台本概要

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タイトル 日照る雨
作者名 不尽子(つきぬこ)  (@tsukinuko)
ジャンル ファンタジー
演者人数 5人用台本(男1、女1、不問3)
時間 40 分
台本使用規定 台本説明欄参照
説明 雨の中訪れた一人の侍。親を亡くした孤独な少女。それを心配する村人と、人間に親を殺された妖怪。
泣き止まぬ呪われた空の下、彼等の思いは交差する――。
ご使用の際は聞きたいのでご一報いただけると嬉しいです。(強制ではありません。)
村人・語り手を兼役でやっていただいても問題ありません。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
雨降 121 あまふり。旅の侍。奥手だが誠実。
日和 115 ひより。村娘。村人には元気そうに振舞うが実は寂しがり屋。
小豆洗い 不問 75 見た目は人間の子供。お調子者だが人間が嫌い。
村人 不問 36 日和を心配する一人の村人。妖怪を憎んでいる。
語り手 不問 8 ナレーション。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
語り手:篠突(しのつ)く小雨は神の涙。土を富(と)ませ穢(けが)れを流す。 語り手:地を打つ豪雨は神の叫び。土を腐らせ穢(けが)れを齎(もたら)す。 語り手:醜(みにく)き呪いも、また然り。 0:晴れた夕暮れが村を照らしている。 村人:おーい、日和! 日和:あ、こんにちは! 村人:今年は豊作だったんだ。少し分けてやろう。 日和:え、こんなに!?いいんですか!? 村人:構わんさ。お前の親は早くに亡くなってしまったからな。 村人:何か困った事があったら、いつでも私に言っておくれ。 日和:(苦笑)大げさだよ、もうそんな子供じゃないんだから。 村人:そうか?じゃあ、気をつけて帰るんだぞ。 村人:最近は妖怪が辺りをうろついて、物騒だからな。 日和:ありがとうございました。 0:村人が去ると、ぽつぽつと雨が降り始める。 日和:やだ、雨?早く帰ろう。 0:駆け足で誰も居ない家へ帰ると、雨が強まり始めた。 日和:今日は止みそうにないねぇ……。(大きな溜息) 0:玄関の戸を叩く音が聞こえる。 日和:あれ、お客さん?はーい! 0:戸を開けた途端、雨降が倒れ掛かかり慌てて支える。 日和:きゃっ!?ちょっと、あんたどうしたの!?ねぇ、しっかりおしよ! 雨降:う、うぅ……。 0:  語り手:涙は恵みと称(たた)え、叫びは災いと畏(おそれ)よ。人と妖怪も、また然り。 0:  雨降:(目覚める)……此処は? 日和:あ、目を覚ましたんだね!随分とやつれてたし、ずぶ濡れだったしで吃驚(びっくり)したよ。 雨降:それは…ご迷惑をおかけ申した。家主殿に礼を言いたいのだが…出かけておいでか? 日和:家主?あたしだよ? 雨降:え……えっ?(理解が追い付かない感じ) 日和:だから、あたしが家主。此処あたしん家だよ。 0:暫く間、状況を理解した雨降が奇声を上げる。 雨降:わああああああああ!!!!(奇声) 日和:わ、ど、どうしたんだい!?  雨降:せっせせせせ、拙者は!お、おなっ女子(おなご)の家に踏み入ったと言うのか!? 雨降:数日何も食してなかったとは言え、何と…何と破廉恥な事を!! 雨降:わあああああああああ!!!!(再び奇声) 日和:お、落ち着きなよ!あたしは別に気にしてないよ! 日和:(ボソッと)まぁ、倒れかかって来た時はちょいと吃驚(びっくり)したけど…。 雨降:(ばっちり聞こえる)た、たっ……倒れかかったあぁ!? 0:雨降が正座をして抜刀する。 雨降:見ず知らずの女子(おなご)に倒れかかるなど、最早武士にあらず!! 雨降:拙者に残された道はただ一つ、切腹のみぃ!! 日和:ちょ、お侍さん落ち着きなって!! 0:突然腹の虫が鳴る。 雨降:(恥ずかしそうに)あ……。 0:間 日和:あはははは! 雨降:! 日和:(くすくす)数日何も食べてなかったんだって?あたしの手料理で良ければ、食べて行きなよ。 雨降:(めちゃくちゃ恥ずかしそうに)…も、申し訳無い……。 0:森の中、小豆洗いが何かから逃げている。 小豆洗い:こ、ここまで来れば大丈夫……?(村人に捕まる)痛っ!! 村人:見つけたぞ、この妖怪めが!! 小豆洗い:や、止めろ!離せぇーー!! 0:日和の家、落ち着いた雨降が日和と向かい合って座っている。 雨降:馳走になった。感謝致す。 日和:いいえぇ、お客さんなんて久しぶりだからね。あたしは日和って言うんだ。お侍さんは? 雨降:これは申し遅れた。拙者は雨降と申す者。 日和:あまふり……? 雨降:読んで字の如く、雨が降ると書く。丁度、今のこの天気のように。 日和:へぇ~、面白い名前だね。まるで雨降さんが雨を連れて来たみたい。 雨降:っ! 日和:え、あっ…ごめんなさい!あたしったら酷い事……。 雨降:あ、あぁ、案ずるな!拙者は旅の侍故、無駄な殺生はせぬ。 日和:そ、そうかい?…雨降さんって、他のお侍さんとは違うんだねぇ。 雨降:違う、とは? 日和:雨降さん、全然偉そうじゃないもん。お侍さんっていつも威張ってて、すぐ人を斬るもんだと思ってた。 雨降:(少し落ち込んで)…そうで、あったか。 日和:え? 雨降:では拙者はこれで。世話になった。 日和:え、もう行っちまうのかい!? 雨降:拙者は同じ場所には長く留まれぬ性分(しょうぶん)故(ゆえ)、御免。 日和:ちょ、ちょいと待ちなよ!! 0:去ろうとする雨降の手を日和が掴む。 雨降:(真っ赤になって振り払う)うわっ!?わ、わわわ!!!な、なななな何を……!? 日和:何もこんな雨の中で行かなくたっていいじゃないか。数日何も食べて無かったって事は、お金も無いんだろう? 雨降:うっ……。 日和:今日は雨も止みそうにないし、折角だから泊って行きなよ! 雨降:と、とととっ泊るぅ!?いかんいかんいかんいかん!!女子(おなご)の家で寝床に就くなど!! 日和:さっきまでそこで寝てたじゃないか。 雨降:あ、あの時はあの時であってだなぁ…! 日和:いいじゃない。あたしは別に気にしないよ。誰かが居てくれないと、寂しくってさぁ……。 雨降:(暫く何も言えず、恥ずかしそうに長い溜息を吐く)で、では……一泊だけ……。 日和:本当かい?ありがとう雨降さん! 雨降:礼を言われる筋合いは無いと思うのだが……。 0:家の玄関の戸を叩く音 日和:あら、またお客さん?はーい! 村人:(上機嫌)やぁ日和、邪魔するよ。(雨降に気付く)……その男は? 雨降:拙者は旅の侍で、雨降と申す。 日和:今夜うちに泊ってくれるんだ、あたしが頼んだんだよ。 村人:(怪しんで)…ふん、旅人だか何だか知らんが、日和におかしな真似をしたら容赦はせんぞ。 雨降:その様な事は決して!明日の朝にはここを発つつもりにござる! 日和:そう言や、何だか嬉しそうだったけど、何かあったのかい? 