台本概要
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タイトル | 『夜灯哀歌(やとうえれじぃ)』第一話「墓場の女」 |
---|---|
作者名 | sazanka (@sazankasarasara) |
ジャンル | その他 |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) ※兼役あり |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
とある田舎の、あぜ道の外れ。 朽ちて侘しい墓場の隅に、女が独りで座っている。 古い電灯のぼやけた光を浴びて、男は、ピアノを弾こうと、思った。 第一話「墓場の女」 ―2021年11月初旬― 117 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
姿乃 | 女 | 62 | 「鮎川 姿乃(あゆかわ しなの)」。27歳。地元生まれ、都会育ち。 |
蒲沢 | 男 | 65 | 「蒲沢 星瞬(かばさわ せいしゅん)」。27歳。都会生まれ、都会育ち。 |
【ナレーション】 | 不問 | 17 | 地の文。男女不問。どちらかが兼ねて頂いても、別で演者を用意して頂いても構いません。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
姿乃:「回れ 回れよ 風ぐるま
姿乃:亡き人に吹きそそぐ あの日の風よ。」
0:タイトルコール。
蒲沢:『夜灯哀歌(やとうえれじぃ)』。
姿乃:第一話、
姿乃:「墓場の女」。
【ナレーション】:ある年のこと。
【ナレーション】:秋の日は釣瓶(つるべ)落としに気忙(きぜわ)しく暮れ、吹く風は淡く、冷たい。
【ナレーション】:田園の外れ、あぜ道に沿って密(ひそ)と在る、寂れた墓地にて。
蒲沢:…………、
【ナレーション】:おずおずと、
蒲沢:あのォ……、
【ナレーション】:男は呼び掛ける。
姿乃:……はい……?
【ナレーション】:応える声は虚(うつ)ろに細く、
【ナレーション】:畔(あぜ)に立つくすんだ電灯のもと、暗い墓地のベンチに独り、
【ナレーション】:女の、姿。
姿乃:何か……?
蒲沢:あ……、
蒲沢:いや、その、
姿乃:道を、お尋ねですか……?
蒲沢:う、いえ、
蒲沢:もう、すぐ近くですので、道は、わかるんですけど……、
蒲沢:あー、と、
姿乃:では……、
姿乃:ご近所さん、かしらね。
蒲沢:ああ、そう………、なるんでしょうね……、
蒲沢:お近くにお住まいなら、
姿乃:すぐ近所です、私も。
姿乃:といってもこんな田舎ですから、このあぜ道をもう少し、行った所の集落ですが。
蒲沢:ええ、と……、その、
蒲沢:こんな所でその、何を……、
姿乃:しているか?
蒲沢:は、はい……、
蒲沢:ええーと、もう、暗いですし……、
姿乃:墓地で、生きた人間がする事といえば。
姿乃:一つ切りだと、思いますが。
蒲沢:……、……、
蒲沢:お墓、参り……?
姿乃:そうでしょうね。
蒲沢:……、……、
【ナレーション】:男は二の句を次げず。
【ナレーション】:方々の繁みから、虫の音(ね)。
姿乃:近頃来られたんですね。
蒲沢:えっ、あ、
姿乃:昔からお住まいの方はどなたも……、
姿乃:ここで、こうしている私を、
姿乃:気にかけられたりは、しませんから。
蒲沢:……、
姿乃:お見かけも、しませんし。
蒲沢:はい……、えー、と、に、二週間ぐらい前に……、
姿乃:そうですか。
蒲沢:で、駅前でその、バイトが、決まって……、
蒲沢:喫茶店なんですけど、
姿乃:『ショパン』ですね。
蒲沢:あ、ご存知……、
姿乃:そこだけ、ですから。駅前には。
蒲沢:ああ……。
蒲沢:いいお店、ですよね、
姿乃:そうでしたか?
