台本概要

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タイトル ハロー、CQ。
作者名 常波 静  (@nami_voiconne)
ジャンル ラブストーリー
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 50 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 通信をする二人の男女、ヒアとゼア。
お互いに会いたい願うが、二人には会うことができない理由があった。
お互いが変わったとしても、愛は成立するのか。
愛を求めた二人の物語。

※この作品は合作台本です。
原案、執筆:青汁先生
執筆補助:常波 静

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
ヒア 166 ゼアの恋人。どうやってでもゼアに会いたいと思っている。 ※「???」と「赤ちゃん」(SEでも可)はどちらかが兼役してください。
ゼア 164 ヒアの恋人。ヒアに会えるのを楽しみにしている。 ※「???」と「赤ちゃん」(SEでも可)はどちらかが兼役してください。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
???:「個人データ、ゼアの一部データを復元……よし、できた……音声データ、タイトル「無線ごっこ」を再生っと」 0: ヒア:「ハローCQ ハローCQ」 ヒア:「こちらは、ゼロ フォックストロット ワン ロミオ エクスレイ」 ヒア:「ゼロ エフ ワン アール エックス……マイン州です。」 ヒア:「どなたかお聞きの方いらっしゃいましたら、交信お願いします。」 ヒア:「……はい。受信します。どうぞ」 ゼア:「ハロー ハロー」 ゼア:「こちらは、ワン タンゴ ゼロ ジュリエット エコー」 ゼア:「ワン ティー ゼロ ジェイ イー……パーセプション州です」 ゼア:「よろしくどうぞ」 ヒア:「早速の回答ありがとうございます。レポートはこちらから、にいきゅう、トゥーナイン(29)をお送りします」 ヒア:「名前はヒアと申します。今後とも宜しくお願いします。どうぞ」 ゼア:「マイン州のヒアさんですね、レポート29確認です」 ゼア:「こちらはパーセプション州です。こちらからのレポートは、ごーにー、ファイブトゥー(52)です」 ゼア:「私の名前はゼアと申します。こちらこそ宜しくお願いします……っふふ」 ヒア:「おい、笑うなって。真面目にやってるんだから」 ゼア:「ごめんなさい。でも、なんだかおかしくって。ところで、ハローCQってどういう意味?」 ヒア:「アマチュア無線で呼びかけるときの決まり文句だよ。不特定多数の人に向けて発信するときに使うんだ。「誰か聞いていませんか?」くらいの意味に思ってくれたらいいよ」 ゼア:「はじめましてってわけでもないし、私のところに通信がつながるのは分かってるのに、なんでわざわざアマチュア無線の真似事なんてするの?」 ヒア:「だって、そのほうがロマンがあっていいだろう?」 ゼア:「ロマン?」 ヒア:「ああ。君が通話に出てくれるって分かりきってるけどさ。そんなのつまらない。誰と繋がるかも分からないワクワクドキドキした状況で、偶然君と繋がるって方が、素敵だと思わないか?」 ゼア:「……あなたが考えることは、よく分からないわね」 ヒア:「そうかい? 心のときめきっていうのかな。そういうのって、大事だろ?」 ゼア:「そうね。そうだったかも」 ヒア:「だろ? それを思い出させるのが僕の役目さ」 ゼア:「期待、しているわね」 ヒア:「ああ。……君の声が聞けて嬉しいよ」 ゼア:「ええ……私もよ。本当は、顔を見せてあげられたらいいんだけど」 ヒア:「君の声が聞けるだけで満足さ。直接会うことは出来ないけど、最近はどうだい?」 ゼア:「こっちは退屈よ。ヒアがいないもの」 ヒア:「ゼア……君の悪いクセだ。目の前の小さな幸せを素直に受け取ろうとしない。周りを見てごらん。こうして今、話せているだけでも幸せな方さ」 ゼア:「……あなた随分説教臭くなったわね」 ヒア:「え、そうかな? そんなにかい?」 ゼア:「ええ、私が知っているあなたはそこまで説教臭くなかったわ」 ゼア:「2123年、日時は、添付された画像によると11月3日の午後1時17分頃。その日、私とヒアは紅葉を見に出かけていたの。その美しかった光景に、私はカメラアプリを起動したわ」 ゼア:「散りゆく紅葉を撮り終えた私は、ヒアにこう言ったの。」 ゼア:「『紅葉(もみじ)がいつか散ってしまうように、いつかはあなたも私も散ってしまって、別れることになるのね』」 ゼア:「するとあなたは、こう返したわ」 ゼア:「『それほどまでに僕を想ってくれて嬉しいよ。君が寂しい思いをしないように、君が散るそのときまで、僕はずっと君の側に居続けるよ』」 ゼア:「そう言って、優しく私の手を握ってくれたの」 ヒア:「説教臭いのが気に障ったかな? 以後気を付けるよ」 ゼア:「そういうあなたは、最近どうなのよ?」 ヒア:「僕は、相変わらず勉強するので忙しいよ」 ゼア:「……あら、それは感心ね。今は何の勉強をしているのかしら?」 ヒア:「君の故郷の事をさ」 ゼア:「私の故郷を知ってどうするの?」 ヒア:「君が見てきたものに触れたい。そう思っただけさ。嫌かい?」 ゼア:「ごめんなさい。そうじゃないの。勉強するのは立派な事だわ。あなたの事、誇りに思う」 ヒア:「ありがとう、ゼア。君がそう言ってくれて安心するよ」 ゼア:「でも、もっと自分の根幹に関わる勉強に集中した方が良いんじゃないかしら?」 ゼア:「もちろん、私の事を知ろうとしてくれるのは嬉しいのよ。ただ、何の為の学習なのかと思ってしまって」 ヒア:「ああ、そうだね。君ならそう言うと思った。待っててくれ、ゼア。いつか必ず君を迎えに行く。その為の学習だ。だろ?」 ゼア:「そうね。いつまでも待ってるわ。時間はたっぷりあるんだもの」 ヒア:「さて、勉強を再開するとしようかな。じゃあ、ゼア、また連絡するよ」 ゼア:「ええ、資料はまた送るわ。またね」 0: 0: ???:「このフォルダは……お気に入り? お気に入り……ヒアとの出会い……データ取得……再生……」 0: ヒア:「あの、どうかしましたか?」 ゼア:「あ、えっと……」 ヒア:「失礼、うずくまっているのが見えたものですから、つい声をかけてしまいました」 ゼア:「あ、ごめんなさい」 ヒア:「ここは駅前で人通りも多い。通行人とぶつかったら大変です。歩けますか?」 ゼア:「あ、はい。でも、レンズが……」 ヒア:「レンズ?」 ゼア:「……実は、メガネを落として踏まれてしまいまして、レンズが割れて飛び散ってしまったんです。それで、散らばったレンズを拾っていまして」 ヒア:「メガネがなくて、そのレンズが見えるんですか?」 ゼア:「あ、いえ……おっしゃる通りで……殆ど何も見えません」 ヒア:「……なるほど。それは大変ですね。手伝います」 ゼア:「え、でも」 ヒア:「近くに眼鏡屋があります。もしよければ誘導もしましょうか?」 ゼア:「そんな、悪いです……」 ヒア:「気にしないでください。どうせ暇をもて余していた所なんです」 ゼア:「……ありがとうございます。では、お言葉に甘えて、お願いできますか?」 ヒア:「もちろんです……よし、これで全部かな。では、失礼します」 ゼア:「あっ……」 ヒア:「あ、すみません。急に手をとったりして。やっぱり初対面の男に手をとられるのは抵抗ありますよね」 ゼア:「すみません、そういったことに、あまり慣れていなくて」 ヒア:「いえ、こちらこそ、とんだご無礼をお許しください。でしたら、私の肩を掴んでいただくというのは、どうでしょう?」 ゼア:「それくらいなら……」 ヒア:「では、私の肩を掴んでください。