台本概要
140 views
タイトル | 原因と結果 |
---|---|
作者名 | 名越春 (@nttdnll) |
ジャンル | ラブストーリー |
演者人数 | 1人用台本(女1) |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
理性は情念の奴隷に過ぎない。 少女の抱く複雑な想いが行き着く先はどのような結末か。 140 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
沙依 | 女 | 8 | 沙依(さえ)。澪のクラスメイト。長いストレートの黒髪に白い肌、少し吊り目で凛とした印象の風貌。見た目とは裏腹に内向的な少女。学校での成績はかなり優秀であるが、澪にいつも負けていることを密かにコンプレックスに思っている。澪に淡い憧れの感情を抱いていたが、その感情は次第に複雑に変化していく。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
沙依:言葉。
沙依:
沙依:いつも私が自分の存在に気付くのは言葉からだ。
沙依:
沙依:たとえば 流れていく風景。
沙依:
沙依:それを流れていく風景という言葉が頭に浮かんで、
沙依:
沙依:私は自分が流れていく風景を見ていることに気付く。
沙依:
沙依:もちろん、私がそれに気付く以前から、
沙依:
沙依:言葉にする前からそれは私の目に映っていたはずだ。
沙依:
沙依:けれど、それは語られる以前の風景だ。
沙依:
沙依:ともかく……私が自分の存在を意識するときには必ず、言葉が先にある。
0:――(間)
沙依:私には憧れの人がいる。
沙依:
沙依:名前は澪。
沙依:
沙依:はじめは少し気になる程度だった。
沙依:
沙依:けれど、その感情は次第に膨らみしっかりとした形となった。
沙依:
沙依:気づけば憧れだけではなく性愛の感情が芽生えていた。
沙依:
沙依:別に私がレズビアンというわけではない、と思う。
沙依:
沙依:けれどなぜか、日を追うごとに彼女に惹き込まれていた。
沙依:
沙依:どこに惹かれたのかは今となっては分からない。
沙依:
沙依:澪はどこか不思議な雰囲気がある。
沙依:
沙依:人当たりが良くて人気者なのに、飄々としていて仲良しグループに属したりはしていない。
沙依:
沙依:はじめは淡い憧れだった。
沙依:
沙依:可愛くて、人気者で、自分をしっかり持っていて、
沙依:
沙依:成績も優秀で、都内の絵画コンクールで賞を貰うほど絵が上手で。
沙依:
沙依:自分もこんなふうになれたら……。
沙依:
沙依:そう、はじめはそんな憧れだった。
沙依:
沙依:けど、ある日をきっかけに私の澪に対する想いは単なる憧れだけではなくなってしまう。
沙依:
沙依:
沙依:見てしまった。
沙依:
沙依:それは偶然だった。
沙依:
沙依:ある日、夜の街で偶然。
沙依:
沙依:明らかに年上の男性と連れ立って歩く澪の姿。
沙依:
沙依:普段、学校でみたことのない表情。
沙依:
沙依:腕を組んで寄り添って、媚びるような。
沙依:
沙依:信じられなかった。
沙依:
沙依:いけないと思いつつ、気になって気付かれないよう後を尾けた。
沙依:
沙依:今思えばそんなことしなければ良かったと思う。
沙依:
沙依:結局そんなストーカーまがいのことをして得られた結果は、
沙依:
沙依:澪と男性がホテルに入っていくところを目撃することだったのだから。
沙依:
沙依:
沙依:憧れは汚されてしまった。
沙依:
沙依:裏切られたような気持ちだった。
沙依:
沙依:自分勝手なのは分かってる。
沙依:
沙依:けど……。
沙依:
沙依:許せなかった……。
0:――(間)
沙依:「んっ。ぅあ……はぁ。澪……。」
沙依:
沙依:
沙依:『感謝を表わす原始的な反応です。快感を与えるための。
沙依:
沙依:つまり、わたしたちの宿主は、とても愚かなので、
沙依:
沙依:肉体的感覚でこちらの感謝を表わすしかないのです。』
沙依:
沙依:言葉だ。
沙依:
沙依:いつか読んだSF小説の中のフレーズ。
沙依:
沙依:気付けば私の頭は澪のことでいっぱいになっていて、
沙依:
沙依:私の指は自らの秘所を淫らに這っている。
沙依:
沙依:
沙依:とても愚かな宿主。
沙依:
沙依:私のことだ。
沙依:
沙依:許せないはずなのに。嫌悪感すら抱いたはずなのに。
沙依:
沙依:それなのに、ただ単に憧れていたときより一層、彼女に惹かれている。
沙依:
沙依:いや、執着と言った方が正しいのかもしれない。
沙依:
沙依:澪のことが好きなのか嫌いなのかすら判断はつかない。
沙依:
沙依:あるいは、きっと両方なのかもしれない。
沙依:
沙依:それは矛盾だ。私の心をざわつかせる。
沙依:
沙依:
沙依:けれど、矛盾の何が問題なのだろう。
沙依:
沙依:矛盾が問題となるのは体系の証明能力を奪ってしまうからだ。
沙依:
沙依:私の心は数学の証明問題なんかじゃない。
沙依:
沙依:問題があるとすれば、もっと別のところ。
沙依:
沙依:もっと感情的なところ。
沙依:
沙依:私はどっちの澪を望んでるんだろう?
