台本概要

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タイトル 死が三人を分かつとも
作者名 白蛇
ジャンル ラブストーリー
演者人数 3人用台本(男1、女2)
時間 30 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明  高校生の幼馴染三人組がバレンタインにかこつけてやんややんやするお話です。セリフの偏りが悲惨ですがご容赦くださいませ。事情は重ためですがサクッとやれると思います。
 キャラクターの死亡描写を含みます。ご理解の上当シナリオをご利用ください。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
友里 38 高校生。物事をあまり深く考えない。夏恋が好き。
夏恋 42 高校生。内気。友里が好き。
千鶴 44 高校生。姉御肌。友里と夏恋がモダモダしている姿を眺めてにやにやするのが好き。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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夏恋:「いや、いやぁぁあぁぁぁぁ!!」 千鶴:親友の悲鳴が聞こえる。 夏恋:「お願い、目を開けて! 友里くん、ゆうりくん……!」 千鶴:目の前には、真っ赤な色。 千鶴:あたしは、目の前が真っ暗になった。 0:○学校・教室 友里:「千鶴、おっはよ〜」 千鶴:「ああ、友里。夏恋も。おはよ」 夏恋:「うん、おはよう、千鶴ちゃん」 千鶴:「友里、今日の数学の小テスト、勉強しなくていいの? 随分とのんびりしてるけど」 友里:「えっ? マジで? 嘘だろ!? えっ、嘘だよな夏恋!」 夏恋:「えーっと、ね? 昨日の帰り道で、ちゃんと伝えた筈だよ。友里くん、ゲームしてたから、忘れちゃったんじゃないかな」 千鶴:「帰り道でゲーム……? あんた、また歩きながらやってたんでしょ! 危ないって何回言ったらやめ(るのよ)」 友里:「(さえぎって)そんなことより、テスト範囲教えて!」 夏恋:「ダメだよ。今回は、ちゃんと反省してもらう為に、教えません!」 千鶴:「よく言った夏恋! 面倒見てばっかりじゃ友里がダメになる!」 友里:「お前のせいか〜千鶴!」 千鶴:「ちょっと、女の子に何すんの! あっ、ちょっ、ほんと、やめっ、いったたたた! 暴力反対!」 夏恋:ぽかぽかとかわいい悪戯(いたずら)を仕掛ける友里くんと、文句は言っても止めようとしない千鶴ちゃん。 夏恋:二人共本当はとっても仲がいいのに、口を開けば言い争いばっかり。 夏恋:お互いに文句は言うけど、嫌い合ってるわけじゃない。だからちょっと、不思議だけど、そんな二人を見ているのが、最近楽しくなってきた。 千鶴:「夏恋〜! 見てないで止めて! いたた、痛いってば! こら、つつくな! 面白がるんじゃない!」 夏恋:でも、こうやって二人が仲良しなところを見ていると、なんだかもやもやする気持ちもあって……。 夏恋:ふたりとも大好きなのに、私は。 夏恋:置いてかないで、取らないで、って、思うようになっちゃった。 夏恋:こんなの変だ。今までこんなことなかったのに。 夏恋:もしかして、最近告白しようかな、とか考えたせい? 友里:「夏恋? ぼーっとしてるみたいだけど、大丈夫か? 具合悪いのか? 保健室行くか?」 夏恋:「へ? あ、ううん、大丈夫。ちょっと考え事してただけ。千鶴ちゃん、止めなくてごめんね?」 千鶴:「いいのいいの、気にしないで。後でたっぷり詫びさせるから」 夏恋:「あ、あはは……ほどほどにね?」 夏恋:そう、今日もいつも通り。 夏恋:幸せな日々が続いていく。 : 0:間 : :○通学路 : 友里:最近、夏恋がぼーっとしてることが増えた。 友里:俺と千鶴がケンカしてるときが大半で、時々思い出したように何処(どこ)か遠くを見ている。 友里:苦いものを飲み込むような、苦しそうな顔をする。 友里:それが心配で心配で、けれど俺に気を使わせまいとしている夏恋が可愛くて、ついそのままにしてしまった。 友里:でもそろそろしんどそうで可哀想だし、今日の帰りにでも聞くか。 友里:「かーれん!」 夏恋:「ひゃっ!? な、なんだ、友里くんか……脅かさないでよ〜」 友里:「ごめんごめん! ……なあ、夏恋。最近どうした? よそよそしいっていうか、ぎこちないっていうか……とにかく、なんか変!」 夏恋:「え、えーっとぉ……な、なんでも(ないよ)」 友里:「(さえぎって)嘘だ。絶対なんかあっただろ、お前。