台本概要
540 views
タイトル | くまのぬいぐるみ |
---|---|
作者名 | 紫癒-しゆ- (@shiyu_azsi0) |
ジャンル | 童話 |
演者人数 | 1人用台本(不問1) |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
ずっと一緒にいるくまのぬいぐるみ。 ぬいぐるみに感情があったらなぁ……、なんて思い付きで書いた物語です。 一人称・語尾の改変○ 軽度なアドリブ○ 重度なアドリブ・改変✕ このシナリオを手に取っていただき、また読んでいただきありがとうございます。 540 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
くま | 不問 | 18 | MADE IN JAPAN 全長:90cm 色:茶 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
くま:見慣れた部屋のベッドの上。ここがボクの定位置。
くま:模様替えのときとはまた違う、ところどころ抜け落ちた、どこか殺風景に感じる部屋に、複雑な感情が芽生える。
くま:キミは今、どんな顔をしてるのかな?
くま:きっと、ボクには見せたことのない顔をしているんだろうな。
:
:
くま:ボクがキミと出会ったのは、キミが大きなお餅を背負わされて、大泣きした後だった。
くま:どんな子かなって、ドキドキしながらピンクの袋の中で待っていたのに、いきなり威勢のいい泣き声が聞こえて咄嗟に身構えたよ。
くま:「「誕生日おめでとう!」」
くま:そんな声とともに対面した時には、まだキミの顔には泣いた跡が残っていて、むすっとした顔で不思議そうにボクを見ていた。
くま:当時のキミとまったく同じ身長のボク。
くま:キミはボクのことをどう思ったのかな?
くま:今のキミに聞いたって、覚えてるわけないだろうけど。
くま:この記憶はボクだけの特権だね。
くま:、、、そんなときからボクらは一緒にいたんだ。
:
くま:小さい頃のキミは本当におてんばだった。
くま:いや、、、それは、今もかな?
くま:でも、まだ言葉を話せないキミは、ボクを叩いたり、踏みつけたり、いい子いい子したり、、いや、させられたと思ったら、途端に他のおもちゃに気を取られて、全然遊んでくれなかったり。
くま:、、、ボクの扱いは散々だった。
くま:少しずつ話せるようになってきても、おてんば娘は健在で、力が強くなって吹っ飛ばされたこともあったっけ。
くま:ウソじゃないよ。全部キミのパパが録ったビデオに、証拠が残ってる。
くま:キミは一人っ子で大事に育てられてきたんだ。裏目に出たね。
くま:ボクは抵抗できないんだから、もうちょっと優しくしてほしかったなぁ。
くま:あ、でも、、。
くま:眠ってるときのキミはいつもかわいかったよ。
くま:いつものおてんばはどこに行ったんだってくらい、すやすや静かに眠るんだ。
くま:いつしか寝るときのキミの隣が、ボクの特等席になっていたね。
:
くま:あ、あと、うれしかった話がひとつ。
くま:ずいぶん話せるようになったキミは、ボクをはじめとするぬいぐるみたちに、次々名前を付けていった。
くま:うさぎのかわいいぬいぐるみには「たろう」。
くま:おさるさんのぬいぐるみには「わんわん」。
くま:赤いリボンのついた白いねこのぬいぐるみは「にぃに」だったっけ。
くま:、、、独特なネーミングセンスだよ。
くま:そんな中、キミがボクに付けた名前は、
くま:「くまた」
くま:、、、え?って思うでしょ?ボクだって拍子抜けした。
くま:天才的な名前を数々生み出してきたキミが、ボクだけ、その、、普通?の名前を付けたんだもん。
くま:特に「わんわん」からの視線が痛かった。あれは忘れられない。
くま:その日から今日まで、ボクはずっと「くまた」だ。
くま:キミが付けてくれた、キミだけが呼んでくれる名前。
くま:ボクの一番大切な宝物。
:
くま:キミが小学生になったとき、ボクの定位置が出来上がった。
くま:キミの念願のひとり部屋。ピカピカの学習机とランドセル、キミ用のベッド。
くま:「おねえさんになった!」って、無邪気に喜ぶキミに連れられて部屋に入ったときの光景は、今でも鮮明に覚えてる。
くま:あのとき、喜びすぎてボクのことをベッドに放り投げたよね。
くま:それも覚えてるよ。、、なんてね。
