台本概要

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タイトル live⇔evil(ライブイービル)
作者名 机の上の地球儀  (@tsukuenoueno)
ジャンル ファンタジー
演者人数 3人用台本(男1、女1、不問1)
時間 60 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 ——神様。僕が生きることは、悪ですか。

グール/イマジナリーフレンド/叫び有

商用・非商用利用に問わず連絡不要。
告知画像・動画の作成もお好きにどうぞ。
(その際各画像・音源の著作権等にご注意・ご配慮ください)
ただし、有料チケット販売による公演の場合は、可能ならTwitterにご一報いただけますと嬉しいです。
台本の一部を朗読・練習する配信なども問題ございません。
兼ね役OK。1人全役演じ分けもご自由に。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
188 Adam。冒頭では17歳。育ててくれていた博士が亡くなり、マダムに引き取られる。冒頭では本名を名乗っているが、マダムと暮らすにあたり、アダムという名を貰う。
139 Eve。年齢不詳。裏社会の情報屋。博士から、その遺産とアダムの身元を引き受けた相続人。
心の声? 不問 72 性別不問。正体不明。 ※男役が1人2役で兼ねるとまた面白いです。一人称はどちらでもいけるように「私」にしてありますが、男性が演じる場合は「俺」に変えた方が言いやすいかもしれないし、女性は語尾を変える必要のある個所があるかもしれません。言いやすいようにご変更ください。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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女:………。  :◆何かを探している女。やがて対象を見つけ、屋敷の床をカツンカツンと軽快に鳴らし、広い部屋の隅で身体を丸め蹲っていた男の前で足を止める。 女:バンビーノ……ここにいたのね。私はEve(イヴ)。……貴方ね、博士の置き土産は。 男:……あんた、誰だ……。 女:だから、私はイ……、 男:(被せて)博士の金や薬の件なら僕は知らない。そういう話はお前らで勝手にやってくれ!もう僕を巻き込まな……、 女:(被せて)おあいにく様、私が、その博士の残した莫大な遺産の、そして薬の調合法の、正当な相続人よ。来るのが遅くなって悪かったわ。……あと。  :(女、遺書を男に差し出す) 男:……? 女:貴方を私に頼むって、博士が。  :   :   :  男:(タイトルコール)「live⇔evil(ライブイービル)」——神様。僕が生きることは、悪ですか。  :   :   :   :◆また別の屋敷。女の後ろで、少年はどうしていいのか分からない、といった表情で、玄関の外に立っている。 女:どうしたの?早く入りなさい、バンビーノ。今日からここが貴方のホームよ。 男:お、お邪魔します……。 女:ホームだって言ってるでしょ。今後からちゃんとただいま、って言いなさいね、バンビーノ。 男:バンビーノバンビーノって、僕先日17になったんですけど……。 男:でも、ホーム、か……。博士もあの家を、「ここがお前のホームだ」って言ってくれて……って、これは…………あっちのホームより汚い……。 女:ここでは私がトップよ。口のきき方には気をつけなさい、バンビーノ。 男:………う。……お世話に、なり、ます。 女:よろしい。  :(間) 女:(ソファに座りながら)ところで……まだ名前を聞いていなかったわね。遺書にも、「屋敷にいる少年を頼む」としか書いてなかったし。……全くあの人は……。 男:(おずおずと向かいのソファに座りながら)……えっと……I'm Rellik(アイム レリック)。 女:え?エリック? 男:……あー、いえ……レリックです。スペルはアールイー、エルが2つ、最後にアイケー。 女:レリック……。変な名前ね。スペルも変わってる。 男:よく言われます。まあ、名付け親が変わっていましたから。 女:博士ね。彼から私の話は聞いてる? 男:いえ。 女:……そう。私は情報屋。お察しの通り、博士と同じ、裏の世界の人間よ。 男:裏の世界……。 女:博士の仕事のことは? 男:少し。博士……博士は、人を助けてた。 女:(ため息)未認可の薬を作って闇市場に卸(おろ)していた、でしょう。貴方も私と住むなら、情報は的確に伝えなさい。 男:でも、そのおかげで死なずに済んだ人が沢山いる……! 女:そうね。……けど、それでも彼は、表を歩けない人種なのよ、バンビーノ。そのことを、きちんと胸に刻んでおきなさい。 男:…………。 女:まあ、つまり……私たちはビジネスパートナーのようなものだったわ。私は情報屋の仕事を通じて、薬の卸先(おろしさき)を作ったし、その薬を餌に、更なる情報を引き出せた。……当然、貴方のことも知っているわ。貴方の「持病」のこともね。 男:知ってて……僕を引き取ったの。 女:えぇ、そうよ。全て承知で、私は貴方を迎えに行った。 男:全てって……こんな面倒な奴よく……!……あ、いや……そうか。もしかして、その遺書に、僕を引き取らないと遺産や調合法の相続は無効、という項目でもある、とか? 女:……そうね。人間利益がないと、中々面倒を引き受けたりはしないものよね。 男:……やっぱり……。 女:情報を得るのはとっても簡単。けれど、そのパーツを結びつけることこそが酷く難しいのよ。私は否定も肯定もしていないわ。それなのに、今のように憶測で決めつけるのはバカのすることよ。 女:……あと、貴方のその自己肯定感の低さはいただけないわね。自分の価値は、貴方自身で作るのよ。 男:……。 女:(手を叩いて)さて。働かざる者食うべからず。貴方にも、明日から私の仕事を手伝ってもらうわ。差しあたってはまず……新しい名前をつけなくちゃね。 男:新しい、名前……? 女:私と博士に、ビジネス以上の関係があったって思われたら、仕事に支障が出るでしょ?それに、今後貴方は裏の世界で過ごしていくのだから、本名なんかで生活していたら身が持たないわ。 男:……かったんですか。 女:え? 男:ビジネス以上の関係、なかったんですか。 女:……訊きたいのはそこなの? 女:ふふ、気に入ったわ。貴方には、私の対の名をあげる。 男:え? 女:貴方はAdam(アダム)。今日からアダムよ。そう名乗りなさい。これから宜しくね、アダム。(手を差し出す) 男:……あー、えっと……(おずおずと手を取る)……宜しくお願いします……あー……イヴ、さん? 女:(握手をして)マダムと。よろしく、アダム。 男:……Madam(マダム)……………I'm(アイム)…… Adam(アダム)。I'm Adam…… I'm、Adam…….(ポツポツと自分に言い聞かせるように)。 女:……そうよ、貴方はアダム。……さ、今日はもう早く寝なさい。 女:(立ち上がり、奥を指差しながら)奥に貴方の部屋を用意してあるわ。部屋にあるものは、全て好きに使って良いから。 女:……あ、あと。サイドチェストの上に薬を置いておいたわ。きちんと飲みなさい。 男:…………はい。 女:(アダムに近寄る)ちゃんと面倒は見るから安心して。…………私も、博士には恩があるのよ。 女:じゃあ、おやすみなさい、アダム(座っているアダムにキスをする)。 男:な……! 女:あら、何?おでこでも嫌だった?家族なら、おやすみのキスくらいするものでしょう。 男:そりゃ、小さい頃は博士もしてくれたけど、流石に成長してからは……。 女:私からしたら、貴方はまだまだバンビーノだもの。 男:マダムは一体、幾つなんです?僕と10も変わらないように見えるけど……。 女:あら、女に年齢を聞くものじゃないわよ、アダム。……薬、忘れないようにね。 男:……はい。  :(間)  :(アダムが階段を登って行ったのを確認し、マダムは鍵付きのチェストのニ番目を開いた。乱雑に入った書類の、一番上の紙を取り出す) 女:……対象。便宜上17歳としているが、孤児のため正確な年齢は不明。以下に書いた通り、朝と昼の2回、特に夜は「発作」が起こりやすいため、必ず次ページに記載した方法で調合した薬を内服させること。この薬は発作の頻度、その程度を抑えることができる。発作のレベルは1から5段階に分類され、レベル5になると、その時の記憶を失う傾向にある……。上記事項により、引き取り手無し。  :   :   :   :(場面転換・アダムの部屋) 心の声?:やあ。いつも以上に陰気な面だな。泣いていたのか?レリック。  :(アダムの枕元に、いつの間にか人が座っていた。暗くて顔はよく見えない。一人の人間が、突然フッと湧いて出たにも関わらず、アダムはさも当たり前と言った風に、目線も向けずに質問に答えた) 男:博士が死んだんだ。もう、もうどこにもいない……。 心の声?:知っているさ。だってお前は私で、私はお前だもの。いやあ、それにしてもめでたいね、実にめでたい。今宵は祝おうじゃないか、レリック。 男:そんな気分にはなれない……。 心の声?:博士のせいで、私たちは散々だったじゃないか。あんなマッドサイエンティスト、死んで清々したろ? 男:博士がいなかったら、僕は……どうなっていたか分からない。 心の声?:私がいるのに何が不満なんだ。 男:君はただのイマジナリーフレンドだ。僕の想像が生み出した妄想に過ぎない。 心の声?:イマジナリーフレンド、ねえ……。 心の声?:……で?あの老いぼれが?お前に何をしてくれたって? 男:あの時、まだ子供だった僕を、自分の発作のことだって知らなかった僕を……博士は引き取って、世話をして、沢山のことを教えてくれた。 心の声?:教えてくれた?馬鹿か。洗脳して、軟禁して、私たちのことを無理矢理抑え込んでいただけだろ? 男:洗脳だなんて……!原因不明の発作を抑えるには、博士の薬を飲むしかなかった!未認可だって……僕を生かすためには必要な薬だった……。例え博士の正体が何だって、僕は……。 心の声?:ハッ!その薬だって、実際どんな成分か分かったもんじゃない!