蒲沢:あー、と、
蒲沢:ですね……、少なくとも、自分には。
姿乃:良くしてくださいましたか。
蒲沢:はい……、余所者だからとか、そういうのも無く……、
蒲沢:あ、別に、そういうのあるんだろうなとか、思ってた訳じゃなくて、
姿乃:それは、
蒲沢:あ、はい、
姿乃:何よりです。
蒲沢:……、
蒲沢:はい……。
蒲沢:あと名前も……、名前も良いし……、
【ナレーション】:暫しの沈黙。
【ナレーション】:虫の音に、別の虫の声が加わり、混ざる。
蒲沢:で……、最初はあっちの、国道沿いの方の道で行ってたんですけど、
姿乃:大回りですね。
蒲沢:そう……、で、この、田んぼの中の道なら真っ直ぐで近いよ、って教えてもらって……、
蒲沢:それで、今日……、
姿乃:帰り道に通りがかると、
蒲沢:こんな、って言ったら失礼ですけど、ひと気の無い、お墓のベンチに……、
姿乃:私のような若い女が、
蒲沢:……座って、らした、っていう話で……、
蒲沢:えっと……、はい……。
姿乃:……嫌な物を見たと思って。
姿乃:忘れてください。
蒲沢:て、いうか……、
蒲沢:正直、見ちゃいけないモノを、見ちゃったかな、とか……、
姿乃:信じていらっしゃるんですね。
蒲沢:あ、え?
姿乃:幽霊。
蒲沢:……、
【ナレーション】:沈黙。乾いた風が荒れ草を揺らし。
姿乃:私は、違いますが。
蒲沢:ええと……、
蒲沢:あの、勿論、ていうか、信じてはない、んですが……、
蒲沢:……信じたくない、ていうのが、正しいのかも、ですけど……、
姿乃:怖いですからね。幽霊が居たら。
蒲沢:怖い、から、信じてはないんですけどでも、
蒲沢:やっぱり見ちゃったら怖いモノは怖いっていうか……、
蒲沢:上手く言えないんですけど、
姿乃:ごめんなさい。お仕事の後に。
蒲沢:い、いえ……、こちらこそ、
蒲沢:お墓参りの後に声なんか、かけちゃって……、
姿乃:お墓参りでは、ありません。
蒲沢:え……?
姿乃:私が、ここでこうして、座っているのは。
蒲沢:じゃあ……、
蒲沢:一体、
姿乃:デートです。
蒲沢:デート……?
姿乃:死んだ、夫との。
蒲沢:……っ!?
【ナレーション】:遠くの田畑より、野焼きの残り香。
【ナレーション】:男は幾度目かの絶句。
【ナレーション】:深く被ったベルハットの陰、女の表情は、覗(うかが)えず。
姿乃:墓場に、一人で居る女が……、
姿乃:こんな事を言ったら。
姿乃:気味が、悪いですよね。
蒲沢:……、……、
【ナレーション】:墓地の灯りは薄ぼんやりと照っている。
【ナレーション】:振り向いた女の顔は、微笑んでいるように見えた。
【ナレーション】:示し合わせたかのように、虫たちの合唱が一斉に鳴り止んだところで、
【ナレーション】:《後編》に続く。
:
0:【休憩】
:
0:【再開】
【ナレーション】:夜の墓地。
【ナレーション】:赤錆びたベンチに独り座り、「死んだ夫とのデートだ」と、女は言った。
【ナレーション】:虫たちは一斉に鳴き止み、男は絶句している。
【ナレーション】:あぜ道の古びた電灯が、ジジ、と喘ぎ。
姿乃:墓場に、一人で居る女が……、
姿乃:こんな事を言ったら。
姿乃:気味が、悪いですよね。
蒲沢:……、……、
蒲沢:しょ、正直……、かなり……、
蒲沢:はいィ……。
姿乃:取り決めなんです。夫との。
蒲沢:とり、きめ……、
蒲沢:あ……、あの……、
蒲沢:し、失礼にならなきゃ、良いんですけど……、
姿乃:はい。
蒲沢:……座って、らっしゃるんですか……?
