台本概要

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タイトル 言わぬが花-Beautiful of the Ache‐
作者名 アール/ドラゴス  (@Dragoss_R)
ジャンル ラブストーリー
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 20 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 “宿病”(しゅくびょう)。
それは、身体の一部を損傷した者がごく稀になる奇病。
その症状は損傷した部位が、「生命」によって修復されるというもの。
これは、前例のない“宿病”を患った少女と、その研修医のお話。

「死ぬときは、とびきり華やかでいたいの。」


【Special Thanks:あらさり】

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
シェーレ 96 “宿病”患者。
エンディア 94 シェーレの研修医。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
シェーレ:(N)むかしむかし、あるところに。黒髪の女の子が生まれました。 シェーレ:(N)しかし当時は髪色差別の時代。最底辺の地位である黒髪は踊り子として生きるしかありません。 シェーレ:(N)なので、彼女の両親は赤ん坊は生まれてすぐに死んでしまった、ということにして、ばれないように家の床の下で生活させました。しかし。 0: エンディア:(N)遂にそれが見つかってしまい、両親は殺され、女の子は王宮に連れていかれ、踊り子として過ごすことになりました。 エンディア:(N)幸い女の子には踊り子の才能があったため、数年後すぐ、貴族である赤髪の屋敷のお坊ちゃん専属の踊り子として仕えることになりました。 エンディア:(N)同い年であった女の子とお坊ちゃんは、段々と恋に落ちていきました。 0: シェーレ:(N)数年後、二人は共に苦難を乗り越え、契りを交わし。 エンディア:(N)更には、殺された両親の仇を取るべく、宮廷内で革命を起こすために奔走することになり。 シェーレ:(N)遂に革命を巻き起こし、彼女は晴れて最愛の人と結婚し、幸せな生涯を過ごしたとさ。 エンディア:(N)めでたし、めでたし。 0: 0: 0:言わぬが花 0:―Beautiful of the Ache― シーン転換。 0:とある都市部の研究所。 0: 0:病院服を着た赤い髪の少女が個室のベッドに座っており、 0:それと向き合うように同じく赤髪の男がイスに座っている。 0: エンディア:―――それでは、説明を始めさせてもらうよ。 シェーレ:……。 エンディア:…そんなにかたくならないでおくれ。これから二週間も一緒に居ることになるのに、今からその調子では気疲れしてしまうよ。 シェーレ:…はい。 エンディア:…うーん、そうだな。じゃあ本題に入る前に、軽くアイスブレイキングといこう。シェーレ、僕の名前は覚えてくれているかな? シェーレ:はい、エンディア先生…、ですよね。 エンディア:ありがとう。それじゃあ、君の呼びやすいようにでいい、僕にあだ名をつけてくれ。 シェーレ:あだ名、ですか…? エンディア:そう。これから僕と君は二週間の間タッグになるんだ。だからこそ、軽く接してほしいのさ。いつまでもミスター呼びでは、息がつまってしまうしね。 シェーレ:…わかりました。 エンディア:うん。好きに呼んでくれていいよ、“シャル”。 シェーレ:…? エンディア:…きょとんとしないでくれ。僕が君につけたあだ名だよ。ハサミのように“鋭利”で繊細な君には、ピッタリなあだ名だと思うけれど。 シェーレ:…なるほど、『Scharf』(シャルフ)…。でも、それならばなぜ最後の『f』(エフ)を抜いたのですか? エンディア:これは日本の話なんだけれどね、“フ”という音にはあまり良くない意味が多いらしいんだ。『恐怖』、『不安』、『訃報』、『負荷』…。探せばもっとあるかもしれない。 エンディア:だからエフは省かせてもらった。日本が好きなんだよ、僕は。 シェーレ:…しかし、私たちの国で言えば『f』(フォルテ)を消すことになってしまいます。…私の力が消えてしまうかもしれませんよ。 エンディア:あははっ、何を言ってるんだいシャル!今僕は、君の肩の『力を抜く』ためにこのあだ名付け大会をしているんじゃないか!軽く接してほしいって言っただろう? シェーレ:…『腑抜(ふぬ)けた』くらいでちょうどいい、ということですか。(少し笑って) エンディア:その通り!流石、鋭い返しをありがとうシャル! シェーレ:…ふふっ。先生には及びません。 エンディア:そんなことないだろう!だいぶ緊張もほぐれてくれたみたいでよかった! シェーレ:ええ、おかげさまで。ありがとうございます、“エデン”先生。 エンディア:おや、それは僕のあだ名かな?…うーん、僕に理想郷の名前は少し荷が重いかもなあ。 シェーレ:好きに呼んでいいと言ったのは先生の方でしょう?それに、ずっと辛いだけだと思っていたこれからの二週間もエデン先生と一緒ならこの狭い部屋も明るいユートピアになりそうなんですもの。 シェーレ:それに、失礼を承知で申しますが、こんな愉快な方に『Ende』(エンデ)だなんて名前、似合わないもの。先生の周りを溢れるのは『終わり』などではなく、『歓喜』だと思います。 エンディア:ふっ、あはははっ!そんなに上げられると、困っちゃうなあ…。これからよろしくね、シャル。 シェーレ:はい、エデン先生。 話数転換。 エンディア:それじゃあ、改めてこの二週間で行うことを説明しよう。…と、その前に。まずは…。…右肩を見せてもらえるかな? シェーレ:はい、先生…。 0: エンディア:(N)彼女は病院服を少しはだけさせ、右肩を見せる。…ツルと苔が生い茂った、不可思議で幻想的な右肩を。 0: エンディア:……昨日の写真よりも植物が増えているように見えるね…。 