台本概要

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タイトル ザシキワラシの話
作者名 奈々和  (@nananagomi1)
ジャンル ホラー
演者人数 2人用台本(女2) ※兼役あり
時間 20 分
台本使用規定 台本説明欄参照
説明 ※叫びあり台本です。
※2人用台本ですが、両方とも兼ね役があります。

<あらすじ>
民俗学を学ぶ大学生・香織は、卒業論文のためにザシキワラシの伝承を調べていた。そのために、遠い親戚の大おばさまを頼り、ザシキワラシの伝承の調査旅行に、東北の田舎にやってきたのだ。
その旅行の最終日の前日、夕暮れから密かに、怪異が香織に忍び寄る…


以前ボイコネにアップした際、ボイコネの規定により削除しておりました柳田国男「遠野物語」(著作権保護期間は終了)の引用を、元に戻しました。

舞台版の台本は、「はりこのトラの穴」にあります。
http://haritora.net/look.cgi?script=14141
声劇版と舞台版との大きな違いは、舞台版の照明・音響の演出を、声劇版ではセリフで補填してあります。

※セリフの改変可。
 特に大おばさまの方言は、やりやすく変えていただいてかまいません。


【声劇利用時の規約】
・非商用利用時は連絡不要です。
・上演の際、必ず、作者名及び作品名を表記してください。表記が不可能な場合は、作者名及び作品名の読み上げをお願いします。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
香織 56 二十一歳。大学四年生。ザシキワラシ1と兼ね役。
大おばさま 52 三浦家の主。六十歳くらいの和装のおばあさんに見える。ザシキワラシ2と兼ね役。
ザシキワラシ1 不問 17 謎の子ども。香織と兼ね役。
ザシキワラシ2 不問 17 謎の子ども。大おばさまと兼ね役。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0:秋の夕暮れ。田舎のお屋敷の真白い障子ぶすまの部屋の中。部屋の隅には、ほぼ荷作り終わったらしい旅行鞄が2~3ある。香織は、柳田国男(やなぎだくにお)の「遠野物語(とおのものがたり)」を読んでいる。 香織:「『旧家にはザシキワラシといふ(いう)神の住みたまふ(すみたもう)家少なからず。(中略)この神の宿りたまふ(やどりたもう)家は富貴(ふうき)自在なりといふ(いう)ことなり。(中略) 香織:山口なる旧家にて山口孫左衛門(やまぐちまござえもん)といふ(いう)家には、童女(どうじょ)の神二人いませりといふこと(いうこと)を久しく言ひ伝へ(いいつたえ)たりしが、ある年同じ村の何某(なにがし)といふ男(という男)、町より帰るとて留場(とめば)の橋のほとりにて見馴れざる二人のよき娘に逢へり。物思はしき(ものおもわしき)様子にてこちらへ来る。 香織:お前たちはどこから来たと問へば(とえば)、おら山口の孫左衛門(まござえもん)が処(ところ)から来たと答ふ(こたう)。これからどこへ行くのかと聞けば、それの村の何某(なにがし)が家にと答ふ(こたう)。その何某(なにがし)はやや離れたる村にて、今も立派に暮らせる豪農(ごうのう)なり。 香織:さては孫左衛門(まござえもん)が世も末だなと思ひしが(おもいしが)、それより久しからず(ひさしからず)家の主従(しゅじゅう)二十幾人、茸(きのこ)の毒にあたりて一日のうちに死に絶え、七歳の女の子一人が残せしが、その女もまた年老いて子なく、近き頃病みて失せたり(やみてうせたり)。」(柳田国男「遠野物語」より) 香織:わあ、もう夕暮れだ。空が真っ赤! 0:軽いノックの音 大おばさま:<部屋の外から>香織さん、ええですかね? 香織:あ、はーい、どうぞ! 0:障子を開けて、着物姿の「大おばさま」と呼ばれる女性が、茶の用意の載った盆を持って入ってくる。老人ということはわかるが、妙に地味に作っているようでもある。 大おばさま:まあ、お茶でもどないだと思ってさ。少し休みんさい。……どだ、支度(したく)の方はもういいのかね? 香織:ごちそうさまです。はい、もう、明日バスに乗るだけです。 香織:でも、『明日もう帰るんだあ』と思ったら、<笑う>ついつい、しまいこんだメモをひっぱり出して読んだり、急に思いついて書きたしたりして、…落ち着かないんです、私 大おばさま:ほお…、お勉強熱心だなあ。えらい子や、あんた 香織:いえ、そんな。それもこれも、大おばさまのおかげで、充実した調査ができたからですよ。 香織:普通、難しいんですよ、私みたいな外から来た人間が、いきなり村の方々に『お時間もらえませんか?