台本概要

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タイトル レンズの奥、ぎこちない笑顔と小さなピース
作者名 紫癒-しゆ-  (@shiyu_azsi0)
ジャンル ラブストーリー
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 20 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 いつかの春の日
レンズを覗いて見えた宝の、この一瞬を、切り取った――

一人称・語尾の改変○
軽度なアドリブ○
内容が変わるほどの重度なアドリブ・改変✕

このシナリオを手に取っていただき、また読んでいただきありがとうございます。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
89 まこと アキの夫
アキ 83 誠の妻
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
 :  0:春の日 0:誠とアキの自宅 0:誠はカメラを抱えて居眠りをしている :  アキ:「誠さん? 誠さん、そろそろ肌寒くなりますから、起きてください」 誠:「(起きる)ん……、あぁ、アキ。私はまた眠ってしまったのか」 アキ:「えぇ、ぐっすり。今日は羽織がなくても心地よいくらいでしたから、致し方ありません」 誠:「ここに窓をつけたのは、正解だったな」 アキ:「(思わず笑う)ふふっ」 誠:「ん? どうしたんだ?」 アキ:「もう何度同じことを聞いたかと思って。余程気に入ったのですね。ここでカメラの手入れをすることも、居眠りすることも」 誠:「あぁ、ここが一番気が休まるんだ。この家を建てるときに君が提案してくれた数少ない場所なのに、こうも占領してしまって、面目ない」 アキ:「ふふっ、いいんですよ。ここは私たちの家なんですから。貴方にも気に入ってもらえて嬉しいです」 誠:「君には頭が上がらないよ。……今度の休みは、一緒に散歩でも行こうか」 アキ:「えぇ、是非」 誠:「少し遠出にはなるが、……この前、保育所の子らが沿道に花を植えていたんだ」 アキ:「まぁ、それは可愛らしいこと。きっと素敵でしょうね」 誠:「その場でカメラに収めたかったが、何せ仕事中でな」 アキ:「それは残念。晴れるといいですね」 誠:「あぁ、きっと晴れるさ」 アキ:「ふふっ。……さて、そろそろ御夕飯の準備をしましょうか」 誠:「もうそんな時間か」 アキ:「えぇ、もう日が赤らんできましたよ」 誠:「今日の献立は、何かな?」 アキ:「貴方の好きなものです」 誠:「……君の料理はすべて好きだからなぁ」 アキ:「ふふっ、口が達者なこと」 誠:「正解は?」 アキ:「出来上がってからのお楽しみです」 誠:「さすが、私の扱いをよくわかっている」 アキ:「えぇ、私の旦那さまのことですから」 誠:「ははっ、口が達者なのはどっちだか」 アキ:「すぐに準備しますので、少々お待ちを」 誠:「あぁ、ありがとう」  :  誠:振り返った君の背に、気づかれないようにカメラを構える 誠:……あっけなく見つかった 誠:その呆れたような、恥ずかしそうな君を、そっと切り取った  :   :  0:時は巡り、いつかの春の日 0:誠とアキの自宅 :  誠:「ただいま」 アキ:「おかえりなさい。今日は遅かったですね」 誠:「あぁ、少し問題が起きてね」 アキ:「それはご苦労様でした」 誠:「あの子は、……寝てるか」 アキ:「えぇ、少し前まで待っていましたが、今日も外を走り回っていたので、疲れたのでしょう」 誠:「活発なところは私に似てしまったか」 アキ:「いいことではありませんか。元気が一番です」 誠:「それもそうだな」 アキ:「ご飯にしますか?」 誠:「少し、軽食を食べてきたんだ。明日の朝もらえるかな」 アキ:「わかりました。