台本概要
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タイトル | 秘密の過日(ひみつのかじつ) |
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作者名 | まりおん (@marion2009) |
ジャンル | ラブストーリー |
演者人数 | 4人用台本(男2、女2) |
時間 | 60 分 |
台本使用規定 | 台本説明欄参照 |
説明 |
わたしに実害が無い範囲で、有料無料に関わらず全て自由にお使いください。 過度のアドリブ、内容や性別、役名の改編も好きにしてください。 わたしへの連絡や、作者名の表記なども特に必要ありません。 196 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
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瀬名 | 男 | 116 | 瀬名文彦(せなふみひこ)。古書店の店主で、売れない小説家。 |
ハル | 女 | 59 | 木村春(きむらはる)。古書店によく来る女子大生。 |
木村 | 男 | 50 | 木村雄二(きむらゆうじ)。文彦のクラスメイトで親友。涼子の彼氏。 |
涼子 | 女 | 98 | 木村涼子(きむらりょうこ)。旧姓は藤葉(ふじは)。ハルの母親。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
『秘密の過日』(ひみつのかじつ)
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瀬名:瀬名文彦(せなふみひこ)。古書店の店主で、売れない小説家。
ハル:木村春(きむらはる)。古書店によく来る女子大生。
木村:木村雄二(きむらゆうじ)。文彦のクラスメイトで親友。涼子の彼氏。
涼子:木村涼子(きむらりょうこ)。旧姓は藤葉(ふじは)。ハルの母親。
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瀬名:秋が過ぎて急に寒さが増す十一月。
瀬名:今日も彼女がやってきた。
瀬名:軽く会釈をしてから、そう広くない店内の本を見て回る。
瀬名:そんなに口数は多くないけれど、話し出すとどこかあの人の面影がある。
瀬名:彼女の名前はハル。
瀬名:この近くの大学の学生だ。
瀬名:文学部に通う彼女は、よくこの古書店に立ち読みに来る。
瀬名:今日もああして、もう一時間以上本を読み続けている。
瀬名:その横顔が・・・、やはりあの人に似ていると思ってしまう。
瀬名:初恋の・・・、あの人に・・・。
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涼子:「瀬名くんは、絶対小説家になるべきだよ。」
瀬名:そう言ってくれたのはあの人だった。
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木村:「そうかあ?」
涼子:「そうだよ。だって、瀬名くんの書く小説、めっちゃ面白いもん。」
木村:「いや、俺だってそう思うよ?
木村: でも、そういうプロの世界って厳しいんだろ?
木村: それで食っていくってなったら、やっぱ話が違うんじゃ・・・。」
涼子:「雄二はそういうとこホントだめ。」
木村:「はあ?」
涼子:「夢持たないでどうするの?わたしたちまだ高二だよ?
涼子: 今から疲れたサラリーマンみたいなこと言ってて人生楽しい?」
木村:「そうじゃなくて。無責任なこと言えないって言ってんだよ。
木村: 文彦の人生が掛かってんだぞ。なあ?」
瀬名:「あはは・・・。」
涼子:「だからこそじゃない。わたしたちが応援してあげないでどうするのよ。
涼子: 瀬名くんは絶対小説家になれる。わたし、応援してるから。」
瀬名:「うん。ありがとう。」
:
瀬名:彼女、藤葉涼子は、親友の木村雄二の彼女だった。
瀬名:僕たちは高校時代、よく三人で一緒にいた。
瀬名:もともと僕と雄二が一緒にいたところに彼女が入ってきて三人で遊ぶようになって。
瀬名:そして、いつの間にか彼女と雄二が付き合っていた。
瀬名:彼女は最初から雄二のことが好きだったのかもしれない。
瀬名:それで僕たちの間に入ってきたんだろう。
瀬名:彼女は最初、瀬名くん木村くんと呼んでいた。
瀬名:でも一週間後には瀬名くんと雄二になっていた。
瀬名:それがすべてだと思う。
:
:
ハル:「こんにちは。」
瀬名:「こんにちは。」
ハル:「これ、ください。」
瀬名:その手には、先ほどまで読んでいた本が握られていた。
瀬名:「・・・買わなくてもいいんだよ?」
瀬名:彼女はいつも、最後まで立ち読みした本を買っていく。
ハル:「ううん。面白かったから。もう一度、家で読みたくて。」
瀬名:「・・・そう。」
ハル:「うん・・・。」
瀬名:「・・・百円です。」
ハル:「え?これ、ハードカバーだけど・・・」
瀬名:「(被せて)百円・・・です。」
ハル:「・・・ありがとう・・・ございます。」
瀬名:「・・・いえ。」
ハル:「あ、そうだ。藤村春彦の新作って出ましたか?」
瀬名:「・・・いえ、・・・出てません。」
ハル:「そう・・・ですか。わかりました。・・・また来ます。」
瀬名:「はい・・・。」
ハル:「では。」
瀬名:「はい。ありがとうございました。」
ハル:「こちらこそ、ありがとうございました。」
:
瀬名:彼女がいつも大事そうに持ち歩いている本。
瀬名:彼女が大好きだという作家のデビュー作だ。
瀬名:藤村春彦。
瀬名:デビュー作は賞を取ってある程度売れたものの、それ以降は鳴かず飛ばずの三流小説家。
瀬名:もう二十年になるというのに殆どの人は名前すら知らない。
瀬名:今は小さな古書店の店主をしながら細々と小説家を続けている。
瀬名:それが僕だ。
瀬名:もっとも、デビューしたときはまだ、藤村文彦というペンネームだったけれど。
瀬名:僕たち三人の名前を取ってつけた。
瀬名:藤葉の藤、木村の村、瀬名文彦の文彦。
瀬名:三人の友情の証と思ってつけた名前・・・。
瀬名:あの子もそのことを知っていた。
:
:
瀬名:「その小説・・・。」
ハル:「あ、これ、知ってますか?もう、かなり古い本なんですけど・・・。」
瀬名:「うん・・・。」
ハル:「わたし、この小説が大好きで・・・。この作家さんのことも大好きなんです。」
瀬名:「そ、そうですか・・・。」
ハル:「この人のペンネーム、高校時代の親友から取ったって聞きました。」
瀬名:「え・・・?誰、から?」
ハル:「母です。母がこの方と昔知り合いで、その親友の一人が母だったらしいんです。」
瀬名:「・・・そう、なんだ。」
ハル:「はい。・・・母はその頃の話をするとき、いつも幸せそうな顔をしていました。
ハル: だからかな。いつの間にか、わたしもこの本が大好きになってて・・・。
ハル: あっ、もちろん内容も好きなんですよ。」
瀬名:「・・・はい。」
ハル:「おじさんも、この本、好きですか?」
瀬名:「・・・そうですね。・・・好き・・・だと、思います。」
ハル:「そうですか。・・・よかった。」
瀬名:「・・・?」
ハル:「あ、そろそろ行かないと。」
瀬名:「授業ですか?」
ハル:「はい。」
瀬名:「がんばってください。」
ハル:「はい。ありがとうございます。」
:
:
ハル:わたしがよく行く古書店。
ハル:そこには、母の昔の知り合いがいる。
ハル:母が大切に持っていた小説。その作者だ。
ハル:藤村文彦。今は藤村春彦と改名している。
ハル:藤村文彦の名前で出したのは最初の小説だけらしい。
ハル:だから、藤村春彦の名前でヒットした作品はまだない。
ハル:本屋でも見かけたことが無いし、売れない小説家ということなんだと思う。
ハル:わたしはその人のことを、ただ『おじさん』と呼んでいる。
ハル:以前一度だけ、母に関する話をしたのでわたしが木村涼子の娘だということをおじさんは知っているはずだった。
ハル:でも、おじさんからは何も言ってこない。
ハル:だから、わたしもあえて自分からそれ以上言おうとはしない。
ハル:わたしはただの女子大生で、おじさんはただの古書店の店主。
ハル:わたしたちの関係は、それ以上でもそれ以下でも無い。
ハル:今はそれで十分だ。
:
:
瀬名:彼女がこの店に来るようになって、もうすぐ二年になる。
瀬名:初めて彼女がこの店に来た時はとても驚いた。
瀬名:あの頃の藤葉さんに、とてもよく似ていたからだ。
:
ハル:「あの、すみません。」
瀬名:「・・・あ、はい。」
ハル:「こちらは、新刊の取り寄せってできますか?」
瀬名:「はい、できます。」
ハル:「あの、三浦葉子の新刊をお願いしたいんですけど。」
瀬名:「では、こちらの用紙に、お名前と連絡先、それと取り寄せる本の名前を記入してください。」
ハル:「はい。」
:
瀬名:思わず見とれてしまった。
瀬名:髪は短かったが、あの頃の藤葉さんが目の前に現れたのかと思ったくらいだ。
瀬名:彼女のうつむいた顔に見とれて、名前を書くその姿に見とれて・・・。
瀬名:一瞬、高校時代に戻ったような錯覚さえ覚えた。
瀬名:・・・でも、こうして二年近く彼女を見続けていると、やはり細かい部分は藤葉さんとは違うと思った。
瀬名:髪は出会った頃よりも伸びて、藤葉さんに近くなったけれど、やっぱり違う。
瀬名:目は藤葉さんより柔らかだし、唇も少し薄い感じがする。
瀬名:なにより彼女は、いつもおだやかだった。
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:
木村:「涼子はちょっときついんだよな。」
涼子:「はぁ?わたしのどこがきついって?」
木村:「ほら、そういうとこ。当たりがきついだろ?
