台本概要
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タイトル | スノードームの雪をとかして |
---|---|
作者名 | 桜蛇あねり(おうじゃあねり) (@aneri_writer) |
ジャンル | ラブストーリー |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) |
時間 | 30 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
スノードームを眺める私は、幸せなのか孤独なのか。 ※世界観を壊さないアドリブ等はOKです。 523 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
花帆 | 女 | 121 | 氷川 花帆(ひかわ かほ)。27歳。 |
優也 | 男 | 99 | 春山 優也(はるやま ゆうや)。23歳。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:スノードームの雪をとかして
:
花帆:(M)スノードームのゆきだるま。永遠に降り注ぐ雪の中、あなたは幸せ?それとも、終わらない冬の中に閉じ込められて.....。
花帆:スノードームのゆきだるま。あなたは一体、舞い踊る雪を見ながら、何を思うのだろう。
:
花帆:(M)彼との出会いは、10月の終わりごろ、友達に誘われて入会した料理教室だった。同じグループになった、男の子。第一印象は、ちょっと抜けてて危なっかしいな、だった。
優也:えっと.....砂糖を大さじ3杯入れて...
花帆:ちょっと待って!砂糖は大さじ1!見てるとこズレてるよ!
優也:え?わぁ!ホントだ!あぶなぁ...。
花帆:激甘の照り焼きができちゃうよ...。
優也:ごめんなさい、教えてくれてありがとうございます。
花帆:最後皆で食べるんだからね?そりゃ教えるでしょうよ。
優也:あはは。さっきから思ってたんですけど、とても手際いいですよね。
花帆:そう?こんなもんだと思うけど。
優也:なんか、効率がいいなぁって。こっちを焼いてる間にこっちを切って、みたいに。
花帆:普通でしょ。普段から料理したらそのくらいはできるわよ。
優也:すごいなぁ。僕、料理初心者なもので。料理くらいはできないとなぁって思って、習いに来たんですよ。
花帆:へぇ。いいじゃない?その心構え。料理男子はきっとモテるわよ。...さて、あとは盛り付けて終わりね。えっと、春山君、だっけ?お皿持ってきてくれない?
優也:はいっ!
0:間
優也:わぁ!美味しいですね、はまちの照り焼き!
花帆:なかなかよく出来たわね。おいしい。
優也:危なかったです、僕の不注意で台無しにしてしまうところでした。
花帆:ホントね。でもま、結果おいしくできたんだからいいじゃない。
優也:あの、氷川(ひかわ)さんは、どうして料理教室に通おうと思ったんですか?
花帆:んー、まぁ献立の幅を広げたかったから、かな?魚料理とかあんまやった事ないからさ。やった事ない料理に挑戦したいなーって。
優也:おぉ、なるほど.....幅を広げる、素敵ですね。得意料理とかってあるんですか?
花帆:そーだなぁ...。クリームシチュー、かな。
優也:シチューですか!いいですね、僕、大好物なんですよ!
花帆:へぇ、そうなんだ。美味しいよね。なんか、前にね、ちょっといつもと違うシチューを作りたいなぁって思って、チキンじゃなくてサーモンを入れて作ってみたの。そしたら、それがすごくおいしかったみたいでさ。
優也:おいしかったみたい?
花帆:あぁ、彼氏にね。たまに作るんだけど、そのサーモンシチューがお気に召したみたいで、とても美味しそうに食べてくれてさ。それから、シチュー作る時はサーモンいれてるんだよね。
優也:そうなんですね。サーモンシチューかぁ.....美味しそうだなぁ....。氷川さんの彼氏さん、そんな美味しそうなものが食べられるなんて.....幸せですね、うらやましいです。
花帆:あはは、大げさだよ。...さて、そろそろ時間だし、片付けて終わろっか。
優也:あ、あの、氷川さん、この後、お時間ありますか?
花帆:ん?まぁ特に用事はないけど。
優也:その、もう少しお話しませんか?なんか...その......まだ話していたいというか、料理のお話を聞いてみたいというか.....あ!でも彼氏さんがいるのに、男と2人でってのはよくない、ですよね!ごめんなさい、変なこと言って!
花帆:別にそんな気にすることないでしょ。そのくらいは。いいよ、カフェにでも行こっか。
優也:は、はいっ!
花帆:(M)その時の彼の笑顔は、今でも忘れられない。心の嬉しさを全てこめたような、そんな素敵な笑顔だったから。とても素直な人なんだな、と思った。
優也:コーヒーをブラックで飲める人って尊敬します。
花帆:そう?ブラックで飲むのが、1番コーヒーのおいしさを感じられると思うからね。
優也:カッコイイです。僕、甘党だから砂糖もミルクもたくさんいれちゃうんですよね。
花帆:なるほどね、だから照り焼きにもあんなに砂糖入れようとしてたのね。
優也:ち、ちがいますよ!あれは間違えただけですって!
花帆:ふふ、わかってるって。......春山君は、彼女とか、いるの?
優也:いないです。3ヶ月前くらいに別れちゃって。
花帆:そっか。.....元カノさん、絶対年上だったでしょ。
優也:え、なんでわかるんですか。
花帆:年上の女性にモテそうだもん。で、春山君も年上の女性が好きそう。
優也:せ、正解、です.....。あれ、僕達、今日が初対面ですよね?なんでそんなに知ってるんですか、僕のこと。
花帆:なんて言うか、可愛いのよね。
優也:か、かわ!?
花帆:守ってあげたくなるというか、甘やかしたくなるというか。
優也:うぅ...僕は可愛い、よりもかっこいいとか、頼りになる、とか言われたいですけどね...。
花帆:いいんじゃない?そのままで。そういう男の子、可愛くて好きよ。
優也:〜〜〜っ!ひ、氷川さんの彼氏さんはっ!と、年下なんですか?