シェーレ:…はい。 エンディア:…オーケー、ありがとう。…この二週間で行うのは、君の身体に起こっている“特異的な宿病(しゅくびょう)”の解明だ。きちんとおさらいしよう。まず、宿病が何かはわかるかい? シェーレ:勿論です。…事故などで身体の一部を欠損した時、極めて稀に起こる奇病で、欠損した部位が文字通り『命を吹き返す』…、ですよね。 エンディア:ふふっ、完璧で詩的な回答ありがとう。先ほどから思っていたけれどもしかして君、本とかよく読むのかい? シェーレ:…はい、よく嗜(たしな)む方です。 エンディア:やっぱり。どおりで大人びているし知識が豊富だと思ったよ。…さて、そして結論から言うと君のその症状はまさに宿病のソレだ。だけど…。 シェーレ:私は肩を事故で失くしたわけではない…。どこも欠損していないのに、宿病になってしまっている。これは極めて異例で、どこも欠損していない宿病は私が初めて。 シェーレ:何もかもがわからないので、二週間バディの研究員であるエデン先生と研究施設で過ごし、症状の経過を見る。…そうですよね? エンディア:…流石に耳にタコだったかな? シェーレ:えぇ。最初は不安でしたが…。何十回と説明されるうちにもう面倒になってきてしまって。 エンディア:あはは、それは失礼なことをしてしまったね。じゃあ聞き飽きてしまった説明はしないでおこっか。さて…、それじゃあ少し時間もできた。僕はここらでいったん失礼するよ。 シェーレ:あ、行ってしまうのですか…? エンディア:あぁ。実はまとめる書類やらなんやらがついさっき送られてきてね。今日中だって言うもんだからさあ大変だよ! シェーレ:それは災難ですね…。 エンディア:あはは、だからとりあえずそれをさっさと片付けないといけないんだ。何かあったらすぐ呼んでくれて構わないからさ! シェーレ:わかりました。 エンディア:すまないね、あとで楽しくお話しよう!良ければ、君の話が色々聞きたいなぁ。 シェーレ:…私の話。 エンディア:うん、二週間の間だけとはいえ、僕は君の主治医みたいなものだ。患者のことをよく知っておくのは大事だろう? シェーレ:…エデン先生が、そうおっしゃるのなら。 エンディア:あぁ、嫌だったらいいだよ。僕が勝手に言ってるだけだからさ!…それじゃ、またあとでね。シャル。 0: 0:そう言って部屋を出ていくエンディア。 0: シェーレ:…先生。…出来損ないの話なんて聞いたってきっと、楽しくありませんよ。 シーン転換。 シェーレ:(N)ねえ、お願い。願いを叶えて。どうしても、どうしても。 シェーレ:(N)―――あの方と添い遂げたいの。 シーン転換。 0:二日後。 0: エンディア:へぇー。それで女の子は幸せになったってわけかぁ。黒髪からの革命劇だなんて、面白いね。 シェーレ:私、幼いころからずっとこのお話が大好きで…! エンディア:あはは、いつもは鋭くクールなシャルがそんなに眼を煌めかせるだなんて、よっぽど好きなんだねえ。 シェーレ:はい…!この女の子が成長していく中で生まれる信念や生き様がとっても好きなんです。 エンディア:じゃあ、今のクールな君があるのは、その童話の女の子の影響もあるのかな? シェーレ:えぇ、きっと…。エデン先生もよければもしよければ購読してみてくださいね。 エンディア:この研究期間が終わったらぜひそうさせてもらおうじゃないか!…っと、時間だね。そろそろ今日の診断を始めようか。 シェーレ:はい。 0: 0:昨日、一昨日と同じようにシェーレは右肩を見せる。が…。 0: エンディア:ん…?花が、咲いてる…? シェーレ:花…? エンディア:しかも…っ、ごめん、シェーレ。もうすこし服をまくってくれないかな。 シェーレ:は、はい…。 0: 0:シェーレは服をさらにまくる。 0: エンディア:…ツタや葉っぱが、昨日よりも増えてる。 シェーレ:えっ…?でも、宿病って欠損したら生命に変わるのはその部分だけで、範囲が増えたりすることはないって…。 エンディア:ああ、普通はそうだ。…でも、現に今君の体を覆う植物は多くなってるし、花の蕾のようなものも見える。…こんなの、見たことがない。 シェーレ:先生でも見たことがないなんて…。 エンディア:僕も宿病の研究者としてはまだまだ新米だけれどね…。流石に異例過ぎる。写真を撮って研究所に送ろう。…カメラを取ってくるね。 シェーレ:わ、わかりました…。 話数転換。 エンディア:(N)その後、ダメ元で様々な資料や文献(ぶんけん)を読み漁り、本部にも連絡を入れて調べてもらったが、前例のようなものや対処法は何一つ見つからなかった。 エンディア:(N)…もしこのまま宿った生命が溢れたら、もしかしたらシャルは……。 エンディア:(N)いや、そんな暗いことを考えている暇はない。…シャルをもっと大きな研究施設に移すことも、視野に入れたほうが良いだろう。 シーン転換。 シェーレ:(N)勿論、欲深い願いであることはわかっているわ。だからこそ、私は祈りと代償を捧げましょう。 シェーレ:(N)さあ…。何がお望みかしら。 シーン転換。 0:翌日。 0: エンディア:……。 シェーレ:…あの、先生? エンディア:えっ、あぁ…。どうしたんだい? シェーレ:どうしたもこうしたもないです、時計を見てください。症状のチェックの時間ですよ。 エンディア:あっ…。あはは、ごめんね、ちょっとぼーっとしててさ!…じゃあ、肩を見せてくれ。 シェーレ:……。 0: エンディア:(N)彼女を覆う植物は昨日よりもさらに増え、花の蕾もいくつか開いていた……。 0: エンディア:…やっぱり、日に日に植物が増えているね。明日にはツタが首にまで侵食してしまうかもしれない…。 シェーレ:…そうですか。 エンディア:……。 シェーレ:エデン先生。 エンディア:ん…? シェーレ:あまり根を詰めすぎないでください。いくら異例だからと言って、そんなに考えていたら先生が疲れてしまいます。 エンディア:…あはは。患者さんに気遣われてしまうなんて、本当研究者失格だな…。ごめんね、心配させてしまった。 