台本概要

 856 views 

タイトル トロッコ問題
作者名 大盛り  (@memento_oomori)
ジャンル コメディ
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 20 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 概要:20分程度のコメディです。
   山奥の旅館の離れでお見合いをする拓海と麻衣。
   緊張して会話もなかなか続かない二人。
   お互いに質問して答えていこうということになったが……?
※語尾や言い回しの変更、アドリブ等ご自由にお使いください。
 お楽しみいただけるならどのようにお使いくださっても結構です。

 856 views 

キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
拓海 127 仕事は研究職。ツッコミ。
麻衣 126 仕事は医療系の研究職。ヤバい。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
『トロッコ問題』 作・大盛り 0:山奥の旅館の離れ。 0:   拓海と麻衣、机を挟んで座っている。 0:   二人共、緊張の面持ち。 拓海:えー……あのー……ご、ご趣味は? 麻衣:えっと……特にこれといって……。 拓海:あー……はい……。 麻衣:あ、あの、強いて言うなら読書を……。 拓海:それは……いいですねー……。 拓海:私も読書は好きです……。 麻衣:はい……。 拓海:はい……。 麻衣:……。 拓海:……。 麻衣:……。 拓海:すみません……お見合いって初めてで……。 麻衣:すみません、私も何か緊張しちゃって……。 拓海:しかもこんな山奥の旅館の離れで二人っきりとは……。 麻衣:みんないなくなっちゃいましたね……。 麻衣:しばらく二人っきりで話せと……。 拓海:緊張しますよね……。 麻衣:緊張しますね……。 拓海:……。 麻衣:……。 拓海:あのー……仲人からお仕事は研究職だとお伺いしましたけど……! 麻衣:あ、はい……。ある病気について研究してまして……。 拓海:僕も研究職でして……!畑違いですが……! 麻衣:そうなんですね……!研究は順調ですか? 拓海:はい……!かなり順調で怖いくらいです……! 拓海:そちらは順調ですか? 麻衣:あ……いや、最近全然うまくはいってないんです……。 拓海:あ……。 麻衣:はぁ……。 拓海:あぁ……そうなんですね……。 麻衣:はい……。 拓海:……。 麻衣:……。 拓海:……あの、話しやすいように交互に質問して答えていくというのはどうでしょう? 麻衣:あ、それはいいかもしれません。 麻衣:えっと、緊張してるから会話にならないかもしれませんけど。 拓海:ひ、広げられるように頑張ります。 拓海:じゃあ僕から質問しますね。 拓海:……えー……っと……ご、ご趣味は? 麻衣:それさっき聞いてましたよ……。 拓海:あ、そうだった。あはは……。 麻衣:私、読書が趣味です……。 麻衣:純文学が好きで、特に芥川龍之介が好きなんです……。 拓海:あ、ああ、そうなんですね。 拓海:僕は読書は好きなんですが、 拓海:お恥ずかしながら芥川龍之介は中学の頃、少し読んだくらいで……。 麻衣:機会があれば、お読みになってみてください……。 拓海:そうですね……!また、是非……! 麻衣:はい……。 拓海:……。 麻衣:……。 拓海:あのー……ご質問をどうぞ……。 麻衣:はい……。 麻衣:えーっと……じゃあ……よーく考えてお答えくださいね? 拓海:あ、はい。 麻衣:……よーく考えてくださいね? 拓海:わ、わかりました。 麻衣:……。 拓海:……。 麻衣:……よーく考えてください。 拓海:大丈夫!考えます!考えますから! 麻衣:では……。 麻衣:線路を走っていたトロッコが制御不能になりました。 拓海:ほう?トロッコ? 麻衣:はい、トロッコです。 拓海:あ!芥川龍之介の『トロッコ』の話ですか? 麻衣:最後まで聞いてください。 拓海:あっ、すみません……。 麻衣:線路を走っていたトロッコが制御不能になりました。 麻衣:前方では5人の作業員が作業をしています。 