台本概要
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タイトル | 人狼純恋華 |
---|---|
作者名 | 天道司 |
ジャンル | ラブストーリー |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) |
時間 | 30 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
せんざきさんとの共同作品。 ご自由に演じて下さい。 1086 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
ウイルク | 男 | 158 | 人狼族(じんろうぞく)※兼ね役・ホープ |
ラダ | 女 | 148 | 人族(ひとぞく) |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
ウイルク:(N)三百年前、人族(ひとぞく)と人狼族(じんろうぞく)との間に、大きな戦争が起こった。
ラダ:(N)個の強さが人狼族に圧倒的に劣(おと)る人族は、団結力と知略(ちりゃく)を駆使し、戦争に勝利。
ウイルク:(N)人狼族の生き残りは、人族に虐げられ、人里離れた森の奥で、粛々(しゅくしゅく)と生活することを強いられる。
ラダ:(N)しかし、人狼族の一握りの者は、人族の血肉の味を忘れられず、人族の姿に化け、人族の生活に溶け込み、その血肉を啜(すす)る機会を伺う。
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ウイルク:「あぁ・・・。腹が減ったな・・・。今日は、この店にするか・・・」
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ラダ:(N)人狼族のウイルクは、腹を空かせ、人族の食堂に立ち寄った。
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ウイルク:「店主!この店で一番上等な酒と、一番柔らかい肉をくれ!」
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ラダ:(N)ウイルクの元に、酒と肉が運ばれてくる。
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ウイルク:「(咀嚼音)。うーん・・・。やっぱり、肉はうめぇな」
ラダ:「付け合わせの野菜は、食べないの?」
ウイルク:「ん?」
ラダ:「ほら!ニンジンもピーマンも残ってる!」
ウイルク:「なんだ、お前は?」
ラダ:「私?私は、ラダよ」
ウイルク:「ラダ?」
ラダ:「そう、ラダ!あなたの名前は?」
ウイルク:「は?」
ラダ:「あなたの名前は?私は、ラダって教えたんだから、あなたも名前を教えてよ」
ウイルク:「フンッ・・・」
ラダ:「ん?教えてくれないの?もしかして、名前がない人?」
ウイルク:「うるせぇ!名前くらいある!」
ラダ:「じゃあ、教えてよ」
ウイルク:「・・・ウイルク」
ラダ:「ウイルク!あなた、ウイルクっていうのね!」
ウイルク:「あぁ・・・」
ラダ:「ウイルクは、野菜が嫌いなの?」
ウイルク:「・・・何故、それをお前に答える必要がある?」
ラダ:「お前じゃない。ラダよ!」
ウイルク:「フンッ・・・」
ラダ:「不愛想な人」
ウイルク:「不愛想だと?お前が馴れ馴れしいだけだろ?食堂で、知らない男に話しかけるなんざ。気が触れているとしか思えん」
ラダ:「だって、体が大きくて、強そうなウイルクが、付け合わせの野菜だけを綺麗に残していて、とても可愛いと思ったから」
ウイルク:「俺が可愛い?」
ラダ:「そう、子どもみたいに可愛いと思う」
ウイルク:「俺は、子どもじゃない」
ラダ:「子どもは、みんな、自分のことを『子どもじゃない』と言うものよ」
ウイルク:「フンッ。この俺が、何年生きていると思っているんだ?」
ラダ:「三十年?それとも、四十年かしら?」
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ウイルク:(M)フッ・・・。四百年以上生きている俺も、人間の目には、そう映っているのか・・・。
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ウイルク:「つまるところ、大人の年齢なのだから、俺は大人だ」
ラダ:「大人の年齢?それって、何歳から大人の年齢なの?」
ウイルク:「うーん・・・。二十年くらいか?」
ラダ:「ふふっ」
ウイルク:「何故、笑う?」
ラダ:「ううん。ウイルクは、単純で面白いなと思って!」
ウイルク:「俺を馬鹿にするならば、女だって容赦はしない」
ラダ:「容赦はしないって、どんなことするの?」
ウイルク:「腕の一本か二本は、へし折るという意味だ」
ラダ:「やだ。怖い」
ウイルク:「怖いと思うのなら、さっさと失せろ」
ラダ:「じゃあ、このウイルクが残してる野菜、私にくれない?」
ウイルク:「あん?食べるのか?」
ラダ:「うん!」
ウイルク:「好きにしろ・・・」
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ウイルク:(M)女は、俺が残した野菜を布に包むと、嬉しそうに食堂を出ていった。俺は、女のことが何故か気になり、静かに後を付けて行った。
ウイルク:(M)女は、町外れの孤児院に立ち寄り、そこの院長に、野菜を包んだ布を渡していた。
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ウイルク:(M)あれから、数日が経った。
ウイルク:(M)俺は、その日、久しぶりに人族の血肉を貪(むさぼ)りたいという衝動に駆られ、街で人族を物色していた。
ウイルク:(M)喰ってもいい人族。身寄りがなく、攫っても騒ぎにならないであろう人族・・・。
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ラダ:「あっ!あの時の!」
ウイルク:「ん?お前は・・・」
ラダ:「お前じゃない。ラダ!」
ウイルク:「・・・」
ラダ:「何をしてるの?」
ウイルク:「・・・仕事だ」
ラダ:「仕事?」
ウイルク:「・・・街の警備、防衛が俺の仕事。ここに立ち、不穏な動きをする者がいないか見張っていた」
ラダ:「そうなんだ」
ウイルク:「あぁ・・・。そういうことだから、お前は俺の仕事の邪魔だ。さっさと失せろ」
ラダ:「さっさと失せろって・・・。そんなに邪険にしなくてもいいんじゃない?」
ウイルク:「・・・」
ラダ:「確か名前は・・・。そう、ウイルク、だったかしら?」
ウイルク:「覚えていたのか?」
ラダ:「もちろん!野菜が嫌いな大男!」
ウイルク:「うるせぇ・・・」
ラダ:「でも、本当のことでしょ?」
ウイルク:「野菜は、家畜が食べるものだ。高潔な俺は、肉しか食べない」
ラダ:「ふーん・・・。なんか、もったいないね!野菜の美味しさが分からないなんて」
ウイルク:「お前も、あの時の野菜を食べずに、孤児院の院長に渡していただろ?」
ラダ:「えっ?あの後、私のこと付けてきてたの?」
ウイルク:「・・・少し、気になっただけだ」
ラダ:「気になったってことは、好きになっちゃったってこと?」
ウイルク:「ん!?」
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ウイルク:(M)俺がコイツを好きに?ありえない!だが・・・。食の対象としては・・・。
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ウイルク:「お前、家族は?」
ラダ:「家族?」
ウイルク:「そうだ。家族は、いるのか?」
ラダ:「誰もいないよ。私は、産まれてすぐに孤児院に預けられたの。だから、あの孤児院には色々と恩があって、時々、食べ物やお金を寄付してるの」
ウイルク:「つまるところ、今のお前は、何の身寄りもないということだな?」
ラダ:「そんなことないよ?若い娘の一人暮らしは危ないからっていう理由で、今は孤児院時代の友人のサーシャと一緒に暮らしてる。サーシャがいるから、私は一人じゃない」
ウイルク:「なるほど・・・」
ラダ:「あら?どうして、そんなに残念そうな顔をするの?」
ウイルク:「いや・・・。そんな顔はしていない」
ラダ:「ほんとに?」
ウイルク:「おい!そんなに顔を近づけるな!」
ウイルク:(M)喰ってしまいたくなるだろ?
