台本概要

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タイトル 勇者の犠牲にロベリアを
作者名 机の上の地球儀  (@tsukuenoueno)
ジャンル ファンタジー
演者人数 2人用台本(不問2) ※兼役あり
時間 50 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 ――さあ、今こそ話そうじゃないか。魔の物を倒した、私とフィーの最初の物語を。

勇者伝説/禁忌の術/呪い/切ない

商用・非商用利用に問わず連絡不要。
告知画像・動画の作成もお好きにどうぞ。
(その際各画像・音源の著作権等にご注意・ご配慮ください)
ただし、有料チケット販売による公演の場合は、可能ならTwitterにご一報いただけますと嬉しいです。
台本の一部を朗読・練習する配信なども問題ございません。
兼ね役OK。1人全役演じ分けもご自由に。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
ヴィス 不問 88 18歳。強すぎる魔力を持つという理由で幽閉されている。フィー役を兼ねてください。
占い師 不問 150 年齢不詳。怪しい占い師。昔、ヴィスにとある預言をした。
フィー 不問 53 18歳。占い師の幼馴染みで、真の勇者。 ※ヴィス役の人が兼ねてください。もちろん、0:0:3で演じてくださっても構いません。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
 :  ヴィス:(M)この世には理がある。何が正しくて、何が間違っているのか。 ヴィス:それを判断するのは大多数で、淘汰されるものに為す術はない。  :  占い師:この子には生まれつきの力が……他に類を見ない、強い魔力がございます。いえ、その力は今はまだ眠っております。時が来れば、みながひれ伏す大きな力を発現するでしょう。……ですがこの力は毒にもなり得る。使い方を間違えれば、世界を滅ぼすことになるやもしれませぬ。  :  ヴィス:(M)この国に生まれた子供は、15歳になると全員が首都の大聖堂に赴き、聖水晶(せいずいしょう)に己が力を鑑定してもらう。そこで自身の裡(うち)に眠る資質を知り、それぞれの進路を決めるのだ。 ヴィス:みなが希望と期待に満ち溢れる洗礼式。……俺(/あたし)にとっては、それこそが悪夢の始まりだった。  :  占い師:しかも、どうやらこの子には神の加護がある。芽吹く前の蕾を折ることはできないでしょう。この子の未来は2つに1つ。力の制御を学ばせるか、永久に閉じ込め幽閉するか。さもなくば、世界を壊す覇者の道を閉ざすことはできませぬ。  :  ヴィス:(M)要は、今の内に殺しておきたいところだが無理なので、どうにか保護下に置くか、いっそ監禁してしまいましょう、ということだった。 ヴィス:  ヴィス:占い師の言葉を恐れた王は、俺(/あたし)を地下に閉じ込めることを選択した。父や母に拒否権はなく、俺(/あたし)は洗礼式のその日から、この世の全てと別離した。 ヴィス:両親の付けてくれた名前は抹消され、書類上死んだことになった俺(/あたし)は、それからずっと名無しのゴーストだ。 ヴィス:  ヴィス:当然、俺(/あたし)に近付くのを誰もが怖がった。本来は換気用だったのだろう。日に1度、残飯の方がマシだと思うような食事がパイプを伝って皿に落とされ、俺(/あたし)はそれで1日の経過を知った。それ以外の情報では、今日が何月なのかも、ここに来てどれくらいの時が経ったのかも、何も分からなかった。何せ、陽の光もない地下の話だ。地下室は常に寒く、石畳の床にボロ切れのような毛布があるだけ。元々牢屋だったのか、部屋の端には水路が通っており、排泄も水を飲むのも賄えるが故、この部屋だけでどうにか生活ができてしまう。 ヴィス:そんな最低粗悪な環境にも関わらず、「加護」とやらのおかげなのか、俺(/あたし)は病気で寝込むこともなく、死ぬこともできずに大人になってしまった。 ヴィス:唯一俺(/あたし)が幸運だったのは、たった1人定期的にやって来る訪問者がおり、その人が俺(/あたし)に教育を施してくれたことだった。 ヴィス:いやしかし、俺(/あたし)がこんな状況に置かれたのは、そもそもそいつの預言のせいなのであるが……。  :  占い師:やあ、元気かい?ヴィス。  :  ヴィス:(M)そいつは、占い師というよりも「魔道士」というのが相応しい風貌をしていて。 ヴィス:壁など関係なくすり抜けて、俺(/あたし)のプライベートもお構いなしにやってくる。  :   :   :  ヴィス:……元気に見えるか。 占い師:君って存在は本当に不思議だよ。そんなにやつれてボロボロになっても、加護のおかげで魂は精力に溢れている。まだまだ死にそうにはないね。 ヴィス:まるで呪いだ。 占い師:君にとってはそうかもしれないねぇ、ヴィス。 ヴィス:は? 占い師:私にとってはまさに奇跡だよ。君の存在はね。 ヴィス:……はぁ。占い師ってのは、みんなあんたみたいに訳の分からない話し方なのか。 占い師:どうだろう。私は占い師をあまり知らないから。 ヴィス:友人の1人もいないのか、あんたは。 占い師:必要ないからね。私には君がいるし。 ヴィス:は? 占い師:友人というのは定期的に会いたくなる存在だと何かで読んだことがある。私がこうして自ら会いたいと思い足を運ぶのは、ヴィスのところくらいだから。 ヴィス:そのヴィスっての、俺(/あたし)は納得してないからな。 占い師:納得なんてする必要はないよ。君はヴィスなんだから。 ヴィス:……名付けようとしてくれる気持ちはまあ嬉しいけどな。俺(/あたし)には名無しがお似合いだよ。 占い師:それでも君はヴィスなんだよ。私にとってはね。 ヴィス:「ネジ」なんて呼ばれて嬉しい奴がいると思うか? 占い師:良い名前だろ? ヴィス:センスを疑う。 占い師:ふふ。ねぇヴィス。 ヴィス:……何だよ。 占い師:今日はようやくこの授業が出来るよ。さあ、この国の成り立ちについて勉強しようか。 ヴィス:……?それならもうやっているだろう。 占い師:あぁ。そうだね。表向けの正史は、ね。 ヴィス:え? 占い師:そろそろ時が来る。君は真実を知る必要がある。私はもう後悔はしたくないんだ。 ヴィス:また訳の分からないことを。 ヴィス:で?国の成り立ちが何だって? 占い師:そうだね。 占い師:本当の歴史を語る前に、まず君の知っている歴史をおさらいしようか。 ヴィス:おさらいって言われても。 ヴィス:……昔々、世界に混沌と悪意が溢れていた時代。突如彗星の如く現れた英雄レギウスがその圧倒的な魔力でこの世の全ての魔物を打ち倒し、世界に平和をもたらした。英雄は王となり、一大陸を統一するこの国を建国した。 ヴィス:……事実は小説よりも奇なり。御伽話みたいな現実だ。 占い師:英雄レギウス!あぁ、なんて賢く強そうで、英雄「らしい」名前なんだろうね。 ヴィス:実際英雄だ。この国の初代国王でもある。 占い師:そう教わっただけだろう?直接見た訳じゃない。だってその話は、半分は本当に御伽話……嘘なのだから。 ヴィス:は?どういうことだよ? 占い師:真実はより創作じみている。 占い師:君は「コトワリ」を知っているかい? ヴィス:理?……道理のことか? 占い師:道理。正しい筋道。……そうだね。それが理だ。 占い師:でも、私の言う「コトワリ」は少し違う。それは概念であり、そして君たちの想像する魔物そのもの。……悪意を現実にする存在だった。 ヴィス:おい、一体何の話を……、 占い師:最初はみんな軽い異常気象だと思っていたんだ。後に「コトワリ」と呼ばれたそれは空を覆う霧のようなもので、中々実態を現さなかった。初めはただ洗濯が乾きにくいくらいで、特に大きな不都合はなかったんだ。でも、それはじわじわと私たちの世界を侵食していった。 