台本概要

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タイトル ハニートラップ
作者名 紫癒-しゆ-  (@shiyu_azsi0)
ジャンル ラブストーリー
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 40 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 23時を過ぎたころ。
とあるバーのカウンターで女が一人、静かにグラスを傾ける。
そこに男が一人、近づいてくる――

一人称・語尾の改変○
軽度なアドリブ○
内容が変わるほどの重度なアドリブ・改変✕

このシナリオを手に取っていただき、また読んでいただきありがとうございます。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
影山 大輔 163 かげやま だいすけ(28歳)
篠崎 香織 165 しのざき かおり(24歳)
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0:『ハニートラップ』 作 紫癒  :  : 影山 大輔:女は単純だ。 影山 大輔:オレの人生のすべてを賭けて、そう断言できる。 影山 大輔:オレは女に癒しを与える。 影山 大輔:心の中に入り込む。付けこむ。 影山 大輔:そうすると、女はオレをそばに置いておきたくなる。 影山 大輔:そばに置く男は、スマートで、気品があって、クールで動じない人がいいと望む。 影山 大輔:オレにいろいろなものを与え始める。貢ぎ始める。 影山 大輔:すべてはオレのシナリオ通り。 影山 大輔:面倒になったら、別の女を探せばいい。 影山 大輔:世界はオレを中心に回っている。 : 影山 大輔:...それにしても、この前の夫人、気前は良かったが、いささか感情的で、扱いが難しかった。 影山 大輔:次は、落ち着きのある、物静かな女がいいな。 影山 大輔:マスターから、ちょうどそんな女が頻繁に来るようになった、と連絡があった。 影山 大輔:話が分かる人で助かるよ。 影山 大輔:さぁて、今度はどんなゲームになることやら。  :   :  0:23時を過ぎたころ。 0:とあるバーのカウンターで女が一人、静かにグラスを傾ける。 0:そこに男が一人、近づいてくる。 : 影山 大輔:「...お隣、いいですか?」 篠崎 香織:「...どうぞ。」 影山 大輔:「ありがとう。...マスター、いつもの。」 篠崎 香織:「...。」 影山 大輔:「...。」 : 篠崎 香織:「...よく、来られるんですか?」 影山 大輔:「あぁ、最近はあまり来れてなかったけれど。あなたは?」 篠崎 香織:「先月、たまたま見つけて。そこから。」 影山 大輔:「ここは静かで居心地がいい。息抜きするには最適な場所だ。」 篠崎 香織:「えぇ。」 影山 大輔:「...素敵な出会いもあるしな。」 篠崎 香織:「...?」 影山 大輔:「僕は、影山 大輔(かげやま だいすけ)。常連同士、よろしく頼むよ。」 篠崎 香織:「...はい、よろしくお願いします。」 影山 大輔:「...名前。」 篠崎 香織:「...え?」 影山 大輔:「あなたの名前、聞いてもいい?」 篠崎 香織:「...篠崎 香織(しのざき かおり)です。」 影山 大輔:「篠崎さん。よろしく。」 : 篠崎 香織:「影山さんは、どのくらい前からここへ?」 影山 大輔:「そうだなぁ...。5年以上前になるかな。」 篠崎 香織:「...え?...本当に、常連さんなんですね。」 影山 大輔:「ずいぶん驚いているようだね。」 篠崎 香織:「...いえ、お若そうに見えたので。」 影山 大輔:「あぁ、そういうことか。これでも28になったんだけどな。」 篠崎 香織:「...そうなんですね。同じくらいかと思いました。私が25になる年なので。」 影山 大輔:「ははっ、若く見られるのは嬉しいけどね。」 篠崎 香織:「...すみません。」 影山 大輔:「なにも謝ることはないよ。」 : 影山 大輔:「ねぇ、何か悩みでもあるの?」 篠崎 香織:「...え?」 影山 大輔:「いや...、勘違い、ならいいんだけど。」 篠崎 香織:「...。」 影山 大輔:「目の中に陰りが見えたから。」 篠崎 香織:「...え。」 影山 大輔:「僕たちは、今日初めて出会った。お互いに名前と年齢以外のバックグラウンドは何も知らない。話を聴くなら最適の相手じゃないかな。」 篠崎 香織:「...。」 影山 大輔:「無理にとは、言わないよ。でも、あなたが、篠崎さんが、それで少しでも肩の荷が下りるなら、力にならせてほしい。」 篠崎 香織:「影山さん...。」 影山 大輔:「あなたみたいな素敵な人の笑顔を見てみたいしね。」 : 篠崎 香織:「...実は、」  :  篠崎 香織:「...影山さん、ありがとうございました。長くなってしまって、すみません。」 影山 大輔:「いや、いいんだよ。ちょっとはすっきりできた、かな?」 篠崎 香織:「はい。今まで誰にも言えなかったので...。重たい話をしてしまって、貴重な息抜きの時間だったのに、ごめんなさい。」 影山 大輔:「また謝ってる。なにも謝ることなんてないんだよ。話してほしいって言ったのは僕だ。」 篠崎 香織:「でも、...。」 影山 大輔:「ごめんなさいより、ありがとうのほうが嬉しい。」 篠崎 香織:「...ありがとうございます。...影山さんは、優しすぎますね。」 影山 大輔:「あ、やっと笑ってくれた。」 篠崎 香織:「...あ。」 影山 大輔:「やっぱり、そのほうがかわいいよ。真面目な顔も素敵だけど。笑顔が一番。」 篠崎 香織:「ふふっ、影山さんには、敵わないです。」 影山 大輔:「ははっ、そりゃ、どーも。」 篠崎 香織:「ふふふっ。...あ、もうこんな時間。」 影山 大輔:「そろそろ?」 篠崎 香織:「はい...。今日は本当にありがとうございました。」 影山 大輔:「いや、いいんだよ。気にしないで。」 篠崎 香織:「...。あの、」 影山 大輔:「ん?」 篠崎 香織:「...また、ここに来ますか?」 影山 大輔:「...ふっ、あぁ。僕は常連だからね。毎日はいないけど、また会えるよ。」 篠崎 香織:「...よかった。では、今日はここで。」 影山 大輔:「あぁ、また。」 篠崎 香織:「はい。失礼します。」  :  影山 大輔:「...ターゲットきーまり。」 影山 大輔:篠崎香織。年下は久しぶりだけど、まぁ...、合格点だな。 影山 大輔:顔もそこそこタイプだし、付けこみやすそうな性格。 影山 大輔:そして何より、ブランド物のバッグ、落ち着いた服装、サラサラな艶のある髪、綺麗に手入れされた爪、言葉遣い、仕草。 影山 大輔:...金の匂い。 影山 大輔:影山流、いい女の条件に合致。 影山 大輔:まぁ、篠崎さんの場合は、自分で稼いでるというより、親がお金持ちって感じだけど。 影山 大輔:...前の社長夫人とは不倫だったし、いろいろくれる代わりに要求されたから、すぐに切っちゃったしなぁ。 影山 大輔:もったいなかったかなぁ。でも、あれはさすがにオレでも無理。 影山 大輔:篠崎香織...。お手並み拝見、かな。  :  篠崎 香織:「影山大輔...。」 篠崎 香織:...次は、いつ会えるかな。 篠崎 香織:...楽しみ、だな。  :   :  0:数日後。23時を過ぎたころ。 0:とあるバーのカウンターで女が一人、静かにグラスを傾ける。 0:そこに男が一人、近づいてくる。 : 影山 大輔:「...こんばんは。」 篠崎 香織:「っ...。影山さん。」 影山 大輔:「篠崎さん、また会えたね。」 篠崎 香織:「……はい、う、うれしいです。」 影山 大輔:「ははっ、僕も。」 影山 大輔:思ったよりも、はやく落ちてくれそうで、嬉しい。 : 影山 大輔:「...マスター、いつもの。」 篠崎 香織:「この前は、ありがとうございました。あれから吹っ切れて、うまくいくようになりました。」 影山 大輔:「それはよかった。」 篠崎 香織:「影山さんの、おかげです。」 影山 大輔:「そんなに大層なことじゃないよ。頑張ったのは篠崎さんだよ。」 篠崎 香織:「いえ、影山さんに話を聞いてもらってなかったら、まだもやもやしていたと思います。...本当に、ありがとうございます。」 影山 大輔:「いえいえ、どういたしまして。」 影山 大輔:好感触。