台本概要
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タイトル | [十五夜、添う]-絵師乙桐の難儀なあやかし事情- |
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作者名 | 瀬川こゆ (@hiina_segawa) |
ジャンル | 時代劇 |
演者人数 | 3人用台本(男2、女1) |
時間 | 30 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
飢餓で姉を亡くし天涯孤独の身となった「すて吉」は、 ひょんな縁で乙桐とかつて恋仲だった「駒草」に引き取られた。 だが駒草の家には、異様にすて吉を「臭い」と罵り嫌う男「景安」が居て……。 ※基本オムニバス形式なので、これだけでも問題ないですが、 同シリーズ「ひそひそ噺」の後日談にあたるので、先にそっちを見た方が分かり易いかもしれません。 このシリーズの台本はアルファポリスに優先的に投稿しています。 【絵師乙桐の難儀なあやかし事情】 https://www.alphapolis.co.jp/novel/379290313/994792791 非商用時は連絡不要ですが、投げ銭機能のある配信媒体等で記録が残る場合はご一報と、概要欄等にクレジット表記をお願いします。 過度なアドリブ、改変、無許可での男女表記のあるキャラの性別変更は御遠慮ください。 668 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
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すて吉 | 男 | 122 | 貧しい村の出身口減らしの為に殺されそうになってた所を死んだ姉(初)が妖を使って乙桐迄託したお陰で生き残った男の子。いつも姉の後ろを歩いてばかり居た影響で、自分で物事を考えるのが苦手。 |
駒草 | 女 | 154 | 「こまぐさ」元吉原遊郭の花魁。身請けをされ現在は女郎上がりとして普通に生きているが、頑なに廓言葉を使う。とある所以で背中に鬼の刺青が彫られており、彫り師は乙桐。元々は乙桐と恋人兼パートナーだったが色々あって別れた。 |
景安 | 男 | 106 | 「けいあん」京訛り気味の色男。とある事情で駒草を身請けし基本は行動を共にしているし養ってもいる。人嫌いだし子供はもっと嫌い。鼻が利くせいで臭いのも嫌い。すて吉は子供だし臭いから凄い嫌い。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:幕間
:
0:家屋の中。
0:景安、駒草の後ろに座り込むすて吉を睨んでいる。
景安:駒(こま)、駒草(こまぐさ)はん。
景安:これは一体全体どう言う有様どす?
駒草:先生に頼まれんした。
景安:頼まれんしたって、あんさん。
景安:もーちぃっと訳ぇ説明しぃや?
駒草:頼まれんしたもんは、頼まれんした。
駒草:それ以外に是も非もありんせん。
景安:あんさんうちが人の子のそれも餓鬼を、
景安:好いてあらへんの知ってはりまひょ?
駒草:あい。
景安:なんで断ってくれへんかったんどすか!
駒草:乙桐(おとぎり)先生の頼まれ事は絶対でありんすから。
景安:あんさんの事養うてるのうちなんどすけど?
駒草:あい、そうでありんすなぁ。
景安:あんさん身請(みう)けしたん誰や?
景安:言うてみぃ。
駒草:景(けい)でござんす。
景安:あんさんの旦那はんは?
駒草:景(けい)でござんす。
景安:こん家の家主は?
駒草:あい、景(けい)でござんすなぁ。
景安:ならうちん言う事聞きぃや駒(こま)。
駒草:乙桐(おとぎり)先生の頼まれ事は絶対でありんす。
景安:……はぁ、駒(こま)、駒草(こまぐさ)。
景安:あんさんひょっとしなくても、
景安:こん乳臭う餓鬼ここに置け言うてはられます?
駒草:あい。
景安:やってられへんわぁ。
駒草:わっちは景(けい)、
駒草:ぬし様が何処(どこ)ぞで野垂れ死んでも構わないんでありんすよ?
駒草:わっちから離れて、好きな所に行ってしもうても。
駒草:まぁ出来るもの、なら。
景安:ほんにあんさんは、
景安:ややこわらしが絡むとうちに冷たくなられはりますなぁ。
景安:泣き寝入りせいっちゅう話どすか?
景安:ややわぁ生き辛いったらあらしまへんえ。
すて吉:あんの、
景安:話しかけんといておくれやす。
景安:あんさん湯に浸こうた方がえぇやないの?
すて吉:湯……風呂?
すて吉:風呂さ入らせて貰えんのか?
景安:ややわぁ!嫌味の一つも通じまへんえ!
景安:こんだから無知で無垢な餓鬼は好かんのやわぁ。
駒草:景(けい)。
景安:うちの主導はあんさんが持ってはりますけど、うちがその気になれば、
景安:あんさんやろうと殺せるんえ?
景安:なぁ?駒(こま)。
駒草:はぁ……。
景安:うち、これでも譲歩してるんどす。
景安:小っこい事迄目くじら立てへんといてーな。
駒草:分かりんした。
すて吉:……オイラ風呂入んのけ?
景安:へぇ、あんさんきちんと言われへんと分かりません?
すて吉:?うん。
景安:臭い、言うてんのどす。
景安:あんさん、乳臭いのもそうやけれども、
景安:それ以上に諸々臭(にお)うてかなわんのや。
景安:うちの言うてる事、分からはります?
すて吉:っっ?!
駒草:景(けい)!
景安:三刻。
駒草:?
景安:うち三刻程ぶらついて来はるから、
景安:そん間に餓鬼なんとかしはって。
景安:なまじうちはえろう鼻ぁ効いてしまうさかい。なぁ?駒(こま)。
景安:あんさん充分に知ってはるやろ?
駒草:……分かりんした。
景安:へぇ、よろしゅうおたの申します。
:
すて吉(M):ねぇちゃ、初(うい)ねぇちゃ。
すて吉(M):そっちはどうだ?
すて吉(M):あったかくしてっか?
すて吉(M):美味いもんさ腹一杯食ってるか?
すて吉(M):ゆっくり寝れてっか?
すて吉(M):なぁ、ねぇちゃ。
すて吉(M):……。
すて吉(M):オイラはな、ねぇちゃ。
すて吉(M):会いたくて会いたくて、
すて吉(M):仕様が無いんだよぅ。
:
0:駒草、景安が出て行った戸を一瞥してから。
駒草:はぁ……行きんした。
すて吉:えっと……。
駒草:駒(こま)でも駒草(こまぐさ)でも、
駒草:好きな様に呼びなんし。
すて吉:あ……駒、草、さん。
駒草:あい。
駒草:なんでありんしょうか?すて吉。
すて吉:オイラのせいで、
すて吉:あの男の人怒らせちまったか?
駒草:アレは気難しい男。
駒草:浮世のどんな事でも「気に入らない、気に入らない」とおっせーす。
すて吉:でんも、
駒草:お前が気にしなくてよござんす。
駒草:お前はただ、よく食べ、よく寝て、
駒草:健やかに育ちんし。
すて吉:……。
すて吉:駒草(こまぐさ)さんは、本物なんか?
駒草:あい?
すて吉:あの先生が言ってたんだ。
すて吉:絵師の、絵師の先生が。
駒草:乙桐(おとぎり)先生の事でありんすか?
すて吉:そうだ。
すて吉:初(うい)ねぇちゃとオイラが出会った駒草(こまぐさ)さんは偽物で、
すて吉:誰かが化けてただけなんだって。
駒草:嗚呼、そんな事もおっせーしてたなぁ。
すて吉:そんで本物なんか?
駒草:あい、間違いなく。
駒草:わっちは本物の駒草(こまぐさ)でありんす。
駒草:お前と出会ったのは、さっきのさっき。
駒草:乙桐(おとぎり)先生がお前を頼むと連れて来た、
駒草:さっきが初めててありんしょう。
すて吉:そうか……。
駒草:お前のこれ迄は色々聞いていんし。
駒草:なんだか随分と難儀なめに合ったとか。
すて吉:……。
駒草:可哀想にねぇ。
駒草:今の今まで、
駒草:心休まる日など無かったんでありんしょう?
駒草:実の父(てて)母(かか)に殺されそうになって、
駒草:ずっと一緒に居んした姉様は、
駒草:とっくの昔に死人(しびと)になりんして。
駒草:お前はただ、
駒草:その屍(しかばね)に取り憑いた妖を姉と思い共に居て、
すて吉:(被せる)あれは、あれは妖なんかじゃねぇよ。
駒草:と言うと?
すて吉:あれは間違いなく初(うい)ねぇちゃだったよぅ。
すて吉:オイラ妖の事なんか分かんねぇけんど、
すて吉:あれは多分、ねぇちゃが、初ねぇちゃが。
すて吉:妖さの力借りて生き長らえようとしてただけだ。
駒草:……。
すて吉:だからあれはねぇちゃなんだ、オイラの。
すて吉:……オイラそう思いたいんだ。
すて吉:そう思っていたいんだ。
すて吉:いけねぇか?