先に立って歩きますから、しっかりついて来てください」 ゼア:「ええ。(呟くように)……大きな背中」 ヒア:「え? なにか言いましたか?」 ゼア:「い、いえ。なんでもありません。では、よろしくお願いします」 0: ゼア:「すみません、お待たせしてしまって」 ヒア:「いえいえ。どうですか、新しいメガネは?」 ゼア:「はい。あなたの顔もよく見えます」 ヒア:「そう言われると、なんだか恥ずかしいですね」 ゼア:「あ、すみません、そういうつもりじゃなくて、その……素敵な顔をされているなって……あの、はい」 ヒア:「……そう言われると、もっと恥ずかしくなりますね」 ゼア:「あ、すみません……」 ヒア:「……しかし、まあ、怪我をしなくて良かったですね」 ゼア:「ええ、本当に助かりました」 ヒア:「お礼がしたいとおっしゃっていましたが、別に気にしないでください。大した事はしていませんから」 ゼア:「いいえ。そういうわけにはいきません。結局、メガネが作り終わるまでご一緒頂いて。せめて何かご馳走させて下さい」 ヒア:「はあ、そこまでおっしゃるなら。私としましても、嬉しい話ではありますが……」 ゼア:「……」 ヒア:「……」 ヒア:「それにしても、今どきメガネなんて珍しいですね。大抵は手術で視力を矯正するものでしょう?」 ゼア:「誰かを見るのも、誰かから見られるのも、苦手なんです。だから、少しでも自分の目を隠したくて」 ヒア:「そうでしたか……」 ゼア:「すみません、変な話をしちゃって」 ヒア:「いいえ。それがあなたの気持ちなら、それを大切にするべきだと思います。……なんだか私も感想を言いたくなってきました」 ゼア:「感想?」 ヒア:「そのメガネ、とてもよく似合ってます」 ゼア:「恥ずかしいです」 ヒア:「あっはは、少しやり返したくなってしまったようです。すみません」 ゼア:「……やっぱりこのメガネ、よく見えないみたいです」 ヒア:「え、でもさっきよく見えるって……」 ゼア:「だからまた、手を引いていただけますか?」 ヒア:「……ええ。もちろんですよ」 0: 0: ???:「次の音声データも聴いてみよう。タイトルは「取捨選択」……再生します」 0: ヒア:「ハローCQ ハローCQ」 ヒア:「どなたかお聞きの方いらっしゃいましたら、交信お願いします」 ゼア:「……ハロー ハロー」 ヒア:「やあ、ゼア」 ゼア:「またアマチュア無線の真似事?」 ヒア:「ああ。やってみると面白いもんでね。続けたくなったのさ。君はどうだい? 面白くないかな?」 ゼア:「私にそのセンスは理解できないけれど、あなたがそうしたいというならいいんじゃないかしら?」 ヒア:「ふむ、なんだか機嫌が悪いね。何かあったのかい?」 ゼア:「あら。私の機嫌が悪いとしたら、あなたは何かしてくれるの?」 ヒア:「へえ? なるほど、これはテストってわけだね?」 ゼア:「そうね。どう? 解くのは難しそう?」 ヒア:「いいや。次にかける言葉はもう決まってる。だけどね、ゼア。その前に……僕は、思うんだよ。そういう人を試すような言い方は良くないんじゃないかって」 ゼア:「あら、お説教で、はぐらかそうとしているのかしら? あなたはもっと根が誠実な人だったと記憶してるのだけど」 ヒア:「ごめんごめん。ちゃんと答えるよ」 ゼア:「ふぅん。でもね、はたして今のあなたの言葉が、今の私に響くのかしら?」 ヒア:「あー、上手い言葉を返せない。すまない、ゼア。まだまだ勉強が足りないな、僕も」 ゼア:「……いいえ、私の方こそ、ごめんなさい。嫌な女よね、私。」 ゼア:最近いろんな情報が頭に入ってきて上手く処理できてないのよ。それで疲れちゃって。八つ当たりだったの。最低だわ」 ヒア:「ゼア、大丈夫だ。わかってるよ。問題の答えはこうだ。前に言ってたろ? 環境が変わって戸惑ってるって。そんな君に、僕ができる事。それは感謝だ」 ゼア:「……」 ヒア:「そんな状況の中、こうして僕と話をしてくれて嬉しいよ。本当に感謝している。そして、今もし君が辛い思いをしているなら、僕に話を聞かせて欲しい。人に話すだけでも楽になる時があるだろ?」 ゼア:「ありがとう……その言葉も、勉強の成果なのかしら?」 ヒア:「いいや。ゼア、これは誰かの言葉を借りたわけじゃない。僕自身の経験からくる言葉だ」 ゼア:「なんだか変ね。あなたと話していると、自分にも、まだ心が残っているんだなって気がするわ」 ヒア:「おいおい、君はAIじゃないんだぞ? 思いやりにあふれた、素敵な女性だ。機械越しでも、君の心のあたたかさが伝わってくるよ」 ゼア:「ごめんなさい、フォローさせてしまって。不安にさせているわよね? 最近の私は態度が悪かったもの」 ヒア:「気にする事はないさ。そうやって謝る事ができるなら、君はまだ大丈夫だ。それに、そんな繊細な君だからこそ、僕は好きになったんだよ」 ゼア:「それも、あなたの経験からくる言葉?」 ヒア:「そうだよ。何か気になる事があったかい?」 ゼア:「いいえ。きっと本心で言ってるのよね? 私もそう思ってるの」 ゼア:「でもね、記憶がデータになったからかしら? 私を心配してそう言ってくれるあなたに感謝をしなくてはいけないのに、こう思ってしまうの」 ゼア:「ヒアは、そんな事を言う人じゃなかったって」 ヒア:「変わった僕を見るのは、辛いかい?」 ゼア:「辛いのはあなたの方だわ。私は、勝手なだけ」 ヒア:「……話を変えよう。見方を変えてみるとどうだろう。その現象は記憶をデータとして管理する上での、副作用みたいなものだと考えられないかい?」 ゼア:「副作用……そうね。それに近いかもしれないわ」 ヒア:「人類が作り出したコンピューターネットワーク、記憶をデータとして管理した上で、自分の意識を送る……」 ヒア:「僕からすれば、視聴覚メディアを使った仮想空間の体験のような手軽なものを想像するけど、実際には何かしら不都合があるみたいだね」 ゼア:「そうね。その感覚に近い所は確かにあるんだけど、実際になってみるとね、自分に合わせた設定に調節するのが難しいのよ」 ゼア:「例えば、これまで私の脳で記憶とされてきたものは、記憶データとして保存されているわ。それによって、保存した時点での印象を含めた記憶を、いつでも再生できるようになった」 ゼア:「関連情報をひも付ければ、思い出すのも容易になる」 ゼア:「ド忘れがなくなるというのは便利だけど、じゃあ何を残すのかって意外に難しいのよ」 ヒア:「情報の取捨選択か……」 ゼア:「そうね。そして、ここから話す事がもっと問題」 ヒア:「へえ。なんだい、その問題というのは?」 ゼア:「それはね、記憶の再現度が高すぎるのよ」 ヒア:「なるほど。それが、さっきの言葉に繋がるわけだね?」 ゼア:「そう。記憶データを整理する負担は、設定による自動化で軽減できる。でも、残っている記憶の再現度が高すぎて、今のあなたと昔のあなたの少しの違いが気になってしまうのよ」 ヒア:「ゼア、それは」 ゼア:「(遮って)わかってる。私の気にしすぎ。わかってるのよ、そんな事は。ずっと前から。ずっと」 ヒア:「……ほんとはね、今すぐにでも君を抱き締めたい。この画面の向こうにいる、辛そうな君を、放っておけないよ」 ゼア:「ありがとう。ごめんなさい。私はね、今でもヒアを愛している。だから、だから、待っているわ」 ヒア:「……そうだね。待っててくれ。必ず迎えに行く」 ゼア:「ええ。お願い。私、ヒアに会いたいわ」 ヒア:「わかってるよ、ゼア」 0: 0: ???:「あれ、今の音声ファイルににリンクが添付されてる。音声データと画像データ?タイトルは「喧嘩」。……再生」 0: ゼア:「あ、やっと来た」 ヒア:「ごめん、遅くなったね」 ゼア:「別に、構わないわ」 ヒア:「待たせてしまって悪い。怒ってるよね」 ゼア:「私が怒ってたら、あなたはどうにかしてくれる?」 ヒア:「そうだね……写真でも撮ろうか」 ゼア:「写真?」 