの絵…私に頂戴?」
加藤:「え?」
綾瀬:「だめ?」
加藤:「…あぁ。別に…いいけど…」
綾瀬:「本当に!やったー!部屋に飾っとくんだ」
0:
加藤(M):そう言い彼女は俺の絵を持ち嬉しそうに笑った
0:
加藤(M):それからも俺たちはイルカの絵
加藤(M):紅葉の絵
加藤(M):おいしそうなパフェの絵
加藤(M):パンダの絵
加藤(M):ヒマワリの絵など
加藤(M):課題を決めては絵を描き続けた
0:
加藤(M):アルバイトから帰ったら今までのようにお酒を飲むのではなく
加藤(M):机に座り素材を調べ絵を描いていく
加藤(M):気づくと俺は時間を忘れて絵を描くようになっていた
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加藤:「もうこんな時間か…」
0:
加藤(M):最近自分の絵が徐々に変わっていくことを実感していた
加藤(M):昔の自分が描くことができなかった絵を、今なら描けるような気がしたのだ
0:
加藤:「もう少しだけ描いて終わりにするか」
0:
加藤(M):俺は夢中になって絵を描き続けた
加藤(M):俺は上手い絵を描くことに囚われ、その絵に気持ちを込めることを忘れていた
0:
加藤:「なんでそんな大切なことを忘れてたんだろうな…」
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加藤(M):俺はそのことに、綾瀬と絵を描くようになってから気づいたのだ
加藤(M):それから俺は、絵を見た人にどう感じて欲しいのかを意識しながら絵を描くようになった
加藤(M):そしてその時間がとても楽しかった
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加藤(M):宇宙人のような絵を描いていた彼女だが、段々と対象の特徴などをしっかりとらえられるようになり
加藤(M):どんどん絵が上達するのが分かった
加藤(M):しかし今日の彼女はいつにも増して落ち着きがなかった
0:
加藤:「どうしたんださっきからソワソワして」
綾瀬:「いや…その。ねえおじさん」
加藤:「なんだ?」
綾瀬:「あのね…その……。やっぱりいい」
加藤:「そこまで言ったら気になるだろ」
綾瀬:「いやでも」
加藤:「いいから」
綾瀬:「笑わないでね」
加藤:「笑うわけないだろ。なんなんだ?」
綾瀬:「…私ね。夢…持っちゃったかもしれない」
0:
加藤(M):そう彼女は少し恥ずかしそうに言った
0:
綾瀬:「その…もしこの先まだ生きていられたら…絵を描く仕事に就きたいなって。まだはっきりこれって言えないんだけど」
加藤:「…。」
綾瀬:「おじさんとこうやって真剣に絵を書いてたらどんどん楽しくなっちゃって」
0:
加藤(M):彼女は不安そうに俺の顔を見た
0:
加藤:「そうか…俺はいいと思うぞ」
綾瀬:「でも…こんな私が夢なんかもっちゃっていいのかな。もうすぐ死ぬかもしれないのに」
加藤:「何言ってんだ。そんなの当たり前だろ」
綾瀬:「そっか笑」
0:
加藤(M):そう言うと彼女はまたいつものようににっこりと笑った
加藤(M):少し前まで夢なんか持つ意味が無いと言っていた彼女が、夢を持ちこうして話してくれた
加藤(M):その時俺は自分の事のようにうれしかった
加藤(M):俺は昔からの夢を諦めた。でもそんな俺だからこそ分かる
加藤(M):夢を持つだけで人は強くなれるということを
加藤(M):夢を必死追いかけていた頃の俺は、今より生活も苦しくて辛いことも多かったはずなのに
加藤(M):今の俺より強く前向きで生き生きとしていて
加藤(M):そして何よりそんな毎日が…楽しかった
0:
綾瀬:「ねぇ。おじさん」
加藤:「なんだ?」
綾瀬:「今まで夢なんて私にとって意味ないものだと思ってたけど…。夢持つだけで見える世界ってこんなに違うんだね。なんか毎日がとっても楽しいんだ」
加藤:「あぁ。そうだな。俺は応援してるぞ」
綾瀬:「ありがとう。おじさん」
0:
加藤(M):それから1週間後
加藤(M):俺はリボンが付いた小さな袋を手に持ち、彼女の病室に向かった
0:
綾瀬:「おじさん。その袋なーに」
加藤:「気づくの早いな…。ほら。これやるよ」
綾瀬:「これ…」
加藤:「俺が昔使ってたやつでちょっと汚れてるけど水彩色鉛筆だ。今の色鉛筆より色数も多いしいいかなって」
綾瀬:「私にくれるの」
加藤:「あぁ。言っただろ。お前の夢を応援するって」
綾瀬:「ありがとう…。ずっと欲しかったの!」
加藤:「よかった。ただ看護師さんに聞いて使っていい場所で使うんだぞ」
綾瀬:「うん。大切に使うね」
0:
加藤(M):それから数ヶ月後
加藤(M):時が経つのは早く、彼女と出会ってもう1年が経った
0:
綾瀬:「おじさんはやっぱり絵が上手いなぁ。全然追いつけないや」
0:
加藤(M):彼女は自分の絵を眺めながら行った
0:
加藤:「でも昔よりとっても上手くなってるぞ」
綾瀬:「たしかに…。今昔の絵を見返すとちょっと恥ずかしい」
加藤:「はは。そういうもんだよ」
0:
加藤(M):彼女はまた笑っているがいつもよりどこか元気がなかった
0:
綾瀬:「……。ねぇおじさん」
加藤:「どうした?」
0:
加藤(M):すると彼女は不安そうに言った
0:
綾瀬:「おじさん。実は私ね。来週病院を移ることになったの」