ヴィス:…………。 占い師:この世に悪意が満ち始めた。が、原因はまるで分からない。今まで仲が良かった筈の家族がギスギスし、恋人同士が裏切り合い、犯罪が溢れ、諍いが発展して戦争が始まった。 占い師:世界は混沌と悪意に包まれていった。 ヴィス:……聞いてるだけで地獄だな。 占い師:そう、まさに地獄だった。 ヴィス:まるで実際に見てきたような口ぶりだ。 占い師:あぁ。実際にこの目で見てきたからね。 ヴィス:何言ってんだ。この国が建国して何百年経ってると思ってる。 占い師:悪夢のような月日が続いたある日、とある魔道士が不思議なエネルギーの波動を見つけた。それはコトワリの中から発せられていた。 ヴィス:おい。 占い師:そこで魔道士は幼馴染みの剣士と一緒に、コトワリを破壊する旅に出た。……その頃はまあ、魔道士も若かったんだ。剣士といると、何でもできる気がしてね。 ヴィス:……まさか、その魔道士って……。 占い師:ふふ。  :(間) 占い師:そう。その魔道士こそが私だ。どうやら若く見えるようで何よりだよ。  :(間) 占い師:この時をずっと待っていた。あの呪われた日からずっと……。 占い師:この国は腐ってる。この国を建国した王が魔物を倒した英雄?……ふざけるな。コトワリを倒したのはフィーなのに。 ヴィス:フィー?英雄の名はレギウスだろ。 占い師:レギウス?……レギウスレギウスレギウスレギウス!あぁ、確かにその名は英雄に、そして王に相応しいのかもしれない!……でも事実は違う。真実は違う! 占い師:フィー。真の英雄の名は……フィー、サクリフィーだ! ヴィス:サクリフィー?それって……、 占い師:犠牲。そう。サクリフィーの意味は「犠牲」。……馬鹿にしているよな。レギウスは王になってから、大陸全土の言葉をまとめ共通語を作った。今私たちが話しているこの言語を。その時に、「犠牲」という言葉を定義したんだ。 ヴィス:つまり、なんだ……?本当にレギウスが偽物で、フィーって奴が英雄なんだとしたら……。レギウスはその手柄を奪い、真の英雄である筈のその名を、わざわざ「犠牲」という言葉に定義したってのか……? 占い師:あいつは剣術でフィーに負けてからずっと逆恨みしていてね。器の小さい男だよ。同じ村出身で、あいつも元は私たちの幼馴染みだったんだ。なのに。あいつはフィーの手柄を奪い、名を汚(けが)した。 ヴィス:そんなことが……?……いや、ごめん。あんたを信じてない訳じゃないんだ。でも……、 占い師:俄には信じられない? ヴィス:…………あぁ。 占い師:そう。今の君では無理だろうね。 占い師:……ねえ。私が何度「フィー」と言葉にしても、君は何とも思わないの? ヴィス:え? 占い師:フィー、フィー、フィー!……どうだ、懐かしくはないか。何か感じることはないのか! ヴィス:お、おい……。 占い師:君はかつてフィーだった!私の幼馴染みで、コトワリに最後のトドメを刺した剣士。 占い師:この国の……本当の英雄!  :(間) ヴィス:……俺(/あたし)が……? 占い師:あぁ……本当に何も覚えていないんだね。本当に君であって君じゃないんだ……。 占い師:……話を変えようか。何故君は、自身に神の加護があるのだと思う? ヴィス:それは……。分からない。だって俺(/あたし)は、生まれつき死ねない身体で……。 占い師:そんなことは普通あり得ない。 ヴィス:そんなこと言ったって……。 占い師:神の加護を得るのは、本来勇者ただ1人だけ。 占い師:……ねぇヴィス。建国物語とともに、この国に語り継がれる逸話がもう一つあるだろう?君も知っている話さ。 ヴィス:……愚問だ。「勇者伝説」だろ。そんなの馬鹿でも分かる。 占い師:勇者伝説。この世が悪意に満ちた時、世界を理通りに正すことができた者は勇者の称号を得る。……そういう「伝説」だ。 ヴィス:……この国の王は魔物を打ち滅ぼした勇者の血を脈々と受け継いでいる。だからこそ魔物のいない平和な世界を維持していられるって……国民は小さい時から聞かされて育つ。でも、あんたの話を信じるなら、これは間違ってる歴史ってことだろ? 占い師:……伝説には続きがあってね。 ヴィス:……え? 占い師:勇者になった者は、その時神の加護を得るんだ。無敵の力……「死なない力」をね。 ヴィス:……死なない、力……。 占い師:私もフィーもレギウスも。いや、国の若者みんなが勇者に憧れ、自己研鑽に励んだ。 占い師:とはいえコトワリが現れるまでは、私も何をどうするのが「理通り世界を正す」ことなのか分からなかったけどね。レギウスなんて、コトワリが現れてからも分からなかったんじゃないかな。 ヴィス:……あんたにとって、フィーって奴は……、 占い師:かけがえのない存在だ。 ヴィス:ごめん。俺(/あたし)何も覚えてなくて……。 占い師:フィーは優しく。強く。いつだって真っ直ぐで。これ以上ない最高の友人だった。 ヴィス:…………。 占い師:記憶を失っていても、私には分かる。君こそがフィーの生まれ変わりだ、ヴィス。魔の物が現れる18年前に生まれ、その時が来たら魔物を滅ぼす代わりに自身も果てる、呪いのような宿命に囚われし者。 ヴィス:生まれ変わり……。果てる……?  :(間) 占い師:死ぬってことさ。もうすぐ今世にも魔の物が現れる。フィーはいつだって18の時に現れた魔の物と相打ちになるんだ。何度も何度も、生まれ変わっては死んでいく。 ヴィス:……ちょっと待て。さっき、英雄は無敵の力を得るって言ったじゃないか。死なない力を手に入れるって! ヴィス:フィーってのが……俺(/あたし)の前世がその英雄なんだろ?だったら……、 占い師:そうだよ。本来あの時死ぬのは私だけで、フィーは死なない筈だった。永遠に生きるのは私でなくフィーの筈だった! 占い師:でもね。あの時運命は狂ってしまったんだ。 占い師:……さあ、今こそ話そうじゃないか。魔の物を倒した、私とフィーの最初の物語を。  :   :   :   :(以下、回想) 占い師:エネルギーの中心地を見つけた私たちは、とうとうそこでコトワリの実態と対峙した。コトワリはそう……まるで悪夢だった。悪夢と形容するに相応しい、見ているだけでえずいてしまうようなおどろおどろしい姿。切り付けると黒い靄(モヤ)を放出するんだ。……例えるならそれは、悪意のガスのような代物だった。それに触れると、心が徐々に闇に支配されて行くんだ。私は必死に靄からフィーを守った。 占い師:……まさに死力を尽くした戦いだったよ。平行線の戦いが続いてもうダメだと思った頃、一瞬の隙をついてフィーがコトワリにトドメを刺したんだ。 占い師:コトワリは消滅し、空から悪意の靄が消えた。……平和が訪れたんだ。 占い師:でも、その時にはもう私は深い深い傷を負っていた。……所謂致命傷、ってやつさ。  :  フィー:終わ、った……?や、やった……!やっとコトワリを倒したんだ……!すごい……!どんどん力が溢れてくる!伝説は本当だったんだ!本当に勇者になれたんだ!……って、あれ?……おい。 占い師:(か細い声で)……何だ。 フィー:(占い師に駆け寄って)おい、おいしっかりしろ……!なあ……! 占い師:大丈夫、意識はまだしっかりしているさ。起き上がれないだけ。 フィー:起き上がれないだけって……。なんで。ようやくコトワリを倒したのに……! 占い師:……あぁ、困ったな。どうやら私はここまでのようだよ、フィー。思ったより傷が深い。 フィー:ならもっと痛がれ!我慢するな! 占い師:無茶を言うね、君。 フィー:だって、痛がってくれないと……! 占い師:……そうだね。戦場で受けた傷の痛みを感じなくなった者は、死神に愛された哀れな骸だ。……もう何も感じない。感覚が麻痺して、もう痛いかどうかも分からない。 フィー:すぐ医者の所に連れて行くから。大丈夫だ。大丈夫だから……! 占い師:無理だよ、フィー。言ったろ。傷が深い。……私はもう死ぬ。どうか受け入れてくれ。 フィー:嫌だ。無理だ。置いていかないで。嫌だ、死ぬな。