村人:そうだ日和、今日は妖怪を一匹捕まえられた。ようやく妖怪狩りの成果が出たようだ。 雨降:妖怪狩り…? 日和:その妖怪って? 村人:あぁ、今夜首を落としてやるつもりだ。確かそいつは…、小豆の入った桶を持っていたな。 雨降:よもや…小豆洗い? 日和:雨降さん、詳しいんだねぇ。 雨降:旅の道中、色々な話が耳に入る故……。 雨降:しかし小豆洗いは小豆を洗うだけの、人には無害な妖怪と聞くが…。 村人:そんな訳があるかっ!! 雨降:!? 村人:貴様、妖怪を庇うとは妙だな…。よもや貴様も、妖怪や物の怪(け)の類ではないのか!? 雨降:なっ……!! 日和:何言ってるんだい!さっきから失礼な事ばかり!雨降さんはあたしの客なんだ、変な事言うんなら出てっとくれ!! 村人:し、しかしだな日和、もしお前の身に何かあれば…! 日和:雨降さんはそんな人じゃない! いいから出てっとくれ!! 0:村人を無理やり追い返し、ぴしゃりと戸を閉める 雨降:ひ、日和殿…。 日和:…ごめんね、悪い人じゃないんだけど…。あたしの両親と、仲良かったみたいだから…。 雨降:日和殿の、ご両親…? 日和:あたしが小っさい頃に、村が妖怪に襲われて…、それで二人共殺されちまったんだって。 日和:だからあたしを心配してくれてるんだけど、養う余裕は無いから、ああして毎日様子を見に来てくれるんだよ。 雨降:それは、すまぬ事を聞いてしまった…。 日和:ううん、あたしもそんな事全然憶えてないし、それに色んな人間が居るんだから、妖怪だって色々居ると思うんだ。 雨降:……! 日和:だから、村の人達がああやって妖怪を殺そうとしてるのは…、あたしも反対と言うか、やめて欲しいかな…。 雨降:…日和殿は、強いのだな。 日和:え? 雨降:いや、そろそろ夜も更けてきた頃だな。拙者が布団を敷こう。 日和:あ、うん!ありがとうね。 0:  語り手:姿形は違えども、醜(みにく)き呪いに憑かれども、同じ命に変わり無し。 語り手:それを知るは侘(わび)しき妖怪。それに気付かぬは愚かな人間。 語り手:親を忘れた孤児(みなしご)よ、代わりに嘆くは空の闇。 語り手:心身濡らす雨達よ、我が目に零れる涙無し。 0:翌朝。雨はまだ降っている。 雨降:申し訳ない。傘まで世話になってしまった。 日和:いいんだよ。(寂しそうに)でも…、本当に行っちまうんだね。 雨降:いずれまた寄らせて貰うさ。それでは失礼する。 日和:気を付けて…。 0:雨降を見送った後、家に戻る日和。 日和:(退屈そうな溜息) 0:突然家の奥からごとごとと物音が聞こえる。 日和:え、何?何の音?だ、誰か……居るの? 0:恐る恐る見回していると、同様に辺りを見渡していた小豆洗いと衝突。 日和:痛っ! 小豆洗い:痛っ! 0:二人共倒れる。 日和:う~ん……。 小豆洗い:う~ん……。 0:ゆっくりと起き上がり、二人の目が合う。 日和:きゃあああああああああ!!! 小豆洗い:うわあああああああああああ!!! 0:悲鳴を聞きつけて、雨降が大慌てで戻って来る。 雨降:日和殿、何事か!(人影に気付いて)おのれ、貴様何奴!! 小豆洗い:(怯えて)うわぁ~!!こ、殺されるぅ~!! 雨降:そ、そなたは……。 小豆洗い:あれ?この声は……雨降の旦那ぁ~!!(雨降に飛びつこうとして刀を向けられる)わ、わわっ! 雨降:森へ帰れと言ったであろう、何故ここに居る!よもや復讐に来た訳ではあるまいな!? 小豆洗い:そ、そんな!あっしはただ……。 日和:…雨降さん、この子と知り合いなのかい? 雨降:あ、いや、これは…。 小豆洗い:おい小娘!あっしをガキ扱いすんでねぇ!!これでもあっしはおめぇより数百年は生きてんでい! 日和:え!?この子妖怪なのかい!?じゃあ、この子が昨日捕まった子で……、雨降さんが逃がしたの!? 小豆洗い:あっ…! 雨降:(呆れ)馬鹿者…。 日和:(興味深そうに)へぇ~、こんな人間みたいな妖怪が居るんだねぇ! 小豆洗い:(おどおど)な、何でい! どうせおめぇもお父とお母みてぇにあっしを殺す気なんだろう!? 小豆洗い:けどな、こっちにゃ旦那が居るんでい! 日和:え…!? 雨降:やめぬか、日和殿はそんなお方ではない!いいから森へ帰れ! 小豆洗い:えぇ!?昨夜(ゆうべ)の旦那たぁ大違いだ! 小豆洗い:(ボソッと)……もしかして、その小娘に惚れてんですかい? 雨降:(しっかり聞こえて顔真っ赤)な!?ななななな…!! 雨降:貴様さっきから聞いておれば!!そこへ直れ!この場で斬り捨ててくれる!! 小豆洗い:ええぇっ!? 日和:ちょ、雨降さんよしなって! 0:突然腹の虫が鳴る。 小豆洗い:(恥ずかしそうに)あ……。 0:間 日和:(堰を切ったように)あっははははははは!! 小豆洗い:! 日和:(くすくす)うちの手料理で良ければ、食べてくかい? 小豆洗い:(素っ頓狂)……へ? 雨降:(落ち着き払って)…日和殿の飯は美味いぞ。 小豆洗い:(状況が呑み込めてない)え、えっと…、じゃあ…いただきやす? 0: 語り手:雨が降らねば人は枯れ、雨が続けば人の身腐れ。 語り手:帯(おび)に短し、襷(たすき)に長し。人より他に脆きものあらず。 0: 日和:美味かったかい? 小豆洗い:あ、へぇ…ご馳走様でやした。 雨降:それと?もう一つ言うべき事があるであろう? 小豆洗い:(しょんぼり)…ごめんなせぇ。 日和:いいんだよぉ、気にしないでおくれ。 小豆洗い:…まさか、人間にこんな良い嬢ちゃんいたとはねぇ…。 小豆洗い:(ニヤニヤ)そりゃあ旦那も惚れる訳だ。 雨降:だから違うと言っておるだろう!確かに日和殿に恩は感じておるが、それだけだ! 小豆洗い:またまた照れちゃって。その真っ赤なお顔に書いてありやすよ。 小豆洗い:「(雨降の真似)拙者は日和殿を心よりお慕い申しておる!」ってね。 雨降:な、何っ!?(一瞬騙される)…ええい! おのれ、やはりこの場で斬り捨てる!! 小豆洗い:(わざとらしく)わぁ~、助けて嬢ちゃん旦那が暴れるぅ~! 日和:(困惑)え、えっ!? 雨降:おい、日和殿を巻き込むな!! 0:雨降と小豆洗いが言い合いながら日和の周りを走っていると、村人が慌てて日和の家の戸を叩く。 村人:日和!?何の騒ぎだ! 小豆洗い:げっ……。 雨降:まずい……。 日和:(大慌て)ああぁ!ちょいと待っておくれ!! 0:雨降が小豆洗いを隠したのを確認して日和が戸を開けると、血相を変えた村人が飛び入ってくる。 村人:どうした!?まさか、逃げ出した妖怪が入り込んだか!? 日和:ち、違うんだよ!これは、えぇっと……。 雨降:ね、鼠!大きな鼠が!! 日和:そ、そうなんだよ!でも雨降さんに退治してもらったから、もう大丈夫! 村人:(雨降を睨みつける)…貴様まだ居たのか。朝には村を出るのではなかったか? 雨降:うっ……。 日和:あたしが無理言って残ってもらってるんだよ!別にいいじゃないか! 村人:いい訳があるか、こんな何処の出かも知れぬ男を! 