台本概要

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タイトル 【LastLove】
作者名 ハルヒコ  (@kyotaro0625)
ジャンル ラブストーリー
演者人数 2人用台本(男1、女1) ※兼役あり
時間 40 分
台本使用規定 商用、非商用問わず連絡不要
説明 【あらすじ】
男は地下鉄で、不思議な青髪の少女と出会う。
そこで生まれるのは後悔か憐憫か恋か愛か、希望か絶望か……。

【台本利用規約】
基本的に盗作や自作発言など著作権を侵害されるような事がなければ、どの媒体で使っていただいても構いません。
アイテム等が投げられる場でもOKです。
男女逆転、アドリブ等も周りの迷惑にならない範疇では可とします。
セリフの一部抜粋、サンプルボイスに使用等も可能です。
ボイドラや舞台などで使われる際は、ご一報くださると嬉しいです。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
171 地下鉄の乗客。至って普通の男性。25歳。 ※途中で芸を披露するシーンがあります、必須ではありませんがご注意ください。
156 地下鉄の乗客。青い髪の女性。少々エキセントリック。19歳。
アナウンス 2 駅ホームの到着アナウンス。女と兼任。
車掌 不問 1 車内アナウンス。どちらかが兼任。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
:(地下鉄。ガランとした車内) :(男女が一人ずつ、向かい合った位置に座っている) 男:……。 女:……。 男:……。 女:……あ。 男:……? 女:今日、少ないですね。 男:あ、え、あ、そうですね、全然いないですね、お客さん 女:あ、スミマセン突然。 男:あ、いえ、僕もちょうど退屈してた所だったんで……すごい、ええ、うれし、あいや、助かり、ます。 女:ふふ、よかった。 女:……地下鉄ってやることないですもんね。 女:景色も見れないし、携帯も使えないし。 男:ね、ホントにね。 男:人も全然いないし……。 女:やっぱり、今日みたいな日は少ないのかな、寒いし、みんな外に出たくないから。 男:うん……こんな日だからこそ、僕は来たんですけどね。 女:へえ? 男:まあ、えっと、なんていうか……とりあえず暖かい場所を夢見て、みたいな? 女:あは、確かに電車の中ってすごいあったかいですよね~。 男:あ、そうです、ね、ホント、思わく通り……や、やったぁ? 女:ふふっ、良かったですね。 男:……ええ、良かったですよ、本当。 女:……。 男:……。 女:……地下鉄か……。 男:ん? 女:昔のね、馬鹿な思い出があるんです。 男:ほお? 女:つり革でつり輪!俺は仲本工事だ! 女:みたいな時代、あるじゃないですか? 男:は?……え? 女:あっゴメンなさい。単に小さい頃って事です。 男:あ、ああ…はい。 女:地下鉄にね初めて乗ったんです、お母さんと。 男:ええ。 女:それがまた、どこも席が空いてないくらい混んでて。 男:はい。 女:でもね、まだ誰も座ってない穴場があったんですよ。 男:え?穴場……? 女:ええ、そこだけ何故かガラガラなんです。 女:私、後ろから乗ってきた人たちに取られないように、急いでそこに乗り込んでキープしました。 男:はあ……。 女:どこだと思います? 男:え?……ああ、いや……どこですか? 女:《上を指差しながら》ここです。 男:?……えっと 女:《男のセリフに被せるように》惜しい!正解は網棚(あみだな)、つまり荷物置き場です。 男:……何が、惜しかったんでしょうか。 女:子供の時は魅力的でしたよねえ、ハンモック。 男:いや確かに似てはいるけど……。 女:でも今考えると危なかったですよね。 男:え、ええ。そんなところ登って落ちたら 女:《男にかぶせるように》今やってたら、もれなく激写されてSNSで晒し者になってましたよ! 男:あ、そっちっ? 男:……ううん、ええまあ……そうかもですね……。 女:……なんだかごめんなさい。 男:え? 女:つまらない話でしたよね? 女:……退屈してたからつい、なんです。 男:えっいや……つまらなくは、なかったですよ? 女:そうですか?それならよかったです。 男:《愛想笑いで》はは……。 女:……。 男:……。 女:……。 男:……。 女:……。 男:……。 女:……あ、そういえば。 男:? 女:ちんちん電車って、なんでチンチンなんでしょうね? 男:《ビックリして立ち上がり》え!? 女:えっ!なんで急に立ったんですか? 男:え、いや、だって……急に下ネタだったから……。 女:あ、ごめんなさいNGでした? 男:えっ、いや全然大丈夫ですけど。 男:え、そういうキャラなんですか? 女:うん、そういうキャラなんです。 男:あ……はい、そなんスね……。 女:意外でした? 男:とっても意外でした。 女:人を見た目で判断してはいけません。 男:あ、はい、よくわかりました。 女:……ところで、なんで下ネタだと思ったんですか? 男:え? 女:ちんちん電車って、その物自体は別にいやらしいものじゃないでしょ? 男:え、あ、だって……。 女:おにいさん、えっちー 男:へ、えぇ!? 女:ぶっ!くくく……ま・下ネタですけどね。 男:……くそ、ハメられた。 女:あはは、パズルの話ですか? 男:《唖然として》……すごいね、君。 女:あ、それ私のこと変人だって言いたいんです?やだー。 男:や、そりゃだって…… 女:《被る勢いで》変人じゃなくて、変態って言ってください! 男:なんでっ? 女:だから、そういうキャラなんです。 男:はい……え、いや納得できません。 女:人間は多種多様なんです。 男:んー!……はい、よくわかりました……。 女:ふふふふっ。 男:……。 女:……。 