台本概要
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タイトル | やみこ、悩みすぎ! |
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作者名 | 七村 圭 (@kestnel) |
ジャンル | コメディ |
演者人数 | 2人用台本(女2) |
時間 | 30 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
やみこは中学三年生。趣味なし特技なし性格暗め。ちょっとしたことですぐに不安になり、家に帰るとか死んじゃうとか言い出すこまった子。そんなやみこと、中学で唯一の友人とのやりとりの記録。 ■配信での台本使用について ・配信媒体での使用は自由です。YouTube、ツイキャス、StandFM、ピカピカ、Discord等、収益化の有無を問わず使用可能です。アーカイブの公開も自由です。使用される際は作者名を概要欄や固定コメント等、どこかに表記してください。作者への連絡は不要です(ご連絡いただく分には大歓迎です)。 ・セリフや性別の変更可です。語尾の変更等ご自由にどうぞ。 ・演者様の性別・人数は問いません。一人二役や練習用に全て一人で読むこともOKです。 ・アドリブや笑い声等も入れて頂いて構いません。楽しくお使いください。 ■著作権について ・著作権は全て七村圭に帰属します。配信や私用目的以外のみだりな複製・配布・翻案・改変など著作権侵害にあたる行為はおやめください。また自作発言はいかなる使用目的でもおやめください。 251 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
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やみこ | 女 | 106 | 中学三年生。ひたすらネガティブ思考。なにかしら理由をみつけては家に帰ろうとする。スマホは孤独の敵なのでもたない主義。 |
咲 | 女 | 115 | 咲(さき)。やみこの同級生。面倒見がよく、いつもやみこのことを気にかけている。じつは校内で成績トップクラス。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:第1話 横断歩道の白線から足をふみはずした
0:
咲:おはよう、やみこ
やみこ:……おはよう
咲:朝からテンション低いね。もうちょっと元気だしなよ
やみこ:でも私、血圧低いし……ここまで歩いてくるだけでやっとだし……
咲:私も血圧低いから起きるのつらいけど――あ、ココア飲むとけっこう目が覚めるよ。試してみたら?
やみこ:効き目ない。たぶん、効き目ない。飲んだとしても血圧上がらない。私、ふつうの人より血圧低いし。っていうか私、血圧ないし
咲:血圧なかったら死んじゃうよ……
やみこ:でも私、ここに住み始めてから――あっ
咲:どうしたの?
やみこ:……白線から足をふみはずした
咲:白線――ああ、これ。横断歩道の
やみこ:ダメだ……死んじゃった……。もう帰る
咲:えっ、ちょ、ちょっと、やみこ!
0:第2話 黒い猫に横切られた
0:
咲:だめだよ、やみこ。ちゃんと学校いかなきゃ
やみこ:でも私、死んじゃったし……
咲:いや、死んでないってば
やみこ:今日は渡れたからいいけど……渡れなかったら私、死んでいたから
咲:そんなことで死なないよ……。あんまり死ぬ死ぬっていうの、よくないよ。ほら、もうすぐ学校――
やみこ:あっ
咲:えっ――あっ、黒猫! かわいい!
やみこ:……黒猫に横切られた
咲:ええと、や、やみこ?
やみこ:ダメだ……いま学校に行ったら、不吉なことが……
咲:それ迷信だよ、やみこ。大丈夫だから
やみこ:ううん。そんなことない。きっと学校のクツ箱に呪いがかけられていて、フタをあけた瞬間、私は黒猫になっちゃって、それからの一生を猫として過ごすことになるの。そんな私の姿をみて、代わりに私そっくりに変身した黒猫はほくそ笑みながら、私になりきって人間として生活する……
咲:想像力ふくらませすぎだよ、やみこ
やみこ:ダメだ。私、もう帰る
咲:あっ、やみこ!
0:第3話 くつひもが切れた
0:
咲:だからダメだって……学校行こうよ
やみこ:私、黒猫になっちゃうから……私、黒猫になっちゃうから……
咲:やみこ、なんでもいいから私に全体重あずけるのやめて……自立歩行して……!
やみこ:あっ
咲:えっ?
やみこ:くつひもが……
咲:足をひきずるからでしょ……。いいかげん立ってよやみこ
やみこ:くつひもが切れた……
咲:――あの、やみこ。まさか『不吉なことが』とか言い出すんじゃないよね
やみこ:……やっぱりダメだ。私、今日は学校に行っちゃダメなんだ。だってくつひもが切れた
咲:落ち着いてやみこ。くつひもは切れたんじゃなくて、ただほどけただけだから。ほら、よく見てよ
やみこ:――ひもの端の繊維が0.5ミリくらい切れてる
咲:えっ
やみこ:もうダメ。帰る
咲:やみこー!
0:第4話 恋の三次方程式なんて解けない
0:
咲:うーん……この数学の問題、xとyに、zまで出てきたら、やっぱり難しそうだね。――ねえ、やみこは解ける――って、やみこ? ど、どうしたの。顔、青ざめてるよ……?
やみこ:……三角関係だ
咲:えっ
やみこ:『x、y、zの値を求めよ』って、三角関係だ……。4xと12yだけなら簡単だったのに、7zが入ってきたことでドロドロの人間関係が始まるの。4xは12yのことが好きで、でも12yにはその気がなくて、むしろ7zのことを求めていたのに、その7zがじつは4xへひそかに思いをいだいていたから――
咲:な、なに言ってるのやみこ……?
やみこ:4xは熱意のある7zに少しずつ惹かれていって、そしたら12yは4xに嫉妬(しっと)して。でもそれを自覚できずに『なんで私、こんな気持ちに……あんなヤツ、どうでもよかったのに』って。そうしてふと見せた悲しそうな顔がまた4xの恋心に火をつけて。そして7zは4xのどっちつかずの態度に業を煮やして、ついに12yを呼びつけて『私と12y、どっちが大事なの』って。――ああ、こんな数式、だれにも解けるわけがない……
咲:やみこ、落ち着きなよ。恋愛小説の読みすぎだよ
やみこ:私、こんな複雑な問題、とても直視できない。もう帰る
咲:あっ、帰っちゃダメ!
0:第5話 ラッキーカラーがない
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0:(昼休み)
咲:いいなぁ、やみこ。いつもお弁当つくってもらえて
やみこ:……咲は、今日もコンビニ弁当
咲:まあね。うちの親、とも働きだから。あっ、すごーい、やみこ。キャラ弁じゃん
やみこ:…………ダメだ
咲:えっ、どこがダメなの? 全然いいじゃん。『ぐでたま』でしょ。すごくよくできてるよ
やみこ:ダメだ……もうダメだ……ううう
咲:やみこ、ちょっ、だいじょうぶ? なにがダメなの
やみこ:ラッキーカラーが入ってない
咲:えっ
やみこ:今日の私のラッキーカラー『ブラッディレッド』だったのに、それっぽい色の食べ物、ひとつもない
咲:ラッキーカラーが血の色って、どんな占いみたの……。ラッキーカラーが入ってなくても、十分りっぱなキャラ弁だからいいじゃん
やみこ:よくない。この弁当を食べたとたん、私の今日の運気は急降下するの
やみこ:五時間目の授業、体育でバドミントンだから、だれかがネットを張ろうとするんだけど、その人が手を滑らせて、勢いで飛んできたネットのひもが私の顔にあたって、びっくりした私がのけぞったところにネットの柱があって、そこに私は後頭部をぶつけてしまうの。意識を失った私が目覚めたときには、すべての記憶を失ってしまっていて――
咲:や、やみこ、考えすぎにもほどがあるよ?
