台本概要

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タイトル 舞台袖の待ち人
作者名 不尽子(つきぬこ)  (@tsukinuko)
ジャンル その他
演者人数 1人用台本(女1) ※兼役あり
時間 20 分
台本使用規定 台本説明欄参照
説明 殺人鬼になってしまった弟を持つ姉の独白。
男性が読んでも問題ありませんが、女性として読んでいただきますようお願いいたします。
読んでいただく際にはご一報下さると大変喜びます(強制ではりません)。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
語り手 1 ある殺人鬼の姉。女性として読んでいただけるなら男性でも可です。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
語り手:弟が帰らなくなった日、清々したと母が言った。 語り手:警察に行こうとした日、あんな奴はほっとけと父が言った。 語り手:それから数年後、ある指名手配犯が逮捕されたというニュースを見た日、私は全てを悟ってしまった。 語り手: 語り手:弟はお世辞にも、器量も容量も良いとは言えなかった。 語り手:それを理由に両親はあの子を嫌っていたから、せめて私が二人の代わりになってあげないといけないと思った。 語り手:小さい内は一緒にお風呂に入ったり、お菓子を買ってあげたり、大きくなってからはあの子の勉強を見たりもした。 語り手:ある日弟が訊いてきた。何でこんな出来損ないに優しくするんだと。 語り手:少しだけ言葉に迷った。確かに最初は責任感から世話をしていたけど、本当は素直で優しい子だと両親以上に理解している自信があった。 語り手:だからあの子を抱きしめて「貴方は私の自慢の弟」と答えたら、啜り泣く声と一緒に私の背中に手が伸びた。 語り手: 語り手:私に心を開いてくれるようになると、弟は私を困らせる人達に手を上げるようになってしまった。 語り手:顔や頭が悪くても、並外れた筋力と体力がある事に、弟は気付いてしまった。 語り手:私が止めるまで、あの子は親にすら殴りかかるようになった。 語り手:「貴方が誰かを傷付けたら、私はとても悲しくなってしまう」 語り手:そう言うとようやく、弟は誰かを殴るような事をしなくなった。 語り手: 語り手:あの子は笑顔を作るのも上手くはなかった。口の両端を無理矢理に吊り上げて、まるで「不思議の国のアリス」に出て来るチェシャ猫のような顔になっていた。 語り手:だけど私は、その笑顔すら愛おしく思えた。たまに「チェシャ」と呼んでは、猫みたいに撫でまわしたぐらいだ。 語り手:でも弟は、思春期を迎えてもそんな扱われ方を嫌がらなかった。寧ろ気持ち良さげに笑って、私にすり寄って来る事もあった。 語り手:身体が大きくなって大人の顔になってくると、こっちが恥ずかしくなって次第にやめてしまった程だ。 語り手: 語り手:それから私に恋人が出来た。とても優しくて礼儀正しく、弟の事も理解してくれた人だ。 語り手:最初は弟が彼に噛みつかないか心配したけど、あの子は意外にも幸せそうだった。 語り手:「今まで苦労ばかりかけさせたから、あんたには幸せになって欲しい」 語り手:そう言って笑うチェシャの顔は少し寂しそうで、私は思わず涙を流しながらあの子を抱きしめた。 語り手:彼もあの子の肩を叩き、「彼女が幸せになるには、弟である君の力も必要だよ」と言ってくれた。 語り手:弟はまたチェシャ猫みたいに笑って、その目から一筋の涙を零した。 語り手:三人で互いを抱きしめ合って、これ以上に無い幸せを感じていた。 語り手: 語り手:でも、それは起こってしまった。 語り手:仕事の帰り道、私は突然数人の男に裏路地に連れ込まれ、服を破り取られてしまった。 語り手:必死に助けを求めたからか、巡回中の警察が私の悲鳴を聞いて駆けつけてくれた。 語り手:警察に家まで送り届けられて、暫くは平和な時を過ごせていたけど、その時の私は恋人や弟ですらも接するのが怖くなってしまっていた。 語り手:優しい彼は時が解決してくれるのを待つと言ってくれたけど、あの子はその場に居てやれなかった自分を責めるようになってしまった。 