それでは、お風呂の準備をしてきますね」 誠:「あぁ、ありがとう」 アキ:「いえ。……あ、そうでした」 誠:「ん?」 アキ:「あの子が、窓辺に何か置いていましたよ」 誠:「窓辺……、あぁ、ここか。……ん?」 アキ:「ふふっ」 誠:「もう字が書けるのか」 アキ:「文字を添えたいから教えてくれ、と言って」 誠:「そうか」 アキ:「『れ』が難しかったみたいですよ」 誠:「確かに『れ』は難関だ」 アキ:「不思議と『ま』はすぐに書けていました」 誠:「『まま』で練習しているからだろう」 アキ:「あら? それは初耳です」 誠:「おっと、あの子に怒られてしまうな」 アキ:「ふふっ、楽しみにしていましょう」 誠:「君に似て達筆で絵が上手い」 アキ:「親バカ、というものでしょうか」 誠:「あぁ、私も、君も」 アキ:「えぇ、こればかりはどうも仕様がありません」 誠:「……そこのカメラを取ってくれるか」 アキ:「カメラですか……?」 誠:「この作品を、今見たままにも残しておきたくてね」 アキ:「まぁ、本当に、仕様がありませんね」 誠:「親というものは、そういうものだ」 アキ:「明日、額を買ってきますね」 誠:「あぁ、頑丈なのを頼む」 アキ:「はい、そのつもりです」  :  誠:円卓の上にそれを置いて構える 誠:鮮やかな色で描かれた、賑やかな家族と『おつかれさま』の文字 誠:疲れなんて一瞬で吹き飛んだ 誠:『ありがとう』と頬を緩めながら、そっと切り取った  :   :  0:時は巡り、いつかの春の日 0:誠とアキの自宅 :  アキ:「誠さん?」 誠:「……あぁ、どうした?」 アキ:「体調が優れませんか?」 誠:「いや、そんなことはない」 アキ:「何か、悩み事ですか?」 誠:「あぁ……、あの子も、大きくなったなぁ、と思ってね」 アキ:「そうですね……。難しい年頃なんでしょう」 誠:「……」 アキ:「子どもと大人の狭間で、思い悩む時期です。私たちはそっと見守ってあげれば、きっとあの子はあの子自身で成長していきますよ」 誠:「母は強し、か」 アキ:「……では、とっておきのことを教えてあげましょう」 誠:「とっておき?」 アキ:「あの子、貴方が何時に帰ってくるか毎日確認してくるんですよ。遅くなった次の日の朝は、眠そうな貴方を心配そうに見て」 誠:「……」 アキ:「きっと、あの子の中の気恥ずかしさや葛藤が和(やわ)らげば、また貴方と自然に話す日が来ますよ」 誠:「そういうものか」 アキ:「……一緒にお風呂に入ることは、もうないと思いますけどね」 誠:「なっ……! それ、は、そうだ。もうそんな年でもないだろう。あぁ、そうだ……」 アキ:「一番まいっていたのはそこではありませんか?」 誠:「そ、そんなことはない」 アキ:「ふふっ」 誠:「そういえば、あの子は倶楽部を決めたのか?」 アキ:「決まったみたいですよ」 誠:「何にしたんだ?」 アキ:「それは、本人に聞いてくださいな」 誠:「この状況で、か?」 アキ:「あの子が答えてくれると思っているから言っているんです」 誠:「……そうか」 アキ:「貴方も、勇気を出してくださいね?」 誠:「……わかったよ」  :  誠:三日後、仕事から早く帰った私は、あの子に尋ねた 誠:そして、アキの言った意味を全て理解した 誠:……あの子が入ったのは、写真倶楽部 誠:あの子の切り取る世界は私とは全く違っていて 誠:繊細で、可憐で、美しくて、 誠:あの子の写真を見るのが楽しみだった 誠:あの子がカメラを構えた姿を切り取ることが、何より好きだった  :   :  0:時は巡り、いつかの春の日 0:誠とアキの自宅 :  アキ:「……静かですね」 誠:「あぁ……。こんなに早く親元を離れるとは思わなかった」 アキ:「貴方に似て、とても活発で行動力のある子ですから」 誠:「怖気づいて、すぐに戻ってこなければいいがな」 アキ:「そのときは、温かく迎えてやればいいんです」 誠:「ははっ、そうだな」 アキ:「えぇ、離れても、私たちの子なんですから」 誠:「……アキ」 アキ:「何ですか?」 