いつも通り、良い展開だ。 : 影山 大輔:「また何か、相談があったらいつでも聴くから。頼ってよ。」 影山 大輔:...落ちろ。 篠崎 香織:「はい。...でも、影山さんも。」 影山 大輔:「え...?」 篠崎 香織:「影山さんも、何か悩みがあったら話してください。頼りないかもしれないけど...、聞くことはできるので。」 影山 大輔:「...っ。あ、ありがとう。その時は、お願いするよ。」 篠崎 香織:「はい、お待ちしています。」 影山 大輔:...不本意だ。年上ばかり狙いすぎていたからか、耐性が弱っている。 影山 大輔:篠崎香織は金だ。それ以上でも、それ以下でもない。貢がせるように仕向けるだけ。それが、このゲームの進め方だ。 : 篠崎 香織:「...あの、」 影山 大輔:「...ん? どうした?」 篠崎 香織:「影山さんがいつも頼んでいるお酒...、何ていうんですか?」 影山 大輔:「ん?あぁ、『シルバー・ストリーク』。ハーブの香りがするジンベースのカクテルだよ。」 篠崎 香織:「へぇ...。」 影山 大輔:「度数強めだから...、篠崎さんにはおすすめしないかな。」 影山 大輔:さすがに...、会って2回目で潰すには、はやいよな。いい判断だ、オレ。 篠崎 香織:「そうですか...。残念です。」 影山 大輔:おいおい、そんなにあからさまに落ち込んだ顔するなよ...。 影山 大輔:はぁ...。仕方ないな。 影山 大輔:「...マスター、彼女に『イエーガー・トニック』を。」 篠崎 香織:「それは...?」 影山 大輔:「これと同じように、ハーブの香りを楽しめるカクテル。オレのより度数は低いけどな。」 篠崎 香織:「...! ありがとうございます。」 影山 大輔:「いいえ。嬉しそうで何より。」 篠崎 香織:「ふふっ、いただきます。」 影山 大輔:...マスターよ、眉がピクリと動いたの、見逃してないからな。 影山 大輔:潰す以外の目的で女に酒を勧めるなんて、完全にイレギュラーだが、まぁ...、こんなこともある。 影山 大輔:現に篠崎香織は満足そうだ。オレが優勢。そんなのわかりきったことだ。 : 篠崎 香織:「影山さんって、どんなお仕事しているんですか?」 影山 大輔:「えっ?」 篠崎 香織:「いや...、正直、年齢から考えると、身だしなみとか、身に着けている物が、素敵なものばかりだなぁ、と思って。もしかしたら、すごい人とお話ししてしまっているんじゃないか、なんて、思って...。」 影山 大輔:「ははっ、そんなことか。普通の会社員だよ。名前は伏せるけど、聞いたことあるところだと思う。そこの本社。物は...、好きで集めてるだけだよ。」 影山 大輔:うそ。スーツも、時計も、財布も、何もかも全部貢がれ物。過去の女がくれた物。 篠崎 香織:「...そうなんですね。...本当に、素敵だと思います。」 影山 大輔:「ありがとう。」 篠崎 香織:「...物じゃなくて、影山さん自身のことです。」 影山 大輔:「...え?」 篠崎 香織:「この前、私の話をすごく熱心に聞いてくださって...、今も、私のことを気遣ってくれて...、私、友達とか、気を許せる相手とか、いないので...。あんまり、こんな経験なくて。」 影山 大輔:「...。」 篠崎 香織:「だから、すごく嬉しいんです。影山さんと出会えて。こうしてまた、お話しできて。」 影山 大輔:「...。」 篠崎 香織:「...もっと、知りたいです。影山さんのこと。」 篠崎 香織:「私の、お友達に、なってくれませんか...?」 影山 大輔:...言葉が思い浮かばない。なんなんだこの子は...? 影山 大輔:不安げに、上目遣いで、こちらに大きな瞳を向けている。 影山 大輔:なんて返すのが正解だ...? 自分の脈打つ音が響く。 影山 大輔:「...もちろんさ。」 影山 大輔:ほっとしたように表情が和らぐ。 影山 大輔:...事なきを得た。たぶん。 影山 大輔:まだ鼓動ははやい。収まれ、収まれ。平然を保て。 篠崎 香織:「ありがとうございます。」 影山 大輔:「あ、あぁ。」 影山 大輔:視線は合わせず、グラスを手に取った。 : 篠崎 香織:「今日もありがとうございました。」 影山 大輔:「こちらこそ。」 影山 大輔:いつもならここで連絡先を聞く。でも...、持ち越しだな。 篠崎 香織:「...あの、よければ、なんですけど。」 影山 大輔:「ん?」 篠崎 香織:「これ、わたしのです。」 影山 大輔:「えっ?! どうして...。」 篠崎 香織:「気が向いたらでいいので! もし、次ここに来るってときがあったら、教えてくれるとうれしいなー、なんて...。」 影山 大輔:「お、おう、わかった。ありがとう。」 篠崎 香織:「はい。それでは、また。失礼します。」 影山 大輔:「あぁ、また。」  :  影山 大輔:「...はぁ。」 影山 大輔:どうなってんだよ...。落ちた? 落ちたのか? こんなに手ごたえないものなのか? 影山 大輔:でも...、なんにせよ結果オーライ、かな。あっちから連絡先くれちゃったし。 影山 大輔:...純粋、だなぁ。 影山 大輔:いいところの育ちなんだろう。きっとそうだ。 影山 大輔:変な男にはついていかないように、って教育されてる系のやつ。 影山 大輔:オレのこと素敵って言うくらいだから、見る目ないけど。 影山 大輔:「...っああぁ、むしゃくしゃする!」 影山 大輔:女なんて、ちょっと優しくして、話を聞いて、対価として金巻き上げて。 影山 大輔:そんなゲームの駒なだけだ。 影山 大輔:...篠崎香織も。  :  篠崎 香織:...影山さんから、連絡、くるかな、? 篠崎 香織:楽しみ、だなぁ。 篠崎 香織:今度はどんなお話をしよう...? 篠崎 香織:いつ...、言おうかな?  :   :  0:次の日 : 篠崎 香織:...あ。知らないアドレス。 影山 大輔:(メールの文面)『篠崎さん、昨日はありがとう。影山です。三日後、いつもの時間にバーに行くから。もし時間が合えば話そう。』 篠崎 香織:「三日後、かぁ。」 篠崎 香織:仕事の調整はつく。大丈夫だ。 篠崎 香織:自然と緩む口元。 篠崎 香織:手帳を開いて、予定を書き込む。 篠崎 香織:高ぶる気持ちは、しばらく止みそうにない。  :  影山 大輔:「...よし、送信、と。」 影山 大輔:こんなに考えてメール打つの久々なんですけど。 影山 大輔:ため息を漏らし、ベッドに飛び込む。 影山 大輔:ん? 今? 影山 大輔:平日の午後3時ですけど? 影山 大輔:オレには似合わないワンルームのシンプルな部屋。 影山 大輔:仕事は休み。ずーっと休み。 影山 大輔:働かなくても生活できるし、オレ。 影山 大輔:...あー、でも、もらったクレジットカード、この前止められちゃったみたいだしなー。 影山 大輔:今後の生活は、次の女次第、か。 影山 大輔:...よし、そろそろ本気出しますか、っと。 篠崎 香織:(メールの文面)『影山さん、連絡ありがとうございます。わかりました。楽しみにしています。』 影山 大輔:篠崎香織...、覚悟しろ。  :   :  0:3日後、23時を過ぎたころ。 0:とあるバーのカウンターで女が一人、静かにグラスを傾ける。 0:そこに男が一人、近づいてくる。 : 影山 大輔:「...こんばんは、篠崎さん。」 篠崎 香織:「あっ...、影山さん。」 影山 大輔:ふわっと笑う。オレも応える。 篠崎 香織:「メール、ありがとうございました。」 影山 大輔:「いいや、せっかくここに来るんだから、篠崎さんと会いたいし。むしろ、」 影山 大輔:視線を合わせる。 影山 大輔:「篠崎さんと会いたいから、ここに来た。」 影山 大輔:...決まった。 篠崎 香織:「...ふふっ、ありがとうございます。嬉しいです。」 影山 大輔:...あれ? そこは照れて下向いて言葉につっかえちゃう、みたいな。そういう反応するところでしょ? 影山 大輔:何、サラッと返してるんだよ。 影山 大輔:はぁ...、読めない。 篠崎 香織:「...? 影山さん? どうかしましたか?」 影山 大輔:「え? あ、いや、なんでもないよ。」 影山 大輔:誰のせいだと思ってるんだよ...。 影山 大輔:マスターが目配せしてくる。 影山 大輔:「...あぁ、マスター、いつもの。」 影山 大輔:今日は、酔えそうにない。 : 篠崎 香織:「影山さんは...。」 影山 大輔:「...ん?」 篠崎 香織:「...影山さんは、その、彼女、さんとか...、いないんですか、?」 