男:……。 女:……。 男:えっと……君って、若いよね? 男:あ、これに乗る客層にしては。 女:んー?あー、そうかもしれないですねー。十九歳。 男:あっ、そうなの?俺の六つも下。 女:へぇ、そうなんだ。 女:まあ鮮度は保証しませんけどね。 男:……ほらまた、すぐ下(しも)に走る……。 女:えー!今度こそそういう意味で言ったんじゃないんですけど! 女:わーぉ、お兄さん発情期だ。 男:え!?違う! 男:だって、どうせ君のことだからって……! 女:え~、またまたぁ。 女:女の子と一対一の状況でムラムラしてるんじゃないんですか~? 男:してない! 女:ほおらムキになって~。 男:なってない! 女:ぶっふ……くくく! 女:お兄さんってわかりやすくて可愛いですね。 男:む!はいはい単純です。 男:バカでエロな単細胞ですよ~だ! 女:ぶ、卑屈だな~! 男:卑屈!そうさ、どうせそうさ。 男:どうせネットオタクの卑屈な芋男さ! 女:ええ?インターネット?じゃあ一緒じゃん。 女:私も日がな一日やってたし。 男:え、そうなの? 男:なんかイメージないなあ。 女:そうでしょ。 女:そもそもネット好きが芋っぽい~なんてイメージが間違ってるんです! 女:現に私、結構あかぬけてるでしょ? 男:ああ、あか抜けてるっていうか…。 男:青い髪の人なんて初めて見た。 女:あは!これウィッグだもん。 男:ウィッグ?あ、あのカツラ? 女:ちょっと!かつらじゃないよ! 女:……えっと、オシャレかつら? 男:かつらじゃん! 女:いやいや、帽子みたいなもんですよー。 男:ええー……。 男:はあ、最近のおしゃれ事情は複雑怪奇だな……。 女:ダメですよ~、波に乗ることを諦めたら。 女:オシャレの努力、怠ってるでしょー。 男:はいはい、ダサくてスイマセンね。 男:でも、俺だって大学の頃はイケイケの伊達男だったんだぞ。 女:ほー?……確かめる方法がないからって見栄を張るのはおよしなさい。 男:むっ。見栄じゃありませーん。 女:それなら……私だって、こう見えてバスト90あります! 男:……確かめる方法があるかといって見栄を張るのはおよしなさい。 女:ほぅ、確かめられるんですか? 男:確かめられる確かめられる。 男:《ワキワキと空中を揉む素振りをしながら》ふふふふぅ!捕まえちゃうぞ、プリンちゃ~ん!! 女:いいでしょう。 男:えっ。 女:どうしたの?ほら逃げも隠れもしませんよ? 男:は、え、あ……。 女:何を怖気付いてるんですか? 女:ほら、あなたの欲望は目の前ですよ? 男:あ、あ、う……ううっ……。 女:……確かめる方法があるなんて見栄を張るのはおよしなさい。 男:うっ、はい、よくわかりましたっ! 女:っしゃー、勝訴! 男:勝訴?……うう、俺口喧嘩弱いんだよ……。 女:うふふっ。 女:……お兄さんは気持ちが優しいんだね。 男:そう?なんで? 女:口喧嘩に素直に負けられるなんて優しいよ。 男:……そういうもんなの? 女:そういうもんなんです。 男:《不服そうに》あー……はい、そなんスね……。 女:あら、なんだか納得いってないですね? 男:だって、ねえ。 男:俺別に優しくないよ。 女:? 男:優しかったらさ、もっと色々なことが許せるんじゃ、許せたんじゃないかな。 男:……なんつってな! 女:……うーん。 女:なんて言うか、んー、うまい言葉で言えないんだけど。 女:何でもかんでも許容してしまうことが優しさではないですよ。 男:……んー……。 女:……後悔してるの? 男:うん……。 女:自分で死んだこと? 男:あ、気づいてたの? 女:なんとなく、そうな気がして。 男:まじか。 男:《乾き気味に》ははっ、するどいな…。 女:意外でした? 男:とっても意外でした。 女:《少々オーバーにえらぶりながら》人を見た目で判断してはいけません! 男:……《心ここにあらずで》うん。 女:……。 男:……。 女:……。 男:……。 女:……。 男:……。 女:……あっ、あのー。 男:? 女:……話して、くれませんか?あなたのこと……。 男:……んー。 女:そ、その……冥土の土産に。 男:ふはっ……こんなもの持ってくな。 女:……そうですよね、ごめんなさい。 女:初対面なのにあつかましいことを言っちゃって……。 男:……ううん、いいよ話すかな。 男:乗りかかった船、いや、列車だからさ。 女:え、本当にいいんですか? 男:いいよ。 男:君にそんならしくない顔させてるのも嫌だし。 男:ぶっふ!……それにしても、冥土の土産に、か、ぶっふふ! 女:む!私なりに気を使ってがんばって言葉選んだのに! 男:むしろ選んで、冥府の土産って……。 男:嫌でしょ、そんな辛気臭い土産話。 女:冥界行き鉄道の中でつまむのには、むしろちょうどいいじゃないです? 男:つまんじゃうのかよ……《小さく笑って》君の屁理屈には敵わない。 女:あら、それは光栄です。 男:……。 女:……。 男:あ、やっぱ話さなくてもいい? 女:~っ!! 男:ぶ……!あはは、うそうそ、そんな顔しないでよ。 女:上げて落とすのは反則です!姑息です!卑劣です! 男:わかったわかった、話す、話すよ。 男:……辛気臭い話になるけど、いいかな? 女:《コクリコクリとうなずく》 男:そっか、ありがと。 男:……俺さ、もうわかってると思うけど、自殺したんだ。 女:……。 男:会社で上司に目をつけられて、退職に追い込まれて。 男:で、そこの会社を一年で辞めたってんで、再就職もままならなくてさ……。 男:そんなこんなでグズグズしてたら彼女に見放されて……。 男:実家戻って、ニートになって、引きこもりになって。 男:そんな自分のこと知られるのが嫌で友達とも距離置くようになって……。 男:そうして誰からも連絡が来なくなって、ひとりぼっちになって……。 女:……辛かったんですね。 男:辛い……そうなのかな? 