台本概要
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タイトル | 追い越して、未来、 |
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作者名 | 紫癒-しゆ- (@shiyu_azsi0) |
ジャンル | ラブストーリー |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) |
時間 | 40 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
3年ぶりに見る、変わらない田舎の景色。 ここに来ると、あの時の想いも蘇ってくる。 ……僕が育った、僕が離れた、切なくて、あたたかいそんな思い出が―― 一人称・語尾の改変○ 軽度なアドリブ○ 内容が変わるほどの重度なアドリブ・改変✕ 誹謗中傷など、不快に思われる言動✕ テンポよく読むと40分程度、十分に間をとって読むと50分程度になることがあります。 予めご了承ください。 このシナリオを手に取っていただき、また読んでいただきありがとうございます。 264 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
健司 | 男 | 239 | 健司(けんじ) 地元から離れ、東京で就職。3年ぶりに地元に帰る。 |
若葉 | 女 | 245 | 若葉(わかば) 大学卒業後、地元で働いている。中学の時に東京から健司の地元に引っ越してきた。現在、婚約中。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:辺りは田畑と山
0:それらを車窓に映して、ゆっくりと
0:一両編成、各駅停車の電車が揺れる
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健司:ガタン、ゴトン、
若葉:ガタン、ゴトン、
健司:少し離れて線路が2つ、
若葉:遠く長く、並んで2つ、
健司:壮大な緑を追い越して、
若葉:一面の緑を車窓に透(す)かせて、
健司:走って、止まって、
若葉:追い越されて、追い抜いて、
健司:すれ違って、並んで、
若葉:振り返らずに、前だけ向いて、
健司:僕の道を、僕の夢を、
若葉:私の道を、私の夢を、
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健司:3年ぶりに見る、変わらない田舎の景色
健司:無駄に大きいスーツケースと供に、電車を乗り継ぐこと4時間
健司:久々に券売機使ったな、なんて、どうでもいいことを考えながら、実家の最寄りまでの切符を握りしめる
健司:あとはこのまま、ゆっくり、ゆっくりと、この切符の示す場所へ運ばれるだけ
健司:ICカードなんて使えない、僕が育った、……僕が離れた、あの場所へ
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若葉:いつも通りの、自然に囲まれただいすきな町
若葉:村祭りの買い出しを終えて、大きな荷物を抱え駅に向かう
若葉:みんな楽しんでくれるかな、なんて、緩む口元を隠しながら、電車の時間が迫っていることに気づく
若葉:足早に、でも足取りは軽く、紙の定期券を握りしめて進んでいく
若葉:1両編成、各駅停車、そのうえ2時間に1本しか走らない、あの電車を求めて
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健司:「乗ります」と、無邪気な声が響く
若葉:ドアの閉まりかけた電車に慌てて飛び乗る
健司:スマホをいじる指が止まる
若葉:ドアの横に もたれかかる
健司:鼓動が速い
若葉:弾んだ息を整える
健司:恐る恐る顔を上げる
若葉:ガタンと揺れた拍子に左によろける
健司:一瞬、ほんの一瞬だけ、
健司:視界を遮る制服たちの隙間から、
健司:記憶の中より綺麗になった横顔が覗いた
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0:9年前、6月下旬のある日、放課後
0:健司と若葉が駅に向かって走っている
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若葉:「ほーら、健司速く! あと3分!」
健司:「はぁ……、はぁ……、今日こそは間に合わない気がする……」
若葉:「弱音吐くなら走る! 2時間待つ気!?」
健司:「それもまた、運命……」
若葉:「うるさい! いいから走れ!」
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若葉:「車掌さん待って! 乗ります!」
健司:「はぁ……、はぁ……」
若葉:「はぁ……、間に合ったぁ……」
健司:「あぁ……、しんど」
若葉:「今から2時間待つほうがしんどいでしょ」
健司:「むり……、今日は座る……」
若葉:「ほんと、ひ弱なんだから……」
健司:「若葉が体力ありすぎるんだよ」
若葉:「さすがロボット研究部のインドアくん」
健司:「はぁ? ロボット関係ないだろ」
若葉:「(笑)まぁ、冗談だけど。健司は見かけによらず毎年体育祭のリレー選抜だからな~」
健司:「毎日鍛えられてるから、誰かさんのせいで」
若葉:「『誰かさん』って誰よ」
健司:「(小声)わかってるくせに……」
若葉:「なーんか言ったぁ?」
健司:「別にー。……もうちょっと本数増やしてくれれば走らなくて済むのになー」
若葉:「そんなこと言わないのー。人口少ないから仕方ないんだろうし」
健司:「2時間に1本でも、こんなにガラ空きだもんな」
若葉:「でも私、この電車すきだよ?」
健司:「不便でも?」
若葉:「電車あるだけありがたい」
健司:「毎日走って駆け込み乗車でも?」
若葉:「いい運動になる!」
健司:「……周り緑しかなくて景色変わらなくて乗り過ごしても?」
若葉:「自然に罪はない! マイナスイオンは味方!!」
健司:「(笑)……若葉はほんと、この土地好きだよな」
若葉:「うん、あわよくばここで生まれたかった」
健司:「僕とは真逆。こんなド田舎早く出たくて仕方ない」
若葉:「私はここに骨を埋(うず)めたい」
健司:「じゃあ僕は都会の波に溺れたい」
若葉:「……あそこは、そんなにいいものじゃないよ?」
健司:「この話になると、いつもそうやって返すよな」
若葉:「都会出身なのでね。酸いも甘いも知っているのだよ、少年」
健司:「知ったように言うな、同級生」
若葉:「だって知ってるもん。どやぁ」
健司:「はいはい、そうですか(笑)」
若葉:「ちょっとー、流さないでよー!」
健司:「(笑)ごめんごめん」
若葉:「あー、傷ついたー。ぶろーくん まい はーーーと!」
健司:「いや、十分元気に見えるけど(笑)」
若葉:「あーー、怒った。……アイスおごりね」
健司:「えぇ……、今材料費でただでさえ金欠なのに……」
若葉:「(カタコトで)健司、ワタシ、怒ラセタ。さっき走ッタ。暑イ。アイス食ベタイ」
健司:「ロボットみたいに言うなよ」
若葉:「いいじゃーん、アイスー!」
健司:「……よし、裏のトヨばぁのところ行こ」
若葉:「うーわ、人様から集(たか)るんだぁ」
健司:「どの口が言ってんだよ。(わざとらしく)……そう言えばトヨばぁ、昨日おはぎ作ってくれるって言ってたんだよなー」
若葉:「え……、おはぎ……」
健司:「でも若葉はアイスが食べたいんだもんなー」
若葉:「……」
健司:「若葉がおはぎ好きだからって作ってくれたのになぁー。トヨばぁ、悲しむだろうなー」
若葉:「……行く」
健司:「ん?」
若葉:「トヨばぁのおはぎ食べに行く!」
健司:「アイスは?」
若葉:「アイスはいつでも食べられるけど、トヨばぁのおはぎは今しかないもん!」
健司:「はいはい(笑)」
若葉:「うー、健司のその余裕そうな顔が憎たらしい……」
健司:「はぁ? なんだよそれ(笑)」
若葉:「そのまんまの意味ですー」
健司:「不貞腐れるなよ(笑)」
若葉:「……あ!(思いついたような笑い)ふっふっふ……」
健司:「……?」
若葉:「じゃあ、今年の夏祭り、浴衣でお供しなさい!」
健司:「浴衣ぁ?」
若葉:「嫌なの?」
健司:「嫌です」
若葉:「毎年そうじゃんー!」
健司:「嫌です」
若葉:「……残念でしたー! 今年は強制ですー、健司くんに拒否権なんてありませーん」
健司:「はぁ?」