影山 大輔:いいパス出すじゃん。 影山 大輔:「残念なことに、いないよ。」 篠崎 香織:「あ...、そう、なんですね。...よかった。」 影山 大輔:「篠崎さんは? 綺麗だし、男寄ってくるでしょ?」 篠崎 香織:「いやいや、私なんて...。」 影山 大輔:「自分を卑下しちゃだめだよ。自信をもって。篠崎さんは、綺麗だよ。」 篠崎 香織:「あ...、ふふっ、ありがとうございます。」 影山 大輔:...ジャブ打ったのに、打ち返されるような感覚。 影山 大輔:あー、オレ、おかしくなった? 影山 大輔:目の前の女はただ笑ってるだけ。 影山 大輔:オレに笑顔を向けてる、だけ。 : 篠崎 香織:「...やっぱり、今日の影山さん、おかしいです。」 影山 大輔:「えっ...。」 篠崎 香織:「体調、悪いんじゃないですか? ぼーっとしてますし、心ここに非ずって感じで。」 影山 大輔:「...。」 篠崎 香織:「...負担になっていたら、ごめんなさい。私が、次の約束を強要した部分もありますし、一人で浮かれちゃっていました。」 影山 大輔:「負担なんか...。」 影山 大輔:これから払われる対価に比べれば、どうってことない。 篠崎 香織:「...ちゃんと、言ってほしいです。頼りないのはわかっています。でも...、そういうことは、ちゃんと伝えてほしいです。」 影山 大輔:「...わかった。」 篠崎 香織:「私、バカなので、突っ走っちゃうクセがあって。今日も、楽しみで、仕事が身に入らなかったり。」 影山 大輔:「ははっ、僕も、っ...!」 影山 大輔:楽しみにして、た? 篠崎 香織:「……僕も?」 影山 大輔:「ぼ、僕も、そういうときあるよ。なりふり構わず突っ走るってやつ。」 篠崎 香織:「あ、あぁ、そうなんですか? 影山さんが?」 影山 大輔:「...意外かい?」 篠崎 香織:「ふふっ、少し。」  :  篠崎 香織:「今日は、はやめに失礼します。」 影山 大輔:「え、どうしてだい?」 篠崎 香織:「実は明日、大事な案件があって。」 影山 大輔:「あぁ、そうか。頑張って。」 篠崎 香織:「ありがとうございます。影山さんに言ってもらっちゃったら、頑張るしかないですね。」 影山 大輔:「ふっ、大げさだよ。」 篠崎 香織:「...これからも、連絡、してもいい、ですか?」 影山 大輔:「...あぁ、待ってる。」 篠崎 香織:「ありがとうございます。では、また。失礼します。」 影山 大輔:「あぁ、また。気を付けて。」  :  影山 大輔:驚いた。驚いている。 影山 大輔:オレは何を考えているんだ。 影山 大輔:楽しみ、だって? 影山 大輔:確かに、女を落とすゲームは、今までも楽しんできた。 影山 大輔:ただ、...うまく言えないが、それとはまた違う。 影山 大輔:言葉が自然と口から出ていく、ような。 影山 大輔:女は金。女は駒。女は単純で、女は、...。 影山 大輔:篠崎香織は、...。 影山 大輔:「...くそっ、」 影山 大輔:グラスを一気に傾ける。 影山 大輔:いつものハーブの香りが、今日だけは鼻孔に突き刺さった。  :   :  0:数日後 : 篠崎 香織:(メールの文面)『先日はありがとうございました。その後、体調いかがでしょうか?』 篠崎 香織:『実は、父からレストランのペアディナー券をもらったのですが、誘う人がいなくて...、』 篠崎 香織:『影山さん、よければ、ご一緒していただけませんか?』 影山 大輔:(メールの文面)『こちらこそ。ありがとう、ぜひ行こう。』 影山 大輔:...。 影山 大輔:神は、つくづくオレの味方らしい。 影山 大輔:女から誘われるようになったら、こっちのもんだ。 影山 大輔:たぶん、そこで篠崎香織はオレに告白してきて、そして、そして...。 影山 大輔:そして、...なんだ。 影山 大輔:あぁ、そうだ。前みたいに話を聞いて、どこかに出かけて、一緒に...、そうだな、うまい酒でも呑みに行ったり...。 影山 大輔:「...は?」 影山 大輔:え? オレ、何考えてんの? 影山 大輔:こんな、まるで、...本気(マジ)みたいじゃねーか。 影山 大輔:女は金だ。オレの駒だ。 影山 大輔:せいぜいオレを養えばいい。 影山 大輔:それが、女の幸せだろ? 影山 大輔:篠崎香織も、そうだ。きっと。 影山 大輔:「...なんで。」 影山 大輔:こんな時に、笑顔が浮かぶんだ...?  :  篠崎 香織:「...ふぅ。」 篠崎 香織:安堵の息が漏れる。コーヒーをすする。 篠崎 香織:もうすぐ、か...。 篠崎 香織:影山大輔は、どんな反応するんだろう。 篠崎 香織:ドキドキ、するな。  :   :  0:数日後、18時。 0:待ち合わせ場所に男が一人。 0:そこに女が駆け寄る。 : 篠崎 香織:「...影山さんっ!」 影山 大輔:「あぁ、篠崎さん。お疲れさま。」 篠崎 香織:「ありがとうございます。...お待たせしてしまいましたか?」 影山 大輔:「いいや、今来たところだよ。」 篠崎 香織:「ふふっ、ありがとうございます。では、行きましょうか。」 影山 大輔:「あぁ。」 影山 大輔:鼓動が、うるさい。 : 0:二人は並んで目的地へ向かう。 : 篠崎 香織:「すみません、急にお誘いしてしまって。」 影山 大輔:「いいや、嬉しかったよ。ありがとう。」 篠崎 香織:「よかった。...もう少しで着きますから。」 影山 大輔:「あぁ、メインロードからは外れたところにあるんだね。」 篠崎 香織:「それもこだわり、らしくて。」 影山 大輔:「へぇ、それは楽しみだ。」 : 篠崎 香織:「...ここです。」 影山 大輔:「...ここ?」 篠崎 香織:「はい。行きましょう。」 影山 大輔:「あ、あぁ。」 : 0:女がドアを開く。 : 影山 大輔:「...っ!」 篠崎 香織:「...どうしました?」 影山 大輔:「...どういうことだ?」 篠崎 香織:「...何がですか?」 影山 大輔:「ここは、...どこだ?」 : 篠崎 香織:「あははっ!騙してしまってごめんなさい。」 篠崎 香織:「ここは、『篠崎探偵事務所』。私の仕事場です。」 : 影山 大輔:「...探偵、?」 篠崎 香織:「はい。申し遅れました。篠崎探偵事務所、所長の篠崎香織です。」 影山 大輔:「ど、どうして探偵が...!」 篠崎 香織:「まぁまぁ、落ち着いて。座ってお話しませんか? 気になるでしょう? なぜ、あなたに探偵の私が近づいたのか。」 影山 大輔:「...。あぁ。」 篠崎 香織:「物分かりが良いようで助かります。どうぞ、そこに腰掛けてください。」 : 篠崎 香織:「さて、何から話しましょうか?」 篠崎 香織:「まずは、『依頼人が誰か』ということ、ですかね。」 篠崎 香織:「世良美雪(せら みゆき)。覚えていますか?」 影山 大輔:「...。」 篠崎 香織:「あなたが使い放題にしていたクレジットカードを渡した人です。」 影山 大輔:「...っ!」 篠崎 香織:「そんなにお世話になっていた人の名前を忘れるなんて、罰(ばち)当たりな人ですね。」 影山 大輔:「...それで、その女が、どうして依頼したんだよ。」 篠崎 香織:「依頼の内容はこうです。『クレジットカードの使い過ぎが夫にバレた。影山のせいだ。利用されているのはわかっていたが、彼の事情も知っている、だから容認していた。でも、最近は会ってくれないし、連絡も途絶えた。そんなとき、他の女と楽しそうに、二人で、影山の好きなブランドの店に入っていくのを見た。』」 影山 大輔:「...。」 篠崎 香織:「『そこから、影山を支えているのは私だけじゃないと知った。悲しみが、怒りが、湧きあがってきた。でも、夫の手前、年下の男と会っていたなんて知られてはいけない。法的に裁くことも考えたが、そんなことでは、気が済まない。』」 影山 大輔:「...っ、じゃあ、何をしようって言うんだ!」 篠崎 香織:「何をしよう? ...あははっ、まぁ、あなたはわかっていないでしょうね。...きっと、自分の気持ちには、まだ気づいていない。」 影山 大輔:「なっ...。」 篠崎 香織:「すべては、私のシナリオ通りです。」  :   :  0:23時になるころ。 0:とあるバーのカウンターで女が一人、静かにグラスを傾ける。 : 篠崎 香織:...影山大輔。28歳、独身、無職。 篠崎 香織:言葉巧みに女を口説き、物のように扱い、金を搾り取り、飽きたら捨てる。次を探す。 篠崎 香織:絵に描いたようなダメ男。 篠崎 香織:「...