くま:うきうきるんるんで、なかなか眠れなくて、ママが隣にいないことに不安になって。
くま:泣くのを我慢しながら、ボクをぎゅっときつく抱きしめて眠った夜。
くま:、、、少しでも安心してくれればいいなって、思ってた。
くま:やっと眠れたときには、キミ史上最長夜更かし記録を更新していた。
くま:次の日ママに起こされて「まだまだ子どもね」なんて言われながら、急いで小学校に向かっていたけど、ランドセルを背負ったキミは、ボクには立派なおねえさんに見えたよ。
:
くま:キミはたくさんの友だちに恵まれたようだった。
くま:ある晴れた日は、帰ってくるなりランドセルを放って、縄跳びやボールを抱えて、すぐに外へ飛び出して行ったり。
くま:雨の日は、友だちを部屋に招いて、ゲームやトランプをしたり、、恋バナ?ってやつをしたり、、。
くま:いろんな顔を見て、いろんな名前を聞いた。
くま:そして、毎日夜に、その日あったことをボクに聞かせてくれた。
くま:「図工の時間に絵を褒められたんだ~」とか、「今度合唱でこの曲歌うんだ~」とか。
くま:「本当は主役をやりたかったけど、勇気が出なくて立候補できなかったんだ」とか、「友達”も”あの子のことが好きなんだって」とか。
くま:楽しい話、うれしい話、悲しい話、悔しい話。
くま:いろんな話を聞くたびに、ボクの知らないところで、キミが大人になっていくような気がした。
:
くま:キミが制服を着るようになってから、キミが部屋にいる時間がぐっと減った。
くま:暗くなってから帰ってきて、相変わらず朝は弱いようだけど、頑張って早起きして、また制服を着て出かけていく。
くま:ちょっぴり寂しかったけど、変わらず夜には今日の出来事を話してくれた。
くま:その時間が大好きだった。
くま:疲れ切っていて、話の途中で寝てしまうときもあったけれど、そのときはキミが子どもに戻ったようで、なんだか微笑ましく思っていた。
:
くま:その日は、いつも通り暗くなってから、いつも通り「ただいま」って聞こえてきて。
くま:いつも以上にバタバタと階段を上る音が、速く大きく聞こえて、どうしたんだろうって思う間もなく、キミがボクを抱きしめてきた。
くま:帰ってきたらすぐに部屋着に着替えるキミが、制服のままボクを抱きしめて、ベッドの上でバタバタしながら、声にならない叫びをあげている。
くま:、、、本当にどうしたんだろう。
くま:たぶん、悪い話ではない。耳が赤くなってるし、泣いてもいない。
くま:そんなことを考えながら、されるがままに、右に左にブンブン振られて目が回りそうだった。
:
くま:「、、、告白、された。」
:
くま:ぼそっと小さな声で、本当に小さな声で、そうつぶやいた。
くま:またブンブン攻撃が始まる。
くま:まだ夜じゃないのに、、上ずった声でキミがそれについて語る。
くま:「同級生」「隣のクラス」「委員会が一緒」
くま:どこかで聞いたようなフレーズで、あの人かなって思い浮かぶ。
くま:体育祭の写真を見てたとき、その人がいる写真でだけ、わかりやすくにやけてたよね。
くま:、、、実ったんだ。初恋。
くま:キミの止まらない口を遮るかのように、「ごはんよー」というママの声が響く。
くま:あ、またボクのこと放り投げた。
くま:相変わらず雑なんだよな、、。
くま:慌てて着替えて、急いで階段を駆け下りていくキミを横目に、冷静に考えていた。
くま:、、、キミに彼氏、かぁ。
くま:今日はパパが遅くなる日でよかったね。
くま:キミ、絶対隠せないから。すぐ顔に出る。
くま:またキミが少し遠くなった気がしたのは、きっと気のせいだ。
くま:、、、きっと。
:
くま:キミは本当にわかりやすい。
くま:わかりやすすぎる。
くま:休日はTシャツにショートパンツ。
くま:おしゃれには無関心。動きやすさ重視。
くま:、、、そんなキミは、どこに行ったの?
くま:ボクが埋もれそうになるくらい、たくさんのスカート、ブラウス、ワンピースをベッドに広げて、何やら真剣に悩んでいるご様子。
くま:明日何があるのか、聞かなくてもわかる。
くま:このファッションショーはいつまで続くのやら。
くま:何着ても似合うし、かわいいって言われるよ。
くま:彼はキミにぞっこんらしいし。
くま:、、、あー、そのワンピース、ボクもいいと思ってた。
くま:あ、次は髪型?女子って大変だなぁ。
くま:え、アイロンつかうの?火傷しないでよ?