駒草:別によござんす。
すて吉:え?
駒草:お前はなんにも間違っちゃあいないよぅ。
駒草:わっちはねぇ、
駒草:ややこわらし子供らの目を信じていんすから。
駒草:案外、お前が見た事思った事の方が、
駒草:真(まこと)では無いのかと思うんざんす。
すて吉:……。
駒草:ねぇ?甘い物は好きかい?
すて吉:え……あ、うん。
駒草:では何か食べに行きんしょうか?
駒草:ついでに景(けい)が煩いから、
駒草:風呂屋にでも寄りんしょう。
すて吉:あ……オイラやっぱり臭いか?
駒草:いいや?
駒草:わっちは気になりんせん。
駒草:でも、
すて吉:でも?
駒草:景(けい)は人一倍鼻が利きんすから、
駒草:わっちでは気付かぬ事迄分かるんでありんしょう。
すて吉:そうか……。
:
0:一拍
0:町をほっつき歩いてる景安。
景安:ほんに、ややわぁ。
景安:いらん事ばっかり持ってきはるあん人。
景安:はぁぁ〜。
景安:人の子は臭(くそ)うてかなわん。
景安:ようやっと駒(こま)にも慣れはったのに、
景安:次はあれかいな?
景安:やってられへんわぁ。
0:何かに気付く。
景安:……。
景安:へぇ、家出はりましたなぁ?
景安:あん餓鬼もまぁ湯屋行きはったら、
景安:駒(こま)に染みついたもんで腰でも抜かしはるやろ。
景安:そんで出てってくれへんかなぁ。
景安:あんさんが来はったんわ、
景安:化け物の住処どすえって分うてくれはったら万々歳なんどすけど……。
:
0:風呂屋。
すて吉:いいいい一緒に入るんか?!
駒草:あい。
すて吉:おおおオイラ!
すて吉:オイラ男だよぅ!
駒草:でもわらしでありんしょう?
すて吉:でんも、でんも!
駒草:薹(とう)が立ってる訳でもなんし、
駒草:この刻、わっちら以外に誰も居ないでありんしょう。
すて吉:でんも!
駒草:それとも景(けい)を呼び戻して、
駒草:一緒に入って貰いんす?
駒草:あれは見た目だけはきちんと色男だ。
すて吉:そんれは嫌だ!
すて吉:あの人はなんか怖いんだよぅ!
駒草:なら、わっちと入るしかないでござんすよぅ?
駒草:お前が風呂の入り方を知っていんすなら、
駒草:別に別に分けて入るけれども。
すて吉:…………知らねぇ。
駒草:なら仕様がないでありんすなぁ?
すて吉:……分かったよぅ。
:
0:一拍
駒草:貸し切り貸し切り。
駒草:ツイてたでありんすなぁ?すて吉。
0:すて吉、駒草の背中を凝視してる。
すて吉:……そんれ。
駒草:あい?
すて吉:そんれ……なんだ?
駒草:え?嗚呼。
駒草:わっちの背のこれでござんす?
すて吉:嗚呼。
すて吉:鬼の、絵?
駒草:あい。
駒草:乙桐(おとぎり)先生に掘って貰いんした、
駒草:鬼の彫り物でありんすよぅ。
すて吉:あん先生彫り師もやってんのか?
駒草:いいや?
すて吉:でんも、
駒草:あの人はねぇ、絵に関わる事なら大抵何でも出来んす。
駒草:絵と言うか、
すて吉:?
駒草:色に携(たずさ)わる事ならば、でござんすが。
すて吉:色?
駒草:ほら、彫り物は色を身体に埋め込むざんしょ?
すて吉:そうなんか?
駒草:あい、そうなんざます。
駒草:あの人は、妖を色に解いて紙に写す。
駒草:紙に描いた絵もわっちのこの背中の墨も、
駒草:あの人からしたらきっと、
駒草:同じ物なんでありんしょう。
すて吉:へぇ。
駒草:彫り物は怖いかい?
すて吉:……いいや、オイラは綺麗だと思う。
駒草:この鬼が?
すて吉:うん。
駒草:おやまぁ。
駒草:景が喜ぶでありんすなぁ。
すて吉:なんでだ?
駒草:ふふふ、まだ内緒。
すて吉:?
駒草:その内分かるよぅ。
:
0:一拍
景安:帰りましたえー。
すて吉:っっ?!
駒草:遅うござんしたなぁ?
景安:気ぃ付いたら日ぃ暮れてはりましたわぁ。
駒草:そうでありんすか。
すて吉:あ、あんの……。
景安:へぇ、あんさんうちが言った通りに、
景安:きちんと湯に入ってきはったんどすなぁ。
すて吉:オイラ臭くねぇか?
景安:どうでっしゃろ?
駒草:景(けい)。
景安:へぇへぇ、あんさんらには分からしまへんもんなぁ?
景安:まぁ幾分かマシにはなられはったんやない?
すて吉:良かった……。
景安:何、呆けてはるんえ?
景安:あんさん置くかどうかはまだ未定やのに。
景安:えろう余裕やなぁ?羨ましいわぁ。
すて吉:うっ。
駒草:景(けい)!
駒草:いい加減にしなさんし!
駒草:年端も行かない子を虐(いじ)めて楽しいんでありんすか?
景安:うちは自分住処守りたいだけどす。
景安:ちぃっこい村だって他所(よそ)もんは白い目ぇで見ますよってからに。
景安:人は人、うちとは違う。
景安:そやけどなぁ?
景安:人様様が当たり前の様にやってはる事を、
景安:まさかまさかうちにはするな、とでも言わはりたいんえ?
駒草:……。
景安:そんな理屈が"うち"に通ずると思うてはるん?
駒草:……通じやしないでありんしょう。
駒草:ぬし様には、とてもとても。
景安:へぇ、その通りどす。
景安:分かりはったんなら、
景安:つべこべ言わないでおくれやす。
すて吉:あんの、
景安:餓鬼、うちの愛(う)い人があんさんの事受け入れたとて、うち迄靡(なび)くと思わんでな?
景安:うちが何かもどうなのかも、それは駒(こま)に聞きぃ。
景安:そん上でここにしがみつくんか否か決めなはれ。
すて吉:オイラが決められる訳が、
景安:主体性のないやっちゃなぁ?あんさんは。
景安:大方(おおかた)姉やにもそんな感じやったんやろ?
景安:そりゃあ死んでも死にきれんわ、可哀想に。
すて吉:っっ?!
景安:分うてると思いますけど、
景安:可哀想なんはあんさんじゃ無いどすえ?
景安:あんさんみたいな頷いて追いかけてくるばかりの弟がおって、
景安:あんさんの姉やは可哀想やなぁって話どす。
駒草:景(けい)っっ?!
すて吉:……ってる。
景安:へぇ?
すて吉:分かってるよぅそんな事!
すて吉:オイラが居なければ、オイラさえ居なければって、
すて吉:何遍(なんべん)も何遍も考えてたんだ!
すて吉:思ってたんだ!
すて吉:お前に言われなくとも、
すて吉:充分に分かってんだよぅそんな事!!
景安:へぇ、そうどすか?
景安:ならあんさんは分うてはったのに、
景安:姉やが死ぬその時迄、
景安:儘(まま)に甘えとったんどすなぁ?
すて吉:っっ?!
景安:惨(むご)い事しはるなぁ?あんさんは。
景安:鬼よりもいっそ鬼らしいわぁ。
すて吉:うっ……ぅぅぅぅ。
駒草:すて吉……。
景安:自分を持たない奴は誰かを殺しはる。
景安:大事であれば大事な程、
景安:犠牲になるんはそん人や。
すて吉:……。
景安:あんさんそん儘やったら、
景安:無意識に何人も何十人も殺しはりますえ?
景安:そいで「なんで自分ばっかりが」ちゅうたとこで、悪いのは自分が無いあんさんのせいえ。
駒草:景(けい)。
0:景安、すて吉の首掴む。
景安:うちは人の子なんざ簡単に殺せます。
景安:罪悪感やら抵抗やら、人殺すん留める感情なんてあらしまへんの。
すて吉:ぁ……。
景安:あんさんのせいで駒(こま)になんかありはったら、
景安:あんさんのこん細っこい首ぃ、
景安:いつでもへし折ってはりますえ。
景安:覚えとき。
すて吉:……。
:
すて吉(M):ねぇちゃ。
すて吉(M):……ねぇちゃ。
すて吉(M):ごめんよぅ初(うい)ねぇちゃ。
すて吉(M):死ぬべきはオイラの方だった。
すて吉(M):ねぇちゃが居なくなった今、
すて吉(M):オイラを必要とする人なんて居ない。
すて吉(M):……もうどこにも居ない。
すて吉(M):ねぇちゃが生きて、
すて吉(M):オイラが死ねば良かったのに。
すて吉(M):どうして「生きて欲しい」と言ったんだ?
