台本概要
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タイトル | 今宵も頁を紐解いて_No.02 芥川龍之介「藪の中」より |
---|---|
作者名 | ラーク (@atog_field) |
ジャンル | コメディ |
演者人数 | 4人用台本(男2、女2) |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
身近で起きた謎を文学部生が古本屋の主人に相談する話。
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キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
ハリマ | 男 | 40 | ハリマ ユウイチ 二十歳。陽明館大学二年。男性。 一人称は「僕」。 高校時代に得意だったのは国語。 |
イズモ | 女 | 29 | 二十代。古本屋「夜見書堂」店主。女性。 一人称は「あたし」。 高校時代に得意だったのは教科全般。 |
ヒュウガ | 男 | 21 | ヒュウガ カイ 二十一歳。陽明館大学二年。男性。 一人称は「俺」 高校時代に得意だったのは英語。 |
スオウ | 女 | 21 | スオウ キキョウ 二十歳。陽明館大学二年。女性。 一人称は「私」。 高校時代に得意だったのは学食ダッシュ。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:大学、講堂にて
ヒュウガ:あぁ? おいスオウ、何言ってんだよ。
スオウ:え、こないだヒュウガ言ってたでしょ。
ヒュウガ:言ってねえよそんなこと! 一体だれがそんなウソ流してんだ。
ハリマ:おはよう。どうしたの、二人とも。
スオウ:あ、ハリハリ! おはよーっ! 今日も相変わらずちょうどいい寝癖だね!
ハリマ:あれ、残ってる? 家出る直前まで頑張って何とか押さえつけたつもりだったんだけどなぁ。
ヒュウガ:寝癖じゃなくて、風で荒れたのかもな。
スオウ:いんにゃ、これは寝癖だね! このアンテナみたいな立ち方、風じゃうまく再現できないよ。
ヒュウガ:何の自信だよそれ……
ハリマ:二人とも今日も仲いいなぁ。夫婦漫才みたい。
スオウ:え、そんな息合ってる!? どうしようヒュウガ、私たちM-1出られるかなぁ?
ヒュウガ:なんで気にするところ漫才の方なんだよ。普通はもう一つの方だろうが。
ハリマ:はははは、何か来たばかりの時は喧嘩してるのかと思ったけど、そういうわけじゃないっぽいね。
スオウ:あっ、そうだ! ねえハリハリ、ヒュウガにウソつかれたんだよぉ!
ヒュウガ:だからついてねえって。誰だよ俺がそんなこと言ってたとか言いふらしてるの。
スオウ:えーとねえ。私が聞いたのは、カガちゃんからだったかなぁ。
ヒュウガ:あん? そもそも俺がカガから聞いたんだが?
ハリマ:何の話かさっぱりなんだけど?
スオウ:あっ、ハリハリごめん! えとねー。日本儒学史の話なんだけど。
ハリマ:日本儒学史? あれ、この教室次のコマ日本儒学史だったっけ?
スオウ:違う違う! 次のコマの話じゃなくてさ、日本儒学史の評価の話! カガちゃんがね、ヒュウガが日本儒学史はレポートで評価するって言ってて。それで私はそっかーじゃあテスト勉強不要だなあって安心してたのよ。でも、そしたら今になってヒュウガが今日のテスト勉強がどうとか言い出して!
ヒュウガ:だーかーら、俺はカガにも誰にもそんな話はしてねえっての。っていうか、俺はカガから昨日の夜今日中間テストだって話聞いて頑張って一夜漬けしてきたんだっての。
ハリマ:結局のところ、レポートとテスト、どっちなの?
スオウ:知らないよー。ってか、テストだったらやばいよ。私なんもやってない。これいつものお決まりのあれじゃないからね! マジで何もやってないからね。昨日だって儒学のジュの字も考えずにぐっすりだったし!
ヒュウガ:ハリマは? 勉強ちゃんとしてるか?
ハリマ:僕は後期に取ってるから、前期はないよ。
スオウ:えーマジ!? さっきの反応から全国儒学史勉強してない連合が結成できると思ったのにー!!
ヒュウガ:何だよその謎連合は……というか、少なくともハリマは、しっかり授業に全参加して内容聞いてるんだから、多少勉強してなくても及第できるくらいの点数は取れるからな。
スオウ:知ってるよぉそれくらい! 同じ立場の人がいるから少しは気分が楽になるかなーって思ってただけ!