マスター、くれぐれも、よろしく頼みますよ?」 篠崎 香織:マスターはこちら側の人間。ずっと見て見ぬふりをしていたみたいだけれど、話が分かる人でよかった。 篠崎 香織:事前調査は、昔、少し演者をしていたという知り合いに頼んで、社長夫人なんて肩書を名乗って、少々手荒な真似をしてもらった。 篠崎 香織:開演の準備はできた。影山が次に狙いそうな女。それが、私。  :  0:23時を過ぎたころ。 0:とあるバーのカウンターで性が一人、静かにグラスを傾ける。 0:そこに男が一人、近づいてくる。 : 影山 大輔:「...お隣、いいですか?」 篠崎 香織:...来た。 篠崎 香織:「...どうぞ。」 影山 大輔:「ありがとう。...マスター、いつもの。」 篠崎 香織:「...。」 影山 大輔:「...。」 篠崎 香織:さすが、高そうなスーツに、ブランド物の時計、一体どれだけの女性を泣かせてきたのか。 : 篠崎 香織:「...よく、来られるんですか?」 影山 大輔:「あぁ、最近はあまり来れてなかったけれど。あなたは?」 篠崎 香織:「先月、たまたま見つけて。そこから。」 影山 大輔:「ここは静かで居心地がいい。息抜きするには最適な場所だ。」 篠崎 香織:「えぇ。」 篠崎 香織:息抜き...? 狩りの間違いでしょう、? 影山 大輔:「...素敵な出会いもあるしな。」 篠崎 香織:「...?」 影山 大輔:「僕は、影山 大輔(かげやま だいすけ)。常連同士、よろしく頼むよ。」 篠崎 香織:「...はい、よろしくお願いします。」 影山 大輔:「...名前。」 篠崎 香織:「...え?」 影山 大輔:「あなたの名前、聞いてもいい?」 篠崎 香織:「...篠崎 香織(しのざき かおり)です。」 影山 大輔:「篠崎さん。よろしく。」 篠崎 香織:その余裕な顔を、歪ませてあげる。 : 篠崎 香織:「影山さんは、どのくらい前からここへ?」 影山 大輔:「そうだなぁ...。5年以上前になるかな。」 篠崎 香織:「...え?...本当に、常連さんなんですね。」 篠崎 香織:そんなに前から、こんなことをしていたの? 影山 大輔:「ずいぶん驚いているようだね。」 篠崎 香織:「...いえ、お若そうに見えたので。」 篠崎 香織:自然に、平然を保って。 影山 大輔:「あぁ、そういうことか。これでも28になったんだけどな。」 篠崎 香織:「...そうなんですね。同じくらいかと思いました。私が25になる年なので。」 影山 大輔:「ははっ、若く見られるのは嬉しいけどね。」 篠崎 香織:「...すみません。」 影山 大輔:「なにも謝ることはないよ。」 篠崎 香織:...憎たらしい。 : 影山 大輔:「ねぇ、何か悩みでもあるの?」 篠崎 香織:「...え?」 篠崎 香織:...きた。 影山 大輔:「いや...、勘違い、ならいいんだけど。」 篠崎 香織:「...。」 影山 大輔:「目の中に陰りが見えたから。」 篠崎 香織:「...え。」 篠崎 香織:...マスターの動きが止まる。大丈夫、ここからが見ものですから。 影山 大輔:「僕たちは、今日初めて出会った。お互いに名前と年齢以外のバックグラウンドは何も知らない。話を聴くなら最適の相手じゃないかな。」 篠崎 香織:「...。」 篠崎 香織:...もうひと声。 影山 大輔:「無理にとは、言わないよ。でも、あなたが、篠崎さんが、それで少しでも肩の荷が下りるなら、力にならせてほしい。」 篠崎 香織:「影山さん...。」 影山 大輔:「あなたみたいな素敵な人の笑顔を見てみたいしね。」 篠崎 香織:...獲物が罠にかかった。 : 篠崎 香織:「...実は、」 篠崎 香織:影山に、か弱い女を印象付ける。物静かで意志の弱い、そんな女を演出する。 篠崎 香織:影山を落とす舞台は整った。口角が上がるのを必死に抑える。  :  篠崎 香織:「...影山さん、ありがとうございました。長くなってしまって、すみません。」 影山 大輔:「いや、いいんだよ。ちょっとはすっきりできた、かな?」 篠崎 香織:「はい。今まで誰にも言えなかったので...。重たい話をしてしまって、貴重な息抜きの時間だったのに、ごめんなさい。」 影山 大輔:「また謝ってる。なにも謝ることなんてないんだよ。話してほしいって言ったのは僕だ。」 篠崎 香織:「でも、...。」 影山 大輔:「ごめんなさいより、ありがとうのほうが嬉しい。」 篠崎 香織:「...ありがとうございます。...影山さんは、優しすぎますね。」 影山 大輔:「あ、やっと笑ってくれた。」 篠崎 香織:「...あ。」 篠崎 香織:...わ、ざ、と。 影山 大輔:「やっぱり、そのほうがかわいいよ。真面目な顔も素敵だけど。笑顔が一番。」 篠崎 香織:「ふふっ、影山さんには、敵わないです。」 影山 大輔:「ははっ、そりゃ、どーも。」 篠崎 香織:「ふふふっ。...あ、もうこんな時間。」 影山 大輔:「そろそろ?」 篠崎 香織:「はい...。今日は本当にありがとうございました。」 影山 大輔:「いや、いいんだよ。気にしないで。」 篠崎 香織:「...。あの、」 影山 大輔:「ん?」 篠崎 香織:「...また、ここに来ますか?」 影山 大輔:「...ふっ、あぁ。僕は常連だからね。毎日はいないけど、また会えるよ。」 篠崎 香織:「...よかった。では、今日はここで。」 影山 大輔:「あぁ、また。」 篠崎 香織:「はい。失礼します。」 篠崎 香織:マスターに目配せをして、バーの扉を押す。 篠崎 香織:こうして私は、この男を落とす完璧なシナリオを、着々と進めた。  :   :  篠崎 香織:「初めのほうは、ざっとこんなものでしょうか。」 影山 大輔:「なんだよ...、最初から仕組まれてたってことかよ。」 篠崎 香織:「えぇ。ずっと前から。」 影山 大輔:「...どうして、そんな、」 篠崎 香織:「マスターが言っていましたよ?前にあなたがこのように語った、『女は単純だ。女は金だ、駒だ。オレを中心に世界は回っているんだ』、と。」 影山 大輔:「っ...、そ、それがどうした!」 篠崎 香織:「誠に遺憾です。」 影山 大輔:「そんなことを聞いているんじゃない! だから何だって言うんだ!」 篠崎 香織:「依頼内容の続きはこうです。『法的に裁くことでは、気が済まない。そんなことでは、この憤りは収まらない。どうしたら、影山が同じ絶望を味わえるだろう』。」 影山 大輔:「...絶望、だ?」 篠崎 香織:「えぇ、あなたはここに来る前、私とディナーに行くと思って早めに待ち合わせ場所に向かうとき、私からディナーの誘いを受けたとき、バーで私に心配されたとき、私が笑いかけたとき、私があなたに素敵だと言ったとき、...」 影山 大輔:「...。」 篠崎 香織:「どう、思いました?」 影山 大輔:「え...?」 篠崎 香織:「時計をいつも以上に気にしたり、髪型を念入りに整えたり、私の目が見れなかったり、グラスを持つ回数が多くなったり、しませんでしたか、?」 影山 大輔:「...っ!」 篠崎 香織:「あなたは、私のことを好きになっていたんですよ?」 影山 大輔:「...そんな、こと。そんなことは、ない! オレが女を好きになるだと? そんなことが...、そんなこと、あるわけ...!」 篠崎 香織:「では、なぜ酔わせる気がないのに、私にお酒を勧めたんですか?」 影山 大輔:「え...?」 篠崎 香織:「イエーガー・トニック。もし、あなたが自分と同じお酒を私に呑ませようとしたら、それとなくこちらにすり替えてもらうようマスターにお願いしていました。まさか、あなたが自分から勧めてくるとは、思いもしませんでしたが。」 影山 大輔:「は...? なんだよ、それ...。」 篠崎 香織:「それに、どうして2回目に会ったとき、自分から連絡先を聞かなかったんですか?」 影山 大輔:「...っ! そ、そんなことまで...。」 篠崎 香織:「まぁ、動揺しているのは、見たらわかったので。どうするのか見ものだったんですが、...期待外れでした。」 影山 大輔:「おい...、それ以上、言うな。」 篠崎 香織:「彼氏いないって言ったとき、ちょっと嬉しそうでしたよね? あと、言葉も詰まっていたし...、年甲斐もなく、ドキドキしちゃったんじゃないですか?」 影山 大輔:「言うな...! 言うな!!」 篠崎 香織:「それが答えですよ?」 影山 大輔:「は...?」 篠崎 香織:「現実を受け入れたくない。騙されていたという現実を。そして、その感情は怒りではなく、胸が締め付けられるような悲しみ。違いますか?」 影山 大輔:「あ...。いや...、オレは...、違う! オレは...、!」 篠崎 香織:「...影山さん、いい顔していますよ? それです。それが見たかったんです。」 篠崎 香織:「依頼人は最後にこう言いました。『そうだ、ハニートラップを仕掛けよう。そして、敗北した影山の哀れな姿を見るの。たくさんの女の気持ちを踏みにじった男の末路を。』」 影山 大輔:「あ、あぁ、あ...。」 篠崎 香織:「ゲームオーバー。」 篠崎 香織:「影山大輔。...あなたは、単純ですね。」  :  0:END

