台本概要
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タイトル | 裏:百夜物語 |
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作者名 | VAL (@bakemonohouse) |
ジャンル | ファンタジー |
演者人数 | 5人用台本(男2、女2、不問1) |
時間 | 60 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
百夜物語の男女逆版です。 牡丹は不問なので変わりませんが、もし良かったら遊んでやってください。 キャラ説明は https://taltal3014.lsv.jp/app/public/script/detail/1488 をご覧ください 332 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
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椿 | 女 | 154 | |
菖蒲 | 男 | 127 | |
牡丹 | 不問 | 128 | |
竜胆 | 女 | 118 | |
杏子 | 男 | 109 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
竜胆:暗い、暗い。闇より暗い夜を食み、泥水を啜りて命を繋ぐ。生きたとて、何が起こりうるかは理解も及ばず。しかしその歩みを止めることなかれ。幾千の夜を超えた先、そこには確かな夜明けが来よう。今はただ。その希望に縋り、光を希うのみ。
椿:いつか来たる日のため今は……今は。
菖蒲:また本なんて読んでるのか?
椿:何だ。菖蒲かあ。
菖蒲:何だとは失礼な奴だな。この国随一の色男って言われてんだぞ?
椿:みんなきっと、あんたの父上がさぞ怖いんでしょうね。
菖蒲:そんなことねえよ。自分でも綺麗な顔だと思うんだよなあ。民たちがそう思うのも無理は無い。
椿:そうですね。立派な考え方だと思います。
菖蒲:心が篭って無いな……それで、何読んでたんだ?
椿:ん?ああ、少し前の任務で行った村にあったの。多分、そこに住んでた人の手記ね。
菖蒲:あの村か……思い出すだけで気分が悪い。
椿:そう?楽な任務だったじゃない。国賊1人殺すだけの。
菖蒲:その後だよ。村民なんて全員死んじゃってて。しかも原型留めてないし。片付けが面倒ったら無い。
椿:そんな言い方無いでしょ。あの村の人々は私たちが来るまで必死に国賊と戦ったのよ。
菖蒲:そうだな。なんの傷も与えられなくて全員犬死に。情けねえ。
椿:あんた。それ以上言ったら――
牡丹:2人ともー!ここにおったんやね。探してたんよ。
菖蒲:……牡丹が来たってことは。
牡丹:さすが察しがええねぇ。任務のお知らせやよ。
菖蒲:最近多くないか?
牡丹:それだけ頼られてるってことやろうなあ。
椿:妖刀を回収した分だけ給金も上がるんだから。私としては文句は無いけど。まあお金持ちのお坊ちゃんにはわからないか。
菖蒲:お前。馬鹿にしてんのか?
牡丹:君らほんまに喧嘩ばっかりやなあ。その件でもお叱り受けるのは何でか私やし……
椿:それは、ごめん。
菖蒲:わかればいいんだよ。
椿:あんたに言って無いわよ!
牡丹:ん?椿、その手記どないしたん?
椿:これ?この間の任務の時に拾ったの。
牡丹:ちょうど私がおらんかった時のやつかな。
椿:そうだったかなあ。
牡丹:ちょっと私も読んでみたいんやけど、貸してくれへん?
椿:え、別にいいけど。
菖蒲:牡丹もそんなの読むのか?趣味悪いなあ。
牡丹:たまには風情があって良いんよ?じゃあ椿、ちょっと借りるわな。
菖蒲:で、任務の内容は?
牡丹:そうやった。今回は総理大臣直属の任務なんよ。
菖蒲:え。大仕事じゃねーか…
椿:いいわねぇ!燃えてきた!で何すんのよ?
牡丹:ちょっと焦りすぎやって。今から聞きに行くんよ。そのお誘いやんかー。
菖蒲:いつもは勝手に聞いてきてくれるのにな。
牡丹:流石の私も総理と話す時は緊張するんよ。ほな早速行くで、2人とも。
0:間―
杏子:今は昔、日本は未だかつて無い栄華を誇っていた。様々な国が割拠する中、小さな島国である我が国が何故ここまで栄えたか……
杏子:【擬(もどき)】という武器のお陰である。擬を扱うには霊力が必要であり、扱える人間は限られていた。
杏子:彼女たち3人は擬使いの中でも特に実力のある者達。彼女たちの働きにより領土は増え、土地は肥え、国民は彼女たちを称えていた。
杏子:そんな彼女たちに言い渡された任務。それは擬と同等の力を持つ【妖刀】を宮司の力をもって封印せよ。との事だった。
0:山道を歩く3人。
椿:で、今回は封印だけでいいんだっけ?
菖蒲:どうせいるだろ。国賊が。
牡丹:そうやねぇ。妖刀と国賊は抱き合わせみたいなもんやから。
椿:強い奴がいるといいなあ。
菖蒲:はあ?嫌だよ。俺の綺麗な顔に傷でもついたらどうするつもりだ?
椿:どうせ遠距離でしょ。いつも私と牡丹が前線で戦っててもずっと涼しい顔してるじゃない。
菖蒲:仕方ないだろ?俺の擬は銃型だ。わざわざ近づいて血に濡れなくてもいい。本当、俺のためにあるような武器だよなあ。
椿:……牡丹、わかるでしょ?私がいつも腹立つの。
牡丹:うーん。私も遠距離が良かったなあ。
椿:あんたも……分かってないわねえ!勝つか負けるかの競り合いが楽しいの!
菖蒲:まあ椿にはお似合いだよな。
椿:どういう意味よ。
牡丹:もう、また喧嘩せえへんの。そろそろ着くで。
0:神社に着く一行。
牡丹:失礼致します!牡丹、椿、菖蒲の3名到着致しました!総理の命により、宮司様をお迎えにあがりました!
菖蒲:牡丹って普通に喋れるんだな。
椿:私も初めて聞いた。
牡丹:しー。もう来られるで。
杏子:皆様!よく来られまし――っ!
0:足の小指を賽銭箱に勢いよくぶつける。
菖蒲:……え?
椿:……あれは痛いわね。
杏子:いい加減、賽銭箱の場所変えないといけませんね。
菖蒲:あーいつもぶつけてるなあれ。
牡丹:あの……宮司様は変わられたのですか?
杏子:はい。前任者は擬になられました。
牡丹:そうですか……擬に。それはめでたいですね!
杏子:そうですねえ。羨ましい限りです。
椿:やっぱ宮司さんくらい霊力が強く無いと擬になるのは難しいのね。
菖蒲:椿はやっぱり擬になりたいのか?
椿:そりゃあ国の英雄って呼ばれるのよ?皆が目指す所でしょ。でも才能無いと難しいんだろうなあ。
杏子:そんなことはないですよ?私だってまだまだですから。霊力を鍛えないと。
椿:え。霊力って鍛えれるの?。
牡丹:椿。言葉遣いには気をつけなあかんよ。
杏子:気にしないでください。堅苦しいのは少し苦手なので。自然体でいてくださって結構ですよ。
菖蒲:一見堅苦しそうなのにな。
杏子:よく言われます。
牡丹:なんかすんませんなあ。
杏子:いえいえ。それで、霊力の話でしたね。確かに生まれつき多い少ないはあると思います。でも使えば使うほど増えますし、強くなるんですよ。
杏子:皆さんも擬を使っていて思いませんか?以前より軽くなったとか、体がよく動くようになったとか。
椿:確かにある!そうなんだ。ただの慣れだと思ってた。
菖蒲:俺も疲れにくくなったかも。へえ。霊力が増えたからなんだな。
杏子:はい。だから皆さんもきっと立派な擬になれるんですよ。使いすぎなければですが……
牡丹:……
椿:どうしたの?牡丹。
牡丹:え?
菖蒲:気を遣い過ぎて疲れたんじゃないか?
牡丹:そうかもなあ。主に2人のせいやけど。
椿:え。あ、ごめん。
牡丹:ええよ。もう慣れたわ。それより宮司様。今回の任務の内容は聞いてはりますか?
杏子:妖刀の封印とそれに伴う国賊の抹殺でしたよね?
菖蒲:え?封印だけって聞いてるんだけど……
杏子:私もそう聞いてますが、きっといますから。妖刀あるところに国賊有り。国の平和のために彼らは殺さねばなりませんからね。
椿:今回の宮司さんは気が合いそう!よろしくね!えっと……
杏子:杏子です。よろしくお願いしますね。椿さん、菖蒲さん、牡丹さん。
菖蒲:へえちゃんと覚えてくれてんだ。
牡丹:最低限の敬意だけは忘れんといてなあ……
菖蒲:心配するなよ。父様から礼節は叩き込まれてる。
椿:それであれなのね……
菖蒲:何か言ったか?
椿:何も?任務が楽しみだなあって。ね?杏子。
杏子:ふふ。そうですね。
牡丹:流石に呼び捨ては……
菖蒲:別にいいよな?杏子。
牡丹:菖蒲まで……
杏子:牡丹さん気にしすぎですよ。私は大丈夫です。
牡丹:お気遣いありがとうございます。でも私がしっかりせえへんと、この子ら阿呆やから。
杏子:愉快で良いと思いますよ。
牡丹:ほんますんません。
椿:ねえ早く行かない?霊力の波動を感じるの!
菖蒲:お前にそんな力無いだろ。
杏子:行きましょうか。これくらいしか社の外に出ることがないので、楽しみです。
牡丹:……
菖蒲:牡丹また顔が怖いぞ。
牡丹:普通に胃痛がするだけやよ……
菖蒲:なら問題ないな。
椿:少し休む?
牡丹:そやね。ちょっと先に行っといてくれる?後で追いかけるわ。
菖蒲:牡丹がいなくて辿り着けるのか?
椿:そりゃあ……まあ。
杏子:大丈夫ですよ。地図は穴が空くほど見ましたから。それに私も椿さんと同じように霊力の波動を感じ取れますので、近くに国賊が居たらわかりますよ。
椿:やるわね杏子!
杏子:ふふ。
菖蒲:椿にそんな力は無いっての……
牡丹:すんません。宮司様。ちょっとだけお願いしますわ。出来るだけ早う向かいます。
杏子:はい。お任せを。
菖蒲:それじゃあ行くか。
椿:ええ!
杏子:はい。
0:社近くの洞窟―
竜胆:八卦、七彩、六道、五行、四散、三寒、二才、一礼……【八宝無尽】!
竜胆:ん……良いわよ。このまま……
牡丹:えらい精が出るなあ。
竜胆:っ!ちょっ!ああ!
牡丹:あーあ。集中欠いたらあかんがな。
竜胆:いきなり現れるからでしょう!もう。やり直しじゃない。
牡丹:ようこんな敵の近くで目立つことやってるわ。
竜胆:確かにあいつらは霊力の流れを読むことが出来る。だけど、長年霊力にあてられてきたこの土地は莫大な霊力を宿しているのよ。いわゆる霊界ね。
竜胆:木を隠すなら森の中、霊力を隠すなら霊界の中よ。おかげでいくらでも術は使えるし、回復も早いわ。ありがたい限りね。
牡丹:なるほどなあ。元々は術の類は苦手やったんに、ようそこまで上達したもんや。
竜胆:社様様よ。それより貴方。
牡丹:ん?
竜胆:その変な話し方。どうにかならないの?こっちまで感染りそう。
牡丹:そんなに変?もう慣れてしもて何も思わへんわあ。
竜胆:あらそう。下手な芸妓を相手してるみたいで嫌な感じ。
牡丹:そのうち慣れるわ。ほんで、さっきのは何の術式やったん?
竜胆:八宝無尽のこと?あれは辺りの霊力をかき集めて妖刀を作り出す術よ。
牡丹:なっ……今何て言うた?
竜胆:え?八宝無尽。
牡丹:その後や!
竜胆:妖刀を作り出す――
牡丹:そんなこと出来るんか!?
竜胆:うるさいわね。少し落ち着いて。
牡丹:あ、ごめん。
竜胆:原理は簡単なものよ。妖刀は死んだ人間の霊力。いわば霊魂が集まって出来た物。
牡丹:霊力で満ちたこの場所やったら、その霊力を集めて形を作れるってわけやな?
