台本概要

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タイトル 独我論少女の孤独
作者名 名越春  (@nttdnll)
ジャンル その他
演者人数 1人用台本(女1)
時間 10 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 独我論者は孤独を感じ得るか。
始まりから終わりまで、世界には私しかいないとしたら。
誰かとの出会いや別れもないとしたら、その世界に孤独は存在できるのだろうか。
孤独を理解できるだろうか。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
靖乃 4 靖乃(やすの)。色白の肌にセミロングのストレートの黒髪。キリっとした美人で頭も切れる。 漠然とした寂しさを埋めるため、異性交遊やリストカットがやめられない。なぜ生きているのか。なぜ自殺してはいけないのか。なぜ寂しいのか。彼女の明晰な頭脳でも答えを出せずにいる。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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0:――『私の言語の限界が私の世界の限界を意味する。』 0:――ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン 靖乃:またか…… 靖乃:  靖乃:胸のあたりが締め付けられるような不快感。 靖乃:  靖乃:それに、お腹のあたりがソワソワして落ち着かない。 靖乃:  靖乃:息が苦しい。 靖乃:  靖乃:自然と呼吸が速く浅くなる。 靖乃:  靖乃:落ち着かない。 靖乃:  靖乃:  靖乃:叫び出したいような、辺りのものを手当たり次第壊してしまいたいような。 靖乃:  靖乃:そんなふうな衝動と、衝動に任せて暴れだしたくなるような感覚。 靖乃:  靖乃:涙が溢れ出してしまいそうになっているのは息苦しさのせいか。 靖乃:  靖乃:それとも別の原因か。 靖乃:  靖乃:  靖乃:ひとりで自分の部屋にいると、何もしていないとき、時々この感覚に襲われる。 靖乃:  靖乃:色んな感情がないまぜになったような感覚。 靖乃:  靖乃:濁流のように制御できず、あっという間に元の思考を飲み込み侵食する。 靖乃:  靖乃:  靖乃:思考の濁流。 靖乃:  靖乃:つらい。苦しい。しんどい。 靖乃:   靖乃:焦り。不安。苛立ち。 靖乃:  靖乃:それに、寂しい? 靖乃:  靖乃:私は寂しいのかな?分からない。 靖乃:  靖乃:考えがまとまらない。 靖乃:  靖乃:   靖乃:乱雑にティッシュ数枚とカミソリを手に取る。 靖乃:  靖乃:一呼吸。 靖乃:  靖乃:カミソリを左腕にあてがう。 靖乃:  靖乃:もう一度、一呼吸。 靖乃:  靖乃:カミソリを持つ手にほんの少しだけ力を込めてゆっくりと引く。 靖乃:  靖乃:力加減は分かってる。 靖乃:  靖乃:カミソリの刃がなぞった箇所が少し遅れて赤くなり、 靖乃:  靖乃:また少し遅れて鮮やかな血液が滲み出してくる。 靖乃:  靖乃:  靖乃:さっきの感覚はかなり小さくなってる。 靖乃:  靖乃:痛みとそれと、奇妙だけれど血を見ると不思議な落ち着きを得られる。 靖乃:  靖乃:今はこのまま少し、何も考えず、ぼーっとしていよう。 0:  靖乃:また切っちゃったな…… 靖乃:  靖乃:慣れとは怖いもので、初めて切ったときほどの後悔や罪悪感は今となってはほとんどない。 靖乃:  靖乃:なんて名前の感情なのかも分からない、漠然とした感情。 靖乃:  靖乃:埋められない心の穴のような。 靖乃:  靖乃:埋められないそれを埋めようとして、手首のキズと経験人数ばかり増えてゆく。 靖乃:  靖乃:  靖乃:あーあ、何やってんだかなぁ、私。 