やみこ:もうダメ。帰る
咲:あっ、帰っちゃダメだって!
0:第6話 イヤホンで洗脳
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咲:止まりたい~♪ でも止められない~よ~♪
やみこ:……ねえ
咲:永遠のきら――あっ、やみこ? ごめん、イヤホンつけてて気づかなかった!
やみこ:……ねえ、スマホでなに聴いてるの
咲:えっ。やみこ、音楽には興味ないんじゃなかったの?
やみこ:……私もそろそろ人並みの趣味を見つけようって、思ったの
咲:へえ、意外……。あ、ううん! やみこだって努力してるんだもんね! じゃあ、これ聴くといいよ。すっごくいい曲だから
やみこ:なんていう曲
咲:『ユメノミライ』っていうの
やみこ:ゆめの……ちょっと聴いてもいい
咲:うん、もちろん! はい、イヤホン
やみこ:………………うっ
咲:どうしたの、やみこ。はやく聴かないと、曲終わっちゃうよ
やみこ:……やっぱりダメ
咲:えっ
やみこ:咲が聞いていたのはじつは曲じゃなくて、他人を洗脳するための記憶操作音だったら
咲:……はい?
やみこ:このイヤホンをつけたとたん、私の耳に『キーン』っていう音が聞こえて、そのとたん、私の意識が消えるの。目覚めた私はすでに記憶を改ざんされていて、この世の全ての中学校を支配する悪の組織の忠実なるしもべになっているの。教師も生徒も思い通りに動かせる理想郷、『ユメノミライ』を築くのだ、わはは、って……
咲:や、やみこ。曲のタイトルからそこまで想像するなんてすごいけど、やっぱり考えすぎだよ……
やみこ:私は悪の組織には加担できない。帰る
咲:あっ、だからなんで帰るのっ?
0:第7話 スマホは孤独の敵
0:
咲:やみこもスマートフォン持てばいいのに。そうすれば『ユメノミライ』いつでも聴けるよ?
やみこ:ダメ。私、スマホは持てない
咲:あ、親が禁止してるとか?
やみこ:ううん。親からは『あんた暗いんだから、友だちとつながれるスマホ一台くらい持っていたほうがいい』ってむしろ勧められてる
咲:自分の娘に『暗い』ってはっきり言う親もどうなんだろう……。えっと、じゃあ、なんで持たないの?
やみこ:スマホを持っていたら、いつでもどこでもだれとでも連絡とれる
咲:まあ、街中ならだいたいね
やみこ:そんなの私、耐えられない。いつでもどこでもだれかから連絡がくるかもって、そんな状況、ぜんぜん落ち着かない。スマホは孤独の敵。スマホは孤独の敵……
咲:や、やみこ?
やみこ:もし私のアカウントがだれかからもれて、知らない人から四六時中ラインがきたら……いたずら電話とかいっぱいきたら……。そんな心配するくらいなら、スマホなんていらない……
咲:そんなことないよ。知らない人から電話とか、普通に使ってたらあり得ないから
やみこ:でも逆に、もしだれからも連絡がこなかったら、それはそれで私の友だちの少なさを再認識することになるだけだし、やっぱりムリ
咲:連絡こないのもダメなんだね……
やみこ:もうダメ。こんなこと考えてたらヘコんできた。帰る
咲:だから帰っちゃダメ!
0:第8話 イケメン教師にはきっと裏の顔がある
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咲:英語の前田先生ってカッコいいよね~。え、東大卒なの!? すごーい! でも頭の良さを鼻にかけてないところがいいよね! ――ねえ、やみこはどう思う?
やみこ:……なんのはなし
咲:英語の前田先生、カッコいいよねー、っていう話
やみこ:前田先生……
咲:あれ、やみこはあんまり興味ない感じ?
やみこ:前田、先生……まえ、だ……
咲:えっ、やみこ? 急にふるえ出したりして、大丈夫?
やみこ:ダメ……前田先生はダメ……
咲:ちょ、ど、どうしたの? 前田先生がなんでダメなの?
やみこ:あの生徒を射ぬくようなまなざし――あの教師は、きっと私たちの心が読めるに違いない
咲:え
やみこ:いつも問題を答えさせようと当てるふりをして、その瞬間に私たちの学力を読み取っているの。そしてあいつはほくそ笑むんだわ。『ああ、こいつらやっぱり僕よりバカだ』って。そうやってひそかな優越感に浸ることがあの教師の最上の喜びなの。優しい笑顔にだまされて、私たちはナルシストでサイコパスなあいつの本性が見えなくなっているだけ
咲:警戒するにもほどがあるよ、やみこ……
やみこ:そんなことない。だってあの教師、いつも意味不明の言語で話しかけてくる。『はうどぅゆうどぅ』とか『ないすとぅみーちゅー』とか。どうせ分からないだろって、私たちをバカにしている証拠
咲:そういえばやみこ、英語すごく苦手だったよね……
やみこ:前田先生、顔はタイプだけど性格が恐いからムリ。そして次の授業は英語。帰る
咲:あ、待って! 結局タイプなの!?
0:第9話 エンターテイメント空間は危険がいっぱい
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咲:放課後だね、やみこ。あ、そうだ。今度の土曜日、ユキとマナミといっしょに三橋のグランドワンで遊ぶんだけど、いっしょにこない?
やみこ:(警戒した様子で)ユキと、マナミ
咲:うん。二人とも、やみこと遊んでみたいって言ってたから、心配ないよ。予定ないなら行こ? ぜったい楽しいよ
やみこ:グランドワンって、スポーツとかゲームとかができるところでしょ
咲:そうそう。複合エンターテイメント空間、っていうのかな
やみこ:――でも、複合エンターテイメント空間っていいながら、危険なものがいっぱいある
咲:危険なもの? そんなのないよ。私もよく遊びに行ってるけど。ボーリングとか、バスケットボールとか、そんなのだけだし
やみこ:気づいてないだけ。私にはわかる。危険が危なくてデンジャーがヤバいの
咲:なにそれ……。じゃあ例えば、ボーリングは?
やみこ:球が重すぎて落としてしまって足の指を骨折するかもしれないからダメ
咲:じゃあバスケは?
やみこ:投げたボールがゴールのリングにあたってはね返ってきて私の顔面にあたって鼻を骨折するかもしれないからダメ
咲:じゃあテニスは?
やみこ:スマッシュされたボールが私の顔面にあたって鼻を骨折するかもしれないからダメ
咲:じゃあ卓球は?
やみこ:ボールを打とうと必死になるあまり足をすべらせてテーブルの角に顔をぶつけて鼻を骨折するかもしれないからダメ
咲:じゃあローラースケートは?
やみこ:よそ見している人が私の後ろからぶつかってきてお互い鼻を骨折とかするかもしれないからダメ
咲:じゃあカラオケは?
やみこ:ダメ
咲:やみこ、いつもながら考えすぎだよ……
やみこ:私はみんなの方が分からない。なんであんなに危険が潜んでいるところにわざわざ喜んで行くの。帰る
咲:あっ、いいけどダメ!
