台本概要

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タイトル 背信はシュトーレンと共に
作者名 アール/ドラゴス  (@Dragoss_R)
ジャンル ファンタジー
演者人数 5人用台本(男1、女1、不問3)
時間 50 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 舞台はクリスマスシーズンのベルギー、ブリュッセル。
吸血鬼のメルヘンとゼーレは、とある人物に会うためにグラン・プラス広場を訪れる。
しかし、そこにゼーレを追っていた吸血鬼狩り、シュトーレンが現れて……。

「お前たちは今までどんな感情で吸血鬼を殺して来たんだ?…なあ、偽善者。」

『吸血はショコラーデと共に』 外伝

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
ゼーレ 不問 102 メルヘンの眷属吸血鬼。 元々は吸血鬼狩りだったが、とあるきっかけで吸血鬼となる。
メルヘン 不問 64 お気楽な吸血鬼。 ゼーレを連れてベルギーの友人に会いに来た。
シュトーレン 68 お嬢様言葉の吸血鬼狩り。 吸血鬼狩り時代のゼーレのことを慕っていた。
クライノート 66 吸血鬼狩りの幹部。 しかし、その実は吸血鬼親善派のスパイ。
フリューゲル 不問 66 ゼーレがブリュッセルで出会った子供。 静かで、どこか不可思議な印象を受ける。 ([ナレーション]と書いてあるところはナレーションをお願いします。)
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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フリューゲル:[ナレーション]舞台は夜のベルギー、ブリュッセル。とある邸宅の一部屋で、艶のある女性と杖を持った男性が話している。 : シュトーレン:―――本日はいきなり押しかけたのにもかかわらず、真摯な対応をしていただき、ありがとうございます。“吸血鬼狩り”幹部、クライノート先生。 クライノート:はっはっは、構わないさ。ようこそ、ミス・シュトーレン。国を越えて駆け込んでくるなんて、よほどの用件なのだろう。早速本題を聞こうじゃないか。 シュトーレン:はい。では、単刀直入に。 : シュトーレン:ゼーレさまが今どこにいるか、教えていただけますか。 : クライノート:…ぜぇれ?はて、誰だろう。 シュトーレン:(態度が変わり)あら、とぼけるおつもり?もしくは多忙な日々で記憶細胞が焼き切れてしまったのかしら。ならいいわ、丁寧に説明してあげましょう。今年の2月14日、一人の吸血鬼狩りが日本で亡くなりました。コードネームはゼーレ、殺され方はとても残虐で、死体は酷く損傷しており、本人かどうかの判別がつかないほどだった。…これで思い出せたかしら? クライノート:なるほどなるほど。ありがとう、鮮明に思い出したよ。その子の死亡診断書を作ったのは他でもないこの私だからね。しかし、ゼーレと言う名前だったか。散っていった戦友(とも)の名はすべて胸に刻んでいるつもりだったが、いけないね…。この機会に今一度、その時の資料を読み返してみることにしよう。 シュトーレン:あらまあ、演技がお上手だこと。 クライノート:それで、そのゼーレくんがどこにいるか、というのはどういうことだね。死体の埋葬場所、ということならばすまない。それは部下に任せたのでね、私は知らないんだ。 シュトーレン:埋葬だなんてそんな…。「生きている人間」を墓に埋めるなんて、それこそ吸血鬼のような所業じゃなくて? クライノート:何を仰るやら。生きている?私は確かに彼(彼女)の死亡を確認したよ。それに間違いはない。 シュトーレン:…まったく、クサい演技をやめていただけるかしら。証拠なら集めました。ゼーレさまは今も日本で生きている。何らかの方法を使って命を取り留めたのです。そして、それを知りながらあなたは、ゼーレさまの死亡診断書を偽造し、あの方が死んだことにした。…猿芝居はもう飽きましたわ。いい加減真相をお話になってくださる? クライノート:…わかったよ。 シュトーレン:はぁ…。わたくしが聞きたいのはふたつ。なぜ(あなたがゼーレさまを死んだことにしたのかと―――。 クライノート:(大きく被せて)どうやら君は強い思い込みに囚われているようだ。 シュトーレン:な…。 クライノート:流石にこれでは話にならないね。君たち、このお嬢さんをここからつまみ出してくれ。これ以上は時間の無駄だ。 シュトーレン:どうしても話したくないというのですか…!(クライノートの部下に腕を掴まれる)くっ、離しなさい!ただでは済まさないわよ…!! クライノート:おや、いいのかね。同胞を殺傷することは吸血鬼狩りを裏切るということになるが。この組織での裏切りがどんな意味をもたらすか、君も知っているだろう? シュトーレン:…見た目通り、随分と卑怯な手を使うのですね。 クライノート:はっはっは。よく言われるよ。まあ、気分が落ち着いたらまた来たまえ。その時にはベルギーの美味しいチョコレートとコーヒーを振舞ってあげよう。 シュトーレン:……。お断りしますわ。だって…、きっと、そんな機会はもう訪れないもの。…ふッ!! : フリューゲル:[ナレーション]そう言うと、シュトーレンは懐から銀色の拳銃を取り出し、自分を抑えていた護衛の足に発砲した。もう一人の護衛には蹴りを食らわせ、二人は痛みに悶え静かに床に転がる。 : クライノート:な…。 シュトーレン:…これでわたくしは組織の裏切り者、ということになりますね。ですが、もはやそんなことどうでもいいのです。…ゼーレさまに会えるなら、たとえ惨たらしく殺されたとしても構いませんの。 クライノート:…ふ、はははは。亡者に会えるならば死をも厭(いと)わないとは。君は面白い子だね。 シュトーレン:笑う余裕があるのなら、とっとと命乞いをしてゼーレさまの情報を差し出してくださらない? クライノート:…疑問符に質問で返して恐縮なのだが。君は吸血鬼のことをどう思っている? シュトーレン:決まっているでしょう。罪なき人間を己の欲求で襲い殺す、醜悪で低俗で下衆な種族です。それ以外に何がありまして? クライノート:そうだね。そうだろうとも。ならば…、なおさら教えるわけにはいかなくなってしまったなッ! : フリューゲル:[ナレーション]刹那、クライノートは杖に仕込んでいた銀のレイピアを引き抜き、シュトーレンに向けて一閃。間一髪、彼女はそれを躱す。 : シュトーレン:…っ。 クライノート:これを躱すか。大した腕だね。 シュトーレン:…素直に情報を渡してくれれば、この部屋が血で汚れることもありませんでしたのに。 クライノート:あいにく、私にも事情があってね。それに死亡診断書の偽造がバレれば、どんな処分が下されるかわからないだろう? シュトーレン:納得です…、わッ!!(懐からナイフを飛ばす) クライノート:遅い。(避けて接近) シュトーレン:っ…!? クライノート:『聖なる紫の光よ、我が銀の刀身に宿りて安らぎを与え給え。』 シュトーレン:神託詠唱(しんたくえいしょう)…?吸血鬼を殺すための術式をわたくし相手に、一体何を―――。 クライノート:『アメジスト・プレイヤーズ』。 : フリューゲル:[ナレーション]男が呟くと、その手に携えた銀の剣身が色を変える。 : シュトーレン:これは…、剣が光って―――ッ!? クライノート:フ…ッ!! : フリューゲル:[ナレーション]クライノートが剣をゆらりと振るうと、光の刃が凄まじい速度で敵を包む。 シュトーレン:う、ぐ、なんですの…ッ、今、の…、は…っ。(倒れる) クライノート:何事も応用が大事ということだとも。さて…、君たち。いつまでそこに転がっているつもりかね。…何か、って。命令ならもう出しただろう。このお嬢さんをつまみ出したまえ。……ふむ?なるほど。どうやら私は部下に、裏切り者や危険分子は即刻始末する残忍な男だと思われていたらしい。酷いねえ。それでは「まるで」吸血鬼狩りじゃないか。まあ、実際そうではあるのだが。…それに運命か必然か、ミス・シュトーレンが探し求める者はちょうど明日ここにやってくる。 : クライノート:…これはほんの小さなチャンスだ。吸血鬼と人間。双方の理解を深めるための、ね。 0: : フリューゲル:[ナレーション]翌日、ブリュッセル。煌びやかな夜の街にて。 : メルヘン:やっぱりブリュッセルは人が多いなぁ。夜だっていうのに。まあ、僕が毎年クリスマスシーズンに来るのが原因だろうけど。 ゼーレ:…マスター。 メルヘン:ん?なんだいゼーレ。 ゼーレ:ベルギーまで旅行に来て気分が上がっているのは承知しているのだが…、大量のスイーツの買い物袋をすべて私に持たせるのは流石に人使いが荒くないだろうか。 メルヘン:別にいいじゃないか、重さなんて大して感じないだろう? ゼーレ:そういう問題じゃない。私が買ったならともかく、これは全部あなたが買ったもの。ならば、少しくらいは自分で持つのが普通だろう。 メルヘン:あははっ!それはごもっともだ。だけど…、果たして僕と君は、「普通」の関係だったかな?みんなと同じような、ただの友人?違うよねぇ。 : メルヘン:―――僕と君は「吸血鬼」。そして君は僕の「眷属」、だろう? 眷属の契りとはなんだったかな? : ゼーレ:っ…、親吸血鬼に奉仕し、従属する存在。 メルヘン:そうだねぇ…。それに、元々吸血鬼狩りで嫌々吸血鬼を始末していた君を、逆に吸血鬼にして助けてあげたのはどこの誰だったかなぁ。 ゼーレ:…マスターだ。 メルヘン:うんうん。ならご主人様の荷物持ち、出来るね? ゼーレ:…腹黒め。 メルヘン:何か言ったかい? ゼーレ:いや、なんでもないさ。お気になさらず……。 メルヘン:ふふっ…。ちょっと圧かけて理不尽なことを言うと反抗的な目をするの、本当かわいいよね君。 ゼーレ:理解しかねるよ。 メルヘン:呆れ顔も飽きないなぁ。