木村: そういうの、顔に出てるぞ。」
涼子:「そんなことないよね?わたし、めっちゃ優しいでしょ?」
瀬名:「う、うん。そう、だね。」
涼子:「ほら~。」
木村:「いやいや、今完全に無理やり言わせたろうが。」
涼子:「そんなことないよね?」
瀬名:「う、うん。」
涼子:「ほら~。」
木村:「だから、そうやって圧力かけんなって。
木村: 文彦も、言っていいんだぞ。
木村: じゃないとこいつ、どこまでも調子に乗るかんな。」
涼子:「調子に乗るって何よ。」
瀬名:「あはは。でも、藤葉さんが優しいの、知ってるから。」
涼子:「さすが瀬名くん。わかってる~。
涼子: それに引き換え雄二のバカは、ほんっとダメね。」
木村:「はぁ?なんだよそれ。」
涼子:「瀬名くんの爪の垢でも飲みなさい。」
木村:「ふざけんな。お前が飲め。」
涼子:「はぁ?」
瀬名:「ふふ、あははは。」
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瀬名:僕たちは三人揃って同じ大学に上がった。
瀬名:僕は文学部、雄二は経済学部、彼女は教育学部を選んだ。
瀬名:僕らの大学は、一、二年の間は全部の学部で同じキャンパスだけど、三年に上がると経済学部と経営学部は文学部・教育学部とは別のキャンパスになる。
瀬名:入学してからそのことを知った雄二は、いつもそのことをぼやいていた。
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木村:「あ~、あと三ヶ月で三年になっちまう。くそ~、俺だけ別キャンパスかよ。
木村: どうにかなんねんねぇかなぁ。」
涼子:「しょうがないじゃない。そんなの入学してすぐわかったことでしょ?
涼子: いい加減あきらめて観念しなさい。」
木村:「そんなこと言ったってよぉ。
木村: お前はいいよな。文彦と一緒にいられるんだから。」
涼子:「へへ~ん。いいでしょ。」
木村:「くっ、マジむかつく・・・。」
瀬名:「でもさ、別って言ったって、電車で十五分くらいでしょ?
瀬名: 一緒にご飯食べたりとかはできるんじゃないかな?」
木村:「文彦・・・。お前、本当にいい奴だな・・・。」
涼子:「え~、でも面倒くさくない?いちいちお昼のために電車乗るのって。」
木村:「お前・・・。ホント最悪だな。
木村: あ~あ、文彦が彼女だったら良かったのに。」
涼子:「あっそう。わたしだって、瀬名くんが彼氏だったらどれだけよかったか。」
木村:「なんだと。」
涼子:「なによ。」
瀬名:「まあまあ。馬鹿なこと言ってないで。あ、そうだ。
瀬名: この前応募した小説、最終選考に残ったって連絡きた。」
涼子:「え?本当?」
瀬名:「うん・・・。」
木村:「おい、すごいじゃん。やったな。」
瀬名:「うん・・・。これも二人のおかげだよ。」
涼子:「何言ってんの。瀬名くんが頑張ったからでしょ。」
瀬名:「藤葉さんが応援してくれてなかったら、賞に応募しようなんてきっと思わなかったと思う。」
涼子:「・・・そっか。」
瀬名:「うん・・・。それでね、二人にお願いというか、聞いて欲しいんだけど・・・。」
木村:「なんだ?」
涼子:「なに?なんでも言って。」
瀬名:「うん・・・。あの、ペンネームのことなんだけど。」
木村:「ペンネーム?」
瀬名:「うん。作家名のこと。・・・藤村、文彦に、しようと思うんだ。」
涼子:「藤村・・・。」
木村:「・・・・・・。」
瀬名:「・・・どう、かな?」
涼子:「・・・素敵。」
瀬名:「え?」
涼子:「それって、藤葉の藤に、木村の村ってことだよね?」
瀬名:「・・・うん。二人にはいつも助けられてるし、・・・これからも、ずっと一緒にいたいから・・・。」
木村:「文彦・・・。」
涼子:「瀬名くん、ありがとね。」
瀬名:「ううん。こちらこそ、いつもありがとう。」
木村:「藤村文彦・・・。うん。響きも悪くないよな。」
涼子:「そうだね。とってもいいと思う。」
瀬名:「ありがとう。・・・それでね。もう一つ、話があるんだけど・・・。」
木村:「今度はなんだ?また俺らを感動させようってんじゃないだろうな。」
瀬名:「あのね、・・・こんなこと、僕が言う立場じゃないことは十分にわかってるんだ。
瀬名: でも、なんとなく僕のせいのような気もするから、あえて言うね。」
木村:「な、なんだよ。なんか怖いな・・・。」
瀬名:「二人は、・・・結婚したほうがいいんじゃないかな。」
木村:「・・・え?」
涼子:「・・・え?」
瀬名:「ほら、三年になるとキャンパスも離れ離れになっちゃうし、今より一緒にいられる時間が減るだろう?だから・・・。」
木村:「ちょっと待て。いったいなに言ってんだ?」
瀬名:「雄二は、藤葉さんと別れる気なんてないだろ?」
木村:「そ、そりゃ、そうだけど・・・。」
瀬名:「だったらさ、いいじゃん。結婚、しなよ。」
木村:「いや、でも、俺らまだ学生だし。」
瀬名:「いいじゃん。別に。」
木村:「いや、よくないだろ。」
瀬名:「だって、別れる気無いんでしょ?なら、今でも後でも同じだよ。」
木村:「そういう話じゃ・・・。」
瀬名:「三年になれば、キャンパスが離れるだけじゃなくて、就職に向けて少しずつ動き出さなきゃならなくなる。
瀬名: 四年になったら、それこそなかなか会えなくなるかもしれない。
瀬名: 僕はさ、・・・二人と一生、友達でいたいんだ。」
涼子:「・・・・・・。」
瀬名:「なんか、いつも僕が二人と一緒にいて、邪魔じゃないかなって思ってたんだ。」
木村:「邪魔なわけ無いだろ。」
瀬名:「だからさ、・・・たまには二人のために、おせっかい焼いてみようと思って・・・。」
木村:「文彦・・・。おい、涼子もなんか言ってくれよ。」
涼子:「・・・いいよ。」
木村:「・・・え?」
涼子:「結婚しようか、雄二。」
木村:「・・・お前、本気で言ってんのか?」
涼子:「ん?本気だよ?」
木村:「お前まで何言ってんだよ。」
涼子:「だって、瀬名くんが言ってくれたんだよ。
涼子: ・・・わたしと、雄二に、結婚しろって・・・。」
瀬名:「・・・・・・。」
涼子:「すごくない?わたしと雄二へのプロポーズを瀬名くんがしてくれたの。
涼子: こんなことってある?ありえないでしょ、普通。」
木村:「・・・たしかに。」
涼子:「だからさ・・・、結婚しよっか。」
木村:「・・・・・・わかった。結婚しよう。」
涼子:「雄二・・・。」
木村:「・・・実を言うとさ、本当は少しだけ怖かったんだ。
木村: 俺だけ離れ離れになって、二人は今までどおり仲良く過ごして・・・。
木村: 俺だけのけ者にされるんじゃないかって・・・。」
瀬名:「そんなことあるわけないよ。」
木村:「うん。わかってる。文彦はそんなやつじゃないって。
木村: ・・・わかってるんだけど、つい、な。」
瀬名:「雄二・・・。」
涼子:「・・・・・・。
涼子: それじゃあ、今日はお祝いしようか。」
瀬名:「お祝い?」
涼子:「そう。瀬名くんの、最終選考に残ったお祝いと、わたしと雄二の婚約のお祝い。」
木村:「お、いいね。盛大にお祝いしようぜ。」
涼子:「雄二は飲みすぎ注意ね。」
木村:「え?」
涼子:「この間だって、雄二が酔いつぶれて大変だったじゃない。」
木村:「そうか?あんまり記憶は無いんだが。」
涼子:「あんたは酔いつぶれてるからでしょうが。」
瀬名:「ははは、あはははは。」
:
:
瀬名:それから少しして、雄二と彼女は本当に結婚した。
瀬名:とは言っても、式は挙げずに書類上のことだったけれど。
瀬名:二人の両親は反対したが、彼女が強引に押し通したらしい。
瀬名:彼女には、時々そうした強さのようなものがあった。
瀬名:僕らは二十歳になっていたため、法律上、この結婚を止めることは誰にもできなかった。
瀬名:結婚の話を持ち出してから三週間後。
瀬名:僕は婚姻届の証人の欄にサインをした。
瀬名:
瀬名:何もかもが順調だった。
瀬名:少なくとも、僕はそう思っていた。
瀬名:そしてそれが、このままずっと続くものだと・・・。
瀬名:でも、それはあっけなく終わりを告げた。
:
涼子:「ねえ、これ、ちょっと味見してみて。」
瀬名:「え?いいの?」
涼子:「いいのいいの。なんたって、今日の主役は瀬名くんなんだから。」
瀬名:「主役ったって、まだ結果が出て無いんだから・・・。」
涼子:「結果は何時頃にわかるの?」