お話を聞かせて下さい』なんて。断られて当たり前なんです。 香織:でも、大おばさまが村の皆さんにお話してくださったおかげで、皆さん快く時間を割いて下さって…。 香織:私、興奮してるんです。こんなにたくさんの研究資料を持って大学に帰れるなんて…。いい卒業論文書けると思います。本当にありがとうございました。 大おばさま:そぉんな。だけど、ほんとに役にたつんだべか。村の人さのザシキワラシの話なんてよぉ。 香織:立ちます、立ちます。 香織:私、柳田国男(やなぎだくにお)の『遠野物語』(とおのものがたり)でザシキワラシの話を読んでから、どうしてもひかれて、一度でいいから口承(こうしょう)でじかに伝わっている話を聞いてみたいって、ずうっと思ってたんです。 香織:母に『昔、東北の親戚の家に静養に行ったことがある』って聞いて、矢もたてもたまらなくなってお訪ねしちゃいました。 香織:そうしたら、ここはザシキワラシの言い伝えの宝庫みたいなところなんですもの。 香織:びっくりするやら嬉しいやらで。あっちで聞いて、…こっちで聞いて。私のバッグ、メモでいっぱいです。大おばさま、初対面の私を泊めてもくださって、本当に本当に感謝してます。 大おばさま:なぁんもだ。そったら、緊張することないわ。だぁってぇ、あんたは、あの薫子(かおるこ)ちゃんの娘さんだもんな。やあ、なつかしくてぇ。香織さん、ほんとよくお母さんに似てるわ。 香織:ふふっ。…あの、『大おばさま』って、なんだか言いにくくて。私の祖父の妹さんなんですよね。遠い親戚になるのかしら。 大おばさま:だあから、ばあちゃんでいいって言ったべさ。 香織:いえ、それも…。なんか、あんまりっていうか…あの…、本当にお世話になりました。…あの…、大おばさまは、見たことないんですか、ザシキワラシ。 大おばさま:わたし? 香織:ええ、だってこんな大きい家だし。村の人達、『三浦のご本家にはいるはずだ』って、言ってましたから。 大おばさま:ああ、だって、ここは本家でないもの。本家は、東京に出て行った、あんたのひいじいさん。家だけが残ってるんだ。 香織:そうなんですか。<がっかり> 大おばさま:ザシキワラシはないけど、幽霊ならあるよ。 香織:ゆうれい?…見たんですか? 大おばさま:いんや、聞いたの。 香織:聞いた? 大おばさま:そ、聞いたの。 大おばさま:…香織さん、雪下駄(ゆきげた)って、知ってるべか? 香織:雪下駄ですか? 大おばさま:はい、雪国の草履(ぞうり)だ。かかとんとこに金(かね)が打ってあってね、雪道でも転ばないようになってるんだわ。 香織:スパイクですね。 大おばさま:そう、それそれ。雪道はええけど、あんた、それで家ん中さ入ったら、あがり框(がまち)んとこカンカンにコンクリート固めてあるっしょ。いやいや、すごい音するんだわ、カンカンカンカーンって。 香織:こちら、玄関広いから。 大おばさま:んだ。田舎の玄関は広いさ。 大おばさま:…でな、昔、私の母さんが死んだ時な、親せきも村の衆もみんな集まって、この家で通夜をしてたんだな。 大おばさま:…通夜てもなあ、最初はしんみりしたもんだけど、そのうち、ほれ、やいのやいのと皆しゃべり出すしょ。 大おばさま:座敷(ざしき)じゃあ男たちが『やー、死んだ母さん、こんな人だった、あんな人だった』って、酒飲んで。女たちはお勝手を出たり入ったりして。 大おばさま:そしたらさ、聞こえたのさ、框(かまち)んところから雪下駄の音がカンカンカンカーン…。 0:雪下駄の音。 香織:……。 大おばさま:秋なんだわ。まーだ雪も降ってねえし、雪下駄なんて履く人いないの。みーんな座敷(ざしき)んとこにいるし、玄関になんて誰もいないの。でな、わたし思ったの、『あー、母さんいった』 香織:<ため息>怖くなかったですか? 大おばさま:それがさ怖くねえの。やっぱ、自分の親だからでないかい。ほーれ、おしまい<笑う> 香織:あの玄関でですか? 大おばさま:そうだよ。 香織:えーいやだ、こわーい。聞いたの、今日でよかったですよ。最初の日だったら、夜、玄関のとこ通れなかったですよ。 大おばさま:なあにさ、ザシキワラシの話さ、いっぱい聞いて来た人が、こったら話たいしたことないっしょ。 香織:うーん、でも、この家っていうのがね、リアリティあるっていうか。 大おばさま:あれ、あんた、あちこちで聞いてきたザシキワラシの話、信じてないのかい? 香織:え?それは信じてますよ。でも、あれは、ほら、お話じゃないですか?代々言い伝えられてきた。その間に、いろいろ尾ひれもついてくるでしょう、その時の人々の願望とか、『この方が面白いな』とか。 香織:そういう伝承を研究するのが民俗学(みんぞくがく)で、信じるとか信じないというのとは、ちょっと違うんです。 