死ぬなよ。死なないでくれ……。 占い師:ほら、笑って。私は君の笑顔が好きだって言ったろう? フィー:嫌だ!ずっと一緒にいるって言ったじゃないか! 占い師:フィー。 フィー:お前が死んだら意味ないじゃないか!私は何のためにここまで……! 占い師:(被せて)世界の為だ。 フィー:…………! 占い師:世界の為だろ、フィー。 フィー:…………。 占い師:世界は救われた。やっと「コトワリ」を倒したんだ。フィー。君はやったんだ。本当の勇者になったんだよ。 フィー:だから、そんなの何の意味も……。 占い師:勇者だよ。今まで君を馬鹿にしてた奴らも、手のひら返しで君を崇めるだろう。今の君なら、何だってできる。 フィー:(何かに気付いて)……!何だって、できる……?……勇者……そうか。私が勇者なら……。 占い師:フィー? フィー:今、私には勇者の……神の加護がある。……なら。 占い師:……おい馬鹿。何を考えてる。 フィー:神の加護を、お前に移せば……。 占い師:……!ダメだ、フィー!そんなことをしたら君が……! フィー:……死神なんかにお前は渡さない。君が死ぬ世界なんて認めない。 占い師:フィー、待ってくれ……! フィー:ごめんね。そのお願いは聞いてあげられない。 占い師:フィー……! フィー:はぁああああああああ! 占い師:やめろぉおおおおおお!  :(回想終了)  :   :   :  占い師:あの馬鹿は、私のために勇者の力を解放したんだ。 ヴィス:それで、どうなったんだ……? 占い師:コトワリは消滅した世界で、私だけが生き残った。腹に受けた傷は綺麗さっぱり消え、代わりにフィーが息絶え地面に倒れていた。 ヴィス:そんな……。 占い師:勇者の力が私に移った。自分でもそれが分かった。だって、魔力とは違う大きな力を自分の中から感じることができたから。 ヴィス:それは……ごめん。何て声をかけたら良いか……分からない。 占い師:ふふ。そういう素直な所はとてもフィーらしいね。 ヴィス:……?いや、待ってくれ。さっき、俺(/あたし)は何度も生まれ変わってるって。フィーから勇者の加護が無くなったなら、なんで俺(/あたし)が生まれ変われるんだ? 占い師:それは……私のせいだ。 ヴィス:え?せい?おかげ、じゃなくてか? 占い師:フィーが死んでしばらくして、私たちの所に人の気配が近付いてきたんだ。周りを気にせず大きな音を立てて戦ってたから、とっくに居場所は割れていたんだろう。加えて空から靄が消えたことで、コトワリの消滅も知られてしまった。 ヴィス:……漁夫の利を狙った訳か? 占い師:それも1人の気配じゃなかった。大勢の気配だ。……先頭に立つ男の気配には覚えがあった。 ヴィス:話の流れで、俺(/あたし)にもそいつが誰だか分かるな。 占い師:それはレギウスだった。 ヴィス:ほーらな、やっぱり。しかしまあ、なんだって他の奴らはそんなクズに付き従っているんだか。 占い師:レギウスって男は、口の上手さは天下一品でね。ついつい口車に乗せられてしまうカリスマ性があった。 占い師:ご想像通り、奴はコトワリを倒し生き残った俺らを始末しようとしてやってきた。 ヴィス:クズの鑑のような奴だな。 占い師:悪い予感のした私は、奴らが到着する前に幻影で自分の死体を創り出し、木の上に隠れた。レギウスの奴はすぐにやって来たよ。 ヴィス:それで、どうなったんだ。 占い師:あの時のことを今でも後悔してる。 占い師:……レギウスは、フィーと私の幻影、どちらにも息がないことを確認した。……でも、それだけじゃなかった。 ヴィス:え……? 占い師:死んでいるのを確認したら、すぐに立ち去ると思っていた私が甘かった。 占い師:勇者に成り変わるなら、当然一寸の間違いも許されない。……あいつは、レギウスは、フィーと私の身体を剣で貫いたんだ。何度も。……何度も何度も! 占い師:まあ私の身体は言った通り偽物だったから、痛くも痒くもなかったけど。……奴らが去って、フィーの穴だらけの亡骸を抱いた私の気持ちは、きっと君にも分からないだろう。 ヴィス:…………。 占い師:その時、絶望の狭間で、私は犯してしまったんだ。 ヴィス:……犯す?何を? 占い師:魔導の禁忌を。 ヴィス:…………は? 占い師:(乾いた笑いで)方術、と言う。不老不死や輪廻を含む、所謂タブーの魔術だ。 ヴィス:…………それって、 占い師:あの時、私は消えても良かった。死んでも良かった。フィーが生き返るなら、それで。 占い師:私は自分の魂を媒体にして方術を使い、フィーの魂を現世に呼び戻そうとした。 占い師:けれどその時、加護の効果が現れてしまったんだ。無敵の力、死なない力。……それが、異常な形で。 ヴィス:異常な……? 占い師:おかしいと思わなかった? 占い師:こんな生活で、環境で、どうして自分が生きていられるのか。 ヴィス:だからそれは!俺(/あたし)に強い魔力があるからで……、 占い師:馬鹿馬鹿しい。魔力があろうと、人は飢えや病気には勝てない。 ヴィス:なら何で! 占い師:(被せて)お前に勇者の加護があるからだ! ヴィス:…………は? 占い師:加護の譲渡も!死を覆す輪廻の術も!全部全部不完全だった!私たちはどちらも失敗したんだ! ヴィス:失敗……?なんで?俺(あたし)には勇者の加護があるって……?だって、フィーからは勇者の加護が無くなったって言ったじゃないか!……譲渡が不完全?あぁもうどういうことだよ!訳がわからない。フィーってやつはお前に加護を譲渡したんだろ?なら……! 占い師:本来の勇者であるフィーの身体には、僅かな加護が残っていたんだ。その僅かな加護が作用して、私の方術はあいつを深い呪いに陥れた。 占い師:確かにフィーは生き返ったよ。百年後、次の魔の物が現れる前にね。 ヴィス:ひゃく、年後……? 占い師:対して、フィーからほとんどの加護を受け継いでいた私は、方術を使っても死ななかった。……死ねなかった。 ヴィス:…………。 占い師:媒体とした筈の魂をこの身体に閉じ込められた。加護の「死なない」力が働いて、「死ねない」身体になってしまった。……おかしな話だ。 ヴィス:……本当に、そのままずっと生き続けてるって言うのか?この国の建国前から、ずっと1人で……? 占い師:あぁ。 ヴィス:そして、勇者は……俺(/あたし)は……、 占い師:言った通りだ。勇者の死なない力、そして私がかけた生まれ変わりの方術。そのどちらもが不完全な形でフィーの魂を呪った。 占い師:故に勇者は永遠に生まれ変わり続ける。未来永劫、コトワリのような魔の物を倒し続ける為に。百年に一度、魔の物の登場のきっかり18年前に生まれ、そして魔の物を道連れに死んでいく。 ヴィス:……王に流れる勇者の血を恐れて、魔物たちはこの国にやってはこない。だからこの国は平和なんだって……俺(/あたし)らはそう習っていたけど……、 占い師:そりゃあ、一般人には知られずに倒しているからね。魔の物は百年に一度現れる。そしてこの世を悪意で満たす。……でも英雄が、勇者が、いつだってそれを倒し続けているのさ。……私と、フィーの生まれ変わりたちがね。 ヴィス:それなのに、この国はそれを王族のおかげだって説いているのか……? 占い師:この国はおかしい。国だけじゃない。この世界はもう丸ごと狂っているのかもしれない。「魔物は、増えすぎた人間を減らすための神の一手だ」とか何とか言う異教徒たちがいるが、あれもあながち間違いじゃないかもしれないよ。 占い師:……だって、何らかの意思が働いているとしか思えないじゃないか。一番「世界」にとって都合のいい勇者が、ああして誕生してしまったのだから。 ヴィス:都合のいい、勇者……。 占い師:功績を望みようもない。国家転覆を狙うわけでもない。魔物を殺し、自らもこの世を去っていく。そんな便利な存在。 ヴィス:じゃあ、本当にもうすぐ俺(/あたし)は死ぬってのか……?都合よく、便利で、ただ犠牲となる存在……。そんなのってない、こんなのって(理不尽じゃないか)! 占い師:(被せて)理不尽。