花帆:おぉ...どうした急に声を荒らげて。
優也:荒らげてないですっ!
花帆:私の彼氏は年上だよ。一個上。
優也:へぇ、意外です。勝手に年下の彼氏さんなのかなって思ってました。.........あの失礼じゃなければ.....っていうか失礼なので答えなくてもいいです、なんでもないです。
花帆:27歳。
優也:えっ。
花帆:年齢ききたいんでしょ?別に隠すつもりもないから良いわよ。私は27歳。たぶんあなたより年上でしょ?
優也:あ、ありがとうございます。そう、ですね。僕は23なので。
花帆:やっぱり。そのくらいだろうなって。
優也:氷川さん、なんて言うか...人間観察力がありますよね。全て見透かされてるような、そんな感じがします。
花帆:そう?普通に27年間生きてきただけよ。春山君も、あと4年もすればきっと分かるようになるって。
優也:うー、僕がそうなってるビジョンが見えません.....。
花帆:結構簡単に変わるものよ、人間って。
優也:そーゆーもんですかねぇ。
花帆:で、料理の話、するんじゃなかったの?
優也:そーですっ!料理の話、しましょう!
花帆:(M)それから私たちは時間も忘れて話し込んだ。作ったことある料理の話や、料理での失敗談、これから何を作ってみたいか、など。それを語る彼の表情はとても明るくて、幸せそうで、魅力的だった。夕日が街を照らす頃、ようやく私たちはカフェを出た。その頃にはすっかり、お互い下の名前で呼ぶくらいには打ち解けていた。
優也:花帆さん、今日はありがとうございました!とても素敵な一日でした!
花帆:私も。こんなに話し込んだの、久しぶりかも。楽しかったわ。
優也:あの.....迷惑じゃなければ、またお話しませんか?もっと花帆さんのお話、聞いてみたいんです。
花帆:いいよ。LINE、交換しよっか。
優也:わぁ!ありがとうございます!えへへ、嬉しいなぁ。じゃああの、僕から連絡しますので!また、お話ししましょう!
花帆:わかった。待ってる。じゃあね、今日はありがとう。
優也:はい!こちらこそ、今日はありがとうございました!
花帆:(M)きっとすぐに彼から連絡がくるだろう。そう思っていたのだが、彼からのLINEが来たのはそれから1ヶ月後の12月に入った時のことだった。今週の土曜日に会えませんか?と来て、特に予定もなかった私は二つ返事で承諾した。そして土曜日。私は待ち合わせ場所の駅の広場へと向かった。
優也:花帆さん!お久しぶりです!
花帆:あぁうん、久しぶり。.....1ヶ月前、だよね、話したの。
優也:そうですね、1ヶ月前です。本当は次の週にでもお誘いしたかったんですけどね...。
花帆:うん、すぐ来るのかな?って思ってたらなかなか来ないから、その場限りの関係だったのかなって思ってたわ。
優也:ち、ちがいますよ!その.....緊張、しちゃって......。
花帆:緊張?
優也:はい...。LINE送ったら迷惑かな、って。僕は楽しかったけど、花帆さんは楽しめてなかったかもしれないな、とか、LINEを送るタイミング、どうしよう、とか、今送って通知に表示されちゃって、それを偶然彼氏さんが見てしまったらよくないかな、とか....。
花帆:心配しすぎでしょ.....そんなに難しく考えなくていいって。
優也:うぅ、僕すごくネガティブなんですよ.....あれやこれや考えちゃう....。
花帆:他の人はどうか知らないけど、私相手だったら遠慮しなくていいから。嫌だったら嫌って言うし、LINEも好きな時に送っておいで。私、通知表示させない質(たち)だから、変な心配しなくていいよ。
優也:いいんですか?めちゃくちゃ送っても。
花帆:いーよ。私のペースで返事するから。朝でも昼でも深夜でも、送ってきなさい。
優也:ありがとうございますっ!じゃあこれからは遠慮なく送りますね!
花帆:返事、すぐできない時もあるとは思うけど。
優也:それはもちろんですよ!僕だってそうですし!
花帆:さ、ここに居ても寒いだけだし、そろそろ行こっか。えっと、行き先は全部任せてって言ってたけど、どこ行くの?
優也:はい、素敵なカフェを見つけたんです。雑貨屋さんと一緒になってるカフェで、雰囲気もいいですし、売ってる雑貨もすごくオシャレなんですよ!花帆さん、気に入ってくれるかなって。
花帆:へぇ。いいね。じゃあ連れてってよ。
優也:はい!おまかせください!
0:カフェにて
花帆:わぁ、オシャレ.....素敵ね....。
優也:でしょ!SNSで見かけて、花帆さんと行きたいなって思ったんです!
花帆:雑貨も私好みでいいわぁ。.......あ、これ....。
優也:そのスノードーム、可愛いですね。雪だるまと雪が綺麗です....。好きなんですか?スノードーム。
花帆:うん。冬を閉じ込めたみたいで、すごく綺麗だなって。
優也:冬を閉じ込める、かぁ。いいですね、なんかその表現。.....買いますか?
花帆:.....いや、いいかな。実用性はないからね。スノードームに限ったことじゃないけど、ただの飾り物だから。
優也:そう、ですか。
花帆:そろそろカフェでなにか飲みましょ。
優也:そうですね!あ、ここのカフェ、ワッフルがおいしいらしいですよ。
花帆:お、いいね。じゃあワッフルも一緒に食べよっか。
:
花帆:(M)そして今日も私たちは時間を忘れて、夕方まで語り合った。この1ヶ月、彼は料理を必死に頑張ったようで、前回よりもいろんな料理が作れるようになったらしい。私がすごいじゃん、と褒めると、彼は満面の笑みで喜んだ。本当に、素直で純粋な子だな...。その磨いた料理スキルを見るために、私たちは一緒に料理教室の時間を合わせて予約し.....席を立った。
:
花帆:お会計は私が.....