大おばさま:なんか難しいね。やっぱ、大学の学問だ。民話とか調べるのかい。したが、香織さん、あんたはなしてザシキワラシね。 香織:えっ? 大おばさま:民話ゆうてもいろいろあるべさ。そんが、なして、あんたはザシキワラシがいいんね? 香織:えっと…。なんだか、どうしても惹かれるんです。…やっぱり、かわいいからじゃないかしら、子どもの神様なんて。 大おばさま:かわいい? 香織:ええ、神様が子どもなんですもの。外国でいうと天使かしら。 大おばさま:いんや、わたしゃ恐ろしいわ。 香織:え? 大おばさま:子どもてなあ、確かにめごいわ。でもな、子どもちゅうことは、物も道理もわかっとらんちゅうことや。何がええか、何がわりいか、気にいった気にいらんだけで決めよる、それが子どもさ。 大おばさま:……香織さん、小さい兄弟おりますか? 香織:いいえ、私はひとりっ子なんです。 大おばさま:なら、あんた、ほんとに小せえ子どもがどんなもんか知らんな。 香織:…はい。 大おばさま:小せえ子どもは大変さ。何がなんだかわからんが『わーわー』泣きよる。かと思うと、なあにが気にいったんだか『えへらえへら』笑いおる。大人がええじゃろ思うことが当たるとは限らん。 大おばさま:大人は、それに振り回されてばかりさ。 大おばさま:わしらが見て、ちいともええ女ともええ男とも思わん人が、子どもにはめっぽう好かれることもある。いうなればだ、気まぐれなもんよ。 大おばさま:…そったら気まぐれなもんに、家の明暗(めいあん)かかっとるたあ、あんた、そら恐ろしいわい。 香織:…。 大おばさま:あんた、まーだまだ若いし、学生さんだ。したら、わかんねえべ。…人ってな、どおんなにがんばっても努力しても正直もんでも、どうにもこうにもうまくいかねえってことがあるのよ。 大おばさま:どったら誠実でも。まるで、雪玉さ、坂ころげてくみたいに、悪いこと悪いことばあっかり続いて、どうにもなんねちゅうこともある。 大おばさま:…自分のせいとわかってたら、まだ楽だな。直しようあるもんな。昔ならな、尚更(なおさら)でないかい。 大おばさま:天気とか、はやり病(やまい)とか、人間にはどうしようもねえことがいっぱいあったべ? 大おばさま:…だからな、わたしゃ思うんだども、そんな時、昔の人は『あー、おら、ザシキワラシさ、見放された。 大おばさま:子どもみてえ気まぐれなもんに、何でかわからんけど、嫌われた』って、思うしかなかったんでないべか。 香織:…考えたこと、ありませんでした。 大おばさま:ほおれ、何しょげとるの?これはお話! 香織:あの!今の大おばさまの話、すごく大事だと思いました。…自分ではどうしようもない人生を、ザシキワラシのような子どもの気まぐれに翻弄(ほんろう)されていると、考えるか…。 大おばさま:あれあれ、こんな田舎のババさの思いつきだよ。たいそうなことでないよ。 香織:いいえ。いま、大学で本を読んでわかった気になってちゃ、私ダメだなあって思っちゃいました。<笑う> 大おばさま:そうだかねえ。 0:少しの間 香織:あの、うちの母は、あの、こちらにいた時なんですけど、小さい時こちらの家で静養させていただいているとき、ザシキワラシみたいな体験をしたって、言ってたんです。 大おばさま:ほお、薫子(かおるこ)ちゃんが? 香織:ええ。ここに来る前に、母ったら、急に思い出したように言うんです、『もしかしたら、あれは、ザシキワラシかもしれないわ』って。 大おばさま:ん? 香織:母がショウコウネツをやって、お医者さんに転地療養(てんちりょうよう)をすすめられて、こちらに来た時は、夏だったんだそうですね。 香織:外は、とってもいい天気なのに、母の身体はなかなか本調子にならなくて、熱を出してはお昼寝ばかりさせられて、ひどくうらめしかったんだそうですよ。 0:降るようなセミの声。子どもの声がする。 ザシキワラシ1:うふふ… ザシキワラシ2:うふふ… ザシキワラシ1:なに ザシキワラシ2:なに? ザシキワラシ1:女の子じゃ ザシキワラシ2:女の子じゃ ザシキワラシ1:女の子じゃ、女の子じゃあ ザシキワラシ2:かわいやのう ザシキワラシ1:めごいのう ザシキワラシ2:なして寝ておるのじゃ ザシキワラシ1:熱だってさ ザシキワラシ2:熱?…熱? ザシキワラシ1:おやまあ、熱だってさ。見舞ってやろうぞ ザシキワラシ2:昼間なのに、大丈夫かい? ザシキワラシ1:大丈夫さ、熱だもの。 ザシキワラシ2:熱?熱とはいかなるものぞ? ザシキワラシ1:さあ、我らにははかりしれぬが、とにかく熱があるのじゃ。 ザシキワラシ2:熱があるとは、きっと病(やまい)がよくないのじゃな。 