0:『ハニートラップ』 作 紫癒  :  : 影山 大輔:女は単純だ。 影山 大輔:オレの人生のすべてを賭けて、そう断言できる。 影山 大輔:オレは女に癒しを与える。 影山 大輔:心の中に入り込む。付けこむ。 影山 大輔:そうすると、女はオレをそばに置いておきたくなる。 影山 大輔:そばに置く男は、スマートで、気品があって、クールで動じない人がいいと望む。 影山 大輔:オレにいろいろなものを与え始める。貢ぎ始める。 影山 大輔:すべてはオレのシナリオ通り。 影山 大輔:面倒になったら、別の女を探せばいい。 影山 大輔:世界はオレを中心に回っている。 : 影山 大輔:...それにしても、この前の夫人、気前は良かったが、いささか感情的で、扱いが難しかった。 影山 大輔:次は、落ち着きのある、物静かな女がいいな。 影山 大輔:マスターから、ちょうどそんな女が頻繁に来るようになった、と連絡があった。 影山 大輔:話が分かる人で助かるよ。 影山 大輔:さぁて、今度はどんなゲームになることやら。  :   :  0:23時を過ぎたころ。 0:とあるバーのカウンターで女が一人、静かにグラスを傾ける。 0:そこに男が一人、近づいてくる。 : 影山 大輔:「...お隣、いいですか?」 篠崎 香織:「...どうぞ。」 影山 大輔:「ありがとう。...マスター、いつもの。」 篠崎 香織:「...。」 影山 大輔:「...。」 : 篠崎 香織:「...よく、来られるんですか?」 影山 大輔:「あぁ、最近はあまり来れてなかったけれど。あなたは?」 篠崎 香織:「先月、たまたま見つけて。そこから。」 影山 大輔:「ここは静かで居心地がいい。息抜きするには最適な場所だ。」 篠崎 香織:「えぇ。」 影山 大輔:「...素敵な出会いもあるしな。」 篠崎 香織:「...?」 影山 大輔:「僕は、影山 大輔(かげやま だいすけ)。常連同士、よろしく頼むよ。」 篠崎 香織:「...はい、よろしくお願いします。」 影山 大輔:「...名前。」 篠崎 香織:「...え?」 影山 大輔:「あなたの名前、聞いてもいい?」 篠崎 香織:「...篠崎 香織(しのざき かおり)です。」 影山 大輔:「篠崎さん。よろしく。」 : 篠崎 香織:「影山さんは、どのくらい前からここへ?」 影山 大輔:「そうだなぁ...。5年以上前になるかな。」 篠崎 香織:「...え?...本当に、常連さんなんですね。」 影山 大輔:「ずいぶん驚いているようだね。」 篠崎 香織:「...いえ、お若そうに見えたので。」 影山 大輔:「あぁ、そういうことか。これでも28になったんだけどな。」 篠崎 香織:「...そうなんですね。同じくらいかと思いました。私が25になる年なので。」 影山 大輔:「ははっ、若く見られるのは嬉しいけどね。」 篠崎 香織:「...すみません。」 影山 大輔:「なにも謝ることはないよ。」 : 影山 大輔:「ねぇ、何か悩みでもあるの?」 篠崎 香織:「...え?」 影山 大輔:「いや...、勘違い、ならいいんだけど。」 篠崎 香織:「...。」 影山 大輔:「目の中に陰りが見えたから。」 篠崎 香織:「...え。」 影山 大輔:「僕たちは、今日初めて出会った。お互いに名前と年齢以外のバックグラウンドは何も知らない。話を聴くなら最適の相手じゃないかな。」 篠崎 香織:「...。」 影山 大輔:「無理にとは、言わないよ。でも、あなたが、篠崎さんが、それで少しでも肩の荷が下りるなら、力にならせてほしい。」 篠崎 香織:「影山さん...。」 影山 大輔:「あなたみたいな素敵な人の笑顔を見てみたいしね。」 : 篠崎 香織:「...実は、」  :  篠崎 香織:「...影山さん、ありがとうございました。長くなってしまって、すみません。」 影山 大輔:「いや、いいんだよ。ちょっとはすっきりできた、かな?」 篠崎 香織:「はい。今まで誰にも言えなかったので...。重たい話をしてしまって、貴重な息抜きの時間だったのに、ごめんなさい。」 影山 大輔:「また謝ってる。なにも謝ることなんてないんだよ。話してほしいって言ったのは僕だ。」 篠崎 香織:「でも、...。」 影山 大輔:「ごめんなさいより、ありがとうのほうが嬉しい。」 篠崎 香織:「...ありがとうございます。...影山さんは、優しすぎますね。」 影山 大輔:「あ、やっと笑ってくれた。」 篠崎 香織:「...あ。」 影山 大輔:「やっぱり、そのほうがかわいいよ。真面目な顔も素敵だけど。笑顔が一番。」 篠崎 香織:「ふふっ、影山さんには、敵わないです。」 影山 大輔:「ははっ、そりゃ、どーも。」 篠崎 香織:「ふふふっ。...あ、もうこんな時間。」 影山 大輔:「そろそろ?」 篠崎 香織:「はい...。今日は本当にありがとうございました。」 影山 大輔:「いや、いいんだよ。気にしないで。」 篠崎 香織:「...。あの、」 影山 大輔:「ん?」 篠崎 香織:「...また、ここに来ますか?」 影山 大輔:「...ふっ、あぁ。僕は常連だからね。毎日はいないけど、また会えるよ。」 篠崎 香織:「...よかった。では、今日はここで。」 影山 大輔:「あぁ、また。」 篠崎 香織:「はい。失礼します。」  :  影山 大輔:「...ターゲットきーまり。」 影山 大輔:篠崎香織。年下は久しぶりだけど、まぁ...、合格点だな。 影山 大輔:顔もそこそこタイプだし、付けこみやすそうな性格。 影山 大輔:そして何より、ブランド物のバッグ、落ち着いた服装、サラサラな艶のある髪、綺麗に手入れされた爪、言葉遣い、仕草。 影山 大輔:...金の匂い。 影山 大輔:影山流、いい女の条件に合致。 影山 大輔:まぁ、篠崎さんの場合は、自分で稼いでるというより、親がお金持ちって感じだけど。 影山 大輔:...前の社長夫人とは不倫だったし、いろいろくれる代わりに要求されたから、すぐに切っちゃったしなぁ。 影山 大輔:もったいなかったかなぁ。でも、あれはさすがにオレでも無理。 影山 大輔:篠崎香織...。お手並み拝見、かな。  :  篠崎 香織:「影山大輔...。」 篠崎 香織:...次は、いつ会えるかな。 篠崎 香織:...楽しみ、だな。  :   :  0:数日後。23時を過ぎたころ。 0:とあるバーのカウンターで女が一人、静かにグラスを傾ける。 0:そこに男が一人、近づいてくる。 : 影山 大輔:「...こんばんは。」 篠崎 香織:「っ...。影山さん。」 影山 大輔:「篠崎さん、また会えたね。」 篠崎 香織:「……はい、う、うれしいです。」 影山 大輔:「ははっ、僕も。」 影山 大輔:思ったよりも、はやく落ちてくれそうで、嬉しい。 : 影山 大輔:「...マスター、いつもの。」 篠崎 香織:「この前は、ありがとうございました。あれから吹っ切れて、うまくいくようになりました。」 影山 大輔:「それはよかった。」 篠崎 香織:「影山さんの、おかげです。」 影山 大輔:「そんなに大層なことじゃないよ。頑張ったのは篠崎さんだよ。」 篠崎 香織:「いえ、影山さんに話を聞いてもらってなかったら、まだもやもやしていたと思います。...本当に、ありがとうございます。」 影山 大輔:「いえいえ、どういたしまして。」 影山 大輔:好感触。いつも通り、良い展開だ。 : 影山 大輔:「また何か、相談があったらいつでも聴くから。頼ってよ。」 影山 大輔:...落ちろ。 篠崎 香織:「はい。...でも、影山さんも。」 影山 大輔:「え...?」 篠崎 香織:「影山さんも、何か悩みがあったら話してください。頼りないかもしれないけど...、聞くことはできるので。」 影山 大輔:「...っ。あ、ありがとう。その時は、お願いするよ。」 篠崎 香織:「はい、お待ちしています。」 影山 大輔:...不本意だ。年上ばかり狙いすぎていたからか、耐性が弱っている。 