若葉:「ごほん、えー、こちらのバックには、健司のお母さまがいらっしゃいます。無駄な抵抗はやめなさい?」
健司:「(ため息)最悪……」
若葉:「楽しみだなぁ~(笑)」
健司:「……アイス、食べる?」
若葉:「おはぎあるからいらなーい」
健司:「はぁ……、まじかぁ……」
若葉:「高2の夏だよ! 楽しまなきゃ損だよ!」」
健司:「夏期講習で忙しいのに……」
若葉:「ロボットの材料抱えながら言っても説得力ありません」
健司:「……返す言葉がありません」
若葉:「わかればよろしい」
健司:「……若葉も着て来いよ、浴衣」
若葉:「最初からそのつもりー」
健司:「ん……、(小声で)まぁ、いいか」
若葉:「今年は絶対二人で浴衣! 約束だからね!」
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若葉:次の駅に着く知らせとともに、電車がゆっくり速度を緩める
若葉:今度はよろけないように、と、
若葉:脚に、腕に、ぐっと力を籠(こ)める
若葉:慣性の法則、なんて言っただろうか
若葉:少し先に見える、制服たちの背に問いかける
若葉:私は典型的な文系脳で、理科が一番苦手だった
若葉:真逆で、それでいて、似た者同士
若葉:脳裏に浮かんだ記憶に、そっと微笑みかける
若葉:甘酸っぱくて、綺麗で、美しい
若葉:……そして、苦くて、切なくて、儚い
若葉:そんな記憶に、
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健司:古びた音が停車を合図する
若葉:斜め前のサラリーマンが席を立ち、目配せしてくる
健司:ドアが開いて、吹き込んだ新鮮な風
若葉:軽く会釈し、空いた席へと向かう
健司:目を閉じて、久しぶりの澄んだ空気を吸い込む
若葉:さっきの制服たちの奥に見える大きなスーツケース
健司:ちょうど、あの日も、心地よい風が吹いていた気がする
若葉:珍しいな、って、ただそれだけのことなのに、
若葉:好奇心は、年甲斐もなく湧きあがって、
若葉:スーツケースに添えられた手を伝(つた)って、
若葉:上へ、上へ、ゆっくりと昇っていくと、
若葉:瞳に映る横顔が、鮮明な記憶と重なった
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0:9年前、高校2年生
0:夏祭り当日
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若葉:「おー! 健司似合うじゃん!」
健司:「はぁ……、歩きにくい……」
若葉:「なんか……、健司がかっこよく見える」
健司:「……はいはい、そりゃどーも」
若葉:「何その反応」
健司:「ほら、さっさと行くぞ」
若葉:「……あ、これ、もしかして照れたやつ?(笑)」
健司:「行ーくーぞ」
若葉:「わっかりやす(笑)」
健司:「それ以上言ったら置いていくからな」
若葉:「もー、待ってよ!(笑)」
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若葉:「ふぅー、楽しいーーー!」
健司:「若葉食べすぎ。んで、はしゃぎすぎ(笑)」
若葉:「夏祭りの主役はこの私だ!」
健司:「……ラムネで酔った?」
若葉:「こらー! 未成年! 華の高校生!」
健司:「はいはい(笑)」
若葉:「むー、またそうやって流すー」
健司:「……次はどこ行くの?」
若葉:「どうしようかな~。……あれ、今何時?」
健司:「えーっと……、7時前、だけど」
若葉:「え!? 早く言ってよ! 7時から花火なのに……!」
健司:「あぁ、そんなこと言ってたな」
若葉:「もっと興味を持て! ほら、走るよ!」
健司:「え」
若葉:「いつもの高台! あそこなら人少ないから! ほら、行くよ!」
健司:「っ! 待てって!」
若葉:「うわっ! いきなり掴まないでよ!」
健司:「いきなり走ったら危ないだろ!」
若葉:「はぁ? このくらい、いつも一緒に走ってるでしょ」
健司:「(大きなため息)」
若葉:「……何」
健司:「……いつもと今日は違うだろ?」
若葉:「……」
健司:「あんなに浴衣着るんだーって張り切ってた人は誰?」
若葉:「……浴衣でも走れるし」
健司:「さっきから足痛そうにしてるのも、トイレで絆創膏貼ってきたのも気づいてるから」
若葉:「え……」
健司:「だから歩け。若葉に拒否権なんてない」
若葉:「……ん」
健司:「あと、走らなくても間に合うから」
若葉:「…………え?」
健司:「……? だから、歩いても間に合うって。まだ6時……43分だし」
若葉:「はぁ!?」
健司:「でかい声出すなよ」
若葉:「信じらんない! 健司の時間感覚どうなってんの!?」
健司:「いや、7時前だろ」
若葉:「(大きなため息)」
健司:「不服なら自分で確認しろ」
若葉:「健司、腕時計つけてるじゃん」
健司:「若葉もケータイあるだろ」
若葉:「巾着の中」
健司:「取り出すのが面倒だと?」
若葉:「ご名答」
健司:「(ため息) ほら、行くんだろ」
若葉:「はいはい、行きますよーだ」
健司:「まだ、不貞腐れてるの?」
若葉:「呆れてるんですー」
健司:「そうですかー。……まだ、足、痛む?」
若葉:「ん? あぁ、歩くくらいなら大丈夫」
健司:「ん、そっか」
若葉:「うん、ありがと。行こ?」
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0:健司と若葉、高台へ移動
若葉:「……余裕で着いたー」
健司:「現在の時刻、6時54分です」
若葉:「ん、よろしい」
健司:「(笑) ……毎年ここ誰もいないよな」
若葉:「花火からはちょっと遠いからね。穴場ってやつだよ」
健司:「そうだな」
若葉:「……あ! 健司のお母さんに証拠写真撮ってって言われてたんだ!」
健司:「証拠?」
若葉:「そうそう、ケータイケータイっと(ケータイを取り出す)」
健司:「……」
若葉:「いやー、それにしても健司って浴衣似合うよね」
健司:「……そう? みんなこんなもんだろ」
若葉:「いやいや、日本男児!って感じする」
健司:「……ふーん」
若葉:「かっこいいよ?」
健司:「なっ……!」
若葉:「(笑)暗くて照れてるの見えない~……残念」
健司:「照れてないし」
若葉:「ふーーーん?(笑)」
健司:「……何だよ」
若葉:「別にー(笑)」
若葉:「……ねぇ、健司は何かないの?」
健司:「何かって?」
若葉:「私の浴衣を見た感想、的な?」
健司:「……毎年見てるしなぁ」
若葉:「えー、今年は新しく買ったのにぃ……」
健司:「……」
若葉:「白地に黄緑の柄なんて珍しくない? 一目惚れしちゃってさ~」
健司:「……」
若葉:「髪も頑張ってみたんだ~ そのせいで、ちょっと遅刻しちゃったんだけど」
健司:「……」
若葉:「折角、健司も浴衣着てきてくれるから、可愛くしなきゃ、って思って」
健司:「……」
若葉:「……健司?」
健司:「……」
若葉:「……ちょっと、無反応は流石に悲しいんだけど!」
健司:「すき」
若葉:「…………へ?」
健司:「……え?」
若葉:「え、今、なんて……?」
健司:「あ……、え? 僕、今なんて言って……?」
若葉:「はぁ? え、今、すきって……」
健司:「っ……、今の、口に出てた……?」
若葉:「……うん。はっきり」
健司:「……あぁ、……まじか」
若葉:「……」
健司:「……」
若葉:「ねぇ、……今のなし、なんて言わないよね……?」
健司:「あ、あぁ……」
健司:「……若葉」
若葉:「ん?」
健司:「ちゃんと……、もう一回、言わせて?」
若葉:「……うん」
健司:「僕、若葉のことが、……」
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若葉:とんでもない記憶が蘇ってきてしまった
若葉:荷物をギューッとして、緩みそうな口元を隠す
若葉:車窓に映る赤らむ耳は、そっと見ないふりをして、
若葉:同じ列の左側、3人くらい先にいる貴方を、
若葉:横目で、見て、
若葉:見えないのに、見て、
若葉:見えそうになったら、背けて、
若葉:そんな滑稽なことを繰り返して、
若葉:私、何も変わってないみたい
若葉:……あの時から、
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健司:目の前から聞こえた別れの挨拶に、ずっと閉じていた瞼(まぶた)が自然と開く
健司:重そうなリュックを一方の肩に吊り下げ、一人が去っていくのが見える