シェーレ:いえいえ、仕事熱心で私のことを一番に考えてくれている先生のことは好きですし、お慕いしています。…私は、先生の身体が心配なの。 エンディア:シャル…。 シェーレ:あぁ、そうだ先生。…少し、私のことについて話してもよろしいですか?前に気になる、とおっしゃられていたので。 エンディア:…うん、勿論聞かせてもらうとも!…ありがとう。 シェーレ:いえ。…とは言っても、あまり陽気な話ではないのですが…。 シェーレ:…私、何もかもが周りと遅れていたんです。 エンディア:遅れていた? シェーレ:はい。…人間は、髪色によって突出した能力がそれぞれ違うのは先生ももちろんご存知でしょう。…同じ髪色の能力は少し個人差はあれど、大きく変わることはないはずなのです。 シェーレ:なのに…。私は、周りの赤髪たちとは全然違っていた。成長するスピードも、学習能力も身体能力も、なにもかも。 エンディア:…知り合いに髪色の研究をしている学者先生がいるけど、それもなかなか珍しい事例だね。 シェーレ:えぇ。…流石におかしいと思ったんですが、髪色の能力は「傾向」でしかないんです。だから、きっと、私がただ珍しいだけ。 シェーレ:でも、やっぱり他の子からはおかしいとか、変わってるとか言われて、少しいじめられたこともあったんです。 エンディア:そうだったのか…。やっぱり事例が特殊だと、髪色の差別は現代でも起こりうるものなんだね。 シェーレ:でも、そんな私をいつも支えてくれたのが、この本だったんです。 0: エンディア:(N)そう言ってシャルは、一冊の本を取り出した。 0: エンディア:…これは。昨日言っていたお話かな? シェーレ:はい。…髪色差別に負けず、最後まで戦い抜いて、最後には革命を起こして逆転する。…赤髪で境遇が似ている私は、この本に勇気をもらえたのです。だから奇妙な宿病にかかっても、私は前を向ける。 エンディア:自分をいつまでもどこまでも支えてくれる物語、か。…ふふっ、素晴らしいな。その本はまさに、シャルの根源なんだね。 シェーレ:えぇ。…でも、この物語には不可解な点があるのです。 エンディア:不可解? シェーレ:はい。…この物語の主人公は、黒髪として生まれた女の子です。そして、赤髪の少年と運命的な出会いを果たし、最後には結婚するのですが…。 エンディア:…あぁ。確か昔、黒髪と赤髪の結婚は認められていなかったはずだね。 シェーレ:そこなのです、先生。革命を巻き起こしたからそこが変わった、という見方もできると思いますが、きっと違う。何故なら。 シェーレ:この黒髪の少女は、とあるシーンを境目に髪色が赤色であると表記されているのです。 エンディア:…髪の色が作中で変わっているのかい? シェーレ:それも、ワンシーンだけではなく。革命を巻き起こしたシーンと婚礼のシーンの境目で、まるで最初から赤だったかのように差し替えられているのです。…黒髪である、ということが重要なのに。 エンディア:へぇ…。それは少し引っかかるね。ちなみに作者は誰なんだい? シェーレ:不明です。 エンディア:うーん、それじゃあ調べようもないね…。 シェーレ:…先生。 シェーレ:…私、この答えを知るまでは死ねません。だから…。一緒に頑張りましょう、約束です! エンディア:っ…。…あぁ! 話数転換。 シェーレ:(N)…わかったわ。それで、私の願いが叶うなら。 シェーレ:(N)私は喜んで、その色彩を差し出しましょう。 シーン転換。 0:さらに二日が経過。 0: エンディア:…今日も宿病は進んでる。…なんなら範囲が広がるペースが日に日に早くなっている。……やっぱり、考えたほうが良いな。 シェーレ:……。 エンディア:やっぱり、四の五のは言ってられない…、でも、シャルの精神は……。 シェーレ:ねぇ、先生。 0: シェーレ:『未完成の美しさ』ってあると思いませんか? 0: エンディア:…そりゃあ、また唐突だね? シェーレ:ふふ。ごめんなさい、是非この議題を先生と話し合いたくて。 エンディア:ほほぅ、君がそういうのは興味深いね。…どういう意味だい? シェーレ:そんな、言葉通りです。人間はみな、物事を完成させようとします。…ですが、作者が亡くなり未完成になってしまった著書や、ミステリであえて一番重要な犯人役をぼかす、など。 シェーレ:そのような不完全な物事には、完成品とはまた違った良さや素晴らしさがあると思うのです。…みんな、あまり理解してくれないのですけれどね。先生の考えをぜひお聞きしたくて。 エンディア:それはまたなんとも哲学的な話だね…。 シェーレ:大好きなんです。物事の価値観や人生観を人とお話しするの。 エンディア:…本当、変わった子だなあ。君は。 シェーレ:そんなの、もう周知の事実だと思っていましたけれど。ふふ。さぁさ、急かすようですがぜひアンサーを、エデン先生。 エンディア:そうだねぇ、あんまりそんなこと深く考えたことがなかったけれど、賛成だね。 シェーレ:その心は? エンディア:僕の好きな日本のお寺にまさにそれを体現したような門があるからさ。全部でその門は全部で十二本もの柱で成り立っているんだけれどね、 エンディア:その中の一つだけ、柱が逆さまに建てられているんだ。これは、満ちたもの、つまり完成したモノから崩壊が始まるという考え方のもとそうなっている。 エンディア:一回その柱を見に行ったことがあるんだけれど、それを見た時はどことない神秘と底知れない風雅(ふうが)さを感じたものさ。 シェーレ:へぇ、それは初耳です…! シェーレ:…一目、見てみたかったな。(小声) エンディア:ん、なんだい? シェーレ:あぁ、いえ。他愛ない独り言です。お気になさらず。答えてくれてありがとうございます、先生。 エンディア:どういたしまして!じゃあ、次は僕から話題提供だ!君にはぜひ「道化師カイヤ」の話をー…、あれ? シェーレ:? どうなさいましたか、先生? エンディア:…少し、本部に電話しなきゃいけないことを思い出した!ごめんね、トークはこの後だ!ちょっと行ってくるね! 0: 0:エンディアはそう言って駆け足で部屋を出ていく。 