加藤:「え…」
綾瀬:「それでね。3か月後に大きな手術を受けることになったんだ」
加藤:「手術…。」
綾瀬:「とっても難しい手術でね…。死んじゃうかもしれないんだって」
加藤:「…。」
綾瀬:「でももし成功すればもっと生きられるかもしれないって」
0:
加藤(M):彼女は自分の手を強く握りしめ少し震えていた
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加藤:「そうか…」
綾瀬:「ねえ。おじさん。おじさんは絵を描くの今でもつまらない?」
加藤:「え?」
綾瀬:「私と絵を描いてるときも昔みたいにつまらなかった?」
0:
加藤(M):彼女は俺の顔をじっと見ていた
0:
加藤:「いいや。…楽しかったよ。夢を追いかけてたあの頃みたいに、時間を忘れて描くほどにな」
綾瀬:「ふふ。そっか」
加藤:「なんだよいきなり」
綾瀬:「おじさん言ってたでしょう?画家には人の心を動かす絵を描くことが求められるって」
加藤:「ああ。言ったな」
綾瀬:「私ね。おじさんの絵に背中を押されてこの手術を受けることにしたの」
加藤:「え…」
綾瀬:「私ね。ずっと逃げてたの。おじさんの前ではかっこつけたこと言っちゃったけど…本当は死ぬのが怖くてずっとこの手術を受けることを拒否してたの」
加藤:「…。」
綾瀬:「でもね。おじさんが描いてくれた絵を病室に飾って見ているだけで、自然と頑張ろうって思えて勇気が出たんだ」
加藤:「綾瀬…。」
綾瀬:「だからね。おじさん。夢をまだ諦めないで。おじさんは綾瀬日葵っていう一人の人間の心を動かしたんだから笑 おじさんは絶対素敵な画家になれるよ」
加藤:「…。」
加藤:「綾瀬がそういうのならなれるかもしれないな。分かった。俺も、もう一度夢に挑戦してみるよ」
綾瀬:「そうこなくっちゃ」
加藤:「だから約束だ。俺が画家になって、いつか個展を開くときには綾瀬も絶対に見に来ること」
綾瀬:「おじさん…。うん。約束。さっさと手術終わらせて、人一倍元気になって」
綾瀬:「おじさんの個展を一番乗りで見に行くんだかから」
加藤:「ああ。綾瀬なら大丈夫だ」
綾瀬:「あ…」
加藤:「なんだ?」
綾瀬:「おじさんの個展に行くっていう夢がまた一つできちゃった」
加藤:「そうだな笑」
綾瀬:「おじさん。準備もあるしそろそろ戻るね」
加藤:「ああ。分かった」
0:
加藤(M):そうして彼女の後姿を見ていると彼女はいきなり振り返りこういった
0:
綾瀬:「ありがとね。おじさん。こんな私に夢を持たせてくれて。それじゃあ行ってきます」
0:
加藤(M):彼女は手を大きく振り笑顔で言った
0:
加藤:「ああ。頑張って来るんだぞ。待ってるからな」
0:
加藤(M):そうして俺は病院の清掃バイトを続けながら毎日絵を描き続けた
加藤(M):彼女との約束を守るために
0:
加藤(M):加藤健太郎52歳
加藤(M):今は画家として活動しており、今日ついに初めての個展を開くことになった
加藤(M):緊張で落ち着かず、俺は一足先に自身の個展会場に来ていた
加藤(M):そこには思い出の絵から新作までずらりと飾られている
0:
加藤(M):桜の絵
加藤(M):イルカの絵
加藤(M):紅葉の絵
加藤(M):おいしそうなパフェの絵
加藤(M):パンダの絵
加藤(M):ヒマワリの絵
加藤(M):思い出の絵を一人みて歩く
0:
加藤:「懐かしいな…この絵を描いてからもうこんなに経つのか」
0:
加藤(M):こうして絵を眺めているとあの頃の記憶がよみがえる
加藤(M):彼女がいなければ今の俺は画家としてここにいないだろう
0:
加藤:「…」
綾瀬:「おじさんも随分年取ったねぇ」
加藤:「あぁぁ。びっくりしたぁ。もうついてたのか」
綾瀬:「当たり前でしょう。そわそわしちゃって仕事も早く切り上げちゃった」
加藤:「まだまだ子供だな」
綾瀬:「もう立派な大人だもん」
加藤:「あれ、今日隣県でイラストレーターの仕事の打ち合わせがあるっていってなかったけ。時間大丈夫か?」
綾瀬:「だーかーら。それは明日。もうしっかりしてよ」
加藤:「すまんすまん」
綾瀬:「あ、ここに飾ったんだ。私たちの共同作品」
加藤:「ああ。やっぱり斬新的だけど素敵な作品になったな」
綾瀬:「私のおかげだね」
加藤:「まーた調子に乗って」
綾瀬:「へへっ笑」
加藤:「次の絵もそろそろ描き始めなきゃな」
綾瀬:「うん。そうだね。今月はどんな課題にしようか」
加藤:「そうだな…」
0:二人の声が遠ざかっていく
加藤:これは今話題の画家とその妻が出会ったちょっと昔の物語
加藤(M):俺は加藤健太郎31歳
加藤(M):家の近くの病院で清掃アルバイトをしながら生活している
加藤(M):人と関わることが苦手な性格のためわざわざ接客業を避けて病院の清掃アルバイトを選んだのだが
加藤(M):俺は今、その選択をとても後悔している
加藤(M):なぜなら…
0:
綾瀬:「おじさんおーはよ。今日はどこ掃除担当なのー?」
0:
加藤(M):そう。それは綾瀬日葵(あやせひまり)。彼女が原因である
0:
綾瀬:「おーい。おじさん聞こえてる?」
0:
加藤(M):俺がモップ掛けしてようが窓拭きをしてようが彼女はお構いなしに話しかけてくる
0:
綾瀬:「おーじーさーん」
加藤:「あのな。おじさんじゃなくて『お兄さん』だ。今日は西棟担当だよ」