男:たださ、独りぼっちになって希望も消えて、俺の中になんにもなくなっちゃってさ……。 男:窓開けたら、雪でめちゃくちゃ寒くて、がらんどうの……空っぽの心の中に、冷たい風がビューって吹き込んできてさ。 男:そしたら、冷え切っちゃったんだ……俺の心、全部、冷え切っちゃった。 男:それでそのまま、ポーイって飛んだ……俺、自分を捨てた。 女:なるほどだから……今日みたいな日に、か……。 男:……うん。 男:……君は、違うの? 男:あ、君のことも聞いてもいい? 女:冥土の土産になるなら。 男:ははっ……。 男:《弱々しく》やっぱりツボだ、それ。 女:《弱く笑い返して》……私はねえ、事故や自殺じゃないんですよねぇ……。 男:……病気? 女:そう、病気でね。 女:もう治る見込みもなかったんです。 男:そうだったんだ……いつから? 女:ずーっと前。 女:小さい時に発症して以来、ほとんど病院暮らしだったんです。 男:うん……。 女:だからやり残したこと、たーくさんっあるん……だけどなぁ……。 男:……例えば? 女:沖縄旅行に、グアム旅行、ハワイ旅行に、バリ島、セーシェル、ニューカレドニア! 男:南国ばっかりだね。 女:そしてなにより、恋!恋がしたかったなあ……。 男:《面食らったように》恋?……乙女な願望だなぁ。 女:会いたくて会いたくて震える夜を過ごしたり、隣同士あなたとアタシさくらんぼしたかったですよぉ! 男:後半意味がわからないよ。 女:恋に限らずね、ふつーに学校通ってふつーに友達作って、勉強して、部活してって、同年代の子達がうらやましいですよ……。 女:考えると、今まで生きてきて何にもできなかったんだもん……。 男:……ごめん。 女:?なんで? 男:いや、フツーに不自由なく生きれたはずの俺が……。 女:あー……そーいうことですか。 男:君のほうがずっと辛かっただろうに……。 女:だからー言ったでしょ、人間は多種多様なんですよ。 男:? 女:一人一人違うたっくさんの人々がいて、その人たち一人一人に違う苦しみがあるんです。 女:人それぞれ、その人の等身大の苦しみを抱えてるんです。 女:それを天秤にかけることは、できません。 女:あなたにはあなたの、耐えがたい苦しみがあったんですよ。 男:……そっ、か。 女:……それに、後悔しているんですよね?死んでしまったこと。 男:……うん。 女:……それも、聞いてもいいですか? 男:……うん。 女:……。 男:あの、ね……俺が病院に運ばれて、意識が消える直前、母さんの、声が、聞こえて……。 男:母さん、医者に向かって、泣き叫びながら言ってた……僕を生かしてくれって……。 男:私は死んでもいいから、息子を助けてくれって……。 男:僕、気づいてなかった。 男:僕のこと思ってくれる人、一番近くにいたのに……気づいてなかった……。 男:馬鹿だよな、ホントに、僕、最低の馬鹿だ……。 女:……そうだったんだ。 男:悔やむに、悔やみきれない……。 女:……。 男:……。 女:……。 男:……やっぱりこの話、電車でつまむのには重かったね。 女:うーん、そうかもしれませんねぇ。 男:……。 女:……。 男:……。 女:……。 男:……。 女:……あの。 男:……? 女:あの。 女:……キス、してくれませんか? 男:え!?《ビックリして立つ》 女:ダメ? 男:え、え、なんで? 女:ダメですか? 男:え、だから、なんでっ? 女:したことないから……。 男:いやっ、だからって。 女:最後に、一番してみたかったことなんです。 男:でも、でもさ、好きでもないやつとさ、したって……。 女:そっか、そうですよね。 女:スイマセン。 男:えっ、う、うん。 男:……そうだよ。《座る》 女:……。 男:……。 女:……。 男:《ドギマギしながら》……えっと、あー、えっと……。 女:……ふっ、ふふふ! 女:《おどけた調子に戻って》どーしたんですかあ?とって食いやしませんよ~? 男:!……なんだよ、人の唇食おうとしてたくせに。 女:!確かに!こりゃ一本取られた! 男:もーなんだろなあ……君といるとギアチェンが間に合わない感じがする。 女:アハハ!私もです。 男:嘘つけ!絶対俺だけだよ! 女:そーなんですか?見栄はらずにオートマ車にしたほうがいいですよ? 男:無理、クラッチ操作の快感が忘れらんねえんだ……。 男:《ハッとして》いや、ホントの車の話じゃないから! 女:ふふ、だいぶお兄さんを乗り回せるようになってきました。 男:男を乗り回すなんてとんだ悪女だよ……。 女:あー!いいですねえ! 女:私一回そういう存在になってみたかったんですよ~。 男:まだキスもしたことない純粋ガールが何を……。 女:もーだからこそです! 男:あー自分とは真逆の存在に憧れる的な……? 女:あ!じゃあお兄さんはアメイジングでスマートなグッドルッキング・ガイになりたいワケですね! 男:言葉が眩しすぎて伝わりづらい! 男:けど、なんか貶(けな)されてんのはわかる! 女:いいですねえ!だいぶツッコミも鋭くなってきましたよ~! 男:あ~も~! 女:あっはっはは! 女:……ふふ、お兄さんはやっぱり本当に優しいですよね。 男:えっ? 女:私、病気だしこんな性格だから、 女:私にちょっと関わるとみんな愛想笑いして遠巻きに離れていっちゃうんです。 女:お兄さんは私の本性を知っても、私から離れないで関わろうとしてくれる。 男:《表情を曇らせ》……それは、もう終わりだからだよ。 男:きっと最後の最後にイイ奴になろうと、本能がさせてるだけだ……。 女:《強く反論する》違いますよ! 女:……違うんです。思い込まないでください。 女:私わかるんです。何年も病院にいる間に、たくさんの人がお見舞いに来てくれました。 女:みんなにはマスクや吸入器で私の顔はよくわからなかったかもしれないけど……。 女:私にはよく見えるんです、覗き込んでくるみんなの顔。 