瀬名:「時間はわからないけど、今日、電話が来ることになってる。」
涼子:「そっかぁ。楽しみだね。」
瀬名:「いや、そんな余裕無いよ。緊張でもう死にそう。」
涼子:「何言ってるの。未来の大先生が。あ、もう未来じゃなくなるのか。」
瀬名:「やめてよ。そんなんじゃないから。」
涼子:「いいから。ほら、これ、食べてみて。」
瀬名:「うん・・・。ん、美味しい。」
涼子:「そっか。よかった。」
瀬名:「ところで雄二は?」
涼子:「なんかね。バイト先の人にトラブルがあったらしくて。
涼子: 代わりの人が見つかるまで抜けられないんだって。
涼子: まったく、こんな日に限って何やってんだか・・・。」
瀬名:「それは雄二のせいじゃ無いじゃん。」
涼子:「そうだけど・・・。」
瀬名:「あ。」
涼子:「なに?でんわ?出版社から?」
瀬名:「うん。ちょっと待ってね。・・・はい、瀬名です。
瀬名: ・・・はい、・・・はい、・・・え?・・・本当ですか?」
涼子:「え?どうなったの?受賞した?」
瀬名:「・・・はい、ありがとうございます。・・・はい、わかりました。
瀬名: ・・・はい、大丈夫です。はい。・・・あ、その件ですけど・・・。
瀬名: はい。そうです。藤村、文彦で、お願いします。はい・・・。
瀬名: はい。ありがとうございました。では、失礼します。・・・・・・。」
涼子:「ね・・・、どうだったの?」
瀬名:「新人賞・・・。」
涼子:「え?」
瀬名:「第三十七回、桜華(おうか)文学賞の、新人賞に選ばれたって・・・。」
涼子:「すごい!やったね!瀬名くん、おめでとう!」
瀬名:「あ、ありがとう。なんだかまだ、信じられないや・・・。」
涼子:「やっぱり・・・。瀬名くんなら賞取れるって信じてた。
涼子: 高校のときに、初めて瀬名くんの小説を読ませてもらったときからずっと思ってたもん。
涼子: 瀬名君は、絶対小説家になれるって。」
瀬名:「・・・ありがとう。ほんとに、・・・ほんとに、ありがとう。」
涼子:「瀬名くん・・・。やだ、なんか湿っぽくなっちゃった。
涼子: お祝いなんだから、笑顔で。ね。」
瀬名:「うん・・・。」
涼子:「はぁ~、ったく。こんなめでたい時に、雄二はいったい何やってんのよ。
涼子: 他人の代わりにバイトしてる場合じゃないでしょうが。」
瀬名:「ははは。しょうがないよ。
瀬名: それに、そういうところが雄二のいいところでしょ?」
涼子:「・・・うん。そうだね・・・。
涼子: じゃあ、しょうがない。先に二人で祝杯をあげちゃおうっか。」
瀬名:「え?いいの?」
涼子:「いいのいいの。遅れてくる雄二が悪いんだから。」
瀬名:「でも・・・。」
涼子:「それに、せっかくの料理が冷めちゃうじゃん。頑張って作ったんだから。」
瀬名:「あ、そっか・・・。じゃあ・・・。」
涼子:「うん。ほら、乾杯しよ。」
瀬名:「うん。」
:
瀬名:・・・正直、とても浮かれてた。
瀬名:僕の書いた小説が賞を取り、そして、ずっと密かに好きだった彼女と二人きりでお祝いをして・・・。
瀬名:いつもの僕じゃなかった。
瀬名:・・・きっと彼女もそうだったんだと思う。
瀬名:僕の受賞を自分のことのように喜んでくれて。
瀬名:そして、その高揚感とお酒が僕たちをおかしくした・・・。
:
瀬名:受賞の電話を受けてから二時間後・・・。
瀬名:買っておいたお酒が全部なくなるほど、僕らは酔っ払っていた。
:
瀬名:「あれ?・・・お酒、なくなっちゃった。」
涼子:「え?ホントだ。あんなにあったのにね。そりゃ、酔っ払うわけだ。」
瀬名:「どうする?買いに行く?あ~、でも、少し飲みすぎたかな。」
涼子:「ちょっと休憩する。で、雄二が来るときに、買ってきてもらう。」
瀬名:「そういえば、雄二から連絡は?」
涼子:「うん。一応代わりの人見つかったけど、その人が来るの十時くらいになるって。」
瀬名:「今・・・、あ、もう十時か。じゃあ、そろそろバイト上がるね。」
涼子:「うん・・・。」
瀬名:「じゃあ、俺から連絡しとくよ。」
涼子:「うん・・・。」
瀬名:「大丈夫?お水飲む?」
涼子:「う~ん・・・、ねえ・・・。」
瀬名:「ん?なに?」
涼子:「・・・おめでとう。」
瀬名:「うん・・・。ありがとう。」
涼子:「・・・瀬名くん。」
瀬名:「・・・なに?」
涼子:「・・・瀬名・・・くん・・・。」
:
瀬名:どちらから、ということはわからなかった。
瀬名:気づいたら僕と彼女の唇は触れ合っていた。
瀬名:僕は、頭の中が真っ白になりながらも、ずっと求めていた柔らかさに身体が熱くなっていくのを感じていた。
瀬名:彼女が僕の唇を吸い、そして舌を割り込ませてくる。
瀬名:彼女の息遣いを、文字通り肌で感じていた。
瀬名:いつしか僕たちは、抱き合って激しく舌を絡め合っていた。
瀬名:それは永遠のようで、そして一瞬のような時間。
瀬名:甘く痺れるような快感に僕は溺れていた。
瀬名:彼女も目を潤ませていて、少なくともその瞬間、そこには彼女の本気があったと思う。
瀬名:頭の隅のほうで、雄二の顔が一瞬浮かんだ。
瀬名:けれど、僕は誘惑に勝てなかった。
瀬名:僕は親友を裏切って、彼女と・・・、身体を重ねた。
:
ハル:お母さんは、三人でいたあの頃が一番楽しかったってよく言っていた。
ハル:亡くなったお父さんと、その親友の、おじさんと・・・。
ハル:お父さんは、わたしが生まれる前に死んじゃったから写真でしか知らない。
ハル:お父さんもおじさんも、お母さんの高校の同級生だって聞いた。
ハル:高校を卒業したの後も、三人は同じ大学に進学して・・・。
ハル:学部は違ったけど、やっぱりいつも一緒にいたみたい。
ハル:・・・でも、大学三年になる少し前、お父さんが事故にあって・・・。
ハル:そのまま、お父さんは死んじゃったって言ってた。
ハル:おじさんが賞を受賞して、そのお祝いに集まろうとして。
ハル:その、向かってる途中で、車に轢かれたって・・・。
ハル:お母さんは、その話をする時だけはとても悲しそうな顔をした。
ハル:それだけお父さんを愛していたんだと思う・・・。
ハル:それからお母さんは、大学を辞めて一人でわたしを育ててくれた。
ハル:わたしを産むことを両親に反対されて、頼ることができなかったみたい・・・。
ハル:・・・きっと、すごく大変だったと思う。
ハル:でも、お母さんは一度もそんなそぶりを見せなかった。
ハル:いつも明るくて強いお母さんの姿しか見たことがなかった。
ハル:だから、お母さんが癌になったって聞いたときは信じられなかった。
:
:
涼子:「入院する気は無いよ。」
ハル:「お母さん。」
涼子:「入院したって、お金が掛かるだけ。どっちにしたってもう助からないんだから。」
ハル:「そんなこと言わないでよ、お母さん。助からないとか言わないでよ・・・。」
涼子:「・・・ねえ、ハル。あなたに渡しておくものがあるの。」
ハル:「え・・・?」
涼子:「お母さんの昔の友達の、瀬名くん。よく話してるから知ってるでしょ?」
ハル:「・・・うん。」
涼子:「・・・お母さんが大学を辞めるときにね、夏休みになったら地元に帰るからって。
涼子: その時、会いに行くからって言ってくれてたの。
涼子: ・・・でも、お母さんは親と喧嘩して家を飛び出してたから、結局会えなくて。
涼子: だから、瀬名くんとは大学で別れたきり会ってなかったの。
涼子: それでね、ハルが生まれて五年くらい経った頃かな。
涼子: 一度だけ、実家に年賀状を出したことがあったの。
涼子: そしたらお母さんが連絡をくれてね。
涼子: 瀬名くんから預かってるものがあるって、送ってくれたの。」
ハル:「・・・手紙?」
涼子:「うん。わたしも最初、そう思った。でもね、それだけじゃなかったの。」
ハル:「・・・読んでいい?」
涼子:「いいよ。」
:
瀬名:『おひさしぶりです。お元気ですか?
瀬名: 藤葉さんが大学を辞めて地元に帰ってから、もう一年以上経ちますね。
瀬名: 僕の方はと言うと、二人のいない大学は、まるで知らない場所のようで。
瀬名: 何をしていても実感がわかず、気が付けば時間だけが過ぎていきます。
瀬名: それでも今年で四年になり、将来のことを考えなくちゃいけない時期が来てしまいました。
瀬名:
瀬名: 藤葉さんはどうですか?元気になりましたか?
瀬名: それと・・・、お子さんは、元気に生まれましたか?