沙依:
沙依:何度も何度も考えた。けれど答えなんて出ない。
沙依:
沙依:愚かな宿主には難しすぎる。
0:
沙依:「沙依?ほら、指止まってるよ?」
沙依:
沙依:
沙依:想像の中の澪の声が催促する。
沙依:
沙依:
沙依:「あっ、ごめんなさい……」
沙依:
沙依:
沙依:
沙依:思考に疲れた私の宿主は、肉体的快感という原始的な反応に溺れてゆく。
沙依:
沙依:妄想の中で、澪に愛撫され、焦らされ、火照らされて、従順になっていく。
沙依:
沙依:熱に浮かされ、声が漏れてしまう。
沙依:
沙依:
沙依:「くっ……うぅ。あっ。」
沙依:
沙依:
沙依:秘所をなぞる指が激しさを増し、奥から蜜があふれてくる。
沙依:
沙依:体中を快楽の波が襲う。
沙依:
沙依:妄想の澪は意地悪そうに笑いながら「まだダメだよ」と絶頂を許してくれない。
沙依:
沙依:
沙依:「だめって言われてるのに我慢できない、はしたない子でごめんなさい」
沙依:
沙依:「澪のことエッチな目で見てごめんなさい……。」
沙依:
沙依:「ごめんなさい、もう、ううっ……んっ、あっ、も、もう……あぁ。」
沙依:
沙依:「っ……ごめんなさい!もうダメっ!ぅ、ごめんなさい。ごめんなさい!」
沙依:
沙依:
沙依:呆れたように嘲笑するように、
沙依:
沙依:それでいて満足気な笑みを浮かべて私の痴態を澪は眺めている。
沙依:
沙依:
沙依:「うっ……うぅ。ぐすっ。ごめんなさい……。」
0:――(間)
沙依:原始的な反応。
沙依:
沙依:快感の波が少しずつ引いて思考が戻ってくる。
沙依:
沙依:背徳感。それと罪悪感。
沙依:
沙依:憧れの対象を汚す背徳。
沙依:
沙依:憧れの対象に汚される背徳。
沙依:
沙依:自分の欲望の為に憧れの人を利用することへの罪悪感。
沙依:
沙依:けど、澪だって。
沙依:
沙依:澪だって悪いんだ。
沙依:
沙依:ずっと憧れだけでいてくれたなら、私はこんなふうにはならなかったはずなんだ。
沙依:
沙依:まだ熱く火照る体とは裏腹に思考は憂鬱に沈んで行く。
沙依:
沙依:言葉だ。
沙依:
沙依:肉体的感覚。この体は誰のもの?心、私の意識は?