…ま、あとちょっとだけ付き合ってよ!次に行くお店でラストだからさ。それが終わったら、君用のお菓子を一緒に選ぼう。だからあと少しの辛抱だよ! ゼーレ:…その時は多少高価なものを選んでも? メルヘン:いいよ。マカロンでもチョコレートでも、好きなものを買うといい。その後は一旦ホテルに帰って、その時にたっぷり僕の血を吸わせてあげよう。…どうだい、やる気出た? ゼーレ:ふんっ…、約束だぞ。 メルヘン:あははっ!勿論。さて、そうと決まればさっさと買い物を終わらせるとしよう! : 0:ゼーレがメルヘンに連れられてから十数分が経過。人混みのなか、ゼーレは一人で立ち尽くしている。 : ゼーレ:(M)―――と、いう話だったのに、なんでものの十数分ではぐれるんだ…。私がマスターのことを注意深く見ていないからいけないのだろうか…。…仕方ない。とりあえず、このあたりで待つとしようか…、って、うん? フリューゲル:……。 : ゼーレ:(M)小さな子供が一人で佇んでいる…、この人だかりだ、もしかしたら迷子になってしまったのか?…それはいけないな。 : ゼーレ:もし、そこの少年(お嬢さん)。こんな夜遅くに一人で、大丈夫かな。 フリューゲル:わ…。うん、大丈夫。ただぼーっとしてただけだから。 ゼーレ:…? お母さまやお父さまはいないのかい? フリューゲル:……いない。ぼくひとりだけ。 ゼーレ:そうか…。しかし、夜に君のような小さな子供が一人きりというのは、あまり感心しないな。夜は怖い大人も多くなる。早い所帰ることをお勧めするよ。家はこの近くかい? フリューゲル:……。 ゼーレ:…少年(お嬢さん)? フリューゲル:ごめんなさい。知らない人のはなしは無視しなきゃダメって言われてたこと、思い出したの。 ゼーレ:…おっと。確かに、君から見れば私も知らない大人だね。これはすまなかった。 フリューゲル:でも…、お兄(姉)さんは優しそうな人だから、大丈夫かな。 ゼーレ:その考えは捨てたほうがいいよ。私の知り合いにも一人、騙されて誘拐されてしまった子を知っている。その後、無事に「保護者」が迎えに来たがね。 フリューゲル:そうなの…?じゃあ、お兄(姉)さんも…? ゼーレ:あぁ。怖い人かもしれない。どんな人であろうと、絶対に知らない大人を信用してはいけないよ。 フリューゲル:……フリューゲル。 ゼーレ:ん? フリューゲル:ぼく、フリューゲルって言うの。なまえ。 ゼーレ:…っ、まったく。今言っただろう、信用してはいけないって。ましてや自分の名前を教えるなんてもってのほかだぞ。 フリューゲル:それは知らない人に対して、でしょ? ゼーレ:…? どういうことかな。 フリューゲル:お兄(姉)さんとぼくはもう二分くらい話してるでしょ?だから、もう知りあいなんじゃないかって思って。 ゼーレ:……。 フリューゲル:あ、だめ、だったかな…。実はぼく、ずっとひとりだったから、話しかけてもらえたの、すっごく嬉しくて…。 ゼーレ:…フフッ。そうか。そうだったのか。 フリューゲル:お、お兄(姉)さん…?…わっ。 0:ゼーレはフリューゲルの頭を手で優しく撫ぜる。 ゼーレ:今回だけ、特別だ。私でも本当ならアウトだが…、他の人には絶対にしてはいけないよ。わかったね。 フリューゲル:う、うんっ!えへへ…、お兄(姉)さんに頭なでられちゃった。…でも、そんなにお荷物いっぱいでぼくの頭撫でて、だいじょうぶ?辛くない? ゼーレ:全然へっちゃらさ。…君は気を遣えて本当にいい子だな。 フリューゲル:えへへー…! ゼーレ:…翼、か。良い名前だ。 フリューゲル:………あれ、この感覚。 ゼーレ:うん?どうかしたかな。 フリューゲル:ねえ。お兄(姉)さんは名前、なんて言うの? ゼーレ:私?私は―――。 : メルヘン:ゼーレ~!! : 0:ゼーレの背後から、メルヘンの声。 ゼーレ:マスター。 メルヘン:もう、探したんだよ?本当、君は急にいなくなるんだから…。 ゼーレ:そのセリフ、そっくりそのままお返しするよ。それで、お目当てのものは買えたのか? メルヘン:バッチリだよ。という訳で…、この袋もお願いね! ゼーレ:…はいはい。 メルヘン:それで、ゼーレは今まで何してたんだい?ずっとここで待ってた感じ? ゼーレ:ああ。成り行きで、このフリューゲルと言う少年(お嬢さん)に話を―――。 0:振り返ると、そこにフリューゲルはいなかった。 ゼーレ:…いない?確かにここに居たんだが…。 メルヘン:あははっ!もしかして君、幻覚でも見てたんじゃないのー? ゼーレ:…かも、しれないな。疲れているんだろうか。 メルヘン:そうやってまた人間じみたこと言っちゃってー。アピールしても袋は持ってあげないからねー? ゼーレ:そんなつもりはない…! メルヘン:ふふふっ…、ま、君も疲れていることだし、ぱっぱかお店回って、ホテルで休憩しようか。今夜はこの後がメインイベントだからね。別に体力を使うわけではないけれど、きちんと休んでおいて損はない。 ゼーレ:ああ。なら、早く決めなければな。 メルヘン:どんなのが食べたい?僕、ブリュッセルには毎年来てるから、どんなのとか言ってもらえたら、要望には答えられると思うよ。 ゼーレ:そうだな…。じゃあまず前提として、チョコレートで、クリスマスを感じられるやつがいい。あとはそうだな…。トリュフ系が食べたい気分だ。ついでにガナッシュにお酒が入っていると最高だね。 メルヘン:難しいご注文だねぇ。しかし偶然か必然か!大天才メルヘンは、その条件にピッタリ合うチョコレートをさっき見かけていたのだった! ゼーレ:本当か…?! メルヘン:うん、確かピエール・マルコリーニの新作がそんな感じだったはずさ!そうと決まればいくぞー! ゼーレ:…ああ! 0: : ゼーレ:(M)その後、無事要望通りのチョコレートを入手した私とマスターは、少し浮かれながらホテルへと帰るのだった。 : フリューゲル:…ゼーレさんって言うんだ。…また、会えるかな。 0: : フリューゲル:[ナレーション]そして、さらに数時間後。ホテルで休憩した二人は、再びブリュッセルの街へ歩き出す。先ほどより一層深まった夜の街に、人は少なかった。 : メルヘン:あー、さっきどっかの眷属くんが一切の遠慮なく僕の血を吸ったおかげで、少しくらくらするなー。 ゼーレ:ショッピングであれだけ振り回した報酬としては妥当だと思うのだが。 メルヘン:お菓子も買ってあげたのに。反抗期め! ゼーレ:失礼なことを言うご主人だ。 メルヘン:ご主人だからね。…さてさて、なんて話をしてる間に到着だ。 ゼーレ:っ、ここは…! : ゼーレ:(M)私の目に飛び込んできたのは―――。黄金の宮殿が神々しく聳(そび)え立つ、夜に咲く箱庭だった。 : メルヘン:ここがグラン・プラス広場!世界一美しい広場と言われる、ベルギーが誇る観光の名所さ! ゼーレ:ああ。とっても。 メルヘン:ふふ。 ゼーレ:…綺麗だ。まるで、宝石箱の中に迷い込んだみたいだよ。 メルヘン:そうだね。だけど僕には、君のきらきらとした目の方がよっぽど宝石に見えるよ。 ゼーレ:……は? メルヘン:…あーあ、せっかくの宝石が泥を反射しているように淀んでしまった。 : クライノート:「宝石」の話をするなら、是非とも私を混ぜてくれないかね、お二人さん。 : 0:二人が声の方へ振り向くと、そこには杖を突いた男性。クライノートだ。 メルヘン:ノート!久しぶり、もう来てたんだね。 クライノート:はっはっは。気持ちが急いてしまってね。久しぶり。そして、はじめまして。メルの眷属くん。 ゼーレ:お初にお目にかかります、クライノート先生。噂は組織にいた時代から、そして詳しい話はマスターから、かねがね。…まさか吸血鬼狩りの幹部であるあなたが親善派のスパイだったと聞いたときは、驚きましたよ。 クライノート:ふ、ふ。私も努力をしたのさ。無論、人を襲い血を啜る吸血鬼は始末して然るべきだが、総ての吸血鬼を弾圧するなど人種差別そのものだ。それを内側から崩すには、まず見通しのいい所に立たねばならない。 ゼーレ:あなたのように意志を持って行動できる方を、尊敬します。 クライノート:ありがとう。ところでなんだがね、お二人さん。…「頭上注意」だ。 メルヘン:へ? : シュトーレン:『プレイヤーズ・バレット』ッ!! : フリューゲル:[ナレーション]突如、空から銀の弾丸の雨が降り注ぎ、三人は咄嗟に避ける。 : ゼーレ:っ、マスターッ!! メルヘン:うぉ…っ、い、今のは!? クライノート:…やれやれ。昨日の今日とは、随分と執拗だね。ミス・シュトーレン。 ゼーレ:っ、なに…? シュトーレン:…なぜ、なぜ!!吸血鬼になっているの!?ゼーレさまっ!ずっと、ずっとお慕いしていましたのに…! ゼーレ:君は…、シュトーレン。 シュトーレン:っ…、吸血鬼になっても、わたくしのことを覚えていてくださったのですね。…とっても、嬉しいですわ。 メルヘン:(小声)…え、これどういう状況?あの子吸血鬼狩りだよね?まさか君、僕のこと騙してたの? クライノート:(小声)うーん、説明すると少し長くなってしまう。 シュトーレン:ゼーレさまが亡くなったと聞いたときは、心底胸を痛めましたわ。でも数か月前、ゼーレさまが生きているかもしれないって情報を聞いてっ…!探して捜して、やっと会えたと思ったのに…っ!あなたの身体は既に人間のモノではなくなってた!劣悪で醜悪な吸血鬼になってしまっていた!誇り高き吸血鬼狩りであったはずの、あなたが! ゼーレ:…なるほど。君の事情は把握したよ。ついでにこの状況もね。…まずはそれほどまでに私を慕っていてくれてありがとう。そしてふらりと姿を消してしまったことを謝罪しよう。すまなかった。 シュトーレン:…ゼーレさま。 ゼーレ:しかし、ご覧の通り、私は既に人を捨てている。そして、吸血鬼を見つけた吸血鬼狩りは、慈悲をもって哀れな怪物を救わなくてはならない。双方の事情や関係は一切関係なく、ね。それが吸血鬼狩りの掟だ。ゆえに…、はあぁっ! : フリューゲル:[ナレーション]ゼーレはノーモーションでシュトーレンに近づくと、思いきり足を振りかぶり、腹を蹴る。 : シュトーレン:ぐぅ…ッ!? ゼーレ:どうしたんだい、シュトーレン。いつもの君ならこれくらい避けられると思うのだがね。…さて。先生とマスターは念のため、遠くに逃げていてくれますか。 メルヘン:な、君一人でやるってことかい!?ダメだ、危険すぎる! クライノート:ふ、ふ。君はいつの間にそんな親バカになってしまったのだね、メル。 メルヘン:お、親バカだとぉ!? クライノート:事実だろう?それに、今は敵同士とはいえ旧友二人の感動の再会だ。私たちが割って入るのは野暮と言うものだろう。 メルヘン:でも! ゼーレ:大丈夫だよ、マスター。私を信じてくれ。 メルヘン:…まったく!もしダメそうだったらすぐ逃げるんだよ? ゼーレ:勿論だ。 : フリューゲル:[ナレーション]そして、輝く宝石箱の中に二人が残された。 : ゼーレ:さて…、いつまで膝をついているつもりかな、シュトーレン。早く立たないと、直ぐに殺してしまうよ。それとも、それは私に血を吸ってほしいとアピールしているのか? シュトーレン:っ…、ああ、なんてこと。やはりもう、あの頃の優しいゼーレさまは、いないのね…ッ。 ゼーレ:そうとも。今の私は無慈悲な吸血鬼。私の魂は既に血液を欲する怪物に成り果ててしまった。 シュトーレン:…ならば、慈悲を持って、あなたを斃(たお)します。そしてあなたの屍を乗り越えた後、先ほど逃げたもう一人の吸血鬼を殺し、クライノート先生の違反行為を告発してみせますわ。 ゼーレ:フフ、ならば余計ここで殺されるわけにはいかなくなってしまったな。さて、言葉を交わすのも最後になるだろう。最後に話しておきたいことはあるかな。 シュトーレン:では、一つだけ質問を。吸血鬼になった理由、それだけお聞かせ願えますか。 ゼーレ:…私から進んでなったわけじゃないさ。ただ…、あの日心優しい吸血鬼に助けてもらってね。その時に吸血鬼になった。それだけさ。 シュトーレン:っ…。なるほど。それが、先の吸血鬼ですね。 ゼーレ:ああ。だけど私は嫌だったわけじゃないし、昔の生活に戻りたいとも思わない。だから、マスターに陥れられたわけではないことを分かっていただこう。 シュトーレン:…そう、ですか。…ああ、最悪な感情ですわ。…あの吸血鬼が、「羨ましい」と思ってしまうだなんてッ!! ゼーレ:君らしい感想だな。…ではこの10か月でどれほど強くなったのか。見せて貰おうか―――!! 0: : フリューゲル:[ナレーション]広場を離れたクライノートとメルヘンは。 : メルヘン:それで、あれはどういうことか説明してもらえるかな、ノート。 クライノート:勿論だとも。遡ること10か月前。2月14日、なんやかんやあって君は吸血鬼狩りだったゼーレ君を吸血鬼にした。だが、それを組織に知られれば大変なことになる。だからこそ、君は友人である私を頼り、「ゼーレは吸血鬼に殺された」という嘘の情報を組織に伝えさせた。 メルヘン:それは覚えているさ。 クライノート:ほう。ならば君の察しが悪いだけか。 メルヘン:なんだとぉ!? クライノート:はっはっは。仕方がない、きちんと説明してあげよう。どうやら彼女、ミス・シュトーレンはゼーレくんの吸血鬼狩り時代の友人らしくてね。そしてどこから綻んだのか、ゼーレくんが生きていることがバレてしまった。そしてそれを確かめるべく、先日彼女はゼーレ君の死亡診断書を造った私を訪ねてきて…、今に至るというわけだ。 メルヘン:…もしかして相当まずい話を軽く話してる? クライノート:まずくなんかないさ、幸い私が死亡診断書を偽造したことはまだ組織に伝わっていないみたいなのでね。ゆえに、ゼーレくんがきっちり彼女を無力化してくれればいいだけの話だ。 メルヘン:それはそうなんだろうけどさぁ…。 クライノート:不安かね? メルヘン:そりゃあそうだろう!あの子は僕のたった一人の眷属なんだぞ! クライノート:はっはっは。やっぱり親バカじゃないか。 メルヘン:そんなことないしっ!! : フリューゲル:ねえ。 : フリューゲル:お兄さん、吸血鬼狩りだよね。そっちの人は吸血鬼。 メルヘン:な…、君は? クライノート:…それがどうしたのかね、「吸血鬼」。 メルヘン:なに? フリューゲル:やっぱりそうなんだ。珍しいね。吸血鬼はぜんぶ殺すのが吸血鬼狩りなんじゃないの。 クライノート:大抵の連中はそうだ。だけど、私はいろいろと訳ありでね。だから君のことも殺さないよ。 フリューゲル:そうなんだ。 : フリューゲル:じゃあ一方的に死ね。 : クライノート:ッ、構えろ、メル!! フリューゲル:『ワンス・アポン・ア・タイム』。 : メルヘン:(N)目の前の少年(少女)がそう呟くと、夜の道に白い霧が満ちていく。 : クライノート:これは…ッ。メル!私から離れるんじゃあないぞ! メルヘン:っ、あぁ!でも、これは一体…!? クライノート:恐らく、吸血鬼の能力である霞化(かすみか)の応用だ。だが、こんな芸当ができる吸血鬼は今まで見たことがない。…どうやらあの少年(少女)は、見た目にそぐわずかなりの手練れのようだ。 メルヘン:君でも見たことが無いなんて…。 フリューゲル:そこ…ッ!! クライノート:く…ッ、はァッ! : メルヘン:(N)音もなく前方向から深紅のナイフが飛んできて、ノートはそれを弾く。しかし。 : クライノート:(背中にナイフが一本刺さる)グ…ッ! メルヘン:ノート!そんな、前と後ろから同時にナイフが飛んでくるなんて…ッ! クライノート:…洗練されているな。…メル。私は「あの」神託詠唱(しんたくえいしょう)を使う。君は光に焼かれないように空に飛んで、奇襲を! メルヘン:ッ、ああ!君を信頼している! クライノート:頼んだぞ。 : メルヘン:(N)僕は身体をコウモリに変え、霧を抜け出した。そして地上ではノートが剣を抜き、十八番を披露する。 : クライノート:…『聖なる虹の光よ、我が銀の刀身に宿りて道標(みちしるべ)を授け給え。』 クライノート:『オパール・プレイヤーズ』! : メルヘン:(N)ノートの詠唱(プレイヤーズ)。神託詠唱の応用で、剣に吸血鬼を浄化する光を纏わせながら、さらに追加効果を与える。紫(アメジスト)は相手の意識を奪い、純白(ダイアモンド)は光の刃であたりを斬り裂く。そして虹(オパール)は、姿を消した敵を見つける色!そして僕は霧の満ちる地上を見下ろした。…はずだった。 : メルヘン:な…、霧が、消えてる!? フリューゲル:そんな秘策があったなんて、びっくりした。でも遅かれ早かれ、あなたはコウモリになって空に逃げるだろう、そう信じてたよ。 クライノート:後ろだ!避けろメルヘン!! メルヘン:ッ…!? フリューゲル:『メリー・バッドエンド』ッ!! メルヘン:しまっ―――。 クライノート:メルッ!! : メルヘン:(N)そして、僕の意識はぷつりと切れた。 0: : 0:場面転換。その頃シュトーレンとゼーレは。 シュトーレン:はあぁっ! ゼーレ:フフッ…、その手は読めている…、よッ! シュトーレン:くっ…、『リボルバー・フレイム』ッ! ゼーレ:これは…ッ、焔を纏わせた銃弾か、なるほど…! シュトーレン:それだけじゃありませんわ! ゼーレ:なに? シュトーレン:点火! ゼーレ:…銃弾が弾けたっ!?なるほど、燃えていたのは聖水か!いい技だね…ッ!だが、それは通らないッ! シュトーレン:…っ?ゼーレさまが、消え―――。 ゼーレ:上だよ、シュトーレン!血液拡散…! シュトーレン:なっ…、自分の血液をそのまま雨のように!? ゼーレ:凝縮…、解放!『ヴォイス・オブ・ハーメルン』!! シュトーレン:っ!「穢れを祓いたまえ。」、『プレイヤーズ・プロテクション』! : シュトーレン:(M)ゼーレさまはこのばら撒いた血液を一斉に操り、わたくしを串刺しにするつもりなのでしょう。しかし、そうはいきませんわ! : ゼーレ:…護りの神託詠唱。 シュトーレン:ええ、そうですわ!これは数秒だけヴァンパイアの権能を消滅させる護り!血液で作られた刃物はわたくしの身体に触れる直前で液体に戻ります! : シュトーレン:(M)そしてゼーレさまは気づいていないようですが、先ほどの打ち合いで地面には聖水が大量にばら撒かれていますわ。このままゼーレさまが地上に降りてくださればわたくしの勝ちは必然――――。 ゼーレ:君はどうやら、重要なことを二つ忘れてしまったらしい。 シュトーレン:え…? ゼーレ:一つ。私が最も得意とするのは技を応用しつつ相手を嵌める戦い方だということ。そして二つ―――。 : ゼーレ:私が「元」吸血鬼狩りだということだ。 : シュトーレン:なっ…、それは、神託の光!?そんな、ゼーレさまは吸血鬼!神託詠唱を唱えれば自分の身体が耐えられないはず―――。 ゼーレ:言ったはずだよ。私は応用が得意だと。「悪魔に魂を売ってなお、信仰は我を忘れず」。 シュトーレン:…嘘、わたくしが撒いた聖水が、赤く染まって…ッ!? ゼーレ:「堕落せよ、光を食らえ。聖者の行進は地獄へと進み、不協和音が鳴り響く。」 : ゼーレ:終わりだ、『ブレーメン・プレイヤーズ』ッ! : シュトーレン:(M)そして、わたくしの周りを聖水と血で造られたナイフが取り囲み、一斉にわたくしに向かって放たれる―――。その時でした。 : フリューゲル:『ブラッディ・レッド』。 ゼーレ:なにっ…?!っ…、『シンデレラ・ケージ』ッ! : シュトーレン:(M)突如、別方向からわたくしの方へ血の槍が降り注ぎ、ゼーレさまは先ほど作ったナイフを再び変化させて小さな檻を作り、わたくしとご自身を護りました。 : ゼーレ:怪我はないかな、シュトーレン。 シュトーレン:は、はい…。でも、なぜです。私たち、殺し合っていましたのに。 ゼーレ:…おっと。これは、最初から殺す気なんてなかったのがバレてしまったかな。 シュトーレン:え…っ? ゼーレ:しかし、それは置いておいてくれ。問題なのは…、…誰だ。 フリューゲル:ごめんね、お兄(姉)さん。 : シュトーレン:…子供の、吸血鬼? ゼーレ:君は…、フリューゲル?吸血鬼だったのか。 フリューゲル:うん。それも、生まれながらの、ね。