竜胆:そういうことね。
牡丹:凄いやん。それが出来るんやったらこの国も――
竜胆:それは無理。
牡丹:……何で?
竜胆:所詮偽物。本物には遠く及ば無いわ。副作用もあるし。
牡丹:副作用?
竜胆:この間、偽物を村人にくれてやったのよ。そしたら急に暴れ出したの。あれは刀に飲まれたわね。
竜胆:結局その騒ぎを見た奴らがざわめき出しちゃって皆殺しにせざるを得なかった。って訳よ。
牡丹:目眩しのために1人だけ国賊に見せかけて放置しとった。ってわけか。
竜胆:察しがいいわね。
牡丹:そこで何か落し物してへん?
竜胆:え?
牡丹:これとか。
竜胆:あ。私の手記じゃない。見つからないと思ってたのよ。
牡丹:うちの擬使いが拾ってたんよ。
竜胆:……擬使い。気持ち悪い奴らよね。
牡丹:せやねえ。あの村も擬崇拝やったっけ?
竜胆:あそこの村だけじゃ無いわ。他にもごまんといる。あんな武器に堕ちることが幸せ?笑い話にもならないわね。
牡丹:彼らも可哀想なんよ。産まれた時からそういう風に教えられてるんやから。
竜胆:貴方……まさか絆されてるんじゃないでしょうね?
牡丹:まさか。
竜胆:あいつらのせいで!私の父さんも母さんも殺された!桜だって……
牡丹:わかってる。私はあの時の気持ちを1秒たりとも忘れたことは無い。私だって家族を失ってるんだ。絶対にこの国を許すことは無いよ。
竜胆:……きっと私は貴方の仲間を殺すわよ。
牡丹:私の仲間は竜胆だけだよ。これも変わることは無い。
竜胆:……そう。ごめんなさい、取り乱して。
牡丹:気にせんといて。もう少しだけ頑張ろう。私ら2人だけでも、この国を取るんや。
竜胆:ええ。全員殺してあげる。絶対、この刀で……
0:山道を歩く3人。
椿:でさあ今回封印する妖刀ってどんなやつなの?
菖蒲:どうせいつものやつだろ。伸びたり縮んだりするだけ。
杏子:皆さんは詳しく聞いていないのですか?
椿:いつもこんなもんなの。私たちは封印なんてできないし。
菖蒲:国賊の殲滅が主な任務だな。
杏子:そうなのですね。実は私も今回はよく知らされていないのです。
椿:え。そうなの?
杏子:はい。いつもはどんな妖刀をどういう国賊がどのくらいの規模で扱ってるのかが知らされるのですが……
菖蒲:何も分からないってこと?
杏子:そうなんです。なんでも瀕死の状態で帰った兵士の方が持ち込んだ情報らしいのですけど、白い刀身で【白夜】という名前を持つ刀。くらいしか分からないそうで。
椿:たったそんだけ!?
杏子:はい。申し訳ありません。
菖蒲:杏子が悪いわけじゃないだろ。にしても、白い刀か。本当にそんな刀あんのか?
杏子:どうでしょうね。まだ妖刀について分からないことも多いですから。
菖蒲:今まで見た事無いもんな。色付きの刀なんて。
椿:だよね。銀色とか灰色とか金属って感じのやつしか知らないなあ。
杏子:社には赤い妖刀がありますよ。
椿:そうなの!?見たかったなあ。強い刀なんでしょ?
杏子:そうですね。60体程の霊力が込められていたそうです。今は封印されてますけどね。
菖蒲:おぞましいな……よくそんなん置いておけるもんだわ。
杏子:他の社にも色付きの刀は祀られてるそうですよ。
菖蒲:俺ならそんなの破壊一択だな。
椿:今回も破壊しちゃいけないんでしょ?
杏子:絶対にいけません。全員殺されますよ。
菖蒲:封印してまた社に祀るのか?
杏子:それがですね……
椿:どうしたの?
杏子:総理が官邸に飾りたいと申されているのです。
菖蒲:はあ!?じゃああの狸親父の部屋の飾りの為に俺たちが駆り出されたって訳か!?
杏子:総理にそんな言い方は――
菖蒲:本当、有り得ねえな!俺が偉くなったら絶対にぶん殴ってやる!
椿:無理でしょ……
杏子:総理大臣は世襲制ですから、血族じゃ無ければ難しいですね。
菖蒲:でも今、総理に御子息はいないはずだ。どうにか父様が上手くやってくれれば……
杏子:菖蒲さん。悪い顔になってますよ。
椿:これが菖蒲って男よ。大体ずっとこんな顔。
杏子:そうなんですね。
椿:それでさ、杏子。
杏子:なんでしょう?
椿:道は合ってるの?これ以上進めなそうだけど。
杏子:あ。申し訳ありません。話に夢中でかなり道を逸れていました。
菖蒲:嘘だろ!?結構歩いたぞ?社に行くまででもかなりあったってのに!
椿:菖蒲だって話し込んでたでしょう?杏子だけのせいじゃないわよ。
菖蒲:はあ?大体な、椿が色々聞くからだろうが!好奇心旺盛か知らないけど、いつまでも子供なんだよ!
椿:なっ!あんたにだけは言われたくないよ!何かあったら父様、父様って子供は菖蒲の方でしょ!?
菖蒲:何だよ!
椿:何よ!
杏子:少し牡丹さんの気持ちが分かった気がします……
椿:そうだ……牡丹……
菖蒲:急がなくちゃ……
杏子:え。お2人共、どうされたんですか?
椿:牡丹は怒ったら超怖いの……
杏子:あんなに優しそうなのに。
菖蒲:騙されちゃいけないぞ!あれは鬼だ……
杏子:そ、そんなにですか。
椿:杏子!
杏子:は、はい。
菖蒲:急ぐぞ!早く道案内!
杏子:わ、わかりました!
0:山村に漸く着く3人。
椿:はぁはぁ……ここで合ってる?
菖蒲……そうみたいだな。
杏子:はい……はぁ……間違いありません。
椿:まだ牡丹はいないよね?
菖蒲:……いなそうだ。
椿:よし。間に合っ――
牡丹:てないなあ。
椿:ぼ、牡丹……
牡丹:何でやろなあ。先に向かったはずやのに。あんなけ自信満々やったのに、おかしいなあ?
椿:それは……その……
菖蒲:椿が――
牡丹:ん?
菖蒲:すみませんでした!
杏子:牡丹さん!すみません!私が話し込んじゃいまして!お2人は悪くないのです!
牡丹:宮司様……本当なん?2人とも。
0:激しく頷く2人―
牡丹:それやったらしゃあないですけど……
椿:良かったぁ……
菖蒲:助かったな……
牡丹:ん?宮司様……
0:杏子の乱れた服装に気付く。
杏子:私はその日。見てしまいました。慈しみを感じるような顔が、鬼の形相に変わっていく様を……
牡丹:おいこら。ちょっと待たんかい。
椿:へ?
牡丹:まさかおどれら……宮司様を走らしたんちゃうやろなあ?
菖蒲:えっと……それは……
牡丹:この呆け共がぁ!何考えとるんじゃあ!
椿:ごめんなさいいいい!!!
菖蒲:あああ!!父様!お助けを!
牡丹:やかましい!そこに並べあほんだらぁ!
杏子:あ……あ……
杏子:私は声にならない声しか出せず、ただ呆然と眺めていることしか出来ませんでした……
0:間―
牡丹:ふぅ……じゃあそろそろ行こか。
菖蒲:あの……休憩は……
牡丹:あ?
菖蒲:すぐ行きましょう!俺元気いっぱい!
牡丹:よろしい。椿は?
椿:大丈夫です!
牡丹:うん。宮司様はいけはりますか?
杏子:はい!大丈夫です!牡丹様!
牡丹:嫌やわあ。宮司様、そんな萎縮せんといてくださいな。
杏子:わ、わかりました。
牡丹:よし!あんた達もしっかりしなんし!背筋伸ばす!
椿:はい!
菖蒲:はい!
椿:……それで、この村に妖刀があるのよね?
杏子:いえ。この村付近で遭遇したらしいってだけで、ここには無いと思います。
菖蒲:反応とかはまだ無い感じか?
杏子:少し待ってくださいね。集中します……
杏子:覗き手こぞりて迷い落ち、千里の野に咲く麻の花。煙に巻かれて頭(こうべ)を垂れよ。
杏子:……見えました!近いです!
椿:どこなの?
杏子:酉(とり)の方角に10町(ちょう)辺りですね。
菖蒲:本当に近いな。案外簡単だわ。
牡丹:さっさと終わらせれたら、やっと休めるなあ。
椿:ええ!今日は贅沢に甘味を二つは食べてやるんだから!
菖蒲:さあ行くぞ!
杏子:わかりました。
0:間―
椿:確かこの辺だよね?
杏子:はい。この辺りから感じます。
菖蒲:まさか、あれか?
椿:んん?どう見ても農民にしか見えないけどなあ。
杏子:でも、何か……動きがおかしいですよ?
0:突如、目の前の男が叫ぶ。
菖蒲:っ!来るぞ!
椿:牡丹!杏子をお願い!
牡丹:任せといて!
椿:ねえ、あなたは1人だけ?
菖蒲:……やっぱ様子が変だ。
椿:聞こえなかったの?あんたは1人――
0:男は雄叫びをあげ、禍々しい刀を振り上げながら向かってくる。
菖蒲:気持ち悪!俺無理!
椿:なら下がってて!私がやる!
椿:雨鎖義(うさぎ)、解放!跳び車!
0:男の首が飛ぶ。
杏子:やりました!
牡丹:そうやね。……でも。
菖蒲:えらく呆気ないな。
椿:こいつじゃないよ……見て。
菖蒲:うわ。何だ?この気持ちの悪い刀。
杏子:……おかしいですね。
椿:杏子?
杏子:これは妖刀ですが、何かが違います。
菖蒲:どういうことだ?
杏子:妖刀は人々の怨念が固まって生まれるものなんです。私たち宮司はその怨念の声が聞こえるんですが……
杏子:この刀は何も話してくれない。いえ、込められた念が無いんです。こんなのは有り得ません。
椿:何か難しいわね……っ、痛っ。
菖蒲:どうした?何か食らったか?
椿:ううん。ここ最近、戦いの後に体が軋む気がするんだよね。
菖蒲:あんな戦い方するからだろ。真っ先に飛び出してよ。特攻なんて能無しにやらしておけばいいのに。
椿:……あんたのそういう所、結構本心から嫌いだよ。
牡丹:……
杏子:っ!来ます!
菖蒲:な、何がだよ。
杏子:この刀より遥かに大きな霊力の塊が!すごい数の声が……ぐ……
0:頭を抑え膝を着く杏子。
牡丹:宮司様!2人共、私は宮司様を連れて少し離れるけど、大丈夫?
椿:まかせといて!杏子を頼んだよ!
菖蒲:どうせやるしかないんだろ!?封印にはちゃんと来いよな!
杏子:すみません……皆さん。
牡丹:ほな任せるで。宮司様、捕まってください。
杏子:はい……
0:牡丹が杏子を連れて行った直後、刀を携えた長髪の女が現れる。
椿:来たよ……
菖蒲:俺にもわかるくらい凄い霊気だな……
竜胆:あれ、2人だけなの?宮司はどうしたのかしら。
椿:何のことかな?
竜胆:ふふ。とぼけても無駄よ。これを封印しに来たことくらいわかってるわよ。
菖蒲:白い刀……やっぱりあいつが。
椿:一応聞くけど、それを黙って渡してくれない?
竜胆:ふふふ。あははははは!私も一応答えてあげる。渡すわけないでしょう?
菖蒲:だろうな。なら、やることは1つだ!
椿:そうだね。あんたを倒していただくよ!
竜胆:そう来なくちゃね!来なさい!擬の操り人形たち!
0:間―
杏子:ん……
牡丹:宮司様、大丈夫ですか?
杏子:牡丹さん……っ!早く戻らなければなりません。
牡丹:無理したらいけません。今はあの2人に――
杏子:あれと戦ってはなりません。
牡丹:宮司様……
杏子:あんな怨念は初めてです……取り込まれた数も異常ですが、1つ1つが強すぎます。いくら手練の2人でも絶対に勝てません。
牡丹:……
杏子:牡丹さん。私を2人の元に……え?
