台本概要

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タイトル くまのぬいぐるみ
作者名 紫癒-しゆ-  (@shiyu_azsi0)
ジャンル 童話
演者人数 1人用台本(不問1)
時間 20 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 ずっと一緒にいるくまのぬいぐるみ。
ぬいぐるみに感情があったらなぁ……、なんて思い付きで書いた物語です。

一人称・語尾の改変○
軽度なアドリブ○
重度なアドリブ・改変✕

このシナリオを手に取っていただき、また読んでいただきありがとうございます。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
くま 不問 18 MADE IN JAPAN 全長:90cm 色:茶
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
くま:見慣れた部屋のベッドの上。ここがボクの定位置。 くま:模様替えのときとはまた違う、ところどころ抜け落ちた、どこか殺風景に感じる部屋に、複雑な感情が芽生える。 くま:キミは今、どんな顔をしてるのかな? くま:きっと、ボクには見せたことのない顔をしているんだろうな。  :   :  くま:ボクがキミと出会ったのは、キミが大きなお餅を背負わされて、大泣きした後だった。 くま:どんな子かなって、ドキドキしながらピンクの袋の中で待っていたのに、いきなり威勢のいい泣き声が聞こえて咄嗟に身構えたよ。 くま:「「誕生日おめでとう!」」 くま:そんな声とともに対面した時には、まだキミの顔には泣いた跡が残っていて、むすっとした顔で不思議そうにボクを見ていた。 くま:当時のキミとまったく同じ身長のボク。 くま:キミはボクのことをどう思ったのかな? くま:今のキミに聞いたって、覚えてるわけないだろうけど。 くま:この記憶はボクだけの特権だね。 くま:、、、そんなときからボクらは一緒にいたんだ。  :  くま:小さい頃のキミは本当におてんばだった。 くま:いや、、、それは、今もかな? くま:でも、まだ言葉を話せないキミは、ボクを叩いたり、踏みつけたり、いい子いい子したり、、いや、させられたと思ったら、途端に他のおもちゃに気を取られて、全然遊んでくれなかったり。 くま:、、、ボクの扱いは散々だった。 くま:少しずつ話せるようになってきても、おてんば娘は健在で、力が強くなって吹っ飛ばされたこともあったっけ。 くま:ウソじゃないよ。全部キミのパパが録ったビデオに、証拠が残ってる。 くま:キミは一人っ子で大事に育てられてきたんだ。裏目に出たね。 くま:ボクは抵抗できないんだから、もうちょっと優しくしてほしかったなぁ。 くま:あ、でも、、。 くま:眠ってるときのキミはいつもかわいかったよ。 くま:いつものおてんばはどこに行ったんだってくらい、すやすや静かに眠るんだ。 くま:いつしか寝るときのキミの隣が、ボクの特等席になっていたね。  :  くま:あ、あと、うれしかった話がひとつ。 くま:ずいぶん話せるようになったキミは、ボクをはじめとするぬいぐるみたちに、次々名前を付けていった。 くま:うさぎのかわいいぬいぐるみには「たろう」。 くま:おさるさんのぬいぐるみには「わんわん」。 くま:赤いリボンのついた白いねこのぬいぐるみは「にぃに」だったっけ。 くま:、、、独特なネーミングセンスだよ。 くま:そんな中、キミがボクに付けた名前は、 くま:「くまた」 くま:、、、え?って思うでしょ?ボクだって拍子抜けした。 くま:天才的な名前を数々生み出してきたキミが、ボクだけ、その、、普通?の名前を付けたんだもん。 くま:特に「わんわん」からの視線が痛かった。あれは忘れられない。 くま:その日から今日まで、ボクはずっと「くまた」だ。 くま:キミが付けてくれた、キミだけが呼んでくれる名前。 くま:ボクの一番大切な宝物。  :  くま:キミが小学生になったとき、ボクの定位置が出来上がった。 くま:キミの念願のひとり部屋。ピカピカの学習机とランドセル、キミ用のベッド。 くま:「おねえさんになった!」