なまえ、覚えててくれたんだ。うれしい。 シュトーレン:生まれながら…。 ゼーレ:真祖(しんそ)、というやつか。…何が目的だ、フリューゲル。 フリューゲル:そんなの決まってるでしょ。吸血鬼狩りを全員ころすんだ。 シュトーレン:なんですって…? フリューゲル:吸血鬼狩りは最低な組織だよ。吸血鬼を「吸血鬼である」という理由だけで排除する。ただ世界に在るだけで罪であると決めつけ、殺す。…本当に、反吐が出る。 シュトーレン:それは身勝手ですわ!吸血鬼は無差別に人を襲う、人類にとっての脅威です!だからこそわたくしたちは―――。 フリューゲル:(被せて)それが決めつけだと言っているんだよ偽善者!! シュトーレン:っ…!? フリューゲル:(大人びた雰囲気で)吸血鬼が人を襲うのなんてごく一部の話だ!人間に悪人と善人がいるのと同じ!そこにいるゼーレお兄(姉)さんや、メルヘンさんだって!ぼくたちは無暗に人を襲わないし、無理やり血を飲ませて眷属を増やしたりしない…!それなのにお前たちは、「人を襲う吸血鬼がいる」、それだけで悪だと決めつけて、殺して…ッ!心の底では分かってたんじゃないのか?今まで殺した吸血鬼の恐怖に歪む顔に、何も感じなかったのか!? シュトーレン:…それ、は…っ。 フリューゲル:なあ。そうやって今の今まで何人ぼくの同胞を葬ってきた?どんな感情で「ぼくの親を殺した」んだ…?答えてくれよ…、似非聖職者(えせ せいしょくしゃ)ぁッ!! : シュトーレン:(M)深紅の槍を携えて、怒りに歪む顔が私へ向かってくる。わたくしはただ、放心していた。吸血鬼が言ったことだ、嘘に決まってる。そう考える自分と、あの叫びと表情に嘘偽りなんてない。そう確信する自分が、せめぎ合う。私の背筋を伝うのは、罪の意識と悲しみ、そしてとてつもない無力感だった。…どうか、わたくしをお許しください。…ジーザス。 : ゼーレ:君の言い分はよくわかるが、重要なことを忘れているな、フリューゲル! フリューゲル:っ! : シュトーレン:(M)あと一歩で心臓を槍で貫かれる―――。それでも何もできなかったわたくしを庇ったのは、あの頃と同じように大きな背中だったのでした。 : フリューゲル:…ゼーレお兄(姉)さん。なんで邪魔をするの?ぼくはそいつを殺したいだけ。どいてよ。 ゼーレ:断る。もしもシュトーレンを殺したいなら、私の説教を聞いた後にしろ。 フリューゲル:…説教? ゼーレ:そうだ。いやなに、頑固おやじのようなことを言うつもりはないんだ。ただ、君のやり方は少し強引すぎると思ってね。 フリューゲル:何が言いたいの。 ゼーレ:簡潔に言えば、情状酌量の余地もなく殺すのは道理じゃないということさ。君は知らないと思うが、吸血鬼狩りには「無理やり入れられた」人もいてね。その人たちは吸血鬼狩りの厳しい掟の下、嫌々吸血鬼を殺しているんだ。吸血鬼を逃がしたら用済みとして始末される、組織から逃げ出しても始末される、吸血鬼と戦っても最悪負ける、と。新撰組よりも厳しいブラックな組織なんだよ。 フリューゲル:…シンセングミ? ゼーレ:おっと、失礼。日本の歴史の例えは伝わらないね。聞き流してくれ。さて、君は先ほど「吸血鬼狩りは全員殺す」と言ったが…、今話した通り吸血鬼狩りには嫌でも吸血鬼を殺さざるを得ない人もいる。全員殺すというのなら、そう言った人たちも手にかけることになるが。 フリューゲル:っ…、それは。 ゼーレ:それに、吸血鬼狩りにはスパイとして潜入している吸血鬼親善派の人間もいる。…ねぇ、クライノート先生? クライノート:(ボロボロで)…そう、だ。…ぐっ…。 フリューゲル:お前は、さっきの吸血鬼狩り…! ゼーレ:その様子だと、私たちの下へ来る前に、マスターとクライノート先生を倒していたようだ。…ところで、マスターが見当たりませんが。…あの人は、無事なんですよね…っ!? クライノート:安心してくれ。きちんと生きているよ。とはいっても、かなり消耗しているがね―――。 0:回想。 メルヘン:……う、ぅ…っ。 クライノート:くっ…、人の身で吸血鬼を背負いながら逃げるだなんて…、普通逆だと思わないかね、メル…!? フリューゲル:逃げても無駄だよ、吸血鬼狩り。そのボロボロの身体でぼくのスピードには敵わない。 クライノート:…かくなる上は、致し方ない。…「神託の光よ、この身体に宿り、私をお救いください。すべては主の導きのままに。」……『オラクル・ジ・アクセラレーション』っ…! フリューゲル:っ…、消えた…?…気配もない。逃げられた、か。…だけど、きっともう虫の息だ。もう一方の吸血鬼狩りを殺したら、必ず探し出して切り刻む…。 : : クライノート:…はぁっ、はぁっ…。久々に使うと流石に堪えるな…。身体能力を極限まで引き上げるなんて、もう二度と御免だ…。…息を整えたら、すぐにゼーレ君の下へ行かなくては…、ミスと彼(彼女)が心配だ…っ。 0: ゼーレ:生きているのなら良いです。…マスターに死なれては困るので。 クライノート:は、は。メルは相当な親バカだが、君も負けず劣らずなんだね。 ゼーレ:違いますっ!…(咳払い)脱線して済まなかった。話を戻そう、フリューゲル。こちらのクライノート先生は、吸血鬼は悪、という固定観念を塗り替えるために吸血鬼狩りで暗躍している。 クライノート:とはいっても、なかなかうまくいかないがね。周りの構成員たちはほとんどが吸血鬼弾圧過激派だ。…それでも。どんなに困難でも私は見てみたいんだよ。吸血鬼と人間、お互いがお互いへの偏見を持たず、手を取り合って生きる世界を。 フリューゲル:……。 クライノート:だからこそ、フリューゲルくん。そしてミス・シュトーレン。君たちに頼みがある。どうか、私に、私たちに力を貸してほしい。暴力による恨み合いではなく、話し合いによる平和解決を。勿論、困難は多いだろう。だが、私とメルがそうしているように、人と吸血鬼が共に手を取り合う姿を見せていけば、いずれは吸血鬼狩りだなんて組織は自然に消滅すると信じている。 シュトーレン:っ…! ゼーレ:私からも、この通りだ。フリューゲル。どうか、その槍を納めてはくれないだろうか。 シュトーレン:……はい。今からでも、贖罪が間に合うのなら。喜んで。 クライノート:ありがとう。 フリューゲル:…ごめんね。僕はどうしたって、吸血鬼狩りへの恨みを忘れられない。 0:少しの沈黙。 フリューゲル:…でも、ゼーレお兄(姉)さんに諭(さと)されて、ぼくは見た目通り幼稚だったんだ、って痛感した。…だから。この恨みが親しみに代わるまで、吸血鬼の長たる真祖(しんそ)として、協力させてほしい。 クライノート:…ああ。ありがとう。心から感謝するよ。フリューゲルくん。よろしく頼む。 ゼーレ:これにて平和解決、だね。 クライノート:そうだねぇ。ゼーレくんも、ありがとう。 ゼーレ:いえ。あなたの役に立てたようで、なによりです。 シュトーレン:しかし…、本当に大丈夫なのですか、クライノート先生。わたくしたちかなり派手に暴れてしまいましたが…、いくらあなたが親善派のスパイだからと言って、組織にバレてしまえば一巻の終わりなのでは…。 クライノート:そこに関しては問題ない。この近くにいる吸血鬼狩りは全員私の部下なのでね。だから安心してくれたまえ。みんな親善派だ。 フリューゲル:そ、そうだったんだ…、…なら、ぼくはあなたの部下を何人も。 クライノート:構わないさ。無論、決して仕方ないわけではないし、許される行為でも、安い犠牲でもない。しかし、君が憎しみを押し殺すというのならば、私も押し殺す。それでこそ公平だ。そうだろう? フリューゲル:…うんっ。 0: : シュトーレン:(N)そして翌日、夜の空港にて。 : メルヘン:あたた…、まさかあれだけ血を吸っても完全に傷が塞がらないなんて…、真祖の力って凄いんだね。 フリューゲル:当然でしょ、ぼくはメルへンさんやゼーレさんの親とも呼ぶべき存在なんだから! ゼーレ:その割には可愛らしいお父(母)さんだと思うけれどね。 フリューゲル:…仕方ないじゃん、成長がここで止まっちゃったんだから…。頑張ればちゃんと大人びた喋り方だってできるんだからね。 ゼーレ:フフ、わかってるさ。からかって悪かったね。 メルヘン:それで、フリューゲルはノートとベルギーに残って、シュトーレンは僕たちと日本に帰るってことでいいんだよね? シュトーレン:ええ。これからお世話になりますわ。お二人とも。 クライノート:フリューゲルくんは私に任せてくれたまえ。 フリューゲル:ま、任さなくても生活できるもん、ぼく。 クライノート:本当かね?心配だなあ~。 フリューゲル:…このやろー。 ゼーレ:なんだか、クライノート先生のそういうところは本当にマスターに似ていますよね。 メルヘン:当然さ、だって僕ら親友だもんね! クライノート:ああ。種族を越えた、唯一無二の親友だとも。 シュトーレン:…あ、あの、ゼーレさま。わたくしたちも、その…、種族を越えた友人…、ですわよね? ゼーレ:うん?そうだね…、私たちの場合はどちらかと言うと、先輩と後輩のような気がするが。 フリューゲル:確かにしっくりくるかも…!ゼーレお兄(姉)さん先輩の風格あるもんね。 ゼーレ:いや、私が後輩だよ。吸血鬼狩りには私の方が遅く入っていたからね。 メルヘン:えっ!?そうだったの!? クライノート:はっはっは。確かにそれは意外だね。 シュトーレン:ちょ、ちょっとゼーレさま!それは言わないでくださいまし…っ!!なんだか恥ずかしいので…っ!! ゼーレ:おや、そうかい。それはすまなかった。 シュトーレン:もう…。 メルヘン:…おっと、そろそろ飛行機が来るみたいだ。じゃあ僕たち、いくね。 クライノート:ああ、また来年の冬に会おう。 フリューゲル:さようなら、三人とも…!もしよかったら、来年は「さっき話してた二人」もつれてきてね…! ゼーレ:フフ、確かに、あの二人がいればもっと楽しくなるだろうね。誘ってみるよ。 シュトーレン:…それではごきげんよう、お二人とも。 0: シュトーレン:…来年はもっと、平和な世界になりますように! : 0:End.