優也:今日は僕に出させてください。
花帆:え、でも.....。
優也:誘ったのは僕なんです。ここはちょっと、僕にカッコイイことさせてくださいよ。
花帆:ふふ、わかった。じゃあ今日はごちそうになるわ。ありがとう。
優也:はい!先に出ておいてください。すぐ行きますから。
花帆:はーい。
0:間
優也:お待たせしました!
花帆:ありがとうね。じゃあ今日は解散しましょうか。
優也:あ、花帆さん、待ってください。
花帆:ん?どしたの?
優也:これ。少し早いですが、クリスマスプレゼントです。
花帆:え....これ....。
優也:あけてください。
花帆:あ...さっきのスノードーム。
優也:生活には必要ないものかもしれませんが、だからこそ、日々の生活に映えると思うんです。花帆さんの目のつくところに置いてくれると、嬉しいな、なんて。
花帆:ふふっ。このスノードームを見る度に、優也くんのことを思い出せるように、ってこと?
優也:えっ!い、いや、そ、そんなつもりじゃ......!
花帆:冗談。ありがと。すごく嬉しい。大切にするね。
優也:はい、大切にしてくれると嬉しいです!
花帆:それじゃあ、次は料理教室で、かな。またね。
優也:はい!また!
花帆:(M)その日、家に帰った私はスノードームをしばらく眺めていた。丸いスノードームの中には、雪だるまがぽつんと上を向いて佇んでいる。軽く降ると、雪が舞い上がった。その雪をあびている雪だるまは、幸せそうだった。
:
花帆:(M)それから、私と優也は週に一回のペースで会うようになっていた。料理教室も毎回一緒に時間を決め、教室が終わったあとはカフェで夜まで話し込む。そんな日々を過ごしていた。いつしか、優也と会うのが1番の楽しみになってきていた。彼氏とは仕事の休みが合いにくいのもあり、しっかり時間をとって合う頻度は減りつつあった。だけど。やっぱりそれでも。私が1番大切にしないといけないのは彼氏で。彼氏も私のことを大切にしてくれているのはわかっているから。いつかは優也と会う日々も終わらせないといけないと、思っていた。
:
花帆:(M)そして、冬が終わり、桜が咲き始める、3月中頃。私は、あの雑貨屋のカフェに、優也を呼んだ。伝えなければならない事があったから。
:
優也:ここ来るの久しぶりですね!前に来たのはクリスマス前、でしたよね。
花帆:そうね。あのスノードーム、ちゃんと飾ってるよ。
優也:嬉しいなぁ。大切にしてくれてるんですね!....もう冬終わっちゃいましたけど。
花帆:うん。終わっちゃったんだよね。
優也:でも!次は春ですよ!桜も咲き始めてますし、今度お花見行きませんか?いいスポット、知ってるんですよ!
花帆:.....ごめんね、優也くん。一緒にお花見にはいけない。
優也:.....え?どうして、ですか?
花帆:先週ね。プロボーズされたの。彼氏に。
優也:え。
花帆:2年付き合ってきて、ついにっていうか、ようやくというか。
優也:そう、なんですね。
花帆:さすがに、結婚したら、こういうのもよくないかな、って。本当は最初から、こういうことするべきじゃなかったかもしれないんだけどさ。
優也:よ、よかったじゃないですか!花帆さん、料理もすごく上手いし、気配り上手だし、いいお嫁さんになりますよ!
花帆:ありがとう.....。
優也:だから、その.....幸せに.....。
花帆:.........。
優也:........っ。.....ごめんなさい、花帆さん。僕は最低な人間です。
花帆:...........。
優也:ごめんなさい、ごめんなさい。僕、花帆さんに幸せになってなんて言えないです.....!
花帆:優也くん....。
優也:ずっとずっとあなたが好きだったんです。彼氏がいるってわかっていながら、こうして毎週会って。会う度にあなたのことが好きになっていって。毎回毎回、少し期待している自分もいたんです。彼氏と別れていないかな、とか、上手くいってないといいな、とか。最低なのはわかってます。こういうこと言うのも、花帆さんを困らせるだけだっていうのもわかってます。でも......もう気づいたらあなたのことでいっぱいだったんです。
花帆:うん。.....うん。
優也:僕と幸せになって欲しかった.....!あなたとずっと一緒にいたかった!......ごめんなさい、花帆さんの幸せを願えない僕は最低な人間です。
花帆:優也くん。好きになってくれて、ありがとう。
優也:.....っ。花帆、さん...。
花帆:残酷なことしてしまった自覚はあるの。こうなる前に、もっと早くから私から断ち切っておくべきだった。ごめんなさい。
優也:.....でも、あなたと過ごした時間はすごく幸せでした。だから花帆さん、この時間がなかったらよかった、なんて思わないでください。僕も....僕も、あなたと過ごした時間は忘れません。あなたへの想いだけ.....忘れるようにします。
花帆:優也くん。....私もね、優也くんと過ごした時間は楽しかった。とても充実していた。ありがとう、私に素敵な時間をくれて。
優也:今まで、ありがとうございました。幸せに.......。......っ。
花帆:言わなくていい。大丈夫。
優也:ごめん、なさい。
花帆:(M)それから私たちはカフェを後にして、帰り道を一緒に歩いた。言葉はお互いに発さなかった。別れ道になって、私たちは何も言わず、しばらく見つめあった。
:
花帆:今までありがとう。
優也:ありがとう、ございました。
花帆:(M)それだけ言葉を交わし、どちらからともなく抱きしめあった。彼の体温を感じて....私はそっと体を離した。
優也:花帆さん......さようなら。
花帆:うん。さようなら。
:
:
花帆:(M)私たちの冬は終わった。これから私は、新たな春を見すえて、冬の寒さを忘れて、生きていかないといけない。さよなら、楽しかった冬の思い出。私は、スノードームを自分のこの想いとともに、そっとしまいこんだ。
:
花帆:(M)それから私は、婚約した彼氏と一緒に同棲を始め、結婚するための準備を進めていった。幸せになろう、と思っていた。だけど。最初はよかったものの、一緒に住むことで、だんだんお互いの価値観の違いが見えてくるようになってしまった。