くま:はぁ、、キミには本当にヒヤヒヤさせられる。
くま:そのままで十分なのに。
くま:どんどんかわいくなっていく。
くま:、、あ。ほら、だから言ったのに。はやく冷やしてきなさい。
:
くま:なんだかキミの様子がおかしい。
くま:帰ってきてからずっと放心状態。
くま:デートの後は、いつもボクをぎゅーってしながら、聞いていられないくらいあま―い話をしてくるのに。
くま:今日はすぐに着替えて、ボクを抱えたままベッドの上で体育座りをして、微動だにしない。
くま:、、、どうしたの?
くま:言いたい。でもボクは言えない。
くま:、、、。
くま:すすり泣く声。
くま:静かに、静かに。
くま:だんだん嗚咽も聞こえてきて。
くま:、、、何もしてあげられないボク。
くま:状況は、、、察した。
くま:キミを悲しませて。アイツは何をしたんだ。今すぐ殴って問いただしたい。
くま:ふつふつと湧きあがる怒りと、何もできないもどかしさ。
くま:震えるキミを抱きしめ返すことができたら、
くま:その涙をぬぐってあげられたら、、。
くま:月明りも届かない、真っ暗な、切ない夜だった。
:
くま:キミの部屋のコルクボードの写真が入れ替わるのは、思ったよりも早かった。
くま:写っているのは全員女子。
くま:男子がいるのはクラス写真くらいかな。
くま:制服が変わっても、増える写真は女友達とのものばかり。
くま:「恋人は今はいらない」
くま:友達と電話でそう話しているのを何度も聞いた。
くま:、、、キミに毎日メールしてくる男子が哀れだ。
くま:正直、キミはモテるよ。自覚しなさい。
くま:周りのことには敏感なくせに、自分のことになると鈍感すぎて呆れる。
くま:気づかないふりしてるだけなのかな?
くま:、、、そんな器用なことキミにはできないか。
くま:今回は慎重になりすぎて、自分の気持ちすらちゃんとわかってないもんね。
くま:キミが部活で軽い捻挫をしたとき、一緒に帰ってきた彼。
くま:誠実そうで、いいと思うんだけどな。
くま:ボクに認められるなんて、そうそういないよ?
くま:キミには幸せになってほしい。ボクの願いはそれだけ。
:
くま:、、、デジャブだ。
くま:ボクは久々のブンブン攻撃に遭っている。
くま:しかも今回は、ブンブンして、急停止して、またブンブンして、停止して、、。
くま:パワーアップしてやがる。
くま:わかった。わかったから。
くま:そろそろやめていただけますか?
くま:制服をずいぶん着古した夏の終わり。
くま:参考書が増えて、机に向かうことが多くなった頃。
くま:「夏祭りなのに!花火なのに!!夏期講習滅べー!!!」
くま:なんて騒ぎながら、忙しなく家を出ていったのに。
くま:今朝のキミとはまるで別人。
くま:ほら、制服がシワになるよ?
くま:、、、まったく、いつまで続くのやら。
くま:はいはい、うれしいね。よかったね。
くま:、、、本当によかったね。
くま:彼に、キミを泣かせないように、念を押しておかないとね。
くま:まぁ彼なら、、大丈夫か。
くま:キミをこんな笑顔にできるんだもんね。
くま:突如鳴り響く、彼からのメールの着信音。
くま:、、、放り投げられたのは言うまでもない。
:
くま:キミはまた、どんどんかわいくなっていった。
くま:私服選びは未だに慣れないようだけど、メイクをして、髪を巻いて、ネイルなんてのもしてみたり。
くま:変わらず隣にいる彼とも、相変わらず仲がいいようで。
くま:毎日にこにこしているキミを見ているのが楽しみだった。
くま:キミの話を聞く時間が幸せだった。
:
くま:、、、こんなこと言ったら、大げさだなって笑われそうだけど。
くま:おてんば娘の成長を、一番近くで見守ってたのはボクなんだからね?