0:第10話 『また明日ね』は死亡フラグ
0:
0:(下校中)
咲:やみこ、一日に何度も帰ろうとしちゃだめだよ……
やみこ:だって学校にいると不安になることが多すぎるし……私、臆病だし……
咲:臆病っていうか、いつも考えすぎなんだよ、やみこは。想像力をはたらかせるのもいいけど、あんまり深く考えないことも大事だと思うよ?
やみこ:でも、どうしても考えちゃうし、考えたらイヤな想像しか出てこないし、それが本当になったら私、耐えられないし
咲:ならないよ……。前田先生が人の心を読めるとか、絶対ありえないし。あ、週末のグランドワン、また誘うからね
やみこ:行かないって言ったのに……
咲:ダメだよ、やみこ。一回来たら安全だって分かるから。あ、じゃあ私、こっちだから。また明日ね!
やみこ:また明日……あっ
咲:えっ、やみこ? どうしたの
やみこ:フラグ……死亡フラグが立っちゃった……
咲:死亡フラグ?
やみこ:『また明日ね』って言いながら別れたら、もう二度と会えないの。この前読んだ小説に、そう書いてあった
咲:(ため息)やみこ、小説の設定を現実に持ち込むクセ、やめた方がいいよ……。あ、やば。塾の時間に遅れる。じゃあ、また明日ね!
やみこ:あっ
やみこ:【語り】私のほうをふり返りながら走る咲。その右手がバイバイと少しだけ横に振れたとき、丁字路へとびだした彼女に、右からやってきた一台のトラックが猛スピードでつっこんできた。
やみこ:咲の体が、まるで人形のように力なく宙を舞った。
0:第11話 友人の死
0:
やみこ:【語り】病院の暗い待合室で、私はうつむいていた。
やみこ:黒く長い髪を流すように下へ垂らし、ひとことも発しないまま、薄汚れたクリーム色の床を魂が抜けたように見つめる。
やみこ:そのときの私は、わざと自分の心をからっぽにしていたのだと思う。
やみこ:
やみこ:中学で唯一の友人が、目の前で車にはねられた。
やみこ:人をはねてしまい、狼狽(ろうばい)していた若いトラックの運転手からスマホを奪うようにしてとり、私はすぐに救急車を呼んだ。
やみこ:頭から血を流して横たわる咲を前に、私はいままで出したことのないくらい大きな声で、119番をかけていた。
やみこ:早く……早く、きて! 友だちが――
やみこ:私の友だちが、死んじゃう――!
やみこ:
やみこ:私の前には、同じように沈んだ顔を床へ向けながら肩をふるわせる、咲の両親がいた。
やみこ:生死の淵(ふち)をさまよっているはずの娘。混乱と絶望の中、二人とも平静を保つことすら難しいはずだった。
やみこ:私も――
やみこ:さっきまで普通に話していた友人が、その直後に大きな車にはじき飛ばされた、その光景を思い出すたび、私の胸は締まるように痛み、無残な記憶の映像をかき消すのに精いっぱいだった。
やみこ:
やみこ:どれほどの時間が経っただろう。
やみこ:ただ、友人が助かってほしい。それだけを願っていた。
やみこ:だけど――
やみこ:集中治療室のドアが開き、中から現れた執刀医の表情をみつけたとたん、嫌な予感が胸をかけめぐった。
やみこ:咲の両親が医師のもとへかけよる。不安の色が濃い二人の顔つきに、医師はそっとまぶたを伏せた。
やみこ:
やみこ:――残念ながら。
やみこ:
やみこ:死の宣告となるその言葉を聞いた瞬間、父親は立ち尽くし、母親は泣き崩れた。
やみこ:まだ中学生の娘が、交通事故で――。
やみこ:そんな光景を、私は少し後ろから、ぼうぜんとながめるしかなかった。
やみこ:からっぽだった心に、これまでの友人の記憶が思い起こされる。
やみこ:笑った顔、楽しそうな顔、困った顔。
やみこ:いつも私を気にかけてくれる、私の大切な友人。
やみこ:
やみこ:咲。
やみこ:
やみこ:友人の名前をひとことだけつぶやいてみた。それが私の心の蛇口を開く合図だった。
やみこ:両のほおに、いつのまにか涙が流れていた。戸惑う私はそれを止めようとしたけど、あとからあとからそれはあふれ、リノリウムの床に幾重(いくえ)もの染みをつくった。
やみこ:私は人生で初めて、心から泣いた。一人の人間の命が失われたことに。ただひとりの友人の命が、あまりにあっさり消えてしまったことに。【語り終】
やみこ:
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やみこ:――っていうことになるかもしれないからダメ
咲:やみこ………………。
咲:そういうの、想像力の無駄づかいっていうんだよ……
0:第12話 卒業式
0:
0:(校門前)
咲:お別れだね、やみこ
やみこ:……お別れっていっても、遠くに行くわけじゃないし
咲:そうなんだけど、もう高校からは一緒の学校じゃないって思ったら、なんだか寂しい気がして
咲:――ごめん。なんか涙が出てきちゃった
やみこ:咲の学校、県内一の進学校なんでしょ。がんばってね……
咲:うん。やみこの方こそ、高校にいってもずっと変わらないでいてね
やみこ:ずっと変わらないで……そ、そんな……
咲:ど、どうしたの、やみこ
やみこ:私、高校では変わろうと思っていたから……
咲:えっ
やみこ:私、いまの自分がキラい。いまのままだと友だちもできないし、どうせ暗い未来しか待ってない。だから変わらなくちゃいけない……
やみこ:でも咲に『変わらないで』って言われたら、もうどうすればいいか分からない。変わりたい。変われない。どうしようどうしよう
咲:お、落ち着いて! そんなに深い意味で言ったんじゃないから。やみこが変わりたいなら、それでいいと思うよ
やみこ:……本当に?
咲:うん。やみこが変わりたいっていうなら、私、応援するから!
やみこ:咲……
咲:だから、元気だして、やみこ
やみこ:……うん。じゃあ変わる。ぜったい変わる。高校に行ったら私は変わる。もう私は昔のやみこじゃない。じゃあ帰る
咲:あ、待ってやみこ! 私も帰るから!