牡丹:宮司様。すんませんなあ。それは出来ません。
杏子:まさか……貴方。
牡丹:あんたらが言う所の国賊ですわ。あの2人にはここで死んでもらいたいんです。
杏子:……裏切るのですか。
牡丹:私は裏切ったことなんかありませんわ。最初からずっと、白夜の夜叉。竜胆の幼馴染やさかい。
杏子:そんな……
牡丹:でもまあ私も彼女の戦いは気になる所やから、仕方無しに連れて行ってあげますわ。間違っても逃げようとせんでくださいね?その喉笛、すぐに掻き切ってしまいますからなあ。
杏子:……お2人共、どうか……
0:間―
椿:雨鎖義、解放!
菖蒲:途陰(とかげ)、解放!
竜胆:揃いも揃って気持ち悪い武器ね。
菖蒲:はあ?お前に比べりゃ何だって上等だ。
竜胆:何でもいいから早くかかって来なさいよ。糞餓鬼。
菖蒲:なっ!こいつ腹立つ!
椿:挑発に乗らないでよ。いつも通りやるだけ。いい?菖蒲。
菖蒲:わかってるよ!俺に指図すんな!
椿:行くよ!
菖蒲:飛べ!玉響(たまゆら)!
竜胆:遅いわね。それじゃ遠距離の意味無いわよ。
菖蒲:本当にそう思うか――
竜胆:返って来るんでしょ?
菖蒲:何で知って――
椿:跳び車!
0:竜胆は咄嗟に刀で受ける。
竜胆:ん……やるじゃない。刀使っちゃった。
椿:これを止めるなんて……
竜胆:意外だったわ。
椿:何が?
竜胆:貴方の方が冷静なんだもの。まさかあの坊やの方が単純だとは思わなかった。きっと貴方の方が強いのね。
菖蒲:ちっ!椿!そのまま抑えとけ!
椿:まさか!あんた!
竜胆:んー?
菖蒲:弾け飛べ!砂乱(さみだれ)!
椿:くっ!
竜胆:ふふっ!
0:間一髪で避ける椿に対して、竜胆はそのまま受ける。
菖蒲:よし!今度こそ当たったぞ!
椿:よしじゃないよ!私にも当たる所だったのに!
菖蒲:当たらなかっただろ?
椿:そういう問題じゃ――
菖蒲:いいじゃねーか。もう終わった……何で?
竜胆:んー?何が?
菖蒲:今当たったはずだろ!?
竜胆:当たったわよ。この子に。
0:白く輝く刀身を見せつける。
椿:普通の妖刀なら粉々のはず。あれを受けて弾けた擬を何度も見た。
竜胆:あのねえ。そんな紛い物に妖刀が劣るわけ無いでしょ。
椿:紛い物?
竜胆:ええそうよ。妖刀を真似て作った玩具が貴方たちの大好きな擬よ。
椿:あんた……巫山戯るのも大概にしなよ!
竜胆:巫山戯てないわよ。事実を言ったまで。試してみる?
椿:やってやる!
竜胆:安心したわ。貴方もちゃんと単純で。あはははは!
椿:切り刻め!獄門一閃!!
竜胆:その技ね。獄門一閃!!
椿:え!?ぐっ!きゃあ!
0:同じ技を返され、弾き飛ばされる。
菖蒲:椿!
椿:な……何で……
竜胆:言ったでしょ?玩具だって。貴方に出来る事で私に出来ないことは無いのよ。
椿:その妖刀の力か……
竜胆:いいえ?言っておくけど、この刀、白夜は霊力を食べる偏食家だけど、それ以外はただ切れ味が良い刀ってだけ。切れ味が落ちることが無いのは利点だけどね。
菖蒲:それでさっきのが当たっても無傷だったわけか……
竜胆:そうよ。打ち返す事も出来たけど、流石に終わらせるには早いでしょう?
菖蒲:舐めやがって……とっておきを食らわせてやる!椿!時間稼ぎ頼むぞ!
椿:あんた本気なの?
菖蒲:それしかあいつを倒せないだろ!
椿:……やるしかないか。離れてて菖蒲!
菖蒲:目に物見せてやる!
0:菖蒲は2人から距離をとる。
竜胆:威勢だけはいい餓鬼ね。ほら来なさい。軽く揉んであげる。
椿:舐めない方がいいよ?雨鎖義、双頭の型!
0:刀が蠢き、2つ裂ける。
竜胆:双剣にもなるのね。……本当、汚らわしい。
椿:行くよ!霧斬巻舞(きりきりまいまい)!
0:複数の霊力を伴った斬撃が飛ぶ。
竜胆:良い機会だから妖刀の力をほんの少し見せてあげる。散閑死怨(さんかんしおん)!
0:横に大きく伸びた斬撃に椿の斬撃が吸い寄せられ消えた。
椿:っ!私の斬撃が消えた!?
竜胆:さっきも言ったでしょう?この子は霊力を食べちゃうの。これは斬りつけながら相手の霊力を奪う技。すごく相性がいいのよ?
椿:だったら……これはどう!戦光花火(せんこうはなび)!!
0:身軽を生かし、竜胆の頭上へ振り落とす。しかし、いとも簡単に受け止められる。
竜胆:霊力を込めずに来たのね。貴方馬鹿なの?
椿:くっ……
竜胆:単純に貴方と私じゃ力の差があるの。ましてや切れ味はこっちが上。駄策だったわね!
0:力任せに椿を撥ね飛ばす。
椿:うあ!!くそ……私の擬は……こんな所で……
0:膝を着く椿。ゆっくりと歩み寄る竜胆。
竜胆:ねえ貴方。その擬の名前は何て言うの?
椿:何、いきなり……
竜胆:貴方が回復するのを待ってるんだから、質問くらい良いじゃない。
椿:……雨鎖義。
竜胆:そっちじゃないわ。
椿:……え?
竜胆:貴方には椿って名前があるでしょ?私は竜胆よ。じゃあ、貴方が手に持つその子の名前は何だった?
椿:雨鎖義の……元の名前……
竜胆:それ、人間だったのよね。何故、名前を知らないの?
椿:だって……擬は……
竜胆:それになれることが貴方たちの誉れなんでしょう?国の英雄と呼ばれる。そうよね?
椿:……そうだよ。
竜胆:じゃあもう1度聞くわ。貴方がその手に握っている英雄の名は何?
椿:こいつの名前は……
竜胆:ふふふ……あははははははは!聞いて呆れるわね!国の英雄?最初から騙されてんのよ!玩具にされるために無駄死にしてるだけだわ!
椿:違う!私の擬を、私の力を馬鹿にするなあ!!
0:双剣を重ね、竜胆の懐へ飛び込む。
竜胆:くっ!……やるじゃない。今までで1番の力……白夜でも吸いきれないなんて恐れ入るわ。
椿:……どれだけ御託を並べても、あんたは沢山の人を殺した。この前の村人を殺したのもそうでしょう!?
竜胆:ええ、そうよ。擬崇拝の奴らは皆殺しにするの。あいつらのせいで……私の家族と村人は殺されて、妹の桜は擬にされたんだからねえ!
0:椿は驚き、竜胆と距離をとる。
椿:……何、言ってるの?
竜胆:どうせ私か貴方のどっちかが死ぬ。少し昔話をしてあげる。
竜胆:私の村はね。貴方がさっき言っていた村の近くにあったの。100人程度しかいない小さな村だったけど、長閑(のどか)で緑の美しい村だった。
竜胆:ある日、国の役人が来たの。宮司を連れてね。そいつらは霊力のある娘を巫女として迎え入れたいと言った。そこで私の妹が選ばれたの。
竜胆:あいつらは妹に良い暮らしをさせると約束した。だから私も両親も村人達も門出を祝った。それから数年経った日……妹が擬にされたと知った。
竜胆:私たちは怒った。話が違うと。何度も国に問いかけたけど悉く無視された。そこで村人達は時代錯誤な一揆を仕掛けようとしたの。するとどうなったと思う?
竜胆:近くの村の人間が国に告げ口しやがった!私と友人は物資を整えるため遠出をしていて助かったけど、村に帰ればそこにはもう何も無くなってた!
竜胆:私たちは悲しみに暮れたわ。胸を焼き焦がす程の憎悪にも塗れた。その時よ。ふと顔を上げるとこの子が居たの。荒れ果てた場所に似つかわしく無い純白の刀がね。
竜胆:これは村の皆が私たちに託した希望。そして、殺した奴らを皆殺しにしろと言う言伝なの。だから私はあの村を潰し、貴方たち擬の奴隷も殺してやるのよ!
椿:そんな……そんな訳が……
竜胆:貴方たちはどうしておかしいと思わないの。人の屍の上に成り立つ武器の存在が何故おかしいと思わないのよ!
竜胆:それが当たり前?皆がそうして来た?違うのよ……異常に気付かないように、自分自身で蓋をしてきたんでしょうが!
竜胆:貴方たち全てが罪人よ。国民の命を弄び、自ら死に向かうことが喜びだと信じさせる貴方たちこそが!……国賊よ。
椿:違う……違う違う違う!あんたが……お前達が!
竜胆:違わ無いわよ!貴方は私とどこか似ているわ。とっくに気付いてるんでしょ?この国が狂ってることにね!
椿:うるさい!!!
竜胆:っ!……何よ貴方、人間を辞めるの?
0:椿の体から目に見えるほどの霊力が漏れ出す。目は紅く染まり、擬が腕まで覆う。
椿:ふーっ……ふーっ……うわああああああ!!!
0:叫び声が辺りに響き渡る。
菖蒲:何だよ……あれ……
杏子:菖蒲さん!
菖蒲:杏子!牡丹!
牡丹:あれは……椿なんか?
菖蒲:そうなんだけどよ……様子がおかしいんだよ。
杏子:擬人化(ぎじんか)が始まってます……
菖蒲:何なんだよそれ……
杏子:擬人化は、擬の力を使い過ぎた擬使いの姿です。
菖蒲:はあ!?そんなの聞いたこと無いぞ!!
杏子:はい……国の機密事項です……擬人化した擬使いは秘密裏に処理されます。
牡丹:なるほどなあ。ほんまどこまでも腐った国やで。
菖蒲:じゃあ……椿は殺されるのか?
杏子:……私なら止められます。ですが今すぐにしないと手遅れになります。
菖蒲:じゃあ今すぐ行かねえと。
牡丹:それは出来へんなあ。
菖蒲:……は?
牡丹:国がわざわざ手を下すってことは、それほどに脅威になるってことや。しかも椿は上位の擬使い。きっといい手札になるやろ。
杏子:……貴方の友人も死にますよ。
牡丹:私達の目的に自らの命の有無は問わへんよ。
菖蒲:ちょっと待てよ!さっきから何の話か全然わかんねえよ!
杏子:擬人は……牡丹さんが思うような者じゃありません。彼らは目に映る物全てを破壊することしかしません。
杏子:貴方達が目指す世界はそんな世界なんですか!?罪も無く、擬と全く関わりのない人々までも死んでしまうんです!本当にそれを望んでいるんですか!?
牡丹:それは……
杏子:牡丹さん、力を貸してください。今なら止められるんです。
牡丹:……わかった。今回きりやからなあ!
菖蒲:おい!俺は置いてけぼりかよ!
杏子:すみません菖蒲さん。後でちゃんと説明しますから。牡丹さん!私を椿さんの近くまでお願いします!
牡丹:わかった。振り落とされへんよう捕まっときや!
菖蒲:ちょ!……何なんだよ!
0:間―
椿:がぁ!
竜胆:っ!……焚き付けすぎたしら。腕ごと持ってかれそうね。
椿:うぅぁう……
竜胆:そこまでにしておきなさい!本当に人間に戻れなくなるわよ!
椿:ぐ……が……あぁ……
竜胆:全く聞こえてないわね。……悪く思わないでね。塵一つ残さず消え失せなさい。九骸鏖陽(くがいおうよう)!
0:霊力が白い光となり、竜胆を中心に広がる。
椿:あああああああ!!