……言いたくないなら、今は良いけど。いつか話してほしい。じゃあな!」 夏恋:「あっ……」 友里:そう言って、夏恋の返事を待たずに駆け出した。 友里:本当は今すぐにだって話してほしい。 友里:でも、夏恋が渋るときは、いつだって俺たちのことを考えているときだ。 友里:それは、俺には大抵(たいてい)難しいことで、夏恋が話してくれたとしても、理解できるかはわからない。 友里:だけど、待つ。 友里:夏恋が、心配だから。 間:○学校・教室 千鶴:夏恋が難しそうな顔をしていることが増えた。 千鶴:今までも上の空なことはあったけど、きっとそれとは違うことに悩んでいる。 千鶴:「……どしたの、夏恋」 夏恋:「千鶴ちゃん……! 実はね、バレンタインのこと考えてたの」 千鶴:「お、なになに。ようやく友里に本命渡す気になった?」 夏恋:「こ、声が大きいよ千鶴ちゃん! ……まあ、そうだけど」 千鶴:なんとなんと。 千鶴:ついにこの焦れったい関係に終止符が。 千鶴:「ごめんごめん。いや〜でも、偉い! 偉いぞ夏恋〜!」 千鶴:ほんの少し声を抑えて、夏恋の頭を撫で回す。 千鶴:長い髪をぐしゃぐしゃにする勢いで、わっしわっしと手を動かす。 夏恋:「わわっ!? え、えへへ……」 友里:「え、何してんの?」 千鶴:「はいストップ! 男子禁制でーす触っちゃいけませーん」 友里:「ええっ、なんだよそれ! いいだろ別に今更遠慮とか」 夏恋:「ええと、気安い仲だと思ってくれるのは嬉しいけど、親しき仲にも礼儀あり、だと思うな」 友里:「ええ〜っ! なーんかやだなそれ。いや、まあわかるけど…… 友里:なんか、もやもやする」 千鶴:これはこれは、もしかして。 千鶴:にやけそうになる顔を必死に引き締める。 千鶴:真っ赤になって俯いた夏恋を抱きしめながら、ゆるゆるになった口許(くちもと)を抑える。 友里:「ああっ! なんでにやにやしてんだよ〜!」 千鶴:友里の顔が赤い。 千鶴:あたしに嫉妬(しっと)してんのが恥ずかしいんだな、こいつ。 千鶴:ああもう、まったく! 千鶴:二人揃って、あたしの親友たちってば、なんてかわいいんだろう! 0:○学校・教室 千鶴:夏恋が難しそうな顔をしていることが増えた。 千鶴:今までも上の空なことはあったけど、きっとそれとは違うことに悩んでいる。 千鶴:「……どしたの、夏恋」 夏恋:「千鶴ちゃん……! 実はね、バレンタインのこと考えてたの」 千鶴:「お、なになに。ようやく友里に本命渡す気になった?」 夏恋:「こ、声が大きいよ千鶴ちゃん! ……まあ、そうだけど」 千鶴:なんとなんと。 千鶴:ついにこの焦れったい関係に終止符が。 千鶴:「ごめんごめん。いや〜でも、偉い! 偉いぞ夏恋〜!」 千鶴:ほんの少し声を抑えて、夏恋の頭を撫で回す。 千鶴:長い髪をぐしゃぐしゃにする勢いで、わっしわっしと手を動かす。 夏恋:「わわっ!? え、えへへ……」 友里:「え、何してんの?」 千鶴:「はいストップ! 男子禁制でーす触っちゃいけませーん」 友里:「ええっ、なんだよそれ! いいだろ別に今更遠慮とか」 夏恋:「ええと、気安い仲だと思ってくれるのは嬉しいけど、親しき仲にも礼儀あり、だと思うな」 友里:「ええ〜っ! なーんかやだなそれ。いや、まあわかるけど…… 友里:なんか、もやもやする」 千鶴:これはこれは、もしかして。 千鶴:にやけそうになる顔を必死に引き締める。 千鶴:真っ赤になって俯いた夏恋を抱きしめながら、ゆるゆるになった口許(くちもと)を抑える。 友里:「ああっ! なんでにやにやしてんだよ〜!」 千鶴:友里の顔が赤い。 千鶴:あたしに嫉妬(しっと)してんのが恥ずかしいんだな、こいつ。 千鶴:ああもう、まったく! 千鶴:二人揃って、あたしの親友たちってば、なんてかわいいんだろう! 0:○夏恋の自室 夏恋:今年こそ。今年こそ。 夏恋:そう言って、何年経っただろうか。 夏恋:一人抱え込んだ恋心は、年月と共に風化するどころか勢いを増してきている。 夏恋:伝えないと、私は満足できない。 夏恋:そんなことはわかっている。 夏恋:でも、でもでもでも! 今までの関係が崩れると思ったら、とてもとても恐ろしくて、それがなにか形の無い恐ろしいものとして襲ってくるような気がして。 夏恋:友里くんに告白してフラれる夢を、何度見たことだろう。 夏恋:あの夢が現実になったら。 夏恋:そんなの、考えるだけで恐ろしい。 夏恋:不安に押しつぶされそうで、目の前が真っ暗になるようで、胃の中身を全部ひっくり返してしまいそう。 夏恋:「友里くん……」 夏恋:今年こそ、今年こそは、私、頑張るから。 