健司:あぁ、もう次の駅についたのか
健司:ひと駅分もの時間をかけて、若き頃の醜態を思い出していたなんて、
健司:君が聞いたら、声をあげて笑うんだろうな
健司:そんなことを思って、無意識にドアの方を見上げる
健司:……君の姿は、そこにない
健司:目だけを最大限に動かして、君の姿を探す
健司:……右側、同じ列の奥の方に、君が抱えていたであろう荷物の端が覗いていた
健司:残念なような、ほっとしたような、
健司:話したいけど、何を話したらいいかわからない、
健司:気づいてほしいけど、気づいてほしくない
健司:……あぁ、そうだ、僕はまだ、
健司:……
健司:勝手だな、僕は、何も成長していない
健司:……あの時から、ずっと、
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0:9年前、高校2年生、秋
0:帰り道
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若葉:「おめでとう健司!」
健司:「え?(笑) あー、……聞いたの?」
若葉:「聞いた! すぐ聞いた! 何ならたぶん健司より先に聞いてた(笑)」
健司:「はぁ? ったく、まず伝えるべきは本人だろ……」
若葉:「コジコジはロボ研の顧問の前に、私のクラスの担任だから、私の方が会うの早いんです~」
健司:「コジマ先生、な?」
若葉:「コジコジ、朝泣きながら教室入ってきて、
若葉:『私がァ、顧問になってからァ、ずっとォ、ずっとずっとずっとォ、夢見ていたァ、『高校生ロボットコンテスト』のォ、優秀賞をォ、取りましたァ……』
若葉:って、崩れ落ちてた(笑)」
健司:「いや、取ったの僕だから(笑)」
若葉:「もうね、拍手なのか、笑って手叩いてるのかわかんないけど、喝采だったよ」
健司:「聞こえてた聞こえてた(笑) うちの担任が様子見に言ったら、生徒は笑ってるし、コジマ先生は泣き崩れてるし、地獄絵図だったって」
若葉:「ほんっとうに、朝から楽しませてもらいました(笑)」
健司:「で、その後コジマ先生が、うちのクラス来て僕に泣きつくっていう」
若葉:「『みやなが、げんじ、ぐん~!』って、叫んでたよね」
健司:「そう、なぜフルネーム?って」
若葉:「嬉しさ爆発したんだよ、明日干からびてなければいいけど」
健司:「それな(笑)」
若葉:「これで、工大(こうだい)の推薦は確実だね!」
健司:「あー……、うん……」
若葉:「健司こう見えて、頭いいもんね~。私も頑張らなきゃ!」
健司:「こう見えては余計。若葉も毎回クラストップだろーが」
若葉:「うちの高校、就職の方が多いから、進学校と比べたらそもそも頑張らなきゃだもん」
健司:「若葉のとこ偏差値高いんだっけ? あの、なんだっけ、看大(かんだい)の、新しくできる、」
若葉:「社会福祉科!」
健司:「あ、それそれ」
若葉:「いい加減覚えてよー」
健司:「はいはい、すみません」
若葉:「思ってないなー!(笑) でも、大学も4年間、こうやって健司と一緒に通学できるように、頑張らないと」
健司:「……」
若葉:「だから、数学と理科教えてね! 健司だけが頼りなんだから!」
健司:「あのさ、若葉」
若葉:「ん?」
健司:「僕、……工大(こうだい)やめる」
若葉:「……え!? 就職に切り替えるの!?」
健司:「そうじゃなくて! ……あー、言い方が悪かった」
若葉:「……?」
健司:「今回、優秀賞取れたのと一緒に、……東京の大学から、推薦もらえるんだ」
健司:「だから、そこに、行きたいと思ってる」
若葉:「……そっか」
健司:「……うん」
若葉:「……東京、かぁ」
健司:「……うん」
若葉:「今回のロボット大会、そのためにあんなに頑張ってたんだ」
健司:「それは、……期待はしてた」
若葉:「……遠いね」
健司:「……うん」
若葉:「……そこじゃなきゃ、だめ、なんだよね」
健司:「……あぁ、僕が尊敬してる、ロボット博士って呼ばれる教授がいるんだ。
健司:今は、高齢化した地域でずっと農業を続けるためにって、操作が簡単で、誰でも使える農作業用ロボットの研究をしているみたいで……。
健司:僕も、ここで過ごした経験もあるし、何に困ってるかっていう声も間近で聞いてきたから。
健司:その人と一緒に作りたいんだ、そんなロボット……」
若葉:「……」
健司:「……」
若葉:「……そんな顔で話されたら、止められないよ」
健司:「……」
若葉:「あと一年、かぁ……」
健司:「……まだ一年ある。若葉と、ここで、たくさん思い出作りたい」
若葉:「……やめてよ。お別れみたいじゃない……」
健司:「別れるなんて! そんなこと……」
若葉:「わかってるよ」
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若葉:「健司、……離れても、変わらないよね」
健司:「……毎日連絡取ろう」
若葉:「……電話もする」
健司:「……わかった」
若葉:「会いたくなったら行っちゃうかも」
健司:「いつでもおいでよ」
若葉:「……夢、叶えなきゃ しばく から」
健司:「いきなり怖いよ(笑)」
若葉:「真剣に言ってる」
健司:「ん、わかった」
若葉:「……お互い、頑張らなきゃね」
健司:「うん、……若葉、ありがとう」
若葉:「どういたしまして」
健司:「東京の電車乗れるかな……」
若葉:「無理だと思う」
健司:「即答かよ」
若葉:「東京の電車が何両あるか知ってる?」
健司:「え……、6、くらい?」
若葉:「はぁ? じゃあ、何路線あると思う? それぞれで乗り換える駅ちがうんだよ?」
健司:「……」
若葉:「……心配です」
健司:「遊びに来た時、案内してよ」
若葉:「えー? 中学以来の記憶なんですけどー」
健司:「大丈夫、若葉ならできる」
若葉:「仕方ない、……今日こそはアイスかな」
健司:「はぁ? だいぶ先の話なんだけど」
若葉:「前払い~」
健司:「調子いいなぁ(笑)」
若葉:「(笑) あー、でもちょっと寒いか~」
健司:「たしかに、ちょっと風出てきたな」
若葉:「じゃあ、あんまん半分こしよ?」
健司:「ん、のった」
若葉:「よし、走るよ!」
健司:「え?」
若葉:「早く行こ! コンビニ閉まる!」
健司:「おい、待てって!(笑)」
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若葉:今思えば、若かったなって、
健司:未来のことなんて考えてなくて、
若葉:まだまだ未熟なお子ちゃまで、
健司:今しか見えていなくて、
若葉:不確かなはずの未来を信じて、
健司:続いていくって信じて疑わずに、
若葉:並んで歩いていけると思ってた
健司:離れていても大丈夫だと思いこんでいた
若葉:それぞれの夢を語って、
健司:互いの夢を支え合って、
若葉:叶える姿を、一番近くで見守る、
健司:躓(つまず)いたときは、すぐに手を差し伸べる、
若葉:そんな存在で居たかった
健司:そんな存在で在りたかった
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健司:目の前が暗くなる
健司:この路線で唯一の、長い長いトンネル
健司:申し訳程度についた灯(あか)りと、スマホの光が不気味に揺れる
健司:このトンネルを抜けたら、僕の実家の最寄り駅
健司:膨らんでしまったこの想いを、どうしようか、どうするべきか、
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若葉:胸が苦しくなる
若葉:懐かしい、そんな風には思えなくて、
若葉:まだ、もしかしたら、……もしかしたら、って、
若葉:このトンネルを抜けたら、きっと貴方は降りてしまう
若葉:私が向かうのは、まだ先の駅。
若葉:……あぁ、この焦りが、答えか
若葉:今更、本当に、今更、
若葉:……私はまだ、貴方が、――
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0:8年前、7月上旬のある日。
0:健司と若葉が電車に向かって走る。
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若葉:「はぁ……、はぁ……、今日もギリギリセーーーフ!」
健司:「はぁ、あぁ……、しんど……」
若葉:「あっつーーーい」
健司:「もう夏だからなぁ……」
若葉:「夏って言わないでー! あーあ、去年までは夏なんて聞いたらテンション上がりまくりだったのにな……」