くま:赤ちゃんから女の子。女の子から女性になったキミ。
くま:ボクをずっと大事にしてくれたキミ。
くま:ボクはキミに出会えて本当に良かったと思ってる。
くま:昨日、ボクらの最後の夜。
くま:「くまた、ありがとう」
くま:そうボクに言ったキミは、今までで一番綺麗だった。
くま:ボクを抱きしめながら眠ったキミ。
くま:寝顔は昔の面影があって、かわいくて。
くま:最後だなんて、信じられなかった。
くま:でも、これからは彼がキミを大切に守ってくれるんだもんね。
:
くま:外は快晴。物音ひとつしない家の中。
くま:誰もいない部屋で、ボクは定位置に座り、静かに思う。
:
くま:、、、おめでとう。幸せになってね。
くま:見慣れた部屋のベッドの上。ここがボクの定位置。
くま:模様替えのときとはまた違う、ところどころ抜け落ちた、どこか殺風景に感じる部屋に、複雑な感情が芽生える。
くま:キミは今、どんな顔をしてるのかな?
くま:きっと、ボクには見せたことのない顔をしているんだろうな。
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くま:ボクがキミと出会ったのは、キミが大きなお餅を背負わされて、大泣きした後だった。
くま:どんな子かなって、ドキドキしながらピンクの袋の中で待っていたのに、いきなり威勢のいい泣き声が聞こえて咄嗟に身構えたよ。
くま:「「誕生日おめでとう!」」
くま:そんな声とともに対面した時には、まだキミの顔には泣いた跡が残っていて、むすっとした顔で不思議そうにボクを見ていた。
くま:当時のキミとまったく同じ身長のボク。
くま:キミはボクのことをどう思ったのかな?
くま:今のキミに聞いたって、覚えてるわけないだろうけど。
くま:この記憶はボクだけの特権だね。
くま:、、、そんなときからボクらは一緒にいたんだ。
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くま:小さい頃のキミは本当におてんばだった。
くま:いや、、、それは、今もかな?
くま:でも、まだ言葉を話せないキミは、ボクを叩いたり、踏みつけたり、いい子いい子したり、、いや、させられたと思ったら、途端に他のおもちゃに気を取られて、全然遊んでくれなかったり。
くま:、、、ボクの扱いは散々だった。
くま:少しずつ話せるようになってきても、おてんば娘は健在で、力が強くなって吹っ飛ばされたこともあったっけ。
くま:ウソじゃないよ。全部キミのパパが録ったビデオに、証拠が残ってる。
くま:キミは一人っ子で大事に育てられてきたんだ。裏目に出たね。
くま:ボクは抵抗できないんだから、もうちょっと優しくしてほしかったなぁ。
くま:あ、でも、、。
くま:眠ってるときのキミはいつもかわいかったよ。
くま:いつものおてんばはどこに行ったんだってくらい、すやすや静かに眠るんだ。
くま:いつしか寝るときのキミの隣が、ボクの特等席になっていたね。
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くま:あ、あと、うれしかった話がひとつ。
くま:ずいぶん話せるようになったキミは、ボクをはじめとするぬいぐるみたちに、次々名前を付けていった。
くま:うさぎのかわいいぬいぐるみには「たろう」。
くま:おさるさんのぬいぐるみには「わんわん」。
くま:赤いリボンのついた白いねこのぬいぐるみは「にぃに」だったっけ。
くま:、、、独特なネーミングセンスだよ。
くま:そんな中、キミがボクに付けた名前は、
くま:「くまた」
くま:、、、え?って思うでしょ?ボクだって拍子抜けした。
くま:天才的な名前を数々生み出してきたキミが、ボクだけ、その、、普通?の名前を付けたんだもん。
くま:特に「わんわん」からの視線が痛かった。あれは忘れられない。
くま:その日から今日まで、ボクはずっと「くまた」だ。
くま:キミが付けてくれた、キミだけが呼んでくれる名前。
くま:ボクの一番大切な宝物。
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くま:キミが小学生になったとき、ボクの定位置が出来上がった。
くま:キミの念願のひとり部屋。ピカピカの学習机とランドセル、キミ用のベッド。
くま:「おねえさんになった!」って、無邪気に喜ぶキミに連れられて部屋に入ったときの光景は、今でも鮮明に覚えてる。
くま:あのとき、喜びすぎてボクのことをベッドに放り投げたよね。
くま:それも覚えてるよ。、、なんてね。
くま:うきうきるんるんで、なかなか眠れなくて、ママが隣にいないことに不安になって。
くま:泣くのを我慢しながら、ボクをぎゅっときつく抱きしめて眠った夜。
くま:、、、少しでも安心してくれればいいなって、思ってた。