花帆:同棲してから、彼は家事をやらなくなっていった。食事も洗濯も掃除も、全部私がやっている。せめて彼が休みの時は少しくらいやって欲しいと言ったのだが、はいはい、と返事されただけで改善はされなかった。
花帆:逆に、彼は私のお金の使い方が不満らしく、私が少し高級なスイーツを買って帰ると、決まって、”そんな無駄なことにお金を使うな”と言われてしまう。たまに贅沢をするくらいいいじゃないかと思うのだが、彼には理解できないようだった。。
花帆:そういう、互いの不満が少しずつ、少しずつたまっていき......気づいたら一緒に過ごすことが苦痛になっていった。
:
花帆:(M)そして、1年が経った12月。私たちは婚約を解消した。お互いに納得する形で。悲しくはなかった。むしろ、解放されたような清々しい気持ちだった。彼は別に悪い人ではないし、酷いことをされたわけでもない。ただ、一緒にいるための価値観が合わなかったのだ。結婚する前に気づけてよかった、と。私はまたひとりになったのだ。
:
花帆:(M)ひとりになって思い出すのは1年前のあの冬。彼は今頃、どうしているだろうか。あれから連絡することも無く、料理教室も辞めてしまったため、彼がどこで何をしているのか、全然知らない。
花帆:ふと私はあの雑貨屋のカフェに足を運んだ。
:
花帆:やっぱり、すごくオシャレだなぁ。
:
花帆:(M)外から中の商品を眺めながら、ここで彼にもらったスノードームを思い出す。1年前にしまい込んでから、ずっとそのままにしてある。同棲している時に飾ろうとは思わなかった。思い出してしまうから。でも、捨てることも出来るはずがなかった。
:
花帆:あ、スノードーム。昨年よりも種類いっぱいあるなぁ。
:
花帆:(M)せっかくだから、中に入って見てみようと店に入ろうとした時だった。
優也:あ....花帆、さん。
花帆:優也、くん。
:
花帆:(M)店から、今1番会いたいと思っていた人が現れた。
優也:お、お久しぶりです。
花帆:あ、うん、久しぶり、だね。
優也:あの、お元気、でしたか?
花帆:........どうだろう。あんまり元気じゃないかも。優也くんは?元気?
優也:まぁ、それなりに、ですかね。
花帆:そっか。
優也:......旦那さんとは上手くやっていますか?
花帆:............。
優也:花帆さん?
花帆:別れた。結婚する前に。
優也:えっ...。
花帆:結婚前に同棲したんだけど、いろいろと合わなくなっちゃってね。結婚してもお互い苦しいだけだって、そう結論出して、婚約破棄。..........笑っちゃうよね。
優也:そう、なんですか........。
花帆:うん。ダメだった。
優也:..............。
花帆:結婚する前でよかった、って安心はしてるけどね。..........優也くん、君は、
優也:あのっ!僕、結婚、したんです!
花帆:........っ!
優也:先週、入籍して、その、今は、式とか引越しとか、いろいろ、考えてて、えっと。
花帆:そっか。
優也:........1年前。失恋して荒れていた僕を支えてくれた人がいて、あなたを忘れるために、って付き合って......そのままスムーズにいって......それで......。
花帆:うん。そっか。
優也:..........僕、は。
花帆:相手は?どんな人?
優也:えっ。あ、えっと。会社の後輩です。
花帆:年下なんだ。
優也:はい。年下なんですけど、すごく頼りになる人で。僕の作った料理をとても美味しそうに食べてくれる人、で......っ!
花帆:いい人に出会えたね。
優也:.......っ。
花帆:(M)彼は、結婚相手のことを語っているとは思えないくらい、苦しそうで泣きそうな表情をしていた。きっと彼の中で、私が1年前に経験していた、ぐちゃぐちゃした感情と葛藤がうずまいているのだろう。
花帆:だから私は、1年前、彼が私に言えなかった言葉を口にした。今度はちゃんと、断ち切れるように。
:
花帆:幸せになってね。
優也:........っ!
花帆:(M)彼は、はい、とは言わなかった。静かに涙を流し始めた彼を、私は最後にもう一度だけ強く抱きしめた。お互いの体温をしっかり感じて、私は体を離す。
:
花帆:ばいばい。
:
花帆:(M)私は彼に背を向け、歩き出した。1度も振り返らなかった。彼の姿を目にしたら、閉じ込めているすべての感情が溢れてしまいそうだったから。
:
花帆:(M)家に帰った私は、閉まっていたスノードームを取り出した。逆さまにして、元に戻す。キラキラと雪が舞い上がり.......しばらくして雪はすべて下に落ちた。
花帆:私は何度も何度もその動作を続けた。雪は舞い踊り続け、中心にいる雪だるまはその雪をただただ眺めている。
:
花帆:(M)私たちは確かに両想いだった。お互いがお互いのかけがえのない存在。1番大好きな人。だけど、運命の糸は、私たちを引き合わせなかった。ただ、それだけだ。
花帆:もし、元カレよりも先に出会っていれば。もし、プロポーズされたときに断っていれば。もし、元カレと別れた時に彼が結婚していなければ。そんなたくさんのもしもが、私の脳内に雪のように降り注ぐ。
花帆:スノードームの中にいる孤独な雪だるまは、永遠に終わらない冬を過ごさなければならない。
:
:
花帆:........っ。優也、くん......。
:
花帆:(M)私の涙が、スノードームを濡らしていく。だけど、スノードームの中にある雪は溶けてくれない。スノードームの雪が溶けることはないのだろう。
花帆:スノードームに閉じ込めてしまったこの冬はずっと、ずっと、続いていく。
:
0:完
0:スノードームの雪をとかして
:
花帆:(M)スノードームのゆきだるま。永遠に降り注ぐ雪の中、あなたは幸せ?それとも、終わらない冬の中に閉じ込められて.....。
花帆:スノードームのゆきだるま。あなたは一体、舞い踊る雪を見ながら、何を思うのだろう。
:
花帆:(M)彼との出会いは、10月の終わりごろ、友達に誘われて入会した料理教室だった。同じグループになった、男の子。第一印象は、ちょっと抜けてて危なっかしいな、だった。
優也:えっと.....砂糖を大さじ3杯入れて...