:
0:夜
0:窓辺に腰掛ける景安に向かって話しかける駒草。
駒草:あれはぬし様の事でもありんしょう?
景安:へぇ、何が?
駒草:「自分を持たない奴は誰かを殺す」
景安:うちはなんも失うてへんえ?
景安:愛(う)い人はほら、今目の前に居はりますし。
駒草:戯言(たわごと)を。
景安:……。
駒草:景(けい)、お前がわっちを愛してなんざ居ないのくらい。
駒草:他の誰かをずっと追い掛け続けてるのくらい。
駒草:わっちには手に取る様に分かるんでござんす。
景安:可愛らしいとは思うてはりますえ?
駒草:そうでありんすか。
景安:信じてや。
駒草:景(けい)はわっちと同じでありんす。
景安:同じ?
駒草:過ぎ去った時ばかり眺めてる。
景安:……。
駒草:お互い想う人は別でありんすのに、
駒草:表面上は夫婦の儘(まま)。
景安:うちはあんさんみたいに捨てられてまへん。
景安:盗られただけや。
駒草:乙桐(おとぎり)先生はわっちを捨ててなんざ居ないでありんす。
駒草:ただ……。
景安:へぇ。
駒草:水の上の花を摘み取って、
駒草:小草を選ばなかっただけ、ざんす。
景安:そんを捨てられたっちゅうんえ?
駒草:ぬし様はあの人の事を知らないでありんすから、そう思っても仕方がないでござんしょ。
景安:信じ過ぎるんは、
景安:時に毒になりはりますよ。
駒草:愛する男の毒に浸かれるのならば、
駒草:それこそ本望ざんす。
景安:あんさんはほんまもんの阿呆(あほう)や。
駒草:景(けい)もでありんすよ?
景安:知ってます。
景安:……駒(こま)。
駒草:あい?
景安:うちそんでもあんさんの事は気に入ってはるから、
景安:教えてあげまひょ。
駒草:何を?
景安:あん餓鬼、こん儘(まま)じゃあ死にますえ。
:
0:夢の中。
0:姉を探すすて吉。
すて吉:……ねぇちゃ?
すて吉:初(うい)ねぇちゃ?
すて吉:居んのか?なぁ?
すて吉:ねぇちゃ、どこだ?
すて吉:……。
0:少し離れた所に立つ姉を見付ける。
すて吉:ねぇちゃそこに居たのか!
すて吉:待ってけろ。
すて吉:すぐ行く、すぐ行くから。
すて吉:ねぇちゃ、ねぇちゃ、初(うい)ねぇちゃ。
駒草:……ち……吉……。
すて吉:ねぇちゃ!待ってけろ!
すて吉:なぁ、ねぇちゃ!
駒草:すて吉!!!!
すて吉:っっ?!
駒草:嗚呼、良かった起きたよぅ。
すて吉:……ねぇちゃは?
駒草:……。
すて吉:オイラ、オイラ今ねぇちゃに会ったんだ!
すて吉:ねぇちゃが居るんだ!なぁ!
すて吉:嘘じゃねぇ!今あそこに!
駒草:夢だよぅ。
すて吉:違ぇ……。
駒草:夢なんでありんす。
駒草:お前の姉様は死んだ。
駒草:現(うつつ)にはもう居ないんし。
すて吉:居たんだよぅ……。
駒草:うぅん……。
すて吉:なんか言いたい事あんだきっと。
すて吉:……そうだ!
すて吉:あの絵師先生なら、
すて吉:ねぇちゃの話を聞いてくれるかもしれない!
駒草:……。
すて吉:大通りんとこの長屋だよなぁ?
すて吉:朝になったらオイラ行ってみるよぅ。
景安:諦めや。
すて吉:っっ?!
景安:そんな事しても無駄どすえ。
すて吉:なんで!
景安:姉やじゃあらしまへんからや。
すて吉:お前に何が分かるんだよぅ!
すて吉:初ねぇちゃの事知らないだろう?!
景安:うち、鼻が効くんえ。
景安:人の子よりもずぅっとなぁ?
すて吉:だから、
景安:死人(しびと)だろうと同じ匂いなら分かりはります。
景安:あんさんが見た言う姉やの事も見えてはります。
すて吉:なら!
景安:そん上で言うてはるんえ。
景安:「違う」と。
すて吉:そんな訳ねぇ……。
景安:臭い。
すて吉:っっ?!
景安:駒(こま)。
景安:うち手掛かりはあんさんに教えはったから、
景安:後はあんさんが何とかしぃや。
景安:こん餓鬼呼び込んだんはあんさんどすえ。
駒草:あい、分かりんした。
景安:ん。
:
0:必死で駒草に話すすて吉。
すて吉:絵師先生なら分かってくれる筈だよぅ。
すて吉:だってあの先生はねぇちゃに会ったから。
駒草:すて吉。
すて吉:あの人はねぇちゃの事を知らねぇから、
すて吉:分かって無いだけだ、そうなんだよぅ。
駒草:景(けい)の話は嘘ではありんせん。
すて吉:なんで、
駒草:鬼だからでありんす。
すて吉:……鬼?
駒草:あい、あれは本当の鬼でありんす。
駒草:きちんと鬼としての名を持った、
駒草:正真正銘の鬼なんざんす。
すて吉:でんも、人にしか見えねぇよ?
駒草:今は、殆どの力を失ってしまっているから、
駒草:そう見えるだけなんし。
すて吉:……。
駒草:お前は見ただろう?
駒草:わっちの背中の彫り物を。
すて吉:うん。
駒草:この背に彫られた鬼こそが、
駒草:景(けい)の真(まこと)の姿ざんす。
すて吉:……どう言う事か分かんねぇよ。
駒草:至極簡単な話でありんすよ。
駒草:乙桐(おとぎり)先生は妖を封じるあやかし絵師だろう?
駒草:それは知っていんしょ?
すて吉:うん。
駒草:景(けい)はわっちの背に、
駒草:乙桐(おとぎり)先生が封じた鬼ざんす。
駒草:余りにも力が強過ぎて、
駒草:余りにも抱えた想いが強過ぎて。
駒草:紙に収める事は出来なかった。
駒草:この背に封じられても尚、
駒草:実態を持って出て来れるだけの力すら残っている。
すて吉:……。
駒草:でもねぇ、あれはわっちが良いと言わない限り、
駒草:わっちから離れる事は出来んせん。
駒草:離れたとしても、
駒草:常にわっちに居場所を知られていんし。
駒草:だから、
すて吉:うん。
駒草:本当の意味で自由には決してなれない。
駒草:哀れな鬼なんざんす。
すて吉:……どうしてそんな事になったんだ?
駒草:悪さを働いたからでござんす。
駒草:とてつもない悪さを働いて、
駒草:色んな人を殺してまわった。
すて吉:……。
駒草:"たった一人"の為に、
駒草:あれは他の全てを捨てた鬼。
駒草:己の自由よりもただ、
駒草:"その一人"を取り戻す為だけに動いた鬼。
すて吉:……。
駒草:ただそれすらも、
駒草:上手くはいかなかったでありんすが……。
すて吉:なんで?
駒草:簡単には会えなくなってしまいんしたし、
駒草:会えた所で二度と受け入れてなんざ貰えない。
駒草:そもそも、初めから手にしても居なかった。
駒草:そうおっせーしてた。
すて吉:……。
駒草:だから景(けい)の言った事は本当なんし。
駒草:わっちには分からなくても、
駒草:あれがお前の姉様では無いと言ったのなら、
駒草:それは本当の事なんざんす。
駒草:今この場で誰よりも、
駒草:あの世の理(ことわり)を知っているのは景(けい)でありんすから。
すて吉:じゃあ……じゃあ誰なんだよぅ。
すて吉:ねぇちゃはどこに居んだよぅ。
駒草:もう離してあげなんし。
駒草:苦しくても、掴まえ様とするのはお止め。
すて吉:オイラ掴まえてなんか、
駒草:生きた人が死者を思えば思う程、
駒草:その死者はどこにも行けなくなるざんす。
すて吉:……。
駒草:お前はよく知っているだろう?
駒草:ただ想っていただけなのに。
駒草:真(まこと)を忘れてしまうくらいに想い過ぎて、
駒草:眠る筈だった死人を起こし続けてしまっていたのだから。
すて吉:また……オイラ同じ事をしちまってたのか?
駒草:少しだけ違うでありんすが。
すて吉:え?
:
0:一拍
0:少し前、回想。
景安:あん餓鬼、こん儘(まま)じゃあ死にますえ。
駒草:死ぬ?すて吉がでありんすか?
