台本概要

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タイトル 「道化師カイヤと祝われし疾」
作者名 アール/ドラゴス  (@Dragoss_R)
ジャンル ファンタジー
演者人数 1人用台本(不問1)
時間 20 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 世にも珍しい病、“宿病”。
人々はその不気味な美しさに目を奪われる。
しかし、昔は―――。

「皆さんは、宿病を知っていますか?」

【Special Thanks:あらさり】

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
ローブの人物 不問 7 物語を語り聞かせるモノ。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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宮廷道化師カイヤから始まる物語。 0:とある小さな町。 0: 0:ローブを身に纏った人物が広場に座り、 0:その周りに大人や子供が集まっている。 0: ローブの人物:みなさん、今日はお集まりいただき、ありがとうございます。…みなさんは、“宿病”(しゅくびょう)をご存知ですか。 ローブの人物:身体を欠損した者だけが稀にかかる世にも珍しい病気で、症状は「欠損した部位が“いのち”で修復される」という奇病。 ローブの人物:目を失えば実が生り、足を失えば足のように樹木が生い茂る。…その姿はとても美しく、息を呑むほどに鮮やかです。…でも我々はそれに対して、嫌悪感を抱いてしまう。 ローブの人物:今を生きる我々は、その歪(いびつ)な姿を備え付けられた理性で拒む。その光景を美しいと思う気持ちを、心の奥底に封じ込める。 ローブの人物:…しかし、大昔、宿病は『最も美しい疾(やまい)』とされていました。では、なぜ宿病は忌み嫌われるようになったのか。 ローブの人物:……前置きが長くなりましたが、ここからが今日お話しするとあるむかしばなしです。 ローブの人物:この話を聞いて、みなさんが少しでも宿病に対して興味と理解を抱いてくれればうれしいです。…それでは。 0: ローブの人物:―――これは、宿病と彼が引き起こした、とある悲しい惨劇である。 0:「道化師カイヤと祝われし疾(やまい)」 0: 0:遠いむかしの、とある王宮のおはなし。 0: 0:その王宮では“髪色”によって身分が分けられていました。 0:王さまはブロンドで、銀の髪は聖職者。赤、青、緑、黄、紫の髪は五大貴族とされ、茶色は一般人。そこからは髪色が暗くなるにつれて地位が落ちていきます。 0:そして、真っ黒な髪を持つものは、“人のカタチをした何か”だとされ、人ではなく、哀れな「道化師」か「踊り子」として人生を過ごすしかありませんでした。 0:その時代では人は生まれ持つ髪色によって性格や秀でる力が変わるという考えが強く信仰され、実際に当時は髪色によって能力が変わっていたのです。 0: 0: 0:宮廷道化師たちは物語を語ったり、 0:うたを歌ったり、踊りを踊ったりして市民や貴族たちをたのしませます。 0:そんな道化師の中で、ひときわ異彩を放っていたものが一人。 0:名前は「カイヤ」。勿論彼も黒髪で、生まれた時から「道化師」になる運命でした。 0:カイヤは王宮の黒髪の中でも有名人で、王さまにも名前が知られていました。 0:その理由は、「道化師」としてカイヤが優れていたことにあります。 0:カイヤのジャグリング芸はその王宮の名物になる程に有名で、 0:特にナイフを使ったジャグリングは王さまにとても気に入られ、 0:よく宴の場で披露させていたほどです。 0:そして、カイヤは“助言者”としても優秀でした。 0:黒髪は最も身分の低い身でありながら、 0:政治や王に対して自由に発言できる権利を有しており、 0:カイヤの鋭い洞察力から提案される助言はどれも素晴らしいものばかり。 0:貴族たちはみなカイヤをもてはやし、褒美も取らせましたが、 0:カイヤは道化師で自分たちは上位存在である、 0:という立場だけは絶対に崩しませんでした。 0:なので勿論カイヤの案は王さまが提案したもの、 0:として市民たちには伝わり、カイヤの手柄にはなりません。 