誠:「少し、散歩に付き合ってはくれないか」 アキ:「えぇ、是非」 誠:「遠出をしてもいいか?」 アキ:「いつもの沿道ですね」 誠:「あぁ、あそこは本当に綺麗なんだ」 アキ:「わかりました。折角ですし、近くの公園でお昼にしますか?」 誠:「それはいい。頼むよ」 アキ:「はい。では、用意してきますね」 0:アキが台所へ向かう 0:そのアキの姿にカメラを構える誠 アキ:「(振り返らずに)誠さん?」 誠:「(驚く)……!」 アキ:「ふふっ、その手には乗りませんよ?」 誠:「ははっ、これは失敬」 アキ:「隠し撮りはあの子の方が一枚上ですね」 誠:「……それを言われては、撮りたくなってしまうな」 アキ:「ふふっ、頑張ってくださいな」 誠:「外では、被写体になってもらうよ」 アキ:「写真に写るのが苦手だと、貴方が一番知っているでしょう?」 誠:「写ろうとなんてしなくていい。ただ、自然な君を切り取りたい」 アキ:「なんだか……、それも恥ずかしいですね」 誠:「どんな君も綺麗だから、大丈夫さ」 アキ:「あら、あの子がいないからって、随分大胆ですね」 誠:「そ、そんなことはない……」 アキ:「ふふっ、急いで準備しますね」  :  誠:君はやはり写るのは苦手だった 誠:この頃、『はい、チーズ』と言って、ピースサインをすることが流行りだとあの子が言っていた 誠:君にそれを伝えると、ぎこちない笑顔で、少し曲がったピースを胸の前に置いた 誠:その、何よりも愛おしい姿を、無意識に、たくさん、切り取っていた  :   :  0:時は巡り、いつかの春の日 0:誠とアキの自宅 : 誠:「もう一週間か……」 アキ:「その写真、また見ているんですか?」 誠:「あぁ、みんな幸せそうな顔をしている」 アキ:「貴方は少し引きつっていますね」 誠:「……ヴァージンロードってやつは、緊張したんだ」 アキ:「緊張、というより、堪えていましたよね」 誠:「それは、あの子が……、『育ててくれてありがとう』って直前に言うからで……」 アキ:「ふふっ、嬉しいものですね」 誠:「あぁ……、本当に」 アキ:「写真って、いいものですね」 誠:「君がそんなことを言うなんて珍しい」 アキ:「写るのは苦手ですが……、思い出が形として残るのは、よいことだと思います」 誠:「あぁ……、そうだ、これ」 アキ:「これ、ですか? これは……、あの子と三人の写真……」 誠:「私もあの子もカメラを向けるばかりで、家族写真はほとんどないと、はっとしてね」 アキ:「……確かに、そうですね」 誠:「あの子は嫁いでしまったが、これからは、増やしていかないか」 アキ:「家族写真を、ですか?」 誠:「あぁ。私と君の二人でもいい。あの子が帰ってきたら、一緒に撮ってもいい。もし孫ができたら、三世代で撮るなんてのも、夢がある」 アキ:「ふふっ、気が早いですよ。でも……、そうですね。みんなで写るなら、楽しそうです」 誠:「我ながら、いい考えだろう」 アキ:「えぇ、流石貴方です」 誠:「では早速、ここに座ってくれるかな」 アキ:「え、今撮るのですか?」 誠:「物は試しだ。ちょうど、あの子がくれたデジタルカメラは、タイマーを設定できるらしい」 アキ:「それは便利だこと」 誠:「……よし、これで良さそうだ。準備はいいか?」 アキ:「は、はい。いつでも」 誠:「では、いくぞ」  :  誠:初めてのタイマーは、いとも早くシャッターを切り、 誠:急いで椅子に座ろうとした私の残像と、君のいつものポーズが切り取られていた  :  誠:次の写真も、また次の写真も、 誠:一か月後も、一年後も、三年後も、五年後も、その後も、 誠:私はたくさんの瞬間を切り取り続けた 誠:レンズを覗いた奥には、温かで心地の良い瞬間が広がっていた 誠:散歩に行った日、旅行に出かけた日、何気ないいつもの日、 誠:初孫が生まれた日、車を手放した日、沿道に咲く花を見に行った日、 誠:どれもどれも、鮮やかで、幸せで、かけがえのない宝 誠:全部、全部、私の宝だ 誠:…… 誠:遠くから、君の声が聞こえる 誠:また、居眠りをしてしまったか 誠:……どうしてか、瞼が重い 誠:ゆっくりと、記憶を辿る  :  0:現在、病院 0:たくさんの管が繋がった誠の周りを囲む家族たち 0:目を閉じベッドに横たわる誠の手を握るアキ :  アキ:「(すすり泣きながら)誠さん……」 誠:あぁ……、そうか…… 誠:これが、…… 誠:走馬灯(そうまとう)、か  :  誠:「アキ……」 アキ:「誠さん……!」  :  誠:「……はい、チーズ」  : 