花帆:ちょっと待って!砂糖は大さじ1!見てるとこズレてるよ!
優也:え?わぁ!ホントだ!あぶなぁ...。
花帆:激甘の照り焼きができちゃうよ...。
優也:ごめんなさい、教えてくれてありがとうございます。
花帆:最後皆で食べるんだからね?そりゃ教えるでしょうよ。
優也:あはは。さっきから思ってたんですけど、とても手際いいですよね。
花帆:そう?こんなもんだと思うけど。
優也:なんか、効率がいいなぁって。こっちを焼いてる間にこっちを切って、みたいに。
花帆:普通でしょ。普段から料理したらそのくらいはできるわよ。
優也:すごいなぁ。僕、料理初心者なもので。料理くらいはできないとなぁって思って、習いに来たんですよ。
花帆:へぇ。いいじゃない?その心構え。料理男子はきっとモテるわよ。...さて、あとは盛り付けて終わりね。えっと、春山君、だっけ?お皿持ってきてくれない?
優也:はいっ!
0:間
優也:わぁ!美味しいですね、はまちの照り焼き!
花帆:なかなかよく出来たわね。おいしい。
優也:危なかったです、僕の不注意で台無しにしてしまうところでした。
花帆:ホントね。でもま、結果おいしくできたんだからいいじゃない。
優也:あの、氷川(ひかわ)さんは、どうして料理教室に通おうと思ったんですか?
花帆:んー、まぁ献立の幅を広げたかったから、かな?魚料理とかあんまやった事ないからさ。やった事ない料理に挑戦したいなーって。
優也:おぉ、なるほど.....幅を広げる、素敵ですね。得意料理とかってあるんですか?
花帆:そーだなぁ...。クリームシチュー、かな。
優也:シチューですか!いいですね、僕、大好物なんですよ!
花帆:へぇ、そうなんだ。美味しいよね。なんか、前にね、ちょっといつもと違うシチューを作りたいなぁって思って、チキンじゃなくてサーモンを入れて作ってみたの。そしたら、それがすごくおいしかったみたいでさ。
優也:おいしかったみたい?
花帆:あぁ、彼氏にね。たまに作るんだけど、そのサーモンシチューがお気に召したみたいで、とても美味しそうに食べてくれてさ。それから、シチュー作る時はサーモンいれてるんだよね。
優也:そうなんですね。サーモンシチューかぁ.....美味しそうだなぁ....。氷川さんの彼氏さん、そんな美味しそうなものが食べられるなんて.....幸せですね、うらやましいです。
花帆:あはは、大げさだよ。...さて、そろそろ時間だし、片付けて終わろっか。
優也:あ、あの、氷川さん、この後、お時間ありますか?
花帆:ん?まぁ特に用事はないけど。
優也:その、もう少しお話しませんか?なんか...その......まだ話していたいというか、料理のお話を聞いてみたいというか.....あ!でも彼氏さんがいるのに、男と2人でってのはよくない、ですよね!ごめんなさい、変なこと言って!
花帆:別にそんな気にすることないでしょ。そのくらいは。いいよ、カフェにでも行こっか。
優也:は、はいっ!
花帆:(M)その時の彼の笑顔は、今でも忘れられない。心の嬉しさを全てこめたような、そんな素敵な笑顔だったから。とても素直な人なんだな、と思った。
優也:コーヒーをブラックで飲める人って尊敬します。
花帆:そう?ブラックで飲むのが、1番コーヒーのおいしさを感じられると思うからね。
優也:カッコイイです。僕、甘党だから砂糖もミルクもたくさんいれちゃうんですよね。
花帆:なるほどね、だから照り焼きにもあんなに砂糖入れようとしてたのね。
優也:ち、ちがいますよ!あれは間違えただけですって!
花帆:ふふ、わかってるって。......春山君は、彼女とか、いるの?
優也:いないです。3ヶ月前くらいに別れちゃって。
花帆:そっか。.....元カノさん、絶対年上だったでしょ。
優也:え、なんでわかるんですか。
花帆:年上の女性にモテそうだもん。で、春山君も年上の女性が好きそう。
優也:せ、正解、です.....。あれ、僕達、今日が初対面ですよね?なんでそんなに知ってるんですか、僕のこと。
花帆:なんて言うか、可愛いのよね。
優也:か、かわ!?
花帆:守ってあげたくなるというか、甘やかしたくなるというか。
優也:うぅ...僕は可愛い、よりもかっこいいとか、頼りになる、とか言われたいですけどね...。
花帆:いいんじゃない?そのままで。そういう男の子、可愛くて好きよ。
優也:〜〜〜っ!ひ、氷川さんの彼氏さんはっ!と、年下なんですか?
花帆:おぉ...どうした急に声を荒らげて。
優也:荒らげてないですっ!