ハリマ:でも、二人のうちどっちが言ってることが正しいんだろうね? どっちもカガさんがかかわってそうなところだけは一緒だけど。
スオウ:カガちゃんが私にウソ言うわけないもん、きっとレポートだよ。
ヒュウガ:それ、かなり希望的観測が混じってるよな?
スオウ:そ、そんなわけないじゃない! カガちゃんは私に嘘なんか言わない、カガちゃんは私を裏切らない……
ハリマ:何か始まったよ……
ヒュウガ:友達に裏切られたショックと、自分がレポートだと思っていた授業のテストが今日行われるというショックの二つが大きすぎて現実逃避を始めてるな。
0:夜見書堂店内
ハリマ:っていうことが今日あったんですよね。
イズモ:(どうでもよさそうに)へぇ……そうなの。
ハリマ:イズモさん、何読んでるんですか?
イズモ:芥川龍之介全集ちくま文庫版第四巻。
ハリマ:はぁ……
イズモ:あら、自分で聞いておいてそんなつれない反応?
ハリマ:そもそもはイズモさんが僕の話につれない反応を見せたのが原因で……
イズモ:あたしがその話を聞かせてってお願いしたわけじゃないでしょ。勝手に来て、勝手に話して、勝手に怒り出したのはあなたのほう。
ハリマ:別に怒り出しては……
イズモ:そもそも、大学の授業が終わるなりこんな古書店に来て、その店主に今日大学であった出来事を話すって、花の大学生のすることじゃないわ。あたしはあなたのお母さんじゃないわよ。それとも、ほかにそんな話をする相手がいないのかしら?
ハリマ:まあ、一人暮らしなんで……なんかすみません。
イズモ:謝る必要はないけれど。あなた、暇なの?
ハリマ:暇ってわけじゃないですけど。なんだか、このお店の雰囲気、落ち着くので。
イズモ:ここが古書店じゃなくて、読書喫茶か何かだったならその言葉は誉め言葉になったのだけれどね。ただ来て、何も買わずにお話だけされるっていうのは、お店としてはあんまりありがたいことじゃないわ。
ハリマ:……すみません。やっぱりなんか、買った方がいいですよね……
イズモ:(クスっと笑って)冗談よ。あなたが来ようと来なかろうと、この店にはほとんど客らしい客は来ないし。あたしもこうやって本を読んでるくらいしかやることないのよ。だから、どんな目的であれ来てもらって大丈夫。
ハリマ:でも、読書のお邪魔になるんじゃ。
イズモ:あれだけ読書中の相手に話しかけておいて今更それを気にするの? まあ、大丈夫よ。あたしの集中力はそんなので散漫になるほど柔じゃないわ。
ハリマ:ならよかった。……でも、ってことはさっきの僕の話、聞いてなかったってことですね。
イズモ:あら、聞いてなかったなんていつ言ったかしら?
ハリマ:聞いてたんですか?
イズモ:大学で不思議なことがあったのでしょう。一人は授業の評価がレポートで決まると言っていて、一人は同じ授業の評価がテストで決まると言っている。二人の発言がちぐはぐ。まるで芥川の「藪の中」みたいね。
ハリマ:藪の中……
イズモ:まさかとは思うけれど、「藪の中」は読んだことあるわよね?
ハリマ:それはありますよ! とある殺人事件について、それに関わった人たちの発言がみんな食い違っていて、いったいどれが正しいのかって話ですよね。
イズモ:呆れてしまうほど大雑把な説明をありがとう。でもだいたい合っているわ。そうね、ちょうど今読んでる芥川全集にも載っている話よ。芥川の作品としては「羅生門」や「鼻」「地獄変」なんかと並んで有名なもので、一九五〇年には黒澤明によって映画化された「羅生門」の原作としても使われている。
ハリマ:え、映画の「羅生門」って、「藪の中」が原作なんですか? 「羅生門」じゃなくて?
イズモ:あなた、そんなことも知らないの? 文学に触れるというのは、ただ本に書かれた文字を追うだけじゃないのよ。学び、研究するならば猶更。せめてその辺の周辺知識くらい押さえておいたらどうかしら?
ハリマ:……すみません。
イズモ:まあ、そんな講釈を垂れたいわけじゃないわ。ただ、あなたの話していた内容と、「藪の中」が少し似ていると思ったから、それを口にしただけ。
ハリマ:確かに……いったい、どっちが話していたことが正しいんでしょうねえ。
イズモ:ふふっ。
ハリマ:? どうしたんですか?
