台本概要
300 views
タイトル | 誰そ彼横丁~かざぐるま |
---|---|
作者名 | 暁寺 郁 (@him_like_me) |
ジャンル | その他 |
演者人数 | 4人用台本(男2、女1、不問1) |
時間 | 30 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
たそかれよこちょう~かざぐるま 誰そ彼横丁シリーズ五作目。 完結というわけではありませんが、発表されているものの最後のお話です。 次作がないわけではないのですが、台本としてはこれでラストになるかもしれません。 演者様の性別不問。 軽微なアドリブ可。 300 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
卓也 | 男 | 49 | 高校生程度の年齢。元気のいい男子 |
ミツル | 男 | 38 | 卓也の友達。 |
郵便屋 | 女 | 47 | 元気のいい郵便屋さん。初期値で女性となっていますが実際は男性でも可かも |
局長 | 不問 | 25 | 郵便局長。おっとり優しい人。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
郵便屋:ここは、誰そ彼横丁(たそかれよこちょう)。
郵便屋:彼岸の一歩手前の、小さな街。
郵便屋:死者だけが、のんびりゆったり暮らす街。
郵便屋:そして私は、郵便屋。
郵便屋:生きていた世界からこの街に届く、さまざまな手紙や荷物を配達する、郵便屋さん。
郵便屋:今日もまた、色とりどりの想いを綴(つづ)った便りが届く。
0:
郵便屋:さーてさて、郵便物まとめ完了!
郵便屋:局長、配達に行きますね!
局長:はい、行っておいで。
局長:ああでも、今日はそれで終わりだから、そのまま上がっちゃっていいよ。
局長:私も少ししたら帰るからね。
郵便屋:わかりました。
郵便屋:いってきま~す!
局長:いつも元気がいいねぇ。
局長:……おや、これは。
局長:郵便物が紛れ込んでいたかな。
局長:いや……紙も擦り切れているし、文字もかすんで判別できない。
局長:誰が誰に宛てたのか、それとも誰に宛ててもいないのか。
局長:これは……ふむ、『郵便物』ではないね。
0:――――
局長:あなたの想いを、届けましょう。
局長:風に載せ、空へと飛ばした飛行機を
局長:受け止め、そっと、押し開き。
局長:散りばめられた、言の葉を、
局長:届けたいだけ、届けましょう。
局長:
局長:『届けたいなら』、届けましょう。
0:――――
卓也:あれ、郵便屋さんじゃん。
ミツル:あ、本当だ。
郵便屋:お、卓也くんにミツルくーん!
郵便屋:やっほー!
卓也:配達中?
郵便屋:今日はもう終わったよ。
郵便屋:暇だからさ、かざぐるま通りを眺めに来たんだ。
ミツル:ここの通り沿いに並ぶかざぐるま、たくさんあって綺麗だもんね。
卓也:カラカラさらさら賑やかだしな!
郵便屋:そうなんだよね。きみたちも?
ミツル:俺たちは学校帰り。
ミツル:暇だから、これから卓也んちに遊びに行くところ。
郵便屋:あーそっか、通り道か。
郵便屋:みんな暇人なわけだ(笑)
卓也:今日は郵便、少なかったんだな。
郵便屋:そうだねぇ。
郵便屋:昨日は山ほどあったから、今日はこれくらいで丁度いいよ。
郵便屋:ゆうべなんか疲れちゃって、帰ってすぐ寝ちゃったもん。
卓也:そんなに大変なのに、郵便配達が好きなんだなー。
郵便屋:卓也くんだって、勉強が好きじゃないのに学生してるじゃん(笑)
郵便屋:そういえば、なんで学生やってるんだっけ。
卓也:働きたくなかったでござる。
ミツル:それはもういいよ(笑)
卓也:うーん、なんでだっけ。
卓也:あー、強いて言えば、ミツルが学生だったから?
ミツル:そうだね。
郵便屋:あ、そうなの?
郵便屋:二人っていつも仲いいけど、そんなに前から友達だったんだ?
卓也:俺的には最初からだな、うん、多分。
ミツル:おぼえてないのかよ。
卓也:あんまり。
ミツル:まあ、そっか。
ミツル:あの時、お前かなりぼーっとしてたもんな。
卓也:ぼーっとって言うな!