村人:お前ももう年頃の娘なのだから、それくらい自覚せぬか! 雨降:(ボソッと)概(おおむ)ね同意にござる……。 日和:だから、雨降さんはそんな人じゃないって言ってるだろ!? 村人:たかが一晩泊めたくらいで、何故そう言い切れる! 日和:え!?それは…、(えぇっと……。) 雨降:(被せる)そう言えば!今しがた、妖怪が逃げ出したと申されたが!? 村人:そうだ、日和!この前捕まえた妖怪が逃げ出したのだ! 村人:目撃した者が言うには、誰かが奴を逃がして……。(再び雨降を睨む)よもや、貴様ではあるまいな? 雨降:うぐっ……! 日和:(わざとらしく)あ!あっちに小豆洗いが!! 村人:何っ!?何処だ! 日和:向こうの方!あ、逃げちまったよ! 村人:おのれ待て妖怪め!! 0:村人が退場し、雨降と日和が脱力する。 日和:はぁ~~~……。 雨降:ふぅ~~~……。 小豆洗いがゆっくりと顔を出す。 小豆洗い:…嬢ちゃん、あっしは此処だよ? 日和:(呆れ)捕まりたかったのかい?本当にごめんね、あの人妖怪と関わったらすぐああだから…。 雨降:何、日和殿が謝る事では…。それより小豆洗い、何故(なにゆえ)ここへ来たのだ? 小豆洗い:え?いや、その……。(もじもじ) 日和:どうしたんだい?帰れないのかい? 小豆洗い:実は、そうなんでやす…。あっしが逃げ出した事を知った人間達が、森中をあちこち探し回ってて…。 雨降:(呆れた溜息)なんとまぁ、執念深い連中だ。 日和:…それで、また雨降さんに助けてもらおうって? 小豆洗い:(キリッとして)とんでもねぇ!あっしは、他人に恩を着せたままにゃ出来ねぇ性分(しょうぶん)! 小豆洗い:…ただ、ここ人気(ひとけ)が無かったから、空き家かな~って思いやして…。あははは…。(空笑い) 雨降:(更に呆れ)……阿呆。 小豆洗い:(しょんぼり)申し訳ねぇ…。それで嬢ちゃん、出来りゃああっしを匿っちゃくれねぇかい…? 日和:あたしは全然構わないよ。でも……。 小豆洗い:でも?(きょとん) 日和:あたし一人で、小豆ちゃんを匿えるかねぇ……。 雨降:ふむ…。(日和の言いたい事に気付いて)ん!? 小豆洗い:…小豆ちゃん? 雨降:日和殿!一泊だけと申したであろう!! 日和:別にいいじゃないか!何か急ぎの用でもあるのかい? 雨降:そ、そういう訳では無いが…そういう問題ではなかろう! 小豆洗い:あぁ、旦那もついてるんならもう安心だ! 雨降:小豆洗い!! 日和:(悲しそうに)…雨降さん、もしかして…あたしの事嫌いかい? 雨降:えっ!? 小豆洗い:(ドン引き)うわっ、こんな可愛い子捕まえといて何考えてんですかい!? 雨降:(慌てふためく)え、いや、だから…!(しまいにドンと座り込む)村人達が、お前を探すのを諦めるまでだからなっ! 日和:やった!ありがとう雨降さん! 小豆洗い:さっすが、旦那は分かってやすねぇ! 雨降:(重く長い溜息) 0:日は経ち、未だに雨は降り続いている。 村人:(誰かに強く呼び掛けている) 村人:おい、しっかりしろ!気を強く持て!くそ、いつになったらこの雨は止むんだ…! 0:日和の家で、深刻な表情の雨降と心配そうに見ている小豆洗いが居る。 小豆洗い:…旦那、あっしが此処に来て随分経ちやすけど、最近嬢ちゃんに冷たかねぇですかい? 雨降:(不機嫌そうに)別に、いつもと変わらぬ。 小豆洗い:そうですかい?あっしがここに匿ってもらってから、ずっとそんな怖ぇ顔してやすけど…。 雨降:(苛々)小豆洗い、拙者はお前を逃がした時に言った筈だ!拙者はもうこの村を発たなければ、(さもなくば……!) 日和:(雨降に被せて)(落ち込んで)ただいま……。 雨降:…日和殿? 小豆洗い:どうしたんでぇ嬢ちゃん、えらく元気が無ぇじゃねぇか。 日和:…あたしの友達がね、重い病にかかっちまったんだ。 雨降:(血相を変えて)病……!? 小豆洗い:な、何でまた!? 日和:お医者様が言うには、この長雨の所為だって…。一体いつになったら止むんだろうねぇ……。 雨降:くっ……!!(歯軋りして小豆洗いに刀を向ける) 小豆洗い:うわあっ!?だ、旦那!? 日和:な、何してんだい雨降さん!? 雨降:(冷血に)日和殿、村の者達はまだこやつを探しておるのか? 日和:え?あぁ…もう森に行く村人は見なくなったけど……。 雨降:ならばお前はもう去れ、二度と此処へ来るでないぞ。 小豆洗い:えっ……。 日和:な、何でだい!?別にいいじゃないか!そんなに(急がなくたって……。) 雨降:(被せて怒鳴る)これ以上!妖怪が人間と共に居てはならぬのだ!! 0:しんと静まり返る。 日和:…酷い、どうしてそんな事言うんだい?妖怪も人間も、皆生きてるじゃないか!!なのに、どうして…!! 小豆洗い:嬢ちゃん……。 雨降:……。 日和:(泣き出す)雨降さんはそんな事言う人じゃないって思ってたのに……、 日和:雨降さんは寂しいって思った事は無いのかい?誰かを失って泣いた事は無いのかい!? 雨降:…拙者は泣けぬ性分(しょうぶん)故、生まれてこの方(かた)、涙を流した事は一度たりとも――。 0:雨降が言い切る前に、日和が雨降の頬を叩く。 日和:……あんた、最低だよ……!!(泣きながら家を飛び出す) 小豆洗い:あ、嬢ちゃん!!(慌てて日和を追いかける) 雨降:(重く長い溜息) 0:外で雨に打たれて座り込んでる日和に、小豆洗いが駆け寄る。 小豆洗い:嬢ちゃん! 日和:小豆ちゃん…?中に居なきゃ駄目じゃないか。村の人達に見つかっちまうよ…? 小豆洗い:あっしの事ぁいいんだよ。嬢ちゃんこそ家に戻んねぇと、その友達とおんなじ病にかかっちまうよ? 日和:…小豆ちゃん、あたしはおかしいのかな? 小豆洗い:おかしい、って? 日和:人間も妖怪も関係無いって、皆生きてるんだって…。あたしが寂しがり屋だから、そう思うだけなのかな…? 小豆洗い:(少し黙り込む)…そんな事ぁねぇさ。あっしだってお父とお母が殺されてから、ずっと寂しかった。 小豆洗い:でもあっしは、嬢ちゃんみてぇに「色んな人間が居る」だなんて思っちゃいなかった。 小豆洗い:人間に復讐する事ばっかり考えて、結局お父とお母みてぇに殺されそうになって……へへっ、今思うと馬鹿みてぇだ。 日和:……。 小豆洗い:あん時旦那が助けてくれなきゃ、嬢ちゃんに出会わなけりゃ、あっしは人間を憎んだまま…。 小豆洗い:世の中にゃ妖怪と仲良くしようとする人間も居るって事に、気付かなかったと思う。 日和:小豆ちゃん……。(少し元気になる) 小豆洗い:(苦笑)……旦那の事、悪く思わねぇでやっとくれ。あの人は臆病なだけなんだ。 日和:臆病…? 雨降:日和殿、小豆洗い。 日和:雨降さん。 小豆洗い:どうしたんですかい旦那、その出(い)で立(た)ちは……。 雨降:(暗い)……拙者はもう、この村を発つ。 日和:え……!? 雨降:…今まで、世話をかけた。 日和:ちょ、ちょっと待っ……。(雨降を追おうとして、突然倒れる) 小豆洗い:嬢ちゃん!? 雨降:(小豆洗いの声で振り返る)日和殿? 