靖乃:  靖乃:  靖乃:ところで。 靖乃:  靖乃:ふと頭に浮かぶのは幼い頃から何度も繰り返し考えた事柄。 靖乃:  靖乃:私のさっきのあの感覚。 靖乃:  靖乃:  靖乃:不安や焦り、ネガティブな感情を凝縮した濁流のようなあの感覚。 靖乃:  靖乃:あれは、他人にもあるのだろうか? 靖乃:  靖乃:  靖乃:いや、もっとシンプルに考えてもいい。 靖乃:  靖乃:たとえば、痛みは? 靖乃:  靖乃:もちろん、私には私の痛みが分かる。 靖乃:  靖乃:まさに今、カミソリで切った左腕が痛んでいる。 靖乃:  靖乃:けれど、他人の痛みは? 靖乃:  靖乃:  靖乃:私は他人の痛みを直接経験することはできない。 靖乃:  靖乃:もしできるなら、それはもはや、私の痛み以外のなにものでもない。 靖乃:  靖乃:  靖乃:他にもたとえば、私と誰かもう一人が同じ色を見ている。 靖乃:  靖乃:この場合も同じだ。 靖乃:  靖乃:私に直接に分かるのは私の知覚だけで、 靖乃:  靖乃:もう一人がその色をどういうふうに知覚しているかは私には確かめようがない。 靖乃:   靖乃:仮に、たとえば脳波なんかを調べて脳内の電気信号が私とその人で同じだったとしても、 靖乃:  靖乃:やはり私にはもう一人の感じ方は分からない。 靖乃:  靖乃:脳波を根拠に同一であると言われても、私にとって、 靖乃:  靖乃:ある色を見ているときその人の頭の中が赤色をしているのか青色をしているのか、なんてどっちでも良いことだ。 靖乃:  靖乃:  靖乃:主体としての他者は存在するのか。 靖乃:  靖乃:私と同じように考え、悩み、行為する主体は。 靖乃:  靖乃:  靖乃:私の世界。 靖乃:  靖乃:私の経験を基盤として、私が認識する世界。 靖乃:  靖乃:この世界はどこまで行っても私の世界でしかない。 靖乃:  靖乃:私の経験によりアップデートされても、今度はそこまで含めて私の世界になるだけだ。 靖乃:  靖乃:私は私の世界の外側に出ることは出来ない。 靖乃: 靖乃:   靖乃:私の世界に他者はいるか? 靖乃:  靖乃:それは、もちろんいる。 靖乃:  靖乃:家族、友達、先生。 靖乃:  靖乃:すれ違っただけの名も知らない人たち。 靖乃:  靖乃:けれど、私の世界に主体としての他者はいるか?と問うと途端に分からなくなる。 靖乃:  靖乃:  靖乃:たとえば友達。 靖乃:  靖乃:その友達は私の世界の中にいる。 靖乃:  靖乃:けれど、その友達も主体なんだとしたら。 靖乃:  靖乃:私の世界の中に、私の世界に含まれる形でその友達の世界があることになる。 靖乃:  靖乃:逆に、友達からしたら、友達の世界の中に、友達の世界に含まれる形で私の世界があることになる。 靖乃:  靖乃:そんなのは想像できない。 靖乃:  靖乃:  靖乃:他者。 靖乃:  靖乃:寂しさ。 靖乃:  靖乃:私は寂しいのだろうか? 靖乃:  靖乃:手首のキズも、可愛いふりも、セックスも。 靖乃:  靖乃:誰かがそこにいてくれることを確かめたくてしたことなんだろうか? 靖乃:  靖乃:動機の説明なんて、お望みならいくらでも作り出せるけど。 靖乃:  靖乃:  靖乃:心に穴が空いたような感覚を思い返してみる。 靖乃:  靖乃:机の上に乱雑に散らかるベンゾジアゼピン系の薬品のシート。 靖乃:  靖乃:そのうちの一つを手に取り、一錠を飲み込む。 靖乃:  靖乃:  靖乃:私は他者と出逢えるのだろうか? 靖乃:  靖乃:私の世界に主体としての他者はいない。 靖乃:  靖乃:寂しさというのは、誰かに会えないとか、誰かがいなくなったときなんかに使う言葉だ。 靖乃:  靖乃:私の世界には始めから他者はいない。 靖乃:  靖乃:始めから他者がいないのだから孤独たり得ない。 靖乃:  靖乃:寂しさも経験しえない。 靖乃:  靖乃:  靖乃:なら、私のこの感覚は……? 靖乃:  靖乃:寂しさ以前だ。 