0:黒髪の道化師、踊り子たちは、 0:生まれた時から王宮に連れていかれるため、物心ついた時から親の顔なんて知りませんし、 0:王宮を出ることを許されていないので、 0:王宮以外の世界のことも貴族たちの話し声やぼろぼろの絵本でしか知りません。 0:しかし、カイヤたち黒髪はそんな自分たちの立場に一切鬱憤や疑問をもちませんでした。 ローブの人物:…何故疑問を抱かなかったかは、もうしばし。 ローブの人物:さて、この時代の王宮の景色は大体想像できたでしょうか。 ローブの人物:それでは、この物語の「承」の段階…。カイヤと宿病の邂逅(かいこう)の話に入ってまいりましょう。 0:ある日のこと。カイヤは王さまに呼びだされました。 0:王室に入ると、そこには王さまと、王さまの愛娘(まなむすめ)がいました。 0: 王様:私の娘が素晴らしい現象を引き起こしてな!今夜また祝宴を開こうと思っておるのだが、お前の芸は格別であるがゆえ、 王様:貴族共が酔い狂うやかましい宴の場よりも先に、お前のナイフだけは我が娘に見せてやりたくてな。 0: 0:そう王様は言って、娘の左手の小指をカイヤに見せました。 0:“光を反射し、水面(みなも)がうつる”その、小指を。 0:見せられた娘の指はまるで人間のモノとは思わしくなく。 0:第二関節から先の部分は、まるで透き通ったガラスで覆われた膜のよう。 0:そしてさらに驚くべきなのは、そのガラスの膜の中には水が張っており、 0:その中をとても小さな魚がふよふよと優雅に泳いでいるのです。 0:それは幻想的な美しさがありつつも人間の身体にはあまりにも似あわない。 0:しかし、カイヤはこの奇怪な現象に心当たりがありました。 0: カイヤ:お、おうさま…。これって、あの病気、ですか…? 王様:ふむ、やはりお前は偉い畜生だな。きちんと知っていたか。 王様:そうだ。これがお前たち異形には“絶対になることができない”人の証。普段は見せることすらありえぬのだ、光栄に思うが良い。 王様:これが、「祝疾」(しゅくびょう)だ。 0: 0:祝われし疾(やまい)、「祝疾」。 0:身体の一部を何らかの影響で失ったものが稀になる奇病。 0:その症状は、「失った身体の一部が、“いのち”で復元する」というもの。 0:新しい生命(いのち)を身体に授かる、とてもめでたい疾(やまい)。 0:カイヤがその美しさに言葉を失っていると、娘が急かしました。 0: 王の娘:おとうさま、まだナイフは見れないのかしら? 王様:おお、すまないな我が娘よ。貴様にこの素晴らしさを見せるのはこれまでだ。よくないモノが移るでな。さあ、カイヤよ。いつも通りナイフを取れ、娘を喜ばせろ。 0: 0:もう少し見てみたかった、という好奇心をぐっと堪え、カイヤはナイフでのジャグリングを見せ始めました。 0:少しの失敗で大怪我に繋がるナイフ芸を、カイヤは涼しい顔で捌(さば)いていきます。 0:カイヤの素晴らしい腕前に娘は大はしゃぎ。王もその反応を見てこくり、と一度頷きました。 0:そして、ふと娘が王に尋ねました。 0: 王の娘:ねえ、おとうさま。あのドレイも今ミスをして指が切りおちたら、“わたしとおなじ”になるの? 王様:いいや、ならない。なぜならアレは人の形をしただけの“異形”。疾(やまい)というのは、人がなるものだからな。 0: 0:事実、黒髪が祝疾になったという例は今までありませんでした。 0:これは、当時黒髪が差別を受けていた小さな理由の一つでもあります。 0:しかし、芸をしながらその言葉を耳に挟んだカイヤは、ふと疑問に思ったのです。 0: カイヤ:(…僕たちが奴隷なのは知っているけど、なんで僕たちは祝疾になれないんだろう?異形とはいえ、人のカタチはとどめているはずなのに。) 0: 0:やがて芸の披露が終わり、いつもの場所に戻って考えても、その答えは当時のカイヤにはわかりませんでした。 ローブの人物:…さて、これにて第二幕が終了です。昔の「祝疾」の考え方と当時の情景がさらに明確になってきましたね。 ローブの人物:ここからは第三幕。…とある大事件が起こります。 ローブの人物:…それでは、「祝疾」に対する考え方が一変するまで。…大量死事件のお話です。 0:さて、それから数か月の時が立った、祝宴の前日のお話。 0:カイヤが王宮を少し歩いていると、なにやら貴族の笑い声が聞こえてきます。 