お前を弱らせて、それで……、 男:もう僕は!いつどこで倒れるかも分からない不安にかられるのは!突然記憶を失ったりするのは!……嫌、なんだよ……。この薬を飲めばそんなことにはならない。僕は、僕はこの病気を、克服したいんだ……。 心の声?:なんでお前が博士を盲信しているか、私にはサッパリだ。 男:博士は。博士は僕にホームをくれた。僕にここにいていいと言ってくれた唯一の……。…………いや、マダムも。マダムも、今日そう言ってくれた。 心の声?:それだけで博士を、そしてあの女を信用しちまったってのか? 男:違う……ただ……嬉しかった……嬉しかったんだよ……。博士が真っ当な人間じゃないのは知ってる……マダムだって……でも。でも。僕はずっと厄介者だった。迷惑なだけで、何もない。……だから、そんな僕に居場所を作ってくれたなら……博士に返せなかった恩を、僕は……代わりにマダムに、返し、たい……(眠っていく)。  :(間) 心の声?:(ため息)お前は、何も分かっちゃいないんだよ、レリック。  :   :   :  女:(M)そうしてアダムを引き取って数ヶ月。アダムは私の仕事の手伝いにも慣れて、私と彼は、良好な関係を築いていた。  :   :   :  男:んん。変な時間に起きちゃったな……。喉乾いたな……。(ため息)水でも飲みに行くか。  :(間)  男:あれ……?(匂いをかぐ)……なんだ?この甘い香り……。 男:……ん?キッチンの電気が……マダムってば、こんな時間まで起きて何しているんだ……?  :(ガウンをまとったマダムが、キッチンで水を汲んでいる) 女:博士……貴方が亡くなって、私はまたこの世界にうんざりしているわ。誰もかれも、するのは自分の利益とお金の話だけ。……国籍も年齢も性別も……人種すら関係なく……博士、貴方の理想の世界は……ん、(咳き込み、暫く息を切らす)…………(水で薬を飲む)…………これで、これで、良いのよね……? 男:薬……?一体何の…………。  :(マダムに向かって)…………マダム? 女:……!ア、アダム……! 男:何を、しているんですか? 女:え?あ、あぁ……ただ、水を飲んでいただけよ……。貴方は? 男:あぁ、何だか眠れなくて。そしたら甘い香りがして……。 女:甘い香り? 男:(再度匂いをかぐ)……いや。気のせいみたいです。 女:……そう。……(笑いながら)こら、バンビーノ。もう大人の時間よ。早く寝ない悪い子は、こわ〜い怪物が捕まえに来るわよ? 男:……屍食鬼(グール)とか? 女:えっ……!? 男:え?……そ、そんな驚かなくても。……街の子供は、みんな寝物語に屍食鬼のお話を聴くんじゃないんですか? 女:……え、えぇ、そうよ。……「夜にはちゃんとベットにお入り。毛布が君を守ってくれる。夜更かし悪い子目を瞑(つむ)れ。開けたら最後腹の中」……早く寝ないと、屍食鬼(グール)がやってきて食べられちゃうわよ、っていう……まあ、よくある話よ。 男:美しく妖艶な女性が、その美貌やフェロモンのあまーい香りで男性を誘惑して食べてしまう、って話もあるそうですね。男性よりも、子供の方が単純に美味しそうだとは思いますが。 男:…… 屍食鬼にも好みがあるんでしょうか。 女:博士に話してもらったの? 男:一度だけ。まあ、もうこの年になったら、寝物語も何もないですけど。……そもそも博士はほら……幸せで優しくて……あたたかい話が好きですから。 女:王子様のキスで魔法が解けたり? 男:そう、ベタベタのハッピーエンド。 女:ふわふわの動物が出てきたり? 男:そうそう。……あぁ、でもバンビはダメ。お母さんが死ぬシーンで号泣して見ていられない。 女:序盤も序盤じゃない。 男:はは……。  :(間) 男:まあ、でも……バンビ視点ではmurder(マーダー)でも、人間視点ではただのkill(キル)ですから。 女:え? 男:博士が言っていたんです。動物視点では、悪意のある殺し……「マーダー」でも、人間視点、食べたかったから、素材として欲しかったから、人に危害を加えそうだったから……そういう、ただ生きるための単純な殺生、「キル」に他ならない。マーダラーではなく、ただのキラー。 女:……ただの、キラー。 男:屍食鬼だって……。 女:…………。 男:屍食鬼だって、死体を食べなきゃ生きられないのなら……それはきっと……、 女:……え、えぇ。そうね……。さ、寝ましょう、アダム。早く寝なくちゃ。発作が起きないように。 男:はい…………。 女:明日も仕事だしね。おやすみなさい、アダム。 男:おやすみなさい、マダム。……………(茶化すように)あ。ねえマダム。僕、マダムになら食べられてもいいよ? 女:……!……馬鹿なこと言わないの!貴方みたいなガリガリのバンビーノ、骨ばかりで、食べられるようなとこないじゃない。 男:あはは。じゃあ、本当におやすみ。 女:……えぇ。  :(間) 女:……なんで、あんなこと……。いえ。ただの冗談、よね……。…………もう少し、あと少しだけ……。あとほんの少し、あの子が成長するまで……。  :   :   :   :(場面転換・アダムの部屋) 男:(うとうとしながら)さっきのマダム……何だかおかしかったな…… 屍食鬼の話をしたら、イキナリそわそわし出して……屍食鬼……死体を食べる…… 屍食鬼……死体…………そういえば、博士も……。 心の声?:どうも、レリック。 男:……やあ。 心の声?:そういえば……なんだ?死体がどうとか言っていたな? 男:……あぁいや。そういえば、博士はよく……身元の分からない死体を……引き取っていたな、って……。研究の、検体に使う為だろうけど……、 心の声?:あぁ、ようやく何か引っ掛かったか? 男:いや……いや。別に普通のことだ。彼は……博士なんだ、から……でも。 心の声?:でも? 男:でも、マダムは……マダムは何故……。 心の声?:マダムが?どうした? 男:過去の仕事を……整理していたら……ほら、マダムは片付けが苦手だから……そうしたら……一人暮らしの独身男性や、引き取り手のない孤児だけをまとめたリストを見つけて……他に、家族がいない……そんな人ばかり……、 心の声?:ほほう、それで? 男:例え……いつ死んでも、誰からも、気にも留められない……僕、みたいな……、 心の中?:それは怪しいね?実に怪しい。やはりあの女は信用ならない。 男:いや。いや、違う……マダムがいつも言ってる……情報は、それを結び付けるのが難しいんだって……小さな情報を繋げれば大きくなるけれど……推理ではなく、憶測や推測で物を繋げようとするなって……きっとあれも、何か、仕事に役立つリストだったんだ……うん、そうだよ。…………けど、マダムが例え、何を、していようと……僕は……(眠りに落ちていく)。 心の声?:……レリック?…………………また寝ちまったのか?  :(間) 心の声?:馬鹿で哀れで、可哀想なレリック……。  :   :   :   :◆2年後。 女:たぁだいまぁ〜! 男:……うわ、酒くさ。どれだけ呑んでるの。ほら、しっかり歩いて! 女:んふふ、いっぱい♡ 男:……男の人と? 女:ヤダ、野暮ね! 男:(ため息)……ご飯は?お腹空いてる? 女:ううん、食べてきたから。 男:……そう。じゃあ……僕はコーヒーでも飲もうかな。 女:あ、私もコーヒー飲みたぁい。 男:はいはい。ほら、ソファに横になるならヒールは脱いで! 女:ふふ。ねぇ、私って手がかかる? 男:ええ。僕より年上とは思えないくらいに。 女:幾つになっても可愛いでしょ? 男:……確かに。まあマダムは、可愛いっていうよりも綺麗、って感じだけど。 女:あら、冗談のつもりだったのに。でも……………ふ、ふふ……綺麗、か……そんなのもう……何の意味も……(泣き始める)、 男:……え、マダム!?……泣いてるの……? 女:ねぇ、アダム……博士はどこ? 男:え……? 女:どうして?なんでどこにも博士がいないの……? 男:マダム、呑み過ぎだよ……。 女:私は、あの人がいないと駄目なのよ……あの人がいなきゃ。同じ穴の狢(むじな)だからこそ、彼は私を、私は彼を……理解できたのに……。 男:ほら、落ち着いて、マダム。 女:アダム……アダムは、どこにも行かないわよね……?ずっと、ずっと私と……。 男:…………えぇ、大丈夫。大丈夫。ずっと、ここにいますから……(マダムをギュッと抱きしめて宥める)。 女:愛しているわアダム……。 男:……僕も……愛しているよ、マダム……。  :(間) 男:……はい、コーヒー。……落ち着いた? 女:……えぇ。ごめんなさい。 男:(コーヒーを飲む) 女:(アダムを見ながら)……ほんと、どんどん大きくなるのね、貴方。 男:まあ……成長期だから。 女:19になったら、そろそろ成長も止まるものだと思うけど? 男:連れ回すにも、背の高いイケメンの方が絵になるでしょ。僕は顔が良いけど、身長はまだハクが足りないからね。 女:ふふ、そうね。 男:いや、突っ込んでくれないと。流石に冗談のつもりだったんだけど。……って、何?その顔。 女:その顔って?どんな顔? 男:大好物を前に「待て」をさせられているラブラドールみたいな顔。 女:それ一体どんな顔よ?……愛しくてたまらないって顔のつもりなんだけど。 男:今にも涎(よだれ)を垂らしそうなのに? 女:(笑いながら)なにそれ。 女:ほら、よく食べちゃいたいくらい可愛い、って言うじゃない。愛しているからこそ、よ? 男:食べちゃいたいくらい可愛い、ね……。光栄だな。 女:ほんと、可愛げのない良い性格に育ったこと……。……さて(立ち上がる)、シャワー浴びて、お化粧を落としてくるわ。コーヒーご馳走様。 男:あぁ、片付けておくからそのままでいいよ……っと……(立ち上がった拍子にフラつく)! 女:アダム! 女:……あぁ、ビックリした。急に立ち上がるからよ。 男:うん……ごめん、最近フラつくことが多くて……。 女:そう……。 女:もっと食べてくれないと困るわ。連れ回すなら、長身でイケメンで、女を守れるくらい筋肉がないと。 男:ふふ、そうだね。マグを片付けたら、筋トレをしてから寝ることにするよ。 女:あら、それは将来が楽しみですこと。じゃあ、おやすみ(おでこにキスをする) 男:うん。おやすみ、マダム。……ふふ。マダムはたまにすごく甘い香りがするね。