花帆:私の彼氏は年上だよ。一個上。
優也:へぇ、意外です。勝手に年下の彼氏さんなのかなって思ってました。.........あの失礼じゃなければ.....っていうか失礼なので答えなくてもいいです、なんでもないです。
花帆:27歳。
優也:えっ。
花帆:年齢ききたいんでしょ?別に隠すつもりもないから良いわよ。私は27歳。たぶんあなたより年上でしょ?
優也:あ、ありがとうございます。そう、ですね。僕は23なので。
花帆:やっぱり。そのくらいだろうなって。
優也:氷川さん、なんて言うか...人間観察力がありますよね。全て見透かされてるような、そんな感じがします。
花帆:そう?普通に27年間生きてきただけよ。春山君も、あと4年もすればきっと分かるようになるって。
優也:うー、僕がそうなってるビジョンが見えません.....。
花帆:結構簡単に変わるものよ、人間って。
優也:そーゆーもんですかねぇ。
花帆:で、料理の話、するんじゃなかったの?
優也:そーですっ!料理の話、しましょう!
花帆:(M)それから私たちは時間も忘れて話し込んだ。作ったことある料理の話や、料理での失敗談、これから何を作ってみたいか、など。それを語る彼の表情はとても明るくて、幸せそうで、魅力的だった。夕日が街を照らす頃、ようやく私たちはカフェを出た。その頃にはすっかり、お互い下の名前で呼ぶくらいには打ち解けていた。
優也:花帆さん、今日はありがとうございました!とても素敵な一日でした!
花帆:私も。こんなに話し込んだの、久しぶりかも。楽しかったわ。
優也:あの.....迷惑じゃなければ、またお話しませんか?もっと花帆さんのお話、聞いてみたいんです。
花帆:いいよ。LINE、交換しよっか。
優也:わぁ!ありがとうございます!えへへ、嬉しいなぁ。じゃああの、僕から連絡しますので!また、お話ししましょう!
花帆:わかった。待ってる。じゃあね、今日はありがとう。
優也:はい!こちらこそ、今日はありがとうございました!
花帆:(M)きっとすぐに彼から連絡がくるだろう。そう思っていたのだが、彼からのLINEが来たのはそれから1ヶ月後の12月に入った時のことだった。今週の土曜日に会えませんか?と来て、特に予定もなかった私は二つ返事で承諾した。そして土曜日。私は待ち合わせ場所の駅の広場へと向かった。
優也:花帆さん!お久しぶりです!
花帆:あぁうん、久しぶり。.....1ヶ月前、だよね、話したの。
優也:そうですね、1ヶ月前です。本当は次の週にでもお誘いしたかったんですけどね...。
花帆:うん、すぐ来るのかな?って思ってたらなかなか来ないから、その場限りの関係だったのかなって思ってたわ。
優也:ち、ちがいますよ!その.....緊張、しちゃって......。
花帆:緊張?
優也:はい...。LINE送ったら迷惑かな、って。僕は楽しかったけど、花帆さんは楽しめてなかったかもしれないな、とか、LINEを送るタイミング、どうしよう、とか、今送って通知に表示されちゃって、それを偶然彼氏さんが見てしまったらよくないかな、とか....。
花帆:心配しすぎでしょ.....そんなに難しく考えなくていいって。
優也:うぅ、僕すごくネガティブなんですよ.....あれやこれや考えちゃう....。
花帆:他の人はどうか知らないけど、私相手だったら遠慮しなくていいから。嫌だったら嫌って言うし、LINEも好きな時に送っておいで。私、通知表示させない質(たち)だから、変な心配しなくていいよ。
優也:いいんですか?めちゃくちゃ送っても。
花帆:いーよ。私のペースで返事するから。朝でも昼でも深夜でも、送ってきなさい。
優也:ありがとうございますっ!じゃあこれからは遠慮なく送りますね!
花帆:返事、すぐできない時もあるとは思うけど。
優也:それはもちろんですよ!僕だってそうですし!
花帆:さ、ここに居ても寒いだけだし、そろそろ行こっか。えっと、行き先は全部任せてって言ってたけど、どこ行くの?
優也:はい、素敵なカフェを見つけたんです。雑貨屋さんと一緒になってるカフェで、雰囲気もいいですし、売ってる雑貨もすごくオシャレなんですよ!花帆さん、気に入ってくれるかなって。
花帆:へぇ。いいね。じゃあ連れてってよ。
優也:はい!おまかせください!
0:カフェにて
花帆:わぁ、オシャレ.....素敵ね....。
優也:でしょ!SNSで見かけて、花帆さんと行きたいなって思ったんです!
花帆:雑貨も私好みでいいわぁ。.......あ、これ....。
優也:そのスノードーム、可愛いですね。雪だるまと雪が綺麗です....。好きなんですか?スノードーム。
花帆:うん。冬を閉じ込めたみたいで、すごく綺麗だなって。
優也:冬を閉じ込める、かぁ。いいですね、なんかその表現。.....買いますか?
花帆:.....いや、いいかな。実用性はないからね。スノードームに限ったことじゃないけど、ただの飾り物だから。
優也:そう、ですか。
花帆:そろそろカフェでなにか飲みましょ。
優也:そうですね!あ、ここのカフェ、ワッフルがおいしいらしいですよ。
花帆:お、いいね。じゃあワッフルも一緒に食べよっか。
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花帆:(M)そして今日も私たちは時間を忘れて、夕方まで語り合った。この1ヶ月、彼は料理を必死に頑張ったようで、前回よりもいろんな料理が作れるようになったらしい。私がすごいじゃん、と褒めると、彼は満面の笑みで喜んだ。本当に、素直で純粋な子だな...。その磨いた料理スキルを見るために、私たちは一緒に料理教室の時間を合わせて予約し.....席を立った。
:
花帆:お会計は私が.....