語り手:私はあの時、そんな恐怖心は捨ててあの子を抱きしめてあげるべきだった。 語り手:「私は大丈夫だから、自分を責めないで」と言ってあげるべきだった。 語り手:そうすれば弟は、今もちゃんと帰ってきてくれるはずだったのに。 語り手: 語り手:弟が帰って来なくなった次の日、殺人事件のニュースがテレビで放映された。 語り手:私は思わず息を呑んだ。死亡した被害者は、まさしくあの日私を襲った人達だった。 語り手:すぐに警察に連絡しようとしたけど、それを彼が止めた。今あの子の行方が知れない事と、被害者が私を襲った犯人である事を言ってしまえば、真っ先に弟が犯人だと疑われてしまう。 語り手:そう言われて私は電話の宛先を弟に変えたけど、使われていない番号になっていた。 語り手:メッセージの返信も無かった。今まで私の連絡を無視した事なんて、一度も無かったのに。 語り手:それから次の日、また次の日と、私を襲った集団のメンバーが殺されたというニュースが流れた。 語り手:両親は最初から弟なんて居なかったような振る舞いをしていたから、私と一緒にあの子の無事を祈ってくれるのは彼しか居なかった。 語り手: 語り手:そしてその集団の死者が百人に上った頃、とうとうその犯人が逮捕されたという速報が流れた。 語り手:私は膝から崩れ落ちた。顔も名前もまるで違うのに、あのチェシャ猫のような笑顔がテレビに映った途端、一目で全てを悟ってしまった。 語り手:あの子は麻薬にも手を出していたらしく、供述は全て支離滅裂でまるで話にならなかったらしい。 語り手:そうして弟に下された判決は、死刑だった。 語り手:私はもういい大人のはずなのに、声を上げて泣いてしまった。 語り手:彼が私を抱きしめ、両親は何故泣いているのか分からないと言いたげな顔で私を凝視していた。 語り手:もっと私が、あの子を見てあげていれば。もっと私が、あの子と向き合ってあげていれば。もっと私が、あの子を愛してあげていれば。 語り手:そんな後悔が涙になって、私の頬を止めどなく流れていった。 語り手: 語り手:それから私は、その関連のニュースを見ないようにした。 語り手:両親が正しかったとは言わないけど、私もあの子を忘れようとしていた。 語り手:「本当にそれでいいのか」と彼がきいてきたけど、それ以外に私は私を保っていられる方法が分からなかった。 語り手:それにきっと、弟もそれを望んでいるとすら思えた。麻薬を吸って正気を失う事で、あの子は自分の正体も本当の動機も隠し通そうとした。 語り手:なら私は、家族を白日の下に晒すような真似をするべきじゃない。あの犯人は弟とは別人で、あの子はきっと何処かで生きている。 語り手:そう考えるようにしないと、涙がいつまで経っても溢れ出てしまう。 語り手: 語り手:そんなある日、彼が血相を変えて私に知らせてきた。あの犯人が、脱獄をしたというニュースが流れていたと。 語り手:耳を疑った。まだ死んでいないと喜ぶべきなのか、恐ろしい話と怯えるべきなのか、分からなかった。 語り手:その時、私のスマホにメールの着信音が鳴った。開いてみると全く知らないアドレスから、短い文章が書かれていた。 語り手: 語り手:「もう帰れない。でも、チェシャはあんたの傍に居る」 語り手: 語り手:その内容を読んだ途端、また私の視界が滲み始めた。 語り手:どうやら返信が出来ない仕様になっているらしく、私からそのアドレスにメールを送る事は出来なかった。 語り手:それでも私は、満たされていた。あの子の代わりに自分のスマホを抱き締めて、やっと心の底から笑う事が出来た。 語り手: 語り手:それから日が経ち、私は彼と結婚した。 語り手:お腹に子供も授かって、少し移動は大変だけど、幸せな毎日を送っている。 語り手:ただ、私達の住む場所は少しだけ治安が悪いのが最近の悩みだ。 語り手:今日は道端で、たまたま目があった不良に突然腕を掴まれて怒鳴られた。 語り手:どうにか振り解こうとしたけど、こんなに大きいお腹じゃ逃げる事も出来ない。 語り手:そんな時、一人の男性が不良の腕を掴んだ。その人は躊躇無く不良を殴り飛ばすと、私が尻餅をつかないようにすぐ支えてくれた。 語り手:お礼を言おうとしたけど、その人はのびた不良を軽々と担ぎ上げ、振り向きざまにあのチェシャ猫のような笑みを見せるとサッと路地裏へと消えてしまった。 語り手:取り残された私は、暫くその路地裏をじっと見つめていた。 語り手:本当は追いかけたいとも思ったけど、あの子が元気でいる事が知れただけでも、嬉しくて仕方が無かった。 語り手: 語り手:「この子が産まれたら、ちゃんと抱っこしに来てあげてね」 語り手: 語り手:ぼそりとそれだけを呟いて、私はゆっくり帰路に就いた。

