台本概要

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タイトル ラスト・デュエット-Revers-
作者名 天道司
ジャンル ラブストーリー
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 30 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 ご自由に、演じて下さい。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
黎斗 149 黎斗(くろと)
七海 130 七海(ななみ)
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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黎斗:(M)あれは、七海と通話で声劇をした後のことだった。 0: 七海:「ねぇ、黎斗。ネット恋愛って、興味ある?」 黎斗:「興味ないよ。どうせ、どちらかが近くに好きな人を作って別れるっていう未来しかない。そんな恋愛は、虚(むな)しいだけだろ?」 七海:「私は、違うよ!黎斗のことをずっと好きでいるし、いつか必ず会いに行くよ!」 黎斗:「えっ?もしかして、今、僕、君に口説かれてる?」 七海:「はい。バッチリ口説いてます!」 黎斗:「ちょっと待って!僕たち、一度も会ったことがないし、住んでいる場所も千葉と山口じゃ、すごく離れてる。それに、僕がどういう人間か、まだ知らないだろ?」 七海:「黎斗はね。あまり料理をしなくて、ご飯は、よくコンビニ弁当で済ましてる。趣味は、声劇で、自分で台本も書いてる。大学に通っていて、保育士を目指してる。中学の時の部活はサッカー部で、高校の時の部活は・・・」 黎斗:(さえぎって)「わかった!もう、大丈夫!」 七海:「私、会ったことないけど、黎斗のこと、たくさん知ってるでしょ?」 黎斗:「そりゃあね。通話で話してる時間が長いからね」 七海:「黎斗も、私のこと、たくさん知ってるでしょ?」 黎斗:「えっ?まぁ・・・」 七海:「私のペットは?」 黎斗:「ダックスフンドのウルちゃんとヒキガエルのピョンタロウ」 七海:「正解。私の好きな食べ物は?」 黎斗:「ただの氷・・・」 七海:「ふふっ。家族構成は?」 黎斗:「お父さん、お母さんに、弟が二人・・・」 七海:「ほらっ!私のリアルの知り合いよりも、多くのことを黎斗は知ってる。だから、知らない間柄じゃないってこと!」 黎斗:「まぁ、確かに・・・」 七海:「だから、私たち、付き合おうよ!」 黎斗:「ちょっと!軽率じゃない?それに、なんで、そんなに僕と付き合いたいの?」 七海:「黎斗はね。声が素敵だし、性格も、とっても素敵なの」 黎斗:「そんなの、会わないとわからないよ?」 七海:「会わなくても、今まで通話で、たくさん話してきたからわかるよ。黎斗は、私を傷つけるようなことは、絶対にしない優しい人。そして、一度付き合ったなら、どんなことがあっても、ずっと好きでいてくれる一途な人」 黎斗:「・・・」 0: 黎斗:(M)押しに弱い僕は、流されるまま七海と付き合うことになった。付き合うと言っても、ネット恋愛なので、通話を繋いでゲームをしたり、お喋りを楽しむだけで、リアルで会うことはない。 黎斗:(M)七海は、「いつか必ず会いに行く」と言ってくれていたけど、付き合って半年が経ったが、未だにリアルで会うという話にはなっていない。 黎斗:(M)そして、ある日、突然、七海に送ったLINEの既読が付かなくなり、通話にもでない状態になった。ネット恋愛では、よくあるパターンだと思い、僕は普段の日常を過ごしていた。 0: 0:【間】 0: 黎斗:(M)蝉時雨が降り注ぐ、うだるような夏の日。コンビニに昼飯を買いに行くために玄関の扉を開けると、知らない女の子が、そこにいた・・・。 0: 黎斗:「ん?」 七海:「やほ!」 黎斗:「えっ?誰?」 七海:「誰って、私だよ。私!」 黎斗:「私って言われてもな・・・。わかんないよ」 七海:「わかんないの?え?最低・・・」 黎斗:「最低って・・・。いや、本当に誰なの?」 七海:「あー。あー。あーーーっ!この声を聴いても、わからないの?」 黎斗:「えっと・・・。もしかして、七海!?」 七海:「そうだよ!七海だよ!はるばる千葉から山口の黎斗に、会いにきたんだよ!」 黎斗:「そうなんだ・・・。ありがとう。でも、どうして急に?数か月、連絡がなかったから、近くに彼氏ができてしまったものだと思っていたよ」 七海:「彼氏?私の彼氏は、ずっと黎斗だと思ってたけど?黎斗の方こそ、今、彼女はいないの?」 黎斗:「いるわけないだろ?」 七海:「じゃあ、今でも私のこと、彼女と思っていてくれてるの?」 黎斗:「うん・・・」 七海:「それは、嬉しいな。ねぇ、実物の私を見て、不細工で幻滅してない?送っていた写メは、どれも滅茶苦茶に加工していたから・・・」 黎斗:「幻滅なんてするわけないだろ。とっても、可愛いと、思うよ」 七海:「ほんとに?」 黎斗:「うん・・・」 七海:「良かった・・・。黎斗も、カッコいいね!」 黎斗:「・・・。ありがとう。なぁ。どうして、ずっと連絡を返してくれなかったの?」 七海:「そのことなんだけど・・・」 黎斗:「ん?」 七海:「・・・ごめんね。私・・・、死んじゃったんだ」 黎斗:「・・・は?」 七海:「だから、私、死んじゃったの!」 黎斗:「嘘だろ?」 