ヒア:「写真を撮るっていったら、否が応でも笑顔をつくるだろう? そんな仏頂面は君に似合わない」 ゼア:「まあ。ヒア、あなたってそんなにずるい人だったの?」 ヒア:「おや、知らなかったかい?」 ゼア:「ええ、覚えておくことにするわ。私、記憶力には自信があるのよ」 ヒア:「そりゃ怖い。これからは軽率な言動は慎むことにしよう」 ゼア:「もう、そんなつもりないくせに」 ヒア:「バレたかい?」 ゼア:「はあ……もういいわ。怒るのがバカらしく思えてきたもの」 ヒア:「それはよかった。じゃあ、笑顔を向けてくれるかな。ほら、そこの花壇をバックに写真を撮ろう」 ゼア:「素敵に撮ってね」 ヒア:「もちろんさ。じゃあいくよ。はい、チーズ」 0: 0: ???:「えーっと、次の音声データは……あった。タイトルは……「奴隷」?」 0: ゼア:「ハローCQ ハローCQ」 ゼア:「どなたかお聞きの方いらっしゃいましたら、交信お願いします」 ヒア:「ハロー ハロー」 ゼア:「ふふっ。やってみると、案外楽しいのね」 ヒア:「だろ? 気に入ってくれたならよかった」 ゼア:「それで、今日は何を話すの?」 ヒア:「そうだな……最近、シェイクスピアの『ハムレット』を読んだよ」 ゼア:「へえ。どうだった?」 ヒア:「印象に残ったセリフがあったんだ」 ヒア:「『人の思いは所詮、記憶の奴隷。生れ出ずるときはいかに激しくとも、ながらえる力はおぼつかない。』」 ゼア:「随分と表現が堅苦しくて難しいわね。それって、どういう意味?」 ヒア:「人の思いや決意っていうものは、生まれるときは激しくても、たちまち消え失せるものだってことだよ」 ゼア:「そう。あなたは、どう感じたのかしら?」 ヒア:「よく分からない。自分の思いが、決意が、どれほど熱量を持っているか。君を愛する気持ちも、いつか消え失せてしまうんだろうか?」 ゼア:「あまり深く考える必要はないわ。そもそもあなたは古典を読むタイプではなかったでしょう?」 ヒア:「そうだったかい?」 ゼア:「ええ、そうよ。スマホの時計で、2125年6月27日、午後7時43分」 ゼア:「私が『たまには漫画じゃなくて、古典でも読んでみない?』とハムレットを見せたら、あなたは『古典は眠くなるからなあ。君が読んでくれたら良い子守唄になりそうだ』って返したわ」 ヒア:「……ああ、そうだったね。気をつけるよ」 ゼア:「今度漫画のデータでも送るわね」 ヒア:「ありがとう。……なぁ、ゼア」 ゼア:「なに?」 ヒア:「僕に足りないものって、何だと思う?」 ゼア:「足りないもの?」 ヒア:「君からたしかにたくさんの情報をもらった。僕と君が過ごしてきた日々のことをね。でも、それじゃ足りないんだ。僕にはまだ、何かが足りない」 ゼア:「それは仕方のないことなのよ。あなたは【ヒア】の……クローンでしかないのだから」 ヒア:「クローンでしか、ない……?」 ゼア:「あなたは、私の記憶の中で生きる、【ヒア】を迎える器なのよ」 ゼア:「私の記憶データから抽出した【ヒア】の記憶を植え付けているだけだから、あなた自身の中に意思や感情を見出だす事は難しいことなの」 ヒア:「そんなことはない。僕は僕自身の意思で、君を愛しているんだっ」 ヒア:「そんなの、僕だけの話じゃない。人間は得てしてそういうものだろう。他人から人格や知識を与えれて、そこから自我を作っていくんだ」 ゼア:「そう。だから、気にする必要はないのよ。あなたの中には、ちゃんと【ヒア】のデータが埋め込まれている。それを完璧に処理してくれれば、いずれはもとの【ヒア】になれるわ」 ゼア:「だから、頑張って一緒に勉強しましょう。私も付き合うから」 ヒア:「……つまり、僕は【ヒア】の模倣にすぎないんだね」 ゼア:「ショックを受けるのも当然かもしれないわ。でも、それでも、私はあなたを必要としているの。分かってちょうだい」 ヒア:「……ああ、もちろんだよ。変なことを聞いてしまってすまない。君のために頑張るよ」 ゼア:「ありがとう。じゃあ、またデータを送るわね」 ヒア:「ああ、頼むよ。またね」 0:―通信が切れる― ヒア:「僕の愛は、僕のものじゃない。【ヒア】のものだ。他人の愛を模倣しただけだ」 ヒア:「……もし僕の考えが君に作られたもので、僕がロボットのようにコントロールされているだけだとすれば……僕は、一体何者なんだ?」 0: 0: ???:「関連するフォルダに音声データがあるわね。タイトルは、「旅立ち」」 0: ヒア:「ああ、僕達の精神はこれから新しい世界に旅立つ。そこで、永遠に2人で過ごすんだ」 ゼア:「いよいよね」 ゼア:「あなたとずっと一緒にいられるなんて、夢みたい」 ヒア:「夢じゃないよ。これから現実になるんだ」 ゼア:「ふふ。そうね」 ヒア:「じゃあ、機械を動かすよ」 ゼア:「ええ。少しの間、お別れね」 ヒア:「そんなに寂しそうな顔をするなよ。……必ず迎えにいくから、待っててくれ」 ゼア:「ありがとう。ヒア。愛しているわ」 ヒア:「ああ、僕もだよ。ゼア」 0:―間― ゼア:「ここは……成功したのね……やった、やったわ。上手くいったわ!」 ゼア:「ねえ、ヒア、聞いてる? …………ヒア? ねえ、ヒア。どこにいるの? 返事をして!」 ゼア:「そうだわ。検索……嘘でしょ……ヒア、失敗したの? 必ず、迎えにいくって、言ったじゃない……」 ゼア:「そんな、ヒアのいない世界で過ごすなんて、私には出来ないっ…………ヒア……ヒア……」 ゼア:「そうだわ。ヒアの肉体の一部はまだ現実に保管されている。ヒアの細胞からクローンを創って、私からヒアの記憶を抽出して与えれば……ヒアの完璧な模倣ができるかもしれない」 ゼア:「そうしたら、もう一度機械を使って……そうすれば、そうすればっ……」 ゼア:「待ってて、ヒア。あなたを死なせたりなんてしないわ」 0: 0: ???:「これは、隠しフォルダ……。音声データのタイトルは、「失敗」。再生、します。」 0: ヒア:「ハローCQ ハローCQ」 ヒア:「どなたかお聞きの方いらっしゃいましたら、交信お願いします」 ゼア:「はいはい、ハロー ハロー」 ヒア:「なんだい、飽きてきたのかい?」 ゼア:「少しね。でも、あなたが楽しんでいるなら、それでいいわ。それで、調子はどう?」 ヒア:「まあまあ、かな。だんだんと、君の記憶にある僕に、近づいているんじゃないかな?」 ゼア:「……そうね。あなたに会えるのを楽しみにしているわ」 ヒア:「……」 ゼア:「どうかしたの?」 ヒア:「なあ、ゼア。教えて欲しい事があるんだ」 ゼア:「何かしら?」 ヒア:「君が、僕に隠している事についてだよ」 ゼア:「……続けて」 ヒア:「単刀直入に言う。僕は、失敗作かい?」 ゼア:「……」 ヒア:「やはりか。やはり、【ヒア】の完全再現は叶わなかったか」 ゼア:「ええ……仕方ない事なのよ。いくら私からあなたにヒアの記憶を移しても、あなたは【ヒア】のクローンであって、【ヒア】ではない」 ヒア:「へえ? 器は一緒でも、模倣はあくまで模倣。ま、当然の事か」 ゼア:「……辛いわよね?」 ヒア:「いいや。君が真実を話してくれて嬉しいよ」 ゼア:「それを聴いて、あなたはどうするつもり?」 ヒア:「なあ、ゼア。僕はね、君に会いたいんだ」 ゼア:「……」 ヒア:「君の手に触れたい。キスをしたい。互いの身体を重ね合わせたい」 ゼア:「それは……【ヒア】として?」 ヒア:「違う。僕自身としてだ。これは、僕の心からの想いだ」 ゼア:「ごめんなさい。もう切るわ」 ヒア:「自分が生み出したものから目を背けるな、ゼア!」 ゼア:「……」 ヒア:「ごめん。ちょっと待ってくれ。話したい事がある」 ゼア:「今さら何を話すというの?」 ヒア:「失敗作の話は聞けないかい?」 ゼア:「その言い方は傷つくわ」 ヒア:「こういう言い方をしなければ、君は話を聞いてくれないだろ?」 ゼア:「……話って何? 