女:感染るんじゃないかって内心気味悪がってる人。 女:めんどくさいけど知り合いが死にそうだからってことで渋々来てる人。 女:ホントは私ともうしゃべりたくないって思ってる担当の看護師さん。 女:毎日笑顔だけど心で泣いてるお母さん……わかるんです。 女:目を見てお話したら、何がホントか。 女:……えへへ、ヤですね!寝たきりは変な芸ばっかり身について! 男:……。 女:《無理やりテンションを保つように》なーんてちょっと話盛りすぎたかな! 女:変なこと言ってすみません、戯言(たわごと)なんで忘れて…… 男:《遮るように》俺も 女:え? 男:引きこもってたら変な芸身についたよ。 男:《何か芸があったら披露してください。なかったら次のセリフ》  :  男:《どこからかそろばんを取り出し》えー願いましてーは。 男:二十二円なーり、七百二円なーり、五百二十三円なーり、 男:ひいては八十五円なーり、百三十五円なーり、加えて四十八円では! 男:《手を挙げ》ハイ!一千(いっせん)飛んで七十五円! 男:《一人芝居のように自分に感服し》御名算(ごめいさん)!  :  女:ぶっ……! 女:アハハハハ!なに、それ!引きこもると、そんな特典が?アハハハハ! 男:《笑ってくれたことにはにかむ》……。 女:《ひとしきり笑ったあと》あはは……はーやっさし、優しすぎです……そりゃもう好きになっちゃうよ。 男:え? 女:さっきお兄さん、好きでもないやつとキスしたってダメだって言ったよね? 女:だったら、やっぱり私はお兄さんが好きです。 女:初対面であなたのことまだ全然知らないけど、お兄さんの優しさは本物だってわかるから。 女:私、あなたの優しさに、惚れました。 男:《目を丸くしている》 女:もう一回だけ聞かせてください。 女:ダメですか?どうしても、ダメですか……? 女:私、好きな人と、恋がしたい。 女:一瞬でいいから、恋が、したいんです……。 男:本、本気で……? 女:《男をじっと見つめる》 男:《本気だと悟りハッっとしたあと、腹をくくる》……わかった。 女:《瞬間パッと顔を輝かせて》本当ですか!? 女:あのあのっ、どうせなら漫画で見たシチュエーションと同じ場所でお願いしてもいいですかっ!? 女:《男の手を引っ張る》 男:《女に引っ張られ》え、ええっ……? 男:もうっ、ムード作りのためにムードぶち壊しだよ……。 女:《手でカメラの形を作って覗きながら》んーっ、ああここ!バッチシですね!  :(乗降口の扉の前で向き合う二人) 男:……ここでいいの? 女:はい。あ、扉に背を向けて。 女:んー、あ!ちょっと待ってください……《車窓に写った自分の姿を見ながら髪型などを整える》 女:よし、ふー……OKです。 男:《やれやれといった感じで》じゃ、目閉じて……。 女:《目を閉じる》 男:《女に口付ける》 女:《口づけられる》  :(数秒の間)  :(列車が止まる)  :(男のすぐ背後のドアが開く) 男:(N)停車駅なんてあったのか……背後のドアが開いた。 男:瞬間、彼女が微笑んだのが先か僕の体が車外に投げ出されたのが先か。  :  女:《男をドアの外へ突き飛ばす》ッ! 男:《女に突き飛ばされ、ドアの外へ転がる》うわっ!? 女:さようなら。  :(列車の扉が閉まる) 男:なっ!?え、なんで、ねえっ!おい!おーい!  :(列車が動き出し、遠ざかる) 男:ちょっと、おーい!待って! 男:《途中まで追いかけるが、息が切れ》っはあ!……はぁ……なんで……。   :(しばらくの間)  :(ホームに電車の到着アナウンスが流れる) アナウンス:間もなくゼロ番線に列車が参ります。 男:! アナウンス:黄色い線の内側まで下がり…… 男:次の、次の列車!? 男:これに乗って追いかければ……!  :(少しして列車が到着し、男が乗りこむ) 男:あの子……どうしてこんな……。  男:《ポケットに手をいれる》? 男:……あ、切符か……。 男:《切符を出して確認する》……?ッ!これっ!  :(正面から明かりが漏れる) 男:!……なに?地下鉄で、光……?  :(車内に車掌の声が流れる) 車掌:次は~松代ヶ丘(まつしろがおか)病院前~、次は~松代ヶ丘病院前~。  :(光、光源に近づいていくように、どんどん強くなる) 男:なんだ?……くっ、まぶしっ!……!!  :(男、光に飲まれる) 0:  :(ピッピッピッピ……)  :(心電図モニタの音が響く) 男:《目を開く》 男:……あ。……?  :  男:(N)目が覚めると、病室だった。 男:僕は、あの世に行ったはずだったのに。 男:傍らで母親が、僕の手を強く握り締めながら眠っていた。  :      男:(N)僕はきっと彼女に助けられた。 男:あの時、後から乗り込んだ方の列車で僕のポケットに入っていたのは、この病院の名前が書かれた切符だった。 男:キスした時に、彼女がすり替えた物だろう。 男:僕が持っていたはずの切符には、紛れもなく『冥府行き』の文字が刻まれていたんだから。  :      男:結局、一番優しいのは君だったんじゃないか……。  :       男:(N)その日、上の階の病室で青髪の少女が、眠った。  :      男:(N)空っぽだった僕の心は、あの地下鉄での記憶と、僕の後悔と、彼女の思いでいっぱいになった。 男:中に入るものがどんなに悲しくても切なくても、からっぽじゃない限り人は動き出せるんだと、初めて知った。 男:僕は歩き出す、その足で彼女の墓へと向かう。 男:花束を抱える腕が震えて、彼女に似た青い花がボタボタと道端(みちばた)にこぼれ落ちた。 男:やっと一輪、墓前(ぼぜん)へ差し出す。 男:どこかで彼女の茶化すような笑い声が聞こえた気がした。  :  男:(N)世界中で一番優しい君へ、僕の最後の恋を捧げる。  :   :   :   :【LastLove】  :Fin.