いい匂いだ。 女:……ッ!(バッとアダムから離れる) 男:……マダム? 女:ううん。何でもないわ。おやすみなさい、アダム。  :(間) 男:マダムの愛してるは、きっと僕の言うそれとは違う……。同じ穴の狢(むじな)、か………同じ……博士とマダムは……同じ……同族……?  :   :   :   :(場面転換・アダムの部屋) 心の声?:やあレリック。ん?どうした?いつもじめじめしてるが、今日はやけに暗いじゃないか? 男:……なあ。 心の声?:どうした? 男:屍食鬼がもし存在するとしたら…… 屍食鬼と人間が共存することは……出来ないのかな。 心の声?:……何だよイキナリ。 男:例えば何か、死体の代わりになるような食べ物を作ったり、ドナーみたいに、希望者だけ、死後、屍食鬼に身体を提供するとか……、 心の声?:突然お喋りだな。……それは倫理的にどうかと思うぜ、レリック。 心の声?:……でも、そうだな。博士なら、それが可能なんじゃないか? 男:え? 心の声?:博士なら、検体用に集めた遺体を、屍食鬼(グール)に横流しすることもできるし、そもそも彼らの食欲を、一時的にでも抑える薬を作れるかもしれない。あの、イカレたマッドサイエンティストなら。 心の声?:……そうだな、薬の調合法は、今や全てあの女が握っている。そしてあの女には……そうだそうだ、お前、リストを見つけたんだったよなレリック?あの女には、身寄りのない人間を……そして、例えばその「死体」を……集められるツテがある。あぁ、そういえば屍食鬼ってのはフェロモンっつー特殊な香りで人を魅了して餌にするらしいな。そんなんだと普通の生活は中々難しそうだ。あぁ……そいつがブロードウェイの女優なら嬉しいかもしれないな?普段は魅力を抑えなきゃ、スーパーでマフィンを買うだけでもストーカーの行列ができちまう。……あぁでも。博士ならそれを抑える薬作れそうだな?ッククク。 男:ど、どしたんだよ……。 心の声?:なぁレリック。お前は病気の発作を抑える為に博士の薬を飲んでいるんだったな? 心の声?:……じゃあ、あの女は? 心の声?:あの女も、いつも何か薬を飲んでいる。しかも隠れて、だ。お前も何度か見てるよな?一度だけじゃない。気にしないようにしているみたいだが、もう何度も、お前に隠れてこそこそと、何かを飲んでいるのを見ている……だろ?……さっきもお前から離れてすぐバスルームに向かったじゃないか。薬を飲むためさ。 心の声?:思い出せよ。マダムも博士も、時たますごく甘ーい香りがしたろ?でも薬を飲むと途端にその香りがしなくなる。……これがどういうことか分かるか?分かるよな、レリック。 心の声?:……分からないフリを、しているだけだろ? 男:何言って……、 心の声?:悪いことは言わない。その得体の知れない薬を飲むのをやめろ。博士もあの女も同じ……奴らはお前を弱らせて、そして……、 男:うるさい!!!!! 心の声?:大きな声出すなよ。……忠告は聞いた方がいいぜレリック。いつかきっと、後悔する……。 男:…………。 心の声?:(ため息)おやすみ、レリック。  :(間) 男:……あぁ。おやすみ。  :(間) 心の声?:馬鹿だな……こんな家族ごっこを、一体いつまで続けるってんだ……?  :   :   :   :(場面転換・マダムの部屋) 男:マダム、マダムー?……どこに行ったんだろう。買い物かな。  :(アダム、マダムの机の上の出しっぱなしの書類を見つける) 男:……もう、大事そうな書類なのに。こうやってきっちり片付けてないところがズボラだよな、まったく……って、あれ。 男:このリスト、前にも見たことがあるような……?……やっぱり。身寄りのない人たちのリストだ……。 男:ん?あれ?この人の名前に、バツ印なんて付いてたっけ……?……他にも何人かの名前が消されてる……どうして……、 心の声?:食べちまったから、じゃねえの? 男:…………ッ!  :   :   :   :(場面転換・リビング)  :◆数日後。 女:あ……そこ。ん、そう……気持ちいい。 男:ここ、ですか……? 女:もっと、して……。 男:だーめ、もうおしまい。マダムに付き合ってたら、僕が持たない。……指が疲れた。 女:ふふ、ざーんねん。気持ち良かったのに。 男:ほんとこき使うよね、朝から晩まで。 女:裏の世界では評判よ、貴方。アダムが私の家に来て、仕事を手伝うようになって……もうすぐ3年が経つでしょう? 男:そう、だね。あっという間だった。 女:みな口を揃えて私を羨むのよ。「あんなに優秀な子供なら、私が引き取ったのに」ってね。 男:僕のことを知らないからだよ。 女:そう?貴方は優秀だわ。アダムが来てから家が綺麗だし、ご飯も美味しい。仕事も捗るし、こうしてマッサージまでしてもらえる。 男:マッサージはたまに、ね。マダムったら、もっと強く、もう少し、って……キリがないんだから。 女:ふふ。裏の仕事では優秀過ぎて、末恐ろしいくらいだわ。私も、寝首をかかれないようにしないとね? 男:…………まあ、アダムなら安心かしら。3年前、屋敷の隅で威嚇してきた少年が、こんな無害な忠犬に育つなんて……思いもしなかった。 心の声?:……分からないよ。 女:え? 心の声?:博士の残した遺産のおかげで、僕とマダムは悠々自適に暮らしている訳だし。 女:……?何が言いたいの、アダム……? 心の声?:博士が死んで、僕らはその遺産を手に入れた。次にマダムが死ねば……ぜーんぶ僕が独り占め。……ま、これは逆も然り。僕が死んでもマダムが財産を独り占めできる。 心の声?:……あぁ!金銭目当ての殺人なら……犯人はキラーでなくて……マーダラー……だったね?マダム。 女:…………アダム? 男:(ハッとして)……あれ、僕、今何を言って……。あ、ううん、深い意味はないんだ。…………ほら、裏の人たちは、そういう妄想をするのが好きだろ? 女:たまに……たまに思うわ。貴方を本当に、私が引き取って良かったのか、って……私で良かったのかしら、って………。 男:何言ってるの、それは僕のセリフだ。……何の病気かも分からない、素性も知れない……こんな僕を……マダムも、博士も……こんなに大事に育ててくれた。……見守ってくれた。だから。 女:アダム……。 男:僕ね、本気で思ってるんだよ。マダムのためなら何だってできる。貴女のためなら僕は例え……例え死んだって……例え、食べられたって……。 女:……何言って、 男:博士は、博士は死んでしまった。僕にはもう、他に誰もいないんだ。マダム、貴女しか……だから、だからいっそ、いっそ貴女に殺されたって僕は………!  :(間) 男:あ、はは……なんてね。 女:…………。 男:冗談だよ。貴女に引き取られて、良かった。  :(間) 女:(ため息)……あの子は十分成長した。そろそろ……。  :   :   :   :(場面転換・アダムの部屋) 心の声?:レリック。 男:(荒い息遣い) 心の声?:レリック……お前まだ薬を飲んでいるのか。  男:僕はアダムだ……! 心の声?:あの女に完全に絆(ほだ)されちまったな、レリック。博士もあの女も両方敵だ。分かってるだろ?あいつらがくれた薬を飲んで、一時的に発作を抑えて……それでどうなる?ほんと馬鹿だぜ!結果また、その薬の反動で苦しむんだ!喉が燃えるような、血管が破裂しそうなその辛さを、痛みを、苦しみを……今度はどうやって抑えるってんだ?なあ? 心の声?:それにな、レリック、あいつらはお前を弱らせて……、 男:それでも飲まなきゃ。薬を飲めば、発作が起きて記憶がなくなることもない。……副作用なんて10日に1回あるかないかだ。それなら、飲まないよりマシじゃないか。 心の声:マシ?本気で言ってんのかレリック?そんなにへろへろになってもか! 男:発作を起こすよりはいい。 心の声?:正気か、レリッ……、 男:(遮るように)僕はアダムだ!!!!! 心の声?:レリック……。 男:I'm Adam. I'm Adam. I'm Adam. I'm Adam. I'm Adam………、 心の声?:レリック!……薬を飲むのをやめるんだ。きちんとお前を解き放て。 男:解き放て……? 心の声?:覚えておけ、レリック。……ありのままが、自然だって。 男:とき、はなつ……。  :   :   :   :(場面転換・リビングルーム) 男:生きることは……悪……。 女:……え?今なんて? 男:あぁ、ごめん。 女:……どうしたの?ボーッとして。……最近顔色も悪いし。元々細かったけど、この頃また益々痩せていって……。今日の薬は飲んだ? 男:………………うん。 女:……まさか、何か馬鹿な考えているんじゃ……、 男:(被せて)やだな、そういう意味じゃない。「生きる」……live(ライブ)を反対から読むと、evil(イービル)、「邪悪」という意味になる。一つの単語が、反対から読むだけで、途端に全く違う言葉に変わる。……面白いと思わない?まるでコインの裏表。人間にも、そうやって裏の顔を、表の仮面で覆っている人がいる…………でしょう? 女:……さあ。私に裏表なんてないわ。お金さえ積んでくれるなら、私は文字通り裸になる。 男:それもどうかと思うけど…………。まあ、でも……マダムの名前はEve(イヴ)……スペルは単純明快、イーヴィーイーのたった3文字。前から読んでも後ろから読んでも……全く変わらない。裏表は確かにないね。 女:ふふ、でしょう? 男:……Adamを逆から読むと…………ん〜……ma、dA(まだ)……。 女:あら残念、特に意味は無さそうね? 男:まだ、まだ………んー。 心の声?:murder(マーダー)……。 女:え? 男:え?……あ、僕、今なんて……。 女:…………殺人?また物騒ね。 男:…………。 女:(ため息)…………ねえ、アダム。……私が、信用できない?私のこと…………怖い? 男:(被せて)ッ、そんなことは……!ない……。 女:……そう……。(空気を変えるように茶化して)ふふ、アダムを逆から読んだら殺人になるだなんて、恐ろしいこと。……追い出しちゃおうかしら? 男:マ、マダム! 男:……何か意味を見出せたら、と思ったんだけど…………ごめん。 女:いいのよ、アダム。(水を飲む)……アダムもお水いる?……薬、飲むでしょ? 男:うん……。