日和殿! 小豆洗い:嬢ちゃん、しっかりしなせぇ!! 0: 語り手:我は神ではなかれとて、我が涙は雨に同じ。 語り手:雨が降り続ける限り、我が目に零れる涙無し。 0:日和の家で、眠っている日和を暗い顔の雨降と小豆洗いが見ている。 雨降:……小豆洗い、拙者はもう行かねばならぬ。 小豆洗い:でも、嬢ちゃんはまだ旦那に(別れを……。) 雨降:(被せる)もうそんな暇も無かろう。二度とこの村に来る事も無いだろうが、日和殿の病が治ったら伝えてくれ。 小豆洗い:っ……あんたはそれでいいのかい!? 雨降:っ……。 小豆洗い:あんたの事は分かってるつもりさ。でもあんたが黙って去ったら、この子がどれだけ悲しむと思う!? 雨降:……。 小豆洗い:あんただって本当は此処に居てぇんだろう!?嬢ちゃんの傍に居てやりてぇんだろう!? 小豆洗い:この子はあんたを咎(とが)めやしない、それはあんたが一番分かってんじゃねぇのかい!? 雨降:…拙者が勝手なのは承知の上だ。しかしこの雨降、大切なものを守る術は…… 雨降:(苦笑)これより他に知らぬのだ。 小豆洗い:……。(何も言えなくなる) 雨降:……では、達者でな。 0:雨降が去り、日和が目を覚ます。 日和:……小豆ちゃん? 小豆洗い:嬢ちゃん、気が付いたんだね!無理するでねぇ、起きてちゃ病が治らねぇぞ。 日和:雨降さんは…? 小豆洗い:旦那は…。 日和:…行っちまったんだね。 小豆洗い:…つい、さっき。 日和:そう…。(少し間を開けて)ねぇ、小豆ちゃん。 小豆洗い:(優しく)何だい? 日和:さっき言ってた、雨降さんが臆病って…どういう意味だい? 小豆洗い:(暫く黙り、溜息)…旦那にゃ、黙ってろって言われたんだけどねぇ。 日和:え? 小豆洗い:あっしを逃がしてくれた時に教えてくれたんだ。旦那はね…。 0:とぼとぼと雨降が村の外へ出ようとすると、村人が銃を持って追いかけて来る。 村人:待てっ!! 雨降:(全く動じない様子)……何用か。 村人:あの妖怪が逃げた時に、貴様の姿を見たと言う奴が居た!やはり貴様妖怪だな、貴様がこの雨を……! 雨降:……。(何も言わず黙っている) 村人:答えろ!貴様が村の者達に、日和に、病を齎(もたら)したのだろうっ!! 雨降:……いかにも。拙者は雨降小僧(あめふりこぞう)。この世に雨を齎(もたら)す妖怪なり! 村人:やはり、ならばそこを動くな!貴様が死ねばこの雨は止むはずだ!! 雨降:好きに致せ。俺はもう…この呪いと生きるのに疲れた……。 村人:潔(いさぎよ)いな、だが妖怪はこの世にあるべき存在ではないのだ!ここで成敗してくれるっ!! 日和:やめてっ!! 雨降:日和殿!?(村人と同時に) 村人:日和!?(雨降と同時に) 0:日和が雨降を庇い、村人が放った銃弾を受ける。 日和:うっ……。(雨降に倒れかかる) 雨降:日和殿!日和殿っ!! 村人:(崩れ落ちる)日和、何故庇ったのだ…こんな妖怪を! 日和:(弱々しく)…違うよ、雨降さんは妖怪じゃないよ……。 村人:何だと…!? 小豆洗い:(日和を追いかけて現れる)嬢ちゃん……!? 村人:(小豆洗いを睨む)貴様はっ…!! 小豆洗い:旦那、揺らすんじゃねぇ!急所は外れてんだ!嬢ちゃん、しっかりしろ!なんて無茶しやがんだ! 村人:……。(唖然) 雨降:(泣き始める)……すまない日和殿、俺はまた……。 日和:……あはは、武士が泣くんじゃないよ。情けない……。 雨降:俺の所為で、すまない……。 0:雨降がすすり泣いていると、ずっと降っていた雨が上がる。 村人:……雨が、止んだ? 小豆洗い:(ボソッと)危ねぇ賭けしやがって……。 0:日和の家、そわそわした雨降と、怒った顔の小豆洗いが座っている。 0:重苦しい雰囲気に耐え切れなくなり、雨降が家を出ようとする。 小豆洗い:(重い声で)何処へ行くんですかい、旦那。 雨降:っ……やはり拙者は、もうここにはおれぬ。 小豆洗い:雨はもう止んだじゃねぇですか。もうあの呪いに苦しめられる事も無いんですぜ? 雨降:しかし、日和殿が病を患ったのも、深手を負ってしまったのも、元はといえば(俺が……!!) 小豆洗い:(雨降に被せる)自惚(うぬぼ)れんな小僧。 雨降:!? 小豆洗い:誰が雨降小僧(あめふりこぞう)だって?笑わせるんでねぇ。あっしはあんたを同族だと思った事ぁ一度もねぇ。 小豆洗い:雨に憑かれたぐれぇで妖怪ぶんな。どう頑張ったって、あんたぁ人間でしかねぇんだよ。 雨降:小豆洗い……。 小豆洗い:嬢ちゃんに、全部話したんだ。 雨降:なっ……!? 小豆洗い:あんたが家族を守る為に、妖怪の雨降小僧(あめふりこぞう)を殺しちまった事。 小豆洗い:その所為であんたが居る所に雨が降り続ける呪いを受けちまった事。 小豆洗い:(ここから苦笑して)あっしを助けたのだって、この村が呪われるかもって思ったからだろ? 小豆洗い:…そしたら嬢ちゃん、「呪いを解いてあげなきゃ」って、飛び出しちまって。 雨降:…何故(なにゆえ)日和殿は、その術(すべ)を知っていたのだ? 小豆洗い:さてね、もしかしたら嬢ちゃん、謝りたかったんじゃねぇのかい? 雨降:謝る……? 小豆洗い:あんたの頬を引っ叩いた事さ。 小豆洗い:「悲しくても泣けないのは、それ自体が一番悲しい」って、そん時嬢ちゃん言ってたから。 雨降:(憑き物が落ちた感じで)……そうか。 小豆洗い:(驚いて)ちょいと旦那ぁ! 何処行くんですかいって!! 雨降:(爽やかに)行く宛てなど無いさ。拙者は旅の侍だ。同じ場所には長らく留まれぬ性分(しょうぶん)なのだ。 小豆洗い:……。(何も言えなくなる) 村人:(突然戸を開けて入って来る)おいっ!! 小豆洗い:げっ……!(慌てて隠れる) 雨降:(きょとん)お主は……、どうなされたのだ? 村人:お前、もうこの村を発つのか? 雨降:い、いかにも……。 村人:…最後くらいは、せめて日和に会ってやれ。 雨降:え?し、しかし……。 村人:いいから行け!日和が待ってるんだぞ!(雨降を引っ張り出す) 雨降:わ、っとと……! 0:村の外で、日和がぼんやりと久々の日向ぼっこをしている。 雨降:(駆け寄る)日和殿、探したぞ! 日和:雨降さん?もう行っちまったかと思ったよ……。 雨降:(気まずそうに)い、いやその…、日和殿からまだ別れの言葉を聞いてないと思って…。 雨降:(気を取り直して)それより、大人しく寝ておれ!傷も病も軽くは無いのだぞ!? 日和:(いじわるっぽく)誰の所為だい、誰の。 雨降:うっ……。 日和:(くすくす笑って)冗談さ、あたしはそんな事じゃ怒らないよ! 雨降:(困惑)そ、そんな事って……。 日和:(少し寂しそうに)…もう、行っちまうんだよね。 雨降:(暫く黙っている)……何、これからは小豆洗いが居る。寂しくは無かろう? 日和:うん……。 雨降:(観念したように溜息)…分かった。お主が元気になったら、また寄らせてもらう。 日和:(嬉しそうに)本当かい!? 雨降:武士は嘘を吐(つ)かぬ、だから、それまで大人しくしておれ。 日和:うん、うん!あたし絶対怪我も病気も治すからね!(小指を出して、雨降と指切りをする) 雨降:…では、拙者はもう行くとする。 日和:あ、うん…気をつけてね! 雨降:ああ。日和殿、ありがとう。 0:雨降が村の外へと歩いていく。 日和:(呼びかけるように大声で)雨降さん!ありがとう! 0:少し間。日和の手に水が滴り落ちる。 日和:(泣いているが、気付かないふり)あれ、また雨?…ふふ、綺麗……。 0: 語り手:濡れた道は日に照らされ、人の行く先を導く。 語り手:日照る雨が、尾を引こうとも。それが人の定めなれば。