0:
沙依:病み垢。半ば依存のようなものだと思う。
沙依:
沙依:無垢な悲劇のヒロインを装って、可愛いふりして。
沙依:
沙依:自分を承認してくれる言葉を求める。
沙依:
沙依:下心が透けて見える男たちに媚びて。
沙依:
沙依:自分を肯定して欲しいだけの女の子たちと馴れ合って。
沙依:
沙依:まるでこれじゃあ私が嫌悪した澪の姿と同じだ。
沙依:
沙依:同族嫌悪?いや、違う。
沙依:
沙依:澪は私なんかとは違う!
沙依:
沙依:心が苦しい。
沙依:
沙依:だから、溺れて行く。
沙依:
沙依:うわべだけの優しい言葉に。
沙依:
沙依:相手によって自分を変えて。
沙依:
沙依:本当に欲しいのは、ありのままの自分を肯定してもらうことのはずなのに。
沙依:
沙依:なんでもいいから、とにかく承認して欲しくて。
沙依:
沙依:相手の望むように自分を演出して。
沙依:
沙依:私は誰のものなのだろう?
沙依:
沙依:この体は?この意識は?
沙依:
沙依:
沙依:たとえば、仮現運動という現象がある。
沙依:
沙依:馴染みあるところで言えばアニメーションの原理に使われている。
沙依:
沙依:複数の少しずつ異なる静止画を滑らかに連続して提示した際、
沙依:
沙依:人間はそれを一枚一枚の静止画としてではなく、連続した動きとして認識する。
沙依:
沙依:私の意識というのも案外そういうものなのだろうか。
沙依:
沙依:ある場面場面で語られる以前の風景から、言葉として浮かび上がって来た意識。
沙依:
沙依:それらを繋いで連続性を見いだしているのか。
沙依:
沙依:いや、それは違う気がする。
沙依:
沙依:仮現運動の場合、それを認識するのは私の意識だ。
沙依:
沙依:じゃあ私の意識を意識するものが何かあるのか。
沙依:
沙依:何か意識より上位のもの。そんなものを仮定するのは気持ち悪い。
沙依:
沙依:仮定は少ない方がいい。
沙依:
沙依:なら、連続性を認識しているのではなく、
沙依:
沙依:断絶を認識できないと考えてみたらどうだろう。
沙依:
沙依:ある場面での意識とまた別のある場面での意識は実は断絶している。
沙依:
沙依:けれど、断絶は語られる以前の風景として意識に上って来ない。
沙依:
沙依:この意識がひとつであることは、連続性ではなく断絶の欠如によって担保されている。
沙依:
沙依:では実はこの意識がひとつであるというのは錯覚なのか。
沙依:
沙依:断絶を認識できないだけで本当はバラバラなのか。
沙依:
沙依:それも違うと思う。
沙依:
沙依:
沙依:意識は、思考は言葉によって為される。
沙依:
沙依:だから私が思考するときにはいつも言葉がある。
沙依:
沙依:断絶において言葉はない。
沙依:
沙依:けれどたとえば、思考せずに行為することはできる。
沙依:
沙依:むしろ思考なしの行為の方が多いくらいだろう。
沙依:
沙依:「右手を挙げる」と意志して右手を挙げることができる。
沙依:
沙依:けれど、そんなこと考えずとも、ただ右手を挙げることだってできる。
沙依:
沙依:私が右手を挙げるとき、
沙依:
沙依:そのときいつも心のなかで「右手よ挙がれ」なんて考えてはいない。
沙依:
沙依:あるいは、自転車に乗っているとき、
沙依:
沙依:ペダルを回す足の運動全てを言葉にすることができるだろうか?