瀬名: ・・・藤葉さんのお母さんから聞きました。
瀬名: 一人で子供を産むと言って、家を飛び出してしまったこと。
瀬名: ・・・藤葉さんと、その子のことが心配です。
瀬名: 辛い思いをしていませんか?
瀬名:
瀬名: 小説の賞金が入りました。
瀬名: それと、少しずつですが印税も入ってくるようになりました。
瀬名: なので、それ用の口座を新しく作りました。
瀬名: ・・・その通帳を同封しておきます。
瀬名: 少ないですが、どうか、お二人の生活の足しにしてください。
瀬名: そして、もし何かあれば、・・・僕を頼ってください。
瀬名: あなたの幸せを、いつも、願っています。瀬名 文彦。』
:
ハル:「え?これって・・・。」
涼子:「馬鹿でしょう。・・・そういう人なの。」
ハル:「瀬名・・・文彦・・・。これ・・・。」
涼子:「見てごらん。」
ハル:「・・・え?二千・・・五百万・・・。」
涼子:「この前、癌の宣告を受けて、何年ぶりかでこの通帳を記入してみたの。
涼子: そしたらさ、・・・いまだに毎月、お金が振り込まれてて・・・。
涼子: わたし、一度だって瀬名くんに連絡したこと無いのに・・・。」
ハル:「お母さん・・・。」
涼子:「わたしはわたしの責任であんたを産んで育てるって決めたから、このお金を使うことはできなかった。
涼子: でもね、このお金は、瀬名くんがわたしとハルの幸せを願ってくれたお金だから。
涼子: だから、ハルがこれをどうするかは、ハルに任せるよ。」
ハル:「・・・・・・。」
涼子:「それと、これ。」
ハル:「これは・・・?」
涼子:「瀬名くんの今の住所。今は小さい古書店に住んでるみたい。」
ハル:「本屋さん?」
涼子:「そう。お祖父さんの家を継いだみたい。
涼子: ・・・ハル。もしお母さんが死んだ後、何か困ったことがあったら、瀬名くんを頼りなさい。」
ハル:「お母さん・・・。」
涼子:「あの人なら、きっと助けてくれるから。」
ハル:「・・・うん。」
:
:
木村:自分がずるいことは承知していた。
木村:だから、全部自業自得なんだろうと思う。
木村:いや、因果応報ってやつか。
木村:また涼子に突っ込まれそうだ。
木村:でも、だからって、こんな日に事故に遭うなんてな・・・。
木村:
木村:藤葉涼子。
木村:あいつが俺たちに近づいてくる少し前、俺は先に涼子のことを好きになっていた。
木村:だから、涼子がいつも誰を見ていたか知っていた。
木村:知っていて、俺は何も言わなかった。
木村:涼子にも、文彦にも・・・。
木村:そして涼子が近づいてきて、俺たちは三人でいるようになった。
木村:涼子は俺のことをすぐに雄二と呼び捨てにした。
木村:でも、文彦のことはずっと『瀬名くん』のままだった。
木村:涼子は普段は明るく活発で、誰とでも親しくできるやつだったが、本当に大事な相手には緊張して、いつもの自分でいられないようだった。
木村:俺とはふざけてじゃれ合いながら、文彦とはなかなか踏み込んで接することができないようだった。
木村:だから俺は、二人が仲良くなる前に、その状況を利用した。
木村:
木村:「涼子、俺と付き合ってよ。」
木村:
木村:結論から言えば、涼子はOKしてくれた。
木村:俺とこじれれば、きっと瀬名の近くにもいられなくなる。
木村:瀬名の性格からして、俺の告白を断った涼子と付き合うことなどありえない。
木村:それなら、俺と付き合ってでも、瀬名の近くにいよう、ということだろう。
木村:俺にとっては情け無い話だけど、その時はそれしか思いつかなかった。
木村:そうして俺と涼子は付き合い、三人で過ごすようになった。
木村:でも、俺はずっと不安だった。
木村:文彦が涼子のことを好きになったら・・・。
木村:三年になったら、俺だけ別のキャンパスで、二人はずっと一緒。
木村:そのことに、俺は耐えられるだろうか?
木村:・・・そんなことを思っていたら、文彦が俺たちの結婚を後押ししてくれた。
木村:そして、涼子もそれを承諾してくれた。
木村:むしろ、積極的に結婚のために動いてくれた。
木村:俺はなんだか夢を見ているようだった。
木村:こんな、夢のような幸せが現実になるなんて・・・。
木村:そして俺たちは結婚した。
木村:すべてがうまく行き、これから本当に明るい未来が待っている。
木村:そう思っていたのに・・・。
木村:
木村:文彦が待ってる・・・。
木村:涼子と一緒に、俺がお祝いに行くのを待ってるんだ・・・。
木村:受賞、おめでとうって言ってやらなきゃ・・・。
木村:でも、ごめんな・・・。
木村:言ってやれそうにないや・・・。
木村:・・・ごめんな。
:
:
ハル:おじさんはいつも古書店のカウンターの向こうに座って、パソコンをいじっている。
ハル:本の在庫管理をしているのかもしれないし、新しい小説を書いているのかもしれない。
ハル:でも、わたしがお店に行くと、仕事をしている振りをしながら、ちらちらとわたしの方を見ている。
ハル:だからたぶん、わたしが誰か、気づいているんだと思う。
ハル:わたしは、高校時代のお母さんと結構似ている。
ハル:親子だと知らない人でも、写真を見せれば親子だと気づくくらいには似てると思う。
ハル:そして、初めておじさんの書店に来たとき、わざと本の取り寄せを頼んだ。
ハル:わたしの名前を知ってもらうために・・・。
ハル:それでもおじさんは、特別何を言うでもなく、わたしとおじさんは今も変わらずお客と店主の関係。
ハル:それがもどかしくもあり、心地よくもあり。
ハル:わたしはおじさんの中に、なぜか会ったことも無い『お父さん』を感じている。
:
ハル:「あの・・・。」
:
瀬名:その日は成人式で。
瀬名:当然大学は休みだし、二十歳になる彼女は、成人式のために地元に帰っているだろう。
瀬名:しかし・・・。
瀬名:母親をなくし、独り身となった彼女は、一人地元に帰って、一人で成人式の準備をするのだろうか。
瀬名:そんなことを考えていたとき、店の入り口のほうから彼女の声が聞こえてきた。
瀬名:彼女は、綺麗な振袖姿で入り口の前に立っていた。
:
瀬名:「・・・い、いらっしゃい。」
ハル:「こんにちは。」
瀬名:「ど、どうしたの?」
ハル:「今日、成人式だから。」
瀬名:「ああ、そうだね・・・。」
ハル:「・・・おじさんに、見て、もらいたくて・・・。」
瀬名:「・・・僕に?」
ハル:「はい・・・。」
瀬名:「どうして・・・。」
ハル:「・・・おじさん、お父さんみたいで・・・。」
瀬名:「・・・お父さん?」
ハル:「うん・・・。本当のお父さんには会ったこと無いんだけど・・・。」
瀬名:「・・・そう。」
ハル:「・・・うん。」
瀬名:「・・・・・・ありがとう。」
ハル:「え・・・?」
瀬名:「・・・晴れ着姿、・・・見せてくれて、ありがとう。」
ハル:「・・・うん。」
瀬名:「・・・とても、綺麗です。」
ハル:「・・・ありがとう、・・・おじさん。」
瀬名:「うん・・・。そうだ。写真・・・、撮って、いいかな?」
ハル:「うん・・・。撮って、おじさん。」
:
ハル:おじさんはわたしの晴れ着姿を何枚も撮ってくれた。
ハル:わたしは、通りかかった人にお願いして、おじさんと二人の写真も撮ってもらった。
ハル:おじさんは初め遠慮していたけれど、最後には一緒に写ってくれた。
ハル:恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら・・・。
ハル:
ハル:おじさんに本当のことを話すかどうかわからない。
ハル:もしかしたら、ずっと何も話さずにこの関係を続けていくかもしれない。
ハル:それでも、わたしたちの関係はゆっくりと変わっていくと思う。
ハル:この二年で、少しだけ親しくなれたように・・・。
:
:
涼子:「ねえ、この小説に出てくる女の子、なんでハルって名前にしたの?」
瀬名:「・・・なんとなく。」
木村:「違うだろ。こいつ、昔から女の子が生まれたらハルって名前にするって言ってたんだよ。」
瀬名:「ちょ、ちょっと。やめてよ。」
涼子:「え?なにそれ。聞かせてよ。」
瀬名:「・・・昔読んだ小説に出てくる女の子が、ハルって名前だったの。
瀬名: 春に生まれたからハルって、すごく安易なんだけど・・・。」
木村:「その話の中のハルって子が、文彦の初恋なんだよな?」
瀬名:「そんなんじゃないよ。ただ、なんとなく印象に残ってるってだけで・・・。」
涼子:「いいじゃん、ハル。かわいいじゃん。」
木村:「そうか?普通じゃね?」
涼子:「よし、わたしにもし娘が生まれたら、ハルって名前にしよう。」
木村:「ええ?マジかよ?俺、リナがいいんだけど。」
涼子:「は?別にあんたは自分の娘にリナって付ければいいじゃない。」
木村:「ちょ、お、おい。そういうこと言うなよ。」
涼子:「なによ。なんか文句ある?」
瀬名:「あははは。相変わらず仲がいいね。」
木村:「おい、文彦もなんとか言ってくれよ~。」
:
:
涼子:「ハル。あんたの名前はね、お母さんが大好きだった人が考えた名前なんだよ。」
ハル:「え?それって、お父さん?」
涼子:「・・・そう。ハルの、お父さんよ。」
ハル:「そっかぁ。ハルね、ハルの名前、だ~い好き。」
涼子:「・・・そう。」
ハル:「うん。」
涼子:「お母さんもね・・・、大好きよ。」
:
:
0:おわり
『秘密の過日』(ひみつのかじつ)
:
瀬名:瀬名文彦(せなふみひこ)。古書店の店主で、売れない小説家。
ハル:木村春(きむらはる)。古書店によく来る女子大生。
木村:木村雄二(きむらゆうじ)。文彦のクラスメイトで親友。涼子の彼氏。
涼子:木村涼子(きむらりょうこ)。旧姓は藤葉(ふじは)。ハルの母親。
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:
:
瀬名:秋が過ぎて急に寒さが増す十一月。
瀬名:今日も彼女がやってきた。
瀬名:軽く会釈をしてから、そう広くない店内の本を見て回る。
瀬名:そんなに口数は多くないけれど、話し出すとどこかあの人の面影がある。
瀬名:彼女の名前はハル。
瀬名:この近くの大学の学生だ。
瀬名:文学部に通う彼女は、よくこの古書店に立ち読みに来る。
瀬名:今日もああして、もう一時間以上本を読み続けている。
瀬名:その横顔が・・・、やはりあの人に似ていると思ってしまう。
瀬名:初恋の・・・、あの人に・・・。
:
:
涼子:「瀬名くんは、絶対小説家になるべきだよ。」
瀬名:そう言ってくれたのはあの人だった。
:
木村:「そうかあ?」
涼子:「そうだよ。だって、瀬名くんの書く小説、めっちゃ面白いもん。」
木村:「いや、俺だってそう思うよ?