靖乃:  靖乃:それなら…… 靖乃:  靖乃:  靖乃:シートから薬を更に二錠口へ放り込む。 靖乃:  靖乃:いつかきっと、他者に出逢えたなら、寂しさを感じることができるだろうか。 靖乃:  靖乃:その時には名前も分からないあの濁流のような、 靖乃:  靖乃:つらく苦しい感覚に名前を見つけることが、明瞭に言葉にすることができるだろうか。 靖乃:  靖乃:  靖乃:いつか。 靖乃:  靖乃:きっと、いつか。 靖乃:  靖乃:私の世界の、意識の繭を破って。 靖乃:  靖乃:寂しさを引き受け、乗り越える可能性を。 靖乃:  靖乃:この手に。 靖乃:  靖乃:いつか、きっと。

0:――『私の言語の限界が私の世界の限界を意味する。』 0:――ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン 靖乃:またか…… 靖乃:  靖乃:胸のあたりが締め付けられるような不快感。 靖乃:  靖乃:それに、お腹のあたりがソワソワして落ち着かない。 靖乃:  靖乃:息が苦しい。 靖乃:  靖乃:自然と呼吸が速く浅くなる。 靖乃:  靖乃:落ち着かない。 靖乃:  靖乃:  靖乃:叫び出したいような、辺りのものを手当たり次第壊してしまいたいような。 靖乃:  靖乃:そんなふうな衝動と、衝動に任せて暴れだしたくなるような感覚。 靖乃:  靖乃:涙が溢れ出してしまいそうになっているのは息苦しさのせいか。 靖乃:  靖乃:それとも別の原因か。 靖乃:  靖乃:  靖乃:ひとりで自分の部屋にいると、何もしていないとき、時々この感覚に襲われる。 靖乃:  靖乃:色んな感情がないまぜになったような感覚。 靖乃:  靖乃:濁流のように制御できず、あっという間に元の思考を飲み込み侵食する。 靖乃:  靖乃:  靖乃:思考の濁流。 靖乃:  靖乃:つらい。苦しい。しんどい。 靖乃:   靖乃:焦り。不安。苛立ち。 靖乃:  靖乃:それに、寂しい? 靖乃:  靖乃:私は寂しいのかな?分からない。 靖乃:  靖乃:考えがまとまらない。 靖乃:  靖乃:   靖乃:乱雑にティッシュ数枚とカミソリを手に取る。 靖乃:  靖乃:一呼吸。 靖乃:  靖乃:カミソリを左腕にあてがう。 靖乃:  靖乃:もう一度、一呼吸。 靖乃:  靖乃:カミソリを持つ手にほんの少しだけ力を込めてゆっくりと引く。 靖乃:  靖乃:力加減は分かってる。 靖乃:  靖乃:カミソリの刃がなぞった箇所が少し遅れて赤くなり、 靖乃:  靖乃:また少し遅れて鮮やかな血液が滲み出してくる。 靖乃:  靖乃:  靖乃:さっきの感覚はかなり小さくなってる。 靖乃:  靖乃:痛みとそれと、奇妙だけれど血を見ると不思議な落ち着きを得られる。 靖乃:  靖乃:今はこのまま少し、何も考えず、ぼーっとしていよう。 0:  靖乃:また切っちゃったな…… 靖乃:  靖乃:慣れとは怖いもので、初めて切ったときほどの後悔や罪悪感は今となってはほとんどない。 靖乃:  靖乃:なんて名前の感情なのかも分からない、漠然とした感情。 靖乃:  靖乃:埋められない心の穴のような。 靖乃:  靖乃:埋められないそれを埋めようとして、手首のキズと経験人数ばかり増えてゆく。 靖乃:  靖乃:  靖乃:あーあ、何やってんだかなぁ、私。 靖乃:  靖乃:  靖乃:ところで。 靖乃:  靖乃:ふと頭に浮かぶのは幼い頃から何度も繰り返し考えた事柄。 靖乃:  靖乃:私のさっきのあの感覚。 靖乃:  靖乃:  靖乃:不安や焦り、ネガティブな感情を凝縮した濁流のようなあの感覚。 靖乃:  靖乃:あれは、他人にもあるのだろうか? 靖乃:  靖乃:  靖乃:いや、もっとシンプルに考えてもいい。 靖乃:  靖乃:たとえば、痛みは? 靖乃:  靖乃:もちろん、私には私の痛みが分かる。 靖乃:  靖乃:まさに今、カミソリで切った左腕が痛んでいる。 靖乃:  靖乃:けれど、他人の痛みは? 