ザシキワラシ1:きっと死ぬるのじゃ ザシキワラシ2:死ぬるのじゃ死ぬるのじゃ。 ザシキワラシ1:いたましのう、めごいのにのう。 ザシキワラシ2:いつ死ぬるのじゃ? すぐか? 今か? ザシキワラシ1:わからぬわからぬ、今かもしれぬし、明日かもしれぬ。 ザシキワラシ2:待とうぞ、待とうぞ、今すぐかもしれぬ。 ザシキワラシ1:ああ楽しみじゃあ、我(われ)は子どもが死ぬところを見るのは初めてじゃ。めずらしのう。 0:沈黙しばし。 ザシキワラシ2:死んだか? ザシキワラシ1:死なぬ。 0:再び沈黙。 ザシキワラシ2:つまらぬ。つまらぬつまらぬ。<半べそ> ザシキワラシ1:つまらぬ、ちーとも死なぬ。 ザシキワラシ2:何と時間のかかる事じゃ。 ザシキワラシ1:もう飽きた。…、<少し遠くへ離れたらしい>かくれんぼするもの、この指とまれ! ザシキワラシ2:わーい! 0:少しの間 香織:それだけなんですけどね。母は、怖いやら腹立たしいやらだったそうで、…見知らぬ子たちに『死ななくて、つまらない』と言われちゃあね。わーわー泣いちゃったんですって。 大おばさま:いやいやいや…。 香織:変な話でしょ?私は、熱があったんだから、そんな変な夢見たんだろうって言ったんですけどね。 大おばさま:…そいじゃ、薫子(かおるこ)ちゃん、気がついてたんだわ… 香織:はい? 大おばさま:気づかれてちゃあ、逃げられるわいなあ<笑う> 香織:あの…大おばさま?<不安になる>……暗くなりましたね、灯り(あかり)つけませんか? 大おばさま:香織さん。 香織:はい? 大おばさま:さっきなあ、わしな、『ザシキワラシは気まぐれなもん』て言うたろ? 香織:はい 大おばさま:『何が気にいるか気にいらんか、さっぱりわからん』て。 香織:はい 大おばさま:じゃあな、あんた、ザシキワラシの気にいるもんがわかったら、どうするね? 香織:え?人が、自分の家のザシキワラシが気にいってるものが、わかったら…。…『それがあるとザシキワラシが出ていかないものが、わかったら』ですか? 大おばさま:ん。 香織:それがわかったら、ザシキワラシが出ていかない方法がわかったら、そりゃあバンバンザイじゃないですか。 香織:ザシキワラシがずーっと出ていかなければ、その家はずーっと豊かなままでいられるんでしょう。 香織:ずっと、わかったその何かを続けていればいいんですよね。 大おばさま:あんたも、そう思うべ? 香織:はい。…え? 大おばさま:昔から、この三浦の家のもんは、皆、そう思ったのさ。んで、続けてきた。したら、この村も、三浦の本家も安泰(あんたい)だ。 香織:大おばさま、この家のザシキワラシのことですか?<期待して> 大おばさま:<無視して話し続ける>端(はた)から見りゃ、そりゃなんてことないことかも知らん。 大おばさま:一人でええんだと。ワラシが『めごい』思った三浦の家の子が一人おりゃあ、ワラシは三浦の家に居続けてくださるんだと。…その『めごい』思われる子が誰か、わかるまでが大変なんだ。 香織:その子って…。 大おばさま:あんた、変だと思わんかったか?なして、この家はこんな婆一人なんだべとか。本家が皆こぞって東京さ出たのに、わたし一人だけ、なして残されてるんだとか。 大おばさま:わたし一人で、この広い家どうやって守ってんだろとか。あんた、なーんにもおかしいと思わんかったのかい。 香織:あ…。 大おばさま:村のもんは、わしばここから出さねよ。誰も落ちぶれたくなんてねえものな。わしゃ、ここから動けん。 大おばさま:…香織さん、あんた、ほんとに薫(かおるこ)子ちゃんに似てるわ。薫子(かおるこ)ちゃん、めごかったあ。本当に可愛らしい子やった。 大おばさま:……もう三十年以上も前だ。『転地療養(てんちりょうよう)さしてくれ』と、本家から手紙着た時はおどろいた。本家さ、わしのこと、ワラシのこと、忘れおったか思うて身体の中に火がつくような思いさ、した。 大おばさま:したが、薫子(かおるこ)ちゃんは本当にめごくて、ワラシも気にいった言う。…えがったあ、わし、やっと、この家さ出られる、思た。 香織:…。 大おばさま:じゃが、薫子(かおるこ)ちゃんには、逃げられてもうた。………今度は、逃がさん。 香織:何のことです?何言ってるんです、大おばさま。 大おばさま:ワラシなぁ、香織さんば気にいったんだと。 香織:はあ?! 大おばさま:ずーっと、香織さんにこの家におってほしいんじゃと。 香織:何言ってるんです、あれはお話… 大おばさま:明日バスは出ないよ。村のもん皆このこと、知っとる。あんたを、ここから出しゃあしないよ。 香織:…うそ! 大おばさま:うそなもんか、明日になればわかる。……香織さん、ごめんな。でも、わし、うれしいわ。