拓海:ん?芥川のトロッコじゃないな……。 麻衣:このとき、あなたは分岐器のすぐ側にいました。 麻衣:あなたが進路を変えれば5人は助かります。 麻衣:しかし分岐した路線上にも作業員が1人います。 拓海:え?これってもしかして……? 麻衣:あなたは進路を変えて5人を助けて、1人を殺しますか? 麻衣:それとも進路を変えずに1人を助けて、5人を殺しますか? 拓海:トロッコ問題だ……! 拓海:倫理観を問われる有名な思考実験だ……! 麻衣:よーく考えてお答えくださいね。 拓海:お見合いでトロッコ問題出す人います? 拓海:こういう時って趣味とか無難な質問しません!? 麻衣:このとき、あなたは前述の手段以外では助けることができないとします。 拓海:聞いてください!?攻めた質問過ぎますって! 麻衣:どっちを、殺しますか? 拓海:うわぁ……嫌な聞き方……。 拓海:えー……?いやー……。 拓海:これ答えないといけません? 麻衣:はい、答えてください。 拓海:えー……何だこの状況……。 拓海:いやー……合ってるかわからないんですけど……。 麻衣:これ、合ってるとか合ってないとかありませんから。 拓海:あ……はい……。 拓海:えー……進路を変えて5人を助けます、かね……。 麻衣:ということは、1人を殺す? 拓海:嫌な聞き方……。 拓海:うーん……はい、1人殺します……。 麻衣:……そうですか。 麻衣:……わかりました。 拓海:はい……。 麻衣:……。 拓海:えっと……今のどういう意図の質問だったんですか……? 麻衣:……。 拓海:あのー……? 麻衣:…………。 拓海:……なんかすみません。 麻衣:続いての質問です。 拓海:あれ!?僕のターンは!? 麻衣:あなたには妻がいます。 拓海:急に何!? 麻衣:今日は大事な結婚記念日です。 麻衣:しかし親友が大失恋をしてしまい、どうしても今日は一緒にいてほしいと言います。 拓海:あ!そういうことか! 拓海:トロッコ問題はものの例えだったわけか! 麻衣:あなたはどちらを優先しますか? 拓海:夫婦生活に例えて、妻を優先できるかどうか試されてる質問なんだ! 拓海:よし……!えっと、僕は結婚記念日!妻を優先します! 麻衣:……親友は何度も何度も電話してきます。 拓海:それでも妻を優先します!結婚記念日はとても大事なものです! 麻衣:親友は言います。「頼む。お前しかいないんだ」と。 拓海:そ、それでも妻を優先します! 麻衣:親友は深夜の冬の海から電話をかけてきます。 拓海:ぐっ……!いや、それでも……妻を優先します……! 麻衣:……翌日、親友は冷たい冬の海で浮かんでいるところを発見されました。 拓海:えぇ!? 麻衣:酷いです……。 麻衣:たった一晩一緒にお酒を飲んであげていれば、ね……。 拓海:何が目的なんですか!? 拓海:僕のこと試す質問じゃないんですか!? 麻衣:次の質問です。 拓海:僕のターンは!? 麻衣:あなたは会社でとても大事なプロジェクトのリーダーを任されました。 麻衣:社運を左右する一大プロジェクトです。 拓海:これは今度こそ試されてるのか? 麻衣:今日は大事な結婚記念日です。 拓海:ああ!また結婚記念日だ! 麻衣:しかし部下が重大なミスをしてしまい、どうしても出勤しなくてはならなくなりました。 拓海:ああ!どうして結婚記念日に! 麻衣:あなたは妻と部下どちらを優先しますか? 拓海:これは試されてるよな!? 拓海:今度こそ試されてるよな!? 麻衣:どちらを優先しますか? 拓海:つ……妻!妻を優先します! 麻衣:……部下は何度も何度も電話してきます。 拓海:ああああ!それでも妻!妻優先! 麻衣:部下は言います。「先輩、助けてください。先輩しかいないんです」と。 拓海:ああああ!くっそ!助けたい! 拓海:行ってあげたいけどぉ……試されてる……うぐぐぐ! 拓海:妻!妻が優先だ! 麻衣:……翌日、部下は冷たい冬の海で浮かんでいるところを発見されました。 拓海:あああああ!部下ぁああ! 拓海:あのとき僕が出社してたら! 麻衣:酷いです……。 麻衣:部下には婚約したばかりの彼女がいたにも関わらず、ね……。 拓海:何が目的ですか!? 麻衣:はあ。 拓海:やめてくださいよ! 