木村: でも、そういうプロの世界って厳しいんだろ?
木村: それで食っていくってなったら、やっぱ話が違うんじゃ・・・。」
涼子:「雄二はそういうとこホントだめ。」
木村:「はあ?」
涼子:「夢持たないでどうするの?わたしたちまだ高二だよ?
涼子: 今から疲れたサラリーマンみたいなこと言ってて人生楽しい?」
木村:「そうじゃなくて。無責任なこと言えないって言ってんだよ。
木村: 文彦の人生が掛かってんだぞ。なあ?」
瀬名:「あはは・・・。」
涼子:「だからこそじゃない。わたしたちが応援してあげないでどうするのよ。
涼子: 瀬名くんは絶対小説家になれる。わたし、応援してるから。」
瀬名:「うん。ありがとう。」
:
瀬名:彼女、藤葉涼子は、親友の木村雄二の彼女だった。
瀬名:僕たちは高校時代、よく三人で一緒にいた。
瀬名:もともと僕と雄二が一緒にいたところに彼女が入ってきて三人で遊ぶようになって。
瀬名:そして、いつの間にか彼女と雄二が付き合っていた。
瀬名:彼女は最初から雄二のことが好きだったのかもしれない。
瀬名:それで僕たちの間に入ってきたんだろう。
瀬名:彼女は最初、瀬名くん木村くんと呼んでいた。
瀬名:でも一週間後には瀬名くんと雄二になっていた。
瀬名:それがすべてだと思う。
:
:
ハル:「こんにちは。」
瀬名:「こんにちは。」
ハル:「これ、ください。」
瀬名:その手には、先ほどまで読んでいた本が握られていた。
瀬名:「・・・買わなくてもいいんだよ?」
瀬名:彼女はいつも、最後まで立ち読みした本を買っていく。
ハル:「ううん。面白かったから。もう一度、家で読みたくて。」
瀬名:「・・・そう。」
ハル:「うん・・・。」
瀬名:「・・・百円です。」
ハル:「え?これ、ハードカバーだけど・・・」
瀬名:「(被せて)百円・・・です。」
ハル:「・・・ありがとう・・・ございます。」
瀬名:「・・・いえ。」
ハル:「あ、そうだ。藤村春彦の新作って出ましたか?」
瀬名:「・・・いえ、・・・出てません。」
ハル:「そう・・・ですか。わかりました。・・・また来ます。」
瀬名:「はい・・・。」
ハル:「では。」
瀬名:「はい。ありがとうございました。」
ハル:「こちらこそ、ありがとうございました。」
:
瀬名:彼女がいつも大事そうに持ち歩いている本。
瀬名:彼女が大好きだという作家のデビュー作だ。
瀬名:藤村春彦。
瀬名:デビュー作は賞を取ってある程度売れたものの、それ以降は鳴かず飛ばずの三流小説家。
瀬名:もう二十年になるというのに殆どの人は名前すら知らない。
瀬名:今は小さな古書店の店主をしながら細々と小説家を続けている。
瀬名:それが僕だ。
瀬名:もっとも、デビューしたときはまだ、藤村文彦というペンネームだったけれど。
瀬名:僕たち三人の名前を取ってつけた。
瀬名:藤葉の藤、木村の村、瀬名文彦の文彦。
瀬名:三人の友情の証と思ってつけた名前・・・。
瀬名:あの子もそのことを知っていた。
:
:
瀬名:「その小説・・・。」
ハル:「あ、これ、知ってますか?もう、かなり古い本なんですけど・・・。」
瀬名:「うん・・・。」
ハル:「わたし、この小説が大好きで・・・。この作家さんのことも大好きなんです。」
瀬名:「そ、そうですか・・・。」
ハル:「この人のペンネーム、高校時代の親友から取ったって聞きました。」
瀬名:「え・・・?誰、から?」
ハル:「母です。母がこの方と昔知り合いで、その親友の一人が母だったらしいんです。」
瀬名:「・・・そう、なんだ。」
ハル:「はい。・・・母はその頃の話をするとき、いつも幸せそうな顔をしていました。
ハル: だからかな。いつの間にか、わたしもこの本が大好きになってて・・・。
ハル: あっ、もちろん内容も好きなんですよ。」
瀬名:「・・・はい。」
ハル:「おじさんも、この本、好きですか?」
瀬名:「・・・そうですね。・・・好き・・・だと、思います。」
ハル:「そうですか。・・・よかった。」
瀬名:「・・・?」
ハル:「あ、そろそろ行かないと。」
瀬名:「授業ですか?」
ハル:「はい。」
瀬名:「がんばってください。」
ハル:「はい。ありがとうございます。」
:
:
ハル:わたしがよく行く古書店。
ハル:そこには、母の昔の知り合いがいる。
ハル:母が大切に持っていた小説。その作者だ。
ハル:藤村文彦。今は藤村春彦と改名している。
ハル:藤村文彦の名前で出したのは最初の小説だけらしい。
ハル:だから、藤村春彦の名前でヒットした作品はまだない。
ハル:本屋でも見かけたことが無いし、売れない小説家ということなんだと思う。
ハル:わたしはその人のことを、ただ『おじさん』と呼んでいる。
ハル:以前一度だけ、母に関する話をしたのでわたしが木村涼子の娘だということをおじさんは知っているはずだった。
ハル:でも、おじさんからは何も言ってこない。
ハル:だから、わたしもあえて自分からそれ以上言おうとはしない。
ハル:わたしはただの女子大生で、おじさんはただの古書店の店主。
ハル:わたしたちの関係は、それ以上でもそれ以下でも無い。
ハル:今はそれで十分だ。
:
:
瀬名:彼女がこの店に来るようになって、もうすぐ二年になる。
瀬名:初めて彼女がこの店に来た時はとても驚いた。
瀬名:あの頃の藤葉さんに、とてもよく似ていたからだ。
:
ハル:「あの、すみません。」
瀬名:「・・・あ、はい。」
ハル:「こちらは、新刊の取り寄せってできますか?」
瀬名:「はい、できます。」
ハル:「あの、三浦葉子の新刊をお願いしたいんですけど。」
瀬名:「では、こちらの用紙に、お名前と連絡先、それと取り寄せる本の名前を記入してください。」
ハル:「はい。」
:
瀬名:思わず見とれてしまった。
瀬名:髪は短かったが、あの頃の藤葉さんが目の前に現れたのかと思ったくらいだ。
瀬名:彼女のうつむいた顔に見とれて、名前を書くその姿に見とれて・・・。
瀬名:一瞬、高校時代に戻ったような錯覚さえ覚えた。
瀬名:・・・でも、こうして二年近く彼女を見続けていると、やはり細かい部分は藤葉さんとは違うと思った。
瀬名:髪は出会った頃よりも伸びて、藤葉さんに近くなったけれど、やっぱり違う。
瀬名:目は藤葉さんより柔らかだし、唇も少し薄い感じがする。
瀬名:なにより彼女は、いつもおだやかだった。
:
:
木村:「涼子はちょっときついんだよな。」
涼子:「はぁ?わたしのどこがきついって?」
木村:「ほら、そういうとこ。当たりがきついだろ?