七海:「嘘じゃないよ」 黎斗:「でも、ちゃんと足は付いているし」 七海:「ははは。幽霊にだって、足は付いているよ!」 黎斗:「そういうものなんだ・・・。今時の幽霊は、しっかりと姿も見えるものなんだね。えっと、本当に幽霊なの?」 七海:「しつこいなぁ・・・。本当に幽霊だよ。幽霊だから、姿は見えても、触れることはできないと思う」 黎斗:「ほんとに?試してもいい?」 七海:「いいよ・・・」 0: 黎斗:(M)七海が手を差し出してきたので、その手を掴もうとしたが、スッと、すり抜けていった。 0: 黎斗:「えっ?嘘だろ?」 0: 黎斗:(M)何度触れようとしても、僕の手は、七海の体を綺麗にすり抜けていった・・・。 0: 黎斗:「どういうことなの?」 七海:「だから、言ったでしょ?私、幽霊になっちゃったんだ」 黎斗:「・・・。ごめん・・・。これは、夢なのかな?」 七海:「夢なわけないでしょ?ちゃんと現実だよ」 黎斗:「なら、どうして、死んでしまったの?」 七海:「病気だよ」 黎斗:「病気?」 七海:「ある日、突然、足が動かなくなって、入院することになったの。病名は、教えてもらえなかった・・・。携帯の電磁波が医療機器との相性が悪いらしくて、没収されて・・・。それで黎斗に連絡ができなくなったんだ」 黎斗:「そうなんだ・・・」 七海:「家族は毎日、お見舞いにきてくれて、『すぐに良くなるよ』と言ってくれていたんだけど、次第に手も動かせなくなって、声も発することができなくなって・・・。あぁ、もうすぐ私、死んじゃうんだなって思うようになった」 黎斗:「うん・・・」 七海:「こんなことになることがわかっていたなら、早く黎斗に会いに行けば良かったなって、私、すっごく後悔したの。そしたら、目の前に死神が現れて、『契約を交わすなら、死ぬ前に一つだけ願い事を叶えてやる』って言われたの。だから、私、心の中で強く願ったの。『黎斗に会いたい!』って・・・」 黎斗:「うん・・・」 七海:「それから、死神と契約を交わして・・・。気がついたら、ここにいた」 黎斗:「・・・。会いに来てくれて、ありがとう」 七海:「迷惑じゃないの?幽霊だから、触れることもできないし、私と話しているところを誰かに見られたら、黎斗、変人扱いされちゃうよ?」 黎斗:「変人扱い?全然構わないよ。七海に会えて、僕は嬉しい」 七海:「嘘・・・。絶対、迷惑だと思ってる」 黎斗:「そんなことないって!」 七海:「じゃあ、私を成仏させてくれる?」 黎斗:「成仏?」 七海:「死神との契約。黎斗に会わせてもらう条件として、死神に魂を食べられてしまうの。でもね、成仏することができたなら、食べられなくて済むの」 黎斗:「ちょっと待って!意味がよくわからないんだけど?」 七海:「えっと・・・。成仏することができると、魂は転生を待つ状態になるんだけど、死神に魂を食べられると、転生することはできない。完全な、『無』の状態になっちゃうんだって・・・」 黎斗:「無?」 七海:「無・・・。私という存在が、この世界から完全に消えた状態。そんなの絶対に嫌!転生したいの!だから、成仏しなきゃいけないの!」 黎斗:「わかった。でも、どうすれば成仏できるの?」 七海:「心が完全に満たされた時、成仏ができるんだって・・・。でも、期限つき。明日の太陽が昇るまで・・・」 黎斗:「それは、つまり、七海と一緒にいられるのも、明日の太陽が昇るまでってこと?」 七海:「そうだよ・・・」 黎斗:「わかった・・・。僕に、何か協力できることはある?なんだってするよ?」 七海:「じゃあ、まずは、スマイル!」 黎斗:「スマイル?」 七海:「顔が引きつってる!笑ってよ!」 黎斗:「でも!」 七海:「笑って・・・。なんだって、してくれるんでしょ?」 黎斗:「うっ、うん・・・。はは、ははは」 七海:「うーん・・・。30点。もっと笑って!」 黎斗:「ははっ!はははははーっ!」 七海:「ふふっ。31点」 黎斗:「えーっ!」 七海:「でも、許してあげる」 黎斗:「ありがと。ねぇ、次は何をすればいい?」 七海:「うーん・・・。海に行きたいな・・・。連れて行ってくれる?」 黎斗:「もちろん!じゃあ、車に乗ろうか?僕が運転するからさ」 七海:「ふふっ。ドライブかぁ」 黎斗:「じゃあ、ちょっと待ってて!」 0: 黎斗:(M)僕が車庫から車を持ってくると、七海はドアをすり抜けて、そのまま助手席に座った。その姿を見て、改めて、今の七海は幽霊なのだと実感した。 0: 黎斗:「えっと、シートベルトは・・・」 七海:「しないよ?だって、私、もう、死んでるんだもん」 黎斗:「そっか・・・」 七海:「もう!暗い顔禁止!スマイル!スマイル!」 黎斗:「はは、ははは」 七海:「25点!」 黎斗:「えーっ!」 七海:「ふふっ」 0: 黎斗:(M)海に向かう途中、七海に玩具屋に寄るように言われ、そこで、大量の花火を購入。 0: 七海:「花火、たくさん買ってもらっちゃったけど、大丈夫?」 黎斗:「大丈夫。言ったろ?協力できることは、なんだってするって!」 七海:「うん!ありがとう!」 0: 黎斗:(M)海に着くと、七海は砂浜を注意深く見つめながら、歩き始めた。 0: 七海:「黎斗!早く来てよ!一緒に探すよ!」 黎斗:「探す?探すって、何を?」 0: 黎斗:(M)車を降りて、急いで七海を追いかける。 0: 七海:「シーグラスを探すんだよ!」 黎斗:「シーグラス?それは、何?」 七海:「えっと・・・。うーん・・・。あった!これ!」 0: 黎斗:(M)七海が指さした先には、海の波に研磨されて角が丸くなったガラス片が落ちていた。 