0: シェーレ:…そう。タイムリミットは、もうそんな近くまで迫っていたのね。 シーン転換。 エンディア:(N)…シャルの首に伸びていたツタが、目視で捉えられる速さで成長したのを、“最悪の事態”を見てしまったあの日から三日が経過した。 エンディア:(N)未だに宿病の原因は判明せず、無情にもシェーレの身体の植物は僕の見解よりも何倍も速く拡大のスピードを上げていく。 エンディア:(N)このままでは経過を見る残り一週間の間に“手遅れ”になる可能性がある。 エンディア:(N)シェーレをもっと大きな施設に移すべきだ。…この判断もだいぶ遅い、致命的なミスではあるだろうが。 シーン転換。 シェーレ:私を別の施設に、ですか…? エンディア:あぁ。…これ以上ここで様子を見ていれば、最悪君の命に関わるんだ。実際、君に宿ったその植物たちは既に君の首の右半分を飲み込んで、顔や胴体に向かい出している。 エンディア:…もう経過観察なんてしていられない段階に来てしまったんだ、シャル。もう話はつけてある、(だからすまない、僕は…。) シェーレ:(被せて)待ってください。 エンディア:えっ…? シェーレ:…私、他の施設には行きたくありません。 エンディア:…何を言ってるんだ、本当に君の大事に関わるんだよ!? シェーレ:大きい施設に移れば、きっと先生は私の担当を外れてしまうでしょう? エンディア:それがなんだって言うんだ!宿病が治れば僕とはまた会える。今は君の命が最優先だろう! シェーレ:いいえ。私は三日前、きちんと先生に言ったはずです。「一緒に頑張りましょう」、と。…先生は、約束を破られるのですか? エンディア:君の命を助けるためなんだよ!君が大事なんだ!君が助かるためならば、約束なんていくらでも破ってやるさ! シェーレ:…ふふふっ。そう…。ありがとう、エデン先生。そこまで私のことを思ってくれるなんて、とても嬉しかった。 エンディア:…嬉しかったって…、何を言ってるんだ!? シェーレ:これは、仕方がないことなのです、先生。 0: シェーレ:だってきっと、幕引きの緞帳(どんちょう)は、もう既に降り始めているのだから。 話数転換。 エンディア:なにを、言ってるんだ…? シェーレ:…私は、気づいてしまったのです。この宿病の正体に。そして、私はこの期に及んで欲しくなってしまった。 エンディア:さっきから何を言ってるんだ、シェーレ!! シェーレ:…残念ですが先生、今の私にもうハサミのような器用な心はないのです。…あなたのおかげで、すっかり尖りきってしまった。…だから、お願い。シャルと、呼んで。 エンディア:…シャル。さっきから君、変だぞ。 シェーレ:そりゃあ変にもなるでしょう…。…私のEnde(エンデ)が、そこまで迫っているのですから。 エンディア:え…? シェーレ:エデン先生。 0: シェーレ:あなたこそが、私にとっての禁断の果実だったの。 エンディア:なにを、っ…!?シャ、ル…? シェーレ:う、ぁっ…。 0: 0: エンディア:(N)瞬間、シャルの首元にあった植物が猛スピードでシャルの身体を塗り替えていく。 エンディア:(N)茎は伸び、さまざまな色の花が一斉に咲き誇り、それはシャルの綺麗な顔を、白く細い腕を、脚を。例外なく埋め尽くしていく。 エンディア:(N)その姿は、人間にはあまりにも不気味で、似合わない、だけれど。 エンディア:(N)どこか不完全で、息を呑むほど美しい。 0: 0: エンディア:宿病が、こんな猛スピードでっ…。これじゃあ、きっとすぐに臓器まで侵食する…っ!待っててくれ、今すぐ電話してっ…。 シェーレ:やめてっ!…くだ、さい。もう、間に合わないから…。…私がこうやって死ぬことは、もうとっくの昔に、決まっていたことなの。 エンディア:…シャル、ダメだ。僕は…、僕はまだ、(君と話したいことがたくさんある) シェーレ:(被せる)それもっ…!言わないで…。言ってはいけないわ…。 エンディア:でも、シャルっ!! シェーレ:…きっと、貴方は今の私にはもう届かない…。だからこそ、私はあなたに…。…あぁ、ダメだわ…。もう、目がかすんで…、エデン先生の顔が、みえない…。 エンディア:嫌だ、シャル…っ!目を閉じないでくれっ! 0: エンディア:(N)こうしているうちにもシャルの宿病は止まらない。そして、いつしか顔も色とりどりの花で埋め尽くされていた。 エンディア:(N)そして。 0: シェーレ:ふ、ふっ…。…せんせぇ。 0: エンディア:(N)彼女は、死に際とは思えないほどのとびきりの笑顔を僕に向け、言った。 0: 0: シェーレ:死ぬとき、は…。とびきり、はなやかで、いたいの…。だって…、ず…っと、ずっとっ……。 0: 0: エンディア:(N)それが、彼女の最期の言葉だった―――。 シーン転換。 シェーレ:(N)…ごめんね、いつかの私。私、いつの間にか強欲になっちゃったみたい。 シェーレ:(N)でも、私はどうしてもこの願いを叶えたい。…それほどまでに、狂気的なまでに。 シェーレ:(N)―――あの方を愛しているの。 シーン転換。 エンディア:(N)不可解なことは、彼女の死後も続いた。 エンディア:(N)燃えるように鮮やかな赤だった彼女の髪色は、日に日に色を失っていき、最後にはなにも混ざらないほどの漆黒に変わったのだ。 エンディア:(N)…黒の髪色は、一番能力が突出しているが、繊細だ。…彼女はもしかしたら、赤髪ではなかった?…疑問ばかりが残る。 エンディア:(N)そして…。彼女が亡くなった後、部屋の片づけをしていると、いつか彼女が取り出していたお気に入りの本が出てきた。 エンディア:(N)おもむろに本を開き、ぱらぱらとめくる。そこには―――。 0: シェーレ:(N)もともと黒髪であった彼女は赤髪と結婚したことで、他の貴族たちから妬まれ、いつ暗殺されてもおかしくない状況にあった。 シェーレ:(N)それだというのに、彼女は良く目立つ、煌びやかな衣装をいつも身に纏う。 シェーレ:(N)不思議に思った彼は、彼女に言った。 0: エンディア:(N)「そんな目立つ格好をしないでくれ。僕は、朽ち果てるまで君と暮らしたい。なのに、君のその服装は、自ら暗殺してくれと言っているようなものじゃないか。」 0: 0: シェーレ:(N)「死ぬときは、とびきり華やかでいたいの。だって、ずっと、大切なあなたの記憶には笑顔で素敵な私が残っていてほしいから。」 0: シェーレ:(N)彼女はいたずらに微笑んで、そう返した。 0: 0: シェーレ:(N)若き研究者は涙を頬に伝わすと、その本のページを優しくなでるように閉じた。 0: シェーレ:(N)繊細で儚く、情熱的な、赤い赤い彼岸花を一輪添えて。 0: 0: 0:End