イズモ:「藪の中」の研究史もね。最初のうちは、作中で起きた事件の真相が何なのか、つまり誰の証言が正しいのかを考えるのが主流だったらしいわ。
ハリマ:まあ、そうでしょうね。あの作品を読んで一番気になるのがそこでしょうし。
イズモ:でもねえ……
ハリマ:でも?
イズモ:それって、なんか野暮じゃない?
ハリマ:野暮? どういう……
イズモ:あなたって、こういう論理クイズを聞いたことないかしら? 複数の人間がある内容について話していて、その中でひとりだけが嘘をついている場合、嘘をついているのは誰か、というような内容の。
ハリマ:あー、なんか前にネットか何かで見たことがあるような……
イズモ:あれはね、元々嘘をついている人がわかるようにできているからいいのよ。論理的に考えていけば、嘘をついている人が誰なのかが導き出せるようになっている。
イズモ:でも、「藪の中」は違うわ。どう論理的に紐解いていっても、誰が嘘をついているか、誰が真実を語っているかが確定することはない。それをわざわざこねくり回して「正解」を探そうとすること。これって、あまりにも野暮だとあたしは思うのよ。
ハリマ:なるほど……言われてみれば確かに、そう思えてきますね。
イズモ:あなたって、本当に単純ね。
ハリマ:……っ! (むすっとして)単純ですみません。
イズモ:あら、さすがに怒ったかしら? ごめんなさいね。
ハリマ:……いえ。思考が単純なのは、事実ですから。
イズモ:そう。さっきあたしは、あなたが話した大学での出来事が、「藪の中」と似ていると言ったわ。でも、それは表面的な話で、実際は全く違う。それこそ、「藪の中」とさっきの論理クイズの違いと同じよ。
ハリマ:僕が話した内容は、確かにカガさん本人に聞けば真実を知ることができますもんね。文学作品である「藪の中」とは全然違う。
イズモ:そういうこと。「藪の中」は……世界には、「藪の中」に似た話がいくつもあるのだけれど。それらの作品は、たとえ答えがわからなくても。いいえ、わからないからこそ、作品としての魅力に満ちていて。多くの読者を魅了するの。
ハリマ:なるほど。面白いですね。
イズモ:でも。
ハリマ:?
イズモ:その、カガさんがどうして二人に異なることを言ったのか。その動機。心理の機微を考えると、そこには文学的な魅力が秘められているかもしれないわね。
ハリマ:そんなもん、なんでしょうかね。
イズモ:さあ?
ハリマ:(しばし彼女に見とれ、間を空ける)……あ、今イズモさんがおっしゃっていた、「藪の中」に似た作品って、どんなのがあるんですか?
イズモ:……それくらい、自分で探しなさいな。右側の三番の棚、海外文学のコーナーだから。
0:大学にて
ハリマ:結局どうなったのか気になって戻ってきてみたら……何、この燃えカスみたいなの。
ヒュウガ:見てわかるだろ。スオウだ。
この状況を見るに、日本儒学史はテストが正だった……ってことでいいかな?
ヒュウガ:いや、それがな……
スオウ:(気が抜けた声で)今日のテスト、理解確認のための小テストで、成績には関係ないんだってさ~。
ヒュウガ:ってわけだ。
あー……なるほどね。よかったじゃない。成績に関係なくて。
ヒュウガ:ってほど単純な話じゃないんだよな。
え? どういうこと?
スオウ:成績には関係ない。けど……今回のテストの結果が悪かった学生は、補講代わりの追加レポートが課せられる、って……
あー、そういうことね。で、スオウはどうだったの? 結果。
スオウ:……ばっちり。
え、意外と結果よかったり?
ヒュウガ:んなわきゃねーだろ。
スオウ:ばっちり。……レポート対象者になりましたよおおおもうカガちゃんなんで私には昨日連絡くれなかったのさああああ!
ヒュウガ:いや、別にカガが悪いわけじゃないだろ。悪いのはきちんと説明聞いてなかった俺たちなわけだし。
スオウ:なんだよぉ! ヒュウガはちゃんと一夜漬けしてレポート逃れられたんだろぉっ!! そもそもなんでヒュウガなんだよ! 私じゃなくて! なんだ? ヒュウガ、カガちゃんにいくら渡したんだ!? それとも脅しか? 家族人質に取って情報寄こさないとデスソース飲ませるとか……
ヒュウガ:賄賂でも脅迫でもねえよ! それについては、カガ本人に聞いてみた。
スオウ:なんだっ!? 何が真実なんだ!