0: 黎斗:「これが、シーグラス?」 七海:「うん!宝石みたいに、綺麗でしょ!」 黎斗:「そうだね・・・」 七海:「暗くなるまで、一緒に、たくさん探そ!」 黎斗:「たくさん探して、どうするの?」 七海:「思い出作りだよ!」 黎斗:「思い出作り?」 七海:「うん!黎斗と思い出作りをすれば、心が満たされるはずだから!」 黎斗:「なるほど・・・。わかった!見つけたら、教えて!七海が見つけたシーグラスは、右のポケット。僕が見つけたシーグラスは、左のポケットにしまうから、どちらがたくさんの綺麗なシーグラスを見つけられるか、勝負しよう!」 七海:「いいね!私、負けないよ!」 黎斗:「僕だって、負けないさ!」 0: 黎斗:(M)暗くなるまで、僕らは、シーグラスを探した。左右のポケットは、シーグラスでいっぱいになった。 0: 黎斗:(M)車に戻り、ルームライトを点けて、センターコンソールに、シーグラスをひとつずつ並べる。 黎斗:(M)右のポケットから取り出したシーグラスを置く度に、「見つけたよ!早く来て!」という七海の声が蘇る。 0: 七海:「うーん・・・。量は、私の方が多いね。でも、一番綺麗なシーグラスは、この、黎斗が見つけたハート型のヤツかな?」 黎斗:「すごいだろ?僕も見つけた時に、びっくりした。まさかハート型のシーグラスがあるなんてさ」 七海:「奇跡みたいだね!」 黎斗:「奇跡か・・・」 0: 黎斗:(M)こうして、幽霊になった七海と思い出作りができていることも、間違いなく奇跡だと思う。 0: 七海:「じゃあ、そろそろ、花火をしようよ!」 黎斗:「うん!」 0: 黎斗:(M)夜の砂浜で、花火。 黎斗:(M)他にも花火を楽しんでいるグループが幾つかあった。そのグループの人たちから見える僕は、独り言を言いながら打ち上げ花火を見つめて、はしゃいで・・・。独りで笑いながら、両手に持った線香花火の先と先をくっつけて・・・。 黎斗:(M)きっと、おかしな奴だと思われているのだろう。だけど、僕の目の前には、紛れもなく七海がいる。この世界で、僕だけにしか見えない七海がいる。 0: 0:【間】 0: 七海:「花火、全部終わっちゃったね」 黎斗:「うん・・・。少しは心が満たされたかな?」 七海:「うーん・・・。すごく楽しかったし、すごく嬉しかったよ。でも、まだ、足りないみたい」 黎斗:「そっか。じゃあ、プリンセス、次のお望みは、なんでしょうか?」 七海:「プリンセス?」 黎斗:「七海は、僕のプリンセスだよ。出会った頃、将来の夢はプリンセスになることだって言ってなかったっけ?」 七海:「あぁ・・・。言ってたかも・・・」 黎斗:「だから、今から、七海をプリンセス呼びすることにする!そしたら、少しは心が満たされるかもだろ?」 七海:「まぁ、確かにね・・・。でも、七海呼びでいいよ!」 黎斗:「そうなの?」 七海:「うん・・・。私は、黎斗に『七海』って名前を呼んでもらう度に、幸せを感じていたから」 黎斗:「わかった。じゃあ、七海?」 七海:「はい・・・」 黎斗:「他にしてほしいことは、ありませんか?」 七海:「絵本の読み聞かせをしてほしい」 黎斗:「絵本の読み聞かせ?」 七海:「私ね。絵本が大好きなの」 黎斗:「あぁ・・・。前に話してたよね。小さい頃の絵本も、ずっと大切にしてるって」 七海:「そうだよ。ボサいぬくんのかゆ~いいちにちに、ティモシーとサラのパーティ、ふたりはともだち・・・。もう、何万回読んだかわからない」 黎斗:「うん・・・」 七海:「入院する前は、寝る時に、いつも自分で読んでたんだ。小さい頃から大好きだった絵本を」 黎斗:「うん・・・」 七海:「だから、黎斗に、最後に読み聞かせをしてほしい。私の大好きな絵本を・・・。そしたら、心が完全に満たされて、成仏できるはずだから・・・」 黎斗:「わかった。僕で良ければ、読むよ」 七海:「黎斗だから、良いんだよ。私、黎斗の声が世界で一番好きで、聴いていると、とても安心するんだ」 黎斗:「それは、僕も同じだよ。七海の声が世界で一番好きで、聴いていると、とても安心する」 七海:「それは、両想いって、ヤツだね!」 黎斗:「そうだね!・・・。じゃあ、何の絵本を読めばいい?」 七海:「黎斗の絵本を読んでよ」 黎斗:「僕の絵本?」 七海:「私が絵本好きなことを知ってから、私のために描いてくれた絵本があるでしょ?今、車のグローブボックスに入ってるやつ」 黎斗:「なんで、知ってるの?」 七海:「幽霊だからね」 黎斗:「・・・。わかった・・・。ねぇ、一緒に読まない?」 七海:「え?」 黎斗:「一緒に読んだ方が、思い出になるかと思って・・・」 七海:「うん。いいよ・・・」 0: 0:【間】 0: 黎斗:『すごくきれいなもの』 0: 黎斗:むかしむかし、ある村におばけがやってきました。 黎斗:おばけは、みんなに言いました。 七海:「この村にある『すごくきれいなもの』を見せて。『すごくきれいなもの』がなければ、みんなをたべちゃうよ」 0: 黎斗:はじめにやってきたのは、村で一番お金持ちのタヌキでした。タヌキは宝石の山から一番大きな宝石を持ち出し、おばけに見せました。 七海:でも、おばけは満足しませんでした。それを「すごくきれいなもの」とは言わなかったのです。 0: 黎斗:次にやってきたのは、お花好きのウサギでした。ウサギは秘密のお花畑に、おばけを案内しました。そこには、色とりどりの花が綺麗に咲いていました。 七海:でも、やっぱり、おばけは、それを「すごくきれいなもの」とは言いませんでした。 