竜胆:っ!?あぁっ!……くっ……冗談でしょ……私の持てる全てを出したのに……
0:その光を簡単に切り裂いた異形は凄まじい力で切りかかる。竜胆は躱そうとするが、斬撃の余波を浴びてしまう。
椿:ふーっふーっ……うあああああ!
竜胆:ふふ……こんな所で終わるなんてね……
牡丹:鼓舞羅(こぶら)!解放!
0:牡丹の擬が異形の胸部に当たり、遠くへ吹き飛ばした。
椿:がっ!……うぅぅ……
竜胆:牡丹!貴方どうしてここに。
牡丹:えらい苦戦してるみたいやから助太刀や。
竜胆:これから本気を出そうって思ってたのよ。
牡丹:嘘つくなや。死んだ……って顔しとったで。
竜胆:昔から余計なところだけ見るのやめてくれない?
杏子:あの!
竜胆:誰よ貴方……まさか宮司……
杏子:はい。宮司の杏子と言います。
竜胆:牡丹、何でこんなやつ連れてきたのよ!
牡丹:それは――
杏子:私は椿さんを人間に戻しに来ました。
竜胆:……できるの?
杏子:はい。私なら出来ます。
竜胆:……
牡丹:信用出来へんのやったら別にええ。私と竜胆の2人がかりなら――
竜胆:それは無理よ。さすがにわかるわ。精々時間稼ぎが関の山ってところね。宮司様はそれをお望みなのでしょう?
杏子:はい。私が封印の術式を詠唱する間、時間にして3分ほどです。
竜胆:今のあの子相手に3分……中々に無茶な要求ね。
牡丹:でもまあやるしかあらへんからな。
杏子:お願い出来ますか?
竜胆:杏子だったかしら?1つだけ教えて。桜って巫女を知ってる?
杏子:え。いえ……私は聞いたことはありません。
竜胆:そう……すぐに始めて。あの子を野放しには出来ないわ。
杏子:はい……参ります。
杏子:咲き乱れし血潮の流動、怒り狂う般若の所業、天命別つは業火の裁き。矛盾、傲慢、鬱憤、軽蔑、弱者の咆哮。干魃した魂に慈悲を。輪廻の理に目を背け、恍惚に塗れ瞼を閉じよ……
0:杏子が詠唱を始めた直後、異形が体を起こし走り寄る。
竜胆:来るわよ……
椿:うぅぅ……がぁあああああ!
牡丹:降り注げ!天鸞(てんらん)!
竜胆:降岩無地陣(こうがんむちじん)!
0:天からは無数の槍の雨、地からは岩の礫が異形を襲う。しかし怯むことなく異形は進む。
椿:ぎ……ぐるぁああ!
牡丹:……ようこんなん相手にしとったな。
竜胆:あら、2人なら勝てるって言ったのは誰だったかしら?
牡丹:ここまでとは思わんかったんや!っ!危なっ!
0:岩の礫を投げ返され、紙一重で避ける。
竜胆:油断しないでよね!蛇楽恨縄(だらくこんじょう)!
0:異形の体を蛇のような縄が這う。たまらず異形は地に伏せた。
牡丹:やった!抑え込んでるで!
竜胆:馬鹿ね……そんなに長くもたないわ。
0:まだ数秒しか発動していないが、竜胆は息を切らす。
牡丹:私の霊力も使いや。幾分か長くもつはずや。
竜胆:……少し昔を思い出さない?
牡丹:何やこんな時に。
竜胆:子供の時は貴方とよく一緒に狩りをしたわね。
牡丹:相手は熊とか猪とか、椿とは比べもんにならんけどな。
竜胆:また戦えて嬉しいわ。
牡丹:……私もや。
椿:がぁ!ぐ!うぅあぁ!
0:激しく暴れ回り、縄が1本、また1本と千切れる。
竜胆:く……まだなの……
牡丹:もう……少しや……気張れや竜胆。
0:2人の腕は震え、目からは血涙が落ちる。
杏子:とこしえの奈落に生まれ変わろうとも。我、汝を愛しく想わざること無かれ!
杏子:竜胆さん!牡丹さん!行けます!
竜胆:よし!行けえ!
杏子:束地子天生(そくちしてんせい)!!
椿:ぐっ……がっ……がああああ……
0:異形の体から霊力が溢れ出し、大地に吸われていく。異形が椿に戻っていく。
牡丹:よっしゃ!これで――
竜胆:っ!危ない!
0:竜胆が牡丹を突き飛ばす。椿の擬が竜胆の胸を貫いた。竜胆は力無く倒れる。霊力が全て吸い出された椿もその場に伏した。
竜胆:かはっ……
牡丹:おい……竜胆……お前何してんだよ!
竜胆:油断……するなって……言ったでしょう……
牡丹:違うだろ!何故私を見殺しにしなかった!?約束したじゃないか!お互いが死んでもやり遂げる。そう言ったのはお前だろ!
竜胆:ごめんなさい……忘れてたわ……
椿:うぅ……私……は。
杏子:椿さん、私が分かりますか?
椿:杏子……私は一体……
菖蒲:どけ!菖蒲様のお通りだ!おい国賊!お前らはもう終わりだ!
0:待ち構えてたかのように菖蒲が現れる。
竜胆:逃げてたくせに……騒がしい餓鬼ね……
椿:菖蒲、これはどう言う状況なの?
菖蒲:さあな!俺もよくわかんねえが、1つだけ確かなことは、牡丹が裏切り者で国賊と繋がってたってことだ!
椿:なっ……本当なの?
牡丹:……
椿:そうなんだね……
菖蒲:さっさとこいつら殺すぞ。
杏子:……そうですね。任務を遂行しなくてはなりません。
竜胆:ふふ……牡丹、よくこんな奴らとずっと一緒にいられたわね……私だったら耐えられないわ。
牡丹:もう喋るな……
竜胆:貴方には……辛い想いをさせてばかりね……
牡丹:竜胆……
竜胆:牡丹、最後のお願い……聞いてくれる?
牡丹:……何だ。
竜胆:白夜で私を斬って。
牡丹:な、何でそんなこと!
竜胆:どうせもう死ぬのよ……その子にこの命、喰わせてあげて……
牡丹:私には……
竜胆:貴方が……使いなさい。きっと刀はもっと強くなるわ……私とまた一緒に戦ってくれない?
牡丹:……わかった。
菖蒲:遺言は終わったかあ?
牡丹:……はぁ!
0:竜胆の胸を切り裂いた牡丹。竜胆は不敵な笑みを浮かべる。
椿:え!?
杏子:っ!
菖蒲:何を……
竜胆:ふっ……
菖蒲:お前、気でも触れたのか?……何だその刀……
0:竜胆の体から霊力が溢れ、白夜に吸い込まれていく。刀身が純白から漆黒に染まっていく。
菖蒲:……はっ、刀の色が変わっただけじゃねーか。驚いて損したわ。
杏子:違います……
菖蒲:違うって何――
杏子:逃げた方がいい!今はそれしかありません!早く!
椿:わ、わかった!行くよ!菖蒲!
菖蒲:え!?は?ちょっと待てよ!
0:間―
杏子:私達は牡丹さんをその場に残し、一目散に逃げた。ただただ真っ直ぐに。あの邪悪な霊力の渦が感じられなくなるまで……
杏子:やっと刀の力が感じられなくなり、私は2人に起きたことを話した。牡丹さんが竜胆さんと幼馴染だと言うこと。2人で国を壊そうと画策していたこと。そして、椿さんが擬人化したことを……
杏子:椿さんはそれを聞いた後、私を社に送り届ける時もずっと話さなかった。菖蒲さんは次こそは殺してやる。と息巻いていたけど、いつもの張合いが無い椿さんとは話が続かず、結局無言になってしまった。
杏子:彼らに伝え損ねてしまったけれど、私には牡丹さんに何が起きたかがわかる。
杏子:社にある赤刀。最初は色によって霊力の強さが変わるのだと思っていたけど、今回で分かった。あれは取り込んだ魂の数。長寿の祝いで還暦は赤を祀る。還暦とは60の事。
杏子:なら白は?白寿。99歳の祝いなんだ。きっと竜胆さんは自ら100人目の怨念となった。だから刀身の色も変わった。恐らく霊力の強さは何倍にも膨れ上がっている。
杏子:でも私にはきっと、彼女たちに伝える術はもう無い。
竜胆:このままで本当にいいの?
杏子:きっと来ると思っていましたよ。竜胆さん。
竜胆:死者の声が聞けるってのは本当なのね。安心したわ。
杏子:強い怨念だけですけどね。余程、この世界が嫌いなようで。
竜胆:まあね。
杏子:それで、何か用でしょうか。
竜胆:私の妹と同じく、悲しい末路を辿るでしょう貴方に少し情けをかけてあげようってね。……擬使いの餓鬼。死ぬわよ。
杏子:菖蒲さんですか?ふふ。椿さんに殺されるのでしょうね。
竜胆:……どうしてわかるの?
杏子:貴方と椿さんは元々似た魂を持っています。それに加え、先の戦闘時に貴方に触れ、擬人化した際に、その妖力を取り込んでいます。きっと椿さんはこの国を壊そうとするでしょう。
竜胆:驚いたわね。そこまで読んでいて動かない理由は何?
杏子:私は宮司です。巫女と同じく、上質な擬となるべく産まれた存在。きっと私は貴方の白夜を斬りますよ。
竜胆:そういうこと……貴方が1番の狂人だったわけね。
杏子:いえ、私は正常ですよ。この国ではね。
竜胆:……あの時、斬っていれば良かったわ。
杏子:次回を楽しみにしております。
竜胆:私の刀は更に強くなったわよ?
杏子:そうですね。もう白くないですし……あ、いい名前を思い付きました。【百夜(ひゃくや)】なんて如何でしょうか?
0:数日後の演習場にて―
菖蒲:あーくそ!こんな擬じゃ牡丹と戦えねえ!父様に頼んでもっと良いの作って貰わねえと。
椿:……ねえ、菖蒲。
菖蒲:っ!驚いた……急に現れるなよ。もう体の調子は順調なのか?早くあいつを殺さなきゃならねえんだ。いつまでも寝床にいられちゃ──
椿:今までいくつの擬を壊したか覚えてる?
菖蒲:は?何だよいきなり。
椿:教えてよ。
菖蒲:……詳しくは覚えてないけど、50か60くらいじゃないか?それが何なんだ?
椿:心が痛んだりしないの?
菖蒲:はっ。何でそんな事思うんだよ。気持ち悪いな。擬なんて使ってなんぼだろ。使えない擬は全部材料が悪いんだよ。
椿:材料……
菖蒲:そうそう。あ、そうだ!牡丹を擬にしたら凄く強いの出来そうじゃないか!?あーでも捕まえるの面倒臭いな……
椿:……
菖蒲:いい事思いついた!椿、お前もう1回、擬人化しろよ。そうしたらあいつに勝てるだろ?
椿:もう……口を開かないで。
菖蒲:何だお前。もしかしてあいつらに感化されたか?冗談やめろよ気持ち悪い。
椿:あんたは……っ!お前らこそが国賊だ!!
菖蒲:え……なん……で……
0:山奥の洞窟――
牡丹:八卦、七彩、六道、五行、四散、三寒、二才、一礼。
牡丹:……どうしてここが分かった。
椿:擬人化の影響かわからないけど、霊力が見えるようになったんだ。
牡丹:私を殺すつもりか?
椿:いや、そのつもりは無いよ。
牡丹:何?なら何をしに来たんだ?
椿:私も貴方達と一緒に戦う。
牡丹:……本気で言ってるのか?
椿:本気だよ。証拠を持ってきた。
0:床に菖蒲の首が転がる。
牡丹:お前……本当に椿か?
