台本概要

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タイトル 紅騎士の夜と月
作者名 七村 圭  (@kestnel)
ジャンル ファンタジー
演者人数 2人用台本(不問2)
時間 30 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明  魔物を使役し瞬く間に大陸を支配したドラクラス帝国。幾多の国を滅ぼし圧政を敷く帝国に対し、各国は同盟軍を立ち上げ、連日帝国軍との激しい戦いを繰り広げていた。
 そんなある日、同盟軍の戦列に「紅の天馬騎士」と称された元ドラクラスの騎士・スカラが加わることになった。だがそのスカラに国を滅ぼされた同盟軍の聖騎士ルシェルは復讐の絶好の機会ととらえ――

■配信での台本使用について
・配信媒体での使用は自由です。収益化の有無は問いません。アーカイブの公開も自由です。使用される際は作者名を概要欄や固定コメント等、どこかに表記してください。作者への連絡は不要です(ご連絡いただく分には大歓迎です)。
・セリフや性別の変更可です。一人称や語尾の変更等ご自由にどうぞ。
・演者様の性別・人数は問いません。一人二役や練習用に全て一人で読むこともOKです。
・アドリブ大歓迎。笑い声等も入れて頂いて構いません。楽しくお使いください。

■著作権について
・著作権は全て七村圭に帰属します。配信や私用目的以外のみだりな複製・配布・翻案・改変など著作権侵害にあたる行為はおやめください。また自作発言はいかなる使用目的でもおやめください。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
スカラ 不問 87 スカラ=リーゼンダール。元ドラクラスの騎士。赤毛の馬で戦場を駆け抜けるように戦うことから「紅の天馬騎士」の二つ名がある。人柄と実力をドラクラス王に認められ、王の孫娘の警護を任されていたことも。
ルシェル 不問 89 ルシェル=エル=リンド。帝国ドラクラスによって滅ぼされたノルダール王国の聖騎士。騎士国家エルナイトの王子が立ち上げた同盟軍に参加し、ドラクラスへの復讐を誓う。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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ルシェル:(語り)魔界からの魔物を使い、またたく間に大陸を支配したドラクラス帝国。幾多(いくた)の国を滅ぼし圧政を敷く帝国に対し、各国は騎士国家エルナイトの王子アウリスを旗頭(はたがしら)に同盟軍を立ち上げ、連日帝国軍との激しい戦いを繰り広げていた。 ルシェル:そんなある日、同盟軍の戦列に「紅の天馬騎士」と称された元ドラクラスの騎士・スカラが加わることになった――。 0:◆◆◆◆◆◆◆場面転換◆◆◆◆◆◆◆ 0:  0:  0:  0:  0:  0:同盟軍の前線基地にて スカラ:――このたび同盟軍に参加させてもらうことになった、スカラ=リーゼンダールだ。アウリス王子から紹介して頂いた通り、私は元々この軍の宿敵である帝国、ドラクラスの人間だ。しかし訳あって今回、この軍の戦列に加えてもらうことになった。ここは戦いの最前線だが、早く皆の力になれるよう私の全身全霊を注ぐつもりだ。よろしく頼む。 ルシェル:ドラクラス軍のスカラ。間違いない。紅の天馬騎士、スカラ=リーゼンダール……。 ルシェル:どうしてやつが同盟軍に……。 0:◆◆◆◆◆◆◆場面転換◆◆◆◆◆◆◆ 0:  0:  0:  0:  0:  0:夜、前線基地内にて。 スカラ:――これが同盟軍の前線基地か。想像していたより広いな。これだけの軍がドラクラスに反旗を翻(ひるがえ)していたとは……。大量の魔物を擁する帝国にも、これなら勝てるかもしれない。 スカラ:ドラクラス帝国が魔界の門を開き、魔物を使って大陸を支配してからはや三年。私が居ぬ間に世界の状況は大きく変わっていたようだ。 スカラ:さて、私のテントはどこかな。もう夜になってしまったし、こう広いと一人で探すには骨が折れそうだ。 スカラ:それにしても、きれいな月だな。帝国にいたときより、明るく見える。 0:(暗闇からルシェルが現れる) ルシェル:スカラ=リーゼンダールだな。 スカラ:……君は? ルシェル:私はルシェル。この軍の騎士だ。あなたをテントに連れて行けとアウリス王子に言われている。 スカラ:(しばらくルシェルの顔を見つめ)――そうか。ではお願いするとしよう。ちょうど広くて困っていたところなんだ。 ルシェル:ああ。同盟軍はいまやアウリス王子の国の兵だけでなく、大国小国合わせて十以上の国の兵が加わっているからな。広くもなる。 スカラ:そうなのか。ではドラクラスとフェルタ魔法国、モルヴィア共和国以外のほぼ全ての国が加わっているんだな。 ルシェル:そうなるな。皆、ドラクラスのやり方に不満を持っているということだろう。さあ、こっちだ。 スカラ:ああ。 0:◆◆◆◆◆◆◆場面転換◆◆◆◆◆◆◆ 0:  0:  0:  0:  0:  0:しばらく進み、人気のない袋小路へ。 スカラ:私のテントは、そろそろかな。 ルシェル:もう少し先だ。なにせ広いからな。 スカラ:いや、この辺りでいいだろう。 ルシェル:ん? どういうことだ。 スカラ:君はどうやら私のテントに案内するつもりがなさそうだし、人気(ひとけ)のないここなら君には好都合だと思ったからさ。 ルシェル:……貴様、いつから分かっていた? スカラ:最初から。君はアウリス王子の使いを装っていたけれど、すさまじい目の殺気はとても誤魔化せていなかったよ。ビリビリと刺すような視線がこちらに伝わってきたからね。 ルシェル:そうか……。なら遠慮することはないな、スカラ=リーゼンダール! 0:(ルシェル、剣を抜く) スカラ:急に剣を抜くとは、物騒だね。 ルシェル:うるさい! まさかこんなところで出会うとはな……。かたきを討つ機会を恵んでくれた神に感謝しなければ。 スカラ:君は、私に会ったことがあるのか。すまない。君の顔を私は覚えていない。 ルシェル:直接会ったことはないさ。だが私の出身を聞けば分かるだろう。私の生まれた国は――王立国家ノルダールだ。 スカラ:ノルダール……そうか。あのノルダール王国か。 ルシェル:そうだ! ドラクラス軍によって滅ぼされ、捕まった国民も全て非道な扱いを受け死に絶えた、あのノルダールだ! 私はそこの聖騎士ルシェル=エル=リンド。当然、私も祖国のためドラクラスと戦っていた。