蒲沢:ソ、ソコに……、
【ナレーション】:男は恐る恐る、女が一人座るベンチの、空席を示す。
姿乃:…………。
姿乃:いいえ。
蒲沢:え、っと、
姿乃:ここに、夫は居ません。
蒲沢:ああ……、
蒲沢:お墓の中、
姿乃:墓石の下にも、夫は居ません。
姿乃:焼け残りの骨が、埋まっているだけです。
蒲沢:……、……、
姿乃:あれはただの骨で、夫ではありません。
姿乃:斎場で、棺の中に納まっていた物も、やっぱり夫ではありませんでした。
蒲沢:……、
蒲沢:じゃあ、
姿乃:もしも今、私の隣に死んだ夫が座って、
姿乃:もしかしたら私に、優しく笑いかけてくれていたと、しても。
姿乃:生きている私には、見る事も、触れる事も、感じる事も、出来ない。
姿乃:関わりようが、無い。
蒲沢:……、
姿乃:死ぬ、亡くなる、
姿乃:……無くなる、というのは、そういう事で。
姿乃:喪(うしな)う、遺(のこ)されるというのは、そういう事なんだ、と。
姿乃:喪主を務めて、得た学びです。
蒲沢:…………、
【ナレーション】:探り、伺うように微か、虫たちの声が戻る。
蒲沢:……じゃあ……、その、
蒲沢:デート、っていうのは……、
姿乃:火曜と、木曜と、土日のどちらかは必ず、
姿乃:ご近所で構わないから、出かけて、歩いて、二人で過ごす事にしよう、って……、
姿乃:決めたんです。夫と。
蒲沢:そっ、そ、それっていうのは、
姿乃:生前に、です。
蒲沢:(安堵し)
蒲沢:あ、ああ……、
姿乃:忙しい人、でしたから。
姿乃:ただ漫然と、家に帰ったから顔を合わすというのでは、なくて。
姿乃:無理はしなくても良いから、少しだけ、能動的に……、二人で過ごす時間を作ろう、って。
姿乃:夫からの、提案です。
蒲沢:……、……、
蒲沢:それ、は、
蒲沢:その…………、
姿乃:はい。
蒲沢:…………素敵……、
蒲沢:ですね。
姿乃:……、…………。
姿乃:そうでしょう?
【ナレーション】:ざ、と風が立ち、草や枯葉や、石段の脇のススキを揺らし、吹き渡って行く。
【ナレーション】:女は仄かに眼を細め、虚空を見やる。
姿乃:……風が。
蒲沢:ああ……、出てきましたね。
姿乃:野焼きを、風上でやっていなくて良かったです。煙たくて、敵いませんから。
蒲沢:デートも、中断ですもんね、
蒲沢:あはは……、
姿乃:……、
蒲沢:あっ、すいません、あの、
姿乃:いえ……。
姿乃:……習慣というのは、短い間に身に付いたものであっても、
姿乃:変えるのが、難しいものですね。
蒲沢:ああ……、デートの、
姿乃:中身を失っても、
姿乃:残った枠組みだけで案外、間が持つものなんだな、と。
姿乃:これも学びです。
蒲沢:……、
蒲沢:それは、結構……、あるかも、ですね……、
【ナレーション】:束の間の静寂。
【ナレーション】:田園の向こう、2両編成の列車の光。
姿乃:(不意に)
姿乃:このお墓、
蒲沢:はっ、はい、
姿乃:風ぐるまが、あったんですよ。
蒲沢:は……?
姿乃:たくさん。
姿乃:たくさん、そこにも、ここにも。
姿乃:風ぐるまが、あったんです。昔は。
蒲沢:……、
姿乃:近くにお住まいだった女性が、一人で拵えられたもので。
姿乃:強い風で飛んで行ったり、子供が、持って行ってしまうから……、
姿乃:新しいものを、いつも。
蒲沢:今は……、
姿乃:ありません。見た通り。
姿乃:亡くなられたそうです。その、女性が。
蒲沢:ああ……。
姿乃:春はピンクで、夏は、緑や黄色。
姿乃:秋と冬は、鮮やかな赤や、朱色や……、
蒲沢:おおー……、季節ごとに、
姿乃:死んだ人を思い出す為の場所、なのに、
姿乃:すごく、すごく綺麗な……、
姿乃:一面の風ぐるまが、吹かれて、回って。
姿乃:小さい頃お墓参りに来たり、近くの道を、通る度に……、
姿乃:当たり前のように、見慣れた光景だったから……、
蒲沢:無くなっちゃってて、
姿乃:夫も、この場所で、あの風ぐるまに吹かれて、眠るんだと。
姿乃:思い込んでいた、ので。
姿乃:……だから……、
蒲沢:……、
姿乃:だから、夫は。
姿乃:ここには、いないんです。
蒲沢:……、…………。
【ナレーション】:女の顔は再び、暗く隠れ。
【ナレーション】:沈黙を虫の音が補う。
蒲沢:そう……、なんです、ね……。
【ナレーション】:腕の時計は8時を回ろうとしていた。
【ナレーション】:薄ぼけた電灯は依然、朽ちかけた墓地を照らし、
【ナレーション】:秋の風は生きる者だけに吹いている。
蒲沢:……冷えてきたな。
【ナレーション】:男がこぼしたところで。
【ナレーション】:次回へと、続く。
0:【終】
姿乃:「回れ 回れよ 風ぐるま
姿乃:亡き人に吹きそそぐ あの日の風よ。」
0:タイトルコール。
蒲沢:『夜灯哀歌(やとうえれじぃ)』。
姿乃:第一話、
姿乃:「墓場の女」。
【ナレーション】:ある年のこと。
【ナレーション】:秋の日は釣瓶(つるべ)落としに気忙(きぜわ)しく暮れ、吹く風は淡く、冷たい。
【ナレーション】:田園の外れ、あぜ道に沿って密(ひそ)と在る、寂れた墓地にて。
蒲沢:…………、
【ナレーション】:おずおずと、
蒲沢:あのォ……、
【ナレーション】:男は呼び掛ける。
姿乃:……はい……?