綾瀬:「西棟かぁ…ふーん」
加藤:「なんだよその薄気味悪い笑みは」
綾瀬:「あそこねぇ。出るんだって…」
加藤:「出るって何が?」
綾瀬:「ここの病院で亡くなったおばあさんの幽霊」
加藤:「お、お前…そ、そんな変なこと言うなよ」
綾瀬:「あっはは。おじさんビビってるでしょー」
加藤:「そ、そんな訳あるか」
綾瀬:「そうだおじさん。また新しい絵を描いたから見てよ」
加藤:「ここの窓ふきが終わったらな」
綾瀬:「はーい。じゃあここでまた絵を描いて待ってるね」
0:
加藤(M):そういうと彼女は壁に寄りかかりながら絵を描き始めた
加藤(M):綾瀬日葵はこの病院で入院している患者であり、こんな調子で毎日のように俺に話しかけてくるのだ
加藤(M):そんな彼女と出会ったのは半年前の夏。俺が中庭の花壇の手入れをしているときだった
0:半年前
加藤:「あー。ずっとかがんでると腰がきついな。これなら廊下のモップ掛けの方がずっと楽だな」
0:(加藤はため息をつく)
加藤:「それにしても。なーんでこんなに花壇が広いんだこの病院。今日中に終わるのか…これ」
0:
加藤(M):そんなことをぶつぶつ言いながら作業を進めていたときだった
0:
綾瀬:「ねぇおじさん。ちゃんと水のまないと倒れちゃうよ」
0:
加藤(M):振り返ると背が小柄で髪が肩くらいあり、大きな目が印象的な女の子が俺にペットボトルの水を差しだし立っていた
0:
加藤:「えっと…お嬢ちゃ…」
綾瀬:「あ、私よく中学生に間違われるけど今17歳だから」
加藤:「あ、悪い…。えっと…水ありがとう。丁度喉が渇いてたんだ。助かったよ」
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加藤(M):そういうと彼女はにこっと笑った
加藤(M):俺は貰ったペットボトルのキャップを開け水を一気に飲んだ
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綾瀬:「ううん。おじさん朝からずっと作業してたから気になっただけ」
加藤:「朝からって、君はこの病院の患者さんか?」
綾瀬:「そう。丁度この花壇が見える4階の病室で入院してるんだ」
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加藤(M):彼女は「ほらそこ」と自分の病室を指さした
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加藤:「そうだったのか」
綾瀬:「天気のいい日はね。そこのベンチで絵を描いてるの。おじさんのことも良く見かけたよ」
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加藤(M):彼女の目線の先を見ると、隅にある大きな樹の下にポツンと錆びた青いベンチが置かれていた
加藤(M):そしてよく見ると彼女は数本の色鉛筆とスケッチブックを手に持っていた
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加藤:「君は絵を描くのが好きなのか」
綾瀬:「うん!好きだよ」
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加藤(M):彼女は嬉しそうにそう答えた
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綾瀬:「そうだ。おじさん。この絵何に見える?」
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加藤(M):そう言い彼女は自信満々にスケッチブックに描いた絵を俺に見せてきた
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加藤:「これは……。」
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加藤(M):ウサギか犬かアルパカか…もしくは宇宙人か。
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綾瀬:「さっき一生懸命描いたんだ〜」
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加藤(M):ここで間違えるのは非常に気まずく、必死に頭を回転させて考えたが俺には何なのか分からなかった
加藤(M):絞って4択。これは俺の中で究極の選択だった。そして俺はこう答えた
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加藤:「犬…かな」
綾瀬:「ぶっぶー。これは狐でしたー。」
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加藤(M):最悪だ。結局外してしまった。しかも残りの3択も合っていなかった
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加藤:「狐…。た、確かに狐だ。ああ。狐にしかみえない。可愛い狐だ」
綾瀬:「おじさん。そういうのいいから。私、自分が絵下手なの知ってるし」