ヒュウガ:何か、スオウはテストって知ってても勉強してるわけないと思ったらしい。あと、わからないところを聞きたかったんだと。
スオウ:わからないところがあったなら私に聞けばよかったじゃん!
ヒュウガ:スオウに聞いたら猶更わからなくなりそうだってさ。
スオウ:なんだそれぇええええ! こんの、裏切り者どもめーーーー!!!
0:大学、講堂にて
ヒュウガ:あぁ? おいスオウ、何言ってんだよ。
スオウ:え、こないだヒュウガ言ってたでしょ。
ヒュウガ:言ってねえよそんなこと! 一体だれがそんなウソ流してんだ。
ハリマ:おはよう。どうしたの、二人とも。
スオウ:あ、ハリハリ! おはよーっ! 今日も相変わらずちょうどいい寝癖だね!
ハリマ:あれ、残ってる? 家出る直前まで頑張って何とか押さえつけたつもりだったんだけどなぁ。
ヒュウガ:寝癖じゃなくて、風で荒れたのかもな。
スオウ:いんにゃ、これは寝癖だね! このアンテナみたいな立ち方、風じゃうまく再現できないよ。
ヒュウガ:何の自信だよそれ……
ハリマ:二人とも今日も仲いいなぁ。夫婦漫才みたい。
スオウ:え、そんな息合ってる!? どうしようヒュウガ、私たちM-1出られるかなぁ?
ヒュウガ:なんで気にするところ漫才の方なんだよ。普通はもう一つの方だろうが。
ハリマ:はははは、何か来たばかりの時は喧嘩してるのかと思ったけど、そういうわけじゃないっぽいね。
スオウ:あっ、そうだ! ねえハリハリ、ヒュウガにウソつかれたんだよぉ!
ヒュウガ:だからついてねえって。誰だよ俺がそんなこと言ってたとか言いふらしてるの。
スオウ:えーとねえ。私が聞いたのは、カガちゃんからだったかなぁ。
ヒュウガ:あん? そもそも俺がカガから聞いたんだが?
ハリマ:何の話かさっぱりなんだけど?
スオウ:あっ、ハリハリごめん! えとねー。日本儒学史の話なんだけど。
ハリマ:日本儒学史? あれ、この教室次のコマ日本儒学史だったっけ?
スオウ:違う違う! 次のコマの話じゃなくてさ、日本儒学史の評価の話! カガちゃんがね、ヒュウガが日本儒学史はレポートで評価するって言ってて。それで私はそっかーじゃあテスト勉強不要だなあって安心してたのよ。でも、そしたら今になってヒュウガが今日のテスト勉強がどうとか言い出して!
ヒュウガ:だーかーら、俺はカガにも誰にもそんな話はしてねえっての。っていうか、俺はカガから昨日の夜今日中間テストだって話聞いて頑張って一夜漬けしてきたんだっての。
ハリマ:結局のところ、レポートとテスト、どっちなの?
スオウ:知らないよー。ってか、テストだったらやばいよ。私なんもやってない。これいつものお決まりのあれじゃないからね! マジで何もやってないからね。昨日だって儒学のジュの字も考えずにぐっすりだったし!
ヒュウガ:ハリマは? 勉強ちゃんとしてるか?
ハリマ:僕は後期に取ってるから、前期はないよ。
スオウ:えーマジ!? さっきの反応から全国儒学史勉強してない連合が結成できると思ったのにー!!
ヒュウガ:何だよその謎連合は……というか、少なくともハリマは、しっかり授業に全参加して内容聞いてるんだから、多少勉強してなくても及第できるくらいの点数は取れるからな。
スオウ:知ってるよぉそれくらい! 同じ立場の人がいるから少しは気分が楽になるかなーって思ってただけ!
ハリマ:でも、二人のうちどっちが言ってることが正しいんだろうね? どっちもカガさんがかかわってそうなところだけは一緒だけど。
スオウ:カガちゃんが私にウソ言うわけないもん、きっとレポートだよ。
ヒュウガ:それ、かなり希望的観測が混じってるよな?