0:耳を澄ますと…。 0: 青髪の貴族:なあ、次の政策、どうする? 紫髪の貴族:それが、まったくもって意見が浮かばないのです。 緑髪の貴族:まったく、そんなことを言って。最初から考えるつもりなんてないくせに。 0: 0:カイヤはなんだか話の内容が気になって、聞き耳を立ててみることにしました。 0: 紫髪の貴族:いやいや、一応民には我々が考えたってことになってるではないですか。 青髪の貴族:一応そうだけどさ。でもどうせ俺達だって、王だって黒髪の奴らに全部任せるんだろう。 緑髪の貴族:まあ、そうなるだろうね。…にしても、本当に黒髪の奴らは可哀そうだよね。 紫髪の貴族:ええ。“きちんと人である”にもかかわらず、“能力が最も高くて、祝疾になることがない”というだけでここまでの扱いを受けるとは! 青髪の貴族:ああ。きちんと使いどもが王たちに使えることがお前たちの最大の幸福だって“教え込んでる”んだろう?そんなの、“洗脳と変わらない”よな! 緑髪の貴族:ま、僕達には関係のないことだし、同情する方がかわいそうだよ。あーあ、緑髪で良かった! 0: 0:そう吐き捨てた後、三人の貴族は大笑いをして騒ぎました。 0:そして…。カイヤはようやくたどり着いてしまいました。絶望という名の、「真実」に。 0:そう。カイヤたち黒髪は、本当に自分たち黒髪が異形だと思い込んでいたのです。 0:自分たちは一番醜い、自分たちは王に守られないと生きていけない、王に使えることが最大の喜び。 0:ずっとそう信じて、疑うことをしなかった純真無垢な少年は、その場を走り去ると一人きりになり、ただ感じました。 0:絶望の涙を、生きる気力のなくなった声を、今までの全てを否定されたかのような虚無感を。 0:そして、カイヤはその考えることをやめたいと叫ぶ頭の中で、一つ計画を思いつきました。 0:もう生きたくない、自分がわからない、そしてせめて、せめて少しでも復讐をしたい。 0:そこで考えた計画は―――。 シーン 0:翌日。祝宴の場にて、カイヤが芸を披露するときがやってきます。 0:王さまも貴族も黒髪も市民も、誰もがカイヤのナイフを心待ちにしています。 0: 0:カイヤは五本のナイフを手に、小さなステージの上に姿を現しました。 0:キラリと光るナイフと道化に、その場にいる全員の視線が突き刺さります。 0: 0:やがてナイフはカイヤの手を離れ、宙に弧を描いていきます。 0:みんな、その銀の刃たちから目が離せませんでした。 0: 0: 0:ぐさり。 0: 0: 0:張りつめつつも緩んでいた空気が一気に崩れました。 0: 0:宙に浮いていた四本のナイフは小さく、されど響く金属音を立てながら床に落ち。 0:カイヤの手には左胸に刺さった一本のナイフ。 0:その鋭くきらめく銀色には、赤い聖水がつたっていきます。 0:その場に響くのは、地に落ちた金属音の残響(ざんきょう)と、胸から滴(したた)り落ちる液体の音。 0:貴族も王も、黒髪も体の動きを止め、ただカイヤを見つめています。 0:誰もが、カイヤがナイフを誤って胸に突き刺してしまったのだと思ったことでしょう。 0: 0:しかし。次の瞬間にはそうではないことを全員が理解したでしょう。 0: 0:なぜなら、全員が見上げるその道化が顔に浮かべたのは苦悶ではなく。 0:狂ったような、しかしどこかあどけなさを感じさせる“笑み”だったのですから。 0: 0:彼はナイフを強く握りしめると、さらに深く、深く深く胸に突き刺していきます。 0:痛みに耐えながらも胸骨(きょうこつ)を破壊し、筋肉と血管を切り落とし。 0: 0:やがて哀れな道化は、自身の心臓をえぐり出したのでした。 0: 0:ズタズタの左胸を片手で覆いながらも、それでも彼は二本足で立っていました。 0:未だ拍動を続ける繊細な心臓は、人の形をとどめていることの証明。 0:強く生きていることを噛みしめながら命の激痛に悶え、 0:顔を引きつらせながらも必死に作り上げるその笑顔には、 0:道化師でも何でもない、ただただ“生”を実感させる何かがありました。 0:そう、彼は“黒髪が人間として生きている”ことの証を、見せつけてやったのです。 0:これできっと何かが変わるわけじゃない。…それでも彼は、“復讐”がしたかった。 0: 0:やがて荒い呼吸は段々と薄くなり、 0:生ぬるい涙がカイヤの頬を伝います。 