って、無邪気に喜ぶキミに連れられて部屋に入ったときの光景は、今でも鮮明に覚えてる。 くま:あのとき、喜びすぎてボクのことをベッドに放り投げたよね。 くま:それも覚えてるよ。、、なんてね。 くま:うきうきるんるんで、なかなか眠れなくて、ママが隣にいないことに不安になって。 くま:泣くのを我慢しながら、ボクをぎゅっときつく抱きしめて眠った夜。 くま:、、、少しでも安心してくれればいいなって、思ってた。 くま:やっと眠れたときには、キミ史上最長夜更かし記録を更新していた。 くま:次の日ママに起こされて「まだまだ子どもね」なんて言われながら、急いで小学校に向かっていたけど、ランドセルを背負ったキミは、ボクには立派なおねえさんに見えたよ。  :  くま:キミはたくさんの友だちに恵まれたようだった。 くま:ある晴れた日は、帰ってくるなりランドセルを放って、縄跳びやボールを抱えて、すぐに外へ飛び出して行ったり。 くま:雨の日は、友だちを部屋に招いて、ゲームやトランプをしたり、、恋バナ?ってやつをしたり、、。 くま:いろんな顔を見て、いろんな名前を聞いた。 くま:そして、毎日夜に、その日あったことをボクに聞かせてくれた。 くま:「図工の時間に絵を褒められたんだ~」とか、「今度合唱でこの曲歌うんだ~」とか。 くま:「本当は主役をやりたかったけど、勇気が出なくて立候補できなかったんだ」とか、「友達”も”あの子のことが好きなんだって」とか。 くま:楽しい話、うれしい話、悲しい話、悔しい話。 くま:いろんな話を聞くたびに、ボクの知らないところで、キミが大人になっていくような気がした。  :  くま:キミが制服を着るようになってから、キミが部屋にいる時間がぐっと減った。 くま:暗くなってから帰ってきて、相変わらず朝は弱いようだけど、頑張って早起きして、また制服を着て出かけていく。 くま:ちょっぴり寂しかったけど、変わらず夜には今日の出来事を話してくれた。 くま:その時間が大好きだった。 くま:疲れ切っていて、話の途中で寝てしまうときもあったけれど、そのときはキミが子どもに戻ったようで、なんだか微笑ましく思っていた。  :  くま:その日は、いつも通り暗くなってから、いつも通り「ただいま」って聞こえてきて。 くま:いつも以上にバタバタと階段を上る音が、速く大きく聞こえて、どうしたんだろうって思う間もなく、キミがボクを抱きしめてきた。 くま:帰ってきたらすぐに部屋着に着替えるキミが、制服のままボクを抱きしめて、ベッドの上でバタバタしながら、声にならない叫びをあげている。 くま:、、、本当にどうしたんだろう。 くま:たぶん、悪い話ではない。耳が赤くなってるし、泣いてもいない。 くま:そんなことを考えながら、されるがままに、右に左にブンブン振られて目が回りそうだった。  :  くま:「、、、告白、された。」  :  くま:ぼそっと小さな声で、本当に小さな声で、そうつぶやいた。 くま:またブンブン攻撃が始まる。 くま:まだ夜じゃないのに、、上ずった声でキミがそれについて語る。 くま:「同級生」「隣のクラス」「委員会が一緒」 くま:どこかで聞いたようなフレーズで、あの人かなって思い浮かぶ。 くま:体育祭の写真を見てたとき、その人がいる写真でだけ、わかりやすくにやけてたよね。 くま:、、、実ったんだ。初恋。 くま:キミの止まらない口を遮るかのように、「ごはんよー」というママの声が響く。 くま:あ、またボクのこと放り投げた。 くま:相変わらず雑なんだよな、、。 くま:慌てて着替えて、急いで階段を駆け下りていくキミを横目に、冷静に考えていた。 くま:、、、キミに彼氏、かぁ。 くま:今日はパパが遅くなる日でよかったね。 くま:キミ、絶対隠せないから。すぐ顔に出る。 くま:またキミが少し遠くなった気がしたのは、きっと気のせいだ。 くま:、、、きっと。  :  くま:キミは本当にわかりやすい。 くま:わかりやすすぎる。 くま:休日はTシャツにショートパンツ。 くま:おしゃれには無関心。動きやすさ重視。 くま:、、、そんなキミは、どこに行ったの? くま:ボクが埋もれそうになるくらい、たくさんのスカート、ブラウス、ワンピースをベッドに広げて、何やら真剣に悩んでいるご様子。 くま:明日何があるのか、聞かなくてもわかる。 