拓海:あなた、この短時間で僕から親友と部下を奪いましたからね!? 麻衣:次の質問です。 拓海:会話しましょう!? 拓海:ねぇ!?会話にならないかもって言ってましたけど、会話する努力はしましょう!せめて! 麻衣:あなたは冷たい冬の海にいます。 拓海:うわ最悪だ!冷たい冬の海にいる! 麻衣:あなたはボートで5人の溺れた人を助けに向かっています。 拓海:よかった!まだ死んでない!まだ助けられる! 麻衣:5人の溺れた人を助けに行く、途中で溺れている人を1人発見しました。 拓海:ああ!かなりよくない状況だ! 麻衣:その人を助けていると5人はその間に溺れ死んでしまいます。 麻衣:その人を助けて5人を諦めるべきでしょうか? 拓海:これまたシンプルな思考実験に戻ってるな!? 麻衣:あなたは5人を助けて、1人を殺しますか? 麻衣:それとも1人を助けて、5人を殺しますか? 拓海:これも答えなきゃダメですか!? 麻衣:はい。お答えください。 拓海:えー!?もう……!あー! 拓海:えーっと、トロッコ問題と一緒! 拓海:5人!5人を助けます! 麻衣:はい……。 麻衣:ということはぁ、今目の前で溺れている"1人"はぁ、殺す、ということですねぇ? 拓海:今までで一番嫌な聞き方! 拓海:うぅ……!そ、そうです!1人殺す! 拓海:でも仕方ないじゃないですか! 麻衣:ファイナルアンサー? 拓海:ファイナルアンサー!? 拓海:今までそんなの聞いてなかったじゃないですか!? 麻衣:……ファイナルアンサー? 拓海:ああもう!ファイナルアンサー!!! 麻衣:……あなたの幼馴染は冷たい冬の海で浮かんでいるところを発見されました。 拓海:ああああ!何で幼馴染が冬の海に!? 拓海:ちょっと!やめてやめて! 拓海:僕の大事な人3人殺されました! 拓海:もうやめてください! 麻衣:次の質問です。 拓海:もうやめてくれ! 麻衣:休日は何をされてるんですか? 拓海:今更普通の会話はできないよ! 麻衣:…………。 拓海:……えっ!?何!?何の間!? 麻衣:あっ、いや、もうやめてくれと言われたので……。 拓海:え!?急にやめるんだ!? 拓海:その緩急めちゃくちゃ怖いな! 麻衣:すみません、私ばっかり質問しちゃって! 拓海:そこじゃないです!そこはどうでもいいです! 拓海:内容に目を向けましょう!? 麻衣:……。 拓海:……あの……? 麻衣:……ふふ……。 拓海:え?何? 麻衣:ふふふ……。 拓海:え?笑ってる!? 麻衣:はははは! 拓海:怖い怖い怖い! 拓海:ちょっとあまりに怖すぎるって!!! 麻衣:はははは、おかしい! 拓海:何が!? 麻衣:そりゃおかしいですよ! 麻衣:だって……私が言ってたの冗談ですよ、冗談! 麻衣:当たり前じゃないですか! 拓海:……はぁ!?冗談!? 麻衣:アイスブレイクのつもりでおかしな質問してたんです! 拓海:えぇ!? 麻衣:これで緊張はほぐれたでしょ? 拓海:な、何ですか、それ! 拓海:僕の緊張をほぐすためにわざと変な質問を? 麻衣:ふふふ、私の緊張も随分ほぐれましたよ。 拓海:な、なんだ……! 拓海:完全にヤバい奴だと思ってました! 麻衣:すみません、驚かせてしまって。 麻衣:まぁヤバい奴というのは間違いないですけどね。 拓海:いや……!にしても、トロッコ問題は攻め過ぎですよ! 拓海:しかもお見合いの場で! 麻衣:攻め過ぎなくらいな方が緊張ほぐれるでしょ! 拓海:はぁ……!何ですか、それ! 麻衣:……ふふふふ。 拓海:……はは。 麻衣:私ね、こういう思考実験が大好きなんです。 拓海:でしょうね。じゃないとこんなところで出さないですよ。 麻衣:よくおわかりですね。 拓海:あ、そうだ。ちなみになんですけど、あなたの解答はどっちなんですか? 麻衣:え? 拓海:あなたの今までの質問の解答、どっちなんですか? 麻衣:ああ!私の解答ですか? 拓海:はい、そうです。 麻衣:5人を殺します。 拓海:……え?5人を助けるんじゃなくて? 拓海:あ、いや、でもいろいろな考え方がありますもんね! 拓海:1人を助けるんですね! 麻衣:5人を殺します。 拓海:あ……え……うん……。 拓海:「殺す」というかね「助ける」ということですよね?はい! 麻衣:殺します。 拓海:うん……。 