語り手:篠突(しのつ)く小雨は神の涙。土を富(と)ませ穢(けが)れを流す。 語り手:地を打つ豪雨は神の叫び。土を腐らせ穢(けが)れを齎(もたら)す。 語り手:醜(みにく)き呪いも、また然り。 0:晴れた夕暮れが村を照らしている。 村人:おーい、日和! 日和:あ、こんにちは! 村人:今年は豊作だったんだ。少し分けてやろう。 日和:え、こんなに!?いいんですか!? 村人:構わんさ。お前の親は早くに亡くなってしまったからな。 村人:何か困った事があったら、いつでも私に言っておくれ。 日和:(苦笑)大げさだよ、もうそんな子供じゃないんだから。 村人:そうか?じゃあ、気をつけて帰るんだぞ。 村人:最近は妖怪が辺りをうろついて、物騒だからな。 日和:ありがとうございました。 0:村人が去ると、ぽつぽつと雨が降り始める。 日和:やだ、雨?早く帰ろう。 0:駆け足で誰も居ない家へ帰ると、雨が強まり始めた。 日和:今日は止みそうにないねぇ……。(大きな溜息) 0:玄関の戸を叩く音が聞こえる。 日和:あれ、お客さん?はーい! 0:戸を開けた途端、雨降が倒れ掛かかり慌てて支える。 日和:きゃっ!?ちょっと、あんたどうしたの!?ねぇ、しっかりおしよ! 雨降:う、うぅ……。 0:  語り手:涙は恵みと称(たた)え、叫びは災いと畏(おそれ)よ。人と妖怪も、また然り。 0:  雨降:(目覚める)……此処は? 日和:あ、目を覚ましたんだね!随分とやつれてたし、ずぶ濡れだったしで吃驚(びっくり)したよ。 雨降:それは…ご迷惑をおかけ申した。家主殿に礼を言いたいのだが…出かけておいでか? 日和:家主?あたしだよ? 雨降:え……えっ?(理解が追い付かない感じ) 日和:だから、あたしが家主。此処あたしん家だよ。 0:暫く間、状況を理解した雨降が奇声を上げる。 雨降:わああああああああ!!!!(奇声) 日和:わ、ど、どうしたんだい!?  雨降:せっせせせせ、拙者は!お、おなっ女子(おなご)の家に踏み入ったと言うのか!? 雨降:数日何も食してなかったとは言え、何と…何と破廉恥な事を!! 雨降:わあああああああああ!!!!(再び奇声) 日和:お、落ち着きなよ!あたしは別に気にしてないよ! 日和:(ボソッと)まぁ、倒れかかって来た時はちょいと吃驚(びっくり)したけど…。 雨降:(ばっちり聞こえる)た、たっ……倒れかかったあぁ!? 0:雨降が正座をして抜刀する。 雨降:見ず知らずの女子(おなご)に倒れかかるなど、最早武士にあらず!! 雨降:拙者に残された道はただ一つ、切腹のみぃ!! 日和:ちょ、お侍さん落ち着きなって!! 0:突然腹の虫が鳴る。 雨降:(恥ずかしそうに)あ……。 0:間 日和:あはははは! 雨降:! 日和:(くすくす)数日何も食べてなかったんだって?あたしの手料理で良ければ、食べて行きなよ。 雨降:(めちゃくちゃ恥ずかしそうに)…も、申し訳無い……。 0:森の中、小豆洗いが何かから逃げている。 小豆洗い:こ、ここまで来れば大丈夫……?(村人に捕まる)痛っ!! 村人:見つけたぞ、この妖怪めが!! 小豆洗い:や、止めろ!離せぇーー!! 0:日和の家、落ち着いた雨降が日和と向かい合って座っている。 雨降:馳走になった。感謝致す。 日和:いいえぇ、お客さんなんて久しぶりだからね。あたしは日和って言うんだ。お侍さんは? 雨降:これは申し遅れた。拙者は雨降と申す者。 日和:あまふり……? 雨降:読んで字の如く、雨が降ると書く。丁度、今のこの天気のように。 日和:へぇ~、面白い名前だね。まるで雨降さんが雨を連れて来たみたい。 雨降:っ! 日和:え、あっ…ごめんなさい!あたしったら酷い事……。 雨降:あ、あぁ、案ずるな!拙者は旅の侍故、無駄な殺生はせぬ。 日和:そ、そうかい?…雨降さんって、他のお侍さんとは違うんだねぇ。 雨降:違う、とは? 日和:雨降さん、全然偉そうじゃないもん。お侍さんっていつも威張ってて、すぐ人を斬るもんだと思ってた。 雨降:(少し落ち込んで)…そうで、あったか。 日和:え? 雨降:では拙者はこれで。世話になった。 日和:え、もう行っちまうのかい!? 雨降:拙者は同じ場所には長く留まれぬ性分(しょうぶん)故(ゆえ)、御免。 日和:ちょ、ちょいと待ちなよ!! 0:去ろうとする雨降の手を日和が掴む。 雨降:(真っ赤になって振り払う)うわっ!?わ、わわわ!!!な、なななな何を……!? 日和:何もこんな雨の中で行かなくたっていいじゃないか。数日何も食べて無かったって事は、お金も無いんだろう? 雨降:うっ……。 日和:今日は雨も止みそうにないし、折角だから泊って行きなよ! 雨降:と、とととっ泊るぅ!?いかんいかんいかんいかん!!女子(おなご)の家で寝床に就くなど!! 日和:さっきまでそこで寝てたじゃないか。 雨降:あ、あの時はあの時であってだなぁ…! 日和:いいじゃない。あたしは別に気にしないよ。誰かが居てくれないと、寂しくってさぁ……。 雨降:(暫く何も言えず、恥ずかしそうに長い溜息を吐く)で、では……一泊だけ……。 日和:本当かい?ありがとう雨降さん! 雨降:礼を言われる筋合いは無いと思うのだが……。 0:家の玄関の戸を叩く音 日和:あら、またお客さん?はーい! 村人:(上機嫌)やぁ日和、邪魔するよ。(雨降に気付く)……その男は? 雨降:拙者は旅の侍で、雨降と申す。 日和:今夜うちに泊ってくれるんだ、あたしが頼んだんだよ。 村人:(怪しんで)…ふん、旅人だか何だか知らんが、日和におかしな真似をしたら容赦はせんぞ。 雨降:その様な事は決して!明日の朝にはここを発つつもりにござる! 日和:そう言や、何だか嬉しそうだったけど、何かあったのかい? 村人:そうだ日和、今日は妖怪を一匹捕まえられた。ようやく妖怪狩りの成果が出たようだ。 雨降:妖怪狩り…? 日和:その妖怪って? 村人:あぁ、今夜首を落としてやるつもりだ。確かそいつは…、小豆の入った桶を持っていたな。 雨降:よもや…小豆洗い? 日和:雨降さん、詳しいんだねぇ。 雨降:旅の道中、色々な話が耳に入る故……。 雨降:しかし小豆洗いは小豆を洗うだけの、人には無害な妖怪と聞くが…。 村人:そんな訳があるかっ!! 雨降:!? 村人:貴様、妖怪を庇うとは妙だな…。よもや貴様も、妖怪や物の怪(け)の類ではないのか!? 