そう、理不尽なんだよ。 占い師:でも、今回はいつもと違う。今回の君はフィーの記憶を持たない、フィーであってフィーでない魂。……だからね。 ヴィス:え? 占い師:今回は変えようって思ったんだ。この運命を、ね。  :   :   :   :(以下、回想シーン) 占い師:(M)永遠の時の中で、私は何度悪夢を見て、君の幻覚に惑わされただろう。  :  占い師:もう嫌だ。耐えられない。お願いだ、フィー。もうやめよう、もう君が死ぬのは見たくない。  :  占い師:(M)だって君はすぐ死んでしまうから。何度も何度も生まれ変わっては、何度も何度も死んでしまうから。  :  フィー:ごめん、ヴィス。  :  占い師:(M)どんなに止めても。  :  フィー:行かなくちゃ。  :  占い師:(M)どんなにお願いしても。  :  フィー:私がやらなきゃいけないことなんだ。  :  占い師:(M)頼むから。そんな正義感など捨ててしまって。  :  フィー:大丈夫だよ、ヴィス。  :  占い師:(M)これはきっと、君が望んだ結末じゃないだろう。  :  フィー:私は勇者だから。  :  占い師:(M)でも、例え君に嫌われても。  :  占い師:絶対に君が倒さなければならない理由がどこにある!わざわざ死にに行く必要なんてないだろ!頼む、側にいてくれ、フィー!  :  フィー:また会おう、ヴィス。  :  占い師:行くな、フィー!  :   占い師:(M)君は。君はいつだって、私を置いて死んでしまうから。 占い師:もういい。もう嫌だ。どうして、どうしてなんだ。フィー。 占い師:もう嫌だ。死にたい……!誰か私も殺してくれ……!もう君の死なんて見たくない! 占い師:  占い師:……だから。だからもう、壊してしまおうと思ったのさ。君ごと全部。丸ごと全部。 占い師:  占い師:でも、私には君は殺せなくて。 占い師:  占い師:そんな時、やっと現れた君という存在。君であって君じゃない、君の魂を宿す別の魂。 占い師:  占い師:フィーでないからと君を壊す私を、許して欲しいとは言わない。 占い師:  占い師:でも。お詫びにもならないけれど。ただの自己満足だけれど。フィーが呼んでくれたこの名。ヴィス。その名を君にも与えよう。 占い師:私を世界に繋ぎ止めていたもの。まるでヴィス……ネジのような君を。  :(回想終了)  :   :   :  占い師:だからほら。「壊さなきゃ」。 ヴィス:何を……、 占い師:ほら。見てよ。やっと研究が成功したんだ。やっと捕まえられた。 ヴィス:……え? 占い師:これは、「素(そ)」。 ヴィス:素(そ)……? 占い師:魔の物の「素」。素(もと)となる核みたいなものさ。……長かったよ。魔の物は百年間、これに悪意を溜め続ける。そうして百年に一度、勇者にしか倒せないような強敵となって、この世界を恐怖に染めるんだ。 占い師:でもね、これは言わばサナギのようなもの。……羽化するまでなら、私にも簡単に捕まえられた。 ヴィス:それを……どうするんだ……? 占い師:融合する。 ヴィス:融合?……何と? 占い師:君と。そして誰にも倒せない、この世を破滅に導く怪物を作るんだ。 占い師:……あぁいや、違う。私を地獄から救う、勇者を、だね。 ヴィス:何言って……やめろ……近付くな……! 占い師:さぁ、ヴィス。君の力を解放しよう。眠っている力を、全て。 占い師:私の為に、「壊れて」おくれ。 ヴィス:あ、あぁああ……!  :  占い師:(M)地下牢に光が溢れる。この牢の上に聳え立つ憎き城も、じきに崩壊するだろう。  :  占い師:……良い!良いねえ、ヴィス!すごい、すごいよ!これが君の力か。こんなに溜め込んでいたんだねえ……! 占い師:(徐々に涙声になりながら)あぁ……何もかも崩れていく……闇に包まれて、終わりのない混沌が広がる。これこそ。これこそが私の望んだ未来だ。そうだ、そうだとも。  :(間) 占い師:これこそ、私の……。 ヴィス:頼む、やめ、て……あぁあっ! 占い師:…………!  :   :   :   :(以下、回想シーンが続きます) ヴィス:うるさいな。ネジなんて呼ばれて返事する訳ないだろ!早くいなくなれよ! ヴィス:……また来たのか。飽きない奴。 ヴィス:遅いぞ!ほら、早く!この前の続き聞かせてくれよ! ヴィス:……おかしいよな。あんたの預言で俺(/あたし)はここにいるってのに。何でかな。 ヴィス:あんたといると、楽しいんだ。  :(回想終了)  :   :   :  占い師:(M)本当は、もっと早くに君がこの生活に絶望して、壊れて力を解放するだろうって算段だったんだ。その為に王をけしかけて、君を牢屋に閉じ込めた。なのに君って奴は、本当に歪みなく真っ直ぐで。その瞳には輝きを湛えたまま。フィーとは違うのに、まるでフィーのように強く、眩しく。フィーと同じように……こんな私にも、優しくて。 占い師:本当なら。こんな未来は望んでなんてなかったのに。フィーと……ヴィスとずっと笑っていられたら、私はそれで良かったのに。 占い師:でも。でもね。もう、何もかも遅いんだ。  :  占い師:……ごめん、ごめんね。さあ。一緒に世界を壊そう、ヴィス。もう、もう苦しいのは終わるから。すぐに、終わるから。 占い師:そう。これが私の本当の望みなんだ。本当の……、 フィー:本当に? 占い師:え? フィー:そうじゃないだろ。本当のお前は。 占い師:は……? フィー:お前はそんな奴じゃない。 占い師:……フィー?……や、やめろ。クソッ。なんで今更また……! フィー:お前は優しいやつだ、ヴィス。 占い師:ヴィスなんて呼ぶな!私がこんなになってしまったのはお前のせいなのに……! フィー:ヴィス。ごめんな。今まで辛かったよな。 占い師:やめてくれ……!どうせまた幻覚のくせに……! フィー:いや。私が幻覚じゃないことは、君が一番よく分かる筈だよ。 占い師:え? フィー:私だよ、ヴィス。  :(間) 占い師:……フィー、なのか?本当に? フィー:あぁ。 占い師:でも、どうして……! フィー:確かに、今の私は君に「ヴィス」と呼ばれているあの身体に囚われた魂の1つに過ぎない。だけど、さっき力が解放されて、あっちのヴィスと私との間に隙間ができたんだ。おかげで自由に動けるようになった。……でも、そう時間はない。さあ。一緒に終わらせようじゃないか。 占い師:フィー、無理だよ。もう止められない……! フィー:私達が力を合わせれば何でもできる。もうこんな連鎖は終わらせるんだ。全ての力を出し切れば、きっと。 占い師:…………。 フィー:私もずっと、君が死ぬのが怖かった。 占い師:フィー。 フィー:でも、今なら。2人の魂を、天秤の同じ皿に乗せるなら、きっと。……さあ、一緒に行こう。 占い師:……まだ、間に合うかな。 フィー:もちろん。 占い師:私たちの過ちを。あの禁忌を……? フィー:全てを無かったことに。 占い師:元通りに。 フィー:壊れたものも、失われたものも、全て。 占い師:ヴィスは……? フィー:記憶の棚を整理しよう。……あの子はまだ、きっとどこか幸せになれるから。 占い師:……ごめんよ。私のヴィス。……どうか、どうか幸せに。……くっ! ヴィス:うわあぁああああああああああ! 占い師:(同時に)あぁああああああああああ!  :   :   :   :(長い間)  :   :   :  ヴィス:ん、んん……。あ、あれ?俺(/あたし)は……。眠ってたのか……?それにしてもなんでこんな所に……。 ヴィス:何だろう。……あれ?なんで涙なんか。どうして……?何だか、大切なことを忘れているような……、  :   :   :   :(過去の回想) フィー:名前がない? 占い師:あぁ。私は孤児だから。 フィー:それじゃ不便だろ。 占い師:そんなこともないが。 フィー:世界を救う勇者御一行の魔道士が名無しだなんて困るだろ。 占い師:本当に君は自信家だな。何が勇者御一行だ。たった2人だけのパーティーで世界を救えるものか。 フィー:救えるさ。だって私こそが勇者だからな。 占い師:……まだ勇者候補だろう。 フィー:うーん、名前……名前か。そうだな。うん。  :(間) フィー:……よし。今日から君の名前はヴィスだ! 占い師:ヴィス?……ネジの? フィー:あぁ! 占い師:おい。「ネジ」なんて呼ばれて嬉しい奴がいると思うか? フィー:父の故郷では、「この世に自分を繋ぎ止める最も尊いもの」って意味がある言葉だ。 占い師:……は? フィー:良い名前だろ? 占い師:……センスを疑うね。 フィー:ふふ。ねぇヴィス。 占い師:……何だ。 フィー:君はずっと私のそばにいてくれよ。 占い師:…………。 フィー:な? 占い師:お前こそ。勝手に死ぬなよ。 フィー:あぁ。ずっと友達だよ、ヴィス。