椿:ええ。私よ。
牡丹:……おかえり。
杏子:後に彼女たちは国を脅かす妖刀軍団を作り出すことになる。人々は彼らを刀賊(とうぞく)と呼び恐れた。
杏子:私は明日、刀賊たちを倒すための擬となる。彼女たちともう話せないのは少し残念だけれど、私は私の使命がある。続きはきっと誰かが綴ってくれるだろう。……私はそう願う。
0:間―
竜胆:白い、白い、光をも眩む純白よ。我は盲なる者なり。そこに影は一つも非ず。毎夜、待ちてみようとも行先すらも見えぬまま。いつかそこに一筋の闇が差し込み、全てを飲み込まんとするか、光に飲まれるか。今は只、希うほか無し。一夜超え、十夜超え、百夜を迎えて……
竜胆:今も未だ、何も見えず……
竜胆:百夜物語――終幕――
竜胆:暗い、暗い。闇より暗い夜を食み、泥水を啜りて命を繋ぐ。生きたとて、何が起こりうるかは理解も及ばず。しかしその歩みを止めることなかれ。幾千の夜を超えた先、そこには確かな夜明けが来よう。今はただ。その希望に縋り、光を希うのみ。
椿:いつか来たる日のため今は……今は。
菖蒲:また本なんて読んでるのか?
椿:何だ。菖蒲かあ。
菖蒲:何だとは失礼な奴だな。この国随一の色男って言われてんだぞ?
椿:みんなきっと、あんたの父上がさぞ怖いんでしょうね。
菖蒲:そんなことねえよ。自分でも綺麗な顔だと思うんだよなあ。民たちがそう思うのも無理は無い。
椿:そうですね。立派な考え方だと思います。
菖蒲:心が篭って無いな……それで、何読んでたんだ?
椿:ん?ああ、少し前の任務で行った村にあったの。多分、そこに住んでた人の手記ね。
菖蒲:あの村か……思い出すだけで気分が悪い。
椿:そう?楽な任務だったじゃない。国賊1人殺すだけの。
菖蒲:その後だよ。村民なんて全員死んじゃってて。しかも原型留めてないし。片付けが面倒ったら無い。
椿:そんな言い方無いでしょ。あの村の人々は私たちが来るまで必死に国賊と戦ったのよ。
菖蒲:そうだな。なんの傷も与えられなくて全員犬死に。情けねえ。
椿:あんた。それ以上言ったら――
牡丹:2人ともー!ここにおったんやね。探してたんよ。
菖蒲:……牡丹が来たってことは。
牡丹:さすが察しがええねぇ。任務のお知らせやよ。
菖蒲:最近多くないか?
牡丹:それだけ頼られてるってことやろうなあ。
椿:妖刀を回収した分だけ給金も上がるんだから。私としては文句は無いけど。まあお金持ちのお坊ちゃんにはわからないか。
菖蒲:お前。馬鹿にしてんのか?
牡丹:君らほんまに喧嘩ばっかりやなあ。その件でもお叱り受けるのは何でか私やし……
椿:それは、ごめん。
菖蒲:わかればいいんだよ。
椿:あんたに言って無いわよ!
牡丹:ん?椿、その手記どないしたん?
椿:これ?この間の任務の時に拾ったの。
牡丹:ちょうど私がおらんかった時のやつかな。
椿:そうだったかなあ。
牡丹:ちょっと私も読んでみたいんやけど、貸してくれへん?
椿:え、別にいいけど。
菖蒲:牡丹もそんなの読むのか?趣味悪いなあ。
牡丹:たまには風情があって良いんよ?じゃあ椿、ちょっと借りるわな。
菖蒲:で、任務の内容は?
牡丹:そうやった。今回は総理大臣直属の任務なんよ。
菖蒲:え。大仕事じゃねーか…
椿:いいわねぇ!燃えてきた!で何すんのよ?
牡丹:ちょっと焦りすぎやって。今から聞きに行くんよ。そのお誘いやんかー。
菖蒲:いつもは勝手に聞いてきてくれるのにな。
牡丹:流石の私も総理と話す時は緊張するんよ。ほな早速行くで、2人とも。
0:間―
杏子:今は昔、日本は未だかつて無い栄華を誇っていた。様々な国が割拠する中、小さな島国である我が国が何故ここまで栄えたか……
杏子:【擬(もどき)】という武器のお陰である。擬を扱うには霊力が必要であり、扱える人間は限られていた。
杏子:彼女たち3人は擬使いの中でも特に実力のある者達。彼女たちの働きにより領土は増え、土地は肥え、国民は彼女たちを称えていた。
杏子:そんな彼女たちに言い渡された任務。それは擬と同等の力を持つ【妖刀】を宮司の力をもって封印せよ。との事だった。
0:山道を歩く3人。
椿:で、今回は封印だけでいいんだっけ?
菖蒲:どうせいるだろ。国賊が。
牡丹:そうやねぇ。妖刀と国賊は抱き合わせみたいなもんやから。
椿:強い奴がいるといいなあ。
菖蒲:はあ?嫌だよ。俺の綺麗な顔に傷でもついたらどうするつもりだ?
椿:どうせ遠距離でしょ。いつも私と牡丹が前線で戦っててもずっと涼しい顔してるじゃない。
菖蒲:仕方ないだろ?俺の擬は銃型だ。わざわざ近づいて血に濡れなくてもいい。本当、俺のためにあるような武器だよなあ。
椿:……牡丹、わかるでしょ?私がいつも腹立つの。
牡丹:うーん。私も遠距離が良かったなあ。
椿:あんたも……分かってないわねえ!勝つか負けるかの競り合いが楽しいの!
菖蒲:まあ椿にはお似合いだよな。
椿:どういう意味よ。
牡丹:もう、また喧嘩せえへんの。そろそろ着くで。
0:神社に着く一行。
牡丹:失礼致します!牡丹、椿、菖蒲の3名到着致しました!総理の命により、宮司様をお迎えにあがりました!
菖蒲:牡丹って普通に喋れるんだな。
椿:私も初めて聞いた。
牡丹:しー。もう来られるで。
杏子:皆様!よく来られまし――っ!
0:足の小指を賽銭箱に勢いよくぶつける。
菖蒲:……え?
椿:……あれは痛いわね。
杏子:いい加減、賽銭箱の場所変えないといけませんね。
菖蒲:あーいつもぶつけてるなあれ。
牡丹:あの……宮司様は変わられたのですか?
杏子:はい。前任者は擬になられました。
牡丹:そうですか……擬に。それはめでたいですね!
杏子:そうですねえ。羨ましい限りです。
椿:やっぱ宮司さんくらい霊力が強く無いと擬になるのは難しいのね。
菖蒲:椿はやっぱり擬になりたいのか?
椿:そりゃあ国の英雄って呼ばれるのよ?皆が目指す所でしょ。でも才能無いと難しいんだろうなあ。
杏子:そんなことはないですよ?私だってまだまだですから。霊力を鍛えないと。
椿:え。霊力って鍛えれるの?。
牡丹:椿。言葉遣いには気をつけなあかんよ。
杏子:気にしないでください。堅苦しいのは少し苦手なので。自然体でいてくださって結構ですよ。
菖蒲:一見堅苦しそうなのにな。
杏子:よく言われます。
牡丹:なんかすんませんなあ。
杏子:いえいえ。それで、霊力の話でしたね。確かに生まれつき多い少ないはあると思います。でも使えば使うほど増えますし、強くなるんですよ。
杏子:皆さんも擬を使っていて思いませんか?以前より軽くなったとか、体がよく動くようになったとか。
椿:確かにある!そうなんだ。ただの慣れだと思ってた。
菖蒲:俺も疲れにくくなったかも。へえ。霊力が増えたからなんだな。
杏子:はい。だから皆さんもきっと立派な擬になれるんですよ。使いすぎなければですが……
牡丹:……
椿:どうしたの?牡丹。
牡丹:え?
菖蒲:気を遣い過ぎて疲れたんじゃないか?
牡丹:そうかもなあ。主に2人のせいやけど。
椿:え。あ、ごめん。
牡丹:ええよ。もう慣れたわ。それより宮司様。今回の任務の内容は聞いてはりますか?
杏子:妖刀の封印とそれに伴う国賊の抹殺でしたよね?
菖蒲:え?封印だけって聞いてるんだけど……
杏子:私もそう聞いてますが、きっといますから。妖刀あるところに国賊有り。国の平和のために彼らは殺さねばなりませんからね。
椿:今回の宮司さんは気が合いそう!よろしくね!えっと……
杏子:杏子です。よろしくお願いしますね。椿さん、菖蒲さん、牡丹さん。
菖蒲:へえちゃんと覚えてくれてんだ。
牡丹:最低限の敬意だけは忘れんといてなあ……
菖蒲:心配するなよ。父様から礼節は叩き込まれてる。
椿:それであれなのね……
菖蒲:何か言ったか?
椿:何も?任務が楽しみだなあって。ね?杏子。
杏子:ふふ。そうですね。
牡丹:流石に呼び捨ては……
菖蒲:別にいいよな?杏子。
牡丹:菖蒲まで……
杏子:牡丹さん気にしすぎですよ。私は大丈夫です。
牡丹:お気遣いありがとうございます。でも私がしっかりせえへんと、この子ら阿呆やから。
杏子:愉快で良いと思いますよ。
牡丹:ほんますんません。
椿:ねえ早く行かない?霊力の波動を感じるの!
菖蒲:お前にそんな力無いだろ。
杏子:行きましょうか。これくらいしか社の外に出ることがないので、楽しみです。
牡丹:……
菖蒲:牡丹また顔が怖いぞ。
牡丹:普通に胃痛がするだけやよ……
菖蒲:なら問題ないな。
椿:少し休む?
牡丹:そやね。ちょっと先に行っといてくれる?後で追いかけるわ。
菖蒲:牡丹がいなくて辿り着けるのか?
椿:そりゃあ……まあ。
杏子:大丈夫ですよ。地図は穴が空くほど見ましたから。それに私も椿さんと同じように霊力の波動を感じ取れますので、近くに国賊が居たらわかりますよ。
椿:やるわね杏子!
杏子:ふふ。
菖蒲:椿にそんな力は無いっての……
牡丹:すんません。宮司様。ちょっとだけお願いしますわ。出来るだけ早う向かいます。
杏子:はい。お任せを。
菖蒲:それじゃあ行くか。
椿:ええ!
杏子:はい。
0:社近くの洞窟―
竜胆:八卦、七彩、六道、五行、四散、三寒、二才、一礼……【八宝無尽】!
竜胆:ん……良いわよ。このまま……
牡丹:えらい精が出るなあ。
竜胆:っ!ちょっ!ああ!
牡丹:あーあ。集中欠いたらあかんがな。
竜胆:いきなり現れるからでしょう!もう。やり直しじゃない。
牡丹:ようこんな敵の近くで目立つことやってるわ。
竜胆:確かにあいつらは霊力の流れを読むことが出来る。だけど、長年霊力にあてられてきたこの土地は莫大な霊力を宿しているのよ。いわゆる霊界ね。
竜胆:木を隠すなら森の中、霊力を隠すなら霊界の中よ。おかげでいくらでも術は使えるし、回復も早いわ。ありがたい限りね。
牡丹:なるほどなあ。元々は術の類は苦手やったんに、ようそこまで上達したもんや。
竜胆:社様様よ。それより貴方。
牡丹:ん?
竜胆:その変な話し方。どうにかならないの?こっちまで感染りそう。
牡丹:そんなに変?もう慣れてしもて何も思わへんわあ。
竜胆:あらそう。下手な芸妓を相手してるみたいで嫌な感じ。
牡丹:そのうち慣れるわ。ほんで、さっきのは何の術式やったん?
竜胆:八宝無尽のこと?あれは辺りの霊力をかき集めて妖刀を作り出す術よ。
牡丹:なっ……今何て言うた?
竜胆:え?八宝無尽。
牡丹:その後や!
竜胆:妖刀を作り出す――
牡丹:そんなこと出来るんか!?
竜胆:うるさいわね。少し落ち着いて。
牡丹:あ、ごめん。
竜胆:原理は簡単なものよ。妖刀は死んだ人間の霊力。いわば霊魂が集まって出来た物。
牡丹:霊力で満ちたこの場所やったら、その霊力を集めて形を作れるってわけやな?
竜胆:そういうことね。
牡丹:凄いやん。それが出来るんやったらこの国も――
竜胆:それは無理。
牡丹:……何で?
竜胆:所詮偽物。本物には遠く及ば無いわ。副作用もあるし。
牡丹:副作用?