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加藤(M):そう言いながらも彼女は頬を膨らませ声のトーンも明らかに低くなっており、
加藤(M):今知り合ったばかりで普段から女心がよく分からない俺でもわかった。これは拗ねていると
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加藤:「人間得意不得意があるもんだ。気にするな」
綾瀬:「ねぇ。おじさんは絵得意?」
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加藤(M):彼女はチラッと俺の方を見て聞いてきた
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加藤:「ああ。絵は得意な方かな」
綾瀬:「じゃあおじさん狐描いてみてよ」
加藤:「いや…。今仕事中だし」
綾瀬:「でも病院の患者さんとのコミュニケーションも大事でしょう?」
加藤:「う…。た、たしかに」
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加藤(M):アルバイトの説明の時、患者さんとのコミュニケーションが一番大切だと
加藤(M):そう言われたことを思い出し断ることができなくなった
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綾瀬:「ほら、ここに描いて」
加藤:「…わかったよ。狐を描けばいいんだな?」
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加藤:俺は彼女からスケッチブックと鉛筆を受け取り、仕方なくその場で狐を書いた
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加藤:「よし。描けた。どうだ?」
綾瀬:「お、おじさん。なんでこんなに上手なの」
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加藤(M):彼女は目を大きく開いて俺の顔を見てきた
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加藤:「いや、そこまでうまくないぞ。今パッと描いただけだし…」
綾瀬:「そんなことないよ。短時間でこんな風に描けるなんて。何か絵の仕事とかしてるの」
加藤:「いや…」
綾瀬:「まさか昼は病院で働いて、それが終わったら絵の仕事をしてたり…」
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加藤(M):彼女は本当に絵を描くことが好きなようで俺にどんどん質問してきた
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加藤:「…昔画家を目指してた頃があったんだ。その時絵をさんざん勉強したから少し上手に描けるだけだ」
綾瀬:「すっごーい。今はもう描いてないの?」
加藤:「ああ。もうここ数年描いてないな」
綾瀬:「えー。もったいない…。あ、そうだ。これからもおじさんの所に来るからたまに絵を教えてよ」
加藤:「え」
綾瀬:「私、周りに絵を描ける人が居なくてさ。お父さんもお母さんも下手くそだし」
加藤:「いや、俺は清掃員で…」
綾瀬:「約束ね、おじさん。またくるから」
加藤:「ちょ…」
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加藤(M):人の返事も聞かずに彼女はどこかに行ってしまった
加藤(M):それからというもの彼女は俺を見つけては絵を持ってくるようになりよく話をするようになった
加藤(M):これが綾瀬日葵と俺の出会いだった
0:
綾瀬:「おじさんみてみて」
加藤:「あのな。前からおじさんって呼ぶけど、俺はまだ31だぞ。正しくはお兄さんだ」
綾瀬:「わかったから、これ何に見える」
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加藤(M):そこには二本足でふにゃっとした長い角と鋭い爪が生えていてる
加藤(M):見たことない生物が描かれていた
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加藤:「え…これは…宇宙…人か?」
綾瀬:「ぶっぶー。これは昔飼ってたウサギのココアちゃん」
加藤:「うさぎ…。お前な。そもそもうさぎはこんなに鋭い爪は無いし」
綾瀬:「う…。」
加藤:「耳なんて曲がっちゃいけない方向に向いてて」
綾瀬:「うう…。」
加藤:「この足も手もふにゃふにゃしてて。お前は関節というものを知らないのか」
綾瀬:「…そういわれてみると確かに…」
加藤:「もっと練習するんだな」
綾瀬:「はぁ。絵を描くのって難しい…」
加藤:「あのな。絵を描く時は、描きたいものをいきなり描くんじゃなくて、まずは描きたい対象のことをしっかり知ることが大切なんだ」
綾瀬:「知ること…か」
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加藤(M):そう言いながら彼女はスケッチブックにメモをしていた