 :  ヴィス:(M)この世には理がある。何が正しくて、何が間違っているのか。 ヴィス:それを判断するのは大多数で、淘汰されるものに為す術はない。  :  占い師:この子には生まれつきの力が……他に類を見ない、強い魔力がございます。いえ、その力は今はまだ眠っております。時が来れば、みながひれ伏す大きな力を発現するでしょう。……ですがこの力は毒にもなり得る。使い方を間違えれば、世界を滅ぼすことになるやもしれませぬ。  :  ヴィス:(M)この国に生まれた子供は、15歳になると全員が首都の大聖堂に赴き、聖水晶(せいずいしょう)に己が力を鑑定してもらう。そこで自身の裡(うち)に眠る資質を知り、それぞれの進路を決めるのだ。 ヴィス:みなが希望と期待に満ち溢れる洗礼式。……俺(/あたし)にとっては、それこそが悪夢の始まりだった。  :  占い師:しかも、どうやらこの子には神の加護がある。芽吹く前の蕾を折ることはできないでしょう。この子の未来は2つに1つ。力の制御を学ばせるか、永久に閉じ込め幽閉するか。さもなくば、世界を壊す覇者の道を閉ざすことはできませぬ。  :  ヴィス:(M)要は、今の内に殺しておきたいところだが無理なので、どうにか保護下に置くか、いっそ監禁してしまいましょう、ということだった。 ヴィス:  ヴィス:占い師の言葉を恐れた王は、俺(/あたし)を地下に閉じ込めることを選択した。父や母に拒否権はなく、俺(/あたし)は洗礼式のその日から、この世の全てと別離した。 ヴィス:両親の付けてくれた名前は抹消され、書類上死んだことになった俺(/あたし)は、それからずっと名無しのゴーストだ。 ヴィス:  ヴィス:当然、俺(/あたし)に近付くのを誰もが怖がった。本来は換気用だったのだろう。日に1度、残飯の方がマシだと思うような食事がパイプを伝って皿に落とされ、俺(/あたし)はそれで1日の経過を知った。それ以外の情報では、今日が何月なのかも、ここに来てどれくらいの時が経ったのかも、何も分からなかった。何せ、陽の光もない地下の話だ。地下室は常に寒く、石畳の床にボロ切れのような毛布があるだけ。元々牢屋だったのか、部屋の端には水路が通っており、排泄も水を飲むのも賄えるが故、この部屋だけでどうにか生活ができてしまう。 ヴィス:そんな最低粗悪な環境にも関わらず、「加護」とやらのおかげなのか、俺(/あたし)は病気で寝込むこともなく、死ぬこともできずに大人になってしまった。 ヴィス:唯一俺(/あたし)が幸運だったのは、たった1人定期的にやって来る訪問者がおり、その人が俺(/あたし)に教育を施してくれたことだった。 ヴィス:いやしかし、俺(/あたし)がこんな状況に置かれたのは、そもそもそいつの預言のせいなのであるが……。  :  占い師:やあ、元気かい?ヴィス。  :  ヴィス:(M)そいつは、占い師というよりも「魔道士」というのが相応しい風貌をしていて。 ヴィス:壁など関係なくすり抜けて、俺(/あたし)のプライベートもお構いなしにやってくる。  :   :   :  ヴィス:……元気に見えるか。 占い師:君って存在は本当に不思議だよ。そんなにやつれてボロボロになっても、加護のおかげで魂は精力に溢れている。まだまだ死にそうにはないね。 ヴィス:まるで呪いだ。 占い師:君にとってはそうかもしれないねぇ、ヴィス。 ヴィス:は? 占い師:私にとってはまさに奇跡だよ。君の存在はね。 ヴィス:……はぁ。占い師ってのは、みんなあんたみたいに訳の分からない話し方なのか。 占い師:どうだろう。私は占い師をあまり知らないから。 ヴィス:友人の1人もいないのか、あんたは。 占い師:必要ないからね。私には君がいるし。 ヴィス:は? 占い師:友人というのは定期的に会いたくなる存在だと何かで読んだことがある。私がこうして自ら会いたいと思い足を運ぶのは、ヴィスのところくらいだから。 ヴィス:そのヴィスっての、俺(/あたし)は納得してないからな。 占い師:納得なんてする必要はないよ。君はヴィスなんだから。 ヴィス:……名付けようとしてくれる気持ちはまあ嬉しいけどな。俺(/あたし)には名無しがお似合いだよ。 占い師:それでも君はヴィスなんだよ。私にとってはね。 ヴィス:「ネジ」なんて呼ばれて嬉しい奴がいると思うか? 占い師:良い名前だろ? ヴィス:センスを疑う。 占い師:ふふ。ねぇヴィス。 ヴィス:……何だよ。 占い師:今日はようやくこの授業が出来るよ。さあ、この国の成り立ちについて勉強しようか。 ヴィス:……?それならもうやっているだろう。 占い師:あぁ。そうだね。表向けの正史は、ね。 ヴィス:え? 占い師:そろそろ時が来る。君は真実を知る必要がある。私はもう後悔はしたくないんだ。 ヴィス:また訳の分からないことを。 ヴィス:で?国の成り立ちが何だって? 占い師:そうだね。 占い師:本当の歴史を語る前に、まず君の知っている歴史をおさらいしようか。 ヴィス:おさらいって言われても。 ヴィス:……昔々、世界に混沌と悪意が溢れていた時代。突如彗星の如く現れた英雄レギウスがその圧倒的な魔力でこの世の全ての魔物を打ち倒し、世界に平和をもたらした。英雄は王となり、一大陸を統一するこの国を建国した。 ヴィス:……事実は小説よりも奇なり。御伽話みたいな現実だ。 占い師:英雄レギウス!あぁ、なんて賢く強そうで、英雄「らしい」名前なんだろうね。 ヴィス:実際英雄だ。この国の初代国王でもある。 占い師:そう教わっただけだろう?直接見た訳じゃない。だってその話は、半分は本当に御伽話……嘘なのだから。 ヴィス:は?どういうことだよ? 占い師:真実はより創作じみている。 占い師:君は「コトワリ」を知っているかい? ヴィス:理?……道理のことか? 占い師:道理。正しい筋道。……そうだね。それが理だ。 占い師:でも、私の言う「コトワリ」は少し違う。それは概念であり、そして君たちの想像する魔物そのもの。……悪意を現実にする存在だった。 ヴィス:おい、一体何の話を……、 占い師:最初はみんな軽い異常気象だと思っていたんだ。後に「コトワリ」と呼ばれたそれは空を覆う霧のようなもので、中々実態を現さなかった。初めはただ洗濯が乾きにくいくらいで、特に大きな不都合はなかったんだ。でも、それはじわじわと私たちの世界を侵食していった。 ヴィス:…………。 占い師:この世に悪意が満ち始めた。が、原因はまるで分からない。今まで仲が良かった筈の家族がギスギスし、恋人同士が裏切り合い、犯罪が溢れ、諍いが発展して戦争が始まった。 占い師:世界は混沌と悪意に包まれていった。 ヴィス:……聞いてるだけで地獄だな。 占い師:そう、まさに地獄だった。 ヴィス:まるで実際に見てきたような口ぶりだ。 占い師:あぁ。実際にこの目で見てきたからね。 ヴィス:何言ってんだ。この国が建国して何百年経ってると思ってる。 占い師:悪夢のような月日が続いたある日、とある魔道士が不思議なエネルギーの波動を見つけた。それはコトワリの中から発せられていた。 ヴィス:おい。 占い師:そこで魔道士は幼馴染みの剣士と一緒に、コトワリを破壊する旅に出た。