スオウ:そ、そんなわけないじゃない! カガちゃんは私に嘘なんか言わない、カガちゃんは私を裏切らない……
ハリマ:何か始まったよ……
ヒュウガ:友達に裏切られたショックと、自分がレポートだと思っていた授業のテストが今日行われるというショックの二つが大きすぎて現実逃避を始めてるな。
0:夜見書堂店内
ハリマ:っていうことが今日あったんですよね。
イズモ:(どうでもよさそうに)へぇ……そうなの。
ハリマ:イズモさん、何読んでるんですか?
イズモ:芥川龍之介全集ちくま文庫版第四巻。
ハリマ:はぁ……
イズモ:あら、自分で聞いておいてそんなつれない反応?
ハリマ:そもそもはイズモさんが僕の話につれない反応を見せたのが原因で……
イズモ:あたしがその話を聞かせてってお願いしたわけじゃないでしょ。勝手に来て、勝手に話して、勝手に怒り出したのはあなたのほう。
ハリマ:別に怒り出しては……
イズモ:そもそも、大学の授業が終わるなりこんな古書店に来て、その店主に今日大学であった出来事を話すって、花の大学生のすることじゃないわ。あたしはあなたのお母さんじゃないわよ。それとも、ほかにそんな話をする相手がいないのかしら?
ハリマ:まあ、一人暮らしなんで……なんかすみません。
イズモ:謝る必要はないけれど。あなた、暇なの?
ハリマ:暇ってわけじゃないですけど。なんだか、このお店の雰囲気、落ち着くので。
イズモ:ここが古書店じゃなくて、読書喫茶か何かだったならその言葉は誉め言葉になったのだけれどね。ただ来て、何も買わずにお話だけされるっていうのは、お店としてはあんまりありがたいことじゃないわ。
ハリマ:……すみません。やっぱりなんか、買った方がいいですよね……
イズモ:(クスっと笑って)冗談よ。あなたが来ようと来なかろうと、この店にはほとんど客らしい客は来ないし。あたしもこうやって本を読んでるくらいしかやることないのよ。だから、どんな目的であれ来てもらって大丈夫。
ハリマ:でも、読書のお邪魔になるんじゃ。
イズモ:あれだけ読書中の相手に話しかけておいて今更それを気にするの? まあ、大丈夫よ。あたしの集中力はそんなので散漫になるほど柔じゃないわ。
ハリマ:ならよかった。……でも、ってことはさっきの僕の話、聞いてなかったってことですね。
イズモ:あら、聞いてなかったなんていつ言ったかしら?
ハリマ:聞いてたんですか?
イズモ:大学で不思議なことがあったのでしょう。一人は授業の評価がレポートで決まると言っていて、一人は同じ授業の評価がテストで決まると言っている。二人の発言がちぐはぐ。まるで芥川の「藪の中」みたいね。
ハリマ:藪の中……
イズモ:まさかとは思うけれど、「藪の中」は読んだことあるわよね?
ハリマ:それはありますよ! とある殺人事件について、それに関わった人たちの発言がみんな食い違っていて、いったいどれが正しいのかって話ですよね。
イズモ:呆れてしまうほど大雑把な説明をありがとう。でもだいたい合っているわ。そうね、ちょうど今読んでる芥川全集にも載っている話よ。芥川の作品としては「羅生門」や「鼻」「地獄変」なんかと並んで有名なもので、一九五〇年には黒澤明によって映画化された「羅生門」の原作としても使われている。
ハリマ:え、映画の「羅生門」って、「藪の中」が原作なんですか? 「羅生門」じゃなくて?
イズモ:あなた、そんなことも知らないの? 文学に触れるというのは、ただ本に書かれた文字を追うだけじゃないのよ。学び、研究するならば猶更。せめてその辺の周辺知識くらい押さえておいたらどうかしら?
ハリマ:……すみません。
イズモ:まあ、そんな講釈を垂れたいわけじゃないわ。ただ、あなたの話していた内容と、「藪の中」が少し似ていると思ったから、それを口にしただけ。
ハリマ:確かに……いったい、どっちが話していたことが正しいんでしょうねえ。
イズモ:ふふっ。
ハリマ:? どうしたんですか?
イズモ:「藪の中」の研究史もね。最初のうちは、作中で起きた事件の真相が何なのか、つまり誰の証言が正しいのかを考えるのが主流だったらしいわ。
ハリマ:まあ、そうでしょうね。あの作品を読んで一番気になるのがそこでしょうし。
イズモ:でもねえ……
ハリマ:でも?
イズモ:それって、なんか野暮じゃない?