わし、次の子が来ないことにゃ、死ぬも許してもらえなかったん。 大おばさま:…これでもう、母さんと同じとこ、いってもええだな。<弱々しくなっていく> 香織:大おばさま?! 0:香織、大おばさまに駆け寄る 大おばさま:…香織さん、言わんかったがな、あんた、間違うとる。…わしゃな、あんたのじいさんの妹じゃないんよ。 香織:え? 大おばさま:わしな、あんたのひいじいさんの妹じゃいね…うっ…あ……<絶命> 香織:大おばさま! 大おばさま!!<大おばさまを揺する>…息をしてない! うそ! 死んだ? そんなバカな…! ちょっと、一体どうしたら… 0:遠くから足音が聞こえてくる 香織:もうこんなに真っ暗…私、どうしたらいいの?…え? 足音? 家の中から? 誰? 大おばさまの声:ワラシなぁ、香織さんば気にいったんだと。ずーっと、香織さんにこの家におってほしいんじゃと。 ザシキワラシ1:うふふ… ザシキワラシ2:うふふ… 香織:後ろに…! いやああああああああああああああああああああああ!!!!!!! 0:<終>

0:秋の夕暮れ。田舎のお屋敷の真白い障子ぶすまの部屋の中。部屋の隅には、ほぼ荷作り終わったらしい旅行鞄が2~3ある。香織は、柳田国男(やなぎだくにお)の「遠野物語(とおのものがたり)」を読んでいる。 香織:「『旧家にはザシキワラシといふ(いう)神の住みたまふ(すみたもう)家少なからず。(中略)この神の宿りたまふ(やどりたもう)家は富貴(ふうき)自在なりといふ(いう)ことなり。(中略) 香織:山口なる旧家にて山口孫左衛門(やまぐちまござえもん)といふ(いう)家には、童女(どうじょ)の神二人いませりといふこと(いうこと)を久しく言ひ伝へ(いいつたえ)たりしが、ある年同じ村の何某(なにがし)といふ男(という男)、町より帰るとて留場(とめば)の橋のほとりにて見馴れざる二人のよき娘に逢へり。物思はしき(ものおもわしき)様子にてこちらへ来る。 香織:お前たちはどこから来たと問へば(とえば)、おら山口の孫左衛門(まござえもん)が処(ところ)から来たと答ふ(こたう)。これからどこへ行くのかと聞けば、それの村の何某(なにがし)が家にと答ふ(こたう)。その何某(なにがし)はやや離れたる村にて、今も立派に暮らせる豪農(ごうのう)なり。 香織:さては孫左衛門(まござえもん)が世も末だなと思ひしが(おもいしが)、それより久しからず(ひさしからず)家の主従(しゅじゅう)二十幾人、茸(きのこ)の毒にあたりて一日のうちに死に絶え、七歳の女の子一人が残せしが、その女もまた年老いて子なく、近き頃病みて失せたり(やみてうせたり)。」(柳田国男「遠野物語」より) 香織:わあ、もう夕暮れだ。空が真っ赤! 0:軽いノックの音 大おばさま:<部屋の外から>香織さん、ええですかね? 香織:あ、はーい、どうぞ! 0:障子を開けて、着物姿の「大おばさま」と呼ばれる女性が、茶の用意の載った盆を持って入ってくる。老人ということはわかるが、妙に地味に作っているようでもある。 大おばさま:まあ、お茶でもどないだと思ってさ。少し休みんさい。……どだ、支度(したく)の方はもういいのかね? 香織:ごちそうさまです。はい、もう、明日バスに乗るだけです。 香織:でも、『明日もう帰るんだあ』と思ったら、<笑う>ついつい、しまいこんだメモをひっぱり出して読んだり、急に思いついて書きたしたりして、…落ち着かないんです、私 大おばさま:ほお…、お勉強熱心だなあ。えらい子や、あんた 香織:いえ、そんな。それもこれも、大おばさまのおかげで、充実した調査ができたからですよ。 香織:普通、難しいんですよ、私みたいな外から来た人間が、いきなり村の方々に『お時間もらえませんか?お話を聞かせて下さい』なんて。断られて当たり前なんです。 香織:でも、大おばさまが村の皆さんにお話してくださったおかげで、皆さん快く時間を割いて下さって…。 香織:私、興奮してるんです。こんなにたくさんの研究資料を持って大学に帰れるなんて…。いい卒業論文書けると思います。本当にありがとうございました。 大おばさま:そぉんな。だけど、ほんとに役にたつんだべか。村の人さのザシキワラシの話なんてよぉ。 香織:立ちます、立ちます。 香織:私、柳田国男(やなぎだくにお)の『遠野物語』(とおのものがたり)でザシキワラシの話を読んでから、どうしてもひかれて、一度でいいから口承(こうしょう)でじかに伝わっている話を聞いてみたいって、ずうっと思ってたんです。 香織:母に『昔、東北の親戚の家に静養に行ったことがある』って聞いて、矢もたてもたまらなくなってお訪ねしちゃいました。 香織:そうしたら、ここはザシキワラシの言い伝えの宝庫みたいなところなんですもの。 香織:びっくりするやら嬉しいやらで。