:(地下鉄。ガランとした車内) :(男女が一人ずつ、向かい合った位置に座っている) 男:……。 女:……。 男:……。 女:……あ。 男:……? 女:今日、少ないですね。 男:あ、え、あ、そうですね、全然いないですね、お客さん 女:あ、スミマセン突然。 男:あ、いえ、僕もちょうど退屈してた所だったんで……すごい、ええ、うれし、あいや、助かり、ます。 女:ふふ、よかった。 女:……地下鉄ってやることないですもんね。 女:景色も見れないし、携帯も使えないし。 男:ね、ホントにね。 男:人も全然いないし……。 女:やっぱり、今日みたいな日は少ないのかな、寒いし、みんな外に出たくないから。 男:うん……こんな日だからこそ、僕は来たんですけどね。 女:へえ? 男:まあ、えっと、なんていうか……とりあえず暖かい場所を夢見て、みたいな? 女:あは、確かに電車の中ってすごいあったかいですよね~。 男:あ、そうです、ね、ホント、思わく通り……や、やったぁ? 女:ふふっ、良かったですね。 男:……ええ、良かったですよ、本当。 女:……。 男:……。 女:……地下鉄か……。 男:ん? 女:昔のね、馬鹿な思い出があるんです。 男:ほお? 女:つり革でつり輪!俺は仲本工事だ! 女:みたいな時代、あるじゃないですか? 男:は?……え? 女:あっゴメンなさい。単に小さい頃って事です。 男:あ、ああ…はい。 女:地下鉄にね初めて乗ったんです、お母さんと。 男:ええ。 女:それがまた、どこも席が空いてないくらい混んでて。 男:はい。 女:でもね、まだ誰も座ってない穴場があったんですよ。 男:え?穴場……? 女:ええ、そこだけ何故かガラガラなんです。 女:私、後ろから乗ってきた人たちに取られないように、急いでそこに乗り込んでキープしました。 男:はあ……。 女:どこだと思います? 男:え?……ああ、いや……どこですか? 女:《上を指差しながら》ここです。 男:?……えっと 女:《男のセリフに被せるように》惜しい!正解は網棚(あみだな)、つまり荷物置き場です。 男:……何が、惜しかったんでしょうか。 女:子供の時は魅力的でしたよねえ、ハンモック。 男:いや確かに似てはいるけど……。 女:でも今考えると危なかったですよね。 男:え、ええ。そんなところ登って落ちたら 女:《男にかぶせるように》今やってたら、もれなく激写されてSNSで晒し者になってましたよ! 男:あ、そっちっ? 男:……ううん、ええまあ……そうかもですね……。 女:……なんだかごめんなさい。 男:え? 女:つまらない話でしたよね? 女:……退屈してたからつい、なんです。 男:えっいや……つまらなくは、なかったですよ? 女:そうですか?それならよかったです。 男:《愛想笑いで》はは……。 女:……。 男:……。 女:……。 男:……。 女:……。 男:……。 女:……あ、そういえば。 男:? 女:ちんちん電車って、なんでチンチンなんでしょうね? 男:《ビックリして立ち上がり》え!? 女:えっ!なんで急に立ったんですか? 男:え、いや、だって……急に下ネタだったから……。 女:あ、ごめんなさいNGでした? 男:えっ、いや全然大丈夫ですけど。 男:え、そういうキャラなんですか? 女:うん、そういうキャラなんです。 男:あ……はい、そなんスね……。 女:意外でした? 男:とっても意外でした。 女:人を見た目で判断してはいけません。 男:あ、はい、よくわかりました。 女:……ところで、なんで下ネタだと思ったんですか? 男:え? 女:ちんちん電車って、その物自体は別にいやらしいものじゃないでしょ? 男:え、あ、だって……。 女:おにいさん、えっちー 男:へ、えぇ!? 女:ぶっ!くくく……ま・下ネタですけどね。 男:……くそ、ハメられた。 女:あはは、パズルの話ですか? 男:《唖然として》……すごいね、君。 女:あ、それ私のこと変人だって言いたいんです?やだー。 男:や、そりゃだって…… 女:《被る勢いで》変人じゃなくて、変態って言ってください! 男:なんでっ? 女:だから、そういうキャラなんです。 男:はい……え、いや納得できません。 女:人間は多種多様なんです。 男:んー!……はい、よくわかりました……。 女:ふふふふっ。 男:……。 女:……。 男:……。 女:……。 男:えっと……君って、若いよね? 男:あ、これに乗る客層にしては。 女:んー?あー、そうかもしれないですねー。十九歳。 男:あっ、そうなの?俺の六つも下。 女:へぇ、そうなんだ。 女:まあ鮮度は保証しませんけどね。 男:……ほらまた、すぐ下(しも)に走る……。 女:えー!今度こそそういう意味で言ったんじゃないんですけど! 女:わーぉ、お兄さん発情期だ。 男:え!?違う! 男:だって、どうせ君のことだからって……! 女:え~、またまたぁ。 女:女の子と一対一の状況でムラムラしてるんじゃないんですか~? 男:してない! 女:ほおらムキになって~。 男:なってない! 女:ぶっふ……くくく! 女:お兄さんってわかりやすくて可愛いですね。 男:む!はいはい単純です。 男:バカでエロな単細胞ですよ~だ! 女:ぶ、卑屈だな~! 男:卑屈!そうさ、どうせそうさ。 男:どうせネットオタクの卑屈な芋男さ! 女:ええ?インターネット?じゃあ一緒じゃん。 女:私も日がな一日やってたし。 男:え、そうなの? 男:なんかイメージないなあ。 女:そうでしょ。 