優也:今日は僕に出させてください。
花帆:え、でも.....。
優也:誘ったのは僕なんです。ここはちょっと、僕にカッコイイことさせてくださいよ。
花帆:ふふ、わかった。じゃあ今日はごちそうになるわ。ありがとう。
優也:はい!先に出ておいてください。すぐ行きますから。
花帆:はーい。
0:間
優也:お待たせしました!
花帆:ありがとうね。じゃあ今日は解散しましょうか。
優也:あ、花帆さん、待ってください。
花帆:ん?どしたの?
優也:これ。少し早いですが、クリスマスプレゼントです。
花帆:え....これ....。
優也:あけてください。
花帆:あ...さっきのスノードーム。
優也:生活には必要ないものかもしれませんが、だからこそ、日々の生活に映えると思うんです。花帆さんの目のつくところに置いてくれると、嬉しいな、なんて。
花帆:ふふっ。このスノードームを見る度に、優也くんのことを思い出せるように、ってこと?
優也:えっ!い、いや、そ、そんなつもりじゃ......!
花帆:冗談。ありがと。すごく嬉しい。大切にするね。
優也:はい、大切にしてくれると嬉しいです!
花帆:それじゃあ、次は料理教室で、かな。またね。
優也:はい!また!
花帆:(M)その日、家に帰った私はスノードームをしばらく眺めていた。丸いスノードームの中には、雪だるまがぽつんと上を向いて佇んでいる。軽く降ると、雪が舞い上がった。その雪をあびている雪だるまは、幸せそうだった。
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花帆:(M)それから、私と優也は週に一回のペースで会うようになっていた。料理教室も毎回一緒に時間を決め、教室が終わったあとはカフェで夜まで話し込む。そんな日々を過ごしていた。いつしか、優也と会うのが1番の楽しみになってきていた。彼氏とは仕事の休みが合いにくいのもあり、しっかり時間をとって合う頻度は減りつつあった。だけど。やっぱりそれでも。私が1番大切にしないといけないのは彼氏で。彼氏も私のことを大切にしてくれているのはわかっているから。いつかは優也と会う日々も終わらせないといけないと、思っていた。
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花帆:(M)そして、冬が終わり、桜が咲き始める、3月中頃。私は、あの雑貨屋のカフェに、優也を呼んだ。伝えなければならない事があったから。
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優也:ここ来るの久しぶりですね!前に来たのはクリスマス前、でしたよね。
花帆:そうね。あのスノードーム、ちゃんと飾ってるよ。
優也:嬉しいなぁ。大切にしてくれてるんですね!....もう冬終わっちゃいましたけど。
花帆:うん。終わっちゃったんだよね。
優也:でも!次は春ですよ!桜も咲き始めてますし、今度お花見行きませんか?いいスポット、知ってるんですよ!
花帆:.....ごめんね、優也くん。一緒にお花見にはいけない。
優也:.....え?どうして、ですか?
花帆:先週ね。プロボーズされたの。彼氏に。
優也:え。
花帆:2年付き合ってきて、ついにっていうか、ようやくというか。
優也:そう、なんですね。
花帆:さすがに、結婚したら、こういうのもよくないかな、って。本当は最初から、こういうことするべきじゃなかったかもしれないんだけどさ。
優也:よ、よかったじゃないですか!花帆さん、料理もすごく上手いし、気配り上手だし、いいお嫁さんになりますよ!
花帆:ありがとう.....。
優也:だから、その.....幸せに.....。
花帆:.........。
優也:........っ。.....ごめんなさい、花帆さん。僕は最低な人間です。
花帆:...........。
優也:ごめんなさい、ごめんなさい。僕、花帆さんに幸せになってなんて言えないです.....!
花帆:優也くん....。
優也:ずっとずっとあなたが好きだったんです。彼氏がいるってわかっていながら、こうして毎週会って。会う度にあなたのことが好きになっていって。毎回毎回、少し期待している自分もいたんです。彼氏と別れていないかな、とか、上手くいってないといいな、とか。最低なのはわかってます。こういうこと言うのも、花帆さんを困らせるだけだっていうのもわかってます。でも......もう気づいたらあなたのことでいっぱいだったんです。
花帆:うん。.....うん。
優也:僕と幸せになって欲しかった.....!あなたとずっと一緒にいたかった!......ごめんなさい、花帆さんの幸せを願えない僕は最低な人間です。
花帆:優也くん。好きになってくれて、ありがとう。
優也:.....っ。花帆、さん...。
花帆:残酷なことしてしまった自覚はあるの。こうなる前に、もっと早くから私から断ち切っておくべきだった。ごめんなさい。
優也:.....でも、あなたと過ごした時間はすごく幸せでした。だから花帆さん、この時間がなかったらよかった、なんて思わないでください。僕も....僕も、あなたと過ごした時間は忘れません。あなたへの想いだけ.....忘れるようにします。
花帆:優也くん。....私もね、優也くんと過ごした時間は楽しかった。とても充実していた。ありがとう、私に素敵な時間をくれて。
優也:今まで、ありがとうございました。幸せに.......。......っ。
花帆:言わなくていい。大丈夫。
優也:ごめん、なさい。
花帆:(M)それから私たちはカフェを後にして、帰り道を一緒に歩いた。言葉はお互いに発さなかった。別れ道になって、私たちは何も言わず、しばらく見つめあった。
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花帆:今までありがとう。
優也:ありがとう、ございました。
花帆:(M)それだけ言葉を交わし、どちらからともなく抱きしめあった。彼の体温を感じて....私はそっと体を離した。
優也:花帆さん......さようなら。
花帆:うん。さようなら。
:
:
花帆:(M)私たちの冬は終わった。これから私は、新たな春を見すえて、冬の寒さを忘れて、生きていかないといけない。さよなら、楽しかった冬の思い出。私は、スノードームを自分のこの想いとともに、そっとしまいこんだ。
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花帆:(M)それから私は、婚約した彼氏と一緒に同棲を始め、結婚するための準備を進めていった。幸せになろう、と思っていた。だけど。最初はよかったものの、一緒に住むことで、だんだんお互いの価値観の違いが見えてくるようになってしまった。