夏恋:「大好き」 夏恋:額(がく)に入れた写真を抱きしめて、眠りについた。 0:○通学路 友里:一緒に帰ろう、と、珍しく夏恋が誘ってきた。 友里:最近は俺が呆れる夏恋にくっついて帰ることが多かったから、びっくりした。 友里:で、誘った当の本人はなーんにも言わずに俯(うつむ)いたまま。 友里:そろそろ、夏恋と別れる交差点だ。 夏恋:「っあのね、友里くん」 友里:「どうした?」 夏恋:「えっと、その……これ! は、ハッピーバレンタイン! 家着いてから開けて!」 友里:俺に何かを押し付け、別れの挨拶もそこそこに、夏恋が信号の点滅した横断歩道を走っていく。 友里:「え……」 友里:駆(か)けていく背中を呆然と見送って、押し付けられたそれに視線を落とす。 友里:可愛らしくラッピングされたハート型の包み。いつものバレンタインチョコだろう。 友里:いつもとは違って、気合の入ったラッピング。真っ赤だった夏恋の顔。夏恋にしては珍しく、千鶴を呼ばなかった今日の帰り道。 友里:まさか、まさかまさかまさか! 友里:いや、でもそうだとしたら、最近妙に上の空だった様子も、恥ずかしそうに俯いていた先程までの様子も、千鶴とコソコソなにかしていたことも、全部納得がいく。 友里:「うわぁ……」 友里:恥ずかしいやら嬉しいやら、ここがどこかも忘れて顔を抑えてしゃがみ込む。 友里:早く帰って、大事に食べよう。この考えが合っていたら、明日の朝、家まで迎えに行こう。そして、朝一番に俺から言うんだ。 0:間  :○夏恋の家の前 千鶴:助けて、と夏恋から連絡が来たから、飛んで来たはいいものの。 友里:「か〜れ〜ん〜!」 千鶴:流石に、夏恋の家の前で友里が叫んでいる、なんて状況は予想していなかった。 千鶴:「えっと、友里? ……なにしてんの?」 友里:「あっ、千鶴! 何で居るんだ?」 千鶴:「夏恋に呼ばれたからだけど。 千鶴:ほら、助けて、って」 友里:「はぁっ!? 助けて? 俺はなんだよ、ストーカーか何かかよ!」 千鶴:「いや、あんた傍(はた)から見たら完っ全に不審者だからね!? 千鶴:いくら幼馴染とはいえ、家の前で叫ぶってなかなか無いよ」 友里:「いや、だって夏恋が……」 千鶴:言い淀(よど)む友里に、続きを促(うなが)す。 友里:「っあ〜〜……とにかく! あんなのズルいだろ! 出てこい夏恋!」 千鶴:「どこのチンピラだお前は! ちっちゃい子か!」 友里:「だっ、誰がちっちゃい子だ訂正(ていせい)しろ!」 夏恋:「あああもう! 家の前で騒がないでよ! 近所迷惑でしょ!?」 千鶴:あんまり騒いでいたからか、しびれを切らした夏恋が家から飛び出してきた。 千鶴:友里は顔を輝かせて夏恋を見るが、夏恋は少し顔色が悪く、すぐに俯いてしまった。 千鶴:これは何かあったな。 友里:「千鶴、耳塞(ふさ)いで、あっち向いてて」 千鶴:「え? うん……」 千鶴:あんまり小さな声でなければ聞こえるくらいに押さえて、くるりと後ろを向いた。 友里:「夏恋、チョコありがとう。手紙も読んだ」 夏恋:「うん」 友里:「嬉しかったけど、悔しかった」 夏恋:「うん……うん?」 友里:「先越されちゃったな、って、悔しかった。 友里:俺から言いたかったけど、改めて」 友里: 友里:「ーー俺と付き合ってください」 友里: 夏恋:「……はい」 千鶴:思わすガッツポーズをしなかったあたしを誰か褒めてほしい。 千鶴:小さい頃からずっと両片思い、ずっとずっとうだうだやっていた彼らが、ようやく幸せになれたのだ。 千鶴:目の奥が熱い。 千鶴:見守っていたのだ。 千鶴:ずっとずっと願っていたのだ。 千鶴:これから惚気とか聞かされちゃったり、喧嘩したとき間(あいだ)に挟まれちゃったりしちゃうのか。 千鶴:「おっめでとー!」 友里:「うげっ、聞いてたのかよ! 友里:耳塞いでろって言っただろ!?」 夏恋:「千鶴ちゃん、流石に盗み聞きは良くないよ。 夏恋:それに、ちょっと恥ずかしいな」 千鶴:「二人とも顔が真っ赤だねぇ……んっふふふ、早速(さっそく)お熱いことで」 友里:「は!? え、おま、え……」 夏恋:「か、からかわないでよ千鶴ちゃん!」 千鶴:揃って顔を真っ赤にした二人が追いかけてくる。 千鶴:怒ってるわけじゃなくて、ただ恥ずかしいだけなんだろう。 千鶴:追いかけっこを楽しんで、ようやくあたしの笑いが収まってきた頃。 千鶴:「ごめんごめん、からかいすぎちゃった」 友里:「その自覚がある分、かなりタチ悪いぞお前」 夏恋:「まあまあ、そんなこと言わずに。 夏恋:千鶴ちゃん、わたしのことずっと応援してくれてたんだよ」 友里:「やっぱりか……最近俺だけ除(の)け者にしてたのもこれのことだろ」 夏恋:「ええ!? なんでわかったの?」 