ラダ:「・・・もう、照れ屋さん」
ウイルク:「そんなことはない・・・。お前が、何の身寄りもない独り者だったなら・・・」
ラダ:「独り者だったなら?」
ウイルク:「・・・その、一緒に・・・」
ラダ:「一緒に?」
ウイルク:「・・・一緒に暮らすのも悪くないと思っただけだ」
ラダ:「もしかして、それってプロポーズ?」
ウイルク:「うるせぇ!その・・・今は一緒に暮らす相手がいるのだろう?」
ラダ:「今はね。でも、来月、サーシャは、結婚することが決まってて・・・」
ウイルク:「本当か?なら!」
ラダ:「でも、私たち知り合ったばかりだよ?一緒に暮らすなら、もっと時間をかけてからの方が・・・」
ウイルク:「一目惚れだ・・・。俺は、一目見た瞬間に、お前に恋をした」
ウイルク:(M)ありふれて、手垢のついた口説き文句。しかし、人族の血肉を啜るためならば、致し方ない。この女は、まだ世間を知らない。男を知らない。この程度の言葉でも、簡単に落とせるはずだ。
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ラダ:「ラダ・・・」
ウイルク:「ん?」
ラダ:「私はラダ。ちゃんと名前を呼んでくれたなら、考えてあげようかな」
ウイルク:「フンッ・・・。ラダ・・・。俺は、ラダに惚れた。一生をかけて、ラダを幸せにする」
ラダ:「・・・よろしくお願いします」
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ウイルク:(M)はははははっ!馬鹿な女だ!俺に喰われるとも知らずに!
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ウイルク:(M)女の友人の結婚と、俺と女の結婚は、同時に執り行われ、晴れて俺と女は一緒に暮らすことになった。
ウイルク:(M)すぐに、女を喰ってやりたいところだったが、騒ぎになっては面倒なので、しばらくの間、良い夫を演じることにした。
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ラダ:「ねぇ、ウイルク!見て!綺麗でしょ?」
ウイルク:「なんだそれは?」
ラダ:「ワスレナグサの花よ。森で摘んできたの」
ウイルク:「そんなもの机の上に飾ってどうする?食事をするスペースが狭くなるだけだろ?」
ラダ:「確かに、食事をするスペースは狭くなるかも知れないけど、花を見ながら食べる食事は、いつもより美味しく感じるものなんだよ」
ウイルク:「フンッ・・・。花を机の上に飾った程度で、食事が美味くなるなんて、ありえない」
ラダ:「それがありえるのよね!ウイルクも野菜を食べれるようになるかもよ?」
ウイルク:「ならない。野菜は、家畜が食べるものだ」
ラダ:「じゃあ、私は家畜ってことね?」
ウイルク:「・・・」
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ウイルク:(M)家畜・・・。家畜・・・。そう、この女は、いずれこの俺に喰われる家畜だ・・・。
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ラダ:「どうしたの?」
ウイルク:「いや、なんでもない・・・」
ラダ:「そう?悩み事があるなら、何でも打ち明けてね!私たち、夫婦になったんだから!」
ウイルク:「夫婦か・・・」
ラダ:「ん?」
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0:【間】
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ウイルク:(M)翌日、早朝から庭で、女は鍬(くわ)を使って土を耕していた。
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ラダ:「よいしょっ!はぁはぁ・・・。よいしょ!はぁはぁ・・・」
ウイルク:「おい」
ラダ:「あら、ウイルク。目覚めたの?」
ウイルク:「あぁ・・・。まさかとは思うが、ここを畑にしようとしているのか?」
ラダ:「そうよ?私が心を込めて育てた野菜なら、ウイルクに食べてもらえるかも知れないって思ったの」
ウイルク:「食べない」
ラダ:「いいえ、ウイルクは、きっと食べてくれる」
ウイルク:「絶対に食べない」
ラダ:「絶対に食べてくれる。よいしょっ!はぁはぁ・・・。よいしょ!はぁはぁ・・・」
ウイルク:「貸せ」
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ラダ:(M)ウイルクは、強引に私から鍬(くわ)を取り上げ、私の代わりに土を耕し始めた。
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ラダ:「嘘・・・。手伝ってくれるの?」
ウイルク:「・・・」
ラダ:「ありがとう」
ウイルク:「・・・」
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0:【間】
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ウイルク:(M)俺は、誇り高き人狼族だ。本来の姿は、上質な絹のように滑らかな毛並み、サソリ座のアンタレスのように赤い目、闇夜を支配する王のように威厳のある風格。
ウイルク:(M)そして、爪と牙は、狂気を撒き散らしているかのように鋭利で、同族からも恐れられる存在だった。
ウイルク:(M)先の戦争では、人狼族の作戦の指揮を執り、俺自身も、数千もの人族を虐殺した。
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ウイルク:(M)戦争に敗れ、三百年という長い年月が流れたが、俺は今も誇りを失っていない。人を殺すことに何の躊躇いもない。そのはずだった・・・。
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ウイルク:「もうすぐ満月か・・・」
ラダ:「満月?」
ウイルク:「んっ!?いたのか・・・」
ラダ:「満月が、どうかしたの?」
ウイルク:「あぁ・・・。今日から数日の間、仕事で家には帰れなくなる」
ラダ:「仕事?」
ウイルク:「あぁ・・・。前に俺の仕事の内容を話しただろ?俺の仕事は、街の防衛だ。満月が近づくと、人狼族は攻撃的本能が剥き出しになり、動きが活発になる。人間に危害を加える者が出てくるやも知れんからな」
ラダ:「・・・」
ウイルク:「どうした?」
ラダ:「怪我、しないでね」
ウイルク:「心配してくれるのか?」
ラダ:「当たり前でしょ!私は、ウイルクの妻になったんだから!ウイルクのことが、好きだから・・・」
ウイルク:「好き、か・・・」
ラダ:「ウイルクは?私のこと、好き?」
ウイルク:「・・・あぁ・・・。好きだ」
ラダ:「ふふっ。嬉しい」
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ウイルク:(M)なんだ・・・。なんなんだ。あの笑顔は!俺の心を激しく搔き乱す!俺は人族ではない!数百年の時を生きる誇り高き人狼族だぞ!