竜胆:この間、偽物を村人にくれてやったのよ。そしたら急に暴れ出したの。あれは刀に飲まれたわね。
竜胆:結局その騒ぎを見た奴らがざわめき出しちゃって皆殺しにせざるを得なかった。って訳よ。
牡丹:目眩しのために1人だけ国賊に見せかけて放置しとった。ってわけか。
竜胆:察しがいいわね。
牡丹:そこで何か落し物してへん?
竜胆:え?
牡丹:これとか。
竜胆:あ。私の手記じゃない。見つからないと思ってたのよ。
牡丹:うちの擬使いが拾ってたんよ。
竜胆:……擬使い。気持ち悪い奴らよね。
牡丹:せやねえ。あの村も擬崇拝やったっけ?
竜胆:あそこの村だけじゃ無いわ。他にもごまんといる。あんな武器に堕ちることが幸せ?笑い話にもならないわね。
牡丹:彼らも可哀想なんよ。産まれた時からそういう風に教えられてるんやから。
竜胆:貴方……まさか絆されてるんじゃないでしょうね?
牡丹:まさか。
竜胆:あいつらのせいで!私の父さんも母さんも殺された!桜だって……
牡丹:わかってる。私はあの時の気持ちを1秒たりとも忘れたことは無い。私だって家族を失ってるんだ。絶対にこの国を許すことは無いよ。
竜胆:……きっと私は貴方の仲間を殺すわよ。
牡丹:私の仲間は竜胆だけだよ。これも変わることは無い。
竜胆:……そう。ごめんなさい、取り乱して。
牡丹:気にせんといて。もう少しだけ頑張ろう。私ら2人だけでも、この国を取るんや。
竜胆:ええ。全員殺してあげる。絶対、この刀で……
0:山道を歩く3人。
椿:でさあ今回封印する妖刀ってどんなやつなの?
菖蒲:どうせいつものやつだろ。伸びたり縮んだりするだけ。
杏子:皆さんは詳しく聞いていないのですか?
椿:いつもこんなもんなの。私たちは封印なんてできないし。
菖蒲:国賊の殲滅が主な任務だな。
杏子:そうなのですね。実は私も今回はよく知らされていないのです。
椿:え。そうなの?
杏子:はい。いつもはどんな妖刀をどういう国賊がどのくらいの規模で扱ってるのかが知らされるのですが……
菖蒲:何も分からないってこと?
杏子:そうなんです。なんでも瀕死の状態で帰った兵士の方が持ち込んだ情報らしいのですけど、白い刀身で【白夜】という名前を持つ刀。くらいしか分からないそうで。
椿:たったそんだけ!?
杏子:はい。申し訳ありません。
菖蒲:杏子が悪いわけじゃないだろ。にしても、白い刀か。本当にそんな刀あんのか?
杏子:どうでしょうね。まだ妖刀について分からないことも多いですから。
菖蒲:今まで見た事無いもんな。色付きの刀なんて。
椿:だよね。銀色とか灰色とか金属って感じのやつしか知らないなあ。
杏子:社には赤い妖刀がありますよ。
椿:そうなの!?見たかったなあ。強い刀なんでしょ?
杏子:そうですね。60体程の霊力が込められていたそうです。今は封印されてますけどね。
菖蒲:おぞましいな……よくそんなん置いておけるもんだわ。
杏子:他の社にも色付きの刀は祀られてるそうですよ。
菖蒲:俺ならそんなの破壊一択だな。
椿:今回も破壊しちゃいけないんでしょ?
杏子:絶対にいけません。全員殺されますよ。
菖蒲:封印してまた社に祀るのか?
杏子:それがですね……
椿:どうしたの?
杏子:総理が官邸に飾りたいと申されているのです。
菖蒲:はあ!?じゃああの狸親父の部屋の飾りの為に俺たちが駆り出されたって訳か!?
杏子:総理にそんな言い方は――
菖蒲:本当、有り得ねえな!俺が偉くなったら絶対にぶん殴ってやる!
椿:無理でしょ……
杏子:総理大臣は世襲制ですから、血族じゃ無ければ難しいですね。
菖蒲:でも今、総理に御子息はいないはずだ。どうにか父様が上手くやってくれれば……
杏子:菖蒲さん。悪い顔になってますよ。
椿:これが菖蒲って男よ。大体ずっとこんな顔。
杏子:そうなんですね。
椿:それでさ、杏子。
杏子:なんでしょう?
椿:道は合ってるの?これ以上進めなそうだけど。
杏子:あ。申し訳ありません。話に夢中でかなり道を逸れていました。
菖蒲:嘘だろ!?結構歩いたぞ?社に行くまででもかなりあったってのに!
椿:菖蒲だって話し込んでたでしょう?杏子だけのせいじゃないわよ。
菖蒲:はあ?大体な、椿が色々聞くからだろうが!好奇心旺盛か知らないけど、いつまでも子供なんだよ!
椿:なっ!あんたにだけは言われたくないよ!何かあったら父様、父様って子供は菖蒲の方でしょ!?
菖蒲:何だよ!
椿:何よ!
杏子:少し牡丹さんの気持ちが分かった気がします……
椿:そうだ……牡丹……
菖蒲:急がなくちゃ……
杏子:え。お2人共、どうされたんですか?
椿:牡丹は怒ったら超怖いの……
杏子:あんなに優しそうなのに。
菖蒲:騙されちゃいけないぞ!あれは鬼だ……
杏子:そ、そんなにですか。
椿:杏子!
杏子:は、はい。
菖蒲:急ぐぞ!早く道案内!
杏子:わ、わかりました!
0:山村に漸く着く3人。
椿:はぁはぁ……ここで合ってる?
菖蒲……そうみたいだな。
杏子:はい……はぁ……間違いありません。
椿:まだ牡丹はいないよね?
菖蒲:……いなそうだ。
椿:よし。間に合っ――
牡丹:てないなあ。
椿:ぼ、牡丹……
牡丹:何でやろなあ。先に向かったはずやのに。あんなけ自信満々やったのに、おかしいなあ?
椿:それは……その……
菖蒲:椿が――
牡丹:ん?
菖蒲:すみませんでした!
杏子:牡丹さん!すみません!私が話し込んじゃいまして!お2人は悪くないのです!
牡丹:宮司様……本当なん?2人とも。
0:激しく頷く2人―
牡丹:それやったらしゃあないですけど……
椿:良かったぁ……
菖蒲:助かったな……
牡丹:ん?宮司様……
0:杏子の乱れた服装に気付く。
杏子:私はその日。見てしまいました。慈しみを感じるような顔が、鬼の形相に変わっていく様を……
牡丹:おいこら。ちょっと待たんかい。
椿:へ?
牡丹:まさかおどれら……宮司様を走らしたんちゃうやろなあ?
菖蒲:えっと……それは……
牡丹:この呆け共がぁ!何考えとるんじゃあ!
椿:ごめんなさいいいい!!!
菖蒲:あああ!!父様!お助けを!
牡丹:やかましい!そこに並べあほんだらぁ!
杏子:あ……あ……
杏子:私は声にならない声しか出せず、ただ呆然と眺めていることしか出来ませんでした……
0:間―
牡丹:ふぅ……じゃあそろそろ行こか。
菖蒲:あの……休憩は……
牡丹:あ?
菖蒲:すぐ行きましょう!俺元気いっぱい!
牡丹:よろしい。椿は?
椿:大丈夫です!
牡丹:うん。宮司様はいけはりますか?
杏子:はい!大丈夫です!牡丹様!
牡丹:嫌やわあ。宮司様、そんな萎縮せんといてくださいな。
杏子:わ、わかりました。
牡丹:よし!あんた達もしっかりしなんし!背筋伸ばす!
椿:はい!
菖蒲:はい!
椿:……それで、この村に妖刀があるのよね?
杏子:いえ。この村付近で遭遇したらしいってだけで、ここには無いと思います。
菖蒲:反応とかはまだ無い感じか?
杏子:少し待ってくださいね。集中します……
杏子:覗き手こぞりて迷い落ち、千里の野に咲く麻の花。煙に巻かれて頭(こうべ)を垂れよ。
杏子:……見えました!近いです!
椿:どこなの?
杏子:酉(とり)の方角に10町(ちょう)辺りですね。
菖蒲:本当に近いな。案外簡単だわ。
牡丹:さっさと終わらせれたら、やっと休めるなあ。
椿:ええ!今日は贅沢に甘味を二つは食べてやるんだから!
菖蒲:さあ行くぞ!
杏子:わかりました。
0:間―
椿:確かこの辺だよね?
杏子:はい。この辺りから感じます。
菖蒲:まさか、あれか?
椿:んん?どう見ても農民にしか見えないけどなあ。
杏子:でも、何か……動きがおかしいですよ?
0:突如、目の前の男が叫ぶ。
菖蒲:っ!来るぞ!
椿:牡丹!杏子をお願い!
牡丹:任せといて!
椿:ねえ、あなたは1人だけ?
菖蒲:……やっぱ様子が変だ。
椿:聞こえなかったの?あんたは1人――
0:男は雄叫びをあげ、禍々しい刀を振り上げながら向かってくる。
菖蒲:気持ち悪!俺無理!
椿:なら下がってて!私がやる!
椿:雨鎖義(うさぎ)、解放!跳び車!
0:男の首が飛ぶ。
杏子:やりました!
牡丹:そうやね。……でも。
菖蒲:えらく呆気ないな。
椿:こいつじゃないよ……見て。
菖蒲:うわ。何だ?この気持ちの悪い刀。
杏子:……おかしいですね。
椿:杏子?
杏子:これは妖刀ですが、何かが違います。
菖蒲:どういうことだ?
杏子:妖刀は人々の怨念が固まって生まれるものなんです。私たち宮司はその怨念の声が聞こえるんですが……
杏子:この刀は何も話してくれない。いえ、込められた念が無いんです。こんなのは有り得ません。
椿:何か難しいわね……っ、痛っ。
菖蒲:どうした?何か食らったか?
椿:ううん。ここ最近、戦いの後に体が軋む気がするんだよね。
菖蒲:あんな戦い方するからだろ。真っ先に飛び出してよ。特攻なんて能無しにやらしておけばいいのに。
椿:……あんたのそういう所、結構本心から嫌いだよ。
牡丹:……
杏子:っ!来ます!
菖蒲:な、何がだよ。
杏子:この刀より遥かに大きな霊力の塊が!すごい数の声が……ぐ……
0:頭を抑え膝を着く杏子。
牡丹:宮司様!2人共、私は宮司様を連れて少し離れるけど、大丈夫?
椿:まかせといて!杏子を頼んだよ!
菖蒲:どうせやるしかないんだろ!?封印にはちゃんと来いよな!
杏子:すみません……皆さん。
牡丹:ほな任せるで。宮司様、捕まってください。
杏子:はい……
0:牡丹が杏子を連れて行った直後、刀を携えた長髪の女が現れる。
椿:来たよ……
菖蒲:俺にもわかるくらい凄い霊気だな……
竜胆:あれ、2人だけなの?宮司はどうしたのかしら。
椿:何のことかな?
竜胆:ふふ。とぼけても無駄よ。これを封印しに来たことくらいわかってるわよ。
菖蒲:白い刀……やっぱりあいつが。
椿:一応聞くけど、それを黙って渡してくれない?
竜胆:ふふふ。あははははは!私も一応答えてあげる。渡すわけないでしょう?
菖蒲:だろうな。なら、やることは1つだ!
椿:そうだね。あんたを倒していただくよ!
竜胆:そう来なくちゃね!来なさい!擬の操り人形たち!
0:間―
杏子:ん……
牡丹:宮司様、大丈夫ですか?
杏子:牡丹さん……っ!早く戻らなければなりません。
牡丹:無理したらいけません。今はあの2人に――
杏子:あれと戦ってはなりません。
牡丹:宮司様……
杏子:あんな怨念は初めてです……取り込まれた数も異常ですが、1つ1つが強すぎます。いくら手練の2人でも絶対に勝てません。
牡丹:……
杏子:牡丹さん。私を2人の元に……え?