千鶴:「いや流石にバレるでしょ、あからさま過ぎたし。 千鶴:……てか、そろそろ時間やばいよ」 友里:「やっば、早く言えよ千鶴! 俺先に行くから! 友里:じゃ、また学校でな!」 千鶴:あたしだけじゃなくて、夏恋まで置いていくとは。 夏恋:「待ってよ友里くーん!」 千鶴:「あ、夏恋も!? 行っちゃった……」 千鶴:あたしは二人ほど足が速くないから、後からのんびり行くことにした。 0:━━間 千鶴:いつもの通学路が、なんだか騒がしい。 千鶴:交差点に着いて、あたりを見回して、ようやく理解した。 千鶴:事故だ。 夏恋:「いや、いやぁぁあぁぁぁぁ!!」 千鶴:親友の悲鳴が聞こえる。 夏恋:「お願い、目を開けて! 友里くん、ゆうりくん……!」 千鶴:目の前には、真っ赤な色。 千鶴:あたしは、目の前が真っ暗になった。 0:ーー間 夏恋:友里くん、友里くん。 夏恋:何回呼んでも、彼はピクリとも動かなくて。 夏恋:私はただの幼馴染だから、家族じゃないからと同行を拒否されてしまって。 友里:「夏恋!」 夏恋:あなたは、いつだって一緒にいてくれた。 友里:「こっち来いよ、夏恋!」 夏恋:いつも、私の手を引いてくれた。 夏恋:それだけで嬉しくて、舞い上がってしまって、思いが溢れてしまった。 夏恋:チクチク、チクチク、針を動かす。 夏恋:シクシク、シクシク、涙がこぼれる。 夏恋:ただ祈ることしかできなくて、体が冷えていく感覚がまだ掌(てのひら)に染み付いていて。 夏恋:怖い、怖いよ、助けて、千鶴ちゃん、友里くん。 夏恋:苦しい。 夏恋:悔しい。 夏恋:悲しくて悲しくて、胸が張り裂けそうだった。 夏恋:チクチク、チクチク、針を動かす。 夏恋:友里くんはこない。千鶴ちゃんも来ない。 夏恋:こんな私じゃ、やっぱりだめだったんだ。 友里:「俺と──付き合ってください」 夏恋:あのときは、あんなに、嬉しかったのにな。 千鶴:「おっめでとー!」 夏恋:千鶴ちゃんも、悲しませちゃっただろうな。 夏恋:チクチク、チクチク、針を動かす。 夏恋:手元の白い布は、もうすっかり縫い上がっていた。 夏恋:きらきら、きらきら、レースが透ける。 夏恋:友里くん、友里くん。 夏恋:もう一度でいいから、会いたいな。 夏恋:その時は、私も一緒に、連れてって。 夏恋:「ずーっと、一緒だよ」 千鶴:あれから、夏恋は目に見えて憔悴(しょうすい)していった。 千鶴:食事も喉(のど)を通らないようで、どんどん痩(や)せて、学校に来る体力さえもなくなった。 千鶴:「ねぇ、夏恋。今日はねーー」 千鶴:力なく笑う夏恋を見て、胸の奥がきゅっとする。 千鶴:あの事故の直後、あたしは夏恋のそばにいてあげられなかった。 千鶴:自分のことだけで精一杯(せいいっぱい)で、出来たばかりの恋人を失った夏恋の気持ちを慮ることができなかった。 千鶴:一番辛いとき、一緒にいてあげられなかった。 夏恋:「いいよ。もういいんだよ、こんなことしなくて」 千鶴:そんなに幸せそうに笑わないでほしい。 千鶴:怒って、嘆いて、そうやって表に出してくれればよかった。 千鶴:でも夏恋は今、全部あきらめた顔をして笑っている。 夏恋:「もうすぐ、友里くんに会えるんだから」 千鶴:この言葉が何を意味するのか。 千鶴:あたしは、怖くて怖くてたまらない。 夏恋:「だからね、いいの。友里くんと一緒に、私は千鶴ちゃんのこと見守っているから。ね?」 千鶴:ーー翌朝、夏恋は手縫いの花嫁衣装を着て冷たくなっていた。 0:ーー間 千鶴:「夏恋、友里、あたし一人になっちゃった」 千鶴:二人の訃報は、学校中に広がった。 千鶴:あたしを腫(は)れものに触(さわ)るように扱う人もいる。 千鶴:友達にそっとして置いて欲しいと言ったら、悲しませてしまった。 千鶴:あたしが夏恋に思っていたみたいに、頼ってほしかったんだって。 千鶴:でも二人の代わりなんかどこにもいない。 千鶴:胸にぽっかり穴が開いたみたいに寒くて、まるで暗い海でたった一人おぼれているようだった。 千鶴:二人の命日には、必ず事故現場とお墓にお参りする。 千鶴:友里がいなくなってしまっても、あたしが夏恋をちゃんと支えられていたら、あの子は今も笑っていたはずなのだから。 千鶴:そう思おうとしても、夏恋の最期が目に焼き付いて消えやしない。 千鶴:綺麗(きれい)だった。 千鶴:この上ないくらい、綺麗だった。 千鶴:そのとき覚えた歓喜が、今もあたしの中に巣食っている。 千鶴:夏恋が抱きしめていたのは、あたしたち三人が高校に入学した時の写真。 千鶴:飛び散った血がべったりついていたけど、あたしたちは無邪気に笑っていた。 千鶴:「また来るね」 千鶴:あたしのこれは、きっと愛だった。 千鶴:何度でも、彼らに思いを馳(は)せよう。 千鶴:彼らが見守ってくれていると信じて。 千鶴:いつかあたしが向こうに行ったら、どれだけ寂しかったか、苦しかったか、たっぷり聞かせてやる。 千鶴:そして、彼らが体験できなかった大人になってからの思い出も、嫌がられたって話してやるのだ。 千鶴:あんたたちが生きてたら、あたしとこんなことができた、あんなことができた、って、悲しそうな声で。 千鶴:そして彼らが慌てたら、泣いてやるのだ。 千鶴:あたしだけ置いてくなんて、酷いじゃないか! ってね。