拓海:あー、えっと……次……結婚記念日に親友が大失恋したらどうします……? 麻衣:もちろん、妻優先ですよね? 拓海:はは、冷たい冬の海で浮かんでるところを発見されました~(笑) 麻衣:はい、そうですか。 拓海:え?あ、え?えーっと……! 拓海:部下が大事なプロジェクトでミスを……(したときはどうしますか?) 麻衣:(被せて)妻優先に決まってますよね? 拓海:え?あ……えー……?ま、またまた冷たい冬の海で浮かんでるところを発見されました~(笑) 麻衣:はい、そうですか。 拓海:え?あ、はい……。 拓海:ぼ……ボートのやつ!ボートの! 拓海:あの、冬の海で溺れている人がいます!5人と……(1人どちらを選びますか?) 麻衣:(被せて)助けません。 拓海:え?ん?どういうこと!? 麻衣:6人全員殺します。 拓海:え!?何で!? 拓海:いやいや、どういうこと!? 拓海:そもそも全員殺すなんて思考実験が成り立ってないですよ!? 麻衣:成り立ってますよ? 拓海:は? 麻衣:トロッコ問題はレールがあって、分岐器を切り替えるかどうかで結果が決まります。 麻衣:つまりトロッコ問題は「1人を殺すか」「5人を殺すか」の二択しか存在しないんです。 拓海:はい……。 麻衣:……ボートの思考実験はトロッコ問題でいうところの分岐器がありません。 麻衣:だから「1人を助けて5人を殺す」という選択肢と、 麻衣:「5人を助けて1人を殺す」という選択肢の他に、 麻衣:「6人殺す」という選択肢もあるんです。 拓海:いや、でもそれを選ぶのはちょっと……。 拓海:そういうことでもないような気がしますし……。 拓海:倫理的にも……ねぇ? 麻衣:何言ってるんですか。 麻衣:あなたも思考実験上で人を殺したじゃないですか。 麻衣:倫理なんて説けませんよ。 拓海:いや……それは……! 麻衣:トロッコで5人死に、親友が1人死に、部下が1人死に、ボートで誰も助けず6人が溺れて死んだら、 麻衣:計13人分の死体が出来上がるじゃないですか。 拓海:何を言ってるんですか……? 麻衣:日本でも研究ができるんですよ。 麻衣:人間の死体があれば、ね。 拓海:な……意味がわかりません……! 麻衣:ご存じだと思いますが、戦争の裏では大規模な人体実験が行われることが多いです。 麻衣:その人体実験のおかげで医学は飛躍的な進歩を遂げました。 拓海:……。 麻衣:13人分の死体があれば、私の研究は大きく前進します。 麻衣:私の研究がうまくいけば、一つの病気の治療法が確立されます。 麻衣:つまりその先、何百万、何千万の人たちが救われることになります。 拓海:またぁ……!冗談ですよね!?ね!? 拓海:もう緊張はほぐれてますよ?はははは…… 麻衣:……。 拓海:……え? 麻衣:今の話が本当になれば13人分の死体が手に入りますが、残念ながらただの会話ですから。 麻衣:もちろん死体なんて手に入りません。 拓海:そう、ですよね……? 麻衣:でも1人分は手に入るんです。 拓海:……1人分? 麻衣:はい。あなたですよ。 拓海:は? 麻衣:死体よりも生きた人間の方がいいに決まってます。 麻衣:あなたも研究者ならわかりますよね? 拓海:いや、いやいやいやいや……! 麻衣:あなたはトロッコ問題で5人を助けて1人を殺しましたよね。 拓海:それはっ!どちらか選ばされただけで! 麻衣:私も選んだんです。 麻衣:これからの何十万人、何百万人を助ける、と。 拓海:な、何を言ってるんですか!? 麻衣:あなたはさっき1人殺したじゃないですか。5人を救うために。 麻衣:私が救うのは何十万、何百万なんです。 拓海:嘘だ……!やめろ……! 麻衣:1人の犠牲なんて、仕方ないですよね。 拓海:やめて!助けて!誰かぁあ!!! 麻衣:……こんな山奥の旅館の離れに誰も来ませんよ? 拓海:あぁ……!!!あぁあああ!!! 麻衣:私は今、必要な分岐器を、切り替えるんです……! 拓海:あぁ……!あぁああ……!!! 拓海:うわぁああああああ!!! 0: 0:  0:―――――― 0:  0:――――――――― 麻衣:という、小説を書いています! 拓海:……なるほど。 麻衣:純文学の他にショートショートも大好きで! 麻衣:自分でも書くようになりました! 麻衣:これはかなり自信作なんです! 拓海:……なるほど。 麻衣:どうですか!?面白いですか!? 拓海:……そうですね。 拓海:まぁ面白いと思います……。 麻衣:よかったー!嬉しいですー! 拓海:はい。面白いですけど、この先あなたとやっていく自信はありません。 拓海:今回の縁談はなかったことにしてください。 麻衣:あー!ですよねー!そう言われるのはあなたで5人目ですー! 麻衣:残念ですが、私たちは同じレールの上を進めないということですね! 拓海:あなたが誰かと進むレールの先で、 拓海:人を殺さなくてすむように祈っておきますね。