くま:このファッションショーはいつまで続くのやら。 くま:何着ても似合うし、かわいいって言われるよ。 くま:彼はキミにぞっこんらしいし。 くま:、、、あー、そのワンピース、ボクもいいと思ってた。 くま:あ、次は髪型?女子って大変だなぁ。 くま:え、アイロンつかうの?火傷しないでよ? くま:はぁ、、キミには本当にヒヤヒヤさせられる。 くま:そのままで十分なのに。 くま:どんどんかわいくなっていく。 くま:、、あ。ほら、だから言ったのに。はやく冷やしてきなさい。  :  くま:なんだかキミの様子がおかしい。 くま:帰ってきてからずっと放心状態。 くま:デートの後は、いつもボクをぎゅーってしながら、聞いていられないくらいあま―い話をしてくるのに。 くま:今日はすぐに着替えて、ボクを抱えたままベッドの上で体育座りをして、微動だにしない。 くま:、、、どうしたの? くま:言いたい。でもボクは言えない。 くま:、、、。 くま:すすり泣く声。 くま:静かに、静かに。 くま:だんだん嗚咽も聞こえてきて。 くま:、、、何もしてあげられないボク。 くま:状況は、、、察した。 くま:キミを悲しませて。アイツは何をしたんだ。今すぐ殴って問いただしたい。 くま:ふつふつと湧きあがる怒りと、何もできないもどかしさ。 くま:震えるキミを抱きしめ返すことができたら、 くま:その涙をぬぐってあげられたら、、。 くま:月明りも届かない、真っ暗な、切ない夜だった。  :  くま:キミの部屋のコルクボードの写真が入れ替わるのは、思ったよりも早かった。 くま:写っているのは全員女子。 くま:男子がいるのはクラス写真くらいかな。 くま:制服が変わっても、増える写真は女友達とのものばかり。 くま:「恋人は今はいらない」 くま:友達と電話でそう話しているのを何度も聞いた。 くま:、、、キミに毎日メールしてくる男子が哀れだ。 くま:正直、キミはモテるよ。自覚しなさい。 くま:周りのことには敏感なくせに、自分のことになると鈍感すぎて呆れる。 くま:気づかないふりしてるだけなのかな? くま:、、、そんな器用なことキミにはできないか。 くま:今回は慎重になりすぎて、自分の気持ちすらちゃんとわかってないもんね。 くま:キミが部活で軽い捻挫をしたとき、一緒に帰ってきた彼。 くま:誠実そうで、いいと思うんだけどな。 くま:ボクに認められるなんて、そうそういないよ? くま:キミには幸せになってほしい。ボクの願いはそれだけ。  :  くま:、、、デジャブだ。 くま:ボクは久々のブンブン攻撃に遭っている。 くま:しかも今回は、ブンブンして、急停止して、またブンブンして、停止して、、。 くま:パワーアップしてやがる。 くま:わかった。わかったから。 くま:そろそろやめていただけますか? くま:制服をずいぶん着古した夏の終わり。 くま:参考書が増えて、机に向かうことが多くなった頃。 くま:「夏祭りなのに!花火なのに!!夏期講習滅べー!!!」 くま:なんて騒ぎながら、忙しなく家を出ていったのに。 くま:今朝のキミとはまるで別人。 くま:ほら、制服がシワになるよ? くま:、、、まったく、いつまで続くのやら。 くま:はいはい、うれしいね。よかったね。 くま:、、、本当によかったね。 くま:彼に、キミを泣かせないように、念を押しておかないとね。 くま:まぁ彼なら、、大丈夫か。 くま:キミをこんな笑顔にできるんだもんね。 くま:突如鳴り響く、彼からのメールの着信音。 くま:、、、放り投げられたのは言うまでもない。  :  くま:キミはまた、どんどんかわいくなっていった。 くま:私服選びは未だに慣れないようだけど、メイクをして、髪を巻いて、ネイルなんてのもしてみたり。 くま:変わらず隣にいる彼とも、相変わらず仲がいいようで。 くま:毎日にこにこしているキミを見ているのが楽しみだった。 くま:キミの話を聞く時間が幸せだった。  :  くま:、、、こんなこと言ったら、大げさだなって笑われそうだけど。 くま:おてんば娘の成長を、一番近くで見守ってたのはボクなんだからね? くま:赤ちゃんから女の子。女の子から女性になったキミ。 くま:ボクをずっと大事にしてくれたキミ。 くま:ボクはキミに出会えて本当に良かったと思ってる。 くま:昨日、ボクらの最後の夜。 くま:「くまた、ありがとう」 くま:そうボクに言ったキミは、今までで一番綺麗だった。 くま:ボクを抱きしめながら眠ったキミ。 くま:寝顔は昔の面影があって、かわいくて。 くま:最後だなんて、信じられなかった。 くま:でも、これからは彼がキミを大切に守ってくれるんだもんね。  :  くま:外は快晴。物音ひとつしない家の中。 くま:誰もいない部屋で、ボクは定位置に座り、静かに思う。  :  くま:、、、おめでとう。幸せになってね。