フリューゲル:[ナレーション]舞台は夜のベルギー、ブリュッセル。とある邸宅の一部屋で、艶のある女性と杖を持った男性が話している。 : シュトーレン:―――本日はいきなり押しかけたのにもかかわらず、真摯な対応をしていただき、ありがとうございます。“吸血鬼狩り”幹部、クライノート先生。 クライノート:はっはっは、構わないさ。ようこそ、ミス・シュトーレン。国を越えて駆け込んでくるなんて、よほどの用件なのだろう。早速本題を聞こうじゃないか。 シュトーレン:はい。では、単刀直入に。 : シュトーレン:ゼーレさまが今どこにいるか、教えていただけますか。 : クライノート:…ぜぇれ?はて、誰だろう。 シュトーレン:(態度が変わり)あら、とぼけるおつもり?もしくは多忙な日々で記憶細胞が焼き切れてしまったのかしら。ならいいわ、丁寧に説明してあげましょう。今年の2月14日、一人の吸血鬼狩りが日本で亡くなりました。コードネームはゼーレ、殺され方はとても残虐で、死体は酷く損傷しており、本人かどうかの判別がつかないほどだった。…これで思い出せたかしら? クライノート:なるほどなるほど。ありがとう、鮮明に思い出したよ。その子の死亡診断書を作ったのは他でもないこの私だからね。しかし、ゼーレと言う名前だったか。散っていった戦友(とも)の名はすべて胸に刻んでいるつもりだったが、いけないね…。この機会に今一度、その時の資料を読み返してみることにしよう。 シュトーレン:あらまあ、演技がお上手だこと。 クライノート:それで、そのゼーレくんがどこにいるか、というのはどういうことだね。死体の埋葬場所、ということならばすまない。それは部下に任せたのでね、私は知らないんだ。 シュトーレン:埋葬だなんてそんな…。「生きている人間」を墓に埋めるなんて、それこそ吸血鬼のような所業じゃなくて? クライノート:何を仰るやら。生きている?私は確かに彼(彼女)の死亡を確認したよ。それに間違いはない。 シュトーレン:…まったく、クサい演技をやめていただけるかしら。証拠なら集めました。ゼーレさまは今も日本で生きている。何らかの方法を使って命を取り留めたのです。そして、それを知りながらあなたは、ゼーレさまの死亡診断書を偽造し、あの方が死んだことにした。…猿芝居はもう飽きましたわ。いい加減真相をお話になってくださる? クライノート:…わかったよ。 シュトーレン:はぁ…。わたくしが聞きたいのはふたつ。なぜ(あなたがゼーレさまを死んだことにしたのかと―――。 クライノート:(大きく被せて)どうやら君は強い思い込みに囚われているようだ。 シュトーレン:な…。 クライノート:流石にこれでは話にならないね。君たち、このお嬢さんをここからつまみ出してくれ。これ以上は時間の無駄だ。 シュトーレン:どうしても話したくないというのですか…!(クライノートの部下に腕を掴まれる)くっ、離しなさい!ただでは済まさないわよ…!! クライノート:おや、いいのかね。同胞を殺傷することは吸血鬼狩りを裏切るということになるが。この組織での裏切りがどんな意味をもたらすか、君も知っているだろう? シュトーレン:…見た目通り、随分と卑怯な手を使うのですね。 クライノート:はっはっは。よく言われるよ。まあ、気分が落ち着いたらまた来たまえ。その時にはベルギーの美味しいチョコレートとコーヒーを振舞ってあげよう。 シュトーレン:……。お断りしますわ。だって…、きっと、そんな機会はもう訪れないもの。…ふッ!! : フリューゲル:[ナレーション]そう言うと、シュトーレンは懐から銀色の拳銃を取り出し、自分を抑えていた護衛の足に発砲した。もう一人の護衛には蹴りを食らわせ、二人は痛みに悶え静かに床に転がる。 : クライノート:な…。 シュトーレン:…これでわたくしは組織の裏切り者、ということになりますね。ですが、もはやそんなことどうでもいいのです。…ゼーレさまに会えるなら、たとえ惨たらしく殺されたとしても構いませんの。 クライノート:…ふ、はははは。亡者に会えるならば死をも厭(いと)わないとは。君は面白い子だね。 シュトーレン:笑う余裕があるのなら、とっとと命乞いをしてゼーレさまの情報を差し出してくださらない? クライノート:…疑問符に質問で返して恐縮なのだが。君は吸血鬼のことをどう思っている? シュトーレン:決まっているでしょう。罪なき人間を己の欲求で襲い殺す、醜悪で低俗で下衆な種族です。それ以外に何がありまして? クライノート:そうだね。そうだろうとも。ならば…、なおさら教えるわけにはいかなくなってしまったなッ! : フリューゲル:[ナレーション]刹那、クライノートは杖に仕込んでいた銀のレイピアを引き抜き、シュトーレンに向けて一閃。間一髪、彼女はそれを躱す。 : シュトーレン:…っ。 クライノート:これを躱すか。大した腕だね。 シュトーレン:…素直に情報を渡してくれれば、この部屋が血で汚れることもありませんでしたのに。 クライノート:あいにく、私にも事情があってね。それに死亡診断書の偽造がバレれば、どんな処分が下されるかわからないだろう? シュトーレン:納得です…、わッ!!(懐からナイフを飛ばす) クライノート:遅い。(避けて接近) シュトーレン:っ…!? クライノート:『聖なる紫の光よ、我が銀の刀身に宿りて安らぎを与え給え。』 シュトーレン:神託詠唱(しんたくえいしょう)…?吸血鬼を殺すための術式をわたくし相手に、一体何を―――。 クライノート:『アメジスト・プレイヤーズ』。 : フリューゲル:[ナレーション]男が呟くと、その手に携えた銀の剣身が色を変える。 : シュトーレン:これは…、剣が光って―――ッ!? クライノート:フ…ッ!! : フリューゲル:[ナレーション]クライノートが剣をゆらりと振るうと、光の刃が凄まじい速度で敵を包む。 シュトーレン:う、ぐ、なんですの…ッ、今、の…、は…っ。(倒れる) クライノート:何事も応用が大事ということだとも。さて…、君たち。いつまでそこに転がっているつもりかね。…何か、って。命令ならもう出しただろう。このお嬢さんをつまみ出したまえ。……ふむ?なるほど。どうやら私は部下に、裏切り者や危険分子は即刻始末する残忍な男だと思われていたらしい。酷いねえ。それでは「まるで」吸血鬼狩りじゃないか。まあ、実際そうではあるのだが。…それに運命か必然か、ミス・シュトーレンが探し求める者はちょうど明日ここにやってくる。 : クライノート:…これはほんの小さなチャンスだ。吸血鬼と人間。双方の理解を深めるための、ね。 0: : フリューゲル:[ナレーション]翌日、ブリュッセル。煌びやかな夜の街にて。 : メルヘン:やっぱりブリュッセルは人が多いなぁ。夜だっていうのに。まあ、僕が毎年クリスマスシーズンに来るのが原因だろうけど。 ゼーレ:…マスター。 メルヘン:ん?なんだいゼーレ。 ゼーレ:ベルギーまで旅行に来て気分が上がっているのは承知しているのだが…、大量のスイーツの買い物袋をすべて私に持たせるのは流石に人使いが荒くないだろうか。 メルヘン:別にいいじゃないか、重さなんて大して感じないだろう? ゼーレ:そういう問題じゃない。私が買ったならともかく、これは全部あなたが買ったもの。ならば、少しくらいは自分で持つのが普通だろう。 メルヘン:あははっ!それはごもっともだ。だけど…、果たして僕と君は、「普通」の関係だったかな?みんなと同じような、ただの友人?違うよねぇ。 : メルヘン:―――僕と君は「吸血鬼」。そして君は僕の「眷属」、だろう? 眷属の契りとはなんだったかな? : ゼーレ:っ…、親吸血鬼に奉仕し、従属する存在。 メルヘン:そうだねぇ…。それに、元々吸血鬼狩りで嫌々吸血鬼を始末していた君を、逆に吸血鬼にして助けてあげたのはどこの誰だったかなぁ。 ゼーレ:…マスターだ。 メルヘン:うんうん。ならご主人様の荷物持ち、出来るね? ゼーレ:…腹黒め。 メルヘン:何か言ったかい? ゼーレ:いや、なんでもないさ。お気になさらず……。 メルヘン:ふふっ…。ちょっと圧かけて理不尽なことを言うと反抗的な目をするの、本当かわいいよね君。 ゼーレ:理解しかねるよ。 メルヘン:呆れ顔も飽きないなぁ。…ま、あとちょっとだけ付き合ってよ!次に行くお店でラストだからさ。それが終わったら、君用のお菓子を一緒に選ぼう。だからあと少しの辛抱だよ! ゼーレ:…その時は多少高価なものを選んでも? メルヘン:いいよ。マカロンでもチョコレートでも、好きなものを買うといい。その後は一旦ホテルに帰って、その時にたっぷり僕の血を吸わせてあげよう。…どうだい、やる気出た? ゼーレ:ふんっ…、約束だぞ。 メルヘン:あははっ!勿論。さて、そうと決まればさっさと買い物を終わらせるとしよう! : 0:ゼーレがメルヘンに連れられてから十数分が経過。人混みのなか、ゼーレは一人で立ち尽くしている。 : ゼーレ:(M)―――と、いう話だったのに、なんでものの十数分ではぐれるんだ…。私がマスターのことを注意深く見ていないからいけないのだろうか…。…仕方ない。とりあえず、このあたりで待つとしようか…、って、うん? フリューゲル:……。 : ゼーレ:(M)小さな子供が一人で佇んでいる…、この人だかりだ、もしかしたら迷子になってしまったのか?…それはいけないな。 : ゼーレ:もし、そこの少年(お嬢さん)。こんな夜遅くに一人で、大丈夫かな。 フリューゲル:わ…。うん、大丈夫。ただぼーっとしてただけだから。 ゼーレ:…? お母さまやお父さまはいないのかい? フリューゲル:……いない。ぼくひとりだけ。 ゼーレ:そうか…。