0:胸を刺す痛みを感じながら、してやった、と言わんばかりの表情で彼は背中から倒れ込みました。 0:カイヤの意識はどんどん遠のき、目はかすんでいきます。 0:しかし、悔いなんてありません。 0:生きていても、ただ利用せれ、蔑まれるだけなのですから。 0:そして力尽きるように、 0:カイヤは雪のようないびつな灰色が混じったその眼をゆっくりと―――。 0: 0:その時でした。 0: 0:カイヤの左胸から、たちまち光が噴き出したのです。 0:その光はふわりと祝宴の会場を照らしました。 0:神々しく、しかしどこか落ち着くような、安心するような閃光。 0:そしてその光は、死人(しびと)と成り果て行くその身体をふわりと包み込み、 0:カイヤの身体は宙に浮き輝き始めます。そして。 0:遂にその光が弾けてなくなると、再びカイヤはその壇上に二本足で立っていました。 0: 0:左胸に赤色の花を咲かせて。 0: 王様:な、なぜ…!なぜ黒髪である貴様如きがそれを!ふざけるな! 王様:おい!私にもナイフを持ってこい!私も“ソレ”を手に入れる! 0: 0:そういうと、王様は使いにカイヤの近くに転がっていたナイフを持ってこさせ、 0: 0:カイヤと同じように、自身の心臓にナイフを突き刺しました。 0: 0:しかし、光があふれてくることはなく。 0:王様は痛みに悶えながらその場に倒れ込み、そこから動くことはありませんでした。 0: 0:カイヤはわけがわかりませんでした。 0:自分がなぜ生きているのかも、なぜ王様が“自殺”したのかも、 0:この左胸の違和感も。 0:そして、さらに不可解なことが起こります。 0: 青髪の貴族:…お、おいっ!俺も、俺もだ!!ナイフを持ってこい! 緑髪の貴族:ぼ、僕もやる! 0: 0:これが惨劇の始まりでした。 0:次は貴族たちがこぞってナイフを手に取り、 0:王様と同じように心臓にナイフを突き立て、死んでいきます。 0:貴族がいなくなれば、次は市民がナイフを自分に突き立てます。 0:中には他の人に刺してほしいというものもいれば、叫びながら王宮を抜け出すものもいました。 0:そして、カイヤたち黒髪はずっと貴族たちが死んでいく様をみていました。 0: 0:数時間が経ったあと、祝宴の場に残ったのは、怯え切った黒髪たちと、左胸に傷を負って床に転がる数百もの死体。 0:鉄の臭いが充満する王宮の中で、一人の黒髪が叫びました。 0: 踊り子の黒髪:あ、アイツよ!アイツが光を出したから、私たちの主さまは死んでしまったのよ! 0: 0:そういって、彼女はカイヤを指さしました。 0:すると、他の黒髪たちもそれに同調します。 0: 黒髪たち:そうだ!アイツがみんなを狂わせたんだ! 黒髪たち:出ていけ!出ていけ!!出ていけ!!! 0: 0:黒髪たちの怒号がカイヤを責め立てます。 0:そして、カイヤは。 0: カイヤ:こんなはずじゃ、なかった、のに…。 0: 0:そうして、カイヤは王宮を飛び出し、行方をくらましましたのでした。 ローブの人物:…と、ここまでが本に書いてある内容です。…そう、真相が語られていないのです。なので、ここからは口頭で。 ローブの人物:まず、結論から言うと、カイヤはあの時“特別な祝疾”を発症しています。 ローブの人物:黒髪が祝疾にかかることはありえないとされていましたが、実はそれは、「例がなかった」だけでした。 ローブの人物:そう。実際には誰でも発症するものだったのですが、当時は衝撃。 ローブの人物:黒髪が異形ではないことが証明され、世界の均衡は崩れることになりました。 ローブの人物:そして当時の有権者たちは今までの権力を保つべく、カイヤの大量死事件があったことから、今度は祝疾患者を差別し始めたのです。 ローブの人物:そうして無垢(むく)な道化師は、無辜(むこ)の怪物になり、祝われるべき祝疾は、宿ってしまう病。「宿病」(しゅくびょう)というようになってしまったのでした。 0: ローブの人物:…さて、皆さん。これで私の話は終わりです。ご静聴、ありがとうございました。 ローブの人物:この話を聞いて、少しでも皆さんが宿病に興味を持っていただければ幸いです。 0:拍手が起こると、ローブの人物はすぐに立ち去り、人のいない場所に向かう。 0: ローブの口調:うーん、やっぱりあの口調は慣れないなあ。歯がゆいというか、なんというか…。 ローブの人物:…少しでも誤解が解ければ、償いになるかな。 ローブの人物:きっと、真相を全部知っているのは僕しかいない。だから、語り継がなきゃいけない。 ローブの人物:「宿病」を、また「祝疾」と呼んでもらえるように…! ローブの人物:…あ。そういえばカイヤが発症した祝疾がなぜ特別なのか、説明し忘れちゃったな…。 ローブの人物:いや。それでいいのか。…うん。そうだ。あの本みたいに。 0: 0:彼はローブを脱ぐと、左胸に手を当てる。 0: カイヤ:“言わぬが花”、だよね。 0: 0:End