くま:見慣れた部屋のベッドの上。ここがボクの定位置。 くま:模様替えのときとはまた違う、ところどころ抜け落ちた、どこか殺風景に感じる部屋に、複雑な感情が芽生える。 くま:キミは今、どんな顔をしてるのかな? くま:きっと、ボクには見せたことのない顔をしているんだろうな。  :   :  くま:ボクがキミと出会ったのは、キミが大きなお餅を背負わされて、大泣きした後だった。 くま:どんな子かなって、ドキドキしながらピンクの袋の中で待っていたのに、いきなり威勢のいい泣き声が聞こえて咄嗟に身構えたよ。 くま:「「誕生日おめでとう!」」 くま:そんな声とともに対面した時には、まだキミの顔には泣いた跡が残っていて、むすっとした顔で不思議そうにボクを見ていた。 くま:当時のキミとまったく同じ身長のボク。 くま:キミはボクのことをどう思ったのかな? くま:今のキミに聞いたって、覚えてるわけないだろうけど。 くま:この記憶はボクだけの特権だね。 くま:、、、そんなときからボクらは一緒にいたんだ。  :  くま:小さい頃のキミは本当におてんばだった。 くま:いや、、、それは、今もかな? くま:でも、まだ言葉を話せないキミは、ボクを叩いたり、踏みつけたり、いい子いい子したり、、いや、させられたと思ったら、途端に他のおもちゃに気を取られて、全然遊んでくれなかったり。 くま:、、、ボクの扱いは散々だった。 くま:少しずつ話せるようになってきても、おてんば娘は健在で、力が強くなって吹っ飛ばされたこともあったっけ。 くま:ウソじゃないよ。全部キミのパパが録ったビデオに、証拠が残ってる。 くま:キミは一人っ子で大事に育てられてきたんだ。裏目に出たね。 くま:ボクは抵抗できないんだから、もうちょっと優しくしてほしかったなぁ。 くま:あ、でも、、。 くま:眠ってるときのキミはいつもかわいかったよ。 くま:いつものおてんばはどこに行ったんだってくらい、すやすや静かに眠るんだ。 くま:いつしか寝るときのキミの隣が、ボクの特等席になっていたね。  :  くま:あ、あと、うれしかった話がひとつ。 くま:ずいぶん話せるようになったキミは、ボクをはじめとするぬいぐるみたちに、次々名前を付けていった。 くま:うさぎのかわいいぬいぐるみには「たろう」。 くま:おさるさんのぬいぐるみには「わんわん」。 くま:赤いリボンのついた白いねこのぬいぐるみは「にぃに」だったっけ。 くま:、、、独特なネーミングセンスだよ。 くま:そんな中、キミがボクに付けた名前は、 くま:「くまた」 くま:、、、え?って思うでしょ?ボクだって拍子抜けした。 くま:天才的な名前を数々生み出してきたキミが、ボクだけ、その、、普通?の名前を付けたんだもん。 くま:特に「わんわん」からの視線が痛かった。あれは忘れられない。 くま:その日から今日まで、ボクはずっと「くまた」だ。 くま:キミが付けてくれた、キミだけが呼んでくれる名前。 くま:ボクの一番大切な宝物。  :  くま:キミが小学生になったとき、ボクの定位置が出来上がった。 くま:キミの念願のひとり部屋。ピカピカの学習机とランドセル、キミ用のベッド。 くま:「おねえさんになった!」って、無邪気に喜ぶキミに連れられて部屋に入ったときの光景は、今でも鮮明に覚えてる。 くま:あのとき、喜びすぎてボクのことをベッドに放り投げたよね。 くま:それも覚えてるよ。、、なんてね。 くま:うきうきるんるんで、なかなか眠れなくて、ママが隣にいないことに不安になって。 くま:泣くのを我慢しながら、ボクをぎゅっときつく抱きしめて眠った夜。 くま:、、、少しでも安心してくれればいいなって、思ってた。 くま:やっと眠れたときには、キミ史上最長夜更かし記録を更新していた。 