0:最終話 高校に行っても
0:
0:(咲が手紙を書くように)
咲:【語り】五か月後。
咲:私は、やみこと家の近くにあるカフェで待ち合わせています。
咲:中学を卒業してから今日まで、やみことは会っていませんでした。
咲:やみこがスマホをもっていないから――というのは言い訳で、本当のところはなんとなく会う気になれなかっただけです。
咲:そのまま夏休みを迎え、ふと私はやみこに会いたくなって、メールを送ったのでした。
咲:
咲:ひさしぶりにやみこと会う。
咲:以前は毎日顔を合わせていたから、半年近く離れていただけでもずっと長いあいだ会っていないような感覚があります。
咲:私はそんな緊張感にも似た期待とともに、だけどもうひとつ、少し暗い気持ちも抱えていたのでした。
咲:
咲:県内一の進学校に入学した私。
咲:中学では、自分で言うのもなんですけどけっこう優等生で、つねに成績は学年上位でした。
咲:ですが高校では、自分以上の学力の生徒がたくさんいて、勉強にもついていけません。
咲:そんな悩みが顔にも表れていたのか、友人もなかなかできませんでした。
咲:自分から、同級生の輪の中に入っていくことができない。強い劣等感を感じている状態で、他人の顔を見ることすら、怖くなりました。
咲:高校に入学するまでの学校生活で、こんな経験をしたことはありませんでした。私は自分がどうすればいいのか、いまも分からずにいます。
咲:
咲:ある日から、私は自分の感情をごまかすことにしました。
咲:教室内では、がんばって元気ぶって。勉強ができなくても平気だという顔をして過ごして。
咲:テストの点数が悪くても、気に留めないふりをしました。
咲:すると、すぐに友人はできました。でもそれは、辛い内心を隠したままのつきあい。
咲:仲間外れになりたくないための、仮の自分を演じながら話す教室内での会話は、正直、私にとって苦痛です。
咲:こんな気持ちのままやみこに会うのにためらいがあって、いままでやみことは連絡をとらなかった――とれなかった、んです。
咲:なぜいまになって、やみこに会いたくなったのか。自分でもわかりません。
咲:むしろ会うことで、よけいに暗い気持ちになったりしないか。
咲:やみこの明るいとはいえない性格に引きずられて。
咲:不安を抱えたまま、カフェの窓際の席で待っていた私の目に、店内に入ってきたばかりのやみこの姿が映りました。【語り終】
咲:
咲:やみこ、こっちだよ
やみこ:あっ、咲! ひさしぶりー!!
咲:えっ、やみこ……? ほんとうにやみこ?
やみこ:あったりまえでしょ? もう私の顔、忘れた? 咲、元気だった!? 私はすごく元気よ!
咲:あ、うん。そう……だ、ね
やみこ:どうしたの? 咲、なにかイヤなことでもあった? じゃあ私に言ってみてよ! 私、全力で咲をはげましちゃうから!!
咲:いや、その……や、やみこ。口は笑ってるみたいだけど……目がぜんぜん笑ってないよ
やみこ:えっ!? 目!? 私、目が笑ってない!!??
咲:やみこ……元気なふりをするのはいいけど、ムリしなくていいよ
やみこ:どうして!? 私、こんなに明るいのに!!
咲:そ、それ! 口元引きつっちゃってるし、つくり笑顔なの丸わかりだよ
やみこ:そんなことないよ! 私、すごく元気だもの!! ほらこんなに明るいし!!
咲:やたらと声を張り上げるのも、違和感大アリだよ……?
やみこ:そ、そんな……
咲:と、とにかくいったん座ろっか……。あ、店員さん、なんでもありません、大丈夫ですから……。あっ、あの、カプチーノのケーキセット二つ、お願いします
咲:
咲:【語り】それからやみこは、高校に入ってからのことをブツブツと語り始めたのでした。
やみこ:――高校に入ったら『私、変わるんだ』って決めて、入学式のときからこんなにポジティブになったのに、やっぱり友だちできないし……私、どうしていいか……
咲:あんな強制された笑顔みせられたら、だれでも怖がるよ……
やみこ:まだポジティブさが足りないのかな……もっと元気な感じで……。そうだ、家を出た瞬間から一秒ももらさず笑顔にしていれば、自然と同級生が話しかけてきてくれるはず……
咲:いや、それはやめたほうがいいと思う。たぶん
やみこ:どうして。咲みたいに明るい性格になれば、私にもすぐに友だちができると思ったのに。うう……
咲:私みたいに、明るい性格……
咲:
咲:【語り】うなだれるやみこを前に、私は気づきました。
咲:自然でいられた、中学生のころの自分。
咲:やみこにとっての私は、あのころの私のままであることに。【語り終】
咲:
咲:――やみこは、やみこのままでいいのに
やみこ:……えっ
咲:私、暗いやみこが好きだよ。性格が明るいか暗いかなんて、そんなの友だちつくるのに関係ないよ。自分が一番自分らしくいられる性格でいいじゃん。無理せずありのままでいる方が、友だちだってできると思う。自分にウソついたって、いつかばれるもん。だから、やみこはそのままでいいんだよ
咲:
咲:【語り】それは、いつのまにか自分自身に言い聞かせる言葉になっていました。
咲:無理せず、ありのままで。
咲:自分が一番自分らしくいられる性格で。【語り終】
咲:
咲:――なんか、アナ雪みたいなセリフになっちゃったね
やみこ:そのままで、いい……本当に、いいの……?
咲:うん。やみこが一番落ち着く性格でいいって、私は思う。少なくとも、私はやみことずっと友達だから
やみこ:咲……
咲:あの……じつは、私もね――
やみこ:でも私、やっぱりダメだ……
咲:えっ、やみこ?
やみこ:だってこの性格のままだったら、もし友だちができたとしてもろくに話もできないし、そうしたら相手を暗くさせるだけだし、教室の雰囲気も私がいるだけで暗くなるし、学校を卒業して働き始めたら職場も暗くなるし、彼氏なんてとてもできないし、万一できたとしても、相手は絶対暗い人間だし、もし結婚して子どもができたらその子供は私以上に暗くなるのは間違いないし、そのまま暗いおばさんになって、暗いおばあちゃんになって、死んでも暗いからきっと天国になんかいけずに地縛霊とかになっちゃって――
咲:【語り】つぶやき続けるやみこを見ながら、私はいつのまにか自分の中にあった不安がやわらぐのを感じていました。
咲:やっぱり、いつものやみこがいい。たぶんやみこも、私に対して、そう思ってくれている。
咲:だから私も、いつもの私に戻ろう。
咲:やみこの前でも、いまの学校でも。
咲:自分のままでいられた、私に。いま、私自身がやみこに言ったように。【語り終】
咲:
咲:性格が暗くて天国に行けないなんてことないよ。っていうか、先のことまで考えすぎだよ、やみこ
やみこ:ううん。きっとそうなる。絶対そうなる。――あ、でも私、おばあちゃんまできっと生きられない。私が座っているこのイスの脚がとつぜん折れて、私は床に頭をぶつけて、打ちどころが悪くて死ぬかもしれない
咲:いや、そんなことないってば
やみこ:じゃあ、これからくるデザインカプチーノのハートの部分に毒が仕込まれていて、私はそれを飲んで吐血して死ぬかもしれない
咲:いや、そんなことないってば
やみこ:じゃあ、この店内に強盗が押しかけてきて、お金を要求するのにスタッフが断ったから、見せしめに私が銃で撃たれて死ぬかもしれない
咲:いや、そんなことないってば
やみこ:じゃあ、私たちが外に出たとたん、空から巨大な隕石が降ってきて、人類みんな死ぬかもしれない
咲:いや、そんなことないってば。やみこ、死ぬ死ぬって言ってると、本当に――。
咲:あれっ、スマホが鳴ってる。なんだろ……。
咲:Jアラート――緊急速報メール?
咲:『日本に巨大な隕石(いんせき)が接近中。あと十数秒後に落ちます。市民の皆様、避難して下さい』えっ?
咲:ってか、みんな避難してる!? えっ、えっ……?
咲:
咲:【語り】私は店の外に出ました。空を見上げると、燃えるように赤く、徐々にシルエットの大きくなる巨大な円が、空を駆け下りてきていました。【語り終】
咲:
咲:うそでしょ――
咲:
咲:【語り】避難しないと。どこかへ。
咲:どこへ――?