雨降:なっ……!! 日和:何言ってるんだい!さっきから失礼な事ばかり!雨降さんはあたしの客なんだ、変な事言うんなら出てっとくれ!! 村人:し、しかしだな日和、もしお前の身に何かあれば…! 日和:雨降さんはそんな人じゃない! いいから出てっとくれ!! 0:村人を無理やり追い返し、ぴしゃりと戸を閉める 雨降:ひ、日和殿…。 日和:…ごめんね、悪い人じゃないんだけど…。あたしの両親と、仲良かったみたいだから…。 雨降:日和殿の、ご両親…? 日和:あたしが小っさい頃に、村が妖怪に襲われて…、それで二人共殺されちまったんだって。 日和:だからあたしを心配してくれてるんだけど、養う余裕は無いから、ああして毎日様子を見に来てくれるんだよ。 雨降:それは、すまぬ事を聞いてしまった…。 日和:ううん、あたしもそんな事全然憶えてないし、それに色んな人間が居るんだから、妖怪だって色々居ると思うんだ。 雨降:……! 日和:だから、村の人達がああやって妖怪を殺そうとしてるのは…、あたしも反対と言うか、やめて欲しいかな…。 雨降:…日和殿は、強いのだな。 日和:え? 雨降:いや、そろそろ夜も更けてきた頃だな。拙者が布団を敷こう。 日和:あ、うん!ありがとうね。 0:  語り手:姿形は違えども、醜(みにく)き呪いに憑かれども、同じ命に変わり無し。 語り手:それを知るは侘(わび)しき妖怪。それに気付かぬは愚かな人間。 語り手:親を忘れた孤児(みなしご)よ、代わりに嘆くは空の闇。 語り手:心身濡らす雨達よ、我が目に零れる涙無し。 0:翌朝。雨はまだ降っている。 雨降:申し訳ない。傘まで世話になってしまった。 日和:いいんだよ。(寂しそうに)でも…、本当に行っちまうんだね。 雨降:いずれまた寄らせて貰うさ。それでは失礼する。 日和:気を付けて…。 0:雨降を見送った後、家に戻る日和。 日和:(退屈そうな溜息) 0:突然家の奥からごとごとと物音が聞こえる。 日和:え、何?何の音?だ、誰か……居るの? 0:恐る恐る見回していると、同様に辺りを見渡していた小豆洗いと衝突。 日和:痛っ! 小豆洗い:痛っ! 0:二人共倒れる。 日和:う~ん……。 小豆洗い:う~ん……。 0:ゆっくりと起き上がり、二人の目が合う。 日和:きゃあああああああああ!!! 小豆洗い:うわあああああああああああ!!! 0:悲鳴を聞きつけて、雨降が大慌てで戻って来る。 雨降:日和殿、何事か!(人影に気付いて)おのれ、貴様何奴!! 小豆洗い:(怯えて)うわぁ~!!こ、殺されるぅ~!! 雨降:そ、そなたは……。 小豆洗い:あれ?この声は……雨降の旦那ぁ~!!(雨降に飛びつこうとして刀を向けられる)わ、わわっ! 雨降:森へ帰れと言ったであろう、何故ここに居る!よもや復讐に来た訳ではあるまいな!? 小豆洗い:そ、そんな!あっしはただ……。 日和:…雨降さん、この子と知り合いなのかい? 雨降:あ、いや、これは…。 小豆洗い:おい小娘!あっしをガキ扱いすんでねぇ!!これでもあっしはおめぇより数百年は生きてんでい! 日和:え!?この子妖怪なのかい!?じゃあ、この子が昨日捕まった子で……、雨降さんが逃がしたの!? 小豆洗い:あっ…! 雨降:(呆れ)馬鹿者…。 日和:(興味深そうに)へぇ~、こんな人間みたいな妖怪が居るんだねぇ! 小豆洗い:(おどおど)な、何でい! どうせおめぇもお父とお母みてぇにあっしを殺す気なんだろう!? 小豆洗い:けどな、こっちにゃ旦那が居るんでい! 日和:え…!? 雨降:やめぬか、日和殿はそんなお方ではない!いいから森へ帰れ! 小豆洗い:えぇ!?昨夜(ゆうべ)の旦那たぁ大違いだ! 小豆洗い:(ボソッと)……もしかして、その小娘に惚れてんですかい? 雨降:(しっかり聞こえて顔真っ赤)な!?ななななな…!! 雨降:貴様さっきから聞いておれば!!そこへ直れ!この場で斬り捨ててくれる!! 小豆洗い:ええぇっ!? 日和:ちょ、雨降さんよしなって! 0:突然腹の虫が鳴る。 小豆洗い:(恥ずかしそうに)あ……。 0:間 日和:(堰を切ったように)あっははははははは!! 小豆洗い:! 日和:(くすくす)うちの手料理で良ければ、食べてくかい? 小豆洗い:(素っ頓狂)……へ? 雨降:(落ち着き払って)…日和殿の飯は美味いぞ。 小豆洗い:(状況が呑み込めてない)え、えっと…、じゃあ…いただきやす? 0: 語り手:雨が降らねば人は枯れ、雨が続けば人の身腐れ。 語り手:帯(おび)に短し、襷(たすき)に長し。人より他に脆きものあらず。 0: 日和:美味かったかい? 小豆洗い:あ、へぇ…ご馳走様でやした。 雨降:それと?もう一つ言うべき事があるであろう? 小豆洗い:(しょんぼり)…ごめんなせぇ。 日和:いいんだよぉ、気にしないでおくれ。 小豆洗い:…まさか、人間にこんな良い嬢ちゃんいたとはねぇ…。 小豆洗い:(ニヤニヤ)そりゃあ旦那も惚れる訳だ。 雨降:だから違うと言っておるだろう!確かに日和殿に恩は感じておるが、それだけだ! 小豆洗い:またまた照れちゃって。その真っ赤なお顔に書いてありやすよ。 小豆洗い:「(雨降の真似)拙者は日和殿を心よりお慕い申しておる!」ってね。 雨降:な、何っ!?(一瞬騙される)…ええい! おのれ、やはりこの場で斬り捨てる!! 小豆洗い:(わざとらしく)わぁ~、助けて嬢ちゃん旦那が暴れるぅ~! 日和:(困惑)え、えっ!? 雨降:おい、日和殿を巻き込むな!! 0:雨降と小豆洗いが言い合いながら日和の周りを走っていると、村人が慌てて日和の家の戸を叩く。 村人:日和!?何の騒ぎだ! 小豆洗い:げっ……。 雨降:まずい……。 日和:(大慌て)ああぁ!ちょいと待っておくれ!! 0:雨降が小豆洗いを隠したのを確認して日和が戸を開けると、血相を変えた村人が飛び入ってくる。 村人:どうした!?まさか、逃げ出した妖怪が入り込んだか!? 日和:ち、違うんだよ!これは、えぇっと……。 雨降:ね、鼠!大きな鼠が!! 日和:そ、そうなんだよ!でも雨降さんに退治してもらったから、もう大丈夫! 村人:(雨降を睨みつける)…貴様まだ居たのか。朝には村を出るのではなかったか? 雨降:うっ……。 日和:あたしが無理言って残ってもらってるんだよ!別にいいじゃないか! 村人:いい訳があるか、こんな何処の出かも知れぬ男を! 村人:お前ももう年頃の娘なのだから、それくらい自覚せぬか! 雨降:(ボソッと)概(おおむ)ね同意にござる……。 日和:だから、雨降さんはそんな人じゃないって言ってるだろ!? 村人:たかが一晩泊めたくらいで、何故そう言い切れる! 日和:え!?それは…、(えぇっと……。) 雨降:(被せる)そう言えば!今しがた、妖怪が逃げ出したと申されたが!? 村人:そうだ、日和!この前捕まえた妖怪が逃げ出したのだ! 村人:目撃した者が言うには、誰かが奴を逃がして……。(再び雨降を睨む)よもや、貴様ではあるまいな? 雨降:うぐっ……! 日和:(わざとらしく)あ!