沙依:
沙依:それは途方もなく複雑なプロセスになるだろう。
沙依:
沙依:ならきっと、はじめに行為ありきだ。
沙依:
沙依:原始的な反応。
沙依:
沙依:身体がそう反応する、そんなレベルでの。
沙依:
沙依:きっとそんな反応がなければ、そもそも言葉を使うことができない。
沙依:
沙依:
沙依:だってたとえば、別れ道で右向きの矢印の立て看板を見たとき。
沙依:
沙依:その矢印の解釈は論理的には無数にある。
沙依:
沙依:「矢印と逆に進め」
沙依:
沙依:「この矢印の方は崖である」
沙依:
沙依:「矢印に意味はなくただのオブジェである」など。
沙依:
沙依:けれど、きっと私はその矢印が示す方向に自然に歩みを進めると思う。
沙依:
沙依:たとえば、0,2,4,6と見たとき自然に次の数字は8であると予想する。
沙依:
沙依:けれど、こちらも論理的には第一項から第四項までは0,2,4,6であり、
沙依:
沙依:その次の第五項が8でない関数は無数に考えられるはずである。
沙依:
沙依:それは語られる以前の原始的な反応。
沙依:
沙依:言葉より、思考より前にあるもの。
沙依:
沙依:それが論理的に無限にある可能性から言葉を救っている。
沙依:
沙依:
沙依:意識に忘れ去られた断絶。
沙依:
沙依:むしろそれこそが意識の存在を可能にしている。
沙依:
沙依:深遠めかして言えば断絶こそ連続性を担保しているものだ。
沙依:
沙依:この意識がひとつであることは、意識されない原始的な反応により成立している。
沙依:
沙依:澪はどうなんだろう?
沙依:
沙依:DMでのやり取りを切り上げる。
沙依:
沙依:見知らぬ男性の甘い言葉なんて今は欲しくない。
沙依:
沙依:確かめたいと思った。想像だけでなく。
沙依:
沙依:澪の原始的な反応を。
沙依:
沙依:叶わないと分かっていながら求めてしまう。これもまた原始的な反応だ。
0:――(間)
沙依:ある日、学校でびっくりすることが起こった。
沙依:
沙依:予想もしていない突然のことだった。
沙依:
沙依:澪にデートに誘われた。
沙依:
沙依:デートと言っても友達同士二人で遊びに行く以上の意味はないとは思うけれど……
沙依:
沙依:けれど期待してしまう。
沙依:
沙依:二人きりで遊ぶ相手に私を選んでくれた。
沙依:
沙依:そのことが嬉しくて、舞い上がってしまう。
沙依:
沙依:澪に抱く複雑な感情も忘れて。
沙依:
沙依:我ながら単純だな、なんて思ってもしまうけれど。
沙依:
沙依:
沙依:確かめられるかもしれないと思った。
沙依:
沙依:きっと見透かされていたんだと思う。
沙依:
沙依:私が澪に対して抱いてる感情を。
沙依:
沙依:忘れていたんだ。
沙依:
沙依:何を?
沙依:
沙依:言葉だ。
沙依:
沙依:『語り得ぬことには沈黙しなければならない。』
沙依:
沙依:それなのに、確かめたいと願ってしまった。
0:――(間)
沙依:「あっ……ぅん。はぁ。はぁ。あんっ。」
沙依:
沙依:
沙依:ただひたすらに、時間も忘れて自らを慰める快楽に耽る。
沙依:
沙依:「うっ、ごめんなさい、ごめんなさい。あっ、あ、。もぅだめ、うぅ……」
沙依:
沙依:
沙依:もう止められない。身体が快感を求めてしまう。
沙依:
沙依:枕元にはピルケース。
沙依:
沙依:薄いピンクの錠剤。NAの刻印。
沙依:
沙依:脱法ドラッグ、NaughtyAngel(ノーティーエンジェル)。
沙依:
沙依:それが澪からのプレゼントだった。
沙依:
沙依:澪にぴったりの名前だと思った。
沙依:
沙依:拒めなかった。
沙依:
沙依:むしろ良い機会だと思ってしまった。
沙依:
沙依:確かめたい。
沙依:
沙依:澪を感じたい。
沙依:
沙依:その一心で熱に浮かされてしまった。
沙依:
沙依:後悔はない。
沙依:
沙依:確かめることは出来た。
沙依:
沙依:澪とひとつになれた。
沙依:
沙依:そして今でも忘れられず、私の身体は澪を求めている。
沙依:
沙依:許せない。
沙依:
沙依:私の憧れの人。
沙依:
沙依:私をめちゃくちゃにした人。
沙依:
沙依:私にこんな思いをさせる人。
沙依:
沙依:私の大好きな人。
沙依:
沙依:私の大嫌いな人。
沙依:
沙依:
沙依:『感謝を表わす原始的な反応です。
沙依:
沙依:快感を与えるための。
沙依:
沙依:つまり、わたしたちの宿主は、とても愚かなので、
沙依:
沙依:肉体的感覚でこちらの感謝を表わすしかないのです。』
沙依:
沙依:
沙依:「ごめんなさい。ごめんなさい……ひっ、う。
沙依:
沙依:あぁ……んっ、イッ……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……。」
沙依:言葉。
沙依:
沙依:いつも私が自分の存在に気付くのは言葉からだ。
沙依:
沙依:たとえば 流れていく風景。
沙依:
沙依:それを流れていく風景という言葉が頭に浮かんで、
沙依:
沙依:私は自分が流れていく風景を見ていることに気付く。
沙依:
沙依:もちろん、私がそれに気付く以前から、
沙依:
沙依:言葉にする前からそれは私の目に映っていたはずだ。
沙依:
沙依:けれど、それは語られる以前の風景だ。
沙依:
沙依:ともかく……私が自分の存在を意識するときには必ず、言葉が先にある。
0:――(間)
沙依:私には憧れの人がいる。
沙依:
沙依:名前は澪。
沙依:
沙依:はじめは少し気になる程度だった。
沙依:
沙依:けれど、その感情は次第に膨らみしっかりとした形となった。
沙依:
沙依:気づけば憧れだけではなく性愛の感情が芽生えていた。
沙依:
沙依:別に私がレズビアンというわけではない、と思う。
沙依:
沙依:けれどなぜか、日を追うごとに彼女に惹き込まれていた。
沙依:
沙依:どこに惹かれたのかは今となっては分からない。
沙依:
沙依:澪はどこか不思議な雰囲気がある。
沙依:
沙依:人当たりが良くて人気者なのに、飄々としていて仲良しグループに属したりはしていない。
沙依:
沙依:はじめは淡い憧れだった。
沙依:
沙依:可愛くて、人気者で、自分をしっかり持っていて、
沙依:
沙依:成績も優秀で、都内の絵画コンクールで賞を貰うほど絵が上手で。
沙依:
沙依:自分もこんなふうになれたら……。
沙依:
沙依:そう、はじめはそんな憧れだった。
沙依:
沙依:けど、ある日をきっかけに私の澪に対する想いは単なる憧れだけではなくなってしまう。
沙依:
沙依:
沙依:見てしまった。
沙依:
沙依:それは偶然だった。
沙依:
沙依:ある日、夜の街で偶然。
沙依:
沙依:明らかに年上の男性と連れ立って歩く澪の姿。
沙依:
沙依:普段、学校でみたことのない表情。
沙依:
沙依:腕を組んで寄り添って、媚びるような。
沙依:
沙依:信じられなかった。
沙依:
沙依:いけないと思いつつ、気になって気付かれないよう後を尾けた。
沙依:
沙依:今思えばそんなことしなければ良かったと思う。
沙依:
沙依:結局そんなストーカーまがいのことをして得られた結果は、
沙依:
沙依:澪と男性がホテルに入っていくところを目撃することだったのだから。
沙依:
沙依:
沙依:憧れは汚されてしまった。
沙依:
沙依:裏切られたような気持ちだった。
沙依:
沙依:自分勝手なのは分かってる。
沙依:
沙依:けど……。
沙依:
沙依:許せなかった……。
0:――(間)
沙依:「んっ。ぅあ……はぁ。澪……。」
沙依:
沙依:
沙依:『感謝を表わす原始的な反応です。快感を与えるための。
沙依:
沙依:つまり、わたしたちの宿主は、とても愚かなので、
沙依:
沙依:肉体的感覚でこちらの感謝を表わすしかないのです。』
沙依:
沙依:言葉だ。
沙依:
沙依:いつか読んだSF小説の中のフレーズ。
沙依:
沙依:気付けば私の頭は澪のことでいっぱいになっていて、
沙依:
沙依:私の指は自らの秘所を淫らに這っている。
沙依:
沙依:
沙依:とても愚かな宿主。
沙依:
沙依:私のことだ。
沙依:
沙依:許せないはずなのに。嫌悪感すら抱いたはずなのに。
沙依:
沙依:それなのに、ただ単に憧れていたときより一層、彼女に惹かれている。
沙依:
沙依:いや、執着と言った方が正しいのかもしれない。
沙依:
沙依:澪のことが好きなのか嫌いなのかすら判断はつかない。
沙依:
沙依:あるいは、きっと両方なのかもしれない。
沙依:
沙依:それは矛盾だ。私の心をざわつかせる。
沙依:
沙依:
沙依:けれど、矛盾の何が問題なのだろう。
沙依:
沙依:矛盾が問題となるのは体系の証明能力を奪ってしまうからだ。
沙依:
沙依:私の心は数学の証明問題なんかじゃない。
沙依:
沙依:問題があるとすれば、もっと別のところ。
沙依:
沙依:もっと感情的なところ。
沙依:
沙依:私はどっちの澪を望んでるんだろう?
