声劇台本置き場

0：西暦2009年某日、路地裏、とある雑居ビル。 0：脱法タトゥースタジオ内、施術後。 0：脱色金髪の若い男と、制服姿の、少女。 義鉢：(口中の飴を噛み砕く音) 近江：……何をガリガリ歯(しが)んでやがんだァ、おい、コラ。 義鉢：え……。チュッパチャップス。 近江：ナメてやがんのか、オ？ テメぇココのモンだろォが、オイコラ。 義鉢：見習い、だし。 近江：客の前で飴玉しゃぶンのも見て覚えたンか、コラ、 義鉢：……ていうかサぁ、 近江：アぁ？ 義鉢：制服(せーふく)の女子高生(ジョシコーセー)に歯ァ剥いて凄んでるのって。 義鉢：……けっこー、ダサい、よね。 近江：……。(無言で睨む) 義鉢：キヒ、ヒ。 近江：……行ってネぇだろォが。 近江：似非(エセ)の、ガワだけだろ、テメぇ。 義鉢：シショーに聞いた？ ガッコー辞めた、って。 近江：クチ軽ぃからな、あのババァ。 近江：針で突いてる最中にペラペラベラベラ、他の客のコトだの、くだらネぇ噂話だの、 義鉢：シショーの癖だから。 義鉢：ホントにヤバい事はぁ、言う相手選んでるらしーケド、ね……、本人。 近江：誰に言ってもヤベぇから……、ヤベぇコトなんだろが、ボケぇ。 近江：とっとと塗りやがれ、薬をヨ。 0：男は施術後の、組織液が滲み出る腕を差し出す。 義鉢：待って……、先に拭かなきゃだし、薬も見つからない、し、 近江：準備しとけやコラ。ババァが彫ってる最中ナニしてやがったんだ、オイ。 義鉢：シショーの針の動き……、見てた。 義鉢：見習い、だもん。 近江：いる意味ネぇなら死ぬか？ ア？ 義鉢：じゃ、自分で塗る……？ ワセリン。 近江：…………。 義鉢：キ、ヒ、ヒヒヒ……。 近江：次、そのドロっとした眼で。その、ムカつく笑い方しやがった日にゃ。 近江：ココじゃなかったらマジで殺すからな、ガキ。 義鉢：変わんないじゃん、歳、あんま……。 義鉢：会わないし、ね。他じゃ。 近江：チョロチョロしてやがンだろォが、最近。 義鉢：夜、たまに……、ね。 義鉢：(男を指差し)こーいう、 義鉢：怖そーなヒトたちは……、避けて歩いてる、から。 近江：指サしてンじゃネぇ、コラ。 近江：……目立ってんぞ、言っとくが。辞めたガッコのセーフク着てよォ。 義鉢：イイ事多い、し。 義鉢：みんな、ヨクしてくれるよ。 近江：途端にサカりやがるからな、セーフク着てりゃ。マネキンでも、豚でもヨ。 義鉢：シショーでも、かな。 近江：……、……、 義鉢：想像、してる……。 近江：してネぇ。死なすぞ、コラ。 義鉢：キヒ……。 義鉢：シショー、歳ワカンナイし、ね。普通に似合いそう。 近江：四十前のババァがヨ……、 義鉢：三十五、だよ。怒る、よ。最近気にしてるから……。 近江：知らん。彫り師だの闇医者だのに歳カンケーあんのかよ。 義鉢：元々、医者の方で来てたの？ ココ。 近江：……腹刺された時にな。次に背中。 近江：手っ取り早ェのだきゃ評判だからヨ。 義鉢：刺され、たんだ……。 近江：無茶苦茶なシゴトばっか振って来やがるからな、今付いてるヤクザは……。 近江：おい薬、ネぇのかよ、コラ。 義鉢：え、あるよ。 近江：塗れヤ、じゃァ！ 近江：楽しく世間話しに来てンじゃネぇぞ、コッチは！！ 義鉢：お金払ってもイイってヒトも居るんだけどな……、オハナシ。 近江：言ったろ、セーフク着てりゃガチョウとでもヨロこんで喋りやがるぜ、そーいうボケ共はヨ。 義鉢：カワい……、制服ガチョウ。 義鉢：……じゃ……、塗ってく、ねー……。 0：清潔な布巾で滲出液を拭き取り、患部にワセリンを薄く塗りこむ。 近江：……、く、 義鉢：痛い……？ 近江：ア？ 誰に言ってやがンだ、コラ。 義鉢：久慈(くじ)くんは痛みに強い子だ、って。 義鉢：言ってた。シショー。 近江：……聞いてンじゃネぇぞ、コラ。 近江：こんなモン、痛ぇウチに入れてたらヨぉ、 義鉢：慣れたりするの……？ 痛いの。 近江：……、アぁ……？ 義鉢：前は、ヤバいトコで怖いヒト相手の、ギャンブルの、格闘技やってた、って……、 近江：筒抜けかオイっ。逆に何なら黙ってんだ、あのババァ。 義鉢：怪我、いっぱい、した？ 近江：…………。 近江：訊く前によ、考えてから喋りやがれコラ。 近江：しネぇと思うか？ 殺し合いやっててヨ。 義鉢：いっぱい殴られたら、慣れる？ 近江：…………、あんのか、そーいうテメぇはヨ。 義鉢：殴られた、こと？ 近江：腹やら顔面やら、脇腹をヨぉ。ゲンコツの時もありゃ、ボルトやら鋲やら埋めたグローブで、ヨ。 義鉢：ヤバ……、 近江：痛ぇだのなんだの、考えてる暇ありゃ殴り返すだろ。 