あっちに小豆洗いが!! 村人:何っ!?何処だ! 日和:向こうの方!あ、逃げちまったよ! 村人:おのれ待て妖怪め!! 0:村人が退場し、雨降と日和が脱力する。 日和:はぁ~~~……。 雨降:ふぅ~~~……。 小豆洗いがゆっくりと顔を出す。 小豆洗い:…嬢ちゃん、あっしは此処だよ? 日和:(呆れ)捕まりたかったのかい?本当にごめんね、あの人妖怪と関わったらすぐああだから…。 雨降:何、日和殿が謝る事では…。それより小豆洗い、何故(なにゆえ)ここへ来たのだ? 小豆洗い:え?いや、その……。(もじもじ) 日和:どうしたんだい?帰れないのかい? 小豆洗い:実は、そうなんでやす…。あっしが逃げ出した事を知った人間達が、森中をあちこち探し回ってて…。 雨降:(呆れた溜息)なんとまぁ、執念深い連中だ。 日和:…それで、また雨降さんに助けてもらおうって? 小豆洗い:(キリッとして)とんでもねぇ!あっしは、他人に恩を着せたままにゃ出来ねぇ性分(しょうぶん)! 小豆洗い:…ただ、ここ人気(ひとけ)が無かったから、空き家かな~って思いやして…。あははは…。(空笑い) 雨降:(更に呆れ)……阿呆。 小豆洗い:(しょんぼり)申し訳ねぇ…。それで嬢ちゃん、出来りゃああっしを匿っちゃくれねぇかい…? 日和:あたしは全然構わないよ。でも……。 小豆洗い:でも?(きょとん) 日和:あたし一人で、小豆ちゃんを匿えるかねぇ……。 雨降:ふむ…。(日和の言いたい事に気付いて)ん!? 小豆洗い:…小豆ちゃん? 雨降:日和殿!一泊だけと申したであろう!! 日和:別にいいじゃないか!何か急ぎの用でもあるのかい? 雨降:そ、そういう訳では無いが…そういう問題ではなかろう! 小豆洗い:あぁ、旦那もついてるんならもう安心だ! 雨降:小豆洗い!! 日和:(悲しそうに)…雨降さん、もしかして…あたしの事嫌いかい? 雨降:えっ!? 小豆洗い:(ドン引き)うわっ、こんな可愛い子捕まえといて何考えてんですかい!? 雨降:(慌てふためく)え、いや、だから…!(しまいにドンと座り込む)村人達が、お前を探すのを諦めるまでだからなっ! 日和:やった!ありがとう雨降さん! 小豆洗い:さっすが、旦那は分かってやすねぇ! 雨降:(重く長い溜息) 0:日は経ち、未だに雨は降り続いている。 村人:(誰かに強く呼び掛けている) 村人:おい、しっかりしろ!気を強く持て!くそ、いつになったらこの雨は止むんだ…! 0:日和の家で、深刻な表情の雨降と心配そうに見ている小豆洗いが居る。 小豆洗い:…旦那、あっしが此処に来て随分経ちやすけど、最近嬢ちゃんに冷たかねぇですかい? 雨降:(不機嫌そうに)別に、いつもと変わらぬ。 小豆洗い:そうですかい?あっしがここに匿ってもらってから、ずっとそんな怖ぇ顔してやすけど…。 雨降:(苛々)小豆洗い、拙者はお前を逃がした時に言った筈だ!拙者はもうこの村を発たなければ、(さもなくば……!) 日和:(雨降に被せて)(落ち込んで)ただいま……。 雨降:…日和殿? 小豆洗い:どうしたんでぇ嬢ちゃん、えらく元気が無ぇじゃねぇか。 日和:…あたしの友達がね、重い病にかかっちまったんだ。 雨降:(血相を変えて)病……!? 小豆洗い:な、何でまた!? 日和:お医者様が言うには、この長雨の所為だって…。一体いつになったら止むんだろうねぇ……。 雨降:くっ……!!(歯軋りして小豆洗いに刀を向ける) 小豆洗い:うわあっ!?だ、旦那!? 日和:な、何してんだい雨降さん!? 雨降:(冷血に)日和殿、村の者達はまだこやつを探しておるのか? 日和:え?あぁ…もう森に行く村人は見なくなったけど……。 雨降:ならばお前はもう去れ、二度と此処へ来るでないぞ。 小豆洗い:えっ……。 日和:な、何でだい!?別にいいじゃないか!そんなに(急がなくたって……。) 雨降:(被せて怒鳴る)これ以上!妖怪が人間と共に居てはならぬのだ!! 0:しんと静まり返る。 日和:…酷い、どうしてそんな事言うんだい?妖怪も人間も、皆生きてるじゃないか!!なのに、どうして…!! 小豆洗い:嬢ちゃん……。 雨降:……。 日和:(泣き出す)雨降さんはそんな事言う人じゃないって思ってたのに……、 日和:雨降さんは寂しいって思った事は無いのかい?誰かを失って泣いた事は無いのかい!? 雨降:…拙者は泣けぬ性分(しょうぶん)故、生まれてこの方(かた)、涙を流した事は一度たりとも――。 0:雨降が言い切る前に、日和が雨降の頬を叩く。 日和:……あんた、最低だよ……!!(泣きながら家を飛び出す) 小豆洗い:あ、嬢ちゃん!!(慌てて日和を追いかける) 雨降:(重く長い溜息) 0:外で雨に打たれて座り込んでる日和に、小豆洗いが駆け寄る。 小豆洗い:嬢ちゃん! 日和:小豆ちゃん…?中に居なきゃ駄目じゃないか。村の人達に見つかっちまうよ…? 小豆洗い:あっしの事ぁいいんだよ。嬢ちゃんこそ家に戻んねぇと、その友達とおんなじ病にかかっちまうよ? 日和:…小豆ちゃん、あたしはおかしいのかな? 小豆洗い:おかしい、って? 日和:人間も妖怪も関係無いって、皆生きてるんだって…。あたしが寂しがり屋だから、そう思うだけなのかな…? 小豆洗い:(少し黙り込む)…そんな事ぁねぇさ。あっしだってお父とお母が殺されてから、ずっと寂しかった。 小豆洗い:でもあっしは、嬢ちゃんみてぇに「色んな人間が居る」だなんて思っちゃいなかった。 小豆洗い:人間に復讐する事ばっかり考えて、結局お父とお母みてぇに殺されそうになって……へへっ、今思うと馬鹿みてぇだ。 日和:……。 小豆洗い:あん時旦那が助けてくれなきゃ、嬢ちゃんに出会わなけりゃ、あっしは人間を憎んだまま…。 小豆洗い:世の中にゃ妖怪と仲良くしようとする人間も居るって事に、気付かなかったと思う。 日和:小豆ちゃん……。(少し元気になる) 小豆洗い:(苦笑)……旦那の事、悪く思わねぇでやっとくれ。あの人は臆病なだけなんだ。 日和:臆病…? 雨降:日和殿、小豆洗い。 日和:雨降さん。 小豆洗い:どうしたんですかい旦那、その出(い)で立(た)ちは……。 雨降:(暗い)……拙者はもう、この村を発つ。 日和:え……!? 雨降:…今まで、世話をかけた。 日和:ちょ、ちょっと待っ……。(雨降を追おうとして、突然倒れる) 小豆洗い:嬢ちゃん!? 雨降:(小豆洗いの声で振り返る)日和殿? 日和殿! 小豆洗い:嬢ちゃん、しっかりしなせぇ!! 0: 語り手:我は神ではなかれとて、我が涙は雨に同じ。 語り手:雨が降り続ける限り、我が目に零れる涙無し。 0:日和の家で、眠っている日和を暗い顔の雨降と小豆洗いが見ている。 雨降:……小豆洗い、拙者はもう行かねばならぬ。 小豆洗い:でも、嬢ちゃんはまだ旦那に(別れを……。) 雨降:(被せる)もうそんな暇も無かろう。二度とこの村に来る事も無いだろうが、日和殿の病が治ったら伝えてくれ。 小豆洗い:っ……あんたはそれでいいのかい!? 雨降:っ……。 小豆洗い:あんたの事は分かってるつもりさ。