くま:次の日ママに起こされて「まだまだ子どもね」なんて言われながら、急いで小学校に向かっていたけど、ランドセルを背負ったキミは、ボクには立派なおねえさんに見えたよ。  :  くま:キミはたくさんの友だちに恵まれたようだった。 くま:ある晴れた日は、帰ってくるなりランドセルを放って、縄跳びやボールを抱えて、すぐに外へ飛び出して行ったり。 くま:雨の日は、友だちを部屋に招いて、ゲームやトランプをしたり、、恋バナ?ってやつをしたり、、。 くま:いろんな顔を見て、いろんな名前を聞いた。 くま:そして、毎日夜に、その日あったことをボクに聞かせてくれた。 くま:「図工の時間に絵を褒められたんだ~」とか、「今度合唱でこの曲歌うんだ~」とか。 くま:「本当は主役をやりたかったけど、勇気が出なくて立候補できなかったんだ」とか、「友達”も”あの子のことが好きなんだって」とか。 くま:楽しい話、うれしい話、悲しい話、悔しい話。 くま:いろんな話を聞くたびに、ボクの知らないところで、キミが大人になっていくような気がした。  :  くま:キミが制服を着るようになってから、キミが部屋にいる時間がぐっと減った。 くま:暗くなってから帰ってきて、相変わらず朝は弱いようだけど、頑張って早起きして、また制服を着て出かけていく。 くま:ちょっぴり寂しかったけど、変わらず夜には今日の出来事を話してくれた。 くま:その時間が大好きだった。 くま:疲れ切っていて、話の途中で寝てしまうときもあったけれど、そのときはキミが子どもに戻ったようで、なんだか微笑ましく思っていた。  :  くま:その日は、いつも通り暗くなってから、いつも通り「ただいま」って聞こえてきて。 くま:いつも以上にバタバタと階段を上る音が、速く大きく聞こえて、どうしたんだろうって思う間もなく、キミがボクを抱きしめてきた。 くま:帰ってきたらすぐに部屋着に着替えるキミが、制服のままボクを抱きしめて、ベッドの上でバタバタしながら、声にならない叫びをあげている。 くま:、、、本当にどうしたんだろう。 くま:たぶん、悪い話ではない。耳が赤くなってるし、泣いてもいない。 くま:そんなことを考えながら、されるがままに、右に左にブンブン振られて目が回りそうだった。  :  くま:「、、、告白、された。」  :  くま:ぼそっと小さな声で、本当に小さな声で、そうつぶやいた。 くま:またブンブン攻撃が始まる。 くま:まだ夜じゃないのに、、上ずった声でキミがそれについて語る。 くま:「同級生」「隣のクラス」「委員会が一緒」 くま:どこかで聞いたようなフレーズで、あの人かなって思い浮かぶ。 くま:体育祭の写真を見てたとき、その人がいる写真でだけ、わかりやすくにやけてたよね。 くま:、、、実ったんだ。初恋。 くま:キミの止まらない口を遮るかのように、「ごはんよー」というママの声が響く。 くま:あ、またボクのこと放り投げた。 くま:相変わらず雑なんだよな、、。 くま:慌てて着替えて、急いで階段を駆け下りていくキミを横目に、冷静に考えていた。 くま:、、、キミに彼氏、かぁ。 くま:今日はパパが遅くなる日でよかったね。 くま:キミ、絶対隠せないから。すぐ顔に出る。 くま:またキミが少し遠くなった気がしたのは、きっと気のせいだ。 くま:、、、きっと。  :  くま:キミは本当にわかりやすい。 くま:わかりやすすぎる。 くま:休日はTシャツにショートパンツ。 くま:おしゃれには無関心。動きやすさ重視。 くま:、、、そんなキミは、どこに行ったの? くま:ボクが埋もれそうになるくらい、たくさんのスカート、ブラウス、ワンピースをベッドに広げて、何やら真剣に悩んでいるご様子。 くま:明日何があるのか、聞かなくてもわかる。 くま:このファッションショーはいつまで続くのやら。 くま:何着ても似合うし、かわいいって言われるよ。 くま:彼はキミにぞっこんらしいし。 くま:、、、あー、そのワンピース、ボクもいいと思ってた。 くま:あ、次は髪型?女子って大変だなぁ。 くま:え、アイロンつかうの?火傷しないでよ? くま:はぁ、、キミには本当にヒヤヒヤさせられる。 くま:そのままで十分なのに。 くま:どんどんかわいくなっていく。 くま:、、あ。ほら、だから言ったのに。