卓也:待ってろ今思い出すから!
卓也:えーっと、えーーーっと……
郵便屋:あはは。別に卓也くんだけじゃないよ。
郵便屋:何があって、どうやってここに来たのか思い出せない人って、たまにいるからね。
郵便屋:そういう人は大抵、案内列車から降りた直後って、ぼんやりしてるみたいだし。
卓也:ぼんやりって言うなー!
郵便屋:たしか、卓也くんらのとこの、和成(かずなり)センセもそのクチだよ。
ミツル:あー、そうかもね。
ミツル:俺より前からこの街にいたみたいだけど、昔すぎてあんまりおぼえてねーや、とか言ってたっけ。
卓也:あ、そうだな。
卓也:確か「気付いたら神社の神主(かんぬし)と茶ぁ飲んでた」とも言ってたな。
卓也:俺は先生ほどボケてないぞ! えーと、えーっとォ……
ミツル:言いつけてやろ。
卓也:やーめーろ!
卓也:えーっと、確か、列車の中で車掌さんと話はしたんだよな。
卓也:それで、色々教えられて納得もしてたはずなんだけど、それでもなんか、なんとなくーって感じで列車から降りて……
ミツル:そうそう。
卓也:そうだ、で、ホームにミツルがいたんだよ。
卓也:ひょっとこのお面と、かざぐるまを両手に持って。
郵便屋:え、なんで。
ミツル:あの日は神社でお祭りやってたんだよ。
ミツル:で、俺も神社にいたんだけどさ。
ミツル:上り列車が駅で止まったのが見えたから、迎えに行ったんだよ。
ミツル:みんな祭りに行ってるから、街の中、閑散としてたし。
ミツル:初めてこの街に降りてそれじゃ、驚くと思ってさ。
卓也:出会い頭に、ひょっとこと、かざぐるまを突き出されるほうがビビるわ。
卓也:「どっちがいい?」って。
郵便屋:あははは! そりゃそうだね!
卓也:あー、思い出してきたな、色々と。
卓也:高台の神社から迎えに来たってぇ割に、息も切らさず涼しげに、ニヤニヤ笑ってた顔とか。
ミツル:ニヤニヤじゃない、ニコニコだ。
郵便屋:あーまあ、そのへんの時間配分は、この街じゃ曖昧だからねぇ。
ミツル:距離的には、走っても数分かかるところだけど、そこはね。
卓也:まあ、誰そ彼横丁(たそかれよこちょう)だしな。
郵便屋:じゃあ本当に、最初からなんだ。
卓也:そう。……で、なんだっけな。
卓也:そうそう、そんで、俺がミツルに「おまえ、誰だ?」って聞いたんだよ。
卓也:そしたら、ミツルが言ったんだ。
ミツル:「俺はミツル。お前の友達だよ」
卓也:思い出した思い出した!
卓也:そうだった。
卓也:で、その後「お前、名前は?」って訊いてくるんだぜ、笑っちゃうよな。
卓也:順番、逆だっつーの!
ミツル:うるさいなー。
ミツル:両方よこせって両手出したヤツに言われたくない。
郵便屋:両方?
ミツル:ひょっとことかざぐるま、選べないからどっちもよこせって。
郵便屋:うわぁ。
卓也:言ってない言ってない! うそつくな!
卓也:俺はどっちでもいーよって言ったんだ!
ミツル:おー、ホントに思い出したな。
ミツル:でも、それで俺がひょっとこあげたら、やっぱり、かざぐるまもいいかなーとか言い出しただろ。
卓也:う、お、おう……。
卓也:いやなんか、くるくる回って面白かったし……。
郵便屋:ほんと、卓也くんだなー!
卓也:なんでだよー!
卓也:あ、ああ、そうだそうだ!
卓也:郵便屋さんは、なんで郵便屋さんになったんだ?
卓也:聞いてもいいか?
ミツル:話をそらしたな。
卓也:ちがう!
郵便屋:私? うーん、そうだなぁ……。
郵便屋:手紙を配達されるのが、嬉しかったからだね
卓也:配達されるのが、嬉しかったから?
局長:毎日毎日、私が手紙を届けていたんだよね。
郵便屋:あ、局長。いま帰りですか?