ん、あれ?また甘い香りが……。  :(間) 女:もう、抑えられそうにないわ……。 男:え? 女:……いいえ、何でも。もう寝なさい。おやすみ。  :   :   :   :(場面転換・アダムの部屋) 男:(荒い息)I'm Adam. I'm Adam. I'm Adam. I'm Adam. I'm Adam………、 心の声?:またか……。なぜ薬を飲むのをやめない? 男:……消えてくれ。もう、出てこないでくれ……。 心の声?:寂しいこと言うなよ、生まれた時からずっと一緒にいたろ?レリック。 男:僕はアダムだ……!!! 心の声?:……ふうん。なら、僕はどうなる? 男:え………? 心の声?:お前がアダムなら……私は一体なんなんだ……? 男:は?それは……、 心の声?:なあ……? 男:やめてくれ。 心の声?:解き放て。 男:もう話しかけるな……! 心の声?:まだ、見て見ぬ振りをするのかレリック……マダムは……マダムはお前を弱らせて、それで、 男:やめろ! 心の声?:食べようとしているんじゃないのか? 男:黙れ! 心の声?:……は、あは、アハハハハハ!ほら!お前だって薄々勘付いてたんだろう?そうさレリック!お前は身寄りもなく、病気持ちで、いつ死んでもおかしくない!いつ死んでも、誰も疑問に思わない!格好の的で、絶好の餌だ!!! 男:うるさいうるさいうるさいうるさい!黙れ黙れ黙れ黙れ……!!!!! 心の声?:マダムはお前を殺すつもりさ。 男:頼むから……! 心の声?:そうなる前に、お前がマダムを殺すんだ。 男:……は。そ、そんなこと出来るわけないだろ! 心の声?:あぁ。自分で殺(や)るのが無理なら、私がやったっていい……。まあ、ちょっと記憶がなくなるかもしれないが……。 男:記憶……? 心の声?:おっと……。 男:今、記憶がなくなるって言ったのか?……おい、まさかお前、今までも……! 心の声?:やだな、レリック。何言ってるんだ?落ち着けって。 男:僕が突然倒れたり、記憶がなくなってりしていたのは、発作ではなくお前の……! 心の声?:あぁ、もう……めんどくさい、な……っ! 男:……え。あ、れ……?(突如目眩がする) 心の声?:あぁ、最後の最後で口が滑っちまった。……私も甘いな。……ハッ、それにしても馬鹿だなレリック。せっかく私が、最後までお前のままでいさせてやろうと、今まで必死に説得してやってたってのに。……私の話を聞かないからだぞ、レリック? 男:へ……? 心の声?:眠っておけ、レリック。 男:あ……れ、なんだ、これ……(バタリ、と倒れる) 心の声?:大丈夫、ちょっと借りるだけだよ。すぐ返すさ。……あの女が死んだらね。ふふ、あはははははははは!  :   :   :   :(場面転換・リビングルーム) 心の声?:マダム……。 女:あら、アダム。今日はお寝坊さんね。………ッ!……貴方、そのナイフ……! 心の声?:おはよう、マダム……ねぇ、僕のことを愛していますか?愛しているのならどうか……、  :(間) 心の声?:死んでください。 女:まさか、発作……?アダム、貴方薬は……! 心の声?:マダム、「僕」は正常だ。薬なんて必要ない。 女:アダム……貴方は……貴方は殺人鬼なんかじゃないの……貴方は……! 心の声?:そう、別に僕は人を殺したい訳じゃない。ただ、ただ食事をしたいだけなんです。だって僕は……屍食鬼なんだから……!(ナイフでマダムを刺す) 女:あぁあああ……ッ!  :(間) 男:……ッ!え、なんで……?なんでなんでなんで……!え?僕が、僕がマダムを……?あ、あぁああ……マダム、マダムマダムマダム……! 女:う、うぅ……! 男:ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!お願い、お願いですマダム。死なないで、死なないでお願いです……!愛してる、愛してます……ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい……、愛してる、愛してる愛してる愛してる……ごめんなさい……!あぁあああ、マダム……マダム……! 女:あだ、む……、 男:(必死にマダムの傷口を押さえながら)血が、血が止まらない、マダム、やだ、嫌だ嫌だ嫌だ、死なないでマダム、僕を一人にしないで、お願いだ、お願いだマダム……あぁ、血が、血が……! 心の声?:なんて美味しそうなんだろう……。 女:あだむ……? 男:は、はは……!そう。そうなんだ……僕は確かに殺人鬼では……murderer(マーダラー)ではない……だって僕は……僕は、Rellik(レリック)、だから……。  :   :   :   :(回想開始) 男:Adam(アダム)を逆から読むと……、 男:一つの単語が、反対から読むだけで、途端に全く違う言葉に変わる。……面白いと思わない? 男:……I'm Rellik(アイムレリック). スペルはアールイー、エルが2つ、最後にアイケー。  :(回想終了)  :   :   :  男:もう気付いているでしょうマダム?Rellik(レリック)を……逆から、読むと……、 女:…………。 男:僕はmurderer(マーダラー)ではない。けれど。  :(間) 心の声?:killer(キラー)なんです、マダム……(マダムに斬りかかる)! 女:…………ッ! 心の声?:あぁもう、よけないでよ。痛いのは嫌だろう?マダム。それとも意識の残ったまま頭から食べられたい? 女:…………! 心の声?:馬鹿で哀れで……可哀想なマダム。私なんかを引き取って。僕なんかに……愛されて。殺されて。そして………僕なんかに……私みたいな屍食鬼に食べられて。 女:………………。 心の声?: そうなんだ、そうなんだよマダム……愛しているから食べたいんだ。愛しいから……だからこそ! 女:アダ、ム……。 心の声?:さあ、今度は動かないでね?(ナイフを振りかぶる) 女:博士は……! 男:…………ッ! 女:博士は!あの人は……誰もが生きられる平等な世界を目指した……!賛同者を募り、身寄りのない死体を集め、研究に研究を重ね……やがて、屍食鬼が死体を貪らずに飢えをしのぐ薬を精製した。試作品の効果を見るために検体を探していた時……博士はたまたま貴方と出会った。 女:薬の効果はあったわ……。貴方の発作の回数は劇的に減り、食事の為の殺害をすることも少なくなった。もっとも、貴方はそんなことをしていた記憶すらないでしょうけれど……。 女:貴方の中には、人間の部分と、屍食鬼の部分が同居していた。屍食鬼が主導権を握っている間、人間である貴方は眠っていたようだった……。 女:貴方が飲んでいた薬はね。……あれは、博士が開発した、屍食鬼の食欲をなくすための薬なの……。でも、あれはまだ不完全だった。なくすというよりは、ただ少し食欲を抑制するだけ。そして博士は、薬を完全に完成させる前に、この世からいなくなってしまった……。 男:なら……ならマダムが飲んでいたのは……? 女:私が?……あぁ。私が飲んでいたのは、貴方が私を食べたいと思わなくなるように、屍食鬼に近い匂いを出せるようにするものよ……。貴方に同族だと思わせれば……食べられることはない……。屍食鬼にとって、人の香りは甘すぎるから。 女:……私にできたのは、博士のレシピ通り、人間用の薬を作り飲むこと。そして、貴方に屍食鬼用の薬を与え、その食欲を軽減すること……。でも、薬は未完成だったから。耐性が出来たのか、段々と効果は薄れていって……仕方なく量を増やしたものだから、貴方は薬の副作用に苦しむ時間が長くなってしまった。……ごめんなさい。 男:マダム……。いや、いいんだ。よく分かった……。僕が生きることは、罪だって。 女:アダム、待って……! 男:だから!(ナイフを振り上げるが、アダムの意思と反して腕が動かない) 男:は?……腕が動かない……!なんで……! 心の声?:何で?それはこっちの台詞だ。は……?レリック、お前自分を刺す気か?私の自由を奪っておいて!私を閉じ込めておいて! 男:何言って……、 心の声?:私は!お前がいなきゃ生きられないのに……!  :(間) 男:あぁ……そうだよな。今までごめん。ごめんな。だけど。 女:アダム……? 男:僕たちが生きてちゃいけないんだ。 心の声?:嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……! 男:一緒に、死のう。……ぅぐッ!(自らにナイフを突き立てる) 女:アダム……!?なんで、なんでそんな……!アダムッ、アダムーーーーーッ!  :   :   :   :(場面転換・病院)  :◆数日後。 男:ん………?ここ、は……? 女:アダム……!あぁ。あぁ良かった……!良かったアダム、生きててくれて……! 男:え……?なん、で、僕……生きてる……!? 女:えぇ。本当に良かった……。 男:駄目だよマダム、僕は……僕たちは!生きてちゃいけない存在なんだ!早く……早く殺さなきゃ……! 女:いいの!……もう、いいのよ。もう、貴方は屍食鬼じゃない。 男:……え? 女:貴方の中にはもう、誰もいない。 男:それ、どういう……。 女:貴方が自分を刺してからすぐ、私は懇意にしている病院に駆け込んだわ。そしてすぐに手術が始まった……貴方の刺したナイフは運良く重要な内臓からは外れていて、どうにか死神を追い返すことに成功したわ……でも。 男:でも? 女:貴方の身体の中から、異質なものが見つかったの。  :(間) 男:これは……なんですか……? 女:何に見える? 男:骨に……わずかに肉がついてて、髪の毛と、これは……歯、ですか?これは一体……! 女:貴方の身体から出てきたの。 男:え……? 女:バニシングツイン、って知ってるかしら。 女:双子の片方が、妊娠初期の段階で亡くなってしまい、子宮に吸収されてしまうこと。子宮から一人消えたように見えるから、「バニシング」。 男:…………。 女:でもたまにね、残っちゃうの。 男:残る……? 女:生きているもう片方が、死んだ胎児をその身に宿して生まれてくることがある。つまりこれは……貴方の双子の片割れ。お兄さんか、お姉さんか、弟か妹だったモノ……。貴方の、唯一の家族……。 男:かぞ、く……。 女:不思議なことに、これを除去した貴方の身体は今、屍食鬼に見られる異常数値が一切なくなっている。全て「人間」として、正常な数値よ。 男:それって、つまり……。 女:貴方はもう、屍食鬼じゃない。 男:……ぁ、ぁああ……!(顔を覆って泣き始める)楽しかった時もあったんだ。あいつはずっと僕と一緒にいて、でも、でも僕は……! 女:「レリック」のお墓を建てましょう。……今は、好きなだけ泣きなさい。本当に、生きてて良かったわ。 女:貴方は、生きていていいのよ、アダム。……「レリック」の分も。貴方が生きることは、悪なんかじゃない。 男:ぅ、うぅ……あぁああああ……!(暫し泣く)  :(台本終了)  :   :   :   :以下、ちょっとした言葉遊び。  :   :live⇔evil  :Rellik⇔Killer  :Adam⇔mada?=murder?  :    :Adam⇔Eve  :   :Eve⇔evE  :Madam, I'm Adam. ⇔ Madam, I'm Adam.  : 