健司:「(コジマ先生の真似)『え~~~、ゴッッッホン、君たちィ、この夏はァ、勝負の夏! 君たちは勇敢な戦士! レベル上げせずに魔王に、ラスボスに、挑んでみろォ……』」
若葉:「(コジマ先生の真似)『ずぃ……、えぇ~~~~んどぅ!!(ジ・エンド)』
0:健司、若葉、笑い合う
健司:「ちゃんと、今回も僕の教室まで聞こえてたよ(笑)」
若葉:「だって、コジコジの声量、容赦ないんだもん(笑)」
健司:「あと、なんか漫画にハマってるんだっけ?」
若葉:「そうそう! 漫画アプリを入れちゃったみたいで、勇者物がすきなんだってさ(笑)」
健司:「ロボットじゃないのかよ……(笑)」
若葉:「それ、みんな言ってた(笑)」
健司:「あ、そう言えば、この前の模試の結果、どうだった?」
若葉:「わ、楽しい会話してたのに現実に引き戻しやがった……」
健司:「言い方が悪意あるなー」
若葉:「素直な感情のまま話してるだけですー」
健司:「で、どうだった?」
若葉:「……合格圏内!!」
健司:「おお! やったな!」
若葉:「まぁ、まだまだ勉強はしなきゃだけどねー。気を緩めちゃいかんのだよ」
健司:「その通りだ、関心関心」
若葉:「推薦確定組は余裕ですなー」
健司:「あ……、なんか、ごめん。あ、いや、そういうつもりじゃ……」
若葉:「あははっ! からかっただけだよ(笑) 健司の今までの努力の結果なんだから、自信を持たれよ、少年」
健司:「はぁ? ……でも、ありがとな、同級生」
若葉:「あれ? 照れた?」
健司:「……照れてない」
若葉:「ほぉぉぉーーーーーー??(笑)」
健司:「んぁー、うるさいうるさい」
若葉:「ねぇ、健司」
健司:「……何だよ」
若葉:「模試がんばったご褒美に、ひとつお願い聞いてくれない?」
健司:「……嫌な予感がする」
若葉:「しない! 大丈夫! 安心して!」
健司:「ますます聞かない方がいい気がしてきた」
若葉:「いいから! 聞いて!!」
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若葉:「今年も、夏祭り、一緒に行こ……?」
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健司:「……それだけ?」
若葉:「それだけって何よ、大事なことなの!」
健司:「そんなに改まって言われなくても、行くつもりだったけど」
若葉:「えっ……」
健司:「それに、毎年行ってるし、今更行かない訳ないだろ」
若葉:「……そう、だよね」
健司:「……若葉?」
若葉:「……」
健司:「若葉? 僕、なんか変なこと言った?」
若葉:「……最後じゃん」
健司:「……え?」
若葉:「今年で健司とお祭り行けるの、最後かもしれないじゃん」
健司:「……そんな、帰ってくるよ、毎年」
若葉:「わかんないよ、そんなの。健司は、……寂しくないの?」
健司:「若葉……」
若葉:「受験近づくにつれて、健司と離れるんだって実感わいてきて、どうしようもなく泣きたくなって……、寂しいんだよ、わかってよ……」
健司:「……夏祭り」
若葉:「え……?」
健司:「夏祭り、今年も浴衣にしよう」
若葉:「へ……?」
健司:「出店全部回って、花火も特等席で見よう」
若葉:「健司……?」
健司:「付き合ってから、初めての夏祭り、楽しもうな」
若葉:「……! うん!」
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健司:「んーと、夏祭りって7月の3週目だよな……」
若葉:「あ、いつもはそうだけど、今年は村議会選挙の関係で、最終週だって」
健司:「え………?」
若葉:「楽しみだな~……、今年はどんな髪型にしよう……」
健司:「あ、あぁ……」
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0:夏祭り3日前、健司から若葉に電話がかかってくる。
若葉:「……もしもし、健司? あ、うん、今塾から帰ってきたところ」
若葉:「あ、夏祭り? そうだ、何時に待ち合わせにする?」
若葉:「健司……? どうしたの?」
若葉:「え……? 行けない……?」
若葉:「なんで! 楽しみだねって話してたのに……」
若葉:「……オープンキャンパス?」
若葉:「そんなの、そこに行くの決まってるんだからその日じゃなくても!」
若葉:「……教授に挨拶?」
若葉:「……そっか、やっぱり寂しいって思ってたのは私だけだったんだ」
若葉:「いいから! 健司はロボットのほうが、今より将来のほうが大切なんでしょ!」
若葉:「……もういい。今日はもう何も、聞きたくない」
若葉:「じゃあね、健司」
0:若葉が一方的に電話を切る
健司:「若葉……!」
健司:「(大きなため息)はぁ……、あぁ! くそっ!」
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若葉:プシューッと、ドアの開く音が響く
若葉:ぐっと、ぐっと荷物を抱き寄せて、
若葉:姿を瞳に映さぬように、追いかけてしまわないように、
若葉:私が揺らがないように
若葉:まるで、あの電話の後みたい
若葉:ぎこちなくて、すれ違って、でも気になって、
若葉:笑っちゃうくらい、切なくて、あたたかい
若葉:スーツケースは、もう見えない
:
健司:重たい腰を上げて、新鮮な空気に誘われるように、ドアへと進む
健司:前だけを向いて、ただ、前だけを
健司:すぐに駆け寄ってしまいそうだから、
健司:両手にぐっと、ぐっと力を込めて
健司:前だけ、前だけ
健司:電車を背後に、振り返らないと決めた
健司:トンネルを抜けて一瞬見えた、
健司:キラリと光る左手がそうさせた
健司:僕らは、あの時、後悔だけしたんじゃない
健司:若いなりに、あがいて、思いやって、
健司:……愛していた
:
0:(間)
:
0:3月某日、健司が東京に発つ日。
0:駅に向かって走る若葉
若葉:「はぁ、はぁ……、健司!」
健司:「若葉……」
若葉:「どういうつもり? 自然消滅した彼女にいきなりメールして! しかも今日出発するって急すぎ!」
健司:「ごめん……、受験がどうなってるかわからなくて、迷ってたらギリギリに……」
若葉:「そこはどうでもいいけど! なんで今更……」
健司:「……ごめんなさい」
若葉:「……それは、何の謝罪?」
健司:「受験を理由に、若葉との関係をうやむやにしてたこと、夏祭りのこと、今日の連絡のこと、それから……」
若葉:「……もういいよ、お互い切羽詰まってたし、受験生ってそんなもんでしょ」
健司:「それと、もうひとつ……」
若葉:「……やだ」
健司:「え……?」
若葉:「何年一緒に居ると思ってるの? 言いたいことはわかる、それがけじめなのもわかる」
健司:「なら……!」
若葉:「でも! お願いだから、言わないで……」
健司:「若葉……」
若葉:「健司のこと、ちゃんと、笑顔で送り出したい」
健司:「…………わかった」
若葉:「東京に染まらないようにな、少年」
健司:「なっ……」
若葉:「君は田舎者だということを、忘れるでないぞ」
健司:「んなの、わかってるし、……染まりたくても染まれないと思う」
若葉:「それを聞いて安心した」
健司:「あのなぁ……」
若葉:「私も頑張るから!」
健司:「え……?」
若葉:「私も、自分の目標に向かって、頑張るから。健司に負けないように、ううん、健司を追い越せるように」
健司:「ってことは、若葉……」
若葉:「もちろん! 第一志望合格しました!」
健司:「……! おめでとう!」
若葉:「あったりまえでしょ? 私を合格させないで、誰を合格させるんだーって」
健司:「相変わらず強気だな(笑)」
若葉:「私の取り柄ですから!」
健司:「僕も、頑張らないとな」
若葉:「そうだよ、夢、叶えなきゃ」
健司:「おう」
若葉:「前に私、健司に、今より将来のほうが大事なんでしょって、そんなこと言っちゃったけどさ、」
健司:「……うん」
若葉:「将来に向かって、自分の好きなことに正直に努力する健司、すごくかっこいいし、尊敬してる」
健司:「若葉……」
若葉:「あの時は、健司の夢に嫉妬して、あんなこと言っちゃったけど、ずっと、ずっと応援してるから」
健司:「僕も……、若葉のこと、応援してるから」
若葉:「……うん」
健司:「僕の地元を、よろしく頼む」
若葉:「……わかった。帰ってきてびっくりして、腰抜かしても知らないから!」
健司:「うん、楽しみにしてる」
0:電車がくるアナウンスが鳴る
若葉:「あ……、そろそろ、か」
健司:「うん。……若葉」
若葉:「さようならは、いらないよ」