シェーレ:(N)むかしむかし、あるところに。黒髪の女の子が生まれました。 シェーレ:(N)しかし当時は髪色差別の時代。最底辺の地位である黒髪は踊り子として生きるしかありません。 シェーレ:(N)なので、彼女の両親は赤ん坊は生まれてすぐに死んでしまった、ということにして、ばれないように家の床の下で生活させました。しかし。 0: エンディア:(N)遂にそれが見つかってしまい、両親は殺され、女の子は王宮に連れていかれ、踊り子として過ごすことになりました。 エンディア:(N)幸い女の子には踊り子の才能があったため、数年後すぐ、貴族である赤髪の屋敷のお坊ちゃん専属の踊り子として仕えることになりました。 エンディア:(N)同い年であった女の子とお坊ちゃんは、段々と恋に落ちていきました。 0: シェーレ:(N)数年後、二人は共に苦難を乗り越え、契りを交わし。 エンディア:(N)更には、殺された両親の仇を取るべく、宮廷内で革命を起こすために奔走することになり。 シェーレ:(N)遂に革命を巻き起こし、彼女は晴れて最愛の人と結婚し、幸せな生涯を過ごしたとさ。 エンディア:(N)めでたし、めでたし。 0: 0: 0:言わぬが花 0:―Beautiful of the Ache― シーン転換。 0:とある都市部の研究所。 0: 0:病院服を着た赤い髪の少女が個室のベッドに座っており、 0:それと向き合うように同じく赤髪の男がイスに座っている。 0: エンディア:―――それでは、説明を始めさせてもらうよ。 シェーレ:……。 エンディア:…そんなにかたくならないでおくれ。これから二週間も一緒に居ることになるのに、今からその調子では気疲れしてしまうよ。 シェーレ:…はい。 エンディア:…うーん、そうだな。じゃあ本題に入る前に、軽くアイスブレイキングといこう。シェーレ、僕の名前は覚えてくれているかな? シェーレ:はい、エンディア先生…、ですよね。 エンディア:ありがとう。それじゃあ、君の呼びやすいようにでいい、僕にあだ名をつけてくれ。 シェーレ:あだ名、ですか…? エンディア:そう。これから僕と君は二週間の間タッグになるんだ。だからこそ、軽く接してほしいのさ。いつまでもミスター呼びでは、息がつまってしまうしね。 シェーレ:…わかりました。 エンディア:うん。好きに呼んでくれていいよ、“シャル”。 シェーレ:…? エンディア:…きょとんとしないでくれ。僕が君につけたあだ名だよ。ハサミのように“鋭利”で繊細な君には、ピッタリなあだ名だと思うけれど。 シェーレ:…なるほど、『Scharf』(シャルフ)…。でも、それならばなぜ最後の『f』(エフ)を抜いたのですか? エンディア:これは日本の話なんだけれどね、“フ”という音にはあまり良くない意味が多いらしいんだ。『恐怖』、『不安』、『訃報』、『負荷』…。探せばもっとあるかもしれない。 エンディア:だからエフは省かせてもらった。日本が好きなんだよ、僕は。 シェーレ:…しかし、私たちの国で言えば『f』(フォルテ)を消すことになってしまいます。…私の力が消えてしまうかもしれませんよ。 エンディア:あははっ、何を言ってるんだいシャル!今僕は、君の肩の『力を抜く』ためにこのあだ名付け大会をしているんじゃないか!軽く接してほしいって言っただろう? シェーレ:…『腑抜(ふぬ)けた』くらいでちょうどいい、ということですか。(少し笑って) エンディア:その通り!流石、鋭い返しをありがとうシャル! シェーレ:…ふふっ。先生には及びません。 エンディア:そんなことないだろう!だいぶ緊張もほぐれてくれたみたいでよかった! シェーレ:ええ、おかげさまで。ありがとうございます、“エデン”先生。 エンディア:おや、それは僕のあだ名かな?…うーん、僕に理想郷の名前は少し荷が重いかもなあ。 シェーレ:好きに呼んでいいと言ったのは先生の方でしょう?それに、ずっと辛いだけだと思っていたこれからの二週間もエデン先生と一緒ならこの狭い部屋も明るいユートピアになりそうなんですもの。 シェーレ:それに、失礼を承知で申しますが、こんな愉快な方に『Ende』(エンデ)だなんて名前、似合わないもの。先生の周りを溢れるのは『終わり』などではなく、『歓喜』だと思います。 エンディア:ふっ、あはははっ!そんなに上げられると、困っちゃうなあ…。これからよろしくね、シャル。 シェーレ:はい、エデン先生。 話数転換。 エンディア:それじゃあ、改めてこの二週間で行うことを説明しよう。…と、その前に。まずは…。…右肩を見せてもらえるかな? シェーレ:はい、先生…。 0: エンディア:(N)彼女は病院服を少しはだけさせ、右肩を見せる。…ツルと苔が生い茂った、不可思議で幻想的な右肩を。 0: エンディア:……昨日の写真よりも植物が増えているように見えるね…。 シェーレ:…はい。 エンディア:…オーケー、ありがとう。…この二週間で行うのは、君の身体に起こっている“特異的な宿病(しゅくびょう)”の解明だ。きちんとおさらいしよう。まず、宿病が何かはわかるかい? シェーレ:勿論です。…事故などで身体の一部を欠損した時、極めて稀に起こる奇病で、欠損した部位が文字通り『命を吹き返す』…、ですよね。 エンディア:ふふっ、完璧で詩的な回答ありがとう。先ほどから思っていたけれどもしかして君、本とかよく読むのかい? シェーレ:…はい、よく嗜(たしな)む方です。 エンディア:やっぱり。