あっちで聞いて、…こっちで聞いて。私のバッグ、メモでいっぱいです。大おばさま、初対面の私を泊めてもくださって、本当に本当に感謝してます。 大おばさま:なぁんもだ。そったら、緊張することないわ。だぁってぇ、あんたは、あの薫子(かおるこ)ちゃんの娘さんだもんな。やあ、なつかしくてぇ。香織さん、ほんとよくお母さんに似てるわ。 香織:ふふっ。…あの、『大おばさま』って、なんだか言いにくくて。私の祖父の妹さんなんですよね。遠い親戚になるのかしら。 大おばさま:だあから、ばあちゃんでいいって言ったべさ。 香織:いえ、それも…。なんか、あんまりっていうか…あの…、本当にお世話になりました。…あの…、大おばさまは、見たことないんですか、ザシキワラシ。 大おばさま:わたし? 香織:ええ、だってこんな大きい家だし。村の人達、『三浦のご本家にはいるはずだ』って、言ってましたから。 大おばさま:ああ、だって、ここは本家でないもの。本家は、東京に出て行った、あんたのひいじいさん。家だけが残ってるんだ。 香織:そうなんですか。<がっかり> 大おばさま:ザシキワラシはないけど、幽霊ならあるよ。 香織:ゆうれい?…見たんですか? 大おばさま:いんや、聞いたの。 香織:聞いた? 大おばさま:そ、聞いたの。 大おばさま:…香織さん、雪下駄(ゆきげた)って、知ってるべか? 香織:雪下駄ですか? 大おばさま:はい、雪国の草履(ぞうり)だ。かかとんとこに金(かね)が打ってあってね、雪道でも転ばないようになってるんだわ。 香織:スパイクですね。 大おばさま:そう、それそれ。雪道はええけど、あんた、それで家ん中さ入ったら、あがり框(がまち)んとこカンカンにコンクリート固めてあるっしょ。いやいや、すごい音するんだわ、カンカンカンカーンって。 香織:こちら、玄関広いから。 大おばさま:んだ。田舎の玄関は広いさ。 大おばさま:…でな、昔、私の母さんが死んだ時な、親せきも村の衆もみんな集まって、この家で通夜をしてたんだな。 大おばさま:…通夜てもなあ、最初はしんみりしたもんだけど、そのうち、ほれ、やいのやいのと皆しゃべり出すしょ。 大おばさま:座敷(ざしき)じゃあ男たちが『やー、死んだ母さん、こんな人だった、あんな人だった』って、酒飲んで。女たちはお勝手を出たり入ったりして。 大おばさま:そしたらさ、聞こえたのさ、框(かまち)んところから雪下駄の音がカンカンカンカーン…。 0:雪下駄の音。 香織:……。 大おばさま:秋なんだわ。まーだ雪も降ってねえし、雪下駄なんて履く人いないの。みーんな座敷(ざしき)んとこにいるし、玄関になんて誰もいないの。でな、わたし思ったの、『あー、母さんいった』 香織:<ため息>怖くなかったですか? 大おばさま:それがさ怖くねえの。やっぱ、自分の親だからでないかい。ほーれ、おしまい<笑う> 香織:あの玄関でですか? 大おばさま:そうだよ。 香織:えーいやだ、こわーい。聞いたの、今日でよかったですよ。最初の日だったら、夜、玄関のとこ通れなかったですよ。 大おばさま:なあにさ、ザシキワラシの話さ、いっぱい聞いて来た人が、こったら話たいしたことないっしょ。 香織:うーん、でも、この家っていうのがね、リアリティあるっていうか。 大おばさま:あれ、あんた、あちこちで聞いてきたザシキワラシの話、信じてないのかい? 香織:え?それは信じてますよ。でも、あれは、ほら、お話じゃないですか?代々言い伝えられてきた。その間に、いろいろ尾ひれもついてくるでしょう、その時の人々の願望とか、『この方が面白いな』とか。 香織:そういう伝承を研究するのが民俗学(みんぞくがく)で、信じるとか信じないというのとは、ちょっと違うんです。 大おばさま:なんか難しいね。やっぱ、大学の学問だ。民話とか調べるのかい。したが、香織さん、あんたはなしてザシキワラシね。 香織:えっ? 大おばさま:民話ゆうてもいろいろあるべさ。そんが、なして、あんたはザシキワラシがいいんね? 香織:えっと…。なんだか、どうしても惹かれるんです。…やっぱり、かわいいからじゃないかしら、子どもの神様なんて。 大おばさま:かわいい? 香織:ええ、神様が子どもなんですもの。外国でいうと天使かしら。 大おばさま:いんや、わたしゃ恐ろしいわ。 香織:え? 大おばさま:子どもてなあ、確かにめごいわ。でもな、子どもちゅうことは、物も道理もわかっとらんちゅうことや。何がええか、何がわりいか、気にいった気にいらんだけで決めよる、それが子どもさ。 大おばさま:……香織さん、小さい兄弟おりますか? 香織:いいえ、私はひとりっ子なんです。 大おばさま:なら、あんた、ほんとに小せえ子どもがどんなもんか知らんな。 香織:…はい。 