0: 黎斗:それから、旅好きなネコがやってきて、夜になると『すごくきれいなもの』が見れることを教えました。おばけはネコの言葉を信じ、夜を待つことにしました。 黎斗:夜になると、空には、たくさんの星が輝き、「どうだい?すごくきれいだろう?」と自慢げにネコはたずねました。 七海:しかし、おばけは首を横にふり、「たしかにきれいだけど、それは僕が見たい『すごくきれいなもの』ではないね」と言いました。 0: 七海:「ほかに、きれいなものを持っている人はいるかい?」おばけはみんなに訊きましたが、きれいなものを持ってくる人は、もう、誰もいません。 七海:「この村には、『すごくきれいなもの』はないみたいだから、みんなを食べちゃうね!」 0: 黎斗:その言葉をきいて、村のみんなは、いっせいに逃げ出しましたが、小さなおとこのこが逃げ遅れ、おばけに見つかってしまいました。 七海:おばけは、「まずは、おまえをたべちゃうよ!」と言いました。 0: 黎斗:そのとき、おとこのこのお母さんとお父さんが、おとこのこを守るために立ちはだかり、おばけを止めようとして、両手を広げました。 七海:おばけはその姿を見て、「あるじゃないか!この村にも、すごくきれいなものが!」と言いました。 0: 黎斗:おばけは満足し、鼻歌を歌いながら村を去っていきました。 0: 七海:『すごくきれいなもの』とは、一体、なんだったのでしょう? 0: 0:【間】 0: 七海:「黎斗、ありがとう」 黎斗:「心は、満たされた?」 七海:「うん。すごく、すごく満たされたよ。でも、まだ足りないみたい・・・」 黎斗:「じゃあ、どうすれば?もう、夜明けまで、あまり時間が・・・」 七海:「ねぇ、黎斗・・・」 黎斗:「ん?」 七海:「私を・・・。抱いてほしい・・・」 黎斗:「えっ?」 七海:「私を抱いて!」 黎斗:「うん!僕だって七海を抱きたいよ!でも、今の七海は幽霊で・・・」 七海:「そうだよね・・・。触れることができないもんね・・・。嫌だな・・・。私、このまま死神に魂を食べられちゃうのか・・・」 黎斗:「わかった。とりあえず、ネットで、触れることのできない幽霊を抱く方法がないか調べてみるね!」 七海:「うん・・・。ありがとう」 0: 0:【間】 0: 黎斗:(M)幽霊を抱く方法は、あった・・・。物に魂を乗り移らせる方法、『憑依(ひょうい)』だ。 黎斗:(M)それを実践するために、僕らは、家に戻り、寝室のベッドの淵(ふち)に、肩をくっつけて座った。 黎斗:(M)くっつけているのに、そこに感触はない。夜が明けるまで、あと、数時間・・・。 0: 黎斗:「じゃあ、この抱き枕に、憑依してみてくれる?」 七海:「憑依・・・。憑依ね?」 黎斗:「うん・・・。できそう?」 七海:「やってみる・・・」 黎斗:「うん」 七海:「うううっ!ううっ!うーん…」 黎斗:「いけそう?」 七海:「静かにして!今、集中してるから!」 黎斗:「わっ、わかった!」 七海:「うううっ!ううーん!はぁーっ!あああーっ!」 黎斗:「・・・」 七海:「うーん・・・。抱き枕に憑依(ひょうい)、できたかな?」 黎斗:「どうだろ?触れてもいい?」 七海:「いいよ」 黎斗:「・・・。どう?」 七海:「ひゃっ!くすぐったい!」 黎斗:「触れることができてる?」 七海:「うん・・・。優しく、してね・・・」 黎斗:「うっ、うん・・・」 七海:「あっ!」 黎斗:「・・・」 七海:「はぁ・・・。黎斗に、抱きしめられちゃった」 黎斗:「・・・。嬉しい?」 七海:「もちろんだよ。ずっと、黎斗に抱きしめてもらいたかったんだよ」 黎斗:「僕も、ずっと、七海を抱きしめたかったよ」 七海:「やっと叶った。私は今、すっごく心が満たされている。ありがとう」 黎斗:「おいおい!すぐに成仏はしないでくれよ。まだ、夜明けまで時間があるんだから、もう少しだけ、もう少しだけ、このままで・・・」 七海:「頑張ってみるよ。だけど、幸せすぎて、すぐにでも空に飛んでいってしまいそうだよ」 黎斗:「なぁ、死なないでくれ!死なないでくれよ!このままずっと一緒にいたい!」 七海:「もう・・・。死んだ人間に、死なないでくれって、冗談が過ぎるよ・・・」 黎斗:「だよな・・・」 七海:「そういえば、私が、転生したい理由、話してなかったよね」 黎斗:「うん・・・」 七海:「私ね・・・。もう一度黎斗に会いたいから、転生したいんだよ」 黎斗:「えっ?」 七海:「転生したら、0歳からのスタートだから、黎斗との年の差は凄まじいけどね」 黎斗:「じゃあ、その時まで、七海を待ってるよ」 七海:「えっ?待ってるって・・・。すぐに転生できるのかわからないし、今の記憶を失ってるかも知れないよ?」 黎斗:「それでも、今、会いたいと思ってくれてるんだろ?」 七海:「それは、そうだけど・・・」 黎斗:「だったら、待つよ。何年でも、死ぬまで七海のことを待ってる」 七海:「死ぬまでって・・・。再会できた時に、黎斗がおじいさんになっていたら、どうしよう・・・」 黎斗:「だよね・・・」 七海:「でも・・・。黎斗が黎斗のままでいてくれる限り、おじいさんになっていても、きっと好きになっちゃうと思う」 黎斗:「・・・。その時は、結婚しよう」 七海:「結婚?年の差夫婦だね」 黎斗:「あぁ・・・。必ず、七海を幸せにするよ」 七海:「今も、すっごく幸せだよ・・・。あっ・・・。もう、ほんとに、消えてしまいそう・・・」 黎斗:「ダメだ!」 七海:「消える前に、キス、してほしいな・・・」 黎斗:「わかった!チュッ(リップ音)」 七海:「・・・」 黎斗:「なな、み?」 0: 黎斗:「七海?」 0: 黎斗:「七海!七海ーっ!なぁ、冗談はやめてくれよ!こんなんで、成仏するなよ!まだ、七海と一緒にしたいことが、たくさん、たくさんあるんだよ!だから、七海!馬鹿!おい!七海!七海ーっ!」 0: 黎斗:「七海・・・。七海・・・。愛してる・・・。愛してる・・・」 0: 黎斗:(M)声を出さなくなった抱き枕を涙で濡らし、いつまでも抱きしめていた・・・。 0: 0: 0:-了-