そのとき帝国軍を指揮していたのは――貴様だ、スカラ! スカラ:確かに、ノルダール王国に攻め入ったときの帝国軍は私が指揮していた。そうか、それはすまなかったな。 ルシェル:すまないで済むものか! ノルダールの国民も、王も、軍も、貴様に滅ぼされたのだぞ! 我々はどこの国とも組まない中立国として平和に暮らしていたのに、その規範を破り魔物どもを従えて侵略し、傍若無人の限りを尽くした。私の家族にも……! その怨み、私は決して忘れはしない! ルシェル:母国が滅び、生き恥をさらしている私の唯一の望みは、ドラクラスの滅亡。そして、私の国を滅ぼしたスカラ、貴様への復讐だ! スカラ:私への復讐、か。なら、それほどの殺気を放つのも理解できるな。 ルシェル:だまれ! そもそもどういうつもりだ。ドラクラス帝国の有名な騎士だった貴様が、敵である同盟軍に入ることなど、許されるわけがない! スカラ:私がこの軍に入ることができたのは、同盟軍を立ち上げたアウリス王子の許しがあってのことだ。そのことだけは信じてほしい。 ルシェル:王子なりにお考えがあるのだろうが――私は絶対に認めない。虐殺された王と国民、そして私の家族のために、認めるわけにはいかない……! ルシェル:さあ、剣を抜け。お前が死ぬか、私が死ぬか、二つに一つだ! 0:(間) ルシェル:さあどうした、抜け! それとも臆したか? 貴様も騎士の端くれだろう。『紅の天馬騎士』と呼ばれた貴様の華麗な剣さばき、私に見せてみろ! スカラ:――確かに、その軍を指揮したのは私だ。君の国民にも、家族にも、ひどいことをしたと思う。 スカラ:だがいまの私は、アウリス殿に剣をささげている身だ。私が生きるも死ぬも、アウリス殿にゆだねている。だから、私から剣を抜く気はないよ。 ルシェル:なっ――!? スカラ:もし私の首がほしいなら、いつでも殺しにくるがいい。私は抵抗しない。いまなら簡単に、君の国と家族のかたきを討てるだろう。 0:(スカラ、背を向けて去っていく) ルシェル:待て、スカラ! なぜ……なぜだ……。 ルシェル:くっ……うあああああああ! 0:(ルシェル、後ろから追ってスカラのわき腹を刺す) スカラ:ぐっ! 0:(スカラ、痛みを感じその場に倒れる。ルシェル、息が乱れる) ルシェル:はあっ、はあっ……。 ルシェル:どうして…… ルシェル:どうして、よけなかった……? 0:◆◆◆◆◆◆◆場面転換◆◆◆◆◆◆◆ 0:  0:  0:  0:  0:  0:宿営地のテントにて、軍医と。 スカラ:――テントまで用意してくれて助かったよ、軍医殿。ああ、彼と剣の手合わせをしていたら、間違って少し横腹を切ってしまったんだ。傷は浅いから大丈夫。 スカラ:……軍医殿。すまないが、彼と二人にさせてくれないか。手当してくれてありがとう。 0:(軍医がテントを出ていく) ルシェル:――どうしてよけなかった。 スカラ:君こそ、どうして剣を外した。私を刺し殺そうと思えば、簡単にできたはずだ。 ルシェル:質問しているのは私だ! なぜ死ぬかもしれないのに何も抵抗しなかった!? スカラ:さっき伝えた通りだよ。私はアウリス殿に剣を捧げている身だと。答えるのは君の番だ。 ルシェル:……。 ルシェル:お前の目が、悲しそうだったから。 スカラ:悲しそう? ルシェル:私が倒すべきドラクラスの幹部スカラは、私の国を残虐なやり方で滅ぼした非道な人間のはずだ。そうでなければいけない。争いに加わった兵士だけでなく、罪のない平民にまで手をかけ、全てをなぶり殺しにした。女子供も容赦無くだ。とても心ある人間のやることとは思えない。自分の力を他人に見せつけ、他者を支配することに欲望の全てを注いでいるような、そんな人間であるはずなんだ。 ルシェル:それがどうだ。私が相対(あいたい)したスカラは、いつ殺されてもいいと、何も抵抗しないと言い放った。口だけじゃない。お前の目がそう言っていた。お前の目は、私を見ていなかった……。そんな人間を殺したところで、ズタ袋に剣を差し入れるようなものだ。きっとなんの手応えもない。 スカラ:ズタ袋、か。フッ。 ルシェル:何がおかしい。 スカラ:いや、私の今の存在を言い当てているようで、おかしくなった。君のことを笑ったわけじゃない。許してほしい。 ルシェル:……お前は一体なんなんだ。私の国だけじゃない。他国も蹂躙(じゅうりん)して多くの恨みを買いながら、お前は散々酷いことをしてきた。なのに、なぜそんな目ができる?  スカラ:そうだな……。もうこの世に未練はないと思っているからかもしれないな。 ルシェル:死んでも構わないというのか。 スカラ:ああ。 0:(やや沈黙) ルシェル:……スカラ。お前はどうして同盟軍に加わった? なぜドラクラスを裏切った。 スカラ:――やはりいま話さなくてはいけないかな。 ルシェル:話さなければ、いまここでお前を殺す。たとえ話しても私が納得できなければ、殺す。 スカラ:それは、愛の告白より緊張するね。 ルシェル:戯れ言(ざれごと)を聞きたいのではない! 私は真剣に―― スカラ:分かっているよ。少し長い話になるが。 ルシェル:構わない。 スカラ:……ドラクラス帝国は現在、ドラクラス十二世が王についているが、後継者は孫娘のセリカ姫だけだというのは知っているか。 ルシェル:ああ。それにまつわる黒い噂もな。 スカラ:そうか。どんな噂だった? ルシェル:ドラクラス十二世には一人娘しかおらず、隣国のモルヴィア共和国の王子と結婚し娘を設けたが直後に病死。相手の王子も一ヶ月後に落馬の事故で死亡。この二人の死は病気がちなドラクラス王から権力を奪うために誰かが仕組んだものだった。突如としてドラクラスが他国へ侵攻を始めたのも、その誰かのしわざである。こんなところだな。 スカラ:なるほど。噂というのもバカにならないな。 ルシェル:本当なのか……? スカラ:だいたいな。実際はよりひどい。 ルシェル:ひどい? スカラ:ドラクラスには政治を担当する執政官(しっせいかん)がいるが、十年前にその座についたのが、グルゴアという者だ。彼は非常に知恵が回る男で、帝国の勢力拡大に大きく貢献したのだが、やり方が少々強引でね。ドラクラス王からはあまり信頼されていなかった。それが四年前、突然、王は彼を国の宰相(さいしょう)、つまり王に次ぐ権力をもつ身分を与えた。 ルシェル:何か大きな功績でもあったのか。 スカラ:いや。だが王はそれから彼のことを重用(ちょうよう)するようになり、国の政治はほぼその男の言いなりになっていった。思えばその頃からかな。王の様子がおかしかったのは。 ルシェル:王はその男に何か弱みでも握られていたのか。 スカラ:ある意味ではそうだな。ただその弱みというのは、王自身の『心』なのだが。 