沙依:
沙依:何度も何度も考えた。けれど答えなんて出ない。
沙依:
沙依:愚かな宿主には難しすぎる。
0:
沙依:「沙依?ほら、指止まってるよ?」
沙依:
沙依:
沙依:想像の中の澪の声が催促する。
沙依:
沙依:
沙依:「あっ、ごめんなさい……」
沙依:
沙依:
沙依:
沙依:思考に疲れた私の宿主は、肉体的快感という原始的な反応に溺れてゆく。
沙依:
沙依:妄想の中で、澪に愛撫され、焦らされ、火照らされて、従順になっていく。
沙依:
沙依:熱に浮かされ、声が漏れてしまう。
沙依:
沙依:
沙依:「くっ……うぅ。あっ。」
沙依:
沙依:
沙依:秘所をなぞる指が激しさを増し、奥から蜜があふれてくる。
沙依:
沙依:体中を快楽の波が襲う。
沙依:
沙依:妄想の澪は意地悪そうに笑いながら「まだダメだよ」と絶頂を許してくれない。
沙依:
沙依:
沙依:「だめって言われてるのに我慢できない、はしたない子でごめんなさい」
沙依:
沙依:「澪のことエッチな目で見てごめんなさい……。」
沙依:
沙依:「ごめんなさい、もう、ううっ……んっ、あっ、も、もう……あぁ。」
沙依:
沙依:「っ……ごめんなさい!もうダメっ!ぅ、ごめんなさい。ごめんなさい!」
沙依:
沙依:
沙依:呆れたように嘲笑するように、
沙依:
沙依:それでいて満足気な笑みを浮かべて私の痴態を澪は眺めている。
沙依:
沙依:
沙依:「うっ……うぅ。ぐすっ。ごめんなさい……。」
0:――(間)
沙依:原始的な反応。
沙依:
沙依:快感の波が少しずつ引いて思考が戻ってくる。
沙依:
沙依:背徳感。それと罪悪感。
沙依:
沙依:憧れの対象を汚す背徳。
沙依:
沙依:憧れの対象に汚される背徳。
沙依:
沙依:自分の欲望の為に憧れの人を利用することへの罪悪感。
沙依:
沙依:けど、澪だって。
沙依:
沙依:澪だって悪いんだ。
沙依:
沙依:ずっと憧れだけでいてくれたなら、私はこんなふうにはならなかったはずなんだ。
沙依:
沙依:まだ熱く火照る体とは裏腹に思考は憂鬱に沈んで行く。
沙依:
沙依:言葉だ。
沙依:
沙依:肉体的感覚。この体は誰のもの?心、私の意識は?
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沙依:病み垢。半ば依存のようなものだと思う。
沙依:
沙依:無垢な悲劇のヒロインを装って、可愛いふりして。
沙依:
沙依:自分を承認してくれる言葉を求める。
沙依:
沙依:下心が透けて見える男たちに媚びて。
沙依:
沙依:自分を肯定して欲しいだけの女の子たちと馴れ合って。
沙依:
沙依:まるでこれじゃあ私が嫌悪した澪の姿と同じだ。
沙依:
沙依:同族嫌悪?いや、違う。
沙依:
沙依:澪は私なんかとは違う!