ウイルク:(M)たかだか、十数年しか生きていない人族の小娘の笑顔に、何故、こんなにも安らぎを覚えてしまうのだ・・・。離れることを寂しいと思ってしまうのだ・・・。
ウイルク:(M)は?寂しい?この俺が!?・・・たった数日・・・。たったの数日の間、満月の近づく間だけ、女と離れ離れになる・・・。それだけのことだ・・・。
ウイルク:(M)そう・・・。女は、ただの家畜だ。
ウイルク:(M)満月の間は、人狼族である俺は、人としての姿を保てなくなり、女をすぐに襲ってしまうやも知れんからな。
ウイルク:(M)まだ、喰うには早い・・・。畑の野菜も、まだ実っていない・・・。
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ラダ:(M)数日後、やつれ切った顔でウイルクは帰ってきた。
ラダ:「ウイルク!」
ウイルク:「・・・」
ラダ:(M)ウイルクは、何も言わず、私を力強く抱きしめてきた。
ラダ:「ちょっ、どうしたの?」
ウイルク:「・・・」
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ウイルク:(M)たったの数日、本来の人狼族としての姿に戻っていただけ。女と会えなくなっただけ。それなのに・・・。どうしてこんなに、想いが溢れるのだろう・・・。
ウイルク:(M)女と、ラダと一緒にいたい。離れたくないという気持ちが・・・。
ウイルク:(M)はっ!なんだ?この感情は!認めん!断じて認めん!この女は、ただの家畜だ。俺が喰うために、生かしているだけだ。
ウイルク:(M)それなのに、そのはずなのに!
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0:【間】
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ラダ:(M)時は流れ、庭の畑に、たくさんの野菜が無事に実った。
ラダ:「そろそろ収穫時かな?」
ウイルク:「・・・」
ラダ:「ウイルク、シチューは好き?」
ウイルク:「・・・好きだ。でも、野菜は食べんぞ」
ラダ:「一緒に育てた野菜だよ?間違いなく美味しいよ!」
ウイルク:「フンッ・・・。収穫だけは、手伝ってやる」
ラダ:「ふふっ」
ウイルク:「なんだ?」
ラダ:「可愛いね!」
ウイルク:「んっ!?俺を馬鹿にするな!」
ラダ:「馬鹿になんてしてないよ!可愛いって言っただけ!」
ウイルク:「それを馬鹿にしていると言うんだ!」
ラダ:「えーっ!」
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0:【間】
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ウイルク:(M)女は、料理の腕が良く、今回出来上がったシチューも、その香りを嗅ぐだけで、胃袋がダンスを踊らされる。
ウイルク:(M)口に入れると、舌が幸福に満たされて、とろけるようだった。
ウイルク:(M)肌を刺す冬の寒さを、温かい手で包み込むように甘く、優しい味。
0:
ラダ:「あっ!ニンジンも、ジャガイモも、玉ねぎまで避(よ)けてる!」
ウイルク:「最初に言っただろ?野菜は食べないと」
ラダ:「今まで食べたことはないの?」
ウイルク:「ない」
ラダ:「それは、食わず嫌いだよ!騙されたと思って、食べてみて!」
ウイルク:「俺は騙されない」
ラダ:「一生のお願いだから、食べて!ねっ!一生のお願いだから!」
ウイルク:「一生のお願いを、こんなに簡単に使っても良いのか?」
ラダ:「良い!だって、ウイルクにどうしても美味しい野菜を食べてもらいたいんだもん!」
ウイルク:「フッ・・・」
ラダ:「ねっ!一生のお願いだから、食べてみてよ!」
ウイルク:「・・・はぁ・・・。仕方ないな・・・。一生のお願いならば・・・」
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ウイルク:(M)俺は、スプーンの上にニンジンを乗せ、目を瞑り、それを口に運んだ。
ウイルク:「んっ!?これは!」
ラダ:「ふふっ。どう?」
ウイルク:「うっ、うまい」
ラダ:「やったー!」
ウイルク:(M)ジャガイモも玉ねぎも美味かった。今まで家畜の食べるものだと、不味いものだと決め付けていただけだった。
ウイルク:(M)幼い頃から植え付けられた常識は、女との出会いによって、崩れ去った。
0:
ウイルク:「ありがとう・・・」
ラダ:「えっ?」
ウイルク:「俺の常識を壊してくれて・・・。お前と、ラダと出会わなければ、俺は、一生、野菜の美味さを知らないままだった」
ラダ:「ふふっ。どういたしまして」
0:
ウイルク:(M)ラダと出会わなければ、誰かを愛おしく思う気持ちも、知らないままだった。
0:
ラダ:「ねぇ、ウイルク」
ウイルク:「なんだ?」
ラダ:「野菜、たくさん収穫できたから、孤児院の方にもお裾分けしてきてもいい?」
ウイルク:「もちろんだ。それなら・・・俺も運ぶのを手伝おう」
ラダ:「ほんとに?」
ウイルク:「あぁ・・・」
0:
ウイルク:(M)それから、数十年の年が流れた。
ウイルク:(M)俺にとって、ラダは、『家畜』ではなく、『かけがえのない存在』になっていた。
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ラダ:「もうすぐ、満月だね。今回も出かけるのよね?」
ウイルク:「あぁ・・・」
ラダ:「寂しいけど、いい子で待ってるね!」
ウイルク:「もう、『いい子』という年でもないだろう?」
ラダ:「ふふっ。そうかも知れないけど、心は若いままでいたいの」
ウイルク:「そうか・・・」
ラダ:「それにしても・・・」
ウイルク:「ん?」
ラダ:「あなたは、ちっとも変わらないのね。元々ウイルクは、おじさん顔だったからかな?」
ウイルク:「おじさん顔だと!?」
ラダ:「うん。出会った頃と何も変わらない。私だけ、おばさんになったみたいで、何か嫌だな」
ウイルク:「おじさんとおばさんなんだから、調和が取れていて、ちょうど良いのではないか?それに、ラダは・・・」
ラダ:「ん?」
ウイルク:「・・・出会った頃よりも、綺麗に、なった・・・」
ラダ:「嘘だ・・・。ただのおばさんだよ?」
ウイルク:「それでも、俺にとっては、世界で一番、綺麗なおばさんだ」
ラダ:「じゃあ、ウイルクも、私にとって、世界で一番カッコよくて、素敵なおじさんだよ」
ウイルク:「・・・」
ラダ:「ふふっ」
ウイルク:「じゃあ、いってくる」
ラダ:「あっ!んんっ!」
ウイルク:「なんだ?」
ラダ:「んんっ!んんっ!」
ウイルク:「だから、なんだ?言いたいことがあるなら、言葉にしろ」
ラダ:「もーう!わかるでしょ!ん!んんっ!」
ウイルク:「・・・チュッ(リップ音)」
ラダ:「ふふっ。ほら!言葉にしなくても、ちゃんと伝わる」
ウイルク:「・・・」
0:
ラダ:(M)ウイルクが家を出ていった夜、教会の人が訪ねてきて、魔法具を手渡された。