ルシェル:心? 心が弱みになるのか。 スカラ:君も知っていると思うが、王は野心家でね。自分の国を大きくすることに人生を注いでいた。飢えていたと言ってもいい。ただそれは正当な方法で行うという前提でのことだ。人の道に反したやり方を王はひどく嫌っていたし、私が剣を捧げたのも王のそうした性格を尊敬していたからだ。だがグルゴアが腹心となってから、それが変わった。 ルシェル:待て。どうしてお前がそこまで国の中枢の事情を知っている? お前は戦場の騎士ではなかったのか。 スカラ:――私はね、たまたまドラクラス王に個人的に気に入られていたんだ。親がおらず天涯孤独だった私はひょんなことからドラクラス王に拾われ、戦争で名を上げた。王と性格も合っていたんだろうな。私はセリカ姫が九歳のころから、彼女の警護役を賜(たまわ)ったんだ。 ルシェル:セリカ姫の警護。だから王宮によく出入りしていたのか。 スカラ:ああ。姫といた時は、よく王と執政官の話も眺めていたよ。それで国の内政事情や外交関係も知ることができた。 スカラ:そうした状況が変わったのが、グルゴアが腹心になってからだ。やつは黒魔術に長けていて、帝国の勢力拡大には魔界から魔物を召喚して戦争に使うのがよいと進言したんだ。そんなことをすればこの世界は破壊と混沌に支配されると誰でも分かるのだが、王は一も二もなくうなずいてしまった。その頃にはもう、王はグルゴアのあやつり人形に成り下がっていたのかもしれない。 ルシェル:王はどうして何も反論しなかったんだ。非人道的な行いは嫌っていたのだろう? スカラ:私もそれを疑い、独自に王とグルゴアの周辺を調べることにした。分かったのは、グルゴアの扱う黒魔術の一つに、人の精神に作用するものがあるということだった。 ルシェル:人の、精神……? それはつまり、人の心を操ることができる、ということか? ではドラクラスの幹部たちは皆、そいつに操られて―― スカラ:いや、そうではない。それなら私もとっくに魔法をかけられていただろうから。そもそもやつの専門は魔物の召喚だ。やつにできたのは、人の心の一部を少し後押しするだけだったらしい。でも、それで十分だった。 ルシェル:そうか。やつは、ドラクラス王の元々大きな野心を後押ししたんだな。 スカラ:ああ。そうされたことにより、ドラクラス王は自分の野心を満たすために見境を失くした、と私は考えている。他の何人かの野心の強い幹部も背中を押され、王に同調するようになっていた。 スカラ:そしてこれは私の憶測だが――ドラクラス王の娘、つまりセリカ姫の母親とその夫の死には、グルゴアが関わっているとにらんでいる。 ルシェル:――お前の話が全て本当だとして、だが我々にとっては同じことだ。ドラクラスは結果として大量の魔物を使って他国への侵略を始め、一時は大陸のほぼすべてを掌握するまでに至った。何十万、何百万という人間を犠牲にしてな。同情はできない。お前にも。 スカラ:ああ。全くその通りだ。 ルシェル:そんな王になぜ付き従った? スカラ:私も、側近の騎士たちも皆、王のことを尊敬し剣を捧げていた。頭では間違っていると思っていても、王の考えたことなのだから必ずドラクラスのためになると皆本気で思っていたのだ。そうでなければ――剣を捧げた者として、心の折り合いがつかない。我々はドラクラスと運命をともにするという誓いを立てていたのだから。聖騎士である君だってそうだろう? ルシェル:……そう、だな。もし私の主君に同じことを命令されれば、たとえおかしいと感じても、私はそのとおり動くだろう。だがそれは私の国、ノルダールを滅ぼした言い訳にはならない。 スカラ:分かっているよ。私のしたことは全て私の責で行ったことだ。弁解するつもりはない。 ルシェル:ならなぜ、お前はドラクラスを裏切った? 王に剣を捧げたのではなかったのか? 本当はお前自身もあまりに非人道的なやり方に罪悪感を感じて、心の折り合いというものがつかなくなったのではないのか? スカラ:そういってくれると、少し救われる。 ルシェル:……なに? スカラ:私の心の奥底にあるものを言い当ててくれたように思う。そう。私自身、そう感じていたのだろう。君は優しいやつだな。 ルシェル:勘違いするな。お前に同情したんじゃない。 スカラ:そうだな。すまない。ただ、私がドラクラスに背いたのは、別の理由があったからだ。 ルシェル:別の理由? スカラ:私は戦場からドラクラス王に手紙で進言したんだ。この戦いは間違っている。大陸をいたずらに混乱させないため、いますぐにでも停戦すべきだと。だが返ってきた返事は、セリカ姫殺害未遂の逮捕状と、騎士憲章のはく奪を伝える書面だった。 ルシェル:なっ――!? 殺害未遂? お前はセリカ姫の警護を任されていたのではなかったのか? いや、そもそもお前はそのとき戦いの最前線にいたはずだろう? スカラ:ああ。正確には、過去の殺害未遂についてだ。私が戦争に出向くまで姫の警護をしていたことを逆手に取ったんだろうな。私は戦争の最前線でドラクラスから送られてきた者たちに捕まった。 ルシェル:念のために聞くが、お前はセリカ姫に手をかけようとしたのではないんだな? スカラ:バカな。私にとってセリカ姫は一生を賭けて守り抜くと決めた存在だ。それは王に任されたからという以上に、セリカ姫が私にとってかけがえのないお方だからだ。 ルシェル:たしか、まだ幼い年齢だったな。 スカラ:今年で十二歳。だがすでに王を彷彿(ほうふつ)とさせる威厳があり、加えて配下への優しさ、気配りは王以上の素質がある。まだ幼い子供なのに、倍も違う年齢の私を、セリカ姫はいつも気遣って下さっていた。私はセリカ姫を、心から愛している。 ルシェル:捕まったとき、抵抗しなかったのか。 スカラ:あまりにショックで何も考えられず、そのまま縄に縛られるしかなかった。だが後から後から怒りがこみあげてきて、私は無理やり縄を解いてから前線基地を抜け出し、一人でドラクラス城へ駆け戻った。 ルシェル:無謀だな。たった一人で国に戻るなど。 スカラ:どのみちあのまま捕まっていれば、私は間違いなく死罪だよ。城に戻った私は真っ先にセリカ姫のもとへ向かった。どうにかして姫の部屋に侵入した私は姫と再会し、ドラクラスの状況を尋ねた。とたん、姫はその場に泣き崩れた。姫はグルゴアによってなかば軟禁状態にされていたからだ。 ルシェル:なぜそのような……。ドラクラス王はそのことを知っていたのか。 スカラ:ああ。だが王はセリカ姫のいる目の前で『子などまた産めばいい』と言ったらしい。以前の王なら考えられない言葉だ。 ルシェル:ドラクラス王には、会えたのか。 スカラ:会えなかった。まもなく衛兵に見つかってね。