局長:ああ、かざぐるまをひとつ作ったのでね、ここに挿しにきたんだ。
卓也:局長! こんちはー!
ミツル:こんにちは。
局長:はい、こんにちは。
郵便屋:そうですね。そうでした。
郵便屋:私がここに来た頃、まだ配達もひとりでこなしていた局長が、毎日毎日私のところに手紙を届けに来てくれたんだよ。
卓也:毎日?
局長:そう、毎日。
局長:局員くんの父上や母上からの手紙が毎日届いていてね。
ミツル:それは……伝えたいことが、たくさんあったんですね。
郵便屋:そうだね。
郵便屋:本当に毎日のように、手紙が届いた。
郵便屋:悲しいとか、寂しいとか、たまに、嬉しいとか。
郵便屋:しばらくする頃には、今日はあんな事があったとか、あれをやったとか。
郵便屋:おかげで毎日のように、局長の顔を見ていたよ。
郵便屋:けど、それも……
卓也:……それも?
郵便屋:数ヶ月、一年と、時がすぎるとともに、隙間を作っていった。
ミツル:ああ……それは、そうだね。
局長:毎日だったものが、週に一度くらい穴を空けるようになり、それが二度になり、三度になり。
郵便屋:月に一度の便りになり、年に一度も来なくなる。
局長:そしていつしか、私が手紙を届けることも、なくなった。
卓也:そっか……。寂しかった?
郵便屋:そんなことはないかな。
郵便屋:そういうものだし……むしろ、そうでなきゃいけない。
ミツル:うん。ずっとずっと死者にすがって生きてはいけないし、少なくとも俺なら、それは望まないかな。
郵便屋:忘れるわけじゃない。
郵便屋:でも、悲しみも愛しさも、記憶から、思い出に変わっていく。
局長:少しずつ、遠く、遠く、なっていく。
郵便屋:そうであってほしいと、私も思うよ。
局長:そして、自分を知る人がひとりふたりと減っていき、いずれ、いなくなる。
郵便屋:私の両親も、もう生きてはいないだろうなぁ。
局長:そうだね。
局長:そして大抵の人が、この街の存在も知らないまま、彼岸へと向かっただろう。
郵便屋:だからね。
郵便屋:私にはもう、届かなくなったけれど。
郵便屋:そういうたくさんのメッセージを、今度は私がみんなに届けてあげようって思ったんだ。
郵便屋:私が局長に、そうしてもらったようにね。
郵便屋:それで、郵便屋になったってわけ!
卓也:そっかぁ。
卓也:でも郵便屋さんはすごいな。毎日手紙が届いてたなんてさ。
郵便屋:そうかな?
卓也:俺なんて、前におふくろから手紙が来た時、当たり前みたいに受け取ったけどさ。
卓也:よく考えたら、俺がこの街に来てから、初めての手紙だったじゃん。
ミツル:ずいぶんと、時間は経ってたよね。
卓也:体感では何年も経ってる。
卓也:そんで、あれからまた一通も来ないし。
局長:そうだねぇ。
局長:人の想いの形も、色々だからね。
ミツル:想いの形?
局長:生きている人が、死者に向ける想いには、いくつかの形がある。
局長:伝えたい気持ちや届けたい言葉。
郵便屋:胸にだけ秘めておきたい、伝えられない想い。
局長:形にならず、伝わらない、なにか。
郵便屋:伝えたい言葉しか、郵便物にはならないし、郵便でなければ、郵便屋でも届けることはできないからね。
郵便屋:卓也くんのお母さんも、想いを言葉に出来なかったのかもしれないね。
卓也:えー。
卓也:そんなの抱え込んで、体とか壊してなきゃいいけどな。
局長:心配かい? 卓也くんは優しいね。
卓也:そんなんじゃないけどさあ!
ミツル:あはは。でもそうだね。
ミツル:俺たちはもうあそこには帰れないし、様子もわからない。
ミツル:俺たちの想いは、あちらには届けられないしね。
局長:そう。本来、想いは、生きている人にしか綴(つづ)れない。
局長:不思議なこの街であっても、結局、一方通行だ。
0:
郵便屋:そうだ! いいものが、ここにはあるじゃん!