ラダ:(M)ペンダントとして身に着けるタイプの魔法具で、その効力は、人狼族を寄せ付けない効果があるらしい。
ラダ:(M)数か月前も、満月の日に、狂暴化した人狼族に人間が殺される被害が出ていたので、街の人たちに配っているらしい。
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0:【間】
0:
ウイルク:(M)ようやく満月が終わった・・・。愛しいラダに会える・・・。
ウイルク:(M)んっ!?なんだ?街に入ってからの、この嫌な感じは・・・?ラダの待つ家に近づけない・・・。
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ラダ:「おかしいな・・・。そろそろ帰ってきても良い頃なのに・・・。何かあったのかな?あれ?あそこにいるのは、ウイルク?」
ウイルク:「ラダ?」
ラダ:「あっ!やっぱりウイルクだ!おーい!ウイルクーッ!」
ウイルク:(M)ぐっ!なんだ!なんなんだ!ラダに会えて、すごく嬉しいはずなのに、ラダが近づくほどに頭痛がっ・・・!あぁっ・・・。うっ!うぅっ・・・。
ウイルク:(M)そして、俺は、すぐに気を失った・・・。
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0:【間】
0:
ウイルク:「うっ・・・ううっ・・・」
ラダ:「目が覚めた?」
ウイルク:「・・・ここは・・・俺とラダの家・・・」
ラダ:「そうだよ。ここは、私とウイルクの家」
ウイルク:「んっ!ふぁっ!」
ウイルク:(M)俺は、気づく。魔法が解け、自分は今、人族の姿ではなく、人狼族の姿に戻っていることに・・・。
ウイルク:「終わった・・・」
ラダ:「終わった?」
ウイルク:「分かっただろ?俺は、人族ではなく、人狼族だ。もう、お前と一緒にはいられない」
ラダ:「どうして?」
ウイルク:「だから、俺は人狼族で」
ラダ:「だから、何?あなたが人狼族でも、あなたは、あなたでしょ?」
ウイルク:「・・・」
ラダ:「私と一緒に、野菜を育ててくれたのは、あなたでしょ?私の作った料理を、毎日、『美味い』と言って食べてくれたのは、あなたでしょ?私が好きになったのは、他の誰でもない、ウイルクよ」
ウイルク:「・・・」
ラダ:「ずっと一緒にいたのに、人狼族だって気づいてあげられなくて、あなたを苦しめる魔法具を身に着けてしまって、ごめんなさい」
ウイルク:「・・・謝るな・・・。騙していたのは、俺の方だ・・・。俺は、お前を喰うために、近づいただけだ」
ラダ:「それでも、何年も食べないでいてくれたでしょ?私を幸せにしてくれたでしょ?」
ウイルク:「それは・・・」
ラダ:「私が好きになったのは、私を幸せにしてくれたのは、人族も人狼族も関係ない。紛れもなく、ウイルクなのよ」
ウイルク:「・・・」
ウイルク:(M)その時、家の外から何人かの人族の気配がした。ただの気配ではない。どす黒い悪意を帯びた気配だ。
ウイルク:「んっ?」
ラダ:「えっ?煙の匂い・・・。まさか!この家に火を!?」
ウイルク:「フッ。どうやら、俺のことが、街の奴らにバレたようだな・・・」
ラダ:「そんな・・・」
ウイルク:「街の奴らは、俺を、人狼族である俺を殺したいんだよ!」
ラダ:「ウイルク・・・」
0:
ウイルク:「ガーッハッハ!馬鹿な女だ!今までのは、ただの演技だ!今から、貴様を喰うことにする!」
ラダ:「えっ?」
0:
ウイルク:(M)俺は、ラダを抱きかかえ、燃え盛る炎の中、家を飛び出した。
ウイルク:(M)家の周囲は、既に武装した騎士や野次馬たちに取り囲まれていた。
ウイルク:(M)「人狼族を殺せ」と怒号や野次が飛び交う。
0:
ラダ:「違う・・・。違うの!ねぇ!みんな、聞いて!ウイルクは、悪い人狼族じゃない!良い人狼族なの!」
ラダ:(M)私の言葉は、人族の耳には届かない。四方八方から矢が飛んでくる。ウイルクは、すかさず私を押し倒し、庇(かば)うように覆いかぶさる。
ウイルク:「貴様ら!よく聞け!この女は、数十年の間、人狼族に騙された馬鹿女だ!今から、貴様らの眼前で骨の髄まで貪(むさぼ)り尽くしてやる!ハーッハッハ!」
ラダ:(M)ウイルクの大きな体は、私の小さな体の盾となり、無数の矢に射抜かれる。
ウイルク:「ぐっ!ううっ・・・」
0:
ラダ:「やだ・・・。嫌だ・・・。みんな、やめて!やめてよ!ウイルクを傷つけないで!お願いだから!」
ウイルク:「・・・ラダ、お願いがある」
ラダ:「・・・何?」
ウイルク:「・・・俺が死んで、奴らに何か訊かれた時には、俺に、人狼族に騙されていただけだと、そう答えるんだ・・・」
ラダ:「いや・・・。そんなの嫌だよ」
ウイルク:「・・・一生の、お願いだ」
ラダ:「一生のお願い?」
ウイルク:「・・・ラダも、俺に野菜を食べさせる時に使っただろ?一生のお願い・・・。俺は、そのお願いを聞いて、野菜を食べてやったじゃないか?」
ラダ:「・・・」
ウイルク:「俺の一生のお願いは、ここで使う・・・。ラダ、生きてくれ!ぐっ、ぐぐっ・・・」
ラダ:「ウイルク・・・ウイルクーッ!」
ウイルク:「ラダ・・・」
ラダ:「ウイルク?」
ウイルク:「・・・愛してる」
ラダ:「・・・愛してる」
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0:【間】
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ウイルク:「うおおお~っ!!!」
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ラダ:(M)ウイルクの咆哮(ほうこう)が轟(とどろ)き、周囲にいた人たちの動きが止まった。
ラダ:(M)彼は、その命と引き換えに、範囲を限定して、『時間停止魔法』を使ったのだ。
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ウイルク:「逃げろっ」
ラダ:「えっ・・・」
ウイルク:「この魔法は・・・、長くは、もたない・・・。早くっ・・・」
ラダ:「いや・・・。ウイルクと一緒に!」
ウイルク:「・・・一緒だ」
ラダ:「・・・」
ウイルク:「心は、ずっと・・・、そばにいる・・・」
ラダ:「・・・」
ウイルク:「行けーっ!!!」
ラダ:「・・・っ!」
0:
ラダ:(M)私は、がむしゃらに走った。ウイルクの『一生のお願い』を叶えるために・・・。
ラダ:(M)彼がくれた新しい命を、未来に繋げるために・・・。
0:
0:【間】
0:
ラダ:(M)そして、月日は流れ・・・。
0:
ホープ:「ねぇ、ママ。今回も、いっぱい野菜が実ったね!」
ラダ:「そうね。とっても美味しそう!夕食は、何の料理にして食べようかしら?」
ホープ:「僕ね・・・。僕、シチューが食べたい!」
ラダ:「シチュー・・・。うん・・・。今夜はシチューにしましょう」
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0:-了-
ウイルク:(N)三百年前、人族(ひとぞく)と人狼族(じんろうぞく)との間に、大きな戦争が起こった。