黎斗:(M)あれは、七海と通話で声劇をした後のことだった。 0: 七海:「ねぇ、黎斗。ネット恋愛って、興味ある?」 黎斗:「興味ないよ。どうせ、どちらかが近くに好きな人を作って別れるっていう未来しかない。そんな恋愛は、虚(むな)しいだけだろ?」 七海:「私は、違うよ!黎斗のことをずっと好きでいるし、いつか必ず会いに行くよ!」 黎斗:「えっ?もしかして、今、僕、君に口説かれてる?」 七海:「はい。バッチリ口説いてます!」 黎斗:「ちょっと待って!僕たち、一度も会ったことがないし、住んでいる場所も千葉と山口じゃ、すごく離れてる。それに、僕がどういう人間か、まだ知らないだろ?」 七海:「黎斗はね。あまり料理をしなくて、ご飯は、よくコンビニ弁当で済ましてる。趣味は、声劇で、自分で台本も書いてる。大学に通っていて、保育士を目指してる。中学の時の部活はサッカー部で、高校の時の部活は・・・」 黎斗:(さえぎって)「わかった!もう、大丈夫!」 七海:「私、会ったことないけど、黎斗のこと、たくさん知ってるでしょ?」 黎斗:「そりゃあね。通話で話してる時間が長いからね」 七海:「黎斗も、私のこと、たくさん知ってるでしょ?」 黎斗:「えっ?まぁ・・・」 七海:「私のペットは?」 黎斗:「ダックスフンドのウルちゃんとヒキガエルのピョンタロウ」 七海:「正解。私の好きな食べ物は?」 黎斗:「ただの氷・・・」 七海:「ふふっ。家族構成は?」 黎斗:「お父さん、お母さんに、弟が二人・・・」 七海:「ほらっ!私のリアルの知り合いよりも、多くのことを黎斗は知ってる。だから、知らない間柄じゃないってこと!」 黎斗:「まぁ、確かに・・・」 七海:「だから、私たち、付き合おうよ!」 黎斗:「ちょっと!軽率じゃない?それに、なんで、そんなに僕と付き合いたいの?」 七海:「黎斗はね。声が素敵だし、性格も、とっても素敵なの」 黎斗:「そんなの、会わないとわからないよ?」 七海:「会わなくても、今まで通話で、たくさん話してきたからわかるよ。黎斗は、私を傷つけるようなことは、絶対にしない優しい人。そして、一度付き合ったなら、どんなことがあっても、ずっと好きでいてくれる一途な人」 黎斗:「・・・」 0: 黎斗:(M)押しに弱い僕は、流されるまま七海と付き合うことになった。付き合うと言っても、ネット恋愛なので、通話を繋いでゲームをしたり、お喋りを楽しむだけで、リアルで会うことはない。 黎斗:(M)七海は、「いつか必ず会いに行く」と言ってくれていたけど、付き合って半年が経ったが、未だにリアルで会うという話にはなっていない。 黎斗:(M)そして、ある日、突然、七海に送ったLINEの既読が付かなくなり、通話にもでない状態になった。ネット恋愛では、よくあるパターンだと思い、僕は普段の日常を過ごしていた。 0: 0:【間】 0: 黎斗:(M)蝉時雨が降り注ぐ、うだるような夏の日。コンビニに昼飯を買いに行くために玄関の扉を開けると、知らない女の子が、そこにいた・・・。 0: 黎斗:「ん?」 七海:「やほ!」 黎斗:「えっ?誰?」 七海:「誰って、私だよ。私!」 黎斗:「私って言われてもな・・・。わかんないよ」 七海:「わかんないの?え?最低・・・」 黎斗:「最低って・・・。いや、本当に誰なの?」 七海:「あー。あー。あーーーっ!この声を聴いても、わからないの?」 黎斗:「えっと・・・。もしかして、七海!?」 七海:「そうだよ!七海だよ!はるばる千葉から山口の黎斗に、会いにきたんだよ!」 黎斗:「そうなんだ・・・。ありがとう。でも、どうして急に?数か月、連絡がなかったから、近くに彼氏ができてしまったものだと思っていたよ」 七海:「彼氏?私の彼氏は、ずっと黎斗だと思ってたけど?黎斗の方こそ、今、彼女はいないの?」 黎斗:「いるわけないだろ?」 七海:「じゃあ、今でも私のこと、彼女と思っていてくれてるの?」 黎斗:「うん・・・」 七海:「それは、嬉しいな。ねぇ、実物の私を見て、不細工で幻滅してない?送っていた写メは、どれも滅茶苦茶に加工していたから・・・」 黎斗:「幻滅なんてするわけないだろ。とっても、可愛いと、思うよ」 七海:「ほんとに?」 黎斗:「うん・・・」 七海:「良かった・・・。黎斗も、カッコいいね!」 黎斗:「・・・。ありがとう。なぁ。どうして、ずっと連絡を返してくれなかったの?」 七海:「そのことなんだけど・・・」 黎斗:「ん?」 七海:「・・・ごめんね。私・・・、死んじゃったんだ」 黎斗:「・・・は?」 七海:「だから、私、死んじゃったの!」 黎斗:「嘘だろ?」 七海:「嘘じゃないよ」 黎斗:「でも、ちゃんと足は付いているし」 七海:「ははは。幽霊にだって、足は付いているよ!」 黎斗:「そういうものなんだ・・・。今時の幽霊は、しっかりと姿も見えるものなんだね。えっと、本当に幽霊なの?」 七海:「しつこいなぁ・・・。本当に幽霊だよ。幽霊だから、姿は見えても、触れることはできないと思う」 黎斗:「ほんとに?試してもいい?」 