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加藤:「そうだ。ウサギだったら耳の曲がる方向や足の作り、耳に対して足がどれくらいの長さなのか…とかな」
綾瀬:「おお」
加藤:「そうすれば少なからずこんな宇宙人みたいな絵にはならないぞ」
綾瀬:「たしかに。いつも描きたいものをいきなり描いちゃってたかも。おじさん。指導ありがとーう」
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加藤(M):そういいながら彼女はまた隣でウサギの絵を描きなおしていた
加藤(M):消しては描いてを繰り返し楽しそうに自分の描いた絵を眺めている
加藤(M):その姿が一瞬…。夢を諦める前の、昔の自分と重なって見えた
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加藤(M):毎週木曜日は中庭の掃除をする日だった
加藤(M):彼女はいつものように中庭にあるベンチに座りながらまた絵を描いていた
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綾瀬:「ねぇおじさん」
加藤:「なんだ?」
綾瀬:「おじさんは画家を目指してたって言ったでしょう?」
加藤:「…ああ」
綾瀬:「どうして絵を描くのをやめちゃったの?」
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加藤(M):気づくと彼女は描くのをやめており、ベンチの上で体育座りをしながら俺に聞いてきた
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加藤:「…俺は昔から両親に画家になることを反対されててな。安定した公務員になれってずっと言われてたんだ。それでも絵を諦めきれなくて家を出てアルバイトをしながら絵を描き続けたんだが、思うように結果が出なくてな。画材も安くはないしいつまでもこんなことしてられないって思って諦めたんだ」
綾瀬:「そうだったんだ…。こんなに絵が上手いのに」
加藤:「絵が上手な人なんてこの世に山ほどいるんだ。画家は、ただ絵が上手いだけじゃなくて、人の心を動かせるような絵を描けるかどうかが求められる仕事なんだよ」
綾瀬:「心を動かせる絵…か」
加藤:「あぁ。そうだ」
綾瀬:「でもおじさんならきっと…」
加藤:「いや。俺にはどちらにせよ無理だったんだよ」
綾瀬:「どうして?」
加藤:「気づいたからだ」
綾瀬:「何を?」
加藤:「いつの間にか絵を描くことが楽しくなくなってたってことにさ」
綾瀬:「え…」
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加藤(M):そう。あの頃の俺はどうすればコンクールで入選できるかばかりを考え、描きたい絵ではなく選ばれやすい絵を描くようになり
加藤(M):いつの間にか絵を描く楽しさを忘れてしまっていた
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綾瀬:「でもずっと…夢だったんでしょう?」
加藤:「大人になれば嫌でも夢と現実の区別をつけるもんなんだ。俺ももう31だし。夢ばっかり追いかけてても食べていけないしな笑」
綾瀬:「大人かぁ…。」
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加藤(M):彼女はそう呟くと、曇った空をボーっと見ていた
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加藤:「そういうお前は夢とかないのか」
綾瀬:「夢?」
加藤:「そうそう。大人になったら何になりたいんだ」
綾瀬:「…夢なんてないよ」
加藤:「ないって…。なんかあるだろ夢の一つや二つくらい」
綾瀬:「ないもんはないの」
加藤:「そうか…」
綾瀬:「…私が夢を持ったところで叶わないから意味ないもん笑」
加藤:「なーに言ってんだ。まだ17歳だろ。そんなの叶わないかなんて分か…」
綾瀬:「分かるよ」
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加藤(M):彼女はいつもと違い真剣な声で言った
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加藤:「分かるってなんで言い切れるんだよ」
綾瀬:「だって…」
綾瀬:「私。あと3年以内に死んじゃうから」
加藤:「…3年以内に…死ぬ?」
綾瀬:「そう。私ね。小さい頃から20歳までは多分生きられないって言われてたの。なんだかんだ今日まで生きてるけどそれが奇跡みたいなもんでね。だから夢なんて私には意味ないんだ」
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加藤(M):そう言い彼女は寂しそうに笑っていた
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加藤:「でも…もしかしたらこれから…」
綾瀬:「おじさん。それこそ夢の話だよ。現実みないと笑」
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加藤(M):俺はこれ以上彼女に何も言うことが出来なかった