セリカ姫を助け出すのが精いっぱいだった。 ルシェル:助け出す? セリカ姫は、もうドラクラス城にはいないのか? スカラ:ああ。王もグルゴアも、きっと私を誘拐犯と見立てて血眼(ちまなこ)で探しているか、あるいはセリカ姫はもう殺されたとして存在を抹消しているのではないかな。 ルシェル:セリカ姫は、どこに……? スカラ:ドラクラスから遠く離れた村の老夫婦に、セリカ姫を預けた。場所は死んでも言わない。 ルシェル:お前は、その村に残らなかったのか。セリカ姫を赤の他人に預けて、大丈夫なのか。 スカラ:気にしてくれるのか? 君には関係のないことだろう。 ルシェル:それは、その――。つ、罪のない子供のことだ。暗い結末なら目ざめが悪いからな。 スカラ:まあ、心配していないと言えばウソになるが――私がそばにいるよりは安全だろう。私はいろんなところに名も面も割れているし、私自身も国に追われているだろうからな。赤の他人が世話をした方が理にかなっている。 ルシェル:……お前が同盟軍に入ったのは、ドラクラス王にもう一度会うためか? スカラ:そうだな。できるなら直接会って、王を説得したい。そして、全ての元凶であるグルゴアを討ちたい。彼に加担した私が言うのも筋の通らない話だが、でも――これが私にできる唯一の償いだ。 ルシェル:だがどのみちこちらが勝てば、王は死刑に処される――いや、そうか。それでアウリス王子なのか。 スカラ:そうだ。アウリス殿は敵国の長(おさ)にこれまで刑を与えたことがない、底抜けのお人好しだ。私ですら拾ってくれたのだからな。彼ならば――仮にドラクラス王を捕えてもすぐに殺すことはあるまい。 ルシェル:王子が許しても世界が許さないだろうがな。 スカラ:世界、か――。 ルシェル:最後に聞きたい。お前はどうして、私の剣をよけなかった? スカラ:巡り巡って、最初の質問に戻ったね。 ルシェル:もしこの軍に加わり、グルゴアを討ってドラクラス王に会いたいのなら、いま死ぬわけにはいかないだろう。矛盾している。なぜだ。なぜお前は、いつでも私を殺せるなどと言ったんだ? スカラ:――君は、世界とはなんだと思う? ルシェル:なに? スカラ:世界。さっき君が言ったじゃないか。ドラクラス王のことは、『王子が許しても、世界が許さないだろう』と。その世界とは、なんだい。 ルシェル:この世界中の人々のことだ。ドラクラスに苦しめられた、すべての国の人々のことだ。 スカラ:なぜ。 ルシェル:なぜ? スカラ:なぜ世界は、王を許さない? ルシェル:当然だろう。たとえ操られていたにせよ、この戦争を起こしたのはドラクラス王であり、やつはその責任者だ。王の罪は死してなお足りん。 スカラ:そうだな。今回の戦争の象徴という意味では、そうだ。 ルシェル:……なにが言いたい? スカラ:戦争とはどうして起こるのだろう。私はここ最近、そのことばかり考えている。発端(ほったん)はグルゴアであり、ドラクラス王であるのかもしれない。でもその二人ですら、最初から戦争を望んでいたとは私には思えないのだよ。戦争とはなにかの目的を叶える手段であって、戦争そのものを好む者はそういない、避けられるのなら避けたいと思っていたはずだと、私は信じている。 ルシェル:また私の同情を買うつもりか。それともアウリス王子と同じく、底抜けのお人よしなのか。 スカラ:いや。ただ私は、疲れたんだよ。戦争というものに。そのことに、前の戦いではっきり気づいた。たとえ剣を捧げた主君の命(めい)であったとしても、私は戦争そのものを肯定する気にはなれなかった。人道的か非人道的かなどということは関係ない。戦争は戦争だ。人が人を殺し、殺された者は殺した者を憎み、また殺す。例え捕虜を全て解放したとしても、敵国の王を許したとしても、悲劇はどこかで起きている。たとえこの同盟軍が勝利を収めたとしても、世界は許さないだろう。親を、子を、友人を、恋人を殺された者たちが。私は結局、そのことに耐えられなかった。 ルシェル:殊勝な話だな。戦場を踊るように駆け、『紅の天馬騎士』として名をはせたお前らしくない。ならなぜ、また軍に入るような真似をした? もう戦いが嫌になったのだろう。 スカラ:この醜い戦争が私の力で早く終わるならと思った――いや、違うな。 0:(間) スカラ:たぶん、私は――死に場所を探しているのだろう。 ルシェル:騎士としてのか。 スカラ:それもある。王にははく奪されたが、私が自分の人生として打ち込んできた騎士としての矜持(きょうじ)は持っていたいからな。だが本当のところは、ただ疲れただけだ。正直―― スカラ:君が私を殺すと言ったとき、私はこれで楽になれると思った。 0:(間) ルシェル:――私も、戦争のコマの一人だ。 スカラ:……ルシェル。 ルシェル:確かに、私が殺したドラクラスや他国の人間にも家族がいるだろう。恨みも買っているはずだ。だが私はお前ほど感傷的にはなれない。私は聖騎士とはいえただのちっぽけな一人の人間だし、この世界のためにできることなんてたかが知れている。だから、自分の両手の届く範囲でベストな生き方を送れればそれでいいと思っている。 スカラ:――そうか。それもいい考え方だな。 ルシェル:(立ち上がり)こうしよう。お前とは一時休戦だ。 スカラ:私を仲間として認めてくれたのかな? ルシェル:違う。お前を殺すより生かしておいたほうが、お前が苦しむということが分かったからだ。 スカラ:フッ。なるほど。 ルシェル:お前に恨みをもつ者がお前を殺そうとしたとき、私はお前を守ろう。この戦争が終わるまでな。 スカラ:殺すと言ったり守ると言ったり、君は勝手なやつだな。 ルシェル:お前が死にたいと言っているのだからしかたないだろう。他の誰にも、お前のことを殺させはしない。やるのは私だ。 スカラ:私を独り占めにするということかい。 ルシェル:そ、そういうことでは―― スカラ:冗談だよ。では私からも君に求めたい。もしこの戦争が終わったら―― スカラ:私のことを殺すまで、私と一緒に暮らしてくれないか。 ルシェル:なっ――は? スカラ:私はすでにドラクラスから追放された身だし、戦争が終わっても帰る国が無いんだ。どのみち私を殺すというのなら、私のそばにいてくれるほうが都合がいいだろう? 私も一人で暮らすのは寂しい。 ルシェル:ふざけるな。わ、私がお前などと一緒に暮らせるわけないだろう! スカラ:そうか。それは残念だな。 ルシェル:お前と話すと調子が狂う……。今日はもうこの辺で失礼する。 スカラ:ルシェル。 ルシェル:なんだ。 スカラ:ありがとう。私の話に付き合ってくれて。だいぶ気持ちが楽になった。 ルシェル:好きで付き合ったわけじゃない。