ラダ:(N)個の強さが人狼族に圧倒的に劣(おと)る人族は、団結力と知略(ちりゃく)を駆使し、戦争に勝利。
ウイルク:(N)人狼族の生き残りは、人族に虐げられ、人里離れた森の奥で、粛々(しゅくしゅく)と生活することを強いられる。
ラダ:(N)しかし、人狼族の一握りの者は、人族の血肉の味を忘れられず、人族の姿に化け、人族の生活に溶け込み、その血肉を啜(すす)る機会を伺う。
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ウイルク:「あぁ・・・。腹が減ったな・・・。今日は、この店にするか・・・」
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ラダ:(N)人狼族のウイルクは、腹を空かせ、人族の食堂に立ち寄った。
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ウイルク:「店主!この店で一番上等な酒と、一番柔らかい肉をくれ!」
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ラダ:(N)ウイルクの元に、酒と肉が運ばれてくる。
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ウイルク:「(咀嚼音)。うーん・・・。やっぱり、肉はうめぇな」
ラダ:「付け合わせの野菜は、食べないの?」
ウイルク:「ん?」
ラダ:「ほら!ニンジンもピーマンも残ってる!」
ウイルク:「なんだ、お前は?」
ラダ:「私?私は、ラダよ」
ウイルク:「ラダ?」
ラダ:「そう、ラダ!あなたの名前は?」
ウイルク:「は?」
ラダ:「あなたの名前は?私は、ラダって教えたんだから、あなたも名前を教えてよ」
ウイルク:「フンッ・・・」
ラダ:「ん?教えてくれないの?もしかして、名前がない人?」
ウイルク:「うるせぇ!名前くらいある!」
ラダ:「じゃあ、教えてよ」
ウイルク:「・・・ウイルク」
ラダ:「ウイルク!あなた、ウイルクっていうのね!」
ウイルク:「あぁ・・・」
ラダ:「ウイルクは、野菜が嫌いなの?」
ウイルク:「・・・何故、それをお前に答える必要がある?」
ラダ:「お前じゃない。ラダよ!」
ウイルク:「フンッ・・・」
ラダ:「不愛想な人」
ウイルク:「不愛想だと?お前が馴れ馴れしいだけだろ?食堂で、知らない男に話しかけるなんざ。気が触れているとしか思えん」
ラダ:「だって、体が大きくて、強そうなウイルクが、付け合わせの野菜だけを綺麗に残していて、とても可愛いと思ったから」
ウイルク:「俺が可愛い?」
ラダ:「そう、子どもみたいに可愛いと思う」
ウイルク:「俺は、子どもじゃない」
ラダ:「子どもは、みんな、自分のことを『子どもじゃない』と言うものよ」
ウイルク:「フンッ。この俺が、何年生きていると思っているんだ?」
ラダ:「三十年?それとも、四十年かしら?」
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ウイルク:(M)フッ・・・。四百年以上生きている俺も、人間の目には、そう映っているのか・・・。
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ウイルク:「つまるところ、大人の年齢なのだから、俺は大人だ」
ラダ:「大人の年齢?それって、何歳から大人の年齢なの?」
ウイルク:「うーん・・・。二十年くらいか?」
ラダ:「ふふっ」
ウイルク:「何故、笑う?」
ラダ:「ううん。ウイルクは、単純で面白いなと思って!」
ウイルク:「俺を馬鹿にするならば、女だって容赦はしない」
ラダ:「容赦はしないって、どんなことするの?」
ウイルク:「腕の一本か二本は、へし折るという意味だ」
ラダ:「やだ。怖い」
ウイルク:「怖いと思うのなら、さっさと失せろ」
ラダ:「じゃあ、このウイルクが残してる野菜、私にくれない?」
ウイルク:「あん?食べるのか?」
ラダ:「うん!」
ウイルク:「好きにしろ・・・」
0:
ウイルク:(M)女は、俺が残した野菜を布に包むと、嬉しそうに食堂を出ていった。俺は、女のことが何故か気になり、静かに後を付けて行った。
ウイルク:(M)女は、町外れの孤児院に立ち寄り、そこの院長に、野菜を包んだ布を渡していた。
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0:【間】
0:
ウイルク:(M)あれから、数日が経った。
ウイルク:(M)俺は、その日、久しぶりに人族の血肉を貪(むさぼ)りたいという衝動に駆られ、街で人族を物色していた。
ウイルク:(M)喰ってもいい人族。身寄りがなく、攫っても騒ぎにならないであろう人族・・・。
0:
ラダ:「あっ!あの時の!」
ウイルク:「ん?お前は・・・」
ラダ:「お前じゃない。ラダ!」
ウイルク:「・・・」
ラダ:「何をしてるの?」
ウイルク:「・・・仕事だ」
ラダ:「仕事?」
ウイルク:「・・・街の警備、防衛が俺の仕事。ここに立ち、不穏な動きをする者がいないか見張っていた」
ラダ:「そうなんだ」
ウイルク:「あぁ・・・。そういうことだから、お前は俺の仕事の邪魔だ。さっさと失せろ」
ラダ:「さっさと失せろって・・・。そんなに邪険にしなくてもいいんじゃない?」
ウイルク:「・・・」
ラダ:「確か名前は・・・。そう、ウイルク、だったかしら?」
ウイルク:「覚えていたのか?」
ラダ:「もちろん!野菜が嫌いな大男!」
ウイルク:「うるせぇ・・・」
ラダ:「でも、本当のことでしょ?」
ウイルク:「野菜は、家畜が食べるものだ。高潔な俺は、肉しか食べない」
ラダ:「ふーん・・・。なんか、もったいないね!野菜の美味しさが分からないなんて」
ウイルク:「お前も、あの時の野菜を食べずに、孤児院の院長に渡していただろ?」
ラダ:「えっ?あの後、私のこと付けてきてたの?」
ウイルク:「・・・少し、気になっただけだ」
ラダ:「気になったってことは、好きになっちゃったってこと?」
ウイルク:「ん!?」
0:
ウイルク:(M)俺がコイツを好きに?ありえない!だが・・・。食の対象としては・・・。
0:
ウイルク:「お前、家族は?」
ラダ:「家族?」
ウイルク:「そうだ。家族は、いるのか?」
ラダ:「誰もいないよ。私は、産まれてすぐに孤児院に預けられたの。だから、あの孤児院には色々と恩があって、時々、食べ物やお金を寄付してるの」
ウイルク:「つまるところ、今のお前は、何の身寄りもないということだな?」
ラダ:「そんなことないよ?若い娘の一人暮らしは危ないからっていう理由で、今は孤児院時代の友人のサーシャと一緒に暮らしてる。サーシャがいるから、私は一人じゃない」
ウイルク:「なるほど・・・」
ラダ:「あら?どうして、そんなに残念そうな顔をするの?」
ウイルク:「いや・・・。そんな顔はしていない」
ラダ:「ほんとに?」
ウイルク:「おい!そんなに顔を近づけるな!」
ウイルク:(M)喰ってしまいたくなるだろ?