七海:「いいよ・・・」 0: 黎斗:(M)七海が手を差し出してきたので、その手を掴もうとしたが、スッと、すり抜けていった。 0: 黎斗:「えっ?嘘だろ?」 0: 黎斗:(M)何度触れようとしても、僕の手は、七海の体を綺麗にすり抜けていった・・・。 0: 黎斗:「どういうことなの?」 七海:「だから、言ったでしょ?私、幽霊になっちゃったんだ」 黎斗:「・・・。ごめん・・・。これは、夢なのかな?」 七海:「夢なわけないでしょ?ちゃんと現実だよ」 黎斗:「なら、どうして、死んでしまったの?」 七海:「病気だよ」 黎斗:「病気?」 七海:「ある日、突然、足が動かなくなって、入院することになったの。病名は、教えてもらえなかった・・・。携帯の電磁波が医療機器との相性が悪いらしくて、没収されて・・・。それで黎斗に連絡ができなくなったんだ」 黎斗:「そうなんだ・・・」 七海:「家族は毎日、お見舞いにきてくれて、『すぐに良くなるよ』と言ってくれていたんだけど、次第に手も動かせなくなって、声も発することができなくなって・・・。あぁ、もうすぐ私、死んじゃうんだなって思うようになった」 黎斗:「うん・・・」 七海:「こんなことになることがわかっていたなら、早く黎斗に会いに行けば良かったなって、私、すっごく後悔したの。そしたら、目の前に死神が現れて、『契約を交わすなら、死ぬ前に一つだけ願い事を叶えてやる』って言われたの。だから、私、心の中で強く願ったの。『黎斗に会いたい!』って・・・」 黎斗:「うん・・・」 七海:「それから、死神と契約を交わして・・・。気がついたら、ここにいた」 黎斗:「・・・。会いに来てくれて、ありがとう」 七海:「迷惑じゃないの?幽霊だから、触れることもできないし、私と話しているところを誰かに見られたら、黎斗、変人扱いされちゃうよ?」 黎斗:「変人扱い?全然構わないよ。七海に会えて、僕は嬉しい」 七海:「嘘・・・。絶対、迷惑だと思ってる」 黎斗:「そんなことないって!」 七海:「じゃあ、私を成仏させてくれる?」 黎斗:「成仏?」 七海:「死神との契約。黎斗に会わせてもらう条件として、死神に魂を食べられてしまうの。でもね、成仏することができたなら、食べられなくて済むの」 黎斗:「ちょっと待って!意味がよくわからないんだけど?」 七海:「えっと・・・。成仏することができると、魂は転生を待つ状態になるんだけど、死神に魂を食べられると、転生することはできない。完全な、『無』の状態になっちゃうんだって・・・」 黎斗:「無?」 七海:「無・・・。私という存在が、この世界から完全に消えた状態。そんなの絶対に嫌!転生したいの!だから、成仏しなきゃいけないの!」 黎斗:「わかった。でも、どうすれば成仏できるの?」 七海:「心が完全に満たされた時、成仏ができるんだって・・・。でも、期限つき。明日の太陽が昇るまで・・・」 黎斗:「それは、つまり、七海と一緒にいられるのも、明日の太陽が昇るまでってこと?」 七海:「そうだよ・・・」 黎斗:「わかった・・・。僕に、何か協力できることはある?なんだってするよ?」 七海:「じゃあ、まずは、スマイル!」 黎斗:「スマイル?」 七海:「顔が引きつってる!笑ってよ!」 黎斗:「でも!」 七海:「笑って・・・。なんだって、してくれるんでしょ?」 黎斗:「うっ、うん・・・。はは、ははは」 七海:「うーん・・・。30点。もっと笑って!」 黎斗:「ははっ!はははははーっ!」 七海:「ふふっ。31点」 黎斗:「えーっ!」 七海:「でも、許してあげる」 黎斗:「ありがと。ねぇ、次は何をすればいい?」 七海:「うーん・・・。海に行きたいな・・・。連れて行ってくれる?」 黎斗:「もちろん!じゃあ、車に乗ろうか?僕が運転するからさ」 七海:「ふふっ。ドライブかぁ」 黎斗:「じゃあ、ちょっと待ってて!」 0: 黎斗:(M)僕が車庫から車を持ってくると、七海はドアをすり抜けて、そのまま助手席に座った。その姿を見て、改めて、今の七海は幽霊なのだと実感した。 0: 黎斗:「えっと、シートベルトは・・・」 七海:「しないよ?だって、私、もう、死んでるんだもん」 黎斗:「そっか・・・」 七海:「もう!暗い顔禁止!スマイル!スマイル!」 黎斗:「はは、ははは」 七海:「25点!」 黎斗:「えーっ!」 七海:「ふふっ」 0: 黎斗:(M)海に向かう途中、七海に玩具屋に寄るように言われ、そこで、大量の花火を購入。 0: 七海:「花火、たくさん買ってもらっちゃったけど、大丈夫?」 黎斗:「大丈夫。言ったろ?協力できることは、なんだってするって!」 七海:「うん!ありがとう!」 0: 黎斗:(M)海に着くと、七海は砂浜を注意深く見つめながら、歩き始めた。 0: 七海:「黎斗!早く来てよ!一緒に探すよ!」 黎斗:「探す?探すって、何を?」 0: 黎斗:(M)車を降りて、急いで七海を追いかける。 0: 七海:「シーグラスを探すんだよ!」 黎斗:「シーグラス?それは、何?」 七海:「えっと・・・。うーん・・・。あった!これ!」 0: 黎斗:(M)七海が指さした先には、海の波に研磨されて角が丸くなったガラス片が落ちていた。 0: 黎斗:「これが、シーグラス?」 七海:「うん!宝石みたいに、綺麗でしょ!」 黎斗:「そうだね・・・」 七海:「暗くなるまで、一緒に、たくさん探そ!」 黎斗:「たくさん探して、どうするの?」 七海:「思い出作りだよ!」 黎斗:「思い出作り?」 七海:「うん!黎斗と思い出作りをすれば、心が満たされるはずだから!」 黎斗:「なるほど・・・。わかった!見つけたら、教えて!