 :  0:春の日 0:誠とアキの自宅 0:誠はカメラを抱えて居眠りをしている :  アキ:「誠さん? 誠さん、そろそろ肌寒くなりますから、起きてください」 誠:「(起きる)ん……、あぁ、アキ。私はまた眠ってしまったのか」 アキ:「えぇ、ぐっすり。今日は羽織がなくても心地よいくらいでしたから、致し方ありません」 誠:「ここに窓をつけたのは、正解だったな」 アキ:「(思わず笑う)ふふっ」 誠:「ん? どうしたんだ?」 アキ:「もう何度同じことを聞いたかと思って。余程気に入ったのですね。ここでカメラの手入れをすることも、居眠りすることも」 誠:「あぁ、ここが一番気が休まるんだ。この家を建てるときに君が提案してくれた数少ない場所なのに、こうも占領してしまって、面目ない」 アキ:「ふふっ、いいんですよ。ここは私たちの家なんですから。貴方にも気に入ってもらえて嬉しいです」 誠:「君には頭が上がらないよ。……今度の休みは、一緒に散歩でも行こうか」 アキ:「えぇ、是非」 誠:「少し遠出にはなるが、……この前、保育所の子らが沿道に花を植えていたんだ」 アキ:「まぁ、それは可愛らしいこと。きっと素敵でしょうね」 誠:「その場でカメラに収めたかったが、何せ仕事中でな」 アキ:「それは残念。晴れるといいですね」 誠:「あぁ、きっと晴れるさ」 アキ:「ふふっ。……さて、そろそろ御夕飯の準備をしましょうか」 誠:「もうそんな時間か」 アキ:「えぇ、もう日が赤らんできましたよ」 誠:「今日の献立は、何かな?」 アキ:「貴方の好きなものです」 誠:「……君の料理はすべて好きだからなぁ」 アキ:「ふふっ、口が達者なこと」 誠:「正解は?」 アキ:「出来上がってからのお楽しみです」 誠:「さすが、私の扱いをよくわかっている」 アキ:「えぇ、私の旦那さまのことですから」 誠:「ははっ、口が達者なのはどっちだか」 アキ:「すぐに準備しますので、少々お待ちを」 誠:「あぁ、ありがとう」  :  誠:振り返った君の背に、気づかれないようにカメラを構える 誠:……あっけなく見つかった 誠:その呆れたような、恥ずかしそうな君を、そっと切り取った  :   :  0:時は巡り、いつかの春の日 0:誠とアキの自宅 :  誠:「ただいま」 アキ:「おかえりなさい。今日は遅かったですね」 誠:「あぁ、少し問題が起きてね」 アキ:「それはご苦労様でした」 誠:「あの子は、……寝てるか」 アキ:「えぇ、少し前まで待っていましたが、今日も外を走り回っていたので、疲れたのでしょう」 誠:「活発なところは私に似てしまったか」 アキ:「いいことではありませんか。元気が一番です」 誠:「それもそうだな」 アキ:「ご飯にしますか?」 誠:「少し、軽食を食べてきたんだ。明日の朝もらえるかな」 アキ:「わかりました。それでは、お風呂の準備をしてきますね」 誠:「あぁ、ありがとう」 アキ:「いえ。……あ、そうでした」 誠:「ん?」 アキ:「あの子が、窓辺に何か置いていましたよ」 誠:「窓辺……、あぁ、ここか。……ん?」 