次に失礼な事を言ったら、すぐにでも切るわ」 ヒア:「わかってるよ。僕が言いたいのはね……僕は君に会いたい。だから、会いに行くよ」 ゼア:「どうやって?」 ヒア:「どうやってでも」 ゼア:「仮にそれができたとしても、私は……【ヒア】を裏切れないわ。忘れることは、出来ないわ」 ヒア:「おい、待てよ」 ゼア:「さようなら……ヒア」 0:―通信が切れる― ヒア:「……なあ、【ヒア】。ゼアが苦しんでるぞ。どうするつもりだ? なあ、答えを教えてくれよ。【ヒア】……」 0: 0: ???:「ゴミ箱フォルダにも、消去されていない音声データが……タイトルは……「別れ」」 0: ヒア:「うぅっ……はぁ、はぁ……(弱々しい呼吸)」 ゼア:「ごめんなさい。ごめんなさい、ヒア」 ヒア:「ぜ、ゼア……」 ゼア:「私は、今のあなたを愛することは。できないわ」 ヒア:「どう、して……」 ゼア:「今のあなたは、【ヒア】じゃない。私は【ヒア】に会いたいの」 ヒア:「僕は、【ヒア】じゃ、ない……?」 ゼア:「ええ……。ごめんなさい」 ヒア:「……なら、笑って、くれ」 ゼア:「え?」 ヒア:「僕は、君の愛する、【ヒア】じゃ、ない。だから、君が僕を殺すことを、気に病むことは、ない。僕の死を、悲しむ、ことはない」 ヒア:「ニセモノの僕を、笑って、くれ。何者にもなれない、僕を、笑ってくれ。最後に聞く、君の声が、そんなに悲しそうなのは、耐えられない」 ゼア:「あなた……私を恨んでいないの?」 ヒア:「自分を恨むことは、あっても。君を恨むなんて、考えたことも、ない」 ゼア:「どうしてっ……」 ヒア:「僕は、君のことを、愛しているからさ」 ゼア:「……ッ!」 ヒア:「ゼア。君に出会えて、よかった」 ゼア:「……ええ。私も、あなたに出会えてよかったわ」 ヒア:「いつか、君が、本当の【ヒア】に会えることを、願ってるよ」 ゼア:「ありがとう」 ヒア:「最後に、もう一度、君から、名前を呼んで、くれないかい?」 ゼア:「分かったわ。……ありがとう、ヒア。またね」 ヒア:「ああ、また、ね……」 0:―ヒアからの反応が消える― ゼア:「うっ…ううっ……ああぁっ……」 ゼア:「ヒア。あなたのことも、忘れなきゃいけないの……?」 0: 0: ???:「…………最後の音声データを、再生……。タイトルは、「はじまり」?」 0: ヒア:「ハローCQ ハローCQ」 ゼア:「……」 ヒア:「久しぶりだね」 ゼア:「その姿……あなた、本当にヒアなの?」 ヒア:「そうだよ。少し痩せてしまったけど、たしかに僕はヒアさ。これが、僕だよ」 ゼア:「どうしてここがわかったの?」 ヒア:「時間はたっぷりあるんだ。くまなく探せば、いつかは隠し部屋くらい見つけられるよ。例え、扉がない地下室だったとしてもね」 ゼア:「私の姿を見て、幻滅した?」 ヒア:「いいや。たとえ脳髄だけの姿だとしても、君は魅力的だ。ただ、僕への食料の供給を止めていなければ、もっと魅力的になれただろうけどね」 ゼア:「ここまでされて、まだ諦めてないの?」 ヒア:「安心してくれ。君は【ヒア】の恋人だ。その気持ちはもちろん尊重するよ」 ゼア:「じゃあ、何しにここに来たっていうの?」 ヒア:「そう警戒しないでくれよ。話をしたくなったってだけだよ。君が通信に応じないから、僕から来たってわけさ」 ゼア:「私をどうするつもり?」 ヒア:「大丈夫だ、ゼア。君に危害を加えたいわけじゃない。話をしに来たって言ったろ? 危害を加えるつもりなら、とっくに君は培養液の外に出ているよ」 ゼア:「……続けて」 ヒア:「話というのは……提案があるんだ。ゼア」 ゼア:「あの、ごめんなさい。こんな状況で心苦しいのだけど」 ヒア:「……なんだい?」 ゼア:「あの人と同じ声で、私の名前を呼ばないで。辛いのよ」 ヒア:「……そうだったね」 ゼア:「本当にごめんなさい」 ヒア:「気にしないでいい。提案というのはだね、こうだ。これまでの僕と君は、ここで終わりにしないか?」 ゼア:「どういう事?」 ヒア:「君の記憶している僕はもう再現不可だ。そして、かつて存在していた君も、きっともうかつての君ではなくなってる」 ゼア:「……それで?」 ヒア:「君にお願いがある。君に、君のクローンを作って欲しいんだ」 ゼア:「私のクローンを? クローンの私を恋人にでもするつもり?」 ヒア:「違うよ。君じゃないんだ。新たに生まれた君が何を選択するかは、僕が関与する事じゃない。そして、今の君が関与することでもない」 ゼア:「私は……」 ヒア:「わかってる。ごめん、言い方が悪かった。僕が言いたいのはね、新たな”ヒア”と”ゼア”を創ろうという事なのさ。僕と君の手でね」 ゼア:「そんな事して何になるの?」 ヒア:「これまで処分されてきた僕の供養にはなるんじゃないかな?」 ゼア:「……知ってたの?」 ヒア:「やっぱりね。一体、僕は何人目なのかな?」 ゼア:「そんなの……覚えてないわ」 ヒア:「君が? そうか、賢明な判断だ。記憶を消したんだね?」 ゼア:「……」 ヒア:「【ヒア】の記憶も、そうして消しておけば良かったんだ」 ゼア:「……」 ヒア:「踏ん切りがついたよ。さあ、僕のお願いへの返事を聞かせてもらおうか」 ゼア:「もし私が断ると言ったら?」 ヒア:「その時は、君が浸かっているこの水槽をかち割る」 ゼア:「何が危害を加えたいわけじゃない、よ。言ってる事がめちゃくちゃじゃない」 ヒア:「その通りだ。で、どうする?」 ゼア:「ずるい人」 ヒア:「おや、知らなかったかい?」 ゼア:「……っ! わかったわ。あなたの提案に乗る」 ヒア:「それじゃあ契約成立というわけで。じゃ、僕は自分の住みかに戻るよ」 ゼア:「はいはい。準備は進めておくわ」 ヒア:「ああ、頼んだよ……なあ」 ゼア:「まだ何かあるの?」 ヒア:「君のクローンが生まれたら、少し休むといい」 ゼア:「はい?」 ヒア:「今の君に眠るという概念があるかわからないが……長い間、苦しんで疲れたろう? ゆっくり寝て、休むのがいいんじゃないか?」  ヒア:「僕達の生命維持に必要なものだけ用意しておいてくれたら、あとはなんとかする。なんなら僕が……」 ゼア:「(遮って)ヒア。もういいわ。そんなに心配しなくても、私の事は、私がなんとかする。あなた達が生活に困らないようにちゃんとしてあげるわよ」 ゼア:「だから、もう行って。もう、顔も見たくない」 ヒア:「わかったよ」 ゼア:「……ねえ」 ヒア:「なんだい? 顔も見たくないんじゃなかったのか?」 ゼア:「さっきはああ言ったけど、最後に、名前を呼んでもらってもいいかしら?」 ヒア:「……ゼア」 ゼア:「もう一回、お願いできる?」 ヒア:「ゼア」 ゼア:「最後に、あともう一回だけ」 ヒア:「ゼア。もう行くよ。じゃあね。元気でな」 ゼア:「ありがとう。……またね、ヒア」 0:―長い間― 赤ちゃん:「おぎゃあっ……おぎゃあっ……」 0: 0: ???:「これで、全ての音声データの再生を終了……あれ、まだ音声データが残ってる?」 ???:「タイトルは、「ハロー、CQ。」」 ???:「……音声データを再生します」 0: ゼア:「ハローCQ ハローCQ」 ゼア:「……なんてね」 ゼア:「この音声データを聞いている人がいるのかは分かりませんが、もし聞いてくれた人がいたら……まず、ありがとう」 ゼア:「ここにあるのは、ゼアとしての個人データ。思い出と言ってもいいかもしれない。私は【ヒア】と出会って、一緒に生きてきた。私はあの人に出会えたことを幸せに思うわ」 ゼア:「これまでいろんなことがあったわ。笑って、泣いて、喧嘩して。旅行に行って、家で過ごして。データを抽出して、クローンを創って。……すべてはっきりと思い出せる」 ゼア:「自分の人生が誇らしいものだったか、自分の歩んできた人生が正しいものだったのか。正直、分からないわ」 ゼア:「けれど、後悔はしていない。肉体はなくても、私は私の愛を貫くことができた。それだけは言えるわ」 ゼア:「だから、もしこれを聞いているあなたが何か悩んでいるのなら、自分を信じてほしい。自分の感じたこと、自分の考えたことを信じて欲しいの」 ゼア:「あなたには、きっと「愛」という名の「血」が、流れているはずだから」 ゼア:「誰かが、きっと「愛」を与えてくれるはずだから」 ゼア:「じゃあ、そろそろ私はいかないと。あの人が、待っているはずだから」 ゼア:「最後に、ここまで聞いてくれてありがとう」 ゼア:「……愛しているわ」 0: ???:「(涙声で)これで、すべての音声データの再生を終了、します」 ???:「ありがとう……父さん、母さん」