【ナレーション】:応える声は虚(うつ)ろに細く、
【ナレーション】:畔(あぜ)に立つくすんだ電灯のもと、暗い墓地のベンチに独り、
【ナレーション】:女の、姿。
姿乃:何か……?
蒲沢:あ……、
蒲沢:いや、その、
姿乃:道を、お尋ねですか……?
蒲沢:う、いえ、
蒲沢:もう、すぐ近くですので、道は、わかるんですけど……、
蒲沢:あー、と、
姿乃:では……、
姿乃:ご近所さん、かしらね。
蒲沢:ああ、そう………、なるんでしょうね……、
蒲沢:お近くにお住まいなら、
姿乃:すぐ近所です、私も。
姿乃:といってもこんな田舎ですから、このあぜ道をもう少し、行った所の集落ですが。
蒲沢:ええ、と……、その、
蒲沢:こんな所でその、何を……、
姿乃:しているか?
蒲沢:は、はい……、
蒲沢:ええーと、もう、暗いですし……、
姿乃:墓地で、生きた人間がする事といえば。
姿乃:一つ切りだと、思いますが。
蒲沢:……、……、
蒲沢:お墓、参り……?
姿乃:そうでしょうね。
蒲沢:……、……、
【ナレーション】:男は二の句を次げず。
【ナレーション】:方々の繁みから、虫の音(ね)。
姿乃:近頃来られたんですね。
蒲沢:えっ、あ、
姿乃:昔からお住まいの方はどなたも……、
姿乃:ここで、こうしている私を、
姿乃:気にかけられたりは、しませんから。
蒲沢:……、
姿乃:お見かけも、しませんし。
蒲沢:はい……、えー、と、に、二週間ぐらい前に……、
姿乃:そうですか。
蒲沢:で、駅前でその、バイトが、決まって……、
蒲沢:喫茶店なんですけど、
姿乃:『ショパン』ですね。
蒲沢:あ、ご存知……、
姿乃:そこだけ、ですから。駅前には。
蒲沢:ああ……。
蒲沢:いいお店、ですよね、
姿乃:そうでしたか?
蒲沢:あー、と、
蒲沢:ですね……、少なくとも、自分には。
姿乃:良くしてくださいましたか。
蒲沢:はい……、余所者だからとか、そういうのも無く……、
蒲沢:あ、別に、そういうのあるんだろうなとか、思ってた訳じゃなくて、
姿乃:それは、
蒲沢:あ、はい、
姿乃:何よりです。
蒲沢:……、
蒲沢:はい……。
蒲沢:あと名前も……、名前も良いし……、
【ナレーション】:暫しの沈黙。
【ナレーション】:虫の音に、別の虫の声が加わり、混ざる。
蒲沢:で……、最初はあっちの、国道沿いの方の道で行ってたんですけど、
姿乃:大回りですね。
蒲沢:そう……、で、この、田んぼの中の道なら真っ直ぐで近いよ、って教えてもらって……、
蒲沢:それで、今日……、
姿乃:帰り道に通りがかると、
蒲沢:こんな、って言ったら失礼ですけど、ひと気の無い、お墓のベンチに……、
姿乃:私のような若い女が、
蒲沢:……座って、らした、っていう話で……、
蒲沢:えっと……、はい……。
姿乃:……嫌な物を見たと思って。
姿乃:忘れてください。
蒲沢:て、いうか……、
蒲沢:正直、見ちゃいけないモノを、見ちゃったかな、とか……、
姿乃:信じていらっしゃるんですね。
蒲沢:あ、え?