『トロッコ問題』 作・大盛り 0:山奥の旅館の離れ。 0:   拓海と麻衣、机を挟んで座っている。 0:   二人共、緊張の面持ち。 拓海:えー……あのー……ご、ご趣味は? 麻衣:えっと……特にこれといって……。 拓海:あー……はい……。 麻衣:あ、あの、強いて言うなら読書を……。 拓海:それは……いいですねー……。 拓海:私も読書は好きです……。 麻衣:はい……。 拓海:はい……。 麻衣:……。 拓海:……。 麻衣:……。 拓海:すみません……お見合いって初めてで……。 麻衣:すみません、私も何か緊張しちゃって……。 拓海:しかもこんな山奥の旅館の離れで二人っきりとは……。 麻衣:みんないなくなっちゃいましたね……。 麻衣:しばらく二人っきりで話せと……。 拓海:緊張しますよね……。 麻衣:緊張しますね……。 拓海:……。 麻衣:……。 拓海:あのー……仲人からお仕事は研究職だとお伺いしましたけど……! 麻衣:あ、はい……。ある病気について研究してまして……。 拓海:僕も研究職でして……!畑違いですが……! 麻衣:そうなんですね……!研究は順調ですか? 拓海:はい……!かなり順調で怖いくらいです……! 拓海:そちらは順調ですか? 麻衣:あ……いや、最近全然うまくはいってないんです……。 拓海:あ……。 麻衣:はぁ……。 拓海:あぁ……そうなんですね……。 麻衣:はい……。 拓海:……。 麻衣:……。 拓海:……あの、話しやすいように交互に質問して答えていくというのはどうでしょう? 麻衣:あ、それはいいかもしれません。 麻衣:えっと、緊張してるから会話にならないかもしれませんけど。 拓海:ひ、広げられるように頑張ります。 拓海:じゃあ僕から質問しますね。 拓海:……えー……っと……ご、ご趣味は? 麻衣:それさっき聞いてましたよ……。 拓海:あ、そうだった。あはは……。 麻衣:私、読書が趣味です……。 麻衣:純文学が好きで、特に芥川龍之介が好きなんです……。 拓海:あ、ああ、そうなんですね。 拓海:僕は読書は好きなんですが、 拓海:お恥ずかしながら芥川龍之介は中学の頃、少し読んだくらいで……。 麻衣:機会があれば、お読みになってみてください……。 拓海:そうですね……!また、是非……! 麻衣:はい……。 拓海:……。 麻衣:……。 拓海:あのー……ご質問をどうぞ……。 麻衣:はい……。 麻衣:えーっと……じゃあ……よーく考えてお答えくださいね? 拓海:あ、はい。 麻衣:……よーく考えてくださいね? 拓海:わ、わかりました。 麻衣:……。 拓海:……。 麻衣:……よーく考えてください。 拓海:大丈夫!考えます!考えますから! 麻衣:では……。 麻衣:線路を走っていたトロッコが制御不能になりました。 拓海:ほう?トロッコ? 麻衣:はい、トロッコです。 拓海:あ!芥川龍之介の『トロッコ』の話ですか? 麻衣:最後まで聞いてください。 拓海:あっ、すみません……。 麻衣:線路を走っていたトロッコが制御不能になりました。 麻衣:前方では5人の作業員が作業をしています。 拓海:ん?芥川のトロッコじゃないな……。 麻衣:このとき、あなたは分岐器のすぐ側にいました。 麻衣:あなたが進路を変えれば5人は助かります。 麻衣:しかし分岐した路線上にも作業員が1人います。 拓海:え?これってもしかして……? 麻衣:あなたは進路を変えて5人を助けて、1人を殺しますか? 麻衣:それとも進路を変えずに1人を助けて、5人を殺しますか? 拓海:トロッコ問題だ……! 拓海:倫理観を問われる有名な思考実験だ……! 麻衣:よーく考えてお答えくださいね。 