景安:へぇ。
駒草:何故、
景安:臭うんどす。
景安:ここ来た時からずぅっと臭うてんのどす。
駒草:風呂には入らせんした。
景安:違います。
景安:死人(しびと)の匂いがずぅっとしてはるんえ。
駒草:あの子の姉様が未だ居るって事でありんすか?
景安:それも違います。
景安:あん餓鬼はしばらく火車(かしゃ)と生活してはりましたんどすっけ?
駒草:そう聞いていんし。
景安:だからでっしゃろなぁ。
景安:死神が迎えに来てはられます。
駒草:死神?
景安:へぇ。
景安:火車(かしゃ)は本来罪人を地獄迄連れて行かはります。
駒草:知っていんし。
景安:なら罪を犯したのは誰や?
景安:なんで死神が迎えに来る程、死に近い?
駒草:すて吉が罪人だと?
景安:半分正解どす。
景安:あん餓鬼、自分姉やの事、
景安:無意識に罪人にしようとしてはるえ。
駒草:は?
景安:賽(さい)の河原ってあるやろ?
景安:親より先に死んだ子が、
景安:親不孝者として石を積み続けはる罰。
駒草:あい。
景安:あの世はな?
景安:この世よりもずぅっと罪の基準が低いんどす。
景安:親より先に死んだ子らが、
景安:どうして罰を受けはるのかは知ってはります?
駒草:深くは。
景安:生者を哀しませたからどす。
景安:死んだ者が生きてはる者を哀しませるんは、
景安:地獄では罰を受けねばならへんくらいの罪なんどす。
駒草:……。
景安:大方(おおかた)、姉やを想ってはられるんやろ。
景安:姉やが死んでしもうたのを、
景安:哀しがって哀しがって仕様があらへんのやろ。
景安:そんせいで姉やが罰を受けるとも知らずに。
景安:だから無知で無垢な餓鬼は好かんのや。
景安:無意識に惨(むご)い事ばかりしはるえ。
駒草:……死に近いってのは、
駒草:想い過ぎてるからでありんすか?
景安:そや。
景安:「自分が死ねば良かった」とでも思うてはるんやない?
景安:ただでさえ火車(かしゃ)のすぐ傍に居て、
景安:地獄に行きやすくなってはったのに。
景安:姉やを罪人に落とし込んで、
景安:自分から死に近付いてはられる。
駒草:……どうすればいいんでありんすか?
景安:何を?
駒草:どうすればすて吉は連れて行かれなんし?
景安:……。
駒草:教えて下さんし、なぁ景(けい)。
景安:あんさん近う内に海に行かれはる用があったんどすえ?
駒草:え?あい、そうでありんす。
景安:それ、うちだけに任せてくれはりません?
駒草:暫(しばら)く離れたいんざんす?
景安:へぇ、それと。
駒草:あい。
景安:うちにもうちで、用があるんどす。
駒草:用?
景安:花に会いたいんえ。
景安:水の上の花に、どす。
駒草:嗚呼。
景安:逃げようとなんざ、
景安:そん無駄な事はしないえ。
景安:用が終わればきちんと戻って来ます。
景安:そやから、
駒草:分かりんした。
駒草:ぬし様の好きにしておくれなんし。
景安:へぇ。
駒草:代わりに、
景安:助かる方法やろう?
景安:えぇよ、教えてはる。
駒草:有難うござんす。
景安:なぁ、うち優しいやろ?
駒草:並の鬼よりかは。
景安:へぇ。
:
0:回想終わり。
すて吉:オイラ死んじまうのか?
駒草:まだ間に合うでありんすよ。
すて吉:……。
駒草:一緒に南海道に行きんしょ?
すて吉:南海道?
駒草:お遍路(へんろ)さんをしに行くんす。
すて吉:お遍路(へんろ)さん……。
駒草:歩いて周って、
駒草:一つずつ許して貰いんしょう。
駒草:一つずつ区切りを付けて行きんしょう。
すて吉:忘れなきゃいけねぇのか……。
駒草:あい?
すて吉:オイラがねぇちゃを覚えて居るのが、
すて吉:ねぇちゃの罪になっちまうんだろう?
駒草:……。
すて吉:忘れなきゃいけねぇんだよな。
すて吉:でんもオイラ、
すて吉:死ぬだけなら別に良いんだ。
すて吉:死ぬ方がねぇちゃに会えそうだし。
駒草:すて吉……。
すて吉:ねぇちゃが居ねぇのに、
すて吉:生きてる訳が分かんねぇんだよぅ。
すて吉:確かにあの瞬間迄はオイラは生きたかったけんど、
すて吉:でんも今はもう分かんねぇんだよぅ。
駒草:……。
すて吉:なぁ、なんでオイラに「生きて欲しい」って言ったんだ?ねぇちゃ。
すて吉:自分で考えて来なかったオイラが悪いんだろう?
すて吉:オイラは足でまといで役立たずで、
すて吉:泣きべそったれなのに。
すて吉:なんで生きて欲しかったんだよぅ、ねぇちゃ。
駒草:一緒に探すでありんす。
すて吉:……。
駒草:わっちに教えておくれ、お前の姉様の事を。
駒草:どんな些細な事でも良いよぅ。
駒草:お寺さん周りながら、
駒草:一つずつ教えておくれな。
すて吉:でんも話したら忘れられねぇ。
駒草:それだけど、
すて吉:うん?
駒草:別に忘れなくてもよござんす。
駒草:覚えていたければ、覚えていんし。
すて吉:……。
駒草:きちんと受け入れて、哀しがるのを止めて。
駒草:ただ、姉様が次に行ける様に、
駒草:縋(すが)らないでいればいい。
すて吉:……。
駒草:わっちもねぇ、実を言えば、
駒草:生きる訳をきちんと分かってはいないんでありんす。
駒草:だから誰にも生きろなんざ無責任な事は言えなんし。
駒草:けれどねぇ、
すて吉:うん。
駒草:わっちが生きていれば、
駒草:必ずあの人の役に立てるでありんし。
駒草:あの人がわっちを頼った。
駒草:わっちの為に離れる事を選択してくれんした。
駒草:それが間違いだって誰にも言わせたくない。
駒草:だからわっちは生きるんでありんす。
すて吉:あの人?
駒草:乙桐(おとぎり)先生の事だよぅ。
:
すて吉(M):ねぇちゃ。
すて吉(M):オイラは当分はまだきっと泣くよ。
すて吉(M):でんも哀しいとは思わない様にするんだ。
すて吉(M):死にたいと言ったら怒るだろう?
すて吉(M):「オラが折角助けたのに、なんて様(さま)じゃ!馬鹿垂れのすて!」って。
すて吉(M):そう思い出したんだ。
すて吉(M):ねぇちゃは"そう"だったって。
すて吉(M):オイラはただ、
すて吉(M):ねぇちゃと居た全部をな?
すて吉(M):嫌な思い出にはしたくないんだ。
すて吉(M):だからその為に、
すて吉(M):ねぇちゃを切り離す努力をするよ。
すて吉(M):初めて自分で考えたんだ。
すて吉(M):そうしようって決めたんだ。
すて吉(M):だからまた会える時にはオイラに、
すて吉(M):ねぇちゃの前を歩かせておくれよ?
:
0:一拍
0:一年後くらい。
景安:何してはられるん?
すて吉:嗚呼、景(けい)さん。
すて吉:纏(まと)めとこうかと思って。
景安:纏(まと)める?
すて吉:そう。
すて吉:各地の奇っ怪な情報をさ、
すて吉:こうやって地図にでも書いておけば、
すて吉:駒(こま)さんの役に立つでしょう?
景安:嗚呼、確かに。
景安:あん人ちょいやりっ放しな所あるさかい。
景安:えぇ事やねぇ。
すて吉:うん。
景安:あんさん最近は妖見てもべそかかなくなられはったから、
景安:たまの手伝いやのぅていっそ、
景安:付いて行きはったらどうでっしゃろか?
すて吉:誰に?
景安:乙桐(おとぎり)はん。
すて吉:いや、オイラはまだまだ此処に居るよ。
景安:へぇ。
すて吉:そもそもオイラがなりたいのは、
すて吉:あやかし絵師じゃ無いし。
景安:薬師(くすし)やろ?
すて吉:うん。
すて吉:あ、臭い?もしかして。
景安:もう慣れましたわ。
すて吉:景(けい)さん鬼って言うか犬みたい。
景安:ほぉう、もう一度うちの目ぇ見て、
景安:同じ事言ってみぃ?
すて吉:あー!
すて吉:そろそろ吉原に薬卸(おろ)しに行かなきゃだ!
すて吉:ちょっと行ってくるから!
すて吉:留守番頼んだよ!景(けい)さん!