木村: そういうの、顔に出てるぞ。」
涼子:「そんなことないよね?わたし、めっちゃ優しいでしょ?」
瀬名:「う、うん。そう、だね。」
涼子:「ほら~。」
木村:「いやいや、今完全に無理やり言わせたろうが。」
涼子:「そんなことないよね?」
瀬名:「う、うん。」
涼子:「ほら~。」
木村:「だから、そうやって圧力かけんなって。
木村: 文彦も、言っていいんだぞ。
木村: じゃないとこいつ、どこまでも調子に乗るかんな。」
涼子:「調子に乗るって何よ。」
瀬名:「あはは。でも、藤葉さんが優しいの、知ってるから。」
涼子:「さすが瀬名くん。わかってる~。
涼子: それに引き換え雄二のバカは、ほんっとダメね。」
木村:「はぁ?なんだよそれ。」
涼子:「瀬名くんの爪の垢でも飲みなさい。」
木村:「ふざけんな。お前が飲め。」
涼子:「はぁ?」
瀬名:「ふふ、あははは。」
:
:
瀬名:僕たちは三人揃って同じ大学に上がった。
瀬名:僕は文学部、雄二は経済学部、彼女は教育学部を選んだ。
瀬名:僕らの大学は、一、二年の間は全部の学部で同じキャンパスだけど、三年に上がると経済学部と経営学部は文学部・教育学部とは別のキャンパスになる。
瀬名:入学してからそのことを知った雄二は、いつもそのことをぼやいていた。
:
木村:「あ~、あと三ヶ月で三年になっちまう。くそ~、俺だけ別キャンパスかよ。
木村: どうにかなんねんねぇかなぁ。」
涼子:「しょうがないじゃない。そんなの入学してすぐわかったことでしょ?
涼子: いい加減あきらめて観念しなさい。」
木村:「そんなこと言ったってよぉ。
木村: お前はいいよな。文彦と一緒にいられるんだから。」
涼子:「へへ~ん。いいでしょ。」
木村:「くっ、マジむかつく・・・。」
瀬名:「でもさ、別って言ったって、電車で十五分くらいでしょ?
瀬名: 一緒にご飯食べたりとかはできるんじゃないかな?」
木村:「文彦・・・。お前、本当にいい奴だな・・・。」
涼子:「え~、でも面倒くさくない?いちいちお昼のために電車乗るのって。」
木村:「お前・・・。ホント最悪だな。
木村: あ~あ、文彦が彼女だったら良かったのに。」
涼子:「あっそう。わたしだって、瀬名くんが彼氏だったらどれだけよかったか。」
木村:「なんだと。」
涼子:「なによ。」
瀬名:「まあまあ。馬鹿なこと言ってないで。あ、そうだ。
瀬名: この前応募した小説、最終選考に残ったって連絡きた。」
涼子:「え?本当?」
瀬名:「うん・・・。」
木村:「おい、すごいじゃん。やったな。」
瀬名:「うん・・・。これも二人のおかげだよ。」
涼子:「何言ってんの。瀬名くんが頑張ったからでしょ。」
瀬名:「藤葉さんが応援してくれてなかったら、賞に応募しようなんてきっと思わなかったと思う。」
涼子:「・・・そっか。」
瀬名:「うん・・・。それでね、二人にお願いというか、聞いて欲しいんだけど・・・。」
木村:「なんだ?」
涼子:「なに?なんでも言って。」
瀬名:「うん・・・。あの、ペンネームのことなんだけど。」
木村:「ペンネーム?」
瀬名:「うん。作家名のこと。・・・藤村、文彦に、しようと思うんだ。」
涼子:「藤村・・・。」
木村:「・・・・・・。」
瀬名:「・・・どう、かな?」
涼子:「・・・素敵。」
瀬名:「え?」
涼子:「それって、藤葉の藤に、木村の村ってことだよね?」
瀬名:「・・・うん。二人にはいつも助けられてるし、・・・これからも、ずっと一緒にいたいから・・・。」
木村:「文彦・・・。」
涼子:「瀬名くん、ありがとね。」
瀬名:「ううん。こちらこそ、いつもありがとう。」
木村:「藤村文彦・・・。うん。響きも悪くないよな。」
涼子:「そうだね。とってもいいと思う。」
瀬名:「ありがとう。・・・それでね。もう一つ、話があるんだけど・・・。」
木村:「今度はなんだ?また俺らを感動させようってんじゃないだろうな。」
瀬名:「あのね、・・・こんなこと、僕が言う立場じゃないことは十分にわかってるんだ。
瀬名: でも、なんとなく僕のせいのような気もするから、あえて言うね。」
木村:「な、なんだよ。なんか怖いな・・・。」
瀬名:「二人は、・・・結婚したほうがいいんじゃないかな。」
木村:「・・・え?」
涼子:「・・・え?」
瀬名:「ほら、三年になるとキャンパスも離れ離れになっちゃうし、今より一緒にいられる時間が減るだろう?だから・・・。」
木村:「ちょっと待て。いったいなに言ってんだ?」
瀬名:「雄二は、藤葉さんと別れる気なんてないだろ?」
木村:「そ、そりゃ、そうだけど・・・。」
瀬名:「だったらさ、いいじゃん。結婚、しなよ。」
木村:「いや、でも、俺らまだ学生だし。」
瀬名:「いいじゃん。別に。」
木村:「いや、よくないだろ。」
瀬名:「だって、別れる気無いんでしょ?なら、今でも後でも同じだよ。」
木村:「そういう話じゃ・・・。」
瀬名:「三年になれば、キャンパスが離れるだけじゃなくて、就職に向けて少しずつ動き出さなきゃならなくなる。
瀬名: 四年になったら、それこそなかなか会えなくなるかもしれない。
瀬名: 僕はさ、・・・二人と一生、友達でいたいんだ。」
涼子:「・・・・・・。」
瀬名:「なんか、いつも僕が二人と一緒にいて、邪魔じゃないかなって思ってたんだ。」
木村:「邪魔なわけ無いだろ。」
瀬名:「だからさ、・・・たまには二人のために、おせっかい焼いてみようと思って・・・。」
木村:「文彦・・・。おい、涼子もなんか言ってくれよ。」
涼子:「・・・いいよ。」
木村:「・・・え?」
涼子:「結婚しようか、雄二。」
木村:「・・・お前、本気で言ってんのか?」
涼子:「ん?本気だよ?」
木村:「お前まで何言ってんだよ。」
涼子:「だって、瀬名くんが言ってくれたんだよ。
涼子: ・・・わたしと、雄二に、結婚しろって・・・。」
瀬名:「・・・・・・。」
涼子:「すごくない?わたしと雄二へのプロポーズを瀬名くんがしてくれたの。
涼子: こんなことってある?ありえないでしょ、普通。」
木村:「・・・たしかに。」
涼子:「だからさ・・・、結婚しよっか。」
木村:「・・・・・・わかった。結婚しよう。」
涼子:「雄二・・・。」
木村:「・・・実を言うとさ、本当は少しだけ怖かったんだ。
木村: 俺だけ離れ離れになって、二人は今までどおり仲良く過ごして・・・。
木村: 俺だけのけ者にされるんじゃないかって・・・。」
瀬名:「そんなことあるわけないよ。」
木村:「うん。わかってる。文彦はそんなやつじゃないって。
木村: ・・・わかってるんだけど、つい、な。」
瀬名:「雄二・・・。」
涼子:「・・・・・・。
涼子: それじゃあ、今日はお祝いしようか。」
瀬名:「お祝い?」
涼子:「そう。瀬名くんの、最終選考に残ったお祝いと、わたしと雄二の婚約のお祝い。」
木村:「お、いいね。盛大にお祝いしようぜ。」
涼子:「雄二は飲みすぎ注意ね。」
木村:「え?」
涼子:「この間だって、雄二が酔いつぶれて大変だったじゃない。」
木村:「そうか?あんまり記憶は無いんだが。」
涼子:「あんたは酔いつぶれてるからでしょうが。」
瀬名:「ははは、あはははは。」
:
:
瀬名:それから少しして、雄二と彼女は本当に結婚した。
瀬名:とは言っても、式は挙げずに書類上のことだったけれど。
瀬名:二人の両親は反対したが、彼女が強引に押し通したらしい。
瀬名:彼女には、時々そうした強さのようなものがあった。
瀬名:僕らは二十歳になっていたため、法律上、この結婚を止めることは誰にもできなかった。
瀬名:結婚の話を持ち出してから三週間後。
瀬名:僕は婚姻届の証人の欄にサインをした。
瀬名:
瀬名:何もかもが順調だった。
瀬名:少なくとも、僕はそう思っていた。
瀬名:そしてそれが、このままずっと続くものだと・・・。
瀬名:でも、それはあっけなく終わりを告げた。
:
涼子:「ねえ、これ、ちょっと味見してみて。」
瀬名:「え?いいの?」
涼子:「いいのいいの。なんたって、今日の主役は瀬名くんなんだから。」
瀬名:「主役ったって、まだ結果が出て無いんだから・・・。」
涼子:「結果は何時頃にわかるの?」
瀬名:「時間はわからないけど、今日、電話が来ることになってる。」
涼子:「そっかぁ。楽しみだね。」
瀬名:「いや、そんな余裕無いよ。緊張でもう死にそう。」