咲:非現実的な光景を目の前にして、私は理解しました。
咲:これが、世界の終わりなんだ、と。
咲:もうどうすることもできない。
咲:耳に届く、すさまじいごう音。
咲:こんなにあっさり、人間の命って消えるんだ。
咲:理不尽すぎるよ。
咲:私は涙も出ないまま、最後の数秒を、ただ空を見上げて過ごすしかありませんでした。
咲:
咲:
咲:
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咲:
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咲:
咲:
咲:
咲:
咲:
咲:
やみこ:――っていうことになるかもしれないから、やっぱりダメ
咲:やみこ……。
咲:そのたくましい想像力、ぜったい何かにつかえると思うよ……
咲:
咲:【語り】やっぱり、やみこといる時間は、楽しい。
0:END
0:第1話 横断歩道の白線から足をふみはずした
0:
咲:おはよう、やみこ
やみこ:……おはよう
咲:朝からテンション低いね。もうちょっと元気だしなよ
やみこ:でも私、血圧低いし……ここまで歩いてくるだけでやっとだし……
咲:私も血圧低いから起きるのつらいけど――あ、ココア飲むとけっこう目が覚めるよ。試してみたら?
やみこ:効き目ない。たぶん、効き目ない。飲んだとしても血圧上がらない。私、ふつうの人より血圧低いし。っていうか私、血圧ないし
咲:血圧なかったら死んじゃうよ……
やみこ:でも私、ここに住み始めてから――あっ
咲:どうしたの?
やみこ:……白線から足をふみはずした
咲:白線――ああ、これ。横断歩道の
やみこ:ダメだ……死んじゃった……。もう帰る
咲:えっ、ちょ、ちょっと、やみこ!
0:第2話 黒い猫に横切られた
0:
咲:だめだよ、やみこ。ちゃんと学校いかなきゃ
やみこ:でも私、死んじゃったし……
咲:いや、死んでないってば
やみこ:今日は渡れたからいいけど……渡れなかったら私、死んでいたから
咲:そんなことで死なないよ……。あんまり死ぬ死ぬっていうの、よくないよ。ほら、もうすぐ学校――
やみこ:あっ
咲:えっ――あっ、黒猫! かわいい!
やみこ:……黒猫に横切られた
咲:ええと、や、やみこ?
やみこ:ダメだ……いま学校に行ったら、不吉なことが……
咲:それ迷信だよ、やみこ。大丈夫だから
やみこ:ううん。そんなことない。きっと学校のクツ箱に呪いがかけられていて、フタをあけた瞬間、私は黒猫になっちゃって、それからの一生を猫として過ごすことになるの。そんな私の姿をみて、代わりに私そっくりに変身した黒猫はほくそ笑みながら、私になりきって人間として生活する……
咲:想像力ふくらませすぎだよ、やみこ
やみこ:ダメだ。私、もう帰る
咲:あっ、やみこ!
0:第3話 くつひもが切れた
0:
咲:だからダメだって……学校行こうよ
やみこ:私、黒猫になっちゃうから……私、黒猫になっちゃうから……
咲:やみこ、なんでもいいから私に全体重あずけるのやめて……自立歩行して……!
やみこ:あっ
咲:えっ?
やみこ:くつひもが……
咲:足をひきずるからでしょ……。いいかげん立ってよやみこ
やみこ:くつひもが切れた……
咲:――あの、やみこ。まさか『不吉なことが』とか言い出すんじゃないよね
やみこ:……やっぱりダメだ。私、今日は学校に行っちゃダメなんだ。だってくつひもが切れた
咲:落ち着いてやみこ。くつひもは切れたんじゃなくて、ただほどけただけだから。ほら、よく見てよ
やみこ:――ひもの端の繊維が0.5ミリくらい切れてる
咲:えっ
やみこ:もうダメ。帰る
咲:やみこー!
0:第4話 恋の三次方程式なんて解けない
0:
咲:うーん……この数学の問題、xとyに、zまで出てきたら、やっぱり難しそうだね。――ねえ、やみこは解ける――って、やみこ? ど、どうしたの。顔、青ざめてるよ……?
やみこ:……三角関係だ
咲:えっ
やみこ:『x、y、zの値を求めよ』って、三角関係だ……。4xと12yだけなら簡単だったのに、7zが入ってきたことでドロドロの人間関係が始まるの。4xは12yのことが好きで、でも12yにはその気がなくて、むしろ7zのことを求めていたのに、その7zがじつは4xへひそかに思いをいだいていたから――
咲:な、なに言ってるのやみこ……?
やみこ:4xは熱意のある7zに少しずつ惹かれていって、そしたら12yは4xに嫉妬(しっと)して。でもそれを自覚できずに『なんで私、こんな気持ちに……あんなヤツ、どうでもよかったのに』って。そうしてふと見せた悲しそうな顔がまた4xの恋心に火をつけて。そして7zは4xのどっちつかずの態度に業を煮やして、ついに12yを呼びつけて『私と12y、どっちが大事なの』って。――ああ、こんな数式、だれにも解けるわけがない……
咲:やみこ、落ち着きなよ。恋愛小説の読みすぎだよ
やみこ:私、こんな複雑な問題、とても直視できない。もう帰る
咲:あっ、帰っちゃダメ!
0:第5話 ラッキーカラーがない
0:
0:(昼休み)
咲:いいなぁ、やみこ。いつもお弁当つくってもらえて
やみこ:……咲は、今日もコンビニ弁当
咲:まあね。うちの親、とも働きだから。あっ、すごーい、やみこ。キャラ弁じゃん
やみこ:…………ダメだ
咲:えっ、どこがダメなの? 全然いいじゃん。『ぐでたま』でしょ。すごくよくできてるよ
やみこ:ダメだ……もうダメだ……ううう
咲:やみこ、ちょっ、だいじょうぶ? なにがダメなの
やみこ:ラッキーカラーが入ってない
咲:えっ
やみこ:今日の私のラッキーカラー『ブラッディレッド』だったのに、それっぽい色の食べ物、ひとつもない
咲:ラッキーカラーが血の色って、どんな占いみたの……。ラッキーカラーが入ってなくても、十分りっぱなキャラ弁だからいいじゃん
やみこ:よくない。この弁当を食べたとたん、私の今日の運気は急降下するの
やみこ:五時間目の授業、体育でバドミントンだから、だれかがネットを張ろうとするんだけど、その人が手を滑らせて、勢いで飛んできたネットのひもが私の顔にあたって、びっくりした私がのけぞったところにネットの柱があって、そこに私は後頭部をぶつけてしまうの。意識を失った私が目覚めたときには、すべての記憶を失ってしまっていて――
咲:や、やみこ、考えすぎにもほどがあるよ?
やみこ:もうダメ。帰る
咲:あっ、帰っちゃダメだって!
0:第6話 イヤホンで洗脳
0:
咲:止まりたい~♪ でも止められない~よ~♪
やみこ:……ねえ
咲:永遠のきら――あっ、やみこ? ごめん、イヤホンつけてて気づかなかった!
やみこ:……ねえ、スマホでなに聴いてるの
咲:えっ。やみこ、音楽には興味ないんじゃなかったの?