拓海:お見合いでトロッコ問題出す人います? 拓海:こういう時って趣味とか無難な質問しません!? 麻衣:このとき、あなたは前述の手段以外では助けることができないとします。 拓海:聞いてください!?攻めた質問過ぎますって! 麻衣:どっちを、殺しますか? 拓海:うわぁ……嫌な聞き方……。 拓海:えー……?いやー……。 拓海:これ答えないといけません? 麻衣:はい、答えてください。 拓海:えー……何だこの状況……。 拓海:いやー……合ってるかわからないんですけど……。 麻衣:これ、合ってるとか合ってないとかありませんから。 拓海:あ……はい……。 拓海:えー……進路を変えて5人を助けます、かね……。 麻衣:ということは、1人を殺す? 拓海:嫌な聞き方……。 拓海:うーん……はい、1人殺します……。 麻衣:……そうですか。 麻衣:……わかりました。 拓海:はい……。 麻衣:……。 拓海:えっと……今のどういう意図の質問だったんですか……? 麻衣:……。 拓海:あのー……? 麻衣:…………。 拓海:……なんかすみません。 麻衣:続いての質問です。 拓海:あれ!?僕のターンは!? 麻衣:あなたには妻がいます。 拓海:急に何!? 麻衣:今日は大事な結婚記念日です。 麻衣:しかし親友が大失恋をしてしまい、どうしても今日は一緒にいてほしいと言います。 拓海:あ!そういうことか! 拓海:トロッコ問題はものの例えだったわけか! 麻衣:あなたはどちらを優先しますか? 拓海:夫婦生活に例えて、妻を優先できるかどうか試されてる質問なんだ! 拓海:よし……!えっと、僕は結婚記念日!妻を優先します! 麻衣:……親友は何度も何度も電話してきます。 拓海:それでも妻を優先します!結婚記念日はとても大事なものです! 麻衣:親友は言います。「頼む。お前しかいないんだ」と。 拓海:そ、それでも妻を優先します! 麻衣:親友は深夜の冬の海から電話をかけてきます。 拓海:ぐっ……!いや、それでも……妻を優先します……! 麻衣:……翌日、親友は冷たい冬の海で浮かんでいるところを発見されました。 拓海:えぇ!? 麻衣:酷いです……。 麻衣:たった一晩一緒にお酒を飲んであげていれば、ね……。 拓海:何が目的なんですか!? 拓海:僕のこと試す質問じゃないんですか!? 麻衣:次の質問です。 拓海:僕のターンは!? 麻衣:あなたは会社でとても大事なプロジェクトのリーダーを任されました。 麻衣:社運を左右する一大プロジェクトです。 拓海:これは今度こそ試されてるのか? 麻衣:今日は大事な結婚記念日です。 拓海:ああ!また結婚記念日だ! 麻衣:しかし部下が重大なミスをしてしまい、どうしても出勤しなくてはならなくなりました。 拓海:ああ!どうして結婚記念日に! 麻衣:あなたは妻と部下どちらを優先しますか? 拓海:これは試されてるよな!? 拓海:今度こそ試されてるよな!? 麻衣:どちらを優先しますか? 拓海:つ……妻!妻を優先します! 麻衣:……部下は何度も何度も電話してきます。 拓海:ああああ!それでも妻!妻優先! 麻衣:部下は言います。「先輩、助けてください。先輩しかいないんです」と。 拓海:ああああ!くっそ!助けたい! 拓海:行ってあげたいけどぉ……試されてる……うぐぐぐ! 拓海:妻!妻が優先だ! 麻衣:……翌日、部下は冷たい冬の海で浮かんでいるところを発見されました。 拓海:あああああ!部下ぁああ! 拓海:あのとき僕が出社してたら! 麻衣:酷いです……。 麻衣:部下には婚約したばかりの彼女がいたにも関わらず、ね……。 拓海:何が目的ですか!? 麻衣:はあ。 拓海:やめてくださいよ! 拓海:あなた、この短時間で僕から親友と部下を奪いましたからね!? 麻衣:次の質問です。 拓海:会話しましょう!? 拓海:ねぇ!?会話にならないかもって言ってましたけど、会話する努力はしましょう!せめて! 麻衣:あなたは冷たい冬の海にいます。 拓海:うわ最悪だ!冷たい冬の海にいる! 麻衣:あなたはボートで5人の溺れた人を助けに向かっています。 拓海:よかった!まだ死んでない!まだ助けられる! 麻衣:5人の溺れた人を助けに行く、途中で溺れている人を1人発見しました。 拓海:ああ!かなりよくない状況だ! 