ラダ:「・・・もう、照れ屋さん」
ウイルク:「そんなことはない・・・。お前が、何の身寄りもない独り者だったなら・・・」
ラダ:「独り者だったなら?」
ウイルク:「・・・その、一緒に・・・」
ラダ:「一緒に?」
ウイルク:「・・・一緒に暮らすのも悪くないと思っただけだ」
ラダ:「もしかして、それってプロポーズ?」
ウイルク:「うるせぇ!その・・・今は一緒に暮らす相手がいるのだろう?」
ラダ:「今はね。でも、来月、サーシャは、結婚することが決まってて・・・」
ウイルク:「本当か?なら!」
ラダ:「でも、私たち知り合ったばかりだよ?一緒に暮らすなら、もっと時間をかけてからの方が・・・」
ウイルク:「一目惚れだ・・・。俺は、一目見た瞬間に、お前に恋をした」
ウイルク:(M)ありふれて、手垢のついた口説き文句。しかし、人族の血肉を啜るためならば、致し方ない。この女は、まだ世間を知らない。男を知らない。この程度の言葉でも、簡単に落とせるはずだ。
0:
ラダ:「ラダ・・・」
ウイルク:「ん?」
ラダ:「私はラダ。ちゃんと名前を呼んでくれたなら、考えてあげようかな」
ウイルク:「フンッ・・・。ラダ・・・。俺は、ラダに惚れた。一生をかけて、ラダを幸せにする」
ラダ:「・・・よろしくお願いします」
0:
ウイルク:(M)はははははっ!馬鹿な女だ!俺に喰われるとも知らずに!
0:
ウイルク:(M)女の友人の結婚と、俺と女の結婚は、同時に執り行われ、晴れて俺と女は一緒に暮らすことになった。
ウイルク:(M)すぐに、女を喰ってやりたいところだったが、騒ぎになっては面倒なので、しばらくの間、良い夫を演じることにした。
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0:【間】
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ラダ:「ねぇ、ウイルク!見て!綺麗でしょ?」
ウイルク:「なんだそれは?」
ラダ:「ワスレナグサの花よ。森で摘んできたの」
ウイルク:「そんなもの机の上に飾ってどうする?食事をするスペースが狭くなるだけだろ?」
ラダ:「確かに、食事をするスペースは狭くなるかも知れないけど、花を見ながら食べる食事は、いつもより美味しく感じるものなんだよ」
ウイルク:「フンッ・・・。花を机の上に飾った程度で、食事が美味くなるなんて、ありえない」
ラダ:「それがありえるのよね!ウイルクも野菜を食べれるようになるかもよ?」
ウイルク:「ならない。野菜は、家畜が食べるものだ」
ラダ:「じゃあ、私は家畜ってことね?」
ウイルク:「・・・」
0:
ウイルク:(M)家畜・・・。家畜・・・。そう、この女は、いずれこの俺に喰われる家畜だ・・・。
0:
ラダ:「どうしたの?」
ウイルク:「いや、なんでもない・・・」
ラダ:「そう?悩み事があるなら、何でも打ち明けてね!私たち、夫婦になったんだから!」
ウイルク:「夫婦か・・・」
ラダ:「ん?」
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0:【間】
0:
ウイルク:(M)翌日、早朝から庭で、女は鍬(くわ)を使って土を耕していた。
0:
ラダ:「よいしょっ!はぁはぁ・・・。よいしょ!はぁはぁ・・・」
ウイルク:「おい」
ラダ:「あら、ウイルク。目覚めたの?」
ウイルク:「あぁ・・・。まさかとは思うが、ここを畑にしようとしているのか?」
ラダ:「そうよ?私が心を込めて育てた野菜なら、ウイルクに食べてもらえるかも知れないって思ったの」
ウイルク:「食べない」
ラダ:「いいえ、ウイルクは、きっと食べてくれる」
ウイルク:「絶対に食べない」
ラダ:「絶対に食べてくれる。よいしょっ!はぁはぁ・・・。よいしょ!はぁはぁ・・・」
ウイルク:「貸せ」
0:
ラダ:(M)ウイルクは、強引に私から鍬(くわ)を取り上げ、私の代わりに土を耕し始めた。
0:
ラダ:「嘘・・・。手伝ってくれるの?」
ウイルク:「・・・」
ラダ:「ありがとう」
ウイルク:「・・・」
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0:【間】
0:
ウイルク:(M)俺は、誇り高き人狼族だ。本来の姿は、上質な絹のように滑らかな毛並み、サソリ座のアンタレスのように赤い目、闇夜を支配する王のように威厳のある風格。
ウイルク:(M)そして、爪と牙は、狂気を撒き散らしているかのように鋭利で、同族からも恐れられる存在だった。
ウイルク:(M)先の戦争では、人狼族の作戦の指揮を執り、俺自身も、数千もの人族を虐殺した。
0:
ウイルク:(M)戦争に敗れ、三百年という長い年月が流れたが、俺は今も誇りを失っていない。人を殺すことに何の躊躇いもない。そのはずだった・・・。
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ウイルク:「もうすぐ満月か・・・」
ラダ:「満月?」
ウイルク:「んっ!?いたのか・・・」
ラダ:「満月が、どうかしたの?」
ウイルク:「あぁ・・・。今日から数日の間、仕事で家には帰れなくなる」
ラダ:「仕事?」
ウイルク:「あぁ・・・。前に俺の仕事の内容を話しただろ?俺の仕事は、街の防衛だ。満月が近づくと、人狼族は攻撃的本能が剥き出しになり、動きが活発になる。人間に危害を加える者が出てくるやも知れんからな」
ラダ:「・・・」
ウイルク:「どうした?」
ラダ:「怪我、しないでね」
ウイルク:「心配してくれるのか?」
ラダ:「当たり前でしょ!私は、ウイルクの妻になったんだから!ウイルクのことが、好きだから・・・」
ウイルク:「好き、か・・・」
ラダ:「ウイルクは?私のこと、好き?」
ウイルク:「・・・あぁ・・・。好きだ」
ラダ:「ふふっ。嬉しい」
0:
ウイルク:(M)なんだ・・・。なんなんだ。あの笑顔は!俺の心を激しく搔き乱す!俺は人族ではない!数百年の時を生きる誇り高き人狼族だぞ!