涼子:「何言ってるの。未来の大先生が。あ、もう未来じゃなくなるのか。」
瀬名:「やめてよ。そんなんじゃないから。」
涼子:「いいから。ほら、これ、食べてみて。」
瀬名:「うん・・・。ん、美味しい。」
涼子:「そっか。よかった。」
瀬名:「ところで雄二は?」
涼子:「なんかね。バイト先の人にトラブルがあったらしくて。
涼子: 代わりの人が見つかるまで抜けられないんだって。
涼子: まったく、こんな日に限って何やってんだか・・・。」
瀬名:「それは雄二のせいじゃ無いじゃん。」
涼子:「そうだけど・・・。」
瀬名:「あ。」
涼子:「なに?でんわ?出版社から?」
瀬名:「うん。ちょっと待ってね。・・・はい、瀬名です。
瀬名: ・・・はい、・・・はい、・・・え?・・・本当ですか?」
涼子:「え?どうなったの?受賞した?」
瀬名:「・・・はい、ありがとうございます。・・・はい、わかりました。
瀬名: ・・・はい、大丈夫です。はい。・・・あ、その件ですけど・・・。
瀬名: はい。そうです。藤村、文彦で、お願いします。はい・・・。
瀬名: はい。ありがとうございました。では、失礼します。・・・・・・。」
涼子:「ね・・・、どうだったの?」
瀬名:「新人賞・・・。」
涼子:「え?」
瀬名:「第三十七回、桜華(おうか)文学賞の、新人賞に選ばれたって・・・。」
涼子:「すごい!やったね!瀬名くん、おめでとう!」
瀬名:「あ、ありがとう。なんだかまだ、信じられないや・・・。」
涼子:「やっぱり・・・。瀬名くんなら賞取れるって信じてた。
涼子: 高校のときに、初めて瀬名くんの小説を読ませてもらったときからずっと思ってたもん。
涼子: 瀬名君は、絶対小説家になれるって。」
瀬名:「・・・ありがとう。ほんとに、・・・ほんとに、ありがとう。」
涼子:「瀬名くん・・・。やだ、なんか湿っぽくなっちゃった。
涼子: お祝いなんだから、笑顔で。ね。」
瀬名:「うん・・・。」
涼子:「はぁ~、ったく。こんなめでたい時に、雄二はいったい何やってんのよ。
涼子: 他人の代わりにバイトしてる場合じゃないでしょうが。」
瀬名:「ははは。しょうがないよ。
瀬名: それに、そういうところが雄二のいいところでしょ?」
涼子:「・・・うん。そうだね・・・。
涼子: じゃあ、しょうがない。先に二人で祝杯をあげちゃおうっか。」
瀬名:「え?いいの?」
涼子:「いいのいいの。遅れてくる雄二が悪いんだから。」
瀬名:「でも・・・。」
涼子:「それに、せっかくの料理が冷めちゃうじゃん。頑張って作ったんだから。」
瀬名:「あ、そっか・・・。じゃあ・・・。」
涼子:「うん。ほら、乾杯しよ。」
瀬名:「うん。」
:
瀬名:・・・正直、とても浮かれてた。
瀬名:僕の書いた小説が賞を取り、そして、ずっと密かに好きだった彼女と二人きりでお祝いをして・・・。
瀬名:いつもの僕じゃなかった。
瀬名:・・・きっと彼女もそうだったんだと思う。
瀬名:僕の受賞を自分のことのように喜んでくれて。
瀬名:そして、その高揚感とお酒が僕たちをおかしくした・・・。
:
瀬名:受賞の電話を受けてから二時間後・・・。
瀬名:買っておいたお酒が全部なくなるほど、僕らは酔っ払っていた。
:
瀬名:「あれ?・・・お酒、なくなっちゃった。」
涼子:「え?ホントだ。あんなにあったのにね。そりゃ、酔っ払うわけだ。」
瀬名:「どうする?買いに行く?あ~、でも、少し飲みすぎたかな。」
涼子:「ちょっと休憩する。で、雄二が来るときに、買ってきてもらう。」
瀬名:「そういえば、雄二から連絡は?」
涼子:「うん。一応代わりの人見つかったけど、その人が来るの十時くらいになるって。」
瀬名:「今・・・、あ、もう十時か。じゃあ、そろそろバイト上がるね。」
涼子:「うん・・・。」
瀬名:「じゃあ、俺から連絡しとくよ。」
涼子:「うん・・・。」
瀬名:「大丈夫?お水飲む?」
涼子:「う~ん・・・、ねえ・・・。」
瀬名:「ん?なに?」
涼子:「・・・おめでとう。」
瀬名:「うん・・・。ありがとう。」
涼子:「・・・瀬名くん。」
瀬名:「・・・なに?」
涼子:「・・・瀬名・・・くん・・・。」
:
瀬名:どちらから、ということはわからなかった。
瀬名:気づいたら僕と彼女の唇は触れ合っていた。
瀬名:僕は、頭の中が真っ白になりながらも、ずっと求めていた柔らかさに身体が熱くなっていくのを感じていた。
瀬名:彼女が僕の唇を吸い、そして舌を割り込ませてくる。
瀬名:彼女の息遣いを、文字通り肌で感じていた。
瀬名:いつしか僕たちは、抱き合って激しく舌を絡め合っていた。
瀬名:それは永遠のようで、そして一瞬のような時間。
瀬名:甘く痺れるような快感に僕は溺れていた。
瀬名:彼女も目を潤ませていて、少なくともその瞬間、そこには彼女の本気があったと思う。
瀬名:頭の隅のほうで、雄二の顔が一瞬浮かんだ。
瀬名:けれど、僕は誘惑に勝てなかった。
瀬名:僕は親友を裏切って、彼女と・・・、身体を重ねた。
:
ハル:お母さんは、三人でいたあの頃が一番楽しかったってよく言っていた。
ハル:亡くなったお父さんと、その親友の、おじさんと・・・。
ハル:お父さんは、わたしが生まれる前に死んじゃったから写真でしか知らない。
ハル:お父さんもおじさんも、お母さんの高校の同級生だって聞いた。
ハル:高校を卒業したの後も、三人は同じ大学に進学して・・・。
ハル:学部は違ったけど、やっぱりいつも一緒にいたみたい。
ハル:・・・でも、大学三年になる少し前、お父さんが事故にあって・・・。
ハル:そのまま、お父さんは死んじゃったって言ってた。
ハル:おじさんが賞を受賞して、そのお祝いに集まろうとして。
ハル:その、向かってる途中で、車に轢かれたって・・・。
ハル:お母さんは、その話をする時だけはとても悲しそうな顔をした。
ハル:それだけお父さんを愛していたんだと思う・・・。
ハル:それからお母さんは、大学を辞めて一人でわたしを育ててくれた。
ハル:わたしを産むことを両親に反対されて、頼ることができなかったみたい・・・。
ハル:・・・きっと、すごく大変だったと思う。
ハル:でも、お母さんは一度もそんなそぶりを見せなかった。
ハル:いつも明るくて強いお母さんの姿しか見たことがなかった。
ハル:だから、お母さんが癌になったって聞いたときは信じられなかった。
:
:
涼子:「入院する気は無いよ。」
ハル:「お母さん。」
涼子:「入院したって、お金が掛かるだけ。どっちにしたってもう助からないんだから。」
ハル:「そんなこと言わないでよ、お母さん。助からないとか言わないでよ・・・。」
涼子:「・・・ねえ、ハル。あなたに渡しておくものがあるの。」
ハル:「え・・・?」
涼子:「お母さんの昔の友達の、瀬名くん。よく話してるから知ってるでしょ?」
ハル:「・・・うん。」
涼子:「・・・お母さんが大学を辞めるときにね、夏休みになったら地元に帰るからって。
涼子: その時、会いに行くからって言ってくれてたの。
涼子: ・・・でも、お母さんは親と喧嘩して家を飛び出してたから、結局会えなくて。
涼子: だから、瀬名くんとは大学で別れたきり会ってなかったの。
涼子: それでね、ハルが生まれて五年くらい経った頃かな。
涼子: 一度だけ、実家に年賀状を出したことがあったの。
涼子: そしたらお母さんが連絡をくれてね。
涼子: 瀬名くんから預かってるものがあるって、送ってくれたの。」
ハル:「・・・手紙?」
涼子:「うん。わたしも最初、そう思った。でもね、それだけじゃなかったの。」
ハル:「・・・読んでいい?」
涼子:「いいよ。」
:
瀬名:『おひさしぶりです。お元気ですか?
瀬名: 藤葉さんが大学を辞めて地元に帰ってから、もう一年以上経ちますね。
瀬名: 僕の方はと言うと、二人のいない大学は、まるで知らない場所のようで。
瀬名: 何をしていても実感がわかず、気が付けば時間だけが過ぎていきます。
瀬名: それでも今年で四年になり、将来のことを考えなくちゃいけない時期が来てしまいました。
瀬名:
瀬名: 藤葉さんはどうですか?元気になりましたか?
瀬名: それと・・・、お子さんは、元気に生まれましたか?
瀬名: ・・・藤葉さんのお母さんから聞きました。
瀬名: 一人で子供を産むと言って、家を飛び出してしまったこと。
瀬名: ・・・藤葉さんと、その子のことが心配です。
瀬名: 辛い思いをしていませんか?