語り手:弟が帰らなくなった日、清々したと母が言った。 語り手:警察に行こうとした日、あんな奴はほっとけと父が言った。 語り手:それから数年後、ある指名手配犯が逮捕されたというニュースを見た日、私は全てを悟ってしまった。 語り手: 語り手:弟はお世辞にも、器量も容量も良いとは言えなかった。 語り手:それを理由に両親はあの子を嫌っていたから、せめて私が二人の代わりになってあげないといけないと思った。 語り手:小さい内は一緒にお風呂に入ったり、お菓子を買ってあげたり、大きくなってからはあの子の勉強を見たりもした。 語り手:ある日弟が訊いてきた。何でこんな出来損ないに優しくするんだと。 語り手:少しだけ言葉に迷った。確かに最初は責任感から世話をしていたけど、本当は素直で優しい子だと両親以上に理解している自信があった。 語り手:だからあの子を抱きしめて「貴方は私の自慢の弟」と答えたら、啜り泣く声と一緒に私の背中に手が伸びた。 語り手: 語り手:私に心を開いてくれるようになると、弟は私を困らせる人達に手を上げるようになってしまった。 語り手:顔や頭が悪くても、並外れた筋力と体力がある事に、弟は気付いてしまった。 語り手:私が止めるまで、あの子は親にすら殴りかかるようになった。 語り手:「貴方が誰かを傷付けたら、私はとても悲しくなってしまう」 語り手:そう言うとようやく、弟は誰かを殴るような事をしなくなった。 語り手: 語り手:あの子は笑顔を作るのも上手くはなかった。口の両端を無理矢理に吊り上げて、まるで「不思議の国のアリス」に出て来るチェシャ猫のような顔になっていた。 語り手:だけど私は、その笑顔すら愛おしく思えた。たまに「チェシャ」と呼んでは、猫みたいに撫でまわしたぐらいだ。 語り手:でも弟は、思春期を迎えてもそんな扱われ方を嫌がらなかった。寧ろ気持ち良さげに笑って、私にすり寄って来る事もあった。 語り手:身体が大きくなって大人の顔になってくると、こっちが恥ずかしくなって次第にやめてしまった程だ。 語り手: 語り手:それから私に恋人が出来た。とても優しくて礼儀正しく、弟の事も理解してくれた人だ。 語り手:最初は弟が彼に噛みつかないか心配したけど、あの子は意外にも幸せそうだった。 語り手:「今まで苦労ばかりかけさせたから、あんたには幸せになって欲しい」 語り手:そう言って笑うチェシャの顔は少し寂しそうで、私は思わず涙を流しながらあの子を抱きしめた。 語り手:彼もあの子の肩を叩き、「彼女が幸せになるには、弟である君の力も必要だよ」と言ってくれた。 語り手:弟はまたチェシャ猫みたいに笑って、その目から一筋の涙を零した。 語り手:三人で互いを抱きしめ合って、これ以上に無い幸せを感じていた。 語り手: 語り手:でも、それは起こってしまった。 語り手:仕事の帰り道、私は突然数人の男に裏路地に連れ込まれ、服を破り取られてしまった。 語り手:必死に助けを求めたからか、巡回中の警察が私の悲鳴を聞いて駆けつけてくれた。 語り手:警察に家まで送り届けられて、暫くは平和な時を過ごせていたけど、その時の私は恋人や弟ですらも接するのが怖くなってしまっていた。 語り手:優しい彼は時が解決してくれるのを待つと言ってくれたけど、あの子はその場に居てやれなかった自分を責めるようになってしまった。 語り手:私はあの時、そんな恐怖心は捨ててあの子を抱きしめてあげるべきだった。 語り手:「私は大丈夫だから、自分を責めないで」と言ってあげるべきだった。 語り手:そうすれば弟は、今もちゃんと帰ってきてくれるはずだったのに。 語り手: 語り手:弟が帰って来なくなった次の日、殺人事件のニュースがテレビで放映された。 語り手:私は思わず息を呑んだ。死亡した被害者は、まさしくあの日私を襲った人達だった。 