牡丹:宮司様。すんませんなあ。それは出来ません。
杏子:まさか……貴方。
牡丹:あんたらが言う所の国賊ですわ。あの2人にはここで死んでもらいたいんです。
杏子:……裏切るのですか。
牡丹:私は裏切ったことなんかありませんわ。最初からずっと、白夜の夜叉。竜胆の幼馴染やさかい。
杏子:そんな……
牡丹:でもまあ私も彼女の戦いは気になる所やから、仕方無しに連れて行ってあげますわ。間違っても逃げようとせんでくださいね?その喉笛、すぐに掻き切ってしまいますからなあ。
杏子:……お2人共、どうか……
0:間―
椿:雨鎖義、解放!
菖蒲:途陰(とかげ)、解放!
竜胆:揃いも揃って気持ち悪い武器ね。
菖蒲:はあ?お前に比べりゃ何だって上等だ。
竜胆:何でもいいから早くかかって来なさいよ。糞餓鬼。
菖蒲:なっ!こいつ腹立つ!
椿:挑発に乗らないでよ。いつも通りやるだけ。いい?菖蒲。
菖蒲:わかってるよ!俺に指図すんな!
椿:行くよ!
菖蒲:飛べ!玉響(たまゆら)!
竜胆:遅いわね。それじゃ遠距離の意味無いわよ。
菖蒲:本当にそう思うか――
竜胆:返って来るんでしょ?
菖蒲:何で知って――
椿:跳び車!
0:竜胆は咄嗟に刀で受ける。
竜胆:ん……やるじゃない。刀使っちゃった。
椿:これを止めるなんて……
竜胆:意外だったわ。
椿:何が?
竜胆:貴方の方が冷静なんだもの。まさかあの坊やの方が単純だとは思わなかった。きっと貴方の方が強いのね。
菖蒲:ちっ!椿!そのまま抑えとけ!
椿:まさか!あんた!
竜胆:んー?
菖蒲:弾け飛べ!砂乱(さみだれ)!
椿:くっ!
竜胆:ふふっ!
0:間一髪で避ける椿に対して、竜胆はそのまま受ける。
菖蒲:よし!今度こそ当たったぞ!
椿:よしじゃないよ!私にも当たる所だったのに!
菖蒲:当たらなかっただろ?
椿:そういう問題じゃ――
菖蒲:いいじゃねーか。もう終わった……何で?
竜胆:んー?何が?
菖蒲:今当たったはずだろ!?
竜胆:当たったわよ。この子に。
0:白く輝く刀身を見せつける。
椿:普通の妖刀なら粉々のはず。あれを受けて弾けた擬を何度も見た。
竜胆:あのねえ。そんな紛い物に妖刀が劣るわけ無いでしょ。
椿:紛い物?
竜胆:ええそうよ。妖刀を真似て作った玩具が貴方たちの大好きな擬よ。
椿:あんた……巫山戯るのも大概にしなよ!
竜胆:巫山戯てないわよ。事実を言ったまで。試してみる?
椿:やってやる!
竜胆:安心したわ。貴方もちゃんと単純で。あはははは!
椿:切り刻め!獄門一閃!!
竜胆:その技ね。獄門一閃!!
椿:え!?ぐっ!きゃあ!
0:同じ技を返され、弾き飛ばされる。
菖蒲:椿!
椿:な……何で……
竜胆:言ったでしょ?玩具だって。貴方に出来る事で私に出来ないことは無いのよ。
椿:その妖刀の力か……
竜胆:いいえ?言っておくけど、この刀、白夜は霊力を食べる偏食家だけど、それ以外はただ切れ味が良い刀ってだけ。切れ味が落ちることが無いのは利点だけどね。
菖蒲:それでさっきのが当たっても無傷だったわけか……
竜胆:そうよ。打ち返す事も出来たけど、流石に終わらせるには早いでしょう?
菖蒲:舐めやがって……とっておきを食らわせてやる!椿!時間稼ぎ頼むぞ!
椿:あんた本気なの?
菖蒲:それしかあいつを倒せないだろ!
椿:……やるしかないか。離れてて菖蒲!
菖蒲:目に物見せてやる!
0:菖蒲は2人から距離をとる。
竜胆:威勢だけはいい餓鬼ね。ほら来なさい。軽く揉んであげる。
椿:舐めない方がいいよ?雨鎖義、双頭の型!
0:刀が蠢き、2つ裂ける。
竜胆:双剣にもなるのね。……本当、汚らわしい。
椿:行くよ!霧斬巻舞(きりきりまいまい)!
0:複数の霊力を伴った斬撃が飛ぶ。
竜胆:良い機会だから妖刀の力をほんの少し見せてあげる。散閑死怨(さんかんしおん)!
0:横に大きく伸びた斬撃に椿の斬撃が吸い寄せられ消えた。
椿:っ!私の斬撃が消えた!?
竜胆:さっきも言ったでしょう?この子は霊力を食べちゃうの。これは斬りつけながら相手の霊力を奪う技。すごく相性がいいのよ?
椿:だったら……これはどう!戦光花火(せんこうはなび)!!
0:身軽を生かし、竜胆の頭上へ振り落とす。しかし、いとも簡単に受け止められる。
竜胆:霊力を込めずに来たのね。貴方馬鹿なの?
椿:くっ……
竜胆:単純に貴方と私じゃ力の差があるの。ましてや切れ味はこっちが上。駄策だったわね!
0:力任せに椿を撥ね飛ばす。
椿:うあ!!くそ……私の擬は……こんな所で……
0:膝を着く椿。ゆっくりと歩み寄る竜胆。
竜胆:ねえ貴方。その擬の名前は何て言うの?
椿:何、いきなり……
竜胆:貴方が回復するのを待ってるんだから、質問くらい良いじゃない。
椿:……雨鎖義。
竜胆:そっちじゃないわ。
椿:……え?
竜胆:貴方には椿って名前があるでしょ?私は竜胆よ。じゃあ、貴方が手に持つその子の名前は何だった?
椿:雨鎖義の……元の名前……
竜胆:それ、人間だったのよね。何故、名前を知らないの?
椿:だって……擬は……
竜胆:それになれることが貴方たちの誉れなんでしょう?国の英雄と呼ばれる。そうよね?
椿:……そうだよ。
竜胆:じゃあもう1度聞くわ。貴方がその手に握っている英雄の名は何?
椿:こいつの名前は……
竜胆:ふふふ……あははははははは!聞いて呆れるわね!国の英雄?最初から騙されてんのよ!玩具にされるために無駄死にしてるだけだわ!
椿:違う!私の擬を、私の力を馬鹿にするなあ!!
0:双剣を重ね、竜胆の懐へ飛び込む。
竜胆:くっ!……やるじゃない。今までで1番の力……白夜でも吸いきれないなんて恐れ入るわ。
椿:……どれだけ御託を並べても、あんたは沢山の人を殺した。この前の村人を殺したのもそうでしょう!?
竜胆:ええ、そうよ。擬崇拝の奴らは皆殺しにするの。あいつらのせいで……私の家族と村人は殺されて、妹の桜は擬にされたんだからねえ!
0:椿は驚き、竜胆と距離をとる。
椿:……何、言ってるの?
竜胆:どうせ私か貴方のどっちかが死ぬ。少し昔話をしてあげる。
竜胆:私の村はね。貴方がさっき言っていた村の近くにあったの。100人程度しかいない小さな村だったけど、長閑(のどか)で緑の美しい村だった。
竜胆:ある日、国の役人が来たの。宮司を連れてね。そいつらは霊力のある娘を巫女として迎え入れたいと言った。そこで私の妹が選ばれたの。
竜胆:あいつらは妹に良い暮らしをさせると約束した。だから私も両親も村人達も門出を祝った。それから数年経った日……妹が擬にされたと知った。
竜胆:私たちは怒った。話が違うと。何度も国に問いかけたけど悉く無視された。そこで村人達は時代錯誤な一揆を仕掛けようとしたの。するとどうなったと思う?
竜胆:近くの村の人間が国に告げ口しやがった!私と友人は物資を整えるため遠出をしていて助かったけど、村に帰ればそこにはもう何も無くなってた!
竜胆:私たちは悲しみに暮れたわ。胸を焼き焦がす程の憎悪にも塗れた。その時よ。ふと顔を上げるとこの子が居たの。荒れ果てた場所に似つかわしく無い純白の刀がね。
竜胆:これは村の皆が私たちに託した希望。そして、殺した奴らを皆殺しにしろと言う言伝なの。だから私はあの村を潰し、貴方たち擬の奴隷も殺してやるのよ!
椿:そんな……そんな訳が……
竜胆:貴方たちはどうしておかしいと思わないの。人の屍の上に成り立つ武器の存在が何故おかしいと思わないのよ!
竜胆:それが当たり前?皆がそうして来た?違うのよ……異常に気付かないように、自分自身で蓋をしてきたんでしょうが!
竜胆:貴方たち全てが罪人よ。国民の命を弄び、自ら死に向かうことが喜びだと信じさせる貴方たちこそが!……国賊よ。
椿:違う……違う違う違う!あんたが……お前達が!
竜胆:違わ無いわよ!貴方は私とどこか似ているわ。とっくに気付いてるんでしょ?この国が狂ってることにね!
椿:うるさい!!!
竜胆:っ!……何よ貴方、人間を辞めるの?
0:椿の体から目に見えるほどの霊力が漏れ出す。目は紅く染まり、擬が腕まで覆う。
椿:ふーっ……ふーっ……うわああああああ!!!
0:叫び声が辺りに響き渡る。
菖蒲:何だよ……あれ……
杏子:菖蒲さん!
菖蒲:杏子!牡丹!
牡丹:あれは……椿なんか?
菖蒲:そうなんだけどよ……様子がおかしいんだよ。
杏子:擬人化(ぎじんか)が始まってます……
菖蒲:何なんだよそれ……
杏子:擬人化は、擬の力を使い過ぎた擬使いの姿です。
菖蒲:はあ!?そんなの聞いたこと無いぞ!!
杏子:はい……国の機密事項です……擬人化した擬使いは秘密裏に処理されます。
牡丹:なるほどなあ。ほんまどこまでも腐った国やで。
菖蒲:じゃあ……椿は殺されるのか?
杏子:……私なら止められます。ですが今すぐにしないと手遅れになります。
菖蒲:じゃあ今すぐ行かねえと。
牡丹:それは出来へんなあ。
菖蒲:……は?
牡丹:国がわざわざ手を下すってことは、それほどに脅威になるってことや。しかも椿は上位の擬使い。きっといい手札になるやろ。
杏子:……貴方の友人も死にますよ。
牡丹:私達の目的に自らの命の有無は問わへんよ。
菖蒲:ちょっと待てよ!さっきから何の話か全然わかんねえよ!
杏子:擬人は……牡丹さんが思うような者じゃありません。彼らは目に映る物全てを破壊することしかしません。
杏子:貴方達が目指す世界はそんな世界なんですか!?罪も無く、擬と全く関わりのない人々までも死んでしまうんです!本当にそれを望んでいるんですか!?
牡丹:それは……
杏子:牡丹さん、力を貸してください。今なら止められるんです。
牡丹:……わかった。今回きりやからなあ!
菖蒲:おい!俺は置いてけぼりかよ!
杏子:すみません菖蒲さん。後でちゃんと説明しますから。牡丹さん!私を椿さんの近くまでお願いします!
牡丹:わかった。振り落とされへんよう捕まっときや!
菖蒲:ちょ!……何なんだよ!
0:間―
椿:がぁ!
竜胆:っ!……焚き付けすぎたしら。腕ごと持ってかれそうね。
椿:うぅぁう……
竜胆:そこまでにしておきなさい!本当に人間に戻れなくなるわよ!
椿:ぐ……が……あぁ……
竜胆:全く聞こえてないわね。……悪く思わないでね。塵一つ残さず消え失せなさい。九骸鏖陽(くがいおうよう)!
0:霊力が白い光となり、竜胆を中心に広がる。
椿:あああああああ!!
竜胆:っ!?あぁっ!……くっ……冗談でしょ……私の持てる全てを出したのに……
0:その光を簡単に切り裂いた異形は凄まじい力で切りかかる。竜胆は躱そうとするが、斬撃の余波を浴びてしまう。
椿:ふーっふーっ……うあああああ!
竜胆:ふふ……こんな所で終わるなんてね……
牡丹:鼓舞羅(こぶら)!解放!