宮廷道化師カイヤから始まる物語。 0:とある小さな町。 0: 0:ローブを身に纏った人物が広場に座り、 0:その周りに大人や子供が集まっている。 0: ローブの人物:みなさん、今日はお集まりいただき、ありがとうございます。…みなさんは、“宿病”(しゅくびょう)をご存知ですか。 ローブの人物:身体を欠損した者だけが稀にかかる世にも珍しい病気で、症状は「欠損した部位が“いのち”で修復される」という奇病。 ローブの人物:目を失えば実が生り、足を失えば足のように樹木が生い茂る。…その姿はとても美しく、息を呑むほどに鮮やかです。…でも我々はそれに対して、嫌悪感を抱いてしまう。 ローブの人物:今を生きる我々は、その歪(いびつ)な姿を備え付けられた理性で拒む。その光景を美しいと思う気持ちを、心の奥底に封じ込める。 ローブの人物:…しかし、大昔、宿病は『最も美しい疾(やまい)』とされていました。では、なぜ宿病は忌み嫌われるようになったのか。 ローブの人物:……前置きが長くなりましたが、ここからが今日お話しするとあるむかしばなしです。 ローブの人物:この話を聞いて、みなさんが少しでも宿病に対して興味と理解を抱いてくれればうれしいです。…それでは。 0: ローブの人物:―――これは、宿病と彼が引き起こした、とある悲しい惨劇である。 0:「道化師カイヤと祝われし疾(やまい)」 0: 0:遠いむかしの、とある王宮のおはなし。 0: 0:その王宮では“髪色”によって身分が分けられていました。 0:王さまはブロンドで、銀の髪は聖職者。赤、青、緑、黄、紫の髪は五大貴族とされ、茶色は一般人。そこからは髪色が暗くなるにつれて地位が落ちていきます。 0:そして、真っ黒な髪を持つものは、“人のカタチをした何か”だとされ、人ではなく、哀れな「道化師」か「踊り子」として人生を過ごすしかありませんでした。 0:その時代では人は生まれ持つ髪色によって性格や秀でる力が変わるという考えが強く信仰され、実際に当時は髪色によって能力が変わっていたのです。 0: 0: 0:宮廷道化師たちは物語を語ったり、 0:うたを歌ったり、踊りを踊ったりして市民や貴族たちをたのしませます。 0:そんな道化師の中で、ひときわ異彩を放っていたものが一人。 0:名前は「カイヤ」。勿論彼も黒髪で、生まれた時から「道化師」になる運命でした。 0:カイヤは王宮の黒髪の中でも有名人で、王さまにも名前が知られていました。 0:その理由は、「道化師」としてカイヤが優れていたことにあります。 0:カイヤのジャグリング芸はその王宮の名物になる程に有名で、 0:特にナイフを使ったジャグリングは王さまにとても気に入られ、 0:よく宴の場で披露させていたほどです。 0:そして、カイヤは“助言者”としても優秀でした。 0:黒髪は最も身分の低い身でありながら、 0:政治や王に対して自由に発言できる権利を有しており、 0:カイヤの鋭い洞察力から提案される助言はどれも素晴らしいものばかり。 0:貴族たちはみなカイヤをもてはやし、褒美も取らせましたが、 0:カイヤは道化師で自分たちは上位存在である、 0:という立場だけは絶対に崩しませんでした。 0:なので勿論カイヤの案は王さまが提案したもの、 0:として市民たちには伝わり、カイヤの手柄にはなりません。 0:黒髪の道化師、踊り子たちは、 0:生まれた時から王宮に連れていかれるため、物心ついた時から親の顔なんて知りませんし、 0:王宮を出ることを許されていないので、 0:王宮以外の世界のことも貴族たちの話し声やぼろぼろの絵本でしか知りません。 0:しかし、カイヤたち黒髪はそんな自分たちの立場に一切鬱憤や疑問をもちませんでした。 ローブの人物:…何故疑問を抱かなかったかは、もうしばし。 ローブの人物:さて、この時代の王宮の景色は大体想像できたでしょうか。 