アキ:「ふふっ」 誠:「もう字が書けるのか」 アキ:「文字を添えたいから教えてくれ、と言って」 誠:「そうか」 アキ:「『れ』が難しかったみたいですよ」 誠:「確かに『れ』は難関だ」 アキ:「不思議と『ま』はすぐに書けていました」 誠:「『まま』で練習しているからだろう」 アキ:「あら? それは初耳です」 誠:「おっと、あの子に怒られてしまうな」 アキ:「ふふっ、楽しみにしていましょう」 誠:「君に似て達筆で絵が上手い」 アキ:「親バカ、というものでしょうか」 誠:「あぁ、私も、君も」 アキ:「えぇ、こればかりはどうも仕様がありません」 誠:「……そこのカメラを取ってくれるか」 アキ:「カメラですか……?」 誠:「この作品を、今見たままにも残しておきたくてね」 アキ:「まぁ、本当に、仕様がありませんね」 誠:「親というものは、そういうものだ」 アキ:「明日、額を買ってきますね」 誠:「あぁ、頑丈なのを頼む」 アキ:「はい、そのつもりです」  :  誠:円卓の上にそれを置いて構える 誠:鮮やかな色で描かれた、賑やかな家族と『おつかれさま』の文字 誠:疲れなんて一瞬で吹き飛んだ 誠:『ありがとう』と頬を緩めながら、そっと切り取った  :   :  0:時は巡り、いつかの春の日 0:誠とアキの自宅 :  アキ:「誠さん?」 誠:「……あぁ、どうした?」 アキ:「体調が優れませんか?」 誠:「いや、そんなことはない」 アキ:「何か、悩み事ですか?」 誠:「あぁ……、あの子も、大きくなったなぁ、と思ってね」 アキ:「そうですね……。難しい年頃なんでしょう」 誠:「……」 アキ:「子どもと大人の狭間で、思い悩む時期です。私たちはそっと見守ってあげれば、きっとあの子はあの子自身で成長していきますよ」 誠:「母は強し、か」 アキ:「……では、とっておきのことを教えてあげましょう」 誠:「とっておき?」 アキ:「あの子、貴方が何時に帰ってくるか毎日確認してくるんですよ。遅くなった次の日の朝は、眠そうな貴方を心配そうに見て」 誠:「……」 アキ:「きっと、あの子の中の気恥ずかしさや葛藤が和(やわ)らげば、また貴方と自然に話す日が来ますよ」 誠:「そういうものか」 アキ:「……一緒にお風呂に入ることは、もうないと思いますけどね」 誠:「なっ……! それ、は、そうだ。もうそんな年でもないだろう。あぁ、そうだ……」 アキ:「一番まいっていたのはそこではありませんか?」 誠:「そ、そんなことはない」 アキ:「ふふっ」 誠:「そういえば、あの子は倶楽部を決めたのか?」 アキ:「決まったみたいですよ」 誠:「何にしたんだ?」 アキ:「それは、本人に聞いてくださいな」 誠:「この状況で、か?」 アキ:「あの子が答えてくれると思っているから言っているんです」 誠:「……そうか」 アキ:「貴方も、勇気を出してくださいね?」 誠:「……わかったよ」  :  誠:三日後、仕事から早く帰った私は、あの子に尋ねた 誠:そして、アキの言った意味を全て理解した 誠:……あの子が入ったのは、写真倶楽部 誠:あの子の切り取る世界は私とは全く違っていて 誠:繊細で、可憐で、美しくて、 誠:あの子の写真を見るのが楽しみだった 誠:あの子がカメラを構えた姿を切り取ることが、何より好きだった  :   :  0:時は巡り、いつかの春の日 0:誠とアキの自宅 :  アキ:「……静かですね」 誠:「あぁ……。こんなに早く親元を離れるとは思わなかった」 アキ:「貴方に似て、とても活発で行動力のある子ですから」 誠:「怖気づいて、すぐに戻ってこなければいいがな」 アキ:「そのときは、温かく迎えてやればいいんです」 誠:「ははっ、そうだな」 アキ:「えぇ、離れても、私たちの子なんですから」 誠:「……アキ」 アキ:「何ですか?」 誠:「少し、散歩に付き合ってはくれないか」 アキ:「えぇ、是非」 誠:「遠出をしてもいいか?」 アキ:「いつもの沿道ですね」 誠:「あぁ、あそこは本当に綺麗なんだ」 アキ:「わかりました。折角ですし、近くの公園でお昼にしますか?」 誠:「それはいい。頼むよ」 アキ:「はい。では、用意してきますね」 0:アキが台所へ向かう 0:そのアキの姿にカメラを構える誠 アキ:「(振り返らずに)誠さん?」 誠:「(驚く)……!」 アキ:「ふふっ、その手には乗りませんよ?」 