影山 大輔:篠崎香織は金だ。それ以上でも、それ以下でもない。貢がせるように仕向けるだけ。それが、このゲームの進め方だ。 : 篠崎 香織:「...あの、」 影山 大輔:「...ん? どうした?」 篠崎 香織:「影山さんがいつも頼んでいるお酒...、何ていうんですか?」 影山 大輔:「ん?あぁ、『シルバー・ストリーク』。ハーブの香りがするジンベースのカクテルだよ。」 篠崎 香織:「へぇ...。」 影山 大輔:「度数強めだから...、篠崎さんにはおすすめしないかな。」 影山 大輔:さすがに...、会って2回目で潰すには、はやいよな。いい判断だ、オレ。 篠崎 香織:「そうですか...。残念です。」 影山 大輔:おいおい、そんなにあからさまに落ち込んだ顔するなよ...。 影山 大輔:はぁ...。仕方ないな。 影山 大輔:「...マスター、彼女に『イエーガー・トニック』を。」 篠崎 香織:「それは...?」 影山 大輔:「これと同じように、ハーブの香りを楽しめるカクテル。オレのより度数は低いけどな。」 篠崎 香織:「...! ありがとうございます。」 影山 大輔:「いいえ。嬉しそうで何より。」 篠崎 香織:「ふふっ、いただきます。」 影山 大輔:...マスターよ、眉がピクリと動いたの、見逃してないからな。 影山 大輔:潰す以外の目的で女に酒を勧めるなんて、完全にイレギュラーだが、まぁ...、こんなこともある。 影山 大輔:現に篠崎香織は満足そうだ。オレが優勢。そんなのわかりきったことだ。 : 篠崎 香織:「影山さんって、どんなお仕事しているんですか?」 影山 大輔:「えっ?」 篠崎 香織:「いや...、正直、年齢から考えると、身だしなみとか、身に着けている物が、素敵なものばかりだなぁ、と思って。もしかしたら、すごい人とお話ししてしまっているんじゃないか、なんて、思って...。」 影山 大輔:「ははっ、そんなことか。普通の会社員だよ。名前は伏せるけど、聞いたことあるところだと思う。そこの本社。物は...、好きで集めてるだけだよ。」 影山 大輔:うそ。スーツも、時計も、財布も、何もかも全部貢がれ物。過去の女がくれた物。 篠崎 香織:「...そうなんですね。...本当に、素敵だと思います。」 影山 大輔:「ありがとう。」 篠崎 香織:「...物じゃなくて、影山さん自身のことです。」 影山 大輔:「...え?」 篠崎 香織:「この前、私の話をすごく熱心に聞いてくださって...、今も、私のことを気遣ってくれて...、私、友達とか、気を許せる相手とか、いないので...。あんまり、こんな経験なくて。」 影山 大輔:「...。」 篠崎 香織:「だから、すごく嬉しいんです。影山さんと出会えて。こうしてまた、お話しできて。」 影山 大輔:「...。」 篠崎 香織:「...もっと、知りたいです。影山さんのこと。」 篠崎 香織:「私の、お友達に、なってくれませんか...?」 影山 大輔:...言葉が思い浮かばない。なんなんだこの子は...? 影山 大輔:不安げに、上目遣いで、こちらに大きな瞳を向けている。 影山 大輔:なんて返すのが正解だ...? 自分の脈打つ音が響く。 影山 大輔:「...もちろんさ。」 影山 大輔:ほっとしたように表情が和らぐ。 影山 大輔:...事なきを得た。たぶん。 影山 大輔:まだ鼓動ははやい。収まれ、収まれ。平然を保て。 篠崎 香織:「ありがとうございます。」 影山 大輔:「あ、あぁ。」 影山 大輔:視線は合わせず、グラスを手に取った。 : 篠崎 香織:「今日もありがとうございました。」 影山 大輔:「こちらこそ。」 影山 大輔:いつもならここで連絡先を聞く。でも...、持ち越しだな。 篠崎 香織:「...あの、よければ、なんですけど。」 影山 大輔:「ん?」 篠崎 香織:「これ、わたしのです。」 影山 大輔:「えっ?! どうして...。」 篠崎 香織:「気が向いたらでいいので! もし、次ここに来るってときがあったら、教えてくれるとうれしいなー、なんて...。」 影山 大輔:「お、おう、わかった。ありがとう。」 篠崎 香織:「はい。それでは、また。失礼します。」 影山 大輔:「あぁ、また。」  :  影山 大輔:「...はぁ。」 影山 大輔:どうなってんだよ...。落ちた? 落ちたのか? こんなに手ごたえないものなのか? 影山 大輔:でも...、なんにせよ結果オーライ、かな。あっちから連絡先くれちゃったし。 影山 大輔:...純粋、だなぁ。 影山 大輔:いいところの育ちなんだろう。きっとそうだ。 影山 大輔:変な男にはついていかないように、って教育されてる系のやつ。 影山 大輔:オレのこと素敵って言うくらいだから、見る目ないけど。 影山 大輔:「...っああぁ、むしゃくしゃする!」 影山 大輔:女なんて、ちょっと優しくして、話を聞いて、対価として金巻き上げて。 影山 大輔:そんなゲームの駒なだけだ。 影山 大輔:...篠崎香織も。  :  篠崎 香織:...影山さんから、連絡、くるかな、? 篠崎 香織:楽しみ、だなぁ。 篠崎 香織:今度はどんなお話をしよう...? 篠崎 香織:いつ...、言おうかな?  :   :  0:次の日 : 篠崎 香織:...あ。知らないアドレス。 影山 大輔:(メールの文面)『篠崎さん、昨日はありがとう。影山です。三日後、いつもの時間にバーに行くから。もし時間が合えば話そう。』 篠崎 香織:「三日後、かぁ。」 篠崎 香織:仕事の調整はつく。大丈夫だ。 篠崎 香織:自然と緩む口元。 篠崎 香織:手帳を開いて、予定を書き込む。 篠崎 香織:高ぶる気持ちは、しばらく止みそうにない。  :  影山 大輔:「...よし、送信、と。」 影山 大輔:こんなに考えてメール打つの久々なんですけど。 影山 大輔:ため息を漏らし、ベッドに飛び込む。 影山 大輔:ん? 今? 影山 大輔:平日の午後3時ですけど? 影山 大輔:オレには似合わないワンルームのシンプルな部屋。 影山 大輔:仕事は休み。ずーっと休み。 影山 大輔:働かなくても生活できるし、オレ。 影山 大輔:...あー、でも、もらったクレジットカード、この前止められちゃったみたいだしなー。 影山 大輔:今後の生活は、次の女次第、か。 影山 大輔:...よし、そろそろ本気出しますか、っと。 篠崎 香織:(メールの文面)『影山さん、連絡ありがとうございます。わかりました。楽しみにしています。』 影山 大輔:篠崎香織...、覚悟しろ。  :   :  0:3日後、23時を過ぎたころ。 0:とあるバーのカウンターで女が一人、静かにグラスを傾ける。 0:そこに男が一人、近づいてくる。 : 影山 大輔:「...こんばんは、篠崎さん。」 篠崎 香織:「あっ...、影山さん。」 影山 大輔:ふわっと笑う。オレも応える。 篠崎 香織:「メール、ありがとうございました。」 影山 大輔:「いいや、せっかくここに来るんだから、篠崎さんと会いたいし。むしろ、」 影山 大輔:視線を合わせる。 影山 大輔:「篠崎さんと会いたいから、ここに来た。」 影山 大輔:...決まった。 篠崎 香織:「...ふふっ、ありがとうございます。嬉しいです。」 影山 大輔:...あれ? そこは照れて下向いて言葉につっかえちゃう、みたいな。そういう反応するところでしょ? 影山 大輔:何、サラッと返してるんだよ。 影山 大輔:はぁ...、読めない。 篠崎 香織:「...? 影山さん? どうかしましたか?」 影山 大輔:「え? あ、いや、なんでもないよ。」 影山 大輔:誰のせいだと思ってるんだよ...。 影山 大輔:マスターが目配せしてくる。 影山 大輔:「...あぁ、マスター、いつもの。」 影山 大輔:今日は、酔えそうにない。 : 篠崎 香織:「影山さんは...。」 影山 大輔:「...ん?」 篠崎 香織:「...影山さんは、その、彼女、さんとか...、いないんですか、?」 影山 大輔:いいパス出すじゃん。 影山 大輔:「残念なことに、いないよ。」 篠崎 香織:「あ...、そう、なんですね。...よかった。」 影山 大輔:「篠崎さんは? 綺麗だし、男寄ってくるでしょ?」 篠崎 香織:「いやいや、私なんて...。」 影山 大輔:「自分を卑下しちゃだめだよ。自信をもって。篠崎さんは、綺麗だよ。」 篠崎 香織:「あ...、ふふっ、ありがとうございます。」 影山 大輔:...ジャブ打ったのに、打ち返されるような感覚。 影山 大輔:あー、オレ、おかしくなった? 影山 大輔:目の前の女はただ笑ってるだけ。 