ローブの人物:それでは、この物語の「承」の段階…。カイヤと宿病の邂逅(かいこう)の話に入ってまいりましょう。 0:ある日のこと。カイヤは王さまに呼びだされました。 0:王室に入ると、そこには王さまと、王さまの愛娘(まなむすめ)がいました。 0: 王様:私の娘が素晴らしい現象を引き起こしてな!今夜また祝宴を開こうと思っておるのだが、お前の芸は格別であるがゆえ、 王様:貴族共が酔い狂うやかましい宴の場よりも先に、お前のナイフだけは我が娘に見せてやりたくてな。 0: 0:そう王様は言って、娘の左手の小指をカイヤに見せました。 0:“光を反射し、水面(みなも)がうつる”その、小指を。 0:見せられた娘の指はまるで人間のモノとは思わしくなく。 0:第二関節から先の部分は、まるで透き通ったガラスで覆われた膜のよう。 0:そしてさらに驚くべきなのは、そのガラスの膜の中には水が張っており、 0:その中をとても小さな魚がふよふよと優雅に泳いでいるのです。 0:それは幻想的な美しさがありつつも人間の身体にはあまりにも似あわない。 0:しかし、カイヤはこの奇怪な現象に心当たりがありました。 0: カイヤ:お、おうさま…。これって、あの病気、ですか…? 王様:ふむ、やはりお前は偉い畜生だな。きちんと知っていたか。 王様:そうだ。これがお前たち異形には“絶対になることができない”人の証。普段は見せることすらありえぬのだ、光栄に思うが良い。 王様:これが、「祝疾」(しゅくびょう)だ。 0: 0:祝われし疾(やまい)、「祝疾」。 0:身体の一部を何らかの影響で失ったものが稀になる奇病。 0:その症状は、「失った身体の一部が、“いのち”で復元する」というもの。 0:新しい生命(いのち)を身体に授かる、とてもめでたい疾(やまい)。 0:カイヤがその美しさに言葉を失っていると、娘が急かしました。 0: 王の娘:おとうさま、まだナイフは見れないのかしら? 王様:おお、すまないな我が娘よ。貴様にこの素晴らしさを見せるのはこれまでだ。よくないモノが移るでな。さあ、カイヤよ。いつも通りナイフを取れ、娘を喜ばせろ。 0: 0:もう少し見てみたかった、という好奇心をぐっと堪え、カイヤはナイフでのジャグリングを見せ始めました。 0:少しの失敗で大怪我に繋がるナイフ芸を、カイヤは涼しい顔で捌(さば)いていきます。 0:カイヤの素晴らしい腕前に娘は大はしゃぎ。王もその反応を見てこくり、と一度頷きました。 0:そして、ふと娘が王に尋ねました。 0: 王の娘:ねえ、おとうさま。あのドレイも今ミスをして指が切りおちたら、“わたしとおなじ”になるの? 王様:いいや、ならない。なぜならアレは人の形をしただけの“異形”。疾(やまい)というのは、人がなるものだからな。 0: 0:事実、黒髪が祝疾になったという例は今までありませんでした。 0:これは、当時黒髪が差別を受けていた小さな理由の一つでもあります。 0:しかし、芸をしながらその言葉を耳に挟んだカイヤは、ふと疑問に思ったのです。 0: カイヤ:(…僕たちが奴隷なのは知っているけど、なんで僕たちは祝疾になれないんだろう?異形とはいえ、人のカタチはとどめているはずなのに。) 0: 0:やがて芸の披露が終わり、いつもの場所に戻って考えても、その答えは当時のカイヤにはわかりませんでした。 ローブの人物:…さて、これにて第二幕が終了です。昔の「祝疾」の考え方と当時の情景がさらに明確になってきましたね。 ローブの人物:ここからは第三幕。…とある大事件が起こります。 ローブの人物:…それでは、「祝疾」に対する考え方が一変するまで。…大量死事件のお話です。 0:さて、それから数か月の時が立った、祝宴の前日のお話。 0:カイヤが王宮を少し歩いていると、なにやら貴族の笑い声が聞こえてきます。 0:耳を澄ますと…。 0: 青髪の貴族:なあ、次の政策、どうする? 紫髪の貴族:それが、まったくもって意見が浮かばないのです。 緑髪の貴族:まったく、そんなことを言って。最初から考えるつもりなんてないくせに。 0: 0:カイヤはなんだか話の内容が気になって、聞き耳を立ててみることにしました。 0: 紫髪の貴族:いやいや、一応民には我々が考えたってことになってるではないですか。 青髪の貴族:一応そうだけどさ。でもどうせ俺達だって、王だって黒髪の奴らに全部任せるんだろう。 