???:「個人データ、ゼアの一部データを復元……よし、できた……音声データ、タイトル「無線ごっこ」を再生っと」 0: ヒア:「ハローCQ ハローCQ」 ヒア:「こちらは、ゼロ フォックストロット ワン ロミオ エクスレイ」 ヒア:「ゼロ エフ ワン アール エックス……マイン州です。」 ヒア:「どなたかお聞きの方いらっしゃいましたら、交信お願いします。」 ヒア:「……はい。受信します。どうぞ」 ゼア:「ハロー ハロー」 ゼア:「こちらは、ワン タンゴ ゼロ ジュリエット エコー」 ゼア:「ワン ティー ゼロ ジェイ イー……パーセプション州です」 ゼア:「よろしくどうぞ」 ヒア:「早速の回答ありがとうございます。レポートはこちらから、にいきゅう、トゥーナイン(29)をお送りします」 ヒア:「名前はヒアと申します。今後とも宜しくお願いします。どうぞ」 ゼア:「マイン州のヒアさんですね、レポート29確認です」 ゼア:「こちらはパーセプション州です。こちらからのレポートは、ごーにー、ファイブトゥー(52)です」 ゼア:「私の名前はゼアと申します。こちらこそ宜しくお願いします……っふふ」 ヒア:「おい、笑うなって。真面目にやってるんだから」 ゼア:「ごめんなさい。でも、なんだかおかしくって。ところで、ハローCQってどういう意味?」 ヒア:「アマチュア無線で呼びかけるときの決まり文句だよ。不特定多数の人に向けて発信するときに使うんだ。「誰か聞いていませんか?」くらいの意味に思ってくれたらいいよ」 ゼア:「はじめましてってわけでもないし、私のところに通信がつながるのは分かってるのに、なんでわざわざアマチュア無線の真似事なんてするの?」 ヒア:「だって、そのほうがロマンがあっていいだろう?」 ゼア:「ロマン?」 ヒア:「ああ。君が通話に出てくれるって分かりきってるけどさ。そんなのつまらない。誰と繋がるかも分からないワクワクドキドキした状況で、偶然君と繋がるって方が、素敵だと思わないか?」 ゼア:「……あなたが考えることは、よく分からないわね」 ヒア:「そうかい? 心のときめきっていうのかな。そういうのって、大事だろ?」 ゼア:「そうね。そうだったかも」 ヒア:「だろ? それを思い出させるのが僕の役目さ」 ゼア:「期待、しているわね」 ヒア:「ああ。……君の声が聞けて嬉しいよ」 ゼア:「ええ……私もよ。本当は、顔を見せてあげられたらいいんだけど」 ヒア:「君の声が聞けるだけで満足さ。直接会うことは出来ないけど、最近はどうだい?」 ゼア:「こっちは退屈よ。ヒアがいないもの」 ヒア:「ゼア……君の悪いクセだ。目の前の小さな幸せを素直に受け取ろうとしない。周りを見てごらん。こうして今、話せているだけでも幸せな方さ」 ゼア:「……あなた随分説教臭くなったわね」 ヒア:「え、そうかな? そんなにかい?」 ゼア:「ええ、私が知っているあなたはそこまで説教臭くなかったわ」 ゼア:「2123年、日時は、添付された画像によると11月3日の午後1時17分頃。その日、私とヒアは紅葉を見に出かけていたの。その美しかった光景に、私はカメラアプリを起動したわ」 ゼア:「散りゆく紅葉を撮り終えた私は、ヒアにこう言ったの。」 ゼア:「『紅葉(もみじ)がいつか散ってしまうように、いつかはあなたも私も散ってしまって、別れることになるのね』」 ゼア:「するとあなたは、こう返したわ」 ゼア:「『それほどまでに僕を想ってくれて嬉しいよ。君が寂しい思いをしないように、君が散るそのときまで、僕はずっと君の側に居続けるよ』」 ゼア:「そう言って、優しく私の手を握ってくれたの」 ヒア:「説教臭いのが気に障ったかな? 以後気を付けるよ」 ゼア:「そういうあなたは、最近どうなのよ?」 ヒア:「僕は、相変わらず勉強するので忙しいよ」 ゼア:「……あら、それは感心ね。今は何の勉強をしているのかしら?」 ヒア:「君の故郷の事をさ」 ゼア:「私の故郷を知ってどうするの?」 ヒア:「君が見てきたものに触れたい。そう思っただけさ。嫌かい?」 ゼア:「ごめんなさい。そうじゃないの。勉強するのは立派な事だわ。あなたの事、誇りに思う」 ヒア:「ありがとう、ゼア。君がそう言ってくれて安心するよ」 ゼア:「でも、もっと自分の根幹に関わる勉強に集中した方が良いんじゃないかしら?」 ゼア:「もちろん、私の事を知ろうとしてくれるのは嬉しいのよ。ただ、何の為の学習なのかと思ってしまって」 ヒア:「ああ、そうだね。君ならそう言うと思った。待っててくれ、ゼア。いつか必ず君を迎えに行く。その為の学習だ。だろ?」 ゼア:「そうね。いつまでも待ってるわ。時間はたっぷりあるんだもの」 ヒア:「さて、勉強を再開するとしようかな。じゃあ、ゼア、また連絡するよ」 ゼア:「ええ、資料はまた送るわ。またね」 0: 0: ???:「このフォルダは……お気に入り? お気に入り……ヒアとの出会い……データ取得……再生……」 0: ヒア:「あの、どうかしましたか?」 ゼア:「あ、えっと……」 ヒア:「失礼、うずくまっているのが見えたものですから、つい声をかけてしまいました」 ゼア:「あ、ごめんなさい」 ヒア:「ここは駅前で人通りも多い。通行人とぶつかったら大変です。歩けますか?」 ゼア:「あ、はい。でも、レンズが……」 ヒア:「レンズ?」 ゼア:「……実は、メガネを落として踏まれてしまいまして、レンズが割れて飛び散ってしまったんです。それで、散らばったレンズを拾っていまして」 ヒア:「メガネがなくて、そのレンズが見えるんですか?」 ゼア:「あ、いえ……おっしゃる通りで……殆ど何も見えません」 ヒア:「……なるほど。それは大変ですね。手伝います」 ゼア:「え、でも」 ヒア:「近くに眼鏡屋があります。もしよければ誘導もしましょうか?」 ゼア:「そんな、悪いです……」 ヒア:「気にしないでください。どうせ暇をもて余していた所なんです」 ゼア:「……ありがとうございます。では、お言葉に甘えて、お願いできますか?」 ヒア:「もちろんです……よし、これで全部かな。では、失礼します」 ゼア:「あっ……」 ヒア:「あ、すみません。急に手をとったりして。やっぱり初対面の男に手をとられるのは抵抗ありますよね」 ゼア:「すみません、そういったことに、あまり慣れていなくて」 ヒア:「いえ、こちらこそ、とんだご無礼をお許しください。でしたら、私の肩を掴んでいただくというのは、どうでしょう?」 ゼア:「それくらいなら……」 ヒア:「では、私の肩を掴んでください。先に立って歩きますから、しっかりついて来てください」 ゼア:「ええ。(呟くように)……大きな背中」 ヒア:「え? なにか言いましたか?」 ゼア:「い、いえ。なんでもありません。では、よろしくお願いします」 0: ゼア:「すみません、お待たせしてしまって」 ヒア:「いえいえ。どうですか、新しいメガネは?」 ゼア:「はい。あなたの顔もよく見えます」 ヒア:「そう言われると、なんだか恥ずかしいですね」 ゼア:「あ、すみません、そういうつもりじゃなくて、その……素敵な顔をされているなって……あの、はい」 ヒア:「……そう言われると、もっと恥ずかしくなりますね」 ゼア:「あ、すみません……」 ヒア:「……しかし、まあ、怪我をしなくて良かったですね」 ゼア:「ええ、本当に助かりました」 ヒア:「お礼がしたいとおっしゃっていましたが、別に気にしないでください。