お前は殺すに値するか、私が判断したかっただけだ。 スカラ:私はそれでも構わなかったよ。おやすみルシェル。いい夢を。 ルシェル:お前こそ。 0:(ルシェル、テントを出る) ルシェル:――本当に拍子抜けだ。 ルシェル:私の生涯を賭けて討つつもりだった相手が、あのようなもぬけの殻になっていようとは。 ルシェル:……いや、殻ではないか。私の中のスカラは、私の勝手な思い込みが作り上げた悪の残像だったのかもしれない。 ルシェル:やつの言うことを信じるなら――やつなりに悩みながら国と主君への忠誠を守り通そうとしていたのだ。もし私が逆の立場でも、そうしていただろう。 ルシェル:結局、悪いのは戦争だ。私たちの手で早く終わらせなければ。そして、平和な世をとり戻さなければ――。 ルシェル:――全く、憎たらしいくらい、今日はきれいな月だ。 0:◆◆◆◆◆◆◆場面転換◆◆◆◆◆◆◆ 0:  0:  0:  0:  0:  ルシェル:(語り)その後、「紅の天馬騎士」スカラと「ノルダールの聖騎士」ルシェルは同盟軍の中心的戦力となり、ドラクラスとの戦いで数々の功績を上げるのだった。 ルシェル:さて、二人の約束がその後どうなったのか。 ルシェル:それはまた、いつかの話で。 0:了

ルシェル:(語り)魔界からの魔物を使い、またたく間に大陸を支配したドラクラス帝国。幾多(いくた)の国を滅ぼし圧政を敷く帝国に対し、各国は騎士国家エルナイトの王子アウリスを旗頭(はたがしら)に同盟軍を立ち上げ、連日帝国軍との激しい戦いを繰り広げていた。 ルシェル:そんなある日、同盟軍の戦列に「紅の天馬騎士」と称された元ドラクラスの騎士・スカラが加わることになった――。 0:◆◆◆◆◆◆◆場面転換◆◆◆◆◆◆◆ 0:  0:  0:  0:  0:  0:同盟軍の前線基地にて スカラ:――このたび同盟軍に参加させてもらうことになった、スカラ=リーゼンダールだ。アウリス王子から紹介して頂いた通り、私は元々この軍の宿敵である帝国、ドラクラスの人間だ。しかし訳あって今回、この軍の戦列に加えてもらうことになった。ここは戦いの最前線だが、早く皆の力になれるよう私の全身全霊を注ぐつもりだ。よろしく頼む。 ルシェル:ドラクラス軍のスカラ。間違いない。紅の天馬騎士、スカラ=リーゼンダール……。 ルシェル:どうしてやつが同盟軍に……。 0:◆◆◆◆◆◆◆場面転換◆◆◆◆◆◆◆ 0:  0:  0:  0:  0:  0:夜、前線基地内にて。 スカラ:――これが同盟軍の前線基地か。想像していたより広いな。これだけの軍がドラクラスに反旗を翻(ひるがえ)していたとは……。大量の魔物を擁する帝国にも、これなら勝てるかもしれない。 スカラ:ドラクラス帝国が魔界の門を開き、魔物を使って大陸を支配してからはや三年。私が居ぬ間に世界の状況は大きく変わっていたようだ。 スカラ:さて、私のテントはどこかな。もう夜になってしまったし、こう広いと一人で探すには骨が折れそうだ。 スカラ:それにしても、きれいな月だな。帝国にいたときより、明るく見える。 0:(暗闇からルシェルが現れる) ルシェル:スカラ=リーゼンダールだな。 スカラ:……君は? ルシェル:私はルシェル。この軍の騎士だ。あなたをテントに連れて行けとアウリス王子に言われている。 スカラ:(しばらくルシェルの顔を見つめ)――そうか。ではお願いするとしよう。ちょうど広くて困っていたところなんだ。 ルシェル:ああ。同盟軍はいまやアウリス王子の国の兵だけでなく、大国小国合わせて十以上の国の兵が加わっているからな。広くもなる。 スカラ:そうなのか。ではドラクラスとフェルタ魔法国、モルヴィア共和国以外のほぼ全ての国が加わっているんだな。 ルシェル:そうなるな。皆、ドラクラスのやり方に不満を持っているということだろう。さあ、こっちだ。 スカラ:ああ。 0:◆◆◆◆◆◆◆場面転換◆◆◆◆◆◆◆ 0:  0:  0:  0:  0:  0:しばらく進み、人気のない袋小路へ。 スカラ:私のテントは、そろそろかな。 ルシェル:もう少し先だ。なにせ広いからな。 スカラ:いや、この辺りでいいだろう。 ルシェル:ん? どういうことだ。 スカラ:君はどうやら私のテントに案内するつもりがなさそうだし、人気(ひとけ)のないここなら君には好都合だと思ったからさ。 ルシェル:……貴様、いつから分かっていた? スカラ:最初から。君はアウリス王子の使いを装っていたけれど、すさまじい目の殺気はとても誤魔化せていなかったよ。ビリビリと刺すような視線がこちらに伝わってきたからね。 ルシェル:そうか……。なら遠慮することはないな、スカラ=リーゼンダール! 0:(ルシェル、剣を抜く) スカラ:急に剣を抜くとは、物騒だね。 ルシェル:うるさい! まさかこんなところで出会うとはな……。かたきを討つ機会を恵んでくれた神に感謝しなければ。 スカラ:君は、私に会ったことがあるのか。すまない。君の顔を私は覚えていない。 ルシェル:直接会ったことはないさ。だが私の出身を聞けば分かるだろう。私の生まれた国は――王立国家ノルダールだ。 スカラ:ノルダール……そうか。あのノルダール王国か。 ルシェル:そうだ! ドラクラス軍によって滅ぼされ、捕まった国民も全て非道な扱いを受け死に絶えた、あのノルダールだ! 私はそこの聖騎士ルシェル=エル=リンド。当然、私も祖国のためドラクラスと戦っていた。そのとき帝国軍を指揮していたのは――貴様だ、スカラ! スカラ:確かに、ノルダール王国に攻め入ったときの帝国軍は私が指揮していた。そうか、それはすまなかったな。 ルシェル:すまないで済むものか! ノルダールの国民も、王も、軍も、貴様に滅ぼされたのだぞ! 我々はどこの国とも組まない中立国として平和に暮らしていたのに、その規範を破り魔物どもを従えて侵略し、傍若無人の限りを尽くした。私の家族にも……! その怨み、私は決して忘れはしない! ルシェル:母国が滅び、生き恥をさらしている私の唯一の望みは、ドラクラスの滅亡。そして、私の国を滅ぼしたスカラ、貴様への復讐だ! スカラ:私への復讐、か。なら、それほどの殺気を放つのも理解できるな。 ルシェル:だまれ! そもそもどういうつもりだ。ドラクラス帝国の有名な騎士だった貴様が、敵である同盟軍に入ることなど、許されるわけがない! スカラ:私がこの軍に入ることができたのは、同盟軍を立ち上げたアウリス王子の許しがあってのことだ。そのことだけは信じてほしい。 ルシェル:王子なりにお考えがあるのだろうが――私は絶対に認めない。虐殺された王と国民、そして私の家族のために、認めるわけにはいかない……! ルシェル:さあ、剣を抜け。