誠:「ははっ、これは失敬」 アキ:「隠し撮りはあの子の方が一枚上ですね」 誠:「……それを言われては、撮りたくなってしまうな」 アキ:「ふふっ、頑張ってくださいな」 誠:「外では、被写体になってもらうよ」 アキ:「写真に写るのが苦手だと、貴方が一番知っているでしょう?」 誠:「写ろうとなんてしなくていい。ただ、自然な君を切り取りたい」 アキ:「なんだか……、それも恥ずかしいですね」 誠:「どんな君も綺麗だから、大丈夫さ」 アキ:「あら、あの子がいないからって、随分大胆ですね」 誠:「そ、そんなことはない……」 アキ:「ふふっ、急いで準備しますね」  :  誠:君はやはり写るのは苦手だった 誠:この頃、『はい、チーズ』と言って、ピースサインをすることが流行りだとあの子が言っていた 誠:君にそれを伝えると、ぎこちない笑顔で、少し曲がったピースを胸の前に置いた 誠:その、何よりも愛おしい姿を、無意識に、たくさん、切り取っていた  :   :  0:時は巡り、いつかの春の日 0:誠とアキの自宅 : 誠:「もう一週間か……」 アキ:「その写真、また見ているんですか?」 誠:「あぁ、みんな幸せそうな顔をしている」 アキ:「貴方は少し引きつっていますね」 誠:「……ヴァージンロードってやつは、緊張したんだ」 アキ:「緊張、というより、堪えていましたよね」 誠:「それは、あの子が……、『育ててくれてありがとう』って直前に言うからで……」 アキ:「ふふっ、嬉しいものですね」 誠:「あぁ……、本当に」 アキ:「写真って、いいものですね」 誠:「君がそんなことを言うなんて珍しい」 アキ:「写るのは苦手ですが……、思い出が形として残るのは、よいことだと思います」 誠:「あぁ……、そうだ、これ」 アキ:「これ、ですか? これは……、あの子と三人の写真……」 誠:「私もあの子もカメラを向けるばかりで、家族写真はほとんどないと、はっとしてね」 アキ:「……確かに、そうですね」 誠:「あの子は嫁いでしまったが、これからは、増やしていかないか」 アキ:「家族写真を、ですか?」 誠:「あぁ。私と君の二人でもいい。あの子が帰ってきたら、一緒に撮ってもいい。もし孫ができたら、三世代で撮るなんてのも、夢がある」 アキ:「ふふっ、気が早いですよ。でも……、そうですね。みんなで写るなら、楽しそうです」 誠:「我ながら、いい考えだろう」 アキ:「えぇ、流石貴方です」 誠:「では早速、ここに座ってくれるかな」 アキ:「え、今撮るのですか?」 誠:「物は試しだ。ちょうど、あの子がくれたデジタルカメラは、タイマーを設定できるらしい」 アキ:「それは便利だこと」 誠:「……よし、これで良さそうだ。準備はいいか?」 アキ:「は、はい。いつでも」 誠:「では、いくぞ」  :  誠:初めてのタイマーは、いとも早くシャッターを切り、 誠:急いで椅子に座ろうとした私の残像と、君のいつものポーズが切り取られていた  :  誠:次の写真も、また次の写真も、 誠:一か月後も、一年後も、三年後も、五年後も、その後も、 誠:私はたくさんの瞬間を切り取り続けた 誠:レンズを覗いた奥には、温かで心地の良い瞬間が広がっていた 誠:散歩に行った日、旅行に出かけた日、何気ないいつもの日、 誠:初孫が生まれた日、車を手放した日、沿道に咲く花を見に行った日、 誠:どれもどれも、鮮やかで、幸せで、かけがえのない宝 誠:全部、全部、私の宝だ 誠:…… 誠:遠くから、君の声が聞こえる 誠:また、居眠りをしてしまったか 誠:……どうしてか、瞼が重い 誠:ゆっくりと、記憶を辿る  :  0:現在、病院 0:たくさんの管が繋がった誠の周りを囲む家族たち 0:目を閉じベッドに横たわる誠の手を握るアキ :  アキ:「(すすり泣きながら)誠さん……」 誠:あぁ……、そうか…… 誠:これが、…… 誠:走馬灯(そうまとう)、か  :  誠:「アキ……」 アキ:「誠さん……!」  :  誠:「……はい、チーズ」  :