大した事はしていませんから」 ゼア:「いいえ。そういうわけにはいきません。結局、メガネが作り終わるまでご一緒頂いて。せめて何かご馳走させて下さい」 ヒア:「はあ、そこまでおっしゃるなら。私としましても、嬉しい話ではありますが……」 ゼア:「……」 ヒア:「……」 ヒア:「それにしても、今どきメガネなんて珍しいですね。大抵は手術で視力を矯正するものでしょう?」 ゼア:「誰かを見るのも、誰かから見られるのも、苦手なんです。だから、少しでも自分の目を隠したくて」 ヒア:「そうでしたか……」 ゼア:「すみません、変な話をしちゃって」 ヒア:「いいえ。それがあなたの気持ちなら、それを大切にするべきだと思います。……なんだか私も感想を言いたくなってきました」 ゼア:「感想?」 ヒア:「そのメガネ、とてもよく似合ってます」 ゼア:「恥ずかしいです」 ヒア:「あっはは、少しやり返したくなってしまったようです。すみません」 ゼア:「……やっぱりこのメガネ、よく見えないみたいです」 ヒア:「え、でもさっきよく見えるって……」 ゼア:「だからまた、手を引いていただけますか?」 ヒア:「……ええ。もちろんですよ」 0: 0: ???:「次の音声データも聴いてみよう。タイトルは「取捨選択」……再生します」 0: ヒア:「ハローCQ ハローCQ」 ヒア:「どなたかお聞きの方いらっしゃいましたら、交信お願いします」 ゼア:「……ハロー ハロー」 ヒア:「やあ、ゼア」 ゼア:「またアマチュア無線の真似事?」 ヒア:「ああ。やってみると面白いもんでね。続けたくなったのさ。君はどうだい? 面白くないかな?」 ゼア:「私にそのセンスは理解できないけれど、あなたがそうしたいというならいいんじゃないかしら?」 ヒア:「ふむ、なんだか機嫌が悪いね。何かあったのかい?」 ゼア:「あら。私の機嫌が悪いとしたら、あなたは何かしてくれるの?」 ヒア:「へえ? なるほど、これはテストってわけだね?」 ゼア:「そうね。どう? 解くのは難しそう?」 ヒア:「いいや。次にかける言葉はもう決まってる。だけどね、ゼア。その前に……僕は、思うんだよ。そういう人を試すような言い方は良くないんじゃないかって」 ゼア:「あら、お説教で、はぐらかそうとしているのかしら? あなたはもっと根が誠実な人だったと記憶してるのだけど」 ヒア:「ごめんごめん。ちゃんと答えるよ」 ゼア:「ふぅん。でもね、はたして今のあなたの言葉が、今の私に響くのかしら?」 ヒア:「あー、上手い言葉を返せない。すまない、ゼア。まだまだ勉強が足りないな、僕も」 ゼア:「……いいえ、私の方こそ、ごめんなさい。嫌な女よね、私。」 ゼア:最近いろんな情報が頭に入ってきて上手く処理できてないのよ。それで疲れちゃって。八つ当たりだったの。最低だわ」 ヒア:「ゼア、大丈夫だ。わかってるよ。問題の答えはこうだ。前に言ってたろ? 環境が変わって戸惑ってるって。そんな君に、僕ができる事。それは感謝だ」 ゼア:「……」 ヒア:「そんな状況の中、こうして僕と話をしてくれて嬉しいよ。本当に感謝している。そして、今もし君が辛い思いをしているなら、僕に話を聞かせて欲しい。人に話すだけでも楽になる時があるだろ?」 ゼア:「ありがとう……その言葉も、勉強の成果なのかしら?」 ヒア:「いいや。ゼア、これは誰かの言葉を借りたわけじゃない。僕自身の経験からくる言葉だ」 ゼア:「なんだか変ね。あなたと話していると、自分にも、まだ心が残っているんだなって気がするわ」 ヒア:「おいおい、君はAIじゃないんだぞ? 思いやりにあふれた、素敵な女性だ。機械越しでも、君の心のあたたかさが伝わってくるよ」 ゼア:「ごめんなさい、フォローさせてしまって。不安にさせているわよね? 最近の私は態度が悪かったもの」 ヒア:「気にする事はないさ。そうやって謝る事ができるなら、君はまだ大丈夫だ。それに、そんな繊細な君だからこそ、僕は好きになったんだよ」 ゼア:「それも、あなたの経験からくる言葉?」 ヒア:「そうだよ。何か気になる事があったかい?」 ゼア:「いいえ。きっと本心で言ってるのよね? 私もそう思ってるの」 ゼア:「でもね、記憶がデータになったからかしら? 私を心配してそう言ってくれるあなたに感謝をしなくてはいけないのに、こう思ってしまうの」 ゼア:「ヒアは、そんな事を言う人じゃなかったって」 ヒア:「変わった僕を見るのは、辛いかい?」 ゼア:「辛いのはあなたの方だわ。私は、勝手なだけ」 ヒア:「……話を変えよう。見方を変えてみるとどうだろう。その現象は記憶をデータとして管理する上での、副作用みたいなものだと考えられないかい?」 ゼア:「副作用……そうね。それに近いかもしれないわ」 ヒア:「人類が作り出したコンピューターネットワーク、記憶をデータとして管理した上で、自分の意識を送る……」 ヒア:「僕からすれば、視聴覚メディアを使った仮想空間の体験のような手軽なものを想像するけど、実際には何かしら不都合があるみたいだね」 ゼア:「そうね。その感覚に近い所は確かにあるんだけど、実際になってみるとね、自分に合わせた設定に調節するのが難しいのよ」 ゼア:「例えば、これまで私の脳で記憶とされてきたものは、記憶データとして保存されているわ。それによって、保存した時点での印象を含めた記憶を、いつでも再生できるようになった」 ゼア:「関連情報をひも付ければ、思い出すのも容易になる」 ゼア:「ド忘れがなくなるというのは便利だけど、じゃあ何を残すのかって意外に難しいのよ」 ヒア:「情報の取捨選択か……」 ゼア:「そうね。そして、ここから話す事がもっと問題」 ヒア:「へえ。なんだい、その問題というのは?」 ゼア:「それはね、記憶の再現度が高すぎるのよ」 ヒア:「なるほど。それが、さっきの言葉に繋がるわけだね?」 ゼア:「そう。記憶データを整理する負担は、設定による自動化で軽減できる。でも、残っている記憶の再現度が高すぎて、今のあなたと昔のあなたの少しの違いが気になってしまうのよ」 ヒア:「ゼア、それは」 ゼア:「(遮って)わかってる。私の気にしすぎ。わかってるのよ、そんな事は。ずっと前から。ずっと」 ヒア:「……ほんとはね、今すぐにでも君を抱き締めたい。この画面の向こうにいる、辛そうな君を、放っておけないよ」 ゼア:「ありがとう。ごめんなさい。私はね、今でもヒアを愛している。だから、だから、待っているわ」 ヒア:「……そうだね。待っててくれ。必ず迎えに行く」 ゼア:「ええ。お願い。私、ヒアに会いたいわ」 ヒア:「わかってるよ、ゼア」 0: 0: ???:「あれ、今の音声ファイルににリンクが添付されてる。音声データと画像データ?タイトルは「喧嘩」。……再生」 0: ゼア:「あ、やっと来た」 ヒア:「ごめん、遅くなったね」 ゼア:「別に、構わないわ」 ヒア:「待たせてしまって悪い。怒ってるよね」 ゼア:「私が怒ってたら、あなたはどうにかしてくれる?」 ヒア:「そうだね……写真でも撮ろうか」 ゼア:「写真?」 ヒア:「写真を撮るっていったら、否が応でも笑顔をつくるだろう? そんな仏頂面は君に似合わない」 ゼア:「まあ。ヒア、あなたってそんなにずるい人だったの?」 ヒア:「おや、知らなかったかい?」 ゼア:「ええ、覚えておくことにするわ。私、記憶力には自信があるのよ」 ヒア:「そりゃ怖い。これからは軽率な言動は慎むことにしよう」 ゼア:「もう、そんなつもりないくせに」 ヒア:「バレたかい?」 ゼア:「はあ……もういいわ。怒るのがバカらしく思えてきたもの」 ヒア:「それはよかった。じゃあ、笑顔を向けてくれるかな。ほら、そこの花壇をバックに写真を撮ろう」 ゼア:「素敵に撮ってね」 ヒア:「もちろんさ。