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加藤:「……悪かった。何も知らずに…」
綾瀬:「ちょっとおじさん。そんな顔しないでよー。本人はもうとっくの昔に受け入れてるんだから」
加藤:「…」
綾瀬:「あ、そうだ。謝るんならさ、おじさん私と一緒に絵を描いてよ」
加藤:「おい。それとこれとは話が違うだろ」
綾瀬:「あーあ。私傷ついちゃったな〜。なんか大きな声出して泣いちゃいそ〜う」
加藤:「う…」
綾瀬:「もう治療頑張れないかもしれなーい。暴れちゃおうかな〜」
加藤:「…わかったよ」
綾瀬:「本当に!やったー。」
加藤:「はぁ…」
綾瀬:「じゃあ一カ月ごとにお題決めて月末にお互い描いた作品を公開ね」
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加藤(M):彼女は嬉しそうに言った
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加藤:「分かった分かった。お題は」
綾瀬:「え?」
加藤:「えって。今月のお題だよ」
綾瀬:「えっと…。じゃあ桜」
加藤:「桜か。わかった。一カ月後に完成させればいいんだな」
綾瀬:「うん。よーし。おじさんに褒めてもらえるように頑張っちゃおーっと」
加藤:「その代わり無理は絶対にしないこと。これだけは約束だ」
綾瀬:「わかった。約束する」
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加藤(M):こうして俺は1カ月に一枚彼女と絵を描くことになった
加藤:家に帰りご飯を食べたあと、この時間ならお酒を飲んでゴロゴロしながらテレビを見ているはずだったが
加藤:俺は今、パソコンで黙々と桜の画像を調べていた
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加藤:「久しぶりだな。こうやって素材を調べるの」
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加藤(M):昔はよくコンクールに向けてこうして素材を調べていた
加藤(M):そして何枚か桜の画像を保存したあと、押し入れの奥からガムテープでぐるぐる巻きにされている段ボールを一つ引っ張り出した
加藤(M):筆やパレット、水彩絵の具やアクリル絵の具など、この段ボールには昔貯めたお金で買った画材が沢山入っている
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加藤:「結局…捨てられなかったんだよな…。」
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加藤(M):そして俺は鉛筆を持ち、今月の課題の桜の絵を書き始めた
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加藤(M):そして一カ月が経ち、お互いに描いた絵を見せ合うことになった
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綾瀬:「ふふん。おじさん。私結構自信あるかも」
加藤:「おお。それは楽しみだな」
綾瀬:「あー。信じてないでしょ。じゃあ私からね」
綾瀬:「じゃじゃーん。どう?」
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加藤(M):紙一面に桜が舞っており、その桜の中には三人の人がその桜吹雪を見ている様子が描かれていた
加藤(M):お世辞にも上手いとは言えなかったが、見ていて、ストーリーが浮かんでくるような、そんなどこか心温まる絵だった
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加藤:「いいな。これはお前とご両親か」
綾瀬:「うん。そうだよ。昔一緒に桜を見に行った時のことを思い出しちゃって」
加藤:「そうか。すごく素敵な絵だと思うよ」
綾瀬:「やったー。おじさんに褒められちゃった。おじさんの絵も早く見せて見せて」
加藤:「あぁ。これだ」
綾瀬:「すっごぉぉぃ。本物そっくり…。まるで写真見たい。やっぱりおじさんはすごいなぁ」
加藤:「そんなことない。まだまだ修正したいところだらけだ」
綾瀬:「これでまだ修正することろがあるの…。」
加藤:「まぁな」
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加藤(M):すると彼女はチラチラと俺の方を見ながら言った
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加藤:「ん、なんだ?」
綾瀬:「ねえおじさん。もしよかったらこの絵…私に頂戴?」
加藤:「え?」
綾瀬:「だめ?」
加藤:「…あぁ。別に…いいけど…」
綾瀬:「本当に!やったー!部屋に飾っとくんだ」
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加藤(M):そう言い彼女は俺の絵を持ち嬉しそうに笑った