沙依:
沙依:心が苦しい。
沙依:
沙依:だから、溺れて行く。
沙依:
沙依:うわべだけの優しい言葉に。
沙依:
沙依:相手によって自分を変えて。
沙依:
沙依:本当に欲しいのは、ありのままの自分を肯定してもらうことのはずなのに。
沙依:
沙依:なんでもいいから、とにかく承認して欲しくて。
沙依:
沙依:相手の望むように自分を演出して。
沙依:
沙依:私は誰のものなのだろう?
沙依:
沙依:この体は?この意識は?
沙依:
沙依:
沙依:たとえば、仮現運動という現象がある。
沙依:
沙依:馴染みあるところで言えばアニメーションの原理に使われている。
沙依:
沙依:複数の少しずつ異なる静止画を滑らかに連続して提示した際、
沙依:
沙依:人間はそれを一枚一枚の静止画としてではなく、連続した動きとして認識する。
沙依:
沙依:私の意識というのも案外そういうものなのだろうか。
沙依:
沙依:ある場面場面で語られる以前の風景から、言葉として浮かび上がって来た意識。
沙依:
沙依:それらを繋いで連続性を見いだしているのか。
沙依:
沙依:いや、それは違う気がする。
沙依:
沙依:仮現運動の場合、それを認識するのは私の意識だ。
沙依:
沙依:じゃあ私の意識を意識するものが何かあるのか。
沙依:
沙依:何か意識より上位のもの。そんなものを仮定するのは気持ち悪い。
沙依:
沙依:仮定は少ない方がいい。
沙依:
沙依:なら、連続性を認識しているのではなく、
沙依:
沙依:断絶を認識できないと考えてみたらどうだろう。
沙依:
沙依:ある場面での意識とまた別のある場面での意識は実は断絶している。
沙依:
沙依:けれど、断絶は語られる以前の風景として意識に上って来ない。
沙依:
沙依:この意識がひとつであることは、連続性ではなく断絶の欠如によって担保されている。
沙依:
沙依:では実はこの意識がひとつであるというのは錯覚なのか。
沙依:
沙依:断絶を認識できないだけで本当はバラバラなのか。
沙依:
沙依:それも違うと思う。
沙依:
沙依:
沙依:意識は、思考は言葉によって為される。
沙依:
沙依:だから私が思考するときにはいつも言葉がある。
沙依:
沙依:断絶において言葉はない。
沙依:
沙依:けれどたとえば、思考せずに行為することはできる。
沙依:
沙依:むしろ思考なしの行為の方が多いくらいだろう。
沙依:
沙依:「右手を挙げる」と意志して右手を挙げることができる。
沙依:
沙依:けれど、そんなこと考えずとも、ただ右手を挙げることだってできる。
沙依:
沙依:私が右手を挙げるとき、
沙依:
沙依:そのときいつも心のなかで「右手よ挙がれ」なんて考えてはいない。
沙依:
沙依:あるいは、自転車に乗っているとき、
沙依:
沙依:ペダルを回す足の運動全てを言葉にすることができるだろうか?
沙依:
沙依:それは途方もなく複雑なプロセスになるだろう。
沙依:
沙依:ならきっと、はじめに行為ありきだ。
沙依:
沙依:原始的な反応。
沙依:
沙依:身体がそう反応する、そんなレベルでの。
沙依:
沙依:きっとそんな反応がなければ、そもそも言葉を使うことができない。
沙依:
沙依:
沙依:だってたとえば、別れ道で右向きの矢印の立て看板を見たとき。
沙依:
沙依:その矢印の解釈は論理的には無数にある。
沙依:
沙依:「矢印と逆に進め」
沙依:
沙依:「この矢印の方は崖である」
沙依:
沙依:「矢印に意味はなくただのオブジェである」など。
沙依:
沙依:けれど、きっと私はその矢印が示す方向に自然に歩みを進めると思う。
沙依:
沙依:たとえば、0,2,4,6と見たとき自然に次の数字は8であると予想する。
沙依:
沙依:けれど、こちらも論理的には第一項から第四項までは0,2,4,6であり、
沙依:
沙依:その次の第五項が8でない関数は無数に考えられるはずである。
沙依:
沙依:それは語られる以前の原始的な反応。
沙依:
沙依:言葉より、思考より前にあるもの。
沙依:
沙依:それが論理的に無限にある可能性から言葉を救っている。
沙依:
沙依:
沙依:意識に忘れ去られた断絶。
沙依:
沙依:むしろそれこそが意識の存在を可能にしている。
沙依:
沙依:深遠めかして言えば断絶こそ連続性を担保しているものだ。
沙依:
沙依:この意識がひとつであることは、意識されない原始的な反応により成立している。
沙依:
沙依:澪はどうなんだろう?