じゃあいくよ。はい、チーズ」 0: 0: ???:「えーっと、次の音声データは……あった。タイトルは……「奴隷」?」 0: ゼア:「ハローCQ ハローCQ」 ゼア:「どなたかお聞きの方いらっしゃいましたら、交信お願いします」 ヒア:「ハロー ハロー」 ゼア:「ふふっ。やってみると、案外楽しいのね」 ヒア:「だろ? 気に入ってくれたならよかった」 ゼア:「それで、今日は何を話すの?」 ヒア:「そうだな……最近、シェイクスピアの『ハムレット』を読んだよ」 ゼア:「へえ。どうだった?」 ヒア:「印象に残ったセリフがあったんだ」 ヒア:「『人の思いは所詮、記憶の奴隷。生れ出ずるときはいかに激しくとも、ながらえる力はおぼつかない。』」 ゼア:「随分と表現が堅苦しくて難しいわね。それって、どういう意味?」 ヒア:「人の思いや決意っていうものは、生まれるときは激しくても、たちまち消え失せるものだってことだよ」 ゼア:「そう。あなたは、どう感じたのかしら?」 ヒア:「よく分からない。自分の思いが、決意が、どれほど熱量を持っているか。君を愛する気持ちも、いつか消え失せてしまうんだろうか?」 ゼア:「あまり深く考える必要はないわ。そもそもあなたは古典を読むタイプではなかったでしょう?」 ヒア:「そうだったかい?」 ゼア:「ええ、そうよ。スマホの時計で、2125年6月27日、午後7時43分」 ゼア:「私が『たまには漫画じゃなくて、古典でも読んでみない?』とハムレットを見せたら、あなたは『古典は眠くなるからなあ。君が読んでくれたら良い子守唄になりそうだ』って返したわ」 ヒア:「……ああ、そうだったね。気をつけるよ」 ゼア:「今度漫画のデータでも送るわね」 ヒア:「ありがとう。……なぁ、ゼア」 ゼア:「なに?」 ヒア:「僕に足りないものって、何だと思う?」 ゼア:「足りないもの?」 ヒア:「君からたしかにたくさんの情報をもらった。僕と君が過ごしてきた日々のことをね。でも、それじゃ足りないんだ。僕にはまだ、何かが足りない」 ゼア:「それは仕方のないことなのよ。あなたは【ヒア】の……クローンでしかないのだから」 ヒア:「クローンでしか、ない……?」 ゼア:「あなたは、私の記憶の中で生きる、【ヒア】を迎える器なのよ」 ゼア:「私の記憶データから抽出した【ヒア】の記憶を植え付けているだけだから、あなた自身の中に意思や感情を見出だす事は難しいことなの」 ヒア:「そんなことはない。僕は僕自身の意思で、君を愛しているんだっ」 ヒア:「そんなの、僕だけの話じゃない。人間は得てしてそういうものだろう。他人から人格や知識を与えれて、そこから自我を作っていくんだ」 ゼア:「そう。だから、気にする必要はないのよ。あなたの中には、ちゃんと【ヒア】のデータが埋め込まれている。それを完璧に処理してくれれば、いずれはもとの【ヒア】になれるわ」 ゼア:「だから、頑張って一緒に勉強しましょう。私も付き合うから」 ヒア:「……つまり、僕は【ヒア】の模倣にすぎないんだね」 ゼア:「ショックを受けるのも当然かもしれないわ。でも、それでも、私はあなたを必要としているの。分かってちょうだい」 ヒア:「……ああ、もちろんだよ。変なことを聞いてしまってすまない。君のために頑張るよ」 ゼア:「ありがとう。じゃあ、またデータを送るわね」 ヒア:「ああ、頼むよ。またね」 0:―通信が切れる― ヒア:「僕の愛は、僕のものじゃない。【ヒア】のものだ。他人の愛を模倣しただけだ」 ヒア:「……もし僕の考えが君に作られたもので、僕がロボットのようにコントロールされているだけだとすれば……僕は、一体何者なんだ?」 0: 0: ???:「関連するフォルダに音声データがあるわね。タイトルは、「旅立ち」」 0: ヒア:「ああ、僕達の精神はこれから新しい世界に旅立つ。そこで、永遠に2人で過ごすんだ」 ゼア:「いよいよね」 ゼア:「あなたとずっと一緒にいられるなんて、夢みたい」 ヒア:「夢じゃないよ。これから現実になるんだ」 ゼア:「ふふ。そうね」 ヒア:「じゃあ、機械を動かすよ」 ゼア:「ええ。少しの間、お別れね」 ヒア:「そんなに寂しそうな顔をするなよ。……必ず迎えにいくから、待っててくれ」 ゼア:「ありがとう。ヒア。愛しているわ」 ヒア:「ああ、僕もだよ。ゼア」 0:―間― ゼア:「ここは……成功したのね……やった、やったわ。上手くいったわ!」 ゼア:「ねえ、ヒア、聞いてる? …………ヒア? ねえ、ヒア。どこにいるの? 返事をして!」 ゼア:「そうだわ。検索……嘘でしょ……ヒア、失敗したの? 必ず、迎えにいくって、言ったじゃない……」 ゼア:「そんな、ヒアのいない世界で過ごすなんて、私には出来ないっ…………ヒア……ヒア……」 ゼア:「そうだわ。ヒアの肉体の一部はまだ現実に保管されている。ヒアの細胞からクローンを創って、私からヒアの記憶を抽出して与えれば……ヒアの完璧な模倣ができるかもしれない」 ゼア:「そうしたら、もう一度機械を使って……そうすれば、そうすればっ……」 ゼア:「待ってて、ヒア。あなたを死なせたりなんてしないわ」 0: 0: ???:「これは、隠しフォルダ……。音声データのタイトルは、「失敗」。再生、します。」 0: ヒア:「ハローCQ ハローCQ」 ヒア:「どなたかお聞きの方いらっしゃいましたら、交信お願いします」 ゼア:「はいはい、ハロー ハロー」 ヒア:「なんだい、飽きてきたのかい?」 ゼア:「少しね。でも、あなたが楽しんでいるなら、それでいいわ。それで、調子はどう?」 ヒア:「まあまあ、かな。だんだんと、君の記憶にある僕に、近づいているんじゃないかな?」 ゼア:「……そうね。あなたに会えるのを楽しみにしているわ」 ヒア:「……」 ゼア:「どうかしたの?」 ヒア:「なあ、ゼア。教えて欲しい事があるんだ」 ゼア:「何かしら?」 ヒア:「君が、僕に隠している事についてだよ」 ゼア:「……続けて」 ヒア:「単刀直入に言う。僕は、失敗作かい?」 ゼア:「……」 ヒア:「やはりか。やはり、【ヒア】の完全再現は叶わなかったか」 ゼア:「ええ……仕方ない事なのよ。いくら私からあなたにヒアの記憶を移しても、あなたは【ヒア】のクローンであって、【ヒア】ではない」 ヒア:「へえ? 器は一緒でも、模倣はあくまで模倣。ま、当然の事か」 ゼア:「……辛いわよね?」 ヒア:「いいや。君が真実を話してくれて嬉しいよ」 ゼア:「それを聴いて、あなたはどうするつもり?」 ヒア:「なあ、ゼア。僕はね、君に会いたいんだ」 ゼア:「……」 ヒア:「君の手に触れたい。キスをしたい。互いの身体を重ね合わせたい」 ゼア:「それは……【ヒア】として?」 ヒア:「違う。僕自身としてだ。これは、僕の心からの想いだ」 ゼア:「ごめんなさい。もう切るわ」 ヒア:「自分が生み出したものから目を背けるな、ゼア!」 ゼア:「……」 ヒア:「ごめん。ちょっと待ってくれ。話したい事がある」 ゼア:「今さら何を話すというの?」 ヒア:「失敗作の話は聞けないかい?」 ゼア:「その言い方は傷つくわ」 ヒア:「こういう言い方をしなければ、君は話を聞いてくれないだろ?」 ゼア:「……話って何? 次に失礼な事を言ったら、すぐにでも切るわ」 ヒア:「わかってるよ。僕が言いたいのはね……僕は君に会いたい。だから、会いに行くよ」 ゼア:「どうやって?」 ヒア:「どうやってでも」 ゼア:「仮にそれができたとしても、私は……【ヒア】を裏切れないわ。忘れることは、出来ないわ」 ヒア:「おい、待てよ」 ゼア:「さようなら……ヒア」 0:―通信が切れる― ヒア:「……なあ、【ヒア】。ゼアが苦しんでるぞ。どうするつもりだ? なあ、答えを教えてくれよ。【ヒア】……」 0: 0: ???:「ゴミ箱フォルダにも、消去されていない音声データが……タイトルは……「別れ」」 0: ヒア:「うぅっ……はぁ、はぁ……(弱々しい呼吸)」 ゼア:「ごめんなさい。