卓也:いいもの?
郵便屋:そんなときの、かざぐるま。
ミツル:かざぐるま?
局長:ああ、そういえばそうだったね。
卓也:たしかに、ここは、かざぐるま通りだけどさ。
郵便屋:そう、この通りでは、今もたくさんこうやってかざぐるまが回ってるけどさ。
郵便屋:ほらこの、ハネのところに、ちょっとした気持ちを書いて、ここに挿していく人も多いんだよ。
ミツル:ああ、色々書いてあるよね。じっくり見たことなかったけど。
ミツル:ふうん……『会いたいな』か。
卓也:なんだこれ。『毎日ラーメン食べたい』
ミツル:池田さんかな。
卓也:池田さんだな。毎日ラーメン食ってるもん。
局長:はは。まあ、そんな感じでね。
局長:届けることはできないけれど、伝えたいっていう想いや、ちょっとした報告なんかを、かざぐるまにそっとしたためることで、少しは気晴らしになる。
郵便屋:この街の、知り合いあての言葉なんかもあるよね。
卓也:好き放題に書いてるなー。
郵便屋:そう、好きに何でも書いてる。
郵便屋:卓也くんとミツルくんも、書いてみない?
卓也:俺たちが?
局長:卓也くんはお母さんに向けてでもいいし、何なら今朝の味噌汁の具でもいい。
ミツル:極端だなあ。
ミツル:でも、おもしろいかもね。
郵便屋:この通りにある風車でもいいけど、じゃじゃーん、私はもっと綺麗で可愛いのを、常に持ち歩いてるからね。
郵便屋:これに書いてもいいよ!
卓也:そういや郵便屋さん、いつもベルトにかざぐるま挿してるよな。
郵便屋:走るとくるくる回って面白いから!
郵便屋:ちょうど二本あるから、二人にあげよう!
卓也:えー、急に言われても、思いつかないなぁ。
ミツル:そうだね。うーん。
ミツル:それならよし、俺はこんなんでいいかな。
郵便屋:どれどれ。『健康第一』
郵便屋:あははは。生きることの基本だねぇ!
ミツル:俺に連なる人たちには、ずっと先の世代まで、元気でいてほしいなーって。
局長:理想のひとつだね。うん、元気であってほしい。
局長:卓也くんは?
卓也:このハネの部分って、なかなか字が書きづらいよな……
卓也:……よっし、できた!
郵便屋:見せて見せて。
郵便屋:『友達と、います』……まさに今、まんまだね!
卓也:いいだろ別にー!
卓也:なんとなく、思ったこと書いただけだし!
ミツル:もしかして、口下手な親子なのかな。
局長:そうなのかもしれないね。
卓也:遺伝じゃね―よ、多分!
郵便屋:いいじゃんいいじゃん。
郵便屋:私は好きだよ、このかざぐるま。
郵便屋:ほら、ここ空いてるから、二本とも挿そうよ。
ミツル:うん。ほら、卓也も。
卓也:おう。よ……っと。
卓也:おー、ちょうど風が吹いて、くるくるよく回るなあ。
局長:一斉に回り始めたね。
ミツル:綺麗だな。
卓也:俺の青いの、超キレイだ!
卓也:それに、やり遂げたって感じがする!
ミツル:かざぐるまに字を書いて、ここに挿しただけじゃん。
卓也:いーんだよ!
卓也:気晴らしだって局長さんだって言ってただろ!
局長:はは、その通りだ。
局長:本当にどれも、綺麗だね。
局長:……さてと。私はそろそろ帰ろうかな。
郵便屋:あ、私も帰ります!
郵便屋:二人は、卓也くんの家に行くんだよね?
ミツル:そういえば、そうだった。
局長:それじゃあ、これで。局員くんも、また明日。
郵便屋:はい!
卓也:よーっし! ミツル、また人生すごろくやろーぜ!
ミツル:この前、会社倒産させて負けたのに、懲りないなあ。
卓也:今日はぜってー負けねえ!
ミツル:こっちのセリフでーす。
郵便屋:あはは。気をつけてねー!