大おばさま:小せえ子どもは大変さ。何がなんだかわからんが『わーわー』泣きよる。かと思うと、なあにが気にいったんだか『えへらえへら』笑いおる。大人がええじゃろ思うことが当たるとは限らん。 大おばさま:大人は、それに振り回されてばかりさ。 大おばさま:わしらが見て、ちいともええ女ともええ男とも思わん人が、子どもにはめっぽう好かれることもある。いうなればだ、気まぐれなもんよ。 大おばさま:…そったら気まぐれなもんに、家の明暗(めいあん)かかっとるたあ、あんた、そら恐ろしいわい。 香織:…。 大おばさま:あんた、まーだまだ若いし、学生さんだ。したら、わかんねえべ。…人ってな、どおんなにがんばっても努力しても正直もんでも、どうにもこうにもうまくいかねえってことがあるのよ。 大おばさま:どったら誠実でも。まるで、雪玉さ、坂ころげてくみたいに、悪いこと悪いことばあっかり続いて、どうにもなんねちゅうこともある。 大おばさま:…自分のせいとわかってたら、まだ楽だな。直しようあるもんな。昔ならな、尚更(なおさら)でないかい。 大おばさま:天気とか、はやり病(やまい)とか、人間にはどうしようもねえことがいっぱいあったべ? 大おばさま:…だからな、わたしゃ思うんだども、そんな時、昔の人は『あー、おら、ザシキワラシさ、見放された。 大おばさま:子どもみてえ気まぐれなもんに、何でかわからんけど、嫌われた』って、思うしかなかったんでないべか。 香織:…考えたこと、ありませんでした。 大おばさま:ほおれ、何しょげとるの?これはお話! 香織:あの!今の大おばさまの話、すごく大事だと思いました。…自分ではどうしようもない人生を、ザシキワラシのような子どもの気まぐれに翻弄(ほんろう)されていると、考えるか…。 大おばさま:あれあれ、こんな田舎のババさの思いつきだよ。たいそうなことでないよ。 香織:いいえ。いま、大学で本を読んでわかった気になってちゃ、私ダメだなあって思っちゃいました。<笑う> 大おばさま:そうだかねえ。 0:少しの間 香織:あの、うちの母は、あの、こちらにいた時なんですけど、小さい時こちらの家で静養させていただいているとき、ザシキワラシみたいな体験をしたって、言ってたんです。 大おばさま:ほお、薫子(かおるこ)ちゃんが? 香織:ええ。ここに来る前に、母ったら、急に思い出したように言うんです、『もしかしたら、あれは、ザシキワラシかもしれないわ』って。 大おばさま:ん? 香織:母がショウコウネツをやって、お医者さんに転地療養(てんちりょうよう)をすすめられて、こちらに来た時は、夏だったんだそうですね。 香織:外は、とってもいい天気なのに、母の身体はなかなか本調子にならなくて、熱を出してはお昼寝ばかりさせられて、ひどくうらめしかったんだそうですよ。 0:降るようなセミの声。子どもの声がする。 ザシキワラシ1:うふふ… ザシキワラシ2:うふふ… ザシキワラシ1:なに ザシキワラシ2:なに? ザシキワラシ1:女の子じゃ ザシキワラシ2:女の子じゃ ザシキワラシ1:女の子じゃ、女の子じゃあ ザシキワラシ2:かわいやのう ザシキワラシ1:めごいのう ザシキワラシ2:なして寝ておるのじゃ ザシキワラシ1:熱だってさ ザシキワラシ2:熱?…熱? ザシキワラシ1:おやまあ、熱だってさ。見舞ってやろうぞ ザシキワラシ2:昼間なのに、大丈夫かい? ザシキワラシ1:大丈夫さ、熱だもの。 ザシキワラシ2:熱?熱とはいかなるものぞ? ザシキワラシ1:さあ、我らにははかりしれぬが、とにかく熱があるのじゃ。 ザシキワラシ2:熱があるとは、きっと病(やまい)がよくないのじゃな。 ザシキワラシ1:きっと死ぬるのじゃ ザシキワラシ2:死ぬるのじゃ死ぬるのじゃ。 ザシキワラシ1:いたましのう、めごいのにのう。 ザシキワラシ2:いつ死ぬるのじゃ? すぐか? 今か? ザシキワラシ1:わからぬわからぬ、今かもしれぬし、明日かもしれぬ。 ザシキワラシ2:待とうぞ、待とうぞ、今すぐかもしれぬ。 ザシキワラシ1:ああ楽しみじゃあ、我(われ)は子どもが死ぬところを見るのは初めてじゃ。めずらしのう。 0:沈黙しばし。 ザシキワラシ2:死んだか? ザシキワラシ1:死なぬ。 0:再び沈黙。 ザシキワラシ2:つまらぬ。つまらぬつまらぬ。<半べそ> ザシキワラシ1:つまらぬ、ちーとも死なぬ。 ザシキワラシ2:何と時間のかかる事じゃ。 ザシキワラシ1:もう飽きた。…、<少し遠くへ離れたらしい>かくれんぼするもの、この指とまれ! ザシキワラシ2:わーい! 0:少しの間 香織:それだけなんですけどね。母は、怖いやら腹立たしいやらだったそうで、…見知らぬ子たちに『死ななくて、つまらない』と言われちゃあね。