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加藤(M):それからも俺たちはイルカの絵
加藤(M):紅葉の絵
加藤(M):おいしそうなパフェの絵
加藤(M):パンダの絵
加藤(M):ヒマワリの絵など
加藤(M):課題を決めては絵を描き続けた
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加藤(M):アルバイトから帰ったら今までのようにお酒を飲むのではなく
加藤(M):机に座り素材を調べ絵を描いていく
加藤(M):気づくと俺は時間を忘れて絵を描くようになっていた
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加藤:「もうこんな時間か…」
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加藤(M):最近自分の絵が徐々に変わっていくことを実感していた
加藤(M):昔の自分が描くことができなかった絵を、今なら描けるような気がしたのだ
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加藤:「もう少しだけ描いて終わりにするか」
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加藤(M):俺は夢中になって絵を描き続けた
加藤(M):俺は上手い絵を描くことに囚われ、その絵に気持ちを込めることを忘れていた
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加藤:「なんでそんな大切なことを忘れてたんだろうな…」
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加藤(M):俺はそのことに、綾瀬と絵を描くようになってから気づいたのだ
加藤(M):それから俺は、絵を見た人にどう感じて欲しいのかを意識しながら絵を描くようになった
加藤(M):そしてその時間がとても楽しかった
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加藤(M):宇宙人のような絵を描いていた彼女だが、段々と対象の特徴などをしっかりとらえられるようになり
加藤(M):どんどん絵が上達するのが分かった
加藤(M):しかし今日の彼女はいつにも増して落ち着きがなかった
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加藤:「どうしたんださっきからソワソワして」
綾瀬:「いや…その。ねえおじさん」
加藤:「なんだ?」
綾瀬:「あのね…その……。やっぱりいい」
加藤:「そこまで言ったら気になるだろ」
綾瀬:「いやでも」
加藤:「いいから」
綾瀬:「笑わないでね」
加藤:「笑うわけないだろ。なんなんだ?」
綾瀬:「…私ね。夢…持っちゃったかもしれない」
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加藤(M):そう彼女は少し恥ずかしそうに言った
0:
綾瀬:「その…もしこの先まだ生きていられたら…絵を描く仕事に就きたいなって。まだはっきりこれって言えないんだけど」
加藤:「…。」
綾瀬:「おじさんとこうやって真剣に絵を書いてたらどんどん楽しくなっちゃって」
0:
加藤(M):彼女は不安そうに俺の顔を見た
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加藤:「そうか…俺はいいと思うぞ」
綾瀬:「でも…こんな私が夢なんかもっちゃっていいのかな。もうすぐ死ぬかもしれないのに」
加藤:「何言ってんだ。そんなの当たり前だろ」
綾瀬:「そっか笑」
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加藤(M):そう言うと彼女はまたいつものようににっこりと笑った
加藤(M):少し前まで夢なんか持つ意味が無いと言っていた彼女が、夢を持ちこうして話してくれた
加藤(M):その時俺は自分の事のようにうれしかった
加藤(M):俺は昔からの夢を諦めた。でもそんな俺だからこそ分かる
加藤(M):夢を持つだけで人は強くなれるということを
加藤(M):夢を必死追いかけていた頃の俺は、今より生活も苦しくて辛いことも多かったはずなのに
加藤(M):今の俺より強く前向きで生き生きとしていて
加藤(M):そして何よりそんな毎日が…楽しかった
0:
綾瀬:「ねぇ。おじさん」
加藤:「なんだ?」
綾瀬:「今まで夢なんて私にとって意味ないものだと思ってたけど…。夢持つだけで見える世界ってこんなに違うんだね。なんか毎日がとっても楽しいんだ」
加藤:「あぁ。そうだな。俺は応援してるぞ」
綾瀬:「ありがとう。おじさん」
0:
加藤(M):それから1週間後
加藤(M):俺はリボンが付いた小さな袋を手に持ち、彼女の病室に向かった
0:
綾瀬:「おじさん。その袋なーに」
加藤:「気づくの早いな…。ほら。これやるよ」
綾瀬:「これ…」
加藤:「俺が昔使ってたやつでちょっと汚れてるけど水彩色鉛筆だ。今の色鉛筆より色数も多いしいいかなって」
綾瀬:「私にくれるの」
加藤:「あぁ。言っただろ。お前の夢を応援するって」