姿乃:幽霊。
蒲沢:……、
【ナレーション】:沈黙。乾いた風が荒れ草を揺らし。
姿乃:私は、違いますが。
蒲沢:ええと……、
蒲沢:あの、勿論、ていうか、信じてはない、んですが……、
蒲沢:……信じたくない、ていうのが、正しいのかも、ですけど……、
姿乃:怖いですからね。幽霊が居たら。
蒲沢:怖い、から、信じてはないんですけどでも、
蒲沢:やっぱり見ちゃったら怖いモノは怖いっていうか……、
蒲沢:上手く言えないんですけど、
姿乃:ごめんなさい。お仕事の後に。
蒲沢:い、いえ……、こちらこそ、
蒲沢:お墓参りの後に声なんか、かけちゃって……、
姿乃:お墓参りでは、ありません。
蒲沢:え……?
姿乃:私が、ここでこうして、座っているのは。
蒲沢:じゃあ……、
蒲沢:一体、
姿乃:デートです。
蒲沢:デート……?
姿乃:死んだ、夫との。
蒲沢:……っ!?
【ナレーション】:遠くの田畑より、野焼きの残り香。
【ナレーション】:男は幾度目かの絶句。
【ナレーション】:深く被ったベルハットの陰、女の表情は、覗(うかが)えず。
姿乃:墓場に、一人で居る女が……、
姿乃:こんな事を言ったら。
姿乃:気味が、悪いですよね。
蒲沢:……、……、
【ナレーション】:墓地の灯りは薄ぼんやりと照っている。
【ナレーション】:振り向いた女の顔は、微笑んでいるように見えた。
【ナレーション】:示し合わせたかのように、虫たちの合唱が一斉に鳴り止んだところで、
【ナレーション】:《後編》に続く。
:
0:【休憩】
:
0:【再開】
【ナレーション】:夜の墓地。
【ナレーション】:赤錆びたベンチに独り座り、「死んだ夫とのデートだ」と、女は言った。
【ナレーション】:虫たちは一斉に鳴き止み、男は絶句している。
【ナレーション】:あぜ道の古びた電灯が、ジジ、と喘ぎ。
姿乃:墓場に、一人で居る女が……、
姿乃:こんな事を言ったら。
姿乃:気味が、悪いですよね。
蒲沢:……、……、
蒲沢:しょ、正直……、かなり……、
蒲沢:はいィ……。
姿乃:取り決めなんです。夫との。
蒲沢:とり、きめ……、
蒲沢:あ……、あの……、
蒲沢:し、失礼にならなきゃ、良いんですけど……、
姿乃:はい。
蒲沢:……座って、らっしゃるんですか……?