お前が死ぬか、私が死ぬか、二つに一つだ! 0:(間) ルシェル:さあどうした、抜け! それとも臆したか? 貴様も騎士の端くれだろう。『紅の天馬騎士』と呼ばれた貴様の華麗な剣さばき、私に見せてみろ! スカラ:――確かに、その軍を指揮したのは私だ。君の国民にも、家族にも、ひどいことをしたと思う。 スカラ:だがいまの私は、アウリス殿に剣をささげている身だ。私が生きるも死ぬも、アウリス殿にゆだねている。だから、私から剣を抜く気はないよ。 ルシェル:なっ――!? スカラ:もし私の首がほしいなら、いつでも殺しにくるがいい。私は抵抗しない。いまなら簡単に、君の国と家族のかたきを討てるだろう。 0:(スカラ、背を向けて去っていく) ルシェル:待て、スカラ! なぜ……なぜだ……。 ルシェル:くっ……うあああああああ! 0:(ルシェル、後ろから追ってスカラのわき腹を刺す) スカラ:ぐっ! 0:(スカラ、痛みを感じその場に倒れる。ルシェル、息が乱れる) ルシェル:はあっ、はあっ……。 ルシェル:どうして…… ルシェル:どうして、よけなかった……? 0:◆◆◆◆◆◆◆場面転換◆◆◆◆◆◆◆ 0:  0:  0:  0:  0:  0:宿営地のテントにて、軍医と。 スカラ:――テントまで用意してくれて助かったよ、軍医殿。ああ、彼と剣の手合わせをしていたら、間違って少し横腹を切ってしまったんだ。傷は浅いから大丈夫。 スカラ:……軍医殿。すまないが、彼と二人にさせてくれないか。手当してくれてありがとう。 0:(軍医がテントを出ていく) ルシェル:――どうしてよけなかった。 スカラ:君こそ、どうして剣を外した。私を刺し殺そうと思えば、簡単にできたはずだ。 ルシェル:質問しているのは私だ! なぜ死ぬかもしれないのに何も抵抗しなかった!? スカラ:さっき伝えた通りだよ。私はアウリス殿に剣を捧げている身だと。答えるのは君の番だ。 ルシェル:……。 ルシェル:お前の目が、悲しそうだったから。 スカラ:悲しそう? ルシェル:私が倒すべきドラクラスの幹部スカラは、私の国を残虐なやり方で滅ぼした非道な人間のはずだ。そうでなければいけない。争いに加わった兵士だけでなく、罪のない平民にまで手をかけ、全てをなぶり殺しにした。女子供も容赦無くだ。とても心ある人間のやることとは思えない。自分の力を他人に見せつけ、他者を支配することに欲望の全てを注いでいるような、そんな人間であるはずなんだ。 ルシェル:それがどうだ。私が相対(あいたい)したスカラは、いつ殺されてもいいと、何も抵抗しないと言い放った。口だけじゃない。お前の目がそう言っていた。お前の目は、私を見ていなかった……。そんな人間を殺したところで、ズタ袋に剣を差し入れるようなものだ。きっとなんの手応えもない。 スカラ:ズタ袋、か。フッ。 ルシェル:何がおかしい。 スカラ:いや、私の今の存在を言い当てているようで、おかしくなった。君のことを笑ったわけじゃない。許してほしい。 ルシェル:……お前は一体なんなんだ。私の国だけじゃない。他国も蹂躙(じゅうりん)して多くの恨みを買いながら、お前は散々酷いことをしてきた。なのに、なぜそんな目ができる?  スカラ:そうだな……。もうこの世に未練はないと思っているからかもしれないな。 ルシェル:死んでも構わないというのか。 スカラ:ああ。 0:(やや沈黙) ルシェル:……スカラ。お前はどうして同盟軍に加わった? なぜドラクラスを裏切った。 スカラ:――やはりいま話さなくてはいけないかな。 ルシェル:話さなければ、いまここでお前を殺す。たとえ話しても私が納得できなければ、殺す。 スカラ:それは、愛の告白より緊張するね。 ルシェル:戯れ言(ざれごと)を聞きたいのではない! 私は真剣に―― スカラ:分かっているよ。少し長い話になるが。 ルシェル:構わない。 スカラ:……ドラクラス帝国は現在、ドラクラス十二世が王についているが、後継者は孫娘のセリカ姫だけだというのは知っているか。 ルシェル:ああ。それにまつわる黒い噂もな。 スカラ:そうか。どんな噂だった? ルシェル:ドラクラス十二世には一人娘しかおらず、隣国のモルヴィア共和国の王子と結婚し娘を設けたが直後に病死。相手の王子も一ヶ月後に落馬の事故で死亡。この二人の死は病気がちなドラクラス王から権力を奪うために誰かが仕組んだものだった。突如としてドラクラスが他国へ侵攻を始めたのも、その誰かのしわざである。こんなところだな。 スカラ:なるほど。噂というのもバカにならないな。 ルシェル:本当なのか……? スカラ:だいたいな。実際はよりひどい。 ルシェル:ひどい? スカラ:ドラクラスには政治を担当する執政官(しっせいかん)がいるが、十年前にその座についたのが、グルゴアという者だ。彼は非常に知恵が回る男で、帝国の勢力拡大に大きく貢献したのだが、やり方が少々強引でね。ドラクラス王からはあまり信頼されていなかった。それが四年前、突然、王は彼を国の宰相(さいしょう)、つまり王に次ぐ権力をもつ身分を与えた。 ルシェル:何か大きな功績でもあったのか。 スカラ:いや。だが王はそれから彼のことを重用(ちょうよう)するようになり、国の政治はほぼその男の言いなりになっていった。思えばその頃からかな。王の様子がおかしかったのは。 ルシェル:王はその男に何か弱みでも握られていたのか。 スカラ:ある意味ではそうだな。ただその弱みというのは、王自身の『心』なのだが。 ルシェル:心? 心が弱みになるのか。 スカラ:君も知っていると思うが、王は野心家でね。自分の国を大きくすることに人生を注いでいた。飢えていたと言ってもいい。ただそれは正当な方法で行うという前提でのことだ。人の道に反したやり方を王はひどく嫌っていたし、私が剣を捧げたのも王のそうした性格を尊敬していたからだ。だがグルゴアが腹心となってから、それが変わった。 ルシェル:待て。どうしてお前がそこまで国の中枢の事情を知っている? お前は戦場の騎士ではなかったのか。 スカラ:――私はね、たまたまドラクラス王に個人的に気に入られていたんだ。親がおらず天涯孤独だった私はひょんなことからドラクラス王に拾われ、戦争で名を上げた。王と性格も合っていたんだろうな。私はセリカ姫が九歳のころから、彼女の警護役を賜(たまわ)ったんだ。 ルシェル:セリカ姫の警護。だから王宮によく出入りしていたのか。 スカラ:ああ。姫といた時は、よく王と執政官の話も眺めていたよ。それで国の内政事情や外交関係も知ることができた。 スカラ:そうした状況が変わったのが、グルゴアが腹心になってからだ。やつは黒魔術に長けていて、帝国の勢力拡大には魔界から魔物を召喚して戦争に使うのがよいと進言したんだ。そんなことをすればこの世界は破壊と混沌に支配されると誰でも分かるのだが、王は一も二もなくうなずいてしまった。その頃にはもう、王はグルゴアのあやつり人形に成り下がっていたのかもしれない。 ルシェル:王はどうして何も反論しなかったんだ。非人道的な行いは嫌っていたのだろう? スカラ:私もそれを疑い、独自に王とグルゴアの周辺を調べることにした。分かったのは、グルゴアの扱う黒魔術の一つに、人の精神に作用するものがあるということだった。 ルシェル:人の、精神……? それはつまり、人の心を操ることができる、ということか? ではドラクラスの幹部たちは皆、そいつに操られて―― スカラ:いや、そうではない。それなら私もとっくに魔法をかけられていただろうから。そもそもやつの専門は魔物の召喚だ。やつにできたのは、人の心の一部を少し後押しするだけだったらしい。でも、それで十分だった。 ルシェル:そうか。やつは、ドラクラス王の元々大きな野心を後押ししたんだな。 スカラ:ああ。そうされたことにより、ドラクラス王は自分の野心を満たすために見境を失くした、と私は考えている。他の何人かの野心の強い幹部も背中を押され、王に同調するようになっていた。 スカラ:そしてこれは私の憶測だが――ドラクラス王の娘、つまりセリカ姫の母親とその夫の死には、グルゴアが関わっているとにらんでいる。 ルシェル:――お前の話が全て本当だとして、だが我々にとっては同じことだ。ドラクラスは結果として大量の魔物を使って他国への侵略を始め、一時は大陸のほぼすべてを掌握するまでに至った。何十万、何百万という人間を犠牲にしてな。同情はできない。お前にも。 スカラ:ああ。全くその通りだ。 ルシェル:そんな王になぜ付き従った? スカラ:私も、側近の騎士たちも皆、王のことを尊敬し剣を捧げていた。頭では間違っていると思っていても、王の考えたことなのだから必ずドラクラスのためになると皆本気で思っていたのだ。そうでなければ――剣を捧げた者として、心の折り合いがつかない。我々はドラクラスと運命をともにするという誓いを立てていたのだから。聖騎士である君だってそうだろう? ルシェル:……そう、だな。もし私の主君に同じことを命令されれば、たとえおかしいと感じても、私はそのとおり動くだろう。だがそれは私の国、ノルダールを滅ぼした言い訳にはならない。 スカラ:分かっているよ。私のしたことは全て私の責で行ったことだ。弁解するつもりはない。 ルシェル:ならなぜ、お前はドラクラスを裏切った? 王に剣を捧げたのではなかったのか? 本当はお前自身もあまりに非人道的なやり方に罪悪感を感じて、心の折り合いというものがつかなくなったのではないのか? スカラ:そういってくれると、少し救われる。 ルシェル:……なに? スカラ:私の心の奥底にあるものを言い当ててくれたように思う。そう。私自身、そう感じていたのだろう。君は優しいやつだな。 ルシェル:勘違いするな。お前に同情したんじゃない。 スカラ:そうだな。すまない。ただ、私がドラクラスに背いたのは、別の理由があったからだ。 ルシェル:別の理由? スカラ:私は戦場からドラクラス王に手紙で進言したんだ。この戦いは間違っている。大陸をいたずらに混乱させないため、いますぐにでも停戦すべきだと。だが返ってきた返事は、セリカ姫殺害未遂の逮捕状と、騎士憲章のはく奪を伝える書面だった。 ルシェル:なっ――!? 殺害未遂? お前はセリカ姫の警護を任されていたのではなかったのか? いや、そもそもお前はそのとき戦いの最前線にいたはずだろう? スカラ:ああ。正確には、過去の殺害未遂についてだ。私が戦争に出向くまで姫の警護をしていたことを逆手に取ったんだろうな。私は戦争の最前線でドラクラスから送られてきた者たちに捕まった。 ルシェル:念のために聞くが、お前はセリカ姫に手をかけようとしたのではないんだな? スカラ:バカな。私にとってセリカ姫は一生を賭けて守り抜くと決めた存在だ。それは王に任されたからという以上に、セリカ姫が私にとってかけがえのないお方だからだ。 ルシェル:たしか、まだ幼い年齢だったな。 スカラ:今年で十二歳。だがすでに王を彷彿(ほうふつ)とさせる威厳があり、加えて配下への優しさ、気配りは王以上の素質がある。まだ幼い子供なのに、倍も違う年齢の私を、セリカ姫はいつも気遣って下さっていた。私はセリカ姫を、心から愛している。 ルシェル:捕まったとき、抵抗しなかったのか。 スカラ:あまりにショックで何も考えられず、そのまま縄に縛られるしかなかった。だが後から後から怒りがこみあげてきて、私は無理やり縄を解いてから前線基地を抜け出し、一人でドラクラス城へ駆け戻った。 ルシェル:無謀だな。たった一人で国に戻るなど。 スカラ:どのみちあのまま捕まっていれば、私は間違いなく死罪だよ。城に戻った私は真っ先にセリカ姫のもとへ向かった。どうにかして姫の部屋に侵入した私は姫と再会し、ドラクラスの状況を尋ねた。とたん、姫はその場に泣き崩れた。姫はグルゴアによってなかば軟禁状態にされていたからだ。 ルシェル:なぜそのような……。ドラクラス王はそのことを知っていたのか。 スカラ:ああ。だが王はセリカ姫のいる目の前で『子などまた産めばいい』と言ったらしい。以前の王なら考えられない言葉だ。 ルシェル:ドラクラス王には、会えたのか。 スカラ:会えなかった。まもなく衛兵に見つかってね。セリカ姫を助け出すのが精いっぱいだった。 ルシェル:助け出す? セリカ姫は、もうドラクラス城にはいないのか? スカラ:ああ。王もグルゴアも、きっと私を誘拐犯と見立てて血眼(ちまなこ)で探しているか、あるいはセリカ姫はもう殺されたとして存在を抹消しているのではないかな。 ルシェル:セリカ姫は、どこに……? スカラ:ドラクラスから遠く離れた村の老夫婦に、セリカ姫を預けた。場所は死んでも言わない。 ルシェル:お前は、その村に残らなかったのか。セリカ姫を赤の他人に預けて、大丈夫なのか。 スカラ:気にしてくれるのか? 君には関係のないことだろう。 ルシェル:それは、その――。つ、罪のない子供のことだ。暗い結末なら目ざめが悪いからな。 スカラ:まあ、心配していないと言えばウソになるが――私がそばにいるよりは安全だろう。私はいろんなところに名も面も割れているし、私自身も国に追われているだろうからな。赤の他人が世話をした方が理にかなっている。 ルシェル:……お前が同盟軍に入ったのは、ドラクラス王にもう一度会うためか? スカラ:そうだな。できるなら直接会って、王を説得したい。そして、全ての元凶であるグルゴアを討ちたい。彼に加担した私が言うのも筋の通らない話だが、でも――これが私にできる唯一の償いだ。 ルシェル:だがどのみちこちらが勝てば、王は死刑に処される――いや、そうか。それでアウリス王子なのか。 スカラ:そうだ。アウリス殿は敵国の長(おさ)にこれまで刑を与えたことがない、底抜けのお人好しだ。私ですら拾ってくれたのだからな。彼ならば――仮にドラクラス王を捕えてもすぐに殺すことはあるまい。 ルシェル:王子が許しても世界が許さないだろうがな。 スカラ:世界、か――。 ルシェル:最後に聞きたい。お前はどうして、私の剣をよけなかった? スカラ:巡り巡って、最初の質問に戻ったね。 ルシェル:もしこの軍に加わり、グルゴアを討ってドラクラス王に会いたいのなら、いま死ぬわけにはいかないだろう。矛盾している。なぜだ。なぜお前は、いつでも私を殺せるなどと言ったんだ? スカラ:――君は、世界とはなんだと思う? ルシェル:なに? スカラ:世界。さっき君が言ったじゃないか。ドラクラス王のことは、『王子が許しても、世界が許さないだろう』と。その世界とは、なんだい。 ルシェル:この世界中の人々のことだ。ドラクラスに苦しめられた、すべての国の人々のことだ。 スカラ:なぜ。 ルシェル:なぜ? スカラ:なぜ世界は、王を許さない? ルシェル:当然だろう。たとえ操られていたにせよ、この戦争を起こしたのはドラクラス王であり、やつはその責任者だ。王の罪は死してなお足りん。 スカラ:そうだな。今回の戦争の象徴という意味では、そうだ。 ルシェル:……なにが言いたい? スカラ:戦争とはどうして起こるのだろう。私はここ最近、そのことばかり考えている。発端(ほったん)はグルゴアであり、ドラクラス王であるのかもしれない。でもその二人ですら、最初から戦争を望んでいたとは私には思えないのだよ。戦争とはなにかの目的を叶える手段であって、戦争そのものを好む者はそういない、避けられるのなら避けたいと思っていたはずだと、私は信じている。 ルシェル:また私の同情を買うつもりか。それともアウリス王子と同じく、底抜けのお人よしなのか。 スカラ:いや。ただ私は、疲れたんだよ。戦争というものに。そのことに、前の戦いではっきり気づいた。たとえ剣を捧げた主君の命(めい)であったとしても、私は戦争そのものを肯定する気にはなれなかった。人道的か非人道的かなどということは関係ない。戦争は戦争だ。人が人を殺し、殺された者は殺した者を憎み、また殺す。例え捕虜を全て解放したとしても、敵国の王を許したとしても、悲劇はどこかで起きている。たとえこの同盟軍が勝利を収めたとしても、世界は許さないだろう。親を、子を、友人を、恋人を殺された者たちが。私は結局、そのことに耐えられなかった。 ルシェル:殊勝な話だな。戦場を踊るように駆け、『紅の天馬騎士』として名をはせたお前らしくない。ならなぜ、また軍に入るような真似をした? もう戦いが嫌になったのだろう。 スカラ:この醜い戦争が私の力で早く終わるならと思った――いや、違うな。 0:(間) スカラ:たぶん、私は――死に場所を探しているのだろう。 ルシェル:騎士としてのか。 スカラ:それもある。王にははく奪されたが、私が自分の人生として打ち込んできた騎士としての矜持(きょうじ)は持っていたいからな。だが本当のところは、ただ疲れただけだ。正直―― スカラ:君が私を殺すと言ったとき、私はこれで楽になれると思った。 0:(間) ルシェル:――私も、戦争のコマの一人だ。 スカラ:……ルシェル。 ルシェル:確かに、私が殺したドラクラスや他国の人間にも家族がいるだろう。恨みも買っているはずだ。だが私はお前ほど感傷的にはなれない。私は聖騎士とはいえただのちっぽけな一人の人間だし、この世界のためにできることなんてたかが知れている。だから、自分の両手の届く範囲でベストな生き方を送れればそれでいいと思っている。 スカラ:――そうか。それもいい考え方だな。 ルシェル:(立ち上がり)こうしよう。お前とは一時休戦だ。 スカラ:私を仲間として認めてくれたのかな? ルシェル:違う。お前を殺すより生かしておいたほうが、お前が苦しむということが分かったからだ。 スカラ:フッ。なるほど。 ルシェル:お前に恨みをもつ者がお前を殺そうとしたとき、私はお前を守ろう。この戦争が終わるまでな。 スカラ:殺すと言ったり守ると言ったり、君は勝手なやつだな。 ルシェル:お前が死にたいと言っているのだからしかたないだろう。他の誰にも、お前のことを殺させはしない。やるのは私だ。 スカラ:私を独り占めにするということかい。 ルシェル:そ、そういうことでは―― スカラ:冗談だよ。では私からも君に求めたい。もしこの戦争が終わったら―― スカラ:私のことを殺すまで、私と一緒に暮らしてくれないか。 ルシェル:なっ――は? スカラ:私はすでにドラクラスから追放された身だし、戦争が終わっても帰る国が無いんだ。どのみち私を殺すというのなら、私のそばにいてくれるほうが都合がいいだろう? 私も一人で暮らすのは寂しい。 ルシェル:ふざけるな。わ、私がお前などと一緒に暮らせるわけないだろう! スカラ:そうか。それは残念だな。 ルシェル:お前と話すと調子が狂う……。今日はもうこの辺で失礼する。 スカラ:ルシェル。 ルシェル:なんだ。 スカラ:ありがとう。私の話に付き合ってくれて。だいぶ気持ちが楽になった。 ルシェル:好きで付き合ったわけじゃない。お前は殺すに値するか、私が判断したかっただけだ。 スカラ:私はそれでも構わなかったよ。おやすみルシェル。いい夢を。 ルシェル:お前こそ。 0:(ルシェル、テントを出る) ルシェル:――本当に拍子抜けだ。 ルシェル:私の生涯を賭けて討つつもりだった相手が、あのようなもぬけの殻になっていようとは。 ルシェル:……いや、殻ではないか。私の中のスカラは、私の勝手な思い込みが作り上げた悪の残像だったのかもしれない。 ルシェル:やつの言うことを信じるなら――やつなりに悩みながら国と主君への忠誠を守り通そうとしていたのだ。もし私が逆の立場でも、そうしていただろう。 ルシェル:結局、悪いのは戦争だ。私たちの手で早く終わらせなければ。そして、平和な世をとり戻さなければ――。 ルシェル:――全く、憎たらしいくらい、今日はきれいな月だ。 0:◆◆◆◆◆◆◆場面転換◆◆◆◆◆◆◆ 0:  0:  0:  0:  0:  ルシェル:(語り)その後、「紅の天馬騎士」スカラと「ノルダールの聖騎士」ルシェルは同盟軍の中心的戦力となり、ドラクラスとの戦いで数々の功績を上げるのだった。 ルシェル:さて、二人の約束がその後どうなったのか。 ルシェル:それはまた、いつかの話で。 0:了