健司:「……そうだな」
若葉:「今までありがとう、健司」
健司:「こちらこそ、ありがとう、若葉」
若葉:「……いってらっしゃい」
健司:「……いってきます」
:
:
0:(間)
:
:
健司:どのくらい経っただろう
健司:後ろから聞こえていた電車の音も通り過ぎ、無人のホームに一人、佇(たたず)んでいた
健司:もっと早くここに来たら、何か変わっていただろうか
健司:情けなく、いじらしく思う
健司:いつしか握りしめていた切符が、歪んでいる
健司:親指でそっと、歪みをなぞっても、
健司:どういうことか、元には戻らない
健司:本当に、情けない、いじらしい
健司:でも、どこか清々(すがすが)しい
健司:歪んだ切符に、小さく微笑みかけて、
健司:この気持ちも一緒に、なんて、そんな風に思いながら、
健司:古びた切符回収箱へ、そっと……
:
:
0:(間)
:
:
若葉:ガタン、ゴトン、
健司:ガタン、ゴトン、
若葉:少し離れて線路が2つ、
健司:遠く長く、並んで2つ、
若葉:壮大な緑を追い越して、
健司:一面の緑を車窓に透(す)かせて、
若葉:走って、止まって、
健司:追い越されて、追い抜いて、
若葉:すれ違って、並んで、
健司:振り返らずに、前だけ向いて、
:
若葉:(タイトルコール)
若葉:『追い越して、未来、』
0:辺りは田畑と山
0:それらを車窓に映して、ゆっくりと
0:一両編成、各駅停車の電車が揺れる
:
:
健司:ガタン、ゴトン、
若葉:ガタン、ゴトン、
健司:少し離れて線路が2つ、
若葉:遠く長く、並んで2つ、
健司:壮大な緑を追い越して、
若葉:一面の緑を車窓に透(す)かせて、
健司:走って、止まって、
若葉:追い越されて、追い抜いて、
健司:すれ違って、並んで、
若葉:振り返らずに、前だけ向いて、
健司:僕の道を、僕の夢を、
若葉:私の道を、私の夢を、
:
:
0:(間)
:
:
健司:3年ぶりに見る、変わらない田舎の景色
健司:無駄に大きいスーツケースと供に、電車を乗り継ぐこと4時間
健司:久々に券売機使ったな、なんて、どうでもいいことを考えながら、実家の最寄りまでの切符を握りしめる
健司:あとはこのまま、ゆっくり、ゆっくりと、この切符の示す場所へ運ばれるだけ
健司:ICカードなんて使えない、僕が育った、……僕が離れた、あの場所へ
:
0:(間)
:
若葉:いつも通りの、自然に囲まれただいすきな町
若葉:村祭りの買い出しを終えて、大きな荷物を抱え駅に向かう
若葉:みんな楽しんでくれるかな、なんて、緩む口元を隠しながら、電車の時間が迫っていることに気づく
若葉:足早に、でも足取りは軽く、紙の定期券を握りしめて進んでいく
若葉:1両編成、各駅停車、そのうえ2時間に1本しか走らない、あの電車を求めて
:
0:(間)
:
健司:「乗ります」と、無邪気な声が響く
若葉:ドアの閉まりかけた電車に慌てて飛び乗る
健司:スマホをいじる指が止まる
若葉:ドアの横に もたれかかる
健司:鼓動が速い
若葉:弾んだ息を整える
健司:恐る恐る顔を上げる
若葉:ガタンと揺れた拍子に左によろける
健司:一瞬、ほんの一瞬だけ、
健司:視界を遮る制服たちの隙間から、
健司:記憶の中より綺麗になった横顔が覗いた
:
:
0:(間)
:
:
0:9年前、6月下旬のある日、放課後
0:健司と若葉が駅に向かって走っている
:
若葉:「ほーら、健司速く! あと3分!」
健司:「はぁ……、はぁ……、今日こそは間に合わない気がする……」
若葉:「弱音吐くなら走る! 2時間待つ気!?」
健司:「それもまた、運命……」
若葉:「うるさい! いいから走れ!」
0:(間)
若葉:「車掌さん待って! 乗ります!」
健司:「はぁ……、はぁ……」
若葉:「はぁ……、間に合ったぁ……」
健司:「あぁ……、しんど」
若葉:「今から2時間待つほうがしんどいでしょ」
健司:「むり……、今日は座る……」
若葉:「ほんと、ひ弱なんだから……」
健司:「若葉が体力ありすぎるんだよ」
若葉:「さすがロボット研究部のインドアくん」
健司:「はぁ? ロボット関係ないだろ」
若葉:「(笑)まぁ、冗談だけど。健司は見かけによらず毎年体育祭のリレー選抜だからな~」
健司:「毎日鍛えられてるから、誰かさんのせいで」
若葉:「『誰かさん』って誰よ」
健司:「(小声)わかってるくせに……」
若葉:「なーんか言ったぁ?」
健司:「別にー。……もうちょっと本数増やしてくれれば走らなくて済むのになー」
若葉:「そんなこと言わないのー。人口少ないから仕方ないんだろうし」
健司:「2時間に1本でも、こんなにガラ空きだもんな」
若葉:「でも私、この電車すきだよ?」
健司:「不便でも?」
若葉:「電車あるだけありがたい」
健司:「毎日走って駆け込み乗車でも?」
若葉:「いい運動になる!」
健司:「……周り緑しかなくて景色変わらなくて乗り過ごしても?」
若葉:「自然に罪はない! マイナスイオンは味方!!」
健司:「(笑)……若葉はほんと、この土地好きだよな」
若葉:「うん、あわよくばここで生まれたかった」
健司:「僕とは真逆。こんなド田舎早く出たくて仕方ない」
若葉:「私はここに骨を埋(うず)めたい」
健司:「じゃあ僕は都会の波に溺れたい」
若葉:「……あそこは、そんなにいいものじゃないよ?」
健司:「この話になると、いつもそうやって返すよな」
若葉:「都会出身なのでね。酸いも甘いも知っているのだよ、少年」
健司:「知ったように言うな、同級生」
若葉:「だって知ってるもん。どやぁ」
健司:「はいはい、そうですか(笑)」
若葉:「ちょっとー、流さないでよー!」
健司:「(笑)ごめんごめん」
若葉:「あー、傷ついたー。ぶろーくん まい はーーーと!」
健司:「いや、十分元気に見えるけど(笑)」
若葉:「あーー、怒った。……アイスおごりね」
健司:「えぇ……、今材料費でただでさえ金欠なのに……」
若葉:「(カタコトで)健司、ワタシ、怒ラセタ。さっき走ッタ。暑イ。アイス食ベタイ」
健司:「ロボットみたいに言うなよ」
若葉:「いいじゃーん、アイスー!」
健司:「……よし、裏のトヨばぁのところ行こ」
若葉:「うーわ、人様から集(たか)るんだぁ」
健司:「どの口が言ってんだよ。(わざとらしく)……そう言えばトヨばぁ、昨日おはぎ作ってくれるって言ってたんだよなー」
若葉:「え……、おはぎ……」
健司:「でも若葉はアイスが食べたいんだもんなー」
若葉:「……」
健司:「若葉がおはぎ好きだからって作ってくれたのになぁー。トヨばぁ、悲しむだろうなー」
若葉:「……行く」
健司:「ん?」
若葉:「トヨばぁのおはぎ食べに行く!」
健司:「アイスは?」
若葉:「アイスはいつでも食べられるけど、トヨばぁのおはぎは今しかないもん!」
健司:「はいはい(笑)」
若葉:「うー、健司のその余裕そうな顔が憎たらしい……」
健司:「はぁ? なんだよそれ(笑)」
若葉:「そのまんまの意味ですー」
健司:「不貞腐れるなよ(笑)」
若葉:「……あ!(思いついたような笑い)ふっふっふ……」
健司:「……?」
若葉:「じゃあ、今年の夏祭り、浴衣でお供しなさい!」
健司:「浴衣ぁ?」
若葉:「嫌なの?」
健司:「嫌です」
若葉:「毎年そうじゃんー!」
健司:「嫌です」
若葉:「……残念でしたー! 今年は強制ですー、健司くんに拒否権なんてありませーん」
健司:「はぁ?」
若葉:「ごほん、えー、こちらのバックには、健司のお母さまがいらっしゃいます。無駄な抵抗はやめなさい?」
健司:「(ため息)最悪……」
若葉:「楽しみだなぁ~(笑)」
健司:「……アイス、食べる?」
若葉:「おはぎあるからいらなーい」
健司:「はぁ……、まじかぁ……」
若葉:「高2の夏だよ! 楽しまなきゃ損だよ!」」
健司:「夏期講習で忙しいのに……」
若葉:「ロボットの材料抱えながら言っても説得力ありません」
健司:「……返す言葉がありません」
若葉:「わかればよろしい」
健司:「……若葉も着て来いよ、浴衣」
若葉:「最初からそのつもりー」
健司:「ん……、(小声で)まぁ、いいか」
若葉:「今年は絶対二人で浴衣! 約束だからね!」
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:
0:(間)
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:
若葉:次の駅に着く知らせとともに、電車がゆっくり速度を緩める
若葉:今度はよろけないように、と、
若葉:脚に、腕に、ぐっと力を籠(こ)める