蒲沢:ソ、ソコに……、
【ナレーション】:男は恐る恐る、女が一人座るベンチの、空席を示す。
姿乃:…………。
姿乃:いいえ。
蒲沢:え、っと、
姿乃:ここに、夫は居ません。
蒲沢:ああ……、
蒲沢:お墓の中、
姿乃:墓石の下にも、夫は居ません。
姿乃:焼け残りの骨が、埋まっているだけです。
蒲沢:……、……、
姿乃:あれはただの骨で、夫ではありません。
姿乃:斎場で、棺の中に納まっていた物も、やっぱり夫ではありませんでした。
蒲沢:……、
蒲沢:じゃあ、
姿乃:もしも今、私の隣に死んだ夫が座って、
姿乃:もしかしたら私に、優しく笑いかけてくれていたと、しても。
姿乃:生きている私には、見る事も、触れる事も、感じる事も、出来ない。
姿乃:関わりようが、無い。
蒲沢:……、
姿乃:死ぬ、亡くなる、
姿乃:……無くなる、というのは、そういう事で。
姿乃:喪(うしな)う、遺(のこ)されるというのは、そういう事なんだ、と。
姿乃:喪主を務めて、得た学びです。
蒲沢:…………、
【ナレーション】:探り、伺うように微か、虫たちの声が戻る。
蒲沢:……じゃあ……、その、
蒲沢:デート、っていうのは……、
姿乃:火曜と、木曜と、土日のどちらかは必ず、
姿乃:ご近所で構わないから、出かけて、歩いて、二人で過ごす事にしよう、って……、
姿乃:決めたんです。夫と。
蒲沢:そっ、そ、それっていうのは、
姿乃:生前に、です。
蒲沢:(安堵し)
蒲沢:あ、ああ……、
姿乃:忙しい人、でしたから。
姿乃:ただ漫然と、家に帰ったから顔を合わすというのでは、なくて。
姿乃:無理はしなくても良いから、少しだけ、能動的に……、二人で過ごす時間を作ろう、って。
姿乃:夫からの、提案です。
蒲沢:……、……、
蒲沢:それ、は、
蒲沢:その…………、
姿乃:はい。
蒲沢:…………素敵……、
蒲沢:ですね。
姿乃:……、…………。
姿乃:そうでしょう?
【ナレーション】:ざ、と風が立ち、草や枯葉や、石段の脇のススキを揺らし、吹き渡って行く。
【ナレーション】:女は仄かに眼を細め、虚空を見やる。
姿乃:……風が。
蒲沢:ああ……、出てきましたね。
姿乃:野焼きを、風上でやっていなくて良かったです。煙たくて、敵いませんから。
蒲沢:デートも、中断ですもんね、
蒲沢:あはは……、
姿乃:……、
蒲沢:あっ、すいません、あの、
姿乃:いえ……。
姿乃:……習慣というのは、短い間に身に付いたものであっても、
姿乃:変えるのが、難しいものですね。
蒲沢:ああ……、デートの、
姿乃:中身を失っても、
姿乃:残った枠組みだけで案外、間が持つものなんだな、と。
姿乃:これも学びです。
蒲沢:……、
蒲沢:それは、結構……、あるかも、ですね……、
【ナレーション】:束の間の静寂。
【ナレーション】:田園の向こう、2両編成の列車の光。
姿乃:(不意に)
姿乃:このお墓、
蒲沢:はっ、はい、
姿乃:風ぐるまが、あったんですよ。
蒲沢:は……?
姿乃:たくさん。
姿乃:たくさん、そこにも、ここにも。
姿乃:風ぐるまが、あったんです。昔は。
蒲沢:……、
姿乃:近くにお住まいだった女性が、一人で拵えられたもので。
姿乃:強い風で飛んで行ったり、子供が、持って行ってしまうから……、
姿乃:新しいものを、いつも。
蒲沢:今は……、
姿乃:ありません。見た通り。
姿乃:亡くなられたそうです。その、女性が。
蒲沢:ああ……。
姿乃:春はピンクで、夏は、緑や黄色。
姿乃:秋と冬は、鮮やかな赤や、朱色や……、
蒲沢:おおー……、季節ごとに、
姿乃:死んだ人を思い出す為の場所、なのに、
姿乃:すごく、すごく綺麗な……、
姿乃:一面の風ぐるまが、吹かれて、回って。
姿乃:小さい頃お墓参りに来たり、近くの道を、通る度に……、
姿乃:当たり前のように、見慣れた光景だったから……、
蒲沢:無くなっちゃってて、
姿乃:夫も、この場所で、あの風ぐるまに吹かれて、眠るんだと。
姿乃:思い込んでいた、ので。
姿乃:……だから……、
蒲沢:……、
姿乃:だから、夫は。
姿乃:ここには、いないんです。
蒲沢:……、…………。
【ナレーション】:女の顔は再び、暗く隠れ。
【ナレーション】:沈黙を虫の音が補う。
蒲沢:そう……、なんです、ね……。
【ナレーション】:腕の時計は8時を回ろうとしていた。
【ナレーション】:薄ぼけた電灯は依然、朽ちかけた墓地を照らし、
【ナレーション】:秋の風は生きる者だけに吹いている。
蒲沢:……冷えてきたな。
【ナレーション】:男がこぼしたところで。
【ナレーション】:次回へと、続く。
0:【終】