しかし、夜に君のような小さな子供が一人きりというのは、あまり感心しないな。夜は怖い大人も多くなる。早い所帰ることをお勧めするよ。家はこの近くかい? フリューゲル:……。 ゼーレ:…少年(お嬢さん)? フリューゲル:ごめんなさい。知らない人のはなしは無視しなきゃダメって言われてたこと、思い出したの。 ゼーレ:…おっと。確かに、君から見れば私も知らない大人だね。これはすまなかった。 フリューゲル:でも…、お兄(姉)さんは優しそうな人だから、大丈夫かな。 ゼーレ:その考えは捨てたほうがいいよ。私の知り合いにも一人、騙されて誘拐されてしまった子を知っている。その後、無事に「保護者」が迎えに来たがね。 フリューゲル:そうなの…?じゃあ、お兄(姉)さんも…? ゼーレ:あぁ。怖い人かもしれない。どんな人であろうと、絶対に知らない大人を信用してはいけないよ。 フリューゲル:……フリューゲル。 ゼーレ:ん? フリューゲル:ぼく、フリューゲルって言うの。なまえ。 ゼーレ:…っ、まったく。今言っただろう、信用してはいけないって。ましてや自分の名前を教えるなんてもってのほかだぞ。 フリューゲル:それは知らない人に対して、でしょ? ゼーレ:…? どういうことかな。 フリューゲル:お兄(姉)さんとぼくはもう二分くらい話してるでしょ?だから、もう知りあいなんじゃないかって思って。 ゼーレ:……。 フリューゲル:あ、だめ、だったかな…。実はぼく、ずっとひとりだったから、話しかけてもらえたの、すっごく嬉しくて…。 ゼーレ:…フフッ。そうか。そうだったのか。 フリューゲル:お、お兄(姉)さん…?…わっ。 0:ゼーレはフリューゲルの頭を手で優しく撫ぜる。 ゼーレ:今回だけ、特別だ。私でも本当ならアウトだが…、他の人には絶対にしてはいけないよ。わかったね。 フリューゲル:う、うんっ!えへへ…、お兄(姉)さんに頭なでられちゃった。…でも、そんなにお荷物いっぱいでぼくの頭撫でて、だいじょうぶ?辛くない? ゼーレ:全然へっちゃらさ。…君は気を遣えて本当にいい子だな。 フリューゲル:えへへー…! ゼーレ:…翼、か。良い名前だ。 フリューゲル:………あれ、この感覚。 ゼーレ:うん?どうかしたかな。 フリューゲル:ねえ。お兄(姉)さんは名前、なんて言うの? ゼーレ:私?私は―――。 : メルヘン:ゼーレ~!! : 0:ゼーレの背後から、メルヘンの声。 ゼーレ:マスター。 メルヘン:もう、探したんだよ?本当、君は急にいなくなるんだから…。 ゼーレ:そのセリフ、そっくりそのままお返しするよ。それで、お目当てのものは買えたのか? メルヘン:バッチリだよ。という訳で…、この袋もお願いね! ゼーレ:…はいはい。 メルヘン:それで、ゼーレは今まで何してたんだい?ずっとここで待ってた感じ? ゼーレ:ああ。成り行きで、このフリューゲルと言う少年(お嬢さん)に話を―――。 0:振り返ると、そこにフリューゲルはいなかった。 ゼーレ:…いない?確かにここに居たんだが…。 メルヘン:あははっ!もしかして君、幻覚でも見てたんじゃないのー? ゼーレ:…かも、しれないな。疲れているんだろうか。 メルヘン:そうやってまた人間じみたこと言っちゃってー。アピールしても袋は持ってあげないからねー? ゼーレ:そんなつもりはない…! メルヘン:ふふふっ…、ま、君も疲れていることだし、ぱっぱかお店回って、ホテルで休憩しようか。今夜はこの後がメインイベントだからね。別に体力を使うわけではないけれど、きちんと休んでおいて損はない。 ゼーレ:ああ。なら、早く決めなければな。 メルヘン:どんなのが食べたい?僕、ブリュッセルには毎年来てるから、どんなのとか言ってもらえたら、要望には答えられると思うよ。 ゼーレ:そうだな…。じゃあまず前提として、チョコレートで、クリスマスを感じられるやつがいい。あとはそうだな…。トリュフ系が食べたい気分だ。ついでにガナッシュにお酒が入っていると最高だね。 メルヘン:難しいご注文だねぇ。しかし偶然か必然か!大天才メルヘンは、その条件にピッタリ合うチョコレートをさっき見かけていたのだった! ゼーレ:本当か…?! メルヘン:うん、確かピエール・マルコリーニの新作がそんな感じだったはずさ!そうと決まればいくぞー! ゼーレ:…ああ! 0: : ゼーレ:(M)その後、無事要望通りのチョコレートを入手した私とマスターは、少し浮かれながらホテルへと帰るのだった。 : フリューゲル:…ゼーレさんって言うんだ。…また、会えるかな。 0: : フリューゲル:[ナレーション]そして、さらに数時間後。ホテルで休憩した二人は、再びブリュッセルの街へ歩き出す。先ほどより一層深まった夜の街に、人は少なかった。 : メルヘン:あー、さっきどっかの眷属くんが一切の遠慮なく僕の血を吸ったおかげで、少しくらくらするなー。 ゼーレ:ショッピングであれだけ振り回した報酬としては妥当だと思うのだが。 メルヘン:お菓子も買ってあげたのに。反抗期め! ゼーレ:失礼なことを言うご主人だ。 メルヘン:ご主人だからね。…さてさて、なんて話をしてる間に到着だ。 ゼーレ:っ、ここは…! : ゼーレ:(M)私の目に飛び込んできたのは―――。黄金の宮殿が神々しく聳(そび)え立つ、夜に咲く箱庭だった。 : メルヘン:ここがグラン・プラス広場!世界一美しい広場と言われる、ベルギーが誇る観光の名所さ! ゼーレ:ああ。とっても。 メルヘン:ふふ。 ゼーレ:…綺麗だ。まるで、宝石箱の中に迷い込んだみたいだよ。 メルヘン:そうだね。だけど僕には、君のきらきらとした目の方がよっぽど宝石に見えるよ。 ゼーレ:……は? メルヘン:…あーあ、せっかくの宝石が泥を反射しているように淀んでしまった。 : クライノート:「宝石」の話をするなら、是非とも私を混ぜてくれないかね、お二人さん。 : 0:二人が声の方へ振り向くと、そこには杖を突いた男性。クライノートだ。 メルヘン:ノート!久しぶり、もう来てたんだね。 クライノート:はっはっは。気持ちが急いてしまってね。久しぶり。そして、はじめまして。メルの眷属くん。 ゼーレ:お初にお目にかかります、クライノート先生。噂は組織にいた時代から、そして詳しい話はマスターから、かねがね。…まさか吸血鬼狩りの幹部であるあなたが親善派のスパイだったと聞いたときは、驚きましたよ。 クライノート:ふ、ふ。私も努力をしたのさ。無論、人を襲い血を啜る吸血鬼は始末して然るべきだが、総ての吸血鬼を弾圧するなど人種差別そのものだ。それを内側から崩すには、まず見通しのいい所に立たねばならない。 ゼーレ:あなたのように意志を持って行動できる方を、尊敬します。 クライノート:ありがとう。ところでなんだがね、お二人さん。…「頭上注意」だ。 メルヘン:へ? : シュトーレン:『プレイヤーズ・バレット』ッ!! : フリューゲル:[ナレーション]突如、空から銀の弾丸の雨が降り注ぎ、三人は咄嗟に避ける。 : ゼーレ:っ、マスターッ!! メルヘン:うぉ…っ、い、今のは!? クライノート:…やれやれ。昨日の今日とは、随分と執拗だね。ミス・シュトーレン。 ゼーレ:っ、なに…? シュトーレン:…なぜ、なぜ!!吸血鬼になっているの!?ゼーレさまっ!ずっと、ずっとお慕いしていましたのに…! ゼーレ:君は…、シュトーレン。 シュトーレン:っ…、吸血鬼になっても、わたくしのことを覚えていてくださったのですね。…とっても、嬉しいですわ。 メルヘン:(小声)…え、これどういう状況?あの子吸血鬼狩りだよね?まさか君、僕のこと騙してたの? クライノート:(小声)うーん、説明すると少し長くなってしまう。 シュトーレン:ゼーレさまが亡くなったと聞いたときは、心底胸を痛めましたわ。でも数か月前、ゼーレさまが生きているかもしれないって情報を聞いてっ…!探して捜して、やっと会えたと思ったのに…っ!あなたの身体は既に人間のモノではなくなってた!劣悪で醜悪な吸血鬼になってしまっていた!誇り高き吸血鬼狩りであったはずの、あなたが! ゼーレ:…なるほど。君の事情は把握したよ。ついでにこの状況もね。…まずはそれほどまでに私を慕っていてくれてありがとう。そしてふらりと姿を消してしまったことを謝罪しよう。すまなかった。 シュトーレン:…ゼーレさま。 ゼーレ:しかし、ご覧の通り、私は既に人を捨てている。そして、吸血鬼を見つけた吸血鬼狩りは、慈悲をもって哀れな怪物を救わなくてはならない。双方の事情や関係は一切関係なく、ね。それが吸血鬼狩りの掟だ。ゆえに…、はあぁっ! : フリューゲル:[ナレーション]ゼーレはノーモーションでシュトーレンに近づくと、思いきり足を振りかぶり、腹を蹴る。 : シュトーレン:ぐぅ…ッ!? ゼーレ:どうしたんだい、シュトーレン。いつもの君ならこれくらい避けられると思うのだがね。…さて。先生とマスターは念のため、遠くに逃げていてくれますか。 メルヘン:な、君一人でやるってことかい!?ダメだ、危険すぎる! クライノート:ふ、ふ。君はいつの間にそんな親バカになってしまったのだね、メル。 メルヘン:お、親バカだとぉ!? クライノート:事実だろう?それに、今は敵同士とはいえ旧友二人の感動の再会だ。私たちが割って入るのは野暮と言うものだろう。 メルヘン:でも! ゼーレ:大丈夫だよ、マスター。私を信じてくれ。 メルヘン:…まったく!もしダメそうだったらすぐ逃げるんだよ? ゼーレ:勿論だ。 : フリューゲル:[ナレーション]そして、輝く宝石箱の中に二人が残された。 : ゼーレ:さて…、いつまで膝をついているつもりかな、シュトーレン。