女:………。  :◆何かを探している女。やがて対象を見つけ、屋敷の床をカツンカツンと軽快に鳴らし、広い部屋の隅で身体を丸め蹲っていた男の前で足を止める。 女:バンビーノ……ここにいたのね。私はEve(イヴ)。……貴方ね、博士の置き土産は。 男:……あんた、誰だ……。 女:だから、私はイ……、 男:(被せて)博士の金や薬の件なら僕は知らない。そういう話はお前らで勝手にやってくれ!もう僕を巻き込まな……、 女:(被せて)おあいにく様、私が、その博士の残した莫大な遺産の、そして薬の調合法の、正当な相続人よ。来るのが遅くなって悪かったわ。……あと。  :(女、遺書を男に差し出す) 男:……? 女:貴方を私に頼むって、博士が。  :   :   :  男:(タイトルコール)「live⇔evil(ライブイービル)」——神様。僕が生きることは、悪ですか。  :   :   :   :◆また別の屋敷。女の後ろで、少年はどうしていいのか分からない、といった表情で、玄関の外に立っている。 女:どうしたの?早く入りなさい、バンビーノ。今日からここが貴方のホームよ。 男:お、お邪魔します……。 女:ホームだって言ってるでしょ。今後からちゃんとただいま、って言いなさいね、バンビーノ。 男:バンビーノバンビーノって、僕先日17になったんですけど……。 男:でも、ホーム、か……。博士もあの家を、「ここがお前のホームだ」って言ってくれて……って、これは…………あっちのホームより汚い……。 女:ここでは私がトップよ。口のきき方には気をつけなさい、バンビーノ。 男:………う。……お世話に、なり、ます。 女:よろしい。  :(間) 女:(ソファに座りながら)ところで……まだ名前を聞いていなかったわね。遺書にも、「屋敷にいる少年を頼む」としか書いてなかったし。……全くあの人は……。 男:(おずおずと向かいのソファに座りながら)……えっと……I'm Rellik(アイム レリック)。 女:え?エリック? 男:……あー、いえ……レリックです。スペルはアールイー、エルが2つ、最後にアイケー。 女:レリック……。変な名前ね。スペルも変わってる。 男:よく言われます。まあ、名付け親が変わっていましたから。 女:博士ね。彼から私の話は聞いてる? 男:いえ。 女:……そう。私は情報屋。お察しの通り、博士と同じ、裏の世界の人間よ。 男:裏の世界……。 女:博士の仕事のことは? 男:少し。博士……博士は、人を助けてた。 女:(ため息)未認可の薬を作って闇市場に卸(おろ)していた、でしょう。貴方も私と住むなら、情報は的確に伝えなさい。 男:でも、そのおかげで死なずに済んだ人が沢山いる……! 女:そうね。……けど、それでも彼は、表を歩けない人種なのよ、バンビーノ。そのことを、きちんと胸に刻んでおきなさい。 男:…………。 女:まあ、つまり……私たちはビジネスパートナーのようなものだったわ。私は情報屋の仕事を通じて、薬の卸先(おろしさき)を作ったし、その薬を餌に、更なる情報を引き出せた。……当然、貴方のことも知っているわ。貴方の「持病」のこともね。 男:知ってて……僕を引き取ったの。 女:えぇ、そうよ。全て承知で、私は貴方を迎えに行った。 男:全てって……こんな面倒な奴よく……!……あ、いや……そうか。もしかして、その遺書に、僕を引き取らないと遺産や調合法の相続は無効、という項目でもある、とか? 女:……そうね。人間利益がないと、中々面倒を引き受けたりはしないものよね。 男:……やっぱり……。 女:情報を得るのはとっても簡単。けれど、そのパーツを結びつけることこそが酷く難しいのよ。私は否定も肯定もしていないわ。それなのに、今のように憶測で決めつけるのはバカのすることよ。 女:……あと、貴方のその自己肯定感の低さはいただけないわね。自分の価値は、貴方自身で作るのよ。 男:……。 女:(手を叩いて)さて。働かざる者食うべからず。貴方にも、明日から私の仕事を手伝ってもらうわ。差しあたってはまず……新しい名前をつけなくちゃね。 男:新しい、名前……? 女:私と博士に、ビジネス以上の関係があったって思われたら、仕事に支障が出るでしょ?それに、今後貴方は裏の世界で過ごしていくのだから、本名なんかで生活していたら身が持たないわ。 男:……かったんですか。 女:え? 男:ビジネス以上の関係、なかったんですか。 女:……訊きたいのはそこなの? 女:ふふ、気に入ったわ。貴方には、私の対の名をあげる。 男:え? 女:貴方はAdam(アダム)。今日からアダムよ。そう名乗りなさい。これから宜しくね、アダム。(手を差し出す) 男:……あー、えっと……(おずおずと手を取る)……宜しくお願いします……あー……イヴ、さん? 女:(握手をして)マダムと。よろしく、アダム。 男:……Madam(マダム)……………I'm(アイム)…… Adam(アダム)。I'm Adam…… I'm、Adam…….(ポツポツと自分に言い聞かせるように)。 女:……そうよ、貴方はアダム。……さ、今日はもう早く寝なさい。 女:(立ち上がり、奥を指差しながら)奥に貴方の部屋を用意してあるわ。部屋にあるものは、全て好きに使って良いから。 女:……あ、あと。サイドチェストの上に薬を置いておいたわ。きちんと飲みなさい。 男:…………はい。 女:(アダムに近寄る)ちゃんと面倒は見るから安心して。…………私も、博士には恩があるのよ。 女:じゃあ、おやすみなさい、アダム(座っているアダムにキスをする)。 男:な……! 女:あら、何?おでこでも嫌だった?家族なら、おやすみのキスくらいするものでしょう。 男:そりゃ、小さい頃は博士もしてくれたけど、流石に成長してからは……。 女:私からしたら、貴方はまだまだバンビーノだもの。 男:マダムは一体、幾つなんです?僕と10も変わらないように見えるけど……。 女:あら、女に年齢を聞くものじゃないわよ、アダム。……薬、忘れないようにね。 男:……はい。  :(間)  :(アダムが階段を登って行ったのを確認し、マダムは鍵付きのチェストのニ番目を開いた。乱雑に入った書類の、一番上の紙を取り出す) 女:……対象。便宜上17歳としているが、孤児のため正確な年齢は不明。以下に書いた通り、朝と昼の2回、特に夜は「発作」が起こりやすいため、必ず次ページに記載した方法で調合した薬を内服させること。この薬は発作の頻度、その程度を抑えることができる。発作のレベルは1から5段階に分類され、レベル5になると、その時の記憶を失う傾向にある……。上記事項により、引き取り手無し。  :   :   :   :(場面転換・アダムの部屋) 心の声?:やあ。いつも以上に陰気な面だな。泣いていたのか?レリック。  :(アダムの枕元に、いつの間にか人が座っていた。暗くて顔はよく見えない。一人の人間が、突然フッと湧いて出たにも関わらず、アダムはさも当たり前と言った風に、目線も向けずに質問に答えた) 男:博士が死んだんだ。もう、もうどこにもいない……。 心の声?:知っているさ。だってお前は私で、私はお前だもの。いやあ、それにしてもめでたいね、実にめでたい。今宵は祝おうじゃないか、レリック。 男:そんな気分にはなれない……。 心の声?:博士のせいで、私たちは散々だったじゃないか。あんなマッドサイエンティスト、死んで清々したろ? 男:博士がいなかったら、僕は……どうなっていたか分からない。 心の声?:私がいるのに何が不満なんだ。 男:君はただのイマジナリーフレンドだ。僕の想像が生み出した妄想に過ぎない。 心の声?:イマジナリーフレンド、ねえ……。 心の声?:……で?あの老いぼれが?お前に何をしてくれたって? 男:あの時、まだ子供だった僕を、自分の発作のことだって知らなかった僕を……博士は引き取って、世話をして、沢山のことを教えてくれた。 心の声?:教えてくれた?馬鹿か。洗脳して、軟禁して、私たちのことを無理矢理抑え込んでいただけだろ? 男:洗脳だなんて……!原因不明の発作を抑えるには、博士の薬を飲むしかなかった!未認可だって……僕を生かすためには必要な薬だった……。例え博士の正体が何だって、僕は……。 心の声?:ハッ!その薬だって、実際どんな成分か分かったもんじゃない!お前を弱らせて、それで……、 男:もう僕は!いつどこで倒れるかも分からない不安にかられるのは!突然記憶を失ったりするのは!……嫌、なんだよ……。この薬を飲めばそんなことにはならない。僕は、僕はこの病気を、克服したいんだ……。 心の声?:なんでお前が博士を盲信しているか、私にはサッパリだ。 男:博士は。博士は僕にホームをくれた。僕にここにいていいと言ってくれた唯一の……。…………いや、マダムも。マダムも、今日そう言ってくれた。 心の声?:それだけで博士を、そしてあの女を信用しちまったってのか? 男:違う……ただ……嬉しかった……嬉しかったんだよ……。博士が真っ当な人間じゃないのは知ってる……マダムだって……でも。でも。僕はずっと厄介者だった。迷惑なだけで、何もない。……だから、そんな僕に居場所を作ってくれたなら……博士に返せなかった恩を、僕は……代わりにマダムに、返し、たい……(眠っていく)。  :(間) 心の声?:(ため息)お前は、何も分かっちゃいないんだよ、レリック。  :   :   :  女:(M)そうしてアダムを引き取って数ヶ月。アダムは私の仕事の手伝いにも慣れて、私と彼は、良好な関係を築いていた。  :   :   :  男:んん。変な時間に起きちゃったな……。喉乾いたな……。(ため息)水でも飲みに行くか。  :(間)  男:あれ……?(匂いをかぐ)……なんだ?この甘い香り……。 男:……ん?キッチンの電気が……マダムってば、こんな時間まで起きて何しているんだ……?  :(ガウンをまとったマダムが、キッチンで水を汲んでいる) 女:博士……貴方が亡くなって、私はまたこの世界にうんざりしているわ。誰もかれも、するのは自分の利益とお金の話だけ。……国籍も年齢も性別も……人種すら関係なく……博士、貴方の理想の世界は……ん、(咳き込み、暫く息を切らす)…………(水で薬を飲む)…………これで、これで、良いのよね……? 男:薬……?一体何の…………。  :(マダムに向かって)…………マダム? 女:……!ア、アダム……! 男:何を、しているんですか? 女:え?あ、あぁ……ただ、水を飲んでいただけよ……。貴方は? 男:あぁ、何だか眠れなくて。そしたら甘い香りがして……。 女:甘い香り? 男:(再度匂いをかぐ)……いや。気のせいみたいです。 女:……そう。……(笑いながら)こら、バンビーノ。もう大人の時間よ。早く寝ない悪い子は、こわ〜い怪物が捕まえに来るわよ? 男:……屍食鬼(グール)とか? 女:えっ……!? 男:え?……そ、そんな驚かなくても。……街の子供は、みんな寝物語に屍食鬼のお話を聴くんじゃないんですか? 女:……え、えぇ、そうよ。……「夜にはちゃんとベットにお入り。毛布が君を守ってくれる。夜更かし悪い子目を瞑(つむ)れ。開けたら最後腹の中」……早く寝ないと、屍食鬼(グール)がやってきて食べられちゃうわよ、っていう……まあ、よくある話よ。 男:美しく妖艶な女性が、その美貌やフェロモンのあまーい香りで男性を誘惑して食べてしまう、って話もあるそうですね。男性よりも、子供の方が単純に美味しそうだとは思いますが。 男:…… 屍食鬼にも好みがあるんでしょうか。 女:博士に話してもらったの? 男:一度だけ。まあ、もうこの年になったら、寝物語も何もないですけど。……そもそも博士はほら……幸せで優しくて……あたたかい話が好きですから。 女:王子様のキスで魔法が解けたり? 男:そう、ベタベタのハッピーエンド。 女:ふわふわの動物が出てきたり? 男:そうそう。……あぁ、でもバンビはダメ。お母さんが死ぬシーンで号泣して見ていられない。 女:序盤も序盤じゃない。 男:はは……。  :(間) 男:まあ、でも……バンビ視点ではmurder(マーダー)でも、人間視点ではただのkill(キル)ですから。 女:え? 男:博士が言っていたんです。動物視点では、悪意のある殺し……「マーダー」でも、人間視点、食べたかったから、素材として欲しかったから、人に危害を加えそうだったから……そういう、ただ生きるための単純な殺生、「キル」に他ならない。マーダラーではなく、ただのキラー。 女:……ただの、キラー。 男:屍食鬼だって……。 女:…………。 男:屍食鬼だって、死体を食べなきゃ生きられないのなら……それはきっと……、 女:……え、えぇ。そうね……。さ、寝ましょう、アダム。早く寝なくちゃ。発作が起きないように。 男:はい…………。 女:明日も仕事だしね。おやすみなさい、アダム。 男:おやすみなさい、マダム。……………(茶化すように)あ。ねえマダム。僕、マダムになら食べられてもいいよ? 女:……!……馬鹿なこと言わないの!貴方みたいなガリガリのバンビーノ、骨ばかりで、食べられるようなとこないじゃない。 男:あはは。じゃあ、本当におやすみ。 女:……えぇ。  :(間) 女:……なんで、あんなこと……。いえ。ただの冗談、よね……。…………もう少し、あと少しだけ……。あとほんの少し、あの子が成長するまで……。  :   :   :   :(場面転換・アダムの部屋) 男:(うとうとしながら)さっきのマダム……何だかおかしかったな…… 屍食鬼の話をしたら、イキナリそわそわし出して……屍食鬼……死体を食べる…… 屍食鬼……死体…………そういえば、博士も……。 心の声?:どうも、レリック。 男:……やあ。 心の声?:そういえば……なんだ?死体がどうとか言っていたな? 男:……あぁいや。そういえば、博士はよく……身元の分からない死体を……引き取っていたな、って……。研究の、検体に使う為だろうけど……、 心の声?:あぁ、ようやく何か引っ掛かったか? 男:いや……いや。別に普通のことだ。彼は……博士なんだ、から……でも。 心の声?:でも? 男:でも、マダムは……マダムは何故……。 心の声?:マダムが?どうした? 男:過去の仕事を……整理していたら……ほら、マダムは片付けが苦手だから……そうしたら……一人暮らしの独身男性や、引き取り手のない孤児だけをまとめたリストを見つけて……他に、家族がいない……そんな人ばかり……、 心の声?:ほほう、それで? 男:例え……いつ死んでも、誰からも、気にも留められない……僕、みたいな……、 心の中?:それは怪しいね?実に怪しい。やはりあの女は信用ならない。 男:いや。いや、違う……マダムがいつも言ってる……情報は、それを結び付けるのが難しいんだって……小さな情報を繋げれば大きくなるけれど……推理ではなく、憶測や推測で物を繋げようとするなって……きっとあれも、何か、仕事に役立つリストだったんだ……うん、そうだよ。…………けど、マダムが例え、何を、していようと……僕は……(眠りに落ちていく)。 心の声?:……レリック?…………………また寝ちまったのか?  :(間) 心の声?:馬鹿で哀れで、可哀想なレリック……。  :   :   :   :◆2年後。 女:たぁだいまぁ〜! 男:……うわ、酒くさ。どれだけ呑んでるの。ほら、しっかり歩いて! 女:んふふ、いっぱい♡ 男:……男の人と? 女:ヤダ、野暮ね! 男:(ため息)……ご飯は?お腹空いてる? 女:ううん、食べてきたから。 男:……そう。じゃあ……僕はコーヒーでも飲もうかな。 女:あ、私もコーヒー飲みたぁい。 男:はいはい。ほら、ソファに横になるならヒールは脱いで! 女:ふふ。ねぇ、私って手がかかる? 男:ええ。僕より年上とは思えないくらいに。 女:幾つになっても可愛いでしょ? 男:……確かに。まあマダムは、可愛いっていうよりも綺麗、って感じだけど。 女:あら、冗談のつもりだったのに。でも……………ふ、ふふ……綺麗、か……そんなのもう……何の意味も……(泣き始める)、 男:……え、マダム!?……泣いてるの……? 女:ねぇ、アダム……博士はどこ? 男:え……? 女:どうして?なんでどこにも博士がいないの……? 男:マダム、呑み過ぎだよ……。 女:私は、あの人がいないと駄目なのよ……あの人がいなきゃ。同じ穴の狢(むじな)だからこそ、彼は私を、私は彼を……理解できたのに……。 男:ほら、落ち着いて、マダム。 女:アダム……アダムは、どこにも行かないわよね……?ずっと、ずっと私と……。 男:…………えぇ、大丈夫。大丈夫。ずっと、ここにいますから……(マダムをギュッと抱きしめて宥める)。 女:愛しているわアダム……。 男:……僕も……愛しているよ、マダム……。  :(間) 男:……はい、コーヒー。……落ち着いた? 女:……えぇ。ごめんなさい。 男:(コーヒーを飲む) 女:(アダムを見ながら)……ほんと、どんどん大きくなるのね、貴方。 男:まあ……成長期だから。 女:19になったら、そろそろ成長も止まるものだと思うけど? 男:連れ回すにも、背の高いイケメンの方が絵になるでしょ。僕は顔が良いけど、身長はまだハクが足りないからね。 女:ふふ、そうね。 男:いや、突っ込んでくれないと。流石に冗談のつもりだったんだけど。……って、何?その顔。 女:その顔って?どんな顔? 男:大好物を前に「待て」をさせられているラブラドールみたいな顔。 女:それ一体どんな顔よ?……愛しくてたまらないって顔のつもりなんだけど。 男:今にも涎(よだれ)を垂らしそうなのに? 女:(笑いながら)なにそれ。 女:ほら、よく食べちゃいたいくらい可愛い、って言うじゃない。愛しているからこそ、よ? 男:食べちゃいたいくらい可愛い、ね……。光栄だな。 女:ほんと、可愛げのない良い性格に育ったこと……。……さて(立ち上がる)、シャワー浴びて、お化粧を落としてくるわ。コーヒーご馳走様。 男:あぁ、片付けておくからそのままでいいよ……っと……(立ち上がった拍子にフラつく)! 女:アダム! 女:……あぁ、ビックリした。急に立ち上がるからよ。 男:うん……ごめん、最近フラつくことが多くて……。 女:そう……。 女:もっと食べてくれないと困るわ。連れ回すなら、長身でイケメンで、女を守れるくらい筋肉がないと。 男:ふふ、そうだね。マグを片付けたら、筋トレをしてから寝ることにするよ。 女:あら、それは将来が楽しみですこと。じゃあ、おやすみ(おでこにキスをする) 男:うん。おやすみ、マダム。……ふふ。マダムはたまにすごく甘い香りがするね。いい匂いだ。 女:……ッ!(バッとアダムから離れる) 男:……マダム? 女:ううん。何でもないわ。おやすみなさい、アダム。  :(間) 男:マダムの愛してるは、きっと僕の言うそれとは違う……。同じ穴の狢(むじな)、か………同じ……博士とマダムは……同じ……同族……?  :   :   :   :(場面転換・アダムの部屋) 心の声?:やあレリック。ん?どうした?いつもじめじめしてるが、今日はやけに暗いじゃないか? 男:……なあ。 心の声?:どうした? 男:屍食鬼がもし存在するとしたら…… 屍食鬼と人間が共存することは……出来ないのかな。 心の声?:……何だよイキナリ。 男:例えば何か、死体の代わりになるような食べ物を作ったり、ドナーみたいに、希望者だけ、死後、屍食鬼に身体を提供するとか……、 心の声?:突然お喋りだな。……それは倫理的にどうかと思うぜ、レリック。 心の声?:……でも、そうだな。博士なら、それが可能なんじゃないか? 