麻衣:その人を助けていると5人はその間に溺れ死んでしまいます。 麻衣:その人を助けて5人を諦めるべきでしょうか? 拓海:これまたシンプルな思考実験に戻ってるな!? 麻衣:あなたは5人を助けて、1人を殺しますか? 麻衣:それとも1人を助けて、5人を殺しますか? 拓海:これも答えなきゃダメですか!? 麻衣:はい。お答えください。 拓海:えー!?もう……!あー! 拓海:えーっと、トロッコ問題と一緒! 拓海:5人!5人を助けます! 麻衣:はい……。 麻衣:ということはぁ、今目の前で溺れている"1人"はぁ、殺す、ということですねぇ? 拓海:今までで一番嫌な聞き方! 拓海:うぅ……!そ、そうです!1人殺す! 拓海:でも仕方ないじゃないですか! 麻衣:ファイナルアンサー? 拓海:ファイナルアンサー!? 拓海:今までそんなの聞いてなかったじゃないですか!? 麻衣:……ファイナルアンサー? 拓海:ああもう!ファイナルアンサー!!! 麻衣:……あなたの幼馴染は冷たい冬の海で浮かんでいるところを発見されました。 拓海:ああああ!何で幼馴染が冬の海に!? 拓海:ちょっと!やめてやめて! 拓海:僕の大事な人3人殺されました! 拓海:もうやめてください! 麻衣:次の質問です。 拓海:もうやめてくれ! 麻衣:休日は何をされてるんですか? 拓海:今更普通の会話はできないよ! 麻衣:…………。 拓海:……えっ!?何!?何の間!? 麻衣:あっ、いや、もうやめてくれと言われたので……。 拓海:え!?急にやめるんだ!? 拓海:その緩急めちゃくちゃ怖いな! 麻衣:すみません、私ばっかり質問しちゃって! 拓海:そこじゃないです!そこはどうでもいいです! 拓海:内容に目を向けましょう!? 麻衣:……。 拓海:……あの……? 麻衣:……ふふ……。 拓海:え?何? 麻衣:ふふふ……。 拓海:え?笑ってる!? 麻衣:はははは! 拓海:怖い怖い怖い! 拓海:ちょっとあまりに怖すぎるって!!! 麻衣:はははは、おかしい! 拓海:何が!? 麻衣:そりゃおかしいですよ! 麻衣:だって……私が言ってたの冗談ですよ、冗談! 麻衣:当たり前じゃないですか! 拓海:……はぁ!?冗談!? 麻衣:アイスブレイクのつもりでおかしな質問してたんです! 拓海:えぇ!? 麻衣:これで緊張はほぐれたでしょ? 拓海:な、何ですか、それ! 拓海:僕の緊張をほぐすためにわざと変な質問を? 麻衣:ふふふ、私の緊張も随分ほぐれましたよ。 拓海:な、なんだ……! 拓海:完全にヤバい奴だと思ってました! 麻衣:すみません、驚かせてしまって。 麻衣:まぁヤバい奴というのは間違いないですけどね。 拓海:いや……!にしても、トロッコ問題は攻め過ぎですよ! 拓海:しかもお見合いの場で! 麻衣:攻め過ぎなくらいな方が緊張ほぐれるでしょ! 拓海:はぁ……!何ですか、それ! 麻衣:……ふふふふ。 拓海:……はは。 麻衣:私ね、こういう思考実験が大好きなんです。 拓海:でしょうね。じゃないとこんなところで出さないですよ。 麻衣:よくおわかりですね。 拓海:あ、そうだ。ちなみになんですけど、あなたの解答はどっちなんですか? 麻衣:え? 拓海:あなたの今までの質問の解答、どっちなんですか? 麻衣:ああ!私の解答ですか? 拓海:はい、そうです。 麻衣:5人を殺します。 拓海:……え?5人を助けるんじゃなくて? 拓海:あ、いや、でもいろいろな考え方がありますもんね! 拓海:1人を助けるんですね! 麻衣:5人を殺します。 拓海:あ……え……うん……。 拓海:「殺す」というかね「助ける」ということですよね?はい! 麻衣:殺します。 拓海:うん……。 拓海:あー、えっと……次……結婚記念日に親友が大失恋したらどうします……? 麻衣:もちろん、妻優先ですよね? 拓海:はは、冷たい冬の海で浮かんでるところを発見されました~(笑) 麻衣:はい、そうですか。 拓海:え?あ、え?えーっと……! 拓海:部下が大事なプロジェクトでミスを……(したときはどうしますか?) 麻衣:(被せて)妻優先に決まってますよね? 拓海:え?あ……えー……?ま、またまた冷たい冬の海で浮かんでるところを発見されました~(笑) 麻衣:はい、そうですか。 拓海:え?あ、はい……。 拓海:ぼ……ボートのやつ!