……その頃はまあ、魔道士も若かったんだ。剣士といると、何でもできる気がしてね。 ヴィス:……まさか、その魔道士って……。 占い師:ふふ。  :(間) 占い師:そう。その魔道士こそが私だ。どうやら若く見えるようで何よりだよ。  :(間) 占い師:この時をずっと待っていた。あの呪われた日からずっと……。 占い師:この国は腐ってる。この国を建国した王が魔物を倒した英雄?……ふざけるな。コトワリを倒したのはフィーなのに。 ヴィス:フィー?英雄の名はレギウスだろ。 占い師:レギウス?……レギウスレギウスレギウスレギウス!あぁ、確かにその名は英雄に、そして王に相応しいのかもしれない!……でも事実は違う。真実は違う! 占い師:フィー。真の英雄の名は……フィー、サクリフィーだ! ヴィス:サクリフィー?それって……、 占い師:犠牲。そう。サクリフィーの意味は「犠牲」。……馬鹿にしているよな。レギウスは王になってから、大陸全土の言葉をまとめ共通語を作った。今私たちが話しているこの言語を。その時に、「犠牲」という言葉を定義したんだ。 ヴィス:つまり、なんだ……?本当にレギウスが偽物で、フィーって奴が英雄なんだとしたら……。レギウスはその手柄を奪い、真の英雄である筈のその名を、わざわざ「犠牲」という言葉に定義したってのか……? 占い師:あいつは剣術でフィーに負けてからずっと逆恨みしていてね。器の小さい男だよ。同じ村出身で、あいつも元は私たちの幼馴染みだったんだ。なのに。あいつはフィーの手柄を奪い、名を汚(けが)した。 ヴィス:そんなことが……?……いや、ごめん。あんたを信じてない訳じゃないんだ。でも……、 占い師:俄には信じられない? ヴィス:…………あぁ。 占い師:そう。今の君では無理だろうね。 占い師:……ねえ。私が何度「フィー」と言葉にしても、君は何とも思わないの? ヴィス:え? 占い師:フィー、フィー、フィー!……どうだ、懐かしくはないか。何か感じることはないのか! ヴィス:お、おい……。 占い師:君はかつてフィーだった!私の幼馴染みで、コトワリに最後のトドメを刺した剣士。 占い師:この国の……本当の英雄!  :(間) ヴィス:……俺(/あたし)が……? 占い師:あぁ……本当に何も覚えていないんだね。本当に君であって君じゃないんだ……。 占い師:……話を変えようか。何故君は、自身に神の加護があるのだと思う? ヴィス:それは……。分からない。だって俺(/あたし)は、生まれつき死ねない身体で……。 占い師:そんなことは普通あり得ない。 ヴィス:そんなこと言ったって……。 占い師:神の加護を得るのは、本来勇者ただ1人だけ。 占い師:……ねぇヴィス。建国物語とともに、この国に語り継がれる逸話がもう一つあるだろう?君も知っている話さ。 ヴィス:……愚問だ。「勇者伝説」だろ。そんなの馬鹿でも分かる。 占い師:勇者伝説。この世が悪意に満ちた時、世界を理通りに正すことができた者は勇者の称号を得る。……そういう「伝説」だ。 ヴィス:……この国の王は魔物を打ち滅ぼした勇者の血を脈々と受け継いでいる。だからこそ魔物のいない平和な世界を維持していられるって……国民は小さい時から聞かされて育つ。でも、あんたの話を信じるなら、これは間違ってる歴史ってことだろ? 占い師:……伝説には続きがあってね。 ヴィス:……え? 占い師:勇者になった者は、その時神の加護を得るんだ。無敵の力……「死なない力」をね。 ヴィス:……死なない、力……。 占い師:私もフィーもレギウスも。いや、国の若者みんなが勇者に憧れ、自己研鑽に励んだ。 占い師:とはいえコトワリが現れるまでは、私も何をどうするのが「理通り世界を正す」ことなのか分からなかったけどね。レギウスなんて、コトワリが現れてからも分からなかったんじゃないかな。 ヴィス:……あんたにとって、フィーって奴は……、 占い師:かけがえのない存在だ。 ヴィス:ごめん。俺(/あたし)何も覚えてなくて……。 占い師:フィーは優しく。強く。いつだって真っ直ぐで。これ以上ない最高の友人だった。 ヴィス:…………。 占い師:記憶を失っていても、私には分かる。君こそがフィーの生まれ変わりだ、ヴィス。魔の物が現れる18年前に生まれ、その時が来たら魔物を滅ぼす代わりに自身も果てる、呪いのような宿命に囚われし者。 ヴィス:生まれ変わり……。果てる……?  :(間) 占い師:死ぬってことさ。もうすぐ今世にも魔の物が現れる。フィーはいつだって18の時に現れた魔の物と相打ちになるんだ。何度も何度も、生まれ変わっては死んでいく。 ヴィス:……ちょっと待て。さっき、英雄は無敵の力を得るって言ったじゃないか。死なない力を手に入れるって! ヴィス:フィーってのが……俺(/あたし)の前世がその英雄なんだろ?だったら……、 占い師:そうだよ。本来あの時死ぬのは私だけで、フィーは死なない筈だった。永遠に生きるのは私でなくフィーの筈だった! 占い師:でもね。あの時運命は狂ってしまったんだ。 占い師:……さあ、今こそ話そうじゃないか。魔の物を倒した、私とフィーの最初の物語を。  :   :   :   :(以下、回想) 占い師:エネルギーの中心地を見つけた私たちは、とうとうそこでコトワリの実態と対峙した。コトワリはそう……まるで悪夢だった。悪夢と形容するに相応しい、見ているだけでえずいてしまうようなおどろおどろしい姿。切り付けると黒い靄(モヤ)を放出するんだ。……例えるならそれは、悪意のガスのような代物だった。それに触れると、心が徐々に闇に支配されて行くんだ。私は必死に靄からフィーを守った。 占い師:……まさに死力を尽くした戦いだったよ。平行線の戦いが続いてもうダメだと思った頃、一瞬の隙をついてフィーがコトワリにトドメを刺したんだ。 占い師:コトワリは消滅し、空から悪意の靄が消えた。……平和が訪れたんだ。 占い師:でも、その時にはもう私は深い深い傷を負っていた。……所謂致命傷、ってやつさ。  :  フィー:終わ、った……?や、やった……!やっとコトワリを倒したんだ……!すごい……!どんどん力が溢れてくる!伝説は本当だったんだ!本当に勇者になれたんだ!……って、あれ?……おい。 占い師:(か細い声で)……何だ。 フィー:(占い師に駆け寄って)おい、おいしっかりしろ……!なあ……! 占い師:大丈夫、意識はまだしっかりしているさ。起き上がれないだけ。 フィー:起き上がれないだけって……。なんで。ようやくコトワリを倒したのに……! 占い師:……あぁ、困ったな。どうやら私はここまでのようだよ、フィー。思ったより傷が深い。 フィー:ならもっと痛がれ!我慢するな! 占い師:無茶を言うね、君。 フィー:だって、痛がってくれないと……! 占い師:……そうだね。戦場で受けた傷の痛みを感じなくなった者は、死神に愛された哀れな骸だ。……もう何も感じない。感覚が麻痺して、もう痛いかどうかも分からない。 フィー:すぐ医者の所に連れて行くから。大丈夫だ。大丈夫だから……! 占い師:無理だよ、フィー。言ったろ。傷が深い。……私はもう死ぬ。どうか受け入れてくれ。 フィー:嫌だ。無理だ。置いていかないで。嫌だ、死ぬな。死ぬなよ。死なないでくれ……。 占い師:ほら、笑って。私は君の笑顔が好きだって言ったろう? フィー:嫌だ!ずっと一緒にいるって言ったじゃないか! 占い師:フィー。 フィー:お前が死んだら意味ないじゃないか!私は何のためにここまで……! 占い師:(被せて)世界の為だ。 フィー:…………! 占い師:世界の為だろ、フィー。 フィー:…………。 占い師:世界は救われた。やっと「コトワリ」を倒したんだ。フィー。君はやったんだ。本当の勇者になったんだよ。 フィー:だから、そんなの何の意味も……。 占い師:勇者だよ。今まで君を馬鹿にしてた奴らも、手のひら返しで君を崇めるだろう。今の君なら、何だってできる。 フィー:(何かに気付いて)……!何だって、できる……?……勇者……そうか。私が勇者なら……。 