近江：血ィ出てようが血ィ吐こうが、立って歩けりゃ次の試合でよ、 義鉢：我慢する、の？ 近江：……、我慢？ 義鉢：痛くても、次あるから、って我慢して、ソレに慣れる感じ？ 近江：…………。 近江：他にナニがあんだ、オイ。 近江：クスリで痛覚トバしてるよーなヤツは長持ちしネぇしヨ、 義鉢：わたしは、無い。ちなみに。 近江：…………。 近江：だろォな。 義鉢：でも切ってた。自分で。 近江：……アぁ……？ 義鉢：手、とか。 義鉢：足……、とか。 近江：…………、 0：吐き捨てるように笑み。 近江：カっ。 近江：おーー、おォーーーー。 近江：そーいうツラだわなァ、言われりゃ、ヨ。 義鉢：ツラ。 近江：ワザと、ヒトに見せる為にヨ。 近江：アタリサワリのネぇトコ、モーシワケ程度に切りやがンだろ、ショボい刃物でヨぉ？ 義鉢：…………。そーだよ。 近江：カマってほしいンか、オイ。目ぇかけてくんなきゃモット切るって脅しやがンだよなァ？ 義鉢：……、 近江：メデテぇナぁ。 近江：羨ましーぜ、あるイミよ。 義鉢：……、 近江：悪ィ、ウソだ。 近江：死ねや、イッソよ。 義鉢：…………、 近江：いっぱいカマって貰えンぜ、葬式でヨ。 近江：普通に育って、飼い慣らされてる豚ドモになら、よ。 義鉢：…………、 gbそー、だねー……。 0：沈黙。古びた時計の秒針の音。 義鉢：……でも結構、イイもんだよ。 近江：ア？ 義鉢：切るの。合うヒトには、ね。 近江：…………、テメぇは？ 義鉢：ちょっと、ハマった。 義鉢：……そこそこ。 近江：カッ。上等なシュミじゃネぇか。 近江：花柄のカミソリ買ってやろォか？ ピンクの、ヨ。 義鉢：カワイイのだったら欲しーけど。 義鉢：……結構、切って。 義鉢：……慣れて、飽きた。 近江：……、 義鉢：どー切ったらどーなるか、とか、 義鉢：自分けっこー、切るの上手くなったなー、とか、思って。 義鉢：思ってるのに気付いたら、飽きた。 近江：……、だから？ 義鉢：飽きて、やめたくなったんだけど、ちょっと、無理で。 義鉢：オチたらやっぱり、ツマンナって思いながら、切ってて、 近江：カハハっ、くだらネぇ。 近江：切らされてんじゃネぇか、やっぱヨぉ。 義鉢：きらされて、る？ 近江：切りたくもネぇのに切ってんだろ。 近江：カミソリは、モノを切ンのが仕事だがヨぉ。 近江：その仕事に使われてンだ、人間ヅラしてるテメぇがよ。 義鉢：…………、へぇー……、 近江：刃物使ってるフリして。 近江：刃物に使われてンのよ。 近江：豚じゃネぇか、まんまよ。 0：若い獣のように笑みが軋む。 近江：殺してェとも思わネぇな。 近江：豚は勝手に死ぬから、ヨ。 義鉢：…………、 0：沈黙。ふ、と、少女の溜息。 義鉢：そんで。……、まー。 義鉢：そのトキ遊んでたオネーサンになんか、言ったら、 義鉢：ココ、教えて貰って……、 近江：どーでもイイぜ、もう。 0：少女はカーディガンの袖を捲り、手首を出す。 義鉢：手首、切った跡のトコ、上手く絵に組み込んでもらって……、 義鉢：蜂のタトゥー、ほら、 近江：(驚愕し) 近江：ゥおぉッッッ！！？？ 0：神速の動作で飛び退く。 近江：……っ、……、 義鉢：…………、え。 近江：……、……、 0：沈黙。静寂。 義鉢：え……、え。 義鉢：タトゥー、だよほら、 義鉢：リアル、だけど。 近江：…………。 義鉢：え、ホンモノだと思ったん……？ 近江：……。殺す。 近江：殺す、マジで殺す。 義鉢：…………。 義鉢：……っ、ぷ、ふっ、(吹き出す) 近江：っ、テ、メ……、 義鉢：キヒ、ヒ、ヒ、ヒヒヒヒヒっ……っ。 義鉢：カワイーー……。サスガ、動き速ァーーー……。 近江：マジで……っ、ナメてやがるとバラして海に、 義鉢：(遮り)久慈クンって呼んでイイ……？ わたしも。 近江：(虚を突かれ) 近江：っ、はぁっ？？ 義鉢：何か、勘だけど。付き合い長くなりそーだし、サ、 近江：テメぇ何を、 義鉢：今度見かけたら声かけるね、久慈クン１人だったら。 近江：…………。 義鉢：あと……。 義鉢：もっと色々覚えて、人に、彫ってもイイって、シショーにOK、もらったら、 近江：…………、 義鉢：最初の１人で彫ってアゲルよ。 義鉢：手首の、トコに……、 0：ちくり、と笑み、 義鉢：カワイイ、ブタさん。 近江：…………。 0：客は少女を睨みつけ。 近江：色は。 義鉢：ピンク。 近江：殺す。 近江：…………、 0：眉を顰め、辟易を隠さず。 近江：一生。ナニがあろォと。 近江：テメぇにだきゃスジ１本彫らせネぇ。 近江：……覚えとけよ、コラ。 義鉢：……キヒ、ヒヒヒ……。 義鉢：ちぇーっ。 0：暗転。 0：【終】