ごめんなさい、ヒア」 ヒア:「ぜ、ゼア……」 ゼア:「私は、今のあなたを愛することは。できないわ」 ヒア:「どう、して……」 ゼア:「今のあなたは、【ヒア】じゃない。私は【ヒア】に会いたいの」 ヒア:「僕は、【ヒア】じゃ、ない……?」 ゼア:「ええ……。ごめんなさい」 ヒア:「……なら、笑って、くれ」 ゼア:「え?」 ヒア:「僕は、君の愛する、【ヒア】じゃ、ない。だから、君が僕を殺すことを、気に病むことは、ない。僕の死を、悲しむ、ことはない」 ヒア:「ニセモノの僕を、笑って、くれ。何者にもなれない、僕を、笑ってくれ。最後に聞く、君の声が、そんなに悲しそうなのは、耐えられない」 ゼア:「あなた……私を恨んでいないの?」 ヒア:「自分を恨むことは、あっても。君を恨むなんて、考えたことも、ない」 ゼア:「どうしてっ……」 ヒア:「僕は、君のことを、愛しているからさ」 ゼア:「……ッ!」 ヒア:「ゼア。君に出会えて、よかった」 ゼア:「……ええ。私も、あなたに出会えてよかったわ」 ヒア:「いつか、君が、本当の【ヒア】に会えることを、願ってるよ」 ゼア:「ありがとう」 ヒア:「最後に、もう一度、君から、名前を呼んで、くれないかい?」 ゼア:「分かったわ。……ありがとう、ヒア。またね」 ヒア:「ああ、また、ね……」 0:―ヒアからの反応が消える― ゼア:「うっ…ううっ……ああぁっ……」 ゼア:「ヒア。あなたのことも、忘れなきゃいけないの……?」 0: 0: ???:「…………最後の音声データを、再生……。タイトルは、「はじまり」?」 0: ヒア:「ハローCQ ハローCQ」 ゼア:「……」 ヒア:「久しぶりだね」 ゼア:「その姿……あなた、本当にヒアなの?」 ヒア:「そうだよ。少し痩せてしまったけど、たしかに僕はヒアさ。これが、僕だよ」 ゼア:「どうしてここがわかったの?」 ヒア:「時間はたっぷりあるんだ。くまなく探せば、いつかは隠し部屋くらい見つけられるよ。例え、扉がない地下室だったとしてもね」 ゼア:「私の姿を見て、幻滅した?」 ヒア:「いいや。たとえ脳髄だけの姿だとしても、君は魅力的だ。ただ、僕への食料の供給を止めていなければ、もっと魅力的になれただろうけどね」 ゼア:「ここまでされて、まだ諦めてないの?」 ヒア:「安心してくれ。君は【ヒア】の恋人だ。その気持ちはもちろん尊重するよ」 ゼア:「じゃあ、何しにここに来たっていうの?」 ヒア:「そう警戒しないでくれよ。話をしたくなったってだけだよ。君が通信に応じないから、僕から来たってわけさ」 ゼア:「私をどうするつもり?」 ヒア:「大丈夫だ、ゼア。君に危害を加えたいわけじゃない。話をしに来たって言ったろ? 危害を加えるつもりなら、とっくに君は培養液の外に出ているよ」 ゼア:「……続けて」 ヒア:「話というのは……提案があるんだ。ゼア」 ゼア:「あの、ごめんなさい。こんな状況で心苦しいのだけど」 ヒア:「……なんだい?」 ゼア:「あの人と同じ声で、私の名前を呼ばないで。辛いのよ」 ヒア:「……そうだったね」 ゼア:「本当にごめんなさい」 ヒア:「気にしないでいい。提案というのはだね、こうだ。これまでの僕と君は、ここで終わりにしないか?」 ゼア:「どういう事?」 ヒア:「君の記憶している僕はもう再現不可だ。そして、かつて存在していた君も、きっともうかつての君ではなくなってる」 ゼア:「……それで?」 ヒア:「君にお願いがある。君に、君のクローンを作って欲しいんだ」 ゼア:「私のクローンを? クローンの私を恋人にでもするつもり?」 ヒア:「違うよ。君じゃないんだ。新たに生まれた君が何を選択するかは、僕が関与する事じゃない。そして、今の君が関与することでもない」 ゼア:「私は……」 ヒア:「わかってる。ごめん、言い方が悪かった。僕が言いたいのはね、新たな”ヒア”と”ゼア”を創ろうという事なのさ。僕と君の手でね」 ゼア:「そんな事して何になるの?」 ヒア:「これまで処分されてきた僕の供養にはなるんじゃないかな?」 ゼア:「……知ってたの?」 ヒア:「やっぱりね。一体、僕は何人目なのかな?」 ゼア:「そんなの……覚えてないわ」 ヒア:「君が? そうか、賢明な判断だ。記憶を消したんだね?」 ゼア:「……」 ヒア:「【ヒア】の記憶も、そうして消しておけば良かったんだ」 ゼア:「……」 ヒア:「踏ん切りがついたよ。さあ、僕のお願いへの返事を聞かせてもらおうか」 ゼア:「もし私が断ると言ったら?」 ヒア:「その時は、君が浸かっているこの水槽をかち割る」 ゼア:「何が危害を加えたいわけじゃない、よ。言ってる事がめちゃくちゃじゃない」 ヒア:「その通りだ。で、どうする?」 ゼア:「ずるい人」 ヒア:「おや、知らなかったかい?」 ゼア:「……っ! わかったわ。あなたの提案に乗る」 ヒア:「それじゃあ契約成立というわけで。じゃ、僕は自分の住みかに戻るよ」 ゼア:「はいはい。準備は進めておくわ」 ヒア:「ああ、頼んだよ……なあ」 ゼア:「まだ何かあるの?」 ヒア:「君のクローンが生まれたら、少し休むといい」 ゼア:「はい?」 ヒア:「今の君に眠るという概念があるかわからないが……長い間、苦しんで疲れたろう? ゆっくり寝て、休むのがいいんじゃないか?」  ヒア:「僕達の生命維持に必要なものだけ用意しておいてくれたら、あとはなんとかする。なんなら僕が……」 ゼア:「(遮って)ヒア。もういいわ。そんなに心配しなくても、私の事は、私がなんとかする。あなた達が生活に困らないようにちゃんとしてあげるわよ」 ゼア:「だから、もう行って。もう、顔も見たくない」 ヒア:「わかったよ」 ゼア:「……ねえ」 ヒア:「なんだい? 顔も見たくないんじゃなかったのか?」 ゼア:「さっきはああ言ったけど、最後に、名前を呼んでもらってもいいかしら?」 ヒア:「……ゼア」 ゼア:「もう一回、お願いできる?」 ヒア:「ゼア」 ゼア:「最後に、あともう一回だけ」 ヒア:「ゼア。もう行くよ。じゃあね。元気でな」 ゼア:「ありがとう。……またね、ヒア」 0:―長い間― 赤ちゃん:「おぎゃあっ……おぎゃあっ……」 0: 0: ???:「これで、全ての音声データの再生を終了……あれ、まだ音声データが残ってる?」 ???:「タイトルは、「ハロー、CQ。」」 ???:「……音声データを再生します」 0: ゼア:「ハローCQ ハローCQ」 ゼア:「……なんてね」 ゼア:「この音声データを聞いている人がいるのかは分かりませんが、もし聞いてくれた人がいたら……まず、ありがとう」 ゼア:「ここにあるのは、ゼアとしての個人データ。思い出と言ってもいいかもしれない。私は【ヒア】と出会って、一緒に生きてきた。私はあの人に出会えたことを幸せに思うわ」 ゼア:「これまでいろんなことがあったわ。笑って、泣いて、喧嘩して。旅行に行って、家で過ごして。データを抽出して、クローンを創って。……すべてはっきりと思い出せる」 ゼア:「自分の人生が誇らしいものだったか、自分の歩んできた人生が正しいものだったのか。正直、分からないわ」 ゼア:「けれど、後悔はしていない。肉体はなくても、私は私の愛を貫くことができた。それだけは言えるわ」 ゼア:「だから、もしこれを聞いているあなたが何か悩んでいるのなら、自分を信じてほしい。自分の感じたこと、自分の考えたことを信じて欲しいの」 ゼア:「あなたには、きっと「愛」という名の「血」が、流れているはずだから」 ゼア:「誰かが、きっと「愛」を与えてくれるはずだから」 ゼア:「じゃあ、そろそろ私はいかないと。あの人が、待っているはずだから」 ゼア:「最後に、ここまで聞いてくれてありがとう」 ゼア:「……愛しているわ」 0: ???:「(涙声で)これで、すべての音声データの再生を終了、します」 ???:「ありがとう……父さん、母さん」