占い師:フィー? フィー:今、私には勇者の……神の加護がある。……なら。 占い師:……おい馬鹿。何を考えてる。 フィー:神の加護を、お前に移せば……。 占い師:……!ダメだ、フィー!そんなことをしたら君が……! フィー:……死神なんかにお前は渡さない。君が死ぬ世界なんて認めない。 占い師:フィー、待ってくれ……! フィー:ごめんね。そのお願いは聞いてあげられない。 占い師:フィー……! フィー:はぁああああああああ! 占い師:やめろぉおおおおおお!  :(回想終了)  :   :   :  占い師:あの馬鹿は、私のために勇者の力を解放したんだ。 ヴィス:それで、どうなったんだ……? 占い師:コトワリは消滅した世界で、私だけが生き残った。腹に受けた傷は綺麗さっぱり消え、代わりにフィーが息絶え地面に倒れていた。 ヴィス:そんな……。 占い師:勇者の力が私に移った。自分でもそれが分かった。だって、魔力とは違う大きな力を自分の中から感じることができたから。 ヴィス:それは……ごめん。何て声をかけたら良いか……分からない。 占い師:ふふ。そういう素直な所はとてもフィーらしいね。 ヴィス:……?いや、待ってくれ。さっき、俺(/あたし)は何度も生まれ変わってるって。フィーから勇者の加護が無くなったなら、なんで俺(/あたし)が生まれ変われるんだ? 占い師:それは……私のせいだ。 ヴィス:え?せい?おかげ、じゃなくてか? 占い師:フィーが死んでしばらくして、私たちの所に人の気配が近付いてきたんだ。周りを気にせず大きな音を立てて戦ってたから、とっくに居場所は割れていたんだろう。加えて空から靄が消えたことで、コトワリの消滅も知られてしまった。 ヴィス:……漁夫の利を狙った訳か? 占い師:それも1人の気配じゃなかった。大勢の気配だ。……先頭に立つ男の気配には覚えがあった。 ヴィス:話の流れで、俺(/あたし)にもそいつが誰だか分かるな。 占い師:それはレギウスだった。 ヴィス:ほーらな、やっぱり。しかしまあ、なんだって他の奴らはそんなクズに付き従っているんだか。 占い師:レギウスって男は、口の上手さは天下一品でね。ついつい口車に乗せられてしまうカリスマ性があった。 占い師:ご想像通り、奴はコトワリを倒し生き残った俺らを始末しようとしてやってきた。 ヴィス:クズの鑑のような奴だな。 占い師:悪い予感のした私は、奴らが到着する前に幻影で自分の死体を創り出し、木の上に隠れた。レギウスの奴はすぐにやって来たよ。 ヴィス:それで、どうなったんだ。 占い師:あの時のことを今でも後悔してる。 占い師:……レギウスは、フィーと私の幻影、どちらにも息がないことを確認した。……でも、それだけじゃなかった。 ヴィス:え……? 占い師:死んでいるのを確認したら、すぐに立ち去ると思っていた私が甘かった。 占い師:勇者に成り変わるなら、当然一寸の間違いも許されない。……あいつは、レギウスは、フィーと私の身体を剣で貫いたんだ。何度も。……何度も何度も! 占い師:まあ私の身体は言った通り偽物だったから、痛くも痒くもなかったけど。……奴らが去って、フィーの穴だらけの亡骸を抱いた私の気持ちは、きっと君にも分からないだろう。 ヴィス:…………。 占い師:その時、絶望の狭間で、私は犯してしまったんだ。 ヴィス:……犯す?何を? 占い師:魔導の禁忌を。 ヴィス:…………は? 占い師:(乾いた笑いで)方術、と言う。不老不死や輪廻を含む、所謂タブーの魔術だ。 ヴィス:…………それって、 占い師:あの時、私は消えても良かった。死んでも良かった。フィーが生き返るなら、それで。 占い師:私は自分の魂を媒体にして方術を使い、フィーの魂を現世に呼び戻そうとした。 占い師:けれどその時、加護の効果が現れてしまったんだ。無敵の力、死なない力。……それが、異常な形で。 ヴィス:異常な……? 占い師:おかしいと思わなかった? 占い師:こんな生活で、環境で、どうして自分が生きていられるのか。 ヴィス:だからそれは!俺(/あたし)に強い魔力があるからで……、 占い師:馬鹿馬鹿しい。魔力があろうと、人は飢えや病気には勝てない。 ヴィス:なら何で! 占い師:(被せて)お前に勇者の加護があるからだ! ヴィス:…………は? 占い師:加護の譲渡も!死を覆す輪廻の術も!全部全部不完全だった!私たちはどちらも失敗したんだ! ヴィス:失敗……?なんで?俺(あたし)には勇者の加護があるって……?だって、フィーからは勇者の加護が無くなったって言ったじゃないか!……譲渡が不完全?あぁもうどういうことだよ!訳がわからない。フィーってやつはお前に加護を譲渡したんだろ?なら……! 占い師:本来の勇者であるフィーの身体には、僅かな加護が残っていたんだ。その僅かな加護が作用して、私の方術はあいつを深い呪いに陥れた。 占い師:確かにフィーは生き返ったよ。百年後、次の魔の物が現れる前にね。 ヴィス:ひゃく、年後……? 占い師:対して、フィーからほとんどの加護を受け継いでいた私は、方術を使っても死ななかった。……死ねなかった。 ヴィス:…………。 占い師:媒体とした筈の魂をこの身体に閉じ込められた。加護の「死なない」力が働いて、「死ねない」身体になってしまった。……おかしな話だ。 ヴィス:……本当に、そのままずっと生き続けてるって言うのか?この国の建国前から、ずっと1人で……? 占い師:あぁ。 ヴィス:そして、勇者は……俺(/あたし)は……、 占い師:言った通りだ。勇者の死なない力、そして私がかけた生まれ変わりの方術。そのどちらもが不完全な形でフィーの魂を呪った。 占い師:故に勇者は永遠に生まれ変わり続ける。未来永劫、コトワリのような魔の物を倒し続ける為に。百年に一度、魔の物の登場のきっかり18年前に生まれ、そして魔の物を道連れに死んでいく。 ヴィス:……王に流れる勇者の血を恐れて、魔物たちはこの国にやってはこない。だからこの国は平和なんだって……俺(/あたし)らはそう習っていたけど……、 占い師:そりゃあ、一般人には知られずに倒しているからね。魔の物は百年に一度現れる。そしてこの世を悪意で満たす。……でも英雄が、勇者が、いつだってそれを倒し続けているのさ。……私と、フィーの生まれ変わりたちがね。 ヴィス:それなのに、この国はそれを王族のおかげだって説いているのか……? 占い師:この国はおかしい。国だけじゃない。この世界はもう丸ごと狂っているのかもしれない。「魔物は、増えすぎた人間を減らすための神の一手だ」とか何とか言う異教徒たちがいるが、あれもあながち間違いじゃないかもしれないよ。 占い師:……だって、何らかの意思が働いているとしか思えないじゃないか。一番「世界」にとって都合のいい勇者が、ああして誕生してしまったのだから。 ヴィス:都合のいい、勇者……。 占い師:功績を望みようもない。国家転覆を狙うわけでもない。魔物を殺し、自らもこの世を去っていく。そんな便利な存在。 ヴィス:じゃあ、本当にもうすぐ俺(/あたし)は死ぬってのか……?都合よく、便利で、ただ犠牲となる存在……。そんなのってない、こんなのって(理不尽じゃないか)! 占い師:(被せて)理不尽。そう、理不尽なんだよ。 占い師:でも、今回はいつもと違う。今回の君はフィーの記憶を持たない、フィーであってフィーでない魂。……だからね。 ヴィス:え? 占い師:今回は変えようって思ったんだ。この運命を、ね。  :   :   :   :(以下、回想シーン) 占い師:(M)永遠の時の中で、私は何度悪夢を見て、君の幻覚に惑わされただろう。  :  占い師:もう嫌だ。耐えられない。お願いだ、フィー。もうやめよう、もう君が死ぬのは見たくない。  :  占い師:(M)だって君はすぐ死んでしまうから。何度も何度も生まれ変わっては、何度も何度も死んでしまうから。  :  フィー:ごめん、ヴィス。  :  占い師:(M)どんなに止めても。  :  フィー:行かなくちゃ。  :  占い師:(M)どんなにお願いしても。  :  フィー:私がやらなきゃいけないことなんだ。  :  占い師:(M)頼むから。そんな正義感など捨ててしまって。  :  フィー:大丈夫だよ、ヴィス。  :  占い師:(M)これはきっと、君が望んだ結末じゃないだろう。  :  フィー:私は勇者だから。  :  占い師:(M)でも、例え君に嫌われても。  :  占い師:絶対に君が倒さなければならない理由がどこにある!わざわざ死にに行く必要なんてないだろ!頼む、側にいてくれ、フィー!  :  フィー:また会おう、ヴィス。  :  占い師:行くな、フィー!  :   占い師:(M)君は。君はいつだって、私を置いて死んでしまうから。 占い師:もういい。もう嫌だ。どうして、どうしてなんだ。フィー。 占い師:もう嫌だ。死にたい……!誰か私も殺してくれ……!もう君の死なんて見たくない! 占い師:  占い師:……だから。だからもう、壊してしまおうと思ったのさ。君ごと全部。丸ごと全部。 占い師:  占い師:でも、私には君は殺せなくて。 占い師:  占い師:そんな時、やっと現れた君という存在。君であって君じゃない、君の魂を宿す別の魂。 占い師:  占い師:フィーでないからと君を壊す私を、許して欲しいとは言わない。 占い師:  占い師:でも。お詫びにもならないけれど。ただの自己満足だけれど。フィーが呼んでくれたこの名。ヴィス。その名を君にも与えよう。 占い師:私を世界に繋ぎ止めていたもの。まるでヴィス……ネジのような君を。  :(回想終了)  :   :   :  占い師:だからほら。「壊さなきゃ」。 ヴィス:何を……、 占い師:ほら。見てよ。やっと研究が成功したんだ。やっと捕まえられた。 ヴィス:……え? 占い師:これは、「素(そ)」。 ヴィス:素(そ)……? 占い師:魔の物の「素」。素(もと)となる核みたいなものさ。……長かったよ。魔の物は百年間、これに悪意を溜め続ける。そうして百年に一度、勇者にしか倒せないような強敵となって、この世界を恐怖に染めるんだ。 占い師:でもね、これは言わばサナギのようなもの。……羽化するまでなら、私にも簡単に捕まえられた。 ヴィス:それを……どうするんだ……? 占い師:融合する。 ヴィス:融合?……何と? 占い師:君と。そして誰にも倒せない、この世を破滅に導く怪物を作るんだ。 占い師:……あぁいや、違う。私を地獄から救う、勇者を、だね。 ヴィス:何言って……やめろ……近付くな……! 占い師:さぁ、ヴィス。君の力を解放しよう。眠っている力を、全て。 占い師:私の為に、「壊れて」おくれ。 ヴィス:あ、あぁああ……!  :  占い師:(M)地下牢に光が溢れる。この牢の上に聳え立つ憎き城も、じきに崩壊するだろう。  :  占い師:……良い!良いねえ、ヴィス!すごい、すごいよ!これが君の力か。こんなに溜め込んでいたんだねえ……! 占い師:(徐々に涙声になりながら)あぁ……何もかも崩れていく……闇に包まれて、終わりのない混沌が広がる。これこそ。これこそが私の望んだ未来だ。そうだ、そうだとも。  :(間) 占い師:これこそ、私の……。 ヴィス:頼む、やめ、て……あぁあっ! 占い師:…………!  :   :   :   :(以下、回想シーンが続きます) ヴィス:うるさいな。ネジなんて呼ばれて返事する訳ないだろ!早くいなくなれよ! ヴィス:……また来たのか。飽きない奴。 ヴィス:遅いぞ!ほら、早く!この前の続き聞かせてくれよ! ヴィス:……おかしいよな。あんたの預言で俺(/あたし)はここにいるってのに。何でかな。 ヴィス:あんたといると、楽しいんだ。  :(回想終了)  :   :   :  占い師:(M)本当は、もっと早くに君がこの生活に絶望して、壊れて力を解放するだろうって算段だったんだ。その為に王をけしかけて、君を牢屋に閉じ込めた。なのに君って奴は、本当に歪みなく真っ直ぐで。その瞳には輝きを湛えたまま。フィーとは違うのに、まるでフィーのように強く、眩しく。フィーと同じように……こんな私にも、優しくて。 占い師:本当なら。こんな未来は望んでなんてなかったのに。フィーと……ヴィスとずっと笑っていられたら、私はそれで良かったのに。 占い師:でも。でもね。もう、何もかも遅いんだ。  :  占い師:……ごめん、ごめんね。さあ。一緒に世界を壊そう、ヴィス。もう、もう苦しいのは終わるから。すぐに、終わるから。 占い師:そう。これが私の本当の望みなんだ。本当の……、 フィー:本当に? 占い師:え? フィー:そうじゃないだろ。本当のお前は。 占い師:は……? フィー:お前はそんな奴じゃない。 占い師:……フィー?……や、やめろ。クソッ。なんで今更また……! フィー:お前は優しいやつだ、ヴィス。 占い師:ヴィスなんて呼ぶな!私がこんなになってしまったのはお前のせいなのに……! フィー:ヴィス。ごめんな。今まで辛かったよな。 占い師:やめてくれ……!どうせまた幻覚のくせに……! フィー:いや。私が幻覚じゃないことは、君が一番よく分かる筈だよ。 占い師:え? フィー:私だよ、ヴィス。  :(間) 占い師:……フィー、なのか?本当に? フィー:あぁ。 占い師:でも、どうして……! フィー:確かに、今の私は君に「ヴィス」と呼ばれているあの身体に囚われた魂の1つに過ぎない。だけど、さっき力が解放されて、あっちのヴィスと私との間に隙間ができたんだ。おかげで自由に動けるようになった。……でも、そう時間はない。さあ。一緒に終わらせようじゃないか。 占い師:フィー、無理だよ。もう止められない……! フィー:私達が力を合わせれば何でもできる。もうこんな連鎖は終わらせるんだ。全ての力を出し切れば、きっと。 占い師:…………。 フィー:私もずっと、君が死ぬのが怖かった。 占い師:フィー。 フィー:でも、今なら。2人の魂を、天秤の同じ皿に乗せるなら、きっと。……さあ、一緒に行こう。 占い師:……まだ、間に合うかな。 フィー:もちろん。 占い師:私たちの過ちを。あの禁忌を……? フィー:全てを無かったことに。 占い師:元通りに。 フィー:壊れたものも、失われたものも、全て。 占い師:ヴィスは……? フィー:記憶の棚を整理しよう。……あの子はまだ、きっとどこか幸せになれるから。 占い師:……ごめんよ。私のヴィス。……どうか、どうか幸せに。……くっ! ヴィス:うわあぁああああああああああ! 占い師:(同時に)あぁああああああああああ!  :   :   :   :(長い間)  :   :   :  ヴィス:ん、んん……。あ、あれ?俺(/あたし)は……。眠ってたのか……?それにしてもなんでこんな所に……。 ヴィス:何だろう。……あれ?なんで涙なんか。どうして……?何だか、大切なことを忘れているような……、  :   :   :   :(過去の回想) フィー:名前がない? 占い師:あぁ。私は孤児だから。 フィー:それじゃ不便だろ。 占い師:そんなこともないが。 フィー:世界を救う勇者御一行の魔道士が名無しだなんて困るだろ。 占い師:本当に君は自信家だな。何が勇者御一行だ。たった2人だけのパーティーで世界を救えるものか。 フィー:救えるさ。だって私こそが勇者だからな。 占い師:……まだ勇者候補だろう。 フィー:うーん、名前……名前か。そうだな。うん。  :(間) フィー:……よし。今日から君の名前はヴィスだ! 占い師:ヴィス?……ネジの? フィー:あぁ! 占い師:おい。「ネジ」なんて呼ばれて嬉しい奴がいると思うか? フィー:父の故郷では、「この世に自分を繋ぎ止める最も尊いもの」って意味がある言葉だ。 占い師:……は? フィー:良い名前だろ? 占い師:……センスを疑うね。 フィー:ふふ。ねぇヴィス。 占い師:……何だ。 フィー:君はずっと私のそばにいてくれよ。 占い師:…………。 フィー:な? 占い師:お前こそ。勝手に死ぬなよ。 フィー:あぁ。ずっと友達だよ、ヴィス。