どおりで大人びているし知識が豊富だと思ったよ。…さて、そして結論から言うと君のその症状はまさに宿病のソレだ。だけど…。 シェーレ:私は肩を事故で失くしたわけではない…。どこも欠損していないのに、宿病になってしまっている。これは極めて異例で、どこも欠損していない宿病は私が初めて。 シェーレ:何もかもがわからないので、二週間バディの研究員であるエデン先生と研究施設で過ごし、症状の経過を見る。…そうですよね? エンディア:…流石に耳にタコだったかな? シェーレ:えぇ。最初は不安でしたが…。何十回と説明されるうちにもう面倒になってきてしまって。 エンディア:あはは、それは失礼なことをしてしまったね。じゃあ聞き飽きてしまった説明はしないでおこっか。さて…、それじゃあ少し時間もできた。僕はここらでいったん失礼するよ。 シェーレ:あ、行ってしまうのですか…? エンディア:あぁ。実はまとめる書類やらなんやらがついさっき送られてきてね。今日中だって言うもんだからさあ大変だよ! シェーレ:それは災難ですね…。 エンディア:あはは、だからとりあえずそれをさっさと片付けないといけないんだ。何かあったらすぐ呼んでくれて構わないからさ! シェーレ:わかりました。 エンディア:すまないね、あとで楽しくお話しよう!良ければ、君の話が色々聞きたいなぁ。 シェーレ:…私の話。 エンディア:うん、二週間の間だけとはいえ、僕は君の主治医みたいなものだ。患者のことをよく知っておくのは大事だろう? シェーレ:…エデン先生が、そうおっしゃるのなら。 エンディア:あぁ、嫌だったらいいだよ。僕が勝手に言ってるだけだからさ!…それじゃ、またあとでね。シャル。 0: 0:そう言って部屋を出ていくエンディア。 0: シェーレ:…先生。…出来損ないの話なんて聞いたってきっと、楽しくありませんよ。 シーン転換。 シェーレ:(N)ねえ、お願い。願いを叶えて。どうしても、どうしても。 シェーレ:(N)―――あの方と添い遂げたいの。 シーン転換。 0:二日後。 0: エンディア:へぇー。それで女の子は幸せになったってわけかぁ。黒髪からの革命劇だなんて、面白いね。 シェーレ:私、幼いころからずっとこのお話が大好きで…! エンディア:あはは、いつもは鋭くクールなシャルがそんなに眼を煌めかせるだなんて、よっぽど好きなんだねえ。 シェーレ:はい…!この女の子が成長していく中で生まれる信念や生き様がとっても好きなんです。 エンディア:じゃあ、今のクールな君があるのは、その童話の女の子の影響もあるのかな? シェーレ:えぇ、きっと…。エデン先生もよければもしよければ購読してみてくださいね。 エンディア:この研究期間が終わったらぜひそうさせてもらおうじゃないか!…っと、時間だね。そろそろ今日の診断を始めようか。 シェーレ:はい。 0: 0:昨日、一昨日と同じようにシェーレは右肩を見せる。が…。 0: エンディア:ん…?花が、咲いてる…? シェーレ:花…? エンディア:しかも…っ、ごめん、シェーレ。もうすこし服をまくってくれないかな。 シェーレ:は、はい…。 0: 0:シェーレは服をさらにまくる。 0: エンディア:…ツタや葉っぱが、昨日よりも増えてる。 シェーレ:えっ…?でも、宿病って欠損したら生命に変わるのはその部分だけで、範囲が増えたりすることはないって…。 エンディア:ああ、普通はそうだ。…でも、現に今君の体を覆う植物は多くなってるし、花の蕾のようなものも見える。…こんなの、見たことがない。 シェーレ:先生でも見たことがないなんて…。 エンディア:僕も宿病の研究者としてはまだまだ新米だけれどね…。流石に異例過ぎる。写真を撮って研究所に送ろう。…カメラを取ってくるね。 シェーレ:わ、わかりました…。 話数転換。 エンディア:(N)その後、ダメ元で様々な資料や文献(ぶんけん)を読み漁り、本部にも連絡を入れて調べてもらったが、前例のようなものや対処法は何一つ見つからなかった。 エンディア:(N)…もしこのまま宿った生命が溢れたら、もしかしたらシャルは……。 エンディア:(N)いや、そんな暗いことを考えている暇はない。…シャルをもっと大きな研究施設に移すことも、視野に入れたほうが良いだろう。 シーン転換。 シェーレ:(N)勿論、欲深い願いであることはわかっているわ。だからこそ、私は祈りと代償を捧げましょう。 シェーレ:(N)さあ…。何がお望みかしら。 シーン転換。 0:翌日。 0: エンディア:……。 シェーレ:…あの、先生? エンディア:えっ、あぁ…。どうしたんだい? シェーレ:どうしたもこうしたもないです、時計を見てください。症状のチェックの時間ですよ。 エンディア:あっ…。あはは、ごめんね、ちょっとぼーっとしててさ!…じゃあ、肩を見せてくれ。 シェーレ:……。 0: エンディア:(N)彼女を覆う植物は昨日よりもさらに増え、花の蕾もいくつか開いていた……。 0: エンディア:…やっぱり、日に日に植物が増えているね。明日にはツタが首にまで侵食してしまうかもしれない…。 シェーレ:…そうですか。 エンディア:……。 シェーレ:エデン先生。 エンディア:ん…? シェーレ:あまり根を詰めすぎないでください。いくら異例だからと言って、そんなに考えていたら先生が疲れてしまいます。 エンディア:…あはは。患者さんに気遣われてしまうなんて、本当研究者失格だな…。ごめんね、心配させてしまった。 シェーレ:いえいえ、仕事熱心で私のことを一番に考えてくれている先生のことは好きですし、お慕いしています。…私は、先生の身体が心配なの。 エンディア:シャル…。 シェーレ:あぁ、そうだ先生。…少し、私のことについて話してもよろしいですか?前に気になる、とおっしゃられていたので。 エンディア:…うん、勿論聞かせてもらうとも!…ありがとう。 シェーレ:いえ。…とは言っても、あまり陽気な話ではないのですが…。 シェーレ:…私、何もかもが周りと遅れていたんです。 エンディア:遅れていた? シェーレ:はい。