くま:やっと眠れたときには、キミ史上最長夜更かし記録を更新していた。
くま:次の日ママに起こされて「まだまだ子どもね」なんて言われながら、急いで小学校に向かっていたけど、ランドセルを背負ったキミは、ボクには立派なおねえさんに見えたよ。
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くま:キミはたくさんの友だちに恵まれたようだった。
くま:ある晴れた日は、帰ってくるなりランドセルを放って、縄跳びやボールを抱えて、すぐに外へ飛び出して行ったり。
くま:雨の日は、友だちを部屋に招いて、ゲームやトランプをしたり、、恋バナ?ってやつをしたり、、。
くま:いろんな顔を見て、いろんな名前を聞いた。
くま:そして、毎日夜に、その日あったことをボクに聞かせてくれた。
くま:「図工の時間に絵を褒められたんだ~」とか、「今度合唱でこの曲歌うんだ~」とか。
くま:「本当は主役をやりたかったけど、勇気が出なくて立候補できなかったんだ」とか、「友達”も”あの子のことが好きなんだって」とか。
くま:楽しい話、うれしい話、悲しい話、悔しい話。
くま:いろんな話を聞くたびに、ボクの知らないところで、キミが大人になっていくような気がした。
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くま:キミが制服を着るようになってから、キミが部屋にいる時間がぐっと減った。
くま:暗くなってから帰ってきて、相変わらず朝は弱いようだけど、頑張って早起きして、また制服を着て出かけていく。
くま:ちょっぴり寂しかったけど、変わらず夜には今日の出来事を話してくれた。
くま:その時間が大好きだった。
くま:疲れ切っていて、話の途中で寝てしまうときもあったけれど、そのときはキミが子どもに戻ったようで、なんだか微笑ましく思っていた。
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くま:その日は、いつも通り暗くなってから、いつも通り「ただいま」って聞こえてきて。
くま:いつも以上にバタバタと階段を上る音が、速く大きく聞こえて、どうしたんだろうって思う間もなく、キミがボクを抱きしめてきた。
くま:帰ってきたらすぐに部屋着に着替えるキミが、制服のままボクを抱きしめて、ベッドの上でバタバタしながら、声にならない叫びをあげている。
くま:、、、本当にどうしたんだろう。
くま:たぶん、悪い話ではない。耳が赤くなってるし、泣いてもいない。
くま:そんなことを考えながら、されるがままに、右に左にブンブン振られて目が回りそうだった。
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くま:「、、、告白、された。」
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くま:ぼそっと小さな声で、本当に小さな声で、そうつぶやいた。
くま:またブンブン攻撃が始まる。
くま:まだ夜じゃないのに、、上ずった声でキミがそれについて語る。
くま:「同級生」「隣のクラス」「委員会が一緒」
くま:どこかで聞いたようなフレーズで、あの人かなって思い浮かぶ。
くま:体育祭の写真を見てたとき、その人がいる写真でだけ、わかりやすくにやけてたよね。
くま:、、、実ったんだ。初恋。
くま:キミの止まらない口を遮るかのように、「ごはんよー」というママの声が響く。
くま:あ、またボクのこと放り投げた。
くま:相変わらず雑なんだよな、、。
くま:慌てて着替えて、急いで階段を駆け下りていくキミを横目に、冷静に考えていた。
くま:、、、キミに彼氏、かぁ。
くま:今日はパパが遅くなる日でよかったね。
くま:キミ、絶対隠せないから。すぐ顔に出る。
くま:またキミが少し遠くなった気がしたのは、きっと気のせいだ。
くま:、、、きっと。
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くま:キミは本当にわかりやすい。
くま:わかりやすすぎる。
くま:休日はTシャツにショートパンツ。
くま:おしゃれには無関心。動きやすさ重視。
くま:、、、そんなキミは、どこに行ったの?
くま:ボクが埋もれそうになるくらい、たくさんのスカート、ブラウス、ワンピースをベッドに広げて、何やら真剣に悩んでいるご様子。
くま:明日何があるのか、聞かなくてもわかる。
くま:このファッションショーはいつまで続くのやら。
くま:何着ても似合うし、かわいいって言われるよ。
くま:彼はキミにぞっこんらしいし。
くま:、、、あー、そのワンピース、ボクもいいと思ってた。
くま:あ、次は髪型?女子って大変だなぁ。
くま:え、アイロンつかうの?火傷しないでよ?