若葉:慣性の法則、なんて言っただろうか
若葉:少し先に見える、制服たちの背に問いかける
若葉:私は典型的な文系脳で、理科が一番苦手だった
若葉:真逆で、それでいて、似た者同士
若葉:脳裏に浮かんだ記憶に、そっと微笑みかける
若葉:甘酸っぱくて、綺麗で、美しい
若葉:……そして、苦くて、切なくて、儚い
若葉:そんな記憶に、
:
0:(間)
:
健司:古びた音が停車を合図する
若葉:斜め前のサラリーマンが席を立ち、目配せしてくる
健司:ドアが開いて、吹き込んだ新鮮な風
若葉:軽く会釈し、空いた席へと向かう
健司:目を閉じて、久しぶりの澄んだ空気を吸い込む
若葉:さっきの制服たちの奥に見える大きなスーツケース
健司:ちょうど、あの日も、心地よい風が吹いていた気がする
若葉:珍しいな、って、ただそれだけのことなのに、
若葉:好奇心は、年甲斐もなく湧きあがって、
若葉:スーツケースに添えられた手を伝(つた)って、
若葉:上へ、上へ、ゆっくりと昇っていくと、
若葉:瞳に映る横顔が、鮮明な記憶と重なった
:
:
0:(間)
:
:
0:9年前、高校2年生
0:夏祭り当日
:
若葉:「おー! 健司似合うじゃん!」
健司:「はぁ……、歩きにくい……」
若葉:「なんか……、健司がかっこよく見える」
健司:「……はいはい、そりゃどーも」
若葉:「何その反応」
健司:「ほら、さっさと行くぞ」
若葉:「……あ、これ、もしかして照れたやつ?(笑)」
健司:「行ーくーぞ」
若葉:「わっかりやす(笑)」
健司:「それ以上言ったら置いていくからな」
若葉:「もー、待ってよ!(笑)」
0:(間)
若葉:「ふぅー、楽しいーーー!」
健司:「若葉食べすぎ。んで、はしゃぎすぎ(笑)」
若葉:「夏祭りの主役はこの私だ!」
健司:「……ラムネで酔った?」
若葉:「こらー! 未成年! 華の高校生!」
健司:「はいはい(笑)」
若葉:「むー、またそうやって流すー」
健司:「……次はどこ行くの?」
若葉:「どうしようかな~。……あれ、今何時?」
健司:「えーっと……、7時前、だけど」
若葉:「え!? 早く言ってよ! 7時から花火なのに……!」
健司:「あぁ、そんなこと言ってたな」
若葉:「もっと興味を持て! ほら、走るよ!」
健司:「え」
若葉:「いつもの高台! あそこなら人少ないから! ほら、行くよ!」
健司:「っ! 待てって!」
若葉:「うわっ! いきなり掴まないでよ!」
健司:「いきなり走ったら危ないだろ!」
若葉:「はぁ? このくらい、いつも一緒に走ってるでしょ」
健司:「(大きなため息)」
若葉:「……何」
健司:「……いつもと今日は違うだろ?」
若葉:「……」
健司:「あんなに浴衣着るんだーって張り切ってた人は誰?」
若葉:「……浴衣でも走れるし」
健司:「さっきから足痛そうにしてるのも、トイレで絆創膏貼ってきたのも気づいてるから」
若葉:「え……」
健司:「だから歩け。若葉に拒否権なんてない」
若葉:「……ん」
健司:「あと、走らなくても間に合うから」
若葉:「…………え?」
健司:「……? だから、歩いても間に合うって。まだ6時……43分だし」
若葉:「はぁ!?」
健司:「でかい声出すなよ」
若葉:「信じらんない! 健司の時間感覚どうなってんの!?」
健司:「いや、7時前だろ」
若葉:「(大きなため息)」
健司:「不服なら自分で確認しろ」
若葉:「健司、腕時計つけてるじゃん」
健司:「若葉もケータイあるだろ」
若葉:「巾着の中」
健司:「取り出すのが面倒だと?」
若葉:「ご名答」
健司:「(ため息) ほら、行くんだろ」
若葉:「はいはい、行きますよーだ」
健司:「まだ、不貞腐れてるの?」
若葉:「呆れてるんですー」
健司:「そうですかー。……まだ、足、痛む?」
若葉:「ん? あぁ、歩くくらいなら大丈夫」
健司:「ん、そっか」
若葉:「うん、ありがと。行こ?」
0:(間)
0:健司と若葉、高台へ移動
若葉:「……余裕で着いたー」
健司:「現在の時刻、6時54分です」
若葉:「ん、よろしい」
健司:「(笑) ……毎年ここ誰もいないよな」
若葉:「花火からはちょっと遠いからね。穴場ってやつだよ」
健司:「そうだな」
若葉:「……あ! 健司のお母さんに証拠写真撮ってって言われてたんだ!」
健司:「証拠?」
若葉:「そうそう、ケータイケータイっと(ケータイを取り出す)」
健司:「……」
若葉:「いやー、それにしても健司って浴衣似合うよね」
健司:「……そう? みんなこんなもんだろ」
若葉:「いやいや、日本男児!って感じする」
健司:「……ふーん」
若葉:「かっこいいよ?」
健司:「なっ……!」
若葉:「(笑)暗くて照れてるの見えない~……残念」
健司:「照れてないし」
若葉:「ふーーーん?(笑)」
健司:「……何だよ」
若葉:「別にー(笑)」
若葉:「……ねぇ、健司は何かないの?」
健司:「何かって?」
若葉:「私の浴衣を見た感想、的な?」
健司:「……毎年見てるしなぁ」
若葉:「えー、今年は新しく買ったのにぃ……」
健司:「……」
若葉:「白地に黄緑の柄なんて珍しくない? 一目惚れしちゃってさ~」
健司:「……」
若葉:「髪も頑張ってみたんだ~ そのせいで、ちょっと遅刻しちゃったんだけど」
健司:「……」
若葉:「折角、健司も浴衣着てきてくれるから、可愛くしなきゃ、って思って」
健司:「……」
若葉:「……健司?」
健司:「……」
若葉:「……ちょっと、無反応は流石に悲しいんだけど!」
健司:「すき」
若葉:「…………へ?」
健司:「……え?」
若葉:「え、今、なんて……?」
健司:「あ……、え? 僕、今なんて言って……?」
若葉:「はぁ? え、今、すきって……」
健司:「っ……、今の、口に出てた……?」
若葉:「……うん。はっきり」
健司:「……あぁ、……まじか」
若葉:「……」
健司:「……」
若葉:「ねぇ、……今のなし、なんて言わないよね……?」
健司:「あ、あぁ……」
健司:「……若葉」
若葉:「ん?」
健司:「ちゃんと……、もう一回、言わせて?」
若葉:「……うん」
健司:「僕、若葉のことが、……」
:
:
0:(間)
:
:
若葉:とんでもない記憶が蘇ってきてしまった
若葉:荷物をギューッとして、緩みそうな口元を隠す
若葉:車窓に映る赤らむ耳は、そっと見ないふりをして、
若葉:同じ列の左側、3人くらい先にいる貴方を、
若葉:横目で、見て、
若葉:見えないのに、見て、
若葉:見えそうになったら、背けて、
若葉:そんな滑稽なことを繰り返して、
若葉:私、何も変わってないみたい
若葉:……あの時から、
:
0:(間)
:
健司:目の前から聞こえた別れの挨拶に、ずっと閉じていた瞼(まぶた)が自然と開く
健司:重そうなリュックを一方の肩に吊り下げ、一人が去っていくのが見える
健司:あぁ、もう次の駅についたのか
健司:ひと駅分もの時間をかけて、若き頃の醜態を思い出していたなんて、
健司:君が聞いたら、声をあげて笑うんだろうな
健司:そんなことを思って、無意識にドアの方を見上げる
健司:……君の姿は、そこにない
健司:目だけを最大限に動かして、君の姿を探す
健司:……右側、同じ列の奥の方に、君が抱えていたであろう荷物の端が覗いていた
健司:残念なような、ほっとしたような、
健司:話したいけど、何を話したらいいかわからない、
健司:気づいてほしいけど、気づいてほしくない
健司:……あぁ、そうだ、僕はまだ、
健司:……
健司:勝手だな、僕は、何も成長していない
健司:……あの時から、ずっと、
:
:
0:(間)
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:
0:9年前、高校2年生、秋
0:帰り道
:
若葉:「おめでとう健司!」
健司:「え?(笑) あー、……聞いたの?」
若葉:「聞いた! すぐ聞いた! 何ならたぶん健司より先に聞いてた(笑)」
健司:「はぁ? ったく、まず伝えるべきは本人だろ……」
若葉:「コジコジはロボ研の顧問の前に、私のクラスの担任だから、私の方が会うの早いんです~」
健司:「コジマ先生、な?」
若葉:「コジコジ、朝泣きながら教室入ってきて、
若葉:『私がァ、顧問になってからァ、ずっとォ、ずっとずっとずっとォ、夢見ていたァ、『高校生ロボットコンテスト』のォ、優秀賞をォ、取りましたァ……』
若葉:って、崩れ落ちてた(笑)」
健司:「いや、取ったの僕だから(笑)」
若葉:「もうね、拍手なのか、笑って手叩いてるのかわかんないけど、喝采だったよ」