…人間は、髪色によって突出した能力がそれぞれ違うのは先生ももちろんご存知でしょう。…同じ髪色の能力は少し個人差はあれど、大きく変わることはないはずなのです。 シェーレ:なのに…。私は、周りの赤髪たちとは全然違っていた。成長するスピードも、学習能力も身体能力も、なにもかも。 エンディア:…知り合いに髪色の研究をしている学者先生がいるけど、それもなかなか珍しい事例だね。 シェーレ:えぇ。…流石におかしいと思ったんですが、髪色の能力は「傾向」でしかないんです。だから、きっと、私がただ珍しいだけ。 シェーレ:でも、やっぱり他の子からはおかしいとか、変わってるとか言われて、少しいじめられたこともあったんです。 エンディア:そうだったのか…。やっぱり事例が特殊だと、髪色の差別は現代でも起こりうるものなんだね。 シェーレ:でも、そんな私をいつも支えてくれたのが、この本だったんです。 0: エンディア:(N)そう言ってシャルは、一冊の本を取り出した。 0: エンディア:…これは。昨日言っていたお話かな? シェーレ:はい。…髪色差別に負けず、最後まで戦い抜いて、最後には革命を起こして逆転する。…赤髪で境遇が似ている私は、この本に勇気をもらえたのです。だから奇妙な宿病にかかっても、私は前を向ける。 エンディア:自分をいつまでもどこまでも支えてくれる物語、か。…ふふっ、素晴らしいな。その本はまさに、シャルの根源なんだね。 シェーレ:えぇ。…でも、この物語には不可解な点があるのです。 エンディア:不可解? シェーレ:はい。…この物語の主人公は、黒髪として生まれた女の子です。そして、赤髪の少年と運命的な出会いを果たし、最後には結婚するのですが…。 エンディア:…あぁ。確か昔、黒髪と赤髪の結婚は認められていなかったはずだね。 シェーレ:そこなのです、先生。革命を巻き起こしたからそこが変わった、という見方もできると思いますが、きっと違う。何故なら。 シェーレ:この黒髪の少女は、とあるシーンを境目に髪色が赤色であると表記されているのです。 エンディア:…髪の色が作中で変わっているのかい? シェーレ:それも、ワンシーンだけではなく。革命を巻き起こしたシーンと婚礼のシーンの境目で、まるで最初から赤だったかのように差し替えられているのです。…黒髪である、ということが重要なのに。 エンディア:へぇ…。それは少し引っかかるね。ちなみに作者は誰なんだい? シェーレ:不明です。 エンディア:うーん、それじゃあ調べようもないね…。 シェーレ:…先生。 シェーレ:…私、この答えを知るまでは死ねません。だから…。一緒に頑張りましょう、約束です! エンディア:っ…。…あぁ! 話数転換。 シェーレ:(N)…わかったわ。それで、私の願いが叶うなら。 シェーレ:(N)私は喜んで、その色彩を差し出しましょう。 シーン転換。 0:さらに二日が経過。 0: エンディア:…今日も宿病は進んでる。…なんなら範囲が広がるペースが日に日に早くなっている。……やっぱり、考えたほうが良いな。 シェーレ:……。 エンディア:やっぱり、四の五のは言ってられない…、でも、シャルの精神は……。 シェーレ:ねぇ、先生。 0: シェーレ:『未完成の美しさ』ってあると思いませんか? 0: エンディア:…そりゃあ、また唐突だね? シェーレ:ふふ。ごめんなさい、是非この議題を先生と話し合いたくて。 エンディア:ほほぅ、君がそういうのは興味深いね。…どういう意味だい? シェーレ:そんな、言葉通りです。人間はみな、物事を完成させようとします。…ですが、作者が亡くなり未完成になってしまった著書や、ミステリであえて一番重要な犯人役をぼかす、など。 シェーレ:そのような不完全な物事には、完成品とはまた違った良さや素晴らしさがあると思うのです。…みんな、あまり理解してくれないのですけれどね。先生の考えをぜひお聞きしたくて。 エンディア:それはまたなんとも哲学的な話だね…。 シェーレ:大好きなんです。物事の価値観や人生観を人とお話しするの。 エンディア:…本当、変わった子だなあ。君は。 シェーレ:そんなの、もう周知の事実だと思っていましたけれど。ふふ。さぁさ、急かすようですがぜひアンサーを、エデン先生。 エンディア:そうだねぇ、あんまりそんなこと深く考えたことがなかったけれど、賛成だね。 シェーレ:その心は? エンディア:僕の好きな日本のお寺にまさにそれを体現したような門があるからさ。全部でその門は全部で十二本もの柱で成り立っているんだけれどね、 エンディア:その中の一つだけ、柱が逆さまに建てられているんだ。これは、満ちたもの、つまり完成したモノから崩壊が始まるという考え方のもとそうなっている。 エンディア:一回その柱を見に行ったことがあるんだけれど、それを見た時はどことない神秘と底知れない風雅(ふうが)さを感じたものさ。 シェーレ:へぇ、それは初耳です…! シェーレ:…一目、見てみたかったな。(小声) エンディア:ん、なんだい? シェーレ:あぁ、いえ。他愛ない独り言です。お気になさらず。答えてくれてありがとうございます、先生。 エンディア:どういたしまして!じゃあ、次は僕から話題提供だ!君にはぜひ「道化師カイヤ」の話をー…、あれ? シェーレ:? どうなさいましたか、先生? エンディア:…少し、本部に電話しなきゃいけないことを思い出した!ごめんね、トークはこの後だ!ちょっと行ってくるね! 0: 0:エンディアはそう言って駆け足で部屋を出ていく。 0: シェーレ:…そう。タイムリミットは、もうそんな近くまで迫っていたのね。 シーン転換。 エンディア:(N)…シャルの首に伸びていたツタが、目視で捉えられる速さで成長したのを、“最悪の事態”を見てしまったあの日から三日が経過した。 エンディア:(N)未だに宿病の原因は判明せず、無情にもシェーレの身体の植物は僕の見解よりも何倍も速く拡大のスピードを上げていく。 エンディア:(N)このままでは経過を見る残り一週間の間に“手遅れ”になる可能性がある。 エンディア:(N)シェーレをもっと大きな施設に移すべきだ。