くま:はぁ、、キミには本当にヒヤヒヤさせられる。
くま:そのままで十分なのに。
くま:どんどんかわいくなっていく。
くま:、、あ。ほら、だから言ったのに。はやく冷やしてきなさい。
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くま:なんだかキミの様子がおかしい。
くま:帰ってきてからずっと放心状態。
くま:デートの後は、いつもボクをぎゅーってしながら、聞いていられないくらいあま―い話をしてくるのに。
くま:今日はすぐに着替えて、ボクを抱えたままベッドの上で体育座りをして、微動だにしない。
くま:、、、どうしたの?
くま:言いたい。でもボクは言えない。
くま:、、、。
くま:すすり泣く声。
くま:静かに、静かに。
くま:だんだん嗚咽も聞こえてきて。
くま:、、、何もしてあげられないボク。
くま:状況は、、、察した。
くま:キミを悲しませて。アイツは何をしたんだ。今すぐ殴って問いただしたい。
くま:ふつふつと湧きあがる怒りと、何もできないもどかしさ。
くま:震えるキミを抱きしめ返すことができたら、
くま:その涙をぬぐってあげられたら、、。
くま:月明りも届かない、真っ暗な、切ない夜だった。
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くま:キミの部屋のコルクボードの写真が入れ替わるのは、思ったよりも早かった。
くま:写っているのは全員女子。
くま:男子がいるのはクラス写真くらいかな。
くま:制服が変わっても、増える写真は女友達とのものばかり。
くま:「恋人は今はいらない」
くま:友達と電話でそう話しているのを何度も聞いた。
くま:、、、キミに毎日メールしてくる男子が哀れだ。
くま:正直、キミはモテるよ。自覚しなさい。
くま:周りのことには敏感なくせに、自分のことになると鈍感すぎて呆れる。
くま:気づかないふりしてるだけなのかな?
くま:、、、そんな器用なことキミにはできないか。
くま:今回は慎重になりすぎて、自分の気持ちすらちゃんとわかってないもんね。
くま:キミが部活で軽い捻挫をしたとき、一緒に帰ってきた彼。
くま:誠実そうで、いいと思うんだけどな。
くま:ボクに認められるなんて、そうそういないよ?
くま:キミには幸せになってほしい。ボクの願いはそれだけ。
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くま:、、、デジャブだ。
くま:ボクは久々のブンブン攻撃に遭っている。
くま:しかも今回は、ブンブンして、急停止して、またブンブンして、停止して、、。
くま:パワーアップしてやがる。
くま:わかった。わかったから。
くま:そろそろやめていただけますか?
くま:制服をずいぶん着古した夏の終わり。
くま:参考書が増えて、机に向かうことが多くなった頃。
くま:「夏祭りなのに!花火なのに!!夏期講習滅べー!!!」
くま:なんて騒ぎながら、忙しなく家を出ていったのに。
くま:今朝のキミとはまるで別人。
くま:ほら、制服がシワになるよ?
くま:、、、まったく、いつまで続くのやら。
くま:はいはい、うれしいね。よかったね。
くま:、、、本当によかったね。
くま:彼に、キミを泣かせないように、念を押しておかないとね。
くま:まぁ彼なら、、大丈夫か。
くま:キミをこんな笑顔にできるんだもんね。
くま:突如鳴り響く、彼からのメールの着信音。
くま:、、、放り投げられたのは言うまでもない。
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くま:キミはまた、どんどんかわいくなっていった。
くま:私服選びは未だに慣れないようだけど、メイクをして、髪を巻いて、ネイルなんてのもしてみたり。
くま:変わらず隣にいる彼とも、相変わらず仲がいいようで。
くま:毎日にこにこしているキミを見ているのが楽しみだった。
くま:キミの話を聞く時間が幸せだった。
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くま:、、、こんなこと言ったら、大げさだなって笑われそうだけど。
くま:おてんば娘の成長を、一番近くで見守ってたのはボクなんだからね?
くま:赤ちゃんから女の子。女の子から女性になったキミ。
くま:ボクをずっと大事にしてくれたキミ。
くま:ボクはキミに出会えて本当に良かったと思ってる。
くま:昨日、ボクらの最後の夜。
くま:「くまた、ありがとう」
くま:そうボクに言ったキミは、今までで一番綺麗だった。
くま:ボクを抱きしめながら眠ったキミ。
くま:寝顔は昔の面影があって、かわいくて。
くま:最後だなんて、信じられなかった。
くま:でも、これからは彼がキミを大切に守ってくれるんだもんね。
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くま:外は快晴。物音ひとつしない家の中。
くま:誰もいない部屋で、ボクは定位置に座り、静かに思う。
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くま:、、、おめでとう。幸せになってね。