早く立たないと、直ぐに殺してしまうよ。それとも、それは私に血を吸ってほしいとアピールしているのか? シュトーレン:っ…、ああ、なんてこと。やはりもう、あの頃の優しいゼーレさまは、いないのね…ッ。 ゼーレ:そうとも。今の私は無慈悲な吸血鬼。私の魂は既に血液を欲する怪物に成り果ててしまった。 シュトーレン:…ならば、慈悲を持って、あなたを斃(たお)します。そしてあなたの屍を乗り越えた後、先ほど逃げたもう一人の吸血鬼を殺し、クライノート先生の違反行為を告発してみせますわ。 ゼーレ:フフ、ならば余計ここで殺されるわけにはいかなくなってしまったな。さて、言葉を交わすのも最後になるだろう。最後に話しておきたいことはあるかな。 シュトーレン:では、一つだけ質問を。吸血鬼になった理由、それだけお聞かせ願えますか。 ゼーレ:…私から進んでなったわけじゃないさ。ただ…、あの日心優しい吸血鬼に助けてもらってね。その時に吸血鬼になった。それだけさ。 シュトーレン:っ…。なるほど。それが、先の吸血鬼ですね。 ゼーレ:ああ。だけど私は嫌だったわけじゃないし、昔の生活に戻りたいとも思わない。だから、マスターに陥れられたわけではないことを分かっていただこう。 シュトーレン:…そう、ですか。…ああ、最悪な感情ですわ。…あの吸血鬼が、「羨ましい」と思ってしまうだなんてッ!! ゼーレ:君らしい感想だな。…ではこの10か月でどれほど強くなったのか。見せて貰おうか―――!! 0: : フリューゲル:[ナレーション]広場を離れたクライノートとメルヘンは。 : メルヘン:それで、あれはどういうことか説明してもらえるかな、ノート。 クライノート:勿論だとも。遡ること10か月前。2月14日、なんやかんやあって君は吸血鬼狩りだったゼーレ君を吸血鬼にした。だが、それを組織に知られれば大変なことになる。だからこそ、君は友人である私を頼り、「ゼーレは吸血鬼に殺された」という嘘の情報を組織に伝えさせた。 メルヘン:それは覚えているさ。 クライノート:ほう。ならば君の察しが悪いだけか。 メルヘン:なんだとぉ!? クライノート:はっはっは。仕方がない、きちんと説明してあげよう。どうやら彼女、ミス・シュトーレンはゼーレくんの吸血鬼狩り時代の友人らしくてね。そしてどこから綻んだのか、ゼーレくんが生きていることがバレてしまった。そしてそれを確かめるべく、先日彼女はゼーレ君の死亡診断書を造った私を訪ねてきて…、今に至るというわけだ。 メルヘン:…もしかして相当まずい話を軽く話してる? クライノート:まずくなんかないさ、幸い私が死亡診断書を偽造したことはまだ組織に伝わっていないみたいなのでね。ゆえに、ゼーレくんがきっちり彼女を無力化してくれればいいだけの話だ。 メルヘン:それはそうなんだろうけどさぁ…。 クライノート:不安かね? メルヘン:そりゃあそうだろう!あの子は僕のたった一人の眷属なんだぞ! クライノート:はっはっは。やっぱり親バカじゃないか。 メルヘン:そんなことないしっ!! : フリューゲル:ねえ。 : フリューゲル:お兄さん、吸血鬼狩りだよね。そっちの人は吸血鬼。 メルヘン:な…、君は? クライノート:…それがどうしたのかね、「吸血鬼」。 メルヘン:なに? フリューゲル:やっぱりそうなんだ。珍しいね。吸血鬼はぜんぶ殺すのが吸血鬼狩りなんじゃないの。 クライノート:大抵の連中はそうだ。だけど、私はいろいろと訳ありでね。だから君のことも殺さないよ。 フリューゲル:そうなんだ。 : フリューゲル:じゃあ一方的に死ね。 : クライノート:ッ、構えろ、メル!! フリューゲル:『ワンス・アポン・ア・タイム』。 : メルヘン:(N)目の前の少年(少女)がそう呟くと、夜の道に白い霧が満ちていく。 : クライノート:これは…ッ。メル!私から離れるんじゃあないぞ! メルヘン:っ、あぁ!でも、これは一体…!? クライノート:恐らく、吸血鬼の能力である霞化(かすみか)の応用だ。だが、こんな芸当ができる吸血鬼は今まで見たことがない。…どうやらあの少年(少女)は、見た目にそぐわずかなりの手練れのようだ。 メルヘン:君でも見たことが無いなんて…。 フリューゲル:そこ…ッ!! クライノート:く…ッ、はァッ! : メルヘン:(N)音もなく前方向から深紅のナイフが飛んできて、ノートはそれを弾く。しかし。 : クライノート:(背中にナイフが一本刺さる)グ…ッ! メルヘン:ノート!そんな、前と後ろから同時にナイフが飛んでくるなんて…ッ! クライノート:…洗練されているな。…メル。私は「あの」神託詠唱(しんたくえいしょう)を使う。君は光に焼かれないように空に飛んで、奇襲を! メルヘン:ッ、ああ!君を信頼している! クライノート:頼んだぞ。 : メルヘン:(N)僕は身体をコウモリに変え、霧を抜け出した。そして地上ではノートが剣を抜き、十八番を披露する。 : クライノート:…『聖なる虹の光よ、我が銀の刀身に宿りて道標(みちしるべ)を授け給え。』 クライノート:『オパール・プレイヤーズ』! : メルヘン:(N)ノートの詠唱(プレイヤーズ)。神託詠唱の応用で、剣に吸血鬼を浄化する光を纏わせながら、さらに追加効果を与える。紫(アメジスト)は相手の意識を奪い、純白(ダイアモンド)は光の刃であたりを斬り裂く。そして虹(オパール)は、姿を消した敵を見つける色!そして僕は霧の満ちる地上を見下ろした。…はずだった。 : メルヘン:な…、霧が、消えてる!? フリューゲル:そんな秘策があったなんて、びっくりした。でも遅かれ早かれ、あなたはコウモリになって空に逃げるだろう、そう信じてたよ。 クライノート:後ろだ!避けろメルヘン!! メルヘン:ッ…!? フリューゲル:『メリー・バッドエンド』ッ!! メルヘン:しまっ―――。 クライノート:メルッ!! : メルヘン:(N)そして、僕の意識はぷつりと切れた。 0: : 0:場面転換。その頃シュトーレンとゼーレは。 シュトーレン:はあぁっ! ゼーレ:フフッ…、その手は読めている…、よッ! シュトーレン:くっ…、『リボルバー・フレイム』ッ! ゼーレ:これは…ッ、焔を纏わせた銃弾か、なるほど…! シュトーレン:それだけじゃありませんわ! ゼーレ:なに? シュトーレン:点火! ゼーレ:…銃弾が弾けたっ!?なるほど、燃えていたのは聖水か!いい技だね…ッ!だが、それは通らないッ! シュトーレン:…っ?ゼーレさまが、消え―――。 ゼーレ:上だよ、シュトーレン!血液拡散…! シュトーレン:なっ…、自分の血液をそのまま雨のように!? ゼーレ:凝縮…、解放!『ヴォイス・オブ・ハーメルン』!! シュトーレン:っ!「穢れを祓いたまえ。」、『プレイヤーズ・プロテクション』! : シュトーレン:(M)ゼーレさまはこのばら撒いた血液を一斉に操り、わたくしを串刺しにするつもりなのでしょう。しかし、そうはいきませんわ! : ゼーレ:…護りの神託詠唱。 シュトーレン:ええ、そうですわ!これは数秒だけヴァンパイアの権能を消滅させる護り!血液で作られた刃物はわたくしの身体に触れる直前で液体に戻ります! : シュトーレン:(M)そしてゼーレさまは気づいていないようですが、先ほどの打ち合いで地面には聖水が大量にばら撒かれていますわ。このままゼーレさまが地上に降りてくださればわたくしの勝ちは必然――――。 ゼーレ:君はどうやら、重要なことを二つ忘れてしまったらしい。 シュトーレン:え…? ゼーレ:一つ。私が最も得意とするのは技を応用しつつ相手を嵌める戦い方だということ。そして二つ―――。 : ゼーレ:私が「元」吸血鬼狩りだということだ。 : シュトーレン:なっ…、それは、神託の光!?そんな、ゼーレさまは吸血鬼!神託詠唱を唱えれば自分の身体が耐えられないはず―――。 ゼーレ:言ったはずだよ。私は応用が得意だと。「悪魔に魂を売ってなお、信仰は我を忘れず」。 シュトーレン:…嘘、わたくしが撒いた聖水が、赤く染まって…ッ!? ゼーレ:「堕落せよ、光を食らえ。聖者の行進は地獄へと進み、不協和音が鳴り響く。」 : ゼーレ:終わりだ、『ブレーメン・プレイヤーズ』ッ! : シュトーレン:(M)そして、わたくしの周りを聖水と血で造られたナイフが取り囲み、一斉にわたくしに向かって放たれる―――。その時でした。 : フリューゲル:『ブラッディ・レッド』。 ゼーレ:なにっ…?!っ…、『シンデレラ・ケージ』ッ! : シュトーレン:(M)突如、別方向からわたくしの方へ血の槍が降り注ぎ、ゼーレさまは先ほど作ったナイフを再び変化させて小さな檻を作り、わたくしとご自身を護りました。 : ゼーレ:怪我はないかな、シュトーレン。 シュトーレン:は、はい…。でも、なぜです。私たち、殺し合っていましたのに。 ゼーレ:…おっと。これは、最初から殺す気なんてなかったのがバレてしまったかな。 シュトーレン:え…っ? ゼーレ:しかし、それは置いておいてくれ。問題なのは…、…誰だ。 フリューゲル:ごめんね、お兄(姉)さん。 : シュトーレン:…子供の、吸血鬼? ゼーレ:君は…、フリューゲル?吸血鬼だったのか。 フリューゲル:うん。それも、生まれながらの、ね。なまえ、覚えててくれたんだ。うれしい。 シュトーレン:生まれながら…。 ゼーレ:真祖(しんそ)、というやつか。…何が目的だ、フリューゲル。 フリューゲル:そんなの決まってるでしょ。吸血鬼狩りを全員ころすんだ。 シュトーレン:なんですって…? フリューゲル:吸血鬼狩りは最低な組織だよ。吸血鬼を「吸血鬼である」という理由だけで排除する。ただ世界に在るだけで罪であると決めつけ、殺す。