緑髪の貴族:まあ、そうなるだろうね。…にしても、本当に黒髪の奴らは可哀そうだよね。 紫髪の貴族:ええ。“きちんと人である”にもかかわらず、“能力が最も高くて、祝疾になることがない”というだけでここまでの扱いを受けるとは! 青髪の貴族:ああ。きちんと使いどもが王たちに使えることがお前たちの最大の幸福だって“教え込んでる”んだろう?そんなの、“洗脳と変わらない”よな! 緑髪の貴族:ま、僕達には関係のないことだし、同情する方がかわいそうだよ。あーあ、緑髪で良かった! 0: 0:そう吐き捨てた後、三人の貴族は大笑いをして騒ぎました。 0:そして…。カイヤはようやくたどり着いてしまいました。絶望という名の、「真実」に。 0:そう。カイヤたち黒髪は、本当に自分たち黒髪が異形だと思い込んでいたのです。 0:自分たちは一番醜い、自分たちは王に守られないと生きていけない、王に使えることが最大の喜び。 0:ずっとそう信じて、疑うことをしなかった純真無垢な少年は、その場を走り去ると一人きりになり、ただ感じました。 0:絶望の涙を、生きる気力のなくなった声を、今までの全てを否定されたかのような虚無感を。 0:そして、カイヤはその考えることをやめたいと叫ぶ頭の中で、一つ計画を思いつきました。 0:もう生きたくない、自分がわからない、そしてせめて、せめて少しでも復讐をしたい。 0:そこで考えた計画は―――。 シーン 0:翌日。祝宴の場にて、カイヤが芸を披露するときがやってきます。 0:王さまも貴族も黒髪も市民も、誰もがカイヤのナイフを心待ちにしています。 0: 0:カイヤは五本のナイフを手に、小さなステージの上に姿を現しました。 0:キラリと光るナイフと道化に、その場にいる全員の視線が突き刺さります。 0: 0:やがてナイフはカイヤの手を離れ、宙に弧を描いていきます。 0:みんな、その銀の刃たちから目が離せませんでした。 0: 0: 0:ぐさり。 0: 0: 0:張りつめつつも緩んでいた空気が一気に崩れました。 0: 0:宙に浮いていた四本のナイフは小さく、されど響く金属音を立てながら床に落ち。 0:カイヤの手には左胸に刺さった一本のナイフ。 0:その鋭くきらめく銀色には、赤い聖水がつたっていきます。 0:その場に響くのは、地に落ちた金属音の残響(ざんきょう)と、胸から滴(したた)り落ちる液体の音。 0:貴族も王も、黒髪も体の動きを止め、ただカイヤを見つめています。 0:誰もが、カイヤがナイフを誤って胸に突き刺してしまったのだと思ったことでしょう。 0: 0:しかし。次の瞬間にはそうではないことを全員が理解したでしょう。 0: 0:なぜなら、全員が見上げるその道化が顔に浮かべたのは苦悶ではなく。 0:狂ったような、しかしどこかあどけなさを感じさせる“笑み”だったのですから。 0: 0:彼はナイフを強く握りしめると、さらに深く、深く深く胸に突き刺していきます。 0:痛みに耐えながらも胸骨(きょうこつ)を破壊し、筋肉と血管を切り落とし。 0: 0:やがて哀れな道化は、自身の心臓をえぐり出したのでした。 0: 0:ズタズタの左胸を片手で覆いながらも、それでも彼は二本足で立っていました。 0:未だ拍動を続ける繊細な心臓は、人の形をとどめていることの証明。 0:強く生きていることを噛みしめながら命の激痛に悶え、 0:顔を引きつらせながらも必死に作り上げるその笑顔には、 0:道化師でも何でもない、ただただ“生”を実感させる何かがありました。 0:そう、彼は“黒髪が人間として生きている”ことの証を、見せつけてやったのです。 0:これできっと何かが変わるわけじゃない。…それでも彼は、“復讐”がしたかった。 0: 0:やがて荒い呼吸は段々と薄くなり、 0:生ぬるい涙がカイヤの頬を伝います。 0:胸を刺す痛みを感じながら、してやった、と言わんばかりの表情で彼は背中から倒れ込みました。 0:カイヤの意識はどんどん遠のき、目はかすんでいきます。 0:しかし、悔いなんてありません。 0:生きていても、ただ利用せれ、蔑まれるだけなのですから。 0:そして力尽きるように、 0:カイヤは雪のようないびつな灰色が混じったその眼をゆっくりと―――。 0: 0:その時でした。 0: 0:カイヤの左胸から、たちまち光が噴き出したのです。 0:その光はふわりと祝宴の会場を照らしました。 