景安:ちょ、待ちぃや!
景安:紫苑(しおん)!
景安:……はぁ。
駒草:おや?
駒草:ぬし様一人でありんすか。
景安:紫苑(しおん)は吉原に行かはりました。
景安:うちん事「犬みたい」言うてな!
駒草:あはははは。
景安:駒(こま)!
駒草:上出来でありんすなぁ。
駒草:帰って来たらうんと褒めないと。
景安:やってられへんわぁ。
景安:どっかにえぇ事落ちてはられないやろか?
駒草:そう易々と良い事なんざ落ちていないざんす。
景安:へぇ、まぁ確かに。
:
すて吉(M):ねぇちゃ、初(うい)ねぇちゃ。
すて吉(M):そっちはどうだ?
すて吉(M):あったかくしてっか?
すて吉(M):美味いもんさ腹一杯食ってるか?
すて吉(M):ゆっくり寝れてっか?
すて吉(M):なぁ、ねぇちゃ。
0:一拍
すて吉(M):今日もオイラは生きてるよ。
:
:
:
0:幕間
:
0:家屋の中。
0:景安、駒草の後ろに座り込むすて吉を睨んでいる。
景安:駒(こま)、駒草(こまぐさ)はん。
景安:これは一体全体どう言う有様どす?
駒草:先生に頼まれんした。
景安:頼まれんしたって、あんさん。
景安:もーちぃっと訳ぇ説明しぃや?
駒草:頼まれんしたもんは、頼まれんした。
駒草:それ以外に是も非もありんせん。
景安:あんさんうちが人の子のそれも餓鬼を、
景安:好いてあらへんの知ってはりまひょ?
駒草:あい。
景安:なんで断ってくれへんかったんどすか!
駒草:乙桐(おとぎり)先生の頼まれ事は絶対でありんすから。
景安:あんさんの事養うてるのうちなんどすけど?
駒草:あい、そうでありんすなぁ。
景安:あんさん身請(みう)けしたん誰や?
景安:言うてみぃ。
駒草:景(けい)でござんす。
景安:あんさんの旦那はんは?
駒草:景(けい)でござんす。
景安:こん家の家主は?
駒草:あい、景(けい)でござんすなぁ。
景安:ならうちん言う事聞きぃや駒(こま)。
駒草:乙桐(おとぎり)先生の頼まれ事は絶対でありんす。
景安:……はぁ、駒(こま)、駒草(こまぐさ)。
景安:あんさんひょっとしなくても、
景安:こん乳臭う餓鬼ここに置け言うてはられます?
駒草:あい。
景安:やってられへんわぁ。
駒草:わっちは景(けい)、
駒草:ぬし様が何処(どこ)ぞで野垂れ死んでも構わないんでありんすよ?
駒草:わっちから離れて、好きな所に行ってしもうても。
駒草:まぁ出来るもの、なら。
景安:ほんにあんさんは、
景安:ややこわらしが絡むとうちに冷たくなられはりますなぁ。
景安:泣き寝入りせいっちゅう話どすか?
景安:ややわぁ生き辛いったらあらしまへんえ。
すて吉:あんの、
景安:話しかけんといておくれやす。
景安:あんさん湯に浸こうた方がえぇやないの?
すて吉:湯……風呂?
すて吉:風呂さ入らせて貰えんのか?
景安:ややわぁ!嫌味の一つも通じまへんえ!
景安:こんだから無知で無垢な餓鬼は好かんのやわぁ。
駒草:景(けい)。
景安:うちの主導はあんさんが持ってはりますけど、うちがその気になれば、
景安:あんさんやろうと殺せるんえ?
景安:なぁ?駒(こま)。
駒草:はぁ……。
景安:うち、これでも譲歩してるんどす。
景安:小っこい事迄目くじら立てへんといてーな。
駒草:分かりんした。
すて吉:……オイラ風呂入んのけ?
景安:へぇ、あんさんきちんと言われへんと分かりません?
すて吉:?うん。
景安:臭い、言うてんのどす。
景安:あんさん、乳臭いのもそうやけれども、
景安:それ以上に諸々臭(にお)うてかなわんのや。
景安:うちの言うてる事、分からはります?
すて吉:っっ?!
駒草:景(けい)!
景安:三刻。
駒草:?
景安:うち三刻程ぶらついて来はるから、
景安:そん間に餓鬼なんとかしはって。
景安:なまじうちはえろう鼻ぁ効いてしまうさかい。なぁ?駒(こま)。
景安:あんさん充分に知ってはるやろ?
駒草:……分かりんした。
景安:へぇ、よろしゅうおたの申します。
:
すて吉(M):ねぇちゃ、初(うい)ねぇちゃ。
すて吉(M):そっちはどうだ?
すて吉(M):あったかくしてっか?
すて吉(M):美味いもんさ腹一杯食ってるか?
すて吉(M):ゆっくり寝れてっか?
すて吉(M):なぁ、ねぇちゃ。
すて吉(M):……。
すて吉(M):オイラはな、ねぇちゃ。
すて吉(M):会いたくて会いたくて、
すて吉(M):仕様が無いんだよぅ。
:
0:駒草、景安が出て行った戸を一瞥してから。
駒草:はぁ……行きんした。
すて吉:えっと……。
駒草:駒(こま)でも駒草(こまぐさ)でも、
駒草:好きな様に呼びなんし。
すて吉:あ……駒、草、さん。
駒草:あい。
駒草:なんでありんしょうか?すて吉。
すて吉:オイラのせいで、
すて吉:あの男の人怒らせちまったか?
駒草:アレは気難しい男。
駒草:浮世のどんな事でも「気に入らない、気に入らない」とおっせーす。
すて吉:でんも、
駒草:お前が気にしなくてよござんす。
駒草:お前はただ、よく食べ、よく寝て、
駒草:健やかに育ちんし。
すて吉:……。
すて吉:駒草(こまぐさ)さんは、本物なんか?
駒草:あい?
すて吉:あの先生が言ってたんだ。
すて吉:絵師の、絵師の先生が。
駒草:乙桐(おとぎり)先生の事でありんすか?
すて吉:そうだ。
すて吉:初(うい)ねぇちゃとオイラが出会った駒草(こまぐさ)さんは偽物で、
すて吉:誰かが化けてただけなんだって。
駒草:嗚呼、そんな事もおっせーしてたなぁ。
すて吉:そんで本物なんか?
駒草:あい、間違いなく。
駒草:わっちは本物の駒草(こまぐさ)でありんす。
駒草:お前と出会ったのは、さっきのさっき。
駒草:乙桐(おとぎり)先生がお前を頼むと連れて来た、
駒草:さっきが初めててありんしょう。
すて吉:そうか……。
駒草:お前のこれ迄は色々聞いていんし。
駒草:なんだか随分と難儀なめに合ったとか。
すて吉:……。
駒草:可哀想にねぇ。
駒草:今の今まで、
駒草:心休まる日など無かったんでありんしょう?
駒草:実の父(てて)母(かか)に殺されそうになって、
駒草:ずっと一緒に居んした姉様は、
駒草:とっくの昔に死人(しびと)になりんして。
駒草:お前はただ、
駒草:その屍(しかばね)に取り憑いた妖を姉と思い共に居て、
すて吉:(被せる)あれは、あれは妖なんかじゃねぇよ。
駒草:と言うと?
すて吉:あれは間違いなく初(うい)ねぇちゃだったよぅ。
すて吉:オイラ妖の事なんか分かんねぇけんど、
すて吉:あれは多分、ねぇちゃが、初ねぇちゃが。
すて吉:妖さの力借りて生き長らえようとしてただけだ。
駒草:……。
すて吉:だからあれはねぇちゃなんだ、オイラの。
すて吉:……オイラそう思いたいんだ。
すて吉:そう思っていたいんだ。
すて吉:いけねぇか?
駒草:別によござんす。
すて吉:え?
駒草:お前はなんにも間違っちゃあいないよぅ。
駒草:わっちはねぇ、
駒草:ややこわらし子供らの目を信じていんすから。
駒草:案外、お前が見た事思った事の方が、
駒草:真(まこと)では無いのかと思うんざんす。
すて吉:……。
駒草:ねぇ?甘い物は好きかい?
すて吉:え……あ、うん。
駒草:では何か食べに行きんしょうか?
駒草:ついでに景(けい)が煩いから、
駒草:風呂屋にでも寄りんしょう。
すて吉:あ……オイラやっぱり臭いか?
駒草:いいや?
駒草:わっちは気になりんせん。
駒草:でも、
すて吉:でも?