でもあんたが黙って去ったら、この子がどれだけ悲しむと思う!? 雨降:……。 小豆洗い:あんただって本当は此処に居てぇんだろう!?嬢ちゃんの傍に居てやりてぇんだろう!? 小豆洗い:この子はあんたを咎(とが)めやしない、それはあんたが一番分かってんじゃねぇのかい!? 雨降:…拙者が勝手なのは承知の上だ。しかしこの雨降、大切なものを守る術は…… 雨降:(苦笑)これより他に知らぬのだ。 小豆洗い:……。(何も言えなくなる) 雨降:……では、達者でな。 0:雨降が去り、日和が目を覚ます。 日和:……小豆ちゃん? 小豆洗い:嬢ちゃん、気が付いたんだね!無理するでねぇ、起きてちゃ病が治らねぇぞ。 日和:雨降さんは…? 小豆洗い:旦那は…。 日和:…行っちまったんだね。 小豆洗い:…つい、さっき。 日和:そう…。(少し間を開けて)ねぇ、小豆ちゃん。 小豆洗い:(優しく)何だい? 日和:さっき言ってた、雨降さんが臆病って…どういう意味だい? 小豆洗い:(暫く黙り、溜息)…旦那にゃ、黙ってろって言われたんだけどねぇ。 日和:え? 小豆洗い:あっしを逃がしてくれた時に教えてくれたんだ。旦那はね…。 0:とぼとぼと雨降が村の外へ出ようとすると、村人が銃を持って追いかけて来る。 村人:待てっ!! 雨降:(全く動じない様子)……何用か。 村人:あの妖怪が逃げた時に、貴様の姿を見たと言う奴が居た!やはり貴様妖怪だな、貴様がこの雨を……! 雨降:……。(何も言わず黙っている) 村人:答えろ!貴様が村の者達に、日和に、病を齎(もたら)したのだろうっ!! 雨降:……いかにも。拙者は雨降小僧(あめふりこぞう)。この世に雨を齎(もたら)す妖怪なり! 村人:やはり、ならばそこを動くな!貴様が死ねばこの雨は止むはずだ!! 雨降:好きに致せ。俺はもう…この呪いと生きるのに疲れた……。 村人:潔(いさぎよ)いな、だが妖怪はこの世にあるべき存在ではないのだ!ここで成敗してくれるっ!! 日和:やめてっ!! 雨降:日和殿!?(村人と同時に) 村人:日和!?(雨降と同時に) 0:日和が雨降を庇い、村人が放った銃弾を受ける。 日和:うっ……。(雨降に倒れかかる) 雨降:日和殿!日和殿っ!! 村人:(崩れ落ちる)日和、何故庇ったのだ…こんな妖怪を! 日和:(弱々しく)…違うよ、雨降さんは妖怪じゃないよ……。 村人:何だと…!? 小豆洗い:(日和を追いかけて現れる)嬢ちゃん……!? 村人:(小豆洗いを睨む)貴様はっ…!! 小豆洗い:旦那、揺らすんじゃねぇ!急所は外れてんだ!嬢ちゃん、しっかりしろ!なんて無茶しやがんだ! 村人:……。(唖然) 雨降:(泣き始める)……すまない日和殿、俺はまた……。 日和:……あはは、武士が泣くんじゃないよ。情けない……。 雨降:俺の所為で、すまない……。 0:雨降がすすり泣いていると、ずっと降っていた雨が上がる。 村人:……雨が、止んだ? 小豆洗い:(ボソッと)危ねぇ賭けしやがって……。 0:日和の家、そわそわした雨降と、怒った顔の小豆洗いが座っている。 0:重苦しい雰囲気に耐え切れなくなり、雨降が家を出ようとする。 小豆洗い:(重い声で)何処へ行くんですかい、旦那。 雨降:っ……やはり拙者は、もうここにはおれぬ。 小豆洗い:雨はもう止んだじゃねぇですか。もうあの呪いに苦しめられる事も無いんですぜ? 雨降:しかし、日和殿が病を患ったのも、深手を負ってしまったのも、元はといえば(俺が……!!) 小豆洗い:(雨降に被せる)自惚(うぬぼ)れんな小僧。 雨降:!? 小豆洗い:誰が雨降小僧(あめふりこぞう)だって?笑わせるんでねぇ。あっしはあんたを同族だと思った事ぁ一度もねぇ。 小豆洗い:雨に憑かれたぐれぇで妖怪ぶんな。どう頑張ったって、あんたぁ人間でしかねぇんだよ。 雨降:小豆洗い……。 小豆洗い:嬢ちゃんに、全部話したんだ。 雨降:なっ……!? 小豆洗い:あんたが家族を守る為に、妖怪の雨降小僧(あめふりこぞう)を殺しちまった事。 小豆洗い:その所為であんたが居る所に雨が降り続ける呪いを受けちまった事。 小豆洗い:(ここから苦笑して)あっしを助けたのだって、この村が呪われるかもって思ったからだろ? 小豆洗い:…そしたら嬢ちゃん、「呪いを解いてあげなきゃ」って、飛び出しちまって。 雨降:…何故(なにゆえ)日和殿は、その術(すべ)を知っていたのだ? 小豆洗い:さてね、もしかしたら嬢ちゃん、謝りたかったんじゃねぇのかい? 雨降:謝る……? 小豆洗い:あんたの頬を引っ叩いた事さ。 小豆洗い:「悲しくても泣けないのは、それ自体が一番悲しい」って、そん時嬢ちゃん言ってたから。 雨降:(憑き物が落ちた感じで)……そうか。 小豆洗い:(驚いて)ちょいと旦那ぁ! 何処行くんですかいって!! 雨降:(爽やかに)行く宛てなど無いさ。拙者は旅の侍だ。同じ場所には長らく留まれぬ性分(しょうぶん)なのだ。 小豆洗い:……。(何も言えなくなる) 村人:(突然戸を開けて入って来る)おいっ!! 小豆洗い:げっ……!(慌てて隠れる) 雨降:(きょとん)お主は……、どうなされたのだ? 村人:お前、もうこの村を発つのか? 雨降:い、いかにも……。 村人:…最後くらいは、せめて日和に会ってやれ。 雨降:え?し、しかし……。 村人:いいから行け!日和が待ってるんだぞ!(雨降を引っ張り出す) 雨降:わ、っとと……! 0:村の外で、日和がぼんやりと久々の日向ぼっこをしている。 雨降:(駆け寄る)日和殿、探したぞ! 日和:雨降さん?もう行っちまったかと思ったよ……。 雨降:(気まずそうに)い、いやその…、日和殿からまだ別れの言葉を聞いてないと思って…。 雨降:(気を取り直して)それより、大人しく寝ておれ!傷も病も軽くは無いのだぞ!? 日和:(いじわるっぽく)誰の所為だい、誰の。 雨降:うっ……。 日和:(くすくす笑って)冗談さ、あたしはそんな事じゃ怒らないよ! 雨降:(困惑)そ、そんな事って……。 日和:(少し寂しそうに)…もう、行っちまうんだよね。 雨降:(暫く黙っている)……何、これからは小豆洗いが居る。寂しくは無かろう? 日和:うん……。 雨降:(観念したように溜息)…分かった。お主が元気になったら、また寄らせてもらう。 日和:(嬉しそうに)本当かい!? 雨降:武士は嘘を吐(つ)かぬ、だから、それまで大人しくしておれ。 日和:うん、うん!あたし絶対怪我も病気も治すからね!(小指を出して、雨降と指切りをする) 雨降:…では、拙者はもう行くとする。 日和:あ、うん…気をつけてね! 雨降:ああ。日和殿、ありがとう。 0:雨降が村の外へと歩いていく。 日和:(呼びかけるように大声で)雨降さん!ありがとう! 0:少し間。日和の手に水が滴り落ちる。 日和:(泣いているが、気付かないふり)あれ、また雨?…ふふ、綺麗……。 0: 語り手:濡れた道は日に照らされ、人の行く先を導く。 語り手:日照る雨が、尾を引こうとも。それが人の定めなれば。