郵便屋:……さてと。帰ったらまた、かざぐるま作ろうかな。
0:――――
郵便屋:届かぬ想いを、届けましょう。
郵便屋:生きるあなたの、声ならば。
郵便屋:郵便屋さんが、届けましょう。
郵便屋:
郵便屋:死人(しびと)の無音は声にもならず。
郵便屋:飛ばず、放てず、ただ回る。
郵便屋:カラカラ、くるくる、かざぐるま。
郵便屋:カラカラ、永久(とわ)に、ただ、回る。
0:作・暁寺 郁(ぎょうじ いく)
郵便屋:ここは、誰そ彼横丁(たそかれよこちょう)。
郵便屋:彼岸の一歩手前の、小さな街。
郵便屋:死者だけが、のんびりゆったり暮らす街。
郵便屋:そして私は、郵便屋。
郵便屋:生きていた世界からこの街に届く、さまざまな手紙や荷物を配達する、郵便屋さん。
郵便屋:今日もまた、色とりどりの想いを綴(つづ)った便りが届く。
0:
郵便屋:さーてさて、郵便物まとめ完了!
郵便屋:局長、配達に行きますね!
局長:はい、行っておいで。
局長:ああでも、今日はそれで終わりだから、そのまま上がっちゃっていいよ。
局長:私も少ししたら帰るからね。
郵便屋:わかりました。
郵便屋:いってきま~す!
局長:いつも元気がいいねぇ。
局長:……おや、これは。
局長:郵便物が紛れ込んでいたかな。
局長:いや……紙も擦り切れているし、文字もかすんで判別できない。
局長:誰が誰に宛てたのか、それとも誰に宛ててもいないのか。
局長:これは……ふむ、『郵便物』ではないね。
0:――――
局長:あなたの想いを、届けましょう。
局長:風に載せ、空へと飛ばした飛行機を
局長:受け止め、そっと、押し開き。
局長:散りばめられた、言の葉を、
局長:届けたいだけ、届けましょう。
局長:
局長:『届けたいなら』、届けましょう。
0:――――
卓也:あれ、郵便屋さんじゃん。
ミツル:あ、本当だ。
郵便屋:お、卓也くんにミツルくーん!
郵便屋:やっほー!
卓也:配達中?
郵便屋:今日はもう終わったよ。
郵便屋:暇だからさ、かざぐるま通りを眺めに来たんだ。
ミツル:ここの通り沿いに並ぶかざぐるま、たくさんあって綺麗だもんね。
卓也:カラカラさらさら賑やかだしな!
郵便屋:そうなんだよね。きみたちも?
ミツル:俺たちは学校帰り。
ミツル:暇だから、これから卓也んちに遊びに行くところ。
郵便屋:あーそっか、通り道か。
郵便屋:みんな暇人なわけだ(笑)
卓也:今日は郵便、少なかったんだな。
郵便屋:そうだねぇ。
郵便屋:昨日は山ほどあったから、今日はこれくらいで丁度いいよ。
郵便屋:ゆうべなんか疲れちゃって、帰ってすぐ寝ちゃったもん。
卓也:そんなに大変なのに、郵便配達が好きなんだなー。
郵便屋:卓也くんだって、勉強が好きじゃないのに学生してるじゃん(笑)
郵便屋:そういえば、なんで学生やってるんだっけ。
卓也:働きたくなかったでござる。
ミツル:それはもういいよ(笑)
卓也:うーん、なんでだっけ。
卓也:あー、強いて言えば、ミツルが学生だったから?
ミツル:そうだね。
郵便屋:あ、そうなの?
郵便屋:二人っていつも仲いいけど、そんなに前から友達だったんだ?
卓也:俺的には最初からだな、うん、多分。
ミツル:おぼえてないのかよ。
卓也:あんまり。
ミツル:まあ、そっか。
ミツル:あの時、お前かなりぼーっとしてたもんな。
卓也:ぼーっとって言うな!
卓也:待ってろ今思い出すから!
卓也:えーっと、えーーーっと……
郵便屋:あはは。別に卓也くんだけじゃないよ。
郵便屋:何があって、どうやってここに来たのか思い出せない人って、たまにいるからね。
郵便屋:そういう人は大抵、案内列車から降りた直後って、ぼんやりしてるみたいだし。
卓也:ぼんやりって言うなー!