夏恋:「いや、いやぁぁあぁぁぁぁ!!」 千鶴:親友の悲鳴が聞こえる。 夏恋:「お願い、目を開けて! 友里くん、ゆうりくん……!」 千鶴:目の前には、真っ赤な色。 千鶴:あたしは、目の前が真っ暗になった。 0:○学校・教室 友里:「千鶴、おっはよ〜」 千鶴:「ああ、友里。夏恋も。おはよ」 夏恋:「うん、おはよう、千鶴ちゃん」 千鶴:「友里、今日の数学の小テスト、勉強しなくていいの? 随分とのんびりしてるけど」 友里:「えっ? マジで? 嘘だろ!? えっ、嘘だよな夏恋!」 夏恋:「えーっと、ね? 昨日の帰り道で、ちゃんと伝えた筈だよ。友里くん、ゲームしてたから、忘れちゃったんじゃないかな」 千鶴:「帰り道でゲーム……? あんた、また歩きながらやってたんでしょ! 危ないって何回言ったらやめ(るのよ)」 友里:「(さえぎって)そんなことより、テスト範囲教えて!」 夏恋:「ダメだよ。今回は、ちゃんと反省してもらう為に、教えません!」 千鶴:「よく言った夏恋! 面倒見てばっかりじゃ友里がダメになる!」 友里:「お前のせいか〜千鶴!」 千鶴:「ちょっと、女の子に何すんの! あっ、ちょっ、ほんと、やめっ、いったたたた! 暴力反対!」 夏恋:ぽかぽかとかわいい悪戯(いたずら)を仕掛ける友里くんと、文句は言っても止めようとしない千鶴ちゃん。 夏恋:二人共本当はとっても仲がいいのに、口を開けば言い争いばっかり。 夏恋:お互いに文句は言うけど、嫌い合ってるわけじゃない。だからちょっと、不思議だけど、そんな二人を見ているのが、最近楽しくなってきた。 千鶴:「夏恋〜! 見てないで止めて! いたた、痛いってば! こら、つつくな! 面白がるんじゃない!」 夏恋:でも、こうやって二人が仲良しなところを見ていると、なんだかもやもやする気持ちもあって……。 夏恋:ふたりとも大好きなのに、私は。 夏恋:置いてかないで、取らないで、って、思うようになっちゃった。 夏恋:こんなの変だ。今までこんなことなかったのに。 夏恋:もしかして、最近告白しようかな、とか考えたせい? 友里:「夏恋? ぼーっとしてるみたいだけど、大丈夫か? 具合悪いのか? 保健室行くか?」 夏恋:「へ? あ、ううん、大丈夫。ちょっと考え事してただけ。千鶴ちゃん、止めなくてごめんね?」 千鶴:「いいのいいの、気にしないで。後でたっぷり詫びさせるから」 夏恋:「あ、あはは……ほどほどにね?」 夏恋:そう、今日もいつも通り。 夏恋:幸せな日々が続いていく。 : 0:間 : :○通学路 : 友里:最近、夏恋がぼーっとしてることが増えた。 友里:俺と千鶴がケンカしてるときが大半で、時々思い出したように何処(どこ)か遠くを見ている。 友里:苦いものを飲み込むような、苦しそうな顔をする。 友里:それが心配で心配で、けれど俺に気を使わせまいとしている夏恋が可愛くて、ついそのままにしてしまった。 友里:でもそろそろしんどそうで可哀想だし、今日の帰りにでも聞くか。 友里:「かーれん!」 夏恋:「ひゃっ!? な、なんだ、友里くんか……脅かさないでよ〜」 友里:「ごめんごめん! ……なあ、夏恋。最近どうした? よそよそしいっていうか、ぎこちないっていうか……とにかく、なんか変!」 夏恋:「え、えーっとぉ……な、なんでも(ないよ)」 友里:「(さえぎって)嘘だ。絶対なんかあっただろ、お前。……言いたくないなら、今は良いけど。いつか話してほしい。じゃあな!」 夏恋:「あっ……」 友里:そう言って、夏恋の返事を待たずに駆け出した。 友里:本当は今すぐにだって話してほしい。 友里:でも、夏恋が渋るときは、いつだって俺たちのことを考えているときだ。 友里:それは、俺には大抵(たいてい)難しいことで、夏恋が話してくれたとしても、理解できるかはわからない。 友里:だけど、待つ。 友里:夏恋が、心配だから。 間:○学校・教室 千鶴:夏恋が難しそうな顔をしていることが増えた。 千鶴:今までも上の空なことはあったけど、きっとそれとは違うことに悩んでいる。 