ハリマ:野暮? どういう……
イズモ:あなたって、こういう論理クイズを聞いたことないかしら? 複数の人間がある内容について話していて、その中でひとりだけが嘘をついている場合、嘘をついているのは誰か、というような内容の。
ハリマ:あー、なんか前にネットか何かで見たことがあるような……
イズモ:あれはね、元々嘘をついている人がわかるようにできているからいいのよ。論理的に考えていけば、嘘をついている人が誰なのかが導き出せるようになっている。
イズモ:でも、「藪の中」は違うわ。どう論理的に紐解いていっても、誰が嘘をついているか、誰が真実を語っているかが確定することはない。それをわざわざこねくり回して「正解」を探そうとすること。これって、あまりにも野暮だとあたしは思うのよ。
ハリマ:なるほど……言われてみれば確かに、そう思えてきますね。
イズモ:あなたって、本当に単純ね。
ハリマ:……っ! (むすっとして)単純ですみません。
イズモ:あら、さすがに怒ったかしら? ごめんなさいね。
ハリマ:……いえ。思考が単純なのは、事実ですから。
イズモ:そう。さっきあたしは、あなたが話した大学での出来事が、「藪の中」と似ていると言ったわ。でも、それは表面的な話で、実際は全く違う。それこそ、「藪の中」とさっきの論理クイズの違いと同じよ。
ハリマ:僕が話した内容は、確かにカガさん本人に聞けば真実を知ることができますもんね。文学作品である「藪の中」とは全然違う。
イズモ:そういうこと。「藪の中」は……世界には、「藪の中」に似た話がいくつもあるのだけれど。それらの作品は、たとえ答えがわからなくても。いいえ、わからないからこそ、作品としての魅力に満ちていて。多くの読者を魅了するの。
ハリマ:なるほど。面白いですね。
イズモ:でも。
ハリマ:?
イズモ:その、カガさんがどうして二人に異なることを言ったのか。その動機。心理の機微を考えると、そこには文学的な魅力が秘められているかもしれないわね。
ハリマ:そんなもん、なんでしょうかね。
イズモ:さあ?
ハリマ:(しばし彼女に見とれ、間を空ける)……あ、今イズモさんがおっしゃっていた、「藪の中」に似た作品って、どんなのがあるんですか?
イズモ:……それくらい、自分で探しなさいな。右側の三番の棚、海外文学のコーナーだから。
0:大学にて
ハリマ:結局どうなったのか気になって戻ってきてみたら……何、この燃えカスみたいなの。
ヒュウガ:見てわかるだろ。スオウだ。
この状況を見るに、日本儒学史はテストが正だった……ってことでいいかな?
ヒュウガ:いや、それがな……
スオウ:(気が抜けた声で)今日のテスト、理解確認のための小テストで、成績には関係ないんだってさ~。
ヒュウガ:ってわけだ。
あー……なるほどね。よかったじゃない。成績に関係なくて。
ヒュウガ:ってほど単純な話じゃないんだよな。
え? どういうこと?
スオウ:成績には関係ない。けど……今回のテストの結果が悪かった学生は、補講代わりの追加レポートが課せられる、って……
あー、そういうことね。で、スオウはどうだったの? 結果。
スオウ:……ばっちり。
え、意外と結果よかったり?
ヒュウガ:んなわきゃねーだろ。
スオウ:ばっちり。……レポート対象者になりましたよおおおもうカガちゃんなんで私には昨日連絡くれなかったのさああああ!
ヒュウガ:いや、別にカガが悪いわけじゃないだろ。悪いのはきちんと説明聞いてなかった俺たちなわけだし。
スオウ:なんだよぉ! ヒュウガはちゃんと一夜漬けしてレポート逃れられたんだろぉっ!! そもそもなんでヒュウガなんだよ! 私じゃなくて! なんだ? ヒュウガ、カガちゃんにいくら渡したんだ!? それとも脅しか? 家族人質に取って情報寄こさないとデスソース飲ませるとか……
ヒュウガ:賄賂でも脅迫でもねえよ! それについては、カガ本人に聞いてみた。
スオウ:なんだっ!? 何が真実なんだ!
ヒュウガ:何か、スオウはテストって知ってても勉強してるわけないと思ったらしい。あと、わからないところを聞きたかったんだと。
スオウ:わからないところがあったなら私に聞けばよかったじゃん!
ヒュウガ:スオウに聞いたら猶更わからなくなりそうだってさ。
スオウ:なんだそれぇええええ! こんの、裏切り者どもめーーーー!!!