郵便屋:たしか、卓也くんらのとこの、和成(かずなり)センセもそのクチだよ。
ミツル:あー、そうかもね。
ミツル:俺より前からこの街にいたみたいだけど、昔すぎてあんまりおぼえてねーや、とか言ってたっけ。
卓也:あ、そうだな。
卓也:確か「気付いたら神社の神主(かんぬし)と茶ぁ飲んでた」とも言ってたな。
卓也:俺は先生ほどボケてないぞ! えーと、えーっとォ……
ミツル:言いつけてやろ。
卓也:やーめーろ!
卓也:えーっと、確か、列車の中で車掌さんと話はしたんだよな。
卓也:それで、色々教えられて納得もしてたはずなんだけど、それでもなんか、なんとなくーって感じで列車から降りて……
ミツル:そうそう。
卓也:そうだ、で、ホームにミツルがいたんだよ。
卓也:ひょっとこのお面と、かざぐるまを両手に持って。
郵便屋:え、なんで。
ミツル:あの日は神社でお祭りやってたんだよ。
ミツル:で、俺も神社にいたんだけどさ。
ミツル:上り列車が駅で止まったのが見えたから、迎えに行ったんだよ。
ミツル:みんな祭りに行ってるから、街の中、閑散としてたし。
ミツル:初めてこの街に降りてそれじゃ、驚くと思ってさ。
卓也:出会い頭に、ひょっとこと、かざぐるまを突き出されるほうがビビるわ。
卓也:「どっちがいい?」って。
郵便屋:あははは! そりゃそうだね!
卓也:あー、思い出してきたな、色々と。
卓也:高台の神社から迎えに来たってぇ割に、息も切らさず涼しげに、ニヤニヤ笑ってた顔とか。
ミツル:ニヤニヤじゃない、ニコニコだ。
郵便屋:あーまあ、そのへんの時間配分は、この街じゃ曖昧だからねぇ。
ミツル:距離的には、走っても数分かかるところだけど、そこはね。
卓也:まあ、誰そ彼横丁(たそかれよこちょう)だしな。
郵便屋:じゃあ本当に、最初からなんだ。
卓也:そう。……で、なんだっけな。
卓也:そうそう、そんで、俺がミツルに「おまえ、誰だ?」って聞いたんだよ。
卓也:そしたら、ミツルが言ったんだ。
ミツル:「俺はミツル。お前の友達だよ」
卓也:思い出した思い出した!
卓也:そうだった。
卓也:で、その後「お前、名前は?」って訊いてくるんだぜ、笑っちゃうよな。
卓也:順番、逆だっつーの!
ミツル:うるさいなー。
ミツル:両方よこせって両手出したヤツに言われたくない。
郵便屋:両方?
ミツル:ひょっとことかざぐるま、選べないからどっちもよこせって。
郵便屋:うわぁ。
卓也:言ってない言ってない! うそつくな!
卓也:俺はどっちでもいーよって言ったんだ!
ミツル:おー、ホントに思い出したな。
ミツル:でも、それで俺がひょっとこあげたら、やっぱり、かざぐるまもいいかなーとか言い出しただろ。
卓也:う、お、おう……。
卓也:いやなんか、くるくる回って面白かったし……。
郵便屋:ほんと、卓也くんだなー!
卓也:なんでだよー!
卓也:あ、ああ、そうだそうだ!
卓也:郵便屋さんは、なんで郵便屋さんになったんだ?
卓也:聞いてもいいか?
ミツル:話をそらしたな。
卓也:ちがう!
郵便屋:私? うーん、そうだなぁ……。
郵便屋:手紙を配達されるのが、嬉しかったからだね
卓也:配達されるのが、嬉しかったから?
局長:毎日毎日、私が手紙を届けていたんだよね。
郵便屋:あ、局長。いま帰りですか?
局長:ああ、かざぐるまをひとつ作ったのでね、ここに挿しにきたんだ。
卓也:局長! こんちはー!
ミツル:こんにちは。
局長:はい、こんにちは。
郵便屋:そうですね。そうでした。
郵便屋:私がここに来た頃、まだ配達もひとりでこなしていた局長が、毎日毎日私のところに手紙を届けに来てくれたんだよ。
卓也:毎日?