ウイルク:(M)たかだか、十数年しか生きていない人族の小娘の笑顔に、何故、こんなにも安らぎを覚えてしまうのだ・・・。離れることを寂しいと思ってしまうのだ・・・。
ウイルク:(M)は?寂しい?この俺が!?・・・たった数日・・・。たったの数日の間、満月の近づく間だけ、女と離れ離れになる・・・。それだけのことだ・・・。
ウイルク:(M)そう・・・。女は、ただの家畜だ。
ウイルク:(M)満月の間は、人狼族である俺は、人としての姿を保てなくなり、女をすぐに襲ってしまうやも知れんからな。
ウイルク:(M)まだ、喰うには早い・・・。畑の野菜も、まだ実っていない・・・。
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0:【間】
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ラダ:(M)数日後、やつれ切った顔でウイルクは帰ってきた。
ラダ:「ウイルク!」
ウイルク:「・・・」
ラダ:(M)ウイルクは、何も言わず、私を力強く抱きしめてきた。
ラダ:「ちょっ、どうしたの?」
ウイルク:「・・・」
0:
ウイルク:(M)たったの数日、本来の人狼族としての姿に戻っていただけ。女と会えなくなっただけ。それなのに・・・。どうしてこんなに、想いが溢れるのだろう・・・。
ウイルク:(M)女と、ラダと一緒にいたい。離れたくないという気持ちが・・・。
ウイルク:(M)はっ!なんだ?この感情は!認めん!断じて認めん!この女は、ただの家畜だ。俺が喰うために、生かしているだけだ。
ウイルク:(M)それなのに、そのはずなのに!
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0:【間】
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ラダ:(M)時は流れ、庭の畑に、たくさんの野菜が無事に実った。
ラダ:「そろそろ収穫時かな?」
ウイルク:「・・・」
ラダ:「ウイルク、シチューは好き?」
ウイルク:「・・・好きだ。でも、野菜は食べんぞ」
ラダ:「一緒に育てた野菜だよ?間違いなく美味しいよ!」
ウイルク:「フンッ・・・。収穫だけは、手伝ってやる」
ラダ:「ふふっ」
ウイルク:「なんだ?」
ラダ:「可愛いね!」
ウイルク:「んっ!?俺を馬鹿にするな!」
ラダ:「馬鹿になんてしてないよ!可愛いって言っただけ!」
ウイルク:「それを馬鹿にしていると言うんだ!」
ラダ:「えーっ!」
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ウイルク:(M)女は、料理の腕が良く、今回出来上がったシチューも、その香りを嗅ぐだけで、胃袋がダンスを踊らされる。
ウイルク:(M)口に入れると、舌が幸福に満たされて、とろけるようだった。
ウイルク:(M)肌を刺す冬の寒さを、温かい手で包み込むように甘く、優しい味。
0:
ラダ:「あっ!ニンジンも、ジャガイモも、玉ねぎまで避(よ)けてる!」
ウイルク:「最初に言っただろ?野菜は食べないと」
ラダ:「今まで食べたことはないの?」
ウイルク:「ない」
ラダ:「それは、食わず嫌いだよ!騙されたと思って、食べてみて!」
ウイルク:「俺は騙されない」
ラダ:「一生のお願いだから、食べて!ねっ!一生のお願いだから!」
ウイルク:「一生のお願いを、こんなに簡単に使っても良いのか?」
ラダ:「良い!だって、ウイルクにどうしても美味しい野菜を食べてもらいたいんだもん!」
ウイルク:「フッ・・・」
ラダ:「ねっ!一生のお願いだから、食べてみてよ!」
ウイルク:「・・・はぁ・・・。仕方ないな・・・。一生のお願いならば・・・」
0:
ウイルク:(M)俺は、スプーンの上にニンジンを乗せ、目を瞑り、それを口に運んだ。
ウイルク:「んっ!?これは!」
ラダ:「ふふっ。どう?」
ウイルク:「うっ、うまい」
ラダ:「やったー!」
ウイルク:(M)ジャガイモも玉ねぎも美味かった。今まで家畜の食べるものだと、不味いものだと決め付けていただけだった。
ウイルク:(M)幼い頃から植え付けられた常識は、女との出会いによって、崩れ去った。
0:
ウイルク:「ありがとう・・・」
ラダ:「えっ?」
ウイルク:「俺の常識を壊してくれて・・・。お前と、ラダと出会わなければ、俺は、一生、野菜の美味さを知らないままだった」
ラダ:「ふふっ。どういたしまして」
0:
ウイルク:(M)ラダと出会わなければ、誰かを愛おしく思う気持ちも、知らないままだった。
0:
ラダ:「ねぇ、ウイルク」
ウイルク:「なんだ?」
ラダ:「野菜、たくさん収穫できたから、孤児院の方にもお裾分けしてきてもいい?」
ウイルク:「もちろんだ。それなら・・・俺も運ぶのを手伝おう」
ラダ:「ほんとに?」
ウイルク:「あぁ・・・」
0:
ウイルク:(M)それから、数十年の年が流れた。
ウイルク:(M)俺にとって、ラダは、『家畜』ではなく、『かけがえのない存在』になっていた。
0:
ラダ:「もうすぐ、満月だね。今回も出かけるのよね?」
ウイルク:「あぁ・・・」
ラダ:「寂しいけど、いい子で待ってるね!」
ウイルク:「もう、『いい子』という年でもないだろう?」
ラダ:「ふふっ。そうかも知れないけど、心は若いままでいたいの」
ウイルク:「そうか・・・」
ラダ:「それにしても・・・」
ウイルク:「ん?」
ラダ:「あなたは、ちっとも変わらないのね。元々ウイルクは、おじさん顔だったからかな?」
ウイルク:「おじさん顔だと!?」
ラダ:「うん。出会った頃と何も変わらない。私だけ、おばさんになったみたいで、何か嫌だな」
ウイルク:「おじさんとおばさんなんだから、調和が取れていて、ちょうど良いのではないか?それに、ラダは・・・」
ラダ:「ん?」
ウイルク:「・・・出会った頃よりも、綺麗に、なった・・・」
ラダ:「嘘だ・・・。ただのおばさんだよ?」
ウイルク:「それでも、俺にとっては、世界で一番、綺麗なおばさんだ」
ラダ:「じゃあ、ウイルクも、私にとって、世界で一番カッコよくて、素敵なおじさんだよ」
ウイルク:「・・・」
ラダ:「ふふっ」
ウイルク:「じゃあ、いってくる」
ラダ:「あっ!んんっ!」
ウイルク:「なんだ?」
ラダ:「んんっ!んんっ!」
ウイルク:「だから、なんだ?言いたいことがあるなら、言葉にしろ」
ラダ:「もーう!わかるでしょ!ん!んんっ!」
ウイルク:「・・・チュッ(リップ音)」
ラダ:「ふふっ。ほら!言葉にしなくても、ちゃんと伝わる」
ウイルク:「・・・」