靖乃:  靖乃:  靖乃:私は他人の痛みを直接経験することはできない。 靖乃:  靖乃:もしできるなら、それはもはや、私の痛み以外のなにものでもない。 靖乃:  靖乃:  靖乃:他にもたとえば、私と誰かもう一人が同じ色を見ている。 靖乃:  靖乃:この場合も同じだ。 靖乃:  靖乃:私に直接に分かるのは私の知覚だけで、 靖乃:  靖乃:もう一人がその色をどういうふうに知覚しているかは私には確かめようがない。 靖乃:   靖乃:仮に、たとえば脳波なんかを調べて脳内の電気信号が私とその人で同じだったとしても、 靖乃:  靖乃:やはり私にはもう一人の感じ方は分からない。 靖乃:  靖乃:脳波を根拠に同一であると言われても、私にとって、 靖乃:  靖乃:ある色を見ているときその人の頭の中が赤色をしているのか青色をしているのか、なんてどっちでも良いことだ。 靖乃:  靖乃:  靖乃:主体としての他者は存在するのか。 靖乃:  靖乃:私と同じように考え、悩み、行為する主体は。 靖乃:  靖乃:  靖乃:私の世界。 靖乃:  靖乃:私の経験を基盤として、私が認識する世界。 靖乃:  靖乃:この世界はどこまで行っても私の世界でしかない。 靖乃:  靖乃:私の経験によりアップデートされても、今度はそこまで含めて私の世界になるだけだ。 靖乃:  靖乃:私は私の世界の外側に出ることは出来ない。 靖乃: 靖乃:   靖乃:私の世界に他者はいるか? 靖乃:  靖乃:それは、もちろんいる。 靖乃:  靖乃:家族、友達、先生。 靖乃:  靖乃:すれ違っただけの名も知らない人たち。 靖乃:  靖乃:けれど、私の世界に主体としての他者はいるか?と問うと途端に分からなくなる。 靖乃:  靖乃:  靖乃:たとえば友達。 靖乃:  靖乃:その友達は私の世界の中にいる。 靖乃:  靖乃:けれど、その友達も主体なんだとしたら。 靖乃:  靖乃:私の世界の中に、私の世界に含まれる形でその友達の世界があることになる。 靖乃:  靖乃:逆に、友達からしたら、友達の世界の中に、友達の世界に含まれる形で私の世界があることになる。 靖乃:  靖乃:そんなのは想像できない。 靖乃:  靖乃:  靖乃:他者。 靖乃:  靖乃:寂しさ。 靖乃:  靖乃:私は寂しいのだろうか? 靖乃:  靖乃:手首のキズも、可愛いふりも、セックスも。 靖乃:  靖乃:誰かがそこにいてくれることを確かめたくてしたことなんだろうか? 靖乃:  靖乃:動機の説明なんて、お望みならいくらでも作り出せるけど。 靖乃:  靖乃:  靖乃:心に穴が空いたような感覚を思い返してみる。 靖乃:  靖乃:机の上に乱雑に散らかるベンゾジアゼピン系の薬品のシート。 靖乃:  靖乃:そのうちの一つを手に取り、一錠を飲み込む。 靖乃:  靖乃:  靖乃:私は他者と出逢えるのだろうか? 靖乃:  靖乃:私の世界に主体としての他者はいない。 靖乃:  靖乃:寂しさというのは、誰かに会えないとか、誰かがいなくなったときなんかに使う言葉だ。 靖乃:  靖乃:私の世界には始めから他者はいない。 靖乃:  靖乃:始めから他者がいないのだから孤独たり得ない。 靖乃:  靖乃:寂しさも経験しえない。 靖乃:  靖乃:  靖乃:なら、私のこの感覚は……? 靖乃:  靖乃:寂しさ以前だ。 靖乃:  靖乃:それなら…… 靖乃:  靖乃:  靖乃:シートから薬を更に二錠口へ放り込む。 靖乃:  靖乃:いつかきっと、他者に出逢えたなら、寂しさを感じることができるだろうか。 靖乃:  靖乃:その時には名前も分からないあの濁流のような、 靖乃:  靖乃:つらく苦しい感覚に名前を見つけることが、明瞭に言葉にすることができるだろうか。 靖乃:  靖乃:  靖乃:いつか。 靖乃:  靖乃:きっと、いつか。 靖乃:  靖乃:私の世界の、意識の繭を破って。 靖乃:  靖乃:寂しさを引き受け、乗り越える可能性を。 靖乃:  靖乃:この手に。 靖乃:  靖乃:いつか、きっと。