0:神々しく、しかしどこか落ち着くような、安心するような閃光。 0:そしてその光は、死人(しびと)と成り果て行くその身体をふわりと包み込み、 0:カイヤの身体は宙に浮き輝き始めます。そして。 0:遂にその光が弾けてなくなると、再びカイヤはその壇上に二本足で立っていました。 0: 0:左胸に赤色の花を咲かせて。 0: 王様:な、なぜ…!なぜ黒髪である貴様如きがそれを!ふざけるな! 王様:おい!私にもナイフを持ってこい!私も“ソレ”を手に入れる! 0: 0:そういうと、王様は使いにカイヤの近くに転がっていたナイフを持ってこさせ、 0: 0:カイヤと同じように、自身の心臓にナイフを突き刺しました。 0: 0:しかし、光があふれてくることはなく。 0:王様は痛みに悶えながらその場に倒れ込み、そこから動くことはありませんでした。 0: 0:カイヤはわけがわかりませんでした。 0:自分がなぜ生きているのかも、なぜ王様が“自殺”したのかも、 0:この左胸の違和感も。 0:そして、さらに不可解なことが起こります。 0: 青髪の貴族:…お、おいっ!俺も、俺もだ!!ナイフを持ってこい! 緑髪の貴族:ぼ、僕もやる! 0: 0:これが惨劇の始まりでした。 0:次は貴族たちがこぞってナイフを手に取り、 0:王様と同じように心臓にナイフを突き立て、死んでいきます。 0:貴族がいなくなれば、次は市民がナイフを自分に突き立てます。 0:中には他の人に刺してほしいというものもいれば、叫びながら王宮を抜け出すものもいました。 0:そして、カイヤたち黒髪はずっと貴族たちが死んでいく様をみていました。 0: 0:数時間が経ったあと、祝宴の場に残ったのは、怯え切った黒髪たちと、左胸に傷を負って床に転がる数百もの死体。 0:鉄の臭いが充満する王宮の中で、一人の黒髪が叫びました。 0: 踊り子の黒髪:あ、アイツよ!アイツが光を出したから、私たちの主さまは死んでしまったのよ! 0: 0:そういって、彼女はカイヤを指さしました。 0:すると、他の黒髪たちもそれに同調します。 0: 黒髪たち:そうだ!アイツがみんなを狂わせたんだ! 黒髪たち:出ていけ!出ていけ!!出ていけ!!! 0: 0:黒髪たちの怒号がカイヤを責め立てます。 0:そして、カイヤは。 0: カイヤ:こんなはずじゃ、なかった、のに…。 0: 0:そうして、カイヤは王宮を飛び出し、行方をくらましましたのでした。 ローブの人物:…と、ここまでが本に書いてある内容です。…そう、真相が語られていないのです。なので、ここからは口頭で。 ローブの人物:まず、結論から言うと、カイヤはあの時“特別な祝疾”を発症しています。 ローブの人物:黒髪が祝疾にかかることはありえないとされていましたが、実はそれは、「例がなかった」だけでした。 ローブの人物:そう。実際には誰でも発症するものだったのですが、当時は衝撃。 ローブの人物:黒髪が異形ではないことが証明され、世界の均衡は崩れることになりました。 ローブの人物:そして当時の有権者たちは今までの権力を保つべく、カイヤの大量死事件があったことから、今度は祝疾患者を差別し始めたのです。 ローブの人物:そうして無垢(むく)な道化師は、無辜(むこ)の怪物になり、祝われるべき祝疾は、宿ってしまう病。「宿病」(しゅくびょう)というようになってしまったのでした。 0: ローブの人物:…さて、皆さん。これで私の話は終わりです。ご静聴、ありがとうございました。 ローブの人物:この話を聞いて、少しでも皆さんが宿病に興味を持っていただければ幸いです。 0:拍手が起こると、ローブの人物はすぐに立ち去り、人のいない場所に向かう。 0: ローブの口調:うーん、やっぱりあの口調は慣れないなあ。歯がゆいというか、なんというか…。 ローブの人物:…少しでも誤解が解ければ、償いになるかな。 ローブの人物:きっと、真相を全部知っているのは僕しかいない。だから、語り継がなきゃいけない。 ローブの人物:「宿病」を、また「祝疾」と呼んでもらえるように…! ローブの人物:…あ。そういえばカイヤが発症した祝疾がなぜ特別なのか、説明し忘れちゃったな…。 ローブの人物:いや。それでいいのか。…うん。そうだ。あの本みたいに。 0: 0:彼はローブを脱ぐと、左胸に手を当てる。 0: カイヤ:“言わぬが花”、だよね。 0: 0:End