駒草:景(けい)は人一倍鼻が利きんすから、
駒草:わっちでは気付かぬ事迄分かるんでありんしょう。
すて吉:そうか……。
:
0:一拍
0:町をほっつき歩いてる景安。
景安:ほんに、ややわぁ。
景安:いらん事ばっかり持ってきはるあん人。
景安:はぁぁ〜。
景安:人の子は臭(くそ)うてかなわん。
景安:ようやっと駒(こま)にも慣れはったのに、
景安:次はあれかいな?
景安:やってられへんわぁ。
0:何かに気付く。
景安:……。
景安:へぇ、家出はりましたなぁ?
景安:あん餓鬼もまぁ湯屋行きはったら、
景安:駒(こま)に染みついたもんで腰でも抜かしはるやろ。
景安:そんで出てってくれへんかなぁ。
景安:あんさんが来はったんわ、
景安:化け物の住処どすえって分うてくれはったら万々歳なんどすけど……。
:
0:風呂屋。
すて吉:いいいい一緒に入るんか?!
駒草:あい。
すて吉:おおおオイラ!
すて吉:オイラ男だよぅ!
駒草:でもわらしでありんしょう?
すて吉:でんも、でんも!
駒草:薹(とう)が立ってる訳でもなんし、
駒草:この刻、わっちら以外に誰も居ないでありんしょう。
すて吉:でんも!
駒草:それとも景(けい)を呼び戻して、
駒草:一緒に入って貰いんす?
駒草:あれは見た目だけはきちんと色男だ。
すて吉:そんれは嫌だ!
すて吉:あの人はなんか怖いんだよぅ!
駒草:なら、わっちと入るしかないでござんすよぅ?
駒草:お前が風呂の入り方を知っていんすなら、
駒草:別に別に分けて入るけれども。
すて吉:…………知らねぇ。
駒草:なら仕様がないでありんすなぁ?
すて吉:……分かったよぅ。
:
0:一拍
駒草:貸し切り貸し切り。
駒草:ツイてたでありんすなぁ?すて吉。
0:すて吉、駒草の背中を凝視してる。
すて吉:……そんれ。
駒草:あい?
すて吉:そんれ……なんだ?
駒草:え?嗚呼。
駒草:わっちの背のこれでござんす?
すて吉:嗚呼。
すて吉:鬼の、絵?
駒草:あい。
駒草:乙桐(おとぎり)先生に掘って貰いんした、
駒草:鬼の彫り物でありんすよぅ。
すて吉:あん先生彫り師もやってんのか?
駒草:いいや?
すて吉:でんも、
駒草:あの人はねぇ、絵に関わる事なら大抵何でも出来んす。
駒草:絵と言うか、
すて吉:?
駒草:色に携(たずさ)わる事ならば、でござんすが。
すて吉:色?
駒草:ほら、彫り物は色を身体に埋め込むざんしょ?
すて吉:そうなんか?
駒草:あい、そうなんざます。
駒草:あの人は、妖を色に解いて紙に写す。
駒草:紙に描いた絵もわっちのこの背中の墨も、
駒草:あの人からしたらきっと、
駒草:同じ物なんでありんしょう。
すて吉:へぇ。
駒草:彫り物は怖いかい?
すて吉:……いいや、オイラは綺麗だと思う。
駒草:この鬼が?
すて吉:うん。
駒草:おやまぁ。
駒草:景が喜ぶでありんすなぁ。
すて吉:なんでだ?
駒草:ふふふ、まだ内緒。
すて吉:?
駒草:その内分かるよぅ。
:
0:一拍
景安:帰りましたえー。
すて吉:っっ?!
駒草:遅うござんしたなぁ?
景安:気ぃ付いたら日ぃ暮れてはりましたわぁ。
駒草:そうでありんすか。
すて吉:あ、あんの……。
景安:へぇ、あんさんうちが言った通りに、
景安:きちんと湯に入ってきはったんどすなぁ。
すて吉:オイラ臭くねぇか?
景安:どうでっしゃろ?
駒草:景(けい)。
景安:へぇへぇ、あんさんらには分からしまへんもんなぁ?
景安:まぁ幾分かマシにはなられはったんやない?
すて吉:良かった……。
景安:何、呆けてはるんえ?
景安:あんさん置くかどうかはまだ未定やのに。
景安:えろう余裕やなぁ?羨ましいわぁ。
すて吉:うっ。
駒草:景(けい)!
駒草:いい加減にしなさんし!
駒草:年端も行かない子を虐(いじ)めて楽しいんでありんすか?
景安:うちは自分住処守りたいだけどす。
景安:ちぃっこい村だって他所(よそ)もんは白い目ぇで見ますよってからに。
景安:人は人、うちとは違う。
景安:そやけどなぁ?
景安:人様様が当たり前の様にやってはる事を、
景安:まさかまさかうちにはするな、とでも言わはりたいんえ?
駒草:……。
景安:そんな理屈が"うち"に通ずると思うてはるん?
駒草:……通じやしないでありんしょう。
駒草:ぬし様には、とてもとても。
景安:へぇ、その通りどす。
景安:分かりはったんなら、
景安:つべこべ言わないでおくれやす。
すて吉:あんの、
景安:餓鬼、うちの愛(う)い人があんさんの事受け入れたとて、うち迄靡(なび)くと思わんでな?
景安:うちが何かもどうなのかも、それは駒(こま)に聞きぃ。
景安:そん上でここにしがみつくんか否か決めなはれ。
すて吉:オイラが決められる訳が、
景安:主体性のないやっちゃなぁ?あんさんは。
景安:大方(おおかた)姉やにもそんな感じやったんやろ?
景安:そりゃあ死んでも死にきれんわ、可哀想に。
すて吉:っっ?!
景安:分うてると思いますけど、
景安:可哀想なんはあんさんじゃ無いどすえ?
景安:あんさんみたいな頷いて追いかけてくるばかりの弟がおって、
景安:あんさんの姉やは可哀想やなぁって話どす。
駒草:景(けい)っっ?!
すて吉:……ってる。
景安:へぇ?
すて吉:分かってるよぅそんな事!
すて吉:オイラが居なければ、オイラさえ居なければって、
すて吉:何遍(なんべん)も何遍も考えてたんだ!
すて吉:思ってたんだ!
すて吉:お前に言われなくとも、
すて吉:充分に分かってんだよぅそんな事!!
景安:へぇ、そうどすか?
景安:ならあんさんは分うてはったのに、
景安:姉やが死ぬその時迄、
景安:儘(まま)に甘えとったんどすなぁ?
すて吉:っっ?!
景安:惨(むご)い事しはるなぁ?あんさんは。
景安:鬼よりもいっそ鬼らしいわぁ。
すて吉:うっ……ぅぅぅぅ。
駒草:すて吉……。
景安:自分を持たない奴は誰かを殺しはる。
景安:大事であれば大事な程、
景安:犠牲になるんはそん人や。
すて吉:……。
景安:あんさんそん儘やったら、
景安:無意識に何人も何十人も殺しはりますえ?
景安:そいで「なんで自分ばっかりが」ちゅうたとこで、悪いのは自分が無いあんさんのせいえ。
駒草:景(けい)。
0:景安、すて吉の首掴む。
景安:うちは人の子なんざ簡単に殺せます。
景安:罪悪感やら抵抗やら、人殺すん留める感情なんてあらしまへんの。
すて吉:ぁ……。
景安:あんさんのせいで駒(こま)になんかありはったら、
景安:あんさんのこん細っこい首ぃ、
景安:いつでもへし折ってはりますえ。
景安:覚えとき。
すて吉:……。
:
すて吉(M):ねぇちゃ。
すて吉(M):……ねぇちゃ。
すて吉(M):ごめんよぅ初(うい)ねぇちゃ。
すて吉(M):死ぬべきはオイラの方だった。
すて吉(M):ねぇちゃが居なくなった今、
すて吉(M):オイラを必要とする人なんて居ない。
すて吉(M):……もうどこにも居ない。
すて吉(M):ねぇちゃが生きて、
すて吉(M):オイラが死ねば良かったのに。
すて吉(M):どうして「生きて欲しい」と言ったんだ?
:
0:夜
0:窓辺に腰掛ける景安に向かって話しかける駒草。
駒草:あれはぬし様の事でもありんしょう?
景安:へぇ、何が?
駒草:「自分を持たない奴は誰かを殺す」
景安:うちはなんも失うてへんえ?
景安:愛(う)い人はほら、今目の前に居はりますし。
駒草:戯言(たわごと)を。
景安:……。
駒草:景(けい)、お前がわっちを愛してなんざ居ないのくらい。
駒草:他の誰かをずっと追い掛け続けてるのくらい。
駒草:わっちには手に取る様に分かるんでござんす。
景安:可愛らしいとは思うてはりますえ?
駒草:そうでありんすか。
景安:信じてや。
駒草:景(けい)はわっちと同じでありんす。
景安:同じ?