千鶴:「……どしたの、夏恋」 夏恋:「千鶴ちゃん……! 実はね、バレンタインのこと考えてたの」 千鶴:「お、なになに。ようやく友里に本命渡す気になった?」 夏恋:「こ、声が大きいよ千鶴ちゃん! ……まあ、そうだけど」 千鶴:なんとなんと。 千鶴:ついにこの焦れったい関係に終止符が。 千鶴:「ごめんごめん。いや〜でも、偉い! 偉いぞ夏恋〜!」 千鶴:ほんの少し声を抑えて、夏恋の頭を撫で回す。 千鶴:長い髪をぐしゃぐしゃにする勢いで、わっしわっしと手を動かす。 夏恋:「わわっ!? え、えへへ……」 友里:「え、何してんの?」 千鶴:「はいストップ! 男子禁制でーす触っちゃいけませーん」 友里:「ええっ、なんだよそれ! いいだろ別に今更遠慮とか」 夏恋:「ええと、気安い仲だと思ってくれるのは嬉しいけど、親しき仲にも礼儀あり、だと思うな」 友里:「ええ〜っ! なーんかやだなそれ。いや、まあわかるけど…… 友里:なんか、もやもやする」 千鶴:これはこれは、もしかして。 千鶴:にやけそうになる顔を必死に引き締める。 千鶴:真っ赤になって俯いた夏恋を抱きしめながら、ゆるゆるになった口許(くちもと)を抑える。 友里:「ああっ! なんでにやにやしてんだよ〜!」 千鶴:友里の顔が赤い。 千鶴:あたしに嫉妬(しっと)してんのが恥ずかしいんだな、こいつ。 千鶴:ああもう、まったく! 千鶴:二人揃って、あたしの親友たちってば、なんてかわいいんだろう! 0:○学校・教室 千鶴:夏恋が難しそうな顔をしていることが増えた。 千鶴:今までも上の空なことはあったけど、きっとそれとは違うことに悩んでいる。 千鶴:「……どしたの、夏恋」 夏恋:「千鶴ちゃん……! 実はね、バレンタインのこと考えてたの」 千鶴:「お、なになに。ようやく友里に本命渡す気になった?」 夏恋:「こ、声が大きいよ千鶴ちゃん! ……まあ、そうだけど」 千鶴:なんとなんと。 千鶴:ついにこの焦れったい関係に終止符が。 千鶴:「ごめんごめん。いや〜でも、偉い! 偉いぞ夏恋〜!」 千鶴:ほんの少し声を抑えて、夏恋の頭を撫で回す。 千鶴:長い髪をぐしゃぐしゃにする勢いで、わっしわっしと手を動かす。 夏恋:「わわっ!? え、えへへ……」 友里:「え、何してんの?」 千鶴:「はいストップ! 男子禁制でーす触っちゃいけませーん」 友里:「ええっ、なんだよそれ! いいだろ別に今更遠慮とか」 夏恋:「ええと、気安い仲だと思ってくれるのは嬉しいけど、親しき仲にも礼儀あり、だと思うな」 友里:「ええ〜っ! なーんかやだなそれ。いや、まあわかるけど…… 友里:なんか、もやもやする」 千鶴:これはこれは、もしかして。 千鶴:にやけそうになる顔を必死に引き締める。 千鶴:真っ赤になって俯いた夏恋を抱きしめながら、ゆるゆるになった口許(くちもと)を抑える。 友里:「ああっ! なんでにやにやしてんだよ〜!」 千鶴:友里の顔が赤い。 千鶴:あたしに嫉妬(しっと)してんのが恥ずかしいんだな、こいつ。 千鶴:ああもう、まったく! 千鶴:二人揃って、あたしの親友たちってば、なんてかわいいんだろう! 0:○夏恋の自室 夏恋:今年こそ。今年こそ。 夏恋:そう言って、何年経っただろうか。 夏恋:一人抱え込んだ恋心は、年月と共に風化するどころか勢いを増してきている。 夏恋:伝えないと、私は満足できない。 夏恋:そんなことはわかっている。 夏恋:でも、でもでもでも! 今までの関係が崩れると思ったら、とてもとても恐ろしくて、それがなにか形の無い恐ろしいものとして襲ってくるような気がして。 夏恋:友里くんに告白してフラれる夢を、何度見たことだろう。 夏恋:あの夢が現実になったら。 夏恋:そんなの、考えるだけで恐ろしい。 夏恋:不安に押しつぶされそうで、目の前が真っ暗になるようで、胃の中身を全部ひっくり返してしまいそう。 夏恋:「友里くん……」 夏恋:今年こそ、今年こそは、私、頑張るから。 夏恋:「大好き」 夏恋:額(がく)に入れた写真を抱きしめて、眠りについた。 0:○通学路 友里:一緒に帰ろう、と、珍しく夏恋が誘ってきた。 友里:最近は俺が呆れる夏恋にくっついて帰ることが多かったから、びっくりした。 友里:で、誘った当の本人はなーんにも言わずに俯(うつむ)いたまま。 友里:そろそろ、夏恋と別れる交差点だ。 夏恋:「っあのね、友里くん」 友里:「どうした?」 夏恋:「えっと、その……これ! は、ハッピーバレンタイン! 家着いてから開けて!」 友里:俺に何かを押し付け、別れの挨拶もそこそこに、夏恋が信号の点滅した横断歩道を走っていく。 