女:そもそもネット好きが芋っぽい~なんてイメージが間違ってるんです! 女:現に私、結構あかぬけてるでしょ? 男:ああ、あか抜けてるっていうか…。 男:青い髪の人なんて初めて見た。 女:あは!これウィッグだもん。 男:ウィッグ?あ、あのカツラ? 女:ちょっと!かつらじゃないよ! 女:……えっと、オシャレかつら? 男:かつらじゃん! 女:いやいや、帽子みたいなもんですよー。 男:ええー……。 男:はあ、最近のおしゃれ事情は複雑怪奇だな……。 女:ダメですよ~、波に乗ることを諦めたら。 女:オシャレの努力、怠ってるでしょー。 男:はいはい、ダサくてスイマセンね。 男:でも、俺だって大学の頃はイケイケの伊達男だったんだぞ。 女:ほー?……確かめる方法がないからって見栄を張るのはおよしなさい。 男:むっ。見栄じゃありませーん。 女:それなら……私だって、こう見えてバスト90あります! 男:……確かめる方法があるかといって見栄を張るのはおよしなさい。 女:ほぅ、確かめられるんですか? 男:確かめられる確かめられる。 男:《ワキワキと空中を揉む素振りをしながら》ふふふふぅ!捕まえちゃうぞ、プリンちゃ~ん!! 女:いいでしょう。 男:えっ。 女:どうしたの?ほら逃げも隠れもしませんよ? 男:は、え、あ……。 女:何を怖気付いてるんですか? 女:ほら、あなたの欲望は目の前ですよ? 男:あ、あ、う……ううっ……。 女:……確かめる方法があるなんて見栄を張るのはおよしなさい。 男:うっ、はい、よくわかりましたっ! 女:っしゃー、勝訴! 男:勝訴?……うう、俺口喧嘩弱いんだよ……。 女:うふふっ。 女:……お兄さんは気持ちが優しいんだね。 男:そう?なんで? 女:口喧嘩に素直に負けられるなんて優しいよ。 男:……そういうもんなの? 女:そういうもんなんです。 男:《不服そうに》あー……はい、そなんスね……。 女:あら、なんだか納得いってないですね? 男:だって、ねえ。 男:俺別に優しくないよ。 女:? 男:優しかったらさ、もっと色々なことが許せるんじゃ、許せたんじゃないかな。 男:……なんつってな! 女:……うーん。 女:なんて言うか、んー、うまい言葉で言えないんだけど。 女:何でもかんでも許容してしまうことが優しさではないですよ。 男:……んー……。 女:……後悔してるの? 男:うん……。 女:自分で死んだこと? 男:あ、気づいてたの? 女:なんとなく、そうな気がして。 男:まじか。 男:《乾き気味に》ははっ、するどいな…。 女:意外でした? 男:とっても意外でした。 女:《少々オーバーにえらぶりながら》人を見た目で判断してはいけません! 男:……《心ここにあらずで》うん。 女:……。 男:……。 女:……。 男:……。 女:……。 男:……。 女:……あっ、あのー。 男:? 女:……話して、くれませんか?あなたのこと……。 男:……んー。 女:そ、その……冥土の土産に。 男:ふはっ……こんなもの持ってくな。 女:……そうですよね、ごめんなさい。 女:初対面なのにあつかましいことを言っちゃって……。 男:……ううん、いいよ話すかな。 男:乗りかかった船、いや、列車だからさ。 女:え、本当にいいんですか? 男:いいよ。 男:君にそんならしくない顔させてるのも嫌だし。 男:ぶっふ!……それにしても、冥土の土産に、か、ぶっふふ! 女:む!私なりに気を使ってがんばって言葉選んだのに! 男:むしろ選んで、冥府の土産って……。 男:嫌でしょ、そんな辛気臭い土産話。 女:冥界行き鉄道の中でつまむのには、むしろちょうどいいじゃないです? 男:つまんじゃうのかよ……《小さく笑って》君の屁理屈には敵わない。 女:あら、それは光栄です。 男:……。 女:……。 男:あ、やっぱ話さなくてもいい? 女:~っ!! 男:ぶ……!あはは、うそうそ、そんな顔しないでよ。 女:上げて落とすのは反則です!姑息です!卑劣です! 男:わかったわかった、話す、話すよ。 男:……辛気臭い話になるけど、いいかな? 女:《コクリコクリとうなずく》 男:そっか、ありがと。 男:……俺さ、もうわかってると思うけど、自殺したんだ。 女:……。 男:会社で上司に目をつけられて、退職に追い込まれて。 男:で、そこの会社を一年で辞めたってんで、再就職もままならなくてさ……。 男:そんなこんなでグズグズしてたら彼女に見放されて……。 男:実家戻って、ニートになって、引きこもりになって。 男:そんな自分のこと知られるのが嫌で友達とも距離置くようになって……。 男:そうして誰からも連絡が来なくなって、ひとりぼっちになって……。 女:……辛かったんですね。 男:辛い……そうなのかな? 男:たださ、独りぼっちになって希望も消えて、俺の中になんにもなくなっちゃってさ……。 男:窓開けたら、雪でめちゃくちゃ寒くて、がらんどうの……空っぽの心の中に、冷たい風がビューって吹き込んできてさ。 男:そしたら、冷え切っちゃったんだ……俺の心、全部、冷え切っちゃった。 男:それでそのまま、ポーイって飛んだ……俺、自分を捨てた。 女:なるほどだから……今日みたいな日に、か……。 男:……うん。 男:……君は、違うの? 男:あ、君のことも聞いてもいい? 女:冥土の土産になるなら。 男:ははっ……。 男:《弱々しく》やっぱりツボだ、それ。 女:《弱く笑い返して》……私はねえ、事故や自殺じゃないんですよねぇ……。 男:……病気? 女:そう、病気でね。 