健司:「聞こえてた聞こえてた(笑) うちの担任が様子見に言ったら、生徒は笑ってるし、コジマ先生は泣き崩れてるし、地獄絵図だったって」
若葉:「ほんっとうに、朝から楽しませてもらいました(笑)」
健司:「で、その後コジマ先生が、うちのクラス来て僕に泣きつくっていう」
若葉:「『みやなが、げんじ、ぐん~!』って、叫んでたよね」
健司:「そう、なぜフルネーム?って」
若葉:「嬉しさ爆発したんだよ、明日干からびてなければいいけど」
健司:「それな(笑)」
若葉:「これで、工大(こうだい)の推薦は確実だね!」
健司:「あー……、うん……」
若葉:「健司こう見えて、頭いいもんね~。私も頑張らなきゃ!」
健司:「こう見えては余計。若葉も毎回クラストップだろーが」
若葉:「うちの高校、就職の方が多いから、進学校と比べたらそもそも頑張らなきゃだもん」
健司:「若葉のとこ偏差値高いんだっけ? あの、なんだっけ、看大(かんだい)の、新しくできる、」
若葉:「社会福祉科!」
健司:「あ、それそれ」
若葉:「いい加減覚えてよー」
健司:「はいはい、すみません」
若葉:「思ってないなー!(笑) でも、大学も4年間、こうやって健司と一緒に通学できるように、頑張らないと」
健司:「……」
若葉:「だから、数学と理科教えてね! 健司だけが頼りなんだから!」
健司:「あのさ、若葉」
若葉:「ん?」
健司:「僕、……工大(こうだい)やめる」
若葉:「……え!? 就職に切り替えるの!?」
健司:「そうじゃなくて! ……あー、言い方が悪かった」
若葉:「……?」
健司:「今回、優秀賞取れたのと一緒に、……東京の大学から、推薦もらえるんだ」
健司:「だから、そこに、行きたいと思ってる」
若葉:「……そっか」
健司:「……うん」
若葉:「……東京、かぁ」
健司:「……うん」
若葉:「今回のロボット大会、そのためにあんなに頑張ってたんだ」
健司:「それは、……期待はしてた」
若葉:「……遠いね」
健司:「……うん」
若葉:「……そこじゃなきゃ、だめ、なんだよね」
健司:「……あぁ、僕が尊敬してる、ロボット博士って呼ばれる教授がいるんだ。
健司:今は、高齢化した地域でずっと農業を続けるためにって、操作が簡単で、誰でも使える農作業用ロボットの研究をしているみたいで……。
健司:僕も、ここで過ごした経験もあるし、何に困ってるかっていう声も間近で聞いてきたから。
健司:その人と一緒に作りたいんだ、そんなロボット……」
若葉:「……」
健司:「……」
若葉:「……そんな顔で話されたら、止められないよ」
健司:「……」
若葉:「あと一年、かぁ……」
健司:「……まだ一年ある。若葉と、ここで、たくさん思い出作りたい」
若葉:「……やめてよ。お別れみたいじゃない……」
健司:「別れるなんて! そんなこと……」
若葉:「わかってるよ」
0:(間)
若葉:「健司、……離れても、変わらないよね」
健司:「……毎日連絡取ろう」
若葉:「……電話もする」
健司:「……わかった」
若葉:「会いたくなったら行っちゃうかも」
健司:「いつでもおいでよ」
若葉:「……夢、叶えなきゃ しばく から」
健司:「いきなり怖いよ(笑)」
若葉:「真剣に言ってる」
健司:「ん、わかった」
若葉:「……お互い、頑張らなきゃね」
健司:「うん、……若葉、ありがとう」
若葉:「どういたしまして」
健司:「東京の電車乗れるかな……」
若葉:「無理だと思う」
健司:「即答かよ」
若葉:「東京の電車が何両あるか知ってる?」
健司:「え……、6、くらい?」
若葉:「はぁ? じゃあ、何路線あると思う? それぞれで乗り換える駅ちがうんだよ?」
健司:「……」
若葉:「……心配です」
健司:「遊びに来た時、案内してよ」
若葉:「えー? 中学以来の記憶なんですけどー」
健司:「大丈夫、若葉ならできる」
若葉:「仕方ない、……今日こそはアイスかな」
健司:「はぁ? だいぶ先の話なんだけど」
若葉:「前払い~」
健司:「調子いいなぁ(笑)」
若葉:「(笑) あー、でもちょっと寒いか~」
健司:「たしかに、ちょっと風出てきたな」
若葉:「じゃあ、あんまん半分こしよ?」
健司:「ん、のった」
若葉:「よし、走るよ!」
健司:「え?」
若葉:「早く行こ! コンビニ閉まる!」
健司:「おい、待てって!(笑)」
:
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0:(間)
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:
若葉:今思えば、若かったなって、
健司:未来のことなんて考えてなくて、
若葉:まだまだ未熟なお子ちゃまで、
健司:今しか見えていなくて、
若葉:不確かなはずの未来を信じて、
健司:続いていくって信じて疑わずに、
若葉:並んで歩いていけると思ってた
健司:離れていても大丈夫だと思いこんでいた
若葉:それぞれの夢を語って、
健司:互いの夢を支え合って、
若葉:叶える姿を、一番近くで見守る、
健司:躓(つまず)いたときは、すぐに手を差し伸べる、
若葉:そんな存在で居たかった
健司:そんな存在で在りたかった
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0:(間)
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健司:目の前が暗くなる
健司:この路線で唯一の、長い長いトンネル
健司:申し訳程度についた灯(あか)りと、スマホの光が不気味に揺れる
健司:このトンネルを抜けたら、僕の実家の最寄り駅
健司:膨らんでしまったこの想いを、どうしようか、どうするべきか、
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0:(間)
:
若葉:胸が苦しくなる
若葉:懐かしい、そんな風には思えなくて、
若葉:まだ、もしかしたら、……もしかしたら、って、
若葉:このトンネルを抜けたら、きっと貴方は降りてしまう
若葉:私が向かうのは、まだ先の駅。
若葉:……あぁ、この焦りが、答えか
若葉:今更、本当に、今更、
若葉:……私はまだ、貴方が、――
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:
0:(間)
:
:
0:8年前、7月上旬のある日。
0:健司と若葉が電車に向かって走る。
:
若葉:「はぁ……、はぁ……、今日もギリギリセーーーフ!」
健司:「はぁ、あぁ……、しんど……」
若葉:「あっつーーーい」
健司:「もう夏だからなぁ……」
若葉:「夏って言わないでー! あーあ、去年までは夏なんて聞いたらテンション上がりまくりだったのにな……」
健司:「(コジマ先生の真似)『え~~~、ゴッッッホン、君たちィ、この夏はァ、勝負の夏! 君たちは勇敢な戦士! レベル上げせずに魔王に、ラスボスに、挑んでみろォ……』」
若葉:「(コジマ先生の真似)『ずぃ……、えぇ~~~~んどぅ!!(ジ・エンド)』
0:健司、若葉、笑い合う
健司:「ちゃんと、今回も僕の教室まで聞こえてたよ(笑)」
若葉:「だって、コジコジの声量、容赦ないんだもん(笑)」
健司:「あと、なんか漫画にハマってるんだっけ?」
若葉:「そうそう! 漫画アプリを入れちゃったみたいで、勇者物がすきなんだってさ(笑)」
健司:「ロボットじゃないのかよ……(笑)」
若葉:「それ、みんな言ってた(笑)」
健司:「あ、そう言えば、この前の模試の結果、どうだった?」
若葉:「わ、楽しい会話してたのに現実に引き戻しやがった……」
健司:「言い方が悪意あるなー」
若葉:「素直な感情のまま話してるだけですー」
健司:「で、どうだった?」
若葉:「……合格圏内!!」
健司:「おお! やったな!」
若葉:「まぁ、まだまだ勉強はしなきゃだけどねー。気を緩めちゃいかんのだよ」
健司:「その通りだ、関心関心」
若葉:「推薦確定組は余裕ですなー」
健司:「あ……、なんか、ごめん。あ、いや、そういうつもりじゃ……」
若葉:「あははっ! からかっただけだよ(笑) 健司の今までの努力の結果なんだから、自信を持たれよ、少年」
健司:「はぁ? ……でも、ありがとな、同級生」
若葉:「あれ? 照れた?」
健司:「……照れてない」
若葉:「ほぉぉぉーーーーーー??(笑)」
健司:「んぁー、うるさいうるさい」
若葉:「ねぇ、健司」
健司:「……何だよ」
若葉:「模試がんばったご褒美に、ひとつお願い聞いてくれない?」