七海が見つけたシーグラスは、右のポケット。僕が見つけたシーグラスは、左のポケットにしまうから、どちらがたくさんの綺麗なシーグラスを見つけられるか、勝負しよう!」 七海:「いいね!私、負けないよ!」 黎斗:「僕だって、負けないさ!」 0: 黎斗:(M)暗くなるまで、僕らは、シーグラスを探した。左右のポケットは、シーグラスでいっぱいになった。 0: 黎斗:(M)車に戻り、ルームライトを点けて、センターコンソールに、シーグラスをひとつずつ並べる。 黎斗:(M)右のポケットから取り出したシーグラスを置く度に、「見つけたよ!早く来て!」という七海の声が蘇る。 0: 七海:「うーん・・・。量は、私の方が多いね。でも、一番綺麗なシーグラスは、この、黎斗が見つけたハート型のヤツかな?」 黎斗:「すごいだろ?僕も見つけた時に、びっくりした。まさかハート型のシーグラスがあるなんてさ」 七海:「奇跡みたいだね!」 黎斗:「奇跡か・・・」 0: 黎斗:(M)こうして、幽霊になった七海と思い出作りができていることも、間違いなく奇跡だと思う。 0: 七海:「じゃあ、そろそろ、花火をしようよ!」 黎斗:「うん!」 0: 黎斗:(M)夜の砂浜で、花火。 黎斗:(M)他にも花火を楽しんでいるグループが幾つかあった。そのグループの人たちから見える僕は、独り言を言いながら打ち上げ花火を見つめて、はしゃいで・・・。独りで笑いながら、両手に持った線香花火の先と先をくっつけて・・・。 黎斗:(M)きっと、おかしな奴だと思われているのだろう。だけど、僕の目の前には、紛れもなく七海がいる。この世界で、僕だけにしか見えない七海がいる。 0: 0:【間】 0: 七海:「花火、全部終わっちゃったね」 黎斗:「うん・・・。少しは心が満たされたかな?」 七海:「うーん・・・。すごく楽しかったし、すごく嬉しかったよ。でも、まだ、足りないみたい」 黎斗:「そっか。じゃあ、プリンセス、次のお望みは、なんでしょうか?」 七海:「プリンセス?」 黎斗:「七海は、僕のプリンセスだよ。出会った頃、将来の夢はプリンセスになることだって言ってなかったっけ?」 七海:「あぁ・・・。言ってたかも・・・」 黎斗:「だから、今から、七海をプリンセス呼びすることにする!そしたら、少しは心が満たされるかもだろ?」 七海:「まぁ、確かにね・・・。でも、七海呼びでいいよ!」 黎斗:「そうなの?」 七海:「うん・・・。私は、黎斗に『七海』って名前を呼んでもらう度に、幸せを感じていたから」 黎斗:「わかった。じゃあ、七海?」 七海:「はい・・・」 黎斗:「他にしてほしいことは、ありませんか?」 七海:「絵本の読み聞かせをしてほしい」 黎斗:「絵本の読み聞かせ?」 七海:「私ね。絵本が大好きなの」 黎斗:「あぁ・・・。前に話してたよね。小さい頃の絵本も、ずっと大切にしてるって」 七海:「そうだよ。ボサいぬくんのかゆ~いいちにちに、ティモシーとサラのパーティ、ふたりはともだち・・・。もう、何万回読んだかわからない」 黎斗:「うん・・・」 七海:「入院する前は、寝る時に、いつも自分で読んでたんだ。小さい頃から大好きだった絵本を」 黎斗:「うん・・・」 七海:「だから、黎斗に、最後に読み聞かせをしてほしい。私の大好きな絵本を・・・。そしたら、心が完全に満たされて、成仏できるはずだから・・・」 黎斗:「わかった。僕で良ければ、読むよ」 七海:「黎斗だから、良いんだよ。私、黎斗の声が世界で一番好きで、聴いていると、とても安心するんだ」 黎斗:「それは、僕も同じだよ。七海の声が世界で一番好きで、聴いていると、とても安心する」 七海:「それは、両想いって、ヤツだね!」 黎斗:「そうだね!・・・。じゃあ、何の絵本を読めばいい?」 七海:「黎斗の絵本を読んでよ」 黎斗:「僕の絵本?」 七海:「私が絵本好きなことを知ってから、私のために描いてくれた絵本があるでしょ?今、車のグローブボックスに入ってるやつ」 黎斗:「なんで、知ってるの?」 七海:「幽霊だからね」 黎斗:「・・・。わかった・・・。ねぇ、一緒に読まない?」 七海:「え?」 黎斗:「一緒に読んだ方が、思い出になるかと思って・・・」 七海:「うん。いいよ・・・」 0: 0:【間】 0: 黎斗:『すごくきれいなもの』 0: 黎斗:むかしむかし、ある村におばけがやってきました。 黎斗:おばけは、みんなに言いました。 七海:「この村にある『すごくきれいなもの』を見せて。『すごくきれいなもの』がなければ、みんなをたべちゃうよ」 0: 黎斗:はじめにやってきたのは、村で一番お金持ちのタヌキでした。タヌキは宝石の山から一番大きな宝石を持ち出し、おばけに見せました。 七海:でも、おばけは満足しませんでした。それを「すごくきれいなもの」とは言わなかったのです。 0: 黎斗:次にやってきたのは、お花好きのウサギでした。ウサギは秘密のお花畑に、おばけを案内しました。そこには、色とりどりの花が綺麗に咲いていました。 七海:でも、やっぱり、おばけは、それを「すごくきれいなもの」とは言いませんでした。 0: 黎斗:それから、旅好きなネコがやってきて、夜になると『すごくきれいなもの』が見れることを教えました。おばけはネコの言葉を信じ、夜を待つことにしました。 黎斗:夜になると、空には、たくさんの星が輝き、「どうだい?すごくきれいだろう?」と自慢げにネコはたずねました。 七海:しかし、おばけは首を横にふり、「たしかにきれいだけど、それは僕が見たい『すごくきれいなもの』ではないね」と言いました。 