影山 大輔:オレに笑顔を向けてる、だけ。 : 篠崎 香織:「...やっぱり、今日の影山さん、おかしいです。」 影山 大輔:「えっ...。」 篠崎 香織:「体調、悪いんじゃないですか? ぼーっとしてますし、心ここに非ずって感じで。」 影山 大輔:「...。」 篠崎 香織:「...負担になっていたら、ごめんなさい。私が、次の約束を強要した部分もありますし、一人で浮かれちゃっていました。」 影山 大輔:「負担なんか...。」 影山 大輔:これから払われる対価に比べれば、どうってことない。 篠崎 香織:「...ちゃんと、言ってほしいです。頼りないのはわかっています。でも...、そういうことは、ちゃんと伝えてほしいです。」 影山 大輔:「...わかった。」 篠崎 香織:「私、バカなので、突っ走っちゃうクセがあって。今日も、楽しみで、仕事が身に入らなかったり。」 影山 大輔:「ははっ、僕も、っ...!」 影山 大輔:楽しみにして、た? 篠崎 香織:「……僕も?」 影山 大輔:「ぼ、僕も、そういうときあるよ。なりふり構わず突っ走るってやつ。」 篠崎 香織:「あ、あぁ、そうなんですか? 影山さんが?」 影山 大輔:「...意外かい?」 篠崎 香織:「ふふっ、少し。」  :  篠崎 香織:「今日は、はやめに失礼します。」 影山 大輔:「え、どうしてだい?」 篠崎 香織:「実は明日、大事な案件があって。」 影山 大輔:「あぁ、そうか。頑張って。」 篠崎 香織:「ありがとうございます。影山さんに言ってもらっちゃったら、頑張るしかないですね。」 影山 大輔:「ふっ、大げさだよ。」 篠崎 香織:「...これからも、連絡、してもいい、ですか?」 影山 大輔:「...あぁ、待ってる。」 篠崎 香織:「ありがとうございます。では、また。失礼します。」 影山 大輔:「あぁ、また。気を付けて。」  :  影山 大輔:驚いた。驚いている。 影山 大輔:オレは何を考えているんだ。 影山 大輔:楽しみ、だって? 影山 大輔:確かに、女を落とすゲームは、今までも楽しんできた。 影山 大輔:ただ、...うまく言えないが、それとはまた違う。 影山 大輔:言葉が自然と口から出ていく、ような。 影山 大輔:女は金。女は駒。女は単純で、女は、...。 影山 大輔:篠崎香織は、...。 影山 大輔:「...くそっ、」 影山 大輔:グラスを一気に傾ける。 影山 大輔:いつものハーブの香りが、今日だけは鼻孔に突き刺さった。  :   :  0:数日後 : 篠崎 香織:(メールの文面)『先日はありがとうございました。その後、体調いかがでしょうか?』 篠崎 香織:『実は、父からレストランのペアディナー券をもらったのですが、誘う人がいなくて...、』 篠崎 香織:『影山さん、よければ、ご一緒していただけませんか?』 影山 大輔:(メールの文面)『こちらこそ。ありがとう、ぜひ行こう。』 影山 大輔:...。 影山 大輔:神は、つくづくオレの味方らしい。 影山 大輔:女から誘われるようになったら、こっちのもんだ。 影山 大輔:たぶん、そこで篠崎香織はオレに告白してきて、そして、そして...。 影山 大輔:そして、...なんだ。 影山 大輔:あぁ、そうだ。前みたいに話を聞いて、どこかに出かけて、一緒に...、そうだな、うまい酒でも呑みに行ったり...。 影山 大輔:「...は?」 影山 大輔:え? オレ、何考えてんの? 影山 大輔:こんな、まるで、...本気(マジ)みたいじゃねーか。 影山 大輔:女は金だ。オレの駒だ。 影山 大輔:せいぜいオレを養えばいい。 影山 大輔:それが、女の幸せだろ? 影山 大輔:篠崎香織も、そうだ。きっと。 影山 大輔:「...なんで。」 影山 大輔:こんな時に、笑顔が浮かぶんだ...?  :  篠崎 香織:「...ふぅ。」 篠崎 香織:安堵の息が漏れる。コーヒーをすする。 篠崎 香織:もうすぐ、か...。 篠崎 香織:影山大輔は、どんな反応するんだろう。 篠崎 香織:ドキドキ、するな。  :   :  0:数日後、18時。 0:待ち合わせ場所に男が一人。 0:そこに女が駆け寄る。 : 篠崎 香織:「...影山さんっ!」 影山 大輔:「あぁ、篠崎さん。お疲れさま。」 篠崎 香織:「ありがとうございます。...お待たせしてしまいましたか?」 影山 大輔:「いいや、今来たところだよ。」 篠崎 香織:「ふふっ、ありがとうございます。では、行きましょうか。」 影山 大輔:「あぁ。」 影山 大輔:鼓動が、うるさい。 : 0:二人は並んで目的地へ向かう。 : 篠崎 香織:「すみません、急にお誘いしてしまって。」 影山 大輔:「いいや、嬉しかったよ。ありがとう。」 篠崎 香織:「よかった。...もう少しで着きますから。」 影山 大輔:「あぁ、メインロードからは外れたところにあるんだね。」 篠崎 香織:「それもこだわり、らしくて。」 影山 大輔:「へぇ、それは楽しみだ。」 : 篠崎 香織:「...ここです。」 影山 大輔:「...ここ?」 篠崎 香織:「はい。行きましょう。」 影山 大輔:「あ、あぁ。」 : 0:女がドアを開く。 : 影山 大輔:「...っ!」 篠崎 香織:「...どうしました?」 影山 大輔:「...どういうことだ?」 篠崎 香織:「...何がですか?」 影山 大輔:「ここは、...どこだ?」 : 篠崎 香織:「あははっ!騙してしまってごめんなさい。」 篠崎 香織:「ここは、『篠崎探偵事務所』。私の仕事場です。」 : 影山 大輔:「...探偵、?」 篠崎 香織:「はい。申し遅れました。篠崎探偵事務所、所長の篠崎香織です。」 影山 大輔:「ど、どうして探偵が...!」 篠崎 香織:「まぁまぁ、落ち着いて。座ってお話しませんか? 気になるでしょう? なぜ、あなたに探偵の私が近づいたのか。」 影山 大輔:「...。あぁ。」 篠崎 香織:「物分かりが良いようで助かります。どうぞ、そこに腰掛けてください。」 : 篠崎 香織:「さて、何から話しましょうか?」 篠崎 香織:「まずは、『依頼人が誰か』ということ、ですかね。」 篠崎 香織:「世良美雪(せら みゆき)。覚えていますか?」 影山 大輔:「...。」 篠崎 香織:「あなたが使い放題にしていたクレジットカードを渡した人です。」 影山 大輔:「...っ!」 篠崎 香織:「そんなにお世話になっていた人の名前を忘れるなんて、罰(ばち)当たりな人ですね。」 影山 大輔:「...それで、その女が、どうして依頼したんだよ。」 篠崎 香織:「依頼の内容はこうです。『クレジットカードの使い過ぎが夫にバレた。影山のせいだ。利用されているのはわかっていたが、彼の事情も知っている、だから容認していた。でも、最近は会ってくれないし、連絡も途絶えた。そんなとき、他の女と楽しそうに、二人で、影山の好きなブランドの店に入っていくのを見た。』」 影山 大輔:「...。」 篠崎 香織:「『そこから、影山を支えているのは私だけじゃないと知った。悲しみが、怒りが、湧きあがってきた。でも、夫の手前、年下の男と会っていたなんて知られてはいけない。法的に裁くことも考えたが、そんなことでは、気が済まない。』」 影山 大輔:「...っ、じゃあ、何をしようって言うんだ!」 篠崎 香織:「何をしよう? ...あははっ、まぁ、あなたはわかっていないでしょうね。...きっと、自分の気持ちには、まだ気づいていない。」 影山 大輔:「なっ...。」 篠崎 香織:「すべては、私のシナリオ通りです。」  :   :  0:23時になるころ。 0:とあるバーのカウンターで女が一人、静かにグラスを傾ける。 : 篠崎 香織:...影山大輔。28歳、独身、無職。 篠崎 香織:言葉巧みに女を口説き、物のように扱い、金を搾り取り、飽きたら捨てる。次を探す。 篠崎 香織:絵に描いたようなダメ男。 篠崎 香織:「...マスター、くれぐれも、よろしく頼みますよ?」 篠崎 香織:マスターはこちら側の人間。ずっと見て見ぬふりをしていたみたいだけれど、話が分かる人でよかった。 篠崎 香織:事前調査は、昔、少し演者をしていたという知り合いに頼んで、社長夫人なんて肩書を名乗って、少々手荒な真似をしてもらった。 篠崎 香織:開演の準備はできた。影山が次に狙いそうな女。それが、私。  :  0:23時を過ぎたころ。 0:とあるバーのカウンターで性が一人、静かにグラスを傾ける。 0:そこに男が一人、近づいてくる。 : 影山 大輔:「...お隣、いいですか?」 