語り手:すぐに警察に連絡しようとしたけど、それを彼が止めた。今あの子の行方が知れない事と、被害者が私を襲った犯人である事を言ってしまえば、真っ先に弟が犯人だと疑われてしまう。 語り手:そう言われて私は電話の宛先を弟に変えたけど、使われていない番号になっていた。 語り手:メッセージの返信も無かった。今まで私の連絡を無視した事なんて、一度も無かったのに。 語り手:それから次の日、また次の日と、私を襲った集団のメンバーが殺されたというニュースが流れた。 語り手:両親は最初から弟なんて居なかったような振る舞いをしていたから、私と一緒にあの子の無事を祈ってくれるのは彼しか居なかった。 語り手: 語り手:そしてその集団の死者が百人に上った頃、とうとうその犯人が逮捕されたという速報が流れた。 語り手:私は膝から崩れ落ちた。顔も名前もまるで違うのに、あのチェシャ猫のような笑顔がテレビに映った途端、一目で全てを悟ってしまった。 語り手:あの子は麻薬にも手を出していたらしく、供述は全て支離滅裂でまるで話にならなかったらしい。 語り手:そうして弟に下された判決は、死刑だった。 語り手:私はもういい大人のはずなのに、声を上げて泣いてしまった。 語り手:彼が私を抱きしめ、両親は何故泣いているのか分からないと言いたげな顔で私を凝視していた。 語り手:もっと私が、あの子を見てあげていれば。もっと私が、あの子と向き合ってあげていれば。もっと私が、あの子を愛してあげていれば。 語り手:そんな後悔が涙になって、私の頬を止めどなく流れていった。 語り手: 語り手:それから私は、その関連のニュースを見ないようにした。 語り手:両親が正しかったとは言わないけど、私もあの子を忘れようとしていた。 語り手:「本当にそれでいいのか」と彼がきいてきたけど、それ以外に私は私を保っていられる方法が分からなかった。 語り手:それにきっと、弟もそれを望んでいるとすら思えた。麻薬を吸って正気を失う事で、あの子は自分の正体も本当の動機も隠し通そうとした。 語り手:なら私は、家族を白日の下に晒すような真似をするべきじゃない。あの犯人は弟とは別人で、あの子はきっと何処かで生きている。 語り手:そう考えるようにしないと、涙がいつまで経っても溢れ出てしまう。 語り手: 語り手:そんなある日、彼が血相を変えて私に知らせてきた。あの犯人が、脱獄をしたというニュースが流れていたと。 語り手:耳を疑った。まだ死んでいないと喜ぶべきなのか、恐ろしい話と怯えるべきなのか、分からなかった。 語り手:その時、私のスマホにメールの着信音が鳴った。開いてみると全く知らないアドレスから、短い文章が書かれていた。 語り手: 語り手:「もう帰れない。でも、チェシャはあんたの傍に居る」 語り手: 語り手:その内容を読んだ途端、また私の視界が滲み始めた。 語り手:どうやら返信が出来ない仕様になっているらしく、私からそのアドレスにメールを送る事は出来なかった。 語り手:それでも私は、満たされていた。あの子の代わりに自分のスマホを抱き締めて、やっと心の底から笑う事が出来た。 語り手: 語り手:それから日が経ち、私は彼と結婚した。 語り手:お腹に子供も授かって、少し移動は大変だけど、幸せな毎日を送っている。 語り手:ただ、私達の住む場所は少しだけ治安が悪いのが最近の悩みだ。 語り手:今日は道端で、たまたま目があった不良に突然腕を掴まれて怒鳴られた。 語り手:どうにか振り解こうとしたけど、こんなに大きいお腹じゃ逃げる事も出来ない。 語り手:そんな時、一人の男性が不良の腕を掴んだ。その人は躊躇無く不良を殴り飛ばすと、私が尻餅をつかないようにすぐ支えてくれた。 語り手:お礼を言おうとしたけど、その人はのびた不良を軽々と担ぎ上げ、振り向きざまにあのチェシャ猫のような笑みを見せるとサッと路地裏へと消えてしまった。 語り手:取り残された私は、暫くその路地裏をじっと見つめていた。 語り手:本当は追いかけたいとも思ったけど、あの子が元気でいる事が知れただけでも、嬉しくて仕方が無かった。 語り手: 語り手:「この子が産まれたら、ちゃんと抱っこしに来てあげてね」 語り手: 語り手:ぼそりとそれだけを呟いて、私はゆっくり帰路に就いた。