花帆:同棲してから、彼は家事をやらなくなっていった。食事も洗濯も掃除も、全部私がやっている。せめて彼が休みの時は少しくらいやって欲しいと言ったのだが、はいはい、と返事されただけで改善はされなかった。
花帆:逆に、彼は私のお金の使い方が不満らしく、私が少し高級なスイーツを買って帰ると、決まって、”そんな無駄なことにお金を使うな”と言われてしまう。たまに贅沢をするくらいいいじゃないかと思うのだが、彼には理解できないようだった。。
花帆:そういう、互いの不満が少しずつ、少しずつたまっていき......気づいたら一緒に過ごすことが苦痛になっていった。
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花帆:(M)そして、1年が経った12月。私たちは婚約を解消した。お互いに納得する形で。悲しくはなかった。むしろ、解放されたような清々しい気持ちだった。彼は別に悪い人ではないし、酷いことをされたわけでもない。ただ、一緒にいるための価値観が合わなかったのだ。結婚する前に気づけてよかった、と。私はまたひとりになったのだ。
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花帆:(M)ひとりになって思い出すのは1年前のあの冬。彼は今頃、どうしているだろうか。あれから連絡することも無く、料理教室も辞めてしまったため、彼がどこで何をしているのか、全然知らない。
花帆:ふと私はあの雑貨屋のカフェに足を運んだ。
:
花帆:やっぱり、すごくオシャレだなぁ。
:
花帆:(M)外から中の商品を眺めながら、ここで彼にもらったスノードームを思い出す。1年前にしまい込んでから、ずっとそのままにしてある。同棲している時に飾ろうとは思わなかった。思い出してしまうから。でも、捨てることも出来るはずがなかった。
:
花帆:あ、スノードーム。昨年よりも種類いっぱいあるなぁ。
:
花帆:(M)せっかくだから、中に入って見てみようと店に入ろうとした時だった。
優也:あ....花帆、さん。
花帆:優也、くん。
:
花帆:(M)店から、今1番会いたいと思っていた人が現れた。
優也:お、お久しぶりです。
花帆:あ、うん、久しぶり、だね。
優也:あの、お元気、でしたか?
花帆:........どうだろう。あんまり元気じゃないかも。優也くんは?元気?
優也:まぁ、それなりに、ですかね。
花帆:そっか。
優也:......旦那さんとは上手くやっていますか?
花帆:............。
優也:花帆さん?
花帆:別れた。結婚する前に。
優也:えっ...。
花帆:結婚前に同棲したんだけど、いろいろと合わなくなっちゃってね。結婚してもお互い苦しいだけだって、そう結論出して、婚約破棄。..........笑っちゃうよね。
優也:そう、なんですか........。
花帆:うん。ダメだった。
優也:..............。
花帆:結婚する前でよかった、って安心はしてるけどね。..........優也くん、君は、
優也:あのっ!僕、結婚、したんです!
花帆:........っ!
優也:先週、入籍して、その、今は、式とか引越しとか、いろいろ、考えてて、えっと。
花帆:そっか。
優也:........1年前。失恋して荒れていた僕を支えてくれた人がいて、あなたを忘れるために、って付き合って......そのままスムーズにいって......それで......。
花帆:うん。そっか。
優也:..........僕、は。
花帆:相手は?どんな人?
優也:えっ。あ、えっと。会社の後輩です。
花帆:年下なんだ。
優也:はい。年下なんですけど、すごく頼りになる人で。僕の作った料理をとても美味しそうに食べてくれる人、で......っ!
花帆:いい人に出会えたね。
優也:.......っ。
花帆:(M)彼は、結婚相手のことを語っているとは思えないくらい、苦しそうで泣きそうな表情をしていた。きっと彼の中で、私が1年前に経験していた、ぐちゃぐちゃした感情と葛藤がうずまいているのだろう。
花帆:だから私は、1年前、彼が私に言えなかった言葉を口にした。今度はちゃんと、断ち切れるように。
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花帆:幸せになってね。
優也:........っ!
花帆:(M)彼は、はい、とは言わなかった。静かに涙を流し始めた彼を、私は最後にもう一度だけ強く抱きしめた。お互いの体温をしっかり感じて、私は体を離す。
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花帆:ばいばい。
:
花帆:(M)私は彼に背を向け、歩き出した。1度も振り返らなかった。彼の姿を目にしたら、閉じ込めているすべての感情が溢れてしまいそうだったから。
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花帆:(M)家に帰った私は、閉まっていたスノードームを取り出した。逆さまにして、元に戻す。キラキラと雪が舞い上がり.......しばらくして雪はすべて下に落ちた。
花帆:私は何度も何度もその動作を続けた。雪は舞い踊り続け、中心にいる雪だるまはその雪をただただ眺めている。
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花帆:(M)私たちは確かに両想いだった。お互いがお互いのかけがえのない存在。1番大好きな人。だけど、運命の糸は、私たちを引き合わせなかった。ただ、それだけだ。
花帆:もし、元カレよりも先に出会っていれば。もし、プロポーズされたときに断っていれば。もし、元カレと別れた時に彼が結婚していなければ。そんなたくさんのもしもが、私の脳内に雪のように降り注ぐ。
花帆:スノードームの中にいる孤独な雪だるまは、永遠に終わらない冬を過ごさなければならない。
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花帆:........っ。優也、くん......。
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花帆:(M)私の涙が、スノードームを濡らしていく。だけど、スノードームの中にある雪は溶けてくれない。スノードームの雪が溶けることはないのだろう。
花帆:スノードームに閉じ込めてしまったこの冬はずっと、ずっと、続いていく。
:
0:完