篠崎 香織:...来た。 篠崎 香織:「...どうぞ。」 影山 大輔:「ありがとう。...マスター、いつもの。」 篠崎 香織:「...。」 影山 大輔:「...。」 篠崎 香織:さすが、高そうなスーツに、ブランド物の時計、一体どれだけの女性を泣かせてきたのか。 : 篠崎 香織:「...よく、来られるんですか?」 影山 大輔:「あぁ、最近はあまり来れてなかったけれど。あなたは?」 篠崎 香織:「先月、たまたま見つけて。そこから。」 影山 大輔:「ここは静かで居心地がいい。息抜きするには最適な場所だ。」 篠崎 香織:「えぇ。」 篠崎 香織:息抜き...? 狩りの間違いでしょう、? 影山 大輔:「...素敵な出会いもあるしな。」 篠崎 香織:「...?」 影山 大輔:「僕は、影山 大輔(かげやま だいすけ)。常連同士、よろしく頼むよ。」 篠崎 香織:「...はい、よろしくお願いします。」 影山 大輔:「...名前。」 篠崎 香織:「...え?」 影山 大輔:「あなたの名前、聞いてもいい?」 篠崎 香織:「...篠崎 香織(しのざき かおり)です。」 影山 大輔:「篠崎さん。よろしく。」 篠崎 香織:その余裕な顔を、歪ませてあげる。 : 篠崎 香織:「影山さんは、どのくらい前からここへ?」 影山 大輔:「そうだなぁ...。5年以上前になるかな。」 篠崎 香織:「...え?...本当に、常連さんなんですね。」 篠崎 香織:そんなに前から、こんなことをしていたの? 影山 大輔:「ずいぶん驚いているようだね。」 篠崎 香織:「...いえ、お若そうに見えたので。」 篠崎 香織:自然に、平然を保って。 影山 大輔:「あぁ、そういうことか。これでも28になったんだけどな。」 篠崎 香織:「...そうなんですね。同じくらいかと思いました。私が25になる年なので。」 影山 大輔:「ははっ、若く見られるのは嬉しいけどね。」 篠崎 香織:「...すみません。」 影山 大輔:「なにも謝ることはないよ。」 篠崎 香織:...憎たらしい。 : 影山 大輔:「ねぇ、何か悩みでもあるの?」 篠崎 香織:「...え?」 篠崎 香織:...きた。 影山 大輔:「いや...、勘違い、ならいいんだけど。」 篠崎 香織:「...。」 影山 大輔:「目の中に陰りが見えたから。」 篠崎 香織:「...え。」 篠崎 香織:...マスターの動きが止まる。大丈夫、ここからが見ものですから。 影山 大輔:「僕たちは、今日初めて出会った。お互いに名前と年齢以外のバックグラウンドは何も知らない。話を聴くなら最適の相手じゃないかな。」 篠崎 香織:「...。」 篠崎 香織:...もうひと声。 影山 大輔:「無理にとは、言わないよ。でも、あなたが、篠崎さんが、それで少しでも肩の荷が下りるなら、力にならせてほしい。」 篠崎 香織:「影山さん...。」 影山 大輔:「あなたみたいな素敵な人の笑顔を見てみたいしね。」 篠崎 香織:...獲物が罠にかかった。 : 篠崎 香織:「...実は、」 篠崎 香織:影山に、か弱い女を印象付ける。物静かで意志の弱い、そんな女を演出する。 篠崎 香織:影山を落とす舞台は整った。口角が上がるのを必死に抑える。  :  篠崎 香織:「...影山さん、ありがとうございました。長くなってしまって、すみません。」 影山 大輔:「いや、いいんだよ。ちょっとはすっきりできた、かな?」 篠崎 香織:「はい。今まで誰にも言えなかったので...。重たい話をしてしまって、貴重な息抜きの時間だったのに、ごめんなさい。」 影山 大輔:「また謝ってる。なにも謝ることなんてないんだよ。話してほしいって言ったのは僕だ。」 篠崎 香織:「でも、...。」 影山 大輔:「ごめんなさいより、ありがとうのほうが嬉しい。」 篠崎 香織:「...ありがとうございます。...影山さんは、優しすぎますね。」 影山 大輔:「あ、やっと笑ってくれた。」 篠崎 香織:「...あ。」 篠崎 香織:...わ、ざ、と。 影山 大輔:「やっぱり、そのほうがかわいいよ。真面目な顔も素敵だけど。笑顔が一番。」 篠崎 香織:「ふふっ、影山さんには、敵わないです。」 影山 大輔:「ははっ、そりゃ、どーも。」 篠崎 香織:「ふふふっ。...あ、もうこんな時間。」 影山 大輔:「そろそろ?」 篠崎 香織:「はい...。今日は本当にありがとうございました。」 影山 大輔:「いや、いいんだよ。気にしないで。」 篠崎 香織:「...。あの、」 影山 大輔:「ん?」 篠崎 香織:「...また、ここに来ますか?」 影山 大輔:「...ふっ、あぁ。僕は常連だからね。毎日はいないけど、また会えるよ。」 篠崎 香織:「...よかった。では、今日はここで。」 影山 大輔:「あぁ、また。」 篠崎 香織:「はい。失礼します。」 篠崎 香織:マスターに目配せをして、バーの扉を押す。 篠崎 香織:こうして私は、この男を落とす完璧なシナリオを、着々と進めた。  :   :  篠崎 香織:「初めのほうは、ざっとこんなものでしょうか。」 影山 大輔:「なんだよ...、最初から仕組まれてたってことかよ。」 篠崎 香織:「えぇ。ずっと前から。」 影山 大輔:「...どうして、そんな、」 篠崎 香織:「マスターが言っていましたよ?前にあなたがこのように語った、『女は単純だ。女は金だ、駒だ。オレを中心に世界は回っているんだ』、と。」 影山 大輔:「っ...、そ、それがどうした!」 篠崎 香織:「誠に遺憾です。」 影山 大輔:「そんなことを聞いているんじゃない! だから何だって言うんだ!」 篠崎 香織:「依頼内容の続きはこうです。『法的に裁くことでは、気が済まない。そんなことでは、この憤りは収まらない。どうしたら、影山が同じ絶望を味わえるだろう』。」 影山 大輔:「...絶望、だ?」 篠崎 香織:「えぇ、あなたはここに来る前、私とディナーに行くと思って早めに待ち合わせ場所に向かうとき、私からディナーの誘いを受けたとき、バーで私に心配されたとき、私が笑いかけたとき、私があなたに素敵だと言ったとき、...」 影山 大輔:「...。」 篠崎 香織:「どう、思いました?」 影山 大輔:「え...?」 篠崎 香織:「時計をいつも以上に気にしたり、髪型を念入りに整えたり、私の目が見れなかったり、グラスを持つ回数が多くなったり、しませんでしたか、?」 影山 大輔:「...っ!」 篠崎 香織:「あなたは、私のことを好きになっていたんですよ?」 影山 大輔:「...そんな、こと。そんなことは、ない! オレが女を好きになるだと? そんなことが...、そんなこと、あるわけ...!」 篠崎 香織:「では、なぜ酔わせる気がないのに、私にお酒を勧めたんですか?」 影山 大輔:「え...?」 篠崎 香織:「イエーガー・トニック。もし、あなたが自分と同じお酒を私に呑ませようとしたら、それとなくこちらにすり替えてもらうようマスターにお願いしていました。まさか、あなたが自分から勧めてくるとは、思いもしませんでしたが。」 影山 大輔:「は...? なんだよ、それ...。」 篠崎 香織:「それに、どうして2回目に会ったとき、自分から連絡先を聞かなかったんですか?」 影山 大輔:「...っ! そ、そんなことまで...。」 篠崎 香織:「まぁ、動揺しているのは、見たらわかったので。どうするのか見ものだったんですが、...期待外れでした。」 影山 大輔:「おい...、それ以上、言うな。」 篠崎 香織:「彼氏いないって言ったとき、ちょっと嬉しそうでしたよね? あと、言葉も詰まっていたし...、年甲斐もなく、ドキドキしちゃったんじゃないですか?」 影山 大輔:「言うな...! 言うな!!」 篠崎 香織:「それが答えですよ?」 影山 大輔:「は...?」 篠崎 香織:「現実を受け入れたくない。騙されていたという現実を。そして、その感情は怒りではなく、胸が締め付けられるような悲しみ。違いますか?」 影山 大輔:「あ...。いや...、オレは...、違う! オレは...、!」 篠崎 香織:「...影山さん、いい顔していますよ? それです。それが見たかったんです。」 篠崎 香織:「依頼人は最後にこう言いました。『そうだ、ハニートラップを仕掛けよう。そして、敗北した影山の哀れな姿を見るの。たくさんの女の気持ちを踏みにじった男の末路を。』」 影山 大輔:「あ、あぁ、あ...。」 篠崎 香織:「ゲームオーバー。」 篠崎 香織:「影山大輔。...あなたは、単純ですね。」  :  0:END