女:もう治る見込みもなかったんです。 男:そうだったんだ……いつから? 女:ずーっと前。 女:小さい時に発症して以来、ほとんど病院暮らしだったんです。 男:うん……。 女:だからやり残したこと、たーくさんっあるん……だけどなぁ……。 男:……例えば? 女:沖縄旅行に、グアム旅行、ハワイ旅行に、バリ島、セーシェル、ニューカレドニア! 男:南国ばっかりだね。 女:そしてなにより、恋!恋がしたかったなあ……。 男:《面食らったように》恋?……乙女な願望だなぁ。 女:会いたくて会いたくて震える夜を過ごしたり、隣同士あなたとアタシさくらんぼしたかったですよぉ! 男:後半意味がわからないよ。 女:恋に限らずね、ふつーに学校通ってふつーに友達作って、勉強して、部活してって、同年代の子達がうらやましいですよ……。 女:考えると、今まで生きてきて何にもできなかったんだもん……。 男:……ごめん。 女:?なんで? 男:いや、フツーに不自由なく生きれたはずの俺が……。 女:あー……そーいうことですか。 男:君のほうがずっと辛かっただろうに……。 女:だからー言ったでしょ、人間は多種多様なんですよ。 男:? 女:一人一人違うたっくさんの人々がいて、その人たち一人一人に違う苦しみがあるんです。 女:人それぞれ、その人の等身大の苦しみを抱えてるんです。 女:それを天秤にかけることは、できません。 女:あなたにはあなたの、耐えがたい苦しみがあったんですよ。 男:……そっ、か。 女:……それに、後悔しているんですよね?死んでしまったこと。 男:……うん。 女:……それも、聞いてもいいですか? 男:……うん。 女:……。 男:あの、ね……俺が病院に運ばれて、意識が消える直前、母さんの、声が、聞こえて……。 男:母さん、医者に向かって、泣き叫びながら言ってた……僕を生かしてくれって……。 男:私は死んでもいいから、息子を助けてくれって……。 男:僕、気づいてなかった。 男:僕のこと思ってくれる人、一番近くにいたのに……気づいてなかった……。 男:馬鹿だよな、ホントに、僕、最低の馬鹿だ……。 女:……そうだったんだ。 男:悔やむに、悔やみきれない……。 女:……。 男:……。 女:……。 男:……やっぱりこの話、電車でつまむのには重かったね。 女:うーん、そうかもしれませんねぇ。 男:……。 女:……。 男:……。 女:……。 男:……。 女:……あの。 男:……? 女:あの。 女:……キス、してくれませんか? 男:え!?《ビックリして立つ》 女:ダメ? 男:え、え、なんで? 女:ダメですか? 男:え、だから、なんでっ? 女:したことないから……。 男:いやっ、だからって。 女:最後に、一番してみたかったことなんです。 男:でも、でもさ、好きでもないやつとさ、したって……。 女:そっか、そうですよね。 女:スイマセン。 男:えっ、う、うん。 男:……そうだよ。《座る》 女:……。 男:……。 女:……。 男:《ドギマギしながら》……えっと、あー、えっと……。 女:……ふっ、ふふふ! 女:《おどけた調子に戻って》どーしたんですかあ?とって食いやしませんよ~? 男:!……なんだよ、人の唇食おうとしてたくせに。 女:!確かに!こりゃ一本取られた! 男:もーなんだろなあ……君といるとギアチェンが間に合わない感じがする。 女:アハハ!私もです。 男:嘘つけ!絶対俺だけだよ! 女:そーなんですか?見栄はらずにオートマ車にしたほうがいいですよ? 男:無理、クラッチ操作の快感が忘れらんねえんだ……。 男:《ハッとして》いや、ホントの車の話じゃないから! 女:ふふ、だいぶお兄さんを乗り回せるようになってきました。 男:男を乗り回すなんてとんだ悪女だよ……。 女:あー!いいですねえ! 女:私一回そういう存在になってみたかったんですよ~。 男:まだキスもしたことない純粋ガールが何を……。 女:もーだからこそです! 男:あー自分とは真逆の存在に憧れる的な……? 女:あ!じゃあお兄さんはアメイジングでスマートなグッドルッキング・ガイになりたいワケですね! 男:言葉が眩しすぎて伝わりづらい! 男:けど、なんか貶(けな)されてんのはわかる! 女:いいですねえ!だいぶツッコミも鋭くなってきましたよ~! 男:あ~も~! 女:あっはっはは! 女:……ふふ、お兄さんはやっぱり本当に優しいですよね。 男:えっ? 女:私、病気だしこんな性格だから、 女:私にちょっと関わるとみんな愛想笑いして遠巻きに離れていっちゃうんです。 女:お兄さんは私の本性を知っても、私から離れないで関わろうとしてくれる。 男:《表情を曇らせ》……それは、もう終わりだからだよ。 男:きっと最後の最後にイイ奴になろうと、本能がさせてるだけだ……。 女:《強く反論する》違いますよ! 女:……違うんです。思い込まないでください。 女:私わかるんです。何年も病院にいる間に、たくさんの人がお見舞いに来てくれました。 女:みんなにはマスクや吸入器で私の顔はよくわからなかったかもしれないけど……。 女:私にはよく見えるんです、覗き込んでくるみんなの顔。 女:感染るんじゃないかって内心気味悪がってる人。 女:めんどくさいけど知り合いが死にそうだからってことで渋々来てる人。 女:ホントは私ともうしゃべりたくないって思ってる担当の看護師さん。 女:毎日笑顔だけど心で泣いてるお母さん……わかるんです。 女:目を見てお話したら、何がホントか。 女:……えへへ、ヤですね!