0:
ラダ:(M)ウイルクが家を出ていった夜、教会の人が訪ねてきて、魔法具を手渡された。
ラダ:(M)ペンダントとして身に着けるタイプの魔法具で、その効力は、人狼族を寄せ付けない効果があるらしい。
ラダ:(M)数か月前も、満月の日に、狂暴化した人狼族に人間が殺される被害が出ていたので、街の人たちに配っているらしい。
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0:【間】
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ウイルク:(M)ようやく満月が終わった・・・。愛しいラダに会える・・・。
ウイルク:(M)んっ!?なんだ?街に入ってからの、この嫌な感じは・・・?ラダの待つ家に近づけない・・・。
0:
ラダ:「おかしいな・・・。そろそろ帰ってきても良い頃なのに・・・。何かあったのかな?あれ?あそこにいるのは、ウイルク?」
ウイルク:「ラダ?」
ラダ:「あっ!やっぱりウイルクだ!おーい!ウイルクーッ!」
ウイルク:(M)ぐっ!なんだ!なんなんだ!ラダに会えて、すごく嬉しいはずなのに、ラダが近づくほどに頭痛がっ・・・!あぁっ・・・。うっ!うぅっ・・・。
ウイルク:(M)そして、俺は、すぐに気を失った・・・。
0:
0:【間】
0:
ウイルク:「うっ・・・ううっ・・・」
ラダ:「目が覚めた?」
ウイルク:「・・・ここは・・・俺とラダの家・・・」
ラダ:「そうだよ。ここは、私とウイルクの家」
ウイルク:「んっ!ふぁっ!」
ウイルク:(M)俺は、気づく。魔法が解け、自分は今、人族の姿ではなく、人狼族の姿に戻っていることに・・・。
ウイルク:「終わった・・・」
ラダ:「終わった?」
ウイルク:「分かっただろ?俺は、人族ではなく、人狼族だ。もう、お前と一緒にはいられない」
ラダ:「どうして?」
ウイルク:「だから、俺は人狼族で」
ラダ:「だから、何?あなたが人狼族でも、あなたは、あなたでしょ?」
ウイルク:「・・・」
ラダ:「私と一緒に、野菜を育ててくれたのは、あなたでしょ?私の作った料理を、毎日、『美味い』と言って食べてくれたのは、あなたでしょ?私が好きになったのは、他の誰でもない、ウイルクよ」
ウイルク:「・・・」
ラダ:「ずっと一緒にいたのに、人狼族だって気づいてあげられなくて、あなたを苦しめる魔法具を身に着けてしまって、ごめんなさい」
ウイルク:「・・・謝るな・・・。騙していたのは、俺の方だ・・・。俺は、お前を喰うために、近づいただけだ」
ラダ:「それでも、何年も食べないでいてくれたでしょ?私を幸せにしてくれたでしょ?」
ウイルク:「それは・・・」
ラダ:「私が好きになったのは、私を幸せにしてくれたのは、人族も人狼族も関係ない。紛れもなく、ウイルクなのよ」
ウイルク:「・・・」
ウイルク:(M)その時、家の外から何人かの人族の気配がした。ただの気配ではない。どす黒い悪意を帯びた気配だ。
ウイルク:「んっ?」
ラダ:「えっ?煙の匂い・・・。まさか!この家に火を!?」
ウイルク:「フッ。どうやら、俺のことが、街の奴らにバレたようだな・・・」
ラダ:「そんな・・・」
ウイルク:「街の奴らは、俺を、人狼族である俺を殺したいんだよ!」
ラダ:「ウイルク・・・」
0:
ウイルク:「ガーッハッハ!馬鹿な女だ!今までのは、ただの演技だ!今から、貴様を喰うことにする!」
ラダ:「えっ?」
0:
ウイルク:(M)俺は、ラダを抱きかかえ、燃え盛る炎の中、家を飛び出した。
ウイルク:(M)家の周囲は、既に武装した騎士や野次馬たちに取り囲まれていた。
ウイルク:(M)「人狼族を殺せ」と怒号や野次が飛び交う。
0:
ラダ:「違う・・・。違うの!ねぇ!みんな、聞いて!ウイルクは、悪い人狼族じゃない!良い人狼族なの!」
ラダ:(M)私の言葉は、人族の耳には届かない。四方八方から矢が飛んでくる。ウイルクは、すかさず私を押し倒し、庇(かば)うように覆いかぶさる。
ウイルク:「貴様ら!よく聞け!この女は、数十年の間、人狼族に騙された馬鹿女だ!今から、貴様らの眼前で骨の髄まで貪(むさぼ)り尽くしてやる!ハーッハッハ!」
ラダ:(M)ウイルクの大きな体は、私の小さな体の盾となり、無数の矢に射抜かれる。
ウイルク:「ぐっ!ううっ・・・」
0:
ラダ:「やだ・・・。嫌だ・・・。みんな、やめて!やめてよ!ウイルクを傷つけないで!お願いだから!」
ウイルク:「・・・ラダ、お願いがある」
ラダ:「・・・何?」
ウイルク:「・・・俺が死んで、奴らに何か訊かれた時には、俺に、人狼族に騙されていただけだと、そう答えるんだ・・・」
ラダ:「いや・・・。そんなの嫌だよ」
ウイルク:「・・・一生の、お願いだ」
ラダ:「一生のお願い?」
ウイルク:「・・・ラダも、俺に野菜を食べさせる時に使っただろ?一生のお願い・・・。俺は、そのお願いを聞いて、野菜を食べてやったじゃないか?」
ラダ:「・・・」
ウイルク:「俺の一生のお願いは、ここで使う・・・。ラダ、生きてくれ!ぐっ、ぐぐっ・・・」
ラダ:「ウイルク・・・ウイルクーッ!」
ウイルク:「ラダ・・・」
ラダ:「ウイルク?」
ウイルク:「・・・愛してる」
ラダ:「・・・愛してる」
0:
0:【間】
0:
ウイルク:「うおおお~っ!!!」
0:
ラダ:(M)ウイルクの咆哮(ほうこう)が轟(とどろ)き、周囲にいた人たちの動きが止まった。
ラダ:(M)彼は、その命と引き換えに、範囲を限定して、『時間停止魔法』を使ったのだ。
0:
ウイルク:「逃げろっ」
ラダ:「えっ・・・」
ウイルク:「この魔法は・・・、長くは、もたない・・・。早くっ・・・」
ラダ:「いや・・・。ウイルクと一緒に!」
ウイルク:「・・・一緒だ」
ラダ:「・・・」
ウイルク:「心は、ずっと・・・、そばにいる・・・」
ラダ:「・・・」
ウイルク:「行けーっ!!!」
ラダ:「・・・っ!」
0:
ラダ:(M)私は、がむしゃらに走った。ウイルクの『一生のお願い』を叶えるために・・・。
ラダ:(M)彼がくれた新しい命を、未来に繋げるために・・・。
0:
0:【間】
0:
ラダ:(M)そして、月日は流れ・・・。
0:
ホープ:「ねぇ、ママ。今回も、いっぱい野菜が実ったね!」
ラダ:「そうね。とっても美味しそう!夕食は、何の料理にして食べようかしら?」
ホープ:「僕ね・・・。僕、シチューが食べたい!」
ラダ:「シチュー・・・。うん・・・。今夜はシチューにしましょう」
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0:-了-