やみこ:……私もそろそろ人並みの趣味を見つけようって、思ったの
咲:へえ、意外……。あ、ううん! やみこだって努力してるんだもんね! じゃあ、これ聴くといいよ。すっごくいい曲だから
やみこ:なんていう曲
咲:『ユメノミライ』っていうの
やみこ:ゆめの……ちょっと聴いてもいい
咲:うん、もちろん! はい、イヤホン
やみこ:………………うっ
咲:どうしたの、やみこ。はやく聴かないと、曲終わっちゃうよ
やみこ:……やっぱりダメ
咲:えっ
やみこ:咲が聞いていたのはじつは曲じゃなくて、他人を洗脳するための記憶操作音だったら
咲:……はい?
やみこ:このイヤホンをつけたとたん、私の耳に『キーン』っていう音が聞こえて、そのとたん、私の意識が消えるの。目覚めた私はすでに記憶を改ざんされていて、この世の全ての中学校を支配する悪の組織の忠実なるしもべになっているの。教師も生徒も思い通りに動かせる理想郷、『ユメノミライ』を築くのだ、わはは、って……
咲:や、やみこ。曲のタイトルからそこまで想像するなんてすごいけど、やっぱり考えすぎだよ……
やみこ:私は悪の組織には加担できない。帰る
咲:あっ、だからなんで帰るのっ?
0:第7話 スマホは孤独の敵
0:
咲:やみこもスマートフォン持てばいいのに。そうすれば『ユメノミライ』いつでも聴けるよ?
やみこ:ダメ。私、スマホは持てない
咲:あ、親が禁止してるとか?
やみこ:ううん。親からは『あんた暗いんだから、友だちとつながれるスマホ一台くらい持っていたほうがいい』ってむしろ勧められてる
咲:自分の娘に『暗い』ってはっきり言う親もどうなんだろう……。えっと、じゃあ、なんで持たないの?
やみこ:スマホを持っていたら、いつでもどこでもだれとでも連絡とれる
咲:まあ、街中ならだいたいね
やみこ:そんなの私、耐えられない。いつでもどこでもだれかから連絡がくるかもって、そんな状況、ぜんぜん落ち着かない。スマホは孤独の敵。スマホは孤独の敵……
咲:や、やみこ?
やみこ:もし私のアカウントがだれかからもれて、知らない人から四六時中ラインがきたら……いたずら電話とかいっぱいきたら……。そんな心配するくらいなら、スマホなんていらない……
咲:そんなことないよ。知らない人から電話とか、普通に使ってたらあり得ないから
やみこ:でも逆に、もしだれからも連絡がこなかったら、それはそれで私の友だちの少なさを再認識することになるだけだし、やっぱりムリ
咲:連絡こないのもダメなんだね……
やみこ:もうダメ。こんなこと考えてたらヘコんできた。帰る
咲:だから帰っちゃダメ!
0:第8話 イケメン教師にはきっと裏の顔がある
0:
咲:英語の前田先生ってカッコいいよね~。え、東大卒なの!? すごーい! でも頭の良さを鼻にかけてないところがいいよね! ――ねえ、やみこはどう思う?
やみこ:……なんのはなし
咲:英語の前田先生、カッコいいよねー、っていう話
やみこ:前田先生……
咲:あれ、やみこはあんまり興味ない感じ?
やみこ:前田、先生……まえ、だ……
咲:えっ、やみこ? 急にふるえ出したりして、大丈夫?
やみこ:ダメ……前田先生はダメ……
咲:ちょ、ど、どうしたの? 前田先生がなんでダメなの?
やみこ:あの生徒を射ぬくようなまなざし――あの教師は、きっと私たちの心が読めるに違いない
咲:え
やみこ:いつも問題を答えさせようと当てるふりをして、その瞬間に私たちの学力を読み取っているの。そしてあいつはほくそ笑むんだわ。『ああ、こいつらやっぱり僕よりバカだ』って。そうやってひそかな優越感に浸ることがあの教師の最上の喜びなの。優しい笑顔にだまされて、私たちはナルシストでサイコパスなあいつの本性が見えなくなっているだけ
咲:警戒するにもほどがあるよ、やみこ……
やみこ:そんなことない。だってあの教師、いつも意味不明の言語で話しかけてくる。『はうどぅゆうどぅ』とか『ないすとぅみーちゅー』とか。どうせ分からないだろって、私たちをバカにしている証拠
咲:そういえばやみこ、英語すごく苦手だったよね……
やみこ:前田先生、顔はタイプだけど性格が恐いからムリ。そして次の授業は英語。帰る
咲:あ、待って! 結局タイプなの!?
0:第9話 エンターテイメント空間は危険がいっぱい
0:
咲:放課後だね、やみこ。あ、そうだ。今度の土曜日、ユキとマナミといっしょに三橋のグランドワンで遊ぶんだけど、いっしょにこない?
やみこ:(警戒した様子で)ユキと、マナミ
咲:うん。二人とも、やみこと遊んでみたいって言ってたから、心配ないよ。予定ないなら行こ? ぜったい楽しいよ
やみこ:グランドワンって、スポーツとかゲームとかができるところでしょ
咲:そうそう。複合エンターテイメント空間、っていうのかな
やみこ:――でも、複合エンターテイメント空間っていいながら、危険なものがいっぱいある
咲:危険なもの? そんなのないよ。私もよく遊びに行ってるけど。ボーリングとか、バスケットボールとか、そんなのだけだし
やみこ:気づいてないだけ。私にはわかる。危険が危なくてデンジャーがヤバいの
咲:なにそれ……。じゃあ例えば、ボーリングは?
やみこ:球が重すぎて落としてしまって足の指を骨折するかもしれないからダメ
咲:じゃあバスケは?
やみこ:投げたボールがゴールのリングにあたってはね返ってきて私の顔面にあたって鼻を骨折するかもしれないからダメ
咲:じゃあテニスは?
やみこ:スマッシュされたボールが私の顔面にあたって鼻を骨折するかもしれないからダメ
咲:じゃあ卓球は?
やみこ:ボールを打とうと必死になるあまり足をすべらせてテーブルの角に顔をぶつけて鼻を骨折するかもしれないからダメ
咲:じゃあローラースケートは?
やみこ:よそ見している人が私の後ろからぶつかってきてお互い鼻を骨折とかするかもしれないからダメ
咲:じゃあカラオケは?
やみこ:ダメ
咲:やみこ、いつもながら考えすぎだよ……
やみこ:私はみんなの方が分からない。なんであんなに危険が潜んでいるところにわざわざ喜んで行くの。帰る
咲:あっ、いいけどダメ!
0:第10話 『また明日ね』は死亡フラグ
0:
0:(下校中)
咲:やみこ、一日に何度も帰ろうとしちゃだめだよ……
やみこ:だって学校にいると不安になることが多すぎるし……私、臆病だし……
咲:臆病っていうか、いつも考えすぎなんだよ、やみこは。想像力をはたらかせるのもいいけど、あんまり深く考えないことも大事だと思うよ?
やみこ:でも、どうしても考えちゃうし、考えたらイヤな想像しか出てこないし、それが本当になったら私、耐えられないし
咲:ならないよ……。前田先生が人の心を読めるとか、絶対ありえないし。あ、週末のグランドワン、また誘うからね
やみこ:行かないって言ったのに……
咲:ダメだよ、やみこ。一回来たら安全だって分かるから。あ、じゃあ私、こっちだから。また明日ね!