はやく冷やしてきなさい。  :  くま:なんだかキミの様子がおかしい。 くま:帰ってきてからずっと放心状態。 くま:デートの後は、いつもボクをぎゅーってしながら、聞いていられないくらいあま―い話をしてくるのに。 くま:今日はすぐに着替えて、ボクを抱えたままベッドの上で体育座りをして、微動だにしない。 くま:、、、どうしたの? くま:言いたい。でもボクは言えない。 くま:、、、。 くま:すすり泣く声。 くま:静かに、静かに。 くま:だんだん嗚咽も聞こえてきて。 くま:、、、何もしてあげられないボク。 くま:状況は、、、察した。 くま:キミを悲しませて。アイツは何をしたんだ。今すぐ殴って問いただしたい。 くま:ふつふつと湧きあがる怒りと、何もできないもどかしさ。 くま:震えるキミを抱きしめ返すことができたら、 くま:その涙をぬぐってあげられたら、、。 くま:月明りも届かない、真っ暗な、切ない夜だった。  :  くま:キミの部屋のコルクボードの写真が入れ替わるのは、思ったよりも早かった。 くま:写っているのは全員女子。 くま:男子がいるのはクラス写真くらいかな。 くま:制服が変わっても、増える写真は女友達とのものばかり。 くま:「恋人は今はいらない」 くま:友達と電話でそう話しているのを何度も聞いた。 くま:、、、キミに毎日メールしてくる男子が哀れだ。 くま:正直、キミはモテるよ。自覚しなさい。 くま:周りのことには敏感なくせに、自分のことになると鈍感すぎて呆れる。 くま:気づかないふりしてるだけなのかな? くま:、、、そんな器用なことキミにはできないか。 くま:今回は慎重になりすぎて、自分の気持ちすらちゃんとわかってないもんね。 くま:キミが部活で軽い捻挫をしたとき、一緒に帰ってきた彼。 くま:誠実そうで、いいと思うんだけどな。 くま:ボクに認められるなんて、そうそういないよ? くま:キミには幸せになってほしい。ボクの願いはそれだけ。  :  くま:、、、デジャブだ。 くま:ボクは久々のブンブン攻撃に遭っている。 くま:しかも今回は、ブンブンして、急停止して、またブンブンして、停止して、、。 くま:パワーアップしてやがる。 くま:わかった。わかったから。 くま:そろそろやめていただけますか? くま:制服をずいぶん着古した夏の終わり。 くま:参考書が増えて、机に向かうことが多くなった頃。 くま:「夏祭りなのに!花火なのに!!夏期講習滅べー!!!」 くま:なんて騒ぎながら、忙しなく家を出ていったのに。 くま:今朝のキミとはまるで別人。 くま:ほら、制服がシワになるよ? くま:、、、まったく、いつまで続くのやら。 くま:はいはい、うれしいね。よかったね。 くま:、、、本当によかったね。 くま:彼に、キミを泣かせないように、念を押しておかないとね。 くま:まぁ彼なら、、大丈夫か。 くま:キミをこんな笑顔にできるんだもんね。 くま:突如鳴り響く、彼からのメールの着信音。 くま:、、、放り投げられたのは言うまでもない。  :  くま:キミはまた、どんどんかわいくなっていった。 くま:私服選びは未だに慣れないようだけど、メイクをして、髪を巻いて、ネイルなんてのもしてみたり。 くま:変わらず隣にいる彼とも、相変わらず仲がいいようで。 くま:毎日にこにこしているキミを見ているのが楽しみだった。 くま:キミの話を聞く時間が幸せだった。  :  くま:、、、こんなこと言ったら、大げさだなって笑われそうだけど。 くま:おてんば娘の成長を、一番近くで見守ってたのはボクなんだからね? くま:赤ちゃんから女の子。女の子から女性になったキミ。 くま:ボクをずっと大事にしてくれたキミ。 くま:ボクはキミに出会えて本当に良かったと思ってる。 くま:昨日、ボクらの最後の夜。 くま:「くまた、ありがとう」 くま:そうボクに言ったキミは、今までで一番綺麗だった。 くま:ボクを抱きしめながら眠ったキミ。 くま:寝顔は昔の面影があって、かわいくて。 くま:最後だなんて、信じられなかった。 くま:でも、これからは彼がキミを大切に守ってくれるんだもんね。  :  くま:外は快晴。物音ひとつしない家の中。 くま:誰もいない部屋で、ボクは定位置に座り、静かに思う。  :  くま:、、、おめでとう。幸せになってね。