沙依:
沙依:DMでのやり取りを切り上げる。
沙依:
沙依:見知らぬ男性の甘い言葉なんて今は欲しくない。
沙依:
沙依:確かめたいと思った。想像だけでなく。
沙依:
沙依:澪の原始的な反応を。
沙依:
沙依:叶わないと分かっていながら求めてしまう。これもまた原始的な反応だ。
0:――(間)
沙依:ある日、学校でびっくりすることが起こった。
沙依:
沙依:予想もしていない突然のことだった。
沙依:
沙依:澪にデートに誘われた。
沙依:
沙依:デートと言っても友達同士二人で遊びに行く以上の意味はないとは思うけれど……
沙依:
沙依:けれど期待してしまう。
沙依:
沙依:二人きりで遊ぶ相手に私を選んでくれた。
沙依:
沙依:そのことが嬉しくて、舞い上がってしまう。
沙依:
沙依:澪に抱く複雑な感情も忘れて。
沙依:
沙依:我ながら単純だな、なんて思ってもしまうけれど。
沙依:
沙依:
沙依:確かめられるかもしれないと思った。
沙依:
沙依:きっと見透かされていたんだと思う。
沙依:
沙依:私が澪に対して抱いてる感情を。
沙依:
沙依:忘れていたんだ。
沙依:
沙依:何を?
沙依:
沙依:言葉だ。
沙依:
沙依:『語り得ぬことには沈黙しなければならない。』
沙依:
沙依:それなのに、確かめたいと願ってしまった。
0:――(間)
沙依:「あっ……ぅん。はぁ。はぁ。あんっ。」
沙依:
沙依:
沙依:ただひたすらに、時間も忘れて自らを慰める快楽に耽る。
沙依:
沙依:「うっ、ごめんなさい、ごめんなさい。あっ、あ、。もぅだめ、うぅ……」
沙依:
沙依:
沙依:もう止められない。身体が快感を求めてしまう。
沙依:
沙依:枕元にはピルケース。
沙依:
沙依:薄いピンクの錠剤。NAの刻印。
沙依:
沙依:脱法ドラッグ、NaughtyAngel(ノーティーエンジェル)。
沙依:
沙依:それが澪からのプレゼントだった。
沙依:
沙依:澪にぴったりの名前だと思った。
沙依:
沙依:拒めなかった。
沙依:
沙依:むしろ良い機会だと思ってしまった。
沙依:
沙依:確かめたい。
沙依:
沙依:澪を感じたい。
沙依:
沙依:その一心で熱に浮かされてしまった。
沙依:
沙依:後悔はない。
沙依:
沙依:確かめることは出来た。
沙依:
沙依:澪とひとつになれた。
沙依:
沙依:そして今でも忘れられず、私の身体は澪を求めている。
沙依:
沙依:許せない。
沙依:
沙依:私の憧れの人。
沙依:
沙依:私をめちゃくちゃにした人。
沙依:
沙依:私にこんな思いをさせる人。
沙依:
沙依:私の大好きな人。
沙依:
沙依:私の大嫌いな人。
沙依:
沙依:
沙依:『感謝を表わす原始的な反応です。
沙依:
沙依:快感を与えるための。
沙依:
沙依:つまり、わたしたちの宿主は、とても愚かなので、
沙依:
沙依:肉体的感覚でこちらの感謝を表わすしかないのです。』
沙依:
沙依:
沙依:「ごめんなさい。ごめんなさい……ひっ、う。
沙依:
沙依:あぁ……んっ、イッ……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……。」