ボートの! 拓海:あの、冬の海で溺れている人がいます!5人と……(1人どちらを選びますか?) 麻衣:(被せて)助けません。 拓海:え?ん?どういうこと!? 麻衣:6人全員殺します。 拓海:え!?何で!? 拓海:いやいや、どういうこと!? 拓海:そもそも全員殺すなんて思考実験が成り立ってないですよ!? 麻衣:成り立ってますよ? 拓海:は? 麻衣:トロッコ問題はレールがあって、分岐器を切り替えるかどうかで結果が決まります。 麻衣:つまりトロッコ問題は「1人を殺すか」「5人を殺すか」の二択しか存在しないんです。 拓海:はい……。 麻衣:……ボートの思考実験はトロッコ問題でいうところの分岐器がありません。 麻衣:だから「1人を助けて5人を殺す」という選択肢と、 麻衣:「5人を助けて1人を殺す」という選択肢の他に、 麻衣:「6人殺す」という選択肢もあるんです。 拓海:いや、でもそれを選ぶのはちょっと……。 拓海:そういうことでもないような気がしますし……。 拓海:倫理的にも……ねぇ? 麻衣:何言ってるんですか。 麻衣:あなたも思考実験上で人を殺したじゃないですか。 麻衣:倫理なんて説けませんよ。 拓海:いや……それは……! 麻衣:トロッコで5人死に、親友が1人死に、部下が1人死に、ボートで誰も助けず6人が溺れて死んだら、 麻衣:計13人分の死体が出来上がるじゃないですか。 拓海:何を言ってるんですか……? 麻衣:日本でも研究ができるんですよ。 麻衣:人間の死体があれば、ね。 拓海:な……意味がわかりません……! 麻衣:ご存じだと思いますが、戦争の裏では大規模な人体実験が行われることが多いです。 麻衣:その人体実験のおかげで医学は飛躍的な進歩を遂げました。 拓海:……。 麻衣:13人分の死体があれば、私の研究は大きく前進します。 麻衣:私の研究がうまくいけば、一つの病気の治療法が確立されます。 麻衣:つまりその先、何百万、何千万の人たちが救われることになります。 拓海:またぁ……!冗談ですよね!?ね!? 拓海:もう緊張はほぐれてますよ?はははは…… 麻衣:……。 拓海:……え? 麻衣:今の話が本当になれば13人分の死体が手に入りますが、残念ながらただの会話ですから。 麻衣:もちろん死体なんて手に入りません。 拓海:そう、ですよね……? 麻衣:でも1人分は手に入るんです。 拓海:……1人分? 麻衣:はい。あなたですよ。 拓海:は? 麻衣:死体よりも生きた人間の方がいいに決まってます。 麻衣:あなたも研究者ならわかりますよね? 拓海:いや、いやいやいやいや……! 麻衣:あなたはトロッコ問題で5人を助けて1人を殺しましたよね。 拓海:それはっ!どちらか選ばされただけで! 麻衣:私も選んだんです。 麻衣:これからの何十万人、何百万人を助ける、と。 拓海:な、何を言ってるんですか!? 麻衣:あなたはさっき1人殺したじゃないですか。5人を救うために。 麻衣:私が救うのは何十万、何百万なんです。 拓海:嘘だ……!やめろ……! 麻衣:1人の犠牲なんて、仕方ないですよね。 拓海:やめて!助けて!誰かぁあ!!! 麻衣:……こんな山奥の旅館の離れに誰も来ませんよ? 拓海:あぁ……!!!あぁあああ!!! 麻衣:私は今、必要な分岐器を、切り替えるんです……! 拓海:あぁ……!あぁああ……!!! 拓海:うわぁああああああ!!! 0: 0:  0:―――――― 0:  0:――――――――― 麻衣:という、小説を書いています! 拓海:……なるほど。 麻衣:純文学の他にショートショートも大好きで! 麻衣:自分でも書くようになりました! 麻衣:これはかなり自信作なんです! 拓海:……なるほど。 麻衣:どうですか!?面白いですか!? 拓海:……そうですね。 拓海:まぁ面白いと思います……。 麻衣:よかったー!嬉しいですー! 拓海:はい。面白いですけど、この先あなたとやっていく自信はありません。 拓海:今回の縁談はなかったことにしてください。 麻衣:あー!ですよねー!そう言われるのはあなたで5人目ですー! 麻衣:残念ですが、私たちは同じレールの上を進めないということですね! 拓海:あなたが誰かと進むレールの先で、 拓海:人を殺さなくてすむように祈っておきますね。