局長:そう、毎日。
局長:局員くんの父上や母上からの手紙が毎日届いていてね。
ミツル:それは……伝えたいことが、たくさんあったんですね。
郵便屋:そうだね。
郵便屋:本当に毎日のように、手紙が届いた。
郵便屋:悲しいとか、寂しいとか、たまに、嬉しいとか。
郵便屋:しばらくする頃には、今日はあんな事があったとか、あれをやったとか。
郵便屋:おかげで毎日のように、局長の顔を見ていたよ。
郵便屋:けど、それも……
卓也:……それも?
郵便屋:数ヶ月、一年と、時がすぎるとともに、隙間を作っていった。
ミツル:ああ……それは、そうだね。
局長:毎日だったものが、週に一度くらい穴を空けるようになり、それが二度になり、三度になり。
郵便屋:月に一度の便りになり、年に一度も来なくなる。
局長:そしていつしか、私が手紙を届けることも、なくなった。
卓也:そっか……。寂しかった?
郵便屋:そんなことはないかな。
郵便屋:そういうものだし……むしろ、そうでなきゃいけない。
ミツル:うん。ずっとずっと死者にすがって生きてはいけないし、少なくとも俺なら、それは望まないかな。
郵便屋:忘れるわけじゃない。
郵便屋:でも、悲しみも愛しさも、記憶から、思い出に変わっていく。
局長:少しずつ、遠く、遠く、なっていく。
郵便屋:そうであってほしいと、私も思うよ。
局長:そして、自分を知る人がひとりふたりと減っていき、いずれ、いなくなる。
郵便屋:私の両親も、もう生きてはいないだろうなぁ。
局長:そうだね。
局長:そして大抵の人が、この街の存在も知らないまま、彼岸へと向かっただろう。
郵便屋:だからね。
郵便屋:私にはもう、届かなくなったけれど。
郵便屋:そういうたくさんのメッセージを、今度は私がみんなに届けてあげようって思ったんだ。
郵便屋:私が局長に、そうしてもらったようにね。
郵便屋:それで、郵便屋になったってわけ!
卓也:そっかぁ。
卓也:でも郵便屋さんはすごいな。毎日手紙が届いてたなんてさ。
郵便屋:そうかな?
卓也:俺なんて、前におふくろから手紙が来た時、当たり前みたいに受け取ったけどさ。
卓也:よく考えたら、俺がこの街に来てから、初めての手紙だったじゃん。
ミツル:ずいぶんと、時間は経ってたよね。
卓也:体感では何年も経ってる。
卓也:そんで、あれからまた一通も来ないし。
局長:そうだねぇ。
局長:人の想いの形も、色々だからね。
ミツル:想いの形?
局長:生きている人が、死者に向ける想いには、いくつかの形がある。
局長:伝えたい気持ちや届けたい言葉。
郵便屋:胸にだけ秘めておきたい、伝えられない想い。
局長:形にならず、伝わらない、なにか。
郵便屋:伝えたい言葉しか、郵便物にはならないし、郵便でなければ、郵便屋でも届けることはできないからね。
郵便屋:卓也くんのお母さんも、想いを言葉に出来なかったのかもしれないね。
卓也:えー。
卓也:そんなの抱え込んで、体とか壊してなきゃいいけどな。
局長:心配かい? 卓也くんは優しいね。
卓也:そんなんじゃないけどさあ!
ミツル:あはは。でもそうだね。
ミツル:俺たちはもうあそこには帰れないし、様子もわからない。
ミツル:俺たちの想いは、あちらには届けられないしね。
局長:そう。本来、想いは、生きている人にしか綴(つづ)れない。
局長:不思議なこの街であっても、結局、一方通行だ。
0:
郵便屋:そうだ! いいものが、ここにはあるじゃん!
卓也:いいもの?
郵便屋:そんなときの、かざぐるま。
ミツル:かざぐるま?