0:牡丹の擬が異形の胸部に当たり、遠くへ吹き飛ばした。
椿:がっ!……うぅぅ……
竜胆:牡丹!貴方どうしてここに。
牡丹:えらい苦戦してるみたいやから助太刀や。
竜胆:これから本気を出そうって思ってたのよ。
牡丹:嘘つくなや。死んだ……って顔しとったで。
竜胆:昔から余計なところだけ見るのやめてくれない?
杏子:あの!
竜胆:誰よ貴方……まさか宮司……
杏子:はい。宮司の杏子と言います。
竜胆:牡丹、何でこんなやつ連れてきたのよ!
牡丹:それは――
杏子:私は椿さんを人間に戻しに来ました。
竜胆:……できるの?
杏子:はい。私なら出来ます。
竜胆:……
牡丹:信用出来へんのやったら別にええ。私と竜胆の2人がかりなら――
竜胆:それは無理よ。さすがにわかるわ。精々時間稼ぎが関の山ってところね。宮司様はそれをお望みなのでしょう?
杏子:はい。私が封印の術式を詠唱する間、時間にして3分ほどです。
竜胆:今のあの子相手に3分……中々に無茶な要求ね。
牡丹:でもまあやるしかあらへんからな。
杏子:お願い出来ますか?
竜胆:杏子だったかしら?1つだけ教えて。桜って巫女を知ってる?
杏子:え。いえ……私は聞いたことはありません。
竜胆:そう……すぐに始めて。あの子を野放しには出来ないわ。
杏子:はい……参ります。
杏子:咲き乱れし血潮の流動、怒り狂う般若の所業、天命別つは業火の裁き。矛盾、傲慢、鬱憤、軽蔑、弱者の咆哮。干魃した魂に慈悲を。輪廻の理に目を背け、恍惚に塗れ瞼を閉じよ……
0:杏子が詠唱を始めた直後、異形が体を起こし走り寄る。
竜胆:来るわよ……
椿:うぅぅ……がぁあああああ!
牡丹:降り注げ!天鸞(てんらん)!
竜胆:降岩無地陣(こうがんむちじん)!
0:天からは無数の槍の雨、地からは岩の礫が異形を襲う。しかし怯むことなく異形は進む。
椿:ぎ……ぐるぁああ!
牡丹:……ようこんなん相手にしとったな。
竜胆:あら、2人なら勝てるって言ったのは誰だったかしら?
牡丹:ここまでとは思わんかったんや!っ!危なっ!
0:岩の礫を投げ返され、紙一重で避ける。
竜胆:油断しないでよね!蛇楽恨縄(だらくこんじょう)!
0:異形の体を蛇のような縄が這う。たまらず異形は地に伏せた。
牡丹:やった!抑え込んでるで!
竜胆:馬鹿ね……そんなに長くもたないわ。
0:まだ数秒しか発動していないが、竜胆は息を切らす。
牡丹:私の霊力も使いや。幾分か長くもつはずや。
竜胆:……少し昔を思い出さない?
牡丹:何やこんな時に。
竜胆:子供の時は貴方とよく一緒に狩りをしたわね。
牡丹:相手は熊とか猪とか、椿とは比べもんにならんけどな。
竜胆:また戦えて嬉しいわ。
牡丹:……私もや。
椿:がぁ!ぐ!うぅあぁ!
0:激しく暴れ回り、縄が1本、また1本と千切れる。
竜胆:く……まだなの……
牡丹:もう……少しや……気張れや竜胆。
0:2人の腕は震え、目からは血涙が落ちる。
杏子:とこしえの奈落に生まれ変わろうとも。我、汝を愛しく想わざること無かれ!
杏子:竜胆さん!牡丹さん!行けます!
竜胆:よし!行けえ!
杏子:束地子天生(そくちしてんせい)!!
椿:ぐっ……がっ……がああああ……
0:異形の体から霊力が溢れ出し、大地に吸われていく。異形が椿に戻っていく。
牡丹:よっしゃ!これで――
竜胆:っ!危ない!
0:竜胆が牡丹を突き飛ばす。椿の擬が竜胆の胸を貫いた。竜胆は力無く倒れる。霊力が全て吸い出された椿もその場に伏した。
竜胆:かはっ……
牡丹:おい……竜胆……お前何してんだよ!
竜胆:油断……するなって……言ったでしょう……
牡丹:違うだろ!何故私を見殺しにしなかった!?約束したじゃないか!お互いが死んでもやり遂げる。そう言ったのはお前だろ!
竜胆:ごめんなさい……忘れてたわ……
椿:うぅ……私……は。
杏子:椿さん、私が分かりますか?
椿:杏子……私は一体……
菖蒲:どけ!菖蒲様のお通りだ!おい国賊!お前らはもう終わりだ!
0:待ち構えてたかのように菖蒲が現れる。
竜胆:逃げてたくせに……騒がしい餓鬼ね……
椿:菖蒲、これはどう言う状況なの?
菖蒲:さあな!俺もよくわかんねえが、1つだけ確かなことは、牡丹が裏切り者で国賊と繋がってたってことだ!
椿:なっ……本当なの?
牡丹:……
椿:そうなんだね……
菖蒲:さっさとこいつら殺すぞ。
杏子:……そうですね。任務を遂行しなくてはなりません。
竜胆:ふふ……牡丹、よくこんな奴らとずっと一緒にいられたわね……私だったら耐えられないわ。
牡丹:もう喋るな……
竜胆:貴方には……辛い想いをさせてばかりね……
牡丹:竜胆……
竜胆:牡丹、最後のお願い……聞いてくれる?
牡丹:……何だ。
竜胆:白夜で私を斬って。
牡丹:な、何でそんなこと!
竜胆:どうせもう死ぬのよ……その子にこの命、喰わせてあげて……
牡丹:私には……
竜胆:貴方が……使いなさい。きっと刀はもっと強くなるわ……私とまた一緒に戦ってくれない?
牡丹:……わかった。
菖蒲:遺言は終わったかあ?
牡丹:……はぁ!
0:竜胆の胸を切り裂いた牡丹。竜胆は不敵な笑みを浮かべる。
椿:え!?
杏子:っ!
菖蒲:何を……
竜胆:ふっ……
菖蒲:お前、気でも触れたのか?……何だその刀……
0:竜胆の体から霊力が溢れ、白夜に吸い込まれていく。刀身が純白から漆黒に染まっていく。
菖蒲:……はっ、刀の色が変わっただけじゃねーか。驚いて損したわ。
杏子:違います……
菖蒲:違うって何――
杏子:逃げた方がいい!今はそれしかありません!早く!
椿:わ、わかった!行くよ!菖蒲!
菖蒲:え!?は?ちょっと待てよ!
0:間―
杏子:私達は牡丹さんをその場に残し、一目散に逃げた。ただただ真っ直ぐに。あの邪悪な霊力の渦が感じられなくなるまで……
杏子:やっと刀の力が感じられなくなり、私は2人に起きたことを話した。牡丹さんが竜胆さんと幼馴染だと言うこと。2人で国を壊そうと画策していたこと。そして、椿さんが擬人化したことを……
杏子:椿さんはそれを聞いた後、私を社に送り届ける時もずっと話さなかった。菖蒲さんは次こそは殺してやる。と息巻いていたけど、いつもの張合いが無い椿さんとは話が続かず、結局無言になってしまった。
杏子:彼らに伝え損ねてしまったけれど、私には牡丹さんに何が起きたかがわかる。
杏子:社にある赤刀。最初は色によって霊力の強さが変わるのだと思っていたけど、今回で分かった。あれは取り込んだ魂の数。長寿の祝いで還暦は赤を祀る。還暦とは60の事。
杏子:なら白は?白寿。99歳の祝いなんだ。きっと竜胆さんは自ら100人目の怨念となった。だから刀身の色も変わった。恐らく霊力の強さは何倍にも膨れ上がっている。
杏子:でも私にはきっと、彼女たちに伝える術はもう無い。
竜胆:このままで本当にいいの?
杏子:きっと来ると思っていましたよ。竜胆さん。
竜胆:死者の声が聞けるってのは本当なのね。安心したわ。
杏子:強い怨念だけですけどね。余程、この世界が嫌いなようで。
竜胆:まあね。
杏子:それで、何か用でしょうか。
竜胆:私の妹と同じく、悲しい末路を辿るでしょう貴方に少し情けをかけてあげようってね。……擬使いの餓鬼。死ぬわよ。
杏子:菖蒲さんですか?ふふ。椿さんに殺されるのでしょうね。
竜胆:……どうしてわかるの?
杏子:貴方と椿さんは元々似た魂を持っています。それに加え、先の戦闘時に貴方に触れ、擬人化した際に、その妖力を取り込んでいます。きっと椿さんはこの国を壊そうとするでしょう。
竜胆:驚いたわね。そこまで読んでいて動かない理由は何?
杏子:私は宮司です。巫女と同じく、上質な擬となるべく産まれた存在。きっと私は貴方の白夜を斬りますよ。
竜胆:そういうこと……貴方が1番の狂人だったわけね。
杏子:いえ、私は正常ですよ。この国ではね。
竜胆:……あの時、斬っていれば良かったわ。
杏子:次回を楽しみにしております。
竜胆:私の刀は更に強くなったわよ?
杏子:そうですね。もう白くないですし……あ、いい名前を思い付きました。【百夜(ひゃくや)】なんて如何でしょうか?
0:数日後の演習場にて―
菖蒲:あーくそ!こんな擬じゃ牡丹と戦えねえ!父様に頼んでもっと良いの作って貰わねえと。
椿:……ねえ、菖蒲。
菖蒲:っ!驚いた……急に現れるなよ。もう体の調子は順調なのか?早くあいつを殺さなきゃならねえんだ。いつまでも寝床にいられちゃ──
椿:今までいくつの擬を壊したか覚えてる?
菖蒲:は?何だよいきなり。
椿:教えてよ。
菖蒲:……詳しくは覚えてないけど、50か60くらいじゃないか?それが何なんだ?
椿:心が痛んだりしないの?
菖蒲:はっ。何でそんな事思うんだよ。気持ち悪いな。擬なんて使ってなんぼだろ。使えない擬は全部材料が悪いんだよ。
椿:材料……
菖蒲:そうそう。あ、そうだ!牡丹を擬にしたら凄く強いの出来そうじゃないか!?あーでも捕まえるの面倒臭いな……
椿:……
菖蒲:いい事思いついた!椿、お前もう1回、擬人化しろよ。そうしたらあいつに勝てるだろ?
椿:もう……口を開かないで。
菖蒲:何だお前。もしかしてあいつらに感化されたか?冗談やめろよ気持ち悪い。
椿:あんたは……っ!お前らこそが国賊だ!!
菖蒲:え……なん……で……
0:山奥の洞窟――
牡丹:八卦、七彩、六道、五行、四散、三寒、二才、一礼。
牡丹:……どうしてここが分かった。
椿:擬人化の影響かわからないけど、霊力が見えるようになったんだ。
牡丹:私を殺すつもりか?
椿:いや、そのつもりは無いよ。
牡丹:何?なら何をしに来たんだ?
椿:私も貴方達と一緒に戦う。
牡丹:……本気で言ってるのか?
椿:本気だよ。証拠を持ってきた。
0:床に菖蒲の首が転がる。
牡丹:お前……本当に椿か?
椿:ええ。私よ。
牡丹:……おかえり。
杏子:後に彼女たちは国を脅かす妖刀軍団を作り出すことになる。人々は彼らを刀賊(とうぞく)と呼び恐れた。
杏子:私は明日、刀賊たちを倒すための擬となる。彼女たちともう話せないのは少し残念だけれど、私は私の使命がある。続きはきっと誰かが綴ってくれるだろう。……私はそう願う。
0:間―
竜胆:白い、白い、光をも眩む純白よ。我は盲なる者なり。そこに影は一つも非ず。毎夜、待ちてみようとも行先すらも見えぬまま。いつかそこに一筋の闇が差し込み、全てを飲み込まんとするか、光に飲まれるか。今は只、希うほか無し。一夜超え、十夜超え、百夜を迎えて……
竜胆:今も未だ、何も見えず……
竜胆:百夜物語――終幕――