…この判断もだいぶ遅い、致命的なミスではあるだろうが。 シーン転換。 シェーレ:私を別の施設に、ですか…? エンディア:あぁ。…これ以上ここで様子を見ていれば、最悪君の命に関わるんだ。実際、君に宿ったその植物たちは既に君の首の右半分を飲み込んで、顔や胴体に向かい出している。 エンディア:…もう経過観察なんてしていられない段階に来てしまったんだ、シャル。もう話はつけてある、(だからすまない、僕は…。) シェーレ:(被せて)待ってください。 エンディア:えっ…? シェーレ:…私、他の施設には行きたくありません。 エンディア:…何を言ってるんだ、本当に君の大事に関わるんだよ!? シェーレ:大きい施設に移れば、きっと先生は私の担当を外れてしまうでしょう? エンディア:それがなんだって言うんだ!宿病が治れば僕とはまた会える。今は君の命が最優先だろう! シェーレ:いいえ。私は三日前、きちんと先生に言ったはずです。「一緒に頑張りましょう」、と。…先生は、約束を破られるのですか? エンディア:君の命を助けるためなんだよ!君が大事なんだ!君が助かるためならば、約束なんていくらでも破ってやるさ! シェーレ:…ふふふっ。そう…。ありがとう、エデン先生。そこまで私のことを思ってくれるなんて、とても嬉しかった。 エンディア:…嬉しかったって…、何を言ってるんだ!? シェーレ:これは、仕方がないことなのです、先生。 0: シェーレ:だってきっと、幕引きの緞帳(どんちょう)は、もう既に降り始めているのだから。 話数転換。 エンディア:なにを、言ってるんだ…? シェーレ:…私は、気づいてしまったのです。この宿病の正体に。そして、私はこの期に及んで欲しくなってしまった。 エンディア:さっきから何を言ってるんだ、シェーレ!! シェーレ:…残念ですが先生、今の私にもうハサミのような器用な心はないのです。…あなたのおかげで、すっかり尖りきってしまった。…だから、お願い。シャルと、呼んで。 エンディア:…シャル。さっきから君、変だぞ。 シェーレ:そりゃあ変にもなるでしょう…。…私のEnde(エンデ)が、そこまで迫っているのですから。 エンディア:え…? シェーレ:エデン先生。 0: シェーレ:あなたこそが、私にとっての禁断の果実だったの。 エンディア:なにを、っ…!?シャ、ル…? シェーレ:う、ぁっ…。 0: 0: エンディア:(N)瞬間、シャルの首元にあった植物が猛スピードでシャルの身体を塗り替えていく。 エンディア:(N)茎は伸び、さまざまな色の花が一斉に咲き誇り、それはシャルの綺麗な顔を、白く細い腕を、脚を。例外なく埋め尽くしていく。 エンディア:(N)その姿は、人間にはあまりにも不気味で、似合わない、だけれど。 エンディア:(N)どこか不完全で、息を呑むほど美しい。 0: 0: エンディア:宿病が、こんな猛スピードでっ…。これじゃあ、きっとすぐに臓器まで侵食する…っ!待っててくれ、今すぐ電話してっ…。 シェーレ:やめてっ!…くだ、さい。もう、間に合わないから…。…私がこうやって死ぬことは、もうとっくの昔に、決まっていたことなの。 エンディア:…シャル、ダメだ。僕は…、僕はまだ、(君と話したいことがたくさんある) シェーレ:(被せる)それもっ…!言わないで…。言ってはいけないわ…。 エンディア:でも、シャルっ!! シェーレ:…きっと、貴方は今の私にはもう届かない…。だからこそ、私はあなたに…。…あぁ、ダメだわ…。もう、目がかすんで…、エデン先生の顔が、みえない…。 エンディア:嫌だ、シャル…っ!目を閉じないでくれっ! 0: エンディア:(N)こうしているうちにもシャルの宿病は止まらない。そして、いつしか顔も色とりどりの花で埋め尽くされていた。 エンディア:(N)そして。 0: シェーレ:ふ、ふっ…。…せんせぇ。 0: エンディア:(N)彼女は、死に際とは思えないほどのとびきりの笑顔を僕に向け、言った。 0: 0: シェーレ:死ぬとき、は…。とびきり、はなやかで、いたいの…。だって…、ず…っと、ずっとっ……。 0: 0: エンディア:(N)それが、彼女の最期の言葉だった―――。 シーン転換。 シェーレ:(N)…ごめんね、いつかの私。私、いつの間にか強欲になっちゃったみたい。 シェーレ:(N)でも、私はどうしてもこの願いを叶えたい。…それほどまでに、狂気的なまでに。 シェーレ:(N)―――あの方を愛しているの。 シーン転換。 エンディア:(N)不可解なことは、彼女の死後も続いた。 エンディア:(N)燃えるように鮮やかな赤だった彼女の髪色は、日に日に色を失っていき、最後にはなにも混ざらないほどの漆黒に変わったのだ。 エンディア:(N)…黒の髪色は、一番能力が突出しているが、繊細だ。…彼女はもしかしたら、赤髪ではなかった?…疑問ばかりが残る。 エンディア:(N)そして…。彼女が亡くなった後、部屋の片づけをしていると、いつか彼女が取り出していたお気に入りの本が出てきた。 エンディア:(N)おもむろに本を開き、ぱらぱらとめくる。そこには―――。 0: シェーレ:(N)もともと黒髪であった彼女は赤髪と結婚したことで、他の貴族たちから妬まれ、いつ暗殺されてもおかしくない状況にあった。 シェーレ:(N)それだというのに、彼女は良く目立つ、煌びやかな衣装をいつも身に纏う。 シェーレ:(N)不思議に思った彼は、彼女に言った。 0: エンディア:(N)「そんな目立つ格好をしないでくれ。僕は、朽ち果てるまで君と暮らしたい。なのに、君のその服装は、自ら暗殺してくれと言っているようなものじゃないか。」 0: 0: シェーレ:(N)「死ぬときは、とびきり華やかでいたいの。だって、ずっと、大切なあなたの記憶には笑顔で素敵な私が残っていてほしいから。」 0: シェーレ:(N)彼女はいたずらに微笑んで、そう返した。 0: 0: シェーレ:(N)若き研究者は涙を頬に伝わすと、その本のページを優しくなでるように閉じた。 0: シェーレ:(N)繊細で儚く、情熱的な、赤い赤い彼岸花を一輪添えて。 0: 0: 0:End