男:え? 心の声?:博士なら、検体用に集めた遺体を、屍食鬼(グール)に横流しすることもできるし、そもそも彼らの食欲を、一時的にでも抑える薬を作れるかもしれない。あの、イカレたマッドサイエンティストなら。 心の声?:……そうだな、薬の調合法は、今や全てあの女が握っている。そしてあの女には……そうだそうだ、お前、リストを見つけたんだったよなレリック?あの女には、身寄りのない人間を……そして、例えばその「死体」を……集められるツテがある。あぁ、そういえば屍食鬼ってのはフェロモンっつー特殊な香りで人を魅了して餌にするらしいな。そんなんだと普通の生活は中々難しそうだ。あぁ……そいつがブロードウェイの女優なら嬉しいかもしれないな?普段は魅力を抑えなきゃ、スーパーでマフィンを買うだけでもストーカーの行列ができちまう。……あぁでも。博士ならそれを抑える薬作れそうだな?ッククク。 男:ど、どしたんだよ……。 心の声?:なぁレリック。お前は病気の発作を抑える為に博士の薬を飲んでいるんだったな? 心の声?:……じゃあ、あの女は? 心の声?:あの女も、いつも何か薬を飲んでいる。しかも隠れて、だ。お前も何度か見てるよな?一度だけじゃない。気にしないようにしているみたいだが、もう何度も、お前に隠れてこそこそと、何かを飲んでいるのを見ている……だろ?……さっきもお前から離れてすぐバスルームに向かったじゃないか。薬を飲むためさ。 心の声?:思い出せよ。マダムも博士も、時たますごく甘ーい香りがしたろ?でも薬を飲むと途端にその香りがしなくなる。……これがどういうことか分かるか?分かるよな、レリック。 心の声?:……分からないフリを、しているだけだろ? 男:何言って……、 心の声?:悪いことは言わない。その得体の知れない薬を飲むのをやめろ。博士もあの女も同じ……奴らはお前を弱らせて、そして……、 男:うるさい!!!!! 心の声?:大きな声出すなよ。……忠告は聞いた方がいいぜレリック。いつかきっと、後悔する……。 男:…………。 心の声?:(ため息)おやすみ、レリック。  :(間) 男:……あぁ。おやすみ。  :(間) 心の声?:馬鹿だな……こんな家族ごっこを、一体いつまで続けるってんだ……?  :   :   :   :(場面転換・マダムの部屋) 男:マダム、マダムー?……どこに行ったんだろう。買い物かな。  :(アダム、マダムの机の上の出しっぱなしの書類を見つける) 男:……もう、大事そうな書類なのに。こうやってきっちり片付けてないところがズボラだよな、まったく……って、あれ。 男:このリスト、前にも見たことがあるような……?……やっぱり。身寄りのない人たちのリストだ……。 男:ん?あれ?この人の名前に、バツ印なんて付いてたっけ……?……他にも何人かの名前が消されてる……どうして……、 心の声?:食べちまったから、じゃねえの? 男:…………ッ!  :   :   :   :(場面転換・リビング)  :◆数日後。 女:あ……そこ。ん、そう……気持ちいい。 男:ここ、ですか……? 女:もっと、して……。 男:だーめ、もうおしまい。マダムに付き合ってたら、僕が持たない。……指が疲れた。 女:ふふ、ざーんねん。気持ち良かったのに。 男:ほんとこき使うよね、朝から晩まで。 女:裏の世界では評判よ、貴方。アダムが私の家に来て、仕事を手伝うようになって……もうすぐ3年が経つでしょう? 男:そう、だね。あっという間だった。 女:みな口を揃えて私を羨むのよ。「あんなに優秀な子供なら、私が引き取ったのに」ってね。 男:僕のことを知らないからだよ。 女:そう?貴方は優秀だわ。アダムが来てから家が綺麗だし、ご飯も美味しい。仕事も捗るし、こうしてマッサージまでしてもらえる。 男:マッサージはたまに、ね。マダムったら、もっと強く、もう少し、って……キリがないんだから。 女:ふふ。裏の仕事では優秀過ぎて、末恐ろしいくらいだわ。私も、寝首をかかれないようにしないとね? 男:…………まあ、アダムなら安心かしら。3年前、屋敷の隅で威嚇してきた少年が、こんな無害な忠犬に育つなんて……思いもしなかった。 心の声?:……分からないよ。 女:え? 心の声?:博士の残した遺産のおかげで、僕とマダムは悠々自適に暮らしている訳だし。 女:……?何が言いたいの、アダム……? 心の声?:博士が死んで、僕らはその遺産を手に入れた。次にマダムが死ねば……ぜーんぶ僕が独り占め。……ま、これは逆も然り。僕が死んでもマダムが財産を独り占めできる。 心の声?:……あぁ!金銭目当ての殺人なら……犯人はキラーでなくて……マーダラー……だったね?マダム。 女:…………アダム? 男:(ハッとして)……あれ、僕、今何を言って……。あ、ううん、深い意味はないんだ。…………ほら、裏の人たちは、そういう妄想をするのが好きだろ? 女:たまに……たまに思うわ。貴方を本当に、私が引き取って良かったのか、って……私で良かったのかしら、って………。 男:何言ってるの、それは僕のセリフだ。……何の病気かも分からない、素性も知れない……こんな僕を……マダムも、博士も……こんなに大事に育ててくれた。……見守ってくれた。だから。 女:アダム……。 男:僕ね、本気で思ってるんだよ。マダムのためなら何だってできる。貴女のためなら僕は例え……例え死んだって……例え、食べられたって……。 女:……何言って、 男:博士は、博士は死んでしまった。僕にはもう、他に誰もいないんだ。マダム、貴女しか……だから、だからいっそ、いっそ貴女に殺されたって僕は………!  :(間) 男:あ、はは……なんてね。 女:…………。 男:冗談だよ。貴女に引き取られて、良かった。  :(間) 女:(ため息)……あの子は十分成長した。そろそろ……。  :   :   :   :(場面転換・アダムの部屋) 心の声?:レリック。 男:(荒い息遣い) 心の声?:レリック……お前まだ薬を飲んでいるのか。  男:僕はアダムだ……! 心の声?:あの女に完全に絆(ほだ)されちまったな、レリック。博士もあの女も両方敵だ。分かってるだろ?あいつらがくれた薬を飲んで、一時的に発作を抑えて……それでどうなる?ほんと馬鹿だぜ!結果また、その薬の反動で苦しむんだ!喉が燃えるような、血管が破裂しそうなその辛さを、痛みを、苦しみを……今度はどうやって抑えるってんだ?なあ? 心の声?:それにな、レリック、あいつらはお前を弱らせて……、 男:それでも飲まなきゃ。薬を飲めば、発作が起きて記憶がなくなることもない。……副作用なんて10日に1回あるかないかだ。それなら、飲まないよりマシじゃないか。 心の声:マシ?本気で言ってんのかレリック?そんなにへろへろになってもか! 男:発作を起こすよりはいい。 心の声?:正気か、レリッ……、 男:(遮るように)僕はアダムだ!!!!! 心の声?:レリック……。 男:I'm Adam. I'm Adam. I'm Adam. I'm Adam. I'm Adam………、 心の声?:レリック!……薬を飲むのをやめるんだ。きちんとお前を解き放て。 男:解き放て……? 心の声?:覚えておけ、レリック。……ありのままが、自然だって。 男:とき、はなつ……。  :   :   :   :(場面転換・リビングルーム) 男:生きることは……悪……。 女:……え?今なんて? 男:あぁ、ごめん。 女:……どうしたの?ボーッとして。……最近顔色も悪いし。元々細かったけど、この頃また益々痩せていって……。今日の薬は飲んだ? 男:………………うん。 女:……まさか、何か馬鹿な考えているんじゃ……、 男:(被せて)やだな、そういう意味じゃない。「生きる」……live(ライブ)を反対から読むと、evil(イービル)、「邪悪」という意味になる。一つの単語が、反対から読むだけで、途端に全く違う言葉に変わる。……面白いと思わない?まるでコインの裏表。人間にも、そうやって裏の顔を、表の仮面で覆っている人がいる…………でしょう? 女:……さあ。私に裏表なんてないわ。お金さえ積んでくれるなら、私は文字通り裸になる。 男:それもどうかと思うけど…………。まあ、でも……マダムの名前はEve(イヴ)……スペルは単純明快、イーヴィーイーのたった3文字。前から読んでも後ろから読んでも……全く変わらない。裏表は確かにないね。 女:ふふ、でしょう? 男:……Adamを逆から読むと…………ん〜……ma、dA(まだ)……。 女:あら残念、特に意味は無さそうね? 男:まだ、まだ………んー。 心の声?:murder(マーダー)……。 女:え? 男:え?……あ、僕、今なんて……。 女:…………殺人?また物騒ね。 男:…………。 女:(ため息)…………ねえ、アダム。……私が、信用できない?私のこと…………怖い? 男:(被せて)ッ、そんなことは……!ない……。 女:……そう……。(空気を変えるように茶化して)ふふ、アダムを逆から読んだら殺人になるだなんて、恐ろしいこと。……追い出しちゃおうかしら? 男:マ、マダム! 男:……何か意味を見出せたら、と思ったんだけど…………ごめん。 女:いいのよ、アダム。(水を飲む)……アダムもお水いる?……薬、飲むでしょ? 男:うん……。ん、あれ?また甘い香りが……。  :(間) 女:もう、抑えられそうにないわ……。 男:え? 女:……いいえ、何でも。もう寝なさい。おやすみ。  :   :   :   :(場面転換・アダムの部屋) 男:(荒い息)I'm Adam. I'm Adam. I'm Adam. I'm Adam. I'm Adam………、 心の声?:またか……。なぜ薬を飲むのをやめない? 男:……消えてくれ。もう、出てこないでくれ……。 心の声?:寂しいこと言うなよ、生まれた時からずっと一緒にいたろ?レリック。 男:僕はアダムだ……!!! 心の声?:……ふうん。なら、僕はどうなる? 男:え………? 心の声?:お前がアダムなら……私は一体なんなんだ……? 男:は?それは……、 心の声?:なあ……? 男:やめてくれ。 心の声?:解き放て。 男:もう話しかけるな……! 心の声?:まだ、見て見ぬ振りをするのかレリック……マダムは……マダムはお前を弱らせて、それで、 男:やめろ! 