健司:「……嫌な予感がする」
若葉:「しない! 大丈夫! 安心して!」
健司:「ますます聞かない方がいい気がしてきた」
若葉:「いいから! 聞いて!!」
0:(間)
若葉:「今年も、夏祭り、一緒に行こ……?」
0:(間)
健司:「……それだけ?」
若葉:「それだけって何よ、大事なことなの!」
健司:「そんなに改まって言われなくても、行くつもりだったけど」
若葉:「えっ……」
健司:「それに、毎年行ってるし、今更行かない訳ないだろ」
若葉:「……そう、だよね」
健司:「……若葉?」
若葉:「……」
健司:「若葉? 僕、なんか変なこと言った?」
若葉:「……最後じゃん」
健司:「……え?」
若葉:「今年で健司とお祭り行けるの、最後かもしれないじゃん」
健司:「……そんな、帰ってくるよ、毎年」
若葉:「わかんないよ、そんなの。健司は、……寂しくないの?」
健司:「若葉……」
若葉:「受験近づくにつれて、健司と離れるんだって実感わいてきて、どうしようもなく泣きたくなって……、寂しいんだよ、わかってよ……」
健司:「……夏祭り」
若葉:「え……?」
健司:「夏祭り、今年も浴衣にしよう」
若葉:「へ……?」
健司:「出店全部回って、花火も特等席で見よう」
若葉:「健司……?」
健司:「付き合ってから、初めての夏祭り、楽しもうな」
若葉:「……! うん!」
0:(間)
健司:「んーと、夏祭りって7月の3週目だよな……」
若葉:「あ、いつもはそうだけど、今年は村議会選挙の関係で、最終週だって」
健司:「え………?」
若葉:「楽しみだな~……、今年はどんな髪型にしよう……」
健司:「あ、あぁ……」
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0:(間)
:
0:夏祭り3日前、健司から若葉に電話がかかってくる。
若葉:「……もしもし、健司? あ、うん、今塾から帰ってきたところ」
若葉:「あ、夏祭り? そうだ、何時に待ち合わせにする?」
若葉:「健司……? どうしたの?」
若葉:「え……? 行けない……?」
若葉:「なんで! 楽しみだねって話してたのに……」
若葉:「……オープンキャンパス?」
若葉:「そんなの、そこに行くの決まってるんだからその日じゃなくても!」
若葉:「……教授に挨拶?」
若葉:「……そっか、やっぱり寂しいって思ってたのは私だけだったんだ」
若葉:「いいから! 健司はロボットのほうが、今より将来のほうが大切なんでしょ!」
若葉:「……もういい。今日はもう何も、聞きたくない」
若葉:「じゃあね、健司」
0:若葉が一方的に電話を切る
健司:「若葉……!」
健司:「(大きなため息)はぁ……、あぁ! くそっ!」
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0:(間)
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:
若葉:プシューッと、ドアの開く音が響く
若葉:ぐっと、ぐっと荷物を抱き寄せて、
若葉:姿を瞳に映さぬように、追いかけてしまわないように、
若葉:私が揺らがないように
若葉:まるで、あの電話の後みたい
若葉:ぎこちなくて、すれ違って、でも気になって、
若葉:笑っちゃうくらい、切なくて、あたたかい
若葉:スーツケースは、もう見えない
:
健司:重たい腰を上げて、新鮮な空気に誘われるように、ドアへと進む
健司:前だけを向いて、ただ、前だけを
健司:すぐに駆け寄ってしまいそうだから、
健司:両手にぐっと、ぐっと力を込めて
健司:前だけ、前だけ
健司:電車を背後に、振り返らないと決めた
健司:トンネルを抜けて一瞬見えた、
健司:キラリと光る左手がそうさせた
健司:僕らは、あの時、後悔だけしたんじゃない
健司:若いなりに、あがいて、思いやって、
健司:……愛していた
:
0:(間)
:
0:3月某日、健司が東京に発つ日。
0:駅に向かって走る若葉
若葉:「はぁ、はぁ……、健司!」
健司:「若葉……」
若葉:「どういうつもり? 自然消滅した彼女にいきなりメールして! しかも今日出発するって急すぎ!」
健司:「ごめん……、受験がどうなってるかわからなくて、迷ってたらギリギリに……」
若葉:「そこはどうでもいいけど! なんで今更……」
健司:「……ごめんなさい」
若葉:「……それは、何の謝罪?」
健司:「受験を理由に、若葉との関係をうやむやにしてたこと、夏祭りのこと、今日の連絡のこと、それから……」
若葉:「……もういいよ、お互い切羽詰まってたし、受験生ってそんなもんでしょ」
健司:「それと、もうひとつ……」
若葉:「……やだ」
健司:「え……?」
若葉:「何年一緒に居ると思ってるの? 言いたいことはわかる、それがけじめなのもわかる」
健司:「なら……!」
若葉:「でも! お願いだから、言わないで……」
健司:「若葉……」
若葉:「健司のこと、ちゃんと、笑顔で送り出したい」
健司:「…………わかった」
若葉:「東京に染まらないようにな、少年」
健司:「なっ……」
若葉:「君は田舎者だということを、忘れるでないぞ」
健司:「んなの、わかってるし、……染まりたくても染まれないと思う」
若葉:「それを聞いて安心した」
健司:「あのなぁ……」
若葉:「私も頑張るから!」
健司:「え……?」
若葉:「私も、自分の目標に向かって、頑張るから。健司に負けないように、ううん、健司を追い越せるように」
健司:「ってことは、若葉……」
若葉:「もちろん! 第一志望合格しました!」
健司:「……! おめでとう!」
若葉:「あったりまえでしょ? 私を合格させないで、誰を合格させるんだーって」
健司:「相変わらず強気だな(笑)」
若葉:「私の取り柄ですから!」
健司:「僕も、頑張らないとな」
若葉:「そうだよ、夢、叶えなきゃ」
健司:「おう」
若葉:「前に私、健司に、今より将来のほうが大事なんでしょって、そんなこと言っちゃったけどさ、」
健司:「……うん」
若葉:「将来に向かって、自分の好きなことに正直に努力する健司、すごくかっこいいし、尊敬してる」
健司:「若葉……」
若葉:「あの時は、健司の夢に嫉妬して、あんなこと言っちゃったけど、ずっと、ずっと応援してるから」
健司:「僕も……、若葉のこと、応援してるから」
若葉:「……うん」
健司:「僕の地元を、よろしく頼む」
若葉:「……わかった。帰ってきてびっくりして、腰抜かしても知らないから!」
健司:「うん、楽しみにしてる」
0:電車がくるアナウンスが鳴る
若葉:「あ……、そろそろ、か」
健司:「うん。……若葉」
若葉:「さようならは、いらないよ」
健司:「……そうだな」
若葉:「今までありがとう、健司」
健司:「こちらこそ、ありがとう、若葉」
若葉:「……いってらっしゃい」
健司:「……いってきます」
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0:(間)
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健司:どのくらい経っただろう
健司:後ろから聞こえていた電車の音も通り過ぎ、無人のホームに一人、佇(たたず)んでいた
健司:もっと早くここに来たら、何か変わっていただろうか
健司:情けなく、いじらしく思う
健司:いつしか握りしめていた切符が、歪んでいる
健司:親指でそっと、歪みをなぞっても、
健司:どういうことか、元には戻らない
健司:本当に、情けない、いじらしい
健司:でも、どこか清々(すがすが)しい
健司:歪んだ切符に、小さく微笑みかけて、
健司:この気持ちも一緒に、なんて、そんな風に思いながら、
健司:古びた切符回収箱へ、そっと……
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0:(間)
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若葉:ガタン、ゴトン、
健司:ガタン、ゴトン、
若葉:少し離れて線路が2つ、
健司:遠く長く、並んで2つ、
若葉:壮大な緑を追い越して、
健司:一面の緑を車窓に透(す)かせて、
若葉:走って、止まって、
健司:追い越されて、追い抜いて、
若葉:すれ違って、並んで、
健司:振り返らずに、前だけ向いて、
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若葉:(タイトルコール)
若葉:『追い越して、未来、』