…本当に、反吐が出る。 シュトーレン:それは身勝手ですわ!吸血鬼は無差別に人を襲う、人類にとっての脅威です!だからこそわたくしたちは―――。 フリューゲル:(被せて)それが決めつけだと言っているんだよ偽善者!! シュトーレン:っ…!? フリューゲル:(大人びた雰囲気で)吸血鬼が人を襲うのなんてごく一部の話だ!人間に悪人と善人がいるのと同じ!そこにいるゼーレお兄(姉)さんや、メルヘンさんだって!ぼくたちは無暗に人を襲わないし、無理やり血を飲ませて眷属を増やしたりしない…!それなのにお前たちは、「人を襲う吸血鬼がいる」、それだけで悪だと決めつけて、殺して…ッ!心の底では分かってたんじゃないのか?今まで殺した吸血鬼の恐怖に歪む顔に、何も感じなかったのか!? シュトーレン:…それ、は…っ。 フリューゲル:なあ。そうやって今の今まで何人ぼくの同胞を葬ってきた?どんな感情で「ぼくの親を殺した」んだ…?答えてくれよ…、似非聖職者(えせ せいしょくしゃ)ぁッ!! : シュトーレン:(M)深紅の槍を携えて、怒りに歪む顔が私へ向かってくる。わたくしはただ、放心していた。吸血鬼が言ったことだ、嘘に決まってる。そう考える自分と、あの叫びと表情に嘘偽りなんてない。そう確信する自分が、せめぎ合う。私の背筋を伝うのは、罪の意識と悲しみ、そしてとてつもない無力感だった。…どうか、わたくしをお許しください。…ジーザス。 : ゼーレ:君の言い分はよくわかるが、重要なことを忘れているな、フリューゲル! フリューゲル:っ! : シュトーレン:(M)あと一歩で心臓を槍で貫かれる―――。それでも何もできなかったわたくしを庇ったのは、あの頃と同じように大きな背中だったのでした。 : フリューゲル:…ゼーレお兄(姉)さん。なんで邪魔をするの?ぼくはそいつを殺したいだけ。どいてよ。 ゼーレ:断る。もしもシュトーレンを殺したいなら、私の説教を聞いた後にしろ。 フリューゲル:…説教? ゼーレ:そうだ。いやなに、頑固おやじのようなことを言うつもりはないんだ。ただ、君のやり方は少し強引すぎると思ってね。 フリューゲル:何が言いたいの。 ゼーレ:簡潔に言えば、情状酌量の余地もなく殺すのは道理じゃないということさ。君は知らないと思うが、吸血鬼狩りには「無理やり入れられた」人もいてね。その人たちは吸血鬼狩りの厳しい掟の下、嫌々吸血鬼を殺しているんだ。吸血鬼を逃がしたら用済みとして始末される、組織から逃げ出しても始末される、吸血鬼と戦っても最悪負ける、と。新撰組よりも厳しいブラックな組織なんだよ。 フリューゲル:…シンセングミ? ゼーレ:おっと、失礼。日本の歴史の例えは伝わらないね。聞き流してくれ。さて、君は先ほど「吸血鬼狩りは全員殺す」と言ったが…、今話した通り吸血鬼狩りには嫌でも吸血鬼を殺さざるを得ない人もいる。全員殺すというのなら、そう言った人たちも手にかけることになるが。 フリューゲル:っ…、それは。 ゼーレ:それに、吸血鬼狩りにはスパイとして潜入している吸血鬼親善派の人間もいる。…ねぇ、クライノート先生? クライノート:(ボロボロで)…そう、だ。…ぐっ…。 フリューゲル:お前は、さっきの吸血鬼狩り…! ゼーレ:その様子だと、私たちの下へ来る前に、マスターとクライノート先生を倒していたようだ。…ところで、マスターが見当たりませんが。…あの人は、無事なんですよね…っ!? クライノート:安心してくれ。きちんと生きているよ。とはいっても、かなり消耗しているがね―――。 0:回想。 メルヘン:……う、ぅ…っ。 クライノート:くっ…、人の身で吸血鬼を背負いながら逃げるだなんて…、普通逆だと思わないかね、メル…!? フリューゲル:逃げても無駄だよ、吸血鬼狩り。そのボロボロの身体でぼくのスピードには敵わない。 クライノート:…かくなる上は、致し方ない。…「神託の光よ、この身体に宿り、私をお救いください。すべては主の導きのままに。」……『オラクル・ジ・アクセラレーション』っ…! フリューゲル:っ…、消えた…?…気配もない。逃げられた、か。…だけど、きっともう虫の息だ。もう一方の吸血鬼狩りを殺したら、必ず探し出して切り刻む…。 : : クライノート:…はぁっ、はぁっ…。久々に使うと流石に堪えるな…。身体能力を極限まで引き上げるなんて、もう二度と御免だ…。…息を整えたら、すぐにゼーレ君の下へ行かなくては…、ミスと彼(彼女)が心配だ…っ。 0: ゼーレ:生きているのなら良いです。…マスターに死なれては困るので。 クライノート:は、は。メルは相当な親バカだが、君も負けず劣らずなんだね。 ゼーレ:違いますっ!…(咳払い)脱線して済まなかった。話を戻そう、フリューゲル。こちらのクライノート先生は、吸血鬼は悪、という固定観念を塗り替えるために吸血鬼狩りで暗躍している。 クライノート:とはいっても、なかなかうまくいかないがね。周りの構成員たちはほとんどが吸血鬼弾圧過激派だ。…それでも。どんなに困難でも私は見てみたいんだよ。吸血鬼と人間、お互いがお互いへの偏見を持たず、手を取り合って生きる世界を。 フリューゲル:……。 クライノート:だからこそ、フリューゲルくん。そしてミス・シュトーレン。君たちに頼みがある。どうか、私に、私たちに力を貸してほしい。暴力による恨み合いではなく、話し合いによる平和解決を。勿論、困難は多いだろう。だが、私とメルがそうしているように、人と吸血鬼が共に手を取り合う姿を見せていけば、いずれは吸血鬼狩りだなんて組織は自然に消滅すると信じている。 シュトーレン:っ…! ゼーレ:私からも、この通りだ。フリューゲル。どうか、その槍を納めてはくれないだろうか。 シュトーレン:……はい。今からでも、贖罪が間に合うのなら。喜んで。 クライノート:ありがとう。 フリューゲル:…ごめんね。僕はどうしたって、吸血鬼狩りへの恨みを忘れられない。 0:少しの沈黙。 フリューゲル:…でも、ゼーレお兄(姉)さんに諭(さと)されて、ぼくは見た目通り幼稚だったんだ、って痛感した。…だから。この恨みが親しみに代わるまで、吸血鬼の長たる真祖(しんそ)として、協力させてほしい。 クライノート:…ああ。ありがとう。心から感謝するよ。フリューゲルくん。よろしく頼む。 ゼーレ:これにて平和解決、だね。 クライノート:そうだねぇ。ゼーレくんも、ありがとう。 ゼーレ:いえ。あなたの役に立てたようで、なによりです。 シュトーレン:しかし…、本当に大丈夫なのですか、クライノート先生。わたくしたちかなり派手に暴れてしまいましたが…、いくらあなたが親善派のスパイだからと言って、組織にバレてしまえば一巻の終わりなのでは…。 クライノート:そこに関しては問題ない。この近くにいる吸血鬼狩りは全員私の部下なのでね。だから安心してくれたまえ。みんな親善派だ。 フリューゲル:そ、そうだったんだ…、…なら、ぼくはあなたの部下を何人も。 クライノート:構わないさ。無論、決して仕方ないわけではないし、許される行為でも、安い犠牲でもない。しかし、君が憎しみを押し殺すというのならば、私も押し殺す。それでこそ公平だ。そうだろう? フリューゲル:…うんっ。 0: : シュトーレン:(N)そして翌日、夜の空港にて。 : メルヘン:あたた…、まさかあれだけ血を吸っても完全に傷が塞がらないなんて…、真祖の力って凄いんだね。 フリューゲル:当然でしょ、ぼくはメルへンさんやゼーレさんの親とも呼ぶべき存在なんだから! ゼーレ:その割には可愛らしいお父(母)さんだと思うけれどね。 フリューゲル:…仕方ないじゃん、成長がここで止まっちゃったんだから…。頑張ればちゃんと大人びた喋り方だってできるんだからね。 ゼーレ:フフ、わかってるさ。からかって悪かったね。 メルヘン:それで、フリューゲルはノートとベルギーに残って、シュトーレンは僕たちと日本に帰るってことでいいんだよね? シュトーレン:ええ。これからお世話になりますわ。お二人とも。 クライノート:フリューゲルくんは私に任せてくれたまえ。 フリューゲル:ま、任さなくても生活できるもん、ぼく。 クライノート:本当かね?心配だなあ~。 フリューゲル:…このやろー。 ゼーレ:なんだか、クライノート先生のそういうところは本当にマスターに似ていますよね。 メルヘン:当然さ、だって僕ら親友だもんね! クライノート:ああ。種族を越えた、唯一無二の親友だとも。 シュトーレン:…あ、あの、ゼーレさま。わたくしたちも、その…、種族を越えた友人…、ですわよね? ゼーレ:うん?そうだね…、私たちの場合はどちらかと言うと、先輩と後輩のような気がするが。 フリューゲル:確かにしっくりくるかも…!ゼーレお兄(姉)さん先輩の風格あるもんね。 ゼーレ:いや、私が後輩だよ。吸血鬼狩りには私の方が遅く入っていたからね。 メルヘン:えっ!?そうだったの!? クライノート:はっはっは。確かにそれは意外だね。 シュトーレン:ちょ、ちょっとゼーレさま!それは言わないでくださいまし…っ!!なんだか恥ずかしいので…っ!! ゼーレ:おや、そうかい。それはすまなかった。 シュトーレン:もう…。 メルヘン:…おっと、そろそろ飛行機が来るみたいだ。じゃあ僕たち、いくね。 クライノート:ああ、また来年の冬に会おう。 フリューゲル:さようなら、三人とも…!もしよかったら、来年は「さっき話してた二人」もつれてきてね…! ゼーレ:フフ、確かに、あの二人がいればもっと楽しくなるだろうね。誘ってみるよ。 シュトーレン:…それではごきげんよう、お二人とも。 0: シュトーレン:…来年はもっと、平和な世界になりますように! : 0:End.