やみこ:また明日……あっ
咲:えっ、やみこ? どうしたの
やみこ:フラグ……死亡フラグが立っちゃった……
咲:死亡フラグ?
やみこ:『また明日ね』って言いながら別れたら、もう二度と会えないの。この前読んだ小説に、そう書いてあった
咲:(ため息)やみこ、小説の設定を現実に持ち込むクセ、やめた方がいいよ……。あ、やば。塾の時間に遅れる。じゃあ、また明日ね!
やみこ:あっ
やみこ:【語り】私のほうをふり返りながら走る咲。その右手がバイバイと少しだけ横に振れたとき、丁字路へとびだした彼女に、右からやってきた一台のトラックが猛スピードでつっこんできた。
やみこ:咲の体が、まるで人形のように力なく宙を舞った。
0:第11話 友人の死
0:
やみこ:【語り】病院の暗い待合室で、私はうつむいていた。
やみこ:黒く長い髪を流すように下へ垂らし、ひとことも発しないまま、薄汚れたクリーム色の床を魂が抜けたように見つめる。
やみこ:そのときの私は、わざと自分の心をからっぽにしていたのだと思う。
やみこ:
やみこ:中学で唯一の友人が、目の前で車にはねられた。
やみこ:人をはねてしまい、狼狽(ろうばい)していた若いトラックの運転手からスマホを奪うようにしてとり、私はすぐに救急車を呼んだ。
やみこ:頭から血を流して横たわる咲を前に、私はいままで出したことのないくらい大きな声で、119番をかけていた。
やみこ:早く……早く、きて! 友だちが――
やみこ:私の友だちが、死んじゃう――!
やみこ:
やみこ:私の前には、同じように沈んだ顔を床へ向けながら肩をふるわせる、咲の両親がいた。
やみこ:生死の淵(ふち)をさまよっているはずの娘。混乱と絶望の中、二人とも平静を保つことすら難しいはずだった。
やみこ:私も――
やみこ:さっきまで普通に話していた友人が、その直後に大きな車にはじき飛ばされた、その光景を思い出すたび、私の胸は締まるように痛み、無残な記憶の映像をかき消すのに精いっぱいだった。
やみこ:
やみこ:どれほどの時間が経っただろう。
やみこ:ただ、友人が助かってほしい。それだけを願っていた。
やみこ:だけど――
やみこ:集中治療室のドアが開き、中から現れた執刀医の表情をみつけたとたん、嫌な予感が胸をかけめぐった。
やみこ:咲の両親が医師のもとへかけよる。不安の色が濃い二人の顔つきに、医師はそっとまぶたを伏せた。
やみこ:
やみこ:――残念ながら。
やみこ:
やみこ:死の宣告となるその言葉を聞いた瞬間、父親は立ち尽くし、母親は泣き崩れた。
やみこ:まだ中学生の娘が、交通事故で――。
やみこ:そんな光景を、私は少し後ろから、ぼうぜんとながめるしかなかった。
やみこ:からっぽだった心に、これまでの友人の記憶が思い起こされる。
やみこ:笑った顔、楽しそうな顔、困った顔。
やみこ:いつも私を気にかけてくれる、私の大切な友人。
やみこ:
やみこ:咲。
やみこ:
やみこ:友人の名前をひとことだけつぶやいてみた。それが私の心の蛇口を開く合図だった。
やみこ:両のほおに、いつのまにか涙が流れていた。戸惑う私はそれを止めようとしたけど、あとからあとからそれはあふれ、リノリウムの床に幾重(いくえ)もの染みをつくった。
やみこ:私は人生で初めて、心から泣いた。一人の人間の命が失われたことに。ただひとりの友人の命が、あまりにあっさり消えてしまったことに。【語り終】
やみこ:
やみこ:
やみこ:
やみこ:
やみこ:
やみこ:
やみこ:
やみこ:
やみこ:
やみこ:
やみこ:
やみこ:
やみこ:
やみこ:
やみこ:
やみこ:
やみこ:
やみこ:
やみこ:
やみこ:
やみこ:
やみこ:――っていうことになるかもしれないからダメ
咲:やみこ………………。
咲:そういうの、想像力の無駄づかいっていうんだよ……
0:第12話 卒業式
0:
0:(校門前)
咲:お別れだね、やみこ
やみこ:……お別れっていっても、遠くに行くわけじゃないし
咲:そうなんだけど、もう高校からは一緒の学校じゃないって思ったら、なんだか寂しい気がして
咲:――ごめん。なんか涙が出てきちゃった
やみこ:咲の学校、県内一の進学校なんでしょ。がんばってね……
咲:うん。やみこの方こそ、高校にいってもずっと変わらないでいてね
やみこ:ずっと変わらないで……そ、そんな……
咲:ど、どうしたの、やみこ
やみこ:私、高校では変わろうと思っていたから……
咲:えっ
やみこ:私、いまの自分がキラい。いまのままだと友だちもできないし、どうせ暗い未来しか待ってない。だから変わらなくちゃいけない……
やみこ:でも咲に『変わらないで』って言われたら、もうどうすればいいか分からない。変わりたい。変われない。どうしようどうしよう
咲:お、落ち着いて! そんなに深い意味で言ったんじゃないから。やみこが変わりたいなら、それでいいと思うよ
やみこ:……本当に?
咲:うん。やみこが変わりたいっていうなら、私、応援するから!
やみこ:咲……
咲:だから、元気だして、やみこ
やみこ:……うん。じゃあ変わる。ぜったい変わる。高校に行ったら私は変わる。もう私は昔のやみこじゃない。じゃあ帰る
咲:あ、待ってやみこ! 私も帰るから!
0:最終話 高校に行っても
0:
0:(咲が手紙を書くように)
咲:【語り】五か月後。
咲:私は、やみこと家の近くにあるカフェで待ち合わせています。
咲:中学を卒業してから今日まで、やみことは会っていませんでした。
咲:やみこがスマホをもっていないから――というのは言い訳で、本当のところはなんとなく会う気になれなかっただけです。
咲:そのまま夏休みを迎え、ふと私はやみこに会いたくなって、メールを送ったのでした。
咲:
咲:ひさしぶりにやみこと会う。
咲:以前は毎日顔を合わせていたから、半年近く離れていただけでもずっと長いあいだ会っていないような感覚があります。
咲:私はそんな緊張感にも似た期待とともに、だけどもうひとつ、少し暗い気持ちも抱えていたのでした。
咲:
咲:県内一の進学校に入学した私。
咲:中学では、自分で言うのもなんですけどけっこう優等生で、つねに成績は学年上位でした。
咲:ですが高校では、自分以上の学力の生徒がたくさんいて、勉強にもついていけません。
咲:そんな悩みが顔にも表れていたのか、友人もなかなかできませんでした。
咲:自分から、同級生の輪の中に入っていくことができない。強い劣等感を感じている状態で、他人の顔を見ることすら、怖くなりました。
咲:高校に入学するまでの学校生活で、こんな経験をしたことはありませんでした。私は自分がどうすればいいのか、いまも分からずにいます。
咲:
咲:ある日から、私は自分の感情をごまかすことにしました。
咲:教室内では、がんばって元気ぶって。勉強ができなくても平気だという顔をして過ごして。
咲:テストの点数が悪くても、気に留めないふりをしました。
咲:すると、すぐに友人はできました。でもそれは、辛い内心を隠したままのつきあい。
咲:仲間外れになりたくないための、仮の自分を演じながら話す教室内での会話は、正直、私にとって苦痛です。
咲:こんな気持ちのままやみこに会うのにためらいがあって、いままでやみことは連絡をとらなかった――とれなかった、んです。
咲:なぜいまになって、やみこに会いたくなったのか。自分でもわかりません。
咲:むしろ会うことで、よけいに暗い気持ちになったりしないか。
咲:やみこの明るいとはいえない性格に引きずられて。
咲:不安を抱えたまま、カフェの窓際の席で待っていた私の目に、店内に入ってきたばかりのやみこの姿が映りました。【語り終】
咲:
咲:やみこ、こっちだよ
やみこ:あっ、咲! ひさしぶりー!!