瀬名:
瀬名: 小説の賞金が入りました。
瀬名: それと、少しずつですが印税も入ってくるようになりました。
瀬名: なので、それ用の口座を新しく作りました。
瀬名: ・・・その通帳を同封しておきます。
瀬名: 少ないですが、どうか、お二人の生活の足しにしてください。
瀬名: そして、もし何かあれば、・・・僕を頼ってください。
瀬名: あなたの幸せを、いつも、願っています。瀬名 文彦。』
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ハル:「え?これって・・・。」
涼子:「馬鹿でしょう。・・・そういう人なの。」
ハル:「瀬名・・・文彦・・・。これ・・・。」
涼子:「見てごらん。」
ハル:「・・・え?二千・・・五百万・・・。」
涼子:「この前、癌の宣告を受けて、何年ぶりかでこの通帳を記入してみたの。
涼子: そしたらさ、・・・いまだに毎月、お金が振り込まれてて・・・。
涼子: わたし、一度だって瀬名くんに連絡したこと無いのに・・・。」
ハル:「お母さん・・・。」
涼子:「わたしはわたしの責任であんたを産んで育てるって決めたから、このお金を使うことはできなかった。
涼子: でもね、このお金は、瀬名くんがわたしとハルの幸せを願ってくれたお金だから。
涼子: だから、ハルがこれをどうするかは、ハルに任せるよ。」
ハル:「・・・・・・。」
涼子:「それと、これ。」
ハル:「これは・・・?」
涼子:「瀬名くんの今の住所。今は小さい古書店に住んでるみたい。」
ハル:「本屋さん?」
涼子:「そう。お祖父さんの家を継いだみたい。
涼子: ・・・ハル。もしお母さんが死んだ後、何か困ったことがあったら、瀬名くんを頼りなさい。」
ハル:「お母さん・・・。」
涼子:「あの人なら、きっと助けてくれるから。」
ハル:「・・・うん。」
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木村:自分がずるいことは承知していた。
木村:だから、全部自業自得なんだろうと思う。
木村:いや、因果応報ってやつか。
木村:また涼子に突っ込まれそうだ。
木村:でも、だからって、こんな日に事故に遭うなんてな・・・。
木村:
木村:藤葉涼子。
木村:あいつが俺たちに近づいてくる少し前、俺は先に涼子のことを好きになっていた。
木村:だから、涼子がいつも誰を見ていたか知っていた。
木村:知っていて、俺は何も言わなかった。
木村:涼子にも、文彦にも・・・。
木村:そして涼子が近づいてきて、俺たちは三人でいるようになった。
木村:涼子は俺のことをすぐに雄二と呼び捨てにした。
木村:でも、文彦のことはずっと『瀬名くん』のままだった。
木村:涼子は普段は明るく活発で、誰とでも親しくできるやつだったが、本当に大事な相手には緊張して、いつもの自分でいられないようだった。
木村:俺とはふざけてじゃれ合いながら、文彦とはなかなか踏み込んで接することができないようだった。
木村:だから俺は、二人が仲良くなる前に、その状況を利用した。
木村:
木村:「涼子、俺と付き合ってよ。」
木村:
木村:結論から言えば、涼子はOKしてくれた。
木村:俺とこじれれば、きっと瀬名の近くにもいられなくなる。
木村:瀬名の性格からして、俺の告白を断った涼子と付き合うことなどありえない。
木村:それなら、俺と付き合ってでも、瀬名の近くにいよう、ということだろう。
木村:俺にとっては情け無い話だけど、その時はそれしか思いつかなかった。
木村:そうして俺と涼子は付き合い、三人で過ごすようになった。
木村:でも、俺はずっと不安だった。
木村:文彦が涼子のことを好きになったら・・・。
木村:三年になったら、俺だけ別のキャンパスで、二人はずっと一緒。
木村:そのことに、俺は耐えられるだろうか?
木村:・・・そんなことを思っていたら、文彦が俺たちの結婚を後押ししてくれた。
木村:そして、涼子もそれを承諾してくれた。
木村:むしろ、積極的に結婚のために動いてくれた。
木村:俺はなんだか夢を見ているようだった。
木村:こんな、夢のような幸せが現実になるなんて・・・。
木村:そして俺たちは結婚した。
木村:すべてがうまく行き、これから本当に明るい未来が待っている。
木村:そう思っていたのに・・・。
木村:
木村:文彦が待ってる・・・。
木村:涼子と一緒に、俺がお祝いに行くのを待ってるんだ・・・。
木村:受賞、おめでとうって言ってやらなきゃ・・・。
木村:でも、ごめんな・・・。
木村:言ってやれそうにないや・・・。
木村:・・・ごめんな。
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ハル:おじさんはいつも古書店のカウンターの向こうに座って、パソコンをいじっている。
ハル:本の在庫管理をしているのかもしれないし、新しい小説を書いているのかもしれない。
ハル:でも、わたしがお店に行くと、仕事をしている振りをしながら、ちらちらとわたしの方を見ている。
ハル:だからたぶん、わたしが誰か、気づいているんだと思う。
ハル:わたしは、高校時代のお母さんと結構似ている。
ハル:親子だと知らない人でも、写真を見せれば親子だと気づくくらいには似てると思う。
ハル:そして、初めておじさんの書店に来たとき、わざと本の取り寄せを頼んだ。
ハル:わたしの名前を知ってもらうために・・・。
ハル:それでもおじさんは、特別何を言うでもなく、わたしとおじさんは今も変わらずお客と店主の関係。
ハル:それがもどかしくもあり、心地よくもあり。
ハル:わたしはおじさんの中に、なぜか会ったことも無い『お父さん』を感じている。
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ハル:「あの・・・。」
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瀬名:その日は成人式で。
瀬名:当然大学は休みだし、二十歳になる彼女は、成人式のために地元に帰っているだろう。
瀬名:しかし・・・。
瀬名:母親をなくし、独り身となった彼女は、一人地元に帰って、一人で成人式の準備をするのだろうか。
瀬名:そんなことを考えていたとき、店の入り口のほうから彼女の声が聞こえてきた。
瀬名:彼女は、綺麗な振袖姿で入り口の前に立っていた。
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瀬名:「・・・い、いらっしゃい。」
ハル:「こんにちは。」
瀬名:「ど、どうしたの?」
ハル:「今日、成人式だから。」
瀬名:「ああ、そうだね・・・。」
ハル:「・・・おじさんに、見て、もらいたくて・・・。」
瀬名:「・・・僕に?」
ハル:「はい・・・。」
瀬名:「どうして・・・。」
ハル:「・・・おじさん、お父さんみたいで・・・。」
瀬名:「・・・お父さん?」
ハル:「うん・・・。本当のお父さんには会ったこと無いんだけど・・・。」
瀬名:「・・・そう。」
ハル:「・・・うん。」
瀬名:「・・・・・・ありがとう。」
ハル:「え・・・?」
瀬名:「・・・晴れ着姿、・・・見せてくれて、ありがとう。」
ハル:「・・・うん。」
瀬名:「・・・とても、綺麗です。」
ハル:「・・・ありがとう、・・・おじさん。」
瀬名:「うん・・・。そうだ。写真・・・、撮って、いいかな?」
ハル:「うん・・・。撮って、おじさん。」
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ハル:おじさんはわたしの晴れ着姿を何枚も撮ってくれた。
ハル:わたしは、通りかかった人にお願いして、おじさんと二人の写真も撮ってもらった。
ハル:おじさんは初め遠慮していたけれど、最後には一緒に写ってくれた。
ハル:恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら・・・。
ハル:
ハル:おじさんに本当のことを話すかどうかわからない。
ハル:もしかしたら、ずっと何も話さずにこの関係を続けていくかもしれない。
ハル:それでも、わたしたちの関係はゆっくりと変わっていくと思う。
ハル:この二年で、少しだけ親しくなれたように・・・。
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涼子:「ねえ、この小説に出てくる女の子、なんでハルって名前にしたの?」
瀬名:「・・・なんとなく。」
木村:「違うだろ。こいつ、昔から女の子が生まれたらハルって名前にするって言ってたんだよ。」
瀬名:「ちょ、ちょっと。やめてよ。」
涼子:「え?なにそれ。聞かせてよ。」
瀬名:「・・・昔読んだ小説に出てくる女の子が、ハルって名前だったの。
瀬名: 春に生まれたからハルって、すごく安易なんだけど・・・。」
木村:「その話の中のハルって子が、文彦の初恋なんだよな?」
瀬名:「そんなんじゃないよ。ただ、なんとなく印象に残ってるってだけで・・・。」
涼子:「いいじゃん、ハル。かわいいじゃん。」
木村:「そうか?普通じゃね?」
涼子:「よし、わたしにもし娘が生まれたら、ハルって名前にしよう。」
木村:「ええ?マジかよ?俺、リナがいいんだけど。」
涼子:「は?別にあんたは自分の娘にリナって付ければいいじゃない。」
木村:「ちょ、お、おい。そういうこと言うなよ。」
涼子:「なによ。なんか文句ある?」
瀬名:「あははは。相変わらず仲がいいね。」
木村:「おい、文彦もなんとか言ってくれよ~。」
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涼子:「ハル。あんたの名前はね、お母さんが大好きだった人が考えた名前なんだよ。」
ハル:「え?それって、お父さん?」
涼子:「・・・そう。ハルの、お父さんよ。」
ハル:「そっかぁ。ハルね、ハルの名前、だ~い好き。」
涼子:「・・・そう。」
ハル:「うん。」
涼子:「お母さんもね・・・、大好きよ。」
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0:おわり