駒草:過ぎ去った時ばかり眺めてる。
景安:……。
駒草:お互い想う人は別でありんすのに、
駒草:表面上は夫婦の儘(まま)。
景安:うちはあんさんみたいに捨てられてまへん。
景安:盗られただけや。
駒草:乙桐(おとぎり)先生はわっちを捨ててなんざ居ないでありんす。
駒草:ただ……。
景安:へぇ。
駒草:水の上の花を摘み取って、
駒草:小草を選ばなかっただけ、ざんす。
景安:そんを捨てられたっちゅうんえ?
駒草:ぬし様はあの人の事を知らないでありんすから、そう思っても仕方がないでござんしょ。
景安:信じ過ぎるんは、
景安:時に毒になりはりますよ。
駒草:愛する男の毒に浸かれるのならば、
駒草:それこそ本望ざんす。
景安:あんさんはほんまもんの阿呆(あほう)や。
駒草:景(けい)もでありんすよ?
景安:知ってます。
景安:……駒(こま)。
駒草:あい?
景安:うちそんでもあんさんの事は気に入ってはるから、
景安:教えてあげまひょ。
駒草:何を?
景安:あん餓鬼、こん儘(まま)じゃあ死にますえ。
:
0:夢の中。
0:姉を探すすて吉。
すて吉:……ねぇちゃ?
すて吉:初(うい)ねぇちゃ?
すて吉:居んのか?なぁ?
すて吉:ねぇちゃ、どこだ?
すて吉:……。
0:少し離れた所に立つ姉を見付ける。
すて吉:ねぇちゃそこに居たのか!
すて吉:待ってけろ。
すて吉:すぐ行く、すぐ行くから。
すて吉:ねぇちゃ、ねぇちゃ、初(うい)ねぇちゃ。
駒草:……ち……吉……。
すて吉:ねぇちゃ!待ってけろ!
すて吉:なぁ、ねぇちゃ!
駒草:すて吉!!!!
すて吉:っっ?!
駒草:嗚呼、良かった起きたよぅ。
すて吉:……ねぇちゃは?
駒草:……。
すて吉:オイラ、オイラ今ねぇちゃに会ったんだ!
すて吉:ねぇちゃが居るんだ!なぁ!
すて吉:嘘じゃねぇ!今あそこに!
駒草:夢だよぅ。
すて吉:違ぇ……。
駒草:夢なんでありんす。
駒草:お前の姉様は死んだ。
駒草:現(うつつ)にはもう居ないんし。
すて吉:居たんだよぅ……。
駒草:うぅん……。
すて吉:なんか言いたい事あんだきっと。
すて吉:……そうだ!
すて吉:あの絵師先生なら、
すて吉:ねぇちゃの話を聞いてくれるかもしれない!
駒草:……。
すて吉:大通りんとこの長屋だよなぁ?
すて吉:朝になったらオイラ行ってみるよぅ。
景安:諦めや。
すて吉:っっ?!
景安:そんな事しても無駄どすえ。
すて吉:なんで!
景安:姉やじゃあらしまへんからや。
すて吉:お前に何が分かるんだよぅ!
すて吉:初ねぇちゃの事知らないだろう?!
景安:うち、鼻が効くんえ。
景安:人の子よりもずぅっとなぁ?
すて吉:だから、
景安:死人(しびと)だろうと同じ匂いなら分かりはります。
景安:あんさんが見た言う姉やの事も見えてはります。
すて吉:なら!
景安:そん上で言うてはるんえ。
景安:「違う」と。
すて吉:そんな訳ねぇ……。
景安:臭い。
すて吉:っっ?!
景安:駒(こま)。
景安:うち手掛かりはあんさんに教えはったから、
景安:後はあんさんが何とかしぃや。
景安:こん餓鬼呼び込んだんはあんさんどすえ。
駒草:あい、分かりんした。
景安:ん。
:
0:必死で駒草に話すすて吉。
すて吉:絵師先生なら分かってくれる筈だよぅ。
すて吉:だってあの先生はねぇちゃに会ったから。
駒草:すて吉。
すて吉:あの人はねぇちゃの事を知らねぇから、
すて吉:分かって無いだけだ、そうなんだよぅ。
駒草:景(けい)の話は嘘ではありんせん。
すて吉:なんで、
駒草:鬼だからでありんす。
すて吉:……鬼?
駒草:あい、あれは本当の鬼でありんす。
駒草:きちんと鬼としての名を持った、
駒草:正真正銘の鬼なんざんす。
すて吉:でんも、人にしか見えねぇよ?
駒草:今は、殆どの力を失ってしまっているから、
駒草:そう見えるだけなんし。
すて吉:……。
駒草:お前は見ただろう?
駒草:わっちの背中の彫り物を。
すて吉:うん。
駒草:この背に彫られた鬼こそが、
駒草:景(けい)の真(まこと)の姿ざんす。
すて吉:……どう言う事か分かんねぇよ。
駒草:至極簡単な話でありんすよ。
駒草:乙桐(おとぎり)先生は妖を封じるあやかし絵師だろう?
駒草:それは知っていんしょ?
すて吉:うん。
駒草:景(けい)はわっちの背に、
駒草:乙桐(おとぎり)先生が封じた鬼ざんす。
駒草:余りにも力が強過ぎて、
駒草:余りにも抱えた想いが強過ぎて。
駒草:紙に収める事は出来なかった。
駒草:この背に封じられても尚、
駒草:実態を持って出て来れるだけの力すら残っている。
すて吉:……。
駒草:でもねぇ、あれはわっちが良いと言わない限り、
駒草:わっちから離れる事は出来んせん。
駒草:離れたとしても、
駒草:常にわっちに居場所を知られていんし。
駒草:だから、
すて吉:うん。
駒草:本当の意味で自由には決してなれない。
駒草:哀れな鬼なんざんす。
すて吉:……どうしてそんな事になったんだ?
駒草:悪さを働いたからでござんす。
駒草:とてつもない悪さを働いて、
駒草:色んな人を殺してまわった。
すて吉:……。
駒草:"たった一人"の為に、
駒草:あれは他の全てを捨てた鬼。
駒草:己の自由よりもただ、
駒草:"その一人"を取り戻す為だけに動いた鬼。
すて吉:……。
駒草:ただそれすらも、
駒草:上手くはいかなかったでありんすが……。
すて吉:なんで?
駒草:簡単には会えなくなってしまいんしたし、
駒草:会えた所で二度と受け入れてなんざ貰えない。
駒草:そもそも、初めから手にしても居なかった。
駒草:そうおっせーしてた。
すて吉:……。
駒草:だから景(けい)の言った事は本当なんし。
駒草:わっちには分からなくても、
駒草:あれがお前の姉様では無いと言ったのなら、
駒草:それは本当の事なんざんす。
駒草:今この場で誰よりも、
駒草:あの世の理(ことわり)を知っているのは景(けい)でありんすから。
すて吉:じゃあ……じゃあ誰なんだよぅ。
すて吉:ねぇちゃはどこに居んだよぅ。
駒草:もう離してあげなんし。
駒草:苦しくても、掴まえ様とするのはお止め。
すて吉:オイラ掴まえてなんか、
駒草:生きた人が死者を思えば思う程、
駒草:その死者はどこにも行けなくなるざんす。
すて吉:……。
駒草:お前はよく知っているだろう?
駒草:ただ想っていただけなのに。
駒草:真(まこと)を忘れてしまうくらいに想い過ぎて、
駒草:眠る筈だった死人を起こし続けてしまっていたのだから。
すて吉:また……オイラ同じ事をしちまってたのか?
駒草:少しだけ違うでありんすが。
すて吉:え?
:
0:一拍
0:少し前、回想。
景安:あん餓鬼、こん儘(まま)じゃあ死にますえ。
駒草:死ぬ?すて吉がでありんすか?
景安:へぇ。
駒草:何故、
景安:臭うんどす。
景安:ここ来た時からずぅっと臭うてんのどす。
駒草:風呂には入らせんした。
景安:違います。
景安:死人(しびと)の匂いがずぅっとしてはるんえ。
駒草:あの子の姉様が未だ居るって事でありんすか?
景安:それも違います。
景安:あん餓鬼はしばらく火車(かしゃ)と生活してはりましたんどすっけ?
駒草:そう聞いていんし。
景安:だからでっしゃろなぁ。
景安:死神が迎えに来てはられます。
駒草:死神?
景安:へぇ。
景安:火車(かしゃ)は本来罪人を地獄迄連れて行かはります。
駒草:知っていんし。
景安:なら罪を犯したのは誰や?
景安:なんで死神が迎えに来る程、死に近い?
駒草:すて吉が罪人だと?
景安:半分正解どす。
景安:あん餓鬼、自分姉やの事、
景安:無意識に罪人にしようとしてはるえ。
駒草:は?