局長:ああ、そういえばそうだったね。
卓也:たしかに、ここは、かざぐるま通りだけどさ。
郵便屋:そう、この通りでは、今もたくさんこうやってかざぐるまが回ってるけどさ。
郵便屋:ほらこの、ハネのところに、ちょっとした気持ちを書いて、ここに挿していく人も多いんだよ。
ミツル:ああ、色々書いてあるよね。じっくり見たことなかったけど。
ミツル:ふうん……『会いたいな』か。
卓也:なんだこれ。『毎日ラーメン食べたい』
ミツル:池田さんかな。
卓也:池田さんだな。毎日ラーメン食ってるもん。
局長:はは。まあ、そんな感じでね。
局長:届けることはできないけれど、伝えたいっていう想いや、ちょっとした報告なんかを、かざぐるまにそっとしたためることで、少しは気晴らしになる。
郵便屋:この街の、知り合いあての言葉なんかもあるよね。
卓也:好き放題に書いてるなー。
郵便屋:そう、好きに何でも書いてる。
郵便屋:卓也くんとミツルくんも、書いてみない?
卓也:俺たちが?
局長:卓也くんはお母さんに向けてでもいいし、何なら今朝の味噌汁の具でもいい。
ミツル:極端だなあ。
ミツル:でも、おもしろいかもね。
郵便屋:この通りにある風車でもいいけど、じゃじゃーん、私はもっと綺麗で可愛いのを、常に持ち歩いてるからね。
郵便屋:これに書いてもいいよ!
卓也:そういや郵便屋さん、いつもベルトにかざぐるま挿してるよな。
郵便屋:走るとくるくる回って面白いから!
郵便屋:ちょうど二本あるから、二人にあげよう!
卓也:えー、急に言われても、思いつかないなぁ。
ミツル:そうだね。うーん。
ミツル:それならよし、俺はこんなんでいいかな。
郵便屋:どれどれ。『健康第一』
郵便屋:あははは。生きることの基本だねぇ!
ミツル:俺に連なる人たちには、ずっと先の世代まで、元気でいてほしいなーって。
局長:理想のひとつだね。うん、元気であってほしい。
局長:卓也くんは?
卓也:このハネの部分って、なかなか字が書きづらいよな……
卓也:……よっし、できた!
郵便屋:見せて見せて。
郵便屋:『友達と、います』……まさに今、まんまだね!
卓也:いいだろ別にー!
卓也:なんとなく、思ったこと書いただけだし!
ミツル:もしかして、口下手な親子なのかな。
局長:そうなのかもしれないね。
卓也:遺伝じゃね―よ、多分!
郵便屋:いいじゃんいいじゃん。
郵便屋:私は好きだよ、このかざぐるま。
郵便屋:ほら、ここ空いてるから、二本とも挿そうよ。
ミツル:うん。ほら、卓也も。
卓也:おう。よ……っと。
卓也:おー、ちょうど風が吹いて、くるくるよく回るなあ。
局長:一斉に回り始めたね。
ミツル:綺麗だな。
卓也:俺の青いの、超キレイだ!
卓也:それに、やり遂げたって感じがする!
ミツル:かざぐるまに字を書いて、ここに挿しただけじゃん。
卓也:いーんだよ!
卓也:気晴らしだって局長さんだって言ってただろ!
局長:はは、その通りだ。
局長:本当にどれも、綺麗だね。
局長:……さてと。私はそろそろ帰ろうかな。
郵便屋:あ、私も帰ります!
郵便屋:二人は、卓也くんの家に行くんだよね?
ミツル:そういえば、そうだった。
局長:それじゃあ、これで。局員くんも、また明日。
郵便屋:はい!
卓也:よーっし! ミツル、また人生すごろくやろーぜ!
ミツル:この前、会社倒産させて負けたのに、懲りないなあ。
卓也:今日はぜってー負けねえ!
ミツル:こっちのセリフでーす。
郵便屋:あはは。気をつけてねー!
郵便屋:……さてと。帰ったらまた、かざぐるま作ろうかな。
0:――――
郵便屋:届かぬ想いを、届けましょう。
郵便屋:生きるあなたの、声ならば。
郵便屋:郵便屋さんが、届けましょう。
郵便屋:
郵便屋:死人(しびと)の無音は声にもならず。
郵便屋:飛ばず、放てず、ただ回る。
郵便屋:カラカラ、くるくる、かざぐるま。
郵便屋:カラカラ、永久(とわ)に、ただ、回る。
0:作・暁寺 郁(ぎょうじ いく)