わーわー泣いちゃったんですって。 大おばさま:いやいやいや…。 香織:変な話でしょ?私は、熱があったんだから、そんな変な夢見たんだろうって言ったんですけどね。 大おばさま:…そいじゃ、薫子(かおるこ)ちゃん、気がついてたんだわ… 香織:はい? 大おばさま:気づかれてちゃあ、逃げられるわいなあ<笑う> 香織:あの…大おばさま?<不安になる>……暗くなりましたね、灯り(あかり)つけませんか? 大おばさま:香織さん。 香織:はい? 大おばさま:さっきなあ、わしな、『ザシキワラシは気まぐれなもん』て言うたろ? 香織:はい 大おばさま:『何が気にいるか気にいらんか、さっぱりわからん』て。 香織:はい 大おばさま:じゃあな、あんた、ザシキワラシの気にいるもんがわかったら、どうするね? 香織:え?人が、自分の家のザシキワラシが気にいってるものが、わかったら…。…『それがあるとザシキワラシが出ていかないものが、わかったら』ですか? 大おばさま:ん。 香織:それがわかったら、ザシキワラシが出ていかない方法がわかったら、そりゃあバンバンザイじゃないですか。 香織:ザシキワラシがずーっと出ていかなければ、その家はずーっと豊かなままでいられるんでしょう。 香織:ずっと、わかったその何かを続けていればいいんですよね。 大おばさま:あんたも、そう思うべ? 香織:はい。…え? 大おばさま:昔から、この三浦の家のもんは、皆、そう思ったのさ。んで、続けてきた。したら、この村も、三浦の本家も安泰(あんたい)だ。 香織:大おばさま、この家のザシキワラシのことですか?<期待して> 大おばさま:<無視して話し続ける>端(はた)から見りゃ、そりゃなんてことないことかも知らん。 大おばさま:一人でええんだと。ワラシが『めごい』思った三浦の家の子が一人おりゃあ、ワラシは三浦の家に居続けてくださるんだと。…その『めごい』思われる子が誰か、わかるまでが大変なんだ。 香織:その子って…。 大おばさま:あんた、変だと思わんかったか?なして、この家はこんな婆一人なんだべとか。本家が皆こぞって東京さ出たのに、わたし一人だけ、なして残されてるんだとか。 大おばさま:わたし一人で、この広い家どうやって守ってんだろとか。あんた、なーんにもおかしいと思わんかったのかい。 香織:あ…。 大おばさま:村のもんは、わしばここから出さねよ。誰も落ちぶれたくなんてねえものな。わしゃ、ここから動けん。 大おばさま:…香織さん、あんた、ほんとに薫(かおるこ)子ちゃんに似てるわ。薫子(かおるこ)ちゃん、めごかったあ。本当に可愛らしい子やった。 大おばさま:……もう三十年以上も前だ。『転地療養(てんちりょうよう)さしてくれ』と、本家から手紙着た時はおどろいた。本家さ、わしのこと、ワラシのこと、忘れおったか思うて身体の中に火がつくような思いさ、した。 大おばさま:したが、薫子(かおるこ)ちゃんは本当にめごくて、ワラシも気にいった言う。…えがったあ、わし、やっと、この家さ出られる、思た。 香織:…。 大おばさま:じゃが、薫子(かおるこ)ちゃんには、逃げられてもうた。………今度は、逃がさん。 香織:何のことです?何言ってるんです、大おばさま。 大おばさま:ワラシなぁ、香織さんば気にいったんだと。 香織:はあ?! 大おばさま:ずーっと、香織さんにこの家におってほしいんじゃと。 香織:何言ってるんです、あれはお話… 大おばさま:明日バスは出ないよ。村のもん皆このこと、知っとる。あんたを、ここから出しゃあしないよ。 香織:…うそ! 大おばさま:うそなもんか、明日になればわかる。……香織さん、ごめんな。でも、わし、うれしいわ。わし、次の子が来ないことにゃ、死ぬも許してもらえなかったん。 大おばさま:…これでもう、母さんと同じとこ、いってもええだな。<弱々しくなっていく> 香織:大おばさま?! 0:香織、大おばさまに駆け寄る 大おばさま:…香織さん、言わんかったがな、あんた、間違うとる。…わしゃな、あんたのじいさんの妹じゃないんよ。 香織:え? 大おばさま:わしな、あんたのひいじいさんの妹じゃいね…うっ…あ……<絶命> 香織:大おばさま! 大おばさま!!<大おばさまを揺する>…息をしてない! うそ! 死んだ? そんなバカな…! ちょっと、一体どうしたら… 0:遠くから足音が聞こえてくる 香織:もうこんなに真っ暗…私、どうしたらいいの?…え? 足音? 家の中から? 誰? 大おばさまの声:ワラシなぁ、香織さんば気にいったんだと。ずーっと、香織さんにこの家におってほしいんじゃと。 ザシキワラシ1:うふふ… ザシキワラシ2:うふふ… 香織:後ろに…! いやああああああああああああああああああああああ!!!!!!! 0:<終>