友里:「え……」 友里:駆(か)けていく背中を呆然と見送って、押し付けられたそれに視線を落とす。 友里:可愛らしくラッピングされたハート型の包み。いつものバレンタインチョコだろう。 友里:いつもとは違って、気合の入ったラッピング。真っ赤だった夏恋の顔。夏恋にしては珍しく、千鶴を呼ばなかった今日の帰り道。 友里:まさか、まさかまさかまさか! 友里:いや、でもそうだとしたら、最近妙に上の空だった様子も、恥ずかしそうに俯いていた先程までの様子も、千鶴とコソコソなにかしていたことも、全部納得がいく。 友里:「うわぁ……」 友里:恥ずかしいやら嬉しいやら、ここがどこかも忘れて顔を抑えてしゃがみ込む。 友里:早く帰って、大事に食べよう。この考えが合っていたら、明日の朝、家まで迎えに行こう。そして、朝一番に俺から言うんだ。 0:間  :○夏恋の家の前 千鶴:助けて、と夏恋から連絡が来たから、飛んで来たはいいものの。 友里:「か〜れ〜ん〜!」 千鶴:流石に、夏恋の家の前で友里が叫んでいる、なんて状況は予想していなかった。 千鶴:「えっと、友里? ……なにしてんの?」 友里:「あっ、千鶴! 何で居るんだ?」 千鶴:「夏恋に呼ばれたからだけど。 千鶴:ほら、助けて、って」 友里:「はぁっ!? 助けて? 俺はなんだよ、ストーカーか何かかよ!」 千鶴:「いや、あんた傍(はた)から見たら完っ全に不審者だからね!? 千鶴:いくら幼馴染とはいえ、家の前で叫ぶってなかなか無いよ」 友里:「いや、だって夏恋が……」 千鶴:言い淀(よど)む友里に、続きを促(うなが)す。 友里:「っあ〜〜……とにかく! あんなのズルいだろ! 出てこい夏恋!」 千鶴:「どこのチンピラだお前は! ちっちゃい子か!」 友里:「だっ、誰がちっちゃい子だ訂正(ていせい)しろ!」 夏恋:「あああもう! 家の前で騒がないでよ! 近所迷惑でしょ!?」 千鶴:あんまり騒いでいたからか、しびれを切らした夏恋が家から飛び出してきた。 千鶴:友里は顔を輝かせて夏恋を見るが、夏恋は少し顔色が悪く、すぐに俯いてしまった。 千鶴:これは何かあったな。 友里:「千鶴、耳塞(ふさ)いで、あっち向いてて」 千鶴:「え? うん……」 千鶴:あんまり小さな声でなければ聞こえるくらいに押さえて、くるりと後ろを向いた。 友里:「夏恋、チョコありがとう。手紙も読んだ」 夏恋:「うん」 友里:「嬉しかったけど、悔しかった」 夏恋:「うん……うん?」 友里:「先越されちゃったな、って、悔しかった。 友里:俺から言いたかったけど、改めて」 友里: 友里:「ーー俺と付き合ってください」 友里: 夏恋:「……はい」 千鶴:思わすガッツポーズをしなかったあたしを誰か褒めてほしい。 千鶴:小さい頃からずっと両片思い、ずっとずっとうだうだやっていた彼らが、ようやく幸せになれたのだ。 千鶴:目の奥が熱い。 千鶴:見守っていたのだ。 千鶴:ずっとずっと願っていたのだ。 千鶴:これから惚気とか聞かされちゃったり、喧嘩したとき間(あいだ)に挟まれちゃったりしちゃうのか。 千鶴:「おっめでとー!」 友里:「うげっ、聞いてたのかよ! 友里:耳塞いでろって言っただろ!?」 夏恋:「千鶴ちゃん、流石に盗み聞きは良くないよ。 夏恋:それに、ちょっと恥ずかしいな」 千鶴:「二人とも顔が真っ赤だねぇ……んっふふふ、早速(さっそく)お熱いことで」 友里:「は!? え、おま、え……」 夏恋:「か、からかわないでよ千鶴ちゃん!」 千鶴:揃って顔を真っ赤にした二人が追いかけてくる。 千鶴:怒ってるわけじゃなくて、ただ恥ずかしいだけなんだろう。 千鶴:追いかけっこを楽しんで、ようやくあたしの笑いが収まってきた頃。 千鶴:「ごめんごめん、からかいすぎちゃった」 友里:「その自覚がある分、かなりタチ悪いぞお前」 夏恋:「まあまあ、そんなこと言わずに。 夏恋:千鶴ちゃん、わたしのことずっと応援してくれてたんだよ」 友里:「やっぱりか……最近俺だけ除(の)け者にしてたのもこれのことだろ」 夏恋:「ええ!? なんでわかったの?」 千鶴:「いや流石にバレるでしょ、あからさま過ぎたし。 千鶴:……てか、そろそろ時間やばいよ」 友里:「やっば、早く言えよ千鶴! 俺先に行くから! 友里:じゃ、また学校でな!」 千鶴:あたしだけじゃなくて、夏恋まで置いていくとは。 夏恋:「待ってよ友里くーん!」 千鶴:「あ、夏恋も!? 行っちゃった……」 千鶴:あたしは二人ほど足が速くないから、後からのんびり行くことにした。 0:━━間 千鶴:いつもの通学路が、なんだか騒がしい。 千鶴:交差点に着いて、あたりを見回して、ようやく理解した。 千鶴:事故だ。 