綾瀬:「ありがとう…。ずっと欲しかったの!」
加藤:「よかった。ただ看護師さんに聞いて使っていい場所で使うんだぞ」
綾瀬:「うん。大切に使うね」
0:
加藤(M):それから数ヶ月後
加藤(M):時が経つのは早く、彼女と出会ってもう1年が経った
0:
綾瀬:「おじさんはやっぱり絵が上手いなぁ。全然追いつけないや」
0:
加藤(M):彼女は自分の絵を眺めながら行った
0:
加藤:「でも昔よりとっても上手くなってるぞ」
綾瀬:「たしかに…。今昔の絵を見返すとちょっと恥ずかしい」
加藤:「はは。そういうもんだよ」
0:
加藤(M):彼女はまた笑っているがいつもよりどこか元気がなかった
0:
綾瀬:「……。ねぇおじさん」
加藤:「どうした?」
0:
加藤(M):すると彼女は不安そうに言った
0:
綾瀬:「おじさん。実は私ね。来週病院を移ることになったの」
加藤:「え…」
綾瀬:「それでね。3か月後に大きな手術を受けることになったんだ」
加藤:「手術…。」
綾瀬:「とっても難しい手術でね…。死んじゃうかもしれないんだって」
加藤:「…。」
綾瀬:「でももし成功すればもっと生きられるかもしれないって」
0:
加藤(M):彼女は自分の手を強く握りしめ少し震えていた
0:
加藤:「そうか…」
綾瀬:「ねえ。おじさん。おじさんは絵を描くの今でもつまらない?」
加藤:「え?」
綾瀬:「私と絵を描いてるときも昔みたいにつまらなかった?」
0:
加藤(M):彼女は俺の顔をじっと見ていた
0:
加藤:「いいや。…楽しかったよ。夢を追いかけてたあの頃みたいに、時間を忘れて描くほどにな」
綾瀬:「ふふ。そっか」
加藤:「なんだよいきなり」
綾瀬:「おじさん言ってたでしょう?画家には人の心を動かす絵を描くことが求められるって」
加藤:「ああ。言ったな」
綾瀬:「私ね。おじさんの絵に背中を押されてこの手術を受けることにしたの」
加藤:「え…」
綾瀬:「私ね。ずっと逃げてたの。おじさんの前ではかっこつけたこと言っちゃったけど…本当は死ぬのが怖くてずっとこの手術を受けることを拒否してたの」
加藤:「…。」
綾瀬:「でもね。おじさんが描いてくれた絵を病室に飾って見ているだけで、自然と頑張ろうって思えて勇気が出たんだ」
加藤:「綾瀬…。」
綾瀬:「だからね。おじさん。夢をまだ諦めないで。おじさんは綾瀬日葵っていう一人の人間の心を動かしたんだから笑 おじさんは絶対素敵な画家になれるよ」
加藤:「…。」
加藤:「綾瀬がそういうのならなれるかもしれないな。分かった。俺も、もう一度夢に挑戦してみるよ」
綾瀬:「そうこなくっちゃ」
加藤:「だから約束だ。俺が画家になって、いつか個展を開くときには綾瀬も絶対に見に来ること」
綾瀬:「おじさん…。うん。約束。さっさと手術終わらせて、人一倍元気になって」
綾瀬:「おじさんの個展を一番乗りで見に行くんだかから」
加藤:「ああ。綾瀬なら大丈夫だ」
綾瀬:「あ…」
加藤:「なんだ?」
綾瀬:「おじさんの個展に行くっていう夢がまた一つできちゃった」
加藤:「そうだな笑」
綾瀬:「おじさん。準備もあるしそろそろ戻るね」
加藤:「ああ。分かった」
0:
加藤(M):そうして彼女の後姿を見ていると彼女はいきなり振り返りこういった
0:
綾瀬:「ありがとね。おじさん。こんな私に夢を持たせてくれて。それじゃあ行ってきます」
0:
加藤(M):彼女は手を大きく振り笑顔で言った
0:
加藤:「ああ。頑張って来るんだぞ。待ってるからな」
0:
加藤(M):そうして俺は病院の清掃バイトを続けながら毎日絵を描き続けた
加藤(M):彼女との約束を守るために
0:
加藤(M):加藤健太郎52歳
加藤(M):今は画家として活動しており、今日ついに初めての個展を開くことになった
加藤(M):緊張で落ち着かず、俺は一足先に自身の個展会場に来ていた
加藤(M):そこには思い出の絵から新作までずらりと飾られている
0:
加藤(M):桜の絵
加藤(M):イルカの絵
加藤(M):紅葉の絵
加藤(M):おいしそうなパフェの絵
加藤(M):パンダの絵
加藤(M):ヒマワリの絵
加藤(M):思い出の絵を一人みて歩く
0:
加藤:「懐かしいな…この絵を描いてからもうこんなに経つのか」
0:
加藤(M):こうして絵を眺めているとあの頃の記憶がよみがえる
加藤(M):彼女がいなければ今の俺は画家としてここにいないだろう
0:
加藤:「…」
綾瀬:「おじさんも随分年取ったねぇ」
加藤:「あぁぁ。びっくりしたぁ。もうついてたのか」
綾瀬:「当たり前でしょう。そわそわしちゃって仕事も早く切り上げちゃった」
加藤:「まだまだ子供だな」
綾瀬:「もう立派な大人だもん」
加藤:「あれ、今日隣県でイラストレーターの仕事の打ち合わせがあるっていってなかったけ。時間大丈夫か?」
綾瀬:「だーかーら。それは明日。もうしっかりしてよ」
加藤:「すまんすまん」
綾瀬:「あ、ここに飾ったんだ。私たちの共同作品」
加藤:「ああ。やっぱり斬新的だけど素敵な作品になったな」
綾瀬:「私のおかげだね」
加藤:「まーた調子に乗って」
綾瀬:「へへっ笑」
加藤:「次の絵もそろそろ描き始めなきゃな」
綾瀬:「うん。そうだね。今月はどんな課題にしようか」
加藤:「そうだな…」
0:二人の声が遠ざかっていく
加藤:これは今話題の画家とその妻が出会ったちょっと昔の物語