心の声?:食べようとしているんじゃないのか? 男:黙れ! 心の声?:……は、あは、アハハハハハ!ほら!お前だって薄々勘付いてたんだろう?そうさレリック!お前は身寄りもなく、病気持ちで、いつ死んでもおかしくない!いつ死んでも、誰も疑問に思わない!格好の的で、絶好の餌だ!!! 男:うるさいうるさいうるさいうるさい!黙れ黙れ黙れ黙れ……!!!!! 心の声?:マダムはお前を殺すつもりさ。 男:頼むから……! 心の声?:そうなる前に、お前がマダムを殺すんだ。 男:……は。そ、そんなこと出来るわけないだろ! 心の声?:あぁ。自分で殺(や)るのが無理なら、私がやったっていい……。まあ、ちょっと記憶がなくなるかもしれないが……。 男:記憶……? 心の声?:おっと……。 男:今、記憶がなくなるって言ったのか?……おい、まさかお前、今までも……! 心の声?:やだな、レリック。何言ってるんだ?落ち着けって。 男:僕が突然倒れたり、記憶がなくなってりしていたのは、発作ではなくお前の……! 心の声?:あぁ、もう……めんどくさい、な……っ! 男:……え。あ、れ……?(突如目眩がする) 心の声?:あぁ、最後の最後で口が滑っちまった。……私も甘いな。……ハッ、それにしても馬鹿だなレリック。せっかく私が、最後までお前のままでいさせてやろうと、今まで必死に説得してやってたってのに。……私の話を聞かないからだぞ、レリック? 男:へ……? 心の声?:眠っておけ、レリック。 男:あ……れ、なんだ、これ……(バタリ、と倒れる) 心の声?:大丈夫、ちょっと借りるだけだよ。すぐ返すさ。……あの女が死んだらね。ふふ、あはははははははは!  :   :   :   :(場面転換・リビングルーム) 心の声?:マダム……。 女:あら、アダム。今日はお寝坊さんね。………ッ!……貴方、そのナイフ……! 心の声?:おはよう、マダム……ねぇ、僕のことを愛していますか?愛しているのならどうか……、  :(間) 心の声?:死んでください。 女:まさか、発作……?アダム、貴方薬は……! 心の声?:マダム、「僕」は正常だ。薬なんて必要ない。 女:アダム……貴方は……貴方は殺人鬼なんかじゃないの……貴方は……! 心の声?:そう、別に僕は人を殺したい訳じゃない。ただ、ただ食事をしたいだけなんです。だって僕は……屍食鬼なんだから……!(ナイフでマダムを刺す) 女:あぁあああ……ッ!  :(間) 男:……ッ!え、なんで……?なんでなんでなんで……!え?僕が、僕がマダムを……?あ、あぁああ……マダム、マダムマダムマダム……! 女:う、うぅ……! 男:ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!お願い、お願いですマダム。死なないで、死なないでお願いです……!愛してる、愛してます……ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい……、愛してる、愛してる愛してる愛してる……ごめんなさい……!あぁあああ、マダム……マダム……! 女:あだ、む……、 男:(必死にマダムの傷口を押さえながら)血が、血が止まらない、マダム、やだ、嫌だ嫌だ嫌だ、死なないでマダム、僕を一人にしないで、お願いだ、お願いだマダム……あぁ、血が、血が……! 心の声?:なんて美味しそうなんだろう……。 女:あだむ……? 男:は、はは……!そう。そうなんだ……僕は確かに殺人鬼では……murderer(マーダラー)ではない……だって僕は……僕は、Rellik(レリック)、だから……。  :   :   :   :(回想開始) 男:Adam(アダム)を逆から読むと……、 男:一つの単語が、反対から読むだけで、途端に全く違う言葉に変わる。……面白いと思わない? 男:……I'm Rellik(アイムレリック). スペルはアールイー、エルが2つ、最後にアイケー。  :(回想終了)  :   :   :  男:もう気付いているでしょうマダム?Rellik(レリック)を……逆から、読むと……、 女:…………。 男:僕はmurderer(マーダラー)ではない。けれど。  :(間) 心の声?:killer(キラー)なんです、マダム……(マダムに斬りかかる)! 女:…………ッ! 心の声?:あぁもう、よけないでよ。痛いのは嫌だろう?マダム。それとも意識の残ったまま頭から食べられたい? 女:…………! 心の声?:馬鹿で哀れで……可哀想なマダム。私なんかを引き取って。僕なんかに……愛されて。殺されて。そして………僕なんかに……私みたいな屍食鬼に食べられて。 女:………………。 心の声?: そうなんだ、そうなんだよマダム……愛しているから食べたいんだ。愛しいから……だからこそ! 女:アダ、ム……。 心の声?:さあ、今度は動かないでね?(ナイフを振りかぶる) 女:博士は……! 男:…………ッ! 女:博士は!あの人は……誰もが生きられる平等な世界を目指した……!賛同者を募り、身寄りのない死体を集め、研究に研究を重ね……やがて、屍食鬼が死体を貪らずに飢えをしのぐ薬を精製した。試作品の効果を見るために検体を探していた時……博士はたまたま貴方と出会った。 女:薬の効果はあったわ……。貴方の発作の回数は劇的に減り、食事の為の殺害をすることも少なくなった。もっとも、貴方はそんなことをしていた記憶すらないでしょうけれど……。 女:貴方の中には、人間の部分と、屍食鬼の部分が同居していた。屍食鬼が主導権を握っている間、人間である貴方は眠っていたようだった……。 女:貴方が飲んでいた薬はね。……あれは、博士が開発した、屍食鬼の食欲をなくすための薬なの……。でも、あれはまだ不完全だった。なくすというよりは、ただ少し食欲を抑制するだけ。そして博士は、薬を完全に完成させる前に、この世からいなくなってしまった……。 男:なら……ならマダムが飲んでいたのは……? 女:私が?……あぁ。私が飲んでいたのは、貴方が私を食べたいと思わなくなるように、屍食鬼に近い匂いを出せるようにするものよ……。貴方に同族だと思わせれば……食べられることはない……。屍食鬼にとって、人の香りは甘すぎるから。 女:……私にできたのは、博士のレシピ通り、人間用の薬を作り飲むこと。そして、貴方に屍食鬼用の薬を与え、その食欲を軽減すること……。でも、薬は未完成だったから。耐性が出来たのか、段々と効果は薄れていって……仕方なく量を増やしたものだから、貴方は薬の副作用に苦しむ時間が長くなってしまった。……ごめんなさい。 男:マダム……。いや、いいんだ。よく分かった……。僕が生きることは、罪だって。 女:アダム、待って……! 男:だから!(ナイフを振り上げるが、アダムの意思と反して腕が動かない) 男:は?……腕が動かない……!なんで……! 心の声?:何で?それはこっちの台詞だ。は……?レリック、お前自分を刺す気か?私の自由を奪っておいて!私を閉じ込めておいて! 男:何言って……、 心の声?:私は!お前がいなきゃ生きられないのに……!  :(間) 男:あぁ……そうだよな。今までごめん。ごめんな。だけど。 女:アダム……? 男:僕たちが生きてちゃいけないんだ。 心の声?:嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……! 男:一緒に、死のう。……ぅぐッ!(自らにナイフを突き立てる) 女:アダム……!?なんで、なんでそんな……!アダムッ、アダムーーーーーッ!  :   :   :   :(場面転換・病院)  :◆数日後。 男:ん………?ここ、は……? 女:アダム……!あぁ。あぁ良かった……!良かったアダム、生きててくれて……! 男:え……?なん、で、僕……生きてる……!? 女:えぇ。本当に良かった……。 男:駄目だよマダム、僕は……僕たちは!生きてちゃいけない存在なんだ!早く……早く殺さなきゃ……! 女:いいの!……もう、いいのよ。もう、貴方は屍食鬼じゃない。 男:……え? 女:貴方の中にはもう、誰もいない。 男:それ、どういう……。 女:貴方が自分を刺してからすぐ、私は懇意にしている病院に駆け込んだわ。そしてすぐに手術が始まった……貴方の刺したナイフは運良く重要な内臓からは外れていて、どうにか死神を追い返すことに成功したわ……でも。 男:でも? 女:貴方の身体の中から、異質なものが見つかったの。  :(間) 男:これは……なんですか……? 女:何に見える? 男:骨に……わずかに肉がついてて、髪の毛と、これは……歯、ですか?これは一体……! 女:貴方の身体から出てきたの。 男:え……? 女:バニシングツイン、って知ってるかしら。 女:双子の片方が、妊娠初期の段階で亡くなってしまい、子宮に吸収されてしまうこと。子宮から一人消えたように見えるから、「バニシング」。 男:…………。 女:でもたまにね、残っちゃうの。 男:残る……? 女:生きているもう片方が、死んだ胎児をその身に宿して生まれてくることがある。つまりこれは……貴方の双子の片割れ。お兄さんか、お姉さんか、弟か妹だったモノ……。貴方の、唯一の家族……。 男:かぞ、く……。 女:不思議なことに、これを除去した貴方の身体は今、屍食鬼に見られる異常数値が一切なくなっている。全て「人間」として、正常な数値よ。 男:それって、つまり……。 女:貴方はもう、屍食鬼じゃない。 男:……ぁ、ぁああ……!(顔を覆って泣き始める)楽しかった時もあったんだ。あいつはずっと僕と一緒にいて、でも、でも僕は……! 女:「レリック」のお墓を建てましょう。……今は、好きなだけ泣きなさい。本当に、生きてて良かったわ。 女:貴方は、生きていていいのよ、アダム。……「レリック」の分も。貴方が生きることは、悪なんかじゃない。 男:ぅ、うぅ……あぁああああ……!(暫し泣く)  :(台本終了)  :   :   :   :以下、ちょっとした言葉遊び。  :   :live⇔evil  :Rellik⇔Killer  :Adam⇔mada?=murder?  :    :Adam⇔Eve  :   :Eve⇔evE  :Madam, I'm Adam. ⇔ Madam, I'm Adam.  :