景安:賽(さい)の河原ってあるやろ?
景安:親より先に死んだ子が、
景安:親不孝者として石を積み続けはる罰。
駒草:あい。
景安:あの世はな?
景安:この世よりもずぅっと罪の基準が低いんどす。
景安:親より先に死んだ子らが、
景安:どうして罰を受けはるのかは知ってはります?
駒草:深くは。
景安:生者を哀しませたからどす。
景安:死んだ者が生きてはる者を哀しませるんは、
景安:地獄では罰を受けねばならへんくらいの罪なんどす。
駒草:……。
景安:大方(おおかた)、姉やを想ってはられるんやろ。
景安:姉やが死んでしもうたのを、
景安:哀しがって哀しがって仕様があらへんのやろ。
景安:そんせいで姉やが罰を受けるとも知らずに。
景安:だから無知で無垢な餓鬼は好かんのや。
景安:無意識に惨(むご)い事ばかりしはるえ。
駒草:……死に近いってのは、
駒草:想い過ぎてるからでありんすか?
景安:そや。
景安:「自分が死ねば良かった」とでも思うてはるんやない?
景安:ただでさえ火車(かしゃ)のすぐ傍に居て、
景安:地獄に行きやすくなってはったのに。
景安:姉やを罪人に落とし込んで、
景安:自分から死に近付いてはられる。
駒草:……どうすればいいんでありんすか?
景安:何を?
駒草:どうすればすて吉は連れて行かれなんし?
景安:……。
駒草:教えて下さんし、なぁ景(けい)。
景安:あんさん近う内に海に行かれはる用があったんどすえ?
駒草:え?あい、そうでありんす。
景安:それ、うちだけに任せてくれはりません?
駒草:暫(しばら)く離れたいんざんす?
景安:へぇ、それと。
駒草:あい。
景安:うちにもうちで、用があるんどす。
駒草:用?
景安:花に会いたいんえ。
景安:水の上の花に、どす。
駒草:嗚呼。
景安:逃げようとなんざ、
景安:そん無駄な事はしないえ。
景安:用が終わればきちんと戻って来ます。
景安:そやから、
駒草:分かりんした。
駒草:ぬし様の好きにしておくれなんし。
景安:へぇ。
駒草:代わりに、
景安:助かる方法やろう?
景安:えぇよ、教えてはる。
駒草:有難うござんす。
景安:なぁ、うち優しいやろ?
駒草:並の鬼よりかは。
景安:へぇ。
:
0:回想終わり。
すて吉:オイラ死んじまうのか?
駒草:まだ間に合うでありんすよ。
すて吉:……。
駒草:一緒に南海道に行きんしょ?
すて吉:南海道?
駒草:お遍路(へんろ)さんをしに行くんす。
すて吉:お遍路(へんろ)さん……。
駒草:歩いて周って、
駒草:一つずつ許して貰いんしょう。
駒草:一つずつ区切りを付けて行きんしょう。
すて吉:忘れなきゃいけねぇのか……。
駒草:あい?
すて吉:オイラがねぇちゃを覚えて居るのが、
すて吉:ねぇちゃの罪になっちまうんだろう?
駒草:……。
すて吉:忘れなきゃいけねぇんだよな。
すて吉:でんもオイラ、
すて吉:死ぬだけなら別に良いんだ。
すて吉:死ぬ方がねぇちゃに会えそうだし。
駒草:すて吉……。
すて吉:ねぇちゃが居ねぇのに、
すて吉:生きてる訳が分かんねぇんだよぅ。
すて吉:確かにあの瞬間迄はオイラは生きたかったけんど、
すて吉:でんも今はもう分かんねぇんだよぅ。
駒草:……。
すて吉:なぁ、なんでオイラに「生きて欲しい」って言ったんだ?ねぇちゃ。
すて吉:自分で考えて来なかったオイラが悪いんだろう?
すて吉:オイラは足でまといで役立たずで、
すて吉:泣きべそったれなのに。
すて吉:なんで生きて欲しかったんだよぅ、ねぇちゃ。
駒草:一緒に探すでありんす。
すて吉:……。
駒草:わっちに教えておくれ、お前の姉様の事を。
駒草:どんな些細な事でも良いよぅ。
駒草:お寺さん周りながら、
駒草:一つずつ教えておくれな。
すて吉:でんも話したら忘れられねぇ。
駒草:それだけど、
すて吉:うん?
駒草:別に忘れなくてもよござんす。
駒草:覚えていたければ、覚えていんし。
すて吉:……。
駒草:きちんと受け入れて、哀しがるのを止めて。
駒草:ただ、姉様が次に行ける様に、
駒草:縋(すが)らないでいればいい。
すて吉:……。
駒草:わっちもねぇ、実を言えば、
駒草:生きる訳をきちんと分かってはいないんでありんす。
駒草:だから誰にも生きろなんざ無責任な事は言えなんし。
駒草:けれどねぇ、
すて吉:うん。
駒草:わっちが生きていれば、
駒草:必ずあの人の役に立てるでありんし。
駒草:あの人がわっちを頼った。
駒草:わっちの為に離れる事を選択してくれんした。
駒草:それが間違いだって誰にも言わせたくない。
駒草:だからわっちは生きるんでありんす。
すて吉:あの人?
駒草:乙桐(おとぎり)先生の事だよぅ。
:
すて吉(M):ねぇちゃ。
すて吉(M):オイラは当分はまだきっと泣くよ。
すて吉(M):でんも哀しいとは思わない様にするんだ。
すて吉(M):死にたいと言ったら怒るだろう?
すて吉(M):「オラが折角助けたのに、なんて様(さま)じゃ!馬鹿垂れのすて!」って。
すて吉(M):そう思い出したんだ。
すて吉(M):ねぇちゃは"そう"だったって。
すて吉(M):オイラはただ、
すて吉(M):ねぇちゃと居た全部をな?
すて吉(M):嫌な思い出にはしたくないんだ。
すて吉(M):だからその為に、
すて吉(M):ねぇちゃを切り離す努力をするよ。
すて吉(M):初めて自分で考えたんだ。
すて吉(M):そうしようって決めたんだ。
すて吉(M):だからまた会える時にはオイラに、
すて吉(M):ねぇちゃの前を歩かせておくれよ?
:
0:一拍
0:一年後くらい。
景安:何してはられるん?
すて吉:嗚呼、景(けい)さん。
すて吉:纏(まと)めとこうかと思って。
景安:纏(まと)める?
すて吉:そう。
すて吉:各地の奇っ怪な情報をさ、
すて吉:こうやって地図にでも書いておけば、
すて吉:駒(こま)さんの役に立つでしょう?
景安:嗚呼、確かに。
景安:あん人ちょいやりっ放しな所あるさかい。
景安:えぇ事やねぇ。
すて吉:うん。
景安:あんさん最近は妖見てもべそかかなくなられはったから、
景安:たまの手伝いやのぅていっそ、
景安:付いて行きはったらどうでっしゃろか?
すて吉:誰に?
景安:乙桐(おとぎり)はん。
すて吉:いや、オイラはまだまだ此処に居るよ。
景安:へぇ。
すて吉:そもそもオイラがなりたいのは、
すて吉:あやかし絵師じゃ無いし。
景安:薬師(くすし)やろ?
すて吉:うん。
すて吉:あ、臭い?もしかして。
景安:もう慣れましたわ。
すて吉:景(けい)さん鬼って言うか犬みたい。
景安:ほぉう、もう一度うちの目ぇ見て、
景安:同じ事言ってみぃ?
すて吉:あー!
すて吉:そろそろ吉原に薬卸(おろ)しに行かなきゃだ!
すて吉:ちょっと行ってくるから!
すて吉:留守番頼んだよ!景(けい)さん!
景安:ちょ、待ちぃや!
景安:紫苑(しおん)!
景安:……はぁ。
駒草:おや?
駒草:ぬし様一人でありんすか。
景安:紫苑(しおん)は吉原に行かはりました。
景安:うちん事「犬みたい」言うてな!
駒草:あはははは。
景安:駒(こま)!
駒草:上出来でありんすなぁ。
駒草:帰って来たらうんと褒めないと。
景安:やってられへんわぁ。
景安:どっかにえぇ事落ちてはられないやろか?
駒草:そう易々と良い事なんざ落ちていないざんす。
景安:へぇ、まぁ確かに。
:
すて吉(M):ねぇちゃ、初(うい)ねぇちゃ。
すて吉(M):そっちはどうだ?
すて吉(M):あったかくしてっか?
すて吉(M):美味いもんさ腹一杯食ってるか?
すて吉(M):ゆっくり寝れてっか?
すて吉(M):なぁ、ねぇちゃ。
0:一拍
すて吉(M):今日もオイラは生きてるよ。
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