夏恋:「いや、いやぁぁあぁぁぁぁ!!」 千鶴:親友の悲鳴が聞こえる。 夏恋:「お願い、目を開けて! 友里くん、ゆうりくん……!」 千鶴:目の前には、真っ赤な色。 千鶴:あたしは、目の前が真っ暗になった。 0:ーー間 夏恋:友里くん、友里くん。 夏恋:何回呼んでも、彼はピクリとも動かなくて。 夏恋:私はただの幼馴染だから、家族じゃないからと同行を拒否されてしまって。 友里:「夏恋!」 夏恋:あなたは、いつだって一緒にいてくれた。 友里:「こっち来いよ、夏恋!」 夏恋:いつも、私の手を引いてくれた。 夏恋:それだけで嬉しくて、舞い上がってしまって、思いが溢れてしまった。 夏恋:チクチク、チクチク、針を動かす。 夏恋:シクシク、シクシク、涙がこぼれる。 夏恋:ただ祈ることしかできなくて、体が冷えていく感覚がまだ掌(てのひら)に染み付いていて。 夏恋:怖い、怖いよ、助けて、千鶴ちゃん、友里くん。 夏恋:苦しい。 夏恋:悔しい。 夏恋:悲しくて悲しくて、胸が張り裂けそうだった。 夏恋:チクチク、チクチク、針を動かす。 夏恋:友里くんはこない。千鶴ちゃんも来ない。 夏恋:こんな私じゃ、やっぱりだめだったんだ。 友里:「俺と──付き合ってください」 夏恋:あのときは、あんなに、嬉しかったのにな。 千鶴:「おっめでとー!」 夏恋:千鶴ちゃんも、悲しませちゃっただろうな。 夏恋:チクチク、チクチク、針を動かす。 夏恋:手元の白い布は、もうすっかり縫い上がっていた。 夏恋:きらきら、きらきら、レースが透ける。 夏恋:友里くん、友里くん。 夏恋:もう一度でいいから、会いたいな。 夏恋:その時は、私も一緒に、連れてって。 夏恋:「ずーっと、一緒だよ」 千鶴:あれから、夏恋は目に見えて憔悴(しょうすい)していった。 千鶴:食事も喉(のど)を通らないようで、どんどん痩(や)せて、学校に来る体力さえもなくなった。 千鶴:「ねぇ、夏恋。今日はねーー」 千鶴:力なく笑う夏恋を見て、胸の奥がきゅっとする。 千鶴:あの事故の直後、あたしは夏恋のそばにいてあげられなかった。 千鶴:自分のことだけで精一杯(せいいっぱい)で、出来たばかりの恋人を失った夏恋の気持ちを慮ることができなかった。 千鶴:一番辛いとき、一緒にいてあげられなかった。 夏恋:「いいよ。もういいんだよ、こんなことしなくて」 千鶴:そんなに幸せそうに笑わないでほしい。 千鶴:怒って、嘆いて、そうやって表に出してくれればよかった。 千鶴:でも夏恋は今、全部あきらめた顔をして笑っている。 夏恋:「もうすぐ、友里くんに会えるんだから」 千鶴:この言葉が何を意味するのか。 千鶴:あたしは、怖くて怖くてたまらない。 夏恋:「だからね、いいの。友里くんと一緒に、私は千鶴ちゃんのこと見守っているから。ね?」 千鶴:ーー翌朝、夏恋は手縫いの花嫁衣装を着て冷たくなっていた。 0:ーー間 千鶴:「夏恋、友里、あたし一人になっちゃった」 千鶴:二人の訃報は、学校中に広がった。 千鶴:あたしを腫(は)れものに触(さわ)るように扱う人もいる。 千鶴:友達にそっとして置いて欲しいと言ったら、悲しませてしまった。 千鶴:あたしが夏恋に思っていたみたいに、頼ってほしかったんだって。 千鶴:でも二人の代わりなんかどこにもいない。 千鶴:胸にぽっかり穴が開いたみたいに寒くて、まるで暗い海でたった一人おぼれているようだった。 千鶴:二人の命日には、必ず事故現場とお墓にお参りする。 千鶴:友里がいなくなってしまっても、あたしが夏恋をちゃんと支えられていたら、あの子は今も笑っていたはずなのだから。 千鶴:そう思おうとしても、夏恋の最期が目に焼き付いて消えやしない。 千鶴:綺麗(きれい)だった。 千鶴:この上ないくらい、綺麗だった。 千鶴:そのとき覚えた歓喜が、今もあたしの中に巣食っている。 千鶴:夏恋が抱きしめていたのは、あたしたち三人が高校に入学した時の写真。 千鶴:飛び散った血がべったりついていたけど、あたしたちは無邪気に笑っていた。 千鶴:「また来るね」 千鶴:あたしのこれは、きっと愛だった。 千鶴:何度でも、彼らに思いを馳(は)せよう。 千鶴:彼らが見守ってくれていると信じて。 千鶴:いつかあたしが向こうに行ったら、どれだけ寂しかったか、苦しかったか、たっぷり聞かせてやる。 千鶴:そして、彼らが体験できなかった大人になってからの思い出も、嫌がられたって話してやるのだ。 千鶴:あんたたちが生きてたら、あたしとこんなことができた、あんなことができた、って、悲しそうな声で。 千鶴:そして彼らが慌てたら、泣いてやるのだ。 千鶴:あたしだけ置いてくなんて、酷いじゃないか! ってね。