咲:えっ、やみこ……? ほんとうにやみこ?
やみこ:あったりまえでしょ? もう私の顔、忘れた? 咲、元気だった!? 私はすごく元気よ!
咲:あ、うん。そう……だ、ね
やみこ:どうしたの? 咲、なにかイヤなことでもあった? じゃあ私に言ってみてよ! 私、全力で咲をはげましちゃうから!!
咲:いや、その……や、やみこ。口は笑ってるみたいだけど……目がぜんぜん笑ってないよ
やみこ:えっ!? 目!? 私、目が笑ってない!!??
咲:やみこ……元気なふりをするのはいいけど、ムリしなくていいよ
やみこ:どうして!? 私、こんなに明るいのに!!
咲:そ、それ! 口元引きつっちゃってるし、つくり笑顔なの丸わかりだよ
やみこ:そんなことないよ! 私、すごく元気だもの!! ほらこんなに明るいし!!
咲:やたらと声を張り上げるのも、違和感大アリだよ……?
やみこ:そ、そんな……
咲:と、とにかくいったん座ろっか……。あ、店員さん、なんでもありません、大丈夫ですから……。あっ、あの、カプチーノのケーキセット二つ、お願いします
咲:
咲:【語り】それからやみこは、高校に入ってからのことをブツブツと語り始めたのでした。
やみこ:――高校に入ったら『私、変わるんだ』って決めて、入学式のときからこんなにポジティブになったのに、やっぱり友だちできないし……私、どうしていいか……
咲:あんな強制された笑顔みせられたら、だれでも怖がるよ……
やみこ:まだポジティブさが足りないのかな……もっと元気な感じで……。そうだ、家を出た瞬間から一秒ももらさず笑顔にしていれば、自然と同級生が話しかけてきてくれるはず……
咲:いや、それはやめたほうがいいと思う。たぶん
やみこ:どうして。咲みたいに明るい性格になれば、私にもすぐに友だちができると思ったのに。うう……
咲:私みたいに、明るい性格……
咲:
咲:【語り】うなだれるやみこを前に、私は気づきました。
咲:自然でいられた、中学生のころの自分。
咲:やみこにとっての私は、あのころの私のままであることに。【語り終】
咲:
咲:――やみこは、やみこのままでいいのに
やみこ:……えっ
咲:私、暗いやみこが好きだよ。性格が明るいか暗いかなんて、そんなの友だちつくるのに関係ないよ。自分が一番自分らしくいられる性格でいいじゃん。無理せずありのままでいる方が、友だちだってできると思う。自分にウソついたって、いつかばれるもん。だから、やみこはそのままでいいんだよ
咲:
咲:【語り】それは、いつのまにか自分自身に言い聞かせる言葉になっていました。
咲:無理せず、ありのままで。
咲:自分が一番自分らしくいられる性格で。【語り終】
咲:
咲:――なんか、アナ雪みたいなセリフになっちゃったね
やみこ:そのままで、いい……本当に、いいの……?
咲:うん。やみこが一番落ち着く性格でいいって、私は思う。少なくとも、私はやみことずっと友達だから
やみこ:咲……
咲:あの……じつは、私もね――
やみこ:でも私、やっぱりダメだ……
咲:えっ、やみこ?
やみこ:だってこの性格のままだったら、もし友だちができたとしてもろくに話もできないし、そうしたら相手を暗くさせるだけだし、教室の雰囲気も私がいるだけで暗くなるし、学校を卒業して働き始めたら職場も暗くなるし、彼氏なんてとてもできないし、万一できたとしても、相手は絶対暗い人間だし、もし結婚して子どもができたらその子供は私以上に暗くなるのは間違いないし、そのまま暗いおばさんになって、暗いおばあちゃんになって、死んでも暗いからきっと天国になんかいけずに地縛霊とかになっちゃって――
咲:【語り】つぶやき続けるやみこを見ながら、私はいつのまにか自分の中にあった不安がやわらぐのを感じていました。
咲:やっぱり、いつものやみこがいい。たぶんやみこも、私に対して、そう思ってくれている。
咲:だから私も、いつもの私に戻ろう。
咲:やみこの前でも、いまの学校でも。
咲:自分のままでいられた、私に。いま、私自身がやみこに言ったように。【語り終】
咲:
咲:性格が暗くて天国に行けないなんてことないよ。っていうか、先のことまで考えすぎだよ、やみこ
やみこ:ううん。きっとそうなる。絶対そうなる。――あ、でも私、おばあちゃんまできっと生きられない。私が座っているこのイスの脚がとつぜん折れて、私は床に頭をぶつけて、打ちどころが悪くて死ぬかもしれない
咲:いや、そんなことないってば
やみこ:じゃあ、これからくるデザインカプチーノのハートの部分に毒が仕込まれていて、私はそれを飲んで吐血して死ぬかもしれない
咲:いや、そんなことないってば
やみこ:じゃあ、この店内に強盗が押しかけてきて、お金を要求するのにスタッフが断ったから、見せしめに私が銃で撃たれて死ぬかもしれない
咲:いや、そんなことないってば
やみこ:じゃあ、私たちが外に出たとたん、空から巨大な隕石が降ってきて、人類みんな死ぬかもしれない
咲:いや、そんなことないってば。やみこ、死ぬ死ぬって言ってると、本当に――。
咲:あれっ、スマホが鳴ってる。なんだろ……。
咲:Jアラート――緊急速報メール?
咲:『日本に巨大な隕石(いんせき)が接近中。あと十数秒後に落ちます。市民の皆様、避難して下さい』えっ?
咲:ってか、みんな避難してる!? えっ、えっ……?
咲:
咲:【語り】私は店の外に出ました。空を見上げると、燃えるように赤く、徐々にシルエットの大きくなる巨大な円が、空を駆け下りてきていました。【語り終】
咲:
咲:うそでしょ――
咲:
咲:【語り】避難しないと。どこかへ。
咲:どこへ――?
咲:非現実的な光景を目の前にして、私は理解しました。
咲:これが、世界の終わりなんだ、と。
咲:もうどうすることもできない。
咲:耳に届く、すさまじいごう音。
咲:こんなにあっさり、人間の命って消えるんだ。
咲:理不尽すぎるよ。
咲:私は涙も出ないまま、最後の数秒を、ただ空を見上げて過ごすしかありませんでした。
咲:
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咲:
やみこ:――っていうことになるかもしれないから、やっぱりダメ
咲:やみこ……。
咲:そのたくましい想像力、ぜったい何かにつかえると思うよ……
咲:
咲:【語り】やっぱり、やみこといる時間は、楽しい。
0:END