0: 七海:「ほかに、きれいなものを持っている人はいるかい?」おばけはみんなに訊きましたが、きれいなものを持ってくる人は、もう、誰もいません。 七海:「この村には、『すごくきれいなもの』はないみたいだから、みんなを食べちゃうね!」 0: 黎斗:その言葉をきいて、村のみんなは、いっせいに逃げ出しましたが、小さなおとこのこが逃げ遅れ、おばけに見つかってしまいました。 七海:おばけは、「まずは、おまえをたべちゃうよ!」と言いました。 0: 黎斗:そのとき、おとこのこのお母さんとお父さんが、おとこのこを守るために立ちはだかり、おばけを止めようとして、両手を広げました。 七海:おばけはその姿を見て、「あるじゃないか!この村にも、すごくきれいなものが!」と言いました。 0: 黎斗:おばけは満足し、鼻歌を歌いながら村を去っていきました。 0: 七海:『すごくきれいなもの』とは、一体、なんだったのでしょう? 0: 0:【間】 0: 七海:「黎斗、ありがとう」 黎斗:「心は、満たされた?」 七海:「うん。すごく、すごく満たされたよ。でも、まだ足りないみたい・・・」 黎斗:「じゃあ、どうすれば?もう、夜明けまで、あまり時間が・・・」 七海:「ねぇ、黎斗・・・」 黎斗:「ん?」 七海:「私を・・・。抱いてほしい・・・」 黎斗:「えっ?」 七海:「私を抱いて!」 黎斗:「うん!僕だって七海を抱きたいよ!でも、今の七海は幽霊で・・・」 七海:「そうだよね・・・。触れることができないもんね・・・。嫌だな・・・。私、このまま死神に魂を食べられちゃうのか・・・」 黎斗:「わかった。とりあえず、ネットで、触れることのできない幽霊を抱く方法がないか調べてみるね!」 七海:「うん・・・。ありがとう」 0: 0:【間】 0: 黎斗:(M)幽霊を抱く方法は、あった・・・。物に魂を乗り移らせる方法、『憑依(ひょうい)』だ。 黎斗:(M)それを実践するために、僕らは、家に戻り、寝室のベッドの淵(ふち)に、肩をくっつけて座った。 黎斗:(M)くっつけているのに、そこに感触はない。夜が明けるまで、あと、数時間・・・。 0: 黎斗:「じゃあ、この抱き枕に、憑依してみてくれる?」 七海:「憑依・・・。憑依ね?」 黎斗:「うん・・・。できそう?」 七海:「やってみる・・・」 黎斗:「うん」 七海:「うううっ!ううっ!うーん…」 黎斗:「いけそう?」 七海:「静かにして!今、集中してるから!」 黎斗:「わっ、わかった!」 七海:「うううっ!ううーん!はぁーっ!あああーっ!」 黎斗:「・・・」 七海:「うーん・・・。抱き枕に憑依(ひょうい)、できたかな?」 黎斗:「どうだろ?触れてもいい?」 七海:「いいよ」 黎斗:「・・・。どう?」 七海:「ひゃっ!くすぐったい!」 黎斗:「触れることができてる?」 七海:「うん・・・。優しく、してね・・・」 黎斗:「うっ、うん・・・」 七海:「あっ!」 黎斗:「・・・」 七海:「はぁ・・・。黎斗に、抱きしめられちゃった」 黎斗:「・・・。嬉しい?」 七海:「もちろんだよ。ずっと、黎斗に抱きしめてもらいたかったんだよ」 黎斗:「僕も、ずっと、七海を抱きしめたかったよ」 七海:「やっと叶った。私は今、すっごく心が満たされている。ありがとう」 黎斗:「おいおい!すぐに成仏はしないでくれよ。まだ、夜明けまで時間があるんだから、もう少しだけ、もう少しだけ、このままで・・・」 七海:「頑張ってみるよ。だけど、幸せすぎて、すぐにでも空に飛んでいってしまいそうだよ」 黎斗:「なぁ、死なないでくれ!死なないでくれよ!このままずっと一緒にいたい!」 七海:「もう・・・。死んだ人間に、死なないでくれって、冗談が過ぎるよ・・・」 黎斗:「だよな・・・」 七海:「そういえば、私が、転生したい理由、話してなかったよね」 黎斗:「うん・・・」 七海:「私ね・・・。もう一度黎斗に会いたいから、転生したいんだよ」 黎斗:「えっ?」 七海:「転生したら、0歳からのスタートだから、黎斗との年の差は凄まじいけどね」 黎斗:「じゃあ、その時まで、七海を待ってるよ」 七海:「えっ?待ってるって・・・。すぐに転生できるのかわからないし、今の記憶を失ってるかも知れないよ?」 黎斗:「それでも、今、会いたいと思ってくれてるんだろ?」 七海:「それは、そうだけど・・・」 黎斗:「だったら、待つよ。何年でも、死ぬまで七海のことを待ってる」 七海:「死ぬまでって・・・。再会できた時に、黎斗がおじいさんになっていたら、どうしよう・・・」 黎斗:「だよね・・・」 七海:「でも・・・。黎斗が黎斗のままでいてくれる限り、おじいさんになっていても、きっと好きになっちゃうと思う」 黎斗:「・・・。その時は、結婚しよう」 七海:「結婚?年の差夫婦だね」 黎斗:「あぁ・・・。必ず、七海を幸せにするよ」 七海:「今も、すっごく幸せだよ・・・。あっ・・・。もう、ほんとに、消えてしまいそう・・・」 黎斗:「ダメだ!」 七海:「消える前に、キス、してほしいな・・・」 黎斗:「わかった!チュッ(リップ音)」 七海:「・・・」 黎斗:「なな、み?」 0: 黎斗:「七海?」 0: 黎斗:「七海!七海ーっ!なぁ、冗談はやめてくれよ!こんなんで、成仏するなよ!まだ、七海と一緒にしたいことが、たくさん、たくさんあるんだよ!だから、七海!馬鹿!おい!七海!七海ーっ!」 0: 黎斗:「七海・・・。七海・・・。愛してる・・・。愛してる・・・」 0: 黎斗:(M)声を出さなくなった抱き枕を涙で濡らし、いつまでも抱きしめていた・・・。 0: 0: 0:-了-