寝たきりは変な芸ばっかり身について! 男:……。 女:《無理やりテンションを保つように》なーんてちょっと話盛りすぎたかな! 女:変なこと言ってすみません、戯言(たわごと)なんで忘れて…… 男:《遮るように》俺も 女:え? 男:引きこもってたら変な芸身についたよ。 男:《何か芸があったら披露してください。なかったら次のセリフ》  :  男:《どこからかそろばんを取り出し》えー願いましてーは。 男:二十二円なーり、七百二円なーり、五百二十三円なーり、 男:ひいては八十五円なーり、百三十五円なーり、加えて四十八円では! 男:《手を挙げ》ハイ!一千(いっせん)飛んで七十五円! 男:《一人芝居のように自分に感服し》御名算(ごめいさん)!  :  女:ぶっ……! 女:アハハハハ!なに、それ!引きこもると、そんな特典が?アハハハハ! 男:《笑ってくれたことにはにかむ》……。 女:《ひとしきり笑ったあと》あはは……はーやっさし、優しすぎです……そりゃもう好きになっちゃうよ。 男:え? 女:さっきお兄さん、好きでもないやつとキスしたってダメだって言ったよね? 女:だったら、やっぱり私はお兄さんが好きです。 女:初対面であなたのことまだ全然知らないけど、お兄さんの優しさは本物だってわかるから。 女:私、あなたの優しさに、惚れました。 男:《目を丸くしている》 女:もう一回だけ聞かせてください。 女:ダメですか?どうしても、ダメですか……? 女:私、好きな人と、恋がしたい。 女:一瞬でいいから、恋が、したいんです……。 男:本、本気で……? 女:《男をじっと見つめる》 男:《本気だと悟りハッっとしたあと、腹をくくる》……わかった。 女:《瞬間パッと顔を輝かせて》本当ですか!? 女:あのあのっ、どうせなら漫画で見たシチュエーションと同じ場所でお願いしてもいいですかっ!? 女:《男の手を引っ張る》 男:《女に引っ張られ》え、ええっ……? 男:もうっ、ムード作りのためにムードぶち壊しだよ……。 女:《手でカメラの形を作って覗きながら》んーっ、ああここ!バッチシですね!  :(乗降口の扉の前で向き合う二人) 男:……ここでいいの? 女:はい。あ、扉に背を向けて。 女:んー、あ!ちょっと待ってください……《車窓に写った自分の姿を見ながら髪型などを整える》 女:よし、ふー……OKです。 男:《やれやれといった感じで》じゃ、目閉じて……。 女:《目を閉じる》 男:《女に口付ける》 女:《口づけられる》  :(数秒の間)  :(列車が止まる)  :(男のすぐ背後のドアが開く) 男:(N)停車駅なんてあったのか……背後のドアが開いた。 男:瞬間、彼女が微笑んだのが先か僕の体が車外に投げ出されたのが先か。  :  女:《男をドアの外へ突き飛ばす》ッ! 男:《女に突き飛ばされ、ドアの外へ転がる》うわっ!? 女:さようなら。  :(列車の扉が閉まる) 男:なっ!?え、なんで、ねえっ!おい!おーい!  :(列車が動き出し、遠ざかる) 男:ちょっと、おーい!待って! 男:《途中まで追いかけるが、息が切れ》っはあ!……はぁ……なんで……。   :(しばらくの間)  :(ホームに電車の到着アナウンスが流れる) アナウンス:間もなくゼロ番線に列車が参ります。 男:! アナウンス:黄色い線の内側まで下がり…… 男:次の、次の列車!? 男:これに乗って追いかければ……!  :(少しして列車が到着し、男が乗りこむ) 男:あの子……どうしてこんな……。  男:《ポケットに手をいれる》? 男:……あ、切符か……。 男:《切符を出して確認する》……?ッ!これっ!  :(正面から明かりが漏れる) 男:!……なに?地下鉄で、光……?  :(車内に車掌の声が流れる) 車掌:次は~松代ヶ丘(まつしろがおか)病院前~、次は~松代ヶ丘病院前~。  :(光、光源に近づいていくように、どんどん強くなる) 男:なんだ?……くっ、まぶしっ!……!!  :(男、光に飲まれる) 0:  :(ピッピッピッピ……)  :(心電図モニタの音が響く) 男:《目を開く》 男:……あ。……?  :  男:(N)目が覚めると、病室だった。 男:僕は、あの世に行ったはずだったのに。 男:傍らで母親が、僕の手を強く握り締めながら眠っていた。  :      男:(N)僕はきっと彼女に助けられた。 男:あの時、後から乗り込んだ方の列車で僕のポケットに入っていたのは、この病院の名前が書かれた切符だった。 男:キスした時に、彼女がすり替えた物だろう。 男:僕が持っていたはずの切符には、紛れもなく『冥府行き』の文字が刻まれていたんだから。  :      男:結局、一番優しいのは君だったんじゃないか……。  :       男:(N)その日、上の階の病室で青髪の少女が、眠った。  :      男:(N)空っぽだった僕の心は、あの地下鉄での記憶と、僕の後悔と、彼女の思いでいっぱいになった。 男:中に入るものがどんなに悲しくても切なくても、からっぽじゃない限り人は動き出せるんだと、初めて知った。 男:僕は歩き出す、その足で彼女の墓へと向かう。 男:花束を抱える腕が震えて、彼女に似た青い花がボタボタと道端(みちばた)にこぼれ落ちた。 